判例検索β > 平成15年(行コ)第193号
遺族補償費等不支給処分取消請求事件(通称 立川労基署長遺族補償給付等不支給処分取消)
事件番号平成15(行コ)193
事件名遺族補償費等不支給処分取消請求事件(通称 立川労基署長遺族補償給付等不支給処分取消)
裁判年月日平成16年12月16日
法廷名東京高等裁判所
結果その他
原審裁判所名東京地方裁判所
原審事件番号平成11(行ウ)80
裁判要旨冠動脈硬化の基礎疾患を有する運送会社の従業員(当時55歳)が冷凍冷蔵車内において積荷の搬出作業に従事中に虚血性心疾患(急性心筋梗塞又は心筋虚血に伴う致死性不整脈)を発症して死亡した場合において,上記従業員は,毎週月曜日から金曜日まではトラックの運転手として同一作業所内の工場と倉庫との間の部品,資材等の運搬業務に従事し,土曜日は会社の指定する他の業務に従事していたこと,上記従業員は,発症日当日(土曜日),会社の指示により,乳製品を積載した冷凍冷蔵車を運転して流通センターまでの80?弱の距離を約3時間かけて走行し,到着後乳製品を冷凍冷蔵車から冷蔵倉庫に搬出する作業を開始したが,その直後に上記疾病を発症したこと,上記従業員は,30歳のころから重症の高血圧症にり患し,心筋梗塞の既往症があり,虚血性心疾患の危険因子を複数有していたが,その後の治療により,同人の健康状態は改善傾向にあり,運動能力は同年齢の男性と比べて普通の範囲内にあると診断されるようになり,発症日直前の症状も安定していたこと,発症日当日の外気温と冷凍冷蔵車のコンテナ内及び冷蔵倉庫内の気温との差は20度前後に及んでいたところ,医学上の知見として,寒冷への暴露や荷物運びによる負荷は急激な血圧上昇や冠動脈のれん縮を誘発し,虚血性心疾患の発症要因となることが知られていることなど判示の事実関係の下においては,上記従業員は,業務により過重な負荷を受け,基礎疾患である冠動脈硬化の自然の経過を超えて虚血性心疾患を発症したものということができ,同人の死亡は,労働者災害補償保険法にいう業務上の死亡に当たる。
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主 文
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が控訴人に対して平成2年8月14日付けでした労働者災害補償保険法による遺族補償年金及び葬祭料を支給しない旨の処分を取り消す。
3 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
主文と同旨の判決を求める。
二 被控訴人
1 本件控訴を棄却する
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
との判決を求める。
第二 事案の概要
本件は,運送業等を営む会社の運転手として勤務していたA(以下「A」という。)が,夏季に冷凍冷蔵車のコンテナ内で積荷の荷下ろし業務に従事中に急性心不全を発症して死亡したのは,業務に起因するものであるとして,Aの妻である控訴人が,被控訴人に対し,労働者災害補償保険法に基づき,遺族補償年金及び葬祭料の支給を請求したが,平成2年8月14日付けでこれらをいずれも支給しない旨の処分を受けたことから,その取消しを求めた事案である。
本件の前提事実及び争点は,原判決「事実及び理由」欄の第2の1及び2に記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,原判決2頁26行目の「56歳」を「55歳」に改める。)。
第三 当裁判所の判断
一 Aの業務内容等
前記前提事実及び証拠(甲10ないし12,19,20,乙3,9,10,11の1ないし50,12ないし14,15の1ないし6,16,29,30,37,39,44ないし47,控訴人本人)並びに弁論の全趣旨によれば,Aの業務内容等について,次の事実を認めることができる。 1 Aは,昭和59年3月8日,B運送に入社し,採用当初は,2トントラックを運転して,麺類,乳製品を配送する業務に従事していたが,昭和60年ころからは,月曜日から金曜日まで,B運送C営業所から徒歩5分ほどの場所にあるD電子E事業所の構内において,同乗の助手と2名1組で2トントラックを運転して工場と倉庫との間で部品,資材等を運搬する業務に従事するようになった。また,D電子の所定休日である土曜日には,B運送の指定する他の業務に従事していた。Aは,B運送の従業員の中では比較的高齢であったため,通常は他の従業員よりも比較的軽度の作業が割り当てられていた。 B運送の所定労働時間は,午前8時から午後5時までのうち休憩時間1時間を除く8時間であり,Aは,月曜日から金曜日までは,おおむね定時に出勤退勤をしていたが,土曜日は,仕事の内容に応じて勤務時間が変更されていた。
2 Aは,本件発症の当日である平成元年7月29日(土曜日),FG営業所から同社のH流通センターまで乳製品64ケース(1ケースの重量約6.3キログラム,総重量403キログラム)を運搬する業務を命ぜられた。Aは,午前11時22分にB運送C営業所に出勤し,近接するFG営業所で積荷を本件車両(4トン冷凍冷蔵車)に積載し,正午ころ,本件車両を運転して,同営業所を出発し,a,bを経由して,FH流通センターまで80キロメートル弱を走行し,午後3時ころ到着した。到着後,Aは,降車して本件車両の後部扉を開き,運転席に戻って車両後部が冷蔵倉庫のプラットホームに接続するように本件車両を移動し,再度降車して冷蔵倉庫内に入り,倉庫扉を開いて本件車両のコンテナ内に入り,積荷である乳製品のケースを運搬用のパレットに積み替える作業を開始した直後,積荷のケースを抱えた状態で仰向けに倒れた。Fの従業員がAの様子が変であることに気付き,他の従業員に連絡して救急車の手配をしたが,Aは,同日午後3時25分ころ死亡した。Aの死因は,急性心筋梗塞又は心筋虚血に伴う致死性不整脈であると考えられた。 なお,FH流通センターの冷蔵倉庫内の温度は4ないし9度前後であり,本件車両のコンテナ内の温度は扉を閉めた状態で5ないし8度前後であった。また,当日の午後3時時点におけるc県d地域の気温は28.3度であった。
3 Aは,本件発症の前にも,平成元年6月17日,7月1日,8日,22日に,FG営業所から同社H流通センターまでFの乳製品を運搬する業務に従事していた。Aは,この業務を終えて帰宅した後,控訴人に対し,往復の道路が渋滞することや冷蔵庫内での作業中に心臓が痛くなったことがあることなどから,愚痴をこぼしていた。 4 Aの主治医であり,控訴人訴訟代理人の弁護士林勝彦(以下「林」という。)の主治
医でもあるI医師は,平成13年9月13日,林を被験者として,同人にFG営業所から同社H流通センターまで自家用車で走行させ,同センターの冷蔵庫内(気温6度)で5キログラムの荷物を下ろす動作をさせながら,血圧を測定する実験(以下「本件実験」という。)を行った。その結果,林の血圧は,安静時には,144/90(収縮期/拡張期。以下同じ。)であったのが,H流通センターに到着した時点では,182/120まで上昇し,外気温28度の戸外から気温6度の冷蔵庫内に入り,荷下ろし作業を開始して1分後には,220/130と急上昇し,5分後には,228/130,10分後には,240/140と推移し,この時点で林は顔面蒼白となり,気分不快を訴えたため,作業は中止された。なお,林は,実験時の年齢が満57歳であり,健康診断で高血圧症と診断され,その後,I医師の診察を受け,平成12年9月ころから降圧剤を服用している。また,I医師は,平成16年1月20日,林を被験者として,気温21度の室内で同様の荷下ろし作業を行った際の血圧測定実験を行ったところ,林の血圧は,作業開始前に140/90であったのが,1回目の測定では,作業開始4分後に156/98,10分後に160/100であり,2回目の測定では,作業開始10分後に158/94,15分後に162/100と推移し,本件実験の結果とは有意な差異が認められた。
二 Aの健康状態等
証拠(甲2,6の1ないし10,8,12,乙16ないし20,27,控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば,Aの健康状態等について,次の事実を認めることができる。 1 Aは,昭和8年9月13日生まれの男性で,死亡の当時,満55歳であった。 2 Aは,満30歳のころ,収縮期血圧が180ないし200あり,眼底出血も認められるなど,重症の高血圧症にかかっていた。昭和53年(満45歳)ころには,冷汗を伴う胸痛があり,医師から急性心筋梗塞と診断されたが,入院をするには至らなかった。そのころから,仕事中に寒い風に当たるなどしたときに,5ないし10分ほどで回復するものの,胸下部に骨のような硬いものが出ることもあり,冷汗が出ることもあった。また,Aは,昭和53年ころ,痛風と診断された。
3 Aは,昭和58年12月19日,息苦しさが強くなったと訴え,Jクリニックを受診したところ,心不全と診断され,K病院を紹介された。Aは,K病院において,心不全,上気道感染症,労作性狭心症,高血圧,痛風,肝機能障害の診断を受け,同月27日から昭和59年2月3日まで同病院に入院した。
入院中に行われた心エコー図検査によれば,左室駆出率(EF)は54ないし59パーセントであり,心臓の壁の動きがびまん性に低下していて,軽度の求心性左室肥大の所見が認められた。また,運動負荷試験では,5.4メッツの強度で胸がおかしいとの自覚症状が生じた。さらに,心臓カテーテル検査によれば,右冠動脈(No.2)に90パーセント,左冠動脈回旋枝(No.13)に90パーセントの狭窄がみられ(入院診療録(乙18)の退院時総括表,看護要約には,左冠動脈前下行枝のNo.7にも50パーセントの狭窄がある旨の記載があるけれども,心臓カテーテル報告書(乙18の21枚目)のNo.7の欄には「Normal」にチェックがされていることからすると,退院時総括表,看護要約の記載は誤記であると考えられる。),3本の主要冠動脈枝のうち2本に90パーセントの狭窄がある2枝病変であり,労作性狭心症として内科的な管理あるいは高血圧と冠動脈に対する薬物治療が必要と診断された。なお,心臓カテーテル検査時には,左室駆出率は68パーセントであった。
入院中の血液検査では,血清総コレステロールが85ないし158(検査時の標準値は120ないし240。以下,標準値は検査時のものを掲げる。),血清トリグリセライド(中性脂肪)が114ないし255(標準値は50ないし190),HDLコレステロールが5ないし25(標準値は33ないし70)であった。
4 Aは,その後も,1か月に1回,K病院に通院し,高血圧等の治療を受けており,昭和60年11月14日に実施されたB運送の健康診断では,血圧は130/80であった。 5 Aは,昭和61年9月4日,午前7時に起床してから動悸,めまいがあり,仕事に行ったものの改善しないとして,K病院を受診し,心房細動,心筋梗塞の傷病名で入院したが,翌5日には退院した。入院時の血圧は,9月4日が130/70であり,5日が150/70であった。また,入院中に行われた血液検査では,血清総コレステロールが155(標準値は130ないし230),血清トリグリセライド(中性脂肪)が268(標準値は50ないし160)であった。
6 昭和61年11月19日に実施されたB運送の健康診断では,血圧は130/86であった。
7 Aの症状は,その後,比較的安定した状態で推移したが,昭和62年11月24日から同月30日まで,2枝病変の経過観察のため,K病院に入院した。
入院中に行われた心臓カテーテル検査の結果,①2枝病変による末梢性冠動脈閉塞による後側壁下壁心筋梗塞,②前回の心臓カテーテル検査時に90パーセントの狭窄と指摘された2つの部位が閉塞したようであると診断されたが,閉塞したのは比較的末梢の部分であり,閉塞部位には障害されていない側副血行路が発達しているほか,残る1本の冠動脈である左前下行枝については,No.10の部位に小さな動脈硬化が認められるほかは狭窄も認められず,手術の必要はないとされた。なお,左室駆出率は,心臓カテーテル検査時には56.7パーセントであり,心エコー図検査時には53パーセントであった。
また,運動負荷試験では,9.5メッツの強度に対して自覚症状なく運動することが可能であり,運動能力は,同年齢の男性と比べて普通の範囲にあると判断された。 さらに,入院中に行われた血液検査では,血清総コレステロールが170(標準値は130ないし230),血清トリグリセライド(中性脂肪)が161(標準値は50ないし160),HDLコレステロールが31(標準値は32ないし65)であった。
8 Aは,その後も,亡くなった平成元年7月に至るまで1か月に1回以上,K病院に通院し,主治医であるI医師の診察を受けるとともに,薬剤の処方を受けていた。Aは,同医師に対し,B運送における業務の内容を話していたが,同医師から特に業務内容を制限するよう指示されたことはなかった。Aが月曜日から金曜日までD電子の業務を行っていた際に,Aの助手を務めていたLは,Aはたまに立ちくらみを訴えることがあったが,だんだん健康状態は良くなり,平成元年夏ころは普通どおりに仕事をしていたと陳述している。また,控訴人も,Aが血色も良くなってきて体調は良好であった旨述べている。 なお,昭和63年11月16日に実施されたB運送の健康診断では,血圧は140/80であった。
9 Aは,以前に1日60本の煙草を吸っていたこともある。昭和58年12月に入院した際の問診では,煙草は止めたと述べていたが,昭和61年9月及び昭和62年12月の入院の際には,1日10本の喫煙をしていると述べていた。
また,Aは,昭和58年12月に入院した際,「10年ほど前までは一升酒を飲んでいた。今でも時々浴びるほど飲むことがある。」と述べており,大量に飲酒する習慣があった。しかし,その後,飲酒の量は減少し,昭和61年9月当時は,時々ビール1本を飲む程度であった。
さらに,Aは,身長が161センチメートルであるのに対し,体重が75ないし85キログラムあり,かなりの肥満傾向にあった。
10 I医師は,Aの死後,被控訴人の照会に対して,Aの診察時における傷病名を労作性狭心症(重症),陳旧性心筋梗塞と回答している(乙27)。また,同医師は,Aに対しては死亡直前まで万全の内服薬治療を行っており,その健康状態は良好であり,冠動脈硬化性狭窄2枝病変も安定した状態にあって,良好な予後が期待されていたとし,Aが急死を遂げた成因は著しい過重労働によると考えるのが妥当であるとしている(甲2)。 三 虚血性心疾患に関する医学的知見
証拠(甲2ないし5,9,11,14,16,乙1,21ないし25,31ないし35,44,49,証人M)及び弁論の全趣旨によれば,虚血性心疾患に関する医学的知見として,次の事実を認めることができる。
1 心臓の筋肉(心筋)は,冠動脈を通して酸素や栄養等の供給を受けているが,大動脈から分岐した冠動脈は右冠動脈と左冠動脈とに分かれ,左冠動脈は左前下行枝と左回旋枝とに分かれ,更にそれぞれが細かく枝分かれして心臓の表面を覆っている。冠動脈に異常が生ずると,心筋を流れる血液量が低下して,心筋が酸欠状態(虚血)になり,心筋機能が障害される。このような疾患を虚血性心疾患といい,狭心症や心筋梗塞等がこれに該当する。
狭心症は,一過性の心筋虚血による胸痛発作をいい,その誘因の観点から,運動をしているときに発症する労作性狭心症と安静にしているときに起こる安静時狭心症とに分類される。労作性狭心症は,冠動脈の内壁にコレステロールが沈着して生ずる粥状(アテローム)動脈硬化によって,血管に狭窄が生じ,運動により心筋酸素需要が上昇した際に,血液量が不足して発作が起こるものである。また,安静時狭心症は,冠動脈の攣縮(スパズム。一過性の血管収縮)によって血管の内腔が狭くなり,血液量が不足して発作が起こるものである。
心筋梗塞は,冠動脈が一定時間閉塞することによって生じた心筋の壊死をいい,発作の時期により,急性心筋梗塞と陳旧性心筋梗塞とに分類される。陳旧性心筋梗塞は,急性心筋梗塞の発作から通常1か月以上経過し,病態が落ち着いたものをいい,心筋の一部が壊死して収縮機能を失った状態をいう。心臓には代償作用があるので,一部の心筋が壊死しても,残余の心筋がこれを補い,心臓の機能が心筋梗塞の発症直後より多少
回復することがあるが,壊死した心筋が元に戻ったり,新たに心筋ができたりすることはない。急性心筋梗塞は,①冠動脈の動脈硬化が進行して内腔の閉塞に至る,②冠動脈内に形成されたプラーク(粥状硬化巣)が破綻し血栓が形成されて内腔の閉塞に至る,③冠動脈の攣縮によって内腔が閉塞に至る,の主として3つの機序が複雑に絡み合って発症するに至るとされている。もっとも,側副血行路がある場合には,冠動脈が閉塞しても心筋梗塞を免れることもある。
2 虚血性心疾患は,その発症の基礎となる動脈硬化による血管病変等(基礎疾患)が加齢や一般生活等における様々な要因によって自然の経過の中で増悪することによって,発症するに至るものがほとんどであり,急性心筋梗塞を中等度以上の労作中や情動ストレス時に発症した例は10パーセント程度であるとする報告もある。 しかしながら,他方で,著しく血管病変等を増悪させる急激な血圧変動や血管収縮を引き起こすような過重負荷が加わると,基礎疾患の自然の経過を超えて虚血性心疾患を発症することもあるとされている。そして,寒冷暴露や等尺性の運動(力仕事や荷物運びなど筋収縮の際に筋肉の長さの変化が少ない運動)は急激な血圧の上昇をもたらし,虚血性心疾患の発症要因となり得るとされるし,自動車の運転についても渋滞などの条件次第では,血圧の上昇を来すことがある。また,寒冷や運動は,虚血性心疾患の原因となる冠動脈の攣縮を誘発することがある。寒いときの運動は,虚血性心疾患の患者にとって,発作が起こりやすいので避けるべきであるといわれている。
虚血性心疾患の危険因子としては,高脂血症,高血圧,喫煙,糖尿病,肥満,高尿酸血症,ストレス,運動不足,性別,年齢,遺伝等が挙げられており,このうち,高脂血症,高血圧,喫煙が3大危険因子であるといわれている。
3 心筋梗塞患者の長期予後に関しては,西山信一郎医師の行った研究(甲9。以下「西山研究」という。)がある。この研究では,主要冠動脈(右冠動脈,左前下行枝,左回旋枝の3本)に75パーセント以上の器質的狭窄病変を有し,臨床的に心筋梗塞と診断された患者について,狭窄病変を有する主要冠動脈の数により,1枝病変群,2枝病変群,3枝病変群とに分け,内科治療による長期予後が統計的に調査された。その結果,2枝病変群131例についてみると,5年生存率は91.3パーセント,10年生存率は81.2パーセントであり,そのうち左室駆出率が60パーセント以上の症例については,5年生存率が96.0パーセント,10年生存率が86.9パーセント,左室駆出率が41ないし59パーセントの症例については,5年生存率が92.7パーセント,10年生存率が84.2パーセント,左室駆出率が40パーセント以下の症例については,5年生存率が76.2パーセント,10年生存率が65.6パーセントであり,1枝病変群,3枝病変群とも比較すると,罹患枝数が多いほど,また左室駆出率が低いほど長期予後は不良であるとされている。 また,アメリカでの報告例においても,内科治療を適切に行った際の2枝病変の予後は,5年生存率が86ないし88パーセントとされている。
四 本件における業務起因性の判断
1 業務起因性の判断基準
労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料の保険給付は,労基法79条及び80条所定の「労働者が業務上死亡した場合」に行われるものであるところ(労働者災害補償保険法12条の8第2項),虚血性心疾患による死亡がこれに当たるというためには,虚血性心疾患が労働基準法施行規則別表第1の2第9号の「その他業務に起因することの明らかな疾病」に該当することを要し,虚血性心疾患につき業務起因性が認められなければならない。そして,労働者災害補償保険法に基づく労働者災害補償制度が,業務に内在ないし随伴する危険が現実化して労働者に傷病等を負わせた場合には,使用者の過失の有無にかかわらず労働者の損失を補償するのが相当であるという危険責任の法理に基づくものであることにかんがみると,業務起因性を肯定するためには,業務と死亡の原因となった疾病との間に条件関係が存在するのみならず,社会通念上,疾病が業務に内在ないし随伴する危険の現実化したものと認められる関係,すなわち相当因果関係があることを要するというべきであって,この理は,疾病が虚血性心疾患の場合であっても異なるものではない。
ところで,虚血性心疾患は,その発症の基礎となる動脈硬化による血管病変等が加齢や一般生活等における様々な要因によって自然の経過の中で増悪し,発症するに至るものがほとんどであるが,他方で,著しく血管病変等を増悪させる急激な血圧変動や血管収縮を引き起こすような過重負荷が加わると,基礎疾患の自然の経過を超えて発症することもあるとされていることは前示のとおりであるから,過重な業務によって著しく血管病変等を増悪させるような急激な血圧変動や血管収縮が引き起こされ,その結果,基礎疾患の自然の経過を超えて虚血性心疾患が発症したと認められる場合には,当該業務に内在ないし随伴する危険が現実化したものとみることができ,業務起因性を肯定すること
ができるものと解すべきである。
2 本件における業務起因性の判断
以上の見地から,Aの本件発症について,業務起因性が認められるか否かを判断する。
(一)【要旨1】前記認定事実によれば,Aは,死亡の当日,月曜日から金曜日までに従事していたD電子における通常の業務とは異なり,本件車両(4トン冷凍冷蔵車)を運転して80キロメートル弱の距離を約3時間で走行した後,引き続き低温での温度管理がされている本件車両のコンテナ内に入り,積荷である乳製品のケースを運搬用のパレットに積み替える作業を開始した直後に,積荷のケースを抱えた状態で仰向けに倒れ,その直後に死亡したことが認められる。そして,当時の外気温が28度を超えていたのに対して,本件車両のコンテナ内は,扉を閉めた状態で5ないし8度前後で温度管理がされていたのであるから,外気温との温度差は20度前後に及んでいたと考えられるところ(なお,B運送C営業所長のNは,O労働基準監督署の聴取に対して,冷蔵車の扉を開けるとすぐに17ないし18度くらいに温度が上がる旨述べている(乙12)けれども,当時,本件車両の扉は開いていたものの,4ないし9度前後で温度管理がされていた冷蔵倉庫に接続されていたのであるから,コンテナ内の温度がそれほど急速に上昇していたとは考え難い。),医学上の知見として,寒冷暴露や荷物運びが急激な血圧上昇をもたらし,自動車の運転についても渋滞などの条件次第では,血圧の上昇を来すことがあるとされていることは前示のとおりであって,現に,Aとほぼ同年齢であり,高血圧の治療中である林を被験者とする本件実験では,Aの当日の業務と同様の作業に従事することによって,急激な血圧上昇を生ずるとする結果が得られているのである。したがって,Aが約3時間にわたり本件車両を運転し,引き続き外気温よりも20度前後低いコンテナ内に入って,積荷の積み替え作業を開始したことによって,Aの血圧は急激に上昇したものと推認するのが相当であるから,Aの死亡当日の業務がAに対してかなりの身体的負荷を与えたものということができる。
他方で,Aは,満30歳のころから重症の高血圧症にかかっており,本件発症の約10年前に急性心筋梗塞と診断されたことがあり,本件発症の約5年以上前からK病院において,労作性狭心症と陳旧性心筋梗塞等の治療を受けていたこと,Aは,主要冠動脈3本のうち2本が閉塞した2枝病変患者であったこと,Aは,高血圧,喫煙,肥満,性別,年齢など虚血性心疾患の危険因子を複数有していたことが認められる。しかしながら,Aは,昭和59年2月以降,死亡した平成元年7月に至るまで,K病院に毎月1回以上通院して内服薬による治療を受けており,Aの同僚や控訴人からみても,Aの健康状態はむしろ良くなっていたとされており,現に,運動負荷試験の成績によれば,昭和58年12月から昭和59年2月にかけての入院時には5.4メッツの強度で胸がおかしいとの自覚症状が生じていたのに対し,昭和62年11月の検査入院時には9.5メッツの強度でも自覚症状なく運動することができるようになっていて,運動能力は,同年齢の男性と比べて普通の範囲にあると判断されており,むしろ改善傾向にあったということができること,主治医のI医師は,Aの死亡直前の症状は安定していたと述べていることは,前示のとおりである。また,虚血性心疾患の危険因子についてみても,昭和58年12月にK病院に入院した後は,血圧は,投薬によって,ほぼ正常の範囲内又はそれに近い数値(乙第31号証によれば,収縮期血圧140以上,拡張期血圧90以上が高血圧とされていることが認められる。)になるようコントロールされており,血清トリグリセライド(中性脂肪)がやや標準値を上回るものの,血清総コレステロールは標準値の範囲内であり,他の危険因子については,加齢のほかに,特に悪化したものは認められない。確かに,冠動脈の2枝病変については,昭和59年1月に90パーセントの狭窄と指摘された2つの部位が,昭和62年11月には完全に閉塞したようであると診断されているけれども,閉塞したのは比較的末梢の部分であり,閉塞部位には側副血行路が発達していて,残る1本の冠動脈である左前下行枝についてはほとんど動脈硬化による狭窄は認められないのであり,また,昭和62年11月の検査入院時には,昭和58年12月の入院時に比べて,左室駆出率がわずかに悪化しているけれども,心臓カテーテル検査時に56.7パーセント,心エコー図検査時に53パーセントと,50パーセントを超える左室駆出率を維持していたのであり,統計的にみても,Aが属する2枝病変群の5年生存率は91.3パーセント,10年生存率は81.2パーセントであり,2枝病変群のうち左室駆出率が41ないし59パーセントの症例については,5年生存率が92.7パーセント,10年生存率が84.2パーセントであるとする報告例(西山研究)があること,アメリカでの報告例においても,2枝病変患者の5年生存率は86ないし88パーセントであるとするものがあることも踏まえるならば,病変の長期予後は,むしろ比較的良好であるというべきであって,Aの症状は,日常生活において往々生じ得るような一過性の血圧上昇のみによって,死亡するに至るような状況ではなかった
といわざるを得ない。
そして,急激な血圧の上昇は虚血性心疾患の発症要因となり得るとされ,寒冷や運動は冠動脈の攣縮を誘発することもあることは,前示のとおりであり,Aは,正に外気温よりも20度前後低い温度で管理されているコンテナ内に入り,積荷の積み替え作業を開始した直後に積荷を抱えた状態で発作を起こしたという時間的な経緯も考慮するならば,Aの死因となった新たな急性心筋梗塞又は心筋虚血に伴う致死性不整脈は,基礎疾患である冠動脈硬化の自然の経過を超えて発症したものとみるのが相当である。 (二)これに対して,被控訴人は,本件発症当時のAの業務が日常業務を超える過重なものであったという余地はなく,Aの急性心筋梗塞は,Aに存在した基礎疾患が,個人的素因及び業務外の危険因子である若年性高血圧,喫煙等の要因が相互的に関与したことにより,自然の経過の中で増悪して発症するに至ったものであり,それがたまたま勤務時間中に生じたにすぎない旨主張する。そして,証拠(乙44,49,証人M)によれば,M医師も,Aの死因となった新たな急性心筋梗塞又は心筋虚血に伴う致死性不整脈は,冠動脈病変の自然の経過に伴って発症したのであって,発症直前の作業が発症に関与した可能性は極めて少ないとし,その主要な根拠として,①外気とコンテナ内との温度差は,虚血誘発能が低いとされる寒冷昇圧負荷試験(4度の冷水に片手又は片足を1分程度入れた場合の反応を観察する試験)と比べても小さく,この程度の温度差だけで狭心発作を誘発するとは考えられず,寒冷に労作が加わったという点を捉えても,労作の内容は日常的に存在する程度のものであって,Aが運動負荷試験で9.5メッツまで運動が可能であったことからすると,Aの業務が狭心発作を生じさせるほど過重であったとは考えられないこと,②本件実験の被験者である林は,職業運転手ではなく,普段余り運動をしていないために,血圧が上がりやすかったのであって,本件実験の結果だけをもってAの業務が過重であったとはいえないこと,③Aは,虚血性心疾患の危険因子を多数有していたが,これに対する管理が十分にされておらず,昭和62年11月の時点において2枝病変はいずれも完全に閉塞するに至り,Aの冠動脈硬化は相当進行していて,いつ急性心筋梗塞を発症してもおかしくない状態にあったと推定されること,④心筋梗塞患者の予後に関する西山研究は,医師の指導をよく守る患者が多いと考えられる虎ノ門病院の症例について行われたものであり,統計的に問題があり,アメリカにおける2枝病変患者の予後に関する報告例(CASS報告)では,2枝病変患者の12年生存率は59パーセント,左室駆出率35パーセント以上50パーセント未満の患者の12年生存率は54パーセントとされており,昭和62年11月の検査時におけるAの左室駆出率は,35パーセント以上50パーセント未満と推定されるから,その予後は良くないと考えられることなどを挙げていることが認められる。
しかしながら,上記①については,4度の冷水に片手又は片足を1分程度入れて行う寒冷昇圧負荷試験と比べて,全身に寒冷刺激が加えられたAの業務の方が身体的負荷は大きいとするI医師の意見(甲17)もあることに加え,M医師も,仮に運動負荷試験を寒冷下で行ったならば9.5メッツという数値も変わってくるとし,また,一般論としても,運動に寒冷が加わるとより強い負荷となって狭心発作が生じやすく,冬季に暖房中の室内から寒い戸外に出て労作をすると狭心発作を生ずる場合があることは,臨床的に古くから知られているとしていること(乙44,証人M),前記のとおり,医学上,寒いときの運動は,虚血性心疾患の患者にとって,発作が起こりやすいので避けるべきであるとされていることをも踏まえると,Aの業務が狭心発作を生じさせる程度に過重であったことを否定することはできないといわざるを得ない。また,上記②については,本件実験の被験者である林が常温下で本件実験と同様の荷下ろし作業を行った際の血圧の測定結果(甲20)によると,作業開始の10分後に収縮期血圧が20程度,拡張期血圧が10程度上昇したにすぎず,本件実験において,林の血圧の上昇は,荷下ろしの作業開始の10分後に収縮期で96,拡張期で50に及んでいることと対比して,この間には有意な差異が認められることは前示のとおりであるから,本件実験において林の血圧が急激に上昇したのは,自動車の運転の直後に急激な寒冷暴露があったことが大きな要因であったと考えるほかなく,本件実験当時,林が満57歳の男性であり高血圧治療中であったことは,Aと同様であることも踏まえると,本件実験の結果は,Aの血圧変動について有力な参考資料とすべきものであると考えられる。さらに,上記③及び④については,前記のとおり,Aは,K病院に毎月1回以上定期的に通院して,経過の観察と内服薬による治療を受けており,Aの主治医であるI医師は,Aの死亡直前の症状は安定していて,良好な予後が期待されていたと述べていること,西山研究では,2枝病変群のうち左室駆出率が41ないし59パーセントの症例については良好な予後であるとされているところ,定期的に通院して投薬を受けていたAが西山研究の対象とされた患者群に比べて医師の指導を守らなかったと認めるに足りる証拠はなく,西山研究はAの予後を推定する上で参考にすべきものといえるこ
と,M医師は,昭和62年11月当時のAの左室駆出率が50パーセント未満であることを前提としてAの予後に関する意見を述べているが,実際には,Aの左室駆出率は50パーセントを超えていること(乙第20号証(入院診療録)の13枚目及び30枚目)を考慮すると,Aがいつ急性心筋梗塞を発症してもおかしくない状態にあったとまで認めることは困難であるといわざるを得ない。
したがって,被控訴人の前記主張は採用することができない。
(三)【要旨2】以上によれば,Aの死亡当日の業務は,Aに対して過重な負荷を与え,その結果,基礎疾患である冠動脈硬化の自然の経過を超えて急性心筋梗塞又は心筋虚血に伴う致死性不整脈を発症させ,Aを死亡に至らしめたとみるのが相当であって,本件発症は,業務に内在ないし随伴する危険が現実化したものとみることができるから,業務起因性を肯定することができるというべきである。
第四 結論
以上によれば,控訴人の本訴請求は理由があるから,これを認容するのが相当である。よって,これと異なる原判決を取り消すこととして,主文のとおり判決する。(裁判長裁判官 村上敬一 裁判官 矢尾 渉 裁判官 岡崎克彦)
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