判例検索β > 平成13年(行コ)第17号
地公災基金大阪府支部長公務外認定処分取消
事件番号平成13(行コ)17
事件名地公災基金大阪府支部長公務外認定処分取消
裁判年月日平成16年1月30日
法廷名大阪高等裁判所
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主 文
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が平成8年1月11日付けで控訴人に対してした地方公務員災害補償法に基づく公務外認定処分を取り消す。
3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人
主文と同旨。
2 被控訴人
本件控訴を棄却する
第2 事案の概要
1 事案の要旨
(1) 大阪府堺市の公立小学校教諭であったP1は,勤務先からの帰宅途中に脳梗塞を発症して死亡した。その後,P1の妻である控訴人は,P1の死亡は公務に起因するものであるとして,被控訴人に対し,P1の死亡について公務災害認定請求をしたが,被控訴人は,P1の死亡を公務外の災害と認定する旨の処分をした。(2) 本件は,控訴人が,被控訴人のした上記(1)の処分の取消しを求めた事案である。
2 訴訟の経過
原審裁判所は,控訴人の請求を棄却した。これに対し,控訴人が,本判決の主文と同旨の判決を求めて控訴した。
3 争いのない事実等(証拠等の引用のない事実は,当事者間に争いがない。)(1) P1の職歴等
ア 控訴人の亡夫であるP1(昭和28年10月29日生)は,昭和51年4月に大阪府堺市公立学校教員に採用され,α小学校勤務を経て,昭和57年4月以降,β小学校に勤務していた。
イ P1は,β小学校において,主として高学年を担当し,昭和63年4月から5年生,平成元年4月からは同学年を持ち上がった6年生,平成2年4月から5年生(5年2組)を担当した。また,昭和59年以降体育主任を務め,昭和61年からは保健主事を兼務していた。
(2) 本件疾病の発症及び死亡
ア P1は,平成2年10月8日,勤務から帰宅する途中の午後8時ころ,自宅付近のローソンγ店において脳梗塞(以下「本件疾病」という。なお,その発生機序については争いがある。)を発症し,同店店員に同店の出入口付近でしゃがみ込んでいるところを発見された。
イ P1は,救急車で医療法人錦秀会阪和病院(以下「阪和病院」という。)に搬送され,さらに医療法人錦秀会阪和記念病院(以下「記念病院」という。)に転送されて治療を受けたが,同月9日夕方ころから脳死状態となり,同月12日午後零時17分に死亡した(転送の事実につき,甲26,27の各1・2,乙31。)。(3) 本件処分
控訴人は,被控訴人に対し,平成3年12月20日,配偶者であるP1の死亡が公務に起因するものであるとして公務災害認定請求をした。これに対し,被控訴人は,控訴人の上記請求につき,平成8年1月11日付けで,P1の本件疾病による死亡を公務外の災害と認定する旨の処分(以下「本件処分」という。)をした。(4) 審査請求
控訴人は,本件処分を不服として,平成8年1月29日,地方公務員災害補償基金大阪府支部審査会に対し,本件処分の審査請求をしたが,平成10年5月22日付けで棄却の裁決を受けた。
(5) 再審査請求
控訴人は,平成10年7月1日付けで,地方公務員災害補償基金審査会に対し,本件処分の再審査請求をしたが,同審査会は,平成10年11月25日付けでこれを棄却する旨の裁決をし,控訴人代理人は,同年12月22日ころ,同裁決の送付を受けた。
(6) 本件訴えの提起
控訴人は,平成11年3月18日,大阪地方裁判所に対し,本件訴えを提起した(記録上明らかな事実)。
4 争点

本件の争点は,P1の本件疾病による死亡が公務に起因するものか否かである。第3 争点に関する当事者の主張
1 控訴人の主張
(1) P1の日常公務の過重性
ア クラス担任の校務
(ア) 平成2年当時のβ小学校の状況
平成2年当時,β小学校では,生活保護家庭及び就学援助家庭の児童数が100分の25を超えており,事務職員が加配されていた。このような家庭の児童の中には,社会的,身体的に困難を抱える者や,基本的生活習慣も身に付いていない者も多数おり,他の学校の教諭以上に生活習慣からの指導が求められるケースが多く,公務は精神的負荷の強いものであった。
(イ) 高学年クラスの担任の仕事の特色
当時のβ小学校の高学年クラスは,低学年に比して授業時間数及び指導教科が多く,社会見学等の行事も増えるとともに,学校全体の行事の準備も行うことになっていた。そのため,クラス担任には,その計画や準備,指導も求められ,低学年と比べてクラス運営が困難であった。また,クラスに要配慮児童(生活面,精神面及び身体面等において,個人に応じた特別な配慮を要する児童)が在籍すると,通常担任が担当しない専科の授業にも注意することが求められた。
(ウ) P1の担当クラスの特色
a P1が本件疾病発症当時に担任をしていた5年2組は,通常10名を超えることはない要配慮児童が39名中27名存在し,そのうち特に指導困難な児童が以下のとおり4名在籍しているという,運営に困難を伴うクラスであった。(a) FM(女児)
FMは,知的障害があり,情緒不安定で,養護学級にも在籍していた。また,家庭環境も複雑で,母から虐待を受け,満足な食事を与えられないこともしばしばあった。さらに,登校拒否気味であり,登校しても教室に入れない,些細なことで泣きわめき教室を飛び出すなどの問題行動が見られた。P1は,FMの自宅まで迎えに行ったり,養護学級に顔を出しては声を掛け,コミュニケーションを図るなど努力を重ねた。また,P1は,FMへのクラスの児童によるいじめでも悩み,繰り返しクラスで指導していた。
FMの養父は,暴力団関係者であり,些細なことでも頻繁に学校に電話をかけてくるため,P1は,その対応に振り回された。平成2年5月ころに養父が逮捕されると,FMの母は,情緒不安定の傾向が進んでFMに一層つらく当たるようになり,FMの問題行動も顕著となった。本件疾病発症前の時期にも,FMの給食のお盆に砂がまかれたり,FMの母が教室前の廊下で騒ぐといった事件があった。(b) FS,YS及びUK
5年2組には,両親の夫婦仲が悪く,いつも朝食を食べずに登校し,精神的にも荒れる時期の多かったFSや,母親がアルコール中毒であったため幼児期を施設で過ごし,当時父子家庭で不潔な傾向があり,いじめの対象になりやすかったYSが在籍していた。
また,2学期になると,遅刻や登校拒否の傾向があり,問題行動も多かったUKが転入した。P1は,UKの欠席,遅刻のたびに,母親と話したり,家まで迎えに行ったりしていたが,迎えに行く必要のある児童が増えたため,P1にとって大きな負担となった。
b 要配慮児童の存在は,その保護者との関係,クラスメイト及びクラスメイトの保護者との関係等の問題が二重三重に絡まって,様々な紛争の芽を抱え,クラス全体の雰囲気を大きく左右する危険性を秘めている。要配慮児童が多いクラス担任は,極めてストレスの高い公務である。
イ 体育主任の校務
P1の体育主任としての最も大きな仕事は,学校水泳と体育会であり,いずれも,肉体的,精神的負担を伴うものであった。
(ア) 学校水泳について
P1は,学校水泳の間,プールの水位の管理を,授業の合間をみて毎日行っていたほか,水質管理のための濾過装置の運転も行っていた。このような作業は,安全が重視される学校水泳に関わるものであることから,肉体的,精神的負担を伴う。P1は,これらの作業を全て1人で行っていたが,P1の死亡後は,分担して行われるようになった。
(イ) 体育会について

体育会については,1学期から始まる計画段階から体育主任が行うべき業務が多数あり,こうした準備のために,体育主任であるP1は,多くのプリントを作成しなければならなかった。
2学期に入ると,体育会の全体・学年練習,リレーの指導,準備係の練習と連合運動会の早朝練習が並行して行われていた。P1は,体育会の練習開始後2週目から,毎朝体育会の全体練習の指導をするなど肉体的負荷のかかる公務を行っていた。
また,平成2年は天候不順のため体育会が延期され,それに伴う授業の組み替えや予定変更によって生じた作業人員の減少などにより,体育会の準備を担当するP1の負担は増大した。
さらに,体育主任の担当である体育会の進行も,状況把握や適切な指示等の配慮を欠かせず,精神的負担は大きい。また,前年度には,放送機器へのいたずらや体育会実施中の盗難があったため,平成2年度は,見回りなどの特別の対策を採ることとなり,これを担当したP1は,当日の運営の面でも通常の体育会以上に気を配っていた。
ウ 保健主事の校務
保健主事は,学校保健における組織活動,保健教育及び保健管理の統括責任者であり,保健体育委員会の責任者でもあって,校医等の学校外関係諸機関との連絡連携等についても対外的に学校を代表するという重責を担う。堺市教育委員会は,保健主事と体育主任の兼任は負担が大きいため,両職務の兼務を避けるよう指示していた。
保健主事は,通常は,養護教諭と連携して上記校務を行うとともに,養護教諭が行う保健室の管理等も連携して行う。ところが,当時のβ小学校の養護教諭であったP2は,大阪府学校保健会養護教諭部会会長であったため,出張が多かった。そのため,P11人が,保健主事の校務のみならず保健室管理までも担うことが少なくなかった。また,P2は,保健室のベッド数を減らしたり,前任者が作成していた「保健だより」の作成を拒否するなどしたため,他の教員と感情的対立を生じていた。そのため,P1は,人間関係の調整という負担も抱えていた。エ ワードプロセッサー(以下「ワープロ」という。)作業
P1は,平成3年度に転勤となる予定であったため,転勤後の次期担当者が利用できるよう,自己所有のものとは互換性のない学校備品のワープロに作成文書を移す作業を行っていた。
P1が平成2年9月1日から本件疾病発症当日までの1か月余りの期間に作成したワープロ文書は70点あり,その作成に要した時間は,70時間45分であると推測される。この時間は,P1の本件疾病発症前1か月余りの時間外労働時間とほぼ一致しており,ワープロ作業によるP1の負担の過重さは明白である。(2) 本件疾病発症前の公務の状況
ア 所定労働時間について
β小学校における教員の正規の労働時間は,平日が午前8時30分から午後5時15分まで,土曜日が午前8時30分から午後零時30分までであり,1週間の所定労働時間は44時間であった。しかし,同校では,昼食時間は給食指導で休憩が取れないなどの事情により,午後4時30分までの勤務で終了してもよいとの扱いになっており,これを公務過重性判断の量的基礎となる労働時間とすべきである。なお,授業の間の休憩時間は,児童の集中力の低下,授業の準備のために設けられたものであって,教員にとって労働の拘束から解放される休憩時間とはいえない。イ 本件疾病発症前1か月間の公務の状況
P1の本件疾病発症前1か月間の公務の状況は,原判決添付の別紙1のとおりである。下記(ア)ないし(ウ)のとおり,この間のP1の公務は,著しく過重なものであった。
(ア) 公務の性質
a いわゆる気配り労働
平成2年9月以降,UKが転入し,クラスに要配慮児童がいることに伴う指導と調整の作業は増加した。また,同年9月中旬にFMの給食のお盆に砂がまかれる事件が起こり,P1は,挫折感を感じるとともに,保護者への対応,クラスの生徒への指導に追われた。
また,大きな行事は,その遂行に伴って様々な児童相互,教員間,保護者相互などの人間関係の調整という新たな気配り労働を生むとともに,それが継続する中でクラス運営にも時間が割けないなどの困難な状態も生む。

b 多岐にわたる公務
本件疾病発症前1か月間のP1の公務には,通常の公務の外に,夏休み中の児童の作品点検,添削,各種コンクールへの出品作品の選考等が加わる。また,体育主任として水泳のためのプールの管理等,体育会及び連合運動会の準備など多岐にわたる公務が課せられる。さらに,保健主事としては,養護教諭出張時の保健室管理が加わる。このように,本件疾病発症前1か月間には,多岐にわたる公務が重なっていた。
c ノルマ・期限
2学期が開始して始まる公務は,一度に生じ,しかもそれぞれ期限が決まっている。その上,天候不順のため,体育会に向けた児童の練習が計画どおりにいかないことも多く,体育会そのものも雨で延期になるなどして,順延日に向けてさらに期限が設定されることになった。こうした連続した期限のある公務により,P1にストレスが形成された。
d 要求度の高さ及び支援度の低さ
P1は,5年2組のクラス運営を前任の校長から託されていた。また,体育会は,年間で最も保護者が注目する行事であり,その運営を円滑にすることは大きな課題であった。したがって,これらは,要求度の極めて高い公務であった。 他方,P1は,体育主任及び保健主事を兼任していたにもかかわらず,クラス担任でない児童の指導にまでかり出されていた。また,当時は,要配慮児童についての支援体制もなかった。すなわち,P1への支援度は極めて低かった。(イ) 疲労の蓄積
P1は,本件疾病の発症前1か月間,連続した行事とその準備,文書作成のためのワープロ作業を休憩時間にも行っているという状態であった。そのため,毎日のように持ち帰りの業務が続いていた。また,体育会に向けての早朝練習もほぼ毎日あり,睡眠時間は減少していた。このように,本件疾病の発症前1か月間,P1は,疲労回復のための休憩,睡眠が十分でなく,疲労が蓄積していた。 なお,平成13年12月12日付け基発第1063号厚生労働省労働基準局長通達(甲133。以下「労災の新認定基準」という。)及び同日付け地基補第239号地方公務員災害補償基金理事長通知(甲132。以下「新認定基準」という。)においても,「疲労の蓄積」という考え方が採用されている。
(ウ) 時間外労働時間
P1の発症前1か月間の時間外労働時間は,合計100時間50分を超えている。このような時間外労働時間は,労災の新認定基準において業務と発症との関連性が強いとされる「発症前1か月間におおむね100時間」との要件や,新認定基準において特に過重な職務として例示される「発症前1か月程度にわたる,過重で長時間に及ぶ時間外勤務(発症日から起算して,週当たり平均25時間程度以上の連続)」との要件を,いずれも満たしている。
ウ 本件疾病発症前1週間の公務の状況
P1の本件疾病発症前1週間の公務の状況は,原判決添付の別紙2のとおりである。下記(ア)及び(イ)のとおり,この間のP1の公務は,著しく過重なものであった。
(ア) 公務の性質
a 10月2日(火曜日)
P1は,所定の出勤時刻より40分早く出勤した。テントの設営等の力仕事や屋外における体育会の練習の指導監督は,相当な負担であった。さらに,体育会の準備に不備が多く,手直しのため,退勤時刻は,所定の時刻より2時間も遅くなった。その上,帰宅後も体育会に向けた最終チェックを約2時間にわたり行い,疲労が取れないまま翌日の公務に従事することになった。
b 10月3日(水曜日・体育会当日)
P1は,午前5時に起床し,所定の出勤時刻より2時間10分も早く出勤した。P1は,体育会全体の責任者という立場上,他の教職員とは比較にならない重圧を感じていた上,担当外の仕事や,後片付けにおける力仕事のため,心身ともに疲れ果てた。しかし,帰宅後も,翌日の社会見学の準備等を80分行った。このような持ち帰り残業は,P1の疲労回復を著しく妨げた。
c 10月4日(木曜日・社会見学)
P1は,所定の出勤時刻より40分早く出勤し,体育会の疲労から回復しないまま,社会見学に臨むことになった。
電車による児童の引率は,様々な危険の防止に努めなければならず,精神的負担
が極めて大きい。学年主任のクラスが乗る電車を間違えそうになったり,児童が線路内に傘を落とすというトラブルがあった。また,児童も体育会翌日で集中力を欠いていた上,雨天のため晴天時に比べて負担は重かった。さらに,見学先の工場では,事前の依頼にもかかわらず,見学対象のロボットを動かせてもらえず,精神的に大きな負担がかかった。
P1は,午後4時40分に退勤して歯科を受診し,午後7時30分頃に帰宅した。帰宅後は,3時間余り,持ち帰り残業をした。
d 10月5日(金曜日)
P1は,午前6時起床の予定であったが,午前6時30分にようやく起床した。しかし,眠気がさめず,不機嫌であった。連合運動会の説明会の最中も,しきりに生あくびをしたり,居眠りをしていた。これらの事実は,体育会及び社会見学により,P1が疲労していたことを示すものである。
β小学校で開催された連合運動会の説明会には,事前の依頼に反して,自動車で来た者が多かった。そのため,P1は,警備員に苦情を言われながら,自らも交通整理を行った。このような余分な仕事は,大きな負担となった。上記説明会の終了後,P1は,友人の教諭に対し,連合運動会の組立体操の指揮に非常にプレッシャーを感じていることを話していた。また,連合運動会のバスケットボール担当者(他校の教諭)から,突然,ゴールを固定するために多数の砂袋をβ小学校で準備するよう依頼を受け,自校の教諭との間で板挟みとなった。
P1の出勤時刻は所定の時刻よりも1時間早く,退勤時刻は所定の時刻より1時間35分遅かった。P1は,帰宅後,約3時間の持ち帰り残業を行った。このような持ち帰り残業が,P1にとって大きな負担であったことは明らかである。e 10月6日(土曜日)
P1は,前日に引き続き朝から疲れ切った様子で,なかなか起きられなかった。出勤時間は,所定の時刻よりも50分早かった。
P1は,出勤後,連合運動会の早朝練習を指導し,午前8時から30分間,ワープロ作業を行い,その後も,授業の合間には,一心不乱にワープロ作業を行っていた。また,放課後も,1時間余りにわたってワープロ作業を行った。 P1は,午後4時ころ帰宅し,夕食後,午後9時頃から午後10時50分頃まで,2時間弱の持ち帰り残業を行い,これによって疲労の回復が妨げられた。f 10月7日(日曜日)
P1は,午前8時15分ころ自分で起床したが,気分がすぐれないと言い,午前9時30分ころから1時間ほど公園に子供らを連れて行って遊ばせ,帰宅後は,眠くてたまらないと言って仮眠をとったが,ずっと眠たい様子であった。このようなP1の言動は,心身の蓄積疲労が限界をはるかに越え,少々の休養や睡眠によっては回復不可能となっていたことを示すものである。
g 10月8日(月曜日・本件疾病発症当日)
下記エのとおり。
(イ) 時間外労働
P1の本件疾病発症前1週間の時間外労働時間は,合計38時間に達している。エ 本件疾病の発症当日(10月8日)の公務の状況
本件疾病発症当日の公務の状況は,原判決添付の別紙2の同日欄記載のとおりである。休憩はほとんどなく,総労働時間は11時間30分,超過勤務時間は3時間30分であった。
P1は,朝の会では不機嫌な様子で,児童らの話を聞いている様子もなく,同僚から話しかけられてもうつろな表情をして答えなかった。体育の時間には,バスケットボールのシュートをした後,つらそうに胸に手を当てて座り込んでいた。さらに,給食の際には,配膳をしていた女児を大声で叱責し,両手で突き飛ばした。これらの言動は,普段のP1からは考えられないものばかりである。 P1は,休み時間をすべて使った上,授業時間中も自習をさせてまでワープロ作業をしていた。このことも,P1の心身の疲労をさらに悪化させた。(3) P1の本件疾病による死亡の公務起因性
ア 本件疾病の機序
(ア) 心原性脳塞栓症
本件疾病は,心原性脳塞栓症(心臓疾患が原因で発生した血栓が,動脈を流れて脳に入って起こす脳梗塞)であり,脳血栓(血栓が徐々に増大して血管内腔を閉塞し,段階的に症状が悪化する。)ではない。その理由は,以下のとおりである。 ①P3医師の意見(甲102,証人P3〔当審〕)及び②P4医師の意見(甲1
35の1,証人P4〔当審〕)は,控訴人の主張に沿うものであり,③労災の新認定基準を定める際の専門検討会の報告書(甲138)も,P3医師及びP4医師の各意見に合致している。④また,P5医師の意見(乙67,証人P5〔当審〕)も,本件疾病が脳血栓であることを否定している。⑤さらに,本件疾病を脳血栓であるとするP5医師の意見(甲27の2)は,控訴人の主張を否定するに足りない。すなわち,同意見は,塞栓には突然の発症が多いとしつつ,本件疾病については発症様式が不明であるため塞栓か血栓かの判断は困難とした上で,P1にAf(心房細動)等の不整脈が認められなかったこと,やや血圧が高く,糖尿病や喫煙歴もあることなどから,これを脳血栓とするものである。しかし,本件疾病は急激に発症したことが明らかである(甲136の3)。また,P1の退院時要約(甲155の2)には,心電図にAfの所見があったことが明記されており,不整脈が認められなかったというのは誤りである。
(イ) 外傷性脳塞栓症(外傷性頸動脈閉塞症)について
P1は,自らの言葉で「殴られた」と述べたものではない上,脳血管障害が急激に生じたときには,殴られたようなショックを感じることもある。また,P1には,殴られた場合に通常生ずる打撲傷は存在せず,皮下出血も生じていない。これらの点からすれば,本件疾病を外傷性脳塞栓症(外傷性頸動脈閉塞症)とするP5医師の意見(上記(ア)④)は根拠のないものである。(ウ) 本件疾病の機序に関する被控訴人のその他の主張について 被控訴人の主張は,動脈原性脳塞栓症,卵円孔閉存による脳梗塞,本件疾病の治療の際に投与された薬剤による副作用などを挙げて,本件疾病及び死亡の原因不明論に逃げ込もうとするものである。既に主張したとおり,本件疾病が心原性脳塞栓症であることは,証拠上明らかである。
(エ) 控訴人の主張の変更に関する被控訴人の主張について
a 自白の撤回について
本件の要件事実は,①P1の従事していた公務の過重性,②P1の死亡,③上記①と②との(相当)因果関係であり(地方公務員災害補償法〔以下「地公災法」という。〕31条参照),P1がいかなる疾病により死亡したかは,上記③の有無を推認させる間接事実にすぎない。間接事実の自白に拘束力はなく,被控訴人の主張には理由がない。
b 信義則違反について
控訴人は,既に控訴理由書において,本件疾病についての主張を「脳血栓」から「脳塞栓」に変更する旨を明確にしている。また,控訴審における審理も,この点を中心として当事者双方の主張・立証が行われてきた。控訴人による主張の変更は,信義則に反しない。
イ P1の公務と本件疾病との因果関係
(ア) 控訴人の主張
心原性脳塞栓症は,心房細動等の不整脈により,心房内に生じた壁在血栓が脳血管にまで至り,それが栓子となって脳血管を閉塞して生ずる脳梗塞である。そして,ストレスや過労といった精神的・身体的負荷は,血栓形成を促進させる。また,ストレスや過労によって不整脈が発生し,突然死の原因となることは,医学的見地から充分考えられ,過労死の労災(公災)認定においても,それを前提として判断がされている。
P1は,本件疾病の発症前1か月間の過重な公務による疲労が蓄積していたところに,本件疾病の発症1週間前の過重な公務が重なり,心身の蓄積疲労が限界をはるかに越え,少々の休養や睡眠によっては回復不可能な状態にまで陥っていた。このようなストレス,過労によって,心房細動等の不整脈が生じ,心房内に生じた壁在血栓が脳血管にまで至って,本件疾病が発症した。したがって,P1の本件疾病による死亡には,公務起因性がある。
(イ) P1が有していた危険因子について
a 甲状腺機能亢進について
40歳未満の若年層においては,甲状腺機能亢進は,重症のものしか心房細動を合併することはない(甲130,135の1)。P1の甲状腺機能亢進は軽微なものであって,本件疾病との因果関係はない。
b 糖尿病について
糖尿病は,脳血栓においては動脈硬化の促進因子として発症との関連はあるが,脳塞栓の発症については関連はほとんどない。P1は,本件疾病発症当時,糖尿病については運動療法と食事療法のみで,薬剤の投与はされていなかった。したがっ
て,本件疾病と糖尿病との間に因果関係はない(なお,本件疾病発症前の血糖コントロールの一時的悪化は,過重な公務による過労,ストレスに起因する。)。c その他の危険因子について
喫煙については1日1箱(20本)程度であり,通常の喫煙者の量を上回るものではない。被控訴人は,治療に対する指示の不遵守,不摂生をも主張するが,それは公務の多忙さによるものである。また,P1が本件疾病発症当時肥満であった事実はない。
ウ 治療機会の喪失について
P1には,本件疾病発症の約1,2週間前から一過性虚血発作が出現しており,この段階において医療機関で治療を受けていれば,本件疾病の発症を防止できた。しかし,P1は,クラス担任や自らが責任者となる重要な行事が連続していたため,受診することができなかった。P1の治療機会の喪失は,その公務に起因するというべきであるから,P1の本件疾病による死亡には公務起因性がある。2 被控訴人の主張
(1) P1の日常公務の過重性について
ア クラス担任の校務について
(ア) 平成2年当時のβ小学校の状況について
低所得層の家庭の児童が多いからといって問題行動を起こすとは限らない。また,事務職員の加配は,諸事務処理に要する事務職員の補充をするものであって,教諭にとって負担の増大を意味するものではない。
(イ) 高学年クラスの担任の仕事の特色について
高学年の担任の負担が大きいことは,β小学校特有の問題ではないし,専科の教諭が担当する科目もあり,クラス担任の授業時間数が多いわけではない。高学年では,学外行事が他の学年に比較して多くなってくるが,これらは授業の一環として行われるもので,そのために教員の勤務時間数が増えるようなことはない。しかも,P1は,β小学校では,一度4年生の担任をした以外は,全て5,6年生の担任をしており,高学年の担任に習熟していた。
(ウ) P1の担当クラスの特色について
P1の担当クラスの要配慮児童には,アトピー性皮膚炎や視力異常などの身体面での配慮を要する児童が多かったのであり,その存在がP1の労働負担になったとはいえない。
FMに関しても,P1は,養護学級教諭と分担協力して指導しており,障害児担当による負荷としては,一般的な程度であった。FMは,平成2年5月中旬から7月ころにかけて,家庭の問題で情緒障害を悪化させたが,大半を養護学級で過ごしており,P1の労働負荷は増加していない。
また,同年9月に転入してきたUKについては,発症前1か月程度の対応期間しかなく,P1が同児童宅へ連絡したり家庭訪問するなどの労働負担を負ったとの事実はない。
いじめ等は,学級運営上通常起こりうる問題にすぎず,本件において,これらが全校的な問題として処理された形跡もない。
イ 体育主任及び保健主事の校務について
P1は,本件疾病発症まで4年6か月間,体育主任及び保健主事の校務を兼任していたが,これらによって,特別に時間外労働が必要となったわけではないし,本件疾病発症前1か月間ないし1週間に従前と比較して業務量が増加したこともない。
体育主任及び保健主事の校務は,体育的行事及び保健安全的行事の年間指導計画の立案である。立案された体育的行事及び保健安全的行事は,保健体育委員会に提案され,同委員会のメンバー又は同委員会が中心となって実施される。体育会や連合運動会は同僚又は他校の教諭と共同して,保健安全的行事も養護教諭等と協力して,それぞれ行われたのであって,P1のみに負担がかかっていたわけではない。 さらに,P1は,これらの校務については十分に習熟していた上,以前からの資料や実績もあり,特に新しいことをしたわけではない。したがって,P1がこれらの校務に従事したことにより,特に精神的,肉体的負荷を受けていたわけではない。
ウ ワープロ作業について
控訴人主張の文書全部が控訴人主張の期間に作成されたかは不明である。また,P1は,遅くとも備品のワープロを平成元年度から使用していたから,前年度の文書を修正するなどすれば足り,ワープロ作業に控訴人主張のような時間は要しない
し,本件疾病発症前1か月余りの期間に控訴人主張のような長い時間をとれるはずがない。P1は,本来職務上作成すべき文書を手書きでなくワープロで作成したものにすぎないから,ワープロ作業による負担が過重であったということはできない。
(2) 本件疾病発症前の公務の状況について
ア 所定労働時間について
β小学校において,教員が午後4時30分以降は退出していたとしても,公務が軽減されていたことによるから,時間外勤務時間数の算定は,正規の勤務時間(平日午前8時30分から午後5時15分まで)が前提となる。
同校では,午前中に3回に分けて合計35分間,午後に25分間(給食時間後)及び5分間の休憩時間がある。P1が,休憩時間中に休まず働いていたということはあり得ない。また,給食指導の時間についても,P1において食事がとれないわけではない。
イ 本件疾病発症前1か月間の公務の状況について
P1は,授業,体育会の準備及び全体練習,連合運動会の早朝練習等に従事し,時間外勤務も行っている。しかし,その内容は,通常の日常公務の範囲内のものであり,時間外勤務時間数も多くはないことから,本件疾病を発症させるほどの過重性があったとはいえない。また,P1が自宅で行ったという作業については,例年同様の資料を作成していることや,これまでの勤務経験からみても,内容的に困難性の高い作業とはいえず,それほど長時間を要するものとも考えられないし,持ち帰りの仕事は自己のペースで行うことができる点からいっても,負担の大きなものとはいえない。したがって,P1が,これらの作業により精神的,肉体的に負荷を受けたとはいえない。
ウ 本件疾病発症前1週間の公務の状況について
(ア) P1は,通常授業のほか,体育会,その全体練習及び準備,社会見学並びに連合運動会の練習指導及びその説明会への出席といった公務を行っている。これらは通常の日常公務の範囲内であり,下記のとおり時間外勤務もさほど多いものではないから,特に過重負荷を生じさせるものではない。
P1は,体育会関連の公務については体育主任として企画,運営の中心的役割を担い,連合運動会関連の公務については市内東部ブロックの組体操担当として演技内容の立案,指導を行った。連合運動会の準備は6年生の担任と保健体育委員会とで行い,組体操についても他校の教諭と共同して行っているのであって,P1にのみ作業が集中していたわけではない。また,連合運動会は,毎年実施され,平成2年度においても例年どおりの計画で行われていることから,特に困難な公務ではない。
(イ) 体育会が雨天の場合に延期となることは当初から予定されていたことで,突発的な出来事とはいえず,延期に際しての作業も特に困難なものとは認められない。また,体育会及び社会見学のいずれについても,他の小学校においても通常行われている行事であり,教諭にとっては通常の公務の範囲内である上,これら学校行事が実施された当日,特にトラブルが発生した事実もない。したがって,P1がこれらの学校行事に2日間連続して従事したとしても,特に過重な公務であったとはいえない。
(ウ) 平成2年10月2日から同月8日(本件疾病発症当日)までの時間外勤務時間数は,合計13時間25分程度で,さほど多いものではない。エ 本件疾病発症当日の公務の状況について
教育実習生の指導は,他の教諭が担当であり,P1は同僚教諭とともに指導教諭に協力していたのであるから,過重な公務とは認められない。他の公務も,通常の日常公務の範囲内のものであり,時間外勤務時間数も多くはなく,特段の出来事もなかった。
オ 休業期間について
P1は,平成2年7月20日から同年8月31日までは児童の夏休みで授業もなく,その間には日曜日以外に23日間の自宅研修名目の休暇も取得している。したがって,仮に,P1に夏休みまでに何らかの精神的,肉体的疲労があったとしても,この休業期間中に十分に回復し得た。
(3) P1の本件疾病による死亡の公務起因性
ア 公務起因性の判断基準
(ア) 客観的相対的有力原因説
地方公務員の疾病が地公災法による災害補償給付の対象となるには「公務上」の
災害によることを要する。「公務上」とは,当該公務と疾病との間に,相当因果関係の存することを意味し,相当因果関係を認めるためには,公務が災害を引き起こすその他の要因との関係で相対的に有力な原因であったことが必要である。そして,地方公務員災害補償制度の趣旨に照らせば,公務過重性は,同種,同僚の公務と比較して客観的に判断されるべきである(客観的相対的有力原因説)。(イ) 旧認定基準
地方公務員災害補償基金(以下「基金」という。)は,従来,「公務上の疾病」の認定基準を定めた理事長通達(昭和48年11月26日地基補第539号・最終改正昭和61年1月27日地基補第8号)及び同通達2(3)シの「公務と相当因果関係をもって発生したことが明らかな疾病」の運用基準を定めた通知(平成7年3月31日地基補第47号。以下「旧認定基準」という。)に従って,脳・心臓疾患の公務上外認定行政を運用していた。
(ウ) 新認定基準
a 厚生労働省は,平成13年12月12日に脳・心臓疾患の認定基準を改正し,労災の新認定基準を定め(甲133),基金も,同日付けで脳・心臓疾患の認定基準を改正した(甲132・新認定基準)。主な改正点は次のとおりである。(a) 脳・心臓疾患の発症に影響を及ぼす職務による明らかな過重負荷として,長時間にわたる疲労の蓄積を考慮することとした。
(b) 上記(a)の評価期間は比較的長期間(発症前概ね半年程度とするが,特別の事情が特に長期間に及ぶことを余儀なくされていた場合は概ね1年間程度)とした。
(c) 認定の重要な要件として従事期間別(1週間,1か月,1か月以上)の時間外勤務時間数を明示した。
(d) 時間外勤務時間数に加えて評価する職務の過重性評価の具体的要件(勤務形態・時間,業務内容・量,勤務環境,精神的緊張の状況及び疲労の蓄積等)を明示した。
(e) 認定対象疾病の心停止を重症不整脈(心停止,心室細動等)に改めた。b 新認定基準は,上記a(a)及び(b)について,心・血管疾患及び脳血管疾患が公務上の災害と認められる要件の一つとして,発症前に,通常の日常の職務に比較して特に過重な職務に従事したことを挙げる。また,「通常の日常の職務に比較して特に過重な業務に従事したこと」に関する同(c)の時間外勤務時間については,以下の場合を挙げている。
(a) 発症前1週間程度から数週間(「2~3週間」をいう。)程度にわたる,いわゆる不眠・不休又はそれに準ずる特に過重で長時間に及ぶ時間外勤務を行っていた場合。
(b) 発症前1か月程度にわたる,過重で長時間に及ぶ時間外勤務(発症日から起算して,週当たり平均25時間程度以上の連続)を行っていた場合。(c) 発症前1か月を超える,過重で長時間に及ぶ時間外勤務(発症日から起算して,週当たり平均20時間程度以上の連続)を行っていた場合。c なお,旧認定基準の新認定基準への改正によって,従前の認定の考え方に変更が加えられたものではない。
イ 本件疾病の機序について
(ア) 被控訴人の主張
本件において,本件疾病が脳塞栓であることを立証する具体的な証拠はない。病理解剖結果等の絶対的な証拠はない上,本件疾病に関する医師の意見は,脳血栓とするもの,脳塞栓とするもの,外傷性頸動脈閉塞症とするものなど分かれており,未だ本件疾病を脳塞栓症と断じるには足らない。
すなわち,①本件疾病を心原性脳塞栓症であるとするP3医師及びP4医師の意見は,誤った医学的知見を前提としており,また,P1について一過性心房細動以外のリスクの存在(動脈原性脳塞栓症,卵円孔閉存による脳梗塞,本件疾病の際の薬剤による副作用等)をすべて除外するに足りる検査も行われていないから,採用できない。②一方,本件疾病を脳血栓であるとするP5医師の意見(甲27の2)は,同医師が,P1に関する全ての資料(カルテ等)が揃っていたと思われる時期に,自らP1の診療に従事し,かつ,カルテ等の全体について直接見たり,診療に従事した他の医師等への照会により把握し得た者であることに照らし,尊重すべきである。③また,P5医師の意見(乙67,証人P5〔当審〕)に照らし,本件疾病が外傷性脳血栓である可能性も排斥できない。
(イ) 控訴人の主張の変更について

a 自白の撤回
控訴人は,本件疾病について,原審においては脳血栓である旨主張していたのを,控訴審において脳塞栓であると変更した。これは,自白の撤回に当たり,許されない。
b 信義則違反
上記aのような控訴人の主張の変更は,訴訟上の信義則に反し,許されない。ウ P1の公務と本件疾病との因果関係
(ア) 時間外勤務時間について(新認定基準との関係)
a P1の発症前1週間の時間外勤務時間数は,控訴人提出の証拠によっても,最大13時間25分程度であり,「不眠・不休又はそれに準ずる特に過重で長時間に及ぶ時間外勤務」との要件を満たさない。
b また,P1の発症前1か月間の時間外勤務時間数についても,控訴人提出の証拠をそのまま採用しても,「発症日から起算して,週当たり平均25時間程度以上の連続」との要件を満たさない。
c さらに,7月20日から8月31日までの間は夏休みであり,その間,P1は,日曜日以外に自宅研修名目で23日の休暇を取得していたから,「発症前1か月を超える,過重で長時間に及ぶ時間外勤務(発症日から起算して,週当たり平均20時間程度以上の連続)」との要件を満たさない。
(イ) 危険因子の存在
a 糖尿病
P1は,糖尿病に罹患していたが,これは,脳梗塞及び動脈硬化の直接的な危険因子である。そして,P1の糖尿病の程度は,決して軽いものではなかった。b 甲状腺機能亢進
P1は,平成元年11月には甲状腺機能の亢進がみられ,投薬を受けていた。そして,P1の父親がバセドウ病の治療を受けていたことから,P1の甲状腺機能亢進もバセドウ病であったと考えられる。
c 喫煙
P1は,1日20本あるいはそれ以上の喫煙をしていた。喫煙は,動脈硬化の3大危険因子の1つである。
d 肥満
P1は,少なくとも昭和60年から昭和63年までの間は肥満だったのであり,そのため,動脈硬化,糖尿病などが進行していた。なお,平成元年5月ころより体重が減少しているが,糖尿病の病状が進行していたことによる。
(ウ) 本件疾病によるP1の死亡と公務との相当因果関係の不存在 P1には,上記(イ)のような危険因子が存在していた上,本件疾病発症前の公務も過重なものではなかった。また,本件疾病は,10月3日(水)の体育会から5日後の同月8日夜に発症したものであり,その時点では,体育会による肉体的疲労,精神的ストレスは既に回復している。疲労やストレスが回復していなかったとすれば,持病の糖尿病や甲状腺機能亢進症に起因するというべきである。さらに,既に述べたとおり,本件疾病が脳塞栓であるとは断定できないし,仮に脳塞栓であったとしても,動脈原性脳塞栓症,卵円孔閉存による脳梗塞,本件疾病の治療の際に投与された薬剤による副作用といった可能性も否定できない。また,P1に心房細動があったとしても,自然的条件による睡眠障害,喫煙癖,コーヒーの多飲,眠り過ぎなどによる生活リズムの乱れなど,公務以外の事情ににより招来された可能性も大きい。本件疾病によるP1の死亡と公務との間に相当因果関係があるとは断定できない。
エ 治療機会喪失の主張について
本件疾病発症前1ないし2週間のP1の行動の異常は,一過性虚血発作によるものであるとは認められないし,仮に一過性虚血発作であったとしても,糖尿病,肥満,喫煙,家族性などのP1の危険因子によってもたらされ,悪化した動脈硬化によるものであった蓋然性が大で,公務起因性は認められない。
P1の寝起きの悪さ,居眠り,生あくび,動きが緩慢でしゃべる内容もわかりにくいなどの症状は,糖尿病又はこれによってもたらされた動脈硬化症によるもの,若しくは甲状腺機能亢進症等に起因するものである。
第4 当裁判所の判断
1 当裁判所は,控訴人の請求は理由があるものと判断する。その理由は,以下のとおりである。
2 事実の認定

(1) P1の公務について
争いのない事実等,証拠(甲16,17,19,21ないし23,25の1~9,26の2,28,29の2・3,30,31の1,32,33,35の1・2,36,37,40,41の1・2,44,45,56,57の1~7,77,80,82の1~32,83の1~81,85,87ないし89,91,乙4,6ないし25,27ないし30,証人P7,同P8,同P9,控訴人本人〔いずれも1審〕)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。ア 平成2年当時のβ小学校の状況
β小学校は,平成2年10月当時,全児童数623名,各学年3クラスに加えて養護学級を併設し,教職員数は22名である。そのうち男性教諭は4名(管理職を除く。)であり,堺市立小学校の中でも女性教員の比率が高い小学校であった。同校では,生活保護及び就学援助といった公的扶助を受けている家庭の割合が基準割合(100分の25)を超えていたため,法律の定めに基づいて,事務職員が2名加配されていた。
同校の教員の正規の勤務時間(平日)は,始業時間が午前8時30分,終業時間は午後5時15分(土曜日は午後零時30分)であった。ただし,同校では,下記の昼食の時間帯(45分間)は給食指導を行うことから休憩に当たらないとの扱いをしており,そのため午後4時30分には退勤することが許されていた。 同校の5年生担任教諭の1日の標準的な日課は,次のとおりである。すなわち,1校時45分単位の授業を5分ないし15分の休憩時間を挟んで午前4校時,午後2校時の合計6校時行う。その間の午後零時20分から午後1時5分までは給食,午後1時5分から午後1時30分までは休憩,午後1時30分から午後1時43分までは清掃であり,午後3時20分以降放課後となり,児童は午後4時30分(ただし,11月及び12月は午後4時10分)までに下校することとなっている。土曜日は授業は3校時で終了し,児童は午後零時に下校することとなっている。授業時間は,週当たり33校時となるが,家庭科及び音楽の合計4校時は専科教諭が担当することとされていた。
イ P1の日常公務
(ア) クラス担任について
P1は,β小学校に赴任した後は,4年生を一度担当した以外は,5年生,6年生といった高学年を担当してきた。
P1が平成2年度に担当した5年2組は,同年10月当時,男子22名,女子17名の合計39名のクラスであった。P1は,昭和63年度及び平成元年度は持ち上がりで5,6年生の担任を受け持っており,平成2年度は高学年の担任になることを希望してはいなかったが,当時の校長の意向を受けて,同年4月から,下記のとおり要配慮児童が多数含まれる5年2組の担任を受け持つことになった。P1は,上記のとおり高学年の担任として経験を積んでいた上,同年度の5年生の担任では唯一の男性教諭ということもあって,他の教諭から非常に頼りにされており,児童にとって「怖い先生」として,しばしば他のクラス(なお,平成2年度の5年生クラスは3つであった。)の児童の指導も行うことを求められた。 5年2組は,アレルギー性疾患の児童がクラスの3分の1を占め,その外,腎臓病や斜視,視力異常などの身体面や,家庭状況や性格などの生活面で配慮を要する児童(要配慮児童)が,39名中27名(そのうち1名は,2学期に転入してきたUKである。)を占めており,そのうちの4名は,以下のとおり,特に指導上問題のある児童であった。P1は,家庭における控訴人との会話においても,これらの児童のことを話題にするなど,その指導について,心を砕いていた。なお,5年生の児童の中で,平成2年の校内夏季研修の際の事例研究において取り上げられたのは,P1のクラスの児童だけであった。
a FMについて
FMは,軽度の発達遅滞を有する児童で,養護学級にも在籍していた。姉及び弟がいたが,父親は全て異なっており,姉や母親にも知的障害があった。平成2年当時は暴力団関係者である養父が同居し,住居には暴力団員が出入りするという地域の中でも問題視されている家庭であり,FMは,両親から身体的虐待や養育放棄を受けていた。このような事情から,FMは,情緒不安定であり,些細なことで泣きわめいて教室を飛び出すなどの問題行動が見られ,そのことがクラスの児童には自己中心的と映り,いじめの対象にもなっていた。
β小学校では,知的障害を有する児童のうち重度の者は,主として養護学級で教育するが,軽度の者については,養護学級の担任と通常学級の担任とが共同で教育
に当たることとなっていた。FMは,軽度の知的障害であったため,P1は,養護学級担当教諭のP8と連絡を取りながらFMの指導に当たっており,給食及び体育,音楽,家庭科,理科の実験や社会見学の際には,P8がFMに付き添っていた。
FMは,平成2年5月の連休ころまでは,ほぼ順調に学校生活を送っていたが,そのころ養父が逮捕され,母親も子供の養育を十分に行わなくなったという家庭内の事情から,連休明け以降,情緒不安定になった。そのため,通常学級で学校生活を送ることができず,主に養護学級で過ごすようになった上,登校拒否の傾向も現れた。このため,P1は,クラスの児童にFMを迎えに行かせたり,登校時間を過ぎても登校していないときは自ら迎えに行ったりもしていた。また,P1は,養護学級に顔を出してFMに声をかけるなどして,FMとの接触を断たないようにしていた。これらの経過を経て,FMは同年7月ころには再び5年2組で学校生活を送ることができるようになった。
しかし,同年9月上旬には,FMの給食のお盆に砂がまかれたり,FMの母親が,FMがクラスの児童にいじめられているとの噂を聞いて授業中の教室や同じ団地に住むクラスの児童宅に怒鳴り込むということがあり,P1は,その対応をしなければならなかった。
b FS,YS及びUKについて
FSは,当時両親の夫婦関係がうまくいっておらず,母親が家事育児への意欲を失っていたために,朝食を全く食べずに登校するなどし,他の児童と2人組みになって問題行動を起こすようになっていた。また,YSは,母親がアルコール中毒だったために幼児期を施設で過ごした児童であり,当時父子家庭で,長期間風呂に入っていない等の不潔な傾向が見られ,他の児童からのいじめの対象となりやすい児童だった。さらに,UKは,2学期にP1のクラスに転入してきた児童であるが,登校拒否傾向があり,不登校の日にはP1が迎えに行くなどした。(イ) 体育主任の校務について
a P1は,昭和59年度以降,体育主任を担当していた。体育主任は,体育的行事のほか,保健安全的行事の年間指導計画を毎年4月に立案し,各学年の担任より1名,担任外1名,養護教諭,校長及び教頭の10名によって構成される保健体育委員会に提案することになっていた。しかし,同委員会に校長及び教頭が出席したことはなく,実際にはP1が中心となって同委員会を運営していた。b 体育委員会が主として取り組む体育的行事は,毎年6月20日ころから9月10日ころまで行われる学校水泳と,秋に行われる体育会及び連合運動会である。 水泳指導のある日は,P1は午前8時から,学年によって3段階に分かれている水位の調整や,水質の管理を行い,また,終了後には後始末などを行っていた。 体育会の運営は,体育主任が7月初旬に行われる保健体育委員会に体育会実施計画案を提案し,同月末の職員会議にかけた後,体育主任が細部について実施案を作成した上,8月末に再度体育委員会で検討し,9月始めの職員会議で準備や当日の役割分担を決定するという段取りで行われていた。P1は,体育主任として,体育会の準備が予定どおり進んでいるかを把握し,その調整にあたっていた。c また,平成2年度は,β小学校は連合運動会の当番校に当たっており,P1は,同小学校の唯一の体育部員として,その運営に携わっていた。連合運動会は,堺市の91の小学校を4ブロックに分けて,各小学校の6年生の児童が全員参加して行われるものであり,P1は,23の小学校からなる東部ブロックの約2900名の児童全員が行う組体操の指導を,他校の教諭1名と共同で担当していたほか,当日の全体指揮も担当する予定であった。P1は,平成2年10月16日の開催に向けて,夏季休業中から組体操の原案を作成するなどの準備を進め,同年9月には各小学校の代表児童に組体操を指導するため,β小学校の児童12名に対する模範演技の指導をしていたが,通常は体育会で行う組体操の演技と同じ演技を実施するところ,平成2年度は体育会での6年生の演技内容が連合運動会とは全く違うものであったため,児童がなかなか修得できず,その指導に際しても負担があった。また,β小学校では,同年9月から,連合運動会に向けて午前7時30分から45分間,リレーその他の早朝練習を実施しており,同年9月中に15回,同年10月中は本件疾病発症前までに少なくとも2回は実施され,P1はこれの指導をした。P1は,本件疾病発症直前ころ組体操の指揮がうまく取れるか,スムーズにプログラムを終わらせることができるかと不安を同僚に訴えていた。
d 平成2年9月中旬以降月末にかけては秋雨前線や台風の影響で雨の降る日が多く,体育会の全体練習は9月20日,同月25日,同月28日,同月29日と相次
いで雨天のため中止となり,同月30日の体育会も,台風のため延期となった。P1は,中止の都度雨で流れた練習時間を捻出するために時間割を組み直したり,延期に関するプリントの作成などの事後的対応を行わなければならなかった。(ウ) 保健主事の校務について
a P1は,昭和61年度から,保健主事も担当していた。保健主事は,委員会を通じて学校,家庭,地域の連携を図る組織活動や,保健教育,保健管理といった保健活動の計画管理,調整等を行う責任者である。保健主事の校務は,各種健康診断の立案,実施,予防接種の実施,保健教育指導,学校保健の理解のための職員研修,学校安全のための安全指導,安全点検,避難訓練の実施等,広範囲なものである。その校務に関しては,堺市教育委員会作成の「昭和58年度学校保健安全に関する役割分担の手引」(甲96,乙30)では,「保健主事が専任制でない現在,ほとんどが学級・教科担任をしながらの執務であるので,できるだけ授業時間数の軽減などをして活動時間の確保をしなければならない。また,学年主任や体育主任など他の校務分掌をあまり兼ねないことも大切である。」との示唆がされている。b β小学校では,昭和63年3月までは,養護教諭に保健主事の校務の大部分を補助してもらい,保健主事は避難訓練(火災,地震),交通安全教室といった保健安全的行事の企画,実施のみを行えばよいとされていた。しかし,同年4月の異動により養護教諭として赴任してきたP2は,大阪府学校保健会養護教諭部会会長の地位にあり,校外公務が多忙で出張も多く,それまで養護教諭が代替して行っていた保健主事の校務についても,P1が行わなければならなくなった。このために増加した校務の内容は,P2出張の際(なお,同教諭は,平成2年9月から本件疾病発症までの間に4回出張している。)の保健室管理,休養者の扱い等(留守家庭への連絡,休養者の下校手配,保健委員会児童の指導,器具の管理等),保健安全的行事の遂行(各種健康診断,予防接種等のプリント作成と配付,校医との連絡,歯の衛生週間ポスターの募集,歯磨き指導のための連絡,準備,事前指導,就学前健康診断の計画,実施,次年度の年間指導計画の立案)等多岐にわたるものであった。また,P2は,校内のプリント類を自ら作成しようとしないため,平成2年4月以降,P1が学校の備品のワープロで,保健関係の文書を作成していた。c 堺市では,平成2年度に初めて職員独自の健康診断が実施されることになった。ところが,堺市教育委員会がその事務処理を担当する係をはっきり指示しなかったため,保健主事であるP1が教頭ととともに同年11月2日の実施にあたっての連絡調整も行うこととなり,P1はそのためのプリント作成もしなければならなかった。
(エ) ワープロ作業について
β小学校では,昭和63年9月にワープロが備品として備え付けられたが,P1が昭和62年ころに自費で購入したワープロとは互換性がなかった。P1は,平成3年度に持ち上がりで6年生を担任すると,β小学校に赴任して10年となるため,同年度末での異動を予想しており,その場合の後任者の便宜等のため,平成元年度以降,体育主任関係や保健主事関係の文書を,学校の備品のワープロで作成していた。ワープロを利用する教員はまだ稀な時期であったが,P1は意欲的にワープロでの文書作成に取り組み,空き時間や放課後等を利用してワープロを用いて文書を作成していた。
ウ 本件疾病発症前の公務等
(ア) P1の平成元年度及び平成2年度の勤務状況
β小学校における教員の勤務時間は,平成2年当時,月曜日から金曜日までが午前8時30分から午後4時30分まで,土曜日が午前8時30分から午後零時30分まで(週6日勤務)となっていた。
P1の平成元年度の勤務状況は,出勤日数が252日,出張日が23日,在宅研修日が37日,年次休暇が6日,特別休暇が2日となっており,同年8月には,後記のとおり,糖尿病のため,2週間入院した。
また,P1の平成2年度の各月の勤務状況は,4月が出勤日21日,出張日2日,在宅研修日2日,年次休暇1日,5月が出勤日24日,出張日2日,年次休暇0.5日,6月が出勤日25日,出張日2日,7月が出勤日22日,出張日3日,在宅研修日3日,8月は出勤日11日,出張日3日,在宅研修日13日,9月は出勤日24日,出張日4日であった。
なお,P1は,平成2年7月20日から同年8月31日までの夏季休業期間は,8月6日から同月16日までの間は日曜日を除いて自宅研修に当て,その後は同月17日,21日,22日と出勤,同月23日から25日まで出張し,同月27日か
ら30日まで出勤したが,同月31日は自宅研修に当てた。
P1は,同年9月は,2日,9日,15日,16日,23日,24日の休日以外は出勤したが,同月19日は台風のため臨時休校となった。また,同年10月1日から8日までの間は,体育会の代休である1日及び日曜日である7日以外は出勤した。
P1は,平日の出勤日は,概ね午後6時前後に退勤していた。また,平成2年7月までのP1の自宅における作業は,1時間程度であった。
(イ) 本件疾病発症前約1か月間の公務の状況
a 本件疾病発症の1か月前である平成2年9月9日以降同年10月1日までの間のP1の勤務の状況は,原判決添付の別紙1(ただし,同年9月9日,15日,16日及び23日のP1の自宅での仕事については,甲29の2にも,控訴人の陳述書や供述〔1審〕にも具体的な言及がなく,これを認めるに足りる的確な証拠はないといわざるを得ない。)及び本判決添付の別紙「P1労働時間表」の対応欄記載のとおりである。
b この間は,通常授業のほかに,プール管理(同年9月10日ころまで),連合運動会の早朝練習その他の準備,体育会の事前準備や全体練習などが同時並行的に行われていた。P1は,体育主任として,これらの公務について中心的な役割を果たしており,出勤日数17日間のうち,午前7時30分から午前7時55分までの間に出勤したのが11日に及んでいたほか,昼休みも体育会の準備や練習に充てるなどしたため,休憩時間をまとめて取ることは困難な状態となっていた。また,既に述べたとおり,同年の9月中旬以降は,天候が不順であり,雨天による予定の変更などによって,P1は,スケジュールの組み直し作業を繰り返しする必要があった上,例年9月中旬に校庭に設営し,そのままにしておくテントについても,台風接近の都度収納し,再び設置する作業が必要となり,ライン引きや砂塵防止のためのニガリ撒きも繰り返して行わなければならなかった。
(ウ) 本件疾病発症前1週間(ただし,発症日当日を除く。)の公務の状況a 10月2日(火曜日)
P1は,午前7時50分ころ出勤し,翌日の体育会の準備を行い,午前8時30分ころから9時30分ころまで児童の全体練習を見守るとともに指示を与えたりした。
P1は,全体練習において,それまでに全体練習が1回しか実施できていなかったことや放送の準備が遅れたことが原因で,進行のタイミングが合わなかったことから非常に苛立ち,自らすべきマイクの設置作業を放送係の児童が行うものと勘違いして叱責するなどした。その後,1校時は打合せに参加し,2校時,3校時は学級の児童に課題を与えて自習とし,ビデオカメラ設置などの準備を行い,4校時は5年と6年の合同練習を指導し,午後は,入退場門,テントの設営,用具の配置などを5,6年生の児童を指導するなどして行った。さらに,放課後には他の教諭との打合せ及び体育会の準備状況の最終確認を行ったが,不備な部分が多く発見されたため,自らライン引きを行うなどの作業を行って,午後7時15分ころ退勤した。帰宅後は,合計2時間程度かけて体育会放送進行表やプログラムに目を通して,留意点,注意事項の確認を行い,午後11時30分ころ就寝した。b 10月3日(水曜日・体育会当日)
P1は,午前5時に起床し,6時20分に登校して,午前8時40分ころまで体育会の準備を行った。そして,午前9時から午後3時30分まで責任者として体育会の進行管理や演技時間の記録,各種プログラムの指揮を行ったほか,人手不足のため,担当外である低学年の徒競走プログラムのスタート合図(ピストル撃ち)も行った。さらに,ビデオ撮影も担当していたため,プログラムの合間をぬって校舎3階に設置したビデオカメラと運動場との間を往復していた。また,前年度の体育会で弁当の盗難や放送機器へのいたずらがあったため,校内巡視も合間を見つけて行っていた。閉会後,午後5時20分ころまで行われた後片付けでは,平日のため男性PTAの協力が少なく,数少ない男性教諭が力仕事の殆どを任された。P1は,午後5時50分からの自由参加の懇親会である反省会には出席したが,2次会は,翌日が社会見学であることや,体がつらいことを理由に断り,帰宅した。しかし,P1は,帰宅後,翌日の社会見学に備え,行程の確認,引率の注意事項,見学指導の留意点等の確認作業を80分程度行った。
c 10月4日(木曜日・社会見学)
P1は,午前7時50分に出勤し,体育会の礼状作成の打ち合わせ等を行った後,児童を引率して工場等を見学した。前年度までは,社会見学の際はバスで移動
していたが,平成2年度からは,電車を乗り継いで移動することになり,前年度に比べると,移動中の安全確保等,引率者の負担は格段に増えていた上,当日は,雨天という悪条件であった。P1は,見学を終えた後,午後1時15分に児童とともに学校に到着し,午後3時に児童を下校させたが,その後教室内のワープロを使用して職員会議の報告資料を作成するなどし,午後4時から午後4時40分まで教育実習生の指導をした後,退勤して,歯科医に寄った。帰宅後は,合計190分程度かけて,「見学のしおり」の整理,教材研究,添削などの作業を行った。d 10月5日(金曜日)
P1は,連合運動会の早朝練習指導のために,午前7時30分に出勤し,通常授業終了後,午後3時から午後4時30分までβ小学校で行われた連合運動会の説明会に参加したが,会議中もしきりに生あくびをし,居眠りもしていた。また,事前に説明会には車での来校を禁じる旨の連絡をしていたにもかかわらず,他校より多数の教員が車で参加し,その時間帯が児童の下校時と重なったため,交通整理をした。説明会終了後も,組体操の打ち合わせ等,連絡などで,他校から来校していた教員と対応しており,その際,連合運動会の組体操の指揮に関して元同僚教諭に不安を訴えるなどした。その後,午後6時からワープロによる文書作成等を行った後,午後6時50分ころ帰宅した。帰宅後は,3時間にわたって,教材研究や「遠足のしおり」の素案等の作成作業を行い,午後11時30分に就寝した。e 10月6日(土曜日)
P1は,控訴人に数回起こされてようやく起床したが,機嫌も悪く,疲れて眠たい様子であった。連合運動会の早朝練習のため,午前7時40分ころに出勤し,通常授業を済ませた後,午後は文書を作成したり,教頭と健康診断の件で打合せを行うなどして午後3時ころ退勤した(その間,約30分間,学校外で昼食をとった。)。帰宅後は,合計1時間50分にわたって,教材研究や,「遠足のしおり」の素案等の作成作業を行った。
f 10月7日(日曜日)
P1は,午前8時15分ころ自分で起床したが,気分がすぐれないと言い,午前9時30分ころから1時間ほど公園に子供らを連れて行って遊ばせ,帰宅後は,眠くてたまらないと言って仮眠をとった。
P1は,午後8時15分から約45分間,次週にも予定されていた社会見学のための準備作業を行い,午後9時から午後11時45分にかけて,体育会や林間学校のビデオを見て,その内容を確認した後,午前零時ころ就寝した。g この間の,P1の労働時間等をまとめると,本判決添付の別紙「P1労働時間表」の対応欄記載のとおりとなる(なお,10月3日については,上記bで述べたような「反省会」の性質に照らし,学校を出た午後5時20分までを労働時間と考えるべきである。)。
(エ) 本件疾病発症当日の状況等
P1は,午前7時30分ころ,控訴人に起こされて起床し,朝から目をつぶったままで階段を降りるという状態を見せていた。P1は,通常は,徒歩及び地下鉄により通勤していたが,この日は,学校付近までの送迎を控訴人に頼み,乗車中も眠気が取れていなかった。
P1は,午前8時15分に出勤した後,翌日に予定されていた会議をこの日に行う段取りを行い,養護教諭のP2が年休をとっていたため,保健室との連絡を取るなどした。P1は,朝の会でも不機嫌な様子で児童らの話も聞いている様子もなく,1校時の国語の時間には自分のワープロを教室に持ち込み,放課後の会議で使う遠足のしおりを作成し,1校時終了後の休憩時間に職員室のワープロで社会見学のしおりを作成した。2校時開始後教室に戻る途中でトイレに立ち寄ったが,その際同僚教諭から話しかけられてもうつろな表情をしてこれに答えることもしなかった。2校時の社会の時間を算数の自習にし,自らは遠足のしおりの作成を続行した。4校時の体育では,バスケットボールのシュートの演技をした後,つらそうに胸に手を当てて座り込んでいた。給食の際には,パンの配膳をしていた女児を配り方が悪いと大声で叱責して両手で突き飛ばした。その後の休み時間もワープロ作業や体育委員会の打ち合せなどに終始し,5校時も児童にはテレビを視聴させてワープロ作業を行い,終わりの会では普段なら黒板に連絡事項を書くところを口頭で連絡事項を述べ,これを児童に筆記させた。その後,午後6時30分から午後7時まで教育実習生を指導し,午後7時20分に退勤した。
(2) 本件疾病の発症状況及びその後の経過
争いのない事実等,証拠(甲26の1・2,27の1・2,102,112の1
~8,115の1~7,116,124,135の1,136の1~4,乙31,33の1~4,証人P3,証人P4,証人P5〔いずれも当審〕)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。
ア 本件疾病の発症状況
P1は,平成2年10月8日の退勤後,自宅の最寄り駅である地下鉄γ駅近くの写真店に立ち寄った後,同日午後8時ころ,その近くにあるローソンγ店を訪れた。なお,P1が写真店を出た後,午後8時30分までの間に,同写真店の付近でけんか等が起きた形跡はない。
P1は,同店内に入った後,約3分ほど南北に陳列された陳列棚を一巡しており,その間は,特に異常は見られなかった。ところが,同店の出入口のある西側から東へ2番目と3番目の陳列棚に挟まれた通路を南へレジ前通路に出る直前に,人に押されたり,つまづいたりしていないにもかかわらず,レジ方向へ真っすぐに前のめりになりそうな状態でふらついて歩き始めた。P1は,その直後,約2m程南西にある同店レジカウンター前に並んでいた客に左斜め前方からぶつかったが,謝るなどの仕草も見せず,放心したような様子のまま,レジカウンターと反対側の西側から東へ一番目の陳列棚南端に上体をぶつけ,その反動を利用するような格好で反対側の南西の自動ドア出入口から出て行き,同店出入口の北側2mくらいの場所で,北側へ前のめりに倒れ込んだ。
P1は,その後も,上記の場所で,座り込んだり,うつぶせの状態で寝たりしており,同店の店員が救急車を呼んだ同年10月9日午前0時30分ころには,意識がないような状態であった。なお,同店の周辺でも,けんか等が起きた形跡はない。
イ 本件疾病発症後の状況
(ア) 阪和病院における症状等
P1は,平成2年10月9日午前0時45分ころ,救急車で阪和病院に搬送された。その際,P1は,呼びかけには開眼したが,意識障害及び全身けいれんが認められた。P1は,同病院において血管確保及び輸液並びに頭部のCTスキャンを受けた後,記念病院に転送された。
(イ) 記念病院における症状等
P1は,平成2年10月9日午前1時45分ころ,記念病院に転送されたが,その際には,意識障害,全身けいれん及び右片麻痺が認められ,両側前頭部及び左足膝には擦過傷があった。また,P1は,どうしたのかとの問いに対し,殴られた旨答えたが,その後は発語はなかった。
同日午前2時すぎころのP1の頭部のCT所見では,脳の左大脳半球に広範な脳梗塞が認められるとともに,高吸収領域中大脳動脈兆候(閉塞血管内が凝血化し,血液のCT値より高くなるため,閉塞側の中大脳動脈水平部に造影効果のような高吸収域の線状域を呈するもの。塞栓子の可能性が高い。)が認められた。また,同日午前8時53分に撮影された頭部のCTには強い脳浮腫が見られ,正中線は右方に偏移しているとともに,大きな梗塞の場合に生じる出血性梗塞の所見が見られた。さらに,脳血管造影の結果によれば,左内頸動脈が頭蓋内入口部で閉塞していた一方,右内頸動脈及び椎骨脳底動脈は,非常に緩い流れであるが,閉塞狭窄を示す所見は認められなかった。
その後,P1は,同日夕方ころから脳死状態となり,同月12日午後零時17分に死亡した。
なお,記念病院のP1のカルテには,10月9日の欄に,既往症として不整脈がある(詳細不明)という趣旨の記載や,同人が同日午前3時すぎにICUに入室した後,同人に不整脈の症状がみられた旨の記載があり,また,脳疾患退院時要約には,Af(心房細動)があった旨の記載がある。
(3) P1の基礎疾患等
証拠(甲58の1~3,59,77,81,98,102,116,130,135の1,乙26,31,34,67,控訴人本人〔1審〕,証人P3〔当審〕,証人P4〔当審〕,証人P5〔当審〕)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 糖尿病
(ア) P1は,昭和60年6月の健康診断の際には,身長171.8㎝,体重80.0㎏と軽度肥満であったが,平成元年5月ころから体重が減少し,同年6月ころから夜間の多尿,不眠,口渇などの自覚症状が現われた。そして,同年8月1日,皮膚炎の治療のために阪和病院を受診した際に,血糖値が567㎎/dl(ミ
リグラム/デシリットル)であることが判明し,同月4日の再検査でも血糖値が405㎎/dlであったため,翌日から2週間にわたって同病院に入院した。入院当日のグリコヘモグロビン(約1か月間の血糖の変動を反映する検査で,糖尿病に対するコントロール状態の指標となるものであり,6.5%を超えると糖尿病と診断される。)は10.7%であった。入院時には75㎏であった体重が,退院時には70.71㎏にまで減少し,血糖値も102㎎/dlに低下した。なお,P1には,糖尿病特有の細小血管障害(網膜症,腎症,神経障害)はみられず,大血管障害(動脈硬化性病変としての冠動脈病変,脳血管病変,下肢血管病変)についても特に指摘はされていない。
(イ) P1は,退院後,阪和病院において通院治療を受けた。その間の治療は,食事療法と運動療法が中心で,薬物療法は経過良好とされて退院後1か月で中止となった。また,血糖コントロールが比較的良好だったため,食事療法に関しても体重を増やさないようにとの指示はされたが,厳格な食事制限はされなかった。通院治療中のP1の血糖値等の検査値(P1が検査を受けていたのは午後4時過ぎであるので,血糖値は空腹時血糖値ではなかったと認められる。)の推移は,次のとおりである。
a 平成元年9月13日
血糖値122㎎/dl
b 平成元年11月15日
血糖値93㎎/dl,フルクトサミン(過去1ないし2週間の血糖コントロールの標準を反映する糖化タンパクで,短期のコントロール評価に用いられる。正常値は,280μmol/l〔マイクロモル/リットル〕以下とされている。)270μmol/l
c 平成2年1月17日
血糖値189㎎/dl,グリコヘモグロビン8.2%,フルクトサミン310μmol/l
d 平成2年2月21日
血糖値125㎎/dl,グリコヘモグロビン7.7%,フルクトサミン250μmol/l
e 平成2年3月23日
血糖値130㎎/dl,グリコヘモグロビン7.4%,フルクトサミン440μmol/l
f 平成2年4月25日
血糖値86㎎/dl,グリコヘモグロビン7.6%,フルクトサミン268μmol/l
g 平成2年8月8日
血糖値331㎎/dl,グリコヘモグロビン8.9%,フルクトサミン295μmol/l
イ 甲状腺機能亢進症
(ア) P1においては,平成元年11月15日,甲状腺機能検査で,T4(サイロキシン。基準値は4.6~11.0μg〔マイクログラム〕/dlとされている。)は15.6μg/dl,T3(トリヨードサイロニン。基準値は90~200ng〔ナノグラム〕/dlとされている。)は215ng/dlと,いずれも甲状腺機能亢進症とみられる数値が検出された。
(イ) 平成2年2月21日の検査では,TSH(甲状腺刺激ホルモン。基準値は0.5~5.5μU〔マイクロユニット〕/mlとされている。)は0.1μU/ml以下と,亢進症に合致する結果であったが,T4は11.9μg/dl,T3は206ng/dlと,いずれも正常値に近い値を示していた。そのため,特に薬物療法はされなかった。
(ウ) その後,平成2年8月8日の検査においても,T4が13.6μg/dl,T3が210ng/dl,TSHが0.1μU/ml以下と,正常値を超える数値が検出された。そのため,P1には,平成2年8月17日,抗甲状腺剤であるメルカゾールが投与され,医師の指示により,1日5㎎ずつ,28日間内服したが,次回受診は同年10月中旬と指定され,内服続行の指示もなかった。そのため,P1は,同年9月中旬からは,抗甲状腺剤を服用していなかった。ウ 本件疾病発症翌日の採血結果
空腹時血糖値が198㎎/dl,グリコヘモグロビンが10.9%と血糖値が高く,また,ヘモグロビン16.2g/dl,ヘマトクリット値48.1と,やや脱
水傾向を示していた。しかし,T4が13.4μg/dl,T3が178ng/dl,TSHが0.1μU/ml未満と,甲状腺機能は改善していた。エ 血圧等の推移
P1の血圧は,昭和63年には,150/90㎜Hg(ミリメートル水銀柱),平成元年5月30日は150/84㎜Hg,同年8月4日は154/96㎜Hgと,軽症高血圧の状態にあったが,同月5日から阪和病院に入院した後は,食事療法のみで,血圧はほぼ正常化していた。なお,平成2年10月9日に記念病院に搬送された際の血圧は,右が140/78㎜Hgであり,左が146/80㎜Hgであった。
また,平成2年8月8日の検査では,血清総コレステロール値は192㎎/dlであり,中性脂肪値は309㎎/dlであった。
オ P1の日常の健康管理等
P1は,糖尿病と診断された後も昼食は給食であり,時には間食などもしていたが,体重はほぼ70㎏台に維持されていた。また,上記のとおり,P1は,入院後平成2年4月まではほぼ定期的に受診していたが,同年5月23日に検査結果を聞いた後は,多忙を理由にしばらく通院せず,同年8月8日の検査で,同月17日に血糖コントロールの悪化と甲状腺機能亢進を指摘されて28日分に相当する抗甲状腺剤を受け取り,医師から次回の受診は10月と指示されていた。嗜好については,たまに缶ビール1本程度を飲酒するにとどめ,1日20本程度の喫煙をしていた。
(4) 本件に関連する医学的知見
証拠(甲27の2,59,81,102,109,111,116ないし131,135の1~18,138,乙32,34ないし43,47ないし50,51の1~3,52の1~5,54ないし67,75,76,87,88,95,96,99,100,103,104,114ないし116,証人P3〔当審〕,証人P4〔当審〕,証人P5〔当審〕)及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実が認められる。
ア 脳梗塞について
(ア) 意義
脳梗塞とは,脳血管の血流障害のため,脳実質が壊死を起こした病態をいい,血流障害が発生するメカニズムによって,動脈硬化のために狭くなった脳の動脈内で発症した血栓が原因で起こる脳血栓症と,脳以外の場所で生まれた血栓が脳の血管に流れ込んで起こる脳塞栓症とに分けられる。また,発生原因により,太い血管の動脈硬化(粥状硬化=アテローム)が原因で発生した血栓が剥離し,末梢動脈が塞栓を起こすアテローム血栓性脳梗塞(動脈硬化性血栓性脳梗塞),脳の深部の細い動脈が詰まって直径1.5㎝以下の小さな梗塞が生じるラクナ梗塞,心房細動や心臓弁膜症等の心疾患に伴って形成された血栓が遊離して脳血管に塞栓が生じる心原性脳塞栓症の三類型に分類される。
(イ) 危険因子(リスクファクター)
脳梗塞を含む脳血管疾患の危険因子として広く認められている主なものは,加齢,高血圧,糖尿病,心房細動である。このうち,高血圧は,アテローム血栓性脳梗塞,ラクナ梗塞及び心原性脳塞栓症のいずれについても危険因子であり,特に,アテローム血栓性脳梗塞及びラクナ梗塞への関与が大きい。また,糖尿病については,特にアテローム血栓性脳梗塞との関連が大きい上,高血圧症,高脂血症,心疾患の合併が多いため,様々な危険因子を通して脳血管疾患の発症が助長されていると考えられる。心房細動については,これによって心房内の血流がうっ帯するため,心房内血栓が生じ,心原性脳塞栓症の危険因子となるものとされる。(ウ) 臨床的特徴
アテローム血栓性脳梗塞(動脈硬化性血栓性脳梗塞),ラクナ梗塞及び心原性脳塞栓症の臨床的特徴を比較すると,本判決添付の別紙「脳梗塞各病型の臨床的特徴」に記載のとおりとなる。
また,脳血栓症と脳塞栓症とでは,CT所見に相違点が生じる。すなわち,脳血栓症の場合は,発症後,数日しないと低吸収領域として明らかにならないが,脳塞栓症では,強い虚血が生じるため,発症直後から脳溝の消失,皮髄境界・基底核構造の不鮮明化といった早期虚血性兆候が認められ,発症後6時間程度までのいわゆる超急性期でも異常所見の出現率が早い。したがって,このようなCT所見の相違は,脳血栓症と脳塞栓症との鑑別には有用である。また,血管の画像検査で脳内主幹動脈の閉塞を認めることは,心原性脳塞栓症の有力な診断根拠となるとされる。
イ 心房細動について
心房細動(Af)は,日常的にみられる不整脈で,成人の0.4%,60歳以上の高齢者では2~4%にみられるとされる。また,弁脈症,虚血性心疾患,高血圧性心疾患などの器質性心疾患に合併し,甲状腺機能亢進症やアルコール多飲症にも起きやすく,その発生にはカテコラミン,自律神経なども強く関与するものとされる。一方,明らかな基礎心疾患のない心房細動もみられ(孤立性心房細動と呼ばれる。),心房細動例中の10~15%を占める。そして,心房細動に合併する脳梗塞の多くは,心房にできた血栓による心原性脳塞栓症である。
ウ 糖尿病について
糖尿病は,血液中のブドウ糖(血糖)を細胞内に取り込み,エネルギーに変換する手助けをするインスリン(膵臓のランゲルハンス島にあるβ細胞から分泌されるホルモン)の作用が不足するために血糖値が上昇する病気である。遺伝的素因に,肥満,運動不足などの不自然な生活習慣や生活環境,加齢などの誘因が重なって発症する。糖尿病を悪化させる要因としては,ストレス,喫煙などが挙げられる。なお,糖尿病の診断基準は平成11年に改定され,改訂前の基準では,空腹時血糖値が140㎎/dl以上及び食後血糖値が200㎎/dl以上である場合に糖尿病と診断されていたが,改訂後の基準では,空腹時血糖値126㎎/dl以上又は食後血糖値が200㎎/dl以上であれば糖尿病であると診断されることになった。エ 甲状腺機能亢進症について
甲状腺機能亢進症とは,甲状腺におけるホルモンの生成,分泌の亢進のため血中の甲状腺ホルモン濃度が高値を維持して甲状腺中毒症を来す甲状腺疾患であり,その大部分がバセドウ病であるとされる。
甲状腺機能亢進症は,心房細動の原因疾患とされるのが一般であり,また,高齢者や気質的心疾患を有する患者では,塞栓症のリスクが高いとされる。 甲状腺機能亢進症の重傷度や罹患期間と心房細動の発生や持続との関係等については,我が国では具体的な報告はほとんど見受けられない状況にある。そして,我が国の甲状腺専門病院の権威とされているP3病院等による平成7年から平成11年までの初診バセドウ病患者(その数は,年平均で2500人である。)の心房細動合併率等に関する調査によれば,臨床上は心房細動を合併するバセドウ病患者は約2~3%程度で,40歳未満の若年者に限ると重篤な症例の場合に限られると考えられ,また,心房細動を合併したバセドウ病患者のうち,脳塞栓の合併が否定できない患者は0.15%にも満たなかった。なお,バセドウ病の心房細動では,心臓自体に器質的な異常がなく,心拍出量が多く,さらに血小板機能は抑制傾向にあるため,心疾患による心房細動に比較して血栓症は少ないと考えられる。オ 過労及びストレスについて
(ア) 意義
過労とは,疲労状態の進行によって,健康状態を維持している生理的機能体系間の均衡が崩れ,通常の休養によっては回復困難な状態まで達したものであり,物理的,科学的,精神的刺激によって身体各組織の活動を維持するエネルギー源の減少と,代謝に伴う老廃物の生成,蓄積や神経系及びホルモン系などの各身体間の情報伝達物質の枯渇が起こることによって引き起こされると考えられている。 一方,ストレスとは,生体が曝される身体的,社会的,精神的な刺激に対して生体の中で生じる反応であり,生理学的反応としては,ストレッサーが大脳皮質を経由して視床下部を刺激することにより,自律神経系の緊張や,脳下垂体,副腎系ホルモンの過剰分泌などが起こり,生体機能の平衡状態を撹乱することになるとされる。
(イ) 脳梗塞及び糖尿病との関係
ストレスを受けた場合,大脳皮質,視床下部,交感神経,副腎髄質系を介してカテコラミンの分泌が促されて心拍数の増加や血圧上昇が起こり,膵β細胞からのインスリン分泌を抑制することで血中へのブドウ糖,脂肪酸の放出が促進され,一方で肝臓のVLDL(超低比重リポ蛋白)の合成,分泌が亢進するという生体反応が起こる。副腎皮質より放出されるコルチゾールは,インスリン感受性を低下させるため,さらなる糖,脂質代謝の悪化がもたらされる。
ストレスが長時間持続すると,このような反応が持続し血圧コントロール,糖脂質代謝の異常,増悪をきたし,動脈硬化巣の形成,悪化につながると考えられている。また,カテコラミンが心拍数の急上昇をもたらすことから,血管内の血行状態の変化が血管内障害につながり,同時にトロンボキサンA2を介し,血小板凝集能を亢進させることにより,血栓形成を促進する。さらに,上記のとおりストレスが
インスリン抵抗性を増大させるため,心理,精神的ストレスも含め,糖尿病の発症,増悪要因として注目されており,糖尿病の発症及び予後も,職種,環境有害物質,交代制勤務,社会心理的ストレスなどのような作業関連の要因によって影響を受けるとする意見もある。臨床的にも,ストレスが血糖コントロールを悪化させ,合併症を発症,進展させることはしばしば見られる。
(ウ) 心房細動との関係
心房細動の発生における自律神経機能障害の役割はよく知られており,特に交感神経緊張の増大によって誘発されるものでは,精神的,身体的負荷がしばしば誘因として認められる。
不整脈と精神的・身体的負荷との関係は,以下のとおり説明される。すなわち,精神的負荷は交感神経系の強い反応を引き起こす結果,カテコラミンの分泌が増し,血圧の上昇と心拍数の増加,心筋酸素消費量の増大,冠攣縮(スパズム)などを生ぜしめ,その結果,心室頻拍,心室細動,房室ブロックなどの致死的不整脈を生じ突然死を招くことがある。また,ストレスによる交感神経緊張及び自律神経の調節異常は,心筋の電気的不安定状態をも惹起し,自動能の亢進・低下,撃発活動及び興奮旋廻等の不整脈発現の要因に促進的に作用し危険な致死的不整脈の出現を招来する可能性がある。さらに,これら突然死に影響を与えている心理社会的要因として,①未解決の悩みを抱え,不安,緊張,怒りや恐怖が何日も続く,②睡眠障害があり,生活リズムが不規則である,③仕事が山積みし,疲労状態にあることなどが挙げられる。また,心停止や心室頻拍等の重症不整脈患者の不整脈出現前24時間の心理状態の調査によれば,その一部においては強い精神的負荷が作用しており,かつ,その精神的負荷は1時間以内に作用したものが多く見られたとの報告もある。その他の疫学的調査においても,このストレスにより誘発された不整脈による突然死例も存在するものとされている。また,健康人を対象とした実験的研究においても,健康人に精神的負荷を加える場合,心筋仕事量の増加,交感神経機能の活性化及び血小板凝集の促進がもたらされ,その結果,不整脈が誘発されるとの報告もある。以上のとおり,精神的・身体的負荷や疲労,睡眠不足などが致死的不整脈を起こさせて,突然死の原因となり得ることは充分考えられる。3 P1の本件疾病による死亡の公務起因性について
(1) 公務起因性の判断基準
地公災法に基づく補償は,地方公務員の公務上の災害(負傷,疾病,障害又は死亡)に対して行われるものであり(同法1条),同法31条にいう「職員が公務上死亡した場合」とは,職員が公務に基づく負傷又は疾病に起因して死亡した場合をいい,その負傷又は疾病と死亡との間には相当因果関係があることが必要である(最高裁判所第二小法廷昭和51年11月12日判決・裁判集民事119号189頁参照)。
そして,訴訟上の因果関係の立証は,一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく,経験則上,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる程度の高度の蓋然性を証明することであり,その立証の程度は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし,かつ,それで足りる(最高裁判所第二小法廷昭和50年10月24日判決・民集29巻9号1417頁参照)。すなわち,厳密な医学的判断が困難な場合であったとしても,当該職員の職務内容,就労状況,健康状態,基礎疾患の有無・程度等を総合的に考慮し,それが現代医学の枠組みの中で,当該疾病の発症の機序として矛盾なく説明できるのであれば,公務と死亡との因果関係は肯定されるというべきである。(2) P1の公務の過重性について
上記2(1)の認定事実に照らせば,本件疾病発症前,特に平成2年9月下旬以降のP1の公務は,全体的に見て,P1に過重な肉体的,精神的負担を課すものであったというべきである。その理由は,以下のとおりである。
ア 本件疾病発症前のP1を取り巻く状況
P1は,高学年の担任として経験を積んでおり,また,数少ない男性教諭であったこともあって,他の教諭から非常に頼りにされ,平成2年度は,要配慮児童が極めて多いクラスを任された上,他のクラスの児童の指導も求められるなどしていた。そして,P1自身も,このような期待に応えるべく,熱心に公務に取り組んでいた。また,P1は,体育主任及び保健主事の校務を兼任し(既に述べたとおり,堺市教育委員会作成の手引〔甲96,乙30〕には,兼任は望ましくない旨の示唆がされている。),体育会や連合運動会を含む保健体育関係の校務全般について中心的な役割を果たしていた。このような事情からすれば,平成2年度,特に,体育
会,連合運動会,社会見学といった大きな学校行事及びその準備が予定されていた同年9月以降は,事実上,P1に仕事が集中してしまい易い状況にあったということができる。
イ クラス担任について
P1が前任の校長の意向を受けて平成2年度に担任をしていたクラス(5年2組)は,要配慮児童が39名中27名(2学期に転入してきたUKを含む。)を占め,そのうち4名は,特に指導上問題のある児童であって,運営が非常に困難であった。そして,P1は,このような児童と密接にコミュニケーションをとる努力を重ねるとともに,当該児童の保護者にも対応し,家庭における控訴人との会話の中でも話題にするなど,常にその指導に心を砕いていたものである(要配慮児童の多いクラスの担任は,当該児童に対する対応のみならず,その保護者,クラスメイトの児童及その保護者に対する配慮も同時並行的に要求される,極めて精神的負担の大きい公務ということができるであろう。)。
そして,同年9月以降,FMの給食のお盆に砂がまかれたり,FMの母親が,FMがクラスの児童にいじめられているとの噂を聞いて授業中の教室や同じ団地に住むクラスの児童宅に怒鳴り込むという事件が起き,P1には,これらに対する対応が求められた。また,遅刻や登校拒否の傾向があるUKが転入し,新たな負担が生じたものである。
ウ 行事関連の公務について
P1は,平成2年9月以降に予定されていた体育会や連合運動会(β小学校が当番校となっていた。)の準備や運営について,体育主任(責任者)として,中心的な役割を果たしていた。そして,同月は,天候が不順であったため,体育会の全体練習や本番が延期となり,そのために必要な準備のやり直しや調整に追われた上,体育会と連合運動会との準備が重なった。そのため,正規の執務時間内では,これらの準備作業や本来の公務(授業の準備等)が終わらず,持ち帰りの仕事も増加した。また,体育会当日(10月3日)は,本来自己の仕事ではない仕事も含め,数々の仕事を次々とこなした。このような体育会及び連合運動会関係の公務は,両方の責任者という立場にあったP1に対し,相当な精神的,肉体的負担を伴うものであったことが明らかである。これに加えて,P1は,体育会翌日の10月4日も,雨天の中,社会見学のため電車で多数の児童を引率するという精神的に負担の大きい公務を行った。
エ 本件疾病の発症直前のP1の様子について
P1は,本件疾病発症の2日前から本件疾病発症当日にかけて,打ち合わせ中に居眠りをし,また,異様に眠たがる,日中から仮眠をとるなどしていた。本件疾病発症当日は,体育の授業でバスケットボールのシュートの演技を児童たちに見せた後,胸に手をあてて疲れた様子で座ったり,児童を叱責して突き飛ばしたり,授業中も普段なら立って授業をするところを座って授業をするなど普段とは異なる様子を見せていた。P1が上記イ及びウのとおり,肉体的,精神的負担のかかる公務を同時並行的に行っていたことや,下記オのような本件疾病発症直前のP1の労働時間に照らせば,このようなP1の行動は,P1が過労状態にあったことを示すものと考えるのが自然である。
オ P1の労働時間について
(ア) 平成2年9月10日から本件疾病発症日である同年10月8日までのP1の執務時間は,本判決添付の別紙「P1労働時間表」のとおりである。これを見ると,P1の労働時間は,同年9月25日から同年10月1日までは合計70時間45分で,所定労働時間44時間の1.6倍であり,時間外労働時間は,26時間45分に達している。また,本件疾病発症前1週間(同月2日から同月8日まで)の労働時間は,合計75時間20分で,所定労働時間の約1.7倍であり,時間外勤務時間は,31時間20分に達している。このように,同年9月下旬以降のP1の公務は,超過労働時間の長さという点から見ても,過重なものであったというべきである。
(イ) この点,被控訴人は,給食の時間や授業の間の休み時間を労働時間に含めるべきではないとするかのように主張する。しかし,給食の時間については,それ自体が教育の一環とされていること(甲104)に照らし,これを労働時間から除くことはできないというべきである。また,授業の間の休み時間についても,教育現場の実情(甲103,138)からすれば,これをもって完全に公務から開放された休憩時間と評価することは相当でないというべきである。被控訴人の主張は採用できない。

また,被控訴人は,P1の労働時間に関する控訴人の主張の根拠となった甲29の2に疑問を呈するとともに,持ち帰りの仕事は自己のペースで行うことができる点からいっても,負担の大きなものとはいえないとも主張する。しかし,甲29の2は,P1が死亡した直後に集められた同僚からの情報や,P1が自宅で持ち帰りの仕事をしているところをつぶさに見ていた控訴人の供述,さらには,P1が担任をしていたクラスの児童からの聴取結果(なお,児童からの聴取が行われたのは,本件疾病の発症から約1年6か月が経過した平成4年4月であるが,自己の担任教師が突然倒れるという異常な出来事が生じた当日の事情という比較的記憶に残りやすい事項を聴取したものであることからすれば,その聴取内容は信用できるというべきであろう。)に基づいたものであり,その内容は,おおむね信頼するに足りるというべきである。また,P1が自宅に持ち帰って行っていた仕事の内容に照らすと,職場でそれを行うか,自宅で行うかによって,P1にかかる負担に有意な差が生じるものとは到底考えられない。結局のところ,これらの被控訴人の主張も,採用することができない。
(3) 本件疾病の機序について
ア 上記2(2)ないし(4)の認定事実,証拠(甲102,116,130,135の1,138,乙67,証人P3〔当審〕,証人P4〔当審〕,証人P5〔当審〕)及び弁論の全趣旨を総合すれば,本件疾病は,控訴人が主張するとおり,心原性脳塞栓症であると認めるのが相当である。その理由は,以下のとおりである。(ア) アテローム血栓性脳梗塞(動脈硬化性血栓性脳梗塞),ラクナ梗塞(本項においては,これらを総称して,以下「脳血栓症」と略称する。)及び心原性脳塞栓症の臨床的特徴を比較すると,本判決添付の別紙「脳梗塞各病型の臨床的特徴」に記載のとおりとなる(甲138)。そして,本件疾病の特徴は,以下のとおり,いずれも,脳塞栓症の臨床的特徴と一致する。
a 「好発年齢」について,心原性脳塞栓症は「若~高年」,脳血栓症は「壮・高年者」とされているが,P1は36歳と若年である。
b 「発作時の状況」について,心原性脳塞栓症は「日中活動時,起床直後など」,脳血栓症は「睡眠中・安静時」が多いとされているが,本件疾病が発症したのは,帰宅途中にコンビニエンスストアに立ち寄った際であり,日中活動時といい得る。
c 「起こり方」について,心原性脳塞栓症は「突発完成(まれに段階的増悪)」,脳血栓症は「緩徐,階段的増悪が多い」あるいは「階段状増悪もある」とされているが,本件疾病については突発完成といい得る。
d 「意識障害」について,心原性脳塞栓症は「高度のものが多い」,脳血栓症は「あまり強くない」「ほとんどない」とされるが,本件疾病により,P1には,高度の意識障害が生じている。
e 「皮質症候」について,心原性脳塞栓症は「多い」,脳血栓症は「少なくない」「ない」とされているが,本件疾病においては生じている。
f 「共同偏視」について,心原性脳塞栓症は「しばしばみられる」,脳血栓症は「少ない」「ない」とされているが,本件疾病におついては,左方への共同偏視が生じている。
g CT所見について,「出血性梗塞」の存在,「圧排(脳浮腫)」が高度であること,「栓子陰影」がみえることがあることなどが,心原性脳塞栓症の臨床的特徴であるが,本件疾病のCT所見についても,これらの特徴が見られる。 また,脳塞栓症では,強い虚血が生じるため,発症後6時間程度までのいわゆる超急性期でも異常所見の出現率が早いものとされているが,P1について10月9日の午前2時過ぎ(本件疾病発症の約6時間強後であり,超急性期に含まれるといい得る。)に撮影されたCTの所見には,このような異常所見が見られる。(イ) 心原性脳塞栓症の原因としては,心房細動等が挙げられるが,本件疾病発症後の記念病院のP1のカルテには,10月9日の欄に,既往症として不整脈がある(詳細不明)という趣旨の記載や,同人が同日午前3時すぎにICUに入室した後,同人に不整脈の症状がみられた旨の記載があり,脳疾患退院時要約には,Af(心房細動)があった旨の記載がある。
一方,脳血栓症の基礎疾患としては,動脈硬化が挙げられ,また,糖尿病や高血圧は,動脈硬化の原因となるものであるが,本件疾病の発症当時,P1に動脈硬化が生じていたことを示す具体的な所見があったことを窺わせる証拠はない(むしろ,証人P3〔当審〕は,P1についての記念病院における医師のカルテ記載,特に,10月9日の欄の「血管造影施行,左内頸動脈,頭蓋内へはほとんど流入せ
ず,右内頸動脈・椎骨動脈一部造影,流れは緩徐」〔甲115の5〕との記載等からすれば,動脈の閉塞狭窄はなく,P1には動脈硬化がなかったと見るべきであると証言している。)。
(ウ) 本件疾病に関するP3医師の意見(甲102,証人P3〔当審〕)及びP4医師の意見(甲116,135の1,証人P4〔当審〕)は,いずれも本件疾病を心原性脳塞栓とするものである。そして,その内容は,既に述べたような本件疾病の臨床的特徴や医学的知見に沿うものであって,信頼に足るというべきである。(エ) P5医師の意見(乙67,証人P5〔当審〕)は,本件疾病を,外傷性脳塞栓症であるとするものであり,本件疾病が脳血栓症ではなく,脳塞栓症であるという点では,控訴人の主張や上記(ウ)の各意見と一致している。 そして,P1には,殴られた場合に通常生ずる打撲傷は存在せず,皮下出血も生じていないのであり,左右の前額部及び左膝部の擦過傷についても,本件疾病が発症した後,ローソンγ店を出る際に上体を陳列棚にぶつけたり,同店の外で倒れ込んだ際にできたものと考えるのが自然である。また,殴られた旨のP1の発言についても,意識障害が生じている状況下のものである上,脳血管障害が急激に生じたときには,殴られたようなショックを感じることもあること(証人P5〔当審〕)に照らし,この発言に重きを置くことは相当ではないというべきである。さらに,P1が写真店に立ち寄ってから救急車が呼ばれるまでの間に,同写真店及びローソンγ店の周辺において,けんか等のトラブルが生じた形跡もない。これらの点からすれば,本件疾病を,外傷性脳塞栓症であるとすることはできないというべきである。
(オ) 本件疾病を脳血栓症であるとするP5医師の意見(甲27の2)については,上記(2)アのような本件疾病の発症状況を前提にしていない意見である上(なお,甲146によれば,同医師も,これを前提とすれば,本件疾病が脳塞栓症である可能性を否定するものではないことが窺える。),不整脈はなかったというカルテの記載と明らかに矛盾する事実を前提としていることに照らし,採用できない。また,P5医師の意見書(乙34)についても,本件疾病が脳血栓症であることを大前提として作成されたもので,同医師は当審においては上記(エ)のとおり見解を訂正していることに照らし,採用できない。
イ 被控訴人の主張について
(ア) 被控訴人は,本件においては,P1に動脈硬化がなかったとは断定できないとか,本件疾病の機序が,動脈原性脳塞栓症,卵円孔閉存による脳梗塞,本件疾病の際の薬剤による副作用等をすべて除外するに足りる検査は行われていないから,本件疾病を心原性脳梗塞とは断定できないなどと主張する。
しかし,上記のような被控訴人の主張は,P1についての具体的な所見に基づく議論ではなく,抽象的な可能性を述べるに止まるものである。既に述べたとおり,訴訟上の因果関係の立証は,一点の疑義も許されない自然科学的証明ではないから,上記のように抽象的な可能性を指摘し,これに沿う医学文献等を提出したとしても,何ら有効な反証とはならないことは明らかである。被控訴人の主張は,採用できない。
(イ) 被控訴人は,①控訴人は,本件疾病について,原審においては脳血栓である旨主張していたのを,控訴審において脳塞栓であると変更したものであるが,これは,自白の撤回に当たり,許されない,②上記①のような控訴人の主張の変更は,訴訟上の信義則に反し,許されない,などとも主張する。
しかし,上記①については,本件疾病が脳血栓であるか脳塞栓であるかは,いわゆる主要事実であるとはいえないから,上記のような主張の変更は,自白の撤回に当たらないというべきである(なお,自白の撤回は,当該自白が真実に反し,かつ錯誤に基づく場合は許容される。そして,自白が真実に合致しないことの証明があるときは,その自白は錯誤によるものと認めてよいものとされる〔最高裁判所第三小法廷昭和25年7月11日判決・民集4巻7号316頁〕。既に述べたとおり,本件疾病は脳塞栓症によるものと認められるから,仮に,本件疾病が脳血栓症であることが主要事実であり,この点について原審において自白が成立していたとしても,当該自白が真実に反し,かつ錯誤に基づくものと認められる。したがって,本件は,自白の撤回が許される場合に当たるというべきである。)。 また,上記②についても,本件記録から認められる審理経過に照らし,控訴人による主張の変更が訴訟上の信義則に反するといえないことは明らかである。 したがって,被控訴人の主張は,いずれも採用することができない。(4) P1の本件疾病による死亡の公務起因性

上記2の認定事実,証拠(甲102,116,130,135の1,138,証人P3〔当審〕,証人P4〔当審〕)及び弁論の全趣旨を総合すれば,P1の本件疾病による死亡の公務起因性を認めるのが相当である。その理由は,以下のとおりである。
ア 既に述べたとおり,心房細動については,これによって心房内の血流がうっ帯するため,心房内血栓が生じ,心原性脳塞栓症の危険因子となるものとされる。また,心房細動の発生における自律神経機能障害の役割はよく知られており,特に交感神経緊張の増大によって誘発されるものでは,精神的,身体的負荷がしばしば誘因として認められ,精神的・身体的負荷や疲労,睡眠不足などが致死的不整脈を起こさせて,突然死の原因となり得ることは充分考えられるものとされている。 そして,本件疾病の発症前,特に,平成2年9月下旬以降のP1の公務が過重なものであったことは前記のとおりである上,本件において,公務以外にP1に本件疾病を発症させ得るような精神的・身体的負荷を生じさせた要因があったことは何ら窺われない。
以上の点からすれば,上記のような過重な公務による負荷が原因となってP1に心房細動が生じ,本件疾病が生じたと考えることには合理性があるというべきであり,これに沿うP3医師及びP4医師の意見(甲102,116,135の1,証人P3〔当審〕,証人P4〔当審〕)は,合理性を有するものと考えられる。イ 一方,P1の基礎疾患である甲状腺機能亢進症(そのほとんどがバセドウ病であるとされる。)は,心房細動の原因疾患とはされるが,その重傷度や罹患期間と心房細動の発生や持続との関係等については,我が国では具体的な報告はほとんど見受けられないとされる。しかし,最近の調査結果によれば,臨床上は心房細動を合併するバセドウ病患者は約2~3%程度で,40歳未満の若年者に限ると重篤な症例の場合に限られると考えられ,また,心房細動を合併したバセドウ病患者のうち,脳塞栓の合併が否定できない患者は0.15%にも満たなかったものとされる。
そして,P1は,本件疾病発症当時36歳と若年で,り患していた甲状腺機能亢進症は重篤なものではなく,本件疾病発症当時は,むしろ改善していたものであるから,上記のような調査結果や,既に述べたようなバセドウ病の心房細動では心疾患による心房細動に比較して血栓症は少ないとの医学的知見に照らせば,P1の甲状腺機能亢進症と本件疾病との間に因果関係は認められないと考えるのが合理的である(なお,乙65には,甲状腺機能亢進症の重傷度と心房細動出現との関連性はないとの記載がある。しかし,そこには具体的な根拠は何ら示されておらず,少なくとも,訴訟手続において,上記認定を左右するに足りる証拠とはいえないというべきである。)。P3医師及びP4医師の意見も,このような観点から本件疾病と甲状腺機能亢進症との因果関係を否定するもので,合理的というべきである。ウ 被控訴人の主張について
(ア) まず,被控訴人は,地方公務員がり患した疾病の公務起因性の有無の判断基準について次のように主張する。すなわち,当該疾病が地公災法による災害補償給付の対象となるには,公務との間に相当因果関係の存することが必要であり,そのためには,公務が疾病(災害)を引き起こすその他の要因との関係で相対的に有力な原因であったことが必要であるというのである。
当裁判所も,特に本件におけると同様,脳梗塞のような脳血管疾患が公務上のものであるかどうか争われる場合には,被控訴人が主張するような基準をもって判断するのを原則とすることについては異論はない。しかし,本件においては,この判断基準を用いるべき事実基礎がないというべきであり,被控訴人が本件においても,上記判断基準を用いるべきであるというのであれば,以下のとおりこれを採用することができない。
a 被控訴人の上記主張においても,公務とともに,疾病(災害)を引き起こすその他の要因があることを前提としている。
b また,基金の理事長通達(昭和48年11月26日地基補第539号)の2(3)シの「公務と相当因果関係をもって発生したことが明らかな疾病」の運用基準を定めた通知(旧認定基準)においても,公務起因性について次のとおり述べている。
公務が「医学経験則上,心・血管疾患及び脳血管疾患等の発症の基礎となる病態(血管病変等)を加齢,一般生活等によるいわゆる自然的経過を超えて急激に著しく増悪させ,当該疾患の発症原因とするに足る強度の精神的又は肉体的負荷を受けていたことが必要である。」

この記載から明らかなように,旧認定基準においても,公務以外に発症の基礎となる病態(血管病変等)があることを予定している。
c 平成13年12月12日に上記通達の2(3)のシの「公務と相当因果関係をもって発生したことが明らかな疾病」の運用基準を改めた通知(新認定基準)においても,同一の基準を定めている。
d そして,本判決添付の別紙「脳梗塞各病型の臨床的特徴」にも記載されているとおり,心原性脳塞栓症,動脈硬化性血栓性脳梗塞,ラクナ梗塞のいずれの脳梗塞においても,基礎疾患が併存することが大半であることが認められる。e しかし,本件におけるP1の場合,いわゆる持病として,公務とは関係なく,心原性脳塞栓症の基礎疾患とされる,心房細動,弁膜症,心筋梗塞,心内膜炎の発症があったと認めるに足りる証拠はないのである。したがって,これらの基礎疾患との比較で公務が相対的に有力な原因になったかどうかとか,これらの疾患が自然的経過を超えて急激に著しく増悪したかどうかなどを判断する必要ないし余地がないのである。いわば,公務が唯一本件疾病の発症原因だったというべきだからである。
(イ) 被控訴人は,公務過重性は,同種,同僚の公務と比較して客観的に判断されるべきであるとも主張するが,この点については,これまで詳細に認定判断したとおりであって,P1が,本件疾病発症前に,β小学校の同僚教員と比較して著しく過重な職務を分担,執行してきたことは客観的に認められるところである。(ウ) さらに,被控訴人は,新認定基準(上記(ア)c)の定める公務の過重の要件に関連して,P1の場合,時間外勤務時間(発症前1週間,発症前1か月間)の要件を満たさないし,「発症前1か月を超える,過重で長時間に及ぶ時間外勤務(発症日から起算して,週当たり平均20時間程度以上の連続)」との要件を満たさないなどとも主張する。
しかし,この点は,上記(ア)と関連するが,新認定基準(上記(ア)c)の定めは,そこで述べたとおり,公務の他に疾病(災害)の原因となりうる基礎疾患があることを前提にして,公務がこれらと比較しても,疾病(災害)の有力な原因と認めうるための要件を定めたものと理解されるのである。ところが,本件では,公務が唯一本件疾病の発症原因だったというべきであるから,新認定基準(上記(ア)c)の定める公務の過重性の要件を厳格に適用する事実基礎はなく,厳密にはその定める要件を満たさないからといって,公務起因性を否定することは相当ではないのである。
(エ) 被控訴人は,仮にP1に心房細動が生じたとしても,自然的条件による睡眠障害,喫煙癖,コーヒーの多飲,眠り過ぎなどによる生活リズムの乱れなど,公務以外の事情ににより招来された可能性も大きいなどと主張する。しかし,いずれも,単なる抽象的な可能性を指摘するに止まるものであって,被控訴人の主張は,上記(3)イ(ア)で述べたのと同様の理由により採用できないというべきである。
エ 結局のところ,本件の証拠関係に照らせば,本件疾病の原因は,本件疾病前の過重な公務にあると考えるほかない。すなわち,本件疾病発症前の公務とP1の死亡との間に相当因果関係があることは,優に立証されているというべきである。4 以上の次第であって,控訴人の請求は理由があるから認容すべきである。よって,これと異なる原判決は不当であるから取り消すこととし,主文のとおり判決する。
大阪高等裁判所第6民事部
裁判長裁判官 大出晃之
裁判官 赤西芳文
裁判官 田中一彦

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