判例検索β > 平成15年(行コ)第235号
所得税更正処分等取消請求事件
事件番号平成15(行コ)235
事件名所得税更正処分等取消請求事件
裁判年月日平成16年2月19日
法廷名東京高等裁判所
結果その他
判例集等巻・号・頁第57巻1号1頁
原審裁判所名東京地方裁判所
判示事項日本法人の取締役がその親会社である米国法人から付与されたいわゆるストックオプションの行使による株式の取得に係る経済的利益が給与所得に該当するとされた事例
裁判要旨日本法人甲の取締役乙が,米国法人丙からあらかじめ定められた価額(権利行使価額)で丙の株式を発行又は移転することを請求する権利(いわゆるストックオプション)を付与され,これを行使して丙の株式を取得した場合において,丙が甲の全株式を保有する親会社であること,丙が上記権利を付与する対象者が丙又はその子会社の役員及び主要な従業員に限定されていること,丙がこれらの者に対して上記権利を付与する趣旨,目的が当該役員及び従業員に丙又はその子会社における職務の精励と就労の継続を動機付ける点にあること,上記権利を付与する契約において,これを他に譲渡することが禁止され,これを行使するにはその付与後一定期間丙又はその子会社に勤務して労務を提供することを要するものとされ,雇用関係が終了したときは上記権利が消滅し又はその行使期間を短期間に制限するものとされていることなど判示の事実関係の下においては,乙が取得した丙の株式の権利行使時における価額と権利行使価額との差額に相当する経済的利益は,乙が甲の指揮命令に服して提供した労務の対価として丙から給付されたものということができ,当該経済的利益に係る所得は給与所得に該当する。
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主 文
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
主文と同旨の判決を求める。
二 被控訴人
1 本件控訴を棄却する
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
との判決を求める。
第二 事案の概要
一 本件は,被控訴人が,控訴人がした被控訴人の平成8年分から平成10年分までの所得税についての各更正処分(以下「本件各更正処分」という。)は,所得区分の判断を誤った違法なものであると主張して,各更正処分のうち,被控訴人が従前勤務していた日本法人A株式会社(以下「日本A社」という。)の親会社であるアメリカ合衆国法人B・インク(以下「米国B社」という。)から付与されたストック・オプション(会社が自社又は子会社の従業員,役員等に対して付与する,自社株式を一定の期間内にあらかじめ定められた権利行使価格で購入することができる権利)を行使したことにより取得した利益(権利行使時における株式の価格と払い込んだ権利行使価格との差額。以下「本件権利行使益」という。)が一時所得に該当するとして計算した課税総所得金額及び納付すべき税額を超える部分の取消しを求めた事案である。控訴人は,本件権利行使益が主位的には給与所得に,予備的には雑所得に該当する旨主張しているのに対し,被控訴人は,本件権利行使益は一時所得に該当する旨主張している。
二 事案の概要は,次のとおり,争点に関する当事者の主張を付加するほかは,原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」に記載のとおりであるから,これを引用する。
(争点に関する当事者の主張)
1 争点(1)(本件権利行使益の所得区分)について
(控訴人の主張)
本件権利行使益は,所得税法上,給与所得に該当し,仮にそうでないとしても,雑所得に該当する。
(一) ストック・オプションの性格
(1) ストック・オプション制度は,ストック・オプションを従業員,役員等(以下「従業員等」という。)に付与することにより,当該従業員等の精勤意欲の向上が期待され,付与会社も優秀な人材を誘引,確保するとともに会社の業績向上を図ることを期待することができるという,長期インセンティブ報酬(業績連動型報酬)の一種である。ストック・オプションを付与された従業員等は,当該株式の時価が権利行使価格を上回った場合,この権利を行使して株式を取得し,当該株式の時価と権利行使価格の差額相当の経済的利益(権利行使益)を享受することができる。
この長期インセンティブ報酬の目的を達成するために,ストック・オプションの付与の対象となるのは従業員等のみであり,また,付与契約において一定期間の勤務,権利行使期間,権利行使価格等の条件が定められ,さらに,付与されたストック・オプションの譲渡が禁止され,退職等により雇用契約等が消滅した場合等には,権利が消滅したり権利行使期間が制限されたりするのが通常である。 このように,ストック・オプション制度は,「付与→一定期間の勤務→株価の上昇→権利行使による時価より低額での株式売買」という一連の過程を経て,初めて従業員等において権利行使益を取得できるもので,インセンティブ報酬として勤務先会社における勤務と不可分に結びつけられた仕組みである。従業員等としての地位にあるからこそストック・オプションが付与され,かつ,現実に勤務を継続しなければ権利行使の機会を得られず,したがって権利行使益も得られないのである。 (2) ストック・オプション付与契約は,従業員等とその勤務先会社との雇用契約等に付された従たる契約(予約)というべきものであって,権利行使益を従業員等に取得させるため,会社と従業員等との間の雇用契約等を不可欠の前提として締結される,売買(株式譲渡)の一方の予約に類似する契約であり,従業員等の地
位にあるストック・オプションの被付与者のみが予約完結権を行使するものとして譲渡が禁止され,かつ,会社における一定期間の勤務等という停止条件が付されたものということができる。
そして,従業員等の地位にある被付与者が,労務を提供してストック・オプション(予約完結権)を行使することができるようになり,これを行使して初めて株式譲渡契約(本契約)が成立し,付与会社は,被付与者に対し,権利行使価格相当額の金員支払請求権を取得することとなり,その結果,付与会社が当該株式を市場で売却(発行)すれば得られたはずのキャッシュフロー(当該株式の時価から権利行使価格相当額を差し引いた額)を,被付与者である従業員等にその労務の対価として移転するものである。
(二) ストック・オプションに係る課税の対象及び時期について (1) 所得税法は,「現実収入」があったときに「収入金額」(同法36条1項)が発生したものとして課税することを原則としつつ,未だ現実収入はないが「(現実)収入の原因となる権利」が確定したときはその時点で「収入金額」が発生したものとして課税するという,権利確定主義を採用しているものと解される。 そして,所得税法36条の規定に照らせば,金銭以外の物,権利又は経済的利益も現実収入となり得るが,現実収入に対しては所得税課税がされることから,「現実収入」に該当するためには,経済的・実質的観点から,所得税課税にふさわしい内実のある利益等でなければならず,容易に現金に換価され得るものを受領した場合であることを要すると解される。また,「収入の原因となる権利」とは,現実収入としての金銭,物,権利又は経済的利益の交付ないし引渡しを請求する権利であると考えられる。
(2) これをストック・オプションについてみると,被控訴人が米国B社から付与された本件ストック・オプションのように,譲渡が禁止され,被付与者以外は行使できず,これを取引の対象とする市場も存在しないものについては,これを付与されただけでは,換価可能性がないものを与えられたにすぎないから,付与されたストック・オプションそれ自体が現実収入に当たるとはいえない。市場性のないストック・オプションのように,将来権利行使益を得ることに対する期待権にすぎないものについて,所得税を課税することはあり得ない。
そうすると,本件のようなストック・オプションにおいては,権利行使益が「現実収入」であり,ストック・オプションを行使して発生する株式引渡請求権が「収入の原因となる権利」に該当するものというべきである。
(3) 以上のとおり,本件ストック・オプションにおける所得税課税の対象は,権利行使益であり,その課税時期が権利行使時であることは明らかである。 そして,このように解することは,商法上のストック・オプションに関し,租税特別措置法29条の2及び所得税法施行令84条が権利行使時における権利行使益に対する課税を前提とした規定をしていることとも整合的である。 (三) 本件権利行使益が給与所得に該当することについて
(1) ストック・オプションに関する課税実定法規について
租税特別措置法29条の2は,第2章「所得税法の特例」,第3節「給与所得及び退職所得」の中に置かれていることからすれば,ストック・オプションの行使により生じる経済的利益は原則として給与所得として課税されることを前提とした上で,同条所定のいわゆる税制適格型のものについては,権利行使時において権利行使益に所得税を課さずに,株式の譲渡時まで課税の繰り延べを認める趣旨のものと解される。また,所得税法施行令84条は商法上のストック・オプションについて権利行使益に課税する旨を明示している。
そうすると,現行法上,租税特別措置法29条の2の要件を満たさない税制非適格型のストック・オプションについては,権利行使時に権利行使益に対して給与所得として課税されるものであって,これと同様の性質を有する本件ストック・オプションについても,所得税法36条の解釈として,権利行使時に権利行使益に対して給与所得として課税されると解するのが,上記各規定の趣旨に照らしても相当である。
(2) 給与所得の意義について
給与所得とは,「俸給,給料,賃金,歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る所得」(所得税法28条1項)であり,勤労性所得(人的役務からの所得)のうち,雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供された労務の対価を広く含むものである。
そして,労働者の多くが,ほぼ全人格的に企業に帰属し,従業員等と企業との間
には「長期多元決済」ともいうべき関係が成立・存続するという勤務形態が一般的な我が国の労働事情に照らせば,給与所得該当性の判断に当たり,個別具体的な労務提供とそれに対する対価支払という具体的対応関係を要求することは困難ないし不可能であって,むしろ従業員と使用者の関係を包括的に給与所得の発生原因としてとらえ,使用者から従業員に対して支給される金品は原則として給与所得とするのが相当というべきである。給与所得の本質は非独立的・従属的労働の対価という点にあるが,この場合の対価は,雇用契約等の反対給付(取締役任用契約に基づく報酬,雇用契約に基づく給料等)に限定されるものではなく,従業員等の地位に基づいて給付される限り,労務の対価としての性質を有し,給与所得に該当するというべきである。
(3) 勤務先会社からストック・オプションが付与される場合について ア ストック・オプション付与契約は,従業員等とその勤務先会社との雇用契約等を不可欠の前提として締結される契約であって,権利行使益を,従業員等に労務の対価として取得させるためのものである。したがって,従業員等の地位に基づいて付与されたストック・オプションの行使に係る権利行使益は,労務の対価としての性質を有するから,給与所得に該当する。
イ 権利行使益の発生の有無及びその多寡は,株価の変動や行使時期の判断といった要素に左右される面があることは否定できないが,株価の変動や被付与者に権利行使時期の選択をゆだねているといった要素は,いずれもストック・オプション制度に内在するものであって,付与会社は,ストック・オプションの下,これらの点を前提として,従業員等にストック・オプションを付与しており,ストック・オプション自体が,いわば価格の変動等を織り込み済みのものとして,その制度の枠内で一定期間の勤務等の条件を満たした被付与者が権利を行使する限り,付与会社において,その従業員等に,労務の対価として低額譲受の利益を与える意図で付与契約を締結したものである。したがって,権利行使益は,付与会社から被付与者に対して与えられた経済的利益というべきである。
ウ 従業員等が提供した労務の質ないし量と使用者から受ける給付の額との間に何らかの相関関係があることは,給与所得の要件ではなく,当該従業員等が提供した具体的な労務の質ないし量と給付の額との間に何ら相関関係がなくても,従業員等としての地位に基づいて受ける給付は,すべて労務の対価であり,給与所得に該当するというべきである。仮に,労務の質ないし量と給付との間に何らかの相関関係を要するとの立場に立ったとしても,ストック・オプションの付与会社は,従業員等の貢献度に応じて,付与するストック・オプションの数量,権利行使価格,権利行使期間等権利行使益の多寡に影響する一定の条件を定めているのであるから,その点において,給付としての権利行使益は労務の質ないし量と相関関係を有するものということができる。
エ 以上によれば,勤務先会社から付与されたストック・オプションに係る権利行使益が給与所得に該当することは,明らかである。
(4) 親会社からストック・オプションが付与される場合について ア 本件ストック・オプションを付与した米国B社は,被控訴人の使用者であり,被控訴人は,使用者である米国B社の指揮命令の下,日本A社に勤務し,労務の提供を行っていたからこそ,本件ストック・オプションを付与されたといえる。したがって,本件権利行使益は,米国B社から支給された給与となる。 イ 被控訴人が日本A社に勤務した点に着目しても,次のとおり,本件権利行使益は給与所得に該当する。
(ア) 給与所得を規定する所得税法28条1項は,雇用契約等の使用者からの給付に限定するとは規定しておらず,使用者以外の第三者からの給付であることの一事をもって給与所得から除外しているとは解されない。
(イ) 商法上のストック・オプションに関する租税特別措置法29条の2は,親会社が子会社の従業員等に付与したストック・オプションについても給与所得に該当することを前提としており,したがって,同条は,親会社から付与されたストック・オプションが子会社に対する労務提供の対価であることも当然の前提としている。
(ウ) 最高裁判所昭和56年4月24日第二小法廷判決・民集35巻3号672頁(以下「最高裁昭和56年判決」という。)は「使用者から受ける給付」であることを給与所得の要件としているようにもみえるが,同判決は,給与支給者と雇用契約等の当事者(使用者)とが一致する通常の場合について判断したものであり,同判決が雇用契約等の当事者以外の第三者からの給付の給与所得該当性を否定
することまでを射程に含むものとは解されない。
(エ) 給与所得であるか否かの判断要素は,従業員等の立場からみて,それが従業員等たる地位に基づき,一定期間に空間的・時間的な支配を受けつつ労務を提供したことの対価と認められるか否かという実質的な点に求められるべきである。そして,この場合,空間的・時間的支配を受けたのが親会社であるか子会社であるかは,従業員等の立場からは特段の意味を持つとはいえないから,考慮する必要はないし,親会社においても,従業員に対する子会社の空間的・時間的支配を前提に給付しているのであるから,それは従業員等の地位に基づく給付とみて支障はなく,本件権利行使益についても,給与所得に該当することは明らかである。 ストック・オプションの被付与者である子会社の従業員等にとっては,子会社の従業員等の地位にあり,子会社の指揮命令に服して一定期間勤務して初めて権利行使益を取得することができるという点では,権利行使は労務の提供を当然の前提としており,このような労務提供なくしては権利行使益を得られない関係にあるから,対価関係があることは明らかである。
親会社が,被付与者である子会社の従業員等に対し,実質的には自らの負担において経済的利益(権利行使益)を与える理由は,被付与者の子会社における労務の提供にある。これは,被付与者の子会社における勤務により子会社の業績が向上すれば,親会社も利益を受ける関係にあると認識されているからにほかならない。 使用者は,従業員等の勤労の成果が使用者に帰属するという関係にあるからこそ従業員等に給与を支給するものであるところ,使用者以外の第三者であっても,使用者を通じてその従業員等の労働力を利用し勤労の成果を得ることができる関係にある者が,当該従業員等に支給した金銭ないし経済的利益は,給与ということができる。この点,親会社は,株式や出資持分の保有を通じて,子会社を経営支配しており,子会社の従業員等の労働力を利用し,その勤労の成果を得ることができる関係にあるといえるのである。
加えて,親会社が子会社等のグループ企業の従業員等をも対象とするストック・オプション付与制度を有している場合には,その子会社等も,その従業員等の勤労意欲の向上等により会社の業績が向上することを期待できるから,自社における労務を前提として,その従業員等に対し,親会社が権利行使益を与えることを容認しているものといえる。
ストック・オプション制度というのは,企業の分社化・分業化とともに,グループ全体の利益の向上を目的として存在する制度であり,一般的に,子会社はストック・オプション付与対象者をストック・オプションの付与会社たる親会社に推薦し,グループ全体の利益向上,親会社の株価向上に最も効率的になるように被付与者を選択するものであり,それと同時に,ストック・オプションを付与した親会社は,その権利行使に係る出捐を被付与者の勤務する会社から回収し,被付与者の勤務する会社に負担させているのである。
以上によれば,本件権利行使益は,雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付に当たる。 (四) 本件権利行使益が一時所得に該当しないことについて
(1) 偶発的,一時的な性格について
ストック・オプションの権利行使益の取得そのものは株価の変動及び権利行使の時期に関する判断によってその発生の有無及び金額が決定付けられた,偶発性,一時性があるものであったとしても,権利行使の結果である権利行使益の取得自体は,行使時期の判断が委ねられている従業員等による選択の結果であり,従業員等は,確実に意図した利益を得ることができる状況の下で行使しているのであるから,権利行使益を偶然に取得したものとはいえない。
(2) 一時所得の消極的要件としての対価性について
一時所得(所得税法34条1項)に該当するためには,その所得が「労務その他の役務・・・の対価としての性質」を有しないものでなければならない。この一時所得の消極的要件としての「役務の対価性」の点は,その所得が一時所得か,それとも雑所得かの区分の基準となるものであり,双務契約における一方の履行に対する他方の給付という意味での「対価」としての性質にとどまらず,「労務その他の役務」が契約上の義務として行われた場合でなくとも,当該労務その他の役務を提供したことを評価し,これに対して金銭その他の経済的利益が給付された場合を含むものである。
ストック・オプションに係る権利行使益が,子会社の従業員等としての地位及びその勤務に密接に関係する所得であることは明白であって,雑所得の要件である
「労務その他の役務・・・の対価としての性質」を有するものに該当し,したがって一時所得には該当しない。しかも,本件の場合,被控訴人と米国B社との間には直接雇用契約が存在し,これにより日本A社に労務を提供しているのであるから,一時所得に該当する余地はない。
(3) 偶発的,一時的な要素を持つ所得の所得区分について
一般に,所得は,何らかの経済取引から生じるものであり,その発生過程の中に偶発的な要素及び当該所得を稼得した者の経済状況についての判断が含まれることは,むしろ当然のことである。このような場合における物の価格の変動や当事者の判断は,所得の有無や多寡を決定する要素にすぎないのであって,当該要素をそれらの経済活動によって発生した所得の所得区分を判定する基礎とするのは,所得税法が,所得の源泉ないし性質に応じて所得区分を定めた趣旨に照らしてみれば誤りであることは明らかであり,株価の変動というものが偶発的であるからという理由で,株式を対象として生じた所得がすべて一時所得になるという考え方が誤りであることは明らかである。
(4) 以上のとおり,仮に本件権利行使益が給与所得に当たらないとしても,一時所得と解する余地はなく,少なくとも雑所得には該当する。
(五) 本件各更正処分の適法性
本件権利行使益が給与所得に当たる場合の被控訴人の本件係争各年分の課税総所得金額及び納付すべき税額は,いずれも本件各更正処分に係る課税総所得金額及び納付すべき税額と同額である。また,本件権利行使益が雑所得に該当する場合の課税総所得金額及び税額は,いずれも本件各更正処分に係る課税総所得金額及び納付すべき税額を上回る。
したがって,本件各更正処分は,いずれも適法である。
(被控訴人の主張)
本件権利行使益は,所得税法上,一時所得に該当する。
(一) ストック・オプションに係る課税の対象及び時期
課税実務上,ストック・オプションの行使前において相続が開始した場合の相続税について,相続時における株価と権利行使価格との差額をもってストック・オプションの価格と評価されていることや,擬似ストック・オプションのうち,いわゆる成功報酬型ワラントについて,ワラントの付与時の課税が採用されていることからすれば,ストック・オプション自体も経済的な価値を有するものとして理論上課税の対象となるはずであり,権利確定主義を根拠に権利行使時における権利行使益に対する課税を説明することはできない。ストック・オプションについて権利行使時に権利行使益に対して課税する理由は,むしろ,ストック・オプション付与時の価値を算定することが事実上困難であることにあるものと解される。 (二) 給与所得に該当しないことについて
(1) 租税特別措置法29条の2の解釈について
租税特別措置法29条の2は,我が国の商法上のストック・オプションに関する規定であって,ストック・オプション一般についての所得区分を明らかにした規定ではない。また,同条は,ストック・オプションについて,権利行使時に給与所得として課税することを前提として定められたものでもない。
(2) 給与所得の意義について
給与所得(所得税法28条1項)の解釈につき,最高裁昭和56年判決に従えば,給与所得に該当するためには,① 雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令の下に労務を提供すること,② 付与される経済的利益が当該労務提供の対価であることが必要である。
(3) 権利行使益は会社から従業員等に給付されるものではないこと ストック・オプションの付与会社は,その権利行使に伴って特別の出捐をしたり損失を被るわけではなく,権利行使益は,いわば既存の株主全体から権利行使をして新たに株主となった者へ移転されるものであって,これをストック・オプションの付与会社からの給付とみることはできない。法人税法上,ストック・オプションを付与した法人があらかじめ定められた譲渡価額によって自己株式を譲渡したときは,その譲渡は正常な取引でされたものとして計算することとされているように(同法施行令136条の4),権利行使時の当該株価と譲渡価額との差額は,当該法人に帰属していないものというべきであり,当該法人がこの差額相当の利益を従業員等に与えたものということはできない。
(4) 雇用類似要件を欠くこと
所得税法上の給与所得は,使用者から支給される給付であることを当然の前提と
しており,使用者以外の者から給付される対価についてこれを給与所得とするには,立法上の手当が必要であるというべきである。最高裁昭和56年判決も,使用者から支給される給付をもって給与所得に該当すると解していることは明らかである。
本件の事案である親会社から子会社の従業員等へのストック・オプション付与の場合,親会社と子会社の従業員等には雇用契約や委任契約等の契約は存在せず,被控訴人が親会社に事実上勤務している実態もない。
本件ストック・オプションは,親会社から子会社の従業員等に支給され,かつ,当該従業員等が親会社に対して何らの勤務関係を義務付けられていない以上,法的には,このような親会社と子会社の従業員等との間に雇用契約又はこれに類する原因があるとはいえない。親会社と子会社といったグループ関係にある企業であっても,別個独立した存在であり,仮にこのようなグループ企業間の関係を広義の雇用契約若しくは委任契約に類するものとして課税するのであれば,税法上のみなし規定が必要である。
(5) 労務の対価に当たらないこと
ア 権利行使益は,親会社の株価の上昇によって発生するところ,子会社の従業員等の精勤と親会社の物価の上昇は直接的に関係しないから,権利行使益を労務提供の対価ということはできない。すなわち,株価は,企業の業績のほか,金利,為替,株価格付け,国際情勢等の様々な要因によって形成されるものであり,一子会社の一従業員等の精勤によって親会社の株価が上昇することは考えられず,権利行使益は飽くまで株価の上昇及び被控訴人の権利行使という行為によって生じたものであるから,権利行使益が労務の対価でないことは明らかである。 権利行使益には,通常の給与のように,何時間働いたからいくらの報酬がもらえるといった対価性がないことは明らかであり,株価の上昇という非常に不確実な要素に基づく権利行使益について労務との対価性を認めることは,現行法上できないというべきである。また,権利行使益を労務の対価とみると,同じ条件のストック・オプションを付与された複数の従業員等が付与会社に対して同様の貢献をした場合であっても,各人の権利行使の時期により,その受け取る給与の額に差が生じることになるが,その不合理性は明らかである。
イ 労務の対価というためには,何らかの労務の提供が必要であるが,その労務については,給付をする者との関係で当該労務の提供を義務付けられているか,又はその者に対して事実として労務の提供があったことが必要である。しかし,被控訴人が米国B社に対して労務の提供を義務付けられていたという事実も,現実に労務の提供をしたという事実も存しない。
ウ したがって,本件権利行使益が労務の対価でないことは明らかである。 (6) 以上によれば,本件権利行使益を給与所得と解することはできないというべきである。
(三) 一時所得に該当することについて
一時所得に該当するには,① 利子所得,配当所得,不動産所得,事業所得,給与所得,退職所得,山林所得及び譲渡所得に該当しないこと,② 一時の所得であること(一時性・偶発性)及び③ 労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものであることが必要である(所得税法34条1項)。 これを本件権利行使益についてみると,これが給与所得に該当しないことは前記のとおりであり,その他の7つの所得区分にも該当しない。また,本件権利行使益が労務の対価でないことも前記のとおりである。
そして,ストック・オプションの権利行使益は株価の上昇により生じるものであるところ,株価は,将来の予想収益,金利,為替等の不確実な要素により変動し,しかも複数の要素が総合的に作用して形成されるものであるから,そのような偶発的な事実によって実現するストック・オプションの権利行使益が偶発性を有する所得であることは明らかである。ストック・オプションの付与自体が臨時的な給付であるし,仮にストック・オプションの付与自体に偶発性がなかったとしても,権利行使益は偶発性を有する所得であり,オプションの付与とその行使による利益とは,明確に区別されるべきである。
このように,本件権利行使益が一時所得に該当することは明らかである。 (四) 雑所得に該当しないことについて
上記のとおり,本件権利行使益が一時所得に該当することは明らかであるから,本件権利行使益は雑所得に該当しない。
(五) 本件各更正処分の違法性

以上のとおり,本件権利行使益は一時所得と解すべきところ,本件各更正処分のうち,本件権利行使益を一時所得として計算した額を上回る部分は,いずれも違法である。
なお,控訴人は,所得税法の更正通知書には,その年分の総所得金額,所得控除額,純損失等について所得税法2条1項21号に規定する所得別の内訳を記載しなければならないところ(同法154条2項),本件各更正処分の各更正通知書にはいずれも雑所得との記載がないから,仮に本件権利行使益が雑所得に該当するとしても,本件各更正処分は,手続上の適法要件を充足せず,違法というべきである。 2 争点(2)(理由附記の不備)について
(被控訴人の主張)
憲法31条の定める適正手続の保障は,行政手続一般にも及び得るものであり,個々の場合に同条を適用すべきか否かの判断については,行政処分により制限を受ける権利利益の内容,性質,制限の程度,行政処分により達成しようとする公益の内容,程度,緊急性等を総合較量して決定されるべきであるところ(最高裁判所平成4年7月1日大法廷判決・民集46巻5号437頁),本件各更正処分により賦課された税額が8000万円以上に及び,財産権の制限が甚大であること,本件各更正処分自体が公平に反するものであること,本件について緊急に処分すべき理由が見当たらないこと等に照らせば,本件各更正処分に適正手続の保障が及ぶことは明らかである。
また,所得税の白色申告に対する更正について理由附記が不要とされる理由は,事務負担の著しい増大により公平な課税の実現が損なわれかねないことと,不服申立て手続を通じて処分の適正化と争点の明確化が図られることが保障されていることにあるところ,本件各更正処分の場合,理由を附記することにより増加する事務負担は僅かであり,また,本件各更正処分に対する異議決定が行われず,審査裁決も訴訟提起後に行われたこと,控訴人が本件訴訟において本件権利行使益を雑所得とする予備的主張をしたことに照らせば,不服申立て手続を通じた処分の適正化と争点の明確化が保障されていないことは明らかである。
このようなことからすれば,本件各更正処分について理由附記の要請を除外する国税通則法及び所得税法の規定は,憲法31条及び32条に反しており,また,理由附記を欠く本件各更正処分は,いずれも違法といわざるを得ない。(控訴人の主張)
本件各更正処分に理由附記がないことは被控訴人主張のとおりであるが,所得税の更正処分が大量かつ回帰的に行われるものであり,すべての更正処分に理由附記を要求すれば事務負担が著しく増大すること,所得税の更正処分については異議申立て及び審査請求において処分理由が示されることが予定されていること等を考慮すると,所得税法が青色申告書に係る155条2項所定の更正処分以外の更正処分について理由附記を要求しなかったとしても,そのことをもって憲法違反ということはできないから,同項の更正処分に該当しない本件各更正処分について,控訴人が理由を附記しなかったことが違法であるとはいえない。
3 争点(3)(信義則違反)について
(被控訴人の主張)
(一) 本件ストック・オプションのように,親会社が子会社の従業員等にストック・オプションを付与した場合の所得税の課税については,法令及び通達の定めは存在しなかったが,国税庁は昭和59年以降,ストック・オプションの権利行使益が一時所得に該当する旨の見解を明らかにしており,税務職員は納税者に対し,かかる見解を前提とした指導を行ってきた。被控訴人は,ストック・オプションの権利行使益の所得区分に関するこのような公的見解に基づいて,本件権利行使益を一時所得として申告したものである。
しかるに,課税庁は,平成10年ころから,ストック・オプションの権利行使益が給与所得に該当する旨見解を変更し,平成11年末ころから,ストック・オプションの権利行使益を一時所得とする申告に対して,更正処分を行うようになり,本件各更正処分を行ったものである。
(二) 租税法の領域における信義則の適用については,最高裁判所昭和62年10月30日第三小法廷判決・裁判集民事152号93頁により,① 課税庁が納税者に対し,信頼の対象となる公的見解を表示したこと,② 納税者がその表示を信頼し,その信頼に基づいて行動したこと,③ 課税庁が後に①の表示に反する課税処分を行い,そのために納税者が経済的不利益を受けたこと,④ 納税者が課税庁による①の表示を信頼し,その信頼に基づいて行動したことについて納税者の責
めに帰すべき事由がないことという厳格な要件が定められているところである。 しかしながら,本件各更正処分の場合,このような厳格な要件を前提としても,課税庁の職員自身がストック・オプションの権利行使益が一時所得に該当するとして指導していたものであり,被控訴人は,代理人である税理士を通じて,税務署による上記公的見解の表示を受けたものであるから①に該当し,かかる公的見解に従って納税資金を算出して被控訴人自身の事業を行ってきたものであるから②にも該当し,予想外の処分により経済的不利益を受けたことから③にも該当し,これらの点に被控訴人の責めに帰すべき事由もないから④にも該当する。 したがって,本件各更正処分は,信義則に反して違法であるから,取り消されなければならない。
(控訴人の主張)
被控訴人は,課税庁が従来ストック・オプションの権利行使益を一時所得として申告するよう指導してきたにもかかわらず,本件各更正処分において給与所得として課税することは,信義則に違反し違法である旨主張する。
しかしながら,信義則違反により課税処分が取り消されるのは,租税法規の適用における納税者間の平等,公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情がある場合に限られるべきであり,被控訴人の主張に記載のとおりの要件が必要である。
しかるに,信義則違反に関する被控訴人の主張は,課税庁の従来の取扱いに従って本件権利行使益を一時所得として申告したというにとどまり,上記②及び③を満たさないことが明らかであって,納税者間の平等,公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情は認められないから,被控訴人の上記主張は理由がない。
第三 争点に対する判断
一 争点(1)(本件権利行使益の所得区分)について
1 問題の所在
(一) 本件においては,本件権利行使益が,給与所得,一時所得又は雑所得のいずれに該当するかが問題となっているところ,所得税法34条1項は,一時所得につき,「利子所得,配当所得,不動産所得,事業所得,給与所得,退職所得,山林所得及び譲渡所得以外の所得のうち,営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものをいう。」と規定し,また,同法35条1項は,雑所得につき,「利子所得,配当所得,不動産所得,事業所得,給与所得,退職所得,山林所得,譲渡所得及び一時所得のいずれにも該当しない所得をいう。」と規定している。したがって,ある所得が一時所得又は雑所得に該当するというためには,それが給与所得に該当しないことを要することになる。
そこで,本件権利行使益の所得区分を判断するに当たっては,まず,本件権利行使益が給与所得に該当するか否かを検討すべきである。
(二) 所得税法28条1項は,「給与所得とは,俸給,給料,賃金,歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与(以下この条において「給与等」という。)に係る所得をいう。」と規定しており,具体的に列挙された俸給等のほかに,「これらの性質を有する給与」をその名称にかかわらず給与所得に含め,課税上,同一の取扱いをすることとしている。そして,列挙された俸給等は,通常,雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付をいうものであることや,事業所得等他の所得分類との相違点等も勘案すると,最高裁昭和56年判決が判示するとおり,給与所得とは,雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付をいうものと解すべきであり,ある給付が給与所得に該当するか否かの判断に当たっては,給与支給者との関係において何らかの空間的,時間的な拘束を受け,継続的ないし断続的に労務又は役務の提供があり,その対価として支給されるものであるかどうかが重視されなければならない。 (三) ところで,前記前提となる事実によれば,本件権利行使益は,日本A社に勤務する被控訴人がその親会社である米国B社から付与された本件ストック・オプションを行使して得られたものであり,その額は,行使時点における米国B社の株式の市場価格と権利行使価格との差額によることになるから,本件権利行使益の発生の有無及び額は,本件ストック・オプション付与後の株価の変動と権利行使時
期についての被控訴人の判断によって,最終的に決定されたことになる。そこで,本件権利行使益が給与所得に該当するといえるかの判断に当たっては,まず,本件権利行使益の発生の有無及び額が,ストック・オプションの付与会社である米国B社の判断ではなく,株価の変動や権利行使時期についての被控訴人の判断によって決まったものであっても,本件権利行使益が米国B社から被控訴人に給付されたものといえるのか,また,本件権利行使益の額が被控訴人が提供した労務の質ないし量と無関係に決まることにもなり得るが,それでも,労務の対価として給付されたものといえるのか,について検討する必要があり,次に,これらの点が肯定されたとしても,被控訴人の勤務先会社である日本A社とは別法人である米国B社から給付された経済的利益が給与所得となり得るのか,について検討する必要がある。前者の問題は自社株方式のストック・オプションと親会社株方式のストック・オプションに共通の問題であり,後者の問題は親会社株方式のストック・オプションに特有の問題である。
2 権利行使益の発生の有無及び額の不確定性について
(一) 一般に,ストック・オプション制度は,会社が,自社又は子会社の従業員等に対し,自社又は子会社における勤務等を条件として,自社株式を一定の期間内にあらかじめ定められた権利行使価格で購入することができる権利(その法的な性質は,売買予約の予約完結権であると考えられる。)を付与するものである。被付与者は,その権利を行使することによって,権利行使時点における株式の市場価格と権利行使価格との差額を権利行使益として取得することができるほか,さらに,取得した株式を売却すれば,売却益を取得することもできることになる。 そして,株式の市場価格は,当該会社の業績,一般的な経済状況,株式市場の状況そのほかの様々な要因によって定まるものであり,当該会社が決定し得る性質のものでないことはいうまでもない。また,ストック・オプションの被付与者は,権利行使を義務付けられているわけではなく,一定の条件の下で,権利行使をするか否か,いつするかを自由に決定することができるのである。
そうすると,ストック・オプションにおいては,権利行使益の発生の有無及び額は,ストック・オプション付与後の株価の変動及び被付与者による権利行使の時期についての判断により左右されることが明らかであって,このことは,本件のような親会社方式のストック・オプションの場合も自社株方式のストック・オプションの場合も同様である。
(二)権利行使益の発生の有無及び額の不確定性と付与会社による給付の有無について
(1) 上記のようなストック・オプションにおける権利行使益の発生の有無及び額の不確定性に照らすと,そもそも権利行使益が付与会社から受ける給付といえるのかという点がまず問題となり得る。すなわち,権利行使益は,被付与者がその判断に基づいて権利行使をすることによって初めて発生し,権利行使時点における株価に応じて具体的な額が定まること,その株価は,多様な要因によって定まるものであり,付与会社が決定するものではないこと,権利行使時期も一定の条件の下で被付与者が決定するものであることからすると,権利行使益の発生の有無及び額は,株価の動向と被付与者の判断によって決定されるのであり,付与会社が決定するものではないといえる。そうすると,ストック・オプション自体は,付与会社から受けた給付であるとはいい得ても,権利行使益は,被付与者が付与会社から受ける給付ではないという見解も生じ得るところと考えられる。
(2) しかしながら,付与会社は,被付与者が権利行使をした場合には,自社株式をあらかじめ定められた権利行使価格で当該被付与者に引き渡す義務を負うのであり,その結果として,当該被付与者は,権利行使益を取得することになる。これは,被付与者が権利行使をした場合には,付与会社は,株式を市場価格よりも低額の権利行使価格で被付与者に引き渡すことになり,その時点で付与会社が有していた株式の時価と権利行使価格との差額相当の経済的利益(含み益)を権利行使益として被付与者に移転させることを意味する。
このようなストック・オプションの行使による付与会社から被付与者に対する経済的利益の移転は,付与会社が被付与者との間においてストック・オプション付与契約を締結したからこそ発生したものであり,付与会社は,付与契約の当然の内容として,被付与者が権利行使をした場合には,その時点で被付与者に対してそのような経済的利益を権利行使益として取得させることを了解していたものということができる。
確かに,権利行使益の発生の有無及び額は,ストック・オプション付与後の株価
の変動と被付与者の権利行使時期についての判断によって左右されるが,それは,付与契約によって具体的に合意された権利行使の条件,期間,権利行使価格等によって定まる範囲内においてのことであり,そのような範囲内で具体的に確定した権利行使益を被付与者が取得することは,正に,付与会社が付与契約において権利行使時点における株価と権利行使価格との差額相当の経済的利益を被付与者に移転する旨を合意したことの結果であるということができる。ストック・オプションが行使されて株式譲渡契約が成立した時点の法律関係をみれば,それは,会社がその従業員との間で労務提供の対価として株式を時価より低額で譲渡する旨の契約(本契約)を成立させ,それによって給与の支払があったとされる場合の法律関係と同じであり,譲渡契約が被付与者による予約完結権行使によって成立したものであることやストック・オプションの付与時から権利行使時までの間に株価が変動したことによって,付与会社が権利行使時点における株価と権利行使益との差額相当の経済的利益を被付与者に移転するということに変わりはないのである。 なお,ストック・オプション制度では,被付与者はストック・オプションを付与されたことにより何ら義務を負うものではなく,当該株式の市場価格が権利行使価格を下回ったときは,単に権利行使をしなければよいのであるから,被付与者に経済的利益が生ずるか生じないかのいずれかであり,損失が生じることはないのであって,ストック・オプションにおける被付与者の権利行使は,投資者の判断次第で損失が生じることもある一般の株式投資と異なることも明らかである。 (3)【要旨】以上のとおり,権利行使益の発生の有無及び額が付与後の株価の変動や被付与者による権利行使時期についての判断に左右されるとしても,付与会社は,ストック・オプションの付与契約において,現実に被付与者が権利行使をした場合には,その時点での当該株式の株価と権利行使価格との差額相当の経済的利益を被付与者に取得させることを合意しており,その合意に基づいて,付与会社から被付与者に移転された経済的利益が権利行使益にほかならない。このような法律関係は,自社株方式のストック・オプションの場合でも本件のような親会社株方式のストック・オプションの場合でも基本的に同一であり,後者は,親会社から子会社の従業員等に対して権利行使時における親会社株式の時価と権利行使価格との差額相当の経済的利益を権利行使益として移転することになるものである。 (4) そうすると,ストック・オプションの権利行使益は,被付与者が付与会社から受ける給付に当たるというべきであり,本件権利行使益は,被控訴人が米国B社から受けた給付に当たるということができる。
(三) 権利行使益の発生の有無及び額の不確定性と労務の対価性について (1) 上記のようなストック・オプションにおける権利行使益の発生の有無及び額の不確定性に照らすと,そもそも権利行使益が被付与者の提供した労務の対価として給付されたものといえるかということが次に問題となり得る。すなわち,権利行使益の発生の有無及び額は,付与後の株価の変動と権利行使時期についての被付与者の判断によって決定されるから,個々の被付与者が勤務先会社に対して提供した労務の質ないし量とは必ずしも相関関係を有するとはいえない(例えば,同一の労務を提供して同一条件のストック・オプションを付与された複数の被付与者の得る権利行使益の額が,それぞれの被付与者の権利行使の時期の判断によって異なるということも生じ得る。)。そうすると,権利行使益は,被付与者が勤務先会社に提供した労務の内容とは無関係に生じる偶発的な利益であって,「使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価」という趣旨で給付されたのではないとする見解も生じ得るところである。
(2) ところで,本件権利行使益は,被控訴人が米国B社との間で締結した付与契約(以下「本件付与契約」という。)に基づいて付与された本件ストック・オプションを行使したことにより取得したものであるところ,本件ストック・オプションの内容,行使方法等は,すべて本件付与契約において定められているから,本件権利行使益は,本件付与契約に基づいて米国B社から被控訴人に対して給付されたものということができる。そうすると,本件権利行使益が労務の対価という趣旨で給付されたものかどうかを判断するに当たっては,本件付与契約の趣旨,目的,内容等を検討することこそが重要である。
(3) 付与契約の趣旨,目的,内容等について
ア 本件プランの定め等
(ア) 前記前提となる事実によれば,本件付与契約は,「B社 1976年マネジメントストックプラン(1993年10月5日修正)」(以下「本件プランという。」)に基づいて締結されたものであるから,その趣旨,目的を検討するに当
たっては,本件プランの内容が参考となるところ,証拠(乙14)によれば,本件プランは,米国B社のストック・オプション制度の趣旨,目的について,「インセンティブとなること,B社の一定の執行役員と主要な従業員が会社の成長において財産上の利益を獲得(又は増加)できるようにそのような執行役員や従業員による株式保有を促進すること,それらの者が会社に留まることを促進することを意図する」と規定している。
(イ) また,前記前提となる事実,証拠(乙14)及び弁論の全趣旨によれば,本件プランにおいては,ストック・オプションの付与対象者が一定の執行役員と主要な従業員に限定されていること,被付与者の決定は,会社からみたそれらの従業員等の貢献度及び就労確保の重要度により左右されるものであること,ストック・オプションを行使する条件として,一定期間の勤務が必要であること,ストック・オプションは譲渡が禁止され,雇用契約が終了した場合等には,ストック・オプションが消滅したり,その行使期間が制限されることがその内容として定められていることが明らかである。
イ(ア) 上記ア(ア)に認定した本件プランの規定からすると,米国B社がストック・オプション制度を設け,Cグループに属する会社の一定の執行役員や主要な従業員に対してストック・オプションを付与することとしている趣旨,目的が,要職にある従業員等の貢献に報い,それらの従業員等の一層の職務の精励と就労の継続への動機付けを図るという点にあることは明らかである。
そして,上記のような趣旨,目的を達成するためにストック・オプションの付与という方法が用いられるのは,付与を受けた従業員等が勤務先会社において就労を継続することがストック・オプションの権利行使の条件になるとともに,一層の職務への精励が勤務先会社の業績の向上につながり,ひいては付与会社である米国B社の株価の上昇に貢献し,その株価の上昇が権利行使益の発生と増加につながり,従業員等も精勤の継続を動機付けられるという関係にあることから,上記のような趣旨,目的を達成するための報酬として,ストック・オプションが適合的であることに着目したからこそであると考えられる。
もっとも,株式の市場価格は,当該会社の業績のみならず,一般的な経済状況,株式相場の動向その他多様な要因によって定まるものであることからすると,ストック・オプションの被付与者である従業員等の精勤の継続が,実際に勤務先会社の業績の向上や付与会社の株価の上昇にどの程度貢献するのかを,数量的に明らかにすることは著しく困難ないし不可能であるといわざるを得ないし,大規模な会社においては,個々の従業員等の精勤の継続と会社の業績向上や株価の上昇との関係は,一層希薄であるといわざるを得ない。
しかしながら,株価が多様な要因によって形成されるものであるとしても,当該会社の業績が,当該会社の株価を形成する重大な要素の一つであることは明らかである。また,会社の業績が従業員等が当該会社に提供する労務が集合した成果であることにかんがみれば,従業員等の当該会社における精勤の継続が,その業績の向上,株価の上昇に貢献し得るという関係にあることも明らかである。したがって,従業員等の貢献に報い,精勤の継続を確保するという趣旨,目的のために,従業員等の労務の提供に対してストック・オプションを付与し,従業員等の精勤の継続を動機付けるということは,十分合理性のあることである。
そして,そのような趣旨,目的のためにストック・オプションが付与された以上,仮に,結果として,被付与者である従業員等の精勤の継続が勤務先会社の業績の向上や付与会社の株価の上昇に十分に結びつかず,権利行使益が生じなかったり,権利行使益の額が予想と異なったりしたとしても,被付与者である従業員等の勤務先会社における精勤の継続を動機付けるという趣旨,目的からストック・オプションが付与されたという事実が左右されるものではなく,現実に発生した権利行使益が,そのような動機付けにより従業員等が精勤を継続したことに対する報奨として支払われるべきものであるという点には,いささかの変更もないのである。 前記認定のような本件プランの趣旨,目的からすると,米国B社のストック・オプション制度も,被付与者がCグループにおいて精勤を継続することが,勤務先会社の業績の向上と米国B社の株価の上昇につながり,それが一層の精勤の動機付けにもなるという関係にあるという考え方を前提にして構築され,権利行使益をもって被付与者の貢献に報い,精勤の継続を動機付けるためにストック・オプションが付与されるというものであることが明らかというべきである。
以上のとおり,米国B社のストック・オプションは,Cグループに属する会社の主要な従業員等の過去の精勤に対する報奨としてだけでなく,それらの従業員等の
精勤の継続が,勤務先会社の業績の向上,ひいては米国B社の株価の上昇に貢献し得ること,そしてそれによる権利行使益の発生,増額が被付与者である従業員等の精勤の継続の動機付けにもなるという点に着目して付与されるものであるから,被付与者である従業員等の付与前における労務の提供のみならず,付与時から権利行使時までの間の労務の提供とも不可分の関係にあるものというべきである。 (イ) 米国B社のストック・オプションが被付与者である従業員等の労務の提供と不可分の関係にあることは,その仕組みの面からも明らかであるといえる。 前記ア(イ)のとおり,米国B社のストック・オプション制度では,付与対象者がCグループに属する会社の従業員等に限定されているほか,権利行使の前提条件として一定期間の勤務が要求され,また,権利行使期間,権利行使価格等が定められている上,ストック・オプションの譲渡が禁止され,雇用契約が終了した場合等には,ストック・オプションが消滅したり,その行使期間が制限されたりするものとされているところ,これらは,いずれもストック・オプションを行使する前提として勤務先会社に対して労務を提供することを要求するものである。すなわち,権利行使益を取得するためには,まず,勤務先会社に対して労務を提供しなければならないということが,米国B社のストック・オプション制度の本質的要素を成しているといえる。
また,米国B社は,被付与者がストック・オプションを行使した場合には,株式の時価と権利行使価格との差額相当の経済的利益を権利行使益として被付与者に取得させることとなるが,会社が何らの見返りもなく従業員等に対して経済的負担を負うとは考え難いのであるから,米国B社が被付与者に権利行使益を取得させるのは,当該被付与者がCグループに属する会社においてストック・オプションの付与前あるいは付与後に労務の提供をするからにほかならないと考えられる。 (ウ) 以上のような,米国B社のストック・オプションの付与契約の趣旨,目的やその仕組みからうかがわれるストック・オプションの付与と被付与者の労務提供との不可分の関係に着目するならば,ストック・オプションの権利行使益は,被付与者である従業員等の精勤の継続に対する対価として給付されるものと認めるのが相当である。このようなストック・オプション制度は,例えば,安定株主対策として有利な新株引受権が取引先等の第三者に付与されるような場合とは,趣旨,目的,内容等を異にするものであることが明らかである。
(エ) なお,本件プランは,米国B社のストック・オプションの趣旨,目的について,自社株方式ストック・オプションと親会社株方式ストック・オプションとを区別することなく,前記のとおり規定していることからすると,権利行使益が被付与者の勤務先会社における精勤の継続に対して付与されるものであるという点は,本件ストック・オプションのような親会社株方式のものにも,妥当すると考えられる。すなわち,米国B社のストック・オプション制度は,子会社の従業員等が子会社に対して提供する精勤も,子会社の業績の向上,ひいては米国B社の株価の上昇に貢献し,それによる権利行使益の発生,増額が被付与者である当該従業員等の精勤の継続の動機付けになるという考え方に立脚して,構築されていると考えられるのである。
(4)【要旨】以上によれば,本件ストック・オプションは,被控訴人の日本A社における精勤の継続に対して付与されたものと認めることができる。 したがって,本件ストック・オプションの行使により発生した本件権利行使益も,被控訴人の日本A社の指揮命令に服して提供した労務の対価として米国B社から被控訴人に対して給付されたものということができる。
(四) 被控訴人の主張について
(1) 課税対象及び課税時期について
ア 被控訴人は,ストック・オプションの付与時にストック・オプション自体の経済的価値を給与所得として課税することは理論的に可能なはずであるところ,現在の課税庁の取扱いは,ストック・オプションの経済的価値の評価の困難性等の実務的な理由から課税をしていないにすぎないのであるから,ストック・オプションの行使時にそれによって発生する権利行使益を給与所得として課税することは許されないと主張する。
イ しかしながら,何らかの経済的利得が所得税法28条1項にいう給与所得に当たるというためには,前提として当該経済的利得が所得税法にいう「所得」すなわち担税力を増加させる経済的利得に該当するといえることが必要である。また,所得税法36条1項が,所得金額の計算につき,「その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は,別段の定
めがあるものを除き,その年において収入すべき金額(金銭以外の物又は権利その他経済的な利益をもって収入する場合には,その金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額)とする。」と定め,「収入した金額による」とはしていないことからすると,同法は,現実の収入がなくとも,その原因たる権利が確定的に発生した場合には,その時点で所得の実現があったものとして,課税所得を計算するという,いわゆる権利確定主義を採用しているものと解される(最高裁判所昭和49年3月8日第二小法廷判決・民集28巻2号186頁)。
ところが,ストック・オプションは,株式の売買の一方の予約又はこれに類似する法律関係から発生した予約完結権であり,それ自体は,株式の引渡しを請求できる権利ではなく,株式譲渡契約を成立させることのできる権利にすぎないのであって,譲渡が禁止され,換価可能性もないのであるから,このようなストック・オプション自体が所得税の担税力を増加させる経済的利益たる「所得」に該当し,その付与によって被付与者に現実の収入があったとみることはできないし,その付与時に現実の収入の原因となる権利を被付与者が取得したものということもできない。 なお,ストック・オプションについて,それ自体の理論的な価格を算出することは不可能ではないとしても,だからといって,ストック・オプション自体が所得税の担税力ある経済的利得に該当するということにはならないというべきである。 しかも,ストック・オプションそれ自体とその権利行使益とは,別個のものであり,付与時にストック・オプションの移転があったとすれば権利行使時に付与者から被付与者に対する権利行使益相当額の経済的利益が移転することはあり得ないとか,後者は前者が値上がりしたものであるということはできないのであって,両者の間に,前者が所得税法28条1項にいう給与所得に該当するとすれば後者が給与所得に該当しないことになるというような論理的な関係はないというべきである。 被控訴人は,いわゆる疑似ストック・オプションのうちの成功報酬型ワラントについては,会社が従業員等に対して給与に代えてワラントを無償で支給した時点で,その価額相当部分について給与所得として課税されるが,支給を受けた従業員等が権利行使をした場合の権利行使益には課税されない取扱いであるとして,本件のようなストック・オプションについても,理論的には,同様の取扱いをすべきはずであると主張する。しかし,ワラントは,有価証券上の権利として,本来的に譲渡性があり,市場における経済的価値を有するため,担税力の点でストック・オプションとは異なることが明らかである。また,付与時に課税されるワラント等について,権利行使時に権利行使益に課税しない取扱いとされているのは,新株引受権等の価額が将来の権利行使益の現在価値として算定されるために権利行使時に権利行使益には課税しない扱いとされているに留まると理解することができ,権利行使時に発行会社から権利者に対して実質的な経済的利益の移転がないことまでも意味するものではないというべきである。
また,被控訴人は,ストック・オプションを相続した場合,相続時における株価と権利行使価格との差額について相続税を課税する取扱いとされていることを指摘して,ストック・オプション自体が経済的価値を有するものとして課税の対象とすることも理論的には可能なはずであると主張する。しかし,相続税は,相続によって取得した財産に対して課税するものであるのに対し,所得税は実現した所得に対して課税するものであって,両者は課税対象を異にしているというべきであるから,相続税法上ストック・オプションが課税対象とされたからといって,所得税法上も課税対象とされなければならないものではない。
ウ 以上によれば,ストック・オプションについては,権利行使益こそが現実収入として課税対象となるべきところ,所得税法36条1項が,所得金額の計算につき,権利確定主義を採用していると解されることは,前記のとおりである。そして,権利行使益は,権利行使時にその価額が確定するのであるから,権利行使時が課税の時期になるというべきである。
(2) 労務との対価性について
ア 被控訴人は,ストック・オプションの行使によって得られる所得は,経済情勢,国際情勢等による株価の変動,被付与者の権利行使その他の様々な要因により決定され,その結果得られるものであるから,労務の対価に当たらないと主張する。
イ 確かに,権利行使益の発生の有無及び額は,株価の変動及び被付与者による権利行使時期に関する判断に左右されるから,被付与者が勤務先会社に対して提供した労務の質ないし量と被付与者がストック・オプションを行使して得る権利行使益の額との関係は間接的かつ希薄であって,その間に数量的な相関関係を見出すこ
とは困難ないし不可能であるといわざるを得ない。
しかしながら,労務の質ないし量とこれに対して支給される経済的利益の多寡との間の相関関係が希薄であるとしても,そのことのみをもって,現に発生した所得が給与所得に該当することを否定することはできないものというべきである。実際にも,業績連動型の報酬(ストック・オプションもその一種であるといえよう。)の場合はもちろん,それ以外の給与,賞与等であっても,その額が個々の従業員の提供する労務の質ないし量に応じて決定されるものとは限らず,会社の業績の好不調,経済状況の見通し等,現実に提供した労務の質ないし量と関係の薄い要素によって決定される場合があることは明らかである。また,例えば,通勤手当の額が提供された労務の質ないし量と無関係に決定されることが明らかであるように,支給される給与の額が,年功序列,費用補償,福利厚生等,必ずしも労務の質ないし量とは関係しない要素に基づいて決定される場合も少なくないことは公知の事実である。
もっとも,権利行使益は,株価の動向等によっては,そもそも発生すらしない場合もあり得るが,現実に収入が発生した場合において,それが雇用契約等に基づいて提供された労務に対して支払われたことが認められるにもかかわらず,労務の質ないし量と支給される経済的利益の額との間に相関関係が認められないことを理由に当該収入の給与所得該当性を否定することは相当でないというべきである。 そうすると,提供された労務と支給された経済的利益との間に相関関係があることは,経済的利益が労務の対価か否かを判断する上での一つの考慮要素になることはあり得るとしても,対価性を認めるための不可欠の要素ではないというべきである。
ウ 以上のとおり,権利行使益が株価の動向や従業員等の権利行使時期についての判断により変動するということは,本件権利行使益が被控訴人が日本A社に提供した労務の対価として給付されたという結論を左右するものではないというべきである。
(3) 付与会社から被付与者に対する権利行使益の移転の有無についてア 被控訴人は,ストック・オプションの付与会社の損失において被付与者が権利行使益を取得するものとして労務との対価性を認めるのであれば,付与会社が当該権利行使益相当額を損金とすることも認められて然るべきところ,法人税法施行令136条の4において権利行使益相当額を付与会社の損失とする取扱いとされていないことなどからも,付与会社から被付与者に対する権利行使益の移転がないことは明らかであると主張する。
イ しかしながら,法人税法施行令136条の4は,内国法人が,商法210条ノ2第2項(平成13年法律第79号による改正前のもの)の決議に基づき内国法人とその役員又は使用人との間に締結された契約によりこれらの者に対して与えられた株式譲渡請求権を行使した者に対し,あらかじめ定められた譲渡価額(権利行使価額)をもって自己の株式を譲渡した場合における,当該内国法人の所得の金額の計算の方法について,法人税課税の合目的性の観点から,その取扱いを明らかにした規定にすぎず,同条の規定を根拠として,実質的にみて権利行使時に権利行使益相当額の経済的利益が付与会社から被付与者に移転することを否定することはできない。また,新株引受権等の行使時点において権利行使益に課税されないからといって,それが,その時点での権利行使益相当額の経済的利益の移転がないことまで意味するものでないことも前記のとおりである。
3 指揮命令者と支給者のかい離について
(一) 被控訴人が日本A社に勤務していた者であることは,前記前提となる事実のとおりであって,被控訴人が日本A社の指揮命令に服して日本A社に対して労務を提供していたことは,弁論の全趣旨により容易に認めることができる。 そして,前記前提となる事実によれば,本件権利行使益は,本件ストック・オプションを行使したことにより生じたものであって,本件ストック・オプションは,被控訴人と米国B社との間において締結された付与契約に基づいて被控訴人に与えられたものであるから,付与契約に着目して考えるならば,権利行使益を付与した者は,日本A社ではなく米国B社であるというべきである。
そうすると,本件では,まず,一般に,指揮命令者と支給者とが相違することから直ちに給与所得の要件としての労務の対価性が否定されることとなるのかが問題となり,次に,一般論としては,直ちに給与所得の要件としての労務の対価性が否定されないとした場合に,本件事案の下において,日本A社と米国B社の関係から,米国B社が被控訴人の提供した労務の対価として本件ストック・オプションを
被控訴人に付与したものと認められるか,について検討する必要がある。 (二) 指揮命令者と支給者のかい離と給与所得該当性について (1) 所得税法28条1項は,「給与所得とは,俸給,給料,賃金,歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与・・・に係る所得をいう。」と定めるのみであって,給与所得該当性の前提条件として,指揮命令者と支給者とが一致することが文言上要求されているわけではない。その他,給与所得につき,指揮命令者と支給者とが一致することが前提条件として定められているとみることができる規定は見当たらない。
(2) また,所得税法は,所得を利子所得,配当所得,不動産所得,事業所得,給与所得,退職所得,山林所得,譲渡所得,一時所得又は雑所得に区分している(同法21条1項1号)ところ,これは,各所得をその源泉ないし性質に応じて分類することによって,その金額の計算等において,それぞれの担税力の相違を考慮しようとしたものと考えられる。従業員等が「雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価」として経済的利益を受けている場合には,当該経済的利益を直接付与した者が指揮命令者であるか,それ以外の者であるかによって,担税力やその所得の性質に相違が生ずるとは考え難いというべきである。そうすると,当該経済的利益を付与した者が誰であるのかによって,所得区分が異なり,その結果,税額の計算方法が大きく異なる結果となることが妥当であるとはいい難い。
したがって,実質的に考えても,給与所得該当性の判断に当たって,指揮命令者と支給者との一致を常に要求すべき合理的理由はないというべきである。 (3) 確かに,指揮命令者と給与の支給者は一致するのが通常であり,従業員等が雇用契約等に基づいて使用者の指揮命令に服して労務を提供する場合において,従業員等に対して指揮命令を行っておらず,当該労務の提供を受けていない第三者が当該労務に対する対価として経済的利益を供与することは,通常は考え難いということはできる。
しかしながら,指揮命令者と何らかの取引上あるいは組織上の関連を有する第三者が,指揮命令に服して労務を提供した従業員に対する給与の支払を肩代わりするということもあり得ると考えられる。また,派遣労働の場合には,実際の労務の提供を受け,現実に指揮命令をしている者は支給者である派遣元会社ではなく,派遣先会社であるという見方もあり得る。これらの給付について,指揮命令者と給与の支給者とが一致しないという理由のみで給与所得該当性を否定するのは,従業員の提供した労務の性質やこれに対する給付の担税力に相違がないことからすると,合理的とはいい難いし,多様化した雇用の仕組みや経済取引の実情にもそぐわないといわざるを得ない。
そうすると,指揮命令者と支給者が一致しないことは,通常は,給与所得該当性を否定する事情に当たるとしても,飽くまで,所得分類が問題となっている所得が労務の対価として給与所得に当たるか否かを判断する上で考慮されるべき事情の一つにすぎないというべきである。
したがって,指揮命令者以外の者が付与した経済的利益であっても,指揮命令者と支給者とが一致しないことのみを理由として直ちに当該経済的利益の給与所得該当性が否定されるものではなく,雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として支給されたものか否かを検討して,その給与所得該当性を判断すべきである。
(4) 最高裁昭和56年判決について
ところで,最高裁昭和56年判決は,「給与所得とは雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付をいう。なお,給与所得については,とりわけ,給与支給者との関係において何らかの空間的,時間的な拘束を受け,継続的ないし断続的に労務又は役務の提供があり,その対価として支給されるものであるかどうかが重視されなければならない。」と判示している。
最高裁昭和56年判決の前記判示部分にいう「使用者」及び「給与支給者」という文言は,文脈上は,同一の者を指すと読むのが自然であり,同判決は,給与所得該当性の要件として,指揮命令者が当該給付を与えることを要する旨を判示したものと理解するのが素直であるといえなくもない。
しかしながら,最高裁昭和56年判決は,弁護士の顧問料収入が事業所得又は給与所得のいずれに該当するのかが争点となった事案について判断したものであり,同事案においては,指揮命令者と経済的利益の支給者とが一致することは当然の前
提事実となっており,給与所得該当性の判断において,指揮命令者と支給者とが必ず一致しなければならないかどうかは,争点となっていない。
そうすると,最高裁昭和56年判決は,指揮命令者と経済的利益の支給者とが一致する事実関係を前提として,事業所得と給与所得の区分について判断したものというべきであるから,最高裁昭和56年判決が指揮命令者と支給者とが一致することが給与所得該当性の不可欠の要件であるということまでも判示したものであると解するのは,相当でないというべきである。
(5) 以上によれば,労務の対価として給付された経済的利益が給与所得に該当するか否かを判断するに当たり,支給者と指揮命令者とが一致しないことから,直ちに給与所得該当性を否定することはできないというべきである。 (三) 米国B社による本件ストック・オプションの付与と被控訴人による日本A社に対する労務提供の対価性について
(1) 会社が従業員等に対してストック・オプションを付与するのは,従業員等の会社勤務における精勤の継続を期待するからであるところ,米国B社のストック・オプション制度における付与契約の趣旨,目的も同様であることは,前記説示のとおりである。
(2) 自社株方式ストック・オプションについてみれば,付与会社が自社の従業員等に対してストック・オプションを付与するのは,これにより期待される被付与者の精勤等が付与会社自身の利益となるからにほかならない。
これに対して,本件のような親会社株方式ストック・オプションの場合には,親会社と子会社とは別個の法人格であることから,子会社における従業員等の労務の提供の対価として親会社がストック・オプションを付与することがあり得るかどうかが問題となる。
しかしながら,親会社が子会社の株式を保有している場合には,子会社の株式が親会社の資産の一部を形成しており,このことは,本件のように親会社である米国B社が子会社である日本A社の株式の100パーセントを保有している場合には,なおさらであるということができる。
そうだとすれば,子会社である日本A社の従業員等である被付与者の精勤等により子会社の業績が向上することは,ひいては親会社である米国B社の保有資産の価値の上昇を意味し,結局,親会社の業績の向上,株価の上昇等,親会社の利益につながり得ることが明らかである。
(3) このように,子会社における従業員等の精勤の継続等は,親会社の利益につながり得るという関係にあるのであるから,親会社がそのような利益を認識して子会社における従業員等の労務提供の対価として当該従業員等にストック・オプションを付与することには,十分合理的な理由があるというべきであり,本件付与契約において,親会社である米国B社が,子会社である日本A社の代表取締役である被控訴人に対し,本件ストック・オプションを付与したのも,被控訴人が日本A社に対して継続して提供する労務により米国B社が利益を得るとの認識に基づくものということができる。
(4) したがって,本件ストック・オプションは,被控訴人が日本A社に勤務して労務を提供したからこそ付与されたものというべきであり,本件行使益は,被控訴人が日本A社に提供した労務の対価として支給されたものとみることができるというべきである。そうすると,被控訴人の労務が子会社である日本A社に対して提供されたものであることに着目しても,親会社である米国B社から支給された本件権利行使益の給与所得該当性を認めることができるというべきである。 4 現行の租税関係法令の規定との整合性
ところで,所得税法施行令84条は,商法上のストック・オプションについて,これを付与された場合における所得税法36条の収入金額は権利行使益によることとして,権利行使益をもって所得税の課税の対象とすることを明らかにしている。 そして,租税特別措置法29条の2は,商法上のストック・オプションのうち,いわゆる税制適格型のものについて,権利行使による株式の取得に係る経済的利益(権利行使益)については,所得税を課さないこととして,課税の繰り延べを認めているが,同条が租税特別措置法第2章「所得税法の特例」,第3節「給与所得及び退職所得」の中に置かれていることからすると,同条は,権利行使益が給与所得として課税される性質のものであることを前提にして,その特例を定めたものと解するのが自然であるといえる。また,同条が付与会社がその発行株式の総数の100分の50を超える数の株式を直接又は間接に保有する関係にある法人の取締役又は使用人等に付与されたストック・オプションについても,上記非課税特例の対象
としていることからすれば,同条は,付与会社と被付与者との間に直接の雇用関係等がある場合に限らず,上記のような子会社の従業員等に付与されたストック・オプションに係る権利行使益についても,給与所得に該当することを前提にしているものと解するのが素直である。
本件ストック・オプションは,外国法人から我が国の子会社の従業員等に付与されたものであり,上記法令の適用は受けないが,その権利行使益についての所得税法上の所得区分を決定する上において,上記のような商法上のストック・オプションの権利行使益と異なって取り扱うのを相当とするような事情は認められないというべきである。そうすると,本件権利行使益が給与所得に該当するとの判断は,上記関係法令の規定とも整合的であるということができる。
5【要旨】以上のとおり,本件権利行使益は,給与所得に該当するものと解するのが相当である。
二 争点(2)(理由附記の不備の違法)について
本件各更正処分の各更正通知書にその更正の理由の附記がなかったことについては,当事者間に争いがない。
所得税法は,居住者の提出した青色申告書に係る年分の総所得金額等の更正処分については,原則として更正通知書にその更正の理由を附記すべきものと定めている(同法155条2項)が,それ以外の更正処分については,理由の附記を要求する規定を置いていない。
ところで,一般に行政処分に理由附記を要求する趣旨は,処分庁の判断の慎重と公正妥当を担保してその恣意を抑制するとともに,処分理由を相手方に知らせることによって不服申立の便宜を図ることにあると解されるところ,所得税更正処分については,更正通知書にその更正に係る年分の総所得金額等の所得別の内訳が附記される(所得税法154条2項)ほか,不服申立手続等において処分庁から処分の理由が明らかにされることが予定されており(国税通則法84条4項,6項,93条2項),処分庁の恣意的課税の抑制と納税者に対する処分理由の開示が一定の範囲で制度的に担保されているのであり,これに,所得税課税事務の円滑な遂行の要請を考慮すれば,所得税法が上記のように青色申告書に係る一定の更正処分以外の更正処分については更正通知書に理由を附記することを要求していないことに,一応の合理性があるということができる。
したがって,所得税法155条2項が規定する更正処分以外の更正処分に係る更正通知書に理由の附記がされていないことは,当該更正処分の違法事由となるものではないというべきである。
そして,本件各更正処分は,いずれも所得税法155条2項の適用のある更正処分ではないから,その通知書に理由の附記がないことをもって,本件各更正処分が違法となるものではない。
三 争点(3)(信義則違反)について
被控訴人は,国税庁が昭和59年以降,ストック・オプションの権利行使益が一時所得に該当する旨の見解を明らかにしており,税務職員が納税者に対してかかる見解を前提とした指導を行ってきたものであり,被控訴人も,このような公的見解に従って,本件権利行使益を一時所得として申告し,納税資金を算出して被控訴人自身の事業を行ってきたのに,予想外の本件更正処分により経済的不利益を受けたところ,これらの点に被控訴人の責めに帰すべき事由もないから,本件各更正処分は,信義則に反して違法であると主張する。
確かに,証拠(甲8)及び弁論の全趣旨によれば,従来の課税実務においては,ストック・オプションの権利行使益について一時所得として課税する例が多かったにもかかわらず,平成10年ころからは,税制適格オプションを除いては,権利行使益について給与所得として課税することに課税庁の取扱いが統一されたこと,被控訴人は,従前の取扱いに従い本件権利行使益を一時所得として確定申告をしたことが認められる。
しかしながら,本件権利行使益が給与所得に該当することは,前記のとおりであるところ,租税法規が納税者に平等,公平に適用されなければならないことにかんがみると,本件各更正処分が信義則に反するとして,これを取り消すためには,このような租税法規の適用における納税者間の平等,公平という要請を犠牲にしてもなお,被控訴人の信頼利益等を保護すべきであるというような特段の事情の存在が必要であるというべきである。そして,このような特別の事情が存在するか否かの判断に当たっては,税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことにより,納税者がその表示を信頼し,その信頼に基づいて行動したところ,後
にその表示に反する課税処分が行われ,そのために納税者が経済的不利益を受けることになったかどうか,また,納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないかどうかという点を考慮しなければならないものというべきである(前掲最高裁判所昭和62年10月30日第三小法廷判決参照)。
これを本件についてみると,被控訴人は,課税庁の見解を信頼し,公的見解に従って,本件権利行使益を一時所得として申告し,納税資金を算出して事業を行ってきた旨を主張するのみであって,所得税におけるストック・オプションについての過去の取扱いを知っていたが故に本件付与契約を締結したり,本件ストック・オプションを行使するなどの行動に出て所得を得たというような,信頼に基づいて行動したが故に本件の事態に至ったというような特別な事情が存在することはうかがわれない。他方,被控訴人の保護を優先して,本件権利行使益を一時所得として取り扱った場合には,法に従った場合に徴収されるべき多額の所得税を徴収しないこととなる上,平成10年以降正当な取扱いへの統一がされた後に権利行使益を給与所得として申告し,あるいは納税した者との間に法の適用について著しい不平等を生ずることになり,かえって正義に反する事態が生ずるといわざるを得ない。 そうすると,本件各更正処分については,前記の平等,公平な租税法規の適用の要件を犠牲にしても,なお,被控訴人の信頼利益を保護すべき特段の事情は存しないものというべきである。したがって,被控訴人の主張は,採用することができない。
四 以上のとおり,本件権利行使益は,所得税法28条1項所定の給与所得に該当するというべきである。そして,前記前提となる事実に甲第1ないし第3号証及び弁論の全趣旨を総合すると,控訴人は,本件権利行使益が給与所得に該当することを前提として課税総所得金額及び税額を計算した上で,本件各更正処分を行ったこと,上記計算の元となった算出根拠,計算過程等については,控訴人の主張のとおりであって,被控訴人の平成8年ないし10年分の所得税の課税総所得金額及び納付すべき税額は,本件各更正処分におけるこれらの金額及び税額と一致することが認められる。
したがって,本件各更正処分は適法である。
第四 結論
以上のとおり,本訴請求は理由がなく,これを認容した原判決は失当であるから,これを取り消して,被控訴人の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 村上敬一 裁判官 矢尾 渉 裁判官 岡崎克彦)
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