判例検索β > 平成14年(ネ)第5844号
弁護士費用請求事件
事件番号平成14(ネ)5844
事件名弁護士費用請求事件
裁判年月日平成15年3月26日
法廷名東京高等裁判所
判例集等巻・号・頁第56巻1号5頁
原審裁判所名静岡地方裁判所
原審事件番号平成14(ワ)373
判示事項訴えの取下げと地方自治法(平成14年法律第4号による改正前のもの)242条の2第7項にいう「勝訴(一部勝訴を含む。)した場合」
裁判要旨地方自治法(平成14年法律第4号による改正前のもの)242条の2第7項にいう「勝訴(一部勝訴を含む。)した場合」とは,勝訴判決(一部勝訴を含む。)が確定した場合のほか,請求の認諾が調書に記載され訴訟の対象となった財務会計上の行為の違法性が訴訟上確定したとみ得る場合をいい,訴えが取下げにより終了した場合を含まない。
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主 文
1 原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。
2 上記取消しに係る部分の被控訴人らの請求をいずれも棄却する。 3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求める裁判
1 控訴人
主文と同旨
2 被控訴人ら
本件控訴を棄却する
第2 事案の概要
本件は,静岡県(以下「県」ともいう。)の住民である被控訴人らが,地方自治法等の一部を改正する法律(平成14年法律第4号)による改正前の地方自治法(以下「法」という。)242条の2第1項4号前段に基づき,同県に代位して,同県知事及び同県の職員の地位にある者らに対し,違法公金支出返還請求の訴えを提起し,同訴えが取下げにより終了した後に,同県に対し,その訴訟追行のために委任した弁護士に対する報酬額のうち相当額であると主張する25万8963円及びこれに対する支払期限の翌日である平成14年5月7日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を請求している事案である。 1 前提事実(当事者間に争いがない事実以外は,各項末尾掲記の証拠により認定した。)
(1) 被控訴人らは,平成13年3月8日,静岡県に代位して,同県知事の地位にあるA(以下「A」という。)及び17名の同県の職員の地位にある者らに対し,平成5年度及び6年度の7件(合計141万6406円)の食糧費支出に関する違法公金支出返還請求住民訴訟(以下「前訴」という。)を,本件被控訴人らの訴訟代理人である藤森克美弁護士を訴訟代理人として提起した(静岡地方裁判所平成13年(行ウ)第7号)。
(2) 前訴において,被控訴人らは,食糧費は行政事務・事業の執行上直接的に費消される経費であるにもかかわらず,静岡県における食糧費の支出は行政事務・事業の執行上直接的に費消されたものではなく,国等や県の職員の慰労のための会食に費消され,社会通念上相当な範囲を超えて支出されたもので,支出についての裁量権の逸脱,濫用があるところ,知事を除く同県職員は,支出についての調査,点検を怠り,代決ないし専決により上記違法な支出の命令をし,知事は,県職員が違法な公金支出をすることを阻止しなかった過失があったなどとして,前訴被告らには上記違法な支出による損害を賠償する責任がある旨主張し,飲食に係る支出を証明するものとして支出票等20通,請求書7通,会食に参加した職員の陳述書や証人調書を含む書証合計66通を提出した(甲1,弁論の全趣旨)。
(3) 前訴について審理が重ねられたところ,裁判所の勧告により,平成14年2月8日の第1回進行協議期日において,Aら18名が連帯して静岡県に対して同年3月11日までに64万0960円を返還することを約束し,被控訴人らが前訴を取り下げることを内容とする合意が成立し,同日,被控訴人らは前訴を取り下げ,前訴被告らは訴えの取下げに同意した。
(4) 前訴被告らは,上記約束に基づき,平成14年2月28日,64万0960円を静岡県に支払った。
(5) 被控訴人らは,平成14年4月22日,控訴人に対し,法242条の2第7項の規定に基づくものであるとして,前訴に要した弁護士報酬24万6632円を同年5月6日限り,被控訴人らに支払うよう請求した。
2 争点
(1) 訴えの取下げによる訴訟の終了と法242条の2第7項にいう「勝訴(一部勝訴を含む。)」該当性
ア 被控訴人らの主張
法242条の2第1項4号所定の住民訴訟(以下「4号訴訟」という。)は,法242条1項所定の普通地方公共団体の執行機関又は職員等による同項所定の違法,不当な財務会計上の行為又は怠る事実によって,普通地方公共団体が被り又は被るおそれがある損害の回復又は予防を目的とする訴訟であり,普通地方公共団体が当該職員又は当該違法,不当な行為若しくは怠
る事実に係る相手方に対し,法242条の2第1項4号所定の請求権を有するにもかかわらずこれを行使しない場合に,住民が普通地方公共団体ひいては住民全体のために上記請求権を代位行使して提起するものである。したがって,このような訴訟を提起,追行した住民が勝訴した場合には,個人的な権利,利益を擁護するためではなく,住民全体の公共の利益を確保することになり,その経済的利益は普通地方公共団体が受けることになるから,法242条の2第7項は,弁護士報酬のうち相当と認められる額を普通地方公共団体において負担すべきことを定め,これによって勝訴した原告の住民訴訟の提起,維持に要した経済的負担を軽減し,住民訴訟の提起を容易にすることとしている。
そして,同項は,普通地方公共団体の職員である者等に対する損害賠償請求権等の債権の存在等が判決で認められることによって当該地方公共団体が経済的利益を確保することが明らかになった場合に,その見返りとして当該地方公共団体が相当な弁護士報酬を負担すべきことを定めたものである。したがって,同項の「勝訴(一部勝訴を含む。)した場合」には,裁判所による公権的判断は示されていないものの,勝訴判決を得たのと同一の効果を生ずる請求の認諾があった場合のほか,4号訴訟を提起したことによって,普通地方公共団体が勝訴の場合と同様の経済的利益を受け,将来的に同利益の返還を求められない法律的地位が確保された場合も含まれるものというべきである。
前訴においては,裁判所の勧告で和解の協議に入り,前訴被告らが静岡県に対し連帯して64万0960円を支払うことを確約し,同県に同額が返還されたというものであるから,被控訴人らによる4号訴訟が提起されたことによって県が一部勝訴の場合と同様の経済的利益を受け,将来的に同利益の返還を求められない法律的地位が確保されたものと認められる。したがって,本件和解の成立(訴えの取下げの形式で終了している。)は,法242条の2第7項の「訴訟を提起した者が勝訴(一部勝訴を含む。)した場合」の一部勝訴に該当するものである。
イ 控訴人の主張
被控訴人らは,控訴人が経済的利益を受けたことをもって一部勝訴と同視することができる旨主張している。しかし,法242条の2第7項の規定が住民に普通地方公共団体に対する弁護士報酬相当額の支払請求権の行使を認める場合として,4号訴訟を提起した者が「勝訴(一部勝訴を含む。)した場合」と明記していることからすれば,同項の規定は,4号訴訟が終了した場合のうち,確定判決により原告住民が勝訴又は一部勝訴した場合(確定判決による勝訴又は一部勝訴以外で,原告住民に普通地方公共団体に対する弁護士報酬相当額の支払請求権の行使が認められることがあるとしても,それは4号訴訟を提起された者が請求の認諾をし,それが調書に記載された場合に限られるべきである。)に限り,原告住民に普通地方公共団体に対する弁護士報酬相当額の支払請求権の行使を認めることとしていると解すべきである。したがって,訴えの取下げにより終了した前訴をもって「勝訴(一部勝訴を含む。)した場合」に該当するとみることは許されない。
すなわち,同項の「勝訴(一部勝訴を含む。)した場合」とは,当該4号訴訟の対象となった財務会計上の行為の違法性が,確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって訴訟法上確定することを理由とするものと解され,この財務会計上の行為の違法性の訴訟法上の確定をもって,原告住民の弁護士報酬相当額の支払請求権発生の要件としたものと認められるものである。このことは,地方自治法等の一部を改正する法律(平成14年法律第4号)による改正後の地方自治法242条の2第12項が,勝訴が地方公共団体の経済的利益の取得を直ちに実現する構造とはしなかった新4号訴訟のみならずすべての住民訴訟について,原告住民が勝訴した場合に弁護士報酬請求権を認めていることからも明らかである。
仮に,静岡県に経済的利益があったことをもって前訴が「一部勝訴」に該当するとした場合,前訴被告らも「一部勝訴」したことになり,法242の2第8項に基づき,前訴被告らの要した弁護士報酬の一部について,議会の議決を経た上で県が負担することも可能になるのである。しかし,静岡県は前訴被告らの弁護士報酬については負担しておらず,また,仮に負担することとした場合には,それは被控訴人らの容認するところとは到底考えられないも
のである。
(2) 弁護士報酬額の範囲内で相当と認められる額
ア 被控訴人らの主張
被控訴人らの上記一部勝訴に対応する弁護士報酬は,静岡県弁護士会報酬規程16条1項及び2項(報酬金につき3割増)に基づくと,着手金11万3312円(請求金額141万6406円×8パーセント),報酬13万3320円(返還額64万0960円×16パーセント×1.3)の合計24万6632円に消費税相当額5パーセントを付加した25万8963円が相当である。
イ 控訴人の主張
前訴が法242条の2第7項の一部勝訴に該当するとしても,被控訴人らは静岡県弁護士会報酬規程を根拠にして控訴人に対し弁護士報酬を請求しているところ,同項の「弁護士に報酬を支払うべきとき」の要件について,被控訴人らと訴訟代理人弁護士との間の委任契約書等の存在を示しておらず,被控訴人らが訴訟代理人弁護士との間で報酬の支払につきどのような内容の合意をしたのか不明であるから,被控訴人らの控訴人に対する弁護士報酬相当額の支払請求の根拠はない。また,前訴は5回の口頭弁論と1回の進行協議期日をもって終了し,審理期間も短く,証人尋問等も行われず,書証の提出のみであったものであり,静岡県弁護士会報酬規程による報酬の30パーセント増しについては根拠がない。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(訴えの取下げによる訴訟の終了と法242条の2第7項にいう「勝訴(一部勝訴を含む。)」該当性)について (1) 【要旨】法242条の2第7項は,4号訴訟を提起した者が勝訴(一部勝訴を含む。)した場合において,弁護士又は弁護士法人に報酬を支払うべきときは,普通地方公共団体に対し,その報酬額の範囲内で相当と認められる額の支払を請求することができる旨定めている。その趣旨は,4号訴訟は,住民が自己の個人的な権利利益を擁護するためではなく,地方公共団体に代わって住民全般の公共の利益を確保するために提起するものであり,原告たる住民が勝訴した場合には,地方公共団体が現実に経済的利益を受けることにもなることから,訴訟の対象となった財務会計上の行為の違法性が訴訟上確定し,そのことによって違法な財務会計上の行為の予防,是正が図られることに着目し,本来弁護士報酬は訴訟当事者双方がそれぞれ自己負担するのが原則であるが,上記の場合に限り4号訴訟を提起した者の支払うべき弁護士報酬のうち相当額の請求を認めることが衡平の理念にかなうとする点にあると解するのが相当である。このような制度趣旨からすると,同項の「勝訴(一部勝訴を含む。)した場合」とは,勝訴判決(一部勝訴判決を含む。)が確定した場合のほか,請求原因の全部自白又は欠席による勝訴判決との対比から,請求の認諾が調書に記載され,訴訟の対象となった財務会計上の行為の違法性が訴訟上確定したとみ得る場合に限られるものと解すべきである。
この点,「勝訴(一部勝訴を含む。)した場合」には,4号訴訟の提起,追行により,地方公共団体が当該財務会計行為により生じた損害の補填を受けることによって実質的に勝訴判決を得たのと同一の経済的利益をもたらす和解,訴えの取下げ等の場合も含まれるとする考え方もある。しかし,このような考え方は,4号訴訟が損害の填補を訴訟の一つの目的としているとしても,法242条の2第7項が,4号訴訟を提起した者が「勝訴(一部勝訴を含む。)した場合」と定めている明文の規定に明らかに反する立法論的解釈といわざるを得ない。また,これを実質的にみても,上記考え方が基準とする訴訟の提起,追行により実質的に勝訴判決を得たのと同一の経済的利益をもたらす場合とはいかなる場合をいうのか限りなく不分明であることから,このような基準の下では,弁護士報酬の負担の是非をめぐって住民と地方公共団体との間で新たな紛争が生じかねないことが危ぐされるところである。すなわち,4号訴訟においては,被告が原告ら住民の請求に係る金員の全部又は一部を地方公共団体に支払ったとしても,その意図,動機には様々なものが考えられるのであって,被告が自己のした財務会計上の行為の非を認めて支払う場合のほか,単に応訴の煩わしさを避け訴訟を早期に終了させる意図の下に支払う場合,裁判所の勧告を機に当該財務会計上の行為の適否はさておきこれを尊重して支払う場合等種々の場合があり得る。また,被告の支払の意図,動機が裁判所の調書等何らか
の書面に記載される場合とそうでない場合もあり得るところである。上記のような各種の事案において,上記の考え方がいう基準を当てはめた場合,いずれの事案が実質的に勝訴判決を得た場合と同視できると判断できるのか,限りなく不分明というほかはない。さらにまた,被告が上記のいずれかの意図,動機により地方公共団体に対し金員を支払ったにもかかわらず,当該訴訟が維持されたため,請求棄却の判決がなされた場合にも,上記考え方が経済的利益をもたらしたことを理由にこれが法242条の2第7項にいう勝訴した場合に当たることを肯定するとしたならば,そのような解釈は,同項の文言をあまりに無視するものであって,到底採用し難い考え方といわざるを得ない。
なお,地方自治法等の一部を改正する法律(平成14年法律第4号)による改正後の同法242条の2第12項は,1項4号の場合のほか1号ないし3号の訴訟についても勝訴判決(一部勝訴判決を含む。)が確定した場合には,弁護士報酬の請求を肯定している(「勝訴(一部勝訴を含む。)した場合」との文言は改められていない。)ところ,1号ないし3号の訴訟については地方公共団体の直接の損害の填補という経済的利益は考えにくいほか,4号の訴訟についても訴訟構造が変更された結果,地方公共団体の経済的利益の取得を直ちに実現するというものではなくなったにもかかわらず,このような内容の改正を図ったことは,地方公共団体の経済的利益の取得を原告ら住民の弁護士報酬請求の根拠とはしていないことを裏付けるものとも考えられる。
(2) 【要旨】そうすると,前記前提事実に記載したとおり,前訴が被控訴人らの訴えの取下げにより終了した本件においては,法242条の2第7項を適用する余地がないものといわざるを得ない。 2 以上のとおりであるから,その余の点について判断するまでもなく被控訴人らの請求は理由がない。
第4 結論
よって,原判決中被控訴人らの請求を一部認容した部分は失当であるからこれを取り消し,被控訴人らの請求をいずれも棄却するこ ととし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法67条2項本文,61条,65条1項本文を適用して,主文のとおり判 決する。
(平成15年2月12日口頭弁論終結)
(裁判長裁判官 秋山壽延 裁判官 藤村 啓 裁判官 志田博文)
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