判例検索β > 昭和28年(う)第2705号
住居侵入公務執行妨害被告事件
事件番号昭和28(う)2705
事件名住居侵入公務執行妨害被告事件
裁判年月日昭和28年11月17日
法廷名東京高等裁判所
結果破棄自判
判例集等巻・号・頁第6巻12号1721頁
判示事項一、 失業対策事業に従事する労働者は団体交渉権を有するか
二、 右労働者がその越冬資金の支給方を交渉することは右団体交渉権の行使か
裁判要旨一、 失業対策事業に従事する労働者は、労働組合法の規定するところに従い、その労働条件を改善するため事業主との間に団体交渉権を有するものと解するのが相当である。
二、 右の労働者が雇用主たる市の長に対し越冬資金の支給方を交渉することは、その労働条件の改善を図るための団体交渉というよりは、むしろ市民たる失業者の最低生活を保障するため市長に対し生活資金を支給すべきことを要求するのが主眼と認められるので、事業主に対するいわゆる団体交渉権の行使には該当しない。
裁判日:西暦1953-11-17
情報公開日2017-10-13 01:59:05
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主 文
原判決を破棄する
被告人を懲役六月に処する
この裁判確定の日から弐年間右刑の執行を猶予する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理 由
本件控訴の趣意は被告人並びに弁護人大塚一男、同金綱正己、同佐藤義弥、同林百郎(連名)提出にかかる各控訴趣意書に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用し、これに対し次のように判断する。
弁護人大塚一男外三名の控訴趣意第二点について、
原判決挙示の各証拠を綜合すれば、被告人はA組合の副組合長であつたが、判示一記載の如く昭和二十五年十二月十五日午前十時頃判示組合員等と共に昭和二十五年度の越冬資金として組合員一人当り五千円の支給方を要求する等の目的を以て長野市役所に至り職員の制止にも拘らず全員同市役所二階市長秘書室に立ち入り、同市長不在のため同市助役Bに面会を求めたが、同人より代表三名だけになら会うと回答があつたにも拘わらず全員の面会を要求し、なおも同室に留まつていたため、同日午前十一時五十分頃同助役の命を受けた同市役所守衛長Cから、即時同室より退去方を要求せられるに至つたが被告人は依然これに応ぜず右組合員等と共に右秘書室に居残り、同室から退去しなかつたこと、並びに、判示二記載の如く同日正午過頃長野市警察署勤務巡査Dが被告人に対し判示室内より退去方を要求したのにこれに応ぜず却て同巡査の大腿部を蹴り上げたので、同巡査が被告人を住居侵入の現行犯として逮捕しようとするや同巡査のネクタイを掴んでこれを引き締めその呼吸を困難なしめる等の暴行を加えたものであることが認められるのであつて、記録を調査するも以上の点における原審の認定は事実を誤認した違法があるとは認められない。弁護人は右被告人が室内より退去しなかつたのは正当な団体交渉を行わんがためであつて何等違法ではなく、却つて警察職員等がこれを強制的に退去させようとして被告人を逮捕しようとしたのは違法な行為であるから、かかる行為に対して公務執行妨害罪は成立しないと主張するので、この点につき判断する。 案ずるに、原審証人E(原審第四回公判)並びに当審証人F(当審第二回公判)の各供述によれば、長野市は本件当時緊急失業対策法による失業対策事業として土木工事を施行しており、被告人はいわゆる日雇労働者として昭和二十五年三月二十八日長野公共職業安定所より失業対策事業就労適格者と認定さ適格者証の交付を受け適格者証を交付された他の日雇労働者と共に輸番制を以て同市その他の失業対策事業に雇傭されていたことが認められるのである。抑も失業対策事業における事業主と労働者との雇傭関係は、公共職業安定所の紹介により当日一日限りの契約を以て締結されるのであるが、元来失業対策事業は、多数の失業者が発生し又は発生するおそれある地域において、失業者の情況に応じてこれを吸収するに適当な事業として、出来るだけ多くの労働力を使用することを目的として計画実施されるものであり(緊急失業対策法第四条参照)、一方において右失業対策事業に雇傭される労働者は労働組合法第三条にいわゆる賃金、給料その他これに準ずる収入により生活する者に該当することは明白であるから、かかる労働者と事業主との関係は仮令その形式上は各人一日限りの雇傭関係に過ぎずその日以外は何等使用者対被使用者と云う関係がないように見えるとしても、その実質においては当該失業対策事業が継続する限り、その事業主との間に使用者対被使用者と<要旨第一>しての関係が継続するものと認めるのが相当である。しかして失業対策事業の為公共職業安定所から失業者として紹介を受けて地方公共団体が雇用したもので法定の除外事由がないものの職は、地方公務員法第三条第三項第六号に規定する地方公務員特別職であつて、これらの者に対しては労働組合法の規定が排除されていない(地方公務員法補則第五十八条参照)のであるから、右失業対策事業に従事する労働者は労働組合法の規定するところに従いその労働条件を改善する為事業主との間に団体交渉権を有するものと解するのが相当である。事業主体側に賃金の額の決定権がない(緊急失業対策法第十条、同法施行令第五条第三号)ことはこれを以て直ちに失業対策事業労務者に対する労働組合法第七条の規定の適用を排除する事由とは認められない(昭和二七年不再一五号昭和二八年二月一八日中央労働委員会再審命令書参照)。 依つて進んで本件における交渉が右にいわゆる団体交渉として正当な行為と認められるかどうかの点につき<要旨第二>判断するに、本件記録により被告人等の交渉の経過を検討すると、本件交渉は前記失業対策事業に従事する労働者としてその労働条件の改善を図る為の図体交渉と云うよりも、むしろ、長野市民たる
被告人等失業者の最低生活を保障する為長野市長に対し生活資金を支給すべきことを要求するのが主眼と認められるのであつて、かかる交渉は使用者対被使用者の関係を前提とする団体交渉権の行使と云うには該当しない。仮に本件交渉が前示雇傭関係に基く図体交渉と認められるとしても、前示のように長野市助役より代表者三名とならば会うとの回答があつたにも拘わらず、全員の面会を要求し、数十名の組合員等と共に長時間に亘り市長秘書室に留まり、遂に右助役の命を受けた同市役所守衛長より即時退去方を求められたに拘らず尚もこれに応じないと云うが如きは団体交渉としての正当性の範囲を逸脱しているものと認められるのであるから、被告人か右要求を受けながら右秘書室より退去しなかつた行為は刑法第百三十条にいわゆる要求ヲ受ケテ其場所ヨリ退去セサル場合に該当するものであり原判決がこれを同法条により処断したことは正当といわなければならない。
しかして叙上のように被告人等が右室内より退去しなかつたことが刑法第百三十条の罪に該当する以上、これを住居侵入の現行犯として被告人を逮捕しようとした長野市警察署勤務巡査Dの行為は適法且正当な公務の執行行為に該当し、これに対し前示の如き暴行を加えた被告人の行為が公務執行妨害罪を構成することもまた論を俟たない。
故に原判決には所論のような違法なく論旨はすべて理由がない。 (その他の判決理由は省略する。)
(裁判長判事 谷中董 判事 荒川省三 判事 中浜辰男)

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