判例検索β > 昭和48年(行コ)第15号
原状回復命令取消請求事件
事件番号昭和48(行コ)15
事件名原状回復命令取消請求事件
裁判年月日昭和49年9月11日
法廷名大阪高等裁判所
判例集等巻・号・頁第27巻4号339頁
判示事項一、 文化財保護法八〇条の現状変更行為の意義
二、 右の現状変更行為の禁止と憲法二九条との関係
裁判要旨一、 文化財保護法八〇条一項の現状変更行為とは、当該史跡等に関し文部省令の定めるところにより現状維持の措置を講じないで、その現状に物理的作為的変更を加える行為を指称し、必ずしも当該行為と文化財自体に対する影響との間に個別的因果関係の存在を要するものではない。
二、 文化財保護法が、同法八〇条一項の現状変更行為禁止の代償として補償規定をおかなかつたからといつて、これを以て違憲無効ということはできない。
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主 文
本件控訴を棄却する
控訴費用は原告の負担とする。
事 実
(原判決の主文)
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
(請求の趣旨)
被告が原告に対して昭和(以下略)四六年九月二〇日付でなした原判決添付別紙目録記載の建物に対する撤去命令を取消すとの判決。
(不服の範囲)
原判決全部。
(当事者双方の主張)
次を付加するほか、原判決事実摘示のとおりである。
一、 原告
原判決は、文化財保護法(以下単に法という)八〇条一項にいう「現状変更行為」とは、指定当時の現状の物理的変更を伴ういつさいの行為を指し、個別的因果関係を明確にする必要はない旨判示した。しかしながら最近における国土開発、社会生活の急激な変化に伴い財産権との調和を計るためには、現状変更行為の解釈についても、もつと具体的明確性が要求されるのである。すなわち、法四条二項四項は、文化財を国民的財産とみなすとともに、関係者の財産権の尊重を定めているのであるが、法八〇条一項を原判決のように解するならば、原告所有の本件土地は、文化財保護の名の下に、土地利用の自由を奪われ、所有権の内容は空虚なものとなるから、かかる規制は、補償なくして行ない得ない筈のものである。被告は、法八〇条一項は、現在の使用状態を推持する限り何らの制限をも課してはおらず、その範囲では、財産権の行使は自由であると主張するが、本件土地につき現状のままでの使用、収益、処分は、現実には何らの利用もできないのに等しく、かかる場合まで補償を要しないとすることはできない。古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法九条一項、自然公園法三五条一項等が不許可補償の規定をおくゆえんもここに存する。しかるに、かかる規定を欠く法八〇条一項は、財産権を保障した憲法二九条に違反し違憲無効であるから、同条に基き発せられた本件現状回復命令は、取消しを免れない。本件処分前に被告が原告に対してなした説明、指導あるいは近く土地買収の予定であること等は、被告の行政措置の問題であるに止まり右規定の違憲性を救済するものではない。更に、被告は長期間に亘り原告の法八〇条一項の許可申請に対して許否の決定を下さずまた具体的な補償措置はとつていないから補償的措置を尽した旨の被告の主張は事実に反する。
二、 被告
(一)、 憲法二九条一項の財産権不可侵の保障は、絶対的なものではない。同条二項は、財産権の内容は、公共の福祉に適合するように法律で定めるものとしており、これは、財産権の内容のみならずその行使についても公共の福祉に適合する限りでのみ不可侵性を保障した趣旨と解すべきである。憲法一二条が、同法の保障する自由および権利について、これを濫用しではならず、常に、公共の福祉のために利用する責任を負うものと定めていることからもこのことが、裏付けられる。そして、憲法二九条二項は、同条三項により補償を要する財産権の内容及びその行使に対する規制のみならず、補償を要しない規制をも包含するものであつて、具体的に個入の享有する財産権の内容およびその行使の制限が、態様、程度並びに公共的重要性等からみて、関係者の受認すべき枠内に止まるならば、補償を要しないというべきである。同条三項の正当な補償が完全な補償ではなく、相当な補償で足るとされるのは、財産権の使用収益または処分の権能が制限されたものである以上、財産権の価格も特定の制限をうけるのが当然であり自由な取引による価格まで補償する必要がないと考えるからに外ならない。
(二)、 法八〇条一項は、史跡名勝天然記念物に関しその現状を変更しまたは軽微な程度に止まらない保存に影響を及ぼす行為をしょうとするときは、文化庁長官の許可を受けなければならない旨定める。これは、文化財が、わが国の歴史、文化等の正しい理解のために欠くことのできないものでありかつ将来の文化の向上発展の基礎をなすものであるため(法三条)、文化財のうち重要な価値のあるものにつきたとえそれが個人の私有財産であつても、同時に国民の公共的財産としての性質をもつものとして、国民全体ひいでは世界人類のために保存活用を図り、もつて
国民の文化的向上に資するとともに、世界文化の進歩に貢献せしめる必要がある(法一条四条二項)ため、すなわち憲法二九条二項にいう公共の福祉のために対象物件の形状機能に高度の公共的価値を認めてその物を現状のまま使用、収益、処分することを許容する一方、現状変更行為または軽微な程度に止まらない保存に影響を及ぼす行為を一般的に禁止し、文化庁長官の許可をうけることによりその禁止を解除するという態様、程度において財産権の行使を制限するものである。 したがつて法八〇条一項による財産権の制限は、その態様、程度からして、文化財の保存活用によつてもたらされる公共的利益のために現状を損うような現在の使用状態の変更は、許可にかからしめるが、現在の使用状態を維持する限りにおいては、何らの制限をも課してはおらず、その範囲での財産権の行使は自由であるからこの程度の財産権行使の制限は、憲法二九条二項の容認する公共の福祉のための枠内にあるというべきである。すなわち、法八〇条一項の許可制による個人の不利益は、一定の限られた不作為義務の履践ないし将来における新たな権利行使の制限に止まるのであつて、価値の高い文化財の保存活用という大なる公益目的の実現に照らすと、憲法二九条二項三項による補償を条件とすべき程に特別重大な犠牲を個人に強いるものとはいえないので、法八〇条一項が、現状変更行為等の許可制を定めながら、損失補償の規定を設けていないからといつて、同項が憲法二九条三項に違反する違憲無効のものとはいえない。
それゆえ法八〇条五項に基づいてなされた本件処分は違憲無効ではなく、これを違法事由として処分の取消しを求めることも許されない。因みに、最高裁大法廷四三年一一月二七日判決刑集二二巻一二号一四〇二頁によれば、財産権行使の制限として許可制を定めていても、当然に補償を要するものではないから、補償に関する規定を欠く法令の効力が当然違憲無効となるものではないとされており、この判例によれば、本件処分の効力に消長を来すことはありえないのである。 (三)、 前掲最高裁大法廷判決は、一定の事実関係の下においてではあるが、個人が公共の福祉のために一般的に当然受忍すべき財産権の制限の範囲を超えて、特別の犠牲を課した場合には、憲法二九条三項を根拠として、現実にこうむつた損失を具体的に主張立証して別途補償請求する余地を認めるとともに、その故に、補償規定を欠く財産権の制限を定める法令の規定も違憲無効ではなく有効と解している。右判例に従う限り、原告の場合においては、別に本件処分により蒙つた損失補償請求訴訟を提起するのは格別として、処分取消訴訟である本訴において、損失補償規定の欠缺をもつて処分の違法事由として主張することは、認められない。更にいえば、原告は、法八〇条一項に基く現状変更の許可申請を被告より却下されたに拘らずこれを無視し、再三の行政指導にも従わず本件土地上に建物を建築して賃貸し収益を得ているものであり、不許可処分により具体的に財産権の制限を受忍すべきことによつて特別の犠牲を強いられ現実に損失を生じている者ではないから不許可補償をうける資格を有しない。仮にこの場合でも不許可補償を肯定するとしても、原判決の認定するとおり、本件土地は、近い将来国によつて時価相当額をもつて買上げられる予定で予算上の措置もとられており、右買上げは、本件土地の使用制限から被る原告の不利益に対する補償的措置とみるべきである。のみならず被告は、右補償的措置を前提として不許可処分をするとともに、これを無視して原告が本件土地上に建物を建築することを取りやめさせるべく、再三の行政指導をし建築中においても撤去費用を分担するとまで申し出て、建築を中止させようとしたのであるから、被告としては、十分な補償的措置を尽したものというべく一般的抽象的に法八〇条一項および五項につき損失補償規定の欠缺あることを理由として本件処分の違憲性を主張する原告の主張は、本件の具体的解決には、資するところがないといわなければならない。
(証拠)(省略)
理 由
当裁判所も原告の本訴請求は失当と判断するものであつて、その理由は、次のとおり付加するほか、原判決理由記載のとおりである。
一、 法八〇条一項の現状変更行為について
案ずるに、文化財保護法が、(1)法二条に定める歴史上、芸術上ないし学術上価値の高い有形無形の文化的所産、民俗資料、遺跡および名勝地等の文化財を保存活用し、もつて国民の文化的向上に資するとともに世界文化の進歩に貢献することを目的として制定され(法一条)、(2)文部大臣は、記念物のうち重要なものを史跡、名勝または天然記念物に指定することができ、そのうち特に重要なものを特別史跡、特別名勝または特別記念物に指定してその旨官報で告示するとともにその
所有者、占有者等に通知して同法及びこれに基づいて発せられる文部省令、文化庁長官の指示に従い、管理および復旧に当らせ(法六九条七四条)、(3)もし管理が適当でないため史跡名勝天然記念物が滅失、き損、衰亡または盗取されるおそれかあるときは、文化庁長官の命令勧告に従い、管理方法の改善、保存施設の設置その他管理に関し必要な措置を講じなければなら<要旨第一>ない(法七五条三一条七六条等)、旨を定めた法の趣旨に鑑みるときは、法八〇条一項の現状変更行為とは、当該史跡名勝天然記念物に関し、文部省令の定めるところにより現状維持の措置を講じないで、その現状に物理的作為的変更を加える行為を指称し、必ずしも当該行為と文化財自体に対する影響との間に個別的因果関係の存在を要するものではないと解するを相当とする。けだしそうでなければ全然無関係の場合は格別として、本件のように地下遺構の存在を推定されている埋蔵文化財の場合において、予め、目的物の破損破かい等特別の関係を証明しない限り、地盛り、家屋の建設等文化財の調査研究等を至難ならしめる行為をもなしうることとなつて、文化財の現状維持保存を目指した文化財保護法の趣旨目的を抹殺するに至るからである。したがつて原告が、特別史跡平城宮跡に存する原告所有の本件土地上に建物を建築した行為は、その余の判断をなすまでもなく、明らかに、法八〇条一項の現状変更行為に該当するから、被告か同条五項に基き建物撤去を命じた処分は、やむをえないといわなければならない。右の点に関する原告の主張は理由がない。 二、 法八〇条一項と憲法二九条との関係
原告は、原告所有の本件土地は、文化財保護の名の下に、土地利用の自由を奪われ、所有権の内容を空虚<要旨第二>なものと化せしめており、かかる規制は補償なくしては行ない得ないと主張する。なるほと文化財保護法もしくはこれに基く文化庁長官の指示命令により特別史跡の土地所有権に対し現状変更行為が禁止されるときは、田、畑、草地その他従来の土地使用関係(原審における原告本人尋問の結果によれば本件土地は従前は田であつた。)以外の使用目的をもつてする権利行使の自由が制限されることにより消極的損害が生ずる可能性があるが、土地所有者に対する不作為義務を課する規範の設定は、まずもつて文化財を構成する財産権自体に内在する社会的制約の反映というべきであるから、この程度の使用制限があつても、必ずしも常に損失補償を要すると解すべきではない。もつともこれにより土地の有効利用を本質とする土地所有権の内容が形骸化するおそれがある程度にまで、社会的制約を超える特別の負担を課するときは、所論のとおり損失補償の要否が検討されなければならない。けれども、元来土地は、国土を形成する物体として、これを対象とする権利は公共の福祉に適合するように法律をもつていかようにでもその内容を定められるべきものであり、文化財保護法が前叙の目的をもつて文化財の現状変更行為を禁止したからといつて、そのゆえに、直ちに違憲の法律ということはできない。同法により土地所有権行使の自由が、著るしく制限され事実上剥奪される場合であれば、土地所有権者は、憲法二九条三項により直接国に対し正当な補償を請求し得べきであるから、法八〇条一項が現状変更行為を禁止する代償として、補償の規定をおかなかつたからといつて、これをもつて違憲無効の法律ということはできない。
原審証人A、同B、同Cの各証言を総合すると、原告を含め、本件文化財の所在地域住民に対しては、文化庁長官は、説明会の開催その他の方法により文化財の趣旨、状況の説明、管理基準の示達を行つたほか、奈良県教育委員会を通じ、あらかじめ原告の家屋建設を制止したが、原告はこれを無視し、建築基準法上の建築許可も得ないまま不法に家屋を建築したうえ、行政指導による自主的撤去の要請も聞入れなかつた事実、更には、国の負担による家屋移転ないし土地買上げについて、具体的な交渉及び手続か進められたが補償額について合意に達せずまた原告が言を左右にして交渉に応じなかつた事実を認めることができる。右事実によれば、憲法二九条三項により、補償措置を求めるまでもなく、本件においては、事実上補償措置の手続が進行していたのであるから、法八〇条一項が補償の規定をおいていないのを違憲無効であるとし、その結果被告の本件家屋撤去を命ずる処分が違憲無効であるとする原告の主張も採用することができない。
そうすると、原告の本訴請求を棄却した原判決は正当で本件控訴は理由がないから、棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 前田覚郎 裁判官 菊地博 裁判官 仲江利政)
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