判例検索β > 平成14年(行ウ)第132号
不当労働行為再審査申立却下命令取消等(通称 明治乳業救済申立却下決定取消)
事件番号平成14(行ウ)132
事件名不当労働行為再審査申立却下命令取消等(通称 明治乳業救済申立却下決定取消)
裁判年月日平成16年5月31日
法廷名東京地方裁判所
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主 文
1 原告らの訴えのうち,P1に関する訴えを却下する。
2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,参加によって生じた費用を含め,原告らの負担とする。 事実及び理由
第1 請求
被告が,中央労働委員会平成8年(不再)第39号事件につき,平成14年1月9日付けでした後記命令を取り消す。

初審命令を次のとおり変更する。
再審査申立人P1,同P2及び同P3の救済申立て並びに同3名を除く再審査申立人29名の昭和55年度ないし昭和58年度における昇給・昇格差別に係る救済申立てを却下し,その余の救済申立てを棄却する。第2 事案の概要
本件は,参加人が明治乳業労働組合(以下「組合」という)市川支部(以下「市川支部」ないし「支部」という)の組合員である再審査申立人P1ほか31名の組合活動を嫌悪し,不利益に取り扱うため,参加人の職分・賃金制度のもとで他の市川支部組合員と差別して別紙原告目録1記載の原告ら,P2(以下「亡P2」という),P3(以下「亡P3」という)及びP4(以下「亡P4」という)の昭和55年度ないし60年度における昇給・昇格を行い(労働組合法7条1号本文前段),その結果として,市川支部の運営に支配介入したこと(同条3号)が不当労働行為に当たるとして,原告らがその救済を求めた事件について,被告が平成14年1月9日付けでこれを却下及び棄却した(以下「本件命令」という)ところ,原告らがその取消しを求めた事案である。1 争いのない事実等(認定した事実は認定に係る主要な証拠等を各文末に掲記した)(1) 当事者等
ア 原告ら
(ア) 別紙原告目録1記載の原告らは,いずれも参加人の従業員ないしは従業員であったものである(なお,以下原告を呼称するときは,原告P5は原告P5というように原則として名字のみで表記する)。(イ)亡P2,亡P3及び亡P4はいずれも参加人の従業員であったが,亡P2は平成12年3月19日,亡P3は同13年7月5日,亡P4は同年11月7日,それぞれ死亡した。原告P6は亡P2の,原告P7は亡P3の,原告P8は亡P4のそれぞれ相続人である。亡P2及び亡P3の相続人は,労働委員会規則34条1項7号に定める救済申立てにつき承継の申出をなしうる期間内に,承継の申出をしなかった。(ウ) 本件命令に係る再審査申立ては,別紙原告目録1記載の28名の原告ら,亡P2,亡P3及び亡P4(以下,これら31名を併せて「申立人ら」という)及びP1(以下「亡P1」という)によりなされた。亡P1は平成3年2月28日付けで参加人を定年退職し,再審査申立て後の同9年1月7日に死亡したが,その相続人らは承継の申出をせず,本件訴訟の原告にもなっていない。
(エ) 申立人ら及び亡P1は,別紙申立人一覧表の「入社年月日」欄記載のとおり参加人に入社し,参加人の市川工場に勤務した。申立人ら及び亡P1の生年月日,最終学歴及び所属職場(本件初審申立時)は別紙申立人一覧表記載のとおりである。
イ 参加人等
(ア) 参加人は,牛乳・粉ミルクなど乳製品の製造販売を業とする株式会社であり,肩書地に本社を置き,市川工場をはじめ全国に31工場,4分工場,3支社,15支店,2研究所,1研修所を有し,本件初審申立時の従業員数は約5400名である。参加人の市川工場は,昭和36年6月,千葉県全域と東京都及び茨城県の大部分に市乳(牛乳等の飲用乳)を供給する主力工場として竣工し,同年7月操業を開始し,当時の従業員数は約200名であった。市川工場は,その後,平成12年3月末日をもって閉鎖された。(弁論の全趣旨)(イ) 参加人には,その従業員で組織する組合が存在し,申立人らは,市川支部の組合員である。市川支部は,昭和36年6月27日に結成され,同39年度(同38年10月から同39年9月まで)の副支部長に原告P5,執行委員に亡P4が,同40年度(同39年10月から同40年9月まで)の書記長に亡P4,執行委員に原告P9が,同41年度(同40年10月から同41年9月まで)の書記長に亡P4,執行委員に原告P5,同P10,同P9,同P11及び同P12が,同42年度(同41年10月から同42年9月まで)の書記長に同P9,会計に同P13,執行委員に亡P4,原告P10,同P11がそれぞれ就任している。
参加人は,組合中央本部と労使協議の上,「第1次目標配置人員」(昭和40年5月実施),「修正第1次目標配置人員」(同41年6月実施)及び「第2次目標配置人員」(同43年3月実施)の3回にわたる配置人員見直し等の生産性向上施策を実施したが,申立人らは,組合中央本部の運動方針に反対し,参加人の生産性向上施策に反対する取組みを行った。
申立人ら及びこれを支持する従業員らは,昭和42年10月以降これまでの間,市川支部の執行部役員選挙に立候補するもいずれも落選し,組合中央本部の運動方針に賛成し,いわゆる労使協調路線をとる従業員らが支部執行部役員に就任している(弁論の全趣旨)。
(2) 本件命令
ア 申立人らのうち28名(亡P3及び原告P14を除く)の昭和55年度ないし59年度における昇給・昇格差別に係る救済申立て(都労委昭和60年(不)第27号事件)は同60年4月18日に,申立人らの同60年度における昇給・昇格差別に係る救済申立て(都労委昭和61年(不)第21号事件)並びに亡P3及び原告P14の同55年度ないし60年度における昇給・昇格差別に係る救済申立て(都労委昭和61年(不)第20号事件)は同61年3月19日に,それぞれされた。
イ 申立人ら及び亡P1は,被告に対し,事案の概要冒頭に記載したとおりの不当労働行為事実を主張し,救済方法として,別紙「請求目録」記載の各金員及びこれに対する年6分の割合による遅延損害金の支払,各人に慰謝料300万円の支払並びに陳謝文の手交及び掲示を求めた(甲E1)。
ウ 本件命令は,要旨,(ア)亡P1,亡P2及び亡P3の申立てにつき,被告への再審査申立て(平成8年9月24日)後,前記3名は死亡したところ,その相続人から労働委員会規則34条1項7号所定の期間内に承継の申出がなかったとして,その申立てを却下し,(イ)亡P4及び別紙原告目録1記載の原告らの申立てのうち,①昭和55年度から58年度までの昇給・昇格差別に係る申立てについては,労働組合法27条2項(除斥期間)に照らし不適法であるとして却下し,②同59,60年度のそれについては,労働委員会の審査の対象となるとした上で,前記原告らが事業所採用者経路(以下「事業所採用者コース」という)に属しているのは,自らの意思で移行格付試験及びその後の詮衡試験を受験せず,事業者採用者コースを選択した結果であり,前記原告らの職分昇格の状況を事業所採用者コースに属する従業員と比較しても,同59,60年度において不合理な格差が生じているとはいえないとして,同59,60年度の職分・賃金につき前記原告らに不利益な取扱いがされていない以上,その余の点については判断するまでもなく不当労働行為(不利益取扱い・支配介入)は認められないとして棄却した。エ 申立人らは,本件初審時においては,昭和55年度ないし60年度の職分・賃金について,申立人らと同性・同学歴・同一勤続年数の参加人全体の従業員の「中位者」との間に格差があるとして,別紙請求目録記載のとおりの職分・ページ(1)

号俸及び賃金額に是正するよう請求していた。なお,ここにいう「中位者」とは,組合が毎年作成している賃金実態調査報告書の「職分昇給,男女別,学歴,年齢,勤続別基本給」表に基づいて,申立人らと同性・同学歴・同一勤続年数の組合員である従業員の群のうち,最下位の職分・号給の者から順次数えてその全体数の半分の数字の順位の者であった。
オ 申立人らは,本件再審査時においては,申立人らが差別を受けていない者(申立人らが同人ら市川工場の職場活動家を差別するための秘密会議録であるとして提出した市川工場の製造課主任であったP15が作成保管していた資料(甲B1,以下「P15ファイル」という)で○印がついている者)と同様に移行格付試験に合格し,第1種詮衡試験合格者として基幹職2級に格付けされたとみなし,その後もほぼ標準的に昇格をしていれば,遅くとも昭和55年以降は基幹監督職の職分にあるべきではあるが,控えめに別紙請求目録記載の限度で救済を求めるというものであった(甲E1,2)。
(3) 参加人の職分・賃金・人事考課制度
ア 職分制度
(ア) 参加人は,昭和44年4月1日付けで職分制度及び給与規則を改正し,これを実施した。改正された参加人の職分規則によれば,「職分制度は,従業員の保有する職務遂行能力に応じ,従業員を各職分に格付し,能力に応じた配置,昇格,昇給を行い公正な人事管理の実現に資する」とされている。(イ) 職分制度が適用される従業員の範囲は,参加人の従業員就業規則1条の2に定める従業員(参加人の従業員就業規則の適用を受ける従業員)である。ただし,嘱託,特殊勤務者,見習従業員及び臨時従業員は除外されている。(ウ) 職分とは,従業員の保有する職務遂行能力による区分をいう。職分は,技能職,基幹職2級,基幹職1級,基幹監督職,管理補佐職3級,管理補佐職2級,管理補佐職1級,管理企画職2級,管理企画職1級,管理職3級,管理職2級,管理職1級の12階級に区分されている。職分の昇格は,従業員の職務遂行能力の伸長により行い,コースの別によって昇格要件及び最終到達職分が定められている。
(エ) 参加人における職分と職位は必ずしも1対1に対応するものではなく,緩やかな関係をもたせて運用されている。職分と職位の対応関係は,係長は管理企画職1級,同2級,稀に管理補佐職1級と対応し,主任は管理補佐職1級ないし同3級,稀に管理企画職2級と対応し,班長は基幹監督職,稀に基幹職1級と対応する。(オ) 参加人の職分制度では,昇格経路であるコースによって従業員の処遇が行われる仕組みとなっている。a 事業所採用者コース
非転勤要員として事業所ごとに採用した者がたどるコースで,ごく一部の例外を除いて最終到達職分は基幹職1級である。詮衡試験を受験しない者又はこれに合格しない者がたどるコースである。b 第1種詮衡試験合格者経路(以下「第1種詮衡試験合格者コース」という) 第1種詮衡試験合格者がたどるコースで,最終到達職分は基幹監督職である。第1種詮衡試験は,事業所採用者コースの従業員の中から非転勤要員として班長相当になりうる資質の従業員を選抜する試験である。c 第2種詮衡試験合格者経路(以下「第2種詮衡試験合格者コース」という) 第2種詮衡試験合格者がたどるコースで,最終到達職分は管理補佐職1級である。第2種詮衡試験は,事業所採用者コース及び第1種詮衡試験合格者コースの従業員の中から転勤要員として主任相当となりうる資質の従業員を選抜する試験である。
d 第3種詮衡試験合格者経路(以下「第3種詮衡試験合格者コース」という) 第3種詮衡試験合格者がたどるコースで,最終到達職分は管理企画職1級である。第3種詮衡試験は,第2種詮衡試験合格者コース及び本社採用者コースの従業員の中から転勤要員として係長相当以上となりうる資質の従業員を選抜する試験である。
職分昇格と各種詮衡試験の関係は別紙「新職分制度の職分昇格と各種詮衡試験」記載のとおりである(丙B20,弁論の全趣旨)。
(カ) 参加人は,新規学校卒業者を事業所採用と本社採用とに分けて採用している。申立人らはすべて事業所採用の従業員である。最終学歴が中学卒業の者は事業所採用のみ,高校卒業の者は事業所採用及び本社採用があり,中学卒業の者も高校卒業の者も技能職に格付けされる。事業所採用の者は原則としてその事業所に勤務し,本社採用の者は全国の事業所に配属され勤務する。
(キ) 職分の昇格は,コース別に従業員の職務遂行能力に応じて行うものであり,一般昇格と特別昇格の2種類がある。
a 一般昇格
一般昇格は,同一コース内における昇格であり,各職分ごとに定めている職務遂行能力判定基準に基づき,上位職分の職務遂行能力を保有すると認められたときに行う上位職分への昇格をいう。具体的には,コースごとにそれぞれ定められた①コース別標準経過年数(以下「経過年数」という),②経過年数期間中の一定期間の人事考課成績基準,③職務遂行能力判定基準の3要件を満たすことが必要とされている。
経過年数とは,当該職分における標準者が上位職分の職務遂行能力を保有するために必要な年数である。職分規則7条2項本文により,中卒事業所採用の技能職の経過年数は9.5年,高卒事業所採用の技能職の経過年数は6.5年,事業所採用の基幹職2級の経過年数は7年と定められている。事業所採用者コースにおいては,基幹職1級の経過年数の定めはなく,基幹監督職に昇格する者は人事考課成績が極めて良好な者に限られている。なお,職分規則7条2項但書は,「但し勤務成績及び能力が極めて優秀である者,又標準に達しない者についてはこの限りではない。」と規定し,経過年数が短縮されたり延長されたりする場合があることを定めている。┌─────┬──────┬───┬───┬───┐
| コース|事務所採用者|第1種|第2種|第3種│
|職分 |コース |コース│コース|コース|
├─────┼──────┼───┼───┼───┤
|技能職 |中卒9.5年 | | | |
| |高卒6.5年 | | | |
├─────┼──────┼───┼───┼───┤
|基幹職2級| 7.0年 |4.0年| | |
├─────┼──────┼───┼───┼───┤
|基幹職1級| |6.0年| | |
├─────┼──────┼───┼───┼───┤
|基幹監督職| | |1.0年| |
└─────┴──────┴───┴───┴───┘
上位職分の職務遂行能力を保有しているか否かを判定するために,経過年数期間中の一定期間における人事考課成績が用いられる。事業所採用者コースの場合,昇格要件の人事考課成績は,中卒の技能職から基幹職2級への昇格は過去9年間(高卒は6年間)の業績評定成績及び能力評定成績がいずれも標準(C)以上であることを要し,基幹職2級かページ(2)

ら同1級への昇格は過去7年間の業務評定成績及び能力評定成績がいずれも標準(C)以上であることを要するとされている。なお,基幹職2級から同1級への昇格要件の人事考課成績基準は,昭和52年4月から,過去7年間の業務評定成績及び能力評定成績がいずれも標準(C)以上であり,かつ,直近3年間の業務評定成績及び能力評定成績にB以上が1つ以上あることとされた。
職務遂行能力判定基準とは,各職分の定義に基づき,その職分の職務遂行能力を知識,業務遂行能力面から判定するために設定した基準である。この基準は,前記経過年数及び人事考課成績基準を満たしたときに利用される。b 特別昇格
特別昇格は,各種詮衡試験に合格した者について行う上位職分への昇格をいう。昇格試験には,第1種詮衡試験,第2種詮衡試験,第3種詮衡試験の3種類がある。
詮衡試験受験資格は,定められた職分において一定の経過年数を経過し,直近2年間の人事考課成績のうち,業績評定成績,能力評定成績がいずれも標準(C)以上の従業員に与えられる。必要な経過年数は,以下のとおりである。┌───────┬─────┬─────┬─────┐
| 試験|第1種詮衡|第2種詮衡|第3種詮衡|
|職分 |試験 |試験 │試験 |
├───────┼─────┼─────┼─────┤
|技能職 |中卒9.5年|中卒5.5年| |
| |高卒6.5年|高卒2.5年| |
├───────┼─────┼─────┼─────┤
|基幹職2級 | 4.0年 | 1.0年 | |
├───────┼─────┼─────┼─────┤
|基幹職1級 | 6.0年 | 1.0年 | |
├───────┼─────┼─────┼─────┤
|基幹監督職 | | 1.0年 | |
├───────┼─────┼─────┼─────┤
|管理補佐職1級| | | 2.0年 |
└───────┴─────┴─────┴─────┘
各種詮衡試験に合格すると,第1種詮衡試験合格者で受験時が技能職の者は基幹職2級に,基幹職2級の者は基幹職1級に,基幹職1級の者は基幹監督職にそれぞれ昇格し,第2種詮衡試験の合格者で受験時が技能職・基幹職2級・基幹職1級の者は基幹監督職に,基幹監督職の者は管理補佐職3級にそれぞれ昇格し,第3種詮衡試験合格者は管理企画職2級に昇格し,第1種詮衡試験合格者コース,第2種詮衡試験合格者コース,第3種詮衡試験合格者コースにそれぞれ昇格経路が変更される。昇格経路変更後の昇格は,一般昇格同様,経験年数,人事考課成績基準,職務遂行能力基準により行われる。経過年数,人事考課成績は昇格経路別に定められており,特別昇格経路の経過年数昇格の場合より短縮されている。
c 昇格(降格)の時期
職分規則6条3項は,「昇格及び降格の時期は年1回とし毎年4月1日付でこれを行う。但し,管理職への昇格は保有する職務遂行能力により随時行うことがある。」と規定している。市川工場では,昇格者に対し,毎年4月1日に口頭で通知するとともに,工場に掲示して工場の全従業員に昇格の事実を周知している。(ク) 参加人は,昭和60年4月,組合と協議のうえ,新職分制度を以下のとおり部分的に改正した。 第1種詮衡試験合格者コースの経過年数を,基幹職2級は4年から3年に,基幹職1級は6年から7年にそれぞれ改めた。また,事業所採用者コースの基幹職1級から基幹監督職への一般昇格要件の経過年数に定めがなかった点を改めて7年とし,事業所採用者コースの一般昇格の最終到達職分を基幹職1級から基幹監督職に改めた。イ 賃金制度
(ア) 参加人の賃金体系は,昭和44年4月1日付けで改正実施された給与規則に定められている(以下「新給与規則」あるいは「給与規則」という)。給与規則によれば,技能職から管理企画職までの従業員に適用される賃金は,本給,職分給,都市手当等の諸手当等がある。賃金(月額)は毎月25日,賞与は6月と12月の年2回支給される。都市手当は,本給及び職分給の合計額の5パーセントが支給される。(イ) 新給与規則でも,従来と同様に人事考課成績によって昇給幅が異なる仕組となっている。a 本給
初任本給額は学歴別,年齢別に従業員ごとに定められている。本給の増額は,毎年1回,4月1日付けで行われ,人事考課総合評定成績に応じて職分ごとに定められた定期昇給額を加算する方法で行われる。また,採用後職分昇格した者は,職分昇格時に本給調整額が加算される。
本給定期昇給表は,職分と人事考課成績によって昇給する金額を定めたものであり,昭和49年4月1日以降,次のとおり適用されている。
┌──────┬───┬───┬───┬───┐
| 職分|技能職|基幹職|基幹職|基幹 │
|人事考課 | |2級 │1級 |監督職|
├──────┼───┼───┼───┼───┤
| A |1900|2150|2500|2800|
├──────┼───┼───┼───┼───┤
| B |1700|1950|2250|2550|
├──────┼───┼───┼───┼───┤
| C |1500|1750|1750|2300|
├──────┼───┼───┼───┼───┤
| D |1300|1550|1550|2050|
├──────┼───┼───┼───┼───┤
| E |1100|1350|1350|1800|
├──────┼───┼───┼───┼───┤
| F | 400|
500|
500|
800|
└──────┴───┴───┴───┴───┘
参加人は,組合と賃金引き上げ交渉を行い,本給の昇給を特別昇給,定率,定額の3つの方法により行っている。特別昇給は従業員の人事考課成績に応じて妥結結果表の金額を全職分一律に加算するものであり,定率昇給は全職分一律に旧本給に乗じた金額を加算するものであり,定額昇給は全職分一律に本給に加算するものである。昭和59年度賃金ページ(3)

引き上げに関する交渉の妥結結果によれば,次のとおりである。
┌─────────────────┬─────┬─────┐| 特別昇給(円) |定率(%)|定額(円)|├──┬──┬──┬──┬──┬──┼─────┼─────┤| A| B| C| D| E| F| | |├──┼──┼──┼──┼──┼──┤ | ||800|500|300|100| 0| 0| 1.0 | 1000 |└──┴──┴──┴──┴──┴──┴─────┴─────┘b 職分給
職分給は従業員が格付けされている職分に対応したもので,職分ごとに号給が設けられている。職分給の号給変更は各年度の人事考課総合評定成績によって1号ずつ昇給する。1号給から5号給までは人事考課成績が標準のC以上であること,6号給へはB以上あるいはCが2年連続した場合,7号給へはB以上であることが条件となっている。同一職分の中では7号給まで昇給する。人事考課成績が昇給の条件を満たさない場合には,昇給は据え置かれる。職分の昇格があれば昇格した職分の1号給が支給され,その後の職分給の昇格は前記のとおり人事考課成績によって行われる。 なお,給与規則8条3項は,これらの定めにかかわらず,「勤務成績劣悪者,生産阻害者又は職場秩序破壊者」(2号)については号給の変更を行わないと規定しているが,参加人においては,未だかつてこの規定が適用されたことはない(甲240,丙E141,証人P16【第13回口頭弁論13,14頁】,弁論の全趣旨)。 職分給額表は組合との賃金引き上げ交渉の合意内容に基づいて毎年4月1日付けで改定される。昭和59年4月から1年間適用された参加人の職分給額表は,以下のとおりである。
昭和59年度職分給額表
┌─────┬───┬───┬───┬───┬───┬───┬───┐| 号給|1号給|2号給|3号給|4号給|5号給|6号給|7号給||職分 | | | | | | | |├─────┼───┼───┼───┼───┼───┼───┼───┤|技能職 |36100|37300|38500|39700|40900|42100|43300||基幹職1級|54600|56300|58000|59700|61400|63100|64800||基幹職2級|44700|46100|47500|48900|50300|51700|53100||基幹監督職|66800|68600|70400|72200|74000|75800|77600|└─────┴───┴───┴───┴───┴───┴───┴───┘(ウ) 給与規則によれば,各従業員の賃金は毎年行われる4月1日付けの昇給によって決定される。参加人は,毎年度の新本給と新職分給について,組合との賃金引き上げ交渉妥結後,4月1日付け昇給通知に記載して,これを上司が各従業員に直接交付している。
ウ 人事考課制度
(ア) 参加人では,昭和44年度の新職分制度の実施に合わせて,同45年度から新人事考課制度を実施した。参加人は,毎年1回,1月1日現在(昭和54年度以前は2月1日現在)で従業員の一定期間の勤務成績と職務遂行能力の評定を実施しているが,評定の対象期間は前年1月1日から12月31日までの1年間である。(イ) 各従業員について,評定項目ごとに評定を行う者を第一次評定者,第二次評定者の2名としている。市川工場等の課制の工場での技能職から基幹監督職までの従業員の評定に関しては,第一次評定者が係長,第二次評定者が課長となっている。業績,能力,総合の各評定成績を決定する成績決定者は,技能職から基幹監督職までの従業員については,工場では工場長となっている。
(ウ) 人事考課成績は,業績評定,能力評定,総合評定の3区分で決定する。参加人では,従業員の業績(執務態度,勤怠成績を含む),職務遂行能力を把握するために,評定を業績評定と能力評定の2つに区分し,さらにこれらを総合したものを総合評定としている。業績評定成績と能力評定成績は職分昇格の決定,総合評定成績は昇給(本給の増給,職分給の変更)の決定に当たって利用される。
(エ) 業績評定成績,能力評定成績,総合評定成績は成績の良好度に応じ,A,B,C,D,E,Fの順に6段階で決定され,いずれもCが標準である。
業績評定成績は,各事業所で職分ごとに各従業員の業績(執務態度,勤怠を含む)を相対評価し(対象者全員の点数分布から従業員間の関係で相対的に成績を評価),決定するが,相対的に評定するため成績の分布に一定の制限を設けている。
能力評定成績は,能力評定成績の定義に照らして職分ごとに評定し,決定する。能力評定においては相対評価の方法はとっておらず,成績決定に当たって分布制限を設けていない。
総合評定成績は,業績評定と能力評定の結果から決定されるが,技能職,基幹職2級については業績評価の比重が大きい(技能職0.8,基幹職2級0.7,基幹職1級0.65,基幹監督職0.6)。総合評定成績は,各事業所で職分ごとに相対評価して決定する。総合評定成績は,その平均を標準(C)にするため,分布制限を設けている。 なお,分布制限を設けている業績評定成績及び総合評定成績についても,各事業所で職分ごとに見た場合,ある程度のばらつきが出るのはやむを得ないとされている。
実際には,Aはほとんど実績がなく,Eは病気欠勤の場合などで例が少なく,B,C,Dがほとんどである。Fは評定期間の大部分について欠勤あるいは休職した者(全休者)など明らかに業績の悪かった者に適用されている。昭和55年度から59年度までの市川工場における技能職から基幹職1級の従業員の人事考課成績分布は別表2記載のとおりである。同表によれば,市川工場全体では,Aはなく,B及びDが10パーセントから16パーセント,Cが70パーセント以上である。
(オ) 参加人は,昭和45年度から新人事考課制度を実施しているが,評価項目ごとの着眼点と評価段階,評価項目ごとの比重,評定期間,評定の分布などを公開している。また,参加人は,決定した人事考課成績,すなわち業績評定,能力評定及び総合評定の結果を4月1日付け「人事考課成績通知」に記載し,毎年,これを上司が従業員に直接交付している。上司である係長,主任は,従業員に評定の根拠,業務遂行上の注意点,期待する点なども説明している。(カ) 参加人は,昭和33年以降,労働協約に基づく組合員の労働条件及び人事に関する個人的苦情を公正に解決することを目的とした苦情処理制度を設けている。具体的には,本社に中央苦情処理委員会が,事業所毎に事業所苦情処理委員会が設けられており,その構成は労使同数とされており,各委員会の委員長は,人事部長又は事業所長とされている。苦情申立ては,事業所苦情処理委員に対し口頭で行われ,事業所苦情処理委員が必要と認めた場合は,苦情申立書に所定の事項を記載し,事業所苦情処理委員会に提出する。この申立ては,組合員が苦情申立ての理由となるべき事実を知り,又は知り得たときから1か月以内に行わなければならないとされている。苦情申立てを受理した事業所苦情処理委員会の委員長は速やかに委員会を開催し,原則として10日以内に全委員の3分の2以上の合意をもって裁定すページ(4)

る。3分の2以上の合意に達しないか又は中央苦情処理委員会に付議することを妥当と認めたときは,同委員会に上申する。また,委員全員の同意があった場合は,苦情は解決したものとされる。 申立人らの中には,参加人が評定した人事考課成績に異議を唱え,市川工場の事業所苦情処理委員会に対し,苦情処理の申立てをした者もいた。すなわち,昭和47年度には原告P17,同P18が,同48年度には同P19,同P17,同P18,同P9が,同49年度には同P19,同P9が,同50年度には同P17が,同51年度には同P20,同P21,同P17,同P18,亡P4が,同52年度には原告P21が,同58年度には同P17が,同59年度には同P22がそれぞれ市川工場の事業所苦情処理委員会に対し苦情の申立てをしたが,いずれも申立ては認められなかった。昭和42年度の市川工場の事業所苦情処理委員会は申立人らの活動を支持するグループの者が苦情処理委員になっていたのに,申立人らは,昭和42及び43年度の人事考課成績について苦情処理の申立てをしていない。(丙B20の70,弁論の全趣旨)
(4) 申立人らの人事考課成績・試験受験状況・職分経歴
ア 申立人ら及び亡P1の昭和55年度から60年度までの人事考課成績は別表1記載のとおりである。昭和59年度における亡P4の成績Eは病気休職によるもの,同59,60年度における原告P23の成績E,Fは同58年5月7日からの市川市議会議員としての公職休職によるものである。
イ 別表2は,昭和55年度から59年度までの人事考課成績の分布を,申立人らと市川工場全体(技能職から基幹職1級までに格付けされている従業員)とで比較対照したものである。同表によれば,申立人らの人事考課成績分布と,申立人らと同じ職分の従業員の人事考課成績分布は,ほぼ同様の傾向を示していると認められる。昭和60年度の申立人らの人事考課成績は別表1記載のとおりであるが,これも同59年度までの市川工場全体の傾向と変わらない。ウ 申立人らの各種詮衡試験の受験資格は別表3記載のとおりであり,原告P24を除く申立人らは,いずれも昭和45年度から60年度までの間に複数回受験の機会があったが,申立人らは受験資格が生じた年でも各種詮衡試験を受験せず,昇格経路は事業所採用者コースのままであった。
エ 本件初審申立て当時(昭和60年4月1日),参加人に在籍した全従業員5416名のうち1736名(約32.1パーセント)が事業所採用者コースの者であり,申立人らと同期・同学歴の従業員は1653名であった。平成3年3月1日の時点では,申立人らと同期・同学歴の者のうち462名が事業所採用者コースの者であった。オ 申立人ら及び亡P1の職分経歴は別表4記載のとおりである。なお,本件再審査結審時(平成11年7月27日)における申立人らの職分は,基幹監督職の者が6名,基幹職1級の者が17名,基幹職2級の者が4名であり,その他は公職休職中の者が2名(原告P23,同P21),退職した者が3名(亡P1,原告P24,同P25)であった。カ 申立人らと同性・同期・同学歴で事業所採用者コースにいる従業員の昭和55年度から61年度までの間の職分昇格状況は別表5記載のとおりである。
2 争点
(1) 亡P1に関する本件訴えの適否(争点1)
【参加人】
亡P1は,被告に対し再審査の申立て後の平成9年1月7日死亡したところ,その相続人らは承継の申出もせず,本件訴訟の原告にもなっていない。したがって,亡P1の再審査申立てを却下した被告の判断は相当であり,原告らにおいて,当該判断の取消しを求める法的利益はない。
【原告ら】
争う。
(2) 亡P2,亡P3に対する却下決定の適否(争点2)
亡P2,亡P3に対する承継がないことを理由とする却下命令は,被告の裁量権の濫用に当たり違法なものか。【原告P6,同P7】
亡P2及び亡P3に対する承継がないことを理由とする却下命令は,被告の裁量権の濫用に当たり違法である。 労働委員会規則34条1項は労働委員会の審理中における手続を定めたものと解すべきである。亡P2及び亡P3が死亡したのは,被告における審理が終結した平成11年7月27日の後であり,審理終結時に当事者恒定の状態にあったといえるから,承継手続の前提を欠いている。また,被告が,亡P2及びP3の代理人らであった者に対し,承継手続の意思確認をせず,いきなり却下の判断をしたことは著しい裁量権の濫用であるというべきである。
【被告】
亡P2及び亡P3については,労働委員会規則56条1項により準用される同規則34条1項7号に定める期間内に承継の申出がなされなかったため,両名の申立てを却下したのであり,被告に裁量権の濫用はない。【参加人】
本件命令は,亡P2及び亡P3の救済申立てを却下しているが,これは,原告P6,同P7が労働委員会規則34条1項7号に定める期間内に承継手続をとらず,承継を放棄したためである。原告P6及び同P7は権利を放棄したのであるから,本件命令の取消しを求める「法律上の利益」(行政事件訴訟法9条)はなく,前記両名の訴えにつき,いずれも却下の判決を求める。
再審査申立人は死亡によって救済の利益を欠くことになるが,その判断の時点は命令交付の時点になると解される。また,死亡した再審査申立人らに関する被告の事務手続に瑕疵はない。(3) 除斥期間(争点3)
申立人らの申立ては,除斥期間との関係で適法といえるか。
【被告,参加人】
本件救済申立てのうち,参加人が昭和59,60年度において申立人らに対してした昇給・昇格にかかる行為が審査の対象となる。
【原告ら】
昇格・賃金差別事件は,当初その格差が少なく,かつ,資料の入手も困難で気づきにくく,その格差が相当な程度になってはじめて気づくという特質を持っており,この点に着目すれば参加人の申立人らに対する昭和55年度から60年度までの昇給・昇格にかかる行為は継続する不当労働行為として一体として救済すべきである。(4) 集団間の格差の存否-全体的低位性(争点4)
申立人ら集団に職分・賃金格差が生じているといえるか(参加人は,申立人ら集団を移行格付試験,各種詮衡試験から排除したか。参加人が申立人ら集団を前記各試験から排除したという事実は,参加人による昭和55年度以降の昇給昇格決定行為に不当労働行為があるか否かの判断に影響を及ぼす事実といえるか否か。)。【原告ら】
ア 参加人は,市川支部組合員である申立人らの組合活動を嫌悪し,同人らを不利益に取り扱うため,参加人の職分・賃金制度のもとで,人事考課制度を恣意的に運用し,他の市川支部組合員と差別して,申立人らの昭和55年度ないし60年度における昇給・昇格を行い,その結果として,市川支部の運営に支配介入した。 本件のような,組合内少数派に対する賃金・昇格差別事件については,①当該労働者らと他の同期・同学歴の中位労働者らとの間に外形的な格差が認められ,②さまざまな間接証拠や状況証拠から使用者の不当労働行為意思が推認される場合には,不当労働行為が一応推定され,③使用者において外形的格差を合理的に説明できることを主張立証しないページ(5)

限り,上記推定は覆らない。
イ 本件においては,長年にわたる職分・賃金差別の結果として,市川工場における申立人らと申立人らと同期・同学歴の従業員との間には歴然とした外形的格差が存在する。すなわち,P15ファイルで○印がついている申立人らと同期・同学歴の従業員50名(○印は申立人らと対立する「明朋会」のメンバー及びその支持者に付されているものである)の基幹監督職への昇格及びその後の昇号は,次のとおりであり,申立人らの職分・号給を比較すると別紙「職分比較図」のような格差の存在が明らかになる。
┌──────────┬────┬────┬────┬────┬───┬| |S52| 53 | 54 | 55 | 56|├──────────┼────┼────┼────┼────┼───┼|高卒昭和37年4月入社|監1号給| 2号給| 3号給| 4号給|5号給|├──────────┼────┼────┼────┼────┼───┼|高卒昭和38年4月入社|監1号給| 2号給| 3号給| 4号給|5号給|├──────────┼────┼────┼────┼────┼───┼|高卒昭和38年10月入社|監1号給| 2号給| 3号給| 4号給|5号給|├──────────┼────┼────┼────┼────┼───┼|高卒昭和39年10月入社| |監1号給| 2号給| 3号給|4号給|├──────────┼────┼────┼────┼────┼───┼|中卒昭和37年4月入社| | |監1号給| 2号給|3号給|├──────────┼────┼────┼────┼────┼───┼|中卒昭和38年10月入社| | | |監1号給|2号給|└──────────┴────┴────┴────┴────┴───┴───┬───┬───┬───┐
57| 58| 59| 60|
───┼───┼───┼───┤
5号給|6号給|6号給|6号給|
───┼───┼───┼───┤
5号給|6号給|6号給|6号給|
───┼───┼───┼───┤
5号給|6号給|6号給|6号給|
───┼───┼───┼───┤
5号給|5号給|6号給|6号給|
───┼───┼───┼───┤
4号給|5号給|5号給|6号給|
───┼───┼───┼───┤
3号給|4号給|5号給|5号給|
───┴───┴───┴───┘
また,P15ファイルで○印がついている従業員の賃金額は次のとおりであり,申立人らの賃金額を比較すると,別紙「賃金額比較図」のような格差の存在が明らかになる。
┌──────────┬─────┬─────┬─────┬─────┬| |昭和55年度|昭和56年度|昭和57年度|昭和58年度|├──────────┼─────┼─────┼─────┼─────┼|高卒昭和37年4月入社|3,255,182|3,519,996|3,745,940|3,943,888|├──────────┼─────┼─────┼─────┼─────┼|高卒昭和38年4月入社|3,226,130|3,485,928|3,707,530|3,913,794|├──────────┼─────┼─────┼─────┼─────┼|高卒昭和38年10月入社|3,200,940|3,454,466|3,683,754|3,869,886|├──────────┼─────┼─────┼─────┼─────┼|高卒昭和39年10月入社|3,140,590|3,388,934|3,657,272|3,803,268|├──────────┼─────┼─────┼─────┼─────┼|中卒昭和37年4月入社|3,059,612|3,299,908|3,564,880|3,907,724|├──────────┼─────┼─────┼─────┼─────┼|中卒昭和38年10月入社|3,005,172|3,260,332|3,524,350|3,716,586|└──────────┴─────┴─────┴─────┴─────┴─────┬─────┐
昭和59年度|昭和60年度|
─────┼─────┤
4,064,910|4,191,506|
─────┼─────┤
4,034,786|4,157,486|
─────┼─────┤
3,996,656|4,125,366|
─────┼─────┤
3,968,810|4,106,052|
─────┼─────┤
3,935,798|4,203,226|
─────┼─────┤
3,945,006|4,024,922|
─────┴─────┘
申立人らは移行格付試験を受験していないが,申立人らも,P15ファイルで○印がついている者の大半と同様に移行格付試験に合格し,第1種詮衡試験合格者として基幹職2級に格付けされ,その後は標準的に昇号したものとみなし,そのように取り扱った場合における職分・賃金格差の是正を,前記の限度で求めているのである。 新職分制度への移行後も,市川工場の現場では,ベルトコンベアシステムの必然的結果として,低位に位置づけられページ(6)

た申立人らも上位に格付けられた他の従業員も,全く同質同量の労働力を提供していたのである。賃金は労働条件の中核であり,同質同量の労働力に対し同一賃金が支払われるべきことは労働契約の本質にかかわるところである。ところが,新職分制度の下では,同質同量の労働力を提供しているのに,職分の高低によって異なる賃金が支払われることになる。
ウ 申立人らは移行格付試験を受験していないが,これは,参加人が,そもそも申立人らが受験できないように追い込んだためである。
会社側は,新職分制度を導入する過程で差別・選別を徹底し「生産阻害者」である申立人らを昇格・昇給させない旨繰り返し言明していることから,申立人らは,新職分制度は,合理化に反対して活動していた申立人らを「生産阻害者」として排除するものと受け止めざるを得なかった。
参加人は,移行格付試験の直前に突然「誓約書」の提出を求め,これに応じるか否かで従業員を選別する踏み絵を行い,あたかも応じなかった申立人らに移行格付不合格に結びつくと思わせる指導書を出した。その上で移行格付試験へ向けては,意図的に申立人らを排除した受験勧誘や転向工作と結びついた受験勧誘を行い,他方で申立人らを低査定した
昭和42,43年度の人事考課成績が試験の合否の判定に反映されるとの宣伝を広め,申立人らをして受験を断念せざるを得ないところに追い込んだ。
申立人らの昭和42,43年度の人事考課成績は,以下のとおりである。申立人らのうち19名は昭和42年度又は43年度のいずれかの年度の人事考課成績がD以下のために,移行格付試験を受験したとしても不合格が事前に決定しており,受験の有無に関係なく移行格付けに際し基幹職への道は閉ざされていた。その余の申立人らも,参加人の徹底した差別のもとで,仮に移行格付試験を受験したとしても,到底合格の可能性はなかった。┌─────┬───┬─────┬───┬─────┬───┐| 申立人名|人事考| 申立人名|人事考| 申立人名|人事考|| |課結果| |課結果| |課結果|├─────┼───┼─────┼───┼─────┼───┤|P1 |C C|P11 |D D|P34 |C C|├─────┼───┼─────┼───┼─────┼───┤|P5 |C C|P28 |C C|P22 |D D|├─────┼───┼─────┼───┼─────┼───┤|P13 |C C|P19 |D D|P3 |C C|├─────┼───┼─────┼───┼─────┼───┤|P4 |D D|P29 |D D|P35 |D E|├─────┼───┼─────┼───┼─────┼───┤|P10 |D D|P21 |D D|P18 |D D|├─────┼───┼─────┼───┼─────┼───┤|P2 |C C|P24 |D D|P17 |D E|├─────┼───┼─────┼───┼─────┼───┤|P25 |D D|P30 |C D|P20 |C C|├─────┼───┼─────┼───┼─────┼───┤|P26 |D D|P31 |D D|P36 |C C|├─────┼───┼─────┼───┼─────┼───┤|P27 |C C|P12 |E C|P37 |C C|├─────┼───┼─────┼───┼─────┼───┤|P23 |D D|P32 |D D|P14 |C C|├─────┼───┼─────┼───┼─────┼───┤|P9 |D D|P33 |C C| | |└─────┴───┴─────┴───┴─────┴───┘ さらに,移行格付試験の受験率は51.7パーセントと半数しか受験しておらず,移行格付試験がその目的を達成しないもとで,参加人は,不受験者の職務遂行能力を把握することなしに,受験者のほぼ全員を基幹職に格付けし,申立人らをはじめ半数にものぼる不受験者をそのまま技能職に格付けした。 また,申立人らは詮衡試験も受験していない。その理由は,詮衡試験が受験資格として過去の人事考課成績(業績評定成績,能力評定成績)を要件としており,人事考課制度の恣意的な運用がなされたため,一部の申立人らはその受験資格を得ることができず,詮衡試験合格者コースから排除されたためであり,受験資格のあった一部の申立人らも,思想的,組織的変節の強制と一体として詮衡試験の受験が奨励されたことから,これを受験しなかったためである。エ 仮に,事業所採用者コース内での昇格を考えるとしても,申立人らは,経過年数により標準的な昇格をした場合,遅くとも昭和55年までに基幹職1級に昇格しているはずである。ところが,申立人らの職分昇格の実態は,昭和55年度において基幹職1級に昇格している者は31名中わずか2名にすぎず,大半の者は最下位職分の技能職(16名)かその1職分上の基幹職2級(13名)にとどまっている。事業者採用者コースにおける標準的昇格による職分(基幹職1級)と申立人らの職分昇格実態との間には,明白な格差が存在する。 昭和55年度においては,事業所採用者コースに属する全国462名のうち基幹職1級以上に昇格している人数は147名とその割合は31.8パーセントであるのに対し,申立人らのうち基幹職1級以上に昇格している人数はわずか2名とその割合は6.5パーセントにすぎない。他方,技能職に留まっている人数は,全従業員では78名とその割合は16.9パーセントであるのに対し,申立人らでは16名とその割合は51.6パーセントにも及んでいる。申立人らと事業所採用者コースに属する全国462名との間にも顕著な格差が存在することは一見して明らかである。 なお,申立人らの人事考課成績は,別紙「申立人らの人事考課成績及び,昇格年度一覧表」記載のとおりであるところ,申立人らの昭和44年度から49年度までの間の人事考課成績をみると標準(C)が著しく少ないし,同55年度ころには技能職及び基幹職2級は申立人らよりも10年から30年近く後に入社した若年層の従業員との相対評価であり,この時期の「C」評価は同期・同学歴の者との比較での標準としての意味を失っている。 また,参加人は,申立人らに対し,一定期間(事業所採用者コースの一般昇格要件の人事考課成績基準)経過前に,恣意的に標準(C)未満の人事考課成績(業績評定成績,能力評定成績)評価を下し,基幹職2級又は基幹職1級への昇格を排除した。
参加人は,昭和52年4月,事業所採用者コースの基幹職2級から基幹職1級への一般昇格要件の人事考課成績基準を改悪し,「直近3年間の業績評定成績及び能力評定成績にB以上が一つ以上あること」を条件に加え,これにより申立人らの基幹職1級への昇格を排除した。
【被告】
ア 原告らは,昭和59,60年度の職分・賃金において参加人から不利益な取扱いを受けておらず,参加人による不ページ(7)

当労働行為が行われたとはいえない。
まず,申立人らの職分昇格の状況を事業所採用者コースに属する従業員と比較すると,昭和59,60年度において不合理な格差が生じているとはいえない。次に,上記2年度の申立人らの賃金については,参加人の賃金制度においては職分と人事考課成績に応じて賃金が決定されるところ,不合理な職分格差が生じているとはいえず,また,人事考課制度の恣意的な運用は認められないことからすると,不合理な格差が生じているとはいえない。したがって,昭和59,60年度の申立人らの職分・賃金において不利益な取扱いはされていないのであるから,その余の点を判断するまでもなく,原告らの主張は理由がない。
イ 参加人の新職分・賃金制度においては従業員の属する昇格経路により処遇が行われているところ,上記制度は公平性及び明確性が保持された制度であると認められ,また,同制度における人事考課制度は合理性を備え,その運用についても恣意的な運用は認められないことから,昭和59,60年度の申立人らの職分・賃金に不利益な取扱いがなされているかを全体としてみる場合には,申立人らと同一の昇格経路である事業所採用者コースに属する従業員とを比較する必要がある。
ウ 原告らは,申立人らを選別・差別する意図をもった参加人の一連の行為によって,申立人らは,移行格付試験及びその後の詮衡試験を受験することができず,詮衡試験合格者コースから排除されてきた結果,事業所採用者コースに属していると主張する。しかし,原告らの上記主張は失当である。なぜなら,申立人らが事業所採用者コースに属しているのは,自らの意思に基づく選択の結果,すなわち,自らの意思に基づき,移行格付試験及びその後の詮衡試験を受験せず,事業者採用者コースを選択した結果であるからである。
エ 申立人らの昭和55年度ないし59年度の人事考課成績分布を市川工場全体(技能職から基幹職1級までの市川工場の従業員)のそれと比較してみると,両者はほぼ同様の傾向を示しており,有意な外形的差異は認められない。昭和60年度についても,申立人らの人事考課成績分布は同59年度までの市川工場全体の傾向と変わらないことからすると,申立人らと市川工場全体の人事考課成績分布はほぼ同様の傾向を示していると推認することができる。 参加人の会社全体で基幹職1級の者が過半数を占めるに至ったのは昭和61年度(全体462名のうち,基幹監督職12名,基幹職1級235名,基幹職2級184名,技能職31名)である。申立人ら(31名)のうち,12名は昭和59年度までに基幹職1級に昇格し,原告P32は同62年度,同P9は同63年度にそれぞれ基幹職1級に昇格している。また,昭和63年度までに基幹職1級に昇格した上記14名のうち8名(原告P13,同P26,同P9,同P11,同P12,同P32,同P33,同P34)は,職分規則が標準的なものとして定める経過年数(7年)経過と同時に基幹職2級から基幹職1級に昇格している。
【参加人】
ア 被告が判断したように,申立人らには何ら不合理な職分・賃金格差が生じておらず,昭和40年代初めから申立人らに対する昇格昇給差別が継続しているという原告らの主張は何ら根拠のない主張である。 本件はいわゆる大量観察方式に馴染むものではなく,不当差別について個別立証が必要な事案であるところ,その主張立証責任は原告らにある。大量観察方式の必要条件としては,比較対照される集団が存在し,その集団の識別性が明瞭であること,比較される集団の間に等質性があること,比較される集団間に顕著な格差が認められることが必要であるところ,本件においては,これらの条件をいずれも満たしていない。参加人においては,人事考課を基礎とした職能型賃金をとっているが,この職能型賃金制度,人事諸制度のもとでは,同性・同期・同学歴の者といえども勤務成績や職能において格差が生じるのは当然の理であり,昇格,昇給機会を重ねるごとに格差が生じ均一性が失われていく。したがって,年功序列型賃金制度や,制度を年功的に運用しているといった実態を具えた企業であれば格別,参加人では制度はもとより運用面でも年功序列を排しているのであるから,この面でも従業員全体の等質性は失われている。イ 申立人らの人事考課成績及び職分格付けを外形的に見ても顕著な格差はなく,これらの事実から継続する昇給昇格差別行為,恣意的考課を認めることはできない。
参加人の人事諸制度の特徴は,職分ごとの層別管理と4つのコース(経路)別管理にある。いかなる職分にあるか,いかなるコースを歩んでいるかによって賃金,昇格は違ってくるのである。すなわち,参加人の人事諸制度は,コース選択と格付職分,勤務ぶりに応じた人事考課成績により昇給,昇格に合理的な格差が生じる制度であり,同期に入社した者といえども昇格,昇給の機会を重ねるごとに職分や賃金が乖離していく制度である。コース区分が違えば,勤務の態様(例えば職種,勤務場所等)が変わり,職分昇格に必要な要件や昇給額が変わるから,職分,賃金は一層乖離するのである。したがって,参加人の人事諸制度のもとでは,ただ単に同性・同期・同学歴であるというだけで,コース区分や職分,人事考課成績を無視して職分,賃金の比較をすることは,全く意味のない不適切な比較というほかない。被告は,参加人の人事諸制度の特徴を踏まえた上で,原告らが自らの意思で事業所採用者コースを選択していると事実認定し,原告らの主張する格差の比較方法が不適切であると判断したものであり,正当な判断である。ウ 原告らが救済を求めている昭和55年度ないし60年度においても,原告らは事業所採用者コースに位置づけられているが,これは原告らが移行格付試験以降も自らの意思で同コースを歩み続けていることによるものである。参加人が原告らのコースを変更できないように妨害,排除した事実はない。 原告らは,申立人らのうち19名が昭和42,43年度の人事考課成績において標準に満たない成績であったと主張するが,その主張が正しいか否かは不明である。また,仮に原告らの主張が正しいと仮定しても,原告らは,誰のいかなる査定が不当なのか具体的に主張立証すべきところ,これをしていない。申立人らの人事考課成績が悪いとすれば,それは各申立人らの勤務ぶりが悪かったことが人事考課に反映したものにすぎない。申立人らは,人事考課成績が悪くとも移行格付試験は受験できたし,試験の成績次第では合格の可能性もあった。 市川工場では,移行格付試験に消極的な態度をとり,合格のために特段の努力をしなかった者の多くは同試験を受験せず,意欲を持って同試験に積極的に取り組み,前向きに努力した者たちが同試験を受験したのであるから,後者の者の合格率が高くても当然のことである。
エ 本件においては,そもそも参加人の申立人らに対する継続する昇給昇格差別は成り立たない。事業所採用者コースにおいて,申立人らと同性・同期・同学歴の過半数の者が同コースの最終到達職分である基幹職1級以上に昇格したのは昭和61年度であるところ,同年度で申立人らの職分格付状況を見ると何ら格差はない。このような職分格付けとなっているのは,申立人らが都労委に救済を申し立てた昭和60年より相当期間既往に遡り,申立人らの職分格付け及び人事考課成績が不利益に取り扱われていないという実態があるからにほかならない。昭和60年より相当期間既往に遡り,申立人らの職分格付け及び人事考課成績が不利益に取り扱われていないことは,申立人らの中に継続して標準(C)以上の人事考課成績を受け上位職分に昇格している者や参加人の職分制度上必要な最短の年数で昇格した者などが多数いること,組合役員経験との関係で見ても,申立人らの中で組合役員を歴任した者はむしろ昇格が早いことなどからも明らかである。
以上のとおり,本件においては,申立人らの職分格付け及び人事考課成績から見ても,何ら顕著な外形的格差は認められないのであるから,参加人の申立人らに対する継続する昇給昇格差別行為,恣意的考課がされていないことは明らかである。
(5) 参加人が申立人ら集団の組合活動を嫌悪していたか(争点5) 仮に,申立人ら集団に職分・賃金格差が生じているとした場合に,かかる格差は,参加人が申立人ら集団の組合活動を嫌悪したために生じたものといえるか。
【原告ら】
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ア 申立人らは昭和37年から39年までの間に参加人に入社し,市川工場に配属された者であるが,同40年代の初頭には参加人の推進する配置人員見直し等の合理化に反対する取組みを行うなど,入社直後から今日まで,一貫して労働組合の資本からの独立をめざす階級的民主的組合運動に携わってきた。これに対し,参加人は,申立人らの正当な組合活動を嫌悪し,職制や管理職を通じ,またインフォーマル組織の「明朋会」を使って,更には変節した組合本部と一体となって,昭和40年前後の市川支部執行部及び申立人らに対し,「赤」「赤虫」「赤ダニ」「民青」「共産党」等の赤攻撃のレッテル張りや「生産阻害者」「職場秩序破壊者」等の謂われなき誹謗中傷をして攻撃をした。そして,参加人は,新職分制度の導入に当たって,申立人らに対し,移行格付試験から排除するという不当労働行為を行った。参加人は,新職分制度導入以降も,申立人らに対し,不当な差別的取扱いを継続して行った。イ 申立人らは,支部執行部を構成していた時代から一貫して,職場の労働条件向上,労働者の生活と権利を守る,いわば労働組合の本来の目的に沿う活動を展開してきた。昭和55年度ないし60年までの本件救済対象期間中の活動も,基本的には同じである。
ウ 本件では,参加人の不当労働行為意思に関する原告らの立証は,極めて豊富かつ明確である。前記P15ファイル,P38ノート(甲B25,市川工場の工務係長P38が,昭和46年7月,その部下であり申立人らと行動していた亡P39に対する攻撃の手口を書き留めていたもの),P40ノート(甲B11,福岡工場の職制P40某が,昭和57年3月,人事部長の発言を記録したもの)などのように,ほとんど直接証拠に値するような証拠まで存在する。【参加人】
ア 参加人は申立人らに対して不当労働行為意思など持っていない。 昭和40年代の諸状況は労使の対立抗争などではなく,市川支部内におけるいわゆる労々間の対立にすぎず,参加人は申立人らに対し不当労働行為意思など持っていない。昭和40年代の諸状況は,参加人の不当労働行為意思形成過程などとは全く異なる。参加人が,申立人らを移行格付試験から排除したことなどはなく,申立人らは自らの意思で同試験を受けないことを選択したのである。また,参加人は,新職分制度導入以降も,申立人らに対し,不当な差別的取扱いなど行っていない。新職分制度及び移行格付試験には合理性・必要性等が存在する。イ 昭和40年前後に市川支部内にあったいわゆる労々間対立も,同50年代以降は顕著な対立はなくなり,組合は一体となって労使の懸案事項に取り組んでいる。また,申立人らが,集団として継続した組合活動を行っているとは認められず,申立人らが継続した組合活動をしていない以上,参加人が申立人らの組合活動を嫌悪し続けている旨の原告らの主張は前提を欠いた主張というほかない。
ウ 原告らは,P15ファイルにおける一部支部組合員の片言隻句を取り上げて,参加人の差別意思の証拠であると主張するが,連絡会は参加人の職務上の集まりではなく,原告らの主張は当を得ていない。また,P38ノート,P40ノートは出所等も明らかでないなど,証拠としての価値が乏しい。(6) 申立人ら各人に生じている格差の合理性の有無(争点6) 申立人ら各人に生じている職分・賃金格差は合理的なものといえるか。【参加人】
申立人らのうち,標準を下回る人事考課成績は,評定期間中の申立人ら各人の勤務ぶりの結果である。原告P11,同P26,同P28,同P14,同P37,同P5,同P34,同P12,同P36,亡P3,原告P33,同P13,同P32及び同P9は,いずれも事業所採用者コースの最終到達職分である基幹職1級に職分昇格しており,同コースを選択している従業員の職分昇格状況と比較して,職分昇格に外形的な格差はない。原告P22,同P27,同P20,同P21,同P19,同P30,同P24及び同P25は,比較的低い職分に格付けされているが,審査対象期間中(昭和55年度から60年度)に標準未満の人事考課成績があり,かつ,同54年度以前に標準に達しない人事考課成績があったからである。原告P17,同P18,同P35,亡P2,原告P31,同P29及び同P10は,比較的低い職分に格付けされているが,これは,審査対象期間中(昭和55年度から60年度)は標準(C)以上であるものの同54年度以前に標準に達しない人事考課成績があったからである。亡P4は,昭和55,56,59年度の各人事考課成績が標準未満であり,過去3度にわたり自らの健康上の理由で休職し,また,同54年度以前に標準に達しない人事考課成績があった。原告P23は,昭和58年5月7日から公職休職中であり,同49年度以前に標準に達しない人事考課成績があった。
【原告ら】
参加人は,外形的格差の存在を申立人らの勤務成績不良等によって説明しようとするかのようであるが,これは何の根拠にも基づかない単なるあらさがしにほかならない。
(7) 求められる救済内容(争点7)
不利益取扱い,支配介入の成立要件が肯定される場合,被告はどのような内容の救済命令を発するべきか。【原告ら】
原告らは,申立人らも移行格付試験に合格し,第1種詮衡試験合格者として基幹職2級に格付けされたとみなし,昭和54年度までに基幹監督職に昇格し,昭和55年度ないし60年度も標準的に昇号したものとして取り扱い,そのように取り扱った場合における職分・賃金格差の是正を,別紙請求目録の範囲内で求めるものである。 仮に,最初の不当労働行為時に遡及した救済が困難であるとしても,昭和60年度の職分・賃金格差は,同41年以降繰り返されてきた不当労働行為の結果であるから,本件救済命令申立てをした時点より1年前の同59年度において,その累積した差別を将来にわたって一挙に是正することが必要であり,これは労働委員会の裁量の範囲内として許されるものである。
【参加人】
救済の範囲は,審査の範囲と同一と解すべきであり,既往に遡る救済は労働委員会の裁量権を超えるものとして認められない。
第3 争点に対する判断
1 争点1(亡P1に関する本件訴えの適否)について
原告らは,本件命令の取消しを求めているが,本件命令のうち,亡P1の救済申立てを却下した部分については,前記争いのない事実等(1)ア(ウ)のとおり亡P1は再審査申立て後の平成9年1月7日に死亡したところ,その相続人らは承継の申出をしておらず,本件訴訟の原告にもなっていない本件にあっては,原告らにおいて取消しを求める利益はないと解するのが相当である。よって,本件訴えのうち,亡P1について取消し求める部分は,不適法であってこれを却下するのが相当である。
2 争点2(亡P2,亡P3に対する却下決定の適否)について
(1) 労働委員会規則34条1項7号は,「申立人の所在が知れないとき,申立人が死亡し若しくは消滅し,かつ,申立人の死亡若しくは消滅の日の翌日から起算して6箇月以内に申立てを承継するものから承継の申出がないとき,又は申立人が申立てを維持する意思を放棄したものと認められるとき」には,委員会は,公益委員会議の決定により,その申立てを却下することができると規定し,同条4項は,「審査を開始した後に申立てを却下すべき事由があることが判明したときには,前3項の規定を適用する。」としているところ(なお,被告には同規則56条1項で準用されている),前示のとおり(争いのない事実等(1)ア(イ)),再審査申立て後,亡P2は平成12年3月19日,亡P3は同13年7月5日にそれぞれ死亡したが,その各相続人は,同規則34条1項7号の定める期間内に,救済申立てを承継する旨申し出なかったのであるから,被告が,申立人が存在せず,亡P2及び亡P3の再審査申立ては審査の対象ページ(9)

とならないとして,その申立てを却下した判断は適法であるというべきである。(2) この点に関し,原告P6及び同P7は,「労働委員会規則34条1項は労働委員会の審理中における手続を定めたものと解すべきである。亡P2及び亡P3が死亡したのは,被告における審理が終結した平成11年7月27日の後のことであり,審理終結時に当事者恒定の状態にあったといえるから,承継手続の前提を欠く。」「被告が亡P2及び亡P3の代理人らであった者に対し,承継手続の意思確認をせず,いきなり却下の判断をしたことは著しい裁量権の濫用である。」と主張する。
しかしながら,労働組合法,労働委員会規則等には,審理終結の時点で「当事者恒定の状態」になる旨の規定はなく,死亡した再審査申立人の地位はその遺族が当然に相続するものではなく,遺族からの申出により承継されるものであるところ,労働委員会が承継手続の意思確認を遺族あるいは代理人であった者にしなければならないとの規定も存在しないのであるから,本件においては,労働委員会規則56条1項,34条1項7号所定の事由が存する以上,被告において亡P2及び亡P3の再審査の申立てを却下したことに裁量権濫用の事実があるということは困難であるというべきである。よって,原告P6及び同P7の請求には理由がない。
なお,参加人は,原告P6及び同P7には,本件命令の取消しを求める「法律上の利益」(行政事件訴訟法9条)はないと主張するが,前記原告両名は,被告が自らに承継手続をさせずに再審査申立てを却下したとして本件訴えを提起しているのであるから,「法律上の利益」を肯定することができ,この点の参加人の前記主張には理由がなく,採用することができない。
3 争点3(除斥期間)について
(1) 労働組合法27条2項は,不当労働行為救済申立てが行為の日(継続する行為にあってはその終了した日)から1年を経過した事件に係るものであるときは,これを受けることができない旨を規定し,これを受けて労働委員会規則34条1項3号は,救済申立てが上記1年を経過した事件に係るものであるときは,労働委員会は,公益委員会議の決定により当該申立てを却下することができる旨規定しているところ,本件救済申立てがこれに該当するか否かが問題となる。
(2) 前示のとおり(争いのない事実等(3)ア(キ)c,同(3)イ(ア),同(3)イ(イ)a,同(3)イ(ウ),同(3)ウ(ア),参加人においては,昇給については,毎年4月1日付けで賃金を決定し,毎月25日を賃金支払日としており,昇格についても,毎年1月1日現在で従業員の前年1年間の勤務成績と職務遂行能力の評定を実施し,毎年4月1日付けで格付けを行っていると認められる。
ところで,こうした参加人の諸制度のもとで,参加人が,各年度の昇給又は昇格に関する人事考課に当たり,組合員らを正当な組合活動を理由として,他の組合員より低く査定した場合には,その差別的取扱いの意図は,当該年度の賃金支払又は格付けにより具体的に実現されるのであり,参加人の各年度における賃金又は昇格決定行為とこれに基づく賃金支払又は格付けは,一体として一個の不当労働行為を構成するものと解するのが相当である。したがって,賃金又は昇格決定行為とこれに基づく賃金支払又は格付けが行われている限りにおいて不当労働行為が継続することになるから,賃金決定行為に基づく最後の賃金支払時又は次期昇格決定行為に基づく格付けの初日の前日から1年以内になされた救済申立てに限り,労働組合法第27条第2項の定める期間内になされた適法なものと解するのが相当である。(3) これを本件救済申立てについてみてみると,前示のとおり(争いのない事実等(2)ア),申立人らのうちの28名(亡P3及び原告P14を除く)の昭和55年度ないし59年度における昇給・昇格差別に係る救済申立て(都労委昭和60年(不)第27号事件)は同60年4月18日に,申立人らの同60年度における昇給・昇格差別に係る救済申立て(都労委昭和61年(不)第21号事件)並びに亡P3及び原告P14の同55年度ないし60年度における昇給・昇格差別に係る救済申立て(都労委昭和61年(不)第20号事件)は同61年3月19日にそれぞれなされているのであるから,申立人らの前記救済申立てのうち,同59,60年度における昇給・昇格差別に係る救済申立ては労働組合法27条2項の定める期間内になされた適法な申立てということができるが,その余の申立ては不適法なものというほかない。
(4) この点に関し,原告らは,昇格・賃金差別事件は,当初その格差が少なく,かつ,資料の入手も困難で気づきにくく,その格差が相当な程度になってはじめて気づくという特質を持っており,この点に着目すれば参加人の申立人らに対する昭和55年度から60年度までの昇給・昇格にかかる行為は継続する不当労働行為として一体として救済すべきであると主張する。
しかしながら,前記労働組合法27条2項,労働委員会規則34条1項3号等の規定の趣旨は,不当労働行為として申し立てられる事件が1年以上経過している場合には,その調査審問に当たって証拠収集・実情把握がはなはだ困難になり,かつ,1年以上経過した後に命令が出されると,実益がなく,かえって労使関係の安定を阻害するおそれがあることから,その申立てを制限しようとする点にあるところ,原告らの主張によれば,場合によっては全く除斥期間が進行しないなど,法の前記趣旨に反することになるので,原告らの主張は採用することができない。しかも,本件においては,前記争いのない事実等(3)及び弁論の全趣旨によれば,参加人は申立人らを含む従業員に対し,参加人の人事諸制度全体の仕組みを明らかにするとともに,上司が毎年4月1日付けで申立人ら従業員個々人に対し昇給通知や人事考課成績通知を説明しながら直接交付していることが認められ,そうだとすると,昇給・昇格の格差が長年累積してはじめて気づくとの原告らの主張はその前提を欠いているというべきであり,理由がない。(5) 小括
以上によれば,本件救済申立てのうち,参加人が昭和59,60年度において申立人らに対してした昇給・昇格にかかる行為が審査の対象となり,その余の申立ては除斥期間が経過しており,審査の対象とはならない。よって,この点についての本件命令は理由があり,相当である。そこで,以下,申立人らに対する昭和59,60年度の賃金又は昇格決定行為とこれに基づく賃金支払又は格付けに不利益取扱いがあったか否かという点について検討を進めることにする。
4 争点4(格差,不利益取扱いの存否)について
(1) 申立人らと市川工場の従業員との比較
ア 前示のとおり(争いのない事実等(4)ア,イ),昭和59,60年度の申立人らの人事考課成績は別表1のとおりであり,市川工場における従業員の人事考課成績分布は別表2のとおりであるところ,原告らは,同59,60年度の申立人らの職分・号給は別表6のとおりであり,同59,60年度の申立人らの賃金額は別表7のとおりである旨主張している。
参加人における昇格(一般昇格・特別昇格)・昇給(本給の昇給や職分給の号給変更等)の仕組みは前示のとおり(争いのない事実等(3))であるから,これらの点に照らすと,申立人らに対する昭和59,60年度の賃金又は昇格決定行為とこれに基づく賃金支払又は格付けについては,格別,格差の存在を認めることができない。また,市川工場における従業員の人事考課成績分布は別表2記載のとおりであるところ(争いのない事実等(4)イ),申立人らの昭和59,60年度の人事考課成績との間に有意な格差は認められない。かえって,別表6,7によれば,申立人らの多くは,昭和59,60年度において,号給が昇格し,賃金も上がっている。なお,前示のとおり(争いのない事実等(4)ア),昭和59年度における亡P4の人事考課成績Eは病気休職によるもの,同59,60年度における原告P23の人事考課成績E,Fは同58年5月7日からの市川市議会議員としての公職休職によるものである。イ 以上によれば,申立人らが所属する市川工場において,申立人らと市川工場の従業員との間に,昭和59,60年度の賃金又は昇格決定行為とこれに基づく賃金支払又は格付け,人事考課成績について有意な格差は認められず,そうページ(10)

だとすると,不当労働行為の要件である不利益取扱いの事実が認められないということになり,原告らの主張はその余の点を判断するまでもなく理由がないということになる。
(2) 争点4についての原告らの主張に対する当裁判所の判断
原告らは,争点4の【原告ら】主張アないしエのとおり,格差,不利益取扱いの存在について主張しているので,その主張の当否について,当裁判所の判断を示しておくことにする。ア 【原告ら】の主張イについて
(ア) 原告らは,「長年にわたる職分・賃金差別の結果として,市川工場における申立人らとP15ファイルで○印がついている申立人らと同期・同学歴の従業員との間には歴然とした外形的格差が存在する。」と主張する(【原告ら】の主張イ)。
(イ) 原告らは前記(ア)のとおり「長年にわたる」職分・賃金差別を問題とする。しかし,前記3で判断したとおり,本件で審理の対象とされるべき不当労働行為の事実は,申立人らに対する昭和59,60年度の賃金又は昇格決定行為とこれに基づく賃金支払又は格付けであって,「長年にわたる」賃金又は昇格決定行為とこれに基づく賃金支払又は格付けではない。よって,原告らの主張は,既にこの点において相当とは思われない。(ウ) また,原告らは前記(ア)のとおり,「申立人らとP15ファイルで○印がついている申立人らと同期・同学歴の従業員との間」の外形的格差を問題にする。しかし,前示のとおり(争いのない事実等(3),(4)),参加人の新職分・賃金制度においては,従業員の属する昇格コースにより処遇が行われているのであるから,申立人らの職分・賃金に不利益な取扱いがなされているかを全体としてみる場合には,申立人らと同一の昇格コースである事業所採用者コースに属する従業員と比較する必要があるのであって,「同期・同学歴の従業員」を比較の対象とする原告らの主張は相当ではなく,採用することが困難である。
ちなみに,申立人らと同一の昇格コースである事業所採用者コースに属する従業員とを比較してみると,別表5によれば,参加人の会社全体で事業所採用者コースで申立人らと同性・同期・同学歴の過半数が基幹職1級を占めるに至ったのは昭和61年度(全体462名のうち,基幹監督職12名,基幹職1級235名,基幹職2級184名,技能職31名)であり,一方,別表4によれば,申立人ら31名のうち12名は同59年度までに基幹職1級に昇格し,原告P32は同62年度,同P9は同63年度にそれぞれ基幹職1級に昇格しているのであって,申立人らの職分昇格状況について,申立人らと事業所採用者コースで申立人らと同性・同期・同学歴の従業員である者との間に有意な格差があると認めることはできない。
(エ) さらに,原告らは,「申立人らと他の同期・同学歴の労働者との間の外形的格差」を問題にする根拠として,新職分制度への移行後も,市川工場の現場では,ベルトコンベアシステムの必然的結果として,低位に位置づけられた申立人らも上位に格付けられた他の労働者も,全く同質同量の労働力を提供していたこと,賃金は労働条件の中核であり,同質同量の労働力に対し同一賃金が支払われるべきことを挙げる(【原告ら】の主張イ)。 しかし,本件全証拠を検討するも,参加人が,市川工場において,同質同量の労働力を提供している従業員に対して,同一賃金を支払っているという事実を認めるに足りる的確な証拠はなく,この点の原告らの主張は採用することができない。
(オ) 小括
以上の検討から明らかなとおり,争点4に関する【原告ら】の主張イはいずれも理由がない。イ 【原告ら】の主張ウについて
(ア) 原告らは,参加人の妨害行為等により移行格付試験を受験することができなかったものであり,その結果が昭和55年度ないし60年度の格差を生んでいるとして,申立人らと申立人らと同一の昇格コースである事業所採用者コースに属する従業員とを比較するのは相当ではなく,申立人らと他の同期・同学歴の労働者との間の外形的格差を比較すべきであると主張する(【原告ら】の主張ウ)。これに対し,被告及び参加人は申立人らは自らの意思で移行格付試験及びその後の詮衡試験を受けておらず,原告の主張は理由がないと反論し(【被告】の主張ウ,【参加人】の主張イ,ウ),この点が,本件の大きな争点になっているので,以下,この点について判断することにする。(イ) 当事者間に争いのない事実,証拠(文章中に記載したもの)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
a 参加人は,大正6年の発足当初,従業員を使用人と現業員とに区分して管理していた。その後,昭和23,24年の2度にわたる制度改正を経て,参加人は,同30年10月1日付けで,それまでの資格制度を廃止して,学歴・年功を基礎に職能,職務という観点から従業員を一般職,専門職,補佐職,管理職の4職分に区分,格付けすること,本給表を作成して職分と本給の結びつきを明確にすること,人事考課成績と昇給額の関係を明確にすること等を内容とする職分制度(以下「旧職分制度」という)を導入した。(争いのない事実) 参加人は,昭和38年4月1日,旧職分制度を一部改正し,一般職と専門職の間に指導職を新設した。指導職とは「任用試験に合格し一般業務に従事する実務,経験に熟達したもの」をいう。亡P1は,指導職新設後初めての昭和38年度任用試験を受験して合格し,同年4月1日付けで指導職に発令されている。(争いのない事実)b 参加人では,昭和30年代の飲用牛乳消費量増加に対応して,工場新設や生産設備の増強,全国各地の事業所での一般職の採用が行われ,同30年代後半には従業員数が急増した。参加人の従業員数は,昭和36年に3218名であったものが,同40年には6406名(そのうち一般職が全体の約7割の4463名)とわずか4年間で倍増し,作業の機械化に伴い,同一職分の中での能力の分化が大きくなり始め,旧職分制度の5職分で従業員を管理することが困難になった。(争いのない事実)
c そこで,参加人は新職分制度を導入することとしたが,導入に当たり,組合との間で,以下のとおりの労使協議等を行った。
① 組合は,昭和39年10月22,23日開催の定期中央大会において,9年前にできた現行賃金体系は現状に適しない多くの矛盾点をはらむようになって来ており,現行の年功序列賃金体系を早晩「労働の質の高さや労働の量に見合った賃金」に全面的に改正すべきであるとして,「賃金体系の改正に努めよう」を議案に掲げ,議決した(丙B1の2,B20,E132,証人P16【第12回口頭弁論1頁以下】)。② 組合は,昭和41年4月20日開催された参加人との団体交渉において,職分制度及び給与規則の改正について合意し,同日付け労使確認書を取り交わした。当該確認書において,「参加人及び組合は現行職分制度及び賃金体系を更に従業員の能力の発揮及び公正な所遇の実現に資するように改正する必要があることを認め,昭和42年度実施を目標としてその改正に努力する。特に任用,登用等の昇進制度については,社業に貢献する努力を発揮する者がその実力に応じて格付けされ得る方向で試験方法を含めてその改正をはかるものとする。」とされた。なお,同確認書では,「懲戒処分を1年間に3回以上受けるような者,勤怠劣悪な者,製品の故意の不良化,設備の損壊等を行う生産阻害者及び怠業により著しく業務の進行を阻害する者,職場秩序の破壊を唱道し或いは自ら実行し,その程度の著しいような者が出ないよう組合は努力する。会社はかかる行為をなした者については社業への貢献が期待できないので,これを解雇することができる。」との確認もなされた。(争いのない事実,甲A2,丙E238)。③ 組合は,昭和41年4月28日開催された参加人との団体交渉において,現行職分制度を更に従業員の職務遂行能力区分に見合ったものとするため細分化し,職分数を現行4段階から9段階程度に増やすものとすることを合意し,職分制度及び給与規則の改正について協定書を締結した(争いのない事実,丙A1の183,B22の3)。④ 参加人は,昭和43年1月8日,組合に対し,職分制度及び給与規則の改正についての具体的内容を申し入れた。ページ(11)

当該申入れには,移行格付試験の実施に関する事柄も含まれており,移行格付試験の実施は労使協議の対象とされた。そして,参加人は,職分制度を改正する主な目的を,「従業員の能力を適切に把握し,能力を公平に評価し,能力を活用し,能力を開発し,以って職分制度を少数精鋭主義,高生産性,高賃金達成の基盤とすることにある。現行職分制度は,ややもすると,年功序列的な運用におちいりがちであり,又,転勤可能者でなければ専門職以上に昇格できないと昇格経路が制限されたものになっている。新職分制度はこれらの点を排除し,職分の内容を明確にし,従業員がどのような職務遂行能力を有すれば当該職分に格付けされるのかを明らかにし,更に職務遂行能力の伸展を土台にした昇格を行い,従業員個々人に能力開発の努力目標を与えることにより,労働意欲の向上を図ろうとしたものである。」と説明していた。なお,当該申入れでは,新職分制度への移行に当たり,旧職分制度における一般職については,標準者は技能職に,標準者以上の者は基幹職2級又は基幹職1級に格付けを行うとされていた。(争いのない事実,丙A1の183,B1の4,同22の3)。
⑤ 市川工場では,昭和43年5月7日,同38年4月2日以前に入社した全従業員に対し,入社時に徴求した身元保証契約書が失効しているため,改めて誓約書を提出するように求めた(丙A8の15及び16)。⑥ 組合は,昭和43年5月8日,組合員に対し,新職分制度に関する質問・回答集を配布したが,その中には,以下の質問・回答が記載されていた(丙B1の5,同22の3)(5.現在の人事考課制度は大きく変わるのですか。)現在の人事考課制度は,従業員の勤務実績と勤務態度,能力を一定基準によって観察評定し,その人が社業にいかに寄与したか,又将来寄与し得るかを評定する制度で,この基本的な目的は今度の職分制度が行われても変わりませんから,現行制度も全く新しくなるということは考えられません。
(6.会社は新しい職分についてそれぞれ定員を設ける考えですか。)職分別に定員を設ける考えはありません。(18.自分が標準者かどうか,いつもわかっていないと職分規則7条,8条の年数表はあまり意味がないのではありませんか。)第7条,第8条の年数表は,1つの「めやす」として定められているものです。この表の年数通りに昇格して行くのであれば,それは年功序列制度であって,職務遂行能力による管理制度ではないということになります。7条,8条の年数表は,もしそこに定められた年数より短い年数で昇格した場合は,会社は自分の勤務成績及び能力が極めて優秀であると評定したのであり,定められた年数が経過しても昇格しない場合は,未だ上位職分の能力があると会社が判定していないのだ,ということがわかるように定められているとも言えます。」(29.格付試験の受験資格には人事考課の成績は関係ありますか)移行の場合の格付試験に限り,人事考課成績,所属長の推薦は関係なく,勤続年数のみで受験資格の有無がきまります。(30.格付試験の成績がよければ,考課成績が悪くとも上位職分に格付けされるということですか。)考課成績はもちろん格付に際して考慮されます。少なくともこれまでの任用試験の場合に置かれたと同様のウエイトが,人事考課の成績に置かれます。
(32.格付試験を受けないとどうなりますか。病気等で受けられなかったときはどうでしょうか。)格付試験を受けなかった一般職員は技能職に格付されます。病気等の場合も追試験はやりません。翌年第1種(第2種でもよい)詮衡試験を受けてもらうことになります。
⑦ 組合は,昭和43年5月31日,中央委員会において,前記質問・回答集をもとに地区ごとの疑問点,問題点を集約したところ,「賃金体系の明示がなければ,全体的に判断することが出来ない。」「内容的に不明な点が多々あり不安である。」「改正の理由がよくわからない。」「改正の中に不利な点が多々ある。」が主な問題点とされた(丙B22の3)。
⑧ 組合は,昭和43年6月13日開催された経営協議会において,職分制度について,職分制度と賃金体系は分けて検討するが,賃金体系について労使の合意を見るまでは職分制度についてもこれを実施せず,実施の際は職分制度,賃金体系を併せて行うことを主張し,参加人はこれを認めた。また,組合は,参加人との間で,参加人の前記申入れを具体的に検討するため,新職分制度に関する合同委員会(以下「合同委員会」という)を設置することに合意した(争いのない事実,丙B1の6)。
⑨ 合同委員会は,昭和43年6月13日,同年7月9日,同月11日,同月24日にそれぞれ開催され,参加人の申入事項について検討をした。合同委員会において,「第1種詮衡試験を受験しないで普通昇格のコースを辿る非転勤者」については定年までに原則として基幹監督職に昇格することが確認されたほか,詮衡試験の受験資格から「所属長の推薦」が削除されるなどした。(争いのない事実,丙B1の7及び8,同22の3)。⑩ 組合では,昭和43年8月10日,中央委員会において,新職分制度に関する一括承認の件が提案され,賛成8,反対1,保留3でこれを可決した。合同委員会は,前記組合中央委員会の決定を受けて,昭和43年8月13日,参加人の前記申入事項につき,組合の修正要求に基づいて一部修正の上,職分制度及び給与規則の改正を経営協議会に答申した。(争いのない事実,甲C25,丙B1の7及び8,同22の3)。⑪ 経営協議会は,昭和43年8月15日に開催され,上記答申が討議され,参加人と組合は答申どおりの内容で承認した。その結果,参加人と組合との間で,「昭和44年度賃金引き上げ並びに給与規則改定に関する協定書」が締結され,昭和44年4月1日付けで職分制度及び給与規則を改正することが決定された。(争いのない事実,丙B1の8)⑫ 組合は,昭和44年4月28日開催の参加人との団体交渉において,職分制度改正に伴う給与規則一部改正の件等に関して,合意に達し,協定書を作成した。その結果,参加人において,昭和44年4月1日から,新職分制度が実施されることとなった。(甲A31,丙B20,E132,証人P16【第12回口頭弁論1頁以下】)d 参加人の従業員は,新職分制度導入に当たって,新たな職分に格付けされることになった。特に,全従業員の7割近く(昭和40年現在)を占める一般職の従業員については,職務遂行能力の評価をより的確に行うため,新職分制度における第1種詮衡試験相当(試験の出題範囲は高校卒業程度の一般教養及び当該職分遂行に必要な実務知識)の移行格付試験を行い,職務遂行能力に応じて格付けすることとされ,同試験の受験に当たっては,人事考課成績による制限を設けたり,上司の推薦を必要とすることはなかった。移行格付試験の受験資格は,中卒勤続年数5.5年以上,高卒勤続年数2.5年以上の者で,希望する者すべてに付与された。移行格付試験を受験した従業員の中から,コース(昇格経路)を第1種詮衡試験合格者コースとする者を選抜し,基幹職1級あるいは基幹職2級に格付けした。移行格付試験を受験しなかった従業員については,コースを事業所採用者コースとし,技能職に格付けした。(争いのない事実) 移行格付試験の合否は,本社人事部で全社統一基準を定め,全社統一基準に従って,本社人事部で決定された。全社統一基準は次のとおりである。(争いのない事実,丙B21,E85,弁論の全趣旨)。① 昭和42年度(評定期間・同41年2月1日から同42年1月31日)及び同43年度(評定期間・同42年2月1日から同43年1月31日)の人事考課成績が標準(C)以上で,かつ,筆記試験の点数が平均点以上の者は,第1種詮衡試験合格者コースの基幹職2級に格付ける。
② 昭和42,43年度の人事考課成績が標準(C)以上で,かつ,筆記試験の点数が優秀である者は,第1種詮衡試験合格者コースの基幹職1級に格付ける。また,参加人は,上記基準とは別に,昭和43年8月13日付け「新職分制度に関する合同委員会答申書」に基づき,特別措置として,高卒勤続年数6.5年以上,中卒勤続年数9.5年以上の者に対しては,筆記試験の平均点を下回った低い合格点を設定して,事業所採用者コースの基幹職2級又は基幹職1級に格付けた(いわゆる「B合格」)(争いのない事実)。
e 参加人は,昭和43年9月21日,市川工場に,「一般職員移行格付試験実施の件」を掲示した。当該掲示によれば,「①実施日時:昭和43年10月20日,一般教養学科:午後1時~午後2時30分,専門学科:午後2時45分~午後4時,②学科試験(一般教養,専門学科)の内容例示,③配点(一般教養学科150点,専門学科100点,ページ(12)

合計250点),④追試験:11月4日,⑤受験資格者:昭和44年4月1日現在で,勤続が高卒2.5年,中卒5.5年以上で希望する者,⑥その他:受験希望提出期限:9月26日」とされていた(争いのない事実)。 市川工場の工場長は,同工場の係長・主任らに対し,移行格付試験非受験者はすべて技能職に格付けされるので,受験資格がある者は全員受験するよう周知徹底するように指示し,係長・主任らは,従業員に対し,朝礼等で受験を呼びかける(ちなみに,申立人らが作成に関与した,冷蔵庫職場の職場新聞「すゞらん」212号,昭和43年9月27日発行には,「格付け試験『受けろ<』と職制が1人1人しつように追いかけ廻しています」との記載が,また,びん洗職場の職場新聞「はゞたき」374号,昭和43年9月26日発行には,「オス!!『格付試験申込書』を配りながらここ2~3日試験受けろ!!と職制がとびまわっている」との記載がある)とともに,さらに,受験しない者はすべて技能職に格付けされることになることを明記した掲示を行い,注意を喚起した(争いのない事実,丙A1の190,B7)。
f 申立人らは,市川工場においては,新職分制度導入に反対し,同制度導入に伴い実施される移行格付試験実施に反対する立場から,以下のような同試験受験拒否の活動等を行った。① 申立人らは,昭和43年2月3日,同月12日,同月14日,同月15日及び同月16日付けびん洗職場の職場新聞「はゞたき」を,また,同年2月28日,同年3月1日,同月5日,同月9日及び同月11日付けの申立人らの個人名の入ったビラを配付するなどして,市川工場の従業員に対し,新職分制度が一部上位職分と下位職分の賃金格差を増大させ,労働者を分断し仲間同志に競争を仕向けるものであるなどとして,新職分制度導入に反対を訴えた(丙A1の184ないし186,C3の35,E60ないし66,弁論の全趣旨)。 なお,昭和43年7月11日付け「はゞたき」は,「新職分制度に反対できる執行部を」と題して,支部長候補に原告P5,副支部長候補に亡P4,書記長候補に原告P9,執行委員候補に同P22らを推薦していたが,同職場新聞には,新職分制度が一般職を3つに分断し,仲間たちで競争し合う方向に力を入れるものであること,職場でいがみ合っていては仲間の団結が生まれないこと,新職分制度に反対し,生活を守り,組合を強化するために,前記候補者らを選出すべきことをなどを呼びかけていた(丙B6)。
② 申立人らは,冷蔵庫職場の職場新聞「すゞらん」212号,昭和43年9月27日発行,びん洗職場の職場新聞「はゞたき」374号(同月26日発行),375号(同月27日発行)を配布するなどして,市川工場の従業員に対し,移行格付試験に懐疑的ないしは反対の宣伝活動を行い,同試験を受けないように呼びかけた(争いのない事実,丙A1の190,B5,7,E68,弁論の全趣旨)。
③ 市川工場では各職場で職場会が開かれ,新職分制度及び移行格付試験について討議がされた。原告P11のように,「制度導入に反対し受験を拒否して闘うことは,運動論上無理があるし,マイナス面が大きい,勤続年数や能力・作業の熟練度等を考慮した一定の職分昇格や昇給は誰しも望んでいることであって,もし人事考課や試験そのものに不当な差別があったらそのとき闘うべきではないか。」(甲18)という意見を持っている者がいる一方で,原告P23のように,「『格付試験』や『誓約書』は労働者に新たな差別と分断を持ち込む会社の攻撃,力を合わせて跳ね返そうと,夜を徹した話し合い」(甲291)を主張する者もいるなど様々な意見が出された。職場会では,「製造工場の中で,それぞれが同じ仕事に就いている。そして,工程作業の中,どこのポジションがトラブッても全体が停止してしまい,いずれの仕事も同等の責任と『価値』が求められているのだから,そこに職分や賃金に差を付けることは全く不当である。会社の狙いは,今多くの組合員が組合に結集し,劣悪な労働条件の向上に向けて団結しているが,ここに『くさび』を打つことではないだろうか。提案されている新職分制度は,受験しなくてもやがて管理監督職になれるのだから,今受験して差別的扱いを早めることは避けた方が良い。」(甲293)という意見が少なくなかった。 以上のとおり,市川工場の従業員の中には新職分制度及び移行格付試験について「賛否両論あった」(甲271)が,申立人らは,誰に命令,指示されたわけではなく,個々の判断で(ちなみに,原告P9は,平成4年7月1日に開かれた第48回審問期日において,「申し込む気になれば申し込めたと思います」と述べている),新職分制度の移行格付試験は勿論のこと,それ以降の詮衡試験についても,これに反対する立場から受験を拒否した。(甲18,24,265ないし277,279ないし291,293,419,427,430,丙B20の28ないし56,E59,72,135,144,原告P9【第11回口頭弁論10頁以下】,弁論の全趣旨)④ 原告P9及び同P5らは,昭和43年10月11日昼休み,支部事務所に赴き,支部役員らに対し,「受験を強いている。本人は大きな精神的負担である。組合で処理してもらいたい」等と述べた(争いのない事実)。g 移行格付試験は,昭和43年10月20日,実施された。参加人の全体で移行格付試験の受験資格があった者は3301名,実際に受験した者は2629名で,受験率は79.6パーセントであった。そのうち合格者は1237名(第1種詮衡試験合格者コースの基幹職2級が875名,同コースの基幹職1級が135名,事業所採用者コース基幹職2級が217名,同コースの基幹職1級が10名)で合格率は47.1パーセントであった。移行格付試験後,不受験者(672名),不合格者(1392名)及び未受験資格者(319名)は(以上合計2383名),いずれも技能職に格付けられた。(争いのない事実,丙B1,22の3,弁論の全趣旨) 市川工場では,移行格付試験の受験資格があった者は267名であったが,受験した者は138名であり,受験率は51.7パーセントであった。そのうち合格者は129名で,合格率は93.5パーセントであった。(争いのない事実)
このように,市川工場における移行格付試験の受験者は267名中138名の51.7パーセントにすぎず,その他の者は申立人らと同様に移行格付試験を受験せずに技能職に格付けされており,移行格付試験を受験せずに技能職に格付けされたのは申立人らだけに限られなかった(弁論の全趣旨)。 申立人らは,都労委に対する不当労働行為救済申立書において,この点に関し,「会社は昭和44年度に新職分制度と新賃金体系を導入したが,申立人らはこれに反対して闘った。新職分制度導入にあたっては,労働者の中に差別と分断を持ち込む格付移行試験が実施されたが,申立人らはこれに反対する論陣を張り,その結果,支部における未受験者は半数近くにのぼった。」としていた(丙E135)。
h P15ファイルで×印がついている者のうち,15名(P41,P42,P43,P44,P45,P46,P47,P48,P49,P50,P51,P52,P53,P54,P55)が移行格付試験の受験を申し込み,12名が受験して(P41,P43及びP50の3名は棄権),8名(P44,P45,P47,P48,P49,P51,P52及びP53)が合格し基幹職2級に格付けられた。(甲65,B1,8,37の1ないし3,丙B20の27,E69ないし71,原告P9,弁論の全趣旨)
P50は,原告らとともに,昭和39ないし42年度の市川支部執行委員を務め,その後も副支部長(同43年度)等に立候補を続けているが,移行格付試験の受験申込みをした。甲3の1,同19,27,55,59ないし61,63,64,A21,B37の1,E2,丙A1の1,B6,20の62) P44,P45,P48,P56,P49,P51,P52,P53,P47,P46,P54,P55は申立人らと行動をともにしていた者である。なお,申立人らとP45とは昭和50年代の後半から,P48とは同50年代前半から,P51とは同56年以前から疎遠になっている。P53は,昭和50年代前半に営業に転勤するまで申立人らを支持するなどしていた。P46は明朋会との対立激化以後も申立人らを支持していた。P54は都労委に対し,申立人らと同様に救済命令の申立てをしている。(甲3の1,B37の1ないし3,E2)i 全国の動きを見ると,都労委に本件同様の申立てをしている根室工場のP57は移行格付試験を受験した(甲25の2,326,351,丙B12)。
ページ(13)

都労委に本件同様の申立てをしている愛知工場のP58は移行格付試験を受験して合格し,昭和44年4月1日付けで基幹職2級に格付けされた。愛知工場では,いわゆる職場活動家であるP59も移行格付試験を受験した。(甲25の2,同328,丙B1の12,同14,15,弁論の全趣旨)
都労委に本件同様の申立てをしている大阪工場のP60は,被告(中労委)の第2回審問期日において,「組合大阪支部では新職分制度そのものについて全面的に反対しており,それを前提とする移行格付試験にも反対した。しかし,受験するか否かは個々の判断に委ねた。圧倒的多数の声は『会社に魂までも売り渡せない』というものだった。その結果,受験資格がありながら不受験者が多数出た。」と陳述・供述している。大阪工場においては,移行格付試験後,54.8パーセントの従業員が技能職に位置づけられていた。(甲25の2,同327,330ないし337,339,341,356,392,丙B18,19)
j 申立人らは移行格付試験を受験しなかったので,技能職に格付けされ,コースは事業所採用者コースとされた(争いのない事実)。
新旧職分の対応は,以下のとおりである(争いのない事実)。
旧職分 新職分
管理職1級
〃 2級
管理職 〃 3級
管理企画職1級
補佐職 〃 2級
管理補佐職1級
〃 2級
専門職 〃 3級
基幹監督職
指導職 基幹職1級
〃 2級
一般職 技能職
k 昭和43年8月13日付けで出された「新職分制度に関する合同委員会答申書」によれば,「移行格付に関する苦情処理については,既存の事業所苦情処理委員会において処理する。但し,移行格付に関する苦情の申立期間は,格付発表後1か月間に限るものとする」とされていたが,市川工場においては苦情申立てを行った従業員は1人もいなかった(争いのない事実)。
l 参加人が,被告での再審査に当たり,平成11年7月にP16の陳述書(丙B20)で明らかにするまで,申立人らは,昭和42,43年度の人事考課成績が標準(C)以上であることが移行格付試験合格の条件とされていることは知らなかった(原告P9,弁論の全趣旨)。
m 前示のとおり(争いのない事実等(4)ウ),申立人らの各種詮衡試験の受験資格は別表3記載のとおりであり,原告P24を除く申立人らは,いずれも昭和45年度から60年度までの間に複数回受験の機会があったが,申立人らは受験資格が生じた年でも各種詮衡試験を受験せず,昇格コースは事業所採用者コースのままであった(争いのない事実)。
なお,詮衡試験の受験は従業員に義務づけられるものではなく(職分規則9条),受験資格があっても受験するか否かは従業員の自由である(丙A1の15,B1の4,弁論の全趣旨)。 昭和55年度から60年度で見ると,第1種詮衡試験の受験者は各年約100人超であり,第2種詮衡試験の受験者は各年約70人前後であった。市川工場における受験者数も,昭和45年度から同61年度でみると,第1種詮衡試験,第2種詮衡試験とも,各年とも概ね数名から10数名程度であった。(丙C4,4の5,E133)。n 原告P11については,昭和49年度の第1種詮衡試験につき申込手続がなされていたが,同原告は受験しなかった。P56は,上司のP61課長から,「原告P11にも受験を勧めたが,同原告は参加人の労働者管理のやり方に強い不信を持っているようで断った。」と聞かされた(甲411,丙B20の61及び63,弁論の全趣旨)。 P15ファイルで×印がついている者のうち,P62(昭和45年度【棄権】,同59年度),P63(同53年度から56年度),P64(同53,54年度),P42(同53年度),P65(同51,58年度),P66(同52年度),P67(同51,52年度),P68(同58年度),P69(同58年度),P70(同58年度),P43(同49年度),P46(同61年度),P71(同54年度),P56(同49年度),P50(同55年度),P72(同49年度),P73(同49年度から51年度及び同58年度)は詮衡試験を受験した。P43,P56,P72は昭和49年度に,P66は同52年度に,P42は同53年度に,P64,P71は同54年度に,P63は同56年度に,P65,P69,P70,P73は同58年度に,P62は同59年度に,P46は同61年度にそれぞれ第1種詮衡試験に合格し,P50は同55年度に,P68は同58年度にそれぞれ第2種詮衡試験に合格した。(甲411,412,B37の1ないし3,丙B20の61)。 P50は,前記hのとおり,原告らとともに,支部役員等を務めた者である。 P62及びP66は,原告らとともに,昭和40年度(P62は同42年度も)の市川支部執行委員を務め,その後は原告らとともに執行委員に立候補している(甲3の1【20頁】,同4の6,同19,27,55,59ないし61,63,64,66ないし69,74,98ないし100,A21,B37の1及び3,E2,丙A1の1,B20の62)。
P71も,原告らとともに執行委員候補に立候補していた(甲55,63ないし65)。 P56及びP70は,詮衡試験合格の前後にかかわらず,申立人らを支持しており,P70は,昭和60年7月22日付けビラにおいても,申立人らを支部選挙に当たって推薦している(甲3の1,同411,412,427,B16,E2)。
P63及びP64は申立人らと一緒に活動していたが,P44よりかなり遅れて明朋会に移った(甲3の1,B37の1,E2)。
o 申立人らは,昭和45年ころ,参加人の賃金体系について,「年功序列型賃金と結合した全体を一層低賃金に押さえつける内容」であり,「圧倒的労働者を下位職分にクギ付けすることを中心とした職分格付けを行い,一部上昇職位職分には相対的に高い賃金とし,全体的に低賃金を押し付けている。」と評価していた(甲B4,5)。(ウ) 前記争いのない事実等及び前記(イ)で認定した事実に照らし,争点4に関する【原告ら】の主張ウに理由があるか否かについて判断する。
a 原告らは,参加人が申立人らを受験できないように追い込んだため移行格付試験を受験しなかったと主張する(【原告ら】の主張ウ)。
しかし,本件全証拠を検討するも,これを認めるに足りる的確な証拠は存在しない。かえって,後記(エ)で判示するとおり,申立人らは,新職分制度導入及びこれに伴う移行格付試験の実施に反対する趣旨から,自らの意思で移行格付試験及び詮衡試験の受験を拒否してきたと認められるのであり,前記原告らの主張は理由がなく,採用することができない。
b 原告らは,新職分制度は,会社側の言動等から合理化に反対して活動していた申立人らを「生産阻害者」として排ページ(14)

除するものと受け止めざるを得なかったと主張する(【原告ら】の主張ウ)。 しかしながら,新職分制度を一般的・抽象的に見れば,初審命令が説示し,原告らも概ね自認するとおり,参加人のような大規模企業が備えるべき制度として常識的なものであり,参加人に特徴的な制度とはいえず,全体として社会的趨勢と合致したものであって,本制度自体からは,原告ら主張の事実を窺うことはできない。また,本件全証拠を検討するも,移行格付試験に当たり,「生産阻害者」を除外する旨の規定が置かれた事実もないし,参加人が申立人らを「生産阻害者」として解雇した事実もないし,申立人らに給与規定8条3項(勤務成績劣悪者,生産阻害者又は職場秩序破壊者については号給の変更を行わないとの規定)を適用した事実も認められない。そうだとすると,原告らの前記主張は理由がないということになる。
c 原告らは,参加人が「誓約書」の提出を求め踏み絵を行ったとも主張する(【原告ら】の主張ウ)。 しかし,移行格付試験に当たって斟酌される人事考課成績は昭和42,43年度のもの(評定期間は同41年2月1日から同43年1月31日までの2年間)であって,誓約書の提出に関する同43年5月については移行格付試験の人事考課成績の対象とはならないのであるから(前記(イ)d),原告らの前記主張はにわかに採用し難い。d 原告らは,「申立人らのうち19名は昭和42,43年度のいずれかの年度の人事考課成績がD以下のために,移行格付試験を受験したとしても不合格が事前に決定しており,受験の有無に関係なく移行格付けに際し基幹職への道は閉ざされていたのである。」とも主張する(【原告ら】の主張ウ)。 しかし,仮に,申立人らのうちの19名につき人事考課成績がD以下であったとしても,後記(エ)で判示するとおり,申立人らは自らの意思で移行格付試験を受験していないのであって,そうだとすると,合格可能性の如何にかかわらず,申立人らが事業所採用者コースに属するのは,他の12名と同様に自らの選択によるというほかない。したがって,この点の原告らの主張も理由がない。
e 原告らは,「移行格付試験の受験率は51.7パーセントと半数しか受験しておらず,移行格付試験がその目的を達成しないもとで,参加人は,不受験者の職務遂行能力を把握することなしに,受験者のほぼ全員を基幹職に格付けし,申立人ら半数の不受験者をそのまま技能職に格付けした」と主張する(【原告ら】の出張ウ)。 しかし,本件においては,前示のとおり(前記(イ)c④,⑥,d,e,g,m),移行格付試験の受験は,その後の詮衡試験同様に従業員の任意であって,受験しない者はすべて技能職に格付けされる旨当初より定められており,その旨明示もされていたのであって,その他,移行格付けの際に移行格付試験の不受験者につき職務遂行能力を把握することは予定されてはいないこと,移行格付けに当たり,一般職の標準者は技能職に格付けされるとしていたこと,移行格付試験を受験しなかった者は申立人らに限らず他の従業員も全て技能職に格付けされていること等をも併せ考慮すれば,原告らの主張は理由がないというべきである。また,原告らは,受験者のほぼ全員を基幹職に格付けした旨論難しているが,試験に合格している以上,合格率の如何に関わらず基幹職に格付けすべきであるし,移行格付試験後も長く申立人らと行動をともにしていたP45らも同試験に合格していること(前記(イ)h)をも考慮すると,原告らの前記主張は理由がなく採用することができない。
(エ) 申立人らが移行格付試験等を受験しなかった理由について申立人らが移行格付試験等を受験しなかった理由は,前記争いのない事実等,前記(イ)で認定した事実に照らすと,次のとおりであると判断するのが相当である。 すなわち,前示のとおり(争いのない事実等(4)エ,前記(イ)g),参加人の従業員全体でみると,移行格付試験の受験資格があった者は3301名であるが,実際に受験した者は2629名と受験率は79.6パーセントにとどまり,平成3年3月1日の時点においても,申立人らと同性・同期・同学歴の従業員462名が事業所採用者コースにある。しかも,本件初審申立当時(昭和60年4月1日)に在籍した全従業員5416名のうち,1736名(約32.1パーセント)の従業員が事業所採用者コースにあり,同コースは参加人において最も多くの従業員が属する昇格コースでもある(丙B20の57,弁論の全趣旨)。市川工場をみても,移行格付試験の受験資格があった者は267名であるが,受験した者は138名と受験率は51.7パーセントにとどまる。申立人らは,不当労働行為救済申立書において,申立人らが移行格付試験反対の論陣を張った結果として,移行格付試験の未受験者が半数近くにものぼったと主張しているところでもある。「受験を諦めるように追い込まれた」と主張する申立人ら集団以外にも多くの従業員が移行格付試験を受験せず,また,現に多くの従業員が事業所採用者コースに属していることが認められる。 一方,前示のとおり(前記(イ)h,i),申立人らと行動をともにしていたP50らは移行格付試験受験の申込みをしており,全国的にみても,申立人ら集団と立場を同じくしていたとするP57らは移行格付試験を受験している。詮衡試験も同様であって,申立人らに詮衡試験受験資格があったのは前示のとおり(前記(イ)m)であるし,申立人らと行動をともにしていたP50及びP62らはいずれも詮衡試験を受験して合格しており,P56及びP70らのように詮衡試験合格の前後にかかわらず,申立人らを支持している者も存する。また,本件全証拠に照らしても,申立人らが,「参加人が申立人らに対し,たとえ受験しても合格は期待できないと予測させて,申立人らが自ら受験をあきらめるように追い込んでいる。」「人事考課制度の恣意的な運用がなされ,一部の申立人らはその受験資格を得ることができず,詮衡試験合格者コースから排除された」「受験資格のあった一部の申立人らも,思想的,組織的変節の強制と一体として受験が奨励された」という趣旨のビラを配布したり,組合へ申し入れたり,苦情処理委員会に申し立てた事実も認めることができない。
以上の諸点に照らせば,申立人らは,申立人ら以外で移行格付試験等を受験しなかった他の従業員ら(市川工場の約半数)と同様に,新職分制度導入に反対する趣旨から,自らの意思で移行格付試験及び詮衡試験の受験を拒否してきたと認めるのが相当であり,この判断を覆すに足りる的確な証拠は存在しない。(オ) 小括
以上によれば,原告らは新職分制度導入に反対する趣旨から,自らの意思で移行格付試験及び詮衡試験の受験を拒否してきたと認められるのであり,そうだとすると,参加人の妨害行為等により移行格付試験等を受験することができなかったことを前提とする【原告ら】の主張ウは,その主張の前提を欠き理由がないということになる。ウ 【原告ら】の主張エについて
(ア) 原告らは,仮に,事業所採用者コース内での昇格を考えるとしても,申立人らに対する取扱いには明白な格差が存在すると主張する(【原告ら】の主張エ)ので,以下,その主張の当否について検討する。(イ) この点に関する原告らの主張の第1は,申立人らは,経過年数で一般昇格していれば,遅くとも昭和55年までには基幹職1級に昇格しているはずであるのに,申立人らの職分昇格の実態は同年度において基幹職1級に昇格している者は31名中わずか2名にすぎず,大半の者は最下位職分の技能職(16名)かその1職分上の基幹職2級(13名)にとどまっているという点である。
しかしながら,前示のとおり(争いのない事実等(3)ア(キ),一般昇格は,経過年数,人事考課成績基準及び職務遂行能力判定基準の3要件を全て充足することが必要とされているのであって,経過年数を充足することによって,当然に一般昇格するとはされていない。経過年数は昇格のひとつの「めやす」にすぎないとされているにすぎず(丙B1の5,C1の3,E136の1,証人P16,また,前記(イ)c⑥記載の18の質問・回答),現に,別表5記載のとおり,参加人の会社全体で申立人らと同性・同期・同学歴で事業所採用者コースにいる従業員の過半数が基幹職1級以上を占めるに至ったのは昭和61年度である(丙C1の16,E136の1,証人P16)。そうだとすると,経過年数だけで一般昇格していればという原告ら主張の前提自体が合理的根拠を欠いており,この点の原告らの主張は理由がないというほかない。
(ウ) この点に関する原告らの主張の第2は,「昭和55年度においては,全従業員のうち基幹職1級以上に昇格しページ(15)

ている人数は147名とその割合は31.8パーセントであるのに対し,申立人らのうち基幹職1級以上に昇格している人数はわずか2名とその割合は6.5パーセントにすぎない。他方,技能職に留まっている人数は,全従業員では78名とその割合は16.9パーセントであるのに対し,申立人らでは16名とその割合は51.6パーセントにも及んでおり,両者の間に顕著な格差が存在することは一見して明らかである」という点である。 なるほど,昭和55年度においては,原告ら主張の事実が認められるけれども(なお,前記3で判断したとおり,同年度の賃金又は昇格決定行為等は,除斥期間のため,本件においては,本来,審理の対象とはならないと解される。),別表4,6各記載のとおり,同年度から60年度にかけて,申立人らの多くの者が技能職から基幹職2級へ,基幹職2級から基幹職1級へそれぞれ昇格し,原告ら主張の差異は順次縮小・解消しているのであるから,この点からすると,申立人ら集団と他の従業員とを比較した場合に,有意な格差があると評価することは困難であるというべきである。よって,この点の原告らの主張は採用することができない。
(エ) この点に関する原告らの主張の第3は,「申立人らの昭和44年度から49年度までの間の人事考課成績をみると標準(C)が著しく少ない」という点である。
しかしながら,前記3で判断したとおり,昭和58年以前,すなわち,同44年度から49年度までの間の人事考課成績は,除斥期間により,本来は審理の対象とはならない。仮に,これが審理の対象になると仮定しても,原告らは,昭和43年12月6日付け賃金専門委員会の答申(甲72)と比較して標準(C)が著しく少ないとしているにとどまり,同44年度から49年度までの間の実際の人事考課成績に基づいて主張するものではない。また,前記答申は「原則として」としているにすぎず,本件においては,前示のとおり(前記ア(ウ)),申立人らは事業所採用者コースの同期・同学歴の従業員と,昇格等につき有意な格差がないのであって,原告らは,申立人らの人事考課成績が別紙「申立人らの人事考課成績及び,昇格年度一覧表」記載のとおりであると主張するがこれを裏付けるに足りる的確な証拠もないことをも併せ考慮すれば,原告らの前記主張は理由がなく,採用することができない。(オ) この点に関する原告らの主張の第4は,「昭和55年度ころには技能職及び基幹職2級は申立人らよりも10年から30年近く後に入社した若年層の従業員との相対評価であり,この時期の『C』評価は同期・同学歴の者との比較での標準としての意味を失っている。」という点である。
しかしながら,前示のとおり(争いのない事実等(3)ウ(エ),人事考課成績は同一職分内での相対評価であるから,本来,他の職分の同期・同学歴の者との比較は制度の予定していないことであるし,本件においては,申立人らが昭和55年度以降常にB以上の評価が適当であるとする格別の証拠も存しないのであるから,この点に関する原告らの主張は理由がないというべきである。
(カ) この点に関する原告らの主張の第5は,「参加人が,申立人らに対し,一定期間(事業所採用者コースの一般昇格要件の人事考課成績基準)経過前に,恣意的に標準(C)未満の人事考課成績(業績評定成績,能力評定成績)評価を下し,基幹職2級又は基幹職1級への昇格を排除した」という点である。 しかしながら,本件においては,前示のとおり(前記ア(ウ)),申立人ら集団と事業所採用者コース内の同期・同学歴の従業員集団との間に有意な格差の存在を肯定することができないし,原告らの主張を裏付けるに足りる的確な証拠もないので,この点に関する原告らの主張は理由がなく,採用することができない。(キ) この点に関する原告らの主張の第6は,「参加人が,昭和52年4月,事業所採用者コースの基幹職2級から基幹職1級への一般昇格要件の人事考課成績基準を改悪し,『直近3年間の業績評定成績及び能力評定成績にB以上が一つ以上あること。』を条件に加えたが,これにより,申立人らの基幹職1級への昇格を排除した」という点である。 しかしながら,本件においては,原告らの前記主張を裏付けるに足りる的確な証拠は存在しない。確かに,証拠(甲B40)によれば,昭和52年度に昇格基準の改定があったために,原告P5は昭和56年度に昇格すべきところ同58年度に,原告P37は同52年度に昇格すべきところ同59年度に,原告P14は同55年度に昇格すべきところ同59年度にそれぞれ基幹職1級に昇格したことが認められるが,他方,証拠(丙B23の1)及び弁論の全趣旨によれば,昭和63年度までに基幹職1級に昇格した上記14名のうち8名(原告P13,同P26,同P9,同P11,同P12,同P32,同P33,同P34)は,職分規則が標準的なものとして定める経過年数(7年)経過と同時に基幹職2級から基幹職1級に昇格している事実が認められる。また,証拠(丙C1の8)によれば,昭和52年4月の昇格基準の変更は,第1種詮衡試験合格者コースの基幹職2級等に対しても,直近3年間の業績評定成績又は能力評定成績において,B以上が一つ以上あることを条件とする旨改定していることが認められる。これらの認定事実に照らせば,昭和52年度の一般昇格要件の人事考課成績基準の変更が申立人らの基幹職1級への昇格を排除する趣旨でなされたものとは認め難く,この点の原告らの主張は理由がなく,採用することができない。(ク) 小括
以上の検討結果から明らかなとおり,仮に,事業所採用者コース内での昇格を考えるとしても,申立人らに対する取扱いには明白な格差が存在するとの【原告ら】の主張エはいずれも理由がないので,これを採用することはできない。(3) まとめ
以上によれば,(1)申立人らが所属する市川工場において,申立人らと市川工場の従業員との間に,昭和59,60年度の賃金又は昇格決定行為とこれに基づく賃金支払又は格付け,人事考課成績について有意な格差は認められないこと(前記(1)),(2)申立人らの職分昇格状況について,申立人らと事業所採用者コースで申立人らと同性・同期・同学歴の従業員との間に有意な格差があるとは認めることができないこと(前記(2)ア(ウ)),(3)原告らの主張はいずれも合理的根拠に欠け採用することができないこと(前記(2))がそれぞれ認められるのであって,そうだとすると,申立人ら集団に職分・賃金について他の従業員との間に有意な格差,ひいては不利益取扱いが存在するという事実は,これを認めるに足りる証拠がないというほかない。したがって,参加人の申立人らに対する不利益取扱いの事実が認められない以上,その余を判断するまでもなく,本件においては,原告ら主張の不当労働行為の事実(労働組合法7条1号本文前段,同条3号)は認めることができないということになる。第4 結論
以上の検討結果から明らかなとおり,本件訴えのうち亡P1に関する部分は不適法であるのでこれを却下し,原告らのその余の請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。東京地方裁判所民事第36部
裁判長裁判官 難波孝一
裁判官 三浦隆志
裁判官世森亮次は転官したため署名押印することができない。
裁判長裁判官 難波孝一

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