判例検索β > 平成15年(ワ)第11306号
手当金請求(通称 熊谷組手当金請求)
事件番号平成15(ワ)11306
事件名手当金請求(通称 熊谷組手当金請求)
裁判年月日平成16年3月31日
法廷名東京地方裁判所
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主 文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 被告は,原告P1に対し,40万円及び内金20万円に対する平成15年3月末日から支払済みまで年6分の割合による金員,内金20万円に対する同年4月末日から支払済みまで年6分の割合による金員並びに同年5月から同16年3月まで毎月末日限り各20万円及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告P2に対し,60万円及び内金20万円に対する平成15年2月末日から支払済みまで年6分の割合による金員,内金20万円に対する同年3月末日から支払済みまで年6分の割合による金員,内金20万円に対する同年4月末日から支払済みまで年6分の割合による金員並びに同年5月から同16年3月まで毎月末日限り各20万円及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。3 被告は,原告P3に対し,20万円及びこれに対する平成15年4月末日から支払済みまで年6分の割合による金員並びに同年5月から同16年4月まで毎月末日限り各20万円及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
4 被告は,原告P4に対し,平成15年8月から同17年3月まで毎月末日限り各20万円及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
5 被告は,原告P5に対し,60万円及び内金20万円に対する平成15年2月末日から支払済みまで年6分の割合による金員,内金20万円に対する同年3月末日から支払済みまで年6分の割合による金員,内金20万円に対する同年4月末日から支払済みまで年6分の割合による金員並びに同年5月から同年12月まで毎月末日限り各20万円及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。6 被告は,原告P6に対し,20万円及びこれに対する平成15年4月末日から支払済みまで年6分の割合による金員並びに同年5月から同16年12月まで毎月末日限り各20万円及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
7 被告は,原告P7に対し,平成15年12月から同16年10月まで毎月末日限り各20万円及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。第2 当事者の主張
1 請求原因
(1) 当事者
ア 被告は建築土木などを目的とする会社であり,被告の従業員の定年年齢は満60歳である。イ 原告らは,被告の元従業員である。
(2) ニューライフ支援制度
ア 被告は,平成10年4月1日,従業員に対し,ニューライフ支援制度を実施することにした。ニューライフ支援制度は,定年選択制度,転進支援制度,退職一時金貸付制度,転職斡旋制度の各制度から成っており,従業員は,これを選択することができた。
イ 定年選択制度は,満48歳以上かつ勤続15年以上の従業員が定年前であっても定年と同様の取扱いで退職することができる制度で,他の制度と併用することが可能な制度である。転進支援制度は,満55歳以上かつ勤続15年以上で再就職独立自営を希望する従業員の転進活動(再就職活動)を支援する制度で,従業員は転進支援として給与の支給を受けながら就業義務を免除され転進活動を行うことができるもので,従業員が上記定年選択制度により退職した場合には,被告との間で非常勤嘱託契約を締結し,月額20万円の手当の支給を受けることができる制度である。(3) 原告らの退職,非常勤嘱託契約の締結
原告らは,いずれも満55歳以上かつ勤続15年以上の被告従業員であったが,下記のとおり,定年選択制度及び転進支援制度の併用を選択して,被告を退職した。
ア 原告P1
原告P1は,昭和43年4月被告に入社し,平成12年3月に被告を退職した。原告P1は,定年選択制度を選択して被告を退職し,失業保険を受領後の平成13年2月5日,被告との間で,転進支援制度を選択し,委嘱年齢限度満60歳(平成16年3月末),手当月額20万円の約定で非常勤嘱託契約を締結した。イ 原告P2
原告P2は,昭和42年9月被告に入社し,平成12年1月に被告を退職した。原告P2は,定年選択制度及び転進支援制度の併用を選択し,退職直後の平成12年2月1日,被告との間で,委嘱年齢限度満60歳(平成16年3月末),手当月額20万円の約定で非常勤嘱託契約を締結した。
ウ 原告P3
原告P3は,昭和38年9月被告に入社し,平成12年3月に被告を退職した。原告P3は,定年選択制度及び転進支援制度の併用を選択し,退職直後の平成12年4月1日,被告との間で,委嘱年齢限度満60歳(平成16年4月末),手当月額20万円の約定で非常勤嘱託契約を締結した。
エ 原告P4
原告P4は,昭和42年4月被告に入社し,平成12年3月に被告を退職した。原告P4は,定年選択制度を選択して被告を退職し,失業保険を受領後の平成12年7月17日,被告との間で,転進支援制度を選択し,委嘱年齢限度満60歳(平成17年3月末),手当月額20万円の約定で非常勤嘱託契約を締結した。オ 原告P5
原告P5は,昭和42年4月被告に入社し,平成12年3月に被告を退職した。原告P5は,定年選択制度を選択して被告を退職し,失業保険を受領後の平成13年1月9日,被告との間で,転進支援制度を選択し,委嘱年齢限度満60歳(平成15年12月末),手当月額20万円の約定で非常勤嘱託契約を締結した。カ 原告P6
原告P6は,昭和42年4月被告に入社し,平成12年3月に被告を退職した。原告P6は,定年選択制度及び転進支援制度の併用を選択し,退職直後の平成12年4月1日,被告との間で,委嘱年齢限度満60歳(平成16年12月末),手当月額20万円の約定で非常勤嘱託契約を締結した。
キ 原告P7
原告P7は,昭和42年4月被告に入社し,平成12年3月に被告を退職した。原告P7は,定年選択制度を選択して被告を退職し,失業保険を受領後の平成12年11月23日,被告との間で,転進支援制度を選択し,委嘱年齢限度満60歳(平成16年10月末),手当月額20万円の約定で非常勤嘱託契約を締結した。(4) 請求の根拠
ア 主位的請求(満60歳までの手当金支給約定)
定年選択制度及び転進支援制度の併用を選択した場合,被告の従業員は,被告から定年年齢である満60歳まで月額20万円の手当の支給が受けられる。被告は,原告らに対し,原告らが満60歳になるまで,月額20万円の手当を支ページ(1)

給することを約した。
イ 予備的請求(自動更新)
原告らと被告との間の各非常勤嘱託契約の有効期間が1年間であったとしても,当該各契約は,原告らが満60歳に達するまで,1年ごとに自動更新されるものである。
(5) 被告の手当金不払
ア 被告は,原告P1に対し,平成15年3月分以降の手当を支給しない。イ 被告は,原告P2に対し,平成15年2月分以降の手当を支給しない。ウ 被告は,原告P3に対し,平成15年4月分以降の手当を支給しない。エ 被告は,原告P4に対し,平成15年8月分以降の手当を支給しない。オ 被告は,原告P5に対し,平成15年2月分以降の手当を支給しない。カ 被告は,原告P6に対し,平成15年4月分以降の手当を支給しない。キ 被告は,原告P7に対し,平成15年12月分以降の手当を支給しない。(6) 結論
よって,原告らは,被告に対し,満60歳まで支給するとの約定及び非常勤嘱託契約に基づき,前記「第1 請求」記載のとおりの手当及びこれに対する各支払日の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2 請求原因に対する認否
(1) 請求原因(1)ないし(3)は認める。
(2) 同(4)アは否認する。
転進支援制度に基づき締結された非常勤嘱託契約は,期間が1年ごとの契約であり,満60歳までの支給を約束したものではない。
(3) 同(4)イは認める。
(4) 同(5)は認める。
3 抗弁(請求原因(4)イに対し)
(1) 原告らと被告との間の非常勤嘱託契約は契約期間1年とされているところ,被告は,期間満了の1か月前までに,「特段の事情」が存在するときは,契約の更新を拒絶することができる。(2) 非常勤嘱託契約によれば,当該契約書に記載されている条件以外については,ニューライフ支援制度に関する取扱規程(以下「本件取扱規程」という)及び嘱託規程(以下「本件嘱託規程」という)の定めるところによるとされている。ところで,本件取扱規程6条4号によれば,就業規則28条により解雇される場合には,ニューライフ支援制度の適用を解除すると規定している。そして,就業規則28条4号によれば,解雇事由として「事業の都合上やむを得ないと認められたとき」が挙げられている。また,本件嘱託規程9条によれば,「事業の都合上やむを得ないと認められたとき」には嘱託を解職する旨規定している。これらの諸規程の規定内容によれば,被告は,「事業の都合上やむを得ないと認められ」る事情が存在するときは,非常勤嘱託契約の更新を拒絶することができる。(3) これを本件についてみるに,被告では,約600名の従業員がニューライフ支援制度の定年選択制度を選択して退職しため,一般管理費は大幅に削減されたが,受注高の落ち込みはそれを上回るものであった。そこで,被告は,平成11年12月に定年選択制度の退職金加算を同12年3月31日退職者をもって廃止し,転進支援制度についても同日までの適用対象者をもって休止するなど,経営の立て直しを図った。しかし,景気はさらに大幅に後退し,未だに金融システムは不安定であり,経済環境の悪化により,被告の経営状態は更に大きく悪化し,平成14年9月には大幅な債務超過状態に陥っていた。そして,転進支援制度に基づく非常勤嘱託契約を今後も継続するとなると約4億6000万円の費用を要することになる。以上のとおり,被告には,平成14年9月末日当時,「事業の都合上やむを得ないと認められ」る事由が存在した。
(4) そこで,被告は,平成14年9月30日,原告らに対し,非常勤嘱託契約の更新をしない旨通知した。すなわち,被告は,原告P1に対しては平成15年2月4日をもって,原告P2に対しては同年1月31日をもって,原告P3に対しては同年3月31日をもって,原告P4に対しては同年7月16日をもって,原告P5に対しては同年1月8日をもって,原告P6に対しては同年3月31日をもって,原告P7に対しては同年11月22日をもってそれぞれ非常勤嘱託契約を打ち切るとの意思表示をした。
4 抗弁に対する認否
(1) 抗弁(1)は否認する。
(2) 同(2)のうち,本件取扱規程,本件嘱託規程に被告主張の内容が規定されていることは認めるが,その余は否認する。
(3) 同(3)は争う。
原告らは既に被告を退職した従業員であり,合理化の対象となる立場にはない。すなわち,非常勤嘱託契約は,ニューライフ支援制度を現実化するため便宜的に締結されたものであり,一般の労働契約とは異なるのであって,上記原告らの立場,非常勤嘱託契約の性質,締結の経緯からして,被告の経営合理化の必要性は本件においては「特段の事情」とはならない。被告は,経営の悪化を理由に契約更新の拒絶を主張するが,このことは単に支払が苦しいから支払わないと言っているに過ぎず,契約社会においては全く容認することができない主張である。また,被告の経営状況が悪化していたならば,手当金の支払額を減額し支払期間を延長するなど他に採り得る方法手段があるのであり,このようなことを考慮すると,被告には「特段の事情」が存在するとはいえない。(4) 同(4)は認める。
5 再抗弁
被告は,原告らに対し,非常勤嘱託契約締結前には満60歳まで手当金月額20万円が支給される旨詳細に説明する一方,契約締結時には1年で契約更新が拒絶される場合があることなど一切説明していない。以上のような事情に照らすと,被告の契約更新の拒絶は禁反言の法理,信義誠実の原則に反し無効である。6 再抗弁に対する認否
否認する。被告は,非常勤嘱託契約締結時,原告らに対し,当該契約書の記載事項に沿って具体的な説明を行っている。
第3 当裁判所の判断
1 主位的請求について
(1) 請求原因(1)ないし(3),(5)(当事者の地位,ニューライフ支援制度の概要,原告らの退職,非常勤嘱託契約の締結,被告の手当金不払)はいずれも当事者間に争いがない。(2) そこで,以下,請求原因(4)ア(被告が原告らに対し満60歳になるまで毎月20万円の手当金を支給する旨約したか否か)の成否について判断する。
ア 前記(1),証拠(甲2の1ないし6,同8の1ないし7,乙7,証人P8,原告P1本人,同P2本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(ア) 原告らは,いずれも満55歳以上かつ勤続15年以上の被告従業員であったが,被告の実施していたニューライフ支援制度のうち定年選択制度及び転進支援制度を選択し,被告との間で,非常勤嘱託契約を締結した。ページ(2)

(イ) 原告らは,被告との間で,非常勤嘱託契約を締結するに当たり,嘱託契約書に署名捺印しているが,当該契約書には,委嘱年齢限度満60歳とし,「本契約の有効期間は委嘱年月日より1年間とする。ただし,本契約の期間満了の1ケ月前までに甲(被告を指す),乙(原告らを指す)いずれからも特段の意思表示がない限り,更に1年間更新されるものとする。以後も同様とするが,本契約は乙が委嘱年齢限度に達した月の月末をもって終了するものとする」と明記されている。
イ 以上によれば,原告らは,ニューライフ支援制度のうち定年選択制度及び転進支援制度を選択し,被告との間で,非常勤嘱託契約を締結したこと,同契約の有効期間は1年間であり,当事者の特段の意思表示がない限り原告らが満60歳に達する月の月末まで更新されるという内容の契約であったと認めるのが相当であり,被告において何らの限定なく,原告らが満60歳になるまでの間月額20万円を支給する旨を約したものと認めることは困難である。ウ この点に関し,被告が従業員向けに発刊した「ニューライフ支援制度Q&A」の2頁(甲1)には,転進支援制度の説明の項で,「本人の希望により非常勤嘱託契約を締結した場合には,月額20万円の手当を定年年齢まで支給します」との記載が,同じく5頁の【非常勤嘱託契約の締結パターン】においても,60歳まで嘱託手当が支給されることが図示されている。また,被告の発行した「ニューライフ支援制度体系」(甲5)においても,同様に60歳まで手当金が支給されることが図示され,同じく「ニューライフ支援制度の概要」(甲5)においても,転進支援制度欄に,満60歳まで非常勤嘱託契約を結び嘱託手当(月額20万円)を支給するとの記載がされている。さらに,被告の発行した「ニューライフ支援制度の適用パターンと退職」(甲6)においても,手当(20万円/月)支給,満60歳迄と図示されている。
しかし,これらの記載,図示があるからといって,被告が,原告らに対し,原告らが定年選択制度及び転進支援制度を選択した場合に,原告らが満60歳に達するまで月額20万円を支給する旨約したと即断することはできない。なぜなら,原告らと被告との間の非常勤嘱託契約は契約書で合意されており,前記ア(イ)で認定した契約書の記載内容を無視することはできないからである。むしろ,非常勤嘱託契約書の記載内容をも比較検討すると,前記甲号各証(甲1,5,6)の各記載内容は,当該契約が当事者双方の特段の意思表示がなく原告らが満60歳に達するまで更新された場合に取得することができる手当金の内容を記載したものであると解することができる。 したがって,前記甲号各証(甲1,5,6)の各記載内容は,前記イの裁判所の判断を左右するに足りる証拠とはいえず,また,他に前記裁判所の判断を覆すに足りる的確な証拠は存在しない。(3) 小括
以上によれば,被告が原告らに対し満60歳になるまで毎月20万円の手当金を支給する旨約したとの原告らの主位的請求(請求原因(4)ア)は,これを認めるに足りる証拠がなく,理由がない。2 予備的請求について
(1) 請求原因((1)ないし(3),(4)イ,(5))は,いずれも当事者間に争いがない。(2) 抗弁について
ア 更新拒絶の可否
(ア) 前記1(2)アで認定した事実,証拠(甲2の1ないし6,同8の1ないし7,乙1の1及び2,同2,6,7,証人P8,原告P1本人,同P2本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。a 原告らと被告は,非常勤嘱託契約を締結するに当たり,嘱託契約書を取り交わした。b 嘱託契約書には,「本契約の有効期間は委嘱年月日より1年間とする。ただし,本契約の期間満了の1ケ月前までに甲(被告を指す),乙(原告らを指す)いずれからも特段の意思表示がない限り,更に1年間更新されるものとする。以後も同様とするが,本契約は乙が委嘱年齢限度に達した月の月末をもって終了するものとする」と明記されている。
c 嘱託契約書には,委嘱年月日,資格,個人コード,所属,生年月日,委嘱年齢限度,手当,振込口座が記載され,これ以外の嘱託条件は本件取扱規程及び本件嘱託規程の定めるところによることが明記されている。d そして,本件取扱規程6条4号によれば,就業規則28条により解雇される場合には,ニューライフ支援制度の適用を解除すると規定しており,就業規則28条4号によれば,解雇事由として「事業の都合上やむを得ないと認められたとき」が挙げられている。また,本件嘱託規程9条によれば,「事業の都合上やむを得ないと認められたとき」には嘱託を解職する旨規定している。
(イ) 以上によれば,非常勤嘱託契約書には期間満了の1か月前に被告において特段の意思表示をした場合には契約の更新拒絶ができると規定していること,非常勤嘱託契約には本件取扱規程,本件嘱託規程の適用があるところ,これらの規程には「事業の都合上やむを得ないと認められたとき」には,ニューライフ支援制度の適用の解除,嘱託を解職することができると規定していることが認められ,これらの事実に照らすと,被告は,「事業の都合上やむを得ない」事由が存在するときには,期間満了1か月前に特段の意思表示をすることにより,非常勤嘱託契約の更新を拒絶することができると解するのが相当であり,この判断を覆すに足りる証拠は存在しない。イ 「事業の都合上やむを得ない」事由の有無について
そこで,以下,被告が原告らに対し非常勤嘱託契約の更新を拒絶する旨の意思表示をした平成14年9月30日当時,被告に「事業の都合上やむを得ない」事由が存在したか否かについて検討することにする。 証拠(乙3の1ないし4,同4,5,7,8,証人P8)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。(ア) ニューライフ支援制度の導入経緯
a 平成3,4年ころに始まったいわゆるバブル経済の崩壊により,民間建設需要の低迷,公共投資の抑制等,建設産業を巡る経営環境は急速に悪化し,その中でも被告は平成3,4年ころで約1兆2000億円を超える多額の有利子負債を抱えた状況にあり,このことがバブルの後遺症として財務体質の健全化を図る上で大きな障害となっていた。被告は,これを打開するため平成5年に「体質改善3ヶ年計画」,同8年に「第二次体質改善3ヶ年計画」を策定し,営業力の強化,利益率の向上(価格競争力の強化)を目指すと同時に,合理化の推進,有利子負債の圧縮に努めてきた。その結果,計画策定の平成5年3月期決算から同9年3月期決算までに約2000億円の有利子負債を圧縮するなど確実な成果を上げたものの,負債の残高は未だ巨額であった上に,建設需要は依然として低迷傾向にあり,被告の経営環境も一層の厳しさを呈するようになった。
b こうした事態に対し,被告は,平成9年10月,「経営革新中期計画」を策定し,この期にバブル期における負の資産を可能な限り処理して,有利子負債・保証債務の圧縮を図ることがどうしても必要との認識に立ち,海外開発事業の整理及び国内固定化債権を一括処理し,有利子負債・保証債務を削減して,財務体質の抜本的改革を行うことにした。
c 被告が,それまでに行って来ていた人事施策としては,平成4年9月の役員報酬のカット(カット率10~20%,1人当たり15万2000円/月),同年12月の管理職手当のカット(カット率6~10%,1人当たり4万6000円/月。対象者約1400名)を皮切りに,平成5年7月の賞与引き下げ(年5.6か月から年3.5か月へ),平成6年4月からの新卒採用の抑制,同年7月から役員賞与の支給停止(ゼロ)等を進めて行き,平成9年11月には役員報酬のカット率を上記の従来の10~20%を13~25%に引き上げる等していた。 被告では,前記「経営革新中期計画」を受けて,平成10年4月に人事施策として,新たに4本柱(定年選択制度,転進支援制度,退職一時金貸付制度,転職斡旋制度)からなるニューライフ支援制度を導入した。このうち転進支援制度は,勤続15年以上かつ年齢55歳以上の従業員が再就職・独立自営等を希望する場合に,転進先決定まで月額25ページ(3)

万を支給することにより,その転進活動を支援する目的で導入した。(イ) ニューライフ支援制度廃止までの経緯
a 平成10年4月以降も,景気低迷は続き,回復どころか,むしろ銀行の破綻に端を発する急激な経済環境の悪化が進み,建設市場の縮小,同業他社間での競争が激化していった。特に,被告においては,準メインバンクであった日本長期信用銀行が経営破綻したことから,被告の信用不安が風評として広まるなど前記「経営革新中期計画」策定時に予想していた以上の厳しい経営環境となっていった。
b 被告の受注高は,平成10年3月期が約9000億円であったのが,同11年3月期には約8400億円,同12年3月期には約6500億円と大きく減少した。そこで,被告は,受注高の減少に伴う工事手持ち利益の減を,一般管理費の徹底削減あるいは資産の売却で補うために,資産の処分を更に強く進めると共に,人事施策としても,合理化の一環として以下に記載の施策を矢継ぎ早に実施した。すなわち,福利厚生費の圧縮,役員報酬のカット率の引き上げ,従業員賞与支給月数の引き下げ(上位者より順次引き下げ率拡大),従業員月例給の引き下げ,出向先開拓派遣(業務命令による自身の出向先の開拓)並びに特別早期退職の実施等,従業員の生活設計の観点から痛みのなるべく少ない順序で実施した。
c 平成10年4月に導入されたニューライフ支援制度の定年選択制度を,約600名の被告社員が選択し,被告を退職したため,被告の一般管理費は大幅に削減された。しかし,前記bのとおり被告の受注高の落ち込みは一般管理費の削減額を上回るものであったため,被告は,ニューライフ支援制度の見直しを余儀なくされた。そこで,被告は,平成11年12月,同12年3月末日をもって定年選択制度の退職金加算を廃止し,転進支援制度も休止することにした。d 原告らは,平成12年3月末日をもって定年選択制度の退職金加算が廃止され,転進支援制度も休止することを知り,定年前に被告を退職し,定年選択制度及び転進支援制度の適用を受けようと考えた。こうして,原告らは,平成12年1月から3月にかけて被告を退職し,前記両制度の併用を選択した。この結果,原告らはいずれも退職金の加算額を受領し,原告P1が3979万6700円,同P2が4320万2300円,同P3が4609万2100円,同P4が4546万2500円,同P5が3727万2600円,同P6が4106万2000円,同P7が4199万8300円の各退職金を受領し,被告との間で,非常勤嘱託契約を締結した。(ウ) 転進支援制度(非常勤嘱託契約)の打ち切りの経緯
a 平成12年4月以降も景気の後退,金融システムの不安定な状態が続いた。このため,被告の経営環境は更に悪化し,建設市場の大幅な縮小とそれに伴う受注競争の激化,地価の下落等に伴う資産処分の遅れ等から,実績と前記「経営革新中期計画」との乖離が拡大していった。すなわち,被告では,経営環境悪化の速度がコスト・固定費の削減成果を上回り,さらに,平成13年3月期決算から導入される時価会計,年金等退職給付に係る会計基準の変更による大幅な会計損失の計上が必要とされた。
b ところで,被告の平成12年9月当時の有利子負債は依然として約1兆円もあり,約5700億円の債務超過状態にあった。そこで,被告は,平成12年9月,新たに「新経営革新計画」を策定した。「新経営革新計画」によれば,財務体質の抜本的改革のため,651億円の減資に加え資本準備金,剰余金の取り崩しを合わせ1047億円を損失処理に充てるとともに金融機関に対し約4500億円の債務免除を求める,加えて,組織のスリム化,人員の削減,給与・退職金制度の改訂,物件費の大幅圧縮等を図るという内容であった。c 「新経営革新計画」に沿って,被告は,金融機関から約4500億円の債務免除を受け,大幅な減資等を実行し,倒産を免れた。そして,被告では,「新経営革新計画」に従って,賞与の支給月数は年間1か月のみとし,平成12年4月に実施した月例給改訂とあわせ,従業員の給与を,年収ベースで前年比約15%の減,平成10年比約25%の引き下げを行った。また,退職金についても,平成13年1月1日をもって全社員30%の引き下げを行った。この退職金改定に伴い約1100名の従業員が平成12年12月末までに退職した。d しかし,その後も,経済環境は好転しなかったため,被告においては,更なる合理化を図る必要から,平成13年2月,同14年4月,同年9月の3回にわたって出向先開拓派遣及び特別早期退職を実施した。また,従業員給与についても,前記のとおり平成12年4月に月例給の引き下げを行ったが,更なる合理化の必要性から,同14年7月には年俸制対象者について約11%,それ以外の者については約3%減の新賃金体系を導入した。e 被告においては,以上のような施策を講じた結果,被告の給与水準は,年収ベースとして東京都全産業平均(従業員1000人以上の企業)と比較して,70%を下回る水準となった。仮に,原告らが,現段階で退職した場合の退職金額は,原告らが被告から受領した退職金額の半分以下の水準になっている。f 被告では,以上のように金融機関からの4500億円にも上る債務免除,大幅な減資,組織のスリム化,人員の削減,給与・退職金制度の改訂等の施策を講じたが,平成14年9月段階で再び約3000億円の債務超過状態に陥っており,金融機関から約3200億円の債務免除を受けなければ倒産する可能性があった。仮に,転進支援制度に基づく非常勤嘱託契約を今後も継続するとすれば,約4億6000万円が必要となるところ,前記のような経営逼迫状態にある被告には,非常勤嘱託契約を維持するだけの余力がなかった。
(エ) 以上(ア)ないし(ウ)で認定した事実によれば,被告は,ニューライフ支援制度を導入したが,導入当時の予想を大幅に上回る経営環境の悪化が続いていること,被告においては,一般管理費・コストの徹底削減,資産の処分,役員報酬の大幅カット,従業員に対する賞与の引き下げ,月例給の引き下げ,出向先開拓派遣,特別早期退職を実施するなどおよそ考え得る合理化策は実施しているが,平成14年9月末日時点の被告の経営状況は依然として悪く約3000億円の債務超過状態にあったこと,転進支援制度に基づく非常勤嘱託契約を今後も継続するとすれば約4億6000万円が必要となるところ倒産の危機に瀕し金融機関に3200億円の債務免除を求めている被告には非常勤嘱託契約を継続していくだけの経済的体力がなくなっていたことが認められ,これらの事情を考慮すると,被告には,平成14年9月末日時点で,「事業の都合上やむを得ない」事由が存在したと認めるのが相当であり,この判断を覆すに足りる証拠は存在しない。
ウ 小括
以上によれば,被告の原告らに対する非常勤嘱託契約の更新拒絶は正当であり,被告の抗弁は理由がある。(3) 再抗弁について
ア 原告らは,被告が非常勤嘱託契約締結前には満60歳まで手当金月額20万円が支給される旨詳細に説明する一方,契約締結時には1年で契約更新が拒絶される場合があることなど一切説明していないことを理由に,被告の契約更新の拒絶は禁反言の法理,信義誠実の原則に反し無効であると主張する。イ そこで,検討するに,証拠(甲1,2の1ないし6,同8の1ないし7,乙7,証人P8,原告P1本人,同P2本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(ア) 原告らと被告は,非常勤嘱託契約を締結するに当たり,嘱託契約書を取り交わしたが,嘱託契約書には,「本契約の有効期間は委嘱年月日より1年間とする。」と明記されている。嘱託契約書はA4判1枚の用紙であり,原告らは前記記載事項を認識して嘱託契約書に署名押印したと推認することができる。(イ) また,被告は,ニューライフ支援制度導入に当たり,原告ら従業員に対し,「ニューライフ支援制度Q&A」と題する説明資料を提示しているが,当該資料で,転進支援制度を選択し非常勤嘱託契約を締結するためには嘱託契約書の提出が必要であること,本社勤務者に対しては本社人事部が,支店勤務者に対しては支店管理部が問い合わせ部署となっており,これらの部署には嘱託契約書が備え置かれており,いつでも誰でもこれを閲覧・入手することが出来る状態にあった。そして,嘱託契約書には,前記(ア)のとおり,非常勤嘱託契約の有効期間が委嘱年月日より1年間とページ(4)

することが明記されている。
ウ 前記イの認定事実に弁論の全趣旨を併せ考慮すると,被告は原告らとの間で非常勤嘱託契約を締結するに当たり,当該契約の有効期間が1年間であり,これが更新されていくということを殊更隠したとは認められず,原告らにおいても,当該契約の有効期間が1年間であることを認識しながらも,まさか更新拒絶の事態はないであろうとの楽観的な予測のもとに契約を締結したと認めるのが相当である。そうだとすると,原告らの禁反言の法理,信義誠実の原則違反の主張は,その余の点を判断するまでもなく,理由がないというべきである。(4) 小括
以上によれば,原告らの予備的請求(自動更新)は,その余の点を判断するまでもなく,理由がない。3 結論
以上のとおり原告らの主位的請求,予備的請求はいずれも理由がないので,これを棄却することにする。東京地方裁判所民事第36部
裁判官 難波孝一

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