判例検索β > 平成15年(ワ)第7240号
建物明渡(通称 芝浦工業大学教職員組合建物明渡)
事件番号平成15(ワ)7240
事件名建物明渡(通称 芝浦工業大学教職員組合建物明渡)
裁判年月日平成16年1月21日
法廷名東京地方裁判所
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主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 被告は,原告に対し,別紙物件目録記載1の建物を明け渡せ。2 被告は,原告に対し,平成15年4月1日から前項の明渡済みまで,月額19万1400円の割合による金員を支払え。
第2 当事者の主張
1 請求原因
(1) 原告は,昭和24年に開校した工科系の学校(大学,高校)であり,永らく東京都港区αを本拠地としてきたが(以下「βキャンパス」という),就学人口の増加,進学率の向上等による高等教育の拡大により,同キャンパスでは教学の拡充に対応できず,同41年にさいたま市γに新たにδ校舎を新設して(以下「δキャンパス」という),大学の工学部の一部(1,2年ほか)とシステム工学部の教育研究をδキャンパスで行っている。 被告は,昭和43年9月に設立された原告の教職員で構成されている労働組合である。(2) 原告は,昭和44年2月ころ,被告に対し,βキャンパスに別紙物件目録記載1の建物部分(以下「本件建物部分」という)を,δキャンパスにも別建物(昭和56年移転後は同目録記載2の建物)を,いずれも返還時期を定めず,無償で貸し渡した(以下「本件契約」という)。
(3) 終了原因その1
ア 本件契約は使用貸借契約であるところ,使用目的は,被告の組合運動の基礎造りに便宜を提供する目的であった。イ 本件契約は,本件建物部分貸与後34年間も経過し,貸与の使用目的は達している。ウ 原告は,平成15年3月19日,被告に対し,同月31日限り本件契約を解除し,同日限り本件建物部分を明け渡せとの意思表示をした。
(4) 終了原因その2
本件契約は使用貸借契約であるところ,使用目的がなかったとしても,前記(3)ウの意思表示により,本件契約は解除されている。
(5) 本件建物部分の平成15年4月1日以降の賃料相当損害金額は,月額19万1400円である。(6) よって,原告は,被告に対し,本件契約終了に基づき,本件建物部分の明渡し及び本件契約終了の日の翌日である平成15年4月1日から本件建物部分の明渡済みに至るまで月額19万1400円の割合による賃料相当損害金の支払を求める。
2 請求原因に対する認否
(1) 請求原因(1)は認める。
(2) 同(2)は認める。ただし,本件契約は使用貸借契約ではない。本件契約は労働協約によって成立したものであり,集団的労使関係上の特別の合意である。労働協約に基づく占有権原である以上,原告が被告に対し本件建物部分の明け渡しを求める場合には,原告は被告に対しβキャンパス内に代替施設を貸与すべき義務があり,このような義務を果たさないまま,本件建物部分の明渡しを求めることは,労働協約上の義務に反し許されない。(3) 同(3)のうち,ア,イは否認し,ウは認める。
本件契約の法的性質は前記(2)で述べたとおりである。本件契約が使用貸借契約だとしても,使用目的は,被告が労働組合事務所として使用すること,言い換えれば,被告の組合活動の本拠として組合の維持・運営ひいては団結権の確保のためにされたものであり,原告の主張するような組合運動の基礎造りといった一時的な目的のためにされたものではない。
(4) 同(4)は争う。本件契約が仮に使用貸借契約であったとしても,使用目的は前記(3)で述べたとおりであり,使用目的がないとの事実は否認する。
(5) 同(5)は否認する。
3 抗弁
被告は,昭和44年2月以来,本件建物部分を組合事務所として平穏に使用している。被告の本件建物部分の使用が,原被告間の合意に基づいてされてきたことからすれば,代替施設についての協議にすら応ぜず,必要最小限の組合事務所を貸与することもなく一方的に被告に対し本件建物部分の明渡しを求める原告の請求は,権利の濫用として許されることではない。
4 抗弁に対する認否
否認する。
原告大学の昭和44年当時の規模は1学部13学科と大学院1研究科,3専攻であったが,現在は2学部17学科と大学院2研究科,8専攻に拡大し,定員は2112名から6254名へと約3倍に増加している。原告は,学生増加等に対処するため,βキャンパスに新校舎を新築するなどしたが,同キャンパス敷地はこれ以上の建物建築は不可能であり,同キャンパス外の近隣ビルを賃借しているのが現状である。他方,被告は,δキャンパスに立派な組合事務所を有しており,狭隘なβキャンパスに二重に組合事務所を確保しておく必要性はない。したがって,原告の本訴請求は権利濫用には当たらない。
第3 当裁判所の判断
1 本件契約の法的性質について
(1) 原告は,本件契約は使用貸借契約であることを前提に,本件契約は終了したとして,本件契約の目的物である本件建物部分の明渡しを求めている。これに対し,被告は,本件契約は使用貸借契約ではなく,労働協約で認められた特別の合意(無名契約),すなわち,原告において他に組合事務所の代替施設を提供しない限り本件建物部分の明渡しを求めることができないという契約であると反論する。そうすると,本件契約が使用貸借契約でなければ,原告の本訴請求はその前提を欠きその余の点を判断するまでもなく棄却を免れないので,まず,本件契約の法的性質について判断することにする。
(2) 請求原因(1)(当事者),(2)(本件契約の成立)はいずれも当事者間に争いがない。そうすると,本件契約内容は,原告が被告に対し本件建物部分を,返還時期を定めず,無償で貸し渡すとの内容である。ところで,使用貸借契約とは,「対価を払わないで,他人の物を借りて使用収益する契約」をいうとされている(我妻栄「民法講義Ⅴ2」375頁参照)ところ,本件契約は,これに合致している。この点,被告は,本件契約が労働協約により締結された点をいうが,どのような形式で締結されたにせよ,その中身が対価を支払うことなく他人の物を使用収益する以上,その法的性質に変わりはないと解するのが相当である。
(3) 以上によれば,本件契約の法的性質は使用貸借契約と解するのが相当である(組合事務所の使用関係を民法上の使用貸借契約であると解するものとして,東京地判昭50・7・15判時788号101頁,東京高判昭54・1・20判タ386号123頁,大阪地判昭57・2・26判時1048号155頁などがある)。2 本件契約の終了原因の有無について
(1) 原告は本件契約の使用目的は,「被告の組合運動の基礎造りに便宜を提供するため」であったか,あるいは,ページ(1)

「使用目的はない」と主張する(請求原因(3),(4))ので,まず,この点について判断する。(2) 証拠(甲4,5,9,13の1ないし3,同14,乙1ないし20,証人A,同B,被告代表者)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 被告の結成
(ア) 原告においては,昭和43年までに何度か教職員からなる労働組合を結成しようとする動きがあったが,そのたびに原告の圧力等により結成されるまでには至らなかった。昭和43年1月に入り,学内の民主化を要求する学生と原告理事会との対立が激化するなか,原告理事会の力が弱まってきた。以上のような動きの中,原告の教職員105名は,昭和43年9月7日,教職員発起人総会を開催し,労働組合結成の準備を公然化させた。(甲4,5,乙16,20,証人A【1頁】)
(イ) 原告の教職員127名は,昭和43年9月30日,被告の結成大会を開催し,被告が正式に発足した。被告は,同年10月29日,組合役員選挙を行い,委員長にC,副委員長にA,D,書記長にEを選出し,役員体制を確立した。(乙12,16,20)
(ウ) 被告は,同年12月3日,緊急臨時大会を開催したが,組合員数は463名となり,教員の約8割,職員の約9割を組織するに至り,同月21日には組合員数は471名に増加した。また,被告は,同年10月30日に第1号の組合ニュースを発行し,以後同年12月21日までに第7号の組合ニュースの発行を重ねるなど活発に組合活動を続けていた。(乙12,14,15)
イ 組合事務所貸与の経緯
(ア) 被告は,組合活動を行うために活動の拠点,連絡先となる組合事務所を必要とした。被告は,組合の結成当初から昭和43年11月初旬頃までは,原告から被告に対し,組合事務所は貸与されておらず,組合役員の研究室であるβキャンパスでは東館25号室,δキャンパスでは社会科学教室(2204号室)を組合仮事務所としていた。また,被告は,同年11月26日頃,βキャンパス内の組合仮事務所を東館25号室から本館23号教室に移動させた。(乙12,13,16,証人A【8,22頁】)
(イ) そこで,被告は,同年10月31日,原告理事会に対し,電話,机,掲示板の貸与,組合費のチェックオフ等に加え,組合事務所を貸与せよとの要求をした。被告は,組合事務所の貸与要求に当たり,原告理事会に対し,組合運動の基礎造りのためにその期間貸してほしいという条件付きの貸与の要求はしていない。被告は,昭和44年2月12日,原告との間で,組合事務所の貸与について覚え書(以下「本件覚え書」という)を取り交わした。本件覚え書には,「組合に組合事務所を貸与する」と記載がされているだけであり,「組合運動の基礎造りに便宜を提供するため」等の限定は一切されていない。原告理事会は,当日,被告に対し,組合事務所を貸与することは約束したが,部屋が窮屈なので,どの部屋を組合事務所とするかは今のところは確答できないが,部屋割委員会で決めると述べた。(乙1,12,16,17,証人A【26頁】)
(ウ) 原告は,昭和44年2月25日,理事会を開催した。当該理事会では,被告への組合事務所貸与が議題となり,別館1号館玄関脇に木造で約17坪の仮事務所を建築し(建築費用のうち7割を原告側で負担する),これをβキャンパスの被告組合事務所として貸与するという案を被告に提案してはどうかという結論になった。これに対し,被告は,同年3月18日ころ,原告に対し,βキャンパスの組合事務所として別館1号館5階の154号室(本件建物部分)を使用したいとの要望書を提出し,原告は,その後間もなくこれを承認した。そして,原告は,同年4月上旬ころ,原告の費用で,別館1号館5階の154号室(本件建物部分)に電話を引き,電気工事をするなどして,被告が組合事務所として使用できるように設備を整え,被告に対し本件建物部分を使用させた。(甲9,乙17,証人A【13ないし15頁】,弁論の全趣旨)
(エ) 被告は,同年4月上旬以降今日までの間,本件建物部分を組合の中心的活動拠点として,これまでの資料の収集・保管,組合ニュースの印刷・発行,中執会議,分会会議,選管会議,書記局会議等の開催場所,福利厚生活動,情報交換の場として使用している。被告では,組合専従書記1名が本件建物部分で執務している。(乙18,19,証人B【7ないし11頁】,被告代表者【2ないし5頁】)
ウ 本件建物部分明渡交渉の経過
(ア) 被告が本件建物部分の貸与を受けた昭和44年から同55年までは,原告から被告に対する本件建物部分の明渡要求はない。原告は,昭和55年12月9日,被告に対し,本件建物部分を明け渡し,組合事務所を別館1号館1階に新設する場所に移転することを要求し,被告も,同56年1月27日,これを受け入れた。しかし,原告の提案のあった移転場所は,ピロティー部分を仕切って部屋を作り,これを被告の組合事務所として使用させるという案であったが,建築基準法上の制約から建築が困難であること等が判明し,実現するには至らなかった。(甲13の1ないし3,証人A【20,24頁】)
(イ) その後,原告から被告に対し本件建物部分の明渡要求はなかったが,平成11年12月17日になって,原告は,被告に対し,本件建物部分の移転を要求した。移転要求文書は,「教職員組合事務所の移転について(要請)」と題する文書であり,当該文書には,「このことは,貴組合用事務所供与の停止を意味するものではなく労働組合法に云う『経費援助にならない範囲の最小限の広さの事務所の供与』という趣旨を活かしつつε校舎諸室利用の効率化にご協力願うということです。」と記載されている。すなわち,原告の被告に対する平成11年12月の本件建物部分の明渡要求は,本件建物部分からβキャンパスのもう少し狭い場所に移転してほしいという内容の要求であった。しかし,原告から被告に対し具体的な移転先の提示のないまま,本件建物部分の明渡し話は一旦は立ち消えになった。(甲14,証人A【32頁】,被告代表者【6頁】)
(ウ) 原告は,平成14年5月21日,被告に対し,本件建物部分を同年7月末日までに明け渡すよう要求した。原告の今回の明渡要求は,被告に対し他に代替場所を提供するというのではなく,βキャンパス内には被告に貸与する余地はなく,被告において必要なら自分で周辺に場所を求めるようにしてはどうかという内容であった。被告は,原告に対し,本件建物部分より狭くても構わないのでβキャンパス内に代替施設を貸与してほしいとの態度をとったが,原告はこれを一貫して拒否し,本訴を提起した。(甲14,乙2ないし11,被告代表者【5ないし9頁】)(エ) 本訴提訴時の原告の代表理事であったAは,証人尋問の中で,本件覚え書の効力はなくなっていないし(証人A【29頁】),本件建物部分を明け渡してもらった後の具体的な利用計画が決まっているわけではない(証人A【31頁】)と証言している。また,原告が被告に対し本件建物部分の明渡しを求めたこれまでの理由はβキャンパスの狭隘さを理由とするものであって,組合運動の基礎造りに便宜を提供するという目的を達したということを理由にしたことはなく,このような理由が主張されたのは本訴になってからである。(証人A【29,31頁】,同B【10頁】,被告代表者【9頁】,弁論の全趣旨)
(3) 本件契約の使用目的について
前記(2)で認定した被告の組合結成の経緯,原告から被告に対する組合事務所貸与の経緯,明渡交渉の経過をみてみると,①被告は組合活動の拠点とするためにβキャンパス内に組合事務所を必要としたこと,②原告は被告の事情を承知のうえ本件建物部分を貸与したこと,③本件覚え書には,「組合に組合事務所を貸与する」と記載がされているだけであり,「組合運動の基礎造りに便宜を提供するため」等の限定は一切されていないこと,④原告は被告の組合運動の基礎造りが終了して長期間経過しているのに,代替施設の提供なく明渡しを求めたのは平成14年5月になってからのことであること,⑤しかも,これまでの本件建物部分明渡しの根拠はβキャンパスの狭隘さであり,本訴提起まで被告の組合運動の基礎造りが終了し使用目的が達成されているということが理由とされたことはないことが認められ,そページ(2)

うだとすると,本件契約の目的を「被告の組合運動の基礎造りに便宜を提供するため」,「使用目的はない」と認めることはできず,本件契約の使用目的は,「被告の組合事務所」,換言すれば,「被告の組合活動の本拠として組合の維持・運営」のためにされたものと認めるのが相当であり,当該判断を覆すに足りる証拠は存在しない。(4) 小括
以上によれば,請求原因(3),(4)(終了原因その1,その2)は,これを認めるに足りる証拠が存在しない。よって,原告の本訴請求はその余の点を判断するまでもなく理由がない。3 結論
以上によれば,原告の本訴請求は理由がないので,これを棄却することにする。なお,最後に付言するに,生徒数,βキャンパスの面積等に照らすと同キャンパスが狭隘であることは証拠(甲6,12)上明らかである。そして,被告もこれを踏まえて,本件建物部分の使用に拘泥しているわけではない。本件契約の成立に至る経緯,本件覚え書の内容等に鑑みれば,本件建物部分の明渡し後の利用目的も示すことなく明渡しを求める原告の態度には問題が多く,明渡しに正当な理由があるとは言い難い。原告においては,被告に対し,本件建物部分の具体的な利用計画を示し,他の代替施設の提供案を示すなどして,互いに譲歩して本件を話し合いで解決するのが相当と思われる。東京地方裁判所民事第36部
裁判官 難波孝一

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