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預金払戻請求事件
事件番号平成16(ネ)4315
事件名預金払戻請求事件
裁判年月日平成17年1月19日
法廷名東京高等裁判所
結果その他
判例集等巻・号・頁第58巻1号6頁
原審裁判所名千葉地方裁判所
原審事件番号平成15(ワ)1482
判示事項自動継続特約付きの定期預金債権の消滅時効の起算点
裁判要旨自動継続特約付きの定期預金債権の消滅時効は,預金者から継続停止の申出がされた後の満期日の翌日から進行する。
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主文1
原判決を取り消す。

2
被控訴人は,控訴人に対し,200万円及びこれに対する昭和62年2月24日から支払済みまで年3.86%の割合による金員を支払え。
3
訴訟費用は,第1,2審を通じ,被控訴人の負担とする。

4
この判決は,第2項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由

第1

控訴の趣旨

主文同旨
第2
1
事案の概要
本件は,A信用組合に対して定期預金として200万円を預け入れた控訴人
が,同信用組合の営業を承継した被控訴人に対し,定期預金契約に基づき,定期預金元本200万円及びこれに対する預入れの日の翌日である昭和62年2月24日から支払済みまで約定の年3.86%の割合による利息及び遅延損害金の支払を求めた事案である。
2
原審は,被控訴人の消滅時効の抗弁を認め,控訴人の請求を棄却した。当裁
判所は,原判決と異なり,控訴人の請求は認容すべきものと判断した。3
前提となるべき事実(認定事実には括弧内に証拠を掲記した。)

(1)控訴人は,A信用組合に対し,昭和62年2月23日,期間1年(満期日昭和63年2月23日),利率年3.86%と定めて,200万円を定期預金(本件定期預金)として預け入れた。
(2)本件定期預金の契約には,次の特約がされていた(下記アの特約を「本件自動継続特約」という。甲第1号証の2)。

(自動継続)



この預金は,表面記載の満期日に前回と同一の期間の預金に自動的に継続し
ます。継続された預金についても同様とします。


継続を停止するときは,満期日(継続をしたときはその満期日)までにその
旨を申し出てください。この申出があったときは,この預金は,満期日以後に支払います。

(預金の解約,書替継続)

この預金を解約又は書替継続するときは,下記の受取欄に届出の印章により記名押印して提出してください。
(3)その後,A信用組合は,合併してB信用組合になり,B信用組合は,平成14年8月19日,被控訴人に対し,営業の全部を譲渡した。
(4)控訴人は,B信用組合に対し,平成14年8月13日,本件定期預金契約の解約申入れをした。
(5)被控訴人は,平成15年9月5日(原審第1回口頭弁論期日),控訴人に対し,本件定期預金に係る払戻請求権について消滅時効を援用する旨意思表示した(当裁判所に顕著な事実)。
4
争点

(1)弁済(抗弁。争点1)
(2)消滅時効(抗弁。争点2)
(3)権利濫用(再抗弁。争点3)
5
争点1(弁済)についての当事者の主張

(1)被控訴人
控訴人は,昭和62年5月26日,本件定期預金に係る契約を解約し,A信用組合から定期預金の払戻しを受けた。
なお,払戻手続に関する証書その他の伝票類の保管期間は既に経過しており,被控訴人には,当時,A信用組合においてどのような書類が作成又は授受されたのか不明である。
(2)控訴人
控訴人は,本件定期預金の払戻しを受けてはいない。
本件定期預金の原資は株取引で出た利益で,差し迫った資金需要もなく,控訴人は,長期間預け入れるつもりで,昭和62年3月初めころから,本件定期預金の証書をC銀行D支店の貸金庫に預け入れた。
平成14年8月,B信用組合が破綻し,被控訴人に預金が引き継がれるという情報を聞き,控訴人は,不安を抱き,同信用組合に解約を申し入れた。控訴人は,取引内容を知らせる明細等の送付を受けたことはなく,本件定期預金が解約されたことになっていることに気付く余地はなかった。
6
争点2(消滅時効)についての当事者の主張

(1)被控訴人

本件定期預金の払戻請求権は,弁済期(昭和63年2月23日)から5年又
は10年が経過しており,消滅時効が完成している。

消滅時効は,権利の行使について法律上の障碍がなくなった時から進行し,
また,債権者の意思によって除き得る法律上の障碍は時効の進行を止めない。本件自動継続特約により,預金者が満期日までに継続の停止を申し出ることによって,満期日以後に預金を支払うこととされ,弁済期が延長されても,延長された弁済期は,債権者の意思によって除き得るもので,時効の進行を妨げない。また,本件定期預金につき,本件自動継続特約により,継続停止の申し出がない限り,消滅時効の進行が開始しないと解することは,時効の利益を予め放棄することができないとする民法146条の規定(強行規定)に反する。

金融機関では帳簿等の保存期間を定め,商法上も,商業帳簿等の保存期間は
10年に限られており,10年以上前に払い戻した預金については払戻手続に関する書類を提示できず,弁済の抗弁について立証の途が閉ざされかねない。金融機関の実務としては,証書や届出印を紛失した場合であっても,本人確認の上所定の手続によって証書を再発行し,又は預金の払戻しに応じることがある。その現状においては,預金者が紛失を理由に預金証書の再発行を受け,払戻しを受けたにもかかわらず,10年以上後に証書を提示して払戻しを請求した場合,銀行実務上,払戻手続を裏付ける書類は廃棄されており,二重払いの危険にさらされる。エ
最初の満期日から時効が進行すると解しても,預金者にとって大きな弊害は
ない。時効期間の満了とその援用によって預金債権は消滅するが,普通預金,当座預金,自動継続特約のない定期預金等その他の預金債権も同様で,自動継続特約付き定期預金のみを厚く保護すべき理由は乏しい。いずれの預金についても預金者は時効期間が経過するまでの間に時効を中断することができ,救済の手段が奪われることにもならない。

時効の遡及効により,元本債権が遡って最初の満期日から存在しない扱いと
なる以上,利息が発生せず,元本と切り離して利息のみが存在することはない。(2)控訴人

本件定期預金は,本件自動継続特約により,更新されて弁済期も更新され,
当初の弁済期から5年又は10年を経過したからといって消滅時効は完成せず,その消滅時効は,継続停止の申出がされた後の最後の満期日から進行する。預金契約において,預金者は,解約などにより契約関係が終了するまで元本の払戻請求をしない義務を負い,金融機関は,契約期間中,預金を返還しないで利用できる権利を有しているのであり,預金債権又は払戻請求権が時効消滅する余地はない。当座預金に関し,払戻しが可能となる契約終了時から消滅時効が進行するとした判例(大審院昭和10年2月19日判決・民集14巻2号137頁)は,上記のような預金の本質に関する理解を前提としたものである。

期限の定めのある寄託契約において,寄託者はいつでも返還を請求すること
ができるが,寄託期間内は消滅時効は進行しないと解されている。ウ
預金者にとって,自動継続特約によって銀行に預金の保管を継続させること
は契約上の権利であり,定期預金が自動更新されたことは,債権者がその意思により更新後の弁済期という法律上の障害を除かなかったと評価すべきでなく,自動更新後の満期日まで預金を保管させるべく権利行使をしたと評価すべきである。エ
消滅時効の起算点に関する控訴人の主張によった場合,金融機関は,証拠の散逸に対する救済がないこととなりうるが,自ら,更新回数に制限のない約款を設け,定期預金を受け入れているのであり,生じうる不都合も負うべきである。長期間放置された自動継続特約付き定期預金について最終的な整理ができないのも,金融機関が自ら設定した預入条件によるものにすぎない。このような預金について消滅時効を認めれば,金融機関は,預金を貸付の原資として収益を上げることができる上に,預金の払戻しも免れて二重に利得し,利益衡量上均衡を欠く。オ
本件定期預金は,いわゆる元利継続で,満期日に利息を元本に組み入れた金
額を新たな元本として継続され,元本という契約の重要部分が変更されるのであるから,更改ないしそれに準ずる重要な変更がされ,当初の満期日を起算点として消滅時効の成否を論ずることはできない。

利息債権は既に発生した具体的な利息債権と,契約に基づく抽象的な利息債
権があり,後者は成立において附従性があるため元本債権とともに消滅時効にかかるが,具体的利息債権は,独立の財貨としての価値があるもので,元利継続の預金債権においては特に要保護性が高く,法律上の擬制にすぎない時効の遡及効は貫徹すべきでなく,個別に消滅時効を考えるべきである。
7
争点3(権利濫用)についての控訴人の主張

本件においては,被控訴人による過誤払い又は被控訴人の電算機のシステムトラブルにより控訴人の定期預金を消滅させる扱いとしてしまったことが推認される一方,控訴人は,被控訴人を信用して預金を預け入れていただけである。本件自動更新特約はいわゆる約款の一部であり,控訴人は,本件自動継続特約を含め,A信用組合の設定した契約条件を受け入れるしかなかった。しかも,控訴人は,A信用組合から何らの案内を受けたことはなく,自己の定期預金がどのような扱いになっているのかを一切知る機会がなかったが,自動継続特約が付されていることから何らの具体的更新手続をとることなく,払戻しが受けられるものと信じて預入れを継続していた。このような事情の下で被控訴人が消滅時効の援用をすることは権利の濫用である。
第3
1
当裁判所の判断
争点1(弁済)について

控訴人が昭和62年5月26日本件定期預金を解約し,A信用組合が債務の弁済をした旨の被控訴人の主張に沿う証拠である取引明細表(乙1。写し)は,同信用組合の取引に関する電算記録の写しで,本件定期預金の払戻しをうかがわせる記録があるものの,同信用組合において作成されたもので,これのみによっては,弁済の事実を認めることはできず,他に弁済の事実をうかがわせる証拠はない。かえって,控訴人は,本件定期預金に係る預金証書を所持しており(甲1の1及び2),その再発行などの特段の事情がない限り,未だ本件定期預金の払戻しを受けていないことが推認され,被控訴人主張に係る弁済及びこれをうかがわせる事実は,これについてのA信用組合と控訴人の間で授受されたであろう書類が保存期間の経過による不明(被控訴人の主張)を理由に,何ら主張立証がされていない。以上によれば,被控訴人主張の弁済の事実を認めることはできない。2
争点2(消滅時効)について

(1)消滅時効は権利を行使することができるときから進行し(民法166条),返還時期の定めのある消費寄託契約と解せられる定期預金契約については,(寄託契約における受寄物の返還請求権の消滅時効の開始時期に係る議論を措くと,)預金者は定期預金の満期の到来後に払戻しを請求することができるのであるから,消滅時効期間は,満期の翌日から進行を開始すると解せられる。
(2)本件定期預金は,本件自動継続特約が付され,これにより,預金者である控訴人から払戻請求がされない限り,満期の日,何らの行為を要せずに,従前と同一の預入期間の定期預金として継続される(前記前提となる事実)。これによれば,本件定期預金は,控訴人が払戻請求をしないと,更に満期の日から1年後を期限とするものとなり,控訴人は,新たな期限まで払戻請求をすることができず,消滅時効期間が進行することはない。尤も,本件定期預金に係る契約においては,A信用組合が認めた場合,満期日前の解約も可能であることがうかがわれるものの(甲1の2参照),満期前の解約の事実について主張及び立証がされていない本件においては,消滅時効期間の進行の決定を左右しない。
(3)本件についてこれをみるのに,控訴人は,本件定期預金につき,平成14年8月13日,A信用組合が合併によりB信用組合となった後,同信用組合に対して解約の申入れをした(前記前提となる事実)ものの,それ以前に継続停止の申し出をしたり,解約の申入れをしたことを認めるに足りる証拠はない。これによれば,本件定期預金は,当初の満期日とされた昭和63年2月23日から1年ごとに期限が繰り延べられ,平成14年8月13日,控訴人により,解約の申入れがされ,これにつき,B信用組合が期限前の解約を認めた事実を認定するに足りる証拠もない以上,上記解約申入れ後初めての満期日である平成15年2月23日の到来により払戻請求権の行使が可能となり,その翌日から消滅時効期間が進行を開始したと解せられる。よって,本件定期預金の払戻請求権は,本件訴訟が提起された平成15年6月当時,未だ消滅時効が完成するに至ってはいない。(4)被控訴人の主張について

本件自動継続特約の効果により期限が到来せず,時効期間が進行を開始しな
いのであり,予め時効の利益を放棄することに当たらず,被控訴人の主張は,前提を欠く。

本件定期預金は,継続の停止を申し出ることにより,債権者の意思によって
期限を到来させ,債権を行使する障碍を取り除き得るものの,本件自動継続特約の下においては,継続の停止を申し出ないことは,債権者が更に同じ期間定期預金を継続する意思を明らかにしたと意思解釈すべきもので,これをもって,債権を行使する障碍を取り除かなかったことと同視することはできず,法律上の障碍に当たるかどうかを問うまでもなく,被控訴人の主張は,失当である。

預金者が紛失を理由に再発行を受けた預金証書により払戻しを受けながら,
10年以上を経た後,再度払戻請求をすると,金融機関の実務上,当初の払戻手続を裏付ける書類が廃棄されており,弁済についての立証の途が閉ざされ,二重払いの危険にさらされうることは,被控訴人の主張のとおりであるが,安易な再発行を避け,又は自動更新特約の回数を制限する等の方法により,金融機関において,自らを守る工夫をすれば足りることであり,被控訴人の主張は,これをしないことを理由に,負担を顧客に転嫁するに等しいもので,採用の限りではない。エ
被控訴人のその余の主張を考慮しても,上記判断を左右するには足りない。
3
以上の次第で,前提となる事実記載の請求原因事実によれば,被控訴人の抗
弁をいずれも認めることができない以上,その余の点について検討するまでもなく,控訴人の請求は理由がある。本件定期預金については,利息は継続日に予め指定された方法によって元金に組み入れ,又は指定口座に入金して支払い,利率は継続後の定期預金のそれにより計算すると定められている(甲1の2)。これによれば,控訴人は,預け入れた元金を請求することができることは明らかであり,継続後の利率の変更について,いずれの当事者も,主張及び立証をしない本件においては,控訴人は,また,当初の約定利率である年3.86%の割合により,昭和62年2月24日(預金日の翌日)から平成15年2月23日(解約申入れ後最初の満期日)までの利息及びその翌日以降支払済みまでの遅延損害金の支払を請求することができる。
第4

結論

以上によれば,控訴人の請求を棄却した原判決は相当ではなく,本件控訴は理由があり,原判決を取り消すこととして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官

江見弘武

裁判官

村田斉志
裁判官

市川多美子)

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