判例検索β > 平成18年(わ)第265号
覚せい剤取締法違反 住居侵入 窃盗
事件番号平成18(わ)265
事件名覚せい剤取締法違反 住居侵入 窃盗
裁判年月日平成19年6月13日
法廷名和歌山地方裁判所
結果その他
裁判日:西暦2007-06-13
情報公開日2017-10-13 01:38:32
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(判示事項の要旨)
主文
被告人を懲役2年に処する
未決勾留日数中270日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,
第1

Aと共謀の上,金品窃取の目的で,平成18年1月6日午前2時ころ,大阪府阪南市ab丁目c番d号B方に,西側勝手口ドアの施錠を外して侵入し,同所において,同人ほか5名所有の現金約40万円及びネックレス等42点在中の金庫1台(物品時価合計約144万1000円相当)を窃取し,
第2

法定の除外事由がないのに,同年4月4日,和歌山市ef番地のg所在のホテルCh号室内において,フエニルメチルアミノプロパン塩酸塩若干量を含有する水溶液を自己の身体に注射し,もって覚せい剤を使用し

たものである。
(事実認定の補足説明)
1
弁護人の主張等
弁護人は,平成18年5月9日付け起訴状記載の公訴事実について,被告人は公訴事実記載の日時・場所において覚せい剤を使用しておらず,無罪であると主張し,被告人も当公判でこれに沿う供述をしているので,以下検討する。
2
(1)

本件事実経過等について
被告人の逮捕に至る経緯
関係証拠によれば,次の事実が認められる。
被告人は,
平成18年4月4日午前零時半ころから同日正午前ころまでの間,内縁の夫であるA(以下Aという。
)と二人で,和歌山市ef番地のg所
在のホテルCh号室(以下Ch号室と略称することがある。
)に滞在

した。被告人及びAは,この日以前にも同ホテルを利用したことがあったが,h号室に滞在したのはそのときが初めてであった。
被告人は,平成18年4月4日正午前ころ,Aとともに前記Cを出て,駐車場で車に乗ろうとした際,警察官らから職務質問を受けた。被告人は,その場で和歌山東警察署まで同行を求められたことから,警察車両にAとは分乗して同署に赴き,同日正午ころ,同署に到着した。
被告人は,Ch号室における窃盗事件(Aが同室内のゲーム機から現金を窃取した事件)に関し,Aとは別の部屋で取調べを受けていたが,同日午後零時15分ころから同日午後零時25分ころまでの間,同署3階女子トイレにおいて,任意の採尿に応じて警察官に尿を提出し,その後引き続き取調べを受けた後,同日午後4時ころ帰途に就いた。被告人は,それ以降再び警察官から採尿を求められたことはなかったが,同月18日,覚せい剤使用の被疑事実で逮捕された。
(2)

本件注射器の状態等
関係証拠によれば,次の事実が認められる。
前記Cの支配人であるEは,平成18年4月4日午後1時30分ころ,警察官らによる実況見分が終了した後のh号室を掃除していた際,同室ベッドルームにおいて,東向きに設置されたソファーの北側肘掛け部分と座席部分の隙間から,注射器1本(以下本件注射器という。
)を発見した。
本件注射器の筒内には,100分の2ないし4ミリリットルの薄茶褐色の液体が入っており,その液体からは,被告人の血液及び覚せい剤であるフエニルメチルアミノプロパン塩酸塩が検出された。また,本件注射器は,針の部分にも血液様のものが付着していた。
この点,本件注射器の筒内に入っていた液体について,証人Fは,当公判で,平成18年4月5日に本件注射器が任意提出された際,
筒を振ってみたところ,
中の液体がどろどろの状態で固まっていなかった旨証言し(第2回公判調書中
の証人Fの供述部分。以下公判手続更新前の証言についても,更新後のものと同様に証言と呼称する。,また,証人Gは,当公判で,同人が本件注射)
器の鑑定を行った同月7日当時,
注射器内の液体がいまだ流動性を保っており,
完全には固まっておらず,注射器内から液体を出すときは,押し棒を押して針先から出した旨証言する(証人Gの当公判廷における供述)

両名の各証言は,具体的かつ明確で,相互によく符合しており,両名の捜査あるいは鑑定の経験に照らして誤認のおそれはまず考えられず,両名ともに被告人を陥れるべく敢えて虚偽の供述をするだけの動機を有していないし,客観的な情況と矛盾するところも特段見当たらないから,いずれも信用性が高い。したがって,本件注射器内に入っていた液体の状態については,前記両名の証言のとおりと認められる。
(3)

被告人の注射痕について
証人Hは,当公判で,平成18年4月4日当時,被告人の右腕肘関節の内側部分に少なくとも3箇所,左腕肘関節の内側部分に少なくとも2箇所,それぞれ注射痕があったこと,その注射痕が,注射から一,二日後のものであったとしても矛盾しないこと,また,一般的に注射痕は,長くても注射後10日から2週間で消えてしまうことを証言する。
Hの前記証言は,医師としての専門的な知識と経験に基づいた具体的かつ詳細なもので,
慎重を期して確実に注射痕と思われる箇所のみを指摘しているし,同人が殊更虚偽の供述をする理由もおよそ考えられないから,その信用性は高い。
したがって,被告人の注射痕の状況等に関しては,Hの前記証言のとおりと認められる。

(4)

Aによる覚せい剤の使用・所持
関係証拠によれば,Aは,平成18年4月4日午前1時半過ぎころ,Ch号室において,覚せい剤を自己の身体に注射して使用するとともに,同室におい
て,覚せい剤であるフエニルメチルアミノプロパン塩酸塩の結晶性粉末約0.197グラムも所持したものと認められる。
(5)

前記事実関係の総合評価
本件注射器の内外の状態,その筒内に入っていた液体から被告人の血液及び覚せい剤が検出されている状況,被告人の注射痕の部位・状態等にかんがみれば,本件注射器内に覚せい剤であるフエニルメチルアミノプロパン塩酸塩又はその水溶液が入った状態で,その針が被告人の右腕又は左腕の肘関節の内側部分の血管に刺さったこと,また,その際,注射器の押し棒が引き上げられて被告人の血液がその筒内に吸い上げられ,筒内のフエニルメチルアミノプロパン塩酸塩又はその水溶液と被告人の血液が混合したものであることが強く推認される。
そして,注射器の押し棒を引き上げて血液を吸い上げる行為は,覚せい剤の使用者が,覚せい剤水溶液を血管内に注射する前提として,注射器の針先が確実に血管内に刺さっていることを確認するため,すなわち血管へ覚せい剤水溶液を注入するいわば準備行為として行うのが通常と考えられるから,そのような準備行為が行われたのであれば,その時点で注射行為が中断された可能性も全くあり得ないとはいえないが,通常は特段の事情がない限り引き続き筒内の覚せい剤水溶液もそのまま血管内に注入されるものであるし,現に本件注射器の筒内に残存していた被告人の血液その他の液体の量は前記のとおりごく少量だったのであるから,本件においては,前記覚せい剤を含有する水溶液が本件注射器により被告人の血管内すなわち体内に注入されるに至ったと考えるのが合理的である。
次に,覚せい剤水溶液が被告人の体内に注入されるにまで至ったか否かはともかく,その注射行為が行われた時期及び場所について考察するに,本件注射器の任意提出及び鑑定時,筒内に入っていた被告人の血液を含む液体が十分な流動性を有していたことからすれば,本件注射器の発見時においても同様に上
記液体が十分な流動性を有していたと認められること,本件注射器が別の場所で既に使用済みだったのであれば,被告人やAがこれを敢えてCh号室に持ち込んだ上で,同室ベッドルームのソファーの隙間に殊更投棄する必然性が全くないと考えられること,
平成18年4月4日当時,
被告人の両腕に注射から一,
二日後であるとしても矛盾しないようなはっきりとした注射痕がみられたこと,被告人及びAがCh号室を利用したのはそのときが初めてであったこと,Aが複数回の注射使用に十分な量の覚せい剤を所持し,現にCh号室において覚せい剤を自己使用していること,Aと内縁関係にある被告人は覚せい剤の融通を受けることが十分可能であったとみられること等に照らせば,前記注射行為は,被告人がCh号室に滞在していた時間内に,同所においてなされた可能性が高いというべきである。
3
(1)

被告人の尿鑑定について
本件鑑定経過等
関係証拠によれば,次の事実が認められる。
和歌山県警察本部の科学捜査研究所に所属する技術吏員I(以下Iという。
)は,平成18年4月4日午後2時ころ,被告人の尿鑑定を実施した(以下本件鑑定という。。

本件鑑定は,警察庁の覚せい剤試験要領に従い,薄層クロマトグラフィー,ガスクロマトグラフィー,ガスクロマトグラフィー・質量分析法の3種類の方法で鑑定資料中の覚せい剤成分の検査を行うもので,3つの検査結果がいずれも陽性であって初めて,鑑定資料に覚せい剤が認められる旨を技官が鑑定書に記載するというものであった。また,3種類の検査中最初に行われるガスクロマトグラフィー検査では,その検査結果を表示したガスクロマトグラム上において,覚せい剤の未変化体であるフエニルメチルアミノプロパン(以下覚せい剤未変化体という。)は保持時間2.9分過ぎくらいに,その代謝物であ
るフエニルアミノプロパン(以下覚せい剤代謝物という。は保持時間2.)

7分くらいに,それぞれピークが記録されることになっていた。
本件鑑定のガスクロマトグラムでは,保持時間2.924分の位置に,面積2414,濃度0.016マイクログラムのピークが記録された。しかし,Iは,そのピークが非常に微量であり,かつ,覚せい剤代謝物の保持時間の位置にピークが記録されなかったことから,①ガスクロマトグラフィーは,比較検査であるので,ガスクロマトグラム上の同じ保持時間の位置に記録される他の物質が存在する可能性があるとされており,②覚せい剤代謝物が検出されていない以上,
覚せい剤そのものが何らかの原因で,
被告人の体内を経ることなく,
鑑定資料たる尿に直接混入した可能性も一般論としては否定できないため,ガスクロマトグラフィーにおいて,陽性反応があったということはできないと考え,他の2種類の検査を行うことなく,

鑑定資料に、覚せい剤取締法にいう覚せい剤(フェニルメチルアミノプロパン)が認められない

との鑑定結果を報告した。
Iは,技官として年間200ないし300件の覚せい剤鑑定を行い,当公判での証言当時,科学捜査研究所に32年間勤務していたものであるが,これまで,ガスクロマトグラフィー検査のガスクロマトグラムにおいて,覚せい剤未変化体及び覚せい剤代謝物の各保持時間の位置にいずれもピークが記録されたが,次の検査で,覚せい剤以外の物質が原因であったと判明した経験はなかった。
(2)

Aの尿鑑定の経過等
関係証拠によれば,次の事実が認められる。
Aは,Ch号室における前記窃盗事件に関し,平成18年4月4日午後零時50分ころ,和歌山東警察署で緊急逮捕され,以後その事件の取調べを受けていたが,覚せい剤の使用を自ら認めた上,同所のトイレで任意の採尿に応じ,警察官に尿を提出した。また,Aは,同月5日午後8時ころ,再び同様に任意の採尿に応じ,警察官に尿を提出した。なお,Aは,前記両採尿の間,身柄を
拘束されており,この間に同人が覚せい剤を使用したり,覚せい剤に接触したりした形跡は窺われない。
Iは,同月4日午後4時ころ,同日採取されたAの尿の鑑定を実施した(以下A第1鑑定という。。A第1鑑定のガスクロマトグラフィー検査のガ)
スクロマトグラムでは,保持時間2.922分の位置に,面積16617,濃度0.107マイクログラムのピークが記録された。しかし,Iは,そのピークが微量であり,かつ,覚せい剤代謝物の保持時間の位置にピークが記録されなかったことから,本件鑑定の際と同様の考慮に基づいて,他の2種類の検査を行うことなく,

鑑定資料に、覚せい剤取締法にいう覚せい剤(フェニルメチルアミノプロパン)が認められない

との鑑定結果を報告した。また,Iは,同月6日,前日採取されたAの尿の鑑定も実施した(以下A第2鑑定という。)が,そのガスクロマトグラフィー検査のガスクロマトグ
ラムでは,覚せい剤未変化体だけでなく,覚せい剤代謝物の保持時間にもピークが記録された(なお,Iは覚せい剤代謝物の保持時間にピークが記録されたことを明確に証言しておらず,鑑定書にもその旨の記載は見当たらないが,I証言の全趣旨に照らせば,他の検査も実施している以上,上記のとおりピークが記録されたことは明らかというべきである。
)ほか,他の2種類の検査結果
も陽性であったことから,その鑑定資料たる尿に覚せい剤であるフエニルメチルアミノプロパンが認められる旨の鑑定書を作成した。
(3)

前記事実関係の総合評価
本件鑑定の技法は,
前記のとおり,
覚せい剤未変化体やその代謝物について,
別の物質を誤って検出するおそれを除去するため,三重にわたる検査を行い,また,覚せい剤未変化体と同じ保持時間にピークが検出されたとしても,覚せい剤代謝物が検出されない限り陽性との判断をしないなど,極めて慎重なものであって,同技法により覚せい剤が認められないと判断されることが,鑑定資料中に覚せい剤が存在しないことを意味するものではないこと,A第1鑑定の
ガスクロマトグラムが,覚せい剤未変化体の保持時間のみに微量のピークが認められた点で本件鑑定のガスクロマトグラムと近似していることや,A第1鑑定では尿からフエニルメチルアミノプロパンが認められるには至らなかったが,A第2鑑定ではこれが認められていること等にかんがみれば,本件鑑定においてIが鑑定資料に覚せい剤が認められない旨の鑑定結果を報告していることは,
被告人が覚せい剤を使っていないことを積極的に裏付けるものではない。すなわち,Aは,前記のとおり,平成18年4月4日午前1時半過ぎころ,Ch号室において覚せい剤を注射したものと認められるところ,同日中に採取された同人の尿に関するA第1鑑定においては尿中に覚せい剤が認められない旨の鑑定結果が出たが,翌5日午後8時ころに採取された同人の尿に関するA第2鑑定では,尿中に覚せい剤が認められた旨の鑑定結果が得られたわけであるから,覚せい剤を使用しても,使用当日中に採取された尿中に覚せい剤が認められない旨の鑑定結果が出されることは現実的にあり得るわけである。そして,むしろ,本件鑑定のガスクロマトグラムで,覚せい剤未変化体と同じ保持時間にピークが記録されていることや,Iが科学捜査研究所の技官としての長年にわたる経験上,前記保持時間にピークが記録される別の物質を検出したことがないこと,
前記のとおりのAの尿の鑑定経過等の事情を考慮すれば,
本件鑑定及びA第1鑑定のガスクロマトグラフィー検査における上記のピークは,いずれも覚せい剤未変化体によるものである可能性が高い。
してみると,A第1鑑定のガスクロマトグラムにおいて,覚せい剤未変化体と同じ保持時間のみにピークが現れ,覚せい剤代謝物と同じ保持時間にはピークが現れなかったということは,Iの証言によれば,覚せい剤が体内に摂取されてから,その代謝物が生成されるまでに要する時間には個人差があるというのであるから,覚せい剤使用から尿採取までの時間が短かったために,覚せい剤代謝物がいまだ尿中に排出されなかったからであると考えるのが合理的であり,そうすると,被告人の尿に関する本件鑑定結果もAと同様に覚せい剤摂取
から尿採取までの時間が短かったために,覚せい剤代謝物がいまだ尿中に排出されなかったものであると解する余地が多分にあるというべきである。4
小括
これまでに検討したところを総合すると,平成18年4月4日午前零時半ころから同日正午前ころまでの間,Ch号室において,本件注射器を用いて,フエニルメチルアミノプロパン塩酸塩の水溶液が被告人の右腕又は左腕の肘関節の内側部分からその体内に注入されたと合理的に考えられ,また,同日午後零時15分ころから同日午後零時25分ころまでの間に採取された被告人の尿に覚せい剤未変化体が含まれていた可能性が高く,かつ,被告人の尿に関する本件鑑定結果からすれば,被告人の覚せい剤摂取から前記採尿までの時間が短時間であった可能性が指摘できるところである。
以上の検討結果は,相互に強く符合し,補強し合う関係にあると評価できるから,以上を総合すれば,特段の事情がない限り,平成18年4月4日午前零時半ころから同日正午前ころまでの間,Ch号室において,本件注射器によって被告人の体内にフエニルメチルアミノプロパン塩酸塩の水溶液が注射されたものと推認できるというべきである。

5
特段の事情の有無について
そこで,進んで前記4の特段の事情の有無につき考察してみると,Iが当公判で供述しているように,本件鑑定資料たる被告人の尿の採尿過程で覚せい剤が直接混入したならば,本件鑑定のガスクロマトグラムのようなピークが記録される可能性があることから,以下この点につき検討する。
関係証拠によれば,前記採尿に当たり,被告人は,採尿容器15セットが在中した紙袋の中から,ビニール袋入りの容器1個を選び,そのビニール袋を自ら開封し,容器本体,内蓋,外蓋の3部品を水道水で洗浄し,その中に排尿したものであること,採尿後は,被告人自らその容器に蓋をしたこと,被告人は,和歌山東警察署の取調室において,その容器のうち自ら署名指印した開封防止用封印シ
ールが貼付された部分に指印で割り印をした上,その容器を警察官に任意提出したことがそれぞれ認められ,これらの事実は被告人及び弁護人も争っていない。そうすると,この採尿の過程で,被告人の体表等に付着していた覚せい剤が尿に混入することはおよそ考え難い。加えて,被告人がAと性交してから前記採尿までに何時間も経過しており,しかも,被告人がその性交後シャワーを浴びて湯につかるなどしていたことからすれば,性交時に既にAが覚せい剤を使用していたとしても,被告人の性器等に付着していた覚せい剤が採尿時に尿に混入したことも想定し難い。
したがって,本件鑑定資料たる被告人の尿の採尿過程で覚せい剤が直接混入したのではないかとの合理的な疑いを容れる余地はない。
6
被告人の主観的事情について
ここまでの検討を踏まえると,平成18年4月4日,Ch号室において,本件注射器によって被告人の体内にフエニルメチルアミノプロパン塩酸塩の水溶液が注射されたものと推認され,これを覆す事情も見当たらないところ,そうである以上,特段の事情がない限り,被告人が自らの意思によりそのような注射行為をしたものと推認される(この点,ある者の尿から覚せい剤成分が検出された場合に,特段の事情がない限り,その者が自らの意思により覚せい剤を体内に摂取したものと推認できることは広く承認されていると考えられるが,
本件においては,
被告人の体内に覚せい剤が摂取された具体的態様まで特定されているのであるから,その摂取が被告人の意思によるものであることが一層強く推認されるというべきである。。

そして,被告人がその意思に反して覚せい剤を注射されるような事態はかなり特異な状況に限定されていると考えられ,仮にそのような事態が存在したのであれば,被告人としても,明確な記憶を残すような強い印象を与える出来事であったと考えられるのに,被告人がそのような事態について捜査段階から公判段階を通じて何ら供述しておらず,Aの証言もそのような事態には全く触れていないこ
と等にかんがみると,被告人がその意思に反して覚せい剤を注射されるような特段の事情の存在は全く窺われない。
また,被告人は,本件犯行を否認している当公判においてすら,Aの知人男性から2回にわたり覚せい剤を注射された経験があると認めていることからすると,被告人が覚せい剤をそれと知らずに注射するという事態も想定できず,被告人が本件当時に覚せい剤を注射使用したとすれば,それが覚せい剤であるとの認識を被告人が有していたことも推認できるというべきである。
7
Jの証言について
証人Jは,当公判で,和歌山県警察本部留置場で身柄拘束されていた当時,同房者であった被告人から,Ch号室で自ら覚せい剤を使用した旨聞いたと証言する。
前記Jの証言は,公判段階のみをみても二転三転しているだけでなく,自己の捜査段階における供述からも合理的な理由なく多くの変遷を重ねており,同人の記憶の正確性にも疑義があることから,信用性が低いといわざるを得ないが,少なくとも,前記各推認事実と整合しており,推認を揺るがせるものでないことは明らかである。

8
被告人の弁解について

(1)

被告人の弁解内容
被告人は,当公判で,平成18年3月20日正午ころ,大阪府岸和田市所在のコンビニエンスストアKの駐車場において,車の中でAから覚せい剤を注射され,本件注射器はその際使われたものであるが,Ch号室での覚せい剤使用は身に覚えがない旨弁解する。

(2)

被告人の弁解の信用性に関する検討

A証言について
Aは,当公判で,平成18年3月15日ころ,前記Kの駐車場において,被告人に覚せい剤を注射し,その注射に使用した注射器をCh号室に捨
てたが,その際,注射器内の血液は固まっている状態であった旨の被告人の弁解と概ね符合する証言をしている。
しかし,この点に関するAの証言は,被告人の覚せい剤の使用時期という非常に重要な点について被告人の弁解と食い違っている上,特段の理由なく使用済みの本件注射器を3週間近くも所持し続け,犯行が発覚する危険も顧みず敢えてCh号室のソファーに投棄したという点で不自然不合理であると考えられるし,そもそも何故このときに限って被告人にも覚せい剤を注射したのかという理由も曖昧かつ不自然であるといわざるを得ず,本件注射器内の血液が固まっていたとする点は,発見時の本件注射器内の液体が流動性を保っていたとの前記認定に反するものである。また,本件当時,Aが被告人と内縁関係にあり,Aにおいて証言時もこの関係が継続していると認識していたことが認められ,現にAが証言後に退廷する際,被告人を応援する言動をみせていた上,Aにとって前記証言により自らが別途処罰されるおそれがないとはいえないものの,証拠上そのようなおそれは必ずしも高くないと考えられるから,Aは,被告人の処罰を免れさせるため,殊更虚偽の供述をするだけの動機を有していたものと認められる。
したがって,前記の点に関するAの証言は,信用性が低いといわざるを得ない。

被告人の弁解内容及び供述経過
被告人の前記弁解は,これまで詳細に認定説示した本件の客観的な情況を合理的に説明できておらず,このこと自体において既に信用性が低いといわざるを得ないが,その内容をみても,Aから覚せい剤を注射されるに至った経緯や,両腕の注射痕に関する説明等,不自然不合理な点が多々みられ,前記のとおり覚せい剤の使用時期という非常に重要な点でAとさえ供述が食い違っている。
また,被告人の供述経過をみても,被告人は,捜査段階において,当初覚
せい剤使用の事実を否認しており,後に平成18年4月4日の10日から2週間くらい前に覚せい剤を使用したと述べるようになったが,なおも単独使用か,Aとの共同使用かという点で供述が変遷し,更に当公判に至って再度供述を変遷させているが,その理由につきAの刑事責任が重くなるのをおそれたなどと説明するのみで,合理的な説明をなし得ていない。また,覚せい剤の使用時期や自己の注射痕に関する説明供述が捜査段階から変遷している点についても,合理的な理由が認められない。

小括
被告人の前記弁解は,その供述内容,供述経過,裏付けの有無等にかんがみて,信用性が乏しいというほかはない。

9
結論
以上の次第であって,関係証拠によれば,平成18年4月4日午前零時半ころから同日正午前ころまでの間,Ch号室において,本件注射器によって被告人の体内にフエニルメチルアミノプロパン塩酸塩の水溶液が注射されたこと,その注射が被告人の意思に基づくこと,その際,被告人が覚せい剤使用の認識を有していたことがそれぞれ推認されるところ,この推認を揺るがせるに足る他の証拠は見当たらず,
他方,
犯行を否認する被告人の弁解も信用性が乏しいのであるから,
被告人が判示第2記載のとおり覚せい剤を自己使用した事実は,合理的な疑いを超えて優に認められる。

(法令の適用)
被告人の判示第1の所為のうち,住居侵入の点は,刑法60条,130条前段に該当し,窃盗の点は,行為時においては同法60条,平成18年法律第36号による改正前の刑法235条に,裁判時においては刑法60条,前記改正後の刑法235条に該当するが,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから刑法6条,10条により軽い裁判時法の刑によることとし,判示第2の所為は,覚せい剤取締法41条の3第1項1号,19条に該当するところ,判示第1の住居
侵入と窃盗との間には手段結果の関係があるので,刑法54条1項後段,10条により1罪として重い窃盗罪の刑で処断することとし,判示第1の罪について所定刑中懲役刑を選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により犯情の重い判示第1の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役2年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中270日をその刑に算入し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
本件は,被告人が,内縁の夫と共謀して深夜民家に侵入して現金や貴金属類等が入った金庫を窃取し(判示第1)
,また,覚せい剤を自己使用した(判示第2)と
いう事案である。
まず,窃盗事件についてみるに,被害者方は被告人の前夫の実家であるが,被告人は,平成17年10月ころ,同居中であった本件共犯者たる内縁の夫共々無職となり,生活に窮していたところ,本件前日に前夫との間の長女から被害者方が留守であることを聞き知り,かねてから被害者方に盗みに入ろうと言っていた共犯者に誘われるまま,合い鍵を所持し金庫の在り処も知っていたことなどから,被害者方に盗みに入る好機であると考え,本件犯行に及んだもので,その動機は短絡的かつ利欲的であり,酌量の余地は認められない。また,その犯行態様についてみても,被告人は,被害者方付近の住民に顔を見られないよう深夜に共犯者と車で現場に赴き,合い鍵を用いて被害者方に侵入した上,金庫の在り処を共犯者に教えてこれを運び出させ,短時間のうちに車に積み込んで逃走したもので,大胆かつ悪質な犯行といえ,計画性も認められる。さらに,被告人は,犯行後,多額の現金を分け前として受け取って費消したほか,被害品のネックレス等を質入れして換金するなどしており,事後の情状も悪い。被害者は,本件により,認定できるだけでも現金約40万円に加え,貴金属類等時価合計約144万1000円相当の物品を盗まれ,相当高額の損害を被っているところ,後記のとおり一部被害品については還付がなさ
れているが,被告人及び共犯者は,弁償を一切していない。
次に,覚せい剤事件についてみるに,被告人は,本件犯行を全面的に否認していることから,その動機や経緯の詳細については明らかでないものの,安易に薬理効果を求めたものであることは容易に想像でき,動機に酌量の余地は認められない。また,被告人の捜査段階における供述や,被告人の両腕にみられる注射痕の状態等に照らせば,本件は常習的な犯行の一環であることが窺われ,被告人には,覚せい剤に対する親和性が認められるのみならず,依存性も否定し難い。しかるに,被告人は,当公判で,公訴事実とは異なる日時・場所において,不本意ながらも前記内縁の夫から覚せい剤を注射されたにすぎないなどと不自然不合理な弁解を述べていて反省の態度がみられない上,いまだその内縁の夫との関係を断ち切ろうとする様子もなく,再犯のおそれが懸念されるところである。
加えて,被告人は,本件各犯行当時,稼働しておらず,未成年の実子の養育もほとんど親族に任せきりにして,内縁の夫と侵入盗に及び,覚せい剤にまで手を出していたのであるから,その生活状況及び素行は不良であり,被告人の規範意識は鈍麻しているものと認められる。
以上に照らせば,犯情は芳しくなく被告人の刑事責任は重いというべきである。そうすると,窃盗事件について,被害品の一部が被害者に還付されていること,共犯者と比較すれば,被告人が犯行において果たした役割は相対的に軽いと考えられること,被告人が捜査段階から事実関係を素直に認めて反省の態度を示していること,覚せい剤事件について,被告人は覚せい剤の末端使用者にすぎないと考えられること,その他,被告人に前科前歴がないこと,前記のとおり本件当時は放任状態ではあったが,養育すべき未成年の実子がいること,真面目に稼働していた時期もあること等,被告人のために酌むべき事情を十分に考慮しても,被告人に対しては主文掲記の刑をもって臨むのが相当である。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑)

懲役3年

平成19年6月13日
和歌山地方裁判所刑事部

裁判長裁判官

成川洋司
裁判官

田中伸一
裁判官

下和弘
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