判例検索β > 平成19年(わ)第2855号
殺人未遂被告事件
事件番号平成19(わ)2855
事件名殺人未遂被告事件
裁判年月日平成19年12月27日
法廷名大阪地方裁判所
裁判日:西暦2007-12-27
情報公開日2017-10-13 01:38:01
戻る / PDF版
主文
被告人を懲役3年に処する
未決勾留日数中150日をその刑に算入する。
押収してある果物ナイフ1本(平成19年押第239号符号1)を没収する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,大阪市内(以下略)のアパート(名称略。以下本件アパートという。
)1号室に居住する者である。
本件アパート3号室に居住しているV(当時72歳)は,平成19年5月初めころ,水漏れがするということで,本件アパート1階にある共同便所用水の栓を閉めた。そのため,被告人は,その共同便所を利用することができずに,不便を強いられた。被告人は,同月7日,Vが本件アパート3号室に帰宅したことを確認し,同室のドアをノックしたところ,Vが出てきた。Vは,被告人と少し口論をした後に,被告人を蹴って転倒させた上,被告人に取り立てて言うほどの傷害を負わせるような強さではないものの,なおも蹴ったり踏んだりする暴行を続けた。被告人は,身の危険を感じるとともにVの態度に憤慨し,本件アパート1号室の自室に戻って果物ナイフ1本(刃体の長さ約9.3センチメートル。平成19年押第239号符号1)を手に持ち,再び本件アパート1階の廊下に出て,被告人の方をじっとにらむように見ていたVの方に近付いたところ,Vが被告人に飛びかかってきた。
そこで,被告人は,一層Vの態度に憤慨するとともに自己の身体を防衛するため,Vを殺害しようと決意し,同日午後5時35分ころ,本件アパート1階廊下において,防衛の程度を超え,殺意をもって,上記果物ナイフでVの腹部,胸部等を多数回突き刺したり切り付けたりしたが,同人に加療約3週間を要する腹部刺創,胸部刺創等の傷害を負わせるにとどまり,殺害の目的を遂げなかったもの
である。
(証拠の標目)
省略
(争点に対する判断)
第1

争点

本件の争点は,大別して,①殺意の有無,②過剰防衛の成否,③被告人の捜査段階における自白の任意性であったところ,③の自白の任意性に疑いがあることについては,当裁判所が第4回公判期日で行った証拠決定のとおりである。そこで,以下では,①②を中心として検討を加えることとする。第2
1
事実関係
関係証拠によると,下記の事実が認められ,この限りにおいては訴訟関係人
に特段の争いはない。
(1)

被告人は,平成8年4月ころから,本件アパート1階の1号室に居住し,
被害者Vは,平成12年4月ころから,同1階の3号室に居住するようになった。被告人とVは,近隣に居住していたものの,会話らしい会話をしたことはほとんどなく,
被告人がVに対し,
廊下や便所の清掃のことで申入れを数回した程度であっ
た。
(2)

被告人は,平成19年5月初めころ,本件アパートの2階に居住するAと
ともに,Vに対し,同1階の共同便所の水が流れっぱなしになって音がうるさいので,止めることができないかと申し入れた。Vは,ドライバーを使ってその便所用水の栓を閉めた。
被告人は,同年5月の連休期間中,同1階の共同便所を,水が流れなかったことから使用できず,近所の施設の便所まで行って用便していた。
(3)

被告人は,平成19年5月7日午後5時前後ころ,散歩から本件アパート
に戻った。すると,Vが入居している同1階の3号室前にスリッパがあったことから,被告人は,Vが在室していると思い,同1階の共同便所用水が流れないことに
ついてVと話をするために,3号室の玄関ドア前まで行った。
被告人は,3号室から出てきたVによって,少なくとも,転倒させられた。(4)

被告人は,自室である1号室に戻り,本件果物ナイフ(刃体の長さ約9.
3センチメートル)を持ち出し,廊下に出て,Vに近付いた。被告人は,本件果物ナイフでVの腹部,胸部(2か所)左肘部(2か所)左前腕,左手掌(2か所),


右上腕を,刺したり切り付けたりした。
(5)

被告人は,Vを刺したりした後,本件果物ナイフを洗った上,本件アパー
トの玄関土間にある自己の下駄箱内に入れ,杖をつかずに徒歩で本件アパートを後にした。被告人は,病院の場所を聞きながら歩き続け,同日午後11時過ぎころ,天王寺付近の旅館に投宿した。
被告人は,
翌8日,
普段から通っていたプールに行き,
約30ないし40分の間,
水中でウォーキングをした。その後,被告人は,眼科を受診した上,大阪府西成警察署に出頭し,逮捕された。逮捕された際の被告人の外貌について,左手甲の親指付け根付近が青黒く変色したような状態であったものの,それ以外に目立った外傷は見当たらなかった。
(6)

Vは,大阪府立急性期・総合医療センターに搬送され,手術を受けた。
搬送時におけるVの容態は,左前腕の約20センチメートルにわたる切創による出血がひどく,出血多量でショック状態にあった。また,Vの腹部の刺創は,長さ約7センチメートル,深さ約7∼8センチメートルに及ぶもので,大網を損傷し,腸管が脱出しており,刺された方向が上へずれていれば肝臓に達し,左へずれていれば大動脈に達して,いずれにせよ大出血を起こすおそれがあった。2
ところで,
上記1(3)(4)における被告人及びVの行動等の詳細については,
双方の供述内容が大きく異なっているので,以下検討する。
(1)

V証言について

Vは,3号室まで訪ねてきた被告人を転倒させた状況について,検察官
の主尋問に対しては,

両手で軽く,ポッと突いただけである。

旨を証言し,弁
護人の反対尋問に対しても,当初

子供に触るぐらいの力やから。

などと証言していたのに,弁護人から,Vの検察官調書に

両手の平で被告人の両肩を強く突き押した。「被告人を強く突き飛ばしすぎたと感じ

などの供述記載があることを」
指摘されるなどして,再三追及された挙げ句にようやく

そのときには,そうきつく突いてると思いますわ。(軽く突いたという証言を訂正するのか,との問いに対して)はい,それ,します。

などと証言するに至った。また,Vは,転倒していた被告人が1号室に戻る際に後を追った理由について,検察官の主尋問に対しては,

2,3歩,大丈夫かなあと思って,ついて歩いた。

旨を証言していたのに,弁護人から,Vの警察官調書に

私は,被告人は突き飛ばされたことで私とのけんかに負けたので,部屋に帰っていったと思い,その確認のため,1号室の前まで行った。

との供述記載があることを指摘され,Vも,警察官に対してそのような供述をしたことを認める証言をしている。
以上のようなVの供述状況は,自己の被告人に対する攻撃態様を少しでも弱めようという意図や,攻撃後の自己の行動について少しでも非難されないようにという意図で,それぞれ証言したものの,捜査段階における供述との矛盾を指摘され,やむを得ず,自己に不利益な内容の証言に変遷させたり,捜査段階における供述の存在自体を認めたりしたものといわざるを得ない。すなわち,単に,Vの記憶が,時間の経過に伴い自己に有利な内容に変容していたとは認め難い。

Vは,被告人に対して加えた唯一の暴行について,
3号室のドアを開け,廊下に出て,被告人と言い合いになり,両手で被告人の両肩を突いた。3号室の前から6号室の方に向かって,被告人を突いた。突いたときは,両手の5本指を広げたパーの状態でやった記憶がある。旨を証言する。しかし,Vは,捜査段階における再現実況見分では,被告人を突き飛ばした方向は,6号室の方向すなわち西方向ではなく,南方向であるという前提で再現していたことが明らかであり,証言時にはこの点が変遷している。
さらに,Vは,本件当日,室内で炒め物をしている際,使っていた割り箸を持っ
たまま廊下に出てきたものと認められるところ,その割り箸は,Vが被告人を突いたという3号室の前ではなく,1号室と2号室との間にある血溜まりのうち,1号室側の方に遺留されていたのである。Vの上記証言は,このような割り箸の遺留状況に整合しないものというべきである。

Vは,一連の被告人の行動等について,
被告人は,時間ははっきり覚えていないが,私の感覚では5分か10分くらい倒れていて,その後,1号室に入っていった。私は,被告人が倒れている間,2号室付近に立って何もせずに被告人を見ており,被告人が1号室に向かっているとき,1号室と2号室の間辺りまで,被告人が大丈夫かなあと思って,ついて歩いていったが,けがをしていないと思って,後ろを向いて自分の部屋へ帰ろうとした。すると,被告人は,私の背後からどちらかの肩を掴み,私が被告人のほうを振り向くと,『殺したる。』などと言って,腹部を1回,左前腕を1回,魚を割くような形で切り付けた。旨を証言する。しかし,両手で突き飛ばしただけで,感覚的なものであるとはいえ,Vが証言するほどの時間,被告人が倒れたままであったという内容や,後で心配になって被告人について歩いていったというのに,被告人が倒れている間,何もしないで被告人を見ているだけであったという内容は,
いずれも,
いささか不自然な感を免れない。
さらに,V証言を前提とすると,被告人は,Vから転倒させられたものの,その後にVから一切暴行を受けたわけではなく,しばらく転倒したままであったというのであるが,このような経緯で,被告人があえて本件果物ナイフを持ち出し,殺す旨言って,いきなりVの身体を本件果物ナイフで何回も刺したり切り付けたりするというのは,被告人がVに対し従来から恨みを抱いていたとか,被告人が甚だ粗暴な性癖であるとか,被告人が当時飲酒により抑制の効かない状態であったとかの事情が見当たらない以上,いかにも突飛で不自然な行動であるといわざるを得ない。エ
(2)

そうすると,V証言を全面的に採用することは困難というほかない。被告人の公判供述について


被告人は,当公判廷において,

私が3号室のドアをノックしようとしたところ,Vが出てきていきなり私の足を蹴ってきたため,私は転倒した。Vは,20ないし30分くらい,私を踏んだり蹴ったりし続けた。

旨を供述する。しかし,上記認定事実のとおり,Vは,被告人と普段から諍いを起こしていたわけではなく,清掃のことに関して数回被告人から申入れを受けた程度である。そうすると,Vが,被告人に対して強い悪感情を抱いていたとは認められず,自室のドアをノックされる前に廊下に飛び出して被告人に暴行を加え続けたというのは,それ自体極めて不自然である。また,被告人は,本件後,杖も使わずに長時間歩き続けた上,翌日にはプールに行って水中でのウォーキングまでしていたこと,本件の翌日に逮捕された際にも,蹴られるなどしたという足や胴体部分には,痣等の痕跡が見当たらなかったことからすると,
20ないし30分くらいもの間,
踏んだり蹴っ
たりされたという点は,このような動かし難い事実と整合しない。したがって,被告人の公判供述のうち,上記の部分については,直ちに信用することはできない。

ところで,被告人は,当公判廷において,上記の後の状況については,
Vは,暴行を一時止めて,『殺す。』と言った。私は,Vに殺されると思い,隙を見て這って1号室に戻り,本件果物ナイフを持ち出した。私が1号室から廊下に出たときには,Vは3号室と2号室の間に立って,私の方をじっとにらむように見ていた。私がナイフを持ったままVに近寄ると,Vが私に向かって飛びかかってきたので,私はナイフでVを刺した。旨を供述する。前述のとおり,被告人が,20ないし30分くらいもの間,Vから踏んだり蹴ったりされたというのは信用し難いものの,一方で,被告人を1回突いたにとどまるというV証言も採用し難い。加えて,先に認定した割り箸の遺留状況からすると,Vが割り箸を持ったまま1号室付近に来たことが推認され,この事実は,Vが被告人を踏んだり蹴ったりしたということとは矛盾しない。そして,被告人が,わざわざ自室に戻って本件果物ナイフを持ち出し,Vを複数回にわたり刺すなどの過激な行動に出たこと,さらに,Vが,自己の被告人に対する攻撃態様を少しでも弱めよ
うという意図や攻撃後の自己の行動について少しでも非難されないようにという意図の下に証言をしている疑いがあることに照らすと,被告人が,Vから,転倒させられた上,取り立てて言うほどの傷害を負うような強さではなかったものの,複数回にわたって踏んだり蹴ったりする暴行を受けたことについて,これをあながち否定し去ることはできないというべきである。
このように,被告人供述には誇張があるとはいえ,Vに転倒させられたほか足蹴にされる暴行も受けたという内容を排斥し難いとすると,それ以後の状況についても,V証言を採用することには疑問が残り,一方で,被告人供述のうち,Vから「殺す。」と言われたとか,Vが飛びかかってきたので本件果物ナイフで刺すなどしたという内容を完全に排斥することは困難というほかない。
なお,付言すると,被告人供述によれば,Vは,飛びかかる前に,被告人が本件果物ナイフを持っているのを見て知っていたかもしれないというのであるが,Vが一方的に暴行を加えていた直前の経緯や,被告人が相当高齢であって,Vとは16歳の年齢差があり,小柄で左足も不自由であることなどからすれば,Vが本件果物ナイフを持っている被告人に対し,
飛びかかるという一見無謀な行動に出ることも,
健全な社会常識に照らして,あり得ることというべきである。
第3
1
殺意の有無について
被告人は,Vに対し,本件アパート1階の共同便所用水が流れなくなったこ
とで話をしに行ったところ,Vに,蹴られて転倒したというにとどまらず,取り立てて言うほどの傷害を負うような強さではなかったにせよ,複数回にわたって踏んだり蹴ったりの暴行を受けた上,
殺す。」とまで言われたというのである。被告
人が,このようなVの態度に憤慨したとしても,不自然ではない。その上,Vから飛びかかられたというのであるから,殺意が生じることは十分考えられる。被告人は,殺傷能力のある本件果物ナイフでVを複数回にわたって刺したり切り付けたりしており,うち腹部及び左前腕部の創傷は相当程度の大きさであって生命に関わるものであったことからすると,強い攻撃の意思を有していたものと推認さ
れる。被告人自身,当公判廷において,

ナイフを刺してからは,蹴ったり踏んだりするから『仕返しや。』と言った。

旨を供述しており,暴行を受けたことなどによる怒りからVを攻撃しようという意思があった表れといえる。被告人は,Vを刺した後,Vが多量の出血をしているのを認識しながら,救急車を呼んだり,止血をしようとするなどの救護措置を一切していない。被告人は,誰

かが救急車を呼んでくれると思った。

などと供述するが,本件アパートのもう一人の住人がいたかどうか覚えていないというのであるから,そのように判断する合理的な理由はない。また,被告人は,Vを刺した本件果物ナイフを洗って自己の下駄箱に入れた上,逃走しており,本件後もある程度冷静な行動を取ることができている。
2
以上の次第で,被告人が殺意をもってVを刺したり切り付けたりしたことは
明らかであり,特に,複数回にわたって攻撃を加えて重傷を負わせており,強い攻撃の意思を有していたことに照らすと,確定的な殺意を有していたものというべきである。
第4
1
過剰防衛の成否について
被告人は,Vから,3号室前の廊下付近において,蹴られて転倒させられ,
その後も,取り立てて言うほどの傷害を負うような強さではなかったにせよ,複数回にわたって蹴られたり踏まれたりする暴行を受け,
殺す。」などと言われた上,
自室に戻って本件果物ナイフを持ち出してVと対峙した際にも,Vに飛びかかられたというのである。本件当時,被告人は88歳と相当高齢であるのに対してVは72歳であり,また,被告人は,左足が不自由である上,身長約5尺(約1.52メートル)で体重約50キログラムという小柄であったから,被告人が,Vよりも体格や体力で勝っていたとは認め難い。また,被告人がVと対峙した際,Vが飛びかかってくることを予見していたとも認め難い。そうすると,検察官は,被告人が,Vを刺したり切り付けたりする直前,少なくとも被告人の身体に対するVからの急迫不正の侵害が存在していなかったことについて,合理的な疑いを入れる余地がな
いほどに立証しているとはいえない。
以上に対し,検察官は,被告人が本件果物ナイフを持って廊下に出た時点では,Vには,被告人に対して危害を加える意思はなく,Vは3号室に戻ろうとしていたのに,被告人は背後からVに近寄っていき,無防備のVに対し,本件果物ナイフで突き刺すなどしたものであるから,本件犯行時,急迫不正の侵害はなかった旨を主張する。
検察官の上記主張は,V証言に基づく立論であるが,既に説示したとおり,V証言を全面的に採用することは困難である一方,被告人供述は,Vから受けた暴行の程度について誇張があるとは認められるものの,基本的な事実経過としては,これを排斥し難いのである。そうすると,検察官の上記主張は前提を欠くものである。そして,排斥し難い被告人供述によれば,Vは,本件果物ナイフを持って廊下に出た被告人のことをじっとにらむように見ていたが,被告人が近寄ると,飛びかかってきたというのであるから,被告人を転倒させて踏んだり蹴ったりしたという当初からの急迫不正の侵害がなお継続し存在していた疑いは否定できないというべきである。
2
次に,防衛の意思についてみると,被告人は,凶器を持たないで飛びかかっ
てきたVに対し,殺傷能力のある本件果物ナイフでVを刺したり切り付けたりし,瀕死の重傷を負わせたものである。しかし,それまで暴行を加えていたのは専らVであった上,被告人は,本件果物ナイフを持ち出した後も,Vが飛びかかってくるまでは刺したり切り付けたりしていなかったのである。そして,被告人がVよりも体格や体力で勝っていたとは認め難いこと,Vの当初の被告人に対する暴行が複数回に及んでいたこと,被告人はVから本件果物ナイフを取り上げられまいと必死であったと認められることをも併せて考慮すると,被告人に確定的殺意の存在が認められることを踏まえても,被告人の防衛行為が著しく相当性を欠いていたとか,意図的に過剰行為に及んだなどとは断定し難い。そうすると,被告人が,専らVを攻撃しようという意図で刺したり切り付けたりしたわけではなく,Vから自己の身体
に不正な侵害が加えられるということを認識し,これに対応しようとしてVを刺したり切り付けたりしたのではないかという疑いは払拭できず,防衛の意思がなかったとは認められない。
以上に対し,検察官は,①被告人は,自室内から施錠して部屋にこもり,仮にそれでもVが自室内に無理矢理入ってきたなら,その時点でナイフで反撃すれば足りると考えられるのに,わざわざ,体力に勝るVからナイフを奪い取られかねないリスクを冒してまで,本件果物ナイフを持って廊下に出たこと,②被告人は本件果物ナイフを持ち出して廊下に出てきた後,自分の方からVに近付いていること,③被告人は,本件果物ナイフでVを刺したり切り付けたりした際,
仕返しや。」と発
言したことを指摘し,被告人は専ら攻撃の意図に出たものであって,積極的加害意思を有していたにすぎず,防衛の意思に欠けると主張する。
確かに,
上記①ないし③の事情に加えて,
被告人が公判廷において,
踏んだり蹴っ
たりされて立腹した旨を認めていることや,Vに近付いた理由について,被告人が公判廷で,

ちょっと切れもんでもね,持ってね,そして持ったら向こうもせんやろう思ってね。

と述べていることを考慮すれば,被告人が,本件果物ナイフを持ち出して廊下に出た際,暴行を加えたVに対抗して,自己の身を守ろうとする意思にとどまらず,Vに対する怒りから,本件果物ナイフを用いてVを脅すなどの攻撃的な意思を抱いていたことは認められる。
しかし,被告人が本件果物ナイフでVを刺したり切り付けたりしたきっかけは,Vが飛びかかってきたことであり,前述のとおり,その時点で,Vからの被告人に対する急迫不正の侵害は継続し存在していたと認めるべきであるから,被告人が,自己の身体に対する危害を避け,急迫不正の侵害に対応する意思で上記攻撃に及んだものであることは明らかである。そして,被告人が,本件果物ナイフを持ってVに近付いた際,Vに飛びかかられる以前から,既にVに対する確定的殺意を抱いていたと認めるべき十分な証拠はない。そうすると,防衛の意思は否定されないというべきである。

3
争いのない点であるが,防衛行為の相当性についてみると,Vは素手である
のに対し,被告人は刃物を用いていること,確定的殺意に基づき,複数回,刺したり切り付けたりしたことなどからすれば,被告人の防衛行為が相当性を欠くことは明らかである。
4
以上の次第で,被告人のVに対する殺人未遂行為について,過剰防衛が成立
する合理的な疑いは残るというべきである。
第5

結論

被告人の所為は,Vに対する確定的殺意による殺人未遂罪を構成するが,自己の身体への急迫不正の侵害に対する防衛行為という側面もあり,防衛行為の相当性に欠ける結果,過剰防衛が成立することとなる。
なお,検察官は,当裁判所が第4回公判期日で行った証拠決定について,るる反論をしているので,念のため検討を加えておく。検察官は,公判前整理手続において,被告人を取り調べた警察官の証人尋問請求をしておきながら,同手続中にあえて撤回し,弁護人が請求した取調べ検察官の証人尋問請求に対しても不必要との意見を述べており,自白の任意性に関する積極的な立証は,被告人の検察官調書の作成状況等を確認した状況を録画したDVD添付の録音・録画状況等報告書に,ほぼ限定した。
しかるに,
そのDVDに録画された状況をみると,
取調べ検察官が,
殺意を否定しようとする被告人の弁解を殊更に無視し,高齢の被告人が理解力に劣ることなどをよいことにして,殺意を認める旨の検察官調書の撤回を封じ込めようとしたのではないかなどという疑いは否定できないというべきである。そして,実際に検察官調書ないし警察官調書を作成した当時の取調べ状況に関して,検察官が積極的な立証を放棄した以上,上記各調書作成時にも同様に,被告人が理解力の低い状態にあることなどを利用して,殺意を認めるかのような供述内容などを押し付けたのではないかという疑いが残ることは当然である。検察官のこの点に関する主張は理由がない。
(量刑の理由)

本件は,被告人が,共同便所用水の栓を閉められたことについて,隣に居住する被害者と話をしようとしたところ,同人から蹴られて転倒させられた上,さらに暴行を加えられたばかりか,
その後間もなく被害者に飛びかかってこられたことから,
憤慨するとともに自己の身体を防衛するため,同人に対し,防衛の程度を超え,確定的な殺意をもって,所携の果物ナイフでその腹部,胸部等を多数回突き刺すなどしたが,
加療約3週間を要する腹部刺創,
胸部刺創等の傷害を負わせるにとどまり,
殺害の目的を遂げなかったという殺人未遂の事案である。
被害者の行動が被告人の犯行を誘発したことは明らかであるものの,被告人は,素手の被害者に向かって凶器で反撃を加えており,短絡的との批判を免れない。被告人は,
自室から殺傷能力が十分にある本件果物ナイフを持ち出した上,
飛びかかっ
てきた被害者に対し,確定的殺意をもって,その身体の枢要部である腹部を刺したほか,左前腕部にも重い創傷を負わせており,一歩間違えれば,出血多量で死亡したり,大動脈を損傷したりしていたことからすると,危険かつ悪質な犯行態様といえる。被害者は,緊急手術を受けた後も,約2日間にわたって意識不明の状態が続き,10日間以上もの入院を余儀なくされた上,加療約3週間を要する重傷を負わされたものであり,本件犯行の結果は重い。しかるに,被害者は,被告人から特段の慰謝の措置を受けていないのであって,その処罰感情が厳しいのも無理のないことである。被害者は,被告人に対し,蹴るとか踏みつけるといった暴行を加えたものであるが,被告人に取り立てて言うほどの傷害を負わせたわけではなく,本件のような凶行を受けるまでの落ち度はない。被告人は,本件犯行後に,被害者の救命措置を何ら講じなかった上,本件果物ナイフを洗って下駄箱に隠したり,旅館に宿泊したり,翌日にはプールにまで行ったりしており,被害者の生命を真剣に慮ろうとする姿勢がみられない。
被告人の刑事責任は相当重い。
他方,本件は,被害者の暴行に端を発しており,過剰防衛が成立し,被害者にもある程度の落ち度があること,計画的な犯行ではないこと,幸いにして未遂に終わ
り,
被害者は一命をとりとめたこと,
被告人は,
被害者には悪いことをしたなどと,
反省の態度を示していること,弁護士が被告人の更生に協力する旨申し出ていること,相当古い窃盗の前科前歴があるものの,半世紀以上もの間にわたって,特に処罰されることなく生活していたこと,88歳と相当高齢である上,高血圧や糖尿病の持病をかかえており,
体調も優れないようにうかがわれることなど,
被告人にとっ
て有利なあるいは酌むべき事情もある。
しかし,本件犯行の態様,被害者に生じた傷害の程度などを考慮すると,本件が執行猶予を付するのが相当な事案とはいい難く,被告人に対しては,未遂減軽を施した上で,主文の刑を量定するのが相当と判断した。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑

懲役6年

押収してある果物ナイフ1本没収)

平成19年12月27日
大阪地方裁判所第11刑事部

裁判長裁判官

西田眞基
裁判官

千賀卓郎
裁判官

馬場崇
(参考添付)
主文
被告人の検察官調書2通(乙2,3)に関する検察官の証拠調べ請求を,いずれも却下する。

第1


任意性に関する当事者の主張及び立証活動の概要

検察官は,被告人の検察官調書2通(平成19年5月15日付け・乙2,同月25日付け・乙3)について,
犯行に至る経緯等(一部弁解内容)(乙2)「犯行

状況等(一部弁解内容)(乙3)との立証趣旨で取調べ請求をし,これに対し,」
弁護人は,
被告人は,高齢のために耳が聞こえにくく,目も悪い上に,漢字を読解することができず,言葉に対する理解能力も極めて低いところ,上記検察官調書は,検察官が,自らの描いた物語に沿って被告人を誘導し,被告人が十分理解しないまま頷いたり肯認したりしたことをもって,被告人が供述したものとみなして録取したに過ぎない。として,任意性に疑いがあるから却下すべきである旨を主張した。
そこで,検察官は,上記検察官調書の任意性を立証するために,当初は,取調べ担当警察官であるBの証人尋問を請求した。これに対し,弁護人が,取調べ担当検察官であるAが上記検察官調書の作成状況等を被告人に確認する状況を撮影したDVD(撮影日は同月29日。以下本件DVDという。の取調べ請求をすると,)
検察官は,上記警察官の証人尋問請求を撤回し,録音・録画年月日,録音・録画担当捜査官,録音・録画場所,録音・録画時間について記載したA検察官作成名義の書面1枚に本件DVDを添付した録音・録画状況等報告書
(甲14)の取調べ
請求をした。これに伴い,弁護人は,本件DVD自体の取調べ請求を撤回し,上記録音・録画状況等報告書の取調べ請求をした(弁2)
。なお,このほかに,弁
護人がA検察官の証人尋問を請求したが,検察官は,不必要」という意見を述べ,

もとより自らA検察官の証人尋問を請求することはなかった。第21当裁判所の判断はじめに当裁判所は,被告人の警察官調書,自供書,弁解録取書及び勾留質問調書(乙7ないし21。ただし,立証趣旨は「供述経過

とされている。,本件DVDを添)
付した上記録音・録画状況等報告書を取り調べるとともに,被告人質問を施行し,さらに上記検察官調書の提示を受けて検討したところ,上記検察官調書はいずれも任意性に疑いのあることが明らかであると判断した。以下,その理由を若干説明する。
2
被告人の検察官調書の記載内容

被告人の検察官調書は,
被害者の部屋のドアをノックしたところ,被害者が出てきて,いきなり『生意気や。』と怒鳴りつけた上,私の胸を押し,転倒した私の足,背中,胸,手等を踏んだり蹴ったりした。私は,自分の部屋に逃げ帰ったが,もしかしたら被害者が私を殺すかもしれないと思った。などと,被告人の言い分を一部採用する一方で,(自分の部屋に逃げ帰ったときに,

)私が殺される前に被害者を殺してやろうと決めた。「廊下に立っていた被害者をそのままナイフで突

き刺して殺してやろうと思った。一気に被害者をナイフで刺し殺してやろうと思い,
右手に持っていたナイフの刃を被害者の腹めがけて真っ直ぐに突き出した。」

完全に被害者を殺してしまおうと思い,ほんとに夢中だったので,被害者の身体のどの辺りにどんな風にナイフの刃が刺さったのか,今となってはよく覚えていない。

などと,被告人が,確定的殺意をもって,被害者を本件ナイフで刺したことを強調する内容となっている(乙2,3)

また,被告人の警察官調書では,被害者を刺した際の状況について,直ぐに被害者の目の前まで行くと,被害者は確か左手で私がナイフを持っている右手の手首辺りを掴んできた。そこで,私は,右手を曲げるようにして,被害者の手を振り払い,体の真ん中辺りに向かって,力一杯,右手に持ったナイフを突き出した。(乙17)などと記載されていたのに,検察官調書では,
私は,手に持っていたナイフの刃を被害者の腹目がけて真っ直ぐに突き出し,そのまま思いっきり刃を被害者の腹に突き刺した。すると被害者は,ナイフを握っていた私の右手首辺りをつかんで,私から逃れようとした。(乙3)などと,被告人が無抵抗の被害者を刺したように変更されている。
3
(1)

本件DVDに撮影された被告人の取調べ状況
殺意の有無に関する供述を確認する場面について

A検察官は,被告人が

殺そうとは思わんけど腹立ったからね。刺したことは間違いないからね。

などと,明らかに殺意を否認する供述をしたのに対し,供述調書の訂正を求める意思があるのか確認することもなく,

殺さな,殺されると思ったのは間違いないね。だから先に殺そうと思ったことは間違いないね。と誤導し,

被告人が

ええ,ええ。

と答えると,それ以上の質問はしなかった(午前10時45分∼46分〔本件DVDに記録された撮影時刻。以下同じ。)
〕。
A検察官は,被告人が

僕はやられると思ったから,刺しました。やらなその場で殺されると思って。

と供述したのに対し,

Vを殺そうと思ったということで間違いないですか。Vを殺さなやられると思ったんで,殺そうと思って刺したいうことで間違いないですか。

と誘導し,被告人が

間違いない。

と答えると,それ以上の質問をしなかった(午前10時59分∼11時)

被告人が被害者を刺した回数について,被告人は,僕は,1,2回や思ったら,

5,6回刺したようなことを検事さんが言いよったからね。

と説明したところ,A検察官は特に否定しなかった(午前11時1分)

A検察官は,被告人が

何回も刺したのは,1回くらいだと軽いから襲ってくると思ったから,2,3回刺したと思います。

と説明したのに対し,

1回だけだと死なないと思って,何回も刺したんだね。

などと,特段の事情もなく,被告人の供述に殺意の裏付けとなるような供述を付加した(午前11時1分∼2分)。
(2)

被害者の抵抗態様に関する供述を確認する場面について

被告人は,A検察官に対し,本件ナイフで刺そうとする前に,被害者から手を掴
まれたなどと説明しようとしたところ,A検察官は,

それはあとで聞くから。


と言って遮ってしまった(午前10時50分)

その後,被告人は,

向こうは,僕の手をこうやって握って取ろうとした。それで僕は振り払って,そして突いた。

と供述したにもかかわらず,A検察官は,

Vに手を掴まれたのは,刺した後か刺す前か。

と,何度も質問し,検察官調書のうち,

右手に持っていたナイフの刃をVの腹目がけて真っ直ぐに突き出し,そのまま思いっきり刃をVの腹に突き刺しました。するとVは,ナイフを握っていた私の右手首辺りをつかんで,私から逃れようとしました。

との部分を朗読した上,さらに,

先に刺したら,手を取られたんよね。

と被告人を誘導し,

刺したんやったかな。どうやったかな。と,記憶を喚起しようとする被告人に対し,さらに「刺

した後に,この前言ってたね。
」とまたも誘導を行い,結果的に,被告人も,

刺した後に握られた。

と供述するに至った(午前10時57分∼59分)。
(3)

調書の読み聞かせ及び閲読の状況を確認する場面について

A検察官は,被告人に対し,

あなたが言ったとおりに調書を作成しましたね。

と誘導したものの,被告人がすぐさま反応しないのを見て,さらに,

間違いありませんね。

と念を押したところ,被告人も

ええ,ええ。

と返答するに至った(午前11時2分ころ)

A検察官は,検察官調書を作成した当時の読み聞かせで内容が理解できたか質問したところ,被告人が,

さあ。わかったようなわからなかったような気もするけどね。たいがいはわかったような気もするけどね。

と述べ,調書の内容を正確に理解したか否か疑問を呈したのに,

たいがいはわかったね。

と述べるだけで,特に問題視していない(午前11時5分∼6分)

A検察官は,調書の閲読状況についても,被告人が,

漢字わからんからね。


と供述するに対し,

漢字はわかりにくいね。私が読んでいった内容は理解できたね。

と言い換えてしまっている(午前11時7分)。
A検察官は,

ずっと私が読んだ内容で,間違いなかったか。

と質問し,被告
人が

たいがい合うとるような気がするけどね。

と曖昧な供述をしたのに対し,

違うところ言わなかったね,合うてたいうことね,たいがい。

と押し付けている(午前11時7分∼8分)

4
被告人の聴力及び理解力等

被告人は,88歳というかなりの高齢であって,聴力が著しく劣っており,法廷においては,
ワイヤレスマイクを通した音声をヘッドホンで聴く状況にある。
また,
被告人は,法廷においては,老眼鏡をしていても,被告人自身の検察官調書を朗読するのに相当な時間を要しており,
やや難しい漢字を読み飛ばすことがままあった。
さらに,本件DVDに撮影された被告人の取調べ状況をみると,被告人の応答の仕方は,高齢者に特有の緩慢なものであるが,A検察官は,特段ゆっくりとした口調にすることもなく,むしろ時には早口ともいうべき話し方で,被告人に対し,次々と質問を発している。そして,被告人は,A検察官から,自己の認識と異なる内容の発問をされたときに,即座に反論することができず,考え込むことが多い。この間に,A検察官が,既に完成していた検察官調書の内容を再度読み聞かせると,被告人は,すぐに

はい,はい。

などと返答する傾向がある。5
取調べ状況に関する被告人の公判供述の要旨

私は,被害者を殺そうと思ったことはなかった。私は,取調べの際に,

殺してやろうと思った。

などと自ら言ったことはないが,検察官から

殺すつもりやったんやろう。

などとしつこく聴かれて,そう答えたかもしれない。取調べの途中から,検察官は机をよけて私に近寄ってくれたが,それまでは距離があったので,かなり聞こえにくかった。質問されてもちゃんと分からないことが多かったし,意味の分からない難しい言葉があったが,分からないとは言っていない。調書を作成した後に,内容を読み聞かせてもらったが,意味はよく分からなかった。調書を見せてもらっても漢字が分からなくて読めなかった。内容がよく分からないまま,調書に署名指印した。
6
検討

(1)

先に言及したとおり,被告人の検察官調書には,本件当日,被告人が被害
者から暴行を受けた経緯,暴行の程度・態様,暴行を受けた際に殺されると思ったという被告人の心境などについて,被害者の言い分とは合致しない被告人の言い分が録取されている。その上,A検察官が遅くとも平成19年5月25日付け検察官調書(乙3)を作成する取調べの際には,机を一部取り除いて,被告人との距離を近くし,聴力に劣る被告人に一定の配慮をしていたこと,そして,A検察官と被告人との間では,被告人が,比較的聞こえる方の左耳を傾け,質問を聞き返したりしながらも,一応,問答が成立していることも認められる。
しかしながら,これらの事情を踏まえても,以下に述べるところによれば,被告人の検察官調書(乙2,3)には任意性に疑いがあるといわざるを得ない。(2)

すなわち,まず,本件においては,殺意の有無が重要な争点の一つである
ところ,このことは,捜査段階から予測できたはずである。しかるに,本件DVDが撮影された取調べ時においても,被告人が,明確に殺意を否定する供述をしようとするにもかかわらず,A検察官は,それを無視したばかりか,

殺されると思ったから殺そうとしたことに間違いないですね。

などと,先に被害者から激しい暴行を加えられ殺されると思ったという被告人の言い分の一部を織り込んで,被告人に殺意があったように誤導した。結果的に,被告人は,A検察官の上記誤導に乗ってしまっているが,これについては,被告人が,衰えている聴力のためにA検察官の発言の一部を聞き漏らしてしまったり,あるいは,言葉に対する理解力の低さから,

被害者から殺されると思って刺した。

という自己の言い分が採用されたことばかりに気を取られたりした挙げ句,殺意も含めて肯定してしまったという可能性は否定できない。そして,A検察官も,既に作成された検察官調書の内容をそのまま確定させることに性急な余り,そのように理解力が低いなどといった被告人の状態を利用して,上記のような誤導をした疑いも否定できない。
また,本件DVDが撮影された取調べ時において,A検察官は,被告人が本件ナイフで刺す前に被害者から手を掴まれたのか,無防備な被害者をいきなり刺したの
かという,これもまた重要な事実について,被告人の言い分を聴取しようとせず,既に作成された検察官調書の内容に沿う供述をするまで,被告人に質問を続け,最終的には被告人も,自らの主張を撤回するに至っている。このような取調べを前提とすると,被告人が自らの意に反する供述を押し付けられた疑いは残る。さらに,
被告人の聴力及び理解力等や,
本件DVDにおける被告人の様子からは,
被告人が,
検察官調書の読み聞かせ及び閲読によりその内容を正しく理解した上で,署名指印をしたのか,疑問が残るというほかない。
(3)

殺意の有無や,被告人が被害者を刺す直前に被害者が抵抗をしたか否かと
いう,本件の重要な点について,本件DVDが撮影された取調べ時の被告人の弁解内容は,被告人の公判供述とほぼ一致するものであり,被告人が,上記検察官調書の作成段階でも同様の弁解をしていた可能性は高い。しかるに,本件DVDで撮影された取調べ状況を前提とする限り,上記検察官調書の作成段階においても,A検察官は,被告人が,調書の読み聞かせ及び閲読によってもその内容を正しく理解することが困難な状態にあり,被暗示性が高いか,又は迎合的になりがちであることを認識しながら,被告人に対し,自己の意に沿うような供述を誘導ないし誤導し,被告人に不利な内容の供述を押し付けるという取調べをしていたのではないかとの疑いは払拭できない。
このように,相当の高齢で聴力及び理解力等が劣り,被暗示性が高いか,又は迎合的になりがちであって,調書の読み聞かせ及び閲読によってもその内容を正しく理解することが困難な状態にある被告人に対し,そういう状態にあることについて十分な配慮をせず,かえって,被告人の弁解を無視して,自己の意図する供述内容を誘導ないし誤導して押し付けるという取調べ方法は,供述の信用性の有無という程度を超えて,任意性に疑いを生じさせるものというべきである。そして,検察官は,本件DVD以外には積極的に任意性立証をしていない。そうすると,上記検察官調書の任意性に疑いがあることは明白である。7
結論

よって,被告人の検察官調書2通(乙2,3)に関する検察官の証拠調べ請求をいずれも却下することとし,主文のとおり決定する。
平成19年11月14日
大阪地方裁判所第11刑事部

裁判長裁判官

西田眞基
裁判官

千賀卓郎
裁判官

馬場崇
トップに戻る

saiban.in