判例検索β > 平成19年(う)第171号
住居侵入、強盗殺人、死体遺棄被告事件
事件番号平成19(う)171
事件名住居侵入,強盗殺人,死体遺棄被告事件
裁判年月日平成20年1月17日
法廷名広島高等裁判所
結果棄却
原審裁判所名広島地方裁判所
原審事件番号平成18(わ)1312
裁判日:西暦2008-01-17
情報公開日2017-10-13 01:37:58
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主文
本件控訴を棄却する
当審における未決勾留日数中100日を原判決の刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は,弁護人増田義憲作成の控訴趣意書に,これに対する答弁は検察官仁田良行作成の答弁書に,
それぞれ記載されているとおりであるから,
これらを引用する。
1
事実誤認の主張について
論旨は,被告人が,金品を窃取する目的で,原判示第1の日時ころ,原判示第1のA方に侵入し,
台所で金品を物色していたところを同人に発見され,
同人から大声を出されるのを阻止しようと,3畳間に横たわっていた同人のそばに駆け寄って,その口を塞ごうとしたものの,同人がこれを手で払いのけるなどして抵抗し,大声で助けを呼んだため,事の発覚を恐れ,いっそのこと同人を殺害し,金品を強取しようと決意し,右手を同人の後頭部に回した上,
左手で正面から同人の前頚部を押さえつけて同人の首を絞め,
さらに,
右手を同人の後頭部から離して,同人の頚部を両手で絞めつけ,同人を頚部圧迫による窒息により死亡させて殺害した上,現金約1万4000円および財布1個ほか2点を強取した旨認定した(原判示第1。以下,本項において本件犯行ともいう)原判決について,被告人には財物奪取の意図も殺意もなかったにもかかわらず,財物奪取の意図および殺意を認めて,住居侵入強盗殺人の成立を認めた原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるというのである。
所論にかんがみ記録を調査し,当審における事実取調べの結果をも併せ検討するに,原判決の事実認定は,その争点に対する判断の項(以下争点判断の項という)において認定説示する点も含めて,おおむね正当として是認できる。原判決に所論の事実誤認はない。以下,所論に即して付言する。

殺意について

原判決挙示の関係証拠によれば,被害者の死体の状況,被告人および被害者の年齢・体格,本件犯行前後の状況等については,原判決の争点判断の項の第2の1,第2の2アおよび第2の2イ(第1段落)に記載された各事実のとおりであることが認められるほか,被害者の死因は頚部圧迫による窒息死であることが認められる。


原判決は,被告人の捜査段階の供述の信用性を肯定して,被告人は,確定的殺意をもって,右手を被害者の後頭部に回して同人の頭を支えるようにし,左手で正面から同人の前頚部を押さえつけて首を絞め,さらに,右手を同人の後頭部から離して,左手に添えるような感じで右手の親指の付け根辺りを同人の首の左側に当て,
他の指を床につけた状態で,
被告人の体のバランスを取るようにして,上半身を前のめりにして全体重を左手にかけるようにして,同人の頚部を両手で絞めつけた旨認定している。
これに対し,被告人は,原審公判で,両手で被害者の首を絞めたことはない旨供述しているところ,その供述内容は,右手の親指は,横たわった被害者の首についておらず,右手は床について,(自分の体の)支えだけで使っていたような感じである,夢中でやったので,首を絞めた力加減は分からないなどというもので,これらの点を除けば,原判決が認定した犯行態様について,積極的に争っているわけではない(原審第2回公判調書中の被告人供述調書〔以下被告人の供述調書という〕42頁以下,65頁以下)。
ところで,関係証拠を総合すれば,被告人の原審公判供述を前提としても,被告人が,床に仰向けになっている被害者の首を絞める際,その正面から,左手の親指が被害者の首の左側に,左手の残りの4本の指が首の右側に当たるようにして,同人の首を絞めたことは,動かし難い事実というべきである。そして,原判決も説示するとおり,被害者の骨折や出血の部位・程度等,その死体の状況等に照らすと,被告人が,ある程度の時間継続して,被害者の首を相当強い力で上から圧迫しながら絞め続けたと推認することができるほか,
上記認定事実,
特に,
被告人が,
本件犯行直後,被害者の死亡を確認するや,予期しない出来事が生じてしまったなどと驚愕したりすることもなく,被害者方において,金品を物色して現金等を強取し,さらに,被害者の死体を押入に隠匿するなどの行動を取ったこと,被害者は,被告人から首を絞められる直前,助けを求めて大声で叫ぶなどしており,そのまま放置すれば,被告人が被害者方に侵入して物色行為をしていたことを人に知られかねない状況であったことなどを併せ考えると,被告人の捜査段階の供述の信用性を検討するまでもなく,被告人が確定的殺意を有していたことは,優に認めることができる。被告人は,原審および当審各公判で,被害者を殺すつもりはなかったなどと,殺意を否認する供述をしているが,到底信用できない。
しかも,被告人の捜査段階の供述調書には,原判決の認定事実に沿う供述が記載されているところ,原判決が説示するとおり,その供述内容は,具体的かつ詳細であり,心情の変化を含め,自ら体験したのでなければ語り得ないものである上,被害者の死因や死体の状況等の客観的事実とよく符合していること,捜査官が把握していたとは考えられない本件犯行後の被告人の行動等に関する供述も記載されており,これも裏付け捜査によって客観的に裏付けられていること,本件により被告人が逮捕された2日後には,原審弁護人が選任され,被告人は,同弁護人と接見を重ねて,本件が死刑もあり得る重大事件である旨聞かされていたことなどを総合すると,被告人の捜査段階の供述は,十分に信用することができる。

したがって,被告人が,確定的殺意をもって,原判示のとおりの態様で被害者を殺害したことは,優に認めることができる。
所論は,被告人の原審公判供述に依拠して,被告人は,両手で被害者の首を絞めたことはない旨主張する。
しかし,
上記1イで検討したところに加え,
被告人は,
原審公判で,
詳細な自白が記載された供述調書が作成された経緯について,取調べ自体を早く終わらせたいという気持ちがあり,捜査官のいいようにしてくれればいいというような考えがあったなどと述べるにとどまり,納得のいく説明をしていないこと(被告人の供述調書67頁以下,77頁以下)などに照らすと,被告人の捜査段階の供述調書に反する被告人の原審公判供述を信用することはできないから,
所論は前提を欠いている。
たしかに,
被告人は,その右手については,親指の付け根付近が被害者の首に触れていたに過ぎず,主として左手によって被害者の首を絞めたことは明白であるものの,たとえ指1本だけとはいえ,右手の親指が被害者の首に触れていたのであるから,両手で被害者の首を絞めたという評価は否定し難いというべきである。
また,所論は,被告人は,大声を出している被害者の口を塞いで,声を発せられるのを防ぐ行為に終始しており,
パニック状態となったため,
被害者の受傷を予見できなかったものであって,未必の殺意すらなかった旨主張する。
しかし,被告人の原審公判供述を前提にしても,被告人が,左手で被害者の首を絞めていることを認識していたことは明らかであり,その態様に照らし,被害者の受傷を予見できなかったとは到底考え難く,所論は失当である。
そのほか所論が種々主張するところを逐一検討しても,以上の判断は左右されない。


財物奪取の意図について
所論は,被告人は,食料品を窃取することが目的であり,財物奪取の意図はなかった旨主張する。
ところで,食料品といえども刑法235条の財物であるから,これを窃取する意図で他人の住居に侵入し,その物色中に家人に気付かれて,これを殺害すれば,
住居侵入強盗殺人の罪が成立することは多言を要しない。
所論が,敢えて,事実誤認の一事由として,財物奪取の意図がなかった旨主張するのは,
現金や金目の物を盗取する意図がなかったということを,
重要な情状として主張しているものと解されるので,ここで検討する。たしかに,所論指摘のとおり,被告人が,本件犯行の直前,所持金がほとんどなく,本件の5日前に蒸しパン2個を食べて以降,麦茶やスープを飲んだ程度で,ほとんど何も食べておらず,経験したことのない空腹感に耐えかねていたことは,証拠上明らかである。
しかし,上記1アで認定したとおり,被告人は,被害者を殺害した直後から,被害者のポーチをはじめ,被害者方の台所以外の部屋も物色し,現金約1万4000円,キャッシング機能付きのカード,小銭の入ったがま口等を持ち去ったほか,関係証拠によれば,被告人は,本件犯行後ほどなくして,コンビニエンスストアで,おにぎり,ゆで卵,アイスクリーム,カフェオレを購入して飲食したこと,被告人は,本件以前に何度も,その実父方に忍び込み,食料品や現金を盗んだことがあること,被告人は,本件犯行の約9か月ないし10か月前である平成18年1月か2月ころ,所持金がほとんどなく,空腹に耐えかねて,被害者方に侵入して,饅頭を盗んだほか,現金は見つからなかったとはいえ,同人方において金品を物色したことが認められることも併せ考えると,被告人は,本件犯行においても,当初から,食料品のみならず,現金等をも盗取する目的を有していたと推認するのが合理的である。
所論は,被告人が,実家以外の他人の家において現金を盗んだことはないことや,被告人の原審公判供述に依拠するなどして,本件犯行の目的は食料品の窃取であった旨主張する。
しかし,被告人は,原審公判においても,平成18年1月か2月ころに被害者方に侵入して室内を物色した際,現金があれば盗む意図であったことを認める供述をしており(被告人の供述調書57頁以下,70頁以下),そのとき被害者方で現金を盗まなかったのは,結果的に現金を発見できなかったからに過ぎない。そして,本件犯行前後の被告人の行動等に照らすと,被告人が,食料品の窃取を主目的としていたとしても,食料品の購入を可能にする現金等の財物を窃取する目的を有していたことは,否定し難いというべきである。所論は採用できない。


そのほか所論が種々主張するところを検討しても,原判決に所論の事実誤認はない。論旨は理由がない。

2
量刑不当の主張について
論旨は,被告人を無期懲役に処した原判決の量刑は重過ぎて不当であるというのである。
所論にかんがみ記録を調査し,当審における事実取調べの結果をも併せ検討する。
本件は,長屋住まいの被告人が,①金品窃取の目的で,深夜,90歳の女性が独り暮らしている隣家に侵入し,金品を物色中に同女に見つかったことから,同女の頚部を絞めるなどして殺害した上,現金約1万4000円および財布1個ほか2点を強取し(原判示第1),②被害者の死体を同人方押入内に押し込み,布団を被せるなどして隠匿し,死体を遺棄した(同第2)という事案である。
被告人は,深夜,被害者が寝静まるのを待ち,被害者方に無施錠の勝手口から侵入し,台所で金品を物色中,隣室で寝ていた同人に発見されたため,横たわっている同人のもとに駆け寄り,声を出されないように口を塞ごうとしたものの,同人は,これを両手で払いのけるなどして抵抗し,

いやー。誰かー。堪忍して

などと大声で助けを呼ぶなどした。被告人は,本件が発覚して警察に捕まることを恐れ,いっそのこと被害者を殺害し,同人方の金品を強取しようと決意し,前述のとおり,右手を被害者の後頭部に回し,左手で前頚部を押さえつけて首を絞め,さらに,右手を左手に添えるようにして,右手の親指の付け根辺りを被害者の首の左側に当てた状態で,全体重をかけるようにして被害者の頚部を絞めつけた。この間,被告人は,被害者の首を相当の力で絞め続けて,同人を殺害した。そして,被害者の死亡を確認した後,金品を物色し,財布から現金約1万4000円を抜き取ったほか,小銭の入ったがま口,キャッシング機能付きのカード,さらには,その暗証番号として使われている可能性がある被害者の生年月日が記載された国民健康保険被保険者証を持ち去った。
以上のとおり,被告人は,金品を物色中に被害者に発見されたことから,犯行の発覚を免れるとともに,金品窃取の目的を遂げるため,何の落ち度もない被害者を殺害した挙げ句,現金等を強取したものである。人の生命を軽く考えた短絡的で身勝手極まりない犯行であり,まことに悪質である。殺害の態様は,強固な殺意に基づく冷酷なものである。被害者は死亡しており,結果が極めて重大であることはいうまでもない。被害者が味わった肉体的苦痛や恐怖は想像を絶するものがある。長寿を保ち,高齢ながらも元気に平穏な余生を送っていたにもかかわらず,突如その生に終止符を打たれた被害者の無念さは察するに余りある。突然被害者を失い,しかも,その遺体は押入に押し込められた無惨な姿で発見されたことから,
遺族の悲嘆の情や喪失感,
憤りは激しい。しかるに,被害弁償や慰謝の措置は一切講じられておらず,当然のことながら遺族の処罰感情は峻烈である。
被告人は,無為徒食の生活を送っていたところ,実父方に忍び込んでは,食料品や現金を盗むなどして食いつないでいたものの,実父方に食料品や現金が置かれなくなったことから,金銭に窮し,空腹に耐えかねて,原判示第1の犯行に及んだものである。
被告人が空腹に耐えかねていたこと自体には,
同情の余地があるものの,そのような状況に陥ったのは,スロットにのめり込み,無為徒食し続けた被告人の怠惰な生活態度に原因があり,自業自得というほかないから,本件の動機や経緯に酌量の余地は全くない。
しかも,被告人は,被害者の殺害後,犯行の発覚を少しでも遅らせようと考え,その死体を引きずって別の部屋に移動させ,押入の中に押し込み,その上に布団を被せて隠匿したほか,被害者が外出しているように装うため,その所持品や衣類等を押入に隠し,被害者のサンダルを持ち去って,片方ずつ別々の場所に投棄するなど,罪証隠滅工作をしている。また,被告人は,被害者から強取したカードを使って,現金自動預払機から現金を引き出そうとしたほか,強取した現金のほとんどを,その日のうちにスロットにつぎこんで費消した。原判示第1の犯行後の行動をみる限り,被害者の生命を奪ったことに対する後悔の念や反省は,全く窺われないのであって,犯行後の情状も芳しくない。
したがって,本件の犯情は甚だ悪質であり,被告人の刑事責任は極めて重大である。
そうすると,本件強盗殺人は,被告人が,金品を物色中に被害者に発見されたことに端を発したもので,あらかじめ計画したものではないこと,被告人は,殺意等を争っているものの,反省の弁も述べていること,自転車窃盗の前歴が1回あるものの,前科はないこと,被告人の両親が,原審公判に出廷し被告人のために証言したことなど,被告人のために酌むべき諸事情を最大限考慮しても,その責任の重大性にかんがみると,本件は,酌量減軽して有期懲役刑を科すべき事案とはいい難く,原判決の量刑が重過ぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。
よって,刑事訴訟法396条により本件控訴を棄却することとし,当審における未決勾留日数の算入につき刑法21条を,当審における訴訟費用を被告人に負担させないことにつき刑事訴訟法181条1項ただし書をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。
平成20年1月17日
広島高等裁判所第1部
裁判長裁判官

楢崎康英
裁判官

森脇淳一
裁判官

友重雅

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