判例検索β > 平成18年(わ)第308号
背任、業務上横領、補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律違反被告事件
事件番号平成18(わ)308
事件名背任,業務上横領,補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律違反被告事件
裁判年月日平成19年12月10日
法廷名札幌地方裁判所
裁判日:西暦2007-12-10
情報公開日2017-10-13 01:38:04
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主文1
被告人Aを懲役4年6月に処する

2
被告人Aに対し,未決勾留日数のうち200日をその刑に算入す
る。

3
訴訟費用のうち,証人B,同C及び同Dに支給した分の2分の1
並びに証人E,同F,同G,同H,同I,同J及び同Kに支給し
た分は被告人Aの負担とする。

4
被告人Lは無罪。
理由
(被告人Aについての罪となるべき事実)
第1

被告人Aは,札幌市●区●条●丁目●番●号に主たる事務所を置く学校法人A学園(以下A学園ともいう。)の理事長であったもの,分離前相被告人Eは,A学園が北海道江別市●○番地に設置する北海道A学園大学及び北海道A学園大学短期大学部(以下A学園大学及び同大学短期大学部という。)の事務局総務部副部長兼管財課長等であったもの,分離前相被告人Fは,一般建築及び土木工事の請負等を業とする株式会社M建設工業(以下M建設工業という。)の代表取締役であったものであるが,

1
【平成18年3月22日付け公訴事実

背任】

被告人Aは,A学園の理事長として,その業務全般を統括し,その予算を適正に執行すべき任務を有していたところ,上記事務局総務部副部長兼管財課長等として,A学園大学及び同大学短期大学部が使用する校舎の補修等,A学園の施設の保全管理等の業務に従事し,被告人Aを補佐して上記施設の保全管理等に係る予算を適正に執行すべき任務を有していたE,そしてFと共謀の上,被告人AがM建設工業に施工を請け負わせた札幌市●区●町●丁目●番地●及び同番地●所在の被告人A所有に係る居宅補修工事の工事代金をA学園の資金から支出しようと企て,被告人Aの利益を図る目的をもって,被告人A及びEの上記各任務に背き,平成13年8月6日から同年10月5日までの間,前後3回にわたり,●市●町●番地●所在の株式会社N銀行O支店に開設された学校法人A学園理事長A名義の普通預金口座から札幌市●区●条●丁目●番地●所在の株式会社P銀行Q支店に開設されたM建設工業代表取締役F名義の普通預金口座ほか1口座に,上記居宅の補修工事代金合計約5252万8843円を含む合計1億3339万6830円を,A学園がM建設工業に施工を請け負わせたA学園大学及び同大学短期大学部の校舎外壁補修工事の工事代金として振込入金し,もってA学園に約5252万8843円の財産上の損害を加え,
2
【平成18年5月31日付け公訴事実

補助金適正化法違反】

A学園並びにA学園大学及び同大学短期大学部では,文部科学省が実施する平成13年度私立大学等防災機能等強化緊急特別推進事業に関し,平成13年4月18日ころ,東京都千代田区霞が関3丁目2番2号所在の同省高等教育局私学部私学助成課に対し,A学園大学及び同大学短期大学部が共用する校舎のうち5棟の壁面合計2681.5平方メートルに炭素繊維シートを埋め込む耐震補強工事(判示第1の1の校舎外壁補修工事をさす。)をM建設工業に施工させる旨の計画調書を提出していたところ,被告人Aは,Eと共謀の上,国が上記推進事業に関し文部科学大臣所轄学校法人に交付する平成13年度私立学校施設整備費補助金(私立学校教育研究装置等施設整備費〔私立大学・大学院等教育研究装置施設整備費〕。以下私立学校施設整備費補助金という。)を不正に受給しようと企て,真実は上記壁面合計2681.5平方メートルのうち合計約280平方メートルに炭素繊維シートを埋め込んだだけであったのに,その事情を秘し,平成14年2月7日ころ,上記私学助成課に対し,上記計画調書のとおり,M建設工業をして上記耐震補強工事を施工させた旨の内容虚偽の平成14年1月31日付け平成13年度私立学校施設整備費補助金(私立学校教育研究装置等施設整備費〔私立大学・大学院等教育研究装置施設整備費〕)交付申請書を送付して提出し,さらに,同年4月4日ころ,上記私学助成課に対し,同旨の内容虚偽の平成14年4月4日付け平成13年度私立学校施設整備費補助金(私立学校教育研究装置等施設整備費〔私立大学・大学院等教育研究装置施設整備費〕)実績報告書を送付して提出するなどして,私立学校施設整備費補助金の交付を申請し,同月23日ころ,同省高等教育局長Rをして,A学園に上記耐震補強工事に対する補助金である5723万9000円を含む私立学校施設整備費補助金を交付する旨決定させ,よって,同年5月1日,同決定に基づき,同省大臣官房会計課長らをして,上記第1の1記載の学校法人A学園理事長A名義の普通預金口座に上記補助金5723万9000円を含む6966万8000円を振込送金させ,もって偽りその他不正の手段により補助金である私立学校施設整備費補助金5723万9000円の交付を受け,
3
【平成18年4月14日付け公訴事実

自動車リースの業務上横領】

被告人Aは,当時の妻K及び知人Sに使用させるため,M建設工業をしてT株式会社(平成13年9月1日以降はU株式会社と名称変更)ほか1社との間で車両リース契約をそれぞれ締結させて普通乗用自動車合計2台を借り受け,M建設工業をして平成14年1月4日から平成16年5月6日までの間,上記自動車2台の各リース代金合計381万1605円を上記U株式会社ほか1社に支払わせたところ,A学園の理事長として,A学園の業務全般を統括し,A学園の資金の保管等の業務に従事していた被告人Aは,E,F並びにA学園大学及び同大学短期大学部事務局総務部管財課主幹のVと共謀の上,上記381万1605円の支払によりM建設工業の資金に発生し又は発生する損失をA学園の資金によって補填しようと企て,平成14年5月7日から平成17年1月31日までの間,前後19回にわたり,上記N銀行O支店において,事情を知らない同支店行員をして,同支店に開設された上記学校法人A学園理事長A名義の普通預金口座に入金されていた,被告人AがA学園のために業務上預かり保管中のA学園の預金から,上記P銀行Q支店に開設された上記M建設工業代表取締役F名義の普通預金口座に合計381万0765円を振込送金させ,M建設工業に係る損失の補填に充てて,もってこれを横領し,
第2

【平成18年5月2日付け公訴事実,同年11月21日訴因変更
給与等名目での業務上横領】
被告人Aは,A学園の理事長として,その業務全般を統括していたものであるが,江別市●○番地に本店を置き労働者派遣事業等を業とする有限会社W(以下Wという。)の取締役として同社の業務全般を統括し同社の資金の保管等の業務に従事していた分離前相被告人Bと共謀の上,被告人Aの交際相手である,事情を知らない相被告人LをWで就労させる意図がないのに,その給与等名下に同社の預金から金員を支出させ,それを相被告人Lに取得させようと企て,平成15年4月25日から平成17年1月25日までの間,前後28回にわたり,上記N銀行O支店ほか1か所において,事情を知らない同支店行員らをして,同支店に開設された有限会社W代表取締役B名義の普通預金口座に入金されていた,Bが同社のために業務上預かり保管中の同社の預金から,札幌市●区●条●丁目●番地所在の株式会社P銀行X支店ほか2店に開設されたL名義の各普通預金口座に,相被告人Lに対する給与等として合計798万6765円を振込送金させる方法によって,これを同人に取得させ,もってこれを横領し

たものである。
(判示第1の1及び第1の2の事実認定の補足説明)
第1

前提となる事実
関係各証拠によれば,以下の事実が認められ,検察官,被告人Aの弁護人の間に概ね争いはない。

1
被告人らの経歴や地位等
A学園は,A学園大学,同大学短期大学部(平成12年3月までは,それぞれY大学,Y大学短期大学部との名称であったが,以下では,両者を区別せず,単にA学園大学,A学園大学短期大学部という。)及
びZ学院を設置し,大学,短期大学並びに専修学校の教育を行うことを目的とする学校法人である。
被告人Aは,昭和54年4月から,両親が経営するA学園にて勤務し,平成2年11月から平成17年12月4日まで,A学園の理事長を務めていた。その傍ら,平成7年10月7日から平成17年12月4日までは短期大学部学長を務め,平成12年4月1日から平成17年12月4日までは大学学長も兼務していた。
Eは,給排水設備会社の勤務を経て,平成11年4月,A学園の職員となった。A学園大学及び同大学短期大学部の事務局財務部管財課主幹を経て,平成12年4月から財務部管財課長,平成13年4月1日から同事務局総務部副部長兼管財課長(平成13年の機構改革により,財務部管財課が総務部管財課に移管した。)の職にあったが,平成14年4月1日,総務部管財課長の兼職を解かれ,平成15年4月1日からは管財部長を務めていた。管財課(ないし管財部)は,校地,校舎並びに施設設備の保全維持管理に関する事務を担当していた。

2
校舎外壁補修工事に係る補助金申請の経緯
平成13年2月22日付けで,文部科学省高等教育局私学部私学助成課長から平成13年度私立大学等防災機能等強化緊急特別推進事業に係る計画調書の提出について(通知)と題する書面が発出され,同年3月6日ころ,同書面がA学園内で供覧され,被告人AとEもこれを閲覧した。被告人Aは,Eに対し,A学園に同事業の対象となる築30年未満の建物の存否を確認するように指示し,その後,Eから,1号棟のうちのピアノ棟と2号棟から4号棟までの各建物が対象になるとの報告を受けた。そして,被告人Aは,一定の構造耐震指標を下回っていることも要件とされていたことから,この要件該当性を確認するため,対象建物についての耐震診断を株式会社構造計画研究所に依頼し,同年4月上旬ころ,概ね問題がないとの結果報告を受けた。その際,被告人Aが,同事業による補助金の対象となるような工事方法を尋ねると,炭素繊維シート(以下CFシートという。)を使って建物を巻き込めば,機能強化になり美観上もよくなると提案された。そこで,被告人Aは,CFシートを使う工事が同事業による補助金の対象になることを文部科学省に確認した上で,同工事(以下校舎外壁補修工事という。)を行うこととし,Eに対し,工事の見積りを取るよう指示した。
これを受けて,Eは,a株式会社,有限会社b,M建設工業の3社に見積りを依頼し,同月中旬ころ,aから1億5330万円,bから1億5508万5000円,M建設工業から1億3357万0500円の各見積書の提出を受け,M建設工業に同工事を発注することとした。M建設工業の見積書には,CFシート貼付工事は壁補強工事として記載され,その合計面積は2681.5㎡であった。
A学園は,同月18日,文部科学省高等教育局私学部私学助成課長宛てに,平成13年度防災機能等強化緊急特別推進事業に係る計画調書を提出し,校舎外壁補修工事に係る補助金の申請を行った。同申請において,事業経費は合計1億4029万0500円,工事費合計はM建設工業の見積書どおり1億3357万0500円とされ,そのうち補助希望額は7014万5000円とされた。
3
校舎外壁補修工事の経過
校舎外壁補修工事は,平成13年7月16日に着工し,同年9月10日ころに完工した。CFシートの貼付工事について,M建設工業の当初の見積りによれば,貼付面積は上記のとおり合計2681.5㎡であったが,実際には,CFシートは合計280.5㎡分しか発注されず,しかも,最終的な貼付面積は約255㎡であった。

4
校舎外壁補修工事代金の支払
上記3のとおりCFシートの貼付面積は当初の見積りから大幅に減少したにもかかわらず,校舎外壁補修工事代金の支払については格別の減額がなされず,学校法人A学園理事長A名義の普通預金口座からM建設工業代表取締役F名義の普通預金口座に,平成13年8月6日に3989万9160円,同年9月5日に6678万4410円,同年10月5日に2671万3260円がそれぞれ振り込まれた(いずれの金額も振込手数料各840円を除く。)
なお,この振込金額は,当初の見積金額から3回分の振込手数料を除いた金額よりも更に17万1150円少ないが,それは,8月6日の振込について,M建設工業が4007万1150円を請求すべきところを,3990万円として請求したことによるものである。そして,これについては,Eは,改めて支払はしないとの承諾をFから取り付けていた。

5
補助金支払の経緯
補助希望額は,当初は7014万5000円であったが,金額の訂正を経て,平成13年11月14日ころ,5723万9000円に確定した。その後,判示第1の2記載の経緯で同額の補助金が交付された。

第2

争点
校舎外壁補修工事に関して,CFシートが実際には当初の見積りを大幅に下回る面積しか貼付されなかったこと,それにもかかわらず,同工事代金は,ほぼ当初の見積りに基づいてA学園から支払われたことについては当事者間に争いがない。
被告人Aは,自らの利益を図る目的でA学園の資金から自宅改修工事の代金を支出しようと企てたことはないし,E,Fと共謀して自らの任務に背くような行為をしたことは一切ないと供述する。そして,被告人Aの弁護人も,かかる手抜き工事により浮いた分の財産的利得が被告人Aに還元されたことはなく,被告人Aは,共謀や共同実行の過程には関与していないとして,無罪の主張をする。
第3
1
E証言とその一般的信用性
上記争点に係る本件の証拠構造においては,E証言,F証言の内容とその各証言の信用性判断が重要であるところ,Eは,被告人Aが本件以前にA学園の資金を私的流用していたこと,本件共謀状況,その後のA宅改修工事に係る認識等について,以下のとおり証言する。
(1)

本件以前の不正行為
Eは,平成11年4月ころから平成13年ころまでの間に,A学園の
工事とA宅の工事とを並行して請け負っていた業者(4社)に対して,A学園の資金から,A宅工事の代金を支払ったことがあった。
Eは,業者から

Aの家の工事をやったんだけれども,学園のお金で払ってくれませんか。

などと直接言われ,そのことを被告人Aに伝えると,被告人Aは

ああ,やってもらった。

ということを言っており,支払方法について細かい指示や直接的な言い方はなかったが,

お前に頼んだ。

処理しておいてくれ。

などと言っていた。被告人AがEに頼むということは,被告人A自身の資金で支払うということではなく,間違いなく,A学園の資金から支払っておけという意味である。そして,E自身,以前の勤務先にいたころ,A宅工事の代金をA学園に請求したことがあったことから,そのような処理が同学園で行われていることを知っており,このときも,実際に,A宅工事の代金を,同学園の資金から業者に支払った。
被告人Aは,自宅は半分公宅のように使用しているのだから,多少の費用はA学園でもってもいいんじゃないかなどと言っていた。E自身は,A宅は,同学園の名義になっておらず,筋が通らないと思ったが,被告人Aの指示に従い,そういう処理をしていた。
また,平成12年の暮れから平成13年にかけてのころ,Fが,被告人Aの飲食代や洋服の購入代等の領収書(金額は合計30万円から40万円程度)をEのところに持ってきて,

処理してくれ。

と言ったことがあった。Eがその旨を被告人Aに伝えると,被告人Aは「頼んだ。」と言っていた。Eは,A学園に採用されたいきさつや同学園を被告人Aが一人で動かしており,被告人Aの指示に従わなかったために不利益な処分を受けた者もいたことなどを考えて,その指示を拒むことができなかった。(2)

本件共謀状況等
A学園では,平成13年3月から4月初めころ,被告人Aの指示により,上記第1の2のとおり,A学園校舎外壁耐震補強工事を行い,同工事について文部科学省に補助金受給を申請することを考えていた。そして,Eは,当初,構造計画研究所による耐震診断とは別に,A学園校舎の外壁補修・塗装工事につき,M建設工業,a,A学園の関連会社であるbに見積りを依頼し,同年4月初めころ,M建設工業からは2000万円弱,aからは約4200万円の各見積り等を入手し,被告人Aに報告した。すると,被告人Aは,Eに対し,

Mでやれるな。

Mのほうをもうちょっと高い見積りに訂正させろ。

金額をもうちょっと上げて,aに近い金額にしよう。

(自宅の)外装工事等も雪がとけた後を考えているんでということで,Mに工事金額を上げて発注しよう。

などと言った。これを聞いたEは,被告人Aが,A学園外壁補修工事を当初見積り以上の金額でM建設工業に発注することにより,その分を同じくM建設工業に施工させる自宅工事分に使わせるという趣旨の意図をもっていることを理解した。そこで,Eは,Fに対し,

工事金額の見積りを4000万ぐらいに訂正してくれ。

などと言い,その詳しい理由は伝えなかったが,

理事長がそういうふうに言っている。

などと説明した。Fは,A学園外壁補修工事につき,4200万円の見積書を提出したが,経費が1000万円含まれており,それが現実的にはおかしいというEの指摘を受けて,最終的な見積額は3780万円となった。
Eと被告人Aは,同年4月10日ころ,構造計画研究所から,A学園校舎の耐震性は基本的には問題ない旨の回答を得たが,それとともに,CFシートを貼れば校舎のひび割れ等を防いで外壁を保護できるとの説明を受けた。また,Eは,その日のうちに,同研究所からCFシート貼付工事は1㎡当たり四,五万円かかると聞き,外壁合計2600㎡にCFシートを貼るとなると,当初Eが概算として予定していた7000万円程度という工事費用の倍近くになってしまいそうだという予測を被告人Aに伝えた。これに対し,被告人Aは,今後も長期間使用する建物であるから,今回補助金申請ができるのであれば良いものにしようということで,

当初の予算7000万円を超えてもしょうがないんじゃないか。

それで進めよう。

と言った。さらに,被告人Aは,CFシート貼付工事がM建設工業でもできるかを尋ね,Eが,aであろうとM建設工業であろうと,別の専門業者に頼むので,工事の質としては変わらない旨を説明したところ,被告人Aは,

そしたらMでも大丈夫だな。

などと言った。それからEは,補助金申請手続のためには3社の見積りが必要であることから,再度,M建設工業を含む上記3社から見積りを取ることとした。aからは1億四,五千万円の,bからも同額程度の見積りが上がってきたものの,M建設工業からはなかなか見積りが出されなかった。しかし,Eは,Fから概算的見積りとして1億3000万円と聞いていたため,これを前提に,同月16日までにA学園内での決裁手続を進め,申請期限である同月18日までには補助金の申請を行った。この間,M建設工業は,同日朝に,1億3300万円余りの見積書をA学園に提出したが,この見積書は,先に同社から提出されていた金額3780万円の見積書について,Eから同月17日付けのファックスにおいて指示を受けた箇所を修正し,浄書したものであった。

Eは,平成13年のゴールデンウィーク前ころの時期に,A学園の理事長室か被告人Aの自宅かのいずれかの場所において,被告人Aと2人きりのときに,被告人Aから,

炭素繊維シートを貼るのを半分にすると,要はサッシ工事も家の工事もできる。

という話を聞き,

それをMの方に話せ。

と指示を受けた。被告人Aは,かねてから,補助金を申請する工事では不正をするなと言っていたことから,Eは,

補助金に手を出すなって言ってましたよね。

などと言ったが,被告人Aは,

家だけじゃなくて,サッシができるんだ。

というような言い方をし,指示を変えなかった。Eとしては,補助金を申請しても100%通るわけではないなどと考え,Aの指示を止めなかった。
Eは,Fに対して,

炭素繊維シートを半分にしろという指示をAが言っている。

旨を伝えた。M側には特に驚いた様子がなかったことから,Eは,自分が言う以前から既に,被告人AとFの間で話が出ていたのかなと思った。このとき,Fとの間では,いくらお金が浮くというような具体的な話は出ていなかった。
後日,Eは,被告人Aに対し,上記のとおりFに伝えた旨を報告すると,被告人Aは

ああ,そうか。

などと言っていた。ウ
その後,Eは,Fから,タイル工事について

当初の約1億3000万円の中では,タイルは貼れない。

などと言われたことから,被告人Aにそれを伝えたところ,

Mと相談して決めろ。

と言われ,それと同時に,CFシートの量が半分というのが多少もうちょっと減っても仕方がないというニュアンスのことを言われた。
そこで,Eは,Fに対して,

1億3000万円の中でタイルも貼りたい。

と言い,CFシートについて,当初の半分よりも更に減らすことになった(なお,E自身は,CFシートの量が半分から更に減ったという話は聞いていたが,その結果どのくらいになったかについてまでの記憶はない。)。
その後も,Eは,Fから,A宅工事に関して,工事内容の追加や変更があり,金額が足りないなどという話を聞いていた。
Eは,平成13年6月末の時点で,Fから

ものをそろそろ頼まなければいけない。どこに貼ったらいいか検討してほしい。

という連絡を受けた。その後,Eは,Fと会ってCFシートの面積についての数字を出され,最低限貼ってほしい部分を学園校舎立面図に印を付けてFに渡した。

(3)

A宅改修工事
Eは,平成12年ころに,A宅を増築する工事の話を聞いたが,同工
事は見積りが四,五千万円と高額であったことから,途中で見送られた。しかし,平成13年になったころに,被告人A本人から,自宅改修工事について,外壁を変えたい,既にMで検討しているという話を聞いた。この工事については,2000万円以上という話を聞いていた(聞いた時期ははっきりしない。)。
平成13年4月下旬ころには,被告人AやFから,A宅の内装工事のうちクロスや塗装に関する話が出ており,Eは,被告人Aから,

炭素繊維シートを貼るのを半分にすると,要はサッシ工事も家の工事もできる。

炭素繊維シートの量が半分というのが多少減っても仕方がない。

という話を聞いたときには,A宅内装工事を行うという話も聞いていた。
その後,Eは,M建設工業から,A宅改修工事について,工事を増やされたり,手直しをしたりということが何度かあるという話を聞いていたが,同改修工事にいくらかかっているという話は聞いたことはなかった。Eは,被告人Aに対して,同改修工事分が増えて,お金が足りないという話をしたが,被告人Aは,

間違った分を直しているのだから,直した分はこちらには関係ない。

と言っていた。Eは,同改修工事について,CFシート貼付面積削減の話が出ていた平成13年4月下旬から5月ころの前後いずれの時期にも,被告人AからもFからも,見積りを見せられたことはあったが,全体を把握していたわけではなく,ある程度進んだ段階からは,金額が足りるか足りないかという話ばかりであった。被告人Aは出張が多かったことから,その間に予定どおりに工事が進捗しているかという確認をするために,Eが現場に行ったことはあったが,工事を細かくチェックするなどしていたわけではない。
2
上記E証言は,被告人Aから,校舎外壁補修工事につきCFシートの貼付面積を減らし,それによって,実際の校舎外壁補修工事代金額と当初見積りに係る同工事代金額との差額の一部を,A学園のサッシ・タイル補修工事に充てるとともに,更に残りを,A宅改修工事代金に充てる旨の指示があったとするものであり,Eと被告人Aの共謀があったことにつながる重要な供述証拠である。
3
そこでE証言の一般的信用性について検討するに,共犯者供述にはいわゆる引っ張り込みの危険があるから,これを念頭に置きつつその信用性を検討する必要があるところ,上記供述内容は,以前から,被告人AによりA学園の資金の私的流用が行われていたこと,それをA学園側としてだけでなく,業者側としても体験していたことなどを率直に供述しつつ,その延長として本件の不正行為があったとするものであり,合理的かつ自然なものである上,本件の共謀状況等については,時期や場所につきはっきりしないところはあるものの,被告人Aからの指示文言等に至るまで,極めて具体的かつ詳細に,体験した者のみが語り得るような迫真性をもって述べられている。Eは,A学園大学及び同大学短期大学部の事務局総務部副部長兼管財課長との立場から本件に関与したものであるが,CFシートの貼付面積を減少させることにより,A学園関係者として損失を受けこそすれ,直接利益を享受する立場にあるわけではなく,ましてやそれを窺わせる証拠もない。そして,E自身,判示第1の1ないし3の各事実の共犯者として被告人Aらと共に起訴され,自らの裁判で公訴事実を認め,既に有罪判決(懲役3年,4年間執行猶予)を受けており,その後に上記公判証言をしたのである。Eには,殊更事実関係を捏造したり歪曲したりしてまで,被告人Aを陥れるような虚偽証言をするという動機や事情も見出し難い。加えて,Eは,平成11年4月にA学園にA学園大学及び同大学短期大学部の事務局財務部管財課主幹との立場で中途採用され,その後も本件発覚までA学園内で上記第1の1のとおり順調に昇進していたことからすれば,同人が,被告人Aに対して恩義を感じることこそあれ,恨みや反感を持っていたとも考えにくい。

4
この点,弁護人は,Eが,被告人Aから上記不正指示があった後,A宅改修工事の内容や代金について正確に把握していない点を捉えて,本件が被告人Aとの共謀に基づいて行われたのであれば,EがFとの調整役として,同改修工事の内容や代金を把握した上で,被告人Aと協議を行うなどするのが自然であると指摘する。しかし,Eは,Fからの連絡を受けて,CFシートの貼付場所を指示するなどしており,同改修工事の途中経過を逐一把握していなくても,調整役としての役割を一定程度は果たしているといえる上,E自身,

家の金額がいくらになっているのかということについては,中身は自分で把握できるようなものではなかったので,考えても無駄だ,自分の範囲の中ではないと思っていた。

と証言し,その説明が十分に首肯できることからすれば,弁護人の上記指摘は,さほど重視すべきものではない。
また,弁護人は,本件以前には,補助金申請事業につき,学園資金の不正流用が行われたことはなく,E自身も

補助金を申請する工事については,自宅工事への流用等の不正をするなというように被告人A自身から言われていた。

と証言しているにもかかわらず,被告人Aの上記不正指示を受け,安易に実行に移している点で,E証言は不自然であると指摘する。しかし,Eは,本件以前から被告人Aの個人的支出にA学園資金が充てられており,その中で,本件背任が行われたと証言していることからすれば,被告人Aの指示がある以上,補助金申請事業についても学園資金の不正流用をせざるを得ないと観念したということは十分に考えられることに加えて,被告人AのA学園における地位,両名の同学園内での関係等にもかんがみれば,Eが,被告人Aの指示を断れずにそのまま実行したことも,あながち不自然とはいえない。
5
第4
1
以上からすれば,E証言の一般的信用性は高いといってよい。
F証言とその一般的信用性
もう一人の重要関係者であるFは,被告人Aが本件以前にA学園の資金を私的に流用していたこと,被告人Aの本件指示をEから聞いたことなどの本件共謀に関連する状況,その後のA宅改修工事の進捗状況等について,以下のとおり証言する。
(1)

本件以前の不正行為
M建設工業は,平成12年ころ,A宅工事を何度か行ったが,その工
事代金の支払については,被告人Aから

請求書を出すときに学園の方に回してくれ。

すべてEさんと打合せをしてくれ。

学園から払う。

ということを言われた。そこで,Fは,Eに相談したところ,Eから,架空工事や水増し請求で支払う旨言われた。
また,平成12年ころから,Fは,被告人Aから

領収書をお金に換えてほしい。

学園からお金をもらって,後はその領収書と交換してお金を戻してほしい。

と言われて封筒に入った領収書を渡されたことがあった。
そこでEに相談すると,Eは,「困ったな。」と言っていたが,結局その後,

請求書をこういうふうに上げてくれ。

と言って,A学園工事代金の水増し請求を受けてくれるようになった。
入金された金は,引き出した後,

領収書のお金です。

と言って,被告人Aに渡していた。
Fは,最初はどうしてそういうことをやるのかと思っていたが,別に自分たちの金を出すわけでもない上,その当時,被告人Aから仕事をもらっており,今後の仕事もあるという話であったことから,その一連の流れで断れなかった。
(2)

本件共謀状況に関連する事実
Fは,平成13年3月ころ,被告人Aから,

外壁を塗装して,破損しているクラック,傷ついた部分を直してきれいにしたいという計画を学園で立てている。

Eさんと打合せをしてみてくれ。

と言われた。その後,Eから見積りの依頼があり,Fは,c塗工部に見積りを依頼した。c塗工部からは,4月4日に,1900万円前後の見積りが上がってきたところ,4月5日付で,M建設工業からA学園に同じ金額の見積書を上げた。
その数日後,Eが,Fのところにaの見積りを流してきて,

それよりも少し安くできないか。

と言ったことから,Fは,4200万円に見積りをし直した。
その当日か翌日に,この見積書にEから手書きで3780万円に直されたものが送られてきて,Fは,それに基づいて3780万円の見積書を作成した。
その後,4月17日に同様に項目と数字が書かれたファックスが流れてきて,そのとおり作ってくれという依頼があり,金額は1億3000万円になっていた。Eは,

今問題になっている耐震補強工事の項目が入ってきたので,これを入れて作ってくれ。

と言っていた。Fは,M建設工業からA学園宛ての1億3300万円余りの見積書を作成した。その後にEから,

CFシートについて,施工方法や単価などを調べてくれ。

と言われた。A学園校舎外壁補修工事について,CFシート貼付面積を減らすことになったのは,A学園の指示によるものである。平成13年5月中に,Fは,Eから

炭素繊維シートの数量を減らすと,単価がいくらになるんだ。

シートの数量を減らして,金額がいくら下がるんだ。

などと聞かれた。Eは,減らした後に貼るCFシートの量として,当初は,最初の見積りの半分と言っていたが,具体的な量として700㎡前後の数字を上げていた。それに対して,Fは,

金額はこのくらい差があるんじゃないでしょうか。

という程度の話をしたが,具体的な金額までは話さなかった。
CFシートを減らす話は,その後もEからあり,その度に,貼付面積はどんどん減少していった。
CFシートの貼付面積が減少する理由について,当初はEから説明がなかったが,数量を減らす間に,A学園のサッシ工事やタイル工事も一緒にやりたいという話が出てきたことから,Fは,それと金額を相殺するのかなと理解していた。M建設工業からA学園宛ての平成13年6月6日付けの見積書には,CFシート貼付面積として640㎡という数字が出ており,これ以前の段階で640㎡を前提にc塗工部に見積りを取らせていることから,遅くとも6月6日ころには,Eとの間で,640㎡という数字が出ていたと思う。Fは,遅くとも6月初めの時点では,Eから,

理事長の家の工事代金をここで作らなきゃいけないんだ。

ということを聞いた。Fから,被告人Aに対して直接,A学園工事代金の中からA宅改修工事代金を出すことについての確認はしていない。その後も,Eとのやり取りでCFシート貼付面積が変更され,7月10日過ぎに,Eと最終的にどの部分にどのくらいCFシートを貼るかという打合せを行った(同様のやり取りは,それ以前に何度かあった。)。Eは,校舎の図面を使って,実際にCFシートを貼付する部分に斜線を書くなどした。
一方,別の校舎立面図は,最終打合せが終わったときにもらったと思う。同立面図には,緑色で印が付けてあるが,現場監督が印を付けたものではないかと思う。
(3)

A宅改修工事について
A宅改修工事のうち,外壁工事については平成12年8月ころに,内
装工事については同年12月ころに話が出てきた。外壁工事については,同年8月の段階で,被告人Aの指示により,M建設工業において見積りを取るなどし,最終的には1500万円程度の見積りが出ていたが,被告人Aから金額が高いという話が出て,いったん流れた。
その後,平成13年2月ころに,被告人Aから,内装工事の打合せの続きで外装工事の話になり,外壁工事もやるという話が出た。一度金がなくて止めるという話であったのに,再びやるという話になった理由はよく分からない。
今回問題になっているA宅改修工事は,同年5月ころに始まり,細かいものも入れると同年9月ころまで続いた。始まった段階では,施工中のものについては金額が決まっていたが,それから毎日打合せをするたびに,新たな工事が追加されたり内容の変更ややり直しがあったりして金額が変わっていった。具体的には,外壁について,被告人Aが雑誌を見て装飾品を増やしたり,風呂場について,浴槽の取替えや中の石の張替え,サッシを大きくしたことなどがあった。
Fは,同改修工事の代金が増えていることをEに伝えていたが,Eは,極力やらないようにしてくれということばかり言っていた。6月を過ぎたころの打合せでは,Eとの間で,工事代金が4000万円を超えているという話をしたことがあった。
被告人Aから,同改修工事をするに当たり,あらかじめ定まった金額の提示はなかった。そのためFは,被告人Aに対し,工事内容が追加されるたびに見積書を渡しており,最終的には,その見積りを全部まとめて持参し,合計金額は四千なにがしという話をした記憶がある。被告人Aは,こんなにかかっているのかと驚いていたが,その後,工事を止めてくれとか金額を減らしてくれとかいう話はなく,その後も工事内容の追加,変更の指示があった。
2
F証言は,本件以前の不正行為の点については,E証言と概ね同様の内容を述べた上,本件の共謀について,A学園の校舎外壁補修工事におけるCFシートの貼付面積を減らす旨の被告人Aの指示をEから聞き,それに従って同工事を行い,更にEから,A学園校舎外壁補修工事代金の当初見積額と,CFシート貼付面積削減により生ずる実際の工事代金額との差額の中から支払うことを聞いた旨,本件共謀に係る一連の流れを証言しているところ,E証言と同様に,この点を立証する重要な供述証拠である。3
そこで,F証言の一般的信用性について検討する。確かに,Fは,A学園校舎外壁補修工事とA宅改修工事とのいずれについても元請けしたM建設工業の代表取締役であり,この二つの工事により相応の利潤を得ているものと推認されるところ,A学園校舎外壁補修工事におけるCFシートの貼付面積を削減した場合,これにより浮いた差額を使い,下請業者への支払分を含め,A宅改修工事分を拡大させること等により,更なる利得を得られるという立場にあったことは否定できない。また,Fは,下記のとおり,平成13年12月10日,被告人Aの前妻Kと不倫関係にあったことに対する慰謝料名目で1000万円を支払うなどしていることも認められ,被告人Aに対しては,必ずしも好感情を抱いていないものとも考えられる。そうすると,Fが本件において虚偽供述を行う動機としては,被告人Aの与り知らないところで,CFシート削減により,A学園校舎外壁工事にかかる費用を浮かせ,この差額を,A宅改修工事ないしはその下請業者への支払に回すなどしていたFが,被告人Aに対して抱いていた悪感情もあって,殊更,被告人Aを首謀者とするような証言を行ったということが想定されないわけではない。もっとも,Fも,Eと同様に,判示第1の1及び第1の3の各事実の共犯者として起訴され,自らの裁判で公訴事実をすべて認め,有罪判決(懲役2年6月,4年間執行猶予)を受けており,その後に,宣誓及び偽証罪の制裁の告知の下に上記のとおり証言しており,自らの不利益の可能性を甘受し,事実関係を捏造,歪曲してまで,被告人Aに不利益な証言をするということは,考えにくいところである。そうすると,その証言の信用性については,各証言部分の具体的内容を踏まえ,他の証拠との整合性等を吟味するなどしながら,相当慎重に検討する必要があるものの,本件の共謀状況等に関連する事実を述べる上記証言内容を見ると,A学園側担当者であるEと,両工事の請負業者であるFとの間で,どちらが積極的に関与していたかについて若干の食い違いはないではないにしても,それは両者の見方ないし立場の違いから生じるものと解されるのであって,本件の共謀に係る一連の流れに関する証言については,その重要部分においてE証言に沿うものないしは矛盾しないものであり,上記のとおり信用性の高いE証言により,その信用性を裏付けられているといえるから,F証言は,少なくともそのような限度で,信用できるものと評価できる。
第5
1
CFシート貼付面積が減少していった経緯
関係証拠によれば,以下の経緯が認められる。
平成13年4月下旬から5月初旬ころ,F(元請)は,A学園校舎外壁補修工事に関連して,株式会社c塗工部(一次下請)に,CFシートを貼付する施工面積を640㎡として見積書を作るよう依頼した。
それを受けて,c塗工部はd株式会社(二次下請)に,dはe株式会社(三次下請)に順次依頼した。e株式会社代表取締役であるfは,株式会社gに相談し,同社は,同年5月9日付けでe株式会社宛ての見積書を作成した。この見積書には見積条件の中に

④施工面積は640㎡とします。

との記載があり,明細書の中でもそれに沿った見積りがされている。
この見積書は,eからd,c塗工部へと順次わたり,c塗工部はこれに金額を上乗せしたM建設工業宛ての見積書(日付欄は空欄である。以下c塗工部見積書という。)を作成し,M建設工業に渡した(c塗工部見積書においても,工事費中のCFシート貼付け工については,
640㎡と記載されている。なお,同じころ,M建設工業からc塗工部に対して,1号棟,2号棟,3号棟の1の通路側だけにCFシートを貼るので,CFシートの施工範囲を640㎡以内にして,塗装工事を含めた見積書を作ってほしいとの指示があり,c塗工部はそれに基づく見積書(作成年月日空欄,金額は3600万円)も作成している。)。
M建設工業は,c塗工部見積書に基づいて,同年6月6日付けで北海道A学園大学宛ての見積書を作成した。同見積書の内容は概ねc塗工部見積書と同じであり,金額は2199万円で,CFシート貼付け工は640㎡と記載されている。
同年7月5日付けのdからe宛てのファックス送信書では,A学園校舎の立面図にシート貼付部分を図示され,同月6日付けのdからe宛ての注文書においては,CFシート工事約230㎡と記載されている。

その後,同月12日に,M建設工業,c塗工部,d,eの関係者が集まった。その場で,M建設工業のh(校舎外壁補修工事に現場の責任者・管理技師として携わった。)は,

学園の予算の都合で,全面は貼れない。学園の意向は,壁の破片が崩れ落ちて人に当たるのを防止するため,通路側にだけCFシートを貼って補強するということだ。

などと言い,学園校舎の立面図を示し,緑色マーカーで囲まれた壁部分だけにCFシートを1枚だけ貼ることを指示した。このときにCFシートの貼付面積が255㎡とされ,eは,以上に基づいてCFシートの発注を行った。
2
hの供述
この経緯について,hは,次のとおり供述している。
hは,平成13年5月中ごろに,Fから校舎外壁補修工事の施工現場監理の依頼指示を受けた。そして,Fは,このころ既に,hに対し,

E課長との打合せ結果で決まったことだから。

として,校舎外壁の補修・塗装工事を施工する5棟のうち,耐震補強工事はピアノ棟,2号棟,3号棟の1,4号棟の計4棟につき行うと伝えて,それぞれの施工範囲を指示した。hは,その指示に基づいて,学園校舎立面図に蛍光ペン(緑色)で指示されたCFシートの施工箇所,範囲を図示し,さらに,その立面図に4棟ごとの施工面積,合計面積を算出・記載して,Fに確認した(この時点で,施工面積は約255㎡であった。ただし,この書き込んだ図面は,上記7月12日に出てきた図面とは別のものである。)。
同年5月17日に,hは,この立面図と同じものをA学園の関連会社であるbのiに提出し,施工箇所,範囲,面積等の確認をした。
3
検討
上記第1の2記載のとおり,平成13年4月18日付けの文部科学省に提出された補助金申請に係る計画調書の前提となったM建設工業の見積りでは,2681.5㎡であったCFシート貼付面積について,上記1のとおり,同年5月9日付けでは,CFシート貼付面積を640㎡とする三次下請宛ての見積書が存在しており,これによれば,このころには既に,同貼付面積を640㎡程度とするような話が出ていたことが認められる。そこで,この点に関するE証言及びF証言をみるに,E証言は,被告人Aから,ゴールデンウィーク前に,CFシートを半分にすることを持ち掛けられ,その後,半分が更に減ってもしょうがないと言われていたこと,それをFに伝えたこと,同年6月末くらいに,Fから

明日行くからどこに貼ったらいいか検討してほしい。

などと言われ,そのころ,最低限CFシートを貼ってほしいという部分を校舎立面図に印を付けてFに指示したことを証言するものであり,F証言も,Eは減らした後のCFシートの具体的な量について当初は見積りの半分と言っていたが,その後は700㎡前後の数字を挙げていたこと,同年7月10日ころ,Eとの打合せにより,CFシート貼付部分,貼付面積を定め,校舎図面に印を付けたことなどを証言するものであるところ,この点に関する両証言は,相互に大きく矛盾するところはない上,主として見積書等の客観的証拠により認定できる,上記1のとおりのCFシート貼付面積減少の経緯と対比してみても,時期的な点も含めて十分に整合的であるから,信用できるものといえる。この点,弁護人は,E証言によれば,被告人Aから当初CFシートの貼付面積を半分にするという話があったにもかかわらず,半分(1300㎡)とする見積書が作成されていないことをもって,E証言は疑わしいなどと指摘する。しかし,同年4月12日付けの校舎外壁補修工事の見積書には壁補強工事という名称で,CFシート貼付工事の単価や面積等が記載されており,CFシートの貼付面積が減少した場合でも,この単価や面積等により,およその見積代金は算定可能であったから,弁護人指摘のような見積書が作成されていないことは,それほど不自然であるとはいえない。
第6
1
A宅改修工事の経緯
被告人Aは,平成12年当時,何年かにわたって少しずつ自宅の改修を進めていくことを計画しており,そのころ,自宅増築工事の見積りを取ったことがあったが,金額が高いということもあり,取りやめになった。被告人Aは,同年8月ころには,M建設工業に依頼して,自宅外壁工事の見積りを取るなどした。その後,外壁工事についても一旦はなくなったが,被告人A自身は是非やりたいという気持ちをもっていたことから,平成13年2月ころ,再び,被告人AからFに対し,外壁工事をやりたいという話があり,Fは何度か見積書を提出するなどしていた。
一方,内装工事については,被告人Aの当時の妻Kがやりたいという強い希望を持っていたことから,平成13年度に行うことになっていた。
2
内装工事の打合せが行われた時期について,Fは,

平成12年12月に,設備工事に絡むものが少しあり,それに絡んだ内装のクロス,床等の張替の話が出ていた。

と証言する。そして,Eは,

平成13年4月下旬ころには,内装の話を,被告人AからもFからも聞いていた。同年4月以降,家の工事の見積書を何度か見た記憶がある。

と証言している。一方,被告人Aは,

平成13年4月下旬ころに自宅改修工事の見積書を見たことはなく,内装については,ゴールデンウィークのころは,Kから意見は出ていたものの,全く何も決まっていない状態だった。

と供述する。
この点,本件で問題となっているA宅改修工事は,M建設工業が請け負い,合計23社の施工業者又は納品業者により,平成13年3月ないし4月ころから順次行われており,時期の早いものでは,同年4月11日に,辛コーポレーションが玄関内踊り場の足場掛け払い工事を行っているなど,4月中に内装,外壁合わせて4社の下請業者による工事ないし納品が行われていたことが証拠上明らかに認められる。
かかる状況からすれば,ゴールデンウィークのころには何も決まっていなかったなどとする被告人Aの上記供述は,にわかには信用しがたい。そこで,上記F,E証言により,同年4月の時点では,内装工事についても,ある程度の見積りが取られていたものと推認することができる。3
これに対し,弁護人は,ゴールデンウィークころの時期というのは,A宅改修工事につき,外壁工事を除く改修工事の計画が始まったに過ぎない段階であることを前提に,ゴールデンウィークころには,これほど(

炭素繊維シートを貼るのを半分にすると,要はサッシ工事も家の工事もできる。

旨の被告人Aの発言があるほど)金額のかかる工事とは計画されておらず,むしろ,内装工事の中心をなすと思われる設備工事の見積書(金額599万円)が平成13年8月6日付けで作成されていることをも考慮すると,ゴールデンウィークころに上記被告人A発言があったとするE証言は不合理であると主張する。
しかし,E証言によれば,被告人AからCFシートを減らすという話が出る前から,内装工事の見積書を被告人AやFから見せられていたとのことであるし,上記のとおり,外壁工事の見積書は既に存在していた上,本件のA宅改修工事は,平成12年以来,何年かにわたって少しずつ改修工事を進めていく計画の中で行われたことからすれば,既におおよその工事概算額は明らかになっていたと考えるのが合理的であるし,たとえ正規の見積書が作成されていなくとも,おおよその金額を前提に工事の予定が進んでいたことも十分に考えられるところである。
また,逆に,被告人Aは,見積書記載のCFシートの単価は1㎡あたり2万4000円であることから,CFシートを半分にした場合に,他に充てることができる金額は約3200万円であるところ,Eは,サッシ工事の予算を2000万円と考えていたというのであり,自宅工事の予算は1200万円程度考えていたということになるが,実際には,CFシートを半分にするだけでは自宅改修工事はできなかったのであり,Eの証言は信用できない。旨供述している。そして,弁護人は,これに補足して,この時点においては,既に,A宅改修工事のうち外壁工事について1575万円の見積りが出ていたことを指摘する。
しかし,Eは,被告人Aの指示に従っただけであり,上記のとおり,EがA宅改修工事の代金とCFシートの貼付面積とを積極的に調整していたとまでは認められないことからすれば,Eは,A宅改修工事にかかる具体的金額までは把握していなかったものとみるのがむしろ自然である。そうすると,Eは,具体的金額を意識することなく,被告人Aの上記指示を受け入れ,Fに伝えたものというほかなく,このことが不自然であるとはいえない。
したがって,弁護人や被告人が主張・指摘する上記各点は,いずれも理由がなく採用できない。
第7
1
被告人Aによる支払仮装の有無
当事者の主張
(1)

本件では,被告人Aが自身の出捐によりA宅改修工事の代金を支払
ったことを一応窺わせるものとして,①平成13年11月1日付けのM建設工業が被告人Aに宛てた75万円の領収書(但書に外壁工事内金としてと記載されたもの。),②同年12月14日付けの,依頼人を被告人A,受取人をM建設工業とする,1500万円の振込金(兼手数料)受領書,③同年6月30日付けのM建設工業が被告人Aに宛てた3700万円の領収書(但書にH12年借り入れ金2000万円工事代金(着手金)と相殺,H13.6.30,1700万円集金分としてと記載されたもの。)が存在する(このうち,③の領収書が,本件背任につき新聞報道がなされた平成17年11月13日ころの混乱の際に作成された,支払実態のない領収書であることについては争いがない。)。このほか,A宅改修工事に関する契約書として,④平成13年6月11日付けで,注文者をA,請負者を株式会社M建設工業,工事
をA邸外壁改修工事,請負代金額を¥15,750,000と
する工事請負契約書があり,①の領収書及び②の振込金受領書は,これに対応するものといえる。
(2)

検察官は,①の領収書や②の振込金受領書,更には④の工事請負契
約書について,A宅改修工事代金の支払を仮装するために作出された内容虚偽のものであると主張する。これに対し,弁護人は,被告人Aは,④の工事請負契約書に基づき,実際に同金額を支払ったと主張する(より具体的には,弁護人は,①の領収書や②の振込金受領書は,外壁工事代金について被告人Aの出捐による支払を証するものであると主張し,下記第8のとおり,事後的な調査結果や,A宅改修工事の下請業者のうち4社について個々の工事に不明不適があること等から,実際の同改修工事の費用は2000万円を大きく上回るものではなく,そのうち,被告人Aは,外壁工事については1575万円をM建設工業に支払っており,その余の工事代金については,Fに対する慰謝料請求権と相殺しているのであるから,結局,被告人Aに利益は還元されていないと主張する。)。
2
F証言の要旨及びその信用性
(1)

この点に関するF証言の要旨は,以下のとおりである。
Fは,平成13年7月に,被告人Aの自宅の庭で,A学園職員のBか

住宅の工事をかなり派手にやっているが,周りからいろいろ言われたらどうしよう。

との不安を打ち明けられ,相談を受けた。Bの不安は,A宅の外壁工事をやっているので,税務署などから,被告人Aがその代金を支払っていないことを何か指摘されたら困るということであった。
その後,同年9月,A宅において,被告人A,E,F及びBが集まった際に,今回行ったA宅改修工事の契約書を作成して,金を振り込んだように見せかけるという話をし,金額を1500万円(消費税別)とする外壁補修工事の契約書を作ることになった。同工事請負契約書は,同年9月から10月にかけて作成された。
そして,A学園で振込用の金員を用意できないことなどから,Fが1500万円を用意することとなり,同年11月ころに,12月14日に振込を行うことが決まった。
Fは,同月13日に,M建設工業代表取締役F名義の口座から6
00万円,j名義の口座から400万円,k名義の口座から1
00万円をそれぞれ引き出し,さらに同社金庫から400万円の現金を出して,合計1500万円を用意し,A宅に持っていった。この際,A宅には,被告人AのほかにEらがいた。Fは,この金を置いてそのまま出てきた。
また,Fは,同年12月にEに対し,上記工事契約書記載の金額のうち消費税分75万円については,領収書を作るという話をした。そして,M建設工業において領収書を作成し,1500万円を持っていったときに,一緒に被告人Aに渡した。75万円については,実際に支払われたことはなく,M建設工業の帳簿上は未収金として処理されている。(2)

上記F証言の信用性について検討するに,M建設工業の商業登記履
歴事項全部証明書によれば,同社は,平成13年6月27日に札幌市●区●条●丁目●番地●に移転し,同年7月11日に登記をなしたことが認められるところ,上記工事請負契約書におけるM建設工業の住所が,札幌市●区●条●丁目●番地●ビル●Fと記載されていることからすれば,④の工事請負契約書は,同書面上の作成日付である同年6月11日ころではなく,同月末以降に作成された可能性が高い。また,M建設工業の領収書綴りによれば,①の領収書は,同領収書綴りのうち,同年12月5日付けの領収書と同月20日付けの領収書との間に綴られており,この間に作成されたものとみるのが合理的である。加えて,預金元帳についての捜査報告書によれば,株式会社M建設工業代表取締役F名義,j名義,k名義の各口座からは,それぞれ上記日時に上記金額が引き出されている。このような客観的証拠の存在は,上記F証言を的確に裏付けるものであり,その信用性を高めるものといえる。
さらに,この点に関しては,Eも,平成13年7月くらいに,被告人A,Bらといたときに,Bが,被告人Aの自宅について,外から見える外壁工事もやっていたことから,被告人Aの支払が一切ないというのはおかしいのではないかという話をした。Eは,同年11月ころ,被告人Aから,Fに1500万円を用意してもらえるという話を聞いた。そして,同年12月13日に,被告人Aからの電話で,翌14日に金を振り込むという話を聞いた。Eは,被告人Aから,14日の朝にP銀行の振込用紙を持ってくるように頼まれ,それに応じA宅にそれを持っていくと,Fらがいた。このとき,現金1500万円を直接確認したわけではないが,手提げの紙袋に現金らしきものが入っているのを見た。振込用紙には被告人A本人が記入し,Eか,被告人Aの運転手をしていたlかmの誰かが,実際に振込に行った。75万円の領収書についてのやり取りは知らない。旨証言しているところ,F証言とは,Fが1500万円を持ってA宅を訪れた日時につき,若干の食い違いがあるものの,振込を仮装することになった経緯や振込日等の点については,概ね一致しており,上記F証言の信用性を裏付けるものである(なお,弁護人は,F証言との日付の違いや証言の具体性の乏しさから,上記E証言は信用できないと主張するが,そもそもEの役割は,振込用紙を被告人Aに持っていったり,実際に1500万円を振り込んだかどうかという程度であり,事前に支払仮装を決める話合い等への積極的な関与までは認められないことからすれば,特段不自然ではない。実際に振込行為をしたのが自分であったかどうかは覚えていないとする点についても,特段被告人Aに不利な証言内容でもなく,むしろ真摯な証言態度と評価することができる。)。
(3)
3
以上によれば,上記F証言は大筋において信用することができる。
被告人Aの供述
(1)

他方,被告人Aは,次のとおり供述する。
平成13年6月末に,Fが,被告人Aのところに自宅工事請負契約書
を持ってきて契約をした。工事開始日が同年6月11日であったことから,契約書の日付を同日付けに遡らせて上記契約書を作成した。その後,同年12月10日に,Fが被告人Aに対して,被告人Aの前妻との不倫に対する慰謝料1000万円を支払った(後述)ことから,被告人Aは,その後同月14日と日にちを決めて同工事代金1500万円を支払うことにした。
1500万円の現金については,被告人A自身が,預金から早々に下ろして,大学の理事長室の金庫に保管しており,同月1日には,自宅に金を移していた。
また,75万円については,公判段階では,現金を封筒に入れて直接Fに渡したと供述している(捜査段階では,同年11月1日に,自宅外壁工事の内金として支払った旨供述する。)。
(2)

かかる被告人Aの供述の信用性について検討するに,被告人Aは,
公判において,平成13年9月末以降11月6日まで,Fと連絡が取れなかった旨供述している一方,上記被告人Aの供述を総合すると,被告人Aは同年11月1日に75万円を支払うためにFに会っていることになり,矛盾している。また,1500万円の現金を同年12月1日から自宅の金庫に保管していたという点についても,同月14日にこれを支払うまでの間に,同月10日にFから慰謝料として現金1000万円を受け取るなどしていることなども踏まえると,その際に1500万円の支払の話が出なかったというのは,些か不自然といわざるを得ない。加えて,上記のとおり信用できるF証言とも,全く相反するものである。(3)
4
よって,被告人Aの上記供述は,信用できない。

以上によれば,信用できるF証言等により,①の領収書,②の振込金受領書は,いずれも被告人Aによる資金拠出の実態を伴わず,被告人Aによる自宅改修工事代金の振込を仮装するためのものであり,④工事請負契約書は,内容虚偽のものであると認められる。
そして,上記F証言のとおり,被告人A自身の積極的な関与により,A宅改修工事代金の支払を仮装していることは,被告人Aが当初から本件背任を指示し,共謀を遂げていたことを強く推認させる事情である。
第8
1
被告人Aが自宅改修工事代金を支払ったとする弁護人の主張
弁護人は,被告人Aに本件背任の結果として利得が還元されていれば,被告人Aの共謀について推定が働くところであるが,被告人Aは財産的利得を取得しておらず,その論拠として,そもそも,被告人Aは,自宅改修工事代金分は既にM建設工業に対し支払済みであると主張する。その主張の詳細は,以下のとおりである。
被告人A自身は,Fから自宅改修工事代金の概算額も聞かされておらず,同工事の見積書等さえ交付されていなかったことから,総工事費を認識していなかった。平成17年11月13日に本件がマスコミに報道された後,A学園の調査委員会が,A宅改修工事の工事費を明らかにするため民間業者に依頼して鑑定を行った。そして,工事をした箇所の特定は,被告人AやEの記憶や現状目視による工事箇所・内容の推定に限られるという制約はあったものの,その鑑定結果は,改修工事費898万0598円というものであり,浴室と寝室のLED工事については再鑑定を実施したところ,同工事費用は92万円というものであった。そして,具体的にみても,個々の下請業者(下記4社)の工事関係書類をみると,不明不適な点があった。これらの点からすれば,実際の工事代金の総額は,2000万円を大きく超えるものではなかったといえる。
そして,被告人Aは,自宅改修工事代金のうち,外壁工事分については,平成13年11月1日に75万円を,同年12月14日に1500万円を支払っている。
さらに,被告人Aは,Fが被告人Aの当時の妻Kと不倫関係にあったことから,平成13年12月に,Fから不倫の慰謝料として1000万円の支払を受けているところ,被告人AのFに対する慰謝料請求権のうち1000万円を超過する金額分と,M建設工業の被告人Aに対する校舎外壁補修工事代金請求権のうち1575万円を超過する金額分については,既に相殺している,というものである。
なお,弁護人の上記主張のうち,被告人AがM建設工業に対して,自宅改修工事代金として既に1575万円を支払ったという主張は,上記第7において検討済みであり排斥されている。
もっとも,A宅改修工事費の金額は,弁護人の主張に対する検討であるのはもとより,被告人Aにつき本件背任の共謀を認めるにしても,その損害額や被告人Aの利得にも関連するものであるから,まずこれについて検討し,その上で,慰謝料請求権との相殺の主張についても検討を進めることとする。
2
個々の工事の不明不適との主張について
(1)

有限会社n
当事者の主張
有限会社nは,主に,A宅の寝室及び浴室内のLED工事を行った業者である。
検察官は,同社は,A宅改修工事に関して,M建設工業から合計768万5475円の支払(いずれも平成13年8月6日以降の支払)を受けたと主張し,これに対応する請求書,領収書等が存在するとする。
弁護人は,支払関係の証拠のうち,平成13年10月16日付けの領収書(金額170万円)(以下170万円の領収書という。)
の但書には看板制作代金と記載されていることから,170万円
は,A宅改修工事ではなく,他のパチンコ店の工事代金として支払われたものではないかと指摘する。さらに,上記のとおり,LEDの工事の金額についても,高額に過ぎるのではないかと主張する。


170万円の領収書について
(ア)

nのJは,170万円の領収書について,A宅改修工事の下請代金の支払を受けたときの領収書であり,M建設工業から実際に支払を受けている。領収書に『看板制作代金』とあるのは,通常,nの仕事がディスプレイ関係の制作であることから,M建設工業に対しては,指定がない場合には,看板制作代金として領収書を発行していたことによるものである。と証言する。そして,普通は一番大きな項目や代表的な項目を書いたりするのではないか,という弁護人の質問に対しては,当時,M建設工業とは,毎月結構な金額の取引があったので,振込で支払われる場合には,別段領収書を発行することはしなかった。手形の場合は領収書を発行していたが,初めてや余り取引のない関係ではないので,いつも正確に書いていたかというと書いていなかった。などと証言している。そして,Fは,看板制作代金というのは,但書に(細かく全ての工事を)書くのが大変だったので,多分LEDを看板に使うこともあるので看板制作代金としたのだと思うが,はっきりとした理由は覚えていない。多分,お金のやり取りをするときに,M建設工業とnとが話をして,領収書を作ったのだと思う。と証言している。(イ)

ここで,請求書と支払との対応関係等についてみるに,平成1

3年8月31日付けの請求書のうち,金額欄の横に見送りと記
載されている1犬小屋シート3A邸LED風呂場の工事を除いた2A邸親柱4A邸親柱追加5A邸A邸丸柱の各工事の請求額は合計239万3475円(消費税込)であるところ,平成13年10月12日に69万3475円が振り込まれ,同月16日付けとして,170万円の領収書が存在しているが,この二つの支払合計額は,上記請求額と一致している。
また,請求の締めとその支払の時期は,月末締めの翌々月10日
前後払いであったところ,上記工事について,同年8月31日付け請求で,同年10月12日及び16日に支払われていることは,JがM建設工業に支払を待たされることもあったと証言していることをも勘案すれば,極めて整合的である。
170万円の領収書の但書の記載については,確かに,些か不自
然な感もないわけではないが,上記J証言から窺われるとおり,当時,M建設工業とnとの間に多数の取引がある中で,このような記載がされたものと見る余地もあり,上記Jの説明も一応納得できるものである(なお,F証言は,170万円にはLEDの代金も含まれるとしている点で,前提を誤ったものであるが,もともとはっきりとは覚えていないと証言しているところであり,意図的な虚偽供述とは言えない。)。
以上からすれば,上記領収書に係る170万円は,A宅改修工事
の支払に充てられたものと認められる。

LEDの金額について
(ア)

Jは,寝室LEDが300万円(税別),風呂場LEDが12

6万円(税別)とされているLED工事の金額について,寝室のLEDは,当初は325万円でM建設工業に見積りを上げていたが,その後配線に使う部材の量が当初見積りよりも少なくなったことから,Jの方から25万円減らすように言った。風呂場のLEDは,当初は140万円としていたが,風呂桶の中に設置した1個が切れてしまったことから,その分を減額した。と証言する。(イ)

そこで検討するに,LEDについては,株式会社oからn宛て

平成13年8月10日付けLEDicove42本設置材料及び工料について200万円との請求明細書があり,Jは,これがA宅の寝室LEDだと証言した上で,100万円上乗せをして請求した理由として,設置に当たりそれ以前にかかった附帯経費や,新しいものを取り入れることによるリスク等を加味して上乗せしたと説明する。
また,同月31日締切分の株式会社oから株式会社p宛てLEDicove10本他設置材料及び工料について90万円と記載された請求明細書があるところ,Jは,これはnへの請求であり,A宅の風呂場LEDだと証言する。そして,50万円を上乗せして請求した点については,上記と同様の説明をしている。
Jの上記証言は,客観的証拠に基づいており,説得力がある。
以上からすれば,寝室及び風呂場のLED工事代金にも,特段不
自然な点は見当たらない。

よって,n分について,検察官主張のとおりの上記工事代金が認められる。

(2)

株式会社c塗工部
当事者の主張
c塗工部は,主にA宅の外壁工事を行った業者である。
検察官は,同社は,A宅改修工事に関して,M建設工業から合計1110万9000円の支払(平成13年8月6日以降は,900万9000円の支払)を受けたと主張し,これに対応する請求書,領収書等が存在するとする。
一方,弁護人は,c塗工部は,同改修工事の見積書の中で,外壁に関する工事の数量を485.0㎡と見積もっているのに,A宅建物が新築された当時に,設計を担当したqが作成した立面図を元に算定すると,開口部を除いた外壁工事の対象面積は約270㎡に過ぎないから,実際の約1.8倍もの面積を見積もった不当に高い請求がされていると主張する。


この点,c塗工部のGは,

見積書における485.0㎡の根拠については,Fに言われた数字ではなく,G自身が,実測したか図面で拾ったかいずれかの数字であり,開口部を除いた面積に,10%未満の余分を加算して数字を出した。

旨証言し,弁護人が示した図面では,建物に凹凸があった場合,そこの面積が反映されていない。ただし,A宅にそれほど凹凸があったかどうかについては余り記憶にない。なぜ約1.8倍もの差が出るのかという点については,正直分からない。と証言している。また,同じ見積書において,足場費については,足場面積として523㎡との見積りがなされているところ,足場については,下請業者の壬に見積りを依頼した結果,上記面積が出てきたという記憶であり,c塗工部側から523という数字を指示したことはないとし,さらに,外壁工事面積485.0㎡と足場面積523㎡の差については,塗装面積は開口部を除くが,足場面積はそれらも含めることから,足場面積が多いのは当然であると証言している。

そこで検討するに,上記G証言によれば,足場面積の523㎡は,c塗工部から依頼を受けた下請業者が独自に算出した数字であり,信用できるところ,485㎡との差については,開口部も含めた面積であると,合理的な説明がなされている。また,弁護人は,FがM建設工業の下請業者に対する別工事代金の未払分の振替に充てていた可能性を指摘するが,Gは,485㎡という数字は自分で算定した数字であるとしてFからの指示があったことを明確に否定しており,これについても一定の信を措くことができる。
なお,弁護人は,上記のとおり,新築当時の設計図面を元に,外壁塗装工事対象面積が485㎡であったこと自体に合理的な疑いがあると指摘するが,A宅建物が建築されたのは本件改修工事のおよそ14年前であることや,同改修工事後のA宅の写真等によれば,自宅建物外壁のほかにも敷地外壁等,塗装工事が行われた可能性がある箇所が窺われることをも勘案すると,弁護人の指摘は,485.0㎡という外壁工事面積に合理的な疑いを生ぜしめるものではない。
そこで,外壁塗装工事の面積は485㎡であったと認められる。

よって,c塗工部分について,検察官主張のとおりの上記工事代金が認められる。

(3)

株式会社s
当事者の主張
株式会社sは,主に給排水・衛生設備,空調・換気工事等の設備工事を行った業者である。
検察官は,同社は,A宅改修工事に関して,M建設工業から合計1297万2267円の支払(いずれも平成13年8月6日以降の支払)を受けたと主張し,これに対応する請求書,領収書等が存在するとする。
弁護人は,sが実際のところ何を請け負ったのか明らかではないが,M建設工業に対して提出した見積書は平成13年8月6日付けのもの1通だけであるところ,sの下請であるtが行ったとされる大工工事(同年6月,7月,8月分)についてはそもそも見積書がないこと,tからsに対する請求についての内訳明細書も,7月分のみが存在し6月分と8月分は存在しないことなどから,sが担当した設備工事及び関連する大工工事の内容は,すべて上記見積書の項目に反映されており,上記請求書のうちA宅についてtが行ったとされる項目及び金額は,A宅の工事とは全く別の工事としてなされたものが,項目を変えて記載されている可能性が高いと主張する。


s代表取締役Iは,

8月6日付けの見積書には,既に行われている工事分についても記載されているが,tの施工分は反映されていない。

と証言するが,その理由については覚えていないという。そして,8月6日付け見積書の内訳明細書に記載されている保温工事ダクト,ボックス取付費機器,器具類取付費等の工事については,

tは行っておらず,sの職員や空調機器管理など他の下請業者が行っていた。

tが請け負っていた工事は,いろんなものの取り付けから始まる大工工事であり,給排水・衛生設備,空調・換気設備工事に関連する大工工事だけでなく,これに加えて他の大工工事もあった。

と証言する。ウ
そこで検討するに,この点は,Fも

8月6日付け見積書は,設備関係の見積りだけのものであり,他にも,sには,設備工事と造作工事を下請させていた。同見積書には,tが行った大工工事の分は入っていない。

と証言しているところ,上記I証言は,このF証言とほぼ符合しており,内容的にも特に不自然なところは見当たらない。なお,弁護人は,Iは,本来,孫請けであるtの工事費が6月分,7月分と発生しているのに,8月6日付けの見積書にtの仕掛かり工事費既発生分が反映されていないのはおかしい旨を弁護人から指摘されて証言を変更しており,その証言は信用できないなどと主張するが,上記F証言と符合していることも考えると,むしろ,自己の記憶を喚起し追想するなどした真摯な証言態度と評価できる。
上記I証言は信用できる。


よって,s分について,検察官主張のとおりの工事代金が認められる。

(4)

株式会社u
当事者の主張
株式会社uは,主にA宅の屋上のベランダに取り付ける支柱(装飾柱)と笠木を納品するなどした業者である。
検察官は,同社は,A宅改修工事に関して,M建設工業から合計1039万2774円の支払(平成13年8月6日以降は,657万5124円の支払)を受けたと主張し,これに対応する請求書,領収書等が存在するとする。
弁護人は,uがM建設工業に宛てた平成13年7月31日付けの請求書,請求内訳書等によれば,A邸の工事として,ミカミME-713272本,ミカミMA-151150本の代金がそれぞれ請求されているところ,実際にA宅屋上ベランダに取り付けられている柱の本数は計162本に過ぎず,柱の本数を実際よりも不当に水増しした請求がされていると主張する。

Fは,支柱の実際の本数が納品書の本数よりも少ない点について,以下のとおり証言する。
被告人Aから,雑誌ないしカタログを示され,自宅屋上ベランダにこのようなイメージで装飾柱等を付けたいという依頼があった。支柱等を発注する前に,現場で図面と照らし合わせながら,業者と共に各支柱の間隔(ピッチ)を決めた。それに基づき,必要な支柱の本数を決めて発注した。被告人Aは現場での上記作業には携わっていないが,発注に当たり,Fは,被告人Aにこういうピッチでやるという旨を何かに書いて伝えていた。実際にA宅屋上において支柱現物を並べると,被告人Aから間隔が狭いと言われてしまった。そこで,間隔をより広げて設置することになった。余った支柱は,既に返品できず,納品業者に現場にいたどこかの工事業者の倉庫まで持ち帰ってもらったと思うが,よく分からない。支柱を納品したuは,商品が余ったという話を多分分かっていると思う。これらのことを被告人Aに説明したかどうかは,覚えていない。
また,uを経営するHは,納品の経緯等について,以下のとおり証言する。
uは,M建設工業から,A宅に設置された手すり支柱や笠木の納品についてのみ注文を受けた。M建設工業からは,支柱等を選ぶ打合せのしばらく後に,本数が決定された。H自身は,支柱本数の決定には関わっておらず,その経緯についても知らない。Hは,癸という会社に支柱と笠木を注文したところ,A1というメーカーからA宅に支柱と笠木が直送された。現場で本数を確認したのはM建設工業の現場監督であり,Hは,取り付けられた後に見たが,その際に設置本数の確認まではしていない。実際の設置本数と納品本数との間に誤差が生じていることについては分からない。

そこで検討するに,上記F証言及びH証言によれば,上記請求内訳書記載のとおりの数の手すり柱,笠木がA宅に現に納品されたこと,しかしその後,被告人Aの指示により,実際には各支柱間の間隔をより広げて並べることになったために,発注された手すり柱につき100本以上の余剰が生じてしまったことが認められる。
そして,余剰の手すり柱は,納品したuに返品されるなどした形跡が見当たらないばかりか,余剰分の処分,代金減額等について,被告人Aと改めて交渉が持たれたこともないことなどからすれば,施主である被告人Aないし実際に発注したM建設工業としては,一旦納品された支柱と笠木については,納品どおりに代金額を支払うほかなく,結局,当初の請求どおりにこれが支払われたものと認められる。


よって,u分について,検察官主張のとおりの上記工事代金が認められる。

3
本件背任の損害額(A宅改修工事代金)について
上記2の検討結果及び捜査報告書等からすれば,平成13年8月6日以降に,下請業者に実際に支払われたA宅改修工事代金総額は,5252万8843円となる。
かかる金額は,弁護人がA宅改修工事費の鑑定等を根拠に主張する金額をはるかに上回るものではあるが,その主張の根拠となっている鑑定には上記のとおり工事箇所の特定につき制約があったことなどからすれば,その鑑定結果には大きな疑問があるものといわなければならない。
弁護人は,Fが主導することにより,A宅改修工事代金として支払われるべき財源を利用し,他の工事費への振替払をしている可能性が高いと主張するが,上記のとおり,個々の工事代金に不明不適な点が認められないことからすれば,弁護人の上記主張には理由がない。
なお,仮に,個々の工事代金に若干の不明不適があるものがあったとしても,上記5252万8843円は,いずれもA宅改修工事の下請代金として,M建設工業から各下請業者に支払われており,A学園からM建設工業に支払われた合計1億3339万6830円の中には,A宅改修工事代金分として,少なくとも5252万8843円が含まれていることは明らかであるから,下記のとおり,被告人A,E,Fとの間に,A宅改修工事代金につき,A学園から支払わせるとの本件背任の共謀が成立している以上,被告人Aが現実的に同額の利得を得たかどうかはともかく,被告人Aが理事長としての任務を負うA学園への任務違背行為により,同学園に対し,同額の損害を与えたことは疑いなく認められることになる。
4
慰謝料請求権との相殺の主張について
(1)

前提となる事実(証拠上明らかな事実)
平成13年9月末,被告人Aが出張から自宅に帰ったところ,当時の
妻Kが家出していなくなっていた。被告人Aは,以前からFとKの関係が親密であると感じていたことから,Fを疑って興信所に調査を依頼したところ,FがKのマンションに出入りしていること等が判明した(なお,Fは,実際に不倫関係にあったことについては,これを否定している。)。
そこで,同年11月6日,被告人Aは,Fを自宅に呼びつけた。Fは,被告人Aに言われて,その場で,A様,私Fは,A様に大変失礼な事をいたしました・会社名義でマンションをかりました・Kさんと,体の関係がありました・マンションへの出入りが11回有りました・Kさんと食事に行きました・マンションで一緒に食事もしました以上の内容で大変失礼なことをいたしました今後はKさんへは近づく事も連絡を取る事もいたしません自分の家族にもきちんと話しをいたします慰謝料として1000万円12月10日までにお支払いいたしますなどと紙に書いた。そして,Fは,同年12月10日,会社の金庫にあった現金で,被告人Aに上記慰謝料として1000万円を支払った。
(2)

被告人Aの供述
被告人Aは,慰謝料請求権と自宅工事代金との相殺について,以下の
とおり供述する。
平成13年11月6日,慰謝料の支払の話があり,上記書面の内容について認めていたFが,自ら1000万円という金額を申し出て,同額を支払うことになった。
その際,被告人Aが,

私の方の住宅の支払を9月からあなたに催促していたけれども,請求書も持ってこない。これは一体いくらだったんだ。

という質問をすると,Fは,

これは私の会社でけつを持ちます。

などと言った。被告人Aが,未だに分からないのか,と言うと,Fは,今資料がないから分からないと言い,およその金額さえも出さなかった(そこで,相殺するということになった。)。
Fが書いた上記書面に,自宅工事代金と慰謝料との相殺という文言を入れなかったのは,当時,金額すらも分からなかったからである。今考えれば,自宅工事代金の残額についても書面で明確にしておけばよかったと思う。
(3)

Fの証言
これに対して,Fは,以下のとおり証言する。
平成13年11月6日に,被告人Aから指示されて,1000万円を支払うという書面を書き,Kにお願いされたことなどもあって,1000万円を支払うことにした。
同日から,慰謝料1000万円を支払った同年12月10日までの間に,被告人Aから,慰謝料名目のお金が1000万円以上にある,それと自宅工事代金を相殺するという話をされたことはない。
(4)

検討
そこで検討するに,被告人Aの上記供述は,Fが,A宅改修工事代金
の未払分がいくらであるかも確認しないままに,相殺することになったとするもので,それ自体,内容的に不自然なものである上,それを書面に残さなかった理由についてもはっきりしない。また,そもそも,Fが個人として負う慰謝料債務と,Fが代表取締役を務めているとはいえ,M建設工業が法人として有しているA宅改修工事代金債権とを相殺できるのかどうかについても,疑問なしとしない。
したがって,自宅工事代金の残額と慰謝料とを相殺したという被告人Aの供述はにわかに信用できない。
(5)

以上によれば,A宅工事代金の残額は慰謝料債権との相殺により消
滅したという弁護人の上記主張は,理由がなく採用できない。
第9
1
結論
以上からすれば,E証言は,一般的信用性が高い上,本件共謀に係る一連の流れについては,F証言とも概ね符合しているし,被告人Aから指示を受け,それをFに伝えるなどして,本件共謀が成立した状況等,本件共謀の核心部分についての証言内容は,A学園校舎外壁補修工事代金の一部が,A宅改修工事代金に充てられるなど,本件背任,補助金不正受給により,被告人Aが現実に多大なる利得を得る一方,Eには,格別の財産的利得が見られないという点とも整合的であり,信用性が高い。
そして,信用できるE証言等によれば,被告人AからEへの指示があり,EがそれをFに伝えて,それに基づいて本件背任が行われていること,また,それに際して,被告人AとEとの間で,補助金を不正に受給することになる点についても意を通じ,それに基づいて,所要の手続を経て本件補助金不正受給が行われたことが認められる。
よって,被告人Aについて,本件背任及び補助金適正化法違反の共謀が認定できる。
2
なお,弁護人は,被告人Aは,自宅改修工事についてそれをリードする立場にはなく,被告人Aの自宅改修工事代金の認識は,外壁工事を除いた内装工事について,予算がせいぜい1000万円の範囲であるということをKに伝えていたから,その程度の金額にとどまるものであったと主張する。かかる主張は,Aの背任の損害額の認識に関わるものであることから,ここで検討する。
この点,Fは,上記第4の1(3)のとおり,被告人Aに対して,A宅改修工事の工事内容が変更されるたびに,見積書を上げており,最終的に四千なにがしという話も伝えたと証言している。しかし,被告人Aは,A宅改修工事が行われていたとされる平成13年4月24日から8月31日までの間(130日間)に合計75日間も出張で自宅を留守にしているのであり,F証言のとおりに,自宅改修工事について毎日のように具体的な指示を出すのはほぼ不可能な状況にあった。また,被告人Aは,Fに対し,見積書の提出や自宅工事代金総額の見込みを再三聞いていたが,回答がなされないままに経過していったと供述しており,A宅改修工事のうち内装工事についてはM建設工業作成に係る見積書が見当たらないことなどからすれば,Fが証言するような,Fが,同年6月過ぎころに,全部の見積りを被告人Aに持参し,同改修工事の合計金額が4000万円程度(四千なにがし)であると伝えたことがあるとの事実も疑わしいところがある。そして,同改修工事のうち内装工事については,事前に全体的な計画が立てられた形跡もないことからすれば,当時頻繁に出張をしていた被告人Aが,Fに毎日のように具体的な指示を出し,あるいはFから報告を受けて,内装工事を把握するのは困難な状況にあったといえる。
とはいえ,c塗工部のGの証言等によれば,Kが打合せに参加するなど同改修工事に一定程度関与していたことが認められ,被告人Aも,KがFらと打ち合わせた上で同改修工事を行うことを容認していたものといえる。その上,Eに対する本件指示や,M建設工業に対する発注等において,被告人Aが自宅工事代金に一定額の制限を設けていたことは一切窺われない(Fは,あらかじめ自宅改修工事の金額の提示はなかったと証言している。)。また,自宅工事の最中に,被告人Aにおいて,内装工事が1000万円の範囲に収まっているかどうかを確認している形跡も全くない。これらの事情からすれば,内装工事について,予算がせいぜい1000万円の範囲であるということをKに伝えていたとする被告人の供述はにわかに信用しがたく,かかる事実は認められない。また,仮に伝えていた事実があったとしても,その制限はあくまでも夫婦間における内部的なものに過ぎず,対外的には格別の意味を持ち得ないのであり,上記事情からすれば,被告人Aにおいて内装工事代金が1000万円程度にとどまっていると認識していたともいえない。
そうすると,結局のところ,被告人Aは,上記のとおり,共謀の相手であるEにもFにも,A学園校舎外壁工事代金の一部からA宅改修工事代金を支出するにつき,その金額に特段の制限を設けていなかったものと認められる。本件背任の損害額の認識に欠けるところはない。
なお,F証言のうち,上記認定に反する部分,また,見積書を示していたという部分は,裏付けに乏しく,信用できないといわざるを得ないが,それは,F証言の一般的信用性はもとより,E証言の信用性にも何ら影響を与えるものではない。
3
以上によれば,判示第1の1及び第1の2のとおり,被告人Aについて,本件背任及び補助金適正化法違反の共謀が認定できる。

(判示第1の3の事実認定の補足説明)
第1

前提となる事実
関係各証拠によれば,以下の事実が認められる。

1
車のリース
(1)

三菱ランサー関係
Fは,平成13年3月26日付けで,M建設工業がv株式会社己支店
の担当者との間で,賃借人をM建設工業,賃貸人をv株式会社として,三菱ランサーセディアワゴン(以下ランサーという。)を,同年3月26日から平成16年3月25日までの3年間,リース料総額合計237万0060円(税込),支払方法は,平成13年5月から平成16年3月まで,毎月4日限り口座振替(毎月支払額は6万5835円)という条件で,リースする旨の契約を交わした。
リース料は,当初の約定どおりに,株式会社M建設工業名義の普通預金口座からv株式会社名義の普通預金口座に,口座振替で全額支払われた。
ランサーは,リース期間満了の同年3月25日,wにおいて,v株式会社中古車部から手配された車両搬送業者により,引取り搬送が行われ,これにより上記リースが終了した。
(2)

クライスラーラングラー関係
Fは,平成13年5月28日付けで,x株式会社(同社はT株式会社
のリース契約事務を代行している。)の担当者との間で,賃借人をM建設工業,賃貸人をT株式会社として,クライスラー・ラングラースポーツ3APハーフドア(以下ラングラーあるいはジープとい
う。)を,同年5月30日から平成16年5月29日までの3年間,リース料総額合計252万5040円(税込),支払方法は,第1月分を車両登録日に現金払い,第2月分以降は,毎月1日限り口座振替(毎月支払額は7万0140円)という条件で,リースする旨の契約を交わした。納車は,平成13年5月31日ころ,Fが指定したZ学院にて行われた。
リース料は,当初の約定どおり,株式会社M建設工業名義の普通預金口座からT株式会社名義の口座に,口座振替で全額支払われた。
ラングラーは,リース期間満了日である平成16年5月29日の2日前に,B1株式会社に所有者,使用者の移転登録が行われている。2
A学園からM建設工業に対する振込
平成14年4月20日から平成16年5月20日までに,M建設工業からA学園に対して94件の工事につき382万6725円が請求され,それに対応して,平成14年5月7日から平成17年1月31日までの間,19回にわたり,A学園からM建設工業に対して381万0765円が振込入金された。

第2
1
争点
ランサーを被告人Aの知人であるSが使用していたこと,ラングラーを被告人Aの当時の妻Kが使用していたことについては,弁護人も争わない。また,平成14年以降,A学園がM建設工業に発注した工事はないにもかかわらず,M建設工業からA学園宛てに上記のとおり工事代金の請求書が上げられ,A学園からM建設工業に上記金額が支払われたという点についても,特段争われてはいない。

2
検察官は,被告人Aは,S,Kにそれぞれ自動車を使用させるために,M建設工業にランサーとラングラーのリース契約を結ばせ,Eに指示して,A学園の資金から工事代金名下に,M建設工業に対しリース代金相当額を補填させていたのであり,被告人Aには,Eらとの間に業務上横領の共謀が成立すると主張する。
これに対し,弁護人は,ランサーについては,bの依頼でM建設工業がリースしたもの,ラングラーについては,FがA学園に対する便宜供与として,Kに貸し与えるためにリースしたものであり,被告人Aは,A学園の資金がM建設工業に支払われるとは知らなかったのであるから,検察官が主張するような共謀は成立しないと主張する。
第3

E証言の検討

1
E証言の要旨
Eは,M建設工業が支払った上記2台の自動車のリース代金がA学園の資金から補填された経緯について,以下のとおり証言する。
(1)

ランサーのリース代補填の経緯
平成13年2月の終わりころ,A学園理事長室で,被告人Aから

国産の車を1台,M建設にリースでもってもらうように頼んでいる。

リース代金については,管財で払っておいてくれ。

との指示を受けた。Eは,このとき,誰がランサーに乗るのか聞いていないが,半年くらい経って,周囲の者から,Sさんという女性が乗っていることを聞いて知った。Eは,同年3月の終わりか4月の初めに,Fから

理事長に頼まれた車の。

と言われて,お支払いのご案内と題する書面を渡され,車種が三菱であることや,支払方法についての話をした。
Eは,平成13年当時はまだM建設工業がA学園の各種工事を請け負っていたので,M建設工業に対して,学園工事代金値引き分の中からランサーのリース代相当額を支払っていた。
(2)

ラングラーのリース代補填の経緯
平成13年の4月になるかならないかぐらいのころ,Eは,被告人A
から

MのFにジープをリースするように言ってある。

と聞いた。同車はKが使うという話であり,その後,Kが入院したため,納車日を退院日に合わせたいという話も聞いた。リース代金支払はM建設工業に頼んであるということだったので,前の車と同じだと理解した。Eは,同年5月か6月ころ,前回と同じように,Fからお支払明細書と題する書面のコピーを渡された。
そして,ラングラーについても,三菱(ランサー)と同様の方法により,A学園の資金からM建設工業にリース代相当額を支払った。
(3)

平成14年以降の支払
平成13年9月か10月ころ,FとKの不倫問題が発覚した。そのと
き,被告人Aから

Mは出入禁止だ。

などと言われたことから,以後,A学園の工事関係について,M建設工業と取引することはなくなった。車両リース代金分の支払は,同年10月以降行われなくなっていたところ,平成14年2月ころ,Fから,借りている自動車2台について,

あと2年残ってるけどもどうする。契約をやめるのか,続けるのか。

という連絡があった。Eが,被告人Aに確認すると,即答はなかったが,1週間くらいしてから

同じように続けたい。

と言われた。Eは,Fに

今までどおり続けたいと言っている。

と被告人Aの意向を伝え,支払方法について

工事代金として支払う。予算の関係上,4月以降の支払になる。1年分という単位の支払はできず,1か月分とか2か月分とかという形での処理の仕方になる。

工事の項目を連絡するので,見積りと請求書を上げてほしい。

と話した。被告人Aから支払方法の話はなかったが,継続するということは管財課の予算で支払うということであり,管財課では工事がらみの予算しかないことから,そのような形の処理にならざるを得なかった。
A学園内部では,管財課主幹のVが,金銭を支出する手続のための書類作成や,支払手続を担当した。EはVに,M建設工業に今後支払う金が自動車2台のリース代金の補填分であるということを伝えていた。そして,Vが作成した書類をEが決裁していた。
このような支払は,平成16年3月か4月ころまで続いたが,この当時は,A学園とM建設工業との間に,通常の工事に係る取引は一切なかった。
2
E証言の信用性
E証言は,判示第1の1及び第1の2の事実認定の補足説明で詳細に検討したとおり,その一般的信用性は高いということができる。また,Eは,本件業務上横領を実行することにより直接利益を得る立場にいるわけではなく,この点についても,Eには,殊更に事実関係を捏造,歪曲してまで虚偽供述を行う動機が窺えない。
そして,上記証言内容についてみるに,被告人Aから当初に受けた指示の文言等も含め,全般的に具体的かつ詳細であるし,A学園とM建設工業との工事に係る取引がなくなっていた平成14年以降の支払について,被告人Aが,当初は即答を避け,些か逡巡しつつも,最終的に従来どおりの支払を依頼する点など,極めて迫真的である。また,EがFから各自動車のリース代金の支払関係の書類を渡された時期は,いずれも,各リースの始期などの客観的証拠とも合致する上,平成14年以降にA学園からM建設工業に工事代金として振り込まれた金額(振込手数料を除く。)の合計は,平成14年1月1日以降にM建設工業が支払った上記2台の自動車のリース代金の合計額とほぼ一致している(差額は,振込手数料に相当する840円のみである。)。さらに,E証言は,下記のとおり,F証言とも概ね合致しており,相互にその信用性を高め合っている。
よって,E証言は信用できる。
なお,弁護人は,被告人Aから,Fにジープをリースするよう頼んであるなどと言われたとするE証言について,被告人Aは,Eから,判示第1の1の背任についての新聞報道がなされた直後である平成17年12月ころ,A学園内での調査委員会での事情聴取後に,M建設工業への学園サッシ工事立替分の後始末の金員として支払っていたとの説明を受けており,上記証言は,この説明と異なるから,信用できないと指摘するが,上記説明を受けたとする被告人Aの供述部分は,これを的確に裏付ける証拠がなく信用性に乏しいから,E証言の信用性を左右しない。
第4
1
他の関係者の証言の検討
F証言の要旨
Fは,M建設工業が支払った2台の自動車のリース代金がA学園の資金から補填された経緯について,以下のとおり証言する。
(1)

ランサーのリース代補填の経緯
M建設工業名義で,ランサーとラングラーの2台の車のリース契約を
した。ランサーについては,平成13年初めに,被告人Aから,学園関係者が乗る車ということで,リースの話を進められ,

お金はいつものごとくEに連絡しておくから話し合ってくれ。

と言われた。Fは,同年3月ころに,実際にランサーのリース契約をしたが,契約前にEに代金支払のことを聞いたところ,

支払までに考えておく。

と言われた。そして,契約後にお支払いのご案内と題する書面を持参したところ,

工事があるものに関しては水増しで,ないものに関しては項目を付け替えて請求書を上げてくれ。

という指示があり,工事代金額として請求する方法により,同年5月ころからA学園から支払を受けるようになった。納車の1年後くらいに,ランサーに乗っているのは保険会社に勤めるSさんという女性だと分かった。
(2)

ラングラーのリース代補填の経緯
平成13年5月ころに,A宅に工事で行った際,被告人Aから,

Kがジープに乗りたいんだ。ジープを見に行って買ってくれ。リースの組み方は,三菱のやつと同じように。

と言われた。Fは,ランサーと同様に,M建設工業でリース契約を締結するものと理解し,Kと共にジープを見に行き,その後,M建設工業と庚との間でリース契約を結んだ。Eは,ジープのリース代金の支払については,ランサーと同様に,工事代金の水増しや工事項目の付け回しという話をしてきた。Fは,同年夏の間に,Eにお支払明細書と題する書面を持っていき,A学園からリース代金の支払を受けるようになった。
(3)

平成14年以降の支払
Fは,当初は,A学園関係工事の工事代金水増しという方法でA学園
から金銭を受け取っていたが,平成13年12月,Eに対し,

リースも全部止めたいので解約してほしい。

と言ったところ,Eは

理事長に相談するのでちょっと待ってくれ。

と言い,さらに,その後の電話で,

終わるまでリースにしておいてくれ。項目はこちらから流すので,そのとおり請求書と見積書を作って送ってくれれば,お金は振り込む。

と言っていた。そこで,平成14年初めからは,A学園から流れてくる同学園工事に関する項目が記載されたファックスをもとに見積書と請求書を作成し,A学園に提出していた。平成14年以降,被告人Aとの付き合いは全くなく,そのころから,A学園関係の工事は一切やっていない。
2
F証言の信用性
F証言は,前に見たとおり,その信用性を特に慎重に吟味する必要があるが,Fの上記証言部分については,E証言と同様に,客観的証拠とも一致するものである上,A学園からリース代金の補填を受けるようになった経緯等について,E証言とよく合致しており,相互に信用性を高め合っているといえる。

3
Kの証言
また,Kは,ラングラーを使用することになった経緯等について,平成13年春ころ,自宅で車の雑誌を見て,当時の夫である被告人Aに『この車,かっこいいね。』と話したところ,『お前に買ってやる。』という話になった。Kは,その日のうちに,被告人Aに言われて,自宅改修工事のために来ていたFと共に車を見に行き,選んだ車種と色を被告人Aに報告した。お金の関係は,被告人Aが『おれがやるから。』と言っており,具体的な話はしなかった。車は5月末か6月初めか中くらいに手元に来て,その後Kが使用していた。車を利用している期間内に,車検証を見て,M建設工業がリース契約したものであることが分かった。と証言する。Kは,平成13年11月に被告人Aと離婚し,翌12月にM建設工業の監査役に就任するなど,被告人Aとの関係が良好でないと窺われること,被告人Aとの離婚原因やFとの関係等について,証言態度に消極さが見られることなどからすれば,その証言の信用性については慎重に検討する必要があるが,上記証言部分には不自然な点はなく,上記E,Fの各証言とも基本的に一致するものであり,各証言の信用性を高めるものといえる。4
以上によれば,上記F証言は信用性が認められ,K証言についても,E証言,F証言に一致する限度で信用できるものといえる。

第5
1
被告人Aの供述の検討
被告人Aは,ランサーをSが使用していた経緯等について,当時,bのy社長から,車のリースの保証人になるよう依頼されたが断った。その後,Mにリースをお願いできないだろうかとの相談があり,Fに連絡を取ったところ,Fが了承した。その後の流れで,yがランサーをSに貸したのではないかと思う。と供述する。また,Kがラングラーに乗るようになった経緯等については5月中旬に,Kから『Fさんがラングラーのジープを貸してくれるんだけども,借りて乗っていい。』ということを突然言い出した。『業者からの便宜供与はよくないよ。』『そういう車に乗るべきではない。』という話をしたが,Kは『何か問題が起きたらFさんに返すから,絶対乗りたい。』と言っていた。と供述する。2
しかし,被告人Aは,ランサーのリースについては,yがなぜM建設工業にリースの依頼をしたのか,それがいかなる経緯でSが使用するようになったのかなどの点について,合理的な説明をしておらず,被告人Aの上記供述自体,唐突な印象を拭えない上,ラングラーのリースの経緯については,上記F,Kの各証言と大きく矛盾する。また,EがA学園の資金からM建設工業にリース代金を補填していた事実については,そのような指示をしたことはなく,

『理事長の了解を得ているから払ってくれ。』と言ってFがEをだましたのか,EとFの間に何らかの特別な関係があったのか,この二つしか考えられない。

と供述するにとどまっており,いずれも憶測の域を出ない。

3
第6

よって,被告人Aの上記供述は,信用できないものといわざるを得ない。結論
以上によれば,信用できるE証言等により,被告人Aの指示に基づき,M建設工業が2台の自動車のリース代金を支払っており,これについて,A学園の資金からM建設工業に対し,学園工事代金という名目で各リース代金が補填されたことが認められる。そして,これによれば,判示第1の3のとおり,被告人Aについて,本件自動車リースの業務上横領に係る共謀を優に認定することができる。

(被告人Aについての判示第2の事実に係る事実認定の補足説明及び被告人Lを無罪とした理由)
第1

前提となる事実
関係各証拠によれば,以下の事実が認められる。

1
W設立の経緯等
平成14年3月22日に開催されたA学園の理事会において,学園の経営合理化と財政基盤強化のために,A学園の業務に関する外部委託先として,A学園の出資の下に有限会社を設立することが全員賛成により議決された。それに基づき,Wは,平成14年4月10日,労働者派遣事業等を業とする有限会社として,A学園の全額出資により設立された。
Bは,平成3年ころ,A学園の職員となり,W設立とともに,同社の取締役となった(同社の取締役はB一人であった。)。
平成15年4月から平成17年1月まで,Bは,A学園の総務部長兼財務部長とWの取締役を兼任していた。
2
被告人Aと被告人Lの従前の関係
被告人Aと被告人Lは,以前から交際関係にあったところ,平成13年11月,被告人Aは当時の妻Kと離婚し,その後秋から冬にかけて,被告人Lは,被告人Aから

簡単な身の回りの世話をしたり,精神的に支えたりしてほしい。

と頼まれた。被告人Lは,被告人Aの提案を受け入れて,当時内定していた就職を断り,以後,被告人Aから毎月20万円を得て生活するようになった。

3
被告人Lに対するWからの金員の支払
平成14年冬ころ,被告人Aは,BらA学園関係者に対して,被告人Lを秘書として採用したいという話をするようになった。
平成15年3月ころ,被告人AとBとの間において,同年4月1日から,被告人LをWの直接社員(A学園への派遣社員ではないこと)として採用する形式を取ること,Wから,被告人Lに給与として年額500万円程度を支払うことなどが決まった(なお,このとき,Bに,被告人Lを雇用する意思があったか否かについて,争いがある。)。
被告人Lは,被告人Aの指示に従ってBに履歴書を送付し,Wでは,それを受けて被告人Lに支払う金額の試算を行った。同年4月1日付けでWと被告人Lとの間で雇用契約書が交わされた。被告人LのWにおける所属は形式上総務・会計であったが,被告人Lは,W本店事務所で勤務することはなかった。
その後,同月25日から平成17年1月25日までの間,前後28回にわたり,有限会社W代表取締役B名義の普通預金口座から,L名
義の普通預金口座に,合計798万6765円が振り込まれた。
第2
1
本件公訴事実の要旨及び当事者の主張
本件公訴事実(訴因変更後のもの)の要旨
被告人両名についての本件公訴事実(訴因変更後のもの)の要旨は,被告人Aは,学校法人A学園の理事長として同学校法人の業務全般を統括していたもの,分離前相被告人Bは,労働者派遣事業等を業とする有限会社Wの取締役として同社の業務全般を統括し,同社の資金の保管等の業務に従事していたもの,被告人Lは,被告人Aと内縁関係にあったものであるが,被告人ら3名は,真実は,被告人LがWの社員ではないのに,同社の社員であるかのように仮装し,同社の預金から被告人Lに対し給与等名下に金員を支出しようと企て,共謀の上,平成15年4月25日から平成17年1月25日までの間,前後28回にわたり,N銀行O支店ほか1か所において,事情を知らない同支店行員らをして,BがWのため業務上預かり保管中の同支店に開設された「有限会社W代表取締役B名義の普通預金口座に入金されていた同社の預金からP銀行X支店に開設されたL名義の普通預金口座ほか2口座に,被告人Lに対する給与等として現金合計798万6765円を振込送金させ,もってこれを横領したものである。」というものである。

2
検察官の主張
検察官は,被告人両名は,被告人Lが行う被告人Aの身の回りの世話の見返りをWの資金でまかなうことを決意し,Bに対し,同社から給与等の名目で,被告人Lに年間500万円程度の金員を与えることを指示し,共犯者Bがこれに従って本件業務上横領を実行したものであり,被告人両名について,Bとの共謀が認められると主張する。
3
被告人Aの弁護人の主張
一方,被告人Aの弁護人は,被告人Lには,A学園の理事長である被告人Aの秘書業務としての就労実態(主に平成15年4月に開設したハワイのzにおける就労)が存するところ,被告人AとBは,平成15年4月に被告人Lを雇用する際,互いに架空雇用となることを意識して手続を進めたとはおよそ認定できず,被告人Lは,Wにおいて正規に雇用されていたのであり,被告人Aも被告人Lは適正に雇用されていると認識していたから,本件については,何ら犯罪を構成せず,被告人Aは無罪である旨主張する。
そして,被告人Lが雇用されたのがA学園ではなくWになっている点については,同社がA学園の全額出資による子会社で,A学園への人材派遣を目的としていること,同社設立の目的が,A学園での正雇用による就労条件の硬直化の回避にあることからすれば,同社自体としては利益を生まない雇用であっても,A学園全体の利益に適っていれば,同社の目的と齟齬することはないと主張している。

4
被告人Lの弁護人の主張
また,被告人Lの弁護人は,Bは,被告人Lに給与を支払う権限を有しており,この権限に基づいて被告人Lに給与を支払ったに過ぎないから,本件では,横領行為は存在しないと主張する。
すなわち,Bと被告人Lとの間では,雇用契約についての意思表示が合致して(通謀虚偽表示ではなく)雇用契約が成立しており,その契約における被告人Lの就労内容は,契約時までと同様の秘書業務を中心とし,zの維持運営のために必要な雑多な事務を含むものであり,Bと被告人両名との間では,被告人Aから被告人Lに業務命令を出すことの了解もあった。そして,それに基づく被告人Lの就労実態も認められると主張する。また,WはA学園が全額出資して設立した会社であるところ,本件の給与としての金員の支出は,出資者であるA学園の理事長である被告人Aの了解の下になされており,所有者から権限を与えられてなしたものといえることから,不法領得の意思の発現に当たらないとも主張する。
そして,仮に,雇用契約が成立していないとの法的評価がなされたとしても,被告人Lは,上記第2の1の公訴事実の要旨記載の期間中,雇用契約が成立しているとの認識の下,自らの就労について,Wに命じられた業務であるとの認識により行っていたのであって,本件業務上横領の共謀ないし故意が認められないから,被告人Lは無罪であると主張する。5
当裁判所の判断
当裁判所は,被告人Aについては,判示第2の事実のとおり業務上横領罪につき有罪と認定したから,その事実認定につき補足して説明するとともに,被告人Lについては,上記公訴事実(訴因変更後のもの)につき無罪と判断したから,その理由を説明する。

第3
1
Bについての業務上横領罪の成否
本件訴因は,Wの資金を保管する同社の取締役であるBを業務上の占有者(身分者)として,同人がWの資金を横領し,それに非身分者である被告人Aと被告人Lが加功したことにより,被告人両名に業務上横領の共同正犯が成立するという構成をとっている。
この点について,被告人両名の弁護人は,上記のとおり,そもそもBの業務上横領罪の成立について争っている。
そこで,まず,身分者であるBについての業務上横領罪の成否を検討する。

2
B証言の内容とその信用性
(1)

B証言の要旨
Bは,Wから被告人Lに金員を支払うことになった経緯等について,
以下のとおり証言する。

支払の経緯,被告人Aの指示等
被告人Aは,平成14年の冬ころから,A学園の理事会終了後などに,

相当激務の中で癒される人はLしかいない。

ということをしきりに言い,折あるごとに

どんな形でもいいから,法人で直接雇用はできないのか。

などと言っており,A学園で被告人Lの面倒をみたり雇用したりできないかという意向を示していた。被告人Aからの指示は,

基本的に秘書的に身の回りの世話をしてもらいたいので法人採用できないか。

A学園の秘書課での採用を検討するように。

というものであった(なお,被告人Lを空雇用したいとか,秘書として雇用したように偽装したいとかいう明確な指示があったわけではなかったが,当然ながら,労務実態がないということは,それを言われなくても分かる話として理解していた。)。
Bは,スキャンダルは避けた方がいいと考えていたことなどから,当初は被告人Aの提案を拒否し,

特に教育関係者のトップになると,スキャンダル的なものはタブーでございますので,それは好まないんじゃないんですか。

などと話した。被告人Aは

それもそうだな。

と言い,慎重に考えていた。しかし,被告人Aは,その後も,

一番目立たない方法を考えると,Wで雇用した方がいいんじゃないか。

目立たないから(目立たないというのは,A学園との関係で,被告人Lの名前が表に出ないということである。),Wで直接社員として面倒をみろ。

などと言っていた。
Bは,平成15年3月10日ころ,被告人Aからかかってきた電話で,被告人Lについて,同年4月1日から,Wの方で,年額500万円くらいで面倒をみるようにという内容の指示を受けた。一方で,どういう仕事をさせるのかという話をされた記憶はなく,勤務場所等についての指定も特になかった。被告人Aは,当時健康状態もすぐれなかったため,

周りにだれか面倒をみてくれる人がいないと,業務としてはなかなかやっていけない。

ということであった。Bは,被告人Aの指示に従わざるを得ないと考えてこれを決意し,

履歴書を送っていただかないと,試算も何もできません。

と言うと,被告人Aは

すぐ送るように言っておく。

と答えた。イ
被告人Lの雇用を装う行為
Bは,上記電話の後,被告人Lの雇用に関して,部下のC(平成15年4月からは同社総務課長)に

500万円くらいで面倒をみるようにという指示が来ている。

と相談し,同年3月末ころに,被告人Lの履歴書が到着してから,Cに被告人Lへの支給金額の試算をしてもらった。被告人Aの指示どおりに支給金額を500万円にするために,そこから逆算して,当時Wの給与規程には存在していなかった特別調整手当を新たに創設し(同給与規程は,平成15年7月か8月ころ,これに合わせるよう改正された。),毎月5万円を加給するとともに,教育関係の経歴がある場合には,それをA学園に勤めていた年数に加算して号俸を定めるところを,被告人Lにはそのような経歴がないにもかかわらず,その経歴があるものとして号俸を定めた。
Bは,Cとともに,被告人Aに上記試算結果を報告に行ったところ,被告人Aは

とりあえず500万円に合わせておけばいいんだ。

と言っていた。Bが

事務的にはきちっと書類を整えるという前提がありますので,Cの方から説明させます。

と言い,Cが上記説明をすると,被告人Aは

ああ,いいじゃないか。

と言っていた。被告人Lの雇用契約書は,Cが起案した。Bは,被告人LをWで雇い入れるつもりはなかったが,事務的には社員が1人増えることから,健康保険手続等も含め,形式上必要な書類をそろえた。採用に当たって,Bが被告人Lの面接をしたことはなかった。

被告人LのWへの出社を装う行為
平成15年4月以降,被告人Lが,W本店事務所に出社した事実はない(ただし,同年8月ころに,住宅ローンの手続のために,Wの本店事務所に来たことがあった。)。しかし,被告人L名義の出勤簿は,被告人Lではなく,Cらが印鑑を捺して作成していた。
また,平成17年2月ころ,被告人Aが,B,被告人L,Cのほか,W事務職員等をA学園関係施設である通称甲に集め,被告人Lが
Wにいつ入って,どこでどういう業務をしてきたことにするかを説明した。この際,被告人Lに対し,

あなたのことなんだからもっと真剣に聞きなさい。

などと注意していたことが記憶に残っている。その後,Cから,被告人L自身が捺印した出勤簿や被告人Lが起案した文書を整えたという報告を受けた。

(2)

B証言の信用性
B証言の信用性について検討するに,Bは,共犯者としての立場から,
自己の刑責を免れようないしは軽減しようとして,被告人Aの指示やその役割について,虚偽の事実を証言するおそれ,いわゆる引っ張り込みの危険が考えられるが,Bは,判示第2の事実に係る共犯者として被告人Aらと共に起訴され,自らの裁判では,既に,公訴事実を認め,有罪判決(懲役2年,3年間執行猶予)を受け,確定している。その後において,偽証罪の制裁等,自らの不利益を甘受してまで,殊更被告人Aに不利な虚偽証言をする動機は見出し難く,虚偽証言のおそれは低い。また,被告人Aの指示を受けて,被告人Aの交際相手である被告人LにWから金員を支払うことになった経緯として証言した上記内容は,具体的かつ詳細である上,関係者間における利害状況等を踏まえ,脈絡を保った合理的な内容であり,特段不自然な点は見当たらないことなどからすれば,その信用性は高い。加えて,上記証言内容は,被告人Lの雇用に係る事務手続を担当したに過ぎず,第三者的な立場にあるCの証言内容(下記3)と一致する部分も少なくなく,相互にその信用性を高め合うものといえる。
3
C証言の内容とその信用性
(1)

C証言の要旨
Cは,被告人Lの給与の試算や雇用契約書の起案等について,以下の
ように証言する。

被告人Lの雇用を装う行為
平成15年3月中旬ころ,Bから

A理事長から頼まれて,どうしても雇ってほしいと言われた人間がいるので頼むな。

社員を雇う場合のいろいろな採用の手続をしてほしい。

年間500万円くらいの支払にしたいから,それの試算をしなさい。

との指示を受けた。Cは,後日,Bから渡された被告人Lの履歴書をもとに,A学園の新採用者処遇検討表を作成して給与の試算を行った。通常は,職歴(経験年数)換算に当たり,一般の会社であれば職歴を50%しかみないが,それで試算したところ年額三百数十万円程度にしかならなかったことから,職歴を100%みて換算することとし,さらに,被告人Lのために給与規程を見直し,特別調整手当を設けて年額500万円に合わせた(この試算結果が,新採用者処遇検討表3通である。)。また,Cは,被告人Lの雇用契約書も起案した。


被告人LのWへの出社を装う行為
Cは,職業安定所や労働基準監督署等の調査の際に,被告人Lの勤務についてしっかりした説明ができるように,自分の判断で,事務員に被告人L分の出勤簿も作成させて実際に印鑑も捺させていた。
(2)

C証言の信用性
Cは,もともとA学園の職員であり,平成15年4月からWに出向し
て総務部長を務めていた者であるが(ただし,同年3月から,Wの業務に従事していた。),被告人両名とそれ以上の特段の関係はなく,被告人Lの雇用に係る事務手続を担当したことを除き,本件業務上横領自体とも格別の利害関係を有していないことなどにかんがみれば,あえて被告人両名,特に被告人Aにとって不利な証言をする動機はなく,そのおそれはすこぶる乏しい上,上記証言内容をみても,具体性に富んでおり,格別不自然なところもないことからすれば,その証言の信用性は極めて高い。
そして,上記C証言の内容は,上記B証言の内容と概ね一致するものであり,相互にその信用性を高め合っているといえる。
4
被告人LのWにおける処遇等
(1)

被告人Lに支払われる金額
被告人Lについての新採用者処遇検討表3通,特別調整手当を新設した平成15年4月1日施行とされているWの給与規程は,被告人Lに支払う金額を年額500万円とし,そこから逆算して特別調整手当等により調整したという,上記B,Cの各証言を的確に裏付けるものである。
そして,平成15年4月1日現在のW新規採用社員一覧からは,被告人Lの新給与が同年代の他の社員に比して多少高額である上,特別調整手当を受けているのは被告人Lだけであることが認められる。

被告人Aは,被告人Lへの支払金額を500万円とした理由について,主たる勤務地が米国(ハワイ)という遠隔地であること,1日の拘束時間が長いこと,仕事の幅が広いこと,被告人Lは,米国長期滞在に必要なソーシャルセキュリティーカードを持っていること,在米経験を有することなどの事情があったからである旨供述しているが,そのような理由がBとの間で話された形跡は全くない。
また,特別調整手当について,被告人Lの弁護人は,Wでは,ある職員を特別に優遇する場合,それまでは等級号俸を上げて対応していたが,それに弊害があったことから創設されたのが特別調整手当であり,特に被告人Lだけのために新設された手当ではないと主張し,被告人Aも同様の供述をしている。確かに,C証言によれば,被告人L以外の職員で特別調整手当を受給していた者(ハワイで調理師をしていた乙)もいることが窺われる。しかし,その雇用時期は,同証言によっても,平成15年4月より後であり,特別調整手当がもともと被告人Lへの支払年額を調整するために新設されたことと矛盾するものではない。
(2)

出勤簿が仮装されていること
W事務職員の警察官調書によれば,Wでは,出勤簿は職員が個人保管
し,出勤のたびに自分の印鑑を捺した上,月末の締め日に提出し,事務所に来られない従業員は郵送する扱いになっていたところ,被告人Lの出勤簿については,総務課長であるCの指示で,Wの事務職員が百円ショップで買った印鑑を捺して作成しており,A学園管財課派遣の形となった平成16年9月21日以降は,Wの事務職員が,Cから渡された出張に関するメモをもとに作成していたことが認められる。
かかる事実は,上記C証言の信用性を裏付けるとともに,Wにおいては,被告人Lの就労実態が,出張を除きほとんど把握されていなかったことが認められる。
(3)

親睦会に入っておらず,親睦会費も支払っていないこと
W事務職員の警察官調書によれば,他の従業員については,パート勤務者を除いて全員親睦会に加入しているが,被告人Lは親睦会に加入しておらず,給与台帳,支給明細書によれば,被告人Lだけが給与から親睦会費を差し引かれていないことが認められる。
(4)

W内部の書類に被告人Lの名前がないこと
Wの就業規則には,社員は健康診断を受けなければならないと規定さ
れているが,定期健康診断個人票平成15年度平成16年度に

は,被告人Lの名前は見当たらない(Bはこれについては知らなかったと証言し,Cは

目立たないようにすれ。

という被告人Aの指示があると聞いていたから名前を入れなかったと証言する。)。
また,W取締役社長Bが北海道A学園大学事務局長に宛てた平成17年1月12日付けの平成17年度当社派遣社員の処遇等について(ご依頼)と題する書面は,WからA学園への派遣社員の所属部署及び派遣条件等の変更の有無を問うものであるが,その中のW職員処遇検討表には,当時管財課に派遣されているはずの被告人Lの名前が見当たらない。
かかる事実は,被告人Lが,A学園及びW内において,従業員ないしA学園への派遣職員として取り扱われていなかったことを示すものである。
(5)

なお,平成17年2月に,甲において,被告人Aが,B,C,被告
人LらA学園及びW関係者を集め,被告人Lの就労について,平成15年4月から平成16年9月まではWの本店事務所に勤務し,同月以降は,甲で清掃作業に従事していたこととするなどの口裏合わせを行った。そして,これに基づき,Wにおいて,出勤簿を被告人Lが記入押印したものに作り直したり,被告人Lが当初本店事務所に勤務していたように装うために被告人L名義の稟議書を作成したり,甲での清掃作業への従事を装うために清掃作業日報を遡って作成したり,甲に作業員部屋を用意したりすることなどが行われた。
これらは,B証言等によれば,税務調査において,被告人Aが,被告人Lを含むW従業員数名を私的に使用しているのではないかと問題になったことから行われたものであるが,同社における被告人Lの処遇の実態を示すものといえる。
5
検討
以上の事実関係,供述証拠等を踏まえて,Bにつき業務上横領罪の成否を検討する。
なお,検討に先立ち付言するに,被告人両名の弁護人は,上記のとおり,Bの業務上横領罪の成否に関して,正規の雇用ないし雇用契約の成立という言葉を用いて,雇用契約が有効に成立していることを主張している(これは,仮装雇用の合意との検察官の主張を,通謀虚偽表示ゆえに契約が無効であるとの主張と捉え,雇用契約が有効であるとして,これに反駁するものであると解される。)。しかし,Bの業務上横領罪の成否については,BがWの資金を支出し,これを被告人Lに取得させた行為が,委託の任務に反し横領行為に当たるか否かを検討しなければならないのであって,本件の事実関係の下では,民事上の契約の有効性は,被告人Lの受領権限に関係するものではあっても,Bの業務上横領罪の成否と必ずしも論理的に結びつく関係にあるわけでもないと解される。
そこで,以下では,BがWの資金を支出し,これを被告人Lに取得させた行為が,委託の任務に背いて,権限がないのに所有者でなければできない処分をする意思の発現としてなされた行為(横領行為)に当たるかを検討することとする(なお,被告人両名の弁護人の雇用契約の成立や効力についての主張は,結局のところ,関係者の契約の仮装性についての認識を問題にするものであるが,これについて,Bの認識については本項で,被告人Aの認識については下記第4で,被告人Lの認識については下記第5でそれぞれ検討する。)。
(1)

被告人Lの就労に対するBの認識について
B証言の内容とその信用性
(ア)

B証言の要旨
Bは,平成14年冬ころの被告人Aの提案に対しては,身の回りの世話をする人を法人の経費で雇うわけにはいかず,基本的には自腹でやってもらう事柄であると考えていた。そのころC1のD1氏のスキャンダルが週刊誌に掲載されるなどしており,スキャンダルを避けるべきと考え,被告人Aの提案を拒否した。と証言し,平成15年3月に被告人Aから具体的な指示を受けた後の被告人Lの就労に対する認識としては,被告人Aから,明確な言葉として『空雇用』という指示を受けたことはないが,労務上,何の会社で何の仕事をさせるからということで問いかけがあったわけではなく,初めから身の回りの世話をするために被告人Lを何とか(雇いたい)という形での議論であることから,当然ながら,労務実態がないということは,それを言わなくても分かっていた。と証言している。
このように,Bは,被告人Aの指示を受けて,Wから金員を支払
うことにしたものの,被告人Lが実際に就労するとは思っていなかったとして,被告人Lが実際に就労するという認識を明確に否定している。
(イ)

B証言の信用性
かかるB証言は,上記のとおり被告人Lに金員が支払われるよう

になった経緯,その後の被告人Lの雇用や出社を装う行為に関する事実関係ともよく整合している。
また,Cは,平成15年3月の時点で,Bが被告人Lについて

何日かは来るかもしれないけどな。

などと被告人Lが働かないニュアンスのことを言っていたと証言しているところ,B証言は,これとも符合している(なお,被告人Lの弁護人は,Bの上記発言は,Bが被告人Lが基本的にハワイ勤務になることを知っていたことを表すものであると主張するが,上記B,Cの各証言内容全体,上記証言の文脈等にかんがみれば,そのように解されないのは明らかである。)。
以上によれば,被告人Lが実際に就労するとは思っていなかった
というBの上記証言は,被告人Aからの指示を中心とする客観的な事実関係を踏まえて形成された認識であり,合理的かつ自然なものといえ,基本的には信用できるといえる。
とはいえ,Bの上記認識が他の客観的な事実関係等に矛盾すると
ころがないか,なお以下に検討しておく。

Bと被告人Aとのやり取り
B証言や被告人Aの供述を子細にみても,Bと被告人Aとの間で,平成15年4月以降に被告人Lの行うべき具体的就労内容について話合いがなされた様子は認められない。このことは,被告人Lの同年4月以降の就労実態にかかわらず,Bが,被告人Lが実際に就労するとは思っていなかったことを推認させる重要な事情である。
なお,被告人Lの弁護人は,当時A学園が秘書人員の補充を必要としていた状況をBも認識していたことを指摘しているが,信用できるB証言によれば,Bと被告人Aとの間では,秘書人員の補充の必要性についても,具体的に話し合われていた形跡はなく,さらに,被告人LがWから金員の支払を受けるようになったのは,被告人Lが被告人Aに対して働きたいと言ったことから,被告人AがBに指示したものであることや,上記第3の2(1)ア等のとおりの被告人AからBに対する指示の内容などからすれば,A学園が秘書不足の状況にあったことをもって,Bが具体的に被告人Lが就労することを認識していたということもできない。この点,被告人Aは,補充すべき秘書として被告人Lを提案したと供述しているが,それに対して,Bが

いいんじゃないですか。

と二つ返事で答えていたなど,信用できる上記B証言と全く矛盾する供述をしていることからすれば,被告人Aの上記供述は信用できない。そこで,弁護人の指摘は当たらない。

平成15年2月のハワイ出張時にBが被告人Lに対し秘書として採用する旨を申し向けたとする弁護人の主張について
(ア)

被告人両名の弁護人は,Bは,平成15年2月にハワイに出張

した際,被告人Lに秘書として採用する旨を申し向けているのであって,被告人Aからの提案を断っていたとする上記B証言の内容は不自然であり信用性がないと主張する。
(イ)

この点について,被告人Lは,以下のとおり供述する。
平成15年2月下旬に,被告人両名,Bを含むA学園関係者がハ

ワイにzの物件を探しに行った。そのとき,候補物件に向かう車中で,被告人Aから,

zがほぼ決定したのはいいけれども,この後設立準備をどうしようか。

という話が出て,被告人Lは,Bから

これからもA先生と一緒にハワイに来ますよね。

と言われた。被告人Lが

はい,多分そうなるとは思います。

と答えたところ,Bは

じゃ,手伝ってもらえませんかね。

と言った。その後,後にzとなる建物の中で,Bは,被告人Aに

Lさんのやっていることはまさに秘書業務ですね。

と言っており,戻ったら秘書として手続を進めたいと言っていた。
(ウ)

また,被告人Aは,以下のとおり供述する。
平成15年2月にハワイへ出張した際,z購入の最終決定に向か
う車中で,Bが,被告人Aに対して,唐突に

Lさんを雇用したいんだけど。

と言い出した。被告人Aが

まず,本人の意思を確認してからの方がいいよ。

と言ったところ,Bは,被告人Lに

これからも理事長に同行してハワイの方に来ますか。

それであれば,学園で秘書として採用しますから手伝ってもらえますか。

という質問をした。被告人Lは

私でよければお手伝いします。

と答え,Bは,被告人Aに

学園に戻ってからすぐに採用に関する手続をする。

と言った。Bは,被告人Lの業務については,被告人Aを補佐する秘書業務やzの立ち上げに力を尽くしてもらいたいなどと言っていた。
その後,後にzになる建物の中でも,Bは,被告人Lに対し,

あなたのこの数日間の働きはまさに理事長の秘書業務ですね。

まさにあなたは既にそういうことをやっていたんですね。

帰りましたら早々に採用の手続をとらせていただきます。

と言っていた。
(エ)

これに対して,Bは,以下のとおり証言する。
Bは,平成15年2月,ハワイへ出発する1週間ほど前に,被告

人Aから,

ハワイ大学との姉妹大学とするための情報基地としての施設(z)を購入する目的でとりあえずハワイに施設を見に行く。資金的な面も含めて財務部長を兼任しているBも同行するように。

との指示があり,zを設置する物件選びのためにハワイ出張に行った。物件を見るに当たっては,すべて被告人Aが仕切っていたので,被告人Lが調整を取るようなことは特になかった,Bと被告人Aとの間で

Lの働きというのが秘書と変わらない。

という話をしたことはなく,Bから被告人Lに対し

これからもハワイに来ますよね。

などと言った記憶ははっきりしない。Bとしては,A学園の総務部長兼財務部長という立場にあり,予算編成や事業計画を理事会で説明する立場にある者としてハワイ出張に同行したのであるが,同行が急に決まったので,出張期間中に人的態勢や運営業務について話合いがなされたことはない。同年3月の理事会ではこの点につき説明しているが,説明不十分として流会になったことがあった。
(オ)

そこで検討するに,Bは,上記2(1)アのとおり,A学園で被告
人Lを採用することについては,スキャンダルになるからなどの理由から一貫して拒否していた旨を証言しているところ,かかる証言内容からすれば,あえて自ら被告人Lに雇用を申し向けるとは考え難く,そのような記憶はないとする上記証言部分は,自然かつ合理的であり,信用できる。
この点,被告人両名の弁護人は,BはA学園における立場上必要
があるはずなのに,ハワイ出張中にzで発生する業務内容や人的態勢等について議論はなかったなどとする点で,上記B証言の内容は不合理であると指摘する。しかし,A学園においてzについて把握すべき立場にあったにせよ,証拠上,Bがzの運営等に実質的に関与していたことないし今後関与しようとしていたことを窺わせるものはなく,実際に,同年3月の理事会におけるBの説明は不十分であり,そのために理事会での議事が流れたことや,同年2月のハワイ出張への同行も1週間前に突然言われたものであることをも証言していることからすれば,弁護人指摘にかかる上記Bの証言内容は,あながち不自然不合理なものともいえない。
他方で,被告人両名は,Bが被告人Lを秘書として採用するとい
う話をしていたと供述するが,それは,被告人Lの採用を強く反対していたBの態度としては,あまりにも急な変化であり,不自然かつ不合理といわざるを得ない上,実際の被告人Lの所属は,A学園の秘書ではなく,Wの総務,会計となっており,客観的事実と
もそぐわない(この点,被告人Aは,Bから被告人LをW本社に在勤させた方がいいと提案されたと供述するが,信用できる上記B証言により認められる被告人Lの雇用に至る経緯,流れ等に照らし,不自然であり信用できない。)。
また,被告人Lの弁護人は,平成16年4月以降にWの職員とし
てハワイのzで就労していたDが,

『Bさんから,カレッジで働きますかといわれた記憶がある。』と被告人Lが言っていた。

と証言しており,かかる証言が,被告人両名の上記供述と符合すると主張するが,この点についてのD証言自体は,被告人Lから聞いた時期や状況等につき漠然としており,必ずしも被告人両名の上記供述を裏付けるものともいい難い。
(カ)

以上によれば,平成15年2月のハワイ出張時の事柄に関する

上記B証言が信用できるのに対して,被告人両名の上記供述は信用できないのであって,被告人両名の弁護人が主張する上記事実は認めらない。

平成15年4月以前における被告人Lの活動に対するBの認識についての弁護人の主張
被告人Lの弁護人は,平成15年4月1日より前の時点から,被告人Lは事実上の労務提供をしており,本件雇用契約はかかる事実上の労務提供状態を踏まえて,法律関係を事後的に整備するために行われたものである主張するので,Bが,同弁護人が主張する被告人Lによる事実上の労務提供を認識していたかどうかを検討する。
この点,Bは,平成14年の被告人Lの活動内容について,被告人Aから聞いた記憶はないと証言している上,Bと被告人Lとは,普段から直接のやり取りをする間柄でもなかったこと等からすれば,当然に平成14年の被告人Lの活動内容を把握できたともいえない。また,被告人AとBが平成15年2月にハワイに出張した際に,被告人Lも同行していたが,その際の被告人Lの活動に対するBの認識は,上記ウのとおりである。
そうすると,Bが,被告人Lによるそれまでの活動内容を認識していたとは認められないし,これを踏まえて,被告人Lが今後も同様の活動を行うという認識を有していたともまた認められない。

以上によれば,被告人Lが実際に就労するとは思っていなかったというB証言は,客観的な事実関係等に矛盾するところもなく,Bは,自ら証言するとおり,本件雇用契約書を被告人Lと交わすに当たり,被告人Lが実際に就労するという認識を有していなかったものと認められる。

(2)

被告人Lに対して,何らの労務管理も行われていないこと
上記4の諸事情等,すなわち,被告人Lの出勤簿が仮装されており,
被告人Lの出勤とはほとんど無関係に捺印されていたこと,被告人Lは,W本店事務所に出社していないこと,W従業員により構成される親睦会に入っておらず,親睦会費も支払っていないこと,W内部書類に被告人Lの名前がないこと,被告人Lに対する健康診断も実施されていないことなどからすれば,いかなる労務内容を前提としても,Wにおいて,自社社員としても,自社からの派遣社員としても,被告人Lに対する労務管理が行われていたとは認められない。
(3)

被告人Lの就労ないし活動が,Wの利益とは無関係に行われている
こと
被告人Lは,下記のとおり,zでの就労を中心に,A学園の業務等に関連する一定の活動を行っていることが認められる。
しかしながら,平成15年4月に本件雇用契約書を交わした際,WとA学園との間において,被告人Lにつき派遣契約等が結ばれた形跡はなく,Wが被告人Lの派遣の対価を受け取っていない(なお,平成16年9月以降は,被告人LはWに派遣される形式になったことが認められ,被告人Aの供述によれば,それ以降は,A学園は,Wに対し,派遣の対価を支払っていたとのことであるが,これは,あくまで,被告人Lのハワイ出張の旅費をA学園から支給するための便宜として行われた形式の変更であり,Wの利益を図ろうとの目的の下になされたものではない。)。
したがって,被告人Lの就労ないし活動は,この意味でWの利益とは無関係になされていたものといわざるを得ない。
なお,この点,被告人Lの弁護人は,被告人Lに対する給与としての金員の支払は,W取締役であるB及びWを全額出資により設立したA学園の理事長である被告人Aが了解していることから,結局,その金員の所有者であるWないしはA学園の了解の下になされたものといえ,不法領得の意思の発現行為たり得ないのであるから,本件では横領の実行行為が不存在であると主張する。
しかしながら,たとえA学園がWの全額出資者であるとしても,A学園の業務上の意思決定は同理事会においてなされるべきであり,少なくとも,理事長である被告人Aの独断により決められることではない。加えて,B証言によれば,平成14年冬ころから,被告人Aが,A学園の理事会終了後などに,A学園で被告人Lの面倒をみたいなどと言っていた際には,Bやほかの事務局長らは誰も返事をしていなかったというのであり,他の理事らが被告人LをWで雇用することに賛同していたとも考えられない。そうすると,被告人Lに対する金員の支払は,A学園理事会の正式な意思決定手続を経ていないのはもとより,その実質的意思に沿うものとも認められない。
よって,被告人Lの弁護人の上記主張は,理由がなく採用できない。(4)

Bについての業務上横領罪の成立
以上のとおり,Wの取締役として同社の業務全般を統括し,同社の資
金保管等の業務に従事していたBが,被告人Lが実際に就労するとは認識しておらず,ましてや,その具体的就労内容についても認識していない状態で,被告人Lの就労ないし活動がWの利益とは無関係であることを明確に認識しつつ,Wの取締役として,被告人Lと雇用契約書を交わし,被告人Lの労務管理も行わない上記状況の下に,判示第2のとおり,給与等名下に,被告人Lに対し,約1年9か月間にわたって毎月金員を支出していたことが認められる。
これらの事実関係,Bの当時の認識等を総合考慮すれば,このようにWの金員を支出し第三者たる被告人Lに取得させる行為が,委託の任務に背いて,権限がないのにおよそ所有者でなければできない処分をする意思の発現としてなされた行為(横領行為)に当たることは明らかである。
よって,Bに業務上横領罪が成立する。
第4

被告人Aについての業務上横領罪の成否
上記のとおり,Bにつき業務上横領が成立することから,これを前提に,被告人Aにつき,身分者たるBとの共謀により,業務上横領が成立するか否かにつき,検討を進めることとする。

1
被告人Aの本件業務上横領に対する認識等について
被告人Aが,Bに対し,被告人Lの雇用を指示し,Wにおいて被告人Lを雇うことになった経緯等については,上記のとおり信用できるB証言により,第3の2(1)のとおり,これを認めることができる。
これによれば,被告人Aは,平成14年冬ころから,しきりに,A学園で被告人Lの面倒をみたり雇用したりできないかとの意向を示しつつ,その流れで,Bに対し,被告人Lを秘書としてあるいは身の回りの世話をするために雇用したいと指示している。また,被告人Lの具体的就労内容,勤務形態,勤務場所等について,被告人AとBの間で,これ以上に何らかの話合い等がなされた形跡は認められない。それにもかかわらず,被告人Aは,被告人Lに支払う金額は500万円と指定しており,BとCもこれを前提として給与等の試算をしている。このことは,被告人Aが,被告人Lに対し,いかなる就労内容,勤務形態,勤務場所等であろうと,A学園ないしWから一定の金額を支給させるという強い意思を推認させるものといえる。
さらに,被告人Aは,Bに対し,被告人Lの所属について,目立たないようにWで直接雇用するように指示をしている。
以上の諸事情にかんがみれば,被告人Aは,Wの一人取締役であるBに対し,秘書としてあるいは身の回りの世話をするためにといった
程度のほかに,具体的就労内容,勤務形態,勤務場所等が明らかでないまま,その如何を問わずに,支給すべき金額を相当高額に指定しつつ,被告人Lを同社で直接に雇用する形により,同社から金員を支出させることを指示していたものといえる。そして,Wは,A学園への人材派遣を目的として設立された有限会社であるが,直接雇用した職員が,派遣等の措置を経ることなくA学園の業務等を行うことは,同社の利益とは直接には関係しない業務に従事しているものといわざるを得ないところ,被告人AのA学園理事長としての職務,A学園とWの関係,同社設立の経緯等にかんがみれば,被告人Aはそれを十分に認識していたものと認められる(実際,Wは,被告人Aも理事長として出席した同年3月22日開催のA学園理事会において,定款等につき詳細な説明がなされた上でその設立が可決された,A学園全額出資の子会社である。)ことも併せ考えれば,後に検討する平成15年4月以前の被告人Lの活動状況を踏まえてみても,被告人Aは,Bに業務上横領が成立することを基礎付ける事実を認識し,これを指示したものと認めることができる。
したがって,被告人Aについて,業務上横領の故意,不法領得の意思,Bとの共謀をいずれも認めることができる。
2
弁護人の主張等
(1)

もっとも,被告人両名の弁護人は,WはA学園が全額出資する会社
であり,相互の人材交流が行われている関係に照らせば,Wに直接雇用された職員がA学園の業務をしていることは,何ら不自然ではないと主張する。しかし,Wにとって,直接雇用された職員が単にA学園の業務に従事するのか,派遣社員として同業務に従事するのかという点は,対価を得られるかどうかという重要な事項であって,単なる形式上の違いとはいい難いところであり,弁護人の上記主張は,両者が別の法人格を有することを不当に軽視したものといわざるを得ず,採用できない。(2)

また,被告人Lの弁護人は,被告人Lが働かないというのは,Bの
勝手な思い込みに過ぎないと主張するところ,これは,被告人Aの当時の認識にも関連するからここで検討する。
確かに,被告人Aは,空雇用という言葉を使ってBに指示をした
とは認められず,このような言葉が明確に用いられたわけではないことは,指示を受けたBも認めるところである。
しかしながら,被告人Aの上記指示内容は,これまでもみてきたとおり,具体的就労内容,勤務形態,勤務場所等を明確にしないものであり,被告人AとBとの間で,この点に関する具体的な話合いがなされた形跡はないこと,その他,上記指示に至る経緯,指示後にされた支給金額の試算に関するやり取り等にかんがみれば,Wにおける雇用の根拠が存在しない雇用,すなわち,明示的に空雇用という言葉は使わないまでも,実質的にはこれに等しいような雇用を指示するものといえる。そして,このような指示をした被告人Aとしては,Bが,被告人Lの就労内容等を把握しておらず,むしろ,被告人Lが実際に就労するとは思っていないことを認識していたものというほかないから,この点がBの勝手な思い込みに過ぎないとする被告人Lの弁護人の上記主張もまた採用できない。
(3)

さらに,被告人Aの弁護人は,被告人Lには,平成14年以降,判
示第2の期間中を含め,被告人Aの秘書としての就労実態が存すると主張する。
確かに,被告人Lには,下記に詳細に検討するが,端的にいえば,全体としてみて,同年4月以降,A学園理事長としての被告人Aの秘書と同視し得るだけの活動ないし就労実態があったとするかどうかには些か疑問が残るものの,この一部,すなわち,ハワイを中心とする海外における活動には,秘書業務に類するものも含まれており,他のzにおける職員と遜色のない実態があったことは否定できない。
しかしながら,上記被告人AからBに対する指示内容,それに至る経緯,上記にみた被告人Aの本件業務上横領に対する当時の認識等に照らせば,このような被告人Lの活動ないし就労実態等を踏まえてみても,結局のところ,平成15年4月以降の被告人Lの就労については,本件業務上横領の共謀成立後の事後的な事情に過ぎないものといわざるを得ないのであって,平成14年4月以降平成15年3月までの被告人Lの活動実態の点を含め,被告人Aの指示内容から推認される本件業務上横領の故意,不法領得の意思,Bとの共謀の成立をくつがえすものではない。
(4)

また,本件業務上横領の公訴事実は,被告人両名とBが共謀の上,被告人LにWから給与等名下に金員を取得させたというものであるところ,下記の理由で被告人Lは無罪であることからすれば,被告人A,Bにとっては,第三者たる被告人Lに金員を取得させたという構成になるが,被告人Lは第三者とはいえ被告人Aの交際相手であり,全く無関係の第三者ではなく,被告人Aがそれまで月20万円を支払っていたのに代わってWの資金を支出させ,これを被告人Lに取得させるようになったものである上,被告人Lにつき無罪となるのは,あくまで業務上横領の故意ないし共謀という被告人Lの主観につきなお合理的な疑いが残るとするものであるから,この点が,被告人A,Bの業務上横領罪の成否に影響を及ぼすところはない。また,この点が,被告人Lの金員の受領権限に関係し得るものではあっても,被告人AやBの業務上横領罪の成否に影響がないことは,上記第3の5冒頭部分に記載したとおりである。3
以上によれば,被告人Aについて,業務上横領の故意,不法領得の意思,Bとの共謀をいずれも認めることができる。

第5
1
被告人Lについての業務上横領罪の成否
当事者の主張
検察官は,被告人Lについて,自己がWから給与等を受ける事実上の原因も法律上の原因もないことを知悉した上で自己の口座に振り込まれる金員を取得していた事実が認められるから,本件業務上横領に係る共謀が認められると主張する。
これに対し,被告人Lの弁護人は,上記のとおり,被告人Lは,上記第2の1の公訴事実の要旨記載の期間中,自らの就労について,Wに命じられた業務であるとの認識により行っていたのであって,本件業務上横領の共謀ないし故意が認められないから,被告人Lは無罪であると主張する。
2
被告人Lに対し金員が支払われるようになった経緯について
(1)

信用できる上記B証言,被告人Lの供述等によれば,以下の事実が認められる。

平成15年4月以前における被告人Lの活動
被告人Lは,上記第1の2の経緯により,平成13年秋ころから,被告人Aから月額20万円を得て生活するようになった。被告人Lは,平成14年1月ころから,被告人Aのハワイ出張に同行し,その際,会議出席時の衣類,書類の用意やファクシミリの整理等を行っていた。さらに,衣類の洗濯,丙(当時のA学園のハワイでの活動拠点)の清掃や備品管理,被告人Aが他の職員に指示したことの手伝い等をしていた。一方で,被告人Aが日本にいるときは,被告人Lは,A学園の業務に関連する秘書的業務を行っていたわけではなかった。
被告人Lは,当初は,被告人Aからの指示を断ることができたが,その後,徐々に指示,依頼が増えると同時に,頼み方も命令口調になり,断ることができなくなっていった。


被告人Lと被告人Aとのやり取り
被告人Lは,職員でもないのに他の職員と同じようなことをさせられていたこと,特に海外出張時は拘束時間が長かったこと,自身の年齢が既に30歳を超えており就職先が見つかりにくくなってきたことなどから不満を抱き,平成14年12月ころから,被告人Aに対して,きちんと就職したいと申し出るようになった。
平成15年3月ころ,被告人Aから

うちで雇ってあげる。もっとしっかり身の回りのこと,掃除のこと,頑張ってくれればいいんだから。ただ,これからはもっと大変になるから,遊びの感覚ではできないよ。

と言われ,被告人Lは,A学園で正式に採用されると思うとともに,自分がさせられてきたことはA学園の業務として職員がすべきことだったのかと考えた。
そして,被告人Lは,被告人Aに正式採用時の就労内容を尋ねたところ,被告人Aから,

今までやっていたことプラスアルファで,もっとそれを細かくやるのが仕事だ。

あとは,zの設立に関すること。

と言われ,具体的就労内容として,zの設立に関わる業務すべてと,清掃,洗濯,被告人Aの打合せへの同行等を考えた。
被告人Lは,それまで,上記のとおり不満を抱いていたが,仕事として認められることで,不満を切り替えることができた。また,以前はホステスをしていた自分が,A学園という大きな組織で正式に採用してもらえて,今後の生活が安定することや,自分の年齢なども考えて,被告人Aから言われたことを受け入れることに決めた。

被告人LとBとのやり取り
Bは,被告人Lとの採用面接をしていない。
なお,被告人Lは,平成15年4月より前の段階における就労内容,勤務条件等に関するBとのやり取りについて,

勤務条件については,直接話したことはなかった。

どういうことをするかっていうか,秘書業務だとかそういう話は,先ほど話したようなこと(平成15年2月のハワイでのやり取り)はあった。それ以外はなかったと思う。

と供述しているが,そもそも,被告人両名が供述する同年2月のハワイでのやり取りの事実が認められないことは,既に上記第3の5(1)ウにおいて詳細に検討したとおりである。

(2)

検討
以上のとおり,被告人Lは,当時の認識について,被告人Aに対し,
仕事に就きたいとの希望をもらしていたところ,被告人Aから

うちで雇ってあげる。

などと採用の打診を受け,自分のそれまでの活動が仕事として評価されたと考え,これを受け入れることに決めた旨供述している。
そこで検討するに,被告人Lは,被告人Aが日本にいるときには,A宅の掃除や洗濯等,私人たる被告人Aの簡単な身の回りの世話を行っていたに過ぎず,平成15年4月より前の被告人Lの活動は,A学園理事長としての被告人Aの秘書業務と同視し得るまでの実態があったとは到底認められない。とはいえ,その一方で,被告人Lの活動を個別的にみれば,その一部,特に,ハワイにおける活動の中には,秘書業務に類するものが含まれていなかったとはいい難い。また,上記のとおり,被告人LとBとの間に,採用面接はなされておらず,就労内容,勤務条件等について具体的なやり取りもなされていないのであり,被告人Lが採用に当たってこれらの点を聞かされていた相手は被告人A以外には見当たらない。そうだとすれば,被告人Lが,A学園において理事長として大きな権限,影響力を有する被告人Aの言動等を信頼し,自らのそれまでの活動が評価されて,Wから給与を支給されることになったと考えたということも,あながち不自然ないし不合理ともいえない。
3
Wから金員の支払を受けるための手続等
また,被告人Lは,Wから金員の支払を受けるに当たり,被告人Aの指示で,Bの下に履歴書を送付した。また,平成15年4月1日付けでWと雇用契約書を交わし,辞令の交付を受けている。これらは,一般に職員採用のための通常の経過であり,このことにより,被告人Lには,Bないしはそれと意を通じていた被告人Aの犯罪的意図や認識を知ることが困難な状況にあったといわざるを得ない。
確かに,被告人Lは,Bはもとより,W採用担当者の面接を受けたような形跡はない。また,履歴書には通勤時間を45分と記載し,通勤手当申出書も提出しているほか,雇用契約書の就業場所欄には江別市●○番地北海道A学園大学内との記載があるなど,一定の場所に勤務することを前提とした証拠も存在するのに,そのような事実はないなど,被告人Lについても,この採用に不審な点があるとの認識を喚起し得るような事情がないわけではない。
しかしながら,Wは,被告人Aが理事長を務めるA学園が全額出資する会社であること,そして,被告人Lは,被告人Aに言われるままに履歴書を送付するなどしていることからすれば,被告人Aの指示に従っている以上,被告人Lが採用面接を受けなかったことや就業場所に関する記載等に疑問を持たなかったことも不自然とまではいえない(なお,主にハワイのzで勤務していたW職員のDらについても,採用に当たり,Wでの面接は行われておらず,また,雇用契約書の就業場所欄には被告人Lと同様に記載されている。)。
4
平成15年4月以降の被告人Lの就労
(1)

被告人Lの就労内容
被告人両名の各供述,D,丁(平成15年ころから,A学園グループ
内の調理師専門学校校長)の各証言等によれば,平成15年4月にzが開設した後に,被告人Lは,A学園ないし被告人Aに関連して,被告人Aの指示の下,以下のようなことを主に行っていたものと認められる。ア
zでの就労
平成15年4月以降,被告人Lは,被告人Aと共に頻繁にハワイ等を訪れており,平成17年2月までの約1年11か月の間に,およそ270日間,海外渡航している。
その中で,被告人Lは,zにおいて,被告人Aや他の従業員のスケジュール管理を行い,予定が重ならないようにチェックしていた。被告人Aが打合せや会議に出席する際には,会議に合わせた書類を用意し,時間,場所等を被告人Aに伝えていた。さらに,他の職員(lやm)と協力して,被告人A宛てのファクシミリ,電話やメールの処理等をしていた。
また,zの清掃,洗濯を行っており,平成16年4月からはDが行う清掃を手伝うなどしていた。
zではいわゆるビジネスパーティーがたびたび開かれたが,その際,被告人Lは,招待客への連絡や献立の買い出しをするなどし,終了後は,後片づけも手伝っていた。同年4月にW職員のDと庚がzに来てからは,パーティーに同席するようになったが,その際も,食事の進み具合をみながら料理を出すタイミングを指示するなど,調理作業以外のほとんどに携わっていた。また,戊の調理には衛生面に不安があったため,他の従業員らと共にバックアップするなどしていた。
さらに,上記専門学校生がハワイに研修に来た際には,丁を車で案内したり,研修で作る料理を提案したり,簡単な通訳をするなどした。イ
z以外への被告人Aの出張時
被告人Lは,被告人Aの指示に従って,その出張の多くに帯同し,メモ取りをしたり,入手したパンフレットを整理したりするなどしていた。
A学園の東京事務所では,お茶出し等の来客対応を行っていた。旭川では,戊の採用面接に立ち会ったこともあった。上記専門学校によるパン屋の設立時には,打合せに参加したり,被告人Aの指示で看板デザインの選定を行ったり,販売に関する提案を行うなどしていた。

上記以外のとき
被告人Aが自宅やA学園にいるときは,被告人Lは基本的に自宅にいた。そして,自宅でファックスを受け取るなどして,被告人Aのスケジュール管理を行っていた。そのほか,被告人Aから指示があったときは,A宅での打合せに同席したりしていた。頻度は月に数回であり,週に1回も行かないこともある程度であった。

(2)

他の職員の就労実態
平成16年4月以降は,被告人両名がハワイのzに行った際,WからA学園に派遣されたl,D,戊らが同所で就労していた。同人らの就労実態は以下のとおりであった。

lの就労実態
平成15年4月に,Wに入社し,A学園の秘書課に派遣されていたlは,平成14年7月末から,断続的に被告人Aに同行してハワイに行くようになった。ハワイでは,被告人Aが乗車する自動車の運転手や同車の整備,大学との連絡等を行っていた。また,パーティーでは,客に飲み物を配ったりしていた。


Dの就労実態
平成16年3月にWの嘱託職員として採用され,A学園管財課に派遣されていたDは,同年4月からハワイに行くようになった。Dは,zの掃除や洗濯等を行い,たまに,戊の料理の手伝いなどもしていた。ビジネス・パーティーの際には,飲み物を用意したり,買い出しをしたりしたこともあった。


戊の就労実態
平成16年4月にWの嘱託職員として採用され,A学園管財課に派遣されていた戊は,約2年間で7回ハワイに行き,ビジネス・パーティー等において調理を担当していた。

(3)

そこで検討するに,上記のとおり,平成15年4月以降,被告人L
は,被告人Aが日本国内にいる間は,被告人Aの出張等に多く同行するなどしていたが,出張同行時以外は,基本的に自宅にいただけであり,その間にしていたという被告人Aのスケジュール管理も,実態は,自ら主体的にスケジュールを管理,調整するものというよりは,既にA学園において定められた被告人Aのスケジュールを手帳に転記するなどといった二次的なものに過ぎず,これ自体,秘書業務との評価に値する実質を有していたのかにはなお疑問が残る。しかしながら他方,出張同行時,特にハワイでの活動に目を転じると,被告人Lは,被告人Aと共に,相当長期間,多数回にわたり渡航しており,そこでは,上記のような一定の活動を行っていた。その実態は,W職員(嘱託職員を含む。)であるがA学園に派遣され,主にzで稼働していたl,D,戊の就労実態と対比してみても,必ずしも遜色のあるものとはいい難い。また,被告人Lは,W職員である上記3名と協力して就労し,同人らの就労実態を直接に見ていたのであるから,被告人L自身が,給与として受け取っていた金員の支給元がWであることを理解しつつも,自らのハワイでの就労内容と上記3名の就労実態とがさほど変わらないことから,自らも同様に,Wに正式に雇用されており,A学園に派遣されているなどと認識していたとしても,あながち不自然ではない。
そして,被告人Lが行っていたかかる就労は,その所属するW自体の業務の範囲内には含まれないと解されるが,被告人Lは,被告人Aとは異なり,W自体の業務,目的等について認識していたような事情は窺われない(なお,被告人Lは,上記のとおり,平成17年2月に甲においてなされた,被告人Lの具体的就労状況についての口裏合わせ,関連書類の仮装には同席していたが,被告人Lがこれに積極的に関与したわけではない上,仮にここで,被告人Lが,Wと雇用契約書を交わしたことが仮装ないしそれに類するものであると認識したとしても,本件業務上横領の期間以降の事柄であって,被告人Lの本件業務上横領当時の認識を補うものではない。)。また,被告人Lについては,本件業務上横領の開始前において,その身分者であるBとは,普段から直接のやり取りをする間柄でもなく,上記のようなBと被告人Aとのやり取りを,Bや被告人Aらから何らかの形で見聞きしたことを窺わせる証拠もない。加えて,Bと被告人Aとのやり取りを,被告人Aから聞かされるなどして認識していたとすれば,被告人Lは,格別の活動をしなくても給与名下に金員を得られるのであるから,上記のとおりの就労実態であえて活動するまでの理由につき,合理的な説明が付かない。
そうすると,被告人Lは,Wに正式に雇用され,A学園理事長である被告人Aの指示に従って,同社ないしはA学園に関連する就労を行うことにより,その就労の正当な対価として,Wから給与を受けられるものと考えて,上記就労を行っていたということの合理的な疑いを否定できない。
5
結論
以上に検討してきた諸点を総合的に考察すれば,被告人Lは,Wに正式に雇用され,被告人Aの指示に従い,同社ないしA学園に関連する就労を行うことにより,同社からその就労の対価として給与等の支給を受けているものと認識して,金員を受け取っていたという合理的な疑いを否定できず,Wからの金員の支払は,自らの就労の対価としての給与等ではなく,業務上横領に加功して得た金員であるということを認識していたと認めるには,なお合理的な疑いが残るというべきであるから,刑事訴訟法336条により,当該公訴事実について,被告人Lに対しては,無罪の言渡しをすることとする。

(被告人Aについての量刑の理由)
1
本件は,学校法人A学園理事長の職にあった被告人Aが,学園が経営するA学園大学等の職員,学園出入りの建設業者の代表取締役,学園が全額出資する有限会社の取締役らと共謀の上,自らの主体的関与の下に,学園ないし上記有限会社の資金から,自宅改修工事費,当時の妻等が使う自動車のリース代金,交際相手に支給する金員を支出させたなどという,背任1件,これに関連する補助金適正化法違反1件,業務上横領2件からなる事案である。
2
背任及び補助金適正化法違反(判示第1の1及び第1の2)について判示第1の1の背任は,A学園理事長である被告人Aが,学園が経営するA学園大学等の管財課長等であるE及び学園施設の工事や被告人A宅の改修工事等を請け負っていたM建設工業代表取締役のFと共謀の上,A宅改修工事代金5252万円余を,A学園大学等の校舎外壁補修工事代金に含めて,その支払として学園資金からM建設工業に支出し,学園に同額の損害を与えたというものである。
また,判示第1の2の補助金適正化法違反は,被告人Aが,Eと共謀の上,文部科学省による私立学校施設整備費補助金の対象となるA学園大学等の校舎耐震補強工事(上記校舎外壁補修工事と同一)について,実際に行った工事が耐震補強のために貼付するCFシート(炭素繊維シート)を同省に提出した計画調書よりも大幅に減らしたものであったのに,計画調書のとおり工事を実施した旨の虚偽の報告をするなどして,上記補助金5723万円余を不正に受給したというものである。
被告人Aは,かねて考えていた自宅改修工事を学園の資金で行うことを企て,学園理事長という自らの立場を悪用して,部下であるEに対し,M建設工業のFと協議して,公的性格を有する補助金の対象事業である校舎外壁補修工事について,CFシート貼付面積を減少させる手抜き工事を行わせ,それにより生じる実際の工事代金との差額を,自宅改修工事代金に充てるように指示し,これにより,学園資金を私的に流用し,補助金を不正に受給したものである。その動機は,極めて利欲的かつ自己中心的であって,酌量の余地はない。
A学園では,校舎外壁工事について,見積りを依頼した3社のうち,M建設工業の見積りが最も安価になるように,事前に金額を指示した上で同社を選定し,その後は,A宅工事代金額の増額などに合わせて,それをまかなうべくCFシート貼付面積を減少させている。そして,CFシート貼付面積は,最終的には見積りの10分の1までに減少したが,それにもかかわらず当初の計画どおりに施工されたものとして学園からM建設工業に代金が支払われ,それに基づいて補助金の申請まで行われているところ,その過程では,国の補助金制度を欺き,工事関係者等多数の関係者を巻き込むなどしている。その犯行は,極めて計画的であり,巧妙かつ狡猾な手口によるもので,大胆かつ悪質な態様である。
背任により学園に与えた損害は5252万円余に上り,被告人Aは,自宅改修工事代金として,その全額分の利益を一人で得ている。また,学園が不正に受給した補助金の額も5723万円余と高額である。校舎外壁補修工事は,貼付面積が減少した結果,当初の目的である耐震補強には全く効果のないものとなっている一方で,かかる学園の損害を顧みずになされたA宅改修工事の内容は極めて贅沢なものであった。
加えて,犯行後においても,被告人Aは,自宅改修工事代金として1575万円をM建設工業に支払ったかのような隠蔽工作をするなどしており,犯行後の情状も悪い。
3
自動車のリース代金補填の業務上横領(判示第1の3)について
判示第1の3の業務上横領は,被告人Aが,当時の妻らに個人的に使用させる自動車2台につき,Fに指示して,M建設工業をしてリースを引き受けさせてリース代金を支払わせていたところ,E及びFらと共謀の上,リース代金相当額合計381万円余を,A学園の資金からM建設工業に支払って補填し,これを横領したという事案である。
被告人Aは,当時の妻らが使用する自動車のリース代金という極めて私的な費用を,一旦M建設工業に支払わせ,その分を架空の工事代金として学園の資金で補填したものであり,動機は,身勝手かつ利欲的でこれまた酌量の余地がない。その態様は,学園から工事の発注を行ったように仮装するなど,極めて巧妙で大胆な手口を用いており悪質である。横領行為は,約2年8か月間で19回と長期間かつ多数回にわたっており,被害額も合計381万円余と多額である。
4
交際相手に対する給与等名目での支払の業務上横領(判示第2)について判示第2の業務上横領は,被告人Aが,A学園の全額出資により設立されたWの取締役Bと共謀の上,被告人Aの交際相手で事情を知らない相被告人Lに,Wの資金から給与等名下に798万円余を取得させ,これを横領したという事案であり,被告人Aは,業務上占有者のBに加功した身分のない共犯としての責任を負うものである。
被告人Aは,それまで交際相手であるLに対して月20万円の生活費を渡していたところ,Lから働きたいとの申し出を受けたことから,Bに指示して,Wの資金から給与等名下にLに年額約500万円もの金員を支払わせたものであり,その経緯は,あまりに適切さを欠くものであり,酌量できない。横領行為は,約1年9か月間で28回と長期間かつ多数回にわたっており,被害額も合計798万円余と多額である。Wにおいては,被告人Aの意向に沿ってLに金員を支払うことの形式を整えるために,架空書類の作成や関係規程の変更まで行われており,計画的かつ巧妙な犯行である。また,被告人Aは,犯行後に,LがWで実際に働いていたように装うために,同社従業員らを巻き込んで,書類の虚偽記載や口裏合わせなどの工作を行うなどしている。たとえその主目的が被告人Aが供述するような税務対策であったとしても,本件犯行の隠蔽につながり得るものであって,犯行後の情状も芳しくない。

5
以上にみた本件の一連の犯行が,A学園の経営基盤を損ない,教育機関を運営する学校法人にとって極めて重要であるその社会的評価や名誉が傷つけられたこと,そして,学生,職員ら多くの学園関係者に大きな衝撃を与え,その信頼を裏切ったものであることはいうまでもなく,また,学校法人や国の補助金制度に対する社会の信頼を大きく揺るがすものであることも看過できない。それにもかかわらず,被告人Aから,学園及びWに対する被害回復は,一切行われていない。
被告人Aは,長期間にわたり複数の教育機関を運営する学校法人の理事長の職にあり,大学学長も兼務するという教育者でもあったところ,このような高い倫理と識見が求められる職にありながら,多大なる権限と影響力を有していたことを悪用し,私利私欲のために,格別の抵抗感や罪悪感を感じる様子もないまま,長期間にわたり犯罪を行っていたものであり,まさに学園を私物化したものと指摘されてもやむを得ない。規範意識の鈍麻や倫理感の乏しさが窺われる。
以上によれば,本件の犯情は非常に悪く,被告人Aの刑事責任は相当に重い。本件に共犯者として加担した者らの責任に比して格段に重いことはいうまでもない。
6
他方,背任(判示第1の1)については,被告人Aは,自宅工事代金を学園資金から支払うように指示しているものの,当時頻繁に出張に出掛けていたことなどからすれば,被告人Aが,自宅工事代金額の詳細を把握していたとは認められず,上記損害額について確定的に認識していたとまではいえない。また,給与等名目の業務上横領(判示第2)については,Lは,その期間中,主に被告人Aの出張同行時,特にハワイにおいて,実態として一定の秘書的業務にも携わっていたことが認められ,Wが,A学園の全額出資により学園に人材を派遣する等の目的で設立されたことからすれば,同事件の被害者であるWそれ自体として利益を生むものではないが,A学園グループ全体としては,それなりにその利益に適う活動が行われていたといえなくもない。なお,本件補助金(判示第1の2)については,既に学園から文部科学省に返還されたことにより,被害者である国の財産的被害が回復されたことが窺える。
さらに,被告人Aは,本件発覚まで約15年間にわたり,A学園の理事長を務めてきた上,その業績として,学園発展のために多大な貢献をしたことも認められる。自業自得とはいえ,本件が報道されたことで,既に学園理事長等の職を辞しており,一定の社会的制裁を受けている。
そこで,これら諸般の情状のほか,前科がないことやその健康状態などをも総合勘案した結果,被告人Aを主文の刑に処することとした。
よって,主文のとおり判決する。
(出席検察官

橋本ひろみ

被告人Aにつき
私選弁護人

橋場弘之(主任),田村智幸

求刑

懲役7年

佐藤真吾(主任),中島正博,坂口唯彦

求刑

懲役2年)

被告人Lにつき
私選弁護人

平成20年1月21日
札幌地方裁判所刑事第1部

裁判長裁判官

嶋原文
裁判官

坂田
威一郎

裁判官

網田圭雄亮
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