判例検索β > 平成17年(あ)第1716号
証券取引法違反、商法違反被告事件
事件番号平成17(あ)1716
事件名証券取引法違反,商法違反被告事件
裁判年月日平成20年7月18日
法廷名最高裁判所第二小法廷
裁判種別判決
結果破棄自判
判例集等巻・号・頁刑集 第62巻7号2101頁
原審裁判所名東京高等裁判所
原審事件番号平成15(う)1244
原審裁判年月日平成17年6月21日
判示事項旧株式会社日本長期信用銀行の平成10年3月期に係る有価証券報告書の提出及び配当に関する決算処理につき,これまで「公正ナル会計慣行」として行われていた税法基準の考え方によったことが違法とはいえないとして,同銀行の頭取らに対する虚偽記載有価証券報告書提出罪及び違法配当罪の成立が否定された事例
裁判要旨旧株式会社日本長期信用銀行の平成10年3月期に係る有価証券報告書の提出及び配当に関する決算処理について,資産査定通達等によって補充される改正後の決算経理基準(判文参照)は,関連ノンバンク等に対する貸出金の資産査定に関しては,新たな基準として直ちに適用するには明確性に乏しく,従来のいわゆる税法基準の考え方による処理を排除して厳格に上記改正後の決算経理基準に従うべきことも必ずしも明確であったとはいえず,そのような過渡的な状況のもとでは,これまで「公正ナル会計慣行」として行われていた税法基準の考え方によったことは違法ではなく,同銀行の頭取らに対する虚偽記載有価証券報告書提出罪及び違法配当罪は成立しない。
(補足意見がある。)
参照法条証券取引法(平成10年法律第107号による改正前のもの)197条1号,証券取引法(平成12年法律第96号による改正前のもの)207条1項1号,商法(平成17年法律第87号による改正前のもの)32条2項,商法(平成17年法律第87号による改正前のもの)489条3号,商法(平成11年法律第125号による改正前のもの)285条の4第2項
裁判日:西暦2008-07-18
情報公開日2017-10-17 13:54:59
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主文
原判決及び第1審判決を破棄する
被告人らはいずれも無罪。
理由
被告人Aの弁護人倉科直文ほかの上告趣意は,憲法違反,判例違反をいう点を含め,実質は事実誤認,単なる法令違反の主張であり,被告人Bの弁護人國廣正ほかの上告趣意は,憲法違反をいう点を含め,実質は事実誤認,単なる法令違反の主張であり,被告人Cの弁護人更田義彦ほかの上告趣意は,憲法違反,判例違反をいう点を含め,実質は事実誤認,単なる法令違反の主張であって,いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。
しかしながら,所論にかんがみ,職権をもって調査すると,原判決及び第1審判決は,刑訴法411条1号,3号により破棄を免れない。その理由は,以下のとおりである。
1
本件公訴事実の要旨は,被告人Aは,平成7年4月28日から平成10年9月28日までの間,東京都千代田区内に本店を置き長期信用銀行業務等を目的とする長期信用銀行で,発行する株式が東京証券取引所第1部等に上場されている株式会社日本長期信用銀行(以下「長銀という。)の代表取締役頭取であった者,被告人Bは,平成9年10月1日から平成10年8月21日までの間,長銀の代表取締役副頭取であった者,被告人Cは,平成9年10月1日から平成10年3月31日までの間,長銀の代表取締役副頭取であった者であるが,被告人3名は共謀の上,第1

長銀の業務に関し,平成10年6月29日,大蔵省関東財務局長に対
し,長銀の平成9年4月1日から平成10年3月31日までの事業年度(以下平成10年3月期ともいう。)の決算には5846億8400万円の当期未処理損失があったのに,取立不能のおそれがあって取立不能と見込まれる貸出金合計3130億6900万円の償却又は引当をしないことにより,これを過少の2716億1500万円に圧縮して計上した貸借対照表,損益計算書及び利益処分計算書を掲載するなどした上記事業年度の有価証券報告書を提出し,もって,重要な事項につき虚偽の記載のある有価証券報告書を提出し,第2

長銀の上記事業年度の決算に

は,上記のとおり,5846億8400万円の当期未処理損失があって株主に配当すべき剰余金は皆無であったのに,平成10年6月25日,長銀本店で開催された同社の定時株主総会において,上記当期未処理損失2716億1500万円を基に,任意積立金を取り崩し,1株3円の割合による総額71億7864万7455円の利益配当を行う旨の利益処分案を提出して可決承認させ,そのころ,同社の株主に対し,配当金合計71億6660万2360円を支払い,もって,法令に違反して利益の配当をした」というものである。
上記の当期未処理損失は専ら関連ノンバンク及びこれと密接な関連のある会社で長銀の関連親密先とされるものに対する貸出金に係るものであるところ,検察官は,商法(平成17年法律第87号による改正前のもの)32条2項にいう公正ナル会計慣行としては,後記資産査定通達等によって補充される改正後の決算経理基準のみがこれに該当し,これによれば長銀には平成10年3月期に公訴事実記載の未処理損失がある旨を主張した。そして,第1審は,公訴事実どおりの事実を認定して,被告人Aに対し懲役3年,4年間執行猶予,同Bに対し懲役2年,3年間執行猶予,同Cに対し懲役2年,3年間執行猶予の各判決を言い渡し,原審は,事実誤認,法令適用の誤り等を理由とする各被告人の控訴をいずれも棄却した。2(1)

原判決の認定及び記録によれば,本件の事実経過は以下のとおりである。大蔵省(当時。以下同じ。)は,銀行法(昭和56年法律第59号)の施
行に伴い,昭和57年4月に普通銀行の業務運営に関する基本事項等についてと題する通達(いわゆる基本事項通達。昭和57年4月1日付け蔵銀第901号)を発出したが,その中に経理関係として,普通銀行の会計処理の基準となるべき決算経理基準を定めており,この通達の発出以降,普通銀行は,当該経理基準のもとで,いわゆる税法基準(銀行の貸出金については,回収不能又は回収不能見込みとして,法人税法上,損金算入が認められる額(昭和44年5月1日付け直審(法)25法人税基本通達(平成10年課法2-7による改正前のもの)9-6-4等参照)につき,当期に貸倒償却・引当をする義務があるとされていたところ,銀行の関連ノンバンク等関連会社(以下関連ノンバンク等という。)に対する貸出金は,銀行がこれらに対し追加的な支援を予定している場合には,原則として回収不能見込み等とすることはできないが,銀行による金融支援が一定の要件を満たす場合には,上記法人税基本通達(平成10年課法2-6による改正前のもの)9-4-2に基づき当期における債権放棄などの確定支援損の限度で,寄附金としての処理をしないで,支援損として損金算入することが認められていたことに依拠して,銀行が関連ノンバンク等に対する金融支援を継続する限りは,毎期において確定支援損として損金算入が認められる範囲で段階的な処理を行うことができるというもの)に従った会計処理を行い,長期信用銀行においても,この基本事項通達を準用する取扱いにより,同様の会計処理を行っていた。したがって,銀行の関連ノンバンク等に対する貸出金については,一般取引先に対する貸出金とは異なり,銀行が関連ノンバンク等に対する金融支援を継続する限りは,償却・引当はほとんど行われていなかった。(2)

平成6年,平成7年における金融機関の経営破綻を契機として,大蔵大臣
の諮問機関である金融制度調査会は,金融システム安定化委員会を設置し,同年12月22日,金融機関経営の健全性の確保のための方策としてディスクロージャーの推進と早期是正措置の導入等の提言を内容とする金融システム安定化のための諸施策を大蔵大臣に答申した。また,大蔵省の金融検査・監督等に関する委員会も,同月26日,今後の金融検査・監督等のあり方と具体的改善策についてと題する報告書を作成し,公表した。(3)

これらの提言等を受けて,平成8年6月21日,金融機関等の経営の健全性確保のための関係法律の整備に関する法律など,いわゆる金融3法が成立し公布され,これにより銀行法及び長期信用銀行法等の一部が改正され,銀行経営の健全性を確保するための金融行政当局による監督手法として,平成10年4月1日以降早期是正措置制度が導入されることとなった。
(4)

平成8年9月,金融3法の成立を受けて,大蔵省銀行局長の私的研究会と
して,早期是正措置に関する検討会が発足し,同検討会は,同年12月26日,自己査定ガイドラインの原案などを内容とする中間とりまとめを作成し,公表した。
(5)

大蔵省大臣官房金融検査部長は,早期是正措置に関する検討会におけ
る検討を踏まえ,平成9年3月5日付けで,各財務(支)局長,沖縄総合事務局長及び金融証券検査官あてに早期是正措置制度導入後の金融検査における資産査定についてと題する通達(以下資産査定通達という。)を発出した。この通達には,金融機関が行う資産の自己査定は,金融機関が適正な償却・引当を行うための準備作業として重要な役割を果たすことになること,早期是正措置制度は平成10年4月から導入され,導入後の金融検査においては,金融機関の自己査定の基準が明確かどうか,その枠組みがこの通達で示される枠組みに沿っているかどうかについて把握し,当該基準に従って適切に自己査定が行われているかどうかチェックすることとなるが,導入されるまでの間における金融検査においても,金融機関の自己査定のための体制整備の進展状況等について把握するよう努められたい旨の記載がある。資産査定通達は,金融証券検査官が各銀行の実施した自己査定に対する検査を適切かつ統一的に行い得るよう作成されたものであり,金融機関にも公表されていた。
(6)

資産査定通達が発出されたことを受けて,全国銀行協会連合会の融資業務
専門委員会は,各銀行が自己査定をする際の参考となるよう,資産査定通達の内容についての一般的な考え方を『資産査定について』に関するQ&A(以下資産査定Q&Aという。)にまとめ,平成9年3月12日付けで,全国の金融機関に送付した。
(7)

日本公認会計士協会は,資産査定通達の考え方を踏まえて,平成9年4月
15日付けで,銀行等監査特別委員会報告第4号銀行等金融機関の資産の自己査定に係る内部統制の検証並びに貸倒償却及び貸倒引当金の監査に関する実務指針(以下4号実務指針という。)を作成し,公表した。これは,自己査定制度の整備状況の妥当性及び査定作業の査定基準への準拠性を確かめるための実務指針を示すとともに,貸倒償却及び貸倒引当金の計上に関する監査を実施する際の取扱いをまとめたものであった。この指針は,平成9年4月1日以降開始する事業年度に係る監査から適用するものとされた。(8)

大蔵省大臣官房金融検査部管理課長は,平成9年4月21日付けで,金融
証券検査官等にあてて,金融機関等の関連ノンバンクに対する貸出金の査定の考え方についてと題する事務連絡(以下9年事務連絡という。)を発出した。これは,関連ノンバンクに対する貸出金について,関連ノンバンクの体力の有無,親金融機関等の再建意思の有無,関連ノンバンクの再建計画の合理性の有無等を総合的に勘案して査定することを内容としていたが,金融機関一般には公表されていなかった。
(9)

9年事務連絡の発出を受けて,全国銀行協会連合会の融資業務専門委員会
は,いわゆる関連ノンバンク向け貸出金についての資産査定に関して,9年事務連絡の内容についての一般的な考え方を『資産査定について』に関するQ&Aの追加について(以下追加Q&Aという。)としてとりまとめ,平成9年7月28日付けで,全国の金融機関に送付した。
(10)

大蔵省銀行局長は,長銀の代表取締役頭取にあてて,平成9年7月31日
付けで,『普通銀行の業務運営に関する基本事項等について』通達の一部改正について(蔵銀第1714号)及び長期信用銀行の業務運営に関する基本事項等について(蔵銀第1729号)と題する各通達を発出し,基本事項通達の一部を改正することとした旨及び長期信用銀行の業務運営については一部の事項を除き改正された基本事項通達によるものとする旨を通達した。基本事項通達の改正においては,決算経理基準の中の貸出金の償却及び貸倒引当金の規定などが改正された(以下,改正された決算経理基準を改正後の決算経理基準という。)。そこでは,回収不能と判定される貸出金等については債権額から担保処分可能見込額及び保証による回収可能額を減算した残額を償却・引当すること,最終の回収に重大な懸念があり損失の発生が見込まれる貸出金等については債権額から担保処分可能見込額及び保証による回収可能額を減算した残額のうち必要額について引当すること,これら以外の貸出金等について,貸倒実績率に基づき算定した貸倒見込額の引当をすることなどを定めていた。この定めは,本営業年度(平成9年に係る営業年度)の年度決算から適用することとされた。
(11)

長銀では,事業推進部が関連ノンバンクを含む長銀の関連親密先とされる
会社に対する貸出金に関する自己査定基準の策定を担当した。事業推進部では,自己資本比率(BIS比率)の維持を図るなどのため,償却・引当の財源を見据え,平成9年6月30日を基準日として実施された自己査定トライアル及び同年12月31日を基準日として実施された自己査定本番における各査定状況等を踏まえて,当初策定した基準案に償却・引当が緩和されることとなる数度の修正を加え,平成10年3月30日,それ以外の一般先とは異なる査定基準を内容とする特定関連親密先自己査定運用細則及び関連ノンバンクにかかる自己査定運用規則を確定させた。
(12)

長銀は,平成10年3月期決算について,上記運用細則ないし運用規則に
従って,関連ノンバンクを含む長銀の関連親密先とされる会社に対する貸出金の資産分類,償却・引当の実施の有無を査定したが,その自己査定は(1)で述べた改正前の決算経理基準のもとでのいわゆる税法基準によれば,これを逸脱した違法なものとは直ちには認められないが,資産査定通達,4号実務指針及び9年事務連絡(以下,これらを資産査定通達等という。)によって補充される改正後の決算経理基準の方向性からは逸脱する内容となっていた。
(13)

長銀では,上記自己査定の結果に基づいて策定された平成10年3月期決算の基本方針を同年3月31日の常務会で承認し,同期決算案を同年4月28日の取締役会などで承認した。そして,同年6月25日に開催された定時株主総会において,同期営業報告書,貸借対照表,損益計算書を報告するとともに,当期未処理損失が2716億円余りであることを前提に任意積立金を取り崩し,1株当たり3円の割合による利益配当を行う旨の利益処分計算書案を議案として提出し,可決承認された。そして,これに基づき,そのころ,長銀の株主に対し,合計71億円余りの配当が支払われた。
(14)

その後,長銀は,平成10年3月期に係る有価証券報告書を完成させ,平
成10年6月29日,大蔵省関東財務局長あてにこれを提出した。3
事実経過は以上のとおりであるところ,原判決は第1審判決を是認して被告
人らに対し虚偽記載有価証券報告書提出罪及び違法配当罪の成立を認めたものであるが,その理由の要旨は,次のとおりである。
(1)

資産査定通達等及び改正後の決算経理基準は,金融機関の健全性を確保す
る目的で,平成10年4月1日から導入される早期是正措置制度を有効に機能させるために必要な金融機関の資産内容の査定方法や適正な償却・引当の方法を明らかにし,それにより資産内容の実態を正確かつ客観的に反映した財務諸表を作成することを目指して策定されたものといえ,しかも全国銀行協会連合会等を通じて金融機関にその内容が公表・送付され,周知徹底が図られてきた。資産査定通達等が示す資産査定の方法,償却・引当の方法等は,金融機関の貸出金等の償却・引当に関する合理的な基準であり,基準としても明確なものであり,同様の趣旨・目的のもとに発せられた基本事項通達の一部改正通達における改正後の決算経理基準の内容を補充するものとみることができる。(2)

資産査定通達等は,本件当時(平成10年3月期決算時)における公正ナル会計慣行そのものではなく,これを推知するための有力な判断資料ともいうべき性格のものと考えられるが,金融検査官は資産査定通達,9年事務連絡に従って検査をし,会計監査法人は4号実務指針に従って監査をし,金融機関側でも,資産査定Q&A,追加Q&Aを作成してその周知を図っており,資産査定通達等の発出から平成10年3月の決算時までに約1年あって周知の期間も確保されていること,本件当時,金融機関においては,従来に比してより透明性の高い明確な資産査定等による会計処理が求められるに至っていたことに照らすと,本件当時においては,資産査定通達等の定める基準に基本的に従うことが公正ナル会計慣行となっており,資産査定通達等の趣旨に反し,その定める基準から大きく逸脱する会計処理は,公正ナル会計慣行に従ったものとはいえない。従前公正ナル会計慣行として容認されていた税法基準による会計処理や,関連ノンバンク等についての段階的処理等を容認していた従来の会計処理はもはや公正ナル会計慣行に従ったものではなくなった。言い換えると,資産査定通達等の示す基準に基本的に従うことが唯一の公正ナル会計慣行である。
(3)

長銀の作成した自己査定基準は,関連親密先に係る債務者区分,長銀のみが取引銀行である関連ノンバンクに対する資産査定,『特定先』に当たる関連親密先とその債務者区分,関連ノンバンク等の関係会社向け貸出金の査定,関連ノンバンクに対する賃貸借型貸付有価証券の査定の各点において,資産査定通達等の趣旨に反し,その定める基準を大きく逸脱したもので,許されないものである。
(4)

資産査定通達等の示す基準に従えば,長銀においては,平成10年3月期の決算について5846億円余りの当期未処理損失があったと認められるところ,被告人らは,いまだ数千億円にも上る未処理損失があることを認識しながら,上記の自己査定基準に基づき,当期未処理損失を過少の2716億円余りとする平成10年3月期決算を策定して取締役会等で承認しており,本件虚偽記載有価証券報告書提出罪に関する故意の存在及びその共謀の成立を認めることができ,また圧縮した数千億円にも上る未処理損失を考慮すると,株主に配当することができる剰余金は存在しないのに,被告人らはこのような事情を認識しながら,虚偽の内容を記載した財務諸表及び利益処分計算書等を取締役会等で承認した上で,株主総会に提出して承認可決させ,株主への配当を実施しているから,違法配当罪に関する故意の存在及びその共謀の成立を認めることができる。
4
しかしながら,原判決の上記判断は是認することができない。その理由は,
次のとおりである。
(1)

原判決は,前記3のとおり,平成10年3月期の決算の当時においては,
資産査定通達等によって補充される改正後の決算経理基準に基本的に従うことが唯一の公正なる会計慣行となっており,改正前の決算経理基準のもとでのいわゆる税法基準による会計処理では公正なる会計慣行に従ったことにはならないというものである。
しかしながら,資産査定通達等によって補充される改正後の決算経理基準は,金融機関がその判断において的確な資産査定を行うべきことが強調されたこともあって,以下に述べるとおり,大枠の指針を示す定性的なもので,その具体的適用は必ずしも明確となっておらず,取り分け,別途9年事務連絡が発出されたことなどからもうかがえるように,いわゆる母体行主義を背景として,一般取引先とは異なる会計処理が認められていた関連ノンバンク等に対する貸出金についての資産査定に関しては,具体性や定量性に乏しく,実際の資産査定が容易ではないと認められる上,資産査定通達等によって補充される改正後の決算経理基準が関連ノンバンク等に対する貸出金についてまで同基準に従った資産査定を厳格に求めるものであるか否か自体も明確ではなかったことが認められる。すなわち,記録によれば,ア
改正後の決算経理基準は,前記2(10)記載のとおり,回収不能と判定される
貸出金等に関する償却ないし引当,最終の回収に重大な懸念があり損失の発生が見込まれる貸出金等に関する必要額の引当,これら以外の貸出金等に関する貸倒実績率に基づき算定した貸倒見込額の引当などについて定めているが,それ自体は具体的かつ定量的な基準とはなっていなかった。

資産査定通達についても,定性的かつガイドライン的なものである上,同通
達において初めて導入された債務者区分の概念は,例えば破綻懸念先の定義において,(中略)自行(庫・組)としても消極ないし撤退方針としており,今後,経営破綻に陥る可能性が大きいと認められる先をいうとして,母体行主義のもとにおける関連ノンバンク等に対する貸出金についてこれまで採られていた資産査定方法を前提とするような表現が含まれているなど,関連ノンバンク等に対する貸出金についての資産査定に関してまで資産内容の実態を客観的に反映させるという資産査定通達の趣旨を徹底させるものか否かが不明確であった。また,9年事務連絡は,一般取引先とは異なる関連ノンバンクに対する貸出金についての資産査定の考え方を取りまとめたものであるが,その内容も具体的かつ定量的な基準を示したものとはいえない上,前記追加Q&Aに反映はされていたものの,金融機関一般には公表されていなかった。ウ

4号実務指針については,具体的な計算の規定と計算例がないなど,これに
基づいた償却・引当額の計算が容易ではなく,また,資産分類(分類Ⅰ∼Ⅳ)について触れた規定がなく,債務者区分,資産分類,引当金算定の関係が必ずしも明確でないなど,結局,定性的な内容を示すにとどまり,資産査定に当たって定量的な償却・引当の基準として機能し得るものとなっていなかった上,銀行の関連ノンバンク等に対する貸出金についてまでその対象とするものであれば,それまでの取扱いからして,明確とされていてしかるべきところの,将来発生が見込まれる支援損(支援に要する費用)につき引当を要するのか否かが明確にされていないなど(平成11年4月の金融検査マニュアルにおいては,支援に伴い発生が見込まれる損失見込額に相当する額を特定債務者支援引当金として計上することなどが定められるとともに,これを受けて4号実務指針も改正され,上記部分が明確にされた。),関連ノンバンク等に対する貸出金についての資産査定に関してまで4号実務指針の対象とすることを徹底して求めるものか否か必ずしも明らかでなかった。エ
加えて,資産査定通達等の目指す決算処理のために必要な措置と考えられて
いた税効果会計(企業会計上の資産又は負債の金額と課税所得計算上の資産又は負債の金額との間に差違がある場合において,当該差違に係る法人税等の金額を適切に期間配分することにより,法人税等を控除する前の当期純利益の金額と法人税等の金額を合理的に対応させることを目的とする会計処理)が導入されていなかった本件当時においては,資産査定通達等によって補充される改正後の決算経理基準に従って有税による貸出金の償却・引当を実施すると,その償却・引当額につき当期利益が減少し,自己資本比率(BIS比率)の低下に直結して市場の信認を失い,銀行経営が危たいにひんする可能性が多分にあった。オ

以上のようなことから,平成10年3月期の決算に関して,多くの銀行で
は,少なくとも関連ノンバンク等に対する貸出金についての資産査定に関して,厳格に資産査定通達等によって補充される改正後の決算経理基準によるべきものとは認識しておらず,現に長銀以外の同期の各銀行の会計処理の状況をみても,大手行18行のうち14行は,長銀と同様,関連ノンバンク等に対する将来の支援予定額については,引当金を計上しておらず,これを引当金として計上した銀行は4行に過ぎなかった。また,長銀及び株式会社D銀行の2行は要償却・引当額についての自己査定結果と金融監督庁の金融検査結果とのかい離が特に大きかったものの,他の大手行17行に関しても,総額1兆円以上にのぼる償却・引当不足が指摘されていたことなどからすると,当時において,資産査定通達等によって補充される改正後の決算経理基準は,その解釈,適用に相当の幅が生じるものであったといわざるを得ない。
(2)

このように,資産査定通達等によって補充される改正後の決算経理基準
は,特に関連ノンバンク等に対する貸出金についての資産査定に関しては,新たな基準として直ちに適用するには,明確性に乏しかったと認められる上,本件当時,関連ノンバンク等に対する貸出金についての資産査定に関し,従来のいわゆる税法基準の考え方による処理を排除して厳格に前記改正後の決算経理基準に従うべきことも必ずしも明確であったとはいえず,過渡的な状況にあったといえ,そのような状況のもとでは,これまで公正ナル会計慣行として行われていた税法基準の考え方によって関連ノンバンク等に対する貸出金についての資産査定を行うことをもって,これが資産査定通達等の示す方向性から逸脱するものであったとしても,直ちに違法であったということはできない。5

そうすると,長銀の本件決算処理は公正ナル会計慣行に反する違法なも
のとはいえないから,本件有価証券報告書の提出及び配当につき,被告人らに対し,虚偽記載有価証券報告書提出罪及び違法配当罪の成立を認めた第1審判決及びこれを是認した原判決は,事実を誤認して法令の解釈適用を誤ったものであって,破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。
よって,刑訴法411条1号,3号により原判決及び第1審判決を破棄し,同法413条ただし書,414条,404条,336条により被告人3名に対しいずれも無罪の言渡しをすることとし,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官古田佑紀の補足意見がある。
裁判官古田佑紀の補足意見は,次のとおりである。
私は,平成10年3月期における長銀の本件決算処理が,当時の会計処理の基準からして直ちに違法とすることはできないとする法廷意見に与するものであるが,以下の点を補足して述べておきたい。
本件は,当時,銀行の財務状態を悪化させる原因であるいわゆる不良債権の相当部分を占めていた関連ノンバンク及びその不良担保の受皿となっていた会社など関連ノンバンクと密接な業務上の関係を有する企業グループに対する貸付金等の評価に関する事案である。
関連ノンバンクについては,母体行主義が存在していたため,母体行である銀行は,自行の関連ノンバンクに対し,原則として積極的支援をすることが求められる立場にあったと認められるところ,税法基準においては,積極的支援先に対する貸付金には原則として回収不能と評価することはできないという考え方が取られており,この考え方からは,関連ノンバンクに対する貸付金を回収不能とすることは困難であったと思われる。本件当時,関連ノンバンクに対する貸付金の評価については,関連ノンバンクの体力の有無,母体行責任を負う意思の有無等によって区分して評価することとした9年事務連絡が発出され,これを反映した全国銀行協会連合会作成の追加Q&Aが発表されているものの,同事務連絡自体は公表されておらず,内部文書にとどまっていることからすれば,これに金融機関を義務付けるような効果を認めることは困難であり,また,その適用においても金融機関において相当の幅が生じることが予想されるものであったと考えられる。
そうすると,本件における長銀の関連ノンバンク等に対する貸付金の査定基準は,貸付先の客観的な財務状態を重視する資産査定通達の基本的な方向には合致しないものであるとしても,法廷意見も指摘するとおり,母体行主義のもとにおける関連ノンバンク等に対する貸出金についてこれまで採られていた資産査定方法を前提とするような表現があるなど,少なくとも関連ノンバンクに関しては,同通達上,税法基準の考え方による評価が許容されていると認められる余地がある以上,当時として,その枠組みを直ちに違法とすることには困難がある。もっとも,業績の深刻な悪化が続いている関連ノンバンクについて,積極的支援先であることを理由として税法基準の考え方により貸付金を評価すれば,実態とのかい離が大きくなることは明らかであると考えられ,長銀の本件決算は,その抱える不良債権の実態と大きくかい離していたものと推認される。このような決算処理は,当時において,それが,直ちに違法とはいえず,また,バブル期以降の様々な問題が集約して現れたものであったとしても,企業の財務状態をできる限り客観的に表すべき企業会計の原則や企業の財務状態の透明性を確保することを目的とする証券取引法における企業会計の開示制度の観点から見れば,大きな問題があったものであることは明らかと思われる。
検察官大鶴基成
(裁判長裁判官

公判出席
中川了滋

裁判官

津野

古田佑紀)

裁判官

今井


裁判官

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