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覚せい剤取締法違反、危険運転致傷、道路交通法違反被告事件
事件番号平成19(わ)776
事件名覚せい剤取締法違反,危険運転致傷,道路交通法違反被告事件
裁判年月日平成20年7月11日
法廷名神戸地方裁判所
裁判日:西暦2008-07-11
情報公開日2017-10-13 01:37:27
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平成20年7月11日宣告
平成19年(わ)第776号,第1036号
主文
被告人を懲役3年に処する
未決勾留日数中250日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,
第1

平成19年4月3日午後4時33分ころ,普通乗用自動車を運転し,神戸市a区b町c丁目d番先の信号機により交通整理の行われている交差点を国道2号線方面から芦屋市内方面に向かい左折進行するに当たり,対面信号機が赤色の灯火信号を表示しているのを同交差点の停止線手前約43mないし約32mの地点で認め,直ちに制動措置を講じれば同停止線の手前で停止することができたにもかかわらず,自らの飲酒運転等の発覚を恐れ,自車を追尾していたパトカーから逃走するため,同交差点手前で停止することなく,上記赤色信号に従い停止している車両二,三台を避け,その右側の対向車線を進行して同交差点に進入して左折しようと企て,同交差点の赤色信号を殊更に無視し,かつ,重大な交通の危険を生じさせる速度である時速約40㎞ないし45㎞の速度で自車を運転して同交差点に進入したことにより,折から右方道路から青色信号に従って同交差点に進入してきたA当時27歳)

運転の普通軽四自動車左後部に自車右前部を衝突させ,
その衝撃により,上記A車両を転覆させて前方に滑走させた上,滑走中の同車両右前部に自車右前部を衝突させ,よって,上記Aに加療約14日間を要する右肩打撲挫傷等の傷害を,上記A車両同乗者B(当時20歳)に加療約10日間を要する腰部挫傷等の傷害を,同C(当時19歳)に加療約10日間を要する前頭部
打撲等の傷害をそれぞれ負わせ,
第2

前記日時・場所において,前記記載のとおり,前記Aらに傷害を負わせる交通事故を起こしたのに,直ちに車両の運転を停止して,同人らを救護する等法律の定める必要な措置を講ぜず,かつ,その事故発生の日時及び場所等法律の定める事項を直ちに最寄りの警察署の警察官に報告せず,

第3

法定の除外事由がないのに,同年6月23日ころ,同市e区fg丁目h番i-j号の被告人方において,覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパンの塩類若干量を含有する水溶液を自己の身体に注射し,もって覚せい剤を使用し
たものである。
(証拠の標目)
省略
(補足説明)
第1

弁護人は,判示第1,第2の事実について,被告人は,当時,普通乗用自動車
(以下本件ベンツという。
)を運転していないから,無罪である旨主張し,被告
人も公判廷でこれに沿う供述をしている。
そこで,以下,判示事実を認定した理由を補足して説明する。
第2
1
前提となる事実関係等
本件の争点

本件において,平成19年4月3日午後4時33分ころ,本件ベンツが,神戸市a区b町c丁目d番先の信号機により交通整理の行われている交差点(以下本件交差点という。)を左折進行する際,対面信号機の赤色信号を無視し,時速約40㎞ないし45㎞で同交差点に進入したことにより,折から右方道路から青色信号に従って同交差点に進入してきたA運転の普通軽四自動車(以下A車両という。)に衝突
し,Aほか2名が負傷する交通事故(以下本件事故という。
)が発生したこと,

本件ベンツは,その場から直ちに逃走したこと,本件事故当時,本件ベンツに乗っていたのは,被告人とDの2名のみであったことは,証拠上明らかであり,被告人も格別争っていない。
本件の中心的な争点は,本件事故の際,本件ベンツを運転していたのが,被告人とDのどちらであったかである。
2
証拠上明らかな事実

前掲関係証拠及び捜査報告書写し,
Eの陳述書によれば,
以下の事実が認められる。


被告人とDの関係等

被告人は,本件事故の数か月前,知人から紹介されてDと知り合い,その後,被告人方で,D,被告人の娘と3人で生活をするようになった。3人の生活費等は,主に被告人が負担していた。被告人は自動車の運転免許を有していたが,Dは有しておらず,被告人もそのことを知っていた。被告人とDは,共に執行猶予中の身であった。

本件ベンツの形状

本件ベンツ(車長5.06m,車幅1.91m,車高1.44m,車両重量2120㎏)は,Dの所有車であり,運転席は左側で,フロントガラスと左右ドアガラスは無色透明であるが,リアガラスには黒色スモークシールが貼付されていた。

本件事故当日の被告人らの行動

本件事故当日は晴天であり,被告人とDは,本件ベンツに乗って神戸市内のk区へ赴き,
ガソリンスタンドで給油したり,
ペットショップで買物をしたりした。
その後,
被告人が本件ベンツを運転し,Dが助手席に座り,被告人方へ帰るために国道43号線を走行していたところ,二人の間で口論となり,Dは,被告人に命じて本件ベンツを神戸市l区m町n丁目o番p号のF信用金庫G支店西側路上に停止させた。

Dの被告人に対する暴行状況(以下本件暴行事件という。


午後4時10分ころ,Dは,同所において,助手席から降りると,本件ベンツの前
を通って運転席側まで移動し,運転席側ドアが開いた状態で,被告人に対して殴るけるの暴行を加えた。さらに,Dは,被告人をつかんで運転席に押し込み,自らも助手席に座り,本件ベンツを約39.5m北進させて再び停止させると,助手席から運転席の被告人に覆いかぶさり,手けんで殴打するなどの暴行を加えた。

パトカーの臨場状況等

当時,本件ベンツの北方に止めた自動車の中で電話をかけていたEは,前記のような暴行状況を目撃したことから,すぐそばにある自宅に戻り,午後4時19分ころ,110番通報した。
午後4時31分ころ,
パトカーがF信用金庫G支店付近に到着し,
1名の警察官がパトカーから降りて本件ベンツの右側に近付こうとした。すると,本件ベンツは急発進し,北側の交差点を左折して路地を西進した。パトカーは,本件ベンツの後を追ったが見失い,交差点付近を確認したところ,本件ベンツが左折した際に電柱と接触したために脱落したものと思われるガラス片を発見した。パトカーは,サイレンを吹鳴しながら,引き続き本件ベンツを探索した。本件ベンツは,上記路地を西進した後,次の交差点を左折し,南北に通じる道路(以下本件道路という。)
に出た。


本件事故状況等

本件事故現場は,阪神高速道路下の南北に通じる本件道路と東西に通じる国道43号線とが交わる信号機により交通整理の行われている交差点である。本件道路は,片側1車線であり,同道路の東側部分の本件交差点手前には停止線が設けられていた。国道43号線は,中央分離帯があり,その北側部分は,基本的に片側3車線であったが,本件交差点の手前から右折車線が設けられ,片側4車線になっており,前後の見とおしは良好であった。
国道43号線の北端には,
縁石及び防音壁が設けられていた。
午後4時33分ころ,本件ベンツは,本件道路の西側部分(対向車線)を進行してきて本件交差点を左折しようとし,対面信号機の赤色信号を無視して時速約40㎞な
いし45㎞で同交差点に進入したところ,折から青色信号に従って国道43号線を東進してきたA車両と衝突した。その衝撃により,A車両は,転覆して前方に滑走し,本件ベンツは,左前方に進行して国道43号線の縁石に衝突し,左側前輪付近が縁石に乗り上がった状態で数m進行し,縁石から降りた直後に再び滑走中のA車両と衝突したが,停止することなく,その場から逃走した。本件事故当時,被告人とDは,いずれもシートベルトを装着していなかった。


本件事故後の被告人らの行動等

本件ベンツは,本件事故現場から国道43号線を約278m東進したところで北側の路地(以下本件路地という。
)に左折し,しばらく北進してから停止した。そ
して,Dは,本件ベンツから降り,徒歩でその場を離れた。被告人は,同所から本件ベンツを運転し,神戸市q区r町s丁目t番の駐車場まで走行した。その間,Dは,被告人と連絡を取り,知人とともに同駐車場まで被告人を迎えに行った。Dらと合流した際,被告人は,Dが肩を貸さなければ歩けないような状態であった。その後,被告人らは,同駐車場に本件ベンツを放置したまま,被告人方に帰った。翌日,Dは,被告人を病院に連れていった。
本件事故の約3日後,Dは,被告人方にやってきた兄夫婦に連れられて被告人方を出た。その後,Dが被告人方に帰ってくることはなく,被告人からの電話やメールも無視していた。


本件事故後の本件ベンツの状態

本件事故後の本件ベンツは,左前輪のホイールが破損し,タイヤが脱落していた。前部バンパーは左右とも凹破損しており,左前部は車体に押し込まれるようにして変形し,一部バンパーが破損,脱落していた。左右フェンダーも凹破損し,特に左前部シャーシが押し込まれて左側フェンダーにゆがみが生じ,ボンネットが浮き上がっていた。さらに,左後部タイヤハウス付近が凹損し,右前照灯のライトガラス,ウイン
カーライトカバーが破損し,右後部リアシートの背もたれが外れていた。3
証拠により認められるその余の事実



本件事故の目撃者Hの供述

証人Hは,自動車を運転して国道43号線を東進していた際に本件事故を目撃した人物であるが,本件ベンツの逃走状況等について,公判廷で,概要,次のように供述している。
逃走する本件ベンツの後方を走行していたところ,本件ベンツが左のわき道に入ったので,減速しつつそのわき道の方を見ると,後ろ向きの本件ベンツが,若干前方を左に寄せ,右側ドアが半分開いた状態で停止していた。左側ドアの状態は記憶になく,車内に人が乗っていたかどうかは分からなかったし,周囲に人影は見えなかった。

H供述の信用性

Hは,自動車を運転しながら,幅員約3.9mの本件路地を左手に見ながら通過するという短時間に,約57.1m先の本件ベンツの状態を目撃したものである上,初めて警察官の事情聴取を受けたのは,本件事故から5か月以上経過した平成19年9月のことであって,これらの事情が,Hの観察・記憶の正確性に関して不利に働くものであることは否定できない。
しかし,Hは,晴天の午後4時33分過ぎころという明るい時間帯に,視界を妨げるものが特にない状況で,直線路に停止した本件ベンツの状態という誤認の生ずるおそれが比較的少ない事柄について目撃したものである。そもそも,Hは,本件事故と何ら利害関係を有しない中立的な立場の第三者であり,殊更記憶に反してうそを述べる理由は見当たらないところ,眼鏡を掛けなくても自動車の運転等に支障がない程度の視力を有しており,自動車を運転中に本件事故を目の当たりにし,事故を起こしたのに逃走する本件ベンツを許せないと思いながら,その後方を走行し,本件ベンツが本件路地に入ったと見るや,減速しつつ,意識的に本件ベンツの状況を確認している
のであって,主観的な観察条件も良好である。さらに,Hは,明瞭に記憶している事柄とそうでない事柄とを明確に区別して供述するなど,供述態度も真しなものと認められる上,供述内容にも不自然,不合理な点は存しない。
以上の諸事情を総合考慮すると,Hの供述は十分信用することができる。

H供述から認められる事実

そして,このように信用できるH供述によれば,本件ベンツは,本件路地に逃げ込むと,後部を国道43号線の方に向け,前部をやや左に寄せて停止し,助手席側ドアを開けていたことが認められる。
第3
1
本件事故の目撃者Iの供述について
Iの供述

証人Iは,勤務先会社の従業員送迎用大型バスの運転手であり,同バスを運転して帰社する途中,国道43号線の本件交差点手前の右折車線で信号待ちをするなどしていた際に本件事故を目撃した人物であるが,当時の状況について,公判廷で,概要,次のように供述している。
事故の瞬間は,軽自動車にぶつかった記憶のほうが強かったので,直接ベンツに乗っていた人の顔を見たという記憶はない。その後,ベンツが防音壁にぶつかったとき,ベンツの左側に乗っていた人の後ろ姿を見た。防音壁にぶつかった衝撃で,体が跳ね上がり,上下左右に大きく揺れ,背中の真ん中辺りが見えた。肩辺りまでの髪も両側に広がって,上下左右に動くような感じが見えた。小柄な感じで,女性だと思った。右側にどんな人が乗っていたか,右側を見た記憶はない。なお,関係証拠によれば,本件事故当時,被告人の髪型は,毛先が両肩にかかるくらいの長さのストレートヘアであり,Dは,スポーツ刈りのような短髪であったことが認められる。
2
検察官及び弁護人の主張

検察官は,Iの立場,供述内容の具体性・迫真性・一貫性,視認状況等に照らし,その供述の信用性は十分であり,本件事故時に本件ベンツ左側,すなわち運転席側に被告人が乗車していたと認められるから,被告人が本件事故時に本件ベンツを運転していたことは明らかである旨主張する。これに対し,弁護人は,Iの視認状況は劣悪であり,本件事故について事情聴取された時期も遅く,その供述内容には,不自然,不合理な点が多く見受けられる上,自己の視認状況が良好であることを強調する方向での重要な変遷も見られるから,I供述には全く信用性がないと反論する。3
I供述の信用性

確かに,検察官が主張するように,Iは,H同様,本件事故と何ら利害関係を有しない中立的な立場の第三者であり,
殊更記憶に反してうそを述べる理由は見当たらず,
その供述内容も,具体性,迫真性に富んでいる。しかし,目撃者の供述は,一般に,人の観察力,記憶力のぜい弱性,観察条件による影響,記憶の混同・変容等の問題点をはらんでいるといわれるから,
立場の中立性や供述内容の具体性・迫真性をもって,
直ちにその供述の信用性を肯定することは危険である。
そこで,Iの観察条件について見ると,Iは,裸眼で1.0と良好な視力を有し,自身のバスを停止させた状態で,地上約2mの高さから,晴天の午後4時33分ころという明るい時間帯に,見とおしの良い国道において,本件事故という非日常的で印象的な事柄を目撃したものであり,これらは,Iの観察の正確性を肯定させる方向の事情といえる。しかも,本件ベンツは,A車両との衝突により,左前方に進行して国道43号線の北端にある縁石に衝突し,左側前輪付近を縁石に乗り上げた状態で数m進行するという特徴的な動きをしていたのであるから,その際,Iが本件ベンツの左側に注目していたとしても不自然ではなく,この点もIの観察の正確性を支える有力な事情といえる。
しかし,
他方,
Iの観察の正確性を減殺させる方向の事情も少なくない。
すなわち,

平成19年9月19日午前9時27分ころから実施されたI立会いによる目撃状況の再現見分によれば,Iが本件ベンツ内の状況を目撃した時点の両者の距離は約36.7mであるところ,その再現状況を撮影した写真を見ても,本件ベンツの走行状況であればともかく,本件ベンツ内の人物の様子まで視認することは極めて困難である。もちろん,Iが本件事故を目撃した当時,本件ベンツは走行中だったわけであるし,当該実況見分においては,
本件ベンツが車両損傷によりレッカー移動されていたため,
縁石に衝突した状況を再現できなかったのであるから,本件事故当時と全く同一の目撃状況を再現しているとはいえないが,そのような制約を考慮しても,上記の距離的事情がIの観察の正確性を減殺させるものであることは否定し難い。のみならず,前記認定のとおり,本件ベンツのリアガラスには黒色スモークシールが貼付されていたことからすると,本件ベンツの後方からその内部の様子を視認することは,一層困難であったと推認される。また,本件ベンツが国道43号線の縁石に衝突し,左側前輪付近を縁石に乗り上げた状態で進行したのはわずか数mに過ぎず,Iが本件ベンツ内の様子を視認できたのもごく短時間であったはずであるし,当時は,A車両も転覆して本件ベンツのそばを滑走していたのであるから,そのような状況下で,Iがどれだけ本件ベンツ内の様子を注視できていたのかという疑問も生ずる。さらに,記憶の正確性という点についても,Iが初めて警察官の事情聴取を受けたのは,本件事故から約5か月が経過した平成19年9月のことであり,その間果たして当初の目撃状況を正確に保持し続けることができたのか疑問なしとしないし,その後も,Iは,何度か警察官の事情聴取を受けているから,その過程で,警察官から本件の争点等を聞かされるなどして,当初の記憶に混同・変容を来した可能性もある。加えて,Iの目撃供述には,車内の人物の様子を視認した時点における本件ベンツの位置関係という重要部分について,看過できない動揺が見られるし,弁護人からの上記再現見分に基づいた尋問に対し,自己の目撃状況が良好であったことを強調しようとする供述態度も見
受けられる。
以上のとおり,I供述の信用性については,一方でこれを肯定させる有力な事情が存するが,他方でこれを減殺する方向の事情も多々見いだせるから,その供述を言葉どおりに受け入れることはできないというべきである。
したがって,この点に関する検察官の主張は採用できない。
第4
1
被告人及びDの各供述について
はじめに

前記認定の前提事実のうち,本件事故当日,k区のペットショップからの帰り道,本件ベンツを運転していたのは被告人であったこと,その後,本件事故現場にほど近いF信用金庫G支店付近路上において,本件暴行事件を目撃したEが110番通報をするために自宅に向かったとき,
本件ベンツの運転席にいたのも被告人であったこと,
本件事故直後,本件路地に逃げ込んだ本件ベンツは,助手席ドアを開けた状態で停止していたこと,Dは,同所で本件ベンツから降りると,徒歩でその場を離れたこと,被告人は,同所から本件ベンツを運転し,最終的に本件ベンツを放置した駐車場までこれを走行させたこと,以上の事実は,いずれも,本件事故の際,本件ベンツを運転していたのが被告人であったことを疑わせる有力な間接事実といえる。しかし,本件事故前についていえば,Eが自宅に戻って110番通報してから,本件暴行事件の現場にパトカーが臨場し,本件ベンツがその場から急発進するまで,約12分あったのであるから,その間に,運転席にいた被告人と助手席にいたDとが入れ替わることは可能である。そして,本件事故後についても,前記のとおり,H証人が目撃した状況は,本件路地に逃げ込んだ本件ベンツが,後部を国道43号線の方に向け,前部をやや左に寄せて停止し,助手席側ドアを開けていたことに尽きるから,Hの目撃後,助手席にいた被告人が,開けていた助手席側ドアのところから降車した上,運転席に移動し,Dと入れ替わって本件ベンツを発進させた可能性も否定はできない。
したがって,上記間接事実を総合しても,それだけから,直ちに,本件事故の際,本件ベンツを運転していたのが被告人であったことを認定することはできない。結局,この点を認定できるか否かは,本件の直接証拠である被告人の自白とDの供述の信用性いかんにかかっているが,弁護人は,被告人の自白の任意性・信用性を争い,被告人を犯人に仕立て上げて責任を転嫁するおそれが大きいDの供述も全く信用できないと主張する。
そこで,以下,被告人及びDの各供述の信用性等について検討する。2
被告人の供述経過等

前掲関係証拠に加え,証人Jの当公判廷における供述,被告人の検察官調書写し及び警察官調書写し,取調べ状況報告書抄本の写しによれば,本件事故に関する被告人の供述経過等は,以下のとおりである。


平成19年6月26日の供述(否認)

被告人は,平成19年6月28日,覚せい剤取締法違反の罪で逮捕されたが,その身柄拘束前である同月26日,本件暴行事件に関する事情聴取を受けた後,本件事故に関する最初の警察官の取調べを受け,本件事故の際,本件ベンツを運転していたのはDであり,自分は助手席に同乗していた旨供述し,そのとおりの供述調書が作成された。


翌27日の供述(自白)

被告人は,翌27日も,本件暴行事件に関する警察官の事情聴取を受けた後,本件事故に関する警察官の取調べを受けたが,当初は,前日と同様の供述をしていたものの,その後,本件事故の際,本件ベンツを運転していたのは自分であり,Dは助手席に同乗していた旨供述を変更した。その内容を録取した自白調書(以下本件自白調書という。)は,次のようなものである。
事故のあった日は,Dと二人でベンツに乗り,私が運転して外出し,昼過ぎにk区へ行き,ガソリンスタンドで給油や洗車をした後,二宮の方へ食事に行った。食事した店までは覚えていないが,大抵,お好み焼きや串カツなどが多く,食事の際には二人ともお酒が好きなので,お酒が飲めるような店で飲みながら食事をしている。事故の日も,二人でお酒を飲みながら食事をし,いつものように,生ビール中ジョッキ2杯を飲んだと思う。その後,再びk区に戻り,ペットショップに立ち寄り,買物をした後,寄り道をしながら午後4時過ぎころ事故現場近くまで帰ってきた。事故の前,現場近くの道路の車の中でDと口論となった。口論の原因は別れ話で,(Dは,)私が世話になった友人の弟分ということで義理もあり同居させていたのだが,私との関係が進むうちに,金銭面でも頼りっきりになり,生活面でも私には小学校5年生の娘がいるのに,時間にかかわらず友人を呼んで騒いだり,私に食事の用意等の接待をさせたりするなど態度が図々しくなり,そのせいで私の娘が精神的にまいってしまったり,私も一緒にいることが嫌になってきて,事故の少し前に,私の家から出て行ってくれるように頼んだ。その時は,次の住むところが決まるまで待ってくれと言われて待っていたのだが,いっこうに話が進まないので,私もお酒を飲んだ後で少し酔った勢いもあり,『出て行かないのなら,警察に電話する。』と言って電話をかけるふりをしたところ,Dは逆上して私を殴ってきた。その時,運転席には私が,助手席にはDが座っていた。Dは,時には車外に出て車の外から殴るなど繰り返し暴力をふるってきた。そして,車内で私を殴っている時に,Dが『ポリや,逃げろ。』と言ってきた。私は,この時警察官が近くにいると知り,私が殴られているのを誰かが110番して警察官が来たと直感し,このまま警察官に話を聞かれたら,Dは捕まるだろうが,そんなことになればヤクザだし,後の仕返しが怖い,Dは,私が世話になっている友人の弟分であり,友人にも迷惑をかけてしまう,当時私も飲酒運転しており,そのことがバレてしまう等いろいろなことが頭をよぎり,咄嗟に,警察から逃げなければと思って,車を発進させた。私は,この時警察官の姿を確認したわけではないが,Dが殴っている時に,警察官が来たと嘘を言うわけはないし,私もこのままではまずいと思い,逃げようとした。私は,u交差点の一つ東側の路地を北に入った南北道路に北向きに車を止めていて,ここから発進して突き当たりの交差点を左折し東西道路を西進した。この路地で車を何かに少しこすったような感じがしたと思うが,大きな衝撃はなくそのまま走行出来た。そして,次の信号のない交差点を左折し,片側1車線ずつの南北道路を南進して,u交差点に向かっていた時,交差点の南北信号は赤色で,信号待ちの車が2∼3台止まっていたので,私はDの『ポリや,逃げろ。』と言う言葉が慌てながら脅した感じの言い方だったことから,警察官はパトカーに乗った警察官と判断して,このままでは追いつかれてしまうと必死になり,このまま止まらずに逃げてしまおうとして,対向車線にはみ出して南進し,赤信号であるのに交差点に進入した。この時の私の運転していた車の速度は,アクセルをベタ踏み状態で走っていたが,交差点に入る手前で減速し,交差点に入る際は時速約40∼50㎞であったのではないかと思う。私は,交差点に入る前,この交差点を赤信号で左折して,その先の路地に入ってしまえば,ほかの車が邪魔になりパトカーをまけるだろうと思い,赤信号で交差点を左折しようとしたところ,交差点に入った直後に相手の軽四輪車くらいの小さな車を見た。私は,危ない,当たると思ったが,ブレーキをかけたり,相手の車を避けたりする余裕はなく,交差点の東端付近で私の車の右前付近が相手の車の左後付近に衝突した。私は衝突後,道路の北側の縁石に車の左側を乗り上げて走行し,縁石から降りた直後に,車の上下が逆さまになった相手の車の前部と私の車の右前付近が再度衝突した。私は事故の直後,相手の車は上下が逆さまになっているのだから,乗っている人は間違いなく怪我をしているだろうと感じた。私は,当時お酒を飲んだ後3∼4時間くらいで,しかも警察官から逃げるのに赤信号を無視して事故を起こしたことに怖くなり,車を止めることなくそのまま国道43号線を東に向かって走行し,国道43号線のv交差点手前の路地に逃げ込んだ。この路地は踏切で車が通ることの出来ない行き止まりのところで,この時Dが,助手席から降り,『俺は歩いて逃げるから,おまえは車に乗って逃げろ。』と言って,逃げてしまった。私はこの後一人で逃げていたが,自宅近くまで逃げてきた時に警察官の姿を見て,いつもこの車は私の自宅近くに駐車違反して止まっているので,目立つ車だし,近くの交番から見に来たのかと思い,更に車を運転して逃げ回り,最後にv中学校西側の東西の路地を西に入った駐車場の通路に事故を起こした車を乗り捨てた後,暫くしてDから電話があり,Dが後輩と一緒に迎えに来てくれたので駐車場から逃げた。そして,被告人は,このように自白に転じた理由について,
今までDが運転していたと嘘をついていたのは,Dに殴られたり,生活をむちゃくちゃにされたこと,最終的にはDと別れたかったことなどから,Dが憎くて嘘をついていたもので,今日正直に話したのは,私がDに殴られている時運転席にいたことを見ている人がいたこと等,今までのことを聞き,これ以上嘘をつくことは出来ないと思ったからである。旨供述した。


身柄拘束後の捜査段階における供述(否認)

被告人は,本件自白調書が作成された後の翌28日,覚せい剤取締法違反の罪で逮捕され,同年7月6日,同罪で起訴されたが,この間,本件事故に関する取調べはなされず,その取調べが再開されたのは同年8月に入ってからであった(なお,同月23日には,被告人の身上関係についての警察官調書が作成されているが,それ以外に同月中の本件事故に関する被告人の供述調書はない。。そして,被告人は,同年9)
月2日,
本件危険運転致傷,
道路交通法違反の嫌疑で再逮捕されたが,
本件事故の際,
本件ベンツを運転していたのはDであり,自分は助手席に同乗していた旨供述して犯行を否認し,以後,同月19日の起訴に至るまで否認供述を貫いた。

公判廷における供述(否認)
被告人は,公判廷においても,概要,次のように供述して犯行を否認している。本件事故当日,Dから,k区で用事があるから,ついてこいと言われ,Dが本件ベンツを運転して出掛けた。DがKという子に会った後,ガソリンスタンドとペットショップに行ったが,ペットショップでDの提案により要らないものを買う羽目になり,いらいらしていた。当初,警察では,ペットショップからもDが本件ベンツを運転していたと言っていたが,ペットショップを出てからは,私が本件ベンツを運転した。ここから私が運転することになった理由は覚えていないが,Dに頼まれたからだと思う。Lというお好み焼き屋に寄ってビールを飲んだことはない。43号線に入ってから,私はいらいらしており,何日か前に覚せい剤を使用していたので,警察に自首するふりをして,携帯電話を手にした。そのようなふりをすれば,Dが自分の気持ちを優しく聞き出してくれるかなと思ったのだが,Dは切れて怒り出した。その際,Dに暴言を吐いたことはないし,本件ベンツの部品を壊したこともない。『シャブいきたい。』ということを言った覚えもない。運転しながらDに暴行を加えられ,よく覚えていないが,Dに止めろと言われたから,F信用金庫先の路地のところで本件ベンツを止めた。F信用金庫の角で止めた記憶はなく,そこから北側に移動したことも覚えていない。本件ベンツを止めた場所で,Dから,先後ははっきりしないが,本件ベンツの右側の車外で暴行されたことと,運転席側か助手席側か覚えていないが車内で馬乗りになって暴行されたことを覚えている。車外に出たときの状況について,運転席側と助手席側のどちらから引きずり出されたというのは覚えていないが,恐らく助手席側から引きずり出されたと思う。気付いたら,助手席側の外に引きずり出されていたという記憶である。車外で暴行された後,Dに助手席に押し込まれたが,そのときの状況は記憶にあまりない。Dは,多分,本件ベンツの前方を回って運転席に乗り込んだと思う。そして,私が助手席,Dが運転席の状態で,左足を押さえ付けられるようにして右のげんこつで二,三発殴られた。そのときにズボンがびりびりに破れて,パンツが丸見えになった。私は,暴行を受けて脳しんとう気味で,ぼうっとして,ふらふらになっていた。暴行が終わった後,Dが本件ベンツを発進させた。このとき,警察が来ていたことには気付かなかった。Dは,発進するときは一言も発しなかったが,その後,『おまえ,山連れていったるわ。』と言っていた。車内では,ぐったりして,うつむいていたので,43号線に出たことは大体の感覚で分かったが,Dがどのような経路で本件交差点に入ったのか,全く分からなかった。本件ベンツが被害車両にぶつかったことにも気付かなかった。何かにぶつかったという感覚はあったが,曲がりきれずに中央分離帯にぶつかったものだと思っていた。その後,Dは少し先の路地に入って本件ベンツを止めた。本件ベンツが止まり,Dが出て行ったのが分かり,初めて顔を上げた。Dは,本件ベンツを降りて,しばらくして,『おまえは車で逃げろ。』と言った。私は,車内で,助手席側から運転席側に移動したと思うが,どういうふうに移り替わったのか覚えていない。意味が分からなかったし,ぼうっとしていたのもあって,Dが本件ベンツを降りてから,5分くらいして本件ベンツを発進させた。そのとき,パンクしていることに気付き,すごく大きな事故を起こしたんだなと思った。その後,43号線に出て,自宅付近の駐車場まで行った。その際,警察官が来たために逃げた。もし尋問されたらDのことを言わないといけないと思ったからである。それからまた逃げて,別の駐車場のところに車を止めた。自分では歩けると思っていたのだが,左足が全く言うことを聞かず,倒れていたところ,通行人に助けてもらって,休んでいた。その後,Dが友人と一緒に迎えに来た。Dから,人身事故を起こした,1回ぶつけて車が1回転して,またそれをもう1回ぶつけてしまった,被害者の人と目と目が合ったということを聞き,相手が死んでるんじゃないかなと思うぐらい,大きな事故を起こしたんだと思った。帰宅後は,そのまま寝込んでしまった。本件自白調書は,本件暴行事件に関する事情聴取等が終わったので帰宅しようと思ったところ,M警察官から,いきなり『あほかおまえ,帰れると思っとんか。『目』撃者がおるんや。』などと言われ,子供が待っているので帰りたいと訴えても取り合ってもらえず,腹が立ち,投げやりになって,M警察官に誘導されるままに作成されたもので,真実ではない。3
Dの供述

他方,Dは,本件事故当日の状況について,公判廷で,概要,次のように供述している。
その日は,被告人が本件ベンツを運転してk区へ出掛けた。昼御飯は,Lというお好み焼き屋で食べ,ビールを2本ぐらい持ち込んで,2人で飲んだ。お好み焼き屋を出た後も,被告人が本件ベンツを運転し,被告人方に向かっていたが,途中,被告人と口論になった。車内で,被告人が警察に電話しようとしたことはなかったと思う。被告人が『シャブいきたい。』と言い出したので,わき道に停車させた。被告人は,手足をばたつかせたり,『おまえなんか怖ないんじゃ,かかってこい,へたれ。』などと言ってきた。被告人が車内でばたついたために本件ベンツの部品が折れてしまい,このままでは車内がぐじゃぐじゃになってしまうと思ったので,助手席から降りて,運転席のほうに回り,ドアを開け,被告人をつかんで,車外に出した。そして,運転席側ドアを開けた状態で,崩れたような体勢の被告人を足でけったりした。その後,被告人を運転席に乗せ,私も助手席に乗り,被告人に指示して本件ベンツを10mほど前に移動させた。その後も,車内で,助手席から左側に体を向けた状態で運転席の被告人に暴行を加えたが,被告人は,なおも言葉で言い返していた。その際,後ろから,パトカーが到着し,警察官が出てきて,走ってくるのが肉眼で見えたので,被告人に『ポリや,行け。』などと言ったところ,被告人は,すぐに本件ベンツを発進させた。その後の走行中は,パトカーが気になって,後ろをずっと見ていた。路地の電柱に車体がぶつかったのは分からなかった。被告人に行き先などを指示したことはない。本件事故の瞬間は,本件交差点で,体が右側にずれ,それと同時に前を向いたら,白い車が飛び込んでくるような形で見えた。そして,すぐに視界がなくなり,また視界が現れたら国道43号線でもう一度現れて,そこから直進していった。事故の瞬間,体が前に行ったような覚えがないので,そこまでの衝撃はなかったと思う。事故を起こす直前の本件ベンツの速度や被告人がブレーキを掛けたのかどうかは分からない。直進した後,左の路地に入って停車させ,私は,助手席側のドアを開けて降車し,北側に歩きながら,被告人に『車を置いて一緒に逃げるぞ。と言ったが,被告人は『車』で逃げる。と言っていた。そのとき,被告人も運転席の横側に降車していた。結局,』私は,被告人を残して1人で逃げ,友人に迎えに来てもらい,その後,被告人と連絡を取り,駐車場まで被告人を迎えに行き,本件ベンツを放置したまま,足を引きずった状態の被告人を連れて被告人宅まで帰った。4
被告人の自白の任意性について

弁護人は,本件自白調書について,被告人は,M警察官によって,犯人であると決め打ちされて横柄かつ執ように取り調べられ,また,不意打ちに取調べが開始し,早く取調べが終了して欲しいとの思いから,投げやりな気持ちのまま,同警察官の誤導により自白したのであるから,その自白に任意性はない旨主張し,被告人も,前記のとおり,公判廷で,これに沿う供述をしている。
そこで検討すると,平成19年6月26日及び翌27日の被告人の取調べを担当したM警察官の証言等関係証拠によれば,Mら捜査機関側は,本件自白調書が作成された時点において,本件事故態様のほか,本件事故の加害車両が本件ベンツであり,乗車していたのが男女のアベックであること,本件事故に先立つ本件暴行事件の際,本件ベンツの右側に座った男性が左側に座った女性を殴打していたこと,本件事故後,本件ベンツを運転して逃走したのが被告人であったこと,男女のアベックは被告人とDである可能性が高いことなどの事情を把握しており,Mは,被告人に対し,これらの事情と矛盾する供述についてはその旨指摘し,真偽を問いただすなどしながら取調べを進めていったものと認められる。
また,
被告人が自白に転じた際の状況について,
被告人が,うつむき加減になり,しばらく沈黙した後,ぶっきらぼうな感じで

私がひき逃げ事件を起こしたということでええやん。

などと供述していたことは,Mも証言するところである。
ところで,6月27日の被告人の取調べは,身柄不拘束の状況下で行われた任意取調べであるが,本件事故に関する被告人の取調べは,前日の26日が最初であって,その緒に就いたばかりであった上,取調べ時間も,26日は,30分程度に過ぎず,27日は,供述調書の作成まで含めても,2時間半程度にとどまっている。そして,Mが事前に把握していた本件事故を巡る上記諸事情は,前記第4の1のとおり,それだけから,直ちに,本件事故の際,本件ベンツを運転していたのが被告人であったことを認定し得るものではなく,
Mもそのことを理解していたと認められる。
そもそも,
捜査機関側は,当時,Dの所在をつかめておらず,Dが本件事故についていかなる供述をするかは未知なところであって,このような捜査の進ちょく状況に照らしても,Mが,当初から被告人を本件の犯人と決めつけ,強引に自白を迫ったという事態は考え難い。現に,Mは,前日の26日には,被告人が供述するとおりの否認調書を作成しているのである。加えて,本件自白調書には,被告人とDの関係,本件ベンツの使用状況,被告人らの口論の原因,本件暴行事件の現場から本件ベンツを発進させた際の被告人の心境等の事項が詳細に記載されているが,これらがMの誤導や創作によるものであるとは,到底考えられない。
こうした事情に照らすと,自白の経緯に関する被告人の前記供述は信用できず,他に被告人の自白の任意性を疑わせるに足りる証跡はない。
したがって,被告人の自白の任意性に疑問の余地はないというべきである。5
被告人の自白及びDの供述の信用性について



前記のとおり,被告人の自白は,身柄不拘束の状況下でされたもので,任意性にも疑問の余地はなく,このこと自体から高い信用性がうかがわれるところ,その内容も,本件事故直前,Dから激しい暴行を加えられていたにもかかわらず,なぜ警察官が臨場した際に本件ベンツを発進させて逃走したのかという理由も含め,本件の経緯等を無理なく説明しており,不自然,不合理な点も特段見当たらない。しかも,被告人の自白は,前提となる事実関係とよく符合している。その中には,A車両と衝突した後,国道43号線北側の縁石に本件ベンツの左側を乗り上げて走行したという点や,国道43号線のv交差点手前の路地に逃げ込んだという点など,その後の捜査の結果,本件事故の目撃者であるHやIの供述等によって真実であることが確認された事項も含まれており,供述の自発性を高度に裏付けている(なお,上記のv交差点手前の路地というのが,本件路地ではなく,その一つ東隣の路地を指している可能性はあるが,それでも,国道43号線から左側の路地に左折したという限りでの裏付けはなされているといえる。。

さらに,前日の否認供述から自白に転じた理由について述べるところも,被告人自身が,公判廷で,

警察に本件暴行事件の被害を申告することにしたのは,Dにバイクや車を盗まれたり,家の中をぐちゃぐちゃにされ,彼氏からも助言されたからである。

旨供述していることや,前記認定のようなMの取調べ状況に照らすと,説得的なものといえる。


他方,Dの供述も,前提となる事実関係と齟齬する点はなく,とりわけ,本件
暴行事件の状況や,本件事故直後に逃げ込んだ本件路地において,本件ベンツの助手席側ドアを開けたという部分については,信用性の高いEの供述やHの証言によって確実に裏付けられている。
また,Dの供述は,具体的かつ迫真的な内容を有しており,本件事故の瞬間に関する供述部分などは,実際に体験した者でなければ述べられないほどの臨場感にあふれている。
加えて,Dは,明瞭に記憶している事柄とそうでない事柄とを区別し,弁護人の反対尋問に対しても揺らぐことなく,一貫した供述をしている。


そして,被告人の自白とDの供述は,本件事故の際,本件ベンツを運転してい
たのが被告人であったという核心部分はもとより,その日は,終始,被告人の運転で行動していたこと,二人で飲酒しながら昼食をとったこと,本件ベンツ内で口論となり,本件暴行事件に発展したこと,その後,警察が来たから逃げろという趣旨のDの発言を受けて,被告人が本件暴行事件の現場から本件ベンツを発進させたこと,本件事故直後に逃げ込んだ本件路地において,Dが助手席から降りて一人で逃げたこと,その後,Dが友人とともに逃走中の被告人を迎えに行ったことなどの重要な部分において,相互に合致し,その信用性を補強し合っている。
なお,
双方の供述を対比すると,
本件暴行事件のきっかけとなった被告人の言動や,
本件事故直後,Dが本件ベンツから離れる際に被告人に対してかけた言葉について,食い違いが見られる。両者の供述は,いずれも,それ自体あり得ない話ではないが,それぞれの供述がなされた時期を見ると,被告人にあっては,本件暴行事件について被害申告をするなど,自分たちの生活を荒らしたDに対して悪感情を抱いていたことがうかがえるし,Dについては,被告人に対する傷害事件等により公判審理を受けている最中だったもので,そうした事情が上記各供述にも少なからず影響を及ぼしている可能性がある。結局のところ,これらの点についての真偽は判然としないが,Dが被告人に対して一方的に暴行を加えていたことや,本件事故直後に逃げ込んだ本件路地から,Dは徒歩で,被告人は本件ベンツを運転して逃走したことは動かし難い事実なのであるから,上記の食い違いが双方の供述の信用性判断に与える影響は大きくないというべきである。


以上のような諸事情に照らすと,被告人の自白及びDの供述は,いずれも信用
性を肯認できる。


弁護人は,被告人の自白には,客観的事実に反し,その他の証拠と齟齬する事
実が含まれているから信用できないとして,①

Dが供述するように,被告人らが本

件事故当日お好み焼き屋に立ち寄っていたとしても,同店には,生ビールなど置かれていないこと,②

自白するに至った理由について,Dは,本件事故から3日ほどし

て被告人宅を離れ,
被告人とは一切の連絡を絶っていたのであり,
被告人は,
既にD
と別れた状態にあったのであるから,今更Dと別れたかったためにうそをつく理由など全くないことを指摘する。また,Dの供述についても,③
本件暴行事件の

現場において,助手席に座って左を向いた場合,後ろから近付いてくる警察官に気付くはずはないし,この点に関し,捜査段階ではミラーでパトカーの姿を確認したと供述していたのに,公判廷では肉眼で見たと供述を不合理に変遷させている,④
本件

暴行現場から逃走する際,見えないパトカーの存在のみを気にして,全く行き先に関心を示さず,後ろだけをずっと見ていたというのは,経験則上不自然というほかないなどと主張して,その信用性を論難する。
しかし,①について見ると,被告人は,
Dと食事をするときは,大抵,お好み焼きや串カツなどが多く,食事の際には二人ともお酒が好きなので,お酒が飲めるような店で飲みながら食事をしている。事故の日も,二人でお酒を飲みながら食事をし,いつものように,生ビール中ジョッキ2杯を飲んだと思う。と供述しているに過ぎず,お好み焼き屋で生ビールを飲んだと断定しているわけではない。②の点も,被告人は,当時,Dから明確な別れ話をされたわけではないし,Dの所在も把握していなかったのであるから,Dが再び自分たちの目の前に現れる可能性があると考えていたとしても不思議ではない。③については,助手席から運転席の被告人の方に身を乗り出して暴行を加え,その状態から左側に体を向ければ,リアガラス越しに後方から近付いてくる警察官を視認することは十分可能であったと解される。また,Dは,捜査段階においても,ミラーにパトカーが映っていたので,後ろを振り返って確認したところ,本件ベンツに近付いてくる警察官の姿が見えたと供述しているのであるから,肉眼で警察官を見たという点については,捜査・公判を通じて一貫しているし,ミラーの点は,事柄の性質上,時間の経過に起因する記憶の減退に伴うものとして了解することが可能である。④についても,本件暴行現場から本件事故現場まではそれほど距離があるわけではなく,当時の緊迫した状況からすると,Dが,パトカーの追跡を気にして,専ら後方を見ていたとしても,不自然とはいえない。
なお,弁護人は,⑤

Dが被告人宅から転居し,被告人との連絡を絶ったのは,警

察からの追っ手を恐れて,何かあれば被告人に罪をかぶせようとする意図があったからである,⑥

被告人が自ら警察に電話したり出頭していることなどからすると,到
底被告人が犯人であると考えることはできないなどとも主張するが,⑤の点は,執行猶予中のDが,本件暴行事件に加え,本件事故についても,運転者である被告人に逃走を指示したことで何らかの罪責を問われるおそれがあると考え,被告人との接触を絶つことにより,捜査の網の目をくぐろうとしたと解する余地があるし,⑥の点も,被告人は,警察で本件事故の事情聴取を受ける際には,所在不明のDを犯人に仕立て上げて責任を転嫁すればよいと考え,上記のような行動をとったものと理解することが可能である。
その他,弁護人が縷々主張する点を子細に検討しても,被告人の自白及びDの供述の信用性は揺るがない。
6
被告人の否認供述の信用性について

これに対し,被告人の否認供述は,被告人が,ペットショップからの帰途,本件ベンツを運転することになった経緯,本件暴行事件の際,助手席側の車外に引きずり出されてDから暴行を受け,その後,助手席に押し込まれた状況,本件事故直後,Dが本件ベンツから降りて逃げた際,助手席から運転席に乗り移った状況等,その根幹部分がいずれも極めてあいまいな内容となっている。また,本件事故態様や本件事故後の本件ベンツの状態等に照らすと,本件事故の際,本件ベンツ内には相応の衝撃があったと認められるところ,被告人が,ぐったりして,ずっと助手席でうつむいていたので,本件事故には全く気付かなかった旨供述するところは,本件暴行事件の影響を考慮しても,余りに不自然,不合理というほかない。さらに,被告人の否認供述を前提にすると,本件事故直後に進入し,停車した本件路地において,本件ベンツの助手席側ドアが開いた場面は一度もなかったことになるが,これは信用性の高いH証言と明らかに矛盾する。
こうした事情に照らすと,被告人の否認供述は,前記自白に対比して,到底信用できない。
第5

結論

以上のとおり,前記認定の前提事実に加え,信用できる被告人の自白及びDの供述を総合すれば,本件事故の際,被告人が本件ベンツを運転していたことは優に認定することができ,これに合理的な疑いを入れる余地はなく,本件危険運転致傷の犯行態様も,判示のとおり認定される。
したがって,弁護人の無罪主張は採用できない。
(量刑の理由)
本件は,被告人が,普通乗用自動車(ベンツ)を運転し,信号機により交通整理の行われている交差点を左折進行するに当たり,停止線の手前約43mないし約32mの地点で対面信号機が赤色を表示しているのを認めたにもかかわらず,これを殊更に無視し,時速約40㎞ないし45㎞で交差点に進入したことにより,右方道路から進行してきた被害者運転の被害自動車(軽四輪)に自車を衝突させ,その衝撃により,被害車両を転覆させて前方に滑走させた上,滑走中の同車に再び自車を衝突させ,同人及び被害車両に同乗していた別の被害者2名にそれぞれ傷害を負わせたが(判示第1)
,救護・報告義務を果たすことなくその場から逃走した(判示第2)という危険運転致傷,道路交通法違反と覚せい剤の自己使用(判示第3)の事案である。危険運転致傷,道路交通法違反の犯行概要は,前記補足説明中で認定したとおりであり,確かに,事の発端は,警察官の臨場に気付いた同乗者が被告人に対して逃走を命じた点にあったけれども,被告人は,本件交差点の停止線手前約43mないし約32mの地点で対面信号機が赤色を表示しているのを認めながら,自らの飲酒運転等の発覚を免れるために,赤信号を殊更に無視して交差点を左折進行しようとし,赤信号に従い停止している車両数台を避け,対向車線を進行した上,時速約40㎞ないし45㎞の高速度で交差点内に進入して被害車両に衝突したもので,交通法規を無視し,他人に及ぼす危険を全く顧みないその自己中心的な運転態度は,誠に厳しい非難に値する。被告人の無謀極まりない運転により,被害車両は転覆・滑走し,乗車していた被害者3名はそれぞれ加療約10日間から14日間を要する傷害を負わされており,結果は重大であるが,被告人が犯行を否認していることもあって,被害者らに対する慰藉及び賠償の措置は何ら講じられていない。しかも,上記のような重大な交通事故を惹起したのに,被告人は,被害者らの救護や最寄りの警察署の警察官に対する事故の報告等をせずに,その場から直ちに逃走しており,この点でも犯情は悪質である。
覚せい剤の使用も,それ自体強い社会的非難に値するもので,動機・経緯に何ら酌むべき点はない。被告人は,その自認するところによっても,26歳ころから覚せい剤を使用するようになり,以後,断続的にこれを繰り返す中で,本件を犯しているのであって,覚せい剤に対する親和性・依存性には根深いものがある。加えて,被告人には,平成19年3月窃盗,建造物侵入罪により3年間執行猶予付き懲役刑に処せられた前科があり,現に執行猶予中で特に慎重な行動が期待されたのに,本件各犯行に及んでおり,規範意識の鈍磨のほどは著しい。
このような事情に照らすと,被告人の刑責は重い。
他方,被告人が,覚せい剤の自己使用については素直に認め,反省文をしたためるなどして反省の態度を示していること,被告人の社会復帰を待つ小学生の娘がいること,父親が今後の監督を誓約する旨の上申書を提出していることなど,被告人にとって酌むべき事情もある。
そこで,これら諸般の情状を総合考慮し,被告人に対しては主文程度の刑をもって臨むのが相当と判断した。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑

懲役4年)

平成20年7月11日
神戸地方裁判所第1刑事部

裁判官

辛島靖崇
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