判例検索β > 平成20年(わ)第276号
殺人未遂
事件番号平成20(わ)276
事件名殺人未遂
裁判年月日平成21年1月16日
法廷名松山地方裁判所
裁判日:西暦2009-01-16
情報公開日2017-10-13 01:36:58
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主文
被告人を懲役3年に処する
未決勾留日数中100日をその刑に算入する。
この裁判が確定した日から5年間その刑の執行を猶予する。
松山地方検察庁で保管中の和包丁1本並びに文化包丁の刃体部1
個及び柄部1個を没収する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,生きていてもつまらないと考え,自殺をするに当たって,同居していた両親を道連れにしようと決意し,
第1

平成20年7月30日午後10時50分ころ,松山市内の被告人の父A方及びその西側路上において,同人(当時68歳)に対し,同人方台所に置かれていた和包丁(刃体の長さ約16.6センチメートル)及び文化包丁(刃体の長さ約16.7センチメートル)で,同人の背部,胸部等を多数回突き刺すなどしたが,上記両包丁の刃体が折れ曲がるなどしたため,同人に全治約3か月間を要する背部刺創,胸部刺創及び血気胸等の傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかった

第2

前記日時ころ,前記A方西側路上において,被告人の母B(当時62歳)に対し,前記和包丁で同人の右胸部等を多数回突き刺すなどしたが,同包丁の刃体が折れ曲がったため,同人に加療約2か月間を要する胸部刺創等の傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかった

ものであるが,被告人は,本件各犯行当時統合失調症のため心神耗弱の状態にあったものである。
(証拠の標目)
省略
(法令の適用)
【判示行為】
判示第1及び第2の各行為について
いずれも刑法203条,199条
【刑種の選択】
判示第1及び第2の各罪について
いずれも有期懲役刑を選択
【法律上の減軽】
判示第1及び第2の各罪について
いずれも刑法39条2項(心神耗弱者),68条3号
【併合罪加重】
刑法45条前段,47条本文,10条
(犯情の重い判示第1の罪の刑に法定の加重)
【未決勾留日数の算入】
刑法21条
【刑の執行猶予】
刑法25条1項
【没収】
刑法19条1項2号,2項本文
【訴訟費用の不負担】
刑事訴訟法181条1項ただし書
(争点に対する判断)
1
本件では,被告人の犯行当時における責任能力が問題となっており,検察官は,被告人が,当時,心神耗弱状態にあったと主張し,弁護人は,心神喪失状態であったと主張する。

2
関係各証拠によれば,以下のような事実の経過が認められる。
被告人は,平成14年ころに,C医院で統合失調症(当時は精神分裂病)との診断を受け,以後同医院に定期的に通院して投薬治療を受けていた。被告人は,本件の1週間前くらいから何となくいらいらして,

生きとってもつまらんから死のうかな。

と漠然と思うようになり,本件当日,自殺を決意した。
そして,自殺するに当たっては,一人で死ぬのは嫌なので,両親に一緒に死んでもらおうと考え,両親を包丁で刺し殺すことに決めた。
被告人は,自殺をする準備として,自宅2階の自室の棚の取っ手にひもをかけ,首を通す輪を作った後,両親を殺害するため1階に下りた。
被告人は,居間でテレビを見ていた父親の隣に座り,テレビを見て会話をした後,台所へ行き,和包丁を手に取って居間に戻り,座ってテレビを見ていた父親の背中を刺した。
被告人と父親がもみ合いをしていると,母親が目を覚まし,被告人と父親の様子を見て,最初は,被告人を父親から引き離そうとしたができず,次に助けを求めるために屋外に出た。
被告人は,母親を追い掛け,自宅の西側路上で追い付き,倒れた状態の母親の胸部等を何度も刺した。
母親を刺している途中で包丁の刃が折れ曲がったので,被告人は自宅に戻って文化包丁を持ち出し,119番通報していた父親の腹部を刺し,さらに逃げようとした父親を追い掛け自宅の西側路上で頭部等を刺した。
その後,被告人は,通報により駆けつけた警察官に逮捕された。
なお,被告人は,最初に父親を刺してから逮捕されるまでの間にいったん自室に戻り,首を吊って自殺しようとしたが,果たせなかった。
3
本件では,捜査段階において,D医師による鑑定(いわゆる簡易鑑定)が行われているところ,同医師は,被告人は,犯行の1週間前くらいから妄想気分と呼ばれる状態にあり,次第に症状が増悪していき,感情鈍麻や意欲減退のため生きていてもつまらないと感じて,自殺を図ろうと考え,両親と一緒に死のうとして本件各犯行に及んだのであり,被告人は,是非善悪の弁別能力やこれに従って行動する能力が著しく減退していたと判断されるとし,公判廷でも証人としてこれに沿う供述をしている。
被告人が両親の殺害を決意した動機は,一般人からみるとにわかに理解し難く,統合失調症の影響を多分に受けており,被告人に完全な責任能力があるといえないことは明らかである。もっとも,本件各犯行当時,被告人は,幻覚,幻聴の影響を受けるなどして妄想に支配されて本件各犯行を行ったわけではない。この点,被告人は,公判廷で殺せとの幻聴が聞こえたと供述しているが,捜査官に対してそのような事実を訴えていた形跡はないし,D医師の問診においては明確に幻聴の存在を否定していることからすると,少なくとも明確な形での幻聴を体験したとは認め難い。仮に,被告人が供述するような幻聴体験があったとしても,その述べる時期は,被告人が両親に対する攻撃を開始した後のことであって,それ以前に既に両親の殺害を決意していたのであり,その幻聴に支配されて行為に及んだのではない。そして,上記認定事実のように,両親を殺害すると決断した後は,一応合目的的な行動をとっている。
4
以上からすれば,被告人は,本件各犯行当時,是非善悪を弁別する能力及びそれに従って行動する能力が著しく減退した心神耗弱の状態にあったが,いまだこれらの能力を喪失するには至っていないと認められ,被告人が本件各犯行当時,心神喪失の状態にあったとする弁護人の主張は採用できない。

(量刑の理由)
本件は,被告人が自殺する際,両親を道連れにしようと考えて,両名を包丁で刺したが,殺害するに至らなかったという殺人未遂の事案である。
その犯行態様は,まず台所から和包丁を持ち出して居間にいる父親の背中をいきなり刺し,被告人と父親がもみ合うのを見て屋外に逃れた母親を追い掛けてその胸部等を多数回刺し,和包丁が折れ曲がると,文化包丁を持ち出して自宅にいた父親の腹部等を刺し,逃げようとする父親を屋外まで追い掛け頭部を切りつけるというものであり,生命に対する危険性が極めて高い上,何としても目的を遂げようとする執ようなものである。父親は救急搬送され,緊急手術を受けるなどして一命をとりとめたものの,全治約3か月間の背部刺創,胸部刺創及び血気胸等の傷害を,母親は加療約2か月間を要する胸部刺創等の傷害を負い,入院生活を余儀なくされるなど,重大な結果が生じている。
以上のような行為の客観的事情を評価すると,被告人の刑事責任は重い。しかしながら,被告人が自殺しようと決意し,比較的関係が良好であった両親を自殺の道連れにしようと思い立ったという経過もさることながら,日ごろ粗暴な傾向も見られなかった被告人が,これほどまでに執ようで容しゃのない凶行に及んだことは,統合失調症が大きく影響していたと考えるのが自然であって,行為に対する非難をそのまま被告人に向けるのは相当ではない。幸いにして,被害者両名は順調に回復しており,公判廷に出廷した上,被告人の処罰を望んではおらず,被告人の病状が改善したら,家庭で一緒に暮らすことを望んでいる旨述べている。被告人自身も,病気の影響で十分に反省の態度を示すことはできないものの,両親に対して申し訳ないことをしたという気持ちは有しており,今後,治療を受けることには前向きである。被告人は,これまで前科前歴なく過ごしてきており,普段の生活に粗暴癖など犯罪傾向もうかがえない。
こうした事情を考慮すると,被告人を実刑に処すことはちゅうちょされるところであって,被告人に対しては,刑の執行を猶予した上で,判決確定後,早期に医療観察法その他の医療,福祉上の措置を採り,その精神障害の改善を図るのが相当である。
(求刑・懲役5年,和包丁並びに文化包丁の刃体部及び柄部の没収)平成21年1月16日
松山地方裁判所刑事部
裁判長裁判官

村越一浩
裁判官

西前征志
裁判官

杉本敏

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