判例検索β > 平成20年(わ)第4053号
傷害致死、電磁的公正証書原本不実記録、同供用被告事件
事件番号平成20(わ)4053
事件名傷害致死,電磁的公正証書原本不実記録,同供用被告事件
裁判年月日平成21年1月27日
法廷名大阪地方裁判所
裁判日:西暦2009-01-27
情報公開日2017-10-13 01:36:57
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主文
被告人を懲役3年に処する
未決勾留日数中120日をその刑に算入する。
この裁判確定の日から5年間その刑の執行を猶予する。
理由
【罪となるべき事実】
第1(平成20年8月26日付起訴状の公訴事実)
被告人は,A,Bらと共謀の上,長期の在留資格を取得するため,被告人とAが婚姻したように偽装しようと企てた。そこで,平成17年12月27日,神戸市a区bc丁目d番e号にあるC役所において,D課係員に対し,本当は被告人とAが婚姻する意思はないのに,婚姻する意思があるようなふりをして,被告人とAが婚姻するという嘘の内容の婚姻届を提出した。そして,事情を知らない同係員に同届を受理させて,平成18年1月5日,同市f区gh丁目i番j号にあるE役所に婚姻届原本を送付させた。これにより,そのころ,同役所において,事情を知らないF課職員に,同市a区k町l丁目m番n号にあるG役所内に設置されている権利義務に関する公正証書の原本として用いられる電磁的記録であるAの戸籍ファイルに,被告人と婚姻したという真実ではない記録をさせた上,これをすぐに同所に備え付けさせて公正証書の原本として用いられるようにした。
第2(平成20年7月22日付起訴状の訴因変更後の公訴事実)
被告人は,平成20年4月22日午前7時17分ころ,大阪市o区pq丁目r番s号付近路上から同区pq丁目t番u号付近路上までの間を走行中及び同所に停車中のタクシー内において,友人である被害者H(当時31歳)から馬鹿にされたと感じて腹を立て,被害者に対し,頭髪を両手でつかんで引っ張るなどの暴行を加えた。これにより,被害者に左椎骨動脈損傷のけがを負わせて,同年4月24日午前0時21分ころ,同市v区wx丁目y番z号にあるI医療
センターにおいて,被害者をこのけがに基づく外傷性くも膜下出血により死亡させた。
【証拠の標目】
省略
【争点に対する判断】
1
争点
(1)

被告人は,被害者の頭髪を両手でつかんで頭部を前後左右に揺さぶる暴行
を加えたのか(争点①-暴行態様)。
(2)
2
被告人の暴行によって被害者が死亡したのか(争点②-因果関係)。
当事者の主張の要旨
(1)

争点①について
検察官は,(i)タクシーの運転手であるJ証人が暴行の様子を目撃している
こと,(ii)被告人が捜査段階で自白していることを根拠に,被告人が被害者の頭髪を両手でつかんで頭部を前後左右に揺さぶる暴行を加えたことは明らかであると主張する。
これに対し,弁護人は,(i)J証人の証言は被告人が被害者の頭部を前後に動かしていたことを証明するものではない,(ii)被告人の供述調書の表現は通訳人の不正確な通訳によるものであって,被告人の真意ではないなどと反論している。
(2)

争点②について
検察官は,(i)被害者の死因が左椎骨動脈損傷によるくも膜下出血であるこ
と,(ii)左椎骨動脈損傷は外的圧力が原因であること,(iii)被告人の暴行が左椎骨動脈損傷を発生させる危険性を有すること,(iv)被告人の上記暴行以外に原因がないことから,被告人の暴行によって被害者が死亡したことは明らかであると主張する。
これに対し,弁護人は,(i)くも膜下出血は元々被害者が有していた動脈瘤
の破裂によるものである可能性もあるから,左椎骨動脈損傷が原因であると決めつけることはできない,(iii)被告人の暴行は頭髪を引っ張るというものであったが,この暴行では医師であるK証人が述べるような急激な首の過伸展は生じないから左椎骨動脈損傷を発生させることはない,(iv)首が過伸展する事態は,タクシー降車後にベンチの肘で頭部を打つなどした際にも生じ得るなどと反論する。
また,弁護人は,仮に被告人の暴行によって左椎骨動脈損傷が生じたものだとしても,被害者の食習慣や当日の多量の飲酒が大きく影響して,思いもかけない死亡という結果が発生したのであるから,因果関係の相当性を欠いているとも主張する。
3
当裁判所の判断
(1)

争点①について
被告人が被害者の頭髪を両手でつかんで頭部を前後左右に揺さぶる暴行を加
えた事実を認めることはできない。その理由は以下のとおりである。ア
J証人の証言は,おおむね,被告人と被害者がお互いにつかみ合いをしている状態で,被告人の両手が前後に動いているのを見たが,被害者の手がどこにあったかは見ていない。被告人が意図的に前後に動かしていたのか,お互いが引っ張り合いをしている中ではずみで動いただけなのかは分からない。というものである。この証言からは,被告人の両手の動きこそ分かるものの,被告人と被害者がお互いにつかみ合って引っ張り合いをしていただけなのか,被告人が意図的に頭部を前後に揺さぶる暴行を加えたのかを判別することはできない。弁護人の指摘は正当である。


被告人の検察官調書(乙6)には,

お互いの髪の毛をつかみ,引っ張り合い,その中でお互いの頭を前後左右に揺さぶり合うけんかとなりました。

という記載がある。なるほど,この記載が信用できれば,被告人が被
害者の頭部を前後左右に揺さぶる暴行を加えた事実が認められるようにも思える。
しかし,被告人は,公判廷で,おおむね,検察官に対しては,一貫して,お互いに髪の毛を引っ張り合っている状態でお互いに体が揺れたという説明をしていた。取調べで『揺さぶった』と述べたことは一度もない。『揺さぶる』を意味する韓国語は,平成20年7月17日の勾留理由開示公判において通訳人から聞くまで一度も聞いたことはない。その時には『揺さぶっていない。』ということをはっきり言った。ということを述べている。そこで検討すると,捜査報告書(甲16)によれば,少なくとも7月18日の取調べ状況を録画したDVDにおいては,検察官が

頭を前後左右に揺さぶっていたのか。

と質問しているにもかかわらず,

前後左右に揺さぶられた(揺れた)のか。

との不正確な通訳がされていたことが明らかである。しかも一度ならず,複数回,法廷で取り調べられた範囲内ではすべて同様の通訳をしていることからすると,1回限りの言い間違いとは考えられず,7月18日の取調べを担当した通訳人には,揺さぶったと揺さぶられた=揺れたとを区別して通訳する能力がなかったという疑いが残る。そして,捜査報告書(甲20)によれば,被告人は,本件により逮捕された7月3日以後,起訴されるまでの間に,何度か

頭を揺さぶった。

と録取された調書に署名押印しているが,これらの調書の作成に関与した通訳人は,逮捕直後の弁解録取の手続を除けば,いずれも7月18日の取調べと同一の通訳人である。一方で,これとは異なる通訳人が付いた7月14日付けの供述調書は,揺さぶったではなく,引っ張り合って揺れていたと,公判廷での被告人の供述に沿う内容となっている。
以上によれば,被告人の公判廷での説明は,客観的な事実関係に沿う合理的な内容であって,信用することができる。
そうすると,被告人がお互いに引っ張り合って揺れていたと韓国語で
一貫して説明していたにもかかわらず,不正確な通訳によって被告人の真意ではない内容の日本語の供述調書が作成された疑いが残るから,被告人の検察官調書(乙6)の信用性は低いと言わざるを得ず,これによって,被告人が意図的に頭部を前後左右に揺さぶる暴行を加えたと認めることはできない(当裁判所が証拠請求を却下した検察官調書についても同様の問題点が指摘できる。)。弁護人の指摘は正当である。
なお,検察官は,被告人が逮捕直後の弁解録取の際にも揺さぶったと韓国語で供述していたこと,J証人の証言と一致することから,検察官調書(乙6)の内容が信用できると主張する。しかし,逮捕直後の弁解録取を担当した警察官がどの程度の通訳能力を備えていたのかは不明である。被告人は,逮捕時に通訳を担当した警察官は韓国語があまりできず,被告人が被害者とけんかしたことによって被害者が死亡したという程度の事実しか告げられていないし,その際,揺さぶったとは述べていないと供述しており,この供述は排斥できない。したがって,逮捕直後の弁解録取の際に,被告人が揺さぶったと述べたことには疑問が残る。また,J証人の証言内容は,既に検討したとおり,被告人の引っ張り合って揺れていたという弁解内容と矛盾しないものであって,これによって被告人の供述調書の信用性が増すことにはならない。検察官の主張は失当である。

以上のとおり,弁護人の弁論における主張を踏まえると,検察官の論告における主張には常識的に見て疑問が残ると言わざるを得ない。

(2)

争点②について
被告人の暴行(被害者の頭髪を両手でつかんで引っ張るなどの暴行)により
被害者が死亡した事実を認めることができる。その理由は以下のとおりである。ア
K証人の証言及び捜査報告書(甲17)によれば,(i)解剖の結果,被害者にはくも膜下出血が認められたこと,その原因となる左椎骨動脈の損傷が認められたこと,それ以外の血管の破綻はなく,動脈瘤の破裂もなかったこと,
(ii)椎骨動脈損傷は首が後ろに急激に伸びることが原因で生じるが,通常自分で動かすだけでは生じないこと,被害者の椎骨動脈には動脈瘤の破裂等の病気による出血もないこと,(iii)被害者の左椎骨動脈の前面が損傷していたことから,首が左前から右後ろに急激に伸びたと推定されること,このような損傷は,さほど強くない1回の外的圧力でも生じ得ること,顔が上を向く場合だけでなく,顔が下を向いた状態から正面を向く状態にしても生じ得ること,酒を飲んでいると生じやすいこと,被害者は当時飲酒していたこと,被告人が髪の毛を引っ張っただけでは生じないが,その暴行を加えたことにより被害者の抵抗する動作が加わるなどすれば生じ得ること,(iv)個人差はあるが,くも膜下出血の量が多いと,意識障害に陥っていびきをかく症状が出ること,したがって,被害者がタクシーを降りた後,ベンチに座っていびきをかき出した時には既にくも膜下出血が発症していたと考えられるから,その原因となる外的圧力はそれ以前に生じていたと推認できること,その後,被害者はベンチの肘などに頭部を打ち付けているが,内出血の状況などから左右側面を打ち付けたものと推定されること,そのような外的圧力で首が後ろに急激に伸びることは考えられないこと,その他,被害者に左椎骨動脈の損傷が生じ得る外的圧力が加えられたことはないことなどが認められる。以上の事実を総合すれば,検察官の主張するとおり,被告人の暴行によって被害者が死亡したことが認められる。

これに対し,弁護人は,(i)くも膜下出血は脳動脈瘤の破裂によっても生じ得るから,左椎骨動脈損傷が原因ではない可能性があると主張する。しかし,被害者の遺体を解剖した医師であるK証人が,被害者のくも膜下出血の原因を丁寧に調べた結果,脳動脈瘤破裂の痕跡は見当たらなかったと述べているのであるから,弁護人が言うような疑いは生じない。
また,弁護人は,(iii)被告人が頭髪をつかんで引っ張る暴行を加えたとしても,お互いにつかんで引っ張り合っており,首が伸びる速度はむしろ遅
くなるはずであること,力の入らない体勢で引っ張っていたことなどから,首が急激に伸びることはないと主張する。しかし,被告人が公判廷で述べるところによれば,被告人は被害者の頭髪をつかんで力一杯引っ張っていた上,引っ張り合いの過程でお互いの体が揺れていたというのであるから,日常生活で通常生じ得ないような力が加わっていたことは間違いなく,具体的な機序は必ずしも明らかではないが,このような過程で被害者の首が急激に伸びることがあったとしても不自然ではない。
さらに,弁護人は,(iv)首が急激に伸びる事態は,タクシー降車後のベンチの肘で頭部を打つなどした際にも生じ得ると主張する。しかし,被害者は,直前まで被告人とけんかするほどの元気があったのに,タクシーから降りた後しばらくして唐突にいびきをかきだし,その後一度も意識を取り戻すことなくそのまま死亡しているという事実経過を率直に観察すれば,被害者がかいたいびきは,くも膜下出血を発症したことに伴う意識障害であると推認できるのであり,そうである以上,いびきをかいた後の打撲がくも膜下出血の原因になるとは考えられない。なお,K証人は,ベンチの肘に頭部を打つなどの態様によって被害者の左椎骨動脈損傷が生じるにはあごを強く打っていないといけないが,被害者のあごには打撲の痕が見られなかったと証言している。これらによれば,常識的に見て,タクシー降車後にベンチの肘で頭部を打つなどしたことが原因であるとの疑いは生じない。

以上によれば,弁護人の弁論における主張を踏まえてもなお,検察官の論告における主張は常識的に見て疑問が生じない程度まで立証されたというべきである。
なお,弁護人は因果関係の相当性がないとも主張するが,被告人が頭髪をつかんで引っ張る暴行を加えれば,頭や首という身体の重要な部分に何らかのけがを負わせる可能性があることは一般人でも十分予想できることであるから,弁護人の主張は採用できない。

【法令の適用】
1(1)

第1の行為のうち,
真実に反する記録をさせた点(電磁的公正証書原本不実記録)は刑法60条,157条1項


その記録を公正証書の原本として用いられるようにした点(同供用)は刑法60条,158条1項,157条1項

にそれぞれ該当する(いずれも1か月以上5年以下の懲役又は1万円以上50万円以下の罰金)。
(2)
2
第2の行為は刑法205条に該当する(3年以上20年以下の懲役)。
第1の電磁的公正証書原本不実記録と同供用との間には手段結果の関係があるので,刑法54条1項後段,10条により1罪として犯情の重い同供用罪の刑で処断する。

3
第1の罪について定められた刑の中から懲役刑を選択する。

4
以上は刑法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により重い第2の罪の刑に同法47条ただし書の制限内で法律が定める加重を行う。
5
このようにして導き出された刑期(3年以上25年以下の懲役)の範囲内で被告人を懲役3年に処する。

6
被告人にはこの裁判に関して身柄拘束を受けた期間があるので,刑法21条を適用してそのうち120日をその刑に算入する。

7
ただし,後で述べるとおり被告人に有利に考慮すべき事情があるので,刑法25条1項を適用してこの裁判確定の日から5年間その刑の執行を猶予する。
8
なお,証人,通訳人及び国選弁護人に支給すべき費用が生じているが,これらについては刑訴法181条1項ただし書を適用していずれも被告人に負担させない。

【量刑の理由】
1
事案の概要

本件は,韓国人女性の被告人が日本人男性と偽装結婚し,戸籍ファイルに嘘の記録をさせた電磁的公正証書原本不実記録,同供用の事案(第1)及びタクシー車内で髪の毛を引っ張り合うけんかをしたことにより知人を死亡させた傷害致死の事案(第2)である。
2
量刑上特に考慮した事情
(1)

被告人に不利な事情
傷害致死の事案(第2)について
(ア)

被害者の死亡という取り返しのつかない重大な結果が生じている。い
まだ31歳の若さで突然人生を終えることとなった被害者の無念さは察するに余りある。遺族も深い悲しみを味わっており,被告人に対して法が定めるとおりの処罰を望んでいる。
(イ)

仲の良かった被害者の言葉に腹を立てたからといって,暴力に訴える
のはあまりに短絡的というほかなく,動機に同情できる点はない。(ウ)

遺族に対して金銭的な賠償を行っていない。

電磁的公正証書原本不実記録,同供用の事案(第1)について
(ア)

被告人は,一度退去強制処分を受けたにもかかわらず,その後間もな
く名前を変えて再度日本に入国した上,日本で長期滞在して働くために本件犯行に及んでいる。このような身勝手な動機経緯に同情できる点はない。(イ)

被告人は,報酬を払って偽装結婚相手を仲介してもらっており,共犯
者を犯行に巻き込んでいる。共犯者らに比べて重要な役割を果たしたものであり,犯情は悪い。
(2)

被告人に有利な事情
傷害致死の事案(第2)について
(ア)

被告人の加えた暴行は,被害者の頭髪を素手でつかんで引っ張ったと
いうものにすぎず,危険性はそれほど高くなく,暴行の程度は軽い。また,被告人の一方的な暴行ではなく,被害者も被告人に対して同様の暴行を加
えている。
(イ)

偶発的な犯行である。

(ウ)

被告人の暴行により被害者が死亡するに至ったのであるが,それは被
害者の動きなども相まってのことと考えられるのであって,偶然性の高い事件である。
(エ)

被害者が意識を失っていることに気づいた後,救命措置を講じている。
(オ)

被害者の死亡と被告人の暴行との間に因果関係があるのかはよくわか
らないが,仮にあったとすれば,被害者に申し訳ないことをしたと思うし,被害者の遺族に対して償いをしていくと述べている。専門家の説明を待たなければ理解困難な偶然性の高い事件であることも踏まえると,本件で被告人が因果関係を争っているからといって,反省していないことにはならない。
(カ)

被告人の妹の証言によれば,被害者の遺族は必ずしも被告人に対する
厳重処罰まで求めているわけではない。

電磁的公正証書原本不実記録,同供用の事案(第1)について
公訴事実を認めて反省している。


全体について
(ア)

前科がない。

(イ)

被告人の妹が,被告人の社会復帰後は母国で同居して一緒に洋服店等
を経営し,再犯をしないように監督すると証言している。
(ウ)
3
約半年間身柄拘束を受けており,一定の制裁を受けたと言える。

結論
上記2(1)で挙げた被告人に不利な事情,とりわけ,傷害致死の事案(第2)の結果の重大性や電磁的公正証書原本不実記録,同供用の事案(第1)の悪質性などに照らせば,被告人の刑事責任は重大というべきであり,実刑にすべきであるとの検察官の意見もそれなりに理由がある。

しかしながら,他方で,上記2(2)で挙げた被告人に有利な事情,とりわけ,傷害致死の事案(第2)の暴行の程度が軽く,偶然性の高い事件であったこと,被告人に前科がないことなども考慮すれば,本件で直ちに実刑とすることは被告人にとっていささか酷なように思われる。
そこで,これらの諸事情を総合的に考慮した結果,被告人に対しては,主文の刑を定めた上で,今回に限り,社会内で更生する機会を与えるのが相当であると判断した。
(求刑

懲役6年)

平成21年1月27日
大阪地方裁判所第14刑事部
裁判長裁判官

長井秀典
裁判官

今井輝幸
裁判官

渡邉一昭
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