判例検索β > 平成20年(う)第487号
麻薬及び向精神薬取締法違反被告事件
事件番号平成20(う)487
事件名麻薬及び向精神薬取締法違反被告事件
裁判年月日平成20年10月16日
法廷名東京高等裁判所
結果破棄自判
判例集等巻・号・頁第61巻4号1頁
原審裁判所名横浜地方裁判所
判示事項裁判所が証人尋問の決定をした後に強制送還された外国人の供述調書を刑訴法321条1項2号ないし3号に基づき証拠とすることが許容された事例
裁判要旨裁判所が外国人について証人尋問の決定をしているにもかかわらず強制送還が行われた場合であっても,裁判所及び検察官が証人尋問の実現に向けて尽力し,入国管理当局も可能な限りこれに協力しようとしていたなど判示の事情の下においては,当該外国人の捜査官に対する供述調書を刑訴法321条1項2号ないし3号に基づき証拠とすることが許容される。
裁判日:西暦2008-10-16
情報公開日2017-10-13 02:04:36
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主文
原判決を破棄する
被告人を懲役3年及び罰金30万円に処する
原審における未決勾留日数中170日をその懲役刑に算入
する。
その罰金を完納することができないときは,金5000円
を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
理由
本件控訴の趣意は,弁護人高橋宏作成の控訴趣意書及び同訂正申立書に記載されたとおりであるから,これらを引用する。
1
訴訟手続の法令違反の論旨について

論旨は,入国管理当局の退去強制処分を受けたA,B,C,D,E及びFの捜査官に対する各供述調書につき,刑訴法321条1項2号ないし3号に基づいて証拠能力を認めた原判決には,訴訟手続の法令違反があるというのである。
そこで検討すると,Aほか5名の各供述調書につき,刑訴法321条1項2号ないし3号に基づいて証拠能力を認めた原判断に誤りはない。以下,所論にかんがみ,若干説明する。なお,証拠の引用に際しては,謄本又は写しについてもその旨の記載は省略する。
(1)

最高裁平成7年6月20日第三小法廷判決・刑集49巻6号

741頁(以下平成7年判例という。は,外国人が入国管理当

局の退去強制処分を受けたため,公判期日等において供述することができない場合において,その検察官調書を刑訴法321条1項2号に基づいて証拠能力を認めることに関し,次のとおり判示している。
同じく国家機関である検察官において当該外国人がいずれ国外に退去させられ公判準備又は公判期日に供述することができなくなることを認識しながら殊更そのような事態を利用しようとした場合はもちろん,裁判官又は裁判所が当該外国人について証人尋問の決定をしているにもかかわらず強制送還が行われた場合など,当該外国人の検察官面前調書を証拠請求することが手続的正義の観点から公正さを欠くと認められるときは,これを事実認定の証拠とすることが許容されないこともあり得るといわなければならない。上記判示の趣旨は,供述者が国外にいるため,刑訴法321条1項2号ないし3号所定の要件に該当する供述調書であっても,供述者の退去強制によりその証人尋問が実施不能となったことについて,国家機関の側に手続的正義の観点から公正さを欠くところがあって,その程度が著しく,これらの規定をそのまま適用することが公平な裁判の理念に反することとなる場合には,その供述調書を証拠として許容すべきではないという点にあるものと解される。
(2)

Aの供述調書について

本件においては,原審裁判所がAについて証人尋問の決定をしていたにもかかわらず,同女が退去強制により出国したため,証人尋問が実現しなかったという事情があり,平成7年判例が上記箇所で例示する第二の場合が問題となる。そこで,以上のような手続的正義の観点から,刑事訴訟を担当した司法関係者及び強制送還を担当した入国管理当局の双方について,Aの証人尋問と退去強制をめぐる経緯をみておくこととする。
記録及び当審における事実取調べの結果によれば,以下の事実が認
められる。


被告人は,6月4日(平成19年,以下同様)麻薬及び向精


神薬取締法違反に係る本件被告事件で起訴された。その公訴事実においては,Aが共犯者の一人として摘示されていたが,同女はその公訴事実では起訴されなかった。


Aは,適法な在留資格を有しない中国籍の外国人であり,1月

23日,出入国管理及び難民認定法違反被告事件について懲役2年6月,執行猶予4年の判決を受け,その後,東京入国管理局横浜支局に収容されたが,退去強制について異議の申出をするとともに,子の養育等を理由として仮放免の申請をして,2月26日,いったん仮放免となった。しかし,異議の申出について理由がない旨の裁決があったことから,5月22日,退去強制令書が発付されて再収容され,6月8日以降は,茨城県牛久市久野町1766所在の東日本入国管理センターに収容されていた。


Aは,旅券を所持しておらず,かつ,中国に送還されることを

拒否していたため,東日本入国管理センターに収容された後も,退去強制の手続には進展がなかった。同女が中国への送還を拒否していた背景には,本邦内に子が滞在していることが関係していた。


検察官は,7月中旬ころ,東日本入国管理センターに連絡をと

った際,の退去強制に関する上記のような事情を把握するとともに,A
その退去強制に進展があればすぐに教えてほしい旨の申入れをした。その時点では,Aは,積極的に旅券を申請する状況にはなく,退去強制の時期は,依然として不明であった。


検察官は,Aが東日本入国管理センターに収容されていたこと

から,平成7年判例を念頭に置いて,7月中旬ころ,原審裁判所と協議し,その示唆に基づいて,直ちに弁護人に対し,もしAについて証人尋問が必要であれば,速やかに証拠保全の手続を検討されたい旨の連絡をした。これを受けて,弁護人は,被告人と協議したが,Aの供述をその時点で保全することの当否について検討を要する点があったほか,同女が子の関係で直ちに国外に出る意向がないと判断されたこと等から,証拠保全の請求はしないこととされた。


原審裁判所は,本件について,第1回公判期日を8月16日に

開いた。検察官から請求されたAの検察官調書(甲10)及び警察官調書(甲8,9,11)について,弁護人から不同意の意見があったのを受けて,検察官がAの証人尋問を請求したところ,これが採用され,10月11日水戸地裁土浦支部において所在尋問を行う旨決定された。証人尋問の場所が水戸地裁土浦支部になったのは,牛久市に近い同支部であれば,東日本入国管理センターが証人喚問に対応してAを押送することが可能とされていたからであった。また,証人尋問の期日が10月11日になったのは,訴訟関係者が全1日の日程を確保できる最も早い期日として一致したのが同日であったからであった。なお,第2回公判期日は,9月3日午前に指定され,事件関係者の一人であるGの証人尋問が行われているが,その日にGの証人尋問に代えてAの所在尋問を実施することは,必要とされる全1日の日程を確保できない訴訟関係者がいたため,不可能な実情にあった。


検察官は,8月16日の第1回公判期日において,Aの水戸地

裁土浦支部における所在尋問が決まった際,即日,このことを東日本入国管理センターに連絡した。



Aの証人尋問については,9月11日,受命裁判官2名をして

行わせる旨の決定があり,9月12日,証人に対する召喚状が発送され,これが9月14日にAに送達された。


他方,Aに対しては,この間,退去強制手続の進展があり,9

月12日に旅券が発給され,9月13日,東日本入国管理センターから検察官に対し,Aが9月19日に退去強制として成田空港から中国に向けて出国する予定である旨の連絡があった。検察官は,10月11日に予定されているAの所在尋問との関係上,退去強制の延期の可否等を同センターに確認したが,旅券が発給されれば証人尋問の予定があっても退去させるほかはない旨の回答であった。Aは,予定どおり,9月19日に中国に向けて出国した。

原審裁判所は,Aが出国したことを受けて,9月26日,所在

尋問を取り消し,その後,A証人については,請求が撤回され,採用決定も取消しとなった。検察官は,Aの前記各供述調書を刑訴法321条1項2号(前段)ないし3号に基づいて取り調べるよう請求したところ,弁護人からは,特信性がない旨の意見があったが,原審裁判所は,1月1日の第3回公判期日において,れらを証拠採用した。1

以上のような事実関係に基づいて検討すると,本件は,Aの関係では,確かに,裁判所が外国人について証人尋問の決定をしているにもかかわらず強制送還が行われた場合であるが,原審における裁判所及び検察官は,それぞれの立場から,各時点における状況を踏まえて,Aの証人尋問の実現に向けて相応の尽力をしてきたことが認められる。そうした尽力が実らなかったのは,(ア)訴訟関係者の間で証拠保全としての証人尋問が検討の対象に上ったが,結果的には被告人側に
おいて証拠保全を請求しないことになったこと,(イ)所在尋問の日程について,訴訟関係者の都合がなかなか合わなかったため,早期に期日を設定することができなかったこと,さらには,(ウ)当初はAの出国までに相当の日時を要するものと見込まれたが,退去強制手続が9月中旬に急展開したこと等に起因するものと認められる。他方,入国管理当局は,検察官の要請に基づき,Aの退去強制手続の実情を伝えるとともに,その所在尋問についても,可能な限り協力するという態勢を整えていたことが認められる。もとより,事後的にみれば,所在尋問をより早期に実施すべきではなかったかなど,再検討を要する課題もあろう。しかし,刑事訴訟を担当した司法関係者及び強制送還を担当した入国管理当局の以上のような対応状況にかんがみると,本件は,Aの退去強制によりその証人尋問が実施不能となったことについて,国家機関の側に手続的正義の観点から公正さを欠くところがあって,その程度が著しく,刑訴法321条1項2号ないし3号をそのまま適用することが公平な裁判の理念に反することとなる場合には,該当しないというべきである。したがって,これらの規定に基づき,Aの前記各供述調書を証拠として採用した原審裁判所の決定は相当であり,そこに判例違反ないし訴訟手続の法令違反はない。
論旨は理由がない。
(3)

B,C,D,E及びF(以下Bほか4名という。の各


供述調書について
Bほか4名は,いずれも本件起訴前に入国管理当局の退去強制処分により出国しているため,平成7年判例が前記箇所で例示する第一の場合が問題となるが,関係証拠によれば,以下の事実を認めることが
できる。


平成18年10月2日朝,本件犯行現場であるダンス飲食店

X以下本件飲食店という。において,警察による捜索差


押えが実施された。


被告人は,同月1日に本件飲食店に来ていたが,上記捜索差押

えの前に同店を離れていた。


Bほか4名は,同年12月から平成19年3月までの間に,入

国管理当局の退去強制処分により出国した。


被告人は,平成19年4月23日,別件である覚せい剤取締法

違反(譲渡)の被疑事実により逮捕され(同逮捕状の発付は同月12日)勾留を経て同年5月14日に釈放されたが,同日,本件公訴事,
実と同一の被疑事実により逮捕され,勾留の上,前記のように,同年6月4日に起訴された。
以上の事実に基づいて検討すると,確かに,Bほか4名は本件起訴前に退去強制処分により出国しているが,関係証拠によれば,そのような事態に至ったのは,本件飲食店に対する捜索差押えの後,捜査官において被告人の所在を容易に把握することができなかったこと,被告人については,別件である覚せい剤取締法違反事件の嫌疑があり,その捜査も行われたこと等の事情によるものであることが認められ,検察官が本件について,あえて起訴の時期を遅らせたというような証跡はない。そうしてみると,本件は,検察官において,Bほか4名がいずれ国外に退去させられ公判準備又は公判期日に供述することができなくなることを認識しながら殊更そのような事態を利用した場合には該当しないことが明らかである。したがって,刑訴法321条1項
2号(前段)ないし3号に基づき,Bほか4名(及びH)の捜査官に対する各供述調書を証拠として採用した原審裁判所の決定に誤りはない。
論旨は理由がない。
2
量刑不当の論旨について

論旨は,被告人は,Aと本件飲食店を共同経営していたが,積極的に麻薬の販売を行っていたのはAであり,自らは消極的に関与していたに過ぎないのに,同飲食店の店長として麻薬の管理等を行い,犯行の遂行上欠かすことのできない重要な役割を担っていた旨認定した原判決には重要な情状に関する事実誤認がある上,被告人を懲役3年8月及び罰金30万円に処した原判決の量刑は重過ぎて不当であるというのである。
そこで,被告人の本件における役割について検討する。
(1)


関係者の供述について
Bは,本件飲食店の従業員であり,本件の共犯者として原判示

第1ないし第5の麻薬譲渡の実行行為を行った者であるが,捜査官に対する供述調書において,次のように供述している。すなわち,平成18年7月初めころ,被告人の面接を受けた後,本件飲食店の経営者であるIから従業員として採用され,Iの指示により麻薬等の密売に従事するようになった。Iは麻薬等の仕入れと売上金の管理を,同店の店長である被告人は麻薬等の管理,小分け及び販売を,Iの彼女であるAは麻薬等の小分けや販売を担当していた。常連客に対して麻薬等の販売価格を値引きするときには,I,被告人あるいはAの承諾が必要であった。(甲1ないし6)。



また,Aは,Iの交際相手で,本件の共犯者として麻薬等の密

売に関わっていた者であるが,捜査官に対する供述調書において,次のように供述している。すなわち,麻薬等を密売していたのは社長のIであり,そして,Iの指示で店長の被告人,従業員のBや私も密売していた。私は,恋人のIのために麻薬等を売っていたが,被告人やBからも手伝ってほしいと頼まれていた。Iらが麻薬等をどこから仕入れてくるのかを聞いたことはない。Iの方が被告人よりも上の立場にあったが,Iが店に出ていないときは被告人が責任者であった。店の捜索差押えが行われた平成18年10月2日,その直前に店を離れた被告人から同日午前7時15分ころ電話があり,カウンターにある封筒を破いてトイレに流すよう指示された。(甲8ないし11)。


そして,本件飲食店のDJをしていたC,同店の客であるD及

びFらも,捜査官に対する各供述調書において,被告人の本件飲食店における地位や違法薬物の密売等について,BやAの供述に沿う供述をしている。


しかしながら,これらの関係者は,Aを除く全員が本件起訴前

の平成19年3月までに退去強制処分により出国しているため,被告人側の反対尋問権が行使できなかったものであり,また,Aも,退去強制処分により出国した時期は異なるものの,同様に被告人側が反対尋問権を行使できなかったものであるから,これらの者の捜査官に対する各供述調書の信用性については,慎重に吟味する必要がある。これに加え,本件に深く関与し,その供述内容も具体的であるB及びAについては,以下のような事情も認められる。すなわち,Bは,退去強制処分により中国に帰国した後の平成20年3月26日付供述
書(当審弁3)において,Iは平成18年6月までに本件飲食店の経営から手を引いていた。同店の出資者がいったい何人いたかよく分からないが,Aと被告人は出資者に間違いない。私は,Aから他のことはしないで薬を売ればよいと指示され,薬を売っていた。薬を売っていたのは専ら私だけであり,たまにAも売っていたが,Iと被告人が同店で薬を売っているところを見たことはない。被告人は,接客やクロークを担当していただけである。などと供述するとともに,捜査段階においてこれと異なる供述をした理由に関し,警察がIを主

犯と考えており,当時母親の健康状態が芳しくなく,早く帰国したかったことなどから,警察の考えに沿って話をした。などと供述して

いる。また,Aは,退去強制処分により出国する直前の平成19年9月15日付供述書(当審弁1)において,Iが本件飲食店の経営者

であったかどうか,被告人が店長であったかどうか分からない。と

供述している。もとより,B及びAのこうした事後的供述は,被告人をかばうために事実を脚色して述べている可能性も大きく,直ちに信用し得るものではないが,いわゆる自己矛盾供述として,捜査段階の各供述調書の信用性を一定の限度でそれぞれ減殺する効果を有することも否定できないところである。
さらに,B及びAを除く上記関係者の供述については,その供述者が本件飲食店の従業員ではあっても直接麻薬等の密売に関与していなかったり,単なる客であったりするため,BやAの各供述に比較し,被告人の本件飲食店における地位や麻薬等の密売状況に関して,具体性に欠けるところがある。


次にGは,本件飲食店の客であり,本件の関係人の中で唯一原
審公判において証言したものであるところ,同女は,捜査官に対する供述調書においては,被告人は,本件飲食店の店長という立場だっ

た。被告人がカウンター内で,覚せい剤や麻薬を整理したり,売上金を数えたり,ノートに書いたりしているのを何回も見た。また,被告人が客に薬物を売っているところを4,5回見たことがある。など

と供述していたが(甲14)原審公判においては,本件飲食店に

おける被告人の立場は分からない。被告人がカウンター内で薬物の整理をしたりしていたのを見たことはなく,薬物を客に売っているところを見たこともない。などと証言するとともに,捜査段階の供述に

ついては,調書を早く終わらせたいという気持ちが強く,知らない

ことを知らないと言っていると,調べが長くなるので,いい加減な供述をしてしまった。などと証言している。

Gの原審公判における証言内容は,甚だ曖昧であることは否めず,直ちにこれを信用し得るものではないが,捜査段階の供述調書の信用性を一定の限度で減殺する効果を有することも否定できないところである。
(2)


被告人の供述について
被告人は,原審においては,自らは本件飲食店の客に過ぎず,

本件起訴にかかる麻薬の譲渡については知らないなどと供述し,本件への関与を全面的に否定していた。しかし,当審においては,おおむね以下のとおり供述している。
すなわち,平成18年6月ころ,被告人とAが150万円ずつ出し合い,この店の権利をIから譲り受け,共同経営者となった。その後の同年7月ころ,Jという客の示唆を受けてAが店で薬物を取り扱うことに乗り気となり,同女に押し切られる形で,店に薬物を置くことになった。薬物はBとAが売っており,自分が売ったことはないが,店の利益は,薬物の売上げも含め,Aと自分が半分ずつ分けていた。平成18年10月2日の捜索差押えの直後に自分からAに電話をかけたことはない。これまでは,店長ではないのに店長だと決め付けられたことに反発したことなどから,正直に真実を話すことができず,全面否認をしていたが,店の共同経営者として薬物の売買を容認していたことは事実なので,その責任は認める。
被告人は,当審において,以上のように供述している。


被告人の当審における供述は,捜索差押えの直後にAに電話を

かけたことがないとの点については,捜査報告書(甲57)の通話記録の内容に反しており,信用し難いが,その余の内容は,原審において本件への関与を全面的に否定していた理由,当審において本件飲食店の共同経営者として本件に関与していたことを供述するに至った事情などを含め,一応の合理性が認められる。
(3)

被告人の役割について

本件における被告人の役割については,原判決が指摘するとおり,本件飲食店の店長として薬物の管理等を行うなど犯行の遂行上欠かすことのできない重要な役割を担っていたとの疑いも,容易に払拭し難いところがある。しかしながら,そうした疑いの根拠となる証拠は,前記(1)で摘示した関係者の捜査段階における各供述調書であるところ,B,C,D,E,Fの5名は,被告人が別件の覚せい剤取締法違反の被疑事実で逮捕された当時,いずれも退去強制処分により出国していた。また,Aについては,証人尋問の手続が進められたが,前記1(2)のような経緯により,証人尋問を実施する前に退去強制処分により出国することとなった。これらの者については,反対尋問の機会がなかったものである。その捜査段階における各供述調書が刑訴法321条1項2号ないし3号により証拠能力を有することは,前記のとおりであり,また,これらの供述調書の内容が詳細かつ具体的で迫真性を有することも認められるが,証人尋問による吟味を経由していないことにかんがみると,の内容をそのまま信用することについては,そ
慎重にならざるを得ない。本件においては,共犯者とされるIが早期に中国へ帰国しており,本件飲食店の経営実態を知る重要人物と目される同人の供述が全く得られていないという事情もある。Gについては,原審公判で証人尋問が行われているが,同人の捜査段階の供述のみに依拠して被告人の役割を断定するのは,いかにも心許ない点が残るものといわざるを得ない。また,Aは,捜査段階における検察官調書(甲10)及び先の供述書(当審弁1)を通じ,被告人が客に違法薬物を売っているところを見たことは一度もない旨供述しているところである。他方,被告人の供述をみると,本件犯行への関与を全面的に否定する原審までの供述は,関係証拠に照らして信用し難いが,本件への関与を一定の限度で認める当審での供述については,前記のとおり,一応の合理性を認めることができる。
以上のような証拠関係を総合すると,本件における被告人の役割については,被告人の当審における供述内容の限度で,これを認めるのが相当である。
(4)

被告人の刑事責任について

本件は,被告人が他の者らと共謀の上,営利の目的で,みだりに,平成18年10月1日から同月2日にかけて,横浜市内のダンス飲食店X店内において,5名の客に対し,それぞれMDMAの錠剤1
錠又は2錠を代金2000円から6000円で譲り渡したという事案である。その犯罪事実については,原判決の認定はおおむね相当であるが,被告人が本件で果たした役割を以上のように認定すると,被告人が店長として薬物の管理等を行い,犯行遂行上欠かすことのできない重要な役割を担っていたとの量刑事情に関する原認定は,維持し難い。被告人は,本件飲食店の共同経営者として,同店で麻薬を扱うことを容認し,麻薬の譲渡による売上げの半分を取得していたものであるが,自らは麻薬の管理や譲渡に直接関与したとは認められないという事情に照らすと,これと異なる前提の下でなされた原判決の量刑は重過ぎて不当であり,の懲役刑の刑期は若干減ずるのが相当である。そ
論旨は理由がある。
よって,刑訴法397条1項により原判決を破棄し,同法400条ただし書に従い,当裁判所において,更に判決する。
原判決が認定した犯罪事実については,証拠の標目中判示事実全部の項に被告人の当審公判廷における供述を加えた上,共謀に関する点を被告人は,Aらと共謀の上と訂正するほか,原判決と同一の事
実を認定し,これに原判決と同じ法条を適用し,上記諸事情のほか,現在では被告人が本件に関与したことを反省していることを考慮し,その刑期及び罰金額の範囲内で被告人を懲役3年及び罰金30万円に処し,刑法21条を適用して原審における未決勾留日数中170日をその懲役刑に算入し,その罰金を完納することができないときは,同法18条により金5000円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置し,原審及び当審における訴訟費用は刑訴法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官

永井敏雄

裁判官

矢数昌雄
裁判官

兒島光夫)

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