判例検索β > 平成20年(う)第1168号
詐欺被告事件
事件番号平成20(う)1168
事件名詐欺被告事件
裁判年月日平成21年3月6日
法廷名東京高等裁判所
結果棄却
判例集等巻・号・頁第62巻1号23頁
原審裁判所名東京地方裁判所
判示事項販売した建物の安全性に重大な瑕疵があることを知りながらその残代金の支払を受けた行為につき不作為による詐欺罪が成立するとされた事例
裁判要旨マンション販売会社の代表取締役が,その販売したマンションの構造計算書の計算結果が虚偽であり,建物の安全性が建築基準法に規定する構造計算によって確認されていないことを認識しながら,マンション居室の買主から残代金の支払を受けた行為は,買主に対し建物の安全性に重大な瑕疵がある旨を告げるなどして残代金の支払請求を一時的にでも撤回すべき作為義務に反するものとして,不作為による詐欺罪に当たる。
裁判日:西暦2009-03-06
情報公開日2017-10-13 02:04:35
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主文
本件各控訴をいずれも棄却する
当審における訴訟費用中,
証人Aに支給した分は被告人の負担とする。

第1
1由
控訴趣意
弁護人の控訴の趣意は,主任弁護人安田好弘,弁護人山下幸夫,同松井武,
同朝比奈秀一,同鶴見俊男,同新谷桂連名作成の控訴趣意書,控訴趣意補充書及び検察官の意見書に対する反論書各記載のとおりであり,これに対する答弁は,検察官牧野忠,同阪井博連名作成の答弁書及び意見書(控訴趣意書補充書について)各記載のとおりである。
検察官の控訴の趣意は,検察官渡辺恵一作成の控訴趣意書記載のとおりであり,これに対する答弁は,主任弁護人安田好弘,弁護人山下幸夫,同松井武,同朝比奈秀一,同鶴見俊男,同新谷桂連名作成の答弁書記載のとおりである。以上を引用する。
2
弁護人の控訴趣意は,①訴因変更手続を経ずに公訴事実と異なる事実を認定
したこと,並びに,原審弁第3号証ないし同第5号証の音声データ入りCD-ROMの証拠価値についての判断を誤ったことに関する訴訟手続の法令違反の主張,②被告人に作為義務違反や詐欺の故意はなく無罪であるのに,被告人を有罪としたことについての事実誤認の主張,③原判示事実からは,不作為による詐欺罪における作為義務が認められないのに,それを認めた法令の解釈適用の誤りの主張であり,検察官の控訴趣意は量刑不当の主張である。以下,順次検討する。第2
1
訴訟手続の法令違反の論旨(弁護人)について
訴因変更手続を経ずに公訴事実と異なる事実を認定したという訴訟手続の法
令違反の論旨について
(1)

論旨は,要するに,原判決は,
被告人は,株式会社B(以下「Bとい

う。
)の代表取締役であったものであるが,同社が販売する分譲マンションa(神奈川県C市所在,以下本件物件ともいう。につき,同社において,D(以)
下Dという。
)ほか10名との間で各居室の売買契約を締結していたところ,
遅くとも平成17年10月27日午後2時過ぎころまでには,本件物件について,建築確認申請に提出された構造計算書の計算結果が虚偽であり,建物の安全性が建築基準法に規定する構造計算によって確認されていないこと,及び,本件物件の販売済みの居室の引渡し(残代金の支払い)が翌28日であることをいずれも知ったのであるから,同日の引渡予定の契約者らにその構造計算書の計算結果が虚偽であるなどの事実を告げるなりして残代金の支払請求を一時的にでも撤回すべきであったのに,これをしなければ何らその事実を知らない契約者らから残代金支払名下に金員をだまし取る結果になることを認識しながら,それでもかまわないとの考えのもと,あえて,その後も,Dらに対し,その事実を告げず,かねて支払期限を同月28日午前中までとしていた残代金の支払請求をそのまま維持し,同人らをして本件物件が建築基準法に規定する構造計算によって安全性が確認されているものと誤信させ,よって,同人らをしてB名義の普通預金口座に金員(合計4億1409万5000円)を振込入金させ,もって,人を欺いて財物を交付させたものである。」
との事実を認定したが,原判決認定の遅くとも平成17年10月27日午後2時過ぎころまでにはとの部分については,本件起訴状の公訴事実において,同年10月27日午前10時30分ころまでにはと記載されていたのであり,原判決は,上記の各事実を認識した時刻を繰り下げ,当初の訴因と異なる事実を認定している,原判決は,この点につき,
これは,いわゆる縮小認定であり,訴因変更等の措置を要するものではないと判示しているが,原判決の上記認定は,弁護人にとっては防御の機会を与えられないままなされた不意打ちのものであり,被告人の防御に実質的な不利益を与えるものであるから,訴因変更手続を経るべきであったのであり,その手続を経なかったという点で原審の訴訟手続には法令違反があり,それが判決に影響を及ぼすことは明らかである,というのである。(2)

そこで検討すると,確かに,所論指摘のように,原判決が,訴因変更手続
を経ないで,①本件物件について,建築確認申請に提出された構造計算書の計算結果が虚偽であり,本件物件の安全性が建築基準法に規定する構造計算によって確認されていないこと(以下,本件物件に関する上記各事実を,
本件物件の安全性に関する瑕疵という。,②本件物件の販売済みの居室の引渡し(残代金の支払い))
が翌28日であること(以下本件物件の引渡しに関する事実という。)の両方
を知った時点・時間を繰り下げて認定していることが認められる。この点は,原判決によれば,被告人が,
本件物件の安全性に関する瑕疵及び本件物件の引渡しに関する事実の両方を知った時点において,初めて,Dらに対し,本件物件の安全性に関する瑕疵を告げるなどして,残代金の支払請求を一時的にでも撤回する義務(作為義務)が生じるとされるところ,原判決は,この作為義務発生の根拠となる事実に関して,被告人は,本件物件の安全性に関する瑕疵」の点については,平成17年10月27日午前10時30分ころまでには知ったと認定したが,「本件物件の引渡しに関する事実については,同日午前10時30分ころまでには明確に認識していたとはいえず,同日午後2時過ぎころに至って確実に認識したものと認定して,それに伴い時間を繰り下げて認定したものである。
原判決が,この点をいわゆる縮小認定と解し,訴因変更の必要がないと判断したのは,おそらく次のような理由からであると思われる。すなわち,本件公訴事実の内容を検討すると,当初の訴因は,被告人が,平成17年10月27日午前10時30分ころ以降,DらがB名義の預金口座に現金を振込入金することを停止する手続を取ることができる時刻(なお,関係証拠によれば,本件被害者らの中で,その時刻が最も早いのはEであって,その時刻は同年10月27日午後6時であったことが認められる。
)までの間,Dらに対し,本件物件の安全性に関する瑕疵を告げ
るなどして残代金の支払請求を一時的にでも撤回すべき義務があったというものであり,原判決が,本件公訴事実中の同年10月27日午前10時30分ころまでにはという部分を遅くとも同年10月27日午後2時過ぎころまでにはと認定した点については,被告人が,発生した作為義務に従ってDらに上記行為を行うべき時間帯について,本件公訴事実よりも縮小して認定したのであるから,いわゆる縮小認定であって訴因変更は不要である。以上のように解したのではないかと思われる。
しかしながら,本件のような不真正不作為犯において,作為義務発生時点を上記のとおり約3時間半も繰り下げて認定した場合には,作為義務の発生根拠となる具体的事実状況)

が変化し,
その変化に対応した立証活動が必要となるのであって,
本件は,時間の長短だけが問題となるような通常いわれる縮小認定とは局面を異にするものといわなければならない。所論のこの部分の指摘は正しいと思われる。したがって,
これをいわゆる縮小認定と判断し,
訴因変更を要しないとした原判決は,
説明が不十分であるか,判断を誤っているといわなければならない。しかし,本件において,訴因変更の手続を要するか否かについては,更に検討を要する。本件における犯罪行為の本質的部分は,同月28日の引渡予定の契約者らにその構造計算書の計算結果が虚偽であるなどの事実を告げるなりして残代金の支払請求を一時的にでも撤回すべきという作為義務に違反して,これをせずに支払請求をそのまま維持したため,各被害者から金員を詐取したという点にあると解される。作為義務発生の時刻が繰り下がったといっても,このような犯罪事実の本質的部分に関しては,訴因と原判決の認定事実(以下認定事実という。
)との間において
相違する点は認められない。作為義務発生の時刻が繰り下がることにより事実に相違が生じてくるのは,作為義務発生の根拠となる事実(本件の場合は,本件建物の安全性に関する瑕疵及び本件物件の引渡しに関する事実を認識していたということ)を基礎付ける具体的事実の範囲(内容)についてである。実際には,原判決の認定によれば,
本件物件の引渡しに関する事実を認識していたという点
を基礎付ける事実として,
10月27日午後2時過ぎころ,(以下F」

という。)が被告人に対し,「明日のaの引渡しをしてもよろしいでしょうか。

と尋ねたところ,被告人から引き渡してよいとの返答があったとの事実を挙げているが,この事実は当初の訴因が作為義務発生の時刻として掲げた10月27日午前10時30分ころより後の時間帯の出来事である(原判決は,10月27日午前10時30分の段階では,本件物件の引渡日が翌28日であること(本件物件の引渡しに関する事実
)について,
確たる認識はなかった
せいぜい未必的な認識しかなかったとし,同日午後2時過ぎころ,Fから,上記のような質問を受けて初めて,確定的な認識を持つに至ったとしている。。また,

本件物件の安全性に関する瑕疵を認識したという点を基礎付ける事実については,10月27日午前11時ころからのG株式会社(以下Gという。
)とBとの会議においてG側からどのよ
うな情報が与えられたか(本件物件が後述のI物件に該当するなどという情報が与えられたか)
という点が,
同日10時30分ころ以降の出来事として問題となるが,
この点について,原判決は,
本件建物の安全性に関する瑕疵についての認識を
基礎付ける事実としては,取り上げていない(ただし,原判決は,被告人が,同日10時30分ころまでに,上記会議に至るまでのその余の状況によって,上記本件建物の安全性に関する瑕疵を認識した旨認定している。そして,原判決は本件争点の前提となる事実の中で,上記会議においてGから本件建物の安全性に関する瑕疵に関する情報を伝えられた旨認定・説示している。。)
ところで,このような作為義務発生の根拠となる事実(本件においては,本件建物の安全性に関する瑕疵及び本件物件の引渡しに関する事実を認識したこと)を基礎付ける事実は,審判の対象となる犯罪事実の本質的部分とはいえないから,訴因の拘束力はそこまでは及ばないというべきであり,必ずしも,訴因に記載しなければならないというものではない。そして,それが訴因に記載されたような場合においても,認定事実において異なる事実を認定することになる場合に,訴因変更手続を必ず経なければならないものと解することはできない。しかし,そうはいっても,上記のような事実は,作為義務の有無を決定づける重要な事実であることに変わりはないから,その点に変化(本件の場合は事実が追加されている。)が生じるのであれば,それが不意打ちになるとか,被告人の防御に不利益を与えることにならないために,それが訴因に掲げられているのであれば,訴因変更の手続をとることが望ましいが,仮にそうでない場合においても,それに代わる適切な措置を講じることは必要である。本件は,上記のような事実がそのまま訴因の中に記載された場合ではないが,作為義務発生根拠となる事実の発生時刻,引いては作為義おおもと

務発生の時刻が繰り下げられることによって,その大本となる基礎事実の範囲に変化が生じるのであるから,そのような事実に変化が生じる場合と同様に考え,これに準じて対処すべきである。
そこで,
本件において,
訴因変更をしなかったことが,
被告人にとって不意打ちに当たるとか,被告人の防御に実質的な不利益を与えるものであったか否かについて検討する。
一件記録によれば,原審における訴訟進行の経過等について,以下の事実が認められる。
(本件物件の引渡しに関する事実」の認識に関して)
①検察官は,冒頭陳述において,「被告人が,顧客に残代金の支払いを求める請求を維持し,引渡手続を行うべき旨を指示したことに関する主要な事実の中で,
10月27日のGとの会議終了後のこととして,(5)として,

被告人は,10月27日,上記Gとの会合終了後,Fから「明日のaは引き渡してよろしいですか。

と尋ねられ,
問題ない。」と答えたこと」との事実を主張していること②

原審第4回公判期日において,
Fの証人尋問が実施されたが,
その際,
Fは,

同年10月27日のGとの会議が終わった後の午後2時過ぎころ,被告人に対し翌日の本件物件の引渡しの可否について確認を求めたところ,被告人からその了解を得た。

旨供述し,弁護人側は,Fに対し,この点についても相当に詳細な反対尋問をしたこと(なお,原判決はFのこの供述等に基づいて,被告人は同年10月27日午後2時過ぎころ,翌日が本件物件の引渡しの日であることを認識したと認定した。。



被告人は,第1回公判期日における冒頭陳述において,同年10月27日午
後2時過ぎころ本件物件を顧客に引き渡すことを了承した旨供述していたが,原審第14回公判期日以降の被告人質問において,

同年10月27日の時点では,本件物件の引渡しは既に終わっているものと思っていた,本件物件の引渡しあるいは残代金の支払いが同月28日であることはまったく知らなかった。

などと供述するに至ったこと


弁護人は,
原審第14回公判期日において,
音声データ入りCD-ROM原
(審弁第3号証ないし同第5号証,以下本件録音データという。
)を証拠として
請求するなどし,それ以降,本件録音データに基づいて,上記の証言を含めてF証言は信用できないとの立証活動を展開したこと


弁護人は,
原審弁論において,
上記②のFの供述は虚偽であって,
被告人は,

同年10月27日の時点では,本件物件の引渡しは既に終わっているものと思っていた旨主張したこと
(本件物件の安全性に関する瑕疵」の認識に関して)
⑥検察官は,冒頭陳述において,「被告人が,aの構造計算結果が虚偽であることを認識していたことに関する主要な事実の中で,10月27日午前10時30分ころまでの事実((1)ないし(6))に加えて,(7)として,被告人は,10月27日のG等との会合において,GのH代表取締役から,aを含む建築確認済みの11物件についてIが構造計算書を改ざんしていたとの調査結果を告げられ,Iも「震度6の地震で建物が保つかどうか分からない。旨発言したこと」との事実を主張していること


弁護人は,10月27日午前11時から午後2時ころまで行われたGとBと
の会議において,aの物件名が出されたか否かという点に関心を持ちながら,J,H,K,Lら関係者の証人尋問を行い,また,その点に関して被告人質問を行ったこと
以上の事実が認められる。
これらの事実に基づき検討すると,10月27日午前11時ころから行われたGとBとの会議の終了後である同日午後2時過ぎころ,Fが被告人に対し,

明日のaの引渡しをしてもよろしいでしょうか。

と尋ねたところ,被告人から引き渡してよいとの発言があったとの点については,検察官の冒頭陳述においても立証すべき事実として掲げられ,原審第4回公判期日において,証人Fが,10月27日午後2時過ぎころ,Fが被告人に対し,

明日のaの引渡しをしてもよろしいでしょうか。

と尋ねるなどした旨証言した際には,相当に詳細な反対尋問がなされ,それに関する被告人質問もなされて,その上で,弁護人側よりその点に関連する本件録音データに基づく反証活動が行われたことが認められるのであって,この10月27日午後2時過ぎころの被告人とFとのやりとりが本件の争点となっていることは,当事者において十分に理解していたということができる。また,本件物件の安全性に関する瑕疵の認識に関しては,10月27日午前11時ころからのGとBとの会議でG側から本件物件を含む竣工済み7物件等の構造計算書が改ざんされたことが,その物件名を挙げて伝えられたという点は,原判決において作為義務発生の根拠となる事実を基礎付ける事実としては正面から認定されていない(経過事実として認定されていることは前記のとおりである。
)のであるが,他方,この点
は,当初より検察官の冒頭陳述において,立証対象事実として主張され,関係者の証人尋問においても,その点に関する尋問が詳細になされていたことが認められるのであって,この点も両当事者が本件の重要争点として捉えていたことが明らかである。これらの事情に照らせば,訴因変更をしないまま,作為義務発生の時間を繰り下げて判示事実を認定したことが,不意打ちに当たるとか,被告人に実質的に不利益をもたらすということはできない。結局,原審の訴訟手続に判決に影響を及ぼすような法令違反を認めることはできない。
論旨は理由がない。
2
音声データ入りCD-ROMの証拠能力の判断を誤ったという訴訟手続の法
令違反の論旨について
(1)

論旨は,要するに,原判決は,弁護人が実質証拠として請求した原審弁第
3号証ないし同第5号証の音声データ入りCD-ROMについて,そこに収録されている音声データの内容からある事実を認定するという実質証拠としての用い方はできないと判断し,
被告人やFらの供述の信用性を判断するための証拠補助証拠)

の限度でしか本件録音データを証拠として用いていないところ,本件録音データには被告人が多数の者と携帯電話で架電した様々な内容が録音されているものであり,
その中には被告人自身の認識や考え方を表明している部分が多く含まれており,被告人の心の状態や精神的状態,内心の意図を述べるものであるから,伝聞証拠には該当せず,非供述証拠であると解すべきである,そして,原審における被告人質問によって本件事件との関連性の立証もなされているのであるから,実質証拠として利用することが許されるものである,したがって,原審の上記措置は,本件録音データについての証拠能力の評価を誤るもので,訴訟手続の法令違反があり,それが判決に影響を及ぼすことは明らかである,というのである。
(2)

そこで検討すると,本件録音データというのは,平成17年10月27日
にM(以下Mという。
)が被告人が携帯電話で通話しているところを自己の携
帯電話に録音しそれをSDカードに再録音したものを,CD-ROMに入力したというものである(したがって,主に,被告人の発言が録音され,通話の相手方の発言は聞こえてこない。
)が,原審記録によれば,弁護人は,原審第14回公判期日
において,本件録音データを,そのような通話がなされたこと等を立証するものとして証拠請求したこと,これに対し,検察官は,平成19年7月4日付け証拠意見書において,同第14回公判期日における被告人質問によっても,本件録音データが平成17年10月27日に録音されたという証明がなされておらず,自然的関連性が認められないなどとして証拠として採用することに異議を述べたこと,弁護人はその関連性を立証するものとしてMの証人尋問を請求しなかったこと,弁護人は,
最終的には,原審第18回公判期日において,本件録音データについて,Mから,平成17年10月27日午後4時14分ころから午後7時ころまでの間に被告人が架電した内容等を録音したとして提供を受けたものであるとして弁護人に提出した音声データの存在という立証趣旨に変更したこと,検察官は,関連性がないもしくは必要性がないとの意見を述べたが,原審は,この変更後の立証趣旨に限定して本件録音データを証拠として採用して取り調べたことが認められる。このように,弁護人は,当初の立証趣旨を,上記のように弁護人に提出した音声データの存在という内容に変更したのであるが,原審がこれを供述証拠として採用したのか,非供述証拠として採用したのかは必ずしも明示されていない。しかし,検察官の上記のような意見にもかかわらず採用したのであるから,非供述証拠として採用したものと考えられる。本来,この種の録音は,現場録音として,その現場で,そのような通話がなされたという事実を立証するものとして請求されるのであるから,非供述証拠として証拠能力を判断すべきものと思われる(ただし,発言内容の真実性を立証するというのであれば別異に考えなければならないことは当然である。。本件録音データは,まさに,被告人が電話でそのような発言をしていたと)
いうことを立証しようというものであるから,これは,非供述証拠として検討すべきものである。そして,事件との関連性が認められれば,その証拠能力を認めることができ,事実認定に供することができることは当然である。以上の意味においては,実質証拠として用いることができるのであって,原判決が,収録内容からある事実を認定するという実質証拠としての用い方はできないというのは,やや理解に苦しむ。また,原判決が,証拠の出方等に照らすと,本件録音データが,真に,Mが10月27日夕刻被告人の発言内容を録音したものであるのかについて,多分に疑義がないわけではない,とするのも,そのような疑義を持ちながら,F供述の信用性判断に実質的には用いていることとの整合性について,疑問を持たざるを得ない。結局,原判決が,実質証拠として用いることができないとした主たる理由は,立証趣旨の変更に伴う立証内容の縛りではないかと推察される。しかしながら,変更になった立証趣旨の・・・音声データの存在といっても,CD-ROMという物体が存するということだけを立証するものではないであろうから,結局は,そこにあるような録音がされているということであり,
それが被告人の発言であれば,
事件との関連性が認められれば,そのような内容の発言を被告人が行ったということがまさに立証されるのであり,そのような縛りは結局意味がないというべきであるもっとも,

証拠調べの方法として,
録音データを全部再生した旨の記載がない。
当審において,弁護人の請求により,本件録音データの関連性を立証するMの証人尋問を実施した上,立証趣旨を音声データに録音された発言内容として,再生することにより改めてこれを取り調べた。。以上,原判決の本件録音データの証)
拠能力に関する判断は正当とはいい難い。
しかしながら,原判決は,上記のように判示しながらも,結局は,録音データにある発言につき,それが被告人の発言であり,そのような発言がなされたことを前提として,F証人の証言の信用性等につき検討を加えて事実認定を行っており,また,当審において,上記のように,改めて本件録音データを取り調べて,その内容を検討しても,後記のとおり,原判決の判断に変更を加える必要を認めないから,原判決には判決に影響を及ぼすような訴訟手続の法令違反は認められない。論旨は理由がない。
第3
1
(1)

事実誤認の論旨(弁護人)について
原判決が作為義務を認めたこと等に関する事実誤認の論旨について論旨は,要するに,原判決の認定は,第2の1(1)記載のとおりであるが,
①被告人は,(ア)本件物件について,建築確認申請に提出された構造計算書の計算結果が虚偽であり,本件物件の安全性が建築基準法に規定する構造計算によって確認されていないことを知らず,(イ)本件物件の販売済みの居室の引渡しは既に終了していると思っており,その引渡し(残代金の支払い)が平成17年10月28日(以下の日にちは,特にことわらなければ,いずれも平成17年のことである。)
であることを知らなかったから,被告人には,残代金の支払請求を一時的にでも撤回すべき義務はなかった,②被告人は,株式会社N(以下Nという。)のFに
対し,本件物件の各居室の引渡しの中止(残代金の請求の中止)を指示したから,作為義務を果たしている,これらの諸点に照らせば,被告人は無罪であるのに,上記のとおり被告人を詐欺罪により有罪と認定した原判決には,判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある,というのである。
(2)

そこで検討すると,原判決は,その(争点に対する判断)第3,第4にお
いて,被告人に,
本件物件の安全性に関する瑕疵及び本件物件の引渡しに関する事実の認識のいずれもが認められるとして,被告人には,10月28日の引渡予定の契約者らに対し,その構造計算書の計算結果が虚偽であるなどの事実を告げるなりして残代金の支払請求を一時的にでも撤回すべき義務(作為義務)があった旨判示しているが,正当というべきであり,所論が,種々主張するところを検討してもその判断は変わらない。また,被告人がNのFに対し本件物件の各居室の引渡しの中止(残代金の請求の中止)を指示したから作為義務を果たしている,との主張も理由がなく採用することができない。以下,本件の前提となる事実を整理した上,
Fの原審証言が信用できないとの所論及び被告人が本件物件の残代金の引渡日が10月28日であることを知らなかったとの所論を中心に,補足して説明する。
(3)

本件の前提となる事実

関係証拠によれば,おおむね,原判決が争点に対する判断の第2本件争点の前提となる事実欄で認定したとおりの各事実が認められるが,その要点は以下のとおりである。

被告人は,不動産の売買,仲介等を目的とするBの代表取締役であったが,
同社は,分譲マンションである本件物件を建築するに当たり,I(以下Iという。
)1級建築士の経営するI建築設計事務所に本件物件の構造設計を発注し,指定確認検査機関であるGから本件物件の建築確認を得た。本件物件は,O株式会社の施工により建築工事が行われて完成し,9月21日,Gの完了検査が行われ,同日,Bに対し,検査済証が交付された。

Bは,自社の関連会社であるNに,自社の分譲マンションの販売等を委託し
ており,本件物件についても,総戸数30戸のうち17戸について,9月23日までに本件被害者11名を含む17名との間にそれぞれ売買契約が締結され(残りのほとんどは未販売)
,本件被害者らは10月28日午前中までに残代金を指定口座
に振り込んで完済し,
その後,
同日中に各居室の引渡しがされることとなっていた。

Iは,Bの分譲マンションについて,その構造計算書を作成するに際し,構
造計算上,建物にかかる地震時の応力である地震力の値を本来の値より低減させて地震力を小さく設定するなどして,構造計算書を改ざんしていた。エ
Gは,10月21日,Iが作成した構造計算書に改ざんがあるとの情報提供
を受けて,調査を開始し,その結果,Bの分譲マンションでありすでに建築確認をし工事が始まるなどしていたb,c,d,eの4物件について,Iが作成した構造計算書では,地震力を低減するなどの改ざんがなされていることが判明した。オ
Gは,
10月25日午後2時ころから開かれた会議において,
Iも同席して,

Bの常務取締役設計部長のP(以下Pという。,Bが依頼している元請設計)
事務所のK(以下Kという。
)に対し,Iが作成した上記4物件に関する構造
計算書では地震力が低減されるように改ざんされていたこと及びその低減値を伝え,このままでは検査済証を交付することができないことなどを知らせた。カ
PとKは,Gにおける会議の直後,Iを伴ってB本社に赴き,同日午後4時
ころから,被告人に対して,G側から上記4物件についてI作成の構造計算書に改ざんがあり,それらについては検査済証を交付することができないと言われたことなどを報告した。さらに,Pは,N代表取締役L(以下Lという。)の指示を
受け,同日夜,Iの事務所に赴いて,Bの物件について構造計算書の改ざんの有無等を調査し,その結果,前記4物件のほか,竣工済みの7物件(f,g,h,i,j,k,a(本件物件)
)とGとは別の指定確認検査機関が建築確認をしたlにつ
いても構造計算書が改ざんされていることが判明した。Pは,Bの分譲マンションが列挙された分譲実績表の写しをメモ代わりにして,該当物件にチェックを入れるとともに,その欄外に低減値などを書き込んだ。

Gにおいても,その後,Iが構造設計を行ったBの物件について更に調査を
行い,その結果,既に完了検査をして検査済証を発行していた竣工済みの上記7物件と建築確認申請のあった1物件(m)についても構造計算書が改ざんされていることが判明した(以下,Iによって構造計算書が改ざんされた物件をI物件などという。。


10月27日午前11時ころから,B本社において,B関係者とG関係者と
の間で,Iの構造計算書の改ざん問題に関する会議が開かれた。その会議には,Gからは同社代表取締役H(以下Hという。,危機管理室長J(以下Jと)
いう。
)らが,Bからは被告人,P及びLが,Bが依頼している元請設計事務所側からはK,Qら4設計士が出席し,Iも同席した。この会議において,G側からB側に対して,それまで報告した4物件のほか,竣工済みの7物件,建築確認申請中の1物件の合計12物件について構造計算書が改ざんされていることが伝えられた。

本件被害者ら11名は,10月28日の未明から午前中までに残代金をBの
指定口座に振込送金して残代金を完済し,その後,各居室の引渡しを受けた。そして,同日午後,Nの営業部会において,営業部員に対し,本件物件,e及びlについては当面販売を中止することが指示された。また,同日,Bは,Gに対し,b,c,dの工事取止め届,mの建築確認申請の取下届を提出した。以上のとおりである。
(4)

Fの原審証言の信用性に関する所論について

所論は,原判決が,Fの①10月26日,被告人らとのゴルフのプレー中に,被告人から,aもI担当であると聞いた,②同月27日午後2時ころ,Gとの会議の終了後,被告人のところに行って,
明日のaの引渡しはしてもよろしいでしょうかと尋ねると,引き渡していいという内容の発言があった,③翌28日午前中,被告人から,aについては念のために売り止めにしてくださいと言われて,引渡しはしていますという答えをしたところ,
それはいいんだというようなやり
とりがあった,との原審証言を信用できるとし,その証言に基づいて,被告人に,本件物件に関する構造計算書の改ざんについての認識及び本件物件の引渡日の認識がいずれも認められるとしているが,Fの上記供述には信用性がないというのである。
ところで,Fは,平成17年10月当時,Nの専務取締役営業部長及びBの取締役をしており,当時,物件の売れ具合や物件の引渡し時期について一番よく把握している立場にあった人物であるが,その供述内容の要点は,以下のとおりである。ア
10月25日午後3時ころRのK先生(Kのこと)とPが会社に来て,甲社
長の部屋に入り,1時間くらい打合せをした。同日午後9時ころから,私,L,S及び甲社長とで会合を持った。これは正式の会議ではなかった。甲社長が,上棟間近なのにeの検査済証が下りないかもしれないと,Gに対してずっと怒っていた。下りない理由は,RのK先生の下請でIという設計士が,いいかげんな構造計算をしているらしいという話だった。d,b,cとほかの物件の話も出ていたと思う。イ
私は,10月26日,東京よみうりカントリークラブで,甲社長,L及びM
とゴルフをした。甲社長は,ゴルフをしている間,Lの携帯電話でPと話していたと思う。甲社長から,Gが社長も含めて,翌27日にBに来社するというアポイントが取れたと聞いた。ティーショットが終わった後に,私と甲社長がフェアウェイを歩いているとき,甲社長から,aもI担当であると聞いたと思う。何ホールのことか分からない。この件については被告人の弁護人から2,3回確認を受けたが,自分の記憶はこれですと答えた。ほかにもI物件があるという話が出たか覚えていない。私はそのとき,aの引渡しがあさっての同月28日だと当然知っていたが,甲社長にその引渡しの確認までしたかについては記憶に自信がない。ウ
10月27日午前11時ころ,PがK先生,Q先生,T先生,U先生とGの方を連れて社長室の方に入っていった。eについて,検査済証が下りないのか,下りるためにはどうすればよいかなどの打合せだと思った。その会議は午後2時ころ終わったと思う。私はその会議中,翌28日のaの引渡しをしていいかどうか確認しようと思っていたと思う。aの担当がIと聞いていたので,念のために確認しようと思った。一般に,検査済証が下りてくれば,自動的に引渡しになる。引渡日は甲社長に相談しないで決める。しかし,aの引渡しの確認をその会議後にしようと思ったのは,会議がeの会議であると同時にIに対しての会議でもあると思っていたので,aがI担当であるということに関して,何か指示が出たら,それに対応しないといけないという気持ちがあったからである。私は会議終了後,甲社長のところに行って,正確な言葉はよく覚えていないが,

明日のaの引渡しはしてもよろしいでしょうか。

と尋ねた。甲社長から

検査済証はいつ下りてるんだ。

という質問があったと思う。私は「先月です。」と答え,甲社長は,

何だ,まだ終わってなかったのか。

というような形で,ちょっと怒った口調で言われたと思う。引き渡してよいという内容の発言があったと思う。甲社長がaの引渡しをするなと答えていたら,引渡手続はしていなかった。その場合は,客やローン実行金融機関に対し,代金を支払わないようにとの連絡をしていた。それらの連絡先は把握していた。そのとき,甲社長から,eとlの売り止め(新たな契約をしないこと)と,dとbの建築確認の出し直しの指示があった。dについては,申し込みを取った契約について,キャンセルさせろという指示があった。この日,甲社長から全物件の売り止めを指示された記憶はない。

10月27日の午後5時41分ころ,甲社長から私の携帯に電話があったと
いう通話記録があるということは聞いている。電話があったこと自体もよく分からないし,その会話の内容の記憶もない。そのとき,甲社長は会社にいなかったと思う。そのとき,aの引渡しをやめろという指示はなかったと思う。オ
10月28日はaの代金入金日及び引渡日で,
引渡し戸数は17軒であった。

私は,その日,実際に甲社長からの発信履歴がないということで,この記憶にはちょっと自信がないが,甲社長から,aについては念のため売り止めにしてくださいというふうに言われて,引渡しはしてますという答えをしたところ,それはいいんだというようなやり取りをした記憶がある。aの売り止めの指示は1回という記憶である。同日午後1時から営業部会があり,私はその場で,営業部員に対し,l,e,そしてaの売り止めを指示した。11月17日に国交省が耐震強度偽装問題を公表するまでの間,私は甲社長からaを購入した客に販売代金を返すように指示を受けたことはない。対象マンションの住民にIが構造計算書を改ざんしたことが発覚したことを知らせたのは11月17日の午後2時ころのことである。カ
後日,甲社長から,引渡しの確認をしてくれなければよかったねと言われた
ことがある。
以上のとおりであるが,Fの供述態度は誠に真摯で率直なものであり,その供述するところも録音データ(後述)の内容と矛盾することなく自然なものであり,本件物件の引渡しについて,被告人に尋ねた経緯なども営業責任者としてのFの立場からすると極めて合理的で自然な行動と考えられる。その供述に記憶の不明確なところがあることや記憶に混同があると思われるところは見られるものの,その供述は基本的に十分信用できるものと判断される。
所論は,Fの証言の信用性がない理由をるる主張するが,その中心となっているのは,本件録音データの内容と矛盾するという点である。すなわち,この録音データに関しては,前記第2の2において判示したとおりであるが,その一部に,被告人とFの間の10月27日午後5時41分ころ以降の通話が録音されており,被告人の発言した内容を聞き取ることができる。(ア)この録音データによれば,被告人は,売れてないやつに関してはさ,I構造のやつはあのー,取り敢えず販売中止。

それと契約終わっているものに関してはー,まだ引き渡ししてないものに関しては,金を返して解約の準備を取り敢えず進めて,その一覧表を作ってくれや。

という指示をしているのであり,この時点で,何の例外もなく,契約済みで引渡し前の物件について解約して返金するように,すなわち,
引渡しをするなと指示してい
ることが認められるのであり,Fが,それ以前に,被告人から本件物件の引渡しの了承を得たと証言していることと矛盾するというのである(なお,あしたのものに関してはそのまんまもうやっちゃってと発言した部分もあるが,それは,本件物件の引渡しに関するものではなく,翌10月28日に予定されていたlに関して営業2課のAが予定していた顧客からの申し込み受理に関するものであったと主張する。。(イ)また,この録音データによれば,被告人は,

a,aに関してはー,もう,検済みもう下りちゃってるんでしょ。,

ん,だから,ここんとこまで引き渡ししたものに関してはそこまででー,あのー,やっちゃうと。,と発言してお

り,被告人が,本件物件に関してはすでに引渡済みであると認識していたことが明らかであり,この点からも,Fの証言と矛盾する。(ウ)更に,上記の発言の後に,被告人は,

あと新しい販売はだからしないと,基本的に。

と発言しているが,これは,本件物件についての販売中止の指示である。Fは,10月28日に販売中止の指示を受けたと言い,販売中止の指示を受けたのは1回であったともいうのであるから,27日に指示を受けたことが録音データ上動かぬ事実である以上,28日に指示を受けたというF証言はあり得ないことである,というのである。しかしながら,(ア)については,その後に,Fの発言があって,被告人の

あしたー。,

あし,,

あしたは何日?それ。,

いやほんで何件?

あーそう,ほ,いじゃあ取り敢えず,あしたのものに関してはそのまんまもうやっちゃって。,ん

ー,ほんでー,営業部は分からなかったっていうことにしておこうや。そこまではさ。

などという発言が続くのであって,上記の発言は,Fから本件物件の取り扱い(引渡し)についての質問がなされて,それに対して被告人が,明日の本件物件の引渡しに関しては,例外的に扱うことを指示したものであったと考える余地がある。そうだとすると,あらかじめ,本件物件に関して,被告人から,翌28日の引渡しに関して了承を得ていたとしても矛盾しないということになる。この点,所論は,前記のように,このあしたのものというのは,本件物件の引渡しに関するものではなく,翌10月28日に予定されていたlに関して営業2課のAが予定していた顧客からの申し込み受理に関するものであったと主張する。確かに,当審における事実取調べの結果によれば,Aが10月28日に顧客と会ってその申し込みを受ける直前まで至ったということが認められ,その可能性が全くないとはいい切れない。しかし,話の流れからすると,Fの頭の中では,翌28日の本件物件の引渡しが最も重要な懸案となっていることは明白であるから,被告人からまだ引き渡ししてないものに関しては,金を返して解約の準備を取り敢えず進めて,その一覧表を作ってくれやなどという発言があれば,その点に関して,本件物件がそのまだ引き渡していないもの(つまり,解約の対象となり一覧表を作成するもの)に該当するのか否かを真っ先に尋ねるというのが,最も自然なことと思われる。したがって,このあしたのものというのは,やはり,本件物件の取り扱い(引渡し)を指していると考えるのが相当である。(イ)に関しては,被告人は,

a,aに関してはー,もう,検済みもう下りちゃってるんでしょ。,と念を押して確認して

いることが認められるのであり,明らかに,被告人とFの間に本件物件に関するやりとりが行われていたことがうかがわれる。Fは,10月27日午後2時ころの被告人との話の中で,被告人から,

検査済証はいつ下りているんだ。

と質問されたと思うと供述しているのであり,その供述ともよく符合する。それは,とりもなおさず,Fが,その証言どおりに,被告人に対して,本件物件について,翌28日の引渡しを行ってよいかどうかの確認を取っていたことを示すものであると思われる(所論は,

a,aに関してはー,もう,検済みもう下りちゃってるんでしょ。

との発言は,その点を確認したものであり,27日午後2時ころに確認したのであれば,その日の電話で重ねて確認する必要はないというが,被告人の言葉の調子から見て,すでに話された内容を念押しして,次の発言につなげたと見るのが自然である。。また,所論は,これは,被告人が本件物件についてすでに引渡済みだと)
認識していたことを示すというのであるが,
引渡済みでしょうと念を押したの
ではなく,あくまで,

検済みもう下りちゃってるんでしょ。

と念を押したのであって,そのように解するのは相当とは思われない。そして,そのあと,

ん,だから,ここんとこまで引き渡ししたものに関してはそこまででー,あのー,やっちゃうと。と発言しているが,このうち,あのー,やっちゃうと。という部分は,


これから(未来に向けて),引き渡すことを指示していると読んだ方が最も文脈としても自然と思われる。つまり,このところで,被告人は,本件物件の処理を再度確認されて(このように確認することについては,その直前に,lとeについて,
5階建て,
6階建てくらいに削って,
検査済みが取れることになったときには,
別途交渉することがあり得るような話をしたため,Fが明日引渡しが迫っている本件物件についても同じ取り扱いを考えるのか再度確認したとしても不自然ではない。,やはり,本件物件については引き渡す,しかし,引渡しを行うのはこれ限)
りであるということを明らかにしたものと解されるのである。(ウ)については,所論は,この発言によって,被告人が本件物件の販売中止を指示したとしているが,この発言は,一般的に,すべての物件について,販売しないと宣言したものとも解されるのであり,また,そもそも,Fは,27日のこの電話の存在自体明確に記憶していなかったのであるから,この録音データのこの発言がFの証言の信用性を疑わせるとは思われない。
以上,所論が,本件録音データの内容と矛盾するとして,Fの原審証言が信用できないと主張するところを検討したが,Fの原審証言は,むしろ,この録音データによく整合しているのであり,少なくとも矛盾しているなどとはいうことができない。その余の所論を検討しても,Fの供述が信用できるとした原判決の判断に不当なところは認められない。
(5)

本件物件の残代金支払時期の認識に関する所論について

所論は,要するに,原判決は,
被告人は,10月27日のGとの会議が終わった後にFから翌日の引渡しの可否を尋ねられたのであるから,この時点では,aの引渡日について確定的な認識を持つに至ったことが認められる。そして,分譲マンションの引渡しが行われるに当たっては,それに先だって,まず,買主側から契約残代金が支払われることは公知の事柄であり,その点については,被告人も否定しておらず,そうだとすると,aの引渡しがなされる居室につき,その残代金の支払いが10月28日にあることについても,被告人の認識は,上記のとおりであったと認められる。と認定するが(原判決18頁),被告人は,分譲マンションにつ
いて,前日までに入金確認ができたものについて当日引渡しをするというのが一般的であると認識していたものであり,10月28日の引渡しに先だって引渡しと同じ日の午前に残代金が支払われることまで認識していなかったから,原判決の上記認定は誤りであると主張する。
そこで検討すると,まず,本件物件について引渡日が,10月28日であることを,10月27日の午後2時過ぎころに認識したと認定できることについては,Fの原審証言が信用できること等に照らし,すでに明らかである。しかし,本件は詐欺の事案であり,金員をだまし取ったことが問題となっているのであるから,単に引渡しの事実を認識していただけでは不十分であって,そのまま何もしないで放置すれば,顧客から金員の振り込みが行われることまでを認識していなければならないのである。したがって,被告人が,もし,すでに,代金はすべて支払済みであると認識していたとすれば,そのまま引渡しを実施しても,それに伴う混乱が生じるとしても被告人が詐欺罪に問われるいわれはない。したがって,本件で,被告人に告知義務等が生じるとするためには,被告人が10月28日に残代金の支払いがなされるということを認識していたことが立証されなくてはならない。そして,被告人が,この点の認識に関して,前日までに入金確認ができたものについて当日引渡しをするというのが一般的であると認識していた旨を供述し,上記のような認識を持っていたことを否定していることは所論指摘のとおりである。もし,被告人の認識がその程度のものであったとすれば,詐欺の故意としては不十分なものといわざるを得ない。
しかしながら,本件のようにマンション居室(マンション敷地の共有持分も含まれる。
)の売買の場合には,売主の引渡義務の内容としては,買主に対し,マンションの居室自体の引渡し及びその不動産の所有権移転登記をすることが含まれることになる(なお,Fの原審公判証言によると,Bにおいても,売主の引渡しとは,所有権移転登記と居室の鍵の引渡しの両方を含む言葉として使用されていることが認められる。
)が,買主が,金融機関の非提携ローンを用いて,購入資金を用意する場合に,融資実行に関して抵当権設定登記が確実になされることを要求する金融機関との関係で,引渡日と代金支払日が同一にならざるを得ないという実情が認められる(Bの場合,非提携ローンを利用して融資を受けるときは,B側の司法書士が,Bから買主へのマンション引渡当日,事前に交付を受けていた書類を用いて,買主に対する所有権移転登記と当該金融機関側の抵当権設定登記の各申請を行い,それが法務局で受理されたという書類をファックスで金融機関に送り,その金融機関はその書類を確認した後に,買主に融資を実行し,その融資金をBの銀行口座に振り込んでいたことが認められる。。そして,Fの原審公判供述を含む関係証拠)
によれば,Fは平成14年4月にBに入社したが,Fの入社以降,全ての物件で代金完済日は引渡日までとされていたこと(Fは,代金完済日と引渡日は同じ日であったと供述するが,上記の趣旨と解される。,10月28日,非提携ローンを利)
用する顧客(V,W,X)について,上記に記載したような処理がなされたこと,Bと買主との間で締結されたaの不動産売買契約書においては,残代金の支払期日は10月28日までであり,引渡予定日についても同日までであることが明記されていたこと,10月4日に行われた入居者説明会において,Nの担当者は買主らに対し,売買代金は10月28日午前中までに完済するように依頼し,そうでない場合には引渡しができない旨説明したこと,その後においても,Nから買主に対し,マンションの残金の振込は10月28日午前中までに手続きをするよう依頼した書面を送付したこと,実際にも,10月28日には,aの本件被害者の分を含む居室17戸の引渡しがなされているが,それらの買主の多くは,10月28日に,同マンションの残代金合計5億1400万円余り(売買代金合計の約64%に相当する。を口座振込みの方法により,Bに支払ったことが認められる。以上によれば,)
Bにおいて,代金支払日が引渡当日までとなっていることは確たる事実であったということができる。そして,被告人の原審公判供述を含む関係証拠によれば,被告人は,昭和51年にマンションデベロッパーの関連会社に入社し,昭和56年終りころまでマンション販売の仕事に従事していたこと,昭和57年2月に独立し,不動産販売の仲介事業を営む会社を設立し,昭和63年ころから,主たる事業をマンション販売の仲介から,分譲マンションの企画,開発,分譲へと転換したこと,同社については2度の商号変更の後,平成13年7月にBと商号を変更したこと,被告人は,昭和57年2月以降平成17年当時まで同社を経営していたことが認められ,当然,自社の上記のような引渡し,代金支払いの実情について精通していたものと考えられる。このように,マンション販売においては,代金完済日と引渡日が同じ日であることに合理的な理由があること,少なくとも平成14年4月以降は,Bのいずれの新築マンション販売においても,代金完済日と引渡日が同じ日であったこと,被告人は,長年にわたり,不動産取引に従事していることが認められ,これらの事情を考慮すると,被告人は,aについても,代金完済日と引渡日が10月28日という同一日であったこと(したがって,当然,引渡日に残代金が支払われるものがあること)を認識していたものと認められる。所論は,被告人の原審公判供述に基づき,被告人は,マンション販売においては,前日までに入金確認ができたものについて当日引渡しをするということが一般的であると認識しており,引渡当日の午前中に残代金が支払われるとは認識していなかったと主張するが,所論は採用できない。
(6)

小括

以上のとおりであり,その他所論が主張する諸点を検討しても,被告人に作為義務を認めた原判決に不当な点は認められない。
2
(1)

詐欺の故意を認めたことに関する論旨について
論旨は,要するに,被告人には,詐欺の故意がなかったのに,原判決が弱い故意なる概念を用いて,被告人に本件詐欺の故意があったと認めたことは,事実誤認及び法令解釈の誤りであり,
それが判決に影響を及ぼすことは明らかである,
というのである。
(2)

そこで検討すると,被告人に詐欺の故意を認めた原判決の判断は正当であ
る。すでに検討したとおり,被告人が,本件建物の安全性に関する瑕疵」及び本「件物件の引渡しに関する事実を共に認識しながら,このまま何もしなければ(残代金の支払請求を一時的にも撤回しなければ)
,残代金が振り込まれ,それらの金
員をだまし取ることになることを認識しながら,あえて,翌28日の引渡しを指示したことが認められるのであるから,それを認容したというべきであって,被告人が詐欺の故意を有していたことは優に認められるというべきである。原判決は,被告人が相当深い思惑や魂胆があって本件詐欺を行ったということについては,これを否定し,そのような積極的な意図を持った故意と対比する形で,弱い故意と
いう概念を用いているものと推察されるが,それをもって,被告人に詐欺の故意を認めた原判決を不当ということはできない。
所論は,原判決が,
弱い故意とした理由として,①被告人は,深く考えることなく,ごく軽い安易な気持ちで残代金をだまし取る結果になることを容認した,②被告人としては痛恨の判断ミスということになろう,③翌日に引渡しを控えているといった切迫した中でのとっさの選択として犯行に及んだ,以上の点を挙げていることにつき,このような点はだまし取るという意思とは相容れず,過失に過ぎないという。しかし,このような事実があるとしても,被告人の上記のような故意が阻却されないことは明らかである。
所論は,本件録音データからは,被告人に顧客をだますという姿勢は一切認められないという。確かに,本件録音データの被告人の発言からは,積極的に顧客から金員をだまし取ろうとするまでの意思は読みとれない。しかし,翌28日の引渡しに関しては,これをそのまま行うという判断をしてしまったのであり,被告人が詐欺の故意を有していたことは到底否定できない。それでは,なぜ,被告人が,上記のような判断をするに至ったか検討しておく必要があるが,I物件については今後の販売を一切中止し,それまでに引き渡したものについては,解約等の手続を検討するという判断を行ったわけであるから,その点は,明快で正当な判断であったと思われる。問題は,翌日に引渡日が定まっていた本件物件の引渡しをどのように処理するかということであった。本件録音データに示された被告人の当時の心情や,被告人及びBが翌28日以降も国交省やC市など関係機関との間では交渉を行うなどしていたものの,11月17日に至るまで被害者ら対象マンションの住民らに対して,構造計算書の改ざんの事実を公表しようとはしなかったことなどとの整合性を考えると,Fからの質問で,その処理についての判断を迫られた被告人は,おそらくは,本件物件の引渡しを中止するとすれば,それに伴うトラブルの発生が必至であり,構造計算書の改ざんの事実を世間に公表せざるを得なくなり,それに対する十分な対応策も検討されていないという状況下においては,その問題が大きく広がって,自社やその関連会社に甚大な影響を与えることが予想され,そのような事態は何としても避けたい,明日の引渡しまでは,取り敢えずそのまま行ってその後の解決にゆだねることとしたい,そのために,本件物件の購入者から残代金が振り込まれることになるだろうがそれはそれでやむを得ない,
以上のような判断の下に,
本件物件の翌28日の引渡しを決めたのではないかと推察される。所論は,被告人はことの重大性を認識していなかったのであり,まさか,指定確認検査機関から検査済証が出ていて,本来引渡履行義務がある物件を引き渡すことによって人をだます詐欺として断罪されることなどないだろうという意識の下に行動していた,あるいは,被告人の指示した内容は,あくまで,引渡しなどの作為を念頭に置いたもので,代金取得などの付随的かつ受動的な事柄については全く念頭になかったのであり,被告人が残代金をだまし取る結果になることを容認したということはおよそ認められないという。しかし,被告人の違法性の意識が強いものでなかったことはそのとおりと認めてよいが,それによって被告人の故意が阻却されるものではなく,また,被告人が,作為義務を果たさない結果,Bに本件物件の購入者から残代金が振り込まれることを認識していたと認定できることは,すでに説示したとおりであり,被告人がそのような結果を認容したことも明らかというべきである。
3
事実誤認の論旨について(結論)

論旨はいずれも理由がない。
第4
1
法令解釈・適用の誤りの論旨(弁護人)について
論旨は,要するに,原判決は,被告人に残代金の請求を一時的にも撤回すべ
き作為義務があると認定したが,本件のような不真正不作為犯においては,その不作為は単なる作為義務に違反する不作為では足りず,
作為と同価値の不作為つ
まり積極的にだましたのと同視し得る不作為でなければならないのであり,その意味からは作為義務違反の範囲は無限定であってはならないところ,原判決が認定した事実を前提としても,被告人には,そのような刑法上の作為義務は認められないから,原判決には,不真正不作為犯が成立するための要件である作為義務に関する判断を誤り,詐欺罪の実行行為性が認められない不作為を持って実行行為を認めた法令解釈・適用の誤りがあり,
これが判決に影響を及ぼすことは明らかである,
というのである。
所論は,上記の作為義務が認められない理由として,①建築確認検査制度のもとで,建築確認に関わる事項についての責任と権限はすべて地方公共団体にあり,民間の指定確認検査機関であるGにはないから,そのようなGの内部情報であって,未だ調査中で不確かな建築基準関係法令上の安全性に関する情報を,検証もしないまま,被告人が本件物件の購入者らに伝えるまでの義務はない,②本件物件については,既に検査済証が発行され,公的には建築基準関係法令が要求する安全性が備わっていると確認されている状態であるから,Gから構造計算書に誤りがあると指摘されたとしても,それだけでは直ちに売買目的物に瑕疵があるとはいえず,ましてや売買の目的を達することができないときと評価されるような瑕疵があるとはいえないから,本件物件の購入者は,民法上ないし契約上の信義則からしても,10月27日の時点では,売買契約を解除することはできないのであって,Bの残代金請求権は失われていないというべきであるから,被告人においてその残代金請求を一時的にでも撤回すべき義務は認められない,以上の点を主張する。2
そこで検討するが,①については,Gは指定確認検査機関であり,建築確認及び検査業務について専門的な知識と能力を有する民間機関であって,実際に,本件物件について,建築確認及び完了検査を行って,確認済証及び検査済証を発行した機関であるから,そこからの情報というのは,十分信頼できるものとして,それを前提に行動すべきものと考えられる。しかも,そのGからの情報は,構造計算書の計算結果が虚偽であり,建物の安全性が建築基準法に規定する構造計算によって確認されていないというものであるところ,前記のとおり,Gは,Iが作成した構造計算書に改ざんがあるとの情報提供を受けて,調査を開始し,10月25日午後2時ころから開かれた同社の会議において,Bの常務取締役設計部長のP,Bが依頼している元請設計事務所のKの両名に対し,Iが作成した4物件に関する構造計算書では地震力が低減されるように改ざんされていたこと及びその低減値を伝え,このままでは4物件について検査済証を交付することができないことなどを知らせ,その会議には改ざんをしたというI本人も出席していたこと,PとKは,Gにおける会議の直後,Iを伴ってB本社に赴き,同日午後4時ころから,被告人に対し,G側から4物件についてI作成の構造計算書に改ざんがあり,それらについては検査済証を交付することができないと言われたことなどを報告したこと,10月26日,Pから,電話でゴルフ場にいる被告人に対して,本件物件もI物件であることが伝えられたこと,10月27日,Pが,分譲実績表の写し中の本件物件を含むI物件にマーカーを引くなどした上,同日午前10時30分ころ,Lの部屋で,被告人とLに対し,同表を見せながら調査結果を報告したこと,以上のような事実が認められるのであり,10月27日午前10時30分ころまでの段階において,被告人は相当に確実性の高い情報を得ていたことが認められるのである。このような確実性の高い情報を得た被告人が,顧客に対して,残代金の請求を一時的にも撤回すべき作為義務があったことは明らかである。
②については,原判決が適切に判示しているとおりであるが,分譲マンションに関し,構造計算書の計算結果が虚偽であり,建物の安全性が建築基準法に規定する構造計算によって確認されていないということは,そのマンション居室の購入者にとって,建物の安全性に関する重大な暇庇であり,顧客において,そのような問題があるとの情報を得れば,契約を見直したり,残代金の支払いを拒絶しようとすることも十分想定できるのであるから,民法及び売買契約上の信義誠実の原則からいっても,そのマンションを販売する会社において,残代金の支払前の居室の買主に対し,上記のような瑕疵がある旨を告げるなどして,予定されていた残代金の支払請求を一時的にでも撤回すべき義務があったことは明らかと思われる。ここでは,10月27日の段階で,本件物件の購入者が契約を解除できたかとか,Bの残代金請求権が失われていなかったかとかという点が問題となっているのではなく,上記のような重大な情報を得た売主としての被告人が,購入者がその重大な情報を知らないまま残代金を振り込んでしまうことのないように,予定されていた残代金の支払請求を一時的にでも撤回すべき義務があったかどうかが検討されているのである。
その他の所論を検討しても,原判決が被告人に対し詐欺罪を認めたことに法令解釈・適用の誤りがあるとはいえない。
論旨は理由がない。
第5

量刑不当の論旨(検察官)について

論旨は,要するに,被告人を懲役3年・5年間執行猶予とした原判決の量刑は軽すぎて不当であり,被告人を実刑に処するのが相当である,というのである。そこで検討すると,本件は,マンション販売会社であるBの代表取締役であった被告人が,自社が販売する分譲マンション(a)
(本件物件)について,構造計
算書の計算結果が虚偽であり,建物の安全性が建築基準法に規定する構造計算によって確認されていないことを認識したにもかかわらず,同マンションの居室の購入者11名に対し,その事実を告げず,かねて翌日の午前中を支払期限としていた残代金の支払請求をそのまま維持し,上記11名の購入者をしてB名義の普通預金口座に金員合計4億1400万円余りを振込入金させてこれをだまし取ったという詐欺の事案である。
本件物件は,Iが構造計算書を改ざんし,その安全性が建築基準法に規定する構造計算によって確認されていない,いわゆる耐震強度偽装物件の1つであった。被告人は,平成17年10月27日午後2時過ぎころまでに,自社やその関連会社の役員等からの報告等によって,本件物件はIが構造計算書を改ざんした物件(マンション)
であり,
その購入者への引渡しが翌日であることを認識したのであるから,本件物件の安全性に問題があることを全く知らない購入者らに対し,上記の事実を告げるなどして,残代金の支払請求を一時的にでも撤回すべきであったのに,そのような指示をすることなく,購入者らに残代金を振込入金させたもので,被告人のこのような犯行は,マンション業者を信用するしかない購入者らの信頼を裏切るもので,マンション販売会社の社長として,無責任極まりない犯行であったといわざるを得ない。本件の経過にかんがみると,翌日に控えた本件物件の引渡しを中止するとすれば,それに伴うトラブルが生じ,構造計算書の改ざんの事実を世間に公表せざるを得なくなるが,それに対する十分な対応策も検討されておらず,その問題が大きく広がって,自社やその関連会社に甚大な影響を与えることを何としても避けたいというのが主な動機であったと推認できる。このような動機は,後に述べるように,構造計算書の改ざんという思ってもみなかった突然の事態に十分な時間も与えられずに判断しなければならなかったという事情はあるにしても,誠に身勝手なものというほかない。本件の被害者は11名であり,被害金額も合計4億1400万円余りと極めて高額に上る。また,被害者らは,新築マンションを購入し,そこでの新しい生活に夢を描いていたはずであるのに,わずかの期間本件物件に居住しただけで退去を余儀なくされ(本件被害者11名のうち,1名は,本件マンション居室には入居していない。その他の10戸はすべて入居し,平成17年12月末までには退去している。,いずれも人生設計を大きく狂わされたもので,そのよ)
うな被害のすべてを被告人だけの責任とすることはできないとしても,10月27日における被告人の判断がその被害を決定的なものとしたことは否めない。被告人の責任は重いというべきである。
ところで,原判決は,上記のような事情があるにもかかわらず,被告人のために酌むべき各事情(以下の①ないし⑧)を認定し,本件は被告人を実刑にすべきまでの事案とは認めがたいとして,被告人を懲役3年に処するとともに,5年間刑の執行を猶予しているので,以下,それらの各事情について,これを不当と主張する検察官の所論を踏まえて検討する。
①本件はあくまでも不作為による詐欺が問われている上,被告人には積極的,意図的に被害者らから残代金をだまし取ろうとした事実までは認められず,構造計算書の改ざんという思いもよらない重大な問題に直面し,しかも,翌日に引渡しを控えているといった切迫した中で,とっさの選択として,被害者らから残代金をだまし取ることになってもかまわないとの思いのもと,いわば弱い故意に基づいて犯行に及んだにとどまることとする点についてこの点は,判示のとおりであって,被告人は積極的,意図的に金員をだまし取ろうとしたものとは認められない。事実誤認の主張に関して説示したとおり,10月27日までにI物件の存在とその危険性を認識した被告人は,I物件のその後の販売中止とまだ引き渡していない物件の引渡しの中止を指示したのであるが,翌日に引渡しを控えた本件物件については,
前記のような動機から,
とっさの判断として,
本件物件に関しては引渡しを断行しようと決意したものと判断される。当然,そのために,
残代金が振り込まれることになることは認識していたものと考えられるそ(の点は,前記説示のとおり)のであり,その動機は決して芳しいものとはいえないが,積極的,意図的に犯行に及んだものに比べれば,その点は斟酌すべきものと思われる。
所論は,被告人の10月27日のGとの会議における天災地震が起きて建物が倒れたときに調査して発覚したことにすればよいとか改ざんが発覚すれば,1棟あたり20億円,合計300億円の買取請求を受けることとなり,Bの体力が持たないなどと発言したとして,この発言等を捉えて,被告人は,構造計算書の改ざんの事実が本件被害者らに知られることになれば,既存物件の購入者から買取請求を受けたり,風評被害を受けるなどしてBの倒産が必至になることを認識していたのであり,
構造計算書の改ざんの事実を隠蔽することにより,
Bの倒産を回避し,
ひいては自己保身を図ろうとしたものであって,被告人の本件犯行は,積極的かつ意図的なものであったという。しかしながら,Gとの会議での発言は,Gとの間の利害の対立する交渉の過程でなされたものであって,そこから,被告人の意図をすべて読みとることはできない。そして,本件録音データによれば,被告人は10月27日の上記会議後において,携帯電話を通じて,関係者らに対して,事実を隠蔽しようとするのとは異なる方向の話をしていることが認められ,その時の被告人の真意としてはむしろこちらに近いのではないかと思われる。
所論は,
Bが販売をし,
販売を予定していた複数の分譲マンションのうち,すでに完成していた物件については事実を隠蔽する方針を立て,本件物件についても事実を隠蔽して引き渡し,残代金を入金させることを指示したものであるとも主張するが,被告人がそのような方針を立てたとする点は,事実に反するように思われる。しかし,これまで述べてきたとおり,翌日に迫った本件物件の処理に関しては,それが間近に迫っているということもあって,
直ちに事実を公表するなどすることに躊躇があり,
そこまでは,
隠蔽して事を運ぶことになるがそれはそれでやむを得ないことと判断したものと思われる。
また,所論は,原判決が,
弱い故意という言葉を使っていることにつき,空
疎な概念を用いて被告人の刑責を論じることは不適切であるという。しかしながら,
原判決がその言葉によって示そうとしたのは,上記のように,被告人が,積極的,意図的に,あるいは強い利欲的な動機から,本件犯行に及んだのではなかったということであって,ここでその言葉を使うことが適切であったかどうかという判断は置くとしても,その点に関する原判決の判断は正当というべきであって,不当ということはできない。②本件に至るまでの経緯をみると,そもそもの発端は,Iによる構造計算書の改ざんであり,そこに,確認検査機関であるGがこれを看過して建築確認をし,更に検査済証を発行していたという事情があり,本件に至るまでに限れば,Bは耐震偽装の被害者ともいえる立場にあったことは否定できず,また,B内にあって被告人のみに責任があるというものでもないこととする点についてこの点も,原判決の判示のとおりであって,その点をどれほど,被告人のために酌み取るかという問題はあるが,これを有利な事情とすること自体を不当ということはできない。
所論は,本件と,被告人がI等との関係で被害者的立場にあることとは,全く別個の問題であって,原判決は一般消費者に安全な商品を提供するディベロッパーの代表者としての被告人の責任を不当に軽視したものであるという。また,B内の誰がどのような理由によって責任があるのか明らかにされておらず,被害者に改ざんの事実を告げて本件物件の引渡しを中止し,残代金の支払請求を撤回することを決断し,実行し得たのは被告人以外には存在しないという。確かに,被害者らの被害を決定付けたのは,被告人が,翌日に控えた引渡しを中止しなかったことにあることは明白であり,
被告人の責任が重大であることは到底否定できないところである。一般消費者に安全な商品を提供するというディベロッパーの責任を考えたとき,消費者と唯一向かい合うマンション業者としての被告人が他にも増して重大な責任を負っていることも明らかである。しかし,被告人も,いわゆる耐震偽装問題のなかでは,局面を変えてみれば,被害者の立場にあったことは否定しようのない事実であり,その点は冷静に見て行かなければならない。この点を,本件について,被告人に有利な事情の1つとして考慮すること自体に不当な点はない。なお,所論は,BがIを使って,建築費のコスト削減をしていたことを考慮すると,被告人もIらとの関係では被害者的立場にあったという点は被告人に有利な事情とはいえないというが,営利を目的とする企業において,コストの削減を図ることはむしろ当然のことであって,資格を有するIに対して構造計算を依頼したことに非難すべき点はなく,この所論は採用できない。また,B内において被告人にのみ責任があるのかとの点については,B内における被告人の権限はなんといっても大きく,本件の経過に照らしても,重大な局面で,被告人が,判断を誤らなければ,本件被害は生じなかったことは明らかであるから,所論のいうところはおおよそ正当というべきであろう。しかし,本件の残金支払請求を一時的にも撤回すべきという判断が極めてまっとうな判断であったことを考えると,Bという会社組織内で,その時,被告人に対してその旨進言することのできた者が全くいなかったとは思われないのであり,原判決の判示を不当ということもできない。
③本件犯行により被告人が財産的利得を得たということはなく,Bとしても,被害者らからだまし取った金を不当に利用したこともないことという点についてこの点も,
本件犯行により入手した金員は,
その後のBの経済活動その中には,

本件物件の建築等に掛かった費用の支払い等も含まれる。
)に当てられたものであ
り,原判決の判示に不当な点はない。
所論は,原判決は,本件犯行が,そもそもBの倒産回避を目的として敢行されたものであることを看過しているという。Bの倒産が必至であったにもかかわらず,不当にそれを避けるために本件犯行に及び,
取得金についても,
そのような目的通

常の経済活動とはいえないような目的)のためにつぎ込んだと主張するものと解される。しかしながら,本件犯行について,被告人に,そこまでの明確な意図,目的があったと認定することは困難というべきであり,取得金について,そのような倒産回避だけを目的として使用されたということもできない。
④被害者らにはBからの見舞金や破産の配当金などが支払われ,微々たるものとはいえ,被害の一部が回復していることとする点について被害の回復状況を検討すると,本件被害総額は,合計4億1400万円余りであるところ,本件被害者11名は,平成17年12月ころBから迷惑料として各人50万円ずつの合計550万円を受け取り,その後,原判決宣告時点までに,破産者株式会社Bから合計5735万円余り,破産者甲進から合計60万円余り,破産者株式会社Y(旧・N)から合計1億1917万円余りの各配当を受け取っており,それらの合計額は1億8262万円余りとなる(ただし,破産者株式会社Yからの配当については,原審において立証された形跡はない。なお,原判決後,本件被害者11名に対し,破産者株式会社Bから1911万円余り(今後,最終の配当も予定されている。,破産者株式会社Yから1526万円余りの各配当が支払われて)
いる。このように,現時点では,合計2億1700万円余り(本件被害総額の52%余り)の被害が回復していることになる。。したがって,原判決が,被害の回)
復程度を微々たるものと判示しているのは,原判決時点においても,相当でない。財産犯である本件において,
被害の回復とその程度は情状として考慮すべきであり,
その点では原判決に不当な点はない。
所論は,被害者のうち10名は,本件マンションの跡地に新築マンションの建設計画を進め,そのために必要とされる多額の費用も本件犯行の実質的な損害額に当たるという。証人Z及び同Eの当審公判供述を含む関係証拠によれば,本件マンションの居室を購入した17名のうちの13名(本件被害者10名及びその他3名)は,本件建物全部を取り壊して(なお,C市が既に本件建物の4階から10階までを撤去した。,その跡地に新築マンションを建設する計画を実行に移しており,)
平成22年3月にそのマンションが完成する予定であること,平成17年10月当時,Bが本件建物の居室13戸分の持分を所有していたが,前記新築マンションの建設計画に参加した者らは合計約1億2000万円を支払ってその持分を買い取ったこと,さらに,追加負担額として,Zの場合には約1650万円,Eの場合には約1730万円が掛かることが予定されていることが認められ,これらの事実に照らすと,新築マンションの建設に加わった前記10名は,概ね1人当たり2500万円前後の負担が生じることになるが,そもそも,詐欺罪を含む領得罪において,一般的に,その被害額は,財物や財産的利益そのものの価額をいうものであって,民事における損害賠償の範囲の問題のように,その犯罪と一定の関連性を有する各種の損害を含むものとは解されていない上,
本件においては,
それらの被害者らは,
その費用を負担する代わりに新築マンションの居室を取得するのであるから,それらマンション新築等の費用を本件犯行の実質的な損害額として考慮することは相当とは思われない。また,所論は,C市は,本件被害者らに対し,移転費(187万円余り)及び家賃補助(平成20年3月分までで1356万円余り)を支払っているところ,これらは,税金からの支出であって,広く国民に与えた損害として看過できないものがあると主張するが,領得罪における被害額の意義等に照らして,それらの点を原判決が本件の被害額として考慮しなかったことが不当であるとはいえない。
なお,弁護人は,本件マンション居室の売買において,土地については構造計算偽装に関わる瑕疵は存在せず,土地代は実質的損害に含まれないから,建物及び共用部分等に関する損害が,本件による実質的損害の中心的な部分であり,本件被害者11名に対するそれらの合計額は2億4309万円余り(マンション売買において,土地代には消費税が掛からないことから,本件各マンションの売買契約における消費税額(5%)の20倍の額を本件建物及び共用部分等に関する売買代金額として算定し,それに消費税額を加えたものを損害額としている。
)であり,そのう
ち,2億1700円余りが補填されている(原判決後の追加配当も加えて計算している。
)から,実質的な損害のうち約90%が補填済みであると主張する。しかしながら,被害者らは,本件マンションの居室に居住することを目的として,それらの居室を購入したのであって,その敷地の持分だけを取得する意図であったわけではないから,そのように単純に土地の代金を別途取扱い,建物部分等の代金に特化して実質的な損害を算定することには賛同できない。
⑤Bは,
本件物件をはじめ相当数の耐震偽装物件を抱えたことにより,その後,債権者の申立により破産手続開始決定となり,被告人も,一部マンションの住人に対し個人保証したことから,同様に,債権者の申立により破産手続開始決定となり,財産はすべて破産財団に帰属することを余儀なくされており,また,被告人の事後の対応ぶりもあってか,Bや被告人が耐震偽装問題の中心にいるかのようなとらえ方でマスコミ等から激しい非難が集中した面がないではなく,これまでに相応の社会的制裁を受けていることとする点についてこの点も,原判決の判断に不当な点は見られない。Bは,本件物件を含めて相当数の耐震偽装物件を抱えたことから,その後,破産手続が開始され,被告人も一部のマンション住人に対して個人保証をしたことから,破産手続開始となり,自己の財産を失ったものである。
所論は,Bは,本件犯行を敢行しなくても,耐震偽装問題のあおりを受けて早晩倒産に追い込まれていた可能性が高いのであるから,Bが破産手続に追い込まれたことをもって本件犯行について被告人に有利な事情とすることには疑問があるという。また,被告人がマスコミ等から激しい非難を受けたのは,ディベロッパーの代表者である被告人が,自己があくまでも被害者であるように強弁し,GやIに責任を転嫁する態度に終始していた事実に基因するもので,一般消費者に対する重い責任を有していた被告人に対する当然の非難を受けたに過ぎないのであって,それをもって,被告人に有利な事情とすることはできないという。しかし,Bが破産手続に至った原因が何であるかはともかく,本件犯行の発端となった耐震偽装の被害者として,Bが破産という重大な不利益を被ったこと,そのため企業経営者としての被告人が深刻なダメージを受けたことは事実であり,この点を,量刑において,被告人に有利な事情として考慮することに疑問の余地はない。また,被告人がマスコミ等から非難を受けたとの点も,所論の指摘は傾聴すべきものを含んでいると思われるが,いわゆる耐震偽装というレベルで捉えれば,本来被害者的立場にあった被告人に非難が集中しすぎた感は否めず,その点をとらえて上記のように判示した原判決に不当なところはない。
⑥相当期間身柄を拘束されていたこととする点について⑦これまで分譲マンションの販売等で企業経営者として社会に貢献してきており,もとより前科等もないこととする点について⑧その他被告人の年齢や健康状態などとする点について原判決が,
上記の各点を,
被告人に有利な事情として考慮したことは相当であり,
不当な点はない。
以上の次第であり,原判決の,被告人に有利とすべき事情についての判断は,その一部を除いて正当なものということができる。
被告人に有利とすべき点は,上記のとおりといってよいが,このような諸点を総合して検討すると,被告人を懲役3年・5年間執行猶予とした原判決の量刑は正当というべきであり,軽過ぎて不当であるとはいえない。
論旨は理由がない。
第6

結論

よって,刑訴法396条により本件各控訴をいずれも棄却することとし,当審における訴訟費用のうち証人Aに支給した分を被告人に負担させることについて同法181条1項本文を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官

門野


裁判官

土屋哲夫
裁判官

鬼澤友直)

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