判例検索β > 平成21年(わ)第1号
殺人未遂
事件番号平成21(わ)1
事件名殺人未遂
裁判年月日平成21年6月5日
法廷名大分地方裁判所
原審裁判所名大分地方裁判所
裁判日:西暦2009-06-05
情報公開日2017-10-13 01:36:37
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主文
被告人を懲役3年に処する
未決勾留日数中90日をその刑に算入する。
押収してある文化包丁1本(平成21年押第8号の1)を没収する。理由
(罪となるべき事実)
被告人は,Aから殴られるなどしていたところ,同人から顔を蹴られて鼻血が飛び散ったのをきっかけに激高し,平成20年12月16日午前2時49分ころから午前3時9分ころまでの間に,大分市所在のアパートB荘103号室の被告人方玄関付近において,殺意をもって,上記A(当時58歳)の背後からその頸部を所携の文化包丁(刃体の長さ約17.5センチメートル,平成21年押第8号の1)で切り付け,さらに振り返った同人の顔面を切り付け,後ずさりした同人の腹部を刺したが,同人がその場から逃走したため,同人に全治約2週間を要する頸部切創,顔面切創,腹部刺傷の傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかった。(証拠の標目)
省略
(法令の適用)
省略
(争点に対する判断)
第1

争点
本件の争点は,被告人に,①殺意があったのかどうか,②責任能力が備わっていたのかどうかである。

第2
1
殺意の有無
検察官は,①動機,犯行前の行動,②凶器の形,大きさ,③包丁の使い方,④傷の場所・程度,⑤犯行後の言動,そして,⑥捜査段階の自白から,被告人に殺意があったと主張する。

2
以下,検討する。
前記主張のうち,②凶器の形,大きさ,④傷の場所・程度,⑤犯行後の言動については,証拠上,凶器が,新品の文化包丁であり,先端が鋭利で,刃体の長さ約17.5センチメートル,刃体の幅約4.4センチメートル,全長約30センチメートルであったこと,被害者が,頸部切創,顔面切創及び腹部刺傷を負い,頸部切創は,傷口の全長約9センチメートル,深さ約1センチメートルで,外頸静脈の直近まで到達するもの,顔面切創は,傷口の全長約9.5センチメートル,深さ約1センチメートルのもの,腹部刺傷は,傷口の全長約5.5センチメートル,深さ約2.5センチメートルで,腹腔内に達するものであったこと,被告人は,本件犯行当日午前3時9分ころ,警察に110番通報をし,頭にきて,首切って殺したなどと申告し,午前3時30分ころ,被告人方に駆けつけた警察官に対し,頸動脈を切ればすぐに人が死ぬと分かっている,とどめを刺そうと思って腹を刺したなどと述べていたことが明らかであり,検察官の主張するとおりの事実を認めることができる。
③包丁の使い方については,検察官は,被告人が被害者の首を狙って切り付けたものであり,腹も刺そうとして刺したものであると主張する。これに対し,弁護人は,被告人が殺意をもって,背後から首を狙ったり,腹を刺そうとしたのであれば,被害者は致命傷を負ったはずであり,負傷の程度が全治約2週間にとどまっているのは,明らかに被告人の自制が働いており,被害者を追い払うため,あるいは多少の怪我をさせて懲らしめるための行為であったと主張する。
この点,被害者は,被告人方で被告人の顔を蹴った後,帰ろうとして玄関ドアを開けて一,二歩歩いたとき,左首に痛みを感じて,振り向くと,右頬にものすごい痛みを感じた,手で顔の傷を押さえて,二,三歩後ずさりすると,正面から腹を刺されたと供述している。
被害者は,当時酒に酔っており,記憶に欠ける部分も多いが,上述したかぎ
りでは具体的であり,反対尋問などにも揺らいでいない。そして,同人の供述は,傷の場所・程度,被告人方の玄関付近にあった血痕の状況にも符合しているのであるから,特に疑いを容れないというべきである。
その上で,傷の場所・程度も併せて考えると,被告人は,最初だけでなく,続けて被害者の頸部付近に切り付けたことになるから,首の辺りを狙って切り付けたものと推認するのが合理的である。しかも,被告人は,犯行後,110番通報をし,被害者の首を切ったと申告するなどしているのであるから,検察官の主張するとおり,被害者の首を狙って切り付けたものと認めることができる。
被告人が,被害者の腹部を意図的に刺したかどうかについては,被害者は,被告人から刺されたと述べるのみで,どのようにして刺されたかまでは明らかにしていないが,被害者の述べる被害者と被告人との位置関係や腹部の傷が刺傷であることを併せて考えれば,被告人が被害者を刺そうとして刺したものと認めるのに不足はないというべきである。
そして,被害者の頸部や顔面の切創については,その傷の長さや深さなどを考慮すると,被告人が手加減して切り付けたものとは考えがたい。腹部の刺傷については,被害者が二,三歩後ずさりをしたところで刺されたものである。しかも,被告人は,本件犯行前,日本酒を1升程度飲んだと供述しており,相当に酔っていたとうかがわれるから,負傷の程度が特に重くないのは,こうした事情が相俟ってのことと考えることができ,被告人の自制が働いた結果とは認め難い。
①動機,犯行前の行動については,被告人も,酒に酔っていて,覚えていないところが多いので,明らかでない部分が多いが,被害者及び関係者の供述なども併せて考えると,被告人は,被告人方にやってきた被害者から繰り返し殴られるなどしていたところ,顔を蹴られて鼻血が飛び散ったことをきっかけに,包丁を取り出し,本件犯行に及んだものと認めることができる。

検察官は,被告人が突発的に強固な殺意を抱いたかのように主張し,弁護人は,被告人は被害者から繰り返し殴られるなどしても耐えていたし,蹴られた後,暴行が中断されたので,殺意まで抱くような状況ではなかったなどと主張するが,上述した経緯からすれば,強固な殺意を抱いたとまではにわかに認め難いものの,酒の酔いも手伝い,激高して突発的に殺意を抱いたとしても,不自然ではない。
⑥捜査段階の自白については,被告人は,同自白において,殺意をもって被害者の首を切り付けたと供述しているが,公判廷においては,包丁を取り出した後の記憶がないと述べている。
被告人が意図的に供述を後退させたと考える余地もあるが,前述したとおり,被告人は,相当に酔っていたものとうかがわれるところ,これまでにも酒を飲み一晩寝ると記憶がなくなってしまうことが度々あったと述べていることなどからすれば,被告人が,犯行後,一晩寝るなどして記憶を失ったとしても,あり得ないことではない。他方,被告人の捜査段階の自白は,証拠に沿っており,理路整然とはしているが,被害者の負傷状況や被告人の犯行直後の言動などから,理詰めで追及することができるところのものであって,追及に辻褄を合わせたとの被告人の弁解を排斥するに足りる決め手に欠け,これをただちに信用できない。
3
検討の結果は,以上のとおりであるが,これらによると,⑥捜査段階の自白を除いても,②凶器の形,大きさ,③包丁の使い方,④傷の場所・程度,⑤犯行後の言動から,被告人は,被害者を殺害する危険性を認識しながらあえて行為に及んだものと推認されるので,殺意があったというのが相当である。そして,①動機,犯行前の行動も,被告人に殺意があったとすることに矛盾しない。なお,被告人の公判廷における供述は,包丁を取り出してからのことを覚えていないというものであって,前記推認に反するものではない。
そして,その他証拠を精査しても,前記推認を覆すに足りる事実はうかがわ
れない。
よって,検察官の主張するとおり,被告人に殺意があったと認めることができる。
第3
1
責任能力の有無
検察官は,①動機,犯行前の行動,②包丁の使い方,③犯行後の言動,④被告人に精神疾患などがないことから,被告人には責任能力があったと主張する。
2
④被告人に精神疾患などがないことについては,証拠上,アルコール依存症であったことを除けば,とりたてて被告人に精神疾患があるとは認められない。前述したとおり,被告人は,本件犯行前,日本酒を1升程度飲んだと供述しており,相当に酔っていたとうかがわれるが,普段の酒量が7合から1升程度であったと述べているから,酒量が特に多かったとはいえない。
被告人は,包丁を取り出した後の記憶がないと述べているところ,前述したとおり,これを嘘とは断じ得ないが,②動機,犯行前の行動については,突発的に殺意を抱いたとしても不自然なものではなく,③包丁の使い方も,意思によって統制されたものといえる。④犯行後の言動についても,110番通報や現場に駆けつけた警察官との応答の内容からすれば,少なくともその時点では自らが行った行為を認識し,その社会的意味も理解していたものと認められる。また,警察官に対し,直立して凶器となった包丁を指し示すなどしており,その様子を撮影した写真からも,特段の異常は感じられない。
弁護人は,被告人が,血を見たことによる刺激興奮と急激に進行した酔いの相乗作用による一時的錯乱状態に陥り,心神耗弱の状態にあったと主張するが,以上に照らせば,被告人が,行為の是非善悪を弁識しこれに従って行動する能力に著しく影響を及ぼすほどの錯乱状態に陥っていたとは認め難い。よって,検察官の主張するとおり,被告人に責任能力を認めることができる。
(量刑の理由)
1
本件は,被害者から殴られるなどしていた被告人が,顔を蹴られて鼻血が飛
び散ったのをきっかけに激高して殺意を抱き,包丁で,被害者の頸部や顔面を切り付け,腹部を刺して傷害を負わせたが,被害者が逃げたため未遂に終わったという殺人未遂の事案である。
2
犯行の態様は,被害者の背後から包丁でいきなりその頸部を切り付け,さらに振り向いた被害者の顔面を切り付け,後ずさりする被害者の腹部を刺したというものであって,致命傷に至る危険性の高いものである。被害者の暴行がきっかけになったとはいえ,包丁で切り付けるというような行為を選択したのは,短絡的にすぎるといわざるを得ない。
加えて,本件は,大量に酒を飲んでの犯行であるところ,被告人は,過去に酒に酔って強盗に及んだことにより長期間刑務所に服役した前科があるにもかかわらず,酒に溺れた生活を改めることなく,本件犯行を犯すに至ったものであり,そうした経緯には一定の非難を免れない。

3
そうすると,被告人の刑事責任は重大であるというべきであるが,本件犯行は幸いにも未遂に終わっており,被害者の負った傷害の程度も全治約2週間にとどまっている。責任能力に問題を生じるほどではないが,被告人は,相当に酔っていたものとうかがわれ,行動を制御する能力が減退していたであろうことを否定できない。被告人を繰り返し殴るなどしていた被害者にも,当然,落ち度がある。しかも,被告人は,犯行直後,自ら110番通報をして犯行を申告している。公判廷では,犯行を覚えていないと述べているが,詭弁を弄して罪責を免れようとしているとは認められない。むしろ被告人には犯行を積極的には争わない姿勢がうかがわれ,被告人なりに反省の態度を示しているものともいえる。

4
そこで,こうした被告人のために酌むべき事情も考慮して,被告人に主文の刑を科すことにした。

(求刑

懲役5年)

平成21年6月5日

大分地方裁判所刑事部

裁判長裁判官

宮本孝文
裁判官

西


健児
裁判官

嶋田真紀
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