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課徴金納付決定取消請求事件
事件番号平成23(行ウ)151
事件名課徴金納付決定取消請求事件
裁判年月日平成25年2月21日
法廷名大阪地方裁判所
判示事項金融商品取引法175条1項に基づく課徴金納付命令の要件となる法違反行為の意義
裁判要旨金融商品取引法175条1項に基づく課徴金納付命令の要件となる法違反行為は,故意によるものに限られず,過失によるものも含む。
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平成25年2月21日判決言渡
平成23年(行ウ)第151号

課徴金納付決定取消請求事件

主文1
原告の請求を棄却する。

2
訴訟費用は原告の負担とする。

第1

実及び理由
請求
処分行政庁が平成23年7月20日付けで原告に対してした課徴金納付命令を取り消す。

第2

事案の概要
本件は,インサイダー取引を行ったことを理由に,処分行政庁から金融商品取引法(以下「法」という。)175条1項に基づく課徴金982万円の納付命令(以下「本件処分」という。)を受けた原告が,①原告は,そもそも重要事実についての情報提供を受けていないのであるから,本件処分には事実誤認の違法がある,②課徴金納付命令をするためには,対象者に課徴金納付命令の原因となる事実の認識が必要と解すべきところ,原告は情報提供者が法所定の会社関係者であることを認識していなかったと主張して,被告に対し,本件処分の取消しを求めた事案である。

1
法の定め
(1)

166条3項は,会社関係者(同条1項各号に掲げる者をいう。)から当
該会社関係者が同項各号に定めるところにより知った同項に規定する業務等に関する重要事実の伝達を受けた者(同項各号に掲げる者であって,当該各号に定めるところにより当該業務等に関する重要事実を知ったものを除く。)
は,当該業務等に関する重要事実の公表がされた後でなければ,当該上場会社等の特定有価証券等(法163条1項参照)に係る売買等をしてはならない旨を定めている。
(2)

166条1項4号は,
会社関係者のうち,
当該上場会社等と契約を締結し

ている者又は締結の交渉をしている者(その者が法人であるときはその役員等を,その者が法人以外の者であるときはその代理人又は使用人を含む。)であって,当該上場会社等の役員等以外のものについては,重要事実を知った場合として,当該契約の締結若しくはその交渉又は履行に関し知ったときと定めている。
(3)

166条2項は,
同条1項に規定する業務等に関する重要事実につき定め

ているところ,同条2項1号イは,当該上場会社等の業務執行を決定する機関が会社法199条1項に規定する株式会社の発行する株式若しくはその処分する自己株式を引き受ける者の募集又は同法238条1項に規定する募集新株予約権を引き受ける者の募集を行うことについての決定をしたこと又は当該機関が当該決定(公表がされたものに限る。)に係る事項を行わないことを決定したこと(投資者の投資判断に及ぼす影響が軽微なものとして内閣府令で定める基準に該当するものを除く(166条2項柱書)。)を,同項4号は,同項1号ないし3号に掲げる事実を除き,当該上場会社等の運営,業務又は財産に関する重要な事実であって投資者の投資判断に著しい影響を及ぼすものを,それぞれ重要事実として定めている。
(4)

175条1項は,
166条1項又は3項の規定に違反して,
同条1項に規

定する売買等をした者があるときは,内閣総理大臣は,その者に対し,175条1項各号に掲げる場合の区分に応じ,当該各号に定める額(同項各号のうち2以上の号に掲げる場合に該当するときは,当該2以上の号に定める額の合計額)に相当する額の課徴金を国庫に納付することを命じなければならない旨を定めている。そして,同項柱書にいう額につき,同項1号は,166条1項又は3項の規定に違反して,自己の計算において有価証券の売付け等(同条1項に規定する業務等に関する重要事実の公表がされた日以前6月以内に行われたもの(当該公表がされた日については,当該公表がされた後に行われたものを除く。)に限る。)をした場合は,当該有価証券の売付け等について当該有価証券の売付け等をした価格にその数量を乗じて得た額から当該有価証券の売付け等について業務等に関する重要事実の公表がされた後2週間における最も低い価格に当該有価証券の売付け等の数量を乗じて得た額を控除した額とする旨を,175条1項2号は,166条1項又は3項の規定に違反して,自己の計算において有価証券の買付け等(同条1項に規定する業務等に関する重要事実の公表がされた日以前6月以内に行われたもの(当該公表がされた日については,当該公表がされた後に行われたものを除く。)に限る。)をした場合は,当該有価証券の買付け等について業務等に関する重要事実の公表がされた後2週間における最も高い価格に当該有価証券の買付け等の数量を乗じて得た額から当該有価証券の買付け等について当該有価証券の買付け等をした価格にその数量を乗じて得た額を控除した額とする旨を,それぞれ定めている。
2
前提事実(当事者間に争いがないか,各項掲記の証拠によって容易に認められる事実等)
(1)

関係者
原告は,昭和▲年▲月▲日生まれの男性であり,平成8年7月4日に介護老人保健施設の経営等を目的とする医療法人aを設立し,その設立当初から理事長を務めている者である(甲4の1,乙3)。


b株式会社(以下「b社」という。)は,平成17年4月1日付けで株式会社大阪証券取引所市場第二部に上場したが,平成21年7月1日には上場廃止となった(乙2)。


cは,医療機関や福祉施設の経営コンサルタント全般を行う株式会社dにおいて,主に調剤薬局の出店及び経営コンサルタント業務に従事していた者である(乙4)。

(2)

b社による第三者割当増資の決定及びその後の公表等

b社は,債務保証をしていた関連子会社が平成20年6月12日に民事再生手続開始決定を受けたこと等で資金状況が悪化し,会計監査人から,継続企業の前提に関する重要な疑義が存在するとの指摘を受けていたため,同月頃から第三者割当増資による資金調達を計画し
(以下
「本件増資計画」
という。),同年8月29日,出資予定者及びその代理人となるcと協議した。その後,b社は,コンサルティング会社を通じて,cを出資予定者ら側の窓口として交渉を進め,平成21年1月9日には,調達価格を3億円とし,払込期日を同年2月中旬頃とすることにつき合意した。(乙2,4ないし7)


b社は,平成21年1月23日午後6時,調達価格を3億円とし,払込期日を同年2月12日とする,第三者割当増資による無担保転換社債型新株予約権付社債(以下「本件CB」という。)の発行をインターネット上に公表した(乙5,9)。


本件CBについては,払込期日である平成21年2月12日に払込はされず,その後においても,調達価格全額の払込みがされることはなかった(乙6)。


b社は,平成21年2月13日午前0時50分,本件CBの払込が完了した旨の虚偽の事実をインターネット上に公表した
(乙5ないし7,。
9)


b社は,平成21年2月20日午後10時56分,本件CBにつき同日時点で払込が未了であるとして,払込が完了したとの上記エの公表内容を訂正するとともに,本件CBが失権したことをインターネット上に公表した(乙5,9)。

(3)

原告によるb社株式の売買
原告は,平成21年1月22日午後5時30分頃,e証券株式会社f営業部(以下「ef営業部」という。)を訪れ,証券総合取引口座の新規開設を申し込んだ(乙8)。

原告は,平成21年1月23日,開設した証券総合取引口座に1000万円を振り込んだ後,同日午後0時頃にef営業部を訪れ,b社株式の買付けを注文し,同日午後1時10分から同日午後2時52分までの間,b社株式合計16万株を合計968万4700円で買い付けた(乙8)。

原告は,平成21年2月20日午後0時40分頃,ef営業所に対し,電話でb社株式の売付けを注文し,同日午後0時47分から同日午後2時56分までの間,b社株式合計16万株を合計655万1900円で売り付けた(乙8)。

(4)

本件処分に至る経緯
法194条の7第1項に基づき内閣総理大臣から法による権限の委任を受けた処分行政庁は,平成22年8月27日,原告に対し,法178条1項16号に該当する以下の各事実があると認め,審判手続を開始する旨の決定をした(甲1)。
(ア)

原告は,平成21年1月22日頃,b社が同月23日午後6時頃に
公表した本件CBの発行による第三者割当増資につき,その実質的出資者の代理人としてb社との総額引受契約の締結交渉をしていたcから,cが同交渉に関し知った,b社の業務執行を決定する機関が,b社の第三者割当による募集新株予約権を引き受ける者の募集を行うことについての決定をした旨の事実(以下「本件重要事実1」という。)の伝達を受けながら,法定の除外事由がないのに,上記公表より前の同日午後1時10分頃から同日午後2時52分頃までの間,自己の計算において,b社株式合計16万株を買付価額968万4700円で買い付けた。(イ)

原告は,平成21年2月20日午後0時頃,cから,cが上記(ア)
の総額引受契約の履行に関し知った,本件CBの払込期日に払込予定額3億円が払い込まれず,本件CBが失権となる蓋然性が高まり,b社として,かねてより会計監査人から指摘を受けていた継続企業の前提に関する重要な疑義を解消するための財務基盤を充実させるのに必要な資金等を確保するのが著しく困難となった旨のb社の運営,業務又は財産に関する重要な事実であって投資者の投資判断に著しい影響を及ぼす事実(以下「本件重要事実2」といい,本件重要事実1と併せて「本件各重要事実」という。)の伝達を受けながら,法定の除外事由がないのに,同事実が公表された同日午後10時56分頃より前の同日午後0時47分頃から同日午後2時56分頃までの間,自己の計算において,b社株式合計16万株を売付価格655万1900円で売り付けた。

処分行政庁は,平成23年7月20日,上記アの各事実に係る審判手続を行った審判官から提出された決定案に基づき,原告に対し,課徴金982万円を国庫に納付することを命ずる旨の決定(本件処分)をした(甲13)。

(5)

原告は,
平成23年8月19日,
本件処分の取消しを求める本件訴えを提

起した(顕著な事実)。
3
争点及びこれに関する当事者の主張
(1)

原告がcから本件各重要事実の伝達を受けたか否か

(被告の主張)

本件重要事実1の伝達について
cは,本件増資計画の具体的内容が確定して程なく原告に対してb社株式の購入を勧めているところ,原告がb社株式を購入した当時,b社は厳しい経営状況にあり,公開情報によればb社株式については株価下落が予想される状態であったこと,原告がb社株式を購入した時期はcの勧めを受けた直後かつ本件CBの発行が公表される直前であったこと,原告は株取引の経験が豊富であったとはいえないにもかかわらず,当初からb社株式の買付けを目的として証券取引口座を新たに開設し,その翌日には約1000万円という多額の資金を単一銘柄の株式の購入に全て充てていることからすれば,原告はcから本件CBの発行に係るb社の増資の事実を告げられたことにより,b社株式の値上がりに相応の確信を持った上,その値上がりが見込まれる本件CBの発行の公表よりも前の時期を狙って,b社株式を購入したと認められるから,原告がcから本件重要事実1の伝達を受けたことは明らかである。

本件重要事実2の伝達について
原告は,約1000万円を投資してb社株式を購入してから1か月も経過しないうちに,b社により公表されていた本件CBの払込完了の事実を前提とすれば,原告による売却の時点ではb社に対する投資期待は原告がb社株式を購入した時点よりも改善する見込みがあったのに,300万円以上の大幅な損失を被る結果となるにもかかわらず,cの勧めを受けた直後,
わずか2時間強の間に,
b社株式につき購入額を下回る金額で売却し,
さらに指値を下げてまで,保有するb社株式の全てを売却していることからすれば,cから本件CBの払込がなかった旨の事実を告げられたことにより,b社株式を保有したままではより大きな損失を被ると確信し,b社株式の値崩れ要因となる本件CBの払込が完了していない事実の公表に先立ち,b社株式を売却したと認められるから,原告がcから本件重要事実2の伝達を受けたことは明らかである。


証券調査官は,cに対し,「b社の株は絶対に上がりますから買って下さい」
とcから言われて購入した旨原告が供述していると告げたにすぎず,cから増資の事実を伝えられた旨原告が供述したとは告げていないのであるから,証券調査官が原告の供述内容についてcに伝えた内容が虚偽ではないことは明らかである。証券調査官の全体の質問内容からすれば,証券調査官が原告の供述としてcに告げた内容の核心は,原告がcからb社株式の値上がりを示唆されてその購入を勧められたということであって,絶「
対に」という言葉に重点があるわけではなく,そのような言葉の有無は単なる語感,ニュアンスの違いの問題にすぎない。
(原告の主張)

原告がcから本件各重要事実の伝達を受けた事実は存在しない。
処分行政庁は,cの質問調書に基づきcから原告への本件各重要事実の伝達を認定しているが,同質問調書は,cから伝えられた内容につき原告は「b株の値段が上がる要素,つまり示唆された」としか供述していないにもかかわらず,「b社の株は絶対上がりますから買って下さい」と言われたと供述した旨の証券調査官による虚偽の誘導に基づき作成されたものであるから,その内容は信用できない。


被告の主張に対する反論
(ア)

本件重要事実1について
原告は株取引の経験が豊富ではなく,b社株式の購入に当たってもb
社の経営状況について十分に把握していなかったから,被告の主張は前提を欠く。また,経営状況が厳しい会社の株式を購入したことや購入の時期が本件重要事実1の公表の直前であったことのみから,原告が投資回収に関する何らかの情報を得ていたということはできない。
さらに,原告がcからb社株式の株価が上がると断定的な説明をされた事実はない。
(イ)

本件重要事実2について
原告はb社による本件CBの払込が完了したとする虚偽の事実の公表
を詳細に把握していたわけではないし,売却の時期が本件重要事実2の公表の直前であったことのみから原告がその内容について事前に知っていたということはできない。
また,原告がcからb社株式の株価が下がると断定的な説明をされた事実はない。
(2)

会社関係者であることについての認識の要否
(被告の主張)

法上,課徴金制度に刑法総則の規定を適用ないし準用する旨を定めた規定は存在しない上,
法は課徴金制度を刑事罰とは異なるものとして規定し,
刑事手続とは別個に課徴金を課する事前手続として審判手続を設けていることからすれば,課徴金制度に刑法総則の規定を適用ないし準用する余地はない。また,刑事罰につき故意が犯罪成立要件として要求されるのは,刑事罰が違反行為の反社会性ないし反道徳性に着目し,これに対する責任非難を基礎とした制裁として科されることを実質的根拠とするものであるところ,課徴金は,違反行為を抑止し,規制の実効性を確保するという行政目的を達成するための行政上の措置であって,責任非難を基礎とするものではないから,課徴金を課すに当たって違反者の違反事実に対する認識を一般的に要求すべき実質的根拠はない。加えて,法は,主観的要件が必要なものについては,個別に規定を設けていることからすれば,課徴金納付命令の要件として違反者の違反事実に対する認識は,個別にこれを必要と定める規定がある場合を除き,不要というべきである。


法上,課徴金と罰金等との調整を図る規定が設けられた趣旨は,刑事罰である罰金等が課徴金と基本的性格が異なることを前提として,事実上,違反行為を抑止する効果も併せ持つことから,近接した側面を持つことを踏まえ,両者を調整することが政策的に適当であるなどの理由によるものである。
また,課徴金の対象となる行為が刑事罰の対象行為とほとんど一致するとしても,課徴金を課するための要件として違反者の違反事実に対する認識が必然的に必要となるものではないし,課徴金の規定は有価証券の取引に関する規制の後に独自の章立てとして置かれており,罰則の規定と明確に区別して規定されていることは明らかである。


なお,原告はcからb社の関係者でなければ通常は知り得ないはずの未公表の本件各重要事実の伝達を受けていた以上,cがb社の会社関係者であることにつき少なくとも未必の故意を有していたことは明らかであるから,いずれにせよ原告の主張は失当である。
(原告の主張)

課徴金納付命令は国民の財産権を侵害する行為である上,その金額についても通常の罰金以上に高額になることが多いから,国民の健全な形態による取引の自由を確保するためにも,刑罰と同様に刑法総則の規定を適用又は準用し,課徴金納付命令の要件該当性を基礎付ける具体的事実の認識を要すると解すべきである。課徴金は,その金額が億を超えることも想定されている上,法人だけではなく個人もその対象となり,個人の財産権を著しく侵害する制度であるから,違反事実の認識を要することなく課徴金を課されることとなれば,著しく適正手続の保障を侵害するといえる。かかる解釈は,法が罰金と課徴金の調整規定を設け,課徴金納付命令が罰金と同様の処罰性を有することを念頭に置いていることとも整合的である。

課徴金の対象となる行為と刑罰の対象となる行為は,文言上ほとんど一致しているところ,刑罰の対象となる行為についても主観的要件はほとんど記載されていないのであるから,法の文言上主観的要件が規定されていないことのみをもって課徴金納付命令については要件該当性を基礎付ける具体的事実の認識を不要と解すべきではない。
また,法上,主観的要件について定める規定は,いずれも責任を課すべき者を限定するために設けられているか,あるいは目的要件を定めたものにすぎず,課徴金納付命令一般につき要件該当性を基礎付ける具体的事実の認識を不要と解すべき根拠にはならない。


そうであるところ,cは自身が本件増資計画に関与していることを伝えておらず,原告は,cが会社関係者であることを知らなかったから,本件処分は違法である。
被告は,原告がcから本件各重要事実の伝達を受けていた以上,cが会社関係者であることにつき少なくとも未必の故意があった旨主張するが,会社関係者であることの認識については,法166条1項各号のいずれかに該当することを基礎付ける具体的事実の認識を要するというべきであるから,会社関係者のいずれかに該当するはずだというような包括的な認識では足りず,被告の主張は失当である。
第3
1
争点に対する判断
認定事実
前記前提事実に加え,各項掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる。
(1)

原告は,
平成21年1月22日頃,
cからb社株式を購入するよう勧めら

れ,自らインターネットでb社や同社株式の値動きについて調べるなどした上,同日,ef営業部を訪れ,b社株式の買付けをすることを目的として,証券取引総合口座を新規開設し,本件CBの発行が公表された同月23日午後6時の直前である同日午後1時10分から午後2時52分までの間,b社株式16万株を1株当たり59円ないし61円の合計968万4700円で購入した(甲3,4の1及び2,9,10,乙8)。
(2)

原告は,
平成21年1月23日にb社株式を購入する以前には株取引の経

験は二,三回しかなく,ef営業部に対して提出した証券総合取引申込書の「ご投資の経験」欄に,株式投資の経験はない旨記載していた(甲10,乙8)。
(3)

原告は,
平成21年2月20日,
cからb社株式を売却するよう勧められ,

本件CBの払込が完了していないこと及び本件CBが失権したことが公表された同日午後10時56分の直前である同日午後0時40分頃,ef営業部に対し,電話で保有するb社株式全部の売付けを注文し,同日午後0時47分から午後2時56分までの間,保有していたb社株式16万株全てを合計655万1900円で売却した。なお,原告は,当該売買の際,当初1株42円又は43円の指値で売り注文を出し,11万株を売却したが,その後,b社株式の値下がりによりそれ以上の売却が困難となったため,1株38円にまで指値を下げ,残り5万株を売却した。(甲3,4の1及び2,9,10,乙8,弁論の全趣旨)
(4)

本件CB発行の事実が公表された後2週間におけるb社株式の最高値は
92円であり,本件CBの払込が完了していないこと及び本件CBが失権したことが公表された後2週間におけるb社株式の最安値は11円であった(甲13)。
2
争点(1)(原告がcから本件各重要事実の伝達を受けたか否か)について(1)

本件重要事実1について
b社は,会計監査人から継続企業の前提に関する重要な疑義が存在すると
の指摘を受けるなどしたことから,資金調達の必要が生じており,その当時において経営は厳しい状況にあったものであり,b社に関して平成21年1月22日までに公表されていた情報によれば,株価の上昇が見込まれるような状況にはなかった(前記前提事実(2)ア,乙2,5)。そのような状況の中で,出資予定者らの代理人としてb社との間で本件増資計画に関する交渉を行っていたcは,本件増資計画の具体的内容が確定した同月9日から2週間も経っていない同月22日頃,原告に対しb社株式の購入を勧め(前記前提事実(2)ア,前記認定事実(1)),これを受けた原告は,それ以前に株取引の経験をほとんど有していなかったにもかかわらず,
同日にef営業部を訪れ,
b社株式の買付けを目的として証券取引総合口座を新規開設して1000万円を入金し,その翌日には,本件CBの発行についてb社が公表する約5時間ないし3時間前までの間に,入金額のほぼ全額である968万4700円を投資してb社株式のみを合計16万株購入している
(前記認定事実(1)(2))

このように,原告は,株取引の経験がほとんどなかったにもかかわらず,当時客観的には株価の上昇が見込まれるような状況になく投資回収の期待が高いとはいえなかったb社株式について,その買付けを目的として新規に口座を開設した上,多額の資金を投入して同株式のみの買付けを行っているところ,かかる原告の投資態様は,b社株式につき株価上昇につながるような何らかの情報を得ていなかったとすれば極めて不自然なものといえる。これに加え,本件CB発行の事実は,b社の信用力を示し,その財務改善にもつながる投資期待を高める事実と考えられ,本件CB発行の事実が公表されればb社株式の株価は上昇するものと考えられていたところ,cは本件CB発行の具体的内容が決定したことを知っており,原告はcから購入の勧めを受けた直後かつ本件CBの発行について公表される直前に,上記のようにb社株式のみを合計16万株買い付けていることからすれば,原告は,cから本件CB発行の事実及びその時期について告げられた上で,b社株式の買付けを勧められたことから,b社株式の値上がりにつき相応の確信を持ち,本件CB発行の事実が公表される前の時期を狙ってb社株式の購入をしたものと優に推認できる。
したがって,原告は,平成21年1月23日にb社株式16万株の購入をするのに先立ち,cから本件重要事実1の伝達を受けていたものと認められる。
(2)

本件重要事実2について
b社は,平成21年2月13日,実際には払込がされていないにもかかわ
らず,本件CBの払込が完了した旨の内容虚偽の公表を行い,同月20日午後10時56分に訂正されるまでの間,客観的には本件CBの払込が完了したかのような外観が生じていた(前記前提事実(2)ウないしオ)。かかる状況の中,
cは,
本件CBの払込がされないことが確実となったことから,
同日,
原告にb社株式の売却を勧め,これを受けた原告は,同日午後0時47分から午後2時56分までの間,1株当たり59円ないし61円で購入したb社株式につき,
当初1株42円又は43円の指値で11万株を売却し,
その後,
b社株式の値下がりによりそれ以上の売却が困難になると,1株38円にまで指値を下げて残り5万株を売却し,保有していたb社株式の全てを売却した(前記認定事実(3))。
このように,原告は,平成21年1月23日に値上がり益を得る目的で購入したb社株式16万株につき,客観的には本件CBの払込が完了したとの公表が維持されており,株価が急激に大幅な下落をすることが予想されるような状況にはなかったにもかかわらず,購入から約1か月後の同年2月20日に,保有していたb社株式の全てにつき購入価格を大幅に下回る指値での売却を注文し,結果として投資額の3割を上回る313万2800円もの損失を被っているところ,かかる売却の態様は,大幅な損失を被ることになるにもかかわらず,短期間で全ての保有株式を売却することを目的としたものと認められ,原告において当時緊急に資金を融通する必要があったとの事情も特段認められないことからすれば,値上がりを見込んで株式を購入したものの行動としては経済的合理性を欠くものであって,原告がb社株式につき大幅な株価下落につながる何らかの情報を得ていなかったとすれば不自然なものといえる。これに加え,本件CBの払込が完了しておらず本件CBが失権した事実が公表されれば,本件CBの発行により高まった投資期待が低下し,
上記(1)のような本件CB発行の事実を公表する前のb社の状況に鑑みるとb社株式の株価はさらに大幅に下落することが予想されたところ,原告は本件CBにつき払込がされていない事実を知っていたcから売却の勧めを受けた直後かつ本件CBが失権した事実が公表される直前に,上記のように保有していたb社株式の全てを売却していることからすれば,原告は,cから本件CBの払込がなかった事実について告げられた上で,b社株式の早期売却を勧められたことから,b社株式を保有したままではより大きな損失を被ることになると考え,上記事実が公表される前に保有するb社株式全てを売却したものと優に推認できる。
したがって,原告は,平成21年2月20日にb社株式16万株の売却をするのに先立ち,cから本件重要事実2の伝達を受けていたものと認められる。
(3)

原告及びcの供述について
原告は,cからb社株式の購入又は売却を勧められた際,単に同株式の値
動きを示唆されたにすぎず,本件各重要事実の伝達を受けたことはない旨主張し,原告及びcはこれに沿う供述をする(甲4の1及び2,6,7,9,10)。
しかしながら,原告は,平成21年1月ないし2月当時43歳であり,その設立時から12年以上にわたって介護老人保健施設の経営等を目的とする医療法人aの理事長の地位にあった者であって(前記前提事実(1)ア),相応の社会的経験及び判断能力を有していたものと認められるところ,このような原告の属性や,原告は以前に仕事の関係でcと付き合いがあったものの,株取引を勧められたことはなく,b社株式を購入した当時はそれほど頻繁に連絡を取り合う関係にあったわけではないこと(甲9,10)からすれば,cからb社株式の購入又は売却を勧められたとしても,抽象的に値動きを示唆されたとかあるいは株価の上下についての結論を告げられたのみで,その具体的根拠を聞くことなく即座に多額の投資を行うことや,300万円以上の損失が生じるにもかかわらず様子見をすることもなく保有していたb社株式全てを一気に売却するというのは極めて不自然である。cにおいても,原告に儲けてもらおうと思ってb社株式の購入を勧めたというのであれば,その具体的根拠を示した上で勧誘するのが自然であるし,また,自身の勧誘により原告がb社株式を購入していたとすれば,値下がりしている状況において売却することにより原告に一定額の損失を確定させることになるのであるから,その具体的根拠を説明することもなく単に売却を勧めるということも考え難い。
したがって,cから原告に対する本件各重要事実の伝達がなかったとする原告及びcの供述は採用できない。
そのほか,原告は,原告に対して本件各重要事実を伝達したことを認めたcの質問調書(甲3)は,証券調査官による虚偽の誘導に基づいて作成されたものであるから,これによって本件各重要事実伝達の事実を認めることはできない旨主張するが,cの当該供述によるまでもなく本件各重要事実の伝達が認められることは上記(1)(2)で説示したとおりであるから,この点は上記判断を何ら左右するものではない。
(4)

小括
以上によれば,原告は,b社株式の購入又は売却に先立ち,cから本件各
重要事実の伝達を受けていたものと認められる。
3
争点(2)(会社関係者であることについての認識の要否)について(1)

法は,
有価証券の発行及び金融商品等の取引等を公正にし,
有価証券の流

通を円滑にするほか,資本市場の機能の十全な発揮による金融商品等の公正な価格形成等を図り,もって国民経済の健全な発展及び投資者の保護に資することを目的としているところ(1条),平成16年法律第97号による法(当時の題名は証券取引法)の改正前は,不公正取引規制等については刑事罰を中心とした実効性確保を図ることとされていた。しかし,刑事罰には謙抑性,補充性の原則(刑事罰は重大な結果を伴うことから,人権保障等の観点から,刑事罰を用いなくても他の手段で法目的を達成することができる場合は,刑事罰の発動は控えるべきという考え方)が存在することから,上記の平成16年の法改正の際,規制の実効性を確保し違反行為を抑止することを目的として,新たに行政上の措置として金銭的な負担を科する制度(課徴金制度)を導入することとされた。(乙11,12)
このように,法は,金融商品取引市場の公正確保や投資者の信頼保護等の行政目的を達成するため,刑事罰とは別個に,違反行為を抑止して規制の実効性を確保するための行政上の措置である課徴金制度を設けているところ,法の文言上,課徴金納付命令の要件として違反事実を基礎付ける事実の認識は要求されていない。そして,法の規定に違反する行為によって金融商品等の公正な価格形成が阻害され,金融商品市場に対する投資者の信頼が害される結果が生じることについては,それが故意によるものか過失によるものかによって特段の相違があるわけではなく,過失により違反行為に及んだ者についても規制の実効性を確保するため課徴金の納付を命じる必要性があることは否定できない。以上に照らすと,課徴金納付命令の要件となる法違反行為は,故意によるものに限られず,過失によるものも含むと解するのが相当である。
(2)

原告は,
課徴金納付命令は国民の財産権を侵害する行為である上,
その金

額も高額になることが多いことから,刑罰と同様に刑法総則の規定を適用又は準用し,課徴金納付命令の要件該当性を基礎付ける具体的事実の認識を要すると解すべきである旨主張し,かかる解釈の根拠として法が罰金と課徴金の調整規定を設けていることを指摘する。
しかしながら,法は課徴金制度を刑事罰とは別個に規定し,課徴金を課するための事前手続として審判手続を設けていること(法178条以下),刑事罰につき故意が犯罪成立要件として要求される実質的根拠は,刑事罰が違反行為の反社会性ないし反道徳性に着目し,これに対する責任非難を基礎とした制裁として科されることにあるのに対し,
上記のとおり,
課徴金制度は,
違反行為を抑止し,規制の実効性を確保するための行政上の措置であって,責任非難を基礎とするものではないこと,課徴金と罰金等との調整規定(法185条の7第14項及び15項,185条の8第6項及び7項)は,刑事罰である罰金等が課徴金と基本的性格が異なることを前提としつつも,その具体的適用に関しては,行政目的と刑事罰の目的とが事実上重なる面も存在するところから政策的に設けられたものと解されることからすれば,課徴金制度に刑法総則の規定を適用又は準用する余地はなく,また,課徴金と罰金等との調整規定が設けられていることから課徴金納付命令についても故意が要件となると解することはできない。
(3)

そこで,
本件について検討するに,
原告はcから本件重要事実1の伝達を

受けた上,b社株式の購入を行ったものであるところ,当時本件重要事実1は未公表の事実であったこと(前記2(1))に照らせば,cは,原告に対し本件重要事実1を伝達した際,併せて自身が本件重要事実1を知った理由あるいは経緯についても説明したと考えるのが自然であるし,原告としてもcに対して本件重要事実1の情報源を確認したものと考えられるから,原告は,cがb社との間で本件増資計画に係る契約の締結交渉を行っており,その過程で本件重要事実1を知ったことについてもcから伝達されていたものと推認される。
また,仮にcが原告に対して本件増資計画に係る契約の締結交渉を行っていた事実を告げていなかったとしても,原告はcから当時未公表であった本件重要事実1の伝達を受けている以上,cがかかる情報を取得し得る立場にあったことを容易に認識し得たというべきである。
したがって,原告には,cが会社関係者であることについての故意があったか,少なくともcが会社関係者であることを認識しなかったことについて過失があるというべきである。
(4)

よって,
cが会社関係者であることを知らなかったことを理由に本件処分

が違法である旨の原告の主張は理由がない。
4
結論
以上によれば,原告は法166条3項の規定に違反してb社株式の売買を行ったものと認められるところ(原告は,本件各重要事実が法166条2項各号所定の重要事実に該当することについて,特に争っていない。また,前記前提事実(2)アによれば,cが会社関係者に当たることは明らかである。),本件処分において納付を命じられた課徴金の額の算出過程に誤りがあるとも認められないから(甲13。なお,原告は,この点についても特に争っていない。),本件処分は適法である。
よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第7民事部

裁判長裁判官

田中健治
裁判官

尾河吉久
裁判官

長橋正憲
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