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選挙権確認請求事件
事件番号平成23(行ウ)63
事件名選挙権確認請求事件
裁判年月日平成25年3月14日
法廷名東京地方裁判所
判示事項公職選挙法11条1項1号の合憲性
裁判要旨憲法は,選挙権が,国民主権の原理に基づく議会制民主主義の根幹と位置付けられるものであることから,両議院の議員の選挙において投票をすることを国民の固有の権利として保障しており,「やむを得ない」場合すなわち「そのような制限をすることなしには選挙の公正を確保しつつ選挙を行うことが事実上不能ないし著しく困難である」と認められる場合以外に選挙権を制限することは,憲法15条1項及び3項,43条1項並びに44条ただし書に違反するというべきところ,成年後見制度と選挙制度はその趣旨目的が全く異なるものであり,後見開始の審判がされたからといって,選挙権を行使するに足る能力が欠けると判断されたことにならないばかりか,成年被後見人は,その能力を一時回復することによって一定の法律行為を有効に行う能力が回復することを制度として予定しているのであるから,成年被後見人とされた者の中にも,選挙権を行使するに必要な判断能力を有する者が少なからず含まれていると解され,成年被後見人に選挙権を付与するならば選挙の公正を害する結果が生じるなど,成年被後見人から選挙権を剥奪することなしには,選挙の公正を確保しつつ選挙を行うことが事実上不能ないし著しく困難であると解すべき事実は認めがたい上,選挙権を行使するに足る能力を欠く者を選挙から排除するという目的のために,制度趣旨が異なる成年後見制度を借用せずに端的にそのような規定を設けて運用することも可能であると解されるから,そのような目的のために成年被後見人から選挙権を一律に剥奪する規定を設けることをおよそ「やむを得ない」として許容することはできないといわざるを得ず,したがって,成年被後見人は選挙権を有しないと定めた公職選挙法11条1項1号は,憲法15条1項及び3項,43条1項並びに44条ただし書に違反するというべきである。
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平成25年3月14日判決言渡
平成23年(行ウ)第63号

同日原本領収

裁判所書記官

選挙権確認請求事件

主文
1
原告が,次回の衆議院議員の選挙及び参議院議員の選挙におい
て投票をすることができる地位にあることを確認する。

2
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由

第1

請求
主文同旨

第2
1
事案の概要及び争点
事案の概要
本件は,成人の日本国民である原告が,後見開始の審判(民法7条)を受けて成年被後見人となったところ,公職選挙法11条1項1号が成年被後見人は選挙権を有しないと規定していることから,選挙権を付与しないこととされたため,上記の公職選挙法11条1項1号の規定は,憲法15条3項,14条1項等の規定に違反し無効であるとして,行政事件訴訟法4条の当事者訴訟として,原告が次回の衆議院議員及び参議院議員の選挙において投票をすることができる地位にあることの確認を求めた事案である。

2
争点
(1)

本件の訴えは,裁判所法3条1項にいう「法律上の争訟」に該当しない
不適法なものであり,却下されるべきであるか否か。
(2)

成年被後見人は選挙権を有しないと定めた公職選挙法11条1項1号の
規定は,憲法に違反し無効であるか否か。
3
争点に関する当事者の主張
(1)

争点(1)(本件の訴えは,裁判所法3条1項にいう「法律上の争訟」に該
当しない不適法なものであり,却下されるべきであるか否か。)について
(被告の主張)

一般に,法令がある権利の発生要件を定めている場合に,裁判所が当該発生要件を定める法令の一部が違憲無効であると判断したとしても,違憲無効と判断されなかった残部の規定のみを権利発生要件とする権利が直ちに認められることにはならないのであり,違憲無効とされた部分について立法府に他の合理的な立法選択肢が複数存在する場合には,裁判所が立法府の判断を待たずして,違憲無効とされなかった残部の規定を発生要件とする権利の存在を認めることになれば,それは,裁判所が立法府の立法裁量を無視して,立法府に代わって一定の内容の立法を行うのと実質的に変わりがないことになり,権力分立原理に反することになる。
そうすると,ある権利の発生要件の一部が違憲無効とされても,その後に当該権利の存否や内容等についてなお立法府の合理的選択の余地が残される場合には,当該権利につきどのような立法政策を選択するかを立法府が判断して新たな立法をしない限り当該権利の存在や内容が確定されないから,そのような権利を確認対象とする確認の訴えは,現行の法令の規定を適用することによっては導き出せない権利の確認を求めるものであるということになる。
したがって,そのような権利の確認を求める訴えは,法令の適用によって終局的に解決することができないものであるから,裁判所法3条1項にいう「法律上の争訟」に当たらないというべきである。


公職選挙法は,同法9条の積極的要件を満たすと同時に,同法11条1項1号の「成年被後見人でないこと」等の消極的要件も満たした場合に,初めて選挙権を有する旨規定しているのであるから,同法11条1項1号は,既に認められている法律上の権利を制限する趣旨の規定とは解し難く,同号の規定が違憲無効であった場合に,その制限が解かれて成年被後見人に対し当然に選挙権が付与されるという構造とはなっていない。そし
て,同法11条1項1号が成年被後見人であることを選挙権の欠格事由とした趣旨は,選挙権が選挙人団を構成して公務員を選定する公務としての側面を有する権利であることから,選挙権を行使し,公務員として相応しい者を選定するために最低限必要な判断能力を有さない者については選挙権を付与すべきでないと考えられることを前提に,家庭裁判所において事理弁識能力を欠く常況にある者と判定された成年被後見人は,定型的に見て選挙権を適切に行使することが期待し得ないとして,これを選挙人団から排除したものである。

そうすると,たとえ成年被後見人でないことを選挙権付与の要件とする公職選挙法11条1項1号の規定が違憲無効であると判断されたとしても,同法9条の規定のみから,成年被後見人全般に対して直ちに公職選挙法上の選挙権を付与されるとの解釈を採ることは,適切に選挙権を行使することが期待し得ない者を選挙人団から排除しようとした上記の公職選挙法の趣旨に反し,立法者の合理的意思に合致しないことが明らかであり,この点についての立法府の合理的選択の余地を奪うもので,立法権の侵害に当たる。
したがって,原告に次回選挙における選挙権があることの確認を求める本件の訴えは,裁判所が法令の適用によって終局的に解決できるものではなく,法律上の争訟に該当しない。

(原告の主張)

被告は,公職選挙法9条の積極的要件を満たすと同時に,同法11条1項1号の「成年被後見人でないこと」等の消極的要件をも満たした場合に,初めて我が国の国民には選挙権が与えられる旨の主張をしているが,そもそも憲法は,全国民に対して,具体的な権利として選挙権ないし選挙権を行使する権利を保障しているのであり,選挙権は,公職選挙法の規定によって初めて発生する権利ではない。そして,公職選挙法は,その9条
において選挙権を有するために必要な要件を定めるとともに,他方で同法11条において一定の場合には発生した選挙権を剥奪する消極的要件を定めているのであるから,成年被後見人から選挙権を剥奪するとした同法11条1項1号の規定が違憲無効であるとされたならば,成年被後見人の選挙権は剥奪されず,当然に選挙権が付与されることになる。

そして仮に被告の主張に従えば,本件のように,ある法令が憲法上の権利を侵害するものであるとして当該法令の違憲性を主張する訴えにおいて,当該法令が違憲無効と判断されるとその権利についての法律がないことになって権利は具体化されないことになり,それを具体化するのは立法府の裁量行為であるから立法府がそれを行うまでは裁判所が憲法適合性について判断することは司法権の限界を超えるものでできないということになる。しかしながら,そのような考え方に従えば,裁判所は,憲法上の権利が侵害されていると主張される法令について憲法適合性の審査をすることがおよそ不可能となるのであって,被告の主張は,憲法が司法権に与えた違憲立法審査権を不当に制約するもので,権力分立原理に反するものである。


このことは,最高裁判所平成20年6月4日大法廷判決・民集62巻6号1367頁が,国籍法3条1項所定の国籍取得要件のうち,日本国籍の取得に関して憲法14条1項に違反する区別を生じさせている部分,すなわち父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得したという部分(準正要件)を除いた要件が満たされるときは,国籍法3条1項に基づいて日本国籍を取得するとし,権利利益を付与する法令の規定の一部分を違憲無効とした上で,その余の要件を満たす場合にもその権利利益を付与すべきものとしているのであって,同判決が,およそ法律上の争訟に該当しないなどとして却下判決をすることなく,憲法に反するか否かの判断に入り,法令の一部が憲法違反であるという判断をしていることからも明らかである。
(2)

争点(2)(成年被後見人は選挙権を有しないと定めた公職選挙法11条1
項1号の規定は,憲法に違反し無効であるか否か。)について
(原告の主張)

選挙権は,国民主権の原理のもと,議会制民主主義の根幹を成す権利であり,いったん制約されると民主政の過程を通じた是正に期待することができないものであるし,選挙を通じた自己実現を図るという意味での人格的権利としても極めて重要である。このように,選挙権は,極めて重要な権利であるとともに,いったん制約されると権利の回復が困難な性質を持つものであるから,選挙権を制限する立法については,厳格な審査基準を用いなければならず,最高裁判所平成17年9月14日大法廷判決・民集59巻7号2087頁(以下「平成17年大法廷判決」という。)の判示するとおり,自ら選挙の公正を害する行為をした者等の選挙権について一定の制限をすることは別として,国民の選挙権又はその行使を制限することは原則として許されず,国民の選挙権又はその行使を制限するためには,そのような制限をすることが「やむを得ない」と認められる事由がなければならないというべきである。


憲法15条3項は,成年者による普通選挙を保障し,未成年であること以外の制限を設けておらず,成年者については選挙に関する能力を何ら要求していないこと,障害者の権利に関する条約(以下「障害者権利条約」という。)も障害のある者の選挙権の存在を前提としていることからすれば,選挙の公正確保を理由に成年被後見人が選挙権を有しないとすることは,障害や能力を理由に選挙権を制限しない憲法等の考え方と相反するものであり,公職選挙法11条1項1号の目的自体が正当性を欠いている。また,成年被後見人が選挙権を有することにより,実際に選挙の公正が確保できないという弊害や不利益は考え難い。


成年被後見人に対する選挙権の制限は,かねてより禁治産者について,
選挙権行使に関しても判断能力がない者であると安易に扱い,これに真剣に抗議する者も出現しなかったため禁治産者の選挙権を剥奪した禁治産制度の当時の違憲状態が放置されたまま現行法に引き継がれたものである。成年後見制度は,財産管理及び身上監護に関する制度であり,申立てにより財産管理能力の有無を確定するものであって,後見開始の審判において,選挙権の行使に関する能力の審査をすることは予定されておらず,成年後見制度の下で要求される財産管理能力と選挙権行使のための能力とは質的に全く異なるものである。現に,原告は,成年後見制度の下では事理弁識能力を欠く常況にあるとされている成年被後見人であるが,先般,後見開始の審判がされて選挙権を剥奪されるまでは,自分で選挙公報を読むなどして投票すべき候補者ないし政党を決め,自ら投票所において投票用紙に記入して投票をしていたのであり,成年被後見人だからといって投票が適切にできないということはない。

後見開始の審判は申立てによって行われるものであるから(民法7条),事理弁識能力を欠く常況にある者であっても後見開始の審判を受けていなければ選挙権を付与されてその行使ができるのであるし,実際に後見開始の審判がされた者は,申立てを行えば後見開始がされるであろう者のごく一部にすぎないのであるから,後見開始の審判を受けたことで選挙権を奪われることは憲法14条,44条ただし書の平等原則に反する。

成年被後見人の選挙権を一律に剥奪することは,成年後見制度の導入に当たり明確化あるいは追加された理念,すなわち,障害者と健常者の共生社会の実現をめざし,障害者の権利擁護,自己決定の尊重,残存能力の活用を提唱するノーマライゼーションの観点と相容れない。


このように,成年被後見人に対する選挙権を一律に剥奪するという手段は,選挙の公正の確保という目的との適合性を著しく欠いている上,そのために必要最小限の制約ともいえず,平等原則やノーマライゼーションの
観点にも反するから,公職選挙法11条1項1号は,違憲無効である。(被告の主張)

憲法44条は,選挙人の資格を含む選挙に関する定めを法律に委ねており,選挙人の資格をどのように定めるかについて国会の立法裁量を認めているところ,成年被後見人となったことを選挙権の欠格事由と規定する公職選挙法11条1項1号の当否は,憲法上の公務員を選定する権利を公職選挙法が具体化する上での制度設計における立法裁量の問題にとどまるから,公職選挙法11条1項1号が違憲と判断されるのは,国会の裁量権の逸脱又はその濫用に当たると認められる場合に限られる。


選挙権は,選挙人団を構成して,国会議員等の公務員という国家の機関を選定する権利であり,選挙権の行使は,積極的・能動的な政治的意思形成への参加としての性格を有する一方,選挙の結果いかんによって,本人のみならず,国又は地方公共団体の政治の在り方や各分野における政策が左右されるなど,多数の国民や住民に対しても重大な影響を与えることから,公務としての性格が付与されている。そのような選挙権の行使の公務性から,憲法は,選挙人団を構成する選挙人が,公務としての側面を有する選挙権を行使し,積極的・能動的な政治参加を行う場面においては,その公務を行うのに相応しい能力,すなわち,複数の候補者の中から,その政見,政策等に関する情報を基に,当該公選の公務員として相応しい者を各自の意思に基づき選択する能力を有することを前提にしているとみることができる。このように,選挙権は,全ての国民が人たるがゆえに当然に有する基本的人権ではなく,国家機関としての選挙人団を構成する一員として国会議員等の公務員を選定する選挙に参加できる権利であって,その構成員たる資格を有する一定の範囲の国民のみに与えられる国法上の権利であるところ,成年被後見人は精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にあって,選挙権の適切な行使を期待し得ないことから,公職選
挙法11条1項1号は,具体的な選挙権についての制度設計に当たり,それまでの立法経緯を踏襲してこれを選挙権及び被選挙権の欠格事由と定めたものである。

自己の意思に基づき国会議員等の公務員として相応しいと考える者を選定するための判断能力を欠いている者であっても,選挙権を有する場合には,同伴者と共に投票所に行くなどして投票を行うことができるが,上記の判断能力を欠いていることから,白票を投じたり,候補者名以外の氏名を記載するなどの無効な投票を行うことがあり得るだけでなく,自己の意思に基づかない不適正な投票が行われるおそれがある。例えば,近親者等の同伴者の意を受けて特定の候補者に投票を行うとか,第三者による不正投票の働きかけの対象とされるおそれがあり,このように第三者の意を受けた不正な投票が行われた場合,実際に選挙結果自体が影響を受けた場合はもちろん,結果的に選挙結果が左右されなかった場合であっても,選挙人の投票の任意性や自由が損なわれたこと自体から,選挙の公正や選挙に対する国民の信頼が損なわれることは明らかである。また,諸外国においても,制度の詳細は各国によって異なるものの,選挙権を行使するに相応しい判断能力を欠くとされる者について,法律で選挙権の欠格条項を定めている立法例が複数存在する。このように,自己の意思に基づかない不正投票等の弊害を防止し,選挙の公正を確保する見地に加え,諸外国にも我が国と同様に選挙人の資格の消極的要件を定める立法例が複数存することからすれば,選挙権の行使に最低限必要な判断能力を有しない者に選挙権を付与しないとする公職選挙法11条1項1号の立法目的には合理性が認められる。


家庭裁判所における後見開始の審判においては,それに先立ち,本人の知的能力等の判断能力全般について医学的診断がなされ,財産管理能力の不十分さの原因となる精神上の障害の有無,内容等について鑑定もなされ
ており,これらは,選挙権行使の前提として必要とされる最低限度の判断能力の審査と実質的に重なるものということができるから,司法機関により事理弁識能力を欠く常況にあると判定され,定型的に上記の判断能力を欠くと認められる成年被後見人については,投票時において一時的に意思能力を回復していたかどうかといった個別事情を問うことなく,選挙人の資格を有しないとするのが相当である。一方,成年後見制度以外に,選挙権行使に必要な能力を判定するための合理的制度を設けるという立法上の選択は想定し難く,後見開始の審判とは別個に,選挙の都度,選挙権の適切な行使が可能であるか否かの能力を個別に審査する制度を創設することは,選挙が全国的に大量かつ画一的に行われるものであることからすると,実際上極めて困難である。しかも,本人や親族等の申立てによらずに,裁判所以外の機関が,個人の事理弁識能力の有無を積極的に探知する制度を設けることについては議論の余地があり得ることに照らせば,公職選挙法11条1項1号が,上記の判断能力の判定のために,殊更独自の制度を設けずに,成年後見制度を借用し,家庭裁判所において専門家の診断を経て後見開始の審判がされ,事理弁識能力を欠く常況にあると的確に認定された者に限って選挙権を有しないとしていることは,より謙抑的かつ合理的な方法であるというべきである。
そうすると,成年被後見人について,後見開始の審判において事理弁識能力を欠く常況にあると公的に判定されたことをもって,選挙権の適切な行使を一般的・類型的に期待できない状況にあるとして,選挙人の欠格事由とすることには手段として十分な合理性が認められるのであり,後見開始の審判を受けていない者との関係で選挙権の有無に事実上の差異が生じるからといって,成年被後見人であることを選挙権付与の消極的要件とすることが不合理な差別であるとはいえない。

以上によれば,公職選挙法11条1項1号が,選挙権を行使するに当た
って最低限必要な判断能力を有しない成年被後見人に選挙権を実際に行使し得る権利を与えないとしたことは,選挙人の資格を定めるに当たっての,国会の裁量権を逸脱又は濫用したものとはいえず,同号は合憲である。
第3
1
当裁判所の判断
争点(1)(本件の訴えは,裁判所法3条1項にいう「法律上の争訟」に該当しない不適法なものであり,却下されるべきであるか否か。)について(1)

被告は,成年被後見人は選挙権を有しないと定めた公職選挙法11条1
項1号が違憲無効とされた場合に,日本国民で年齢満20年以上の者は,衆議院議員及び参議院議員の選挙権を有すると定めた同法9条1項を適用して原告は選挙権を有するという結論を導くことは,立法府の合理的な意思に反し,立法府の裁量を奪うことになり許されないと主張する。すなわち,公職選挙法は,同法9条所定の積極的要件を具備し,かつ同法11条1項所定の欠格事由に該当しないという消極的要件も満たした場合に,初めて選挙権を付与するという仕組みを採用しているところ,仮に同法11条1項1号が違憲無効とされた場合であっても,裁判所が,選挙人の判断能力という点をおよそ問題にすることなく,同法9条1項から成年被後見人全般が選挙権を有するという解釈をすることは,適切に選挙権を行使することが期待し得ない者を選挙人団から排除しようとした立法者の明確な意思に反することになるし,成年後見制度の借用をやめて他の能力判定制度を創設するなどの立法府の裁量の余地を奪うことになるから,権力分立原理に反し許されないと主張する。
そして,被告は,このように考えれば,原告に次回選挙における選挙権があることの確認を求める本件の訴えについては,そもそも裁判所が法令の適用によって終局的に解決できるものではないことになり,裁判所の権限について定めた裁判所法3条1項(「裁判所は,日本国憲法に特別の定のある場
合を除いて一切の法律上の争訟を裁判し,その他法律において特に定める権限を有する。」)にいう「法律上の争訟」に該当しないことになるから,裁判所の権限外の訴えであるとして却下されるべきであると主張する。(2)

そこで検討するに,そもそも憲法81条は,「最高裁判所は,一切の法
律,命令,規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。」と定めており,憲法は,法令等が日本国憲法に違反するかどうかを審査する権限を裁判所に付与しているのであるから,裁判所が,憲法に適合しない法律であるとして無効であるとの判断をした場合には,当然にその法律が憲法に適合し有効であるとした立法府の判断とは異なる内容の判断をすることになるのであって,その意味で,憲法は,裁判所に対して,ある法律の憲法適合性についての判断について,立法府の意思に反する判断をする権限を与えていることは明らかである。そして,ある法律の条項が違憲無効とされた場合に,それによって立法府の合理的意思と異なる結果をもたらすことになるのであれば,立法府は,憲法等が許容する範囲において,いつでもその合理的意思に従った新たな立法をすることができるのであるから,裁判所が憲法によって与えられた違憲立法審査権を行使することによって,直ちに立法府の裁量の余地を奪うことになるものではない。また,裁判所の基本的な役割が,現に効力を有する法令を解釈適用して法的な紛争を解決することにあることからすれば,仮に公職選挙法11条1項1号が違憲無効とされる場合には,同法9条1項を含む関係法令が有効に存在する以上,それらを解釈適用して原告に選挙権があるか否かを判断することになるのであって,このように裁判所が我が国の憲法秩序の下で与えられた権限を行使することをもって,直ちに立法権の侵害であるとか立法裁量を奪うことになるということにはならないと解される。
たしかに,法律の規定の一部分が違憲であるというような場合には,その残部の規定の文言のみでは有効な規定と解することにつき客観的合理性を欠
くという場合があり得ると考えられ,たとえばその残部の規定だけではおよそ法制度として成り立たない場合や,その残部の規定だけであれば立法府が規定自体を設けなかったと考えられる場合などには,裁判所が,その残部の規定のみを有効なものとして適用することは立法府の裁量を無視するものとなり,残部の規定を有効として適用することが許されない場合もあろう。しかしながら,そのような場合ではなく,違憲と判断される部分を他の部分から切り離すことが可能であり,残部だけでも立法者が有効な法律として存立させる意図が認められる場合には,裁判所が,違憲であると主張される当該規定部分について憲法上与えられた違憲立法審査権を行使できなくなると解すべき理由はなく,また,残部については有効な規定と解される以上は,その有効な規定を解釈適用して法的な争訟について裁判をすることは裁判所に与えられた権限であり義務であるというべきである。
そして,本件において,公職選挙法11条1項1号が違憲無効と判断されたからといって,これとは可分であり別個独立した規定である「日本国民で年齢満二十年以上の者は,衆議院議員及び参議院議員の選挙権を有する。」と定めた同法9条1項について,これを有効な規定であると解することが客観的合理性を欠くことになる,あるいは同法11条1項1号が違憲とされるのであれば,立法者は同法9条1項を有効な法律として存立させる意図はないなどと考えるべき合理的理由はおよそ見出し難い。
また,実際にも,現代の法律においては,ある趣旨や目的の達成のために複数の規定が相互に有機的な関連性を有する場合や,複数の規定が原則と例外を定めるなどの論理的な関連性を有する場合などが少なからず存在するが,被告の主張するように,それらの一連の規定の一部を違憲無効と判断すると立法府がそれらの規定全体として意図したことに反することになるから裁判所はそのような場合は違憲判断をすることができないということになれば,違憲立法審査権が行使できる場面は極めて限定されることになる。しか
しながら,そのような解釈は,憲法81条が裁判所に対し,立法府が憲法に適合しない立法をした場合にそれを無効と判断する権限を付与することによって,三権の抑制均衡を図り国民の権利を擁護しようとした趣旨に反することになりかねず,採用の限りではない。
さらに被告は,ある権利の発生要件の一部が違憲無効とされても,その後に当該権利の存否や内容等についてなお立法府の合理的選択の余地が残される場合には,当該権利につきどのような立法政策を選択するかを立法府が判断して新たな立法をしない限り,その存在や内容等が確定されないから,当該権利を確認対象とする確認の訴えは,現行の法令の規定を適用することによっては導き出せない権利の確認を求めるものであって,裁判所法3条1項の「法律上の争訟」に当たらず却下されるべきである旨主張する。しかしながら,前述のとおり,違憲立法審査権行使の結果として立法府の意思に反する事態が生じることは憲法が当然のこととして予定するところである上,立法府がその裁量権を用いて憲法に適合する範囲で法律の改正をすることは何ら否定されないのであるし,裁判所は,違憲と判断された規定以外の有効に存続する法令の規定を解釈適用することによって法的な争訟について裁判をすることが国法上の権限であり義務とされているのであるから,この点についての被告の主張に与することはできない。なお,このことは,平成17年大法廷判決が,選挙権行使の制限条項である公職選挙法附則8条を違憲と判断した上で,立法府の新たな立法等を待つことなく,有効に存続する法令を適用することによって本案判決をしており,「法律上の争訟」に該当しないとして却下判決をしていないことからも明らかである。
(3)

以上によれば,本件の訴えは,裁判所法3条1項にいう「法律上の争
訟」に該当しないということはできず,他に不適法な訴えであると解すべき事情は見出し難い。
2
争点(2)(成年被後見人は選挙権を有しないと定めた公職選挙法11条1項
1号の規定は,憲法に違反し無効であるか否か。)について
(1)

国民の代表者である議員を選挙によって選定する国民の権利は,国民の
国政への参加の機会を保障する基本的権利として,議会制民主主義の根幹を成すものであり,民主国家においては,一定の年齢に達した国民のすべてに平等に与えられるべきものである。
そして,我が国の憲法は,その前文及び1条において,主権が国民に存することを宣言し,国民は正当に選挙された国会における代表者を通じて行動すると定めるとともに,43条1項において,国会の両議院は全国民を代表する選挙された議員でこれを組織すると定め,15条1項において,公務員を選定し,及びこれを罷免することは,国民固有の権利であると定めて,国民に対し,主権者として,両議員の選挙において投票をすることによって国の政治に参加することができる権利を保障している。また,憲法は,15条3項において,公務員の選挙については,成年者による普通選挙を保障すると定め,44条ただし書において,人種,信条,性別,社会的身分,門地,教育,財産又は収入によって差別してはならないと定め,14条1項は,すべて国民は法の下に平等であって,人種,信条,性別,社会的身分又は門地により,政治的,経済的又は社会的関係において,差別されないと定めている。
このように,選挙権は,国民の政治への参加の機会を保障する基本的権利として,議会制民主主義の根幹を成すものであることから,憲法は,国民主権の原理に基づき,両議院の議員の選挙において投票をすることによって国の政治に参加することができる権利を国民に対して固有の権利として保障しており,その趣旨を確たるものとするため,国民に対して投票をする機会を平等に保障している。
以上の憲法の趣旨にかんがみれば,自ら選挙の公正を害する行為をした者等の選挙権について一定の制限をすることは別として,国民の選挙権又はそ
の行使を制限することは原則として許されず,国民の選挙権又はその行使を制限するためには,そのような制限をすることが「やむを得ない」と認められる事由がなければならないというべきである。そして,そのような制限をすることなしには選挙の公正を確保しつつ選挙権の行使を認めることが事実上不能ないし著しく困難であると認められる場合でない限り,上記の「やむを得ない事由」があるとはいえず,このような事由なしに国民の選挙権の行使を制限することは,憲法15条1項及び3項,43条1項並びに44条ただし書に違反するというべきである。(以上につき,平成17年大法廷判決参照)。
なお,平成17年大法廷判決は,上記のとおり,国民の「選挙権」又は「その行使」のいずれについても,制限をすることは原則として許されず,「選挙権」の制限,「その行使」の制限のいずれについても,その制限に「やむを得ない」と認められる事由がなければならないとしているのであるから,それに続く「そして」以下で,「そのような制限をすることなしには選挙の公正を確保しつつ選挙権の行使を認めることが事実上不能ないし著しく困難であると認められる場合」でない限り「やむを得ない事由」があるとはいえないと判示しているのは,同判決が「選挙権の行使」の制限に関する事案であったことに則して記載したものにほかならず,もとより「選挙権」の制限についても,そのような制限をすることなしには選挙の公正を確保しつつ選挙を行うことが事実上不能ないし著しく困難であると認められる場合でない限り,上記の「やむを得ない事由」があるとはいえないと解すべきことは,同判決の上記文脈に照らして明らかであるといえよう(なお,この点については,後記第3の2(3)イ参照)。
(2)

そこで,公職選挙法11条1項1号が成年被後見人に対して選挙権を与
えないとしていることに上記のような「やむを得ない事由」があるか否かについて検討する。


被告は,公職選挙法11条1項1号の立法目的について,選挙権は,権利であると同時に,選挙人団を構成して公務員を選定するという公務としての性格が付与されており,憲法は,その公務を行うのに相応しい能力,すなわち,複数の候補者の中から,その政見,政策等に関する情報を基に議員として相応しい者を各自の意思に基づき選択する能力を有することを前提にしていると考えられ,成年被後見人は精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にあって選挙権の適切な行使を期待し得ないことから,選挙権を与えないとしたものであると主張し,そのような能力を欠く者に選挙権を付与するならば,同伴者と共に投票所に行くことができるとしても,白票を投じたり,候補者名以外の氏名を記載したりするなどの無効な投票を行うことがあり得るだけでなく,同伴者や第三者の意を受けて不正な投票が行われるおそれがあると主張する。
そして,たしかに選挙権が単なる権利ではなく,公務員を選定するという一種の公務としての性格をも併せ持つものであることからすれば,選挙権を行使する者は,選挙権を行使するに足る能力を具備していることが必要であるとし,そのような能力を具備していないと考えられる,事理を弁識する能力を欠く者に選挙権を付与しないとすることは,立法目的として合理性を欠くものとはいえない。


しかしながら,法は,成年被後見人を,事理を弁識する能力を欠く者として位置付けてはおらず,むしろ,事理を弁識する能力が一時的にせよ回復することがある者として制度を設けている。
すなわち,成年後見制度について規定している民法は,成年被後見人となり得る者として「事理を弁識する能力を欠く常況にある者」(民法7条参照)と規定しているところ,「常況にある」とは,多くの時間はその状況にあるものの,そこから離脱することがある場合を意味するものであり,したがって「事理を弁識する能力を欠く常況にある者」とは,事理を
弁識する能力を欠く状態から離脱して,事理を弁識する能力を回復した状況になることがある者をも含むものである。
そして,民法は,成年被後見人に該当する者も自ら後見開始の審判の申立てができるものとし(7条),成年被後見人が行った法律行為は取り消されるまでは有効とし(9条本文),日用品の購入その他日常生活に関する行為については,成年被後見人自ら完全に有効な行為として行うことができ後見人といえども取り消せないものとしている(9条ただし書)。さらに,成年被後見人とされた者が行う身分行為についても,民法は,自ら有効に婚姻(738条)や協議離婚(764条),そして認知(780条)をすることができるものとし,さらに,遺言についても,遺言をする際に,遺言するに足る能力さえあれば有効にこれを行うことができるとし,後見人といえどもこれを取り消すことはできないものとしている(962条,963条)。
一般に,事理を弁識する能力を欠き意思無能力の状態で行った法律行為は無効とされることに照らせば,民法のこのような規定は,成年被後見者が事理を弁識する能力を欠く状態から離脱して事理を弁識する能力を回復することを想定して,様々な行為について有効に法律行為等を行えるとしたものであり,民法が,成年被後見人を「事理を弁識する能力を欠く者」とは異なる能力を有する存在であると位置付けていることは明らかである。
そして,そもそも憲法は,主権者たる国民には能力や精神的肉体的状況等に様々な相違があることを当然の前提とした上で,原則として成年に達した国民全てに選挙権を保障し,それらの国民に自己統治をさせることで我が国の議会制民主主義の適正な遂行を確保しようとしたものであると解されるから,そのような我が国の憲法が,上記のように事理を弁識する能力を一時的にせよ回復し,一定の財産上あるいは身分上の法律行為につい
てその法律行為の意味や効果について理解して判断するだけの意思能力があるとされる成年被後見人について,自己統治をする主体である国民として選挙権を行使するに足る能力を欠くと宣明することはおよそ考え難い。そうすると,事理を弁識する能力が一時的にせよ回復することが想定される存在である成年被後見人について,そのような能力が回復した場合にも選挙権の行使を認めないとすることは,憲法の意図するところではないというべきである。

また,成年後見制度は,精神上の障害により法律行為における意思決定が困難な者についてその能力を補うことによりその者の財産等の権利を擁護するための制度であると解されており,成年被後見人が,たとえば悪徳業者の甘言により重要な財産の売買契約をしてしまった場合に一方的に取り消せるなど,成年被後見人が法律行為をすることによって不利益を被ることがないようにし,また,後見人が,成年被後見人に代わって,その所有に係る財産等を適切に管理し処分する契約を行うことなどにより,成年被後見人が適正な利益を享受することができるように設けられた制度である。したがって,「事理を弁識する能力を欠く常況にある」として家庭裁判所が行う後見開始の審判(民法7条参照)も,自ずからそのような制度の目的に沿った審理判断がされることになるのであって,およそ家庭裁判所が,後見開始の審判をする際に,選挙権を行使するに相応しい判断能力を有するか否かという見地から審理をして後見開始の是非について判断するということは予定されていない。
この点については,実際に成年後見制度の運用を行っている家庭裁判所において運用の指針として用いられている「成年後見制度における診断書作成の手引」(乙6)には,家庭裁判所が後見開始の審判に利用する診断書について,医師が記載する「判断能力の意見」欄には,①「自己の財産を管理・処分することができない。」,②「自己の財産を管理・処分する
には,常に援助が必要である。」,③「自己の財産を管理・処分するには,援助が必要な場合がある。」,④「自己の財産を単独で管理・処分することができる。」の4つのいずれかにチェックするか,又は意見欄に記入する方式が採用され,診断書を作成する医師は,このような「自己の財産の管理・処分」についての判断能力についての意見を述べることと記載されていることが認められ,また,同じく家庭裁判所において運用の指針として用いられている「成年後見制度における鑑定書作成の手引」(乙7)によれば,鑑定事項及び鑑定主文のガイドラインとして,鑑定事項は「精神上の障害の有無,内容及び障害の程度」,「自己の財産を管理・処分する能力」及び「回復の可能性」が例示され,これに対応した鑑定主文の例として,「自己の財産を管理・処分する能力」として上記①ないし④の4段階に応じた判断を示すことが詳しい説明と共に記載されていることが認められる。このように,後見開始の許否について家庭裁判所が審理判断するために用いる医師作成による診断書や鑑定書には,「自己の財産を管理・処分する能力」について診断ないし鑑定をして記載されることが予定されており,証拠(甲34)によれば,実際に,家庭裁判所の実務においても,原則としてこのような医学的判断に従って後見開始の許否が決せられていることが認められる。
すなわち,成年後見制度が,上記のとおり,精神上の障害により法律行為における意思決定が困難な者についてその能力を補うことによりその者の財産等の権利を擁護することを目的とする制度であることから,後見開始がされるための「事理を弁識する能力」の有無や程度については,主として「自己の財産を管理・処分する能力」について,その有無や程度の審理判断が行われることが予定されているものである。
このように,後見開始の許否の際に判断される能力は,その制度趣旨とされる本人保護の見地から「自己の財産を管理・処分する能力」を判断す
ることが予定されているのであって,そのようないわゆる財産管理能力の有無や程度についての家庭裁判所の判断が,前述のような,主権者であり自己統治をすべき国民として選挙権を行使するに足る能力があるか否かという判断とは,性質上異なるものであることは明らかである。
したがって,そもそも後見開始の審判がされたからといって,成年被後見人となった者は,主権者であり自己統治をすべき国民として選挙権を行使するに足る能力を欠くと断ずることは到底できないのであり,実際に,証拠(甲41,42の1,2,甲43,44,51,52の1,2,甲53)及び弁論の全趣旨によれば,財産等の適切な処分や管理はできなくとも,国のいろいろな政策等に関心を持ち自らの意見を有する成年被後見人は少なからず存すると認められる。そして,証拠(甲1,18ないし20)及び弁論の全趣旨によれば,本件の原告は,医師により,数の概念がないことなどから自己の財産を管理・処分することができないとの診断及びその旨の鑑定意見が述べられ,家庭裁判所が,事理弁識能力を欠く常況にあると判断したものの,他方で,原告は,限られた日常的なことばを使って会話をすることができ,また,保護され介助されて職に就くことができるとされているのであり,実際に,20歳になった昭和57年以降,平成19年に後見開始の審判を受けて成年被後見人となるまでは,ほとんど棄権することなく選挙権を行使してきたことが認められるのであって,後見開始の許否の基準となる能力と,選挙権を行使するために必要とされる能力が同じものであるということは到底できないのである。
そうすると,成年被後見人とされた者が総じて選挙権を行使するに足る能力を欠くわけではないことは明らかであり,被告が,後見開始に際して判断される能力と選挙権を行使するに足る能力が同じであるという前提に立つのであれば,そのような前提に基づく被告の主張は失当というほかない。


そして,翻って考えるに,そもそも後見開始の審判を受け,成年被後見人になった者であっても,我が国の「国民」であることは当然のことである。憲法が,我が国民の選挙権を,国民主権の原理に基づく議会制民主主義の根幹として位置付け,国民の政治への参加の機会を保障する基本的権利として国民の固有の権利として保障しているのは,自らが自らを統治するという民主主義の根本理念を実現するために,様々な境遇にある国民が,高邁な政治理念に基づくことはなくとも,自らを統治する主権者として,この国がどんなふうになったらいいか,あるいはどんな施策がされたら自分たちは幸せかなどについての意見を持ち,それを選挙権行使を通じて国政に届けることこそが,議会制民主主義の根幹であり生命線であるからにほかならない。
我が国の国民には,望まざるにも関わらず障害を持って生まれた者,不慮の事故や病によって障害を持つに至った者,老化という自然的な生理現象に伴って判断能力が低下している者など様々なハンディキャップを負う者が多数存在する。そのような国民も,本来,我が国の主権者として自己統治を行う主体であることはいうまでもないことであって,そのような国民から選挙権を奪うのは,まさに自己統治を行うべき民主主義国家におけるプレイヤーとして不適格であるとして,主権者たる地位を事実上剥奪することにほかならないのである。したがって,そのようなことが憲法上許されるのは,それをすることなしには選挙の公正を確保しつつ選挙を行うことが事実上不能ないし著しく困難であると認められる「やむを得ない事由」があるという極めて例外的な場合に限られると解すべきことは,国民主権や議会制民主主義の理念を標榜する我が憲法の解釈としてけだし当然のことであって,そのような「やむを得ない事由」がない限り,様々なハンディキャップを負った者の意見が,選挙権の行使を通じて国政に届けられることが憲法の要請するところである。


たしかに,前記のとおり,選挙権を行使する者には,選挙権を行使するに足る能力を具備していることが必要であると考えることは不合理とはいえず,証拠(乙2ないし4,乙18の1ないし3,乙19の1ないし10,乙20の1ないし7)によれば,統一地方選挙等において,第三者が知的障害者等に特定の候補者に対する投票を指示するなどの不正な働きかけを行い,刑罰を科せられた事例があることが認められる。また,選挙権を行使するに足る能力を欠く者により,白票や候補者以外の氏名を記載した票を投じるなど不適正な投票が行われることも想定しうる。しかしながら,そのような不公正,不適正な投票が,相当に高い頻度で行われ,それによって国政選挙の結果に影響を生じさせかねないなど,選挙の公正が害されるおそれがあると認めるべき事実は見出し難い。しかも,仮に成年被後見人に対して選挙権が与えられた場合に,後見人が選任されている成年被後見人においても,不正な働きかけが行われてそれに基づく投票が行われたり,白票や候補者以外の氏名を書く票が投じられるなど不適正な投票が行われたりすることが相当な頻度で行われるであろうことを推認するに足る証拠はないし,成年被後見人に選挙権を与えないという以外の方法によってそのような不正な行為を排除することができないことなどについては何らの立証もされていない。
そして,仮に選挙権を行使するに足る能力が欠けている者に対して選挙権を付与することによって,不正な働きかけが頻繁に行われ,あるいは白票や候補者以外の氏名を記載した票を投じるなど不適正な投票が相当に高い頻度で行われ,選挙の結果にまで影響を及ぼしかねない事態が生じたり,選挙の公正を確保することが事実上不能ないし著しく困難になる事態が生じたりしているというのであれば,それはまさに議会制民主主義の根幹を揺るがすような由々しき事態であって,立法府は,速やかにそのような者の選挙権行使を排除する必要があろうが,我が国の公職選挙法は,選
挙権を行使するに足る能力が欠けている者から選挙権を剥奪することをしておらず,現に,我が国に相当数存在すると考えられる選挙権を行使するに足る能力を欠く者に対して,一般的に選挙権が与えられているのであるから,このような立法の現状は,むしろ被告が懸念するような上記のような事態が実際には生じてはいないことを窺わせるものであるとさえいえる。
また,被告は,公職選挙法が,一方で選挙権を行使する能力を欠く者に対しても,それを理由に選挙権を剥奪することはせず,他方で,選挙制度とは全く異なる制度趣旨によって設けられた成年後見制度を借用して,本人の財産等を保護するために後見開始の申立てをして成年被後見人とされた者からは一律に選挙権を剥奪していることについて,選挙の都度,選挙権の適切な行使が可能であるか否かの能力を個別に審査する制度を創設することが実際上困難であるからであると主張する以外には,合理的な説明をしていない。そして,その主張についても,たとえばオーストラリアでは,「精神疾患の状態にあり,選挙人登録や投票の本質や重要性について理解できない者」については選挙権を有しないと定め,アメリカ合衆国のミシガン州では「州議会は,精神的無能力(mentalincompetence)に基づいて,その者の投票権を排除することができる。」旨規定し,同カリフォルニア州では,「州議会は,精神的に無能力(mentallyincompetent)である間は,選挙権者の資格剥奪を規定しなければならない。」と定めているのであって,これらの例のように他の制度の概念を借用することなく端的に選挙権を行使する能力を欠く者について選挙権を付与しない旨の規定を置くことは現実に可能であり,これらの国や州においてはそのような規定に基づいて実際にその運用を行っていると解される。
そうすると,成年被後見人に選挙権を付与することによって,選挙の公正を確保することが事実上不能ないし著しく困難である事態が生じると認
めるべき証拠はない上,選挙権を行使するに足る能力を欠く者を選挙から排除するという目的達成のためには,制度趣旨が異なる他の制度を借用せずに端的にそのような規定を設けて運用することも可能であると解されるから,選挙権を行使するに足る能力を欠く者を選挙から排除するために成年後見制度を借用し,主権者たる国民である成年被後見人から選挙権を一律に剥奪する規定を設けることをおよそ「やむを得ない」として許容することはできないといわざるを得ない。

被告は,公職選挙法11条1項1号は,従前より禁治産宣告を受けた者については選挙権を付与しないとしてきた公職選挙法の規定を踏襲して,成年被後見人についても,選挙権及び被選挙権を付与しないと定めた旨主張しているところ,たしかに,公職選挙法は,昭和25年に施行されたときから,禁治産者に対して選挙権を付与しないと定めている。
しかしながら,成年後見制度が設けられた沿革を見ると,禁治産制度が利用しにくい制度であるという指摘を受けていたことに加え,禁治産制度が設けられた明治時代と比べて,高齢者,知的障害者及び精神障害者等をめぐる内外の社会状況に大きな変化が生じたことに鑑み,自己決定の尊重及び残存能力の活用,そして障害のある人も地域や家庭で通常の生活をすることができるような社会を作るというノーマライゼーションという新しい理念と,従来からの本人保護の理念との調和のために,平成11年の民法の一部改正によって新たな成年後見制度が設けられたものである。すなわち,これらの新たな理念を実現するために,禁治産制度においては禁治産宣告を受けた者の全ての法律行為が取消しの対象とされていたものを改め,成年後見制度においては,日用品の購入その他日常生活に関する行為については,後見人といえども取り消すことができないとし,また,成年後見人は,成年被後見人の「生活,療養看護及び財産の管理に関する事務」を行うに当たっては,成年被後見人の「意思を尊重しなけらばならな
い」旨の規定を設ける(民法858条参照)など,自己決定の尊重,残存能力の活用及びノーマライゼーションという理念を具体化する種々の規定が設けられている。
また,成年後見制度が導入される以前は,禁治産宣告がされた者について,多数の法律で資格制限の規定(欠格条項)が設けられていたが,これに対しては,このような多数の欠格条項の存在は,制度の利用者を社会から排除する制度であるかのように誤解されることから,自己決定の尊重,残存能力の活用及びノーマライゼーションという理念に照らして欠格条項の在り方を見直すべきであるとの議論がされ,成年後見制度の新設に当たり,欠格条項の縮減の見地から関係法令中の欠格条項の見直しが行われ,民法の一部を改正する法律に伴う関係法令の整備により,他の法律で設けられていた欠格条項の多くは撤廃された。
このように平成11年の民法の一部改正によって設けられた成年後見制度は,禁治産制度が設けられた明治時代とは異なる新しい理念に基づいて制度化されたものであるから,成年被後見人の選挙権の制限についても成年後見制度の趣旨に則って考えられるべきであり,選挙権を行使するに足る能力を有する成年被後見人からも選挙権を奪うことは,自己決定の尊重,残存能力の活用及びノーマライゼーションという理念に基づいて設けられた成年後見制度の趣旨に反するものであると言わざるを得ない。キ
さらに,海外の法制度をみると,我が国の民法の母法とされるフランスの民法においては,従前の禁治産及び準禁治産の制度が,1968年の民法改正により,「後見(Tutelle)」,「保佐(Curatelle)」及び「裁判所の保護(SauvegardedeJustice)」の三類型の制度に改められ,フランス法系のカナダのケベック州においても,従来の禁治産及び準禁治産の制度が,1990年の民法改正により,「後見」,「保佐」及び「補助人(Conseiler)の選任」の制度に改められたが,これらの改正は,いずれ
も自己決定の尊重,ノーマライゼーション等の新しい理念と従来からの本人の保護の調和を旨として設けられたものであると解されている。また,オーストリアでは,1983年に成立した代弁人法により,従前の禁治産及び準禁治産の制度を改め,裁判所の選任する代弁人の権限を①本人の全事務の処理,②一定の範囲の事務の処理,③個別的事務の処理の三段階とする制度が導入され,ドイツでは,1990年の世話法による民法の改正により従前の禁治産制度を改め,裁判所の選任する世話人の権限を個別的に定める制度が導入されたが,これらも,自己決定の尊重,ノーマライゼーション等の新しい理念と従来からの本人の保護の調和を旨として設けられたものであると解されている。
さらに英米法国家では,イギリスの1985年継続的代理権法
(EnduringPowerofAttorneyAct1995),アメリカ合衆国の1979年の統一継続的代理権法(UniformDurabulePowerofAttorneyAct)及びこれを採用した同国各州の代理権法,カナダの1987年の統一代理権法(UniformPowersofAttorneyAct)を採用した同国各州の代理権法などでは,本人の判断能力が低下する前に,契約により自ら信頼できる後見人と後見事務を事前に決めることができる制度を法制化しており,これらはいずれも自己決定の尊重の理念に基づく立法であるとされている。そして,選挙権の付与に関しては,イギリスにおいてはそれまで選挙権が与えられていなかった「知的障害者及び心神喪失者(idiotsandlunatics)」に対し,2006年選挙管理法第73(1)条により,コモンローにおける精神疾患を理由とする欠格要件は選挙権も含めて全て廃止されたこと,カナダにおいては,1993年のカナダ選挙法(CanadaElectionsAct)の改正により,「精神疾患により行動の自由を制限されている者又は自己財産の管理を禁じられている者」を選挙権の欠格要件とする条項が削除されたこと,フランスにおいては,選挙法典により,選挙権
の欠格要件として「成年被後見人(Lesmajeursentutelle)」が挙げられていたが,2005年の法改正により成年被後見人が一律に選挙権を有さない旨の規定が改正されたこと,オーストリアにおいては,国民議会選挙法により,代弁人(Sachwalter)を付された者は選挙権を有しないものとされていたが,1987年に憲法裁判所が当該条項を憲法違反と判断したことから1988年に削除されたこと,スウェーデンにおいては,スウェーデン王国選挙法により「裁判所の宣告に基づき禁治産者であるか又は成人年齢に達した後も禁治産者にとどまるべき者」は選挙人名簿に掲載されないと規定されていたが,1988年に禁治産制度が管理後見制度に移行したことを受けて,1989年の選挙法改正により精神疾患を理由とする選挙権の欠格要件は全て廃止されたことがそれぞれ認められ,諸外国においては,精神疾患等により能力が低下している者の選挙権の制限を見直す動向が存するといえる。

加えて,平成18年12月13日,第61回国際連合総会において,障害者権利条約が採択され,我が国も平成19年9月29日に同条約に署名し,同条約の批准に必要な国内法整備をはじめとする我が国の障害者に係る制度の集中的な改革等を行うことを目的として,平成21年12月8日の閣議決定に基づき,内閣総理大臣を本部長とする障がい者制度改革推進本部が設置され,同月15日に障がい者施策の推進に関する諮問機関として設置された障がい者制度改革推進会議は,「選挙権,被選挙権に関する成年被後見人の欠格条項については,後見人が付いているかどうかで差別化する人権侵害の側面が強いことから,廃止も含め,その在り方を検討する。」こと,「成年被後見人は,公職選挙法における欠格条項により選挙権・被選挙権を奪われ,国や地方公共団体の関連する審議会や検討会への参画にあたって,障害の特性やニーズによる合理的配慮が行われないことによって,公的活動への参加の機会が奪われるなど,政治参加にかかわる
障害に基づく制限や排除,又は欠格条項の問題は,障害に基づく差別の問題として,今後,差別禁止部会での議論を踏まえ,引き続き推進会議において検討を進めることが必要である」ことなどを提言した。そして,同推進会議は,障害者基本法には,障害者の選挙権及び被選挙権を障害のない人と平等に保障するために,障害の種別や特性に応じた必要な施策を講ずることを盛り込むよう提言し,また,平成24年6月20日に成立した「地域社会における共生の実現に向けて新たな障害保健福祉施策を講ずるための関係法律の整備に関する法律」(平成24年法律第51号)に関する衆議院及び参議院の附帯決議として「成年被後見人の政治参加の在り方について検討を行うこと」が盛り込まれている。このように,我が国においても,障害者権利条約への署名以降,前記のような国際的な動向に応じて,成年被後見人から選挙権が一律に奪われている我が国の現状を見直す動きが生じている。

以上を総合するならば,憲法は,選挙権が,国民主権の原理に基づく議会制民主主義の根幹と位置付けられるものであることから,両議院の議員の選挙において投票をすることを国民の固有の権利として保障しており,「やむを得ない」場合すなわち「そのような制限をすることなしには選挙の公正を確保しつつ選挙を行うことが事実上不能ないし著しく困難である」と認められる場合以外に選挙権を制限することは,憲法15条1項及び3項,43条1項並びに44条ただし書に違反するというべきところ,成年後見制度と選挙制度はその趣旨目的が全く異なるものであり,後見開始の審判がされたからといって,選挙権を行使するに足る能力が欠けると判断されたことにならないばかりか,成年被後見人は,その能力を一時回復することによって一定の法律行為を有効に行う能力が回復することを制度として予定しているのであるから,成年被後見人とされた者の中にも,選挙権を行使するに必要な判断能力を有する者が少なからず含まれている
と解される。そして,成年被後見人も,我が国の主権者たる「国民」であることは明らかであり,自己統治を行う主体として本来選挙権を行使すべき存在であるところ,成年被後見人に選挙権を付与するならば選挙の公正を害する結果が生じるなど,成年被後見人から選挙権を剥奪することなしには,選挙の公正を確保しつつ選挙を行うことが事実上不能ないし著しく困難であると解すべき事実は認めがたい上,選挙権を行使するに足る能力を欠く者を選挙から排除するという目的のために,制度趣旨が異なる成年後見制度を借用せずに端的にそのような規定を設けて運用することも可能であると解されるから,そのような目的のために成年被後見人から選挙権を一律に剥奪する規定を設けることをおよそ「やむを得ない」として許容することはできないといわざるを得ない。そして,そもそも成年後見制度は,国際的潮流となっている高齢者,知的障害者及び精神障害者等の自己決定の尊重,残存能力の活用及びノーマライゼーションという新しい理念に基づいて制度化されたものであるから,成年被後見人の選挙権の制限についても同制度の趣旨に則って考えられるべきところ,選挙権を行使するに足る判断能力を有する成年被後見人から選挙権を奪うことは,成年後見制度が設けられた上記の趣旨に反するものであり,また上記の新しい理念に基づいて各種改正を進めている内外の動向にも反するものである。したがって,成年被後見人は選挙権を有しないと定めた公職選挙法11条1項1号は,選挙権に対する「やむを得ない」制限であるということはできず,憲法15条1項及び3項,43条1項並びに44条ただし書に違反するというべきである。
(3)ア

これに対し,被告は,選挙権は,法律によってその具体的な内容が形
成される類型の権利であり,その具体的な内容を定めた法律の規定の憲法適合性の問題は,法律による権利の制限の正当性の問題ではなく立法裁量の問題であって,立法裁量の逸脱・濫用の問題となるところ,公職選挙法
11条1項1号には,立法裁量の逸脱・濫用はないから合憲であると主張する。
たしかに,いかなる者に選挙権を付与するかということは国民にとって重要な意味を有するものであり,国民の代表者からなる国会に一定の立法裁量があると解されるが,その立法裁量は,あくまで憲法の許容する範囲内において存するにすぎないことはけだし当然のことであり,国会に立法裁量があるからといって,憲法に違反する立法ができることになるわけではないことは明らかである。
そして,前掲の平成17年大法廷判決は,憲法は選挙権が国民の政治への参加の機会を保障する基本的権利として議会制民主主義の根幹を成すものであることから,国民主権の原理に基づき,両議院の議員の選挙において投票をすることによって国の政治に参加することができる権利を国民に対して固有の権利として平等に保障しており,そのような憲法の趣旨にかんがみれば,国民の選挙権を制限することは原則として許されず,国民の選挙権を制限するためには,そのような制限をすることが「やむを得ない」と認められる事由がなければならず,そのような事由がなければ憲法違反になる旨の判示をしているのであって,この判断は,まさに立法府が選挙権を制限する立法をする際の立法裁量の限界を示したものにほかならない。
したがって,被告の主張するように,いかなる者に選挙権を付与するかについて立法府に一定の裁量があるとしても,国民の選挙権を制限するためには,そのような制限をすることが「やむを得ない」と認められる事由がある場合,すなわち,そのような制限をすることなしには選挙の公正を確保しつつ選挙を行うことが事実上不能ないし著しく困難であると認められる場合でない限り,そのような立法は裁量の範囲を超えて憲法に違反することになるというべきである。


また,被告は,前掲の平成17年大法廷判決は,公職選挙法によって選挙権が与えられているにもかかわらず,その「行使」をすることができないという,選挙権の「行使」が制限されていた事案に関するものであり,当該制限が合憲とされるには「やむを得ない事由」を要するという同大法廷判決の射程は,選挙人資格自体をどのように定めるかという本件のような事案には及ばないと主張する。
しかしながら,平成17年大法廷判決は,選挙権が,議会制民主主義の根幹を成すものであることから,憲法は,国民主権の原理に基づき,選挙権を国民に対して固有の権利として保障し,国民に対して投票をする機会を平等に保障しているのであり,そのような憲法の趣旨にかんがみれば,国民の「選挙権」又は「その行使」を制限することは原則として許されず,国民の「選挙権」又は「その行使」を制限するためには,そのような制限をすることが「やむを得ない」と認められる事由がなければならないというべきである旨判示しているのであり,国民の「選挙権」の制限についても,その「その行使」の制限についても,「やむを得ない」と認められる事由がなければ憲法違反になる旨判示していることはその文言上明らかである。そして,実質的に考えても,憲法が,国民主権の原理に基づいて民主主義の根幹を成すものとして国民に保障している選挙権について,その「行使」については「やむを得ない」事由がなければ制限できないが,そもそも選挙権行使の前提となる「選挙権」自体は「やむを得ない」事由がなくとも制限して構わないということになれば,およそ憲法が,国民主権の原理に基づいて民主主義の根幹を成すものとして国民に選挙権を保障した目的は達成できないことになるのであって,平成17年大法廷判決がそのような判示をしたものとは到底考えられない。


そして,被告は,選挙権を行使するに足る能力を欠いている者を選挙から排除して公正な選挙を確保するなどの合理的な立法目的を達成するため
に,成年後見制度とは別に,選挙に先立って,選挙が行われる都度,個別にそのような能力の有無を審査することは事実上不可能であるから,成年後見制度を借用して,成年被後見人から選挙権を剥奪することには十分な合理性があると主張する。
たしかに,一般に,ある立法目的を達成するために,他の制度の概念を借用せざるを得ない場合があり,借用した概念が,本来,立法で企図した内容とは完全に一致しないことから,極めて例外的な場合であるにせよ,本来ある法律効果が及ぶべきでない一定範囲の者に効果が生じたり,本来ある法律効果が及ぶべき一定範囲の者に効果が生じなかったりしても,その権利の性質や内容,立法が達成しようとした目的の重要性などを勘案して,そのような者がそれらの結果を甘受せざるを得ないと解すべき場合もないわけではなかろう。
しかしながら,本件のように,その剥奪される権利が,我が国の憲法によって,国民主権の原理に基づき民主主義の根幹を成すものとして国民に保障された権利である選挙権である場合に,他の立法目的を達成するために他に適切な手段が見つからないから,本来選挙権が与えられるべき者であっても,その選挙権が剥奪される結果を甘受せよということに直ちにははならないことはいうまでもない。そして,前記のとおり,成年被後見人になったからといって,選挙権の行使をするに足る能力を欠くとされたわけではなく,選挙から排除されるべき存在とされるわけではないのであるから,成年後見制度とは趣旨目的を異にする選挙制度の運営上,選挙の度に能力を審査することが実際上困難であるからといって,直ちに成年被後見人は,選挙権が剥奪されることを甘受せよということにはならないことは当然のことである。
そして,このような成年被後見人から選挙権を剥奪するには,前述のとおり,「やむを得ない事由」がある場合,すなわち成年被後見人から選挙
権を剥奪することなしには,選挙の公正を確保しつつ選挙を行うことが事実上不能ないし著しく困難であると認められる場合に限られるのであり,このような事由なしに選挙権を剥奪することは,憲法に違反することになるのである。
しかるに,前記第3の2(2)オで述べたように,そもそも我が国の公職選挙法は,選挙権を行使するに足る能力を欠く者に対しても,成年被後見人とならない限り一般的に選挙権を付与しているところ,そのような選挙権を行使するに足る能力を欠く者が選挙に参加した場合に,選挙の公正を確保することが事実上不能ないし著しく困難であるという事態が生じていることを窺わせる証拠はなく,また,外国や州によっては,他の制度を借用することなく,端的に選挙権行使に必要な能力を欠く者には選挙権を付与しない旨の規定を置くところが少なからず存し,そのような外国や州では実際にそのような規定に基づいて制度を運用しているのであるから,およそ成年後見制度のような他の制度を借用しなければ上記の立法目的の達成が不可能であるということもできない。
そうすると,選挙権を行使するに足る能力を欠く者を選挙から排除するために,成年後見制度を借用する以外の方法を採用することが仮に容易でないにしても,それゆえに全く別の趣旨目的を持つ成年後見制度を借用し,成年被後見人とされた者から選挙権を剥奪しても憲法上許されることにはならないのであって,この点についての被告の主張にも与することはできない。
(4)

以上によれば,公職選挙法11条1項1号のうち,成年被後見人は選挙
権を有しないとした部分は,憲法15条1項及び3項,43条1項並びに44条ただし書に違反するものであり,無効であるといわざるを得ない。そして,原告は,昭和▲年▲月▲日生まれであり,年齢満20歳以上の日本国民であるから,公職選挙法9条1項の規定により,衆議院議員及び参議
院議員の選挙権を有すると認められ,次回の衆議院議員の選挙及び次回の参議院議員の選挙において投票をすることができる地位にあると認められる。3
結論
よって,原告の請求には理由があるからこれを認容することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第38部

裁判長裁判官

定塚
裁判官

中辻
裁判官

渡邉誠雄一朗哲
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