判例検索β > 平成23年(う)第773号
住居侵入、強盗殺人被告事件
事件番号平成23(う)773
事件名住居侵入,強盗殺人被告事件
裁判年月日平成25年6月20日
法廷名東京高等裁判所
結果破棄自判
判例集等巻・号・頁第66巻3号1頁
原審裁判所名東京地方裁判所
原審事件番号平成22合(わ)34
判示事項被害者1名の強盗殺人の事案につき二人を殺害するなどした前科を重視して被告人を死刑に処した原判決が量刑不当として破棄された事例
裁判要旨金品を強奪する目的で,被害者方へ侵入し,室内で寝ていた被害者の首を包丁で突き刺して殺害した被告人の犯行は,強固な殺意に基づく冷酷非情なものであるが,妻子二人を殺害して懲役20年に処せられた前科を除けば,被害者が1名であり,被害者方への侵入時には殺意があったとは確定できない本件が,死刑を選択するのが相当な事案とはいい難く,被告人の前科は無期懲役刑に準ずるような相当長期の有期懲役刑で,被告人はその刑の執行を終了しており,前科の事案が夫婦間の口論の末の殺人とそれを原因とする無理心中であって利欲目的の本件強盗殺人とは社会的にみて類似性は認められないことなどを考えると,一般情状である前科を重視して死刑を選択することには疑問があり,原判決には人の生命を奪った前科があることを過度に重視しすぎた結果,死刑の選択もやむを得ないとした誤りがある。
裁判日:西暦2013-06-20
情報公開日2017-10-13 02:04:32
戻る / PDF版
平成23年(う)第773号
平成25年6月20日

住居侵入強盗殺人被告事件

東京高等裁判所第10刑事部判決

主文
原判決を破棄する
被告人を無期懲役に処する

理1由
本件控訴の趣意は,①原審において,被告人が黙秘する姿勢を明らかにし,原審弁護人が検察官による被告人質問に対して異議を述べたのに,検察官及び被害者参加人からの被告人質問を許容したのは,被告人の黙秘権を侵害するものであって,憲法38条1項及び刑訴法291条3項に反し,訴訟手続の法令違反がある,②被告人は原判示の日時に被害者方に侵入したことも,被害者を殺害したこともないから,これを認定した原判決には事実の誤認がある,③原判決は被告人を死刑に処したが,死刑制度は憲法13条,31条,36条に違反するし,死刑の選択に当たり前科を重視している点で二重処罰を禁じた憲法の規定にも違反する,また,死刑の量刑は重すぎて不当であるというのである。

2
訴訟手続の法令違反の論旨について
所論は,原審において,第1回公判期日の冒頭手続における裁判長からの問いかけに対し,被告人が一切回答しなかったことから,被告人が包括的に黙秘権を行使する意図を有していることは明確だったにもかかわらず,被告人質問を実施して検察官からの質問を許容し,さらに,これに対して被告人が一切供述しなかったから,原審弁護人がこれ以上の被告人質問の継続は黙秘権の侵害に当たるという異議を申し立てたにもかかわらず,これを棄却した上,検察官から22問,被害者参加人から4問に及ぶ被告人質問を許容した原審裁判所の措置は,黙秘権を侵害する違法な措置であり,憲法38条1項及び刑訴法291条3項に違反するなどと主張する。しかし,刑訴法311条は,包括的に黙秘権を行使する意思を示している被告人に対して,なお個別の質問を発して確認することを否定するものではない。所論の指摘する被告人質問の内容は,事実の存否を確認したり,弁解の有無を確認するに止まり,これらについて執拗に追及するものでもなく,黙秘権を侵害する内容でないことは明らかである。さらに,原判決を子細に検討しても,被告人が黙秘している態度を,情状も含めた事実認定の証拠に使用したり,そうした態度から被告人が冷酷非情であると想起させ,量刑上不利に扱ったという形跡は見当たらない。所論は理由がない。
3
事実誤認の論旨について
(1)

被害者方に侵入し物色した犯人と被告人の同一性について

原判決は,①金属缶の本体が整理たんすの引き出し内部に残され,蓋は散乱した他の物とともにたんすの外に出ていたが,この蓋から被告人の掌紋が採取された事実は,被告人が被害者方に侵入し,室内を物色したことを端的に示すこと,②被告人が犯行日の2日後に履いていた靴の土踏まずの部分に,DNA型に照らして被害者のものであることが明白な血液が付着し,また,同じ靴の他の2箇所からも被害者の血液が含まれているとして矛盾がないものが検出され,畳や布団のシーツには,上記靴と同種の模様で血液ようのもので印象された足跡が残されていた事実からも,被告人が被害者死亡後,その血液が乾燥していない段階で被害者方にいたことが明らかであること,③被害者方玄関前の通路外壁の防護柵支柱から被告人の指紋と掌紋が採取され,外壁の上に被告人の靴と同種の模様の足跡も残されていたことから,被告人が錠の開いていた玄関ドアから室内に侵入したと認められること,④被害者方マンション前の建物の防犯カメラに録画されている,午後2時44分にマンション入口方向に向かう人物と,午後3時28分に入口から足早に立ち去る人物は,いずれも被告人と同一人物と思われること,以上の事実を総合して,被告人は,午後2時44分以降に被害者方に侵入し,午後3時28分までの間に被害者方を物色したと認定している。
被害者方に侵入し物色した犯人を被告人とする原判決の認定は正当であり,当裁判所も是認できる。以下,所論にかんがみ補足して説明する。
所論は,①の掌紋は,③における指掌紋を取り違えた可能性があるし,捜査官が現場から採取した指掌紋に被告人の指掌紋を意図的に混入した可能性もある旨主張するが,原審記録を子細に検討しても,取り違えや混入をうかがわせる事情は認められない。所論は証拠に基づかない推測の域を出ておらず,理由がない。所論は,②の靴の付着物から被害者のDNA型が検出されたとしても,それが被害者の人血に由来するものとは限らないし,靴が鑑定時までにどのように履かれたのかも明らかでないから,被害者のDNA型が検出された理由は他にも想定し得る旨主張するが,所論が指摘するような鑑定結果の証明力についての疑問は常識的に想定し難い。そして,3箇所の血液の付着状況やDNA型鑑定の結果に照らせば,被害者の血液が同一機会に被告人の靴に付着した旨の原判決の推認は合理的である。また,所論は,上記靴の付着物は微量で全て鑑定に消費され,再鑑定できないにもかかわらず,そのPCR増幅産物は廃棄され,汚染防止措置がとられた記録もなく,鑑定経過の当否を検証する手段がないから,同鑑定の証明力は限定的に考えられるべきである旨主張する。確かに,事後的な検証方法の余地を残し,鑑定経過を記録化しておくことは望ましいとはいえるが,その措置がとられていないことから直ちに証拠の証明力が減殺されるものでもない。所論は理由がない。
所論は,②及び③について,足跡鑑定の結果は被告人の履いていた靴と同種の模様が現場付近に残存していたというに過ぎず,犯人性を推認するほどの証明力をもたない旨主張するが,上記のとおり,原判決は,②及び③において,足跡鑑定の結果を唯一の証拠として被告人を犯人と推認しているわけではなく,現場から被告人の履いていた靴と同種の模様の足跡が採取されたこと,及び,②についてはDNA型鑑定の結果,③については被告人の指掌紋等も併せ考慮して上記の認定をしているのであって,所論は理由がない。
④の防犯カメラの映像について,所論は,捜査機関が被告人を犯人と決めつけた上,被告人の生活圏と現場との経路を想定し,その経路に設置された防犯カメラの映像から被告人と似た画像を探そうとしたものであり,捜査機関による作為が混入するおそれがあるにもかかわらず,原判決はこれについて検討していない旨主張する。しかし,捜査の過程で特定の被疑者が浮上した際,所論のような捜査方法をとることは何ら不自然なものではない。本件の凶器のケースと考えられる物が発見され,これが本件犯行前後の時間帯に遺留されたことが判明し,その凶器と同じ種類の物が販売された可能性のある場所が特定されたことから,その場所と被害現場を結ぶ経路上の地点において,一定範囲の時間帯の防犯カメラの映像が収集されたという経緯は,自然かつ合理的なものであって,捜査機関の作為を疑う余地はなく,原判決に所論が指摘する問題はない。
上記の映像の内容について,所論は,被告人が着用していた帽子及び上着は一般に流通しているので,防犯カメラの映像の人物のものと一致したとしても,被告人が犯人である可能性を示すにすぎない,被告人が逮捕された際の顔写真を基に作成された三次元立体データは,その正確性に疑問がある上,同データを利用して鑑定に当たったAは,人体の構造の専門家ではないから,その判断は信用できない,特に,被害者方マンション前の防犯カメラの映像は被告人とは断定できない旨主張する。しかし,一連の防犯カメラの映像の人物は,その帽子や上着を含めた服装及び眼鏡を含めた容姿等を全体的に観察するとともに,各映像の時間的場所的関係を併せて考慮すれば,いずれも同一人物と判断できるのであり,原判断に不合理な点は存しない。また,所論を踏まえてみても,Aの鑑定手法や鑑定の正確性に疑義を差し挟む点は見当たらないし,Aによる鑑定判断だけでなく,被告人の逮捕時の服装,①③の被告人の指掌紋の存在,②の被害者のDNA型の付着等をも併せ考慮すれば,その映像の人物が被告人と同一と認められるのであって,その旨の原判断にも不合理な点は存しない。
(2)

被害者を殺害した犯人と被告人との同一性について
原判決は,①防犯カメラの映像によれば,被害者は,午前11時46分以降に被害者方に戻ったこと,帰宅後ラーメンを食べ,平均的な消化状況であれば食事の約2,3時間後に,食べた量が少量で消化が早ければ約1時間後に死亡したと認められることから,午前11時46分の後,約1時間ないし3時間が経過し,午後2時44分以降に被告人が被害者方に侵入する前という,極めて限られた時間帯に被告人以外の者が被害者方に侵入し,被害者を殺害したことになるが,そのような偶然が重なる確率は限りなく低いこと,②<ア>防犯カメラの映像等によれば,被告人は午後0時29分から37分の間に上野中通商店街から上野中央通り地下歩道の辺りでビニール袋に入った細長い長方形らしき品物を手に入れているが,これらの場所に近いB上野店において,午後0時35分ころ,2100円の商品が売られ,同店で売られている2100円の商品にはC三徳包丁があって,その販売の際の形状は被告人所持の上記ビニール袋と矛盾しない形状であること,<イ>被告人は,午後1時11分ないし12分,六本木駅において,上記のビニール袋入りの品物を所持していたが,午後2時44分に被害者方マンション前に現れた際にはこれを所持していないところ,六本木駅から被害者方への通り道の一つと考えられる青山霊園内でBUENO・ASAKUSAという表示で2100円の値札の付いたC三徳包丁のケースが発見され,そのケースは当日午前10時40分の時点では存在しなかったこと,<ウ>被害者の負傷状況は上記三徳包丁から生じたとして矛盾はないこと,<エ>被告人が当日被害者方に侵入し物色していることや<ア>ないし<ウ>の当日の行動等を前提にすると,被告人がB上野店でC三徳包丁を購入したと考えて初めて統一的,合理的に説明できること,③被告人の靴の土踏まず部分にDNA型から被害者のものと認められる血液が付着し,その靴の甲の部分にも被害者のDNA型が含まれていると考えて矛盾しない血液が付着していたが,これらは血痕が散らばっていた床面を歩いていただけでは付着しないこと,以上の事実を総合して,被告人が上記三徳包丁を用いて被害者を殺害したと認定している。
被害者を殺害した犯人を被告人とする原判決の認定は正当であり,当裁判所も是認できる。以下,所論にかんがみ補足して説明する。
所論は,①について,極めて限られた時間帯に被告人以外の者が被害者宅に侵入して被害者を殺害した可能性は極めて低いとする原判示は誤っている,②について,被告人がB上野店でC三徳包丁を購入したと考えて初めて統一的,合理的に説明できるとする原判示は誤っている,③について,被告人の靴の土踏まず部分への血液の付着は必ずしも殺人の実行行為を推認させるものではないし,殺人行為以外の機会に付着した可能性もある旨主張し,以上を踏まえれば,被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない事実関係を判示しているとはいえないから,被告人が被害者を殺害したとはいえないと主張する。①について,所論は,被害者方の台所の状況等からはラーメンを食べた時刻を特定できず,被害者の胃の中の残渣物とラーメンの丼の中の物が一致しないから,被害者が帰宅後ラーメンを食べたことを裏付ける証拠はないし,被害者の食事量が特定できないから食事後1時間も経過していなかった可能性もある,また,被害者方マンションの前の防犯カメラの映像には,被告人が被害者方に侵入した場面は写っていない,以上から,限られた時間帯とは,当日午前11時46分ころから午後3時28分ころまでであり,この間であれば第三者が侵入し被害者を殺害することはあり得る旨主張する。しかし,被害者宅台所はラーメンの食べ残し以外は片付けられていたことや被害者の几帳面な生活習慣からすれば,ラーメンは被害者が当日帰宅後に食べたものと推認するのは合理的であり,胃の残渣物と丼の中の物が相違すると所論がいう点については,解剖立会報告書(原審甲79)の写真66を示された上でのDの証言をも踏まえれば,人参等の野菜が含まれている点で一致していると認められ,所論は理由がない。また,被告人が当日午後2時44分に被害者方マンション入口方向に向かっていることからすれば,それに近い時刻に被害者方に侵入したことが推認できるというべきである。原判示の時間帯の認定及びその評価に不合理な点はない。
②について,所論は,原判決②<ア>及び<イ>について,ビニール袋在中の物,それを入手した店舗,午後0時35分に売れた商品,ビニール袋等が処分された場所,青山霊園にプラスチックケースを置いた者,本件の凶器の各点について,いずれも特定できていないと論難する。しかし,その指摘は,上記の各点について,個別に抽象的な可能性をいうに止まるものである。むしろ,本件において,防犯カメラの映像から合理的に推認される被告人の移動経路とその時刻,及び,その映像において縦長の白いビニール袋に入れられた品物を被告人が所持している経過とその時刻を前提とした上で,青山霊園内にケースが置かれたと認められる時間帯,及び,被告人が被害者方に侵入していることや被害者の負傷状況を併せ考慮した場合,原判決②<エ>が被告人がB上野店でC三徳包丁を購入したと考えて初めて統一的,合理的に説明できると判示したことに不合理な点はない。③について,所論は,被告人の靴の土踏まず部分への血液の付着について論難するが,被告人の靴の3箇所の血液の付着状況をみれば,これらは被害者の血液が同一機会に付着したものと推認できるところ,このうち,特に,靴の甲の部分への付着は血痕が散らばった床面を歩いただけでは通常付着しないといえるから,被告人が被害者を殺害したことをうかがわせる一つの痕跡とした原判断が不合理とはいえない。
そうすると,本件においては,被害者が帰宅した午前11時46分の後,約1時間ないし3時間が経過し,同日午後2時44分以降に被告人が被害者方に侵入するより前という極めて限られた時間帯に被告人以外の者が被害者方に侵入し,被害者を殺害するという偶然が重なる確率はそれだけを独立して考えても限りなく低いこと,被告人がB上野店で,被害者の受傷状況と照らして凶器として矛盾のない,C三徳包丁を購入していること,被告人の靴の土踏まず部分には被害者のものと認められる血液が付着し,ほか2箇所にも被害者のものとして矛盾しない血液が付着しており,これらは同一機会に付着したと推認できる上,単に血痕が散らばっていた床面を歩いただけではこのような付着の仕方をしないと考えられること,以上の事実関係が併存しているといえる。このような事実関係は,被告人が被害者を殺害した犯人でないとすれば合理的に説明することはできないものといえるのであって,この点に関する所論は当を得ていない。なお,所論は,被害者が現金や貴重品を何か所かに分けて隠匿していたことから,何らかの揉め事を抱えていた可能性もある旨の主張もするが,これも推測の域を出ない。
また,所論は,被告人が自ら器物損壊行為に及んで逮捕されたのは強盗殺人の犯人の行動としては不自然である,被告人には寝ている被害者を刺す動機はなく,そうした犯行は被告人の人間像に合致しない,犯人は被害者殺害後まっすぐ玄関に向かい室外に出ようとしているが,このような行動は強盗目的と矛盾する旨主張する。しかし,重大事件を起こした犯人が別の事件を起こして出頭することがそれほど不自然とはいえないし,被告人は,後記のとおり,前刑出所後就労しようと努力したがうまくいかず,自暴自棄となり金銭に窮して本件に至ったものと認められ,就寝中の被害者を殺害した犯行がその人間像と合致しないとまではいえない。さらに,犯人の行動が強盗目的と矛盾する旨の所論は,その前提として,被害者方の血痕の遺留状況から,被害者を殺害した犯人は,被害者の身体から抜いたナイフを持ったまま,4畳半から玄関に向かい,カーテンを越えて玄関の三和土まで来たところで室内に向かって引き返し,カーテンで刃物を拭ったと認められる旨主張するところ,犯人の行動は所論指摘の遺留血痕のみでは認定できないというべきである上,仮に所論指摘のとおりであっても,被害者殺害後,いったんドアを閉めに行き,その際にカーテンで刃物を拭ってさらに物色したことも考えられ,このような行動が強盗目的と矛盾するとはいえない。所論は理由がない。
4
量刑に関する論旨について
(1)

憲法違反の論旨について
原判決は,被告人に対し死刑を言い渡しているところ,所論は,死刑制度に関して憲法13条,31条,36条違反をいう。しかし,その執行方法を含む死刑制度がこれらの規定に違反するものでないことは,最高裁判所の判例(最高裁昭和23年3月12日大法廷判決・刑集2巻3号191頁,最高裁昭和30年4月6日大法廷判決・刑集9巻4号663頁,最高裁昭和36年7月19日大法廷判決・刑集15巻7号1106頁)に照らしても明らかであって,所論は理由がない。
また,所論は,原判決はその量刑の理由において,被告人の前科を重視すると述べており,これは憲法39条の禁止する二重処罰にあたる旨主張する。しかし,原判決は,本件の量刑を考慮する上で,人の生命を奪う重大な前科により長期の刑に服し,その間,生命の尊厳への思いを深めたはずであるのに,刑終了後半年あまりで本件に及んだことを重視する趣旨であり,前科の犯罪について二重に処罰する趣旨でないことは明らかである。違憲をいう所論はその前提を欠き失当である。
(2)

量刑不当の論旨について
本件は,被告人が,金品を強奪する目的で,被害者方へ侵入し,室内で寝て
いた被害者の首を包丁で突き刺して殺害した事案である。
原判決は,いわゆる永山判決に示された死刑選択の際の考慮要素やそれ以降の裁判例の量刑傾向を踏まえて,量刑上の諸事情を総合し,とりわけ,殺意が強固で殺害の態様等が冷酷非情であること,その結果が極めて重大であること,二人の生命を奪った前科がありながら,金品を強奪する目的で被害者の生命を奪ったことは,量刑上特に重視すべきであるとして,死刑を選択している。
以下,原判決が指摘する各量刑事情について検討を加えた上,本件において,死刑を選択することが真にやむを得ないものかどうかを検討する。ア
原判決が指摘する各量刑事情
(ア)

犯行の態様
原判決は,被告人が,包丁を用意し,強盗目的で被害者方に侵入した上,就寝中の被害者を殺害しなければならないきっかけが全くうかがわれないのに,いきなり,かなりの力を込めて,その首に包丁を刺突し,確実に,かつ,即座に死亡させたこと,そのような殺害態様や室内に人がいることが予想し得る状況からして,被害者を見付ける以前から状況次第では人を殺すこともやむを得ないと考えていたと思われること,被害者方への侵入時に殺意があったとは確定し得ないが,被害者を見付けた段階では極めて強い殺意があったと認められること,手っ取り早く金を得たいという強盗目的を遂げるため,抵抗する余地さえない被害者を一撃で殺害し,すぐに布団等を首等にかぶせて血が飛び散らないような策を講じていること,殺害後に金品が保管されていそうな場所のほとんどを物色していること等を指摘した上で,自己の利益だけを考え,人の命という最も重要な価値を極めて軽くみた冷酷非情な犯行であるとしている。また,被告人が包丁を購入し,ケースから取り出し,侵入できそうな場所を探しながら被害者方に至っているのは,緻密な犯行とは言い難いが,偶発的に強盗の犯意を生じたものではなく,それなりの計画性が認められるとしている。
以上の認定評価はおおむね正当であって,当裁判所も是認できる。所論は,犯人は室内に人がいないと思って侵入したと考えるのが自然であって,侵入時には強盗の目的はなかった旨主張する。しかし,玄関のドアが開いていて,三和土には靴やサンダルが複数置いてあったことに照らせば,室内に人がいることが予想し得る状況であったといえる。その上で室内に侵入し,被害者を殺害して物色行為に及んでいることを踏まえれば,侵入時において,家人がいれば強盗に及ぶだけの気持ちがあったと推認できるのであって,その旨の原判断は正当である。
また,所論は,D証人が,被害者が刺された際の姿勢について,完全に横たわっていたのか,上半身が少し起き上がっていたのか,また,横になっていただけなのか睡眠していたのかは断定できない旨述べていることから,寝ている状態でいきなり突き刺されたとする原判決の認定を論難する。しかし,Dは,被害者が横になっている状態で刺されたと考えてもおかしくない,受傷状態からして左側を向いて左側臥位の状態で上から刺されたと考えるのが一番自然である旨述べていること,遺体の発見時,被害者はパジャマを着たまま左側を下にした横向きの状態で,顔面付近に掛け布団が掛けられていたこと,遺体には明確な防御創がなく,被害者が被告人の侵入に気付いていなかったことがうかがわれること等に照らすと,刺突直前に瞬間的に目覚めたかは明らかではないものの,ほとんど寝ている状態のまま刺突されたと認定できるのであって,その旨の原判決の認定に誤りはない。
さらに,所論は,被害者を包丁で刺してからすぐに布団等を首等にかぶせて血が飛び散らないような策を講じたとする原判示について,人間離れした早技であり到底なし得ない,被害者の衣服の損傷箇所に照らして,衣服が遮へい物となったにすぎない旨主張する。しかし,被害者の創傷の部位は顎のすぐ下付近で,そこから飛散する血を衣服が遮へいし吸収する位置関係にはなく,衣服への血痕の付着状況をみても衣服が飛散を遮へいしたものとはいい難いし,布団には大量の血痕が残っていたことも認められる。被告人が血の飛散を避けるため,首近くの布団等をすぐにかぶせることが困難とは思われず,原判示のような措置をとったとの認定は合理的である。
加えて,所論は,犯人が被害者を見付けた段階で極めて強い殺意があったとする原判示について,刺突の態様が明らかでないからそのような認定はできない旨主張する。しかし,刺突の態様は上記のとおりであり,創傷の部位,形状等からすれば,極めて強い殺意をもって刺突した旨の原判断に誤りはない。
(イ)

犯行の結果,被害感情
本件の結果は極めて重大であり,突然理不尽にも生命を奪われた被害
者の無念な思いは想像に難くない。被害者の遺族は被告人の極刑を望み,その思いは無視できないとする原判示も十分に理解することができる。(ウ)

犯行に至る経緯,動機
原判決は,被告人は,前刑出所後まもなく,かつての仕事である型枠
大工として働くべく2回にわたり就職したものの,刑務所に入っていたことが周囲に判明するなどして失職し,その後も生活保護を受けるなどしながら就職活動を続けたが,刑務所生活が不利に働く面もあったためか,就職はかなわなかったこと,その働きぶりは必ずしも芳しくなかったが,就労意欲や更生の気持ちはあったと認められること,当時生活保護を受けて低額宿泊所で生活し,多少とも自由になる金銭を得られる立場にあり,周囲には被告人のことを気にかけ,手助けをしてくれる者もいて,精神的経済的に追いつめられる状況になかったにもかかわらず,手っ取り早く自由になる金欲しさに犯行に及んだものであること等を指摘した上で,犯行に至る経緯等に酌むべき余地はかなり乏しいとしている。
被告人は,捜査公判を通じて黙秘しており,その動機は必ずしも明確ではないが,当時の被告人の生活状況と犯行内容に照らせば,自由になる金欲しさの犯行とする原判断は相当である。もっとも,被告人は,前刑のことが発覚して失職したり,前刑が影響して就職もうまくいかず,自暴自棄となっていたことがうかがわれ,それが犯行の一因になったことも否定し難いと考えられる。
(エ)

前科
原判決は,被告人が,妻を刺殺し,幼少の二人の子を殺害しようとして自宅に放火し,娘を焼死させたという殺人殺人未遂,現住建造物等放火の罪を犯し,懲役20年の刑に服したこと,その間,自己の罪を見つめ,生命の尊厳への思いを深めたはずであるのに,前刑の出所からわずか半年で本件に及んでいることを重視すべきであるとしている。
所論は,被告人の前科は心中目的の家族に対する殺人であり,本件とは人を殺害したという抽象的な限度で共通するにすぎず異質な犯罪である,また,前刑の執行は終了しており,無期懲役の仮釈放中に再犯を起こした場合と比較して非難の程度には相違があるから,原判決が被告人の前科を特に重視したのは誤りである旨主張する。
被告人の前科の内容をみると,覚せい剤精神病遷延持続型に罹患し正常な状態にあったとはいえない被告人が,妻の浮気を疑って問い詰めたところ,妻から激しく言い返されたため激昂し,とっさに殺意を生じて妻を刺殺し,妻を殺害したことから,自分や子供の将来を悲観する余り,一家心中を図って公団の一室に火を放ち,次女を焼死させ,長男は逃れて救助されたというものである。二人の生命を奪ったという重大な犯行であり,本件強盗殺人の殺害態様に照らしても,被告人は,余りに人の生命を軽くみていて強い非難に値するというほかない。他方で,前科の犯行は,利欲目的によって人の生命を奪ったものではなく,犯行の動機,態様等を含め,社会的にみて本件強盗殺人とは異なる犯罪類型であることも明らかであって,その量刑上の評価に当たっては,慎重に検討する必要がある。

死刑選択の当否
死刑は,窮極の峻厳な刑であり,慎重に適用すべきであることはいうまでもない。死刑が相当かどうかの判断は,無期懲役刑か死刑かという,連続性のない質的に異なる刑の選択であり,有期懲役刑の刑期のような許容される幅といった考え方には親しまない。いかなる事情が無期懲役刑と死刑の質的相違をもたらすかは,原判決がいうとおり,最高裁の判例(最高裁昭和58年7月8日第二小法廷判決・刑集37巻6号609頁)に示された要素,すなわち,犯行の罪質,動機,態様ことに殺害の手段方法の執拗性・残虐性,結果の重大性ことに殺害された被害者の数,遺族の被害感情,社会的影響,犯人の年齢,前科,犯行後の情状等諸般の情状を検討した上で,過去の先例の集積をも参考にして判断することになる。個々の事例を構成する要素の重みは事案により異なるから,単なる事例比較は意味がなく,相当ではないが,過去の先例の集積からうかがわれる傾向は,事件の重大さの程度を評価する資料となり得るという意味で参考とされるべきである。
強盗殺人罪の法定刑が無期懲役と死刑に限定されているのは,最も重要な法益である人の生命を奪って利欲目的を遂げるところにある。保護法益の中心が生命である以上,現実に生命を奪われた数が多いほど刑事責任が重いのは明らかである。また,早い段階から利欲目的で被害者の殺害を計画し,これに沿って準備を整えて実行した場合には,生命侵害の危険性がより高い犯行といえるのであり,その計画性が高ければ生命という法益を軽視した度合いが大きいとして,重い刑事責任が問われることになる。本件では,殺意が強固で殺害の態様等が冷酷非情であり,結果が極めて重大であることは原判決指摘のとおりである。しかし,本件は,被害者が1名の事案である。そして,被害者への刺突時にはその態様から強固な殺意が認められるものの,被害者方への侵入時には殺意があったとは確定できず,侵入後に状況によっては人を殺すこともやむを得ないと考るに至ったと認定できるにとどまるのであって,まして殺害について事前に計画されたり,当初から殺害の決意をもって臨んだものとは到底いえない。また,被害者方への侵入時には強盗目的が認められるものの,その計画性については,包丁を準備して現場に赴いたという点で,それなりに計画的といえるにとどまるのである。強盗殺人罪の刑が無期懲役刑と死刑に限定されている上記の趣旨にかんがみると,上記アに列挙した量刑要素のうち,被告人の前科の点を除いて検討した場合,すなわち,本件犯行の態様,結果,被害感情,犯行に至る経緯や動機の点を十分に踏まえて,前科を除く諸般の情状を検討した場合,本件は死刑を選択するのが相当な事案とはいい難い。
原判決は,被告人に人の生命を奪う重大な前科がありながら,服役後短期間のうちに本件に及んだことを相当重視したものと思われる。確かに,そうした観点は量刑判断の上で重要ではある。しかし,一般情状である前科を死刑選択に当たり重視する場合,これまでの裁判例には一定の傾向がみられることに十分留意する必要がある。
そこで,この点に関する先例の量刑傾向をみると,殺害された被害者が1名で死刑が選択された強盗殺人罪のうち,前科が重視されて死刑が選択された事案の多くは,殺人罪や強盗殺人罪により無期懲役刑に処せられ仮出所中の者が,再度,前科と類似性のある強盗殺人罪を敢行したという事案である。また,無期懲役刑の仮出所中ではないが,無期懲役刑に準ずるような相当長期の有期懲役刑となった前科である場合には,その前科の内容となる犯罪と新たに犯した強盗殺人罪との間に顕著な類似性が認められるような場合に,死刑が選択される傾向にあるといってよいと思われる。これらは,無期懲役刑による矯正のための処遇を十分受け,仮出所により法の定める矯正過程に服していた者が,その立場を顧みることなく,法の定める遵守事項等を無視して強盗殺人罪を敢行したこと,無期懲役刑に準ずるような相当長期の有期懲役刑に服し矯正のための処遇を十分受けながら,再度類似した強盗殺人罪を犯した点で,法規範軽視の姿勢が著しく,改善更生の可能性もないことが明らかであることが考慮されたものと思われる。本件においては,被告人の前科は無期懲役刑ではなく,これに準ずるような相当長期の有期懲役刑である。そして,被告人は,真面目に服役して全ての刑期を終えてその執行を終了している。また,上記ア(エ)のとおり,その前科は夫婦間の口論の末の殺人とそれを原因とする無理心中であり,利欲目的の本件強盗殺人とは社会的にみて類似性は認められないのであって,類似性が顕著な重大犯罪を重ねて最早改善更生の可能性のないことが明らかとはいい難い。実際にも,被告人は,前刑執行終了後,上記ア(ウ)のとおり,更生の意欲をもって努力したが,その前刑の存在が就職にも影響して何ごともうまくいかず,自暴自棄になった末の犯行の面があることも否定できないのである。被告人の前科の評価に関しては,このような留意し酌量すべき点があるのであるから,前科を除けば死刑を選択し難い本件について,その前科を重視して死刑を選択することには疑問があるというほかない。そうすると,原判決は,人の生命を奪った前科があることを過度に重視しすぎた結果,死刑の選択もやむを得ないとした誤りがあるといわざるを得ない。

結論
以上のとおり,本件が重大かつ冷酷非情な犯行であり,被告人には二人の生命を奪った前科があることを十分に考慮しても,なお,死刑を選択することが真にやむを得ないものとはいえないというべきである。原判断は,裁判員と裁判官が評議において議論を尽くした結果であるが,無期懲役刑と死刑という質的に異なる刑の選択に誤りがあると判断できる以上,破棄は免れない。

5
破棄自判
そこで,刑訴法397条1項,381条により原判決を破棄し,同法400条ただし書に従い,被告事件について更に次のとおり判決する。
原判決が認定した事実に原判決挙示の法令(科刑上一罪の処理を含み,刑種の選択を除く。)を適用し,刑種の選択については,前記の情状を考慮した上,所定刑中無期懲役刑を選択して被告人を無期懲役に処し,原審及び当審における訴訟費用は刑訴法181条1項ただし書を適用してこれを被告人に負担させないこととして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官

村瀬


裁判官

河本雅也
裁判官

池田知史)

トップに戻る

saiban.in