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損害賠償等(住民訴訟)請求控訴事件(原審・東京地方裁判所平成22年(行ウ)第615号)
事件番号平成25(行コ)60
事件名損害賠償等(住民訴訟)請求控訴事件(原審・東京地方裁判所平成22年(行ウ)第615号)
裁判年月日平成25年8月8日
法廷名東京高等裁判所
判示事項住民訴訟の係属中にされたその請求に係る村の損害賠償債権を放棄する旨の村議会の議決が適法であり,当該放棄が有効であるとされた事例
裁判要旨村が非常勤の職員に報酬及び費用弁償以外の手当等を支給したことが地方自治法に違反するなどとして提起された住民訴訟の一部を認容する控訴審判決の言渡し後,上告受理申立て中にされたその請求に係る村長個人に対する損害賠償債権を放棄する旨の同村村議会の議決につき,前記職員の雇用は村の財政健全化の一環として行われたもので,前記職員に対する貸金及び諸手当の支給は,村の歳出削減にとって必要かつ有益なものであり,その額もその職務に照らして不当に高額というものではなく,そのような諸手当の支給は村における従前の取扱いを踏襲したにすぎないものであって,村の関係者の多くが前記職員に対する諸手当の支給を村長の個人的な過失ではなく,村としての組織の責任であると受け止めていること,前記債権放棄が,裁判所の司法判断を軽視してされたものではなく,司法判断とは別の,村の実情を最もよく知る議会の政治的判断としてされたものであること,前記債権を行使した場合,村が積み上げてきた行財政改革にも水を差す結果になるおそれがあるなどの弊害が生ずるのに対して,前記債権を放棄した場合でも,村の財政に及ぼす実際の影響は限定的なものである上,放棄によって前記職員や村長個人に実質的に不当な利益を得させるものではなく,弊害が少ないと考えられること,村では,先行の控訴審判決の判断を真摯に受け止め,これを踏まえて是正措置等を講じてきていることなどの判示の事情の下では,村が村長個人に対する当該債権を放棄することが普通地方公共団体の民主的かつ実効的な行政運営の確保を旨とする地方自治法の趣旨等に照らして不合理であるとは認め難く,普通地方公共団体の議決機関としての議会の裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たるとはいえないとして,前記放棄の議決は適法で有効であるとした事例
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平成25年8月8日判決言渡
平成25年(行コ)第60号

損害賠償等(住民訴訟)請求控訴事件

主文1
原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。

2
上記取消部分に係る被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

3
訴訟費用は,一,二審とも被控訴人らの負担とする。
事実及び理由

第1
1
当事者の求めた裁判
控訴人
主文と同旨

2
被控訴人ら
(1)
(2)

第2
1
本件控訴を棄却する
控訴費用は控訴人の負担とする。

事案の概要
本件事案の要旨
本件は,まず,東京都西多摩郡のα村の住民であり,α村議会の議員でもある被控訴人Aがα村のB村長に対して提起した先行の住民訴訟の控訴審判決(平成20年12月24日)において,その請求の一部が認容され,α村が平成17年4月から平成19年3月までの2年間に嘱託員のC(以下「本件嘱託員」という。)に対して支給した総額1932万0112円の賃金及び諸手当のうち諸手当分756万3800円が違法とされ,α村長はこれを支出した村長のB個人に対して損害賠償を請求すべきことが命じられたところ,α村長は平成20年12月26日に上記控訴審判決に対して上告受理の申立てをし,その後,平成21年3月27日にはα村議会がB個人に対する上記損害賠償債権を放棄する旨の議案を可決した(以下「本件議決」という。)ため,平成22年11月1日にα村の住民である被控訴人らが,本件議決は違法であるとして,
-1-

地方自治法242条の3第5項により,控訴人に対し,①控訴人がα村を代表してB個人に対して上記損害賠償債権の支払を求める訴訟を提起すること及び②その訴訟を提起することを怠っていることが違法であることの確認とを求めた事案である。
原審は,①の控訴人に対して訴訟提起を義務付けることを求める訴えは,同法242条の2第1項4号が認めている義務付け訴訟の類型には該当しないとして却下したものの,②の違法確認請求については,α村が本件嘱託員に対して支給した諸手当分756万3800円の支出は同法に違反するもので正当化することは困難であり,α村の財政への影響も否定しがたいなどとした上,先行訴訟の控訴審判決に対して上告受理の申立てをした直後に,これに対する最高裁の判断を待たないでα村議会がB個人に対する損害賠償債権の放棄を議決することは,十分に合理的な理由があったとはいえず,その後,最高裁で上告受理申立てを受理しないとの決定がされて先行訴訟の控訴審判決が確定したことから,本件議決は重要な事実の基礎を欠くことになったなどの理由により,本件議決は違法であり,本件債権の放棄は無効であると判断したものである。
そこで,これを不服とする控訴人が,平成15年5月に就任したB村長は,補助機関たる村の職員が準備したところを適法なものと信じていただけで,過失の程度は重大なものではないこと,本件で違法とされた支出の額は単年度では378万円余で,村の財政に与える影響は小さなものであること,B村長は村の財政の健全化に大きな功績があること,村の債権の放棄については,その当否はもちろん,適否の実体的判断についても,基本的には村議会の裁量に委ねられており,本件議決に裁量権の逸脱や濫用はないなどと主張して,控訴したものである。
2
法令の定め
原判決の「事実及び理由」第2の1に摘示されたとおりであるから,これを
-2-

引用する。
3
前提となる事実
(1)

α村は,
東京都の西部に位置する面積約105平方キロメートル,
平成2

1年(本件議決)当時の人口約2830人の村であり,α村には,村営の公共施設としてα村郷土資料館(以下「郷土資料館」という。)及びα村立図書館(以下「図書館」という。)が設置されている。郷土資料館には,「α村嘱託員の雇用に関する内規」
(平成10年4月1日施行。
以下
「本件内規」
という。)に基づいて雇用された嘱託員1名が郷土資料館長として勤務し,その外に2名のパート職員が勤務していた。また,図書館には,同じく本件内規に基づいて雇用された嘱託員1名が図書館長代理として勤務し,その外に3名のパート職員(うち1名は図書館司書の資格を有する者)が勤務していた。両館の嘱託員は,いずれもα村の職員を定年退職した者であったが,図書館長代理の嘱託員は平成16年3月31日をもって退職し,後任者の補充がなかったため,同年4月1日以降は,教育委員会教育課長(以下「教育課長」という。)及び教育委員会教育課社会教育係長(以下「社会教育係長」という。)がその管理運営事務を担当していた。ちなみに,平成13年度から平成16年度までの間,郷土資料館長の嘱託員に支払われた賃金は年額250万円又は300万円(平成16年度は250万円)であり,図書館長代理の嘱託員に支払われた賃金は年額200万円又は300万円(同年度は0円)であった(甲8,乙5)。
(2)

本件で諸手当を支給された本件嘱託員(C)は,昭和40年にα村職員
として採用され,
その後,
住民課国保係員,
教育委員会教育課学校給食係長,
同学校教育係長,住民課福祉係長,議会事務局議事係長,D管理事務所管理係長,社会教育課主幹,総合窓口課長,議会事務局長などを歴任し,平成17年3月31日,ふれあい課長を最後にα村を勧奨退職した。そして,α村は,本件内規に基づき,同年4月1日付けで本件嘱託員との間で社会教育嘱
-3-

託員雇用契約を締結し,本件嘱託員は,従前の嘱託員と同様に郷土資料館長及び図書館長代理として勤務していた(甲1,6,乙5)。α村は,平成17年4月以降,本件嘱託員に対し,原判決別紙1記載のとおりの賃金及び諸手当(平成17年4月から平成18年3月までの合計額は968万8477円であり,同年4月から平成19年3月までの合計額は963万1635円である。以下「賃金等」ということがある。)を支給した。
(3)

被控訴人Aは,平成17年8月1日,α村監査委員に対し,本件嘱託員
に支給された賃金等の額は,従前の郷土資料館長や図書館長代理に支給されていた額の約4倍に当たり,本件嘱託員にこのような多額の賃金等を支給するのは違法又は不当な財務会計行為に当たるとし,本件嘱託員に支払われた賃金等のうち,労働の対価として合理性を欠く部分について村が損害を受けたとして,これを執行したB村長に対し同額の損害賠償の支払を請求することなどを求める住民監査請求を行った。これに対し,α村監査委員は,同年9月30日付けで,本件嘱託員の事務量や職責等を考慮すると,本件嘱託員の賃金等の額は合理的かつ相当なものであり,これを支給したことに違法又は不当性はないとして,上記住民監査請求を却下し,その旨を被控訴人Aに通知した(甲1,乙5)。
(4)

そこで,被控訴人Aは,平成17年10月25日,B村長を被告として,
地方自治法242条の2第1項4号に基づき,東京地方裁判所に住民訴訟を提起し,口頭弁論終結時までにα村が本件嘱託員に支給した賃金等のうち,相当な額である合計525万円を超える1156万6625円を含む損害1696万6250円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた(以下「先行訴訟」という。)ところ,同裁判所は,平成19年4月27日,被控訴人Aの請求を棄却するとの判決
(以下
「先行訴訟の第一審判決」
という。

をしたため,被控訴人Aは,同年5月7日,先行訴訟の第一審判決に対して控訴を提起した(乙5,弁論の全趣旨)。

-4-

(5)

その控訴審において,控訴人である被控訴人Aは,請求を,平成17年
4月から平成19年3月までの2年間に支給された賃金等のうち相当な額である合計600万円を超える損害1332万0112円及びこれに対する遅延損害金の支払を請求することを求めるものに変更し,新たに,①地方自治法203条5項及び204条の2(いずれも平成20年法律第69号による改正前のもの。以下同じ。)は,普通地方公共団体は,法律又はこれに基づく条例によらなければ,職員に対していかなる給与その他の給付もしてはならない旨を定めているところ,本件嘱託員に対する賃金及び諸手当の支給は,本件内規に基づくだけで,法律及び条例上の根拠を欠くものであるから,給与条例主義に反して違法である,②同法203条は,議員以外の非常勤職員に対する給付を報酬の支給及び費用の弁償に限定しており,非常勤の職員である本件嘱託員に対して報酬及び費用弁償以外の手当等を支給することは許されないから,違法であるなどの主張を追加した。
(6)

当庁は,平成20年12月24日,α村から本件嘱託員に対して支給さ
れた合計1932万0112円のうち,諸手当として支給された合計756万3800円は同法に違反するものであったとして,先行訴訟の第一審判決を変更し,「被控訴人(B村長)は,B個人に対し,756万3800円及びこれに対する平成17年11月15日から支払済みまで年5分の割合による金員の請求をせよ。」と命じて,被控訴人Aの請求を一部認容する判決(以下「先行訴訟の控訴審判決」といい,同判決で認容されたα村のB個人に対する損害賠償債権を「本件債権」という。)を言い渡した(甲1)。(7)

α村は,平成20年12月26日のα村議会の臨時会における議決を経
た上,同日,先行訴訟の控訴審判決に対して上告受理の申立てをした。その後,α村議会のE議員は,平成21年3月27日,α村議会の定例会において,本件債権を放棄する旨の議案(以下「本件議案」という。)を提出し,α村議会は,同日,午後3時39分から午後4時46分まで審査した上で採
-5-

決し,同議案を可決する旨の本件議決をした(甲25,28,乙1,2,弁論の全趣旨)。そして,B村長は,同年4月10日,B個人に対し,本件債権の放棄を執行する旨を通知し,同通知は,同月11日,B個人に到達した(乙3,6の1,2)。その後,最高裁判所は,平成22年2月16日,先行訴訟の控訴審判決の上告受理の申立てにつき,これを受理しないとの決定をし,同判決が確定した(甲2。以下,確定後の先行訴訟の控訴審判決を「前訴確定判決」という。)。
(8)

控訴人であるα村代表監査委員は,
地方自治法242条の3第2項及び第

5項に基づき,平成22年4月19日,前訴確定判決に係る損害賠償金につき同日までにα村からB個人に対して請求したり,B個人から同村への支払がないことを確認した上,α村を代表して,B個人に対し,当該損害賠償の請求を目的とする訴訟を提起することはしない旨の判断をした。そこで,α村の住民である被控訴人らは,同年8月16日,α村監査委員に対し,控訴人がα村を代表してB個人に対して損害賠償請求を目的とする訴訟を提起していないことが違法に財産の管理を怠る事実に当たると主張して,そのような怠る事実を改め,上記のB個人に対する損害賠償請求訴訟を提起するために必要な措置を講ずべきことを請求する住民監査請求をした。これに対し,α村監査委員は,同年10月12日付けで,本件債権は適法かつ有効に放棄されて消滅しているから,控訴人がα村を代表して上記訴訟を提起していないことが違法に財産の管理を怠ったことにはならないなどとして,上記の住民監査請求には理由がないと判断し,被控訴人らに対し,その旨を通知した(甲3,乙4)。
(9)

これを受けて,被控訴人らは,平成22年11月1日,α村の代表監査委
員である控訴人を被告として,①地方自治法242条の2第1項4号に基づき,α村を代表してB個人に対し前訴確定判決に係る損害賠償金の請求を目的とする訴訟を提起するよう求めるとともに,②同項3号の規定に基づき,
-6-

控訴人がα村を代表して上記訴訟を提起することをしないことは財産の管理を怠る事実に該当し違法であると主張して,その旨の確認を求める本件訴えを提起したものである。これに対し,原審は,①の訴訟提起を求める義務付けの訴えは,いわゆる4号請求に係る訴訟類型には該当しないとして,同請求に係る訴えを不適法として却下したが,②の確認請求については認容したため,これを不服とする控訴人が上記裁判を求めて控訴したのが本件である(当裁判所に顕著な事実)。
4
争点及び当事者の主張の要点
次項に当審における当事者の主張を加え,次のとおり原判決を補正するほか,原判決の「事実及び理由」第2の3(3)に摘示されたとおりであるから,これを引用する(以下,原判決を引用する場合は,
「原告」を「被控訴人」と,
「被
告」を「控訴人」と,「別紙」を「原判決別紙」とそれぞれ読み替える。)。(原判決の補正)
原判決12頁16行目の「(ア)

」を「(ア)

最高裁判所平成21年(行ヒ)

第235号同24年4月20日第二小法廷判決・裁判集民事240号185頁,」と改める。
5
当審における当事者の主張
(1)

控訴人
B村長は,平成15年5月にα村の村長に就任したが,それまで地方行政に関与したことはなく,地方自治法の規定に関しても十分な知識を有していなかった。本件嘱託員に対する賃金額を決定した当時,B村長は,村長として意思決定をする事項については補助機関たる村の職員が専門的知識に基づき適法に実行するものと信じていたため,自らその適法性の有無を逐一チェックすることが必要だとは考えていなかった。仮に,B村長が給与条例主義に容易に配意することができたのであれば,従前からの取扱いに従って本件内規に基づいて嘱託員を雇用するという決定自体を行
-7-

っていなかったはずであり,容易に配意ができる状況になかったからこそ,本件内規に基づき本件嘱託員を雇用したのである。したがって,B村長の過失の程度は,α村議会においてα村のB個人に対する損害賠償請求権を放棄する旨の議決をすることが村議会の裁量権の濫用とされなければならないほど重大なものではない。しかも,本件嘱託員を雇用するとの決定が,本件嘱託員はもとより,B個人においても,何ら不法な利得を得るなどの目的によるものではなかったことは,原判決も認定し説示するとおりである。

また,本件嘱託員に平成17年4月から平成19年3月までの間に支払われた諸手当の額は合計756万3800円であるが,これは2年分であるから,1年度では378万1900円に過ぎない。B村長がα村の村長に就任してからのα村の財政状況は,直接の税収入は基準財政需要に比して少ないが,極めて健全な状態にあり,378万1900円の債権放棄がα村の財政に与える影響は小さなものである。α村は,地方公共団体の財政の健全化に関する法律2条所定の実質赤字比率(1号),連結実質赤字比率(2号),実質公債費比率(3号)及び将来負担比率(4号)のどれをとっても健全な状態にある上,積立金もB村長の就任後に増大し,住民1人当たりの積立金額は,平成16年度に20万5887円であったものが,平成23年度は106万3319円と大幅に増加しており,このような財政改善は,B村長の功績によるところが大きい。


しかも,本件議案の提案理由(原判決別紙4の「3

理由」)中の「本

件に対する司法判断がいかなるものであったとしても」との表現は,司法判断を軽視するものではなく,裁判所の判断とは別の政治的判断により,行財政改革に尽力するB村長の功績を評価しようとする趣旨に出たものである。また,上記提案理由中,本件嘱託員に支給された諸手当相当分の報酬は,勤務に対する対価であり,それに対応する労働力の提供を受けて
-8-

いる以上,
α村に実質上の損害は生じていないとの説明があるが,
これは,
法律の専門家ではない村議会議員が,労働しているからこそ諸手当も支給されるとの常識的理解を前提として,諸手当も含めて実質的に労働の対価であるとの個人的理解を述べたにすぎないもので,先行訴訟の控訴審判決を否定しようとしたものではない。

そして,地方自治法243条の2が,会計管理者等の職員に係る損害賠償責任を故意又は重大な過失がある場合に限定していることや,国家賠償法1条2項が,違法な公権力の行使をした公務員に対する求償権の行使の要件として,当該公務員に故意又は重大な過失がある場合に限定していることなどと対比すれば,住民訴訟制度において,地方公共団体の首長個人に賠償責任を負担させることにつき,その制度的欠陥を補完するのが議会による権利放棄の議決であり,その当否はもちろん,適否の実体的判断についても,
基本的に議会の裁量に委ねられているから,
権利放棄の議決が,
主として住民訴訟制度における地方公共団体の財務会計行為の適否等の審査を回避し,制度の機能を否定する目的で行われたと認められるような例外的な場合を除き,その裁量権を狭く解することは,最高裁平成24年判決に違背するものである。

(2)

被控訴人ら
給与条例主義は,原判決が説示するとおり,地方公共団体の組織の構成における原則として最も基礎的なものであるから,地方自治法が非常勤の職員に対して諸手当を支給することを認めていないことを,首長たる者が知らないということは許されないのであって,違法な諸手当を支給したB村長の過失の程度は,決して小さくはない。


控訴人は,Bが村長に就任してからα村の行財政改革が功を奏し,財政が黒字であることや債務が少ないことなどを主張するが,α村が財源に余裕のないことは明らかであり,平成23年度の収入に占める村税の割合は
-9-

6.2%,金額にして2億2000万円しかなく,自主財源の確保はいまだ大きな課題である。地方公共団体にはそれぞれの事情があるから,積立金の多寡などの財政状態を他の地方公共団体と比較するのは妥当ではない。そもそも,上記のような事情があるからといって,違法な手当支給行為が正当化されるものではない。

α村議会は,最高裁判所に係属中の事案について,「本件に対する司法判断がいかなるものであったとしても」という本件議案の提案理由を掲げた上,先行訴訟の控訴審判決の無効化を狙って本件議決をしたものであり,司法判断に積極的に挑んだものであるから,本件議決は,住民訴訟制度の趣旨を没却する濫用的なものと考えられる。仮に,原判決が説示するように,これが濫用的なものに当たるとまでいうべき事情の存在を直ちに認め難いとしても,地方公共団体は,法令に違反してその事務を処理してはならず,これに違反して行った地方公共団体の行為は無効となり(地方自治法2条16項,17項),法令に違反しない限りにおいて条例を制定することができる(同法14条1項)ところ,これらの地方自治法の根幹をなす条項に違反する無効な手当支給行為を地方議会の議決によって有効とすることが許されるはずはなく,本件議決は,同法の趣旨に照らして不合理であり,違法・無効というべきである。したがって,本件議決に基づく本件債権の放棄も無効である。

第3
1
当裁判所の判断
本件では,α村がB個人に対する本件債権を放棄することが普通地方公共団体の民主的かつ実効的な行政運営の確保を旨とする地方自治法の趣旨等に照らして不合理であるとは認め難いというべきであり,その放棄を内容とするα村の本件議決が,普通地方公共団体の議決機関としての議会の裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たるとはいえず,本件議決は適法で有効なものであると解するのが相当である。したがって,α村のB個人に対する本件債権は放棄に
-10-

より既に消滅しているから,被控訴人の本件請求は理由がないものと判断する。2
事実認定
事実認定は,次のとおり原判決を補正するほか,原判決の「事実及び理由」第3の2(1)に認定され,説示されたとおりであるから,これを引用する。
(原判決の補正)
(1)

原判決29頁11行目の「α村行政改革計画」を「α村行政改革実施計画
書」と改める。
(2)

原判決30頁6行目の「3名が,同年11月30日,」を「3名,すなわ
ち,ふれあい課長の本件嘱託員,産業環境課長のF及びD管理事務所長のGが,勧奨退職の申出期限とされた同年11月30日までに」と改める。(3)

原判決30頁11行目の「α村郷土資料館」から同頁12行目の「(以下
「図書館」という。)」までを「郷土資料館の館長及び図書館」と改める。(4)

原判決30頁24行目の
「なお」
から同31頁15行目末尾までを次のと

おり改める。


上記前提となる事実(1)のとおり,α村は,郷土資料館及び図書館を村営の施設として設置しているところ,郷土資料館には,館長その他必要な職員を置くこととされ,従前は,本件内規に基づいて雇用された嘱託員1名が郷土資料館長として勤務し,その外に2名のパート職員が勤務していた。また,図書館には,館長その他の職員を置くこととされ,従前は,本件内規に基づいて雇用された嘱託員1名が図書館長代理として勤務し,その外に3名のパート職員が勤務していた。それまで郷土資料館及び図書館に勤務していた嘱託員は,いずれもα村の職員を定年退職した者であったが,このうち,図書館の館長代理として勤務していた嘱託員は平成16年3月31日をもって退職し,後任者の補充がなかったため,同年4月1日以後は,教育課長及び社会教育係長がその管理運営事務を担当していた。そして,平成13年度から平成16年度までに,郷土資料館長として勤務
-11-

していた嘱託員に支払われた賃金は年額250万円又は300万円(平成16年度は250万円)であり,図書館に勤務していた嘱託員に支払われた賃金は年額200万円又は300万円(同年度は0円)であった。(乙5,弁論の全趣旨)」
(5)

原判決33頁15行目末尾に
「ちなみに,
平成17年度の一般会計予算額

は約25億3000万円余であって,嘱託員に対する賃金は,会計制度上,人件費ではなく物件費として計上されるため,本件嘱託員が雇用されたことにより,同村が支出する物件費の額は少なくとも一時的には増加することになる。」を加える。
(6)

原判決35頁4行目の
「前提事実(1)」同36頁12行目の

「前提事実(1)」

及び同37頁10行目の
「前提事実(2)」
を,
いずれも
「前提となる事実(4)」
と改める。
(7)

原判決39頁6行目の「ということで,」の次に「(中略)」を加える。
(8)

原判決41頁7行目末尾に改行の上,次のとおり加える。

「h

上記議案は,「特別職の職員で非常勤のものの報酬及び費用弁償支給に関する条例の一部を改正する条例」(平成20年条例第1号。原判決別紙3。以下「本件条例」という。)として成立し,附則において,本件条例は,公布の日から施行され,本件内規の施行日と同じ日である平成10年4月1日から適用すること,平成17年度及び平成18年度において,別表中,特に職務が複雑かつ困難であり,職員と同等程度の責任が求められる嘱託員とは,郷土資料館長,図書館長代理及び新図書館建設に関する職務につくものとすると定められた
(甲1,
10,
19)」


(9)

原判決42頁2行目の「前提事実(2)」を「前提となる事実(6)」と,同4
6頁4行目の「前提事実(3)」を「前提となる事実(7)」と,それぞれ改める。(10)

原判決47頁4行目の「提出した。」の次に「本件議案では,先行訴訟
の控訴審判決に対して上告受理の申立てがされていることを踏まえつつ,
-12-

「本件に対する司法判断がいかなるものであったとしても」,本件嘱託員に対して支給された諸手当相当分は,その勤務に対する対価として支払われたものであり,それに対応する労働力の提供を受けている以上,α村に実質的な損害は生じていないとし,そのような状況の下で本件の支出をしたB村長に756万3800円の賠償をさせるべきとするような実質上の過失を認めることはできないとして,B個人に損害賠償の請求をすることは相当ではないから,本件債権を放棄するものであるとの「理由」が記載されていた。そして,」を加える。
(11)

原判決51頁3行目の「手続」を「手続き」と改める。

(12)

原判決55頁24行目の「前提事実(3)」を「前提となる事実(7)」と改
める。
(13)
3
原判決60頁10行目の
「平成22年度」「平成21年度」

と改める。

本件議決の有効性について
(1)

地方自治法96条1項10号は,
普通地方公共団体の議会の議決事項とし

て,「法律若しくはこれに基づく政令又は条例に特別の定めがある場合を除くほか,権利を放棄すること」を定め,この「特別の定め」の例としては,普通地方公共団体の長はその債権に係る債務者が無資力又はこれに近い状態等にあるときはその議会の議決を経ることなくその債権の放棄としての債務の免除をすることができる旨の同法240条3項,地方自治法施行令171条の7の規定等がある。他方,普通地方公共団体の議会の議決を経た上でその長が債権の放棄をする場合におけるその放棄の実体的要件については,同法その他の法令においてこれを制限する規定は存しない。
したがって,地方自治法においては,普通地方公共団体がその債権の放棄をするに当たって,
その議会の議決及び長の執行行為
(条例による場合には,
その公布)という手続的要件を満たしている限り,その適否の実体的判断については,住民による直接の選挙を通じて選出された議員により構成される
-13-

普通地方公共団体の議決機関である議会の裁量権に基本的に委ねられているものというべきである。もっとも,同法において,普通地方公共団体の執行機関又は職員による公金の支出等の財務会計行為又は怠る事実に係る違法事由の有無及びその是正の要否等につき住民の関与する裁判手続による審査等を目的として住民訴訟制度が設けられているところ,住民訴訟の対象とされている損害賠償請求権又は不当利得返還請求権を放棄する旨の議決がされた場合についてみると,このような請求権が認められる場合は様々であり,個々の事案ごとに,当該請求権の発生原因である財務会計行為等の性質,内容,原因,経緯及び影響,当該議決の趣旨及び経緯,当該請求権の放棄又は行使の影響,住民訴訟の係属の有無及び経緯,事後の状況その他の諸般の事情を総合考慮して,これを放棄することが普通地方公共団体の民主的かつ実効的な行政運営の確保を旨とする同法の趣旨等に照らして不合理であって上記の裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たると認められるときは,その議決は違法となり,当該放棄は無効となるものと解するのが相当である。そして,当該公金の支出等の財務会計行為等の性質,内容等については,その違法事由の性格や当該職員又は当該支出等を受けた者の帰責性等が考慮の対象とされるべきものと解される(最高裁平成24年判決)。(2)

これを本件について順次検討する。
財務会計行為等の性質,内容,原因,経緯及び影響について
(ア)

α村においては,平成10年4月1日に施行された本件内規に基づ
いて雇用された嘱託員が郷土資料館長や図書館長代理として勤務していたが,これらの嘱託員は,いずれもα村の職員を定年退職した者であったところ,本件内規の第7条は,嘱託員に対する報酬及び費用弁償は役場職員に準じて村長が別に定めると規定しているとおり,B村長が就任する約5年前から,報酬の面でも嘱託員を役場職員に準じて取り扱うことが行われてきたものである。
そして,
α村は,
平成17年4月1日,

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本件内規に基づき,本件嘱託員との間で社会教育嘱託員雇用契約を締結し,本件嘱託員は,社会教育嘱託員として従前の嘱託員と同様,郷土資料館長及び図書館長代理の職に配置され,同日以降,α村から原判決別紙1記載のとおりの賃金及び諸手当の支給を受けた。
(イ)

本件嘱託員に対する賃金及び諸手当の支給については,住民訴訟で
ある先行訴訟の控訴審判決において,2つの点で違法と指摘された。第一は,地方自治法203条5項,204条の2によれば,普通地方公共団体は,法律又は条例によらなければ職員に対していかなる給与その他の給付もしてはならないとされていることに関連して,上記の本件嘱託員の雇用契約は本件内規に基づいて締結されたもので,法律又は条例に基づくものではないから,本件嘱託員に対する上記の賃金及び諸手当の支給は違法であるという点である。第二は,同法203条1項,3項,204条1項,2項,204条の2によれば,普通地方公共団体は,非常勤職員に対しては,条例で定める報酬の支給及び費用の弁償をすることができるとされているが,それ以外の給付については,同法が特に議会の議員について期末手当の支給を,常勤職員に対して各種の諸手当の支給を,それぞれ条例に基づいて給付するものとされていることの反対解釈から,諸手当を非常勤職員(議会の議員を除く。)に対して支給することは許されず,たとえ条例でその支給を定めたとしても,これを支給することは同法に反して違法であるから,本件嘱託員に対する諸手当の支給も違法なものであるという点である。もっとも,第一の点については,その後に嘱託員の報酬の支給及び費用の弁償の支払に関する本件条例が制定され,本件内規の施行日と同じく平成10年4月1日に遡って適用されるものとされたことから,上記雇用契約は遡及的に本件条例に根拠を有することになり,その限りにおいて違法性は治癒されたと解することができる。これに対し,第二の点は,同法がこれを認めていな
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い以上,本件条例によってもその違法性が治癒されることはない。(ウ)

このように,本件嘱託員に対して支給された諸手当合計756万3
800円の支出は,依然として地方自治法の規定に反する違法なものであるが,その実質をみると,本件嘱託員に対して不当な利得を得させようとしてなされたものではなく,もちろん,B村長において自らが不当な利得を得ようとしてなされたものでもない。α村においては,かねてから行政改革推進本部を設置して,平成9年度から平成16年度にかけて,簡素で効率的な行政システムを確立するとともに,健全財政の維持発展を図るため,様々な行財政改革を推進することとして,歳出削減に即効性のある人件費の削減に取り組み,
収入役の廃止,
課長職等の減員,
特別職の報酬削減,管理職手当の削減等を含む諸施策を実行し,その結果,平成9年度と平成16年度の人件費総額を比較すると,4871万0643円の減少となるなどの成果が上がっている。そして,平成16年度においても更なる人件費の削減等を目指し,管理職である課長職8名を主な対象として勧奨退職を実施して,課長職にあった本件嘱託員を含む3名がこれに応じて退職したが,その際,本件嘱託員を社会教育嘱託員として雇用し,郷土資料館の館長及び図書館の館長代理を兼任させ,かつ,新図書館建設事務を執り行わせることとしたものである。これにより,平成17年度におけるα村の職員数は前年度より3人減少して63人となり,
人件費総額見込額も前年度より2277万0155円
(4.
0パーセント)減少して5億4436万1206円となって,本件嘱託員の収入も,平成16年度は1208万2230円であったが,平成17年度は968万8477円に減少した。このように,郷土資料館の館長及び図書館の館長代理としての本件嘱託員の給与は,それまでの嘱託員の給与に比べると高額ではあるが,それでも本件嘱託員にとっては年収で約240万円の減収となっている。したがって,このような一連の
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方法は,課長職の職員として1200万円を超える給与を得ていた者を勧奨退職に応じさせ,人件費全体を削減するのに必要かつ有益な措置であったことが認められる。
(エ)

もっとも,α村の歳入中の村税の額は平成21年度において2億4
000万円弱であるから(乙2・53頁),本件嘱託員に支給された諸手当の1年度の額である378万円余りは,その約1.5%に相当し,原審が指摘しているように必ずしも無視できる金額ではないとも考えられるが,他方において,α村の平成22年度の一般会計予算の額は29億円であるから,本件嘱託員に支給された諸手当の割合は約0.13%にとどまるものである。また,支出された平成17年度のα村の人件費は約5億4436万円であるから,その割合は約0.7%にとどまるものである。そうすると,本件嘱託員に諸手当が支払われたことの影響の有無を,村税収入とだけ比較して論じるのは相当ではないのであって,α村の財政全体の中では,むしろ大きな影響を及ぼすほどではなかったとみることができる。しかも,勧奨退職に応じた本件嘱託員は,村の課長職にあった者で,再雇用後も,郷土資料館長としての事務全般を担当するとともに,図書館長代理としての事務全般だけではなく,新図書館建設に関する事務全般をも担当し,その勤務状況も通常の職員とほぼ同様であったから,本件嘱託員に対して支払われた賃金及び諸手当は,金額的に不当に高額であったわけではなく,仮に,α村が本件条例に基づいて,諸手当として支払われた分も含めた総額を「報酬」として支給していれば,
地方自治法上も違法とはならなかったものである。
つまり,
「報酬」という名目で支給されていれば違法ではなかったのに,「諸手当」という名目で支給したために違法とされたものであり,いわば形式的な不備は認められるものの,実質的な違法があったわけではない。(オ)

もちろん,地方自治法の定める給与条例主義は,普通地方公共団体
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の組織の構成における原則の一つであって,どの普通地方公共団体においても当然に守らなければならないものであり,α村においても給与条例主義を遵守すべきものであるから,法の不知によりこれに反したことについては,
責任者である村長に過失があるというべきである。
しかし,
現在の普通地方公共団体が行うべき行政サービスは,極めて広範囲で,その内容も複雑多様化しており,これに必要な財政を規律する財務会計法規も多様で錯綜したものとなっているのが実情であって,大きな政策目標を掲げて選挙で選ばれる普通地方公共団体の長が,実務的な地方自治法や関係法令等の細部をすべて把握して行政を処理することは,実際問題として不可能である。これを補うため,各普通地方公共団体は幅広い行政実務を担当する職員を採用し雇用しており,実際には,それらの職員がそれぞれの担当分野の関係法令等を把握,
理解し,
違法等がなく,
円滑に進められるように準備をした上,普通地方公共団体の長は,それらの準備を信頼した上で処理していくのが一般的な行政実務であろう。本件においても,B村長は,本件嘱託員への賃金や諸手当の支給について,自らの発案で何か新しい方法を実施したわけではなく,従前の取扱いを踏襲したにすぎないもので,B村長を補助した担当職員も,また,予算を審議したα村議会の議員も,長年にわたって内規に基づく一連の処理が地方自治法等に違反するものとは認識していなかったのであって,
α村の関係者の多くは,
B村長の個人的な過失というものではなく,
α村としての組織の責任が問われていると受け止めており,α村の行財政改革に水を差す結果になりかねない事態が生ずるおそれも認められる。

本件議決の趣旨及び経緯について
また,本件議案の内容は原判決別紙4記載のとおりであって,その提案理由は,要するに,先行訴訟の控訴審判決に対して上告受理の申立てがな
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されているものの,「本件に対する司法判断がいかなるものであったとしても」,本件嘱託員に対して支給された諸手当相当分はその勤務に対する対価として支払われたもので,それに対応する労働力の提供を受けている以上,α村に実質的な損害は生じていないとの認識を前提に,村長としてその支出をしたB個人に756万3800円もの賠償をさせるべき実質上の過失を認めることはできず,B個人に対して損害賠償を請求するのは相当ではないから,本件債権を放棄するというものである。そして,本件議案に反対する被控訴人Aほかの議員から,先行訴訟の控訴審判決について,α村として上告受理の申立てもしており,最高裁の結論も出ないうちに拙速で議決しようとするのはよくないこと,本件議案は監査請求及び住民訴訟を経て違法とされたものを無視しようとするものであること,本件議案は憲法や地方自治法に基づく行政を否定しようとするものであり,これを認めたら行政はメチャクチャになってしまうことなどの意見が述べられ,質疑応答がなされた。また,本件議案に賛成の議員らからは,上記の提案理由と同様の認識が示された上,上記の支出は村の行政改革の一環としてなされたもので,成果もあり,B村長は村の行財政改革に大きく貢献しているのに,そのような行為に個人責任を問うのは適切ではないこと,司法判断は尊重すべきであり,結果は厳正に受け止めるべきであるが,司法判断とは別に,村が進めている一連の行政改革関連施策が正しいものであることを,村議会が決議という形で責任をもって村内外に表明すべきであること,B個人への賠償請求は,これを準備した関係職員の士気や意欲を低下させ,結果的に住民サービス等も低下するおそれもあり,悪影響が懸念されることなどの意見が述べられた。このような質疑を経た上で本件議案が採決され,約1時間7分の審査を経て,本件議決として可決されたものである。
このように,本件議案は,先行訴訟の控訴審判決の内容に対する不服を
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前提に提案されたものであることは否定できず,その提案理由中には「本件に対する司法判断がいかなるものであったとしても」との表現もみられるところではあるが,α村議会での審査全体をみると,必ずしも裁判所の司法判断を軽視するものではなく,司法判断とは別に,村議会の政治的判断として,異論があることは十分に踏まえた上で,その支出が本件嘱託員やB個人に不当な利益を得させるようなものではなかったことや,α村の行財政改革が高い成果を上げており,それにはB村長の功績が大きいことや,B個人への賠償請求により行政の萎縮や行政サービスの低下が懸念されることなど,α村に及ぼす利害得失を総合的に勘案した上でなされたものであることが認められる。

本件債権の放棄又は行使の影響について
まず,本件債権を行使して,本件嘱託員に支給された諸手当756万円余をB個人から賠償させるならば,地方自治法の規定に反した支出が是正され,
α村の財政に756万円余の歳入が生ずることになるが,
その反面,
違法とされた支出を実際に準備した関係職員らα村の職員は,B個人の責任ではなく,自分たちが賠償金を支払うべきであるなどして,行政に混乱が生じるだけではなく,勧奨退職に応じる者がいなくなるなど,これまでα村が積み上げてきた行財政改革の推進にも水を差す結果になりかねないことが認められる。
これに対して,本件債権を放棄した場合には,α村の財政に756万円余の歳入がなくなり,一定の影響を与えることになるが,その支出は平成17年4月から平成19年3月までに終了しており,本件議決がなされた平成20年度としては,予定していなかった臨時の歳入がやはりないことになっただけで,予定していた歳入がなくなったわけではないから,実際にはα村の同年度の財政にはほとんど影響を及ぼさない性質のものであって,その額も予算額の約0.1%強程度であったと推認されるから,こ
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の歳入がなくなることの影響は限定的なものであったと考えられる。また,本件嘱託員に支給された諸手当の1年分の額は378万円余りで,α村の平成17年度の人件費の約0.7%に相当するものであったから,支出当時においても,その財政的な影響は大きいものではなかったと考えられる。しかも,本件嘱託員に対する諸手当の支給は,地方自治法の規定に基づいていないという意味では違法であるが,本件嘱託員はこれに見合う職務を実際に担当していて,不当な利益を得たわけではないし,B個人が何らかの経済的利益を得たわけでもないから,本件債権の放棄によってB個人や第三者に実質的に不当な経済的利益が生じることはない。
このように,B個人に対する本件債権を行使した場合と,これを放棄した場合とを総合的に比較して検討すると,これを放棄することが,普通地方公共団体であるα村の民主的かつ実効的な行政運営の確保を旨とする地方自治法の趣旨等に照らして不合理で,大きな悪影響を及ぼすものとはいえないというべきである。

住民訴訟の係属の有無及び経緯について
本件議決は,上記認定のとおり,先行訴訟において被控訴人Aの請求を一部認容する控訴審判決が言い渡され,B村長がα村議会の議決を経た上で先行訴訟の控訴審判決に対して上告受理の申立てをし,平成21年2月20日付けの上告受理申立理由書の中には,α村議会の議員から債権放棄の議案が提出され,可決される見込みであるので,最高裁としては「債権放棄成立」という追加の主張と立証を受けた上で判断してほしいなどと記載されていた。そして,同年3月27日,α村議会で債権放棄を認める本件議決が成立したものではあるが,その一方で,α村では,先行訴訟が提起された後,本件内規に関する問題を解消するために本件条例が制定されたほか,いわゆるコンプライアンスを徹底するための各種の措置が講じられてきたことが認められるから(乙8),α村として,先行訴訟の控訴審
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判決を軽視していたわけではなく,これを真摯に受け止めていたことも認められる。しかも,本件議決による債権放棄は,先行訴訟の控訴審判決で上記諸手当の支給が違法と判断され,B個人に対する債権が存在することを前提とした上,これとは別に,α村のこれまでの行財政改革の状況を最もよく理解しているα村議会として,その利害得失を総合考慮した結果,α村のB個人に対する損害賠償債権を放棄することがα村のために最も適切な方法であると判断したものである。そうすると,α村議会は,本件議決によって地方自治法が定めている住民訴訟制度の趣旨を没却させることを意図したものではないと認められるから,本件議決が不合理で,α村議会がその権限を濫用したものとまでみるのは相当ではないというべきである。
(3)

これまで検討したところにより,当裁判所は,次のように判断する。本件では,先行の住民訴訟において,本件嘱託員に諸手当として支給された合計756万3800円の支出が違法とされ,α村は,村長としてこれを支出したB個人に対して同額の賠償債権を取得したが,その後,α村議会においてその債権を放棄するとの本件決議がなされ,これに基づき,B村長がB個人に対してその旨の意思表示をしたことにより,α村のB個人に対する上記債権が消滅したか否かが問題であるところ,地方自治法は,普通地方公共団体による債権の放棄について,その議会の議決及び長の執行行為(条例による場合には,その公布)という手続的要件を満たしている限り,原則としてこれを有効なものとし,その適否や当否の実体的な判断については,基本的に,住民の直接選挙によって選出された議員をもって構成される議会の裁量に委ねているものと考えられるから,議会による債権放棄の議決が無効となるのは,これを放棄することが普通地方公共団体の民主的かつ実効的な行政運営の確保を旨とする地方自治法の趣旨等に照らして不合理であって,その議決機関としての議会の裁量権の範囲の
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逸脱又はその濫用に当たると認められるときに限られるものというべきである。

そして,議会による債権放棄の決議が普通地方公共団体の民主的かつ実効的な行政運営の確保を旨とする地方自治法の趣旨等に照らして不合理で,議会としての裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たると認められるか否かは,個々の事案ごとに,財務会計行為等の性質,内容,原因,経緯及び影響,当該議決の趣旨及び経緯,当該請求権の放棄又は行使の影響,住民訴訟の係属の有無及び経緯,事後の状況その他の諸般の事情を総合考慮して判断されるべきところ,本件においては,これまで認定し,説示してきたとおり,(ア)本件嘱託員に対して支払われた諸手当は,地方自治法では嘱託員に対して「諸手当」という名目で金銭を支給することができないとされているため,違法と判断されたものであり,これを執行したB村長にその最終的な責任があるというべきであるが,本件嘱託員の雇用はα村の財政健全化の一環として行われたもので,本件嘱託員に対する賃金及び諸手当の支給は,α村の歳出削減にとって必要かつ有益なものであり,その額もその職務に照らして不当に高額というものではなく,そのような嘱託員に対する諸手当の支給はα村における従前の取扱いを踏襲したにすぎないものであって,α村の関係者の多くは,B村長の個人的な過失ではなく,
α村としての組織の責任であると受け止めていること,
また,
(イ)
本件の債権放棄は,先行訴訟の控訴審判決に対する不服があることは否定できないものの,前記認定のとおり,裁判所の司法判断を軽視してなされたものではなく,司法判断とは別の,α村の実情を最もよく知る議会の政治的判断として,これに対する異論があることも十分に踏まえた上,α村に及ぼす利害得失をも総合的に勘案した上でなされたものであること,さらに,(ウ)本件債権を行使する場合と放棄する場合とを比較すると,これを行使した場合には,α村の職員に萎縮効果や混乱が生じ,α村が積み上
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げてきた行財政改革にも水を差す結果になるおそれがあるなどの弊害が生ずるのに対して,これを放棄した場合でも,α村の財政に及ぼす実際の影響は限定的なものである上,放棄によって本件嘱託員やB個人に実質的に不当な利益を得させるものではなく,弊害が少ないと考えられること,しかも,(エ)α村では,先行訴訟が提起された後,本件内規を改めて本件条例を制定するなど,先行の控訴審判決の判断を真摯に受け止め,これを踏まえて是正措置等を講じてきていることなどの事実が認められるのであって,これに前記認定の諸事実をも合わせて総合勘案すれば,α村として本件債権を放棄することは,普通地方公共団体であるα村の民主的かつ実効的な行政運営の確保を旨とする地方自治法の趣旨等に照らして不合理で大きな悪影響を及ぼすようなものではなく,その議決機関であるα村議会によるその裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たるものとも認められないから,本件議決は適法かつ有効なものである上,村長による意思表示もなされているので,α村のB個人に対する本件債権は,債権放棄により既に消滅しているものというべきである。

また,α村議会等による本件債権の放棄を有効なものと判断しても,先行訴訟の控訴審判決によって,本件嘱託員に対して支給された諸手当が地方自治法では認められていない違法なものであると判断されたことは,何ら左右されるものではない。α村の議会及び村長は,本件の諸手当の支出が違法であったことを前提として,これを村長であるB個人に請求するのはα村として適切ではないと判断し,債権放棄を選択したものであるから,これに反対の立場の住民は,村長の解職を請求したり,次の選挙でB村長や本件債権の放棄に賛成した議員には投票しないなどの方法によってその意思を表明することができるのであって,これに対抗する方法がないというものではない。しかも,仮に,解職の請求や選挙によっては住民の多数の支持が得られないとしても,議会や村長に対して,嘱託員に対して支
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払われる報酬が高額で適切ではないと主張し,その是正を求め続けることができるから,α村の住民としての基本的な権利が失われるものでもない。エ
したがって,α村の議会及び村長による本件債権の放棄が無効であるとする被控訴人らの本件請求は,いずれも理由がないものである。

4
結論
よって,これと異なる原判決は相当でないから,原判決中,控訴人敗訴部分を取り消し,取消部分に係る被控訴人らの請求をいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。

東京高等裁判所第14民事部

裁判長裁判官

須藤
裁判官

小川
裁判官

尾立
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典明浩美子
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