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住居侵入、強盗殺人被告事件
事件番号平成25(あ)1127
事件名住居侵入,強盗殺人被告事件
裁判年月日平成27年2月3日
法廷名最高裁判所第二小法廷
裁判種別決定
結果棄却
判例集等巻・号・頁刑集 第69巻1号1頁
原審裁判所名東京高等裁判所
原審事件番号平成23(う)773
原審裁判年月日平成25年6月20日
判示事項被告人を死刑に処した裁判員裁判による第1審判決を量刑不当として破棄し無期懲役に処した原判決の量刑が維持された事例
裁判要旨殺人等の罪により懲役20年の刑に服した前科がある被告人が被害者1名を殺害した住居侵入,強盗殺人の事案において,本件犯行とは関連が薄い前記前科があることを過度に重視して死刑に処した裁判員裁判による第1審判決の量刑判断が合理的ではなく,被告人を死刑に処すべき具体的,説得的な根拠を見いだし難いと判断して同判決を破棄し無期懲役に処したものと解される原判決の刑の量定は,甚だしく不当で破棄しなければ著しく正義に反するということはできない。
(補足意見がある。)
参照法条刑訴法381条,刑訴法397条1項,刑訴法411条2号
裁判日:西暦2015-02-03
情報公開日2017-10-17 13:51:00
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平成25年(あ)第1127号
平成27年2月3日

住居侵入強盗殺人被告事件

第二小法廷決定

主文
本件各上告を棄却する
理由
検察官の上告趣意のうち,控訴審における審査の在り方に関する判例違反をいう点は,事案を異にする判例を引用するものであって,本件に適切でなく,その余は,判例違反をいう点を含め,実質は量刑不当の主張であり,弁護人宮村啓太,同坂根真也の上告趣意は,事実誤認の主張であって,いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。
検察官の所論に鑑み,本件量刑について,職権により判断する。
第1
1
事案の概要等
本件犯罪事実の要旨

被告人は,金品を強奪する目的で,東京都港区南青山のマンションの被害男性方居室に無施錠の玄関ドアから侵入し,室内にいた当時74歳の被害男性を発見し,同人を殺害して金品を強奪しようと決意し,殺意をもって,その頸部をステンレス製三徳包丁で突き刺し,同人を頸部刺創に基づく左右総頸動脈損傷による失血により死亡させた。
2
第1審判決が死刑を選択した量刑理由の要旨

本件を裁判員の参加する合議体で取り扱った第1審判決は被告人を死刑に処したが,その理由の要旨は,以下のとおりである。
最高裁昭和56年(あ)第1505号同58年7月8日第二小法廷判決・刑集37巻6号609頁(以下昭和58年判決という。)において示された死刑選択の際の考慮要素やそれ以降の量刑傾向を踏まえ,被告人に対する刑を検討したが,とりわけ,殺意が強固で,強盗目的を遂げるため抵抗の余地のない被害者を一撃で殺害するなど,殺害の態様等が冷酷非情なものであること,その結果が極めて重大であること,2人の生命を奪った殺人の罪等で懲役20年に処された前科がありながら,出所後半年で金品を強奪する目的で被害者の生命を奪ったことは,刑を決める上で特に重視すべきであり,被告人のために酌むべき事情がないかどうかを慎重に検討しても,死刑とするほかない。
3
原判決が第1審判決を破棄して無期懲役に処した理由の要旨

原判決は,第1審判決を破棄し,被告人を無期懲役に処したが,その理由の要旨は,以下のとおりである。
死刑は,窮極の峻厳な刑であり,慎重に適用すべきであることはいうまでもない。死刑が相当かどうかは,昭和58年判決に示された考慮要素を検討した上で,過去の先例の集積からうかがわれる傾向を,事件の重大さの程度を評価する資料となり得るという意味で参考として判断すべきである。本件では,殺意が強固で殺害の態様等が冷酷非情であり,結果が極めて重大であることは第1審判決指摘のとおりであるが,被害者が1名であり,侵入時に殺意があったとは確定できず,殺害について事前に計画したり,当初から殺害の決意を持っていたとはいえないのであって,前科を除く諸般の情状を検討した場合,死刑を選択するのが相当とは言い難い。そして,殺害された被害者が1名の強盗殺人罪のうち,前科が重視されて死刑が選択された事案の多くは,殺人罪・強盗殺人罪により無期懲役に処され仮釈放中の者が,再度,前科と類似性のある強盗殺人罪に及んだという事案,又は,無期懲役に準ずる相当長期の有期懲役に処された者であって,その前科の内容となる罪と新たに犯した強盗殺人罪との間に顕著な類似性が認められる事案である。本件では,被告人の前科は無期懲役に準ずる相当長期の有期懲役であり,その前科は利欲目的の本件強盗殺人とは社会的にみて類似性は認められず,また,もはや改善更生の可能性がないことが明らかとは言い難く,実際にも,被告人が更生の意欲を持って努力したが,前科の存在が就職にも影響して何事もうまくいかず,自暴自棄になった末の犯行の面があることも否定できず,被告人の前科の評価に関しては,このような留意し酌量すべき点がある。したがって,前科を重視して死刑を選択することには疑問があり,第1審判決は,人の生命を奪った前科があることを過度に重視した結果,死刑を選択した誤りがある。
第2
1
当裁判所の判断
被告人は,手っ取り早く自由になる金銭を欲し,包丁を用意して強盗目的で
被害者方に侵入した上,就寝中の被害者に対し,いきなり首に包丁を突き刺して確実に即死させたものである。被告人は,被害者を見付けた段階では強固な殺意を抱き,前記のとおり,冷酷非情な態様で被害者を殺害した。本件は,重大かつ悪質な犯行といわざるを得ず,被害者の遺族の処罰感情が極めて厳しいのも十分理解できる。また,被告人は,妻を刺殺し,幼少の二人の子を殺害しようとして自宅に放火し,娘一人を焼死させたという殺人殺人未遂,現住建造物等放火の罪を犯し,懲役20年の刑に服した前科がありながら,出所した後半年で本件に及んだものである。被告人の刑事責任は誠に重いというほかない。
2
しかしながら,刑罰権の行使は,国家統治権の作用により強制的に被告人の法益を剥奪するものであり,その中でも,死刑は,懲役,禁錮,罰金等の他の刑罰とは異なり被告人の生命そのものを永遠に奪い去るという点で,あらゆる刑罰のうちで最も冷厳で誠にやむを得ない場合に行われる究極の刑罰であるから,昭和58年判決で判示され,その後も当裁判所の同種の判示が重ねられているとおり,その適用は慎重に行われなければならない。また,元来,裁判の結果が何人にも公平であるべきであるということは,裁判の営みそのものに内在する本質的な要請であるところ,前記のように他の刑罰とは異なる究極の刑罰である死刑の適用に当たっては,公平性の確保にも十分に意を払わなければならないものである。もとより,量刑に当たり考慮すべき情状やその重みは事案ごとに異なるから,先例との詳細な事例比較を行うことは意味がないし,相当でもない。しかし,前記のとおり,死刑が究極の刑罰であり,その適用は慎重に行われなければならないという観点及び公平性の確保の観点からすると,同様の観点で慎重な検討を行った結果である裁判例の集積から死刑の選択上考慮されるべき要素及び各要素に与えられた重みの程度・根拠を検討しておくこと,また,評議に際しては,その検討結果を裁判体の共通認識とし,それを出発点として議論することが不可欠である。このことは,裁判官のみで構成される合議体によって行われる裁判であろうと,裁判員の参加する合議体によって行われる裁判であろうと,変わるものではない。
そして,評議の中では,前記のような裁判例の集積から見いだされる考慮要素として,犯行の罪質,動機,計画性,態様殊に殺害の手段方法の執よう性・残虐性,結果の重大性殊に殺害された被害者の数,遺族の被害感情,社会的影響,犯人の年齢,前科,犯行後の情状等が取り上げられることとなろうが,結論を出すに当たっては,各要素に与えられた重みの程度・根拠を踏まえて,総合的な評価を行い,死刑を選択することが真にやむを得ないと認められるかどうかについて,前記の慎重に行われなければならないという観点及び公平性の確保の観点をも踏まえて議論を深める必要がある。
その上で,死刑の科刑が是認されるためには,死刑の選択をやむを得ないと認めた裁判体の判断の具体的,説得的な根拠が示される必要があり,控訴審は,第1審のこのような判断が合理的なものといえるか否かを審査すべきである。3
このような観点から第1審判決をみると,第1審判決は,前記1と同旨の事
情を挙げており,その認定自体に誤りがあるとはいえない。しかしながら,第1審判決が死刑の選択をやむを得ないと認めた判断の根拠については,次のような疑問がある。
まず,第1審判決は,刑を決める上で特に重視すべき事情として,殺意が強固で殺害の態様等が冷酷非情であり,その結果が極めて重大であることを指摘している。殺害された被害者が1名の事案においても,死刑を選択することがやむを得ないと認められる場合があることはいうまでもなく,本件が重大かつ悪質な事案であることも前記1のとおりである。しかしながら,本件は,被害者方への侵入時に殺意があったとまでは確定できない事案であり,殺害について事前に計画し,又は当初から殺害の決意をもって犯行に臨んだ事案とは区別せざるを得ない。早い段階から被害者の死亡を意欲して殺害を計画し,これに沿って準備を整えて実行した場合には,生命侵害の危険性がより高いとともに生命軽視の度合いがより大きく,行為に対する非難が高まるといえるのに対し,かかる計画性があったといえなければ,これらの観点からの非難が一定程度弱まるといわざるを得ないからである。本件については,かかる計画性があったとはいえず,また,前科に関する情状を除くその他の要素を総合的に評価した場合,死刑を選択するのがやむを得ない事案であるとは言い難いところである。
第1審判決は,その他特に重視すべき事情として,2人の生命を奪った殺人の罪等で懲役20年に処された前科がありながら,金品を強奪する目的で被害者の生命を奪ったことを挙げているところ,これは,被告人に殺人罪等による相当長期の有期懲役の前科があることの指摘にほかならない。しかしながら,人を殺害した罪で有期懲役に処された前科を有する者が,その刑を受け終わった後に1名を殺害する強盗殺人に及んだ事案については,死刑が選択された事案と,無期懲役が選択された事案が存在することからもうかがわれるとおり,有期懲役の前科があってその服役後に再度の犯行に及んだ場合の,再度の犯行に対する非難の程度については,前科と再度の犯行との関連,再度の犯行に至った経緯等を具体的に考察して,個別に判断せざるを得ないものというべきである。これを本件についてみると,本件強盗殺人という自己の利欲目的の犯行である点や犯行の経緯と,第1審判決が重視する前科の内容,すなわち,口論の上妻を殺害し,子の将来を悲観して道連れに無理心中しようとした犯行とは関連が薄い上,被告人は,刑の執行を受け終わり,更生の意欲をもって就職するも前科の存在が影響して職を維持できず,自暴自棄となった末に本件強盗殺人に及んだとみる余地があるのであって,本件強盗殺人の量刑に当たり,前記のような前科の存在を過度に重視するのは相当ではない。以上のとおり,前科を除く諸般の情状からすると死刑の選択がやむを得ないとはいえない本件において,被告人に殺人罪等による相当長期の有期懲役の前科があることを過度に重視して死刑を言い渡した第1審判決は,死刑の選択をやむを得ないと認めた判断の具体的,説得的な根拠を示したものとは言い難い。第1審判決を破棄して無期懲役に処した原判決は,第1審判決の前記判断が合理的ではなく,本件では,被告人を死刑に処すべき具体的,説得的な根拠を見いだし難いと判断したものと解されるのであって,その結論は当審も是認することができる。したがって,原判決の刑の量定が甚だしく不当であり,これを破棄しなければ著しく正義に反するということはできない。
よって,刑訴法414条,386条1項3号,181条1項ただし書により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官千葉勝美の補足意見がある。
裁判官千葉勝美の補足意見は,次のとおりである。
私は,法廷意見に関連して,以下のとおり補足して私見を述べておきたい。1
まず,裁判員制度の趣旨と控訴審の役割について,次の点が指摘できよう。
本件は,第1審の裁判員裁判で死刑が宣告されたが,控訴審でそれが破棄され無期懲役とされた事件であり,これについては,裁判員裁判は刑事裁判に国民の良識を反映させるという趣旨で導入されたはずであるのに,それが控訴審の職業裁判官の判断のみによって変更されるのであれば裁判員裁判導入の意味がないのではないかとの批判もあり得るところである。
裁判員制度は,刑事裁判に国民が参加し,その良識を反映させることにより,裁判に対する国民の理解と信頼を深めることを目的とした制度である(裁判員の参加する刑事裁判に関する法律(以下裁判員法という。)第1条参照)。そして,死刑事件を裁判員制度の対象とすることに関しては,反対する意見も存するところであるが,死刑という究極の刑罰に対する国民の意見・感覚は多様であり,その適用が問題となる重大事件について国民の参加を得て判断することにより,国民の理解を深め,刑事司法の民主的基盤をより強固なものとすることができるのであって,国民の司法参加の意味・価値が発揮される場面でもある。
ところで,裁判員法の制定に当たり,上訴制度については,事実認定についても量刑についても,従来の制度に全く変更は加えられておらず,裁判員が加わった裁判であっても職業裁判官のみで構成される控訴審の審査を受け,破棄されることがあるというのが,我が国が採用した刑事裁判における国民参加の形態である。すなわち,立法者は,裁判員が参加した裁判であっても,それを常に正当で誤りがないものとすることはせず,事実誤認や量刑不当があれば,職業裁判官のみで構成される上訴審においてこれを破棄することを認めるという制度を選択したのである。その点については,米国の陪審制度の多くは事実認定についての上訴を認めないという形での国民参加の形態を持っているが,これとは異なるものである。もっとも,国民参加の趣旨に鑑みると,控訴審は,第1審の認定,判断の当否を審査する事後審としての役割をより徹底させ,破棄事由の審査基準は,事実誤認であれば論理則,経験則違反といったものに限定されるというべきであり,量刑不当については,国民の良識を反映させた裁判員裁判が職業裁判官の専門家としての感覚とは異なるとの理由から安易に変更されてはならないというべきである。そうすると,裁判員制度は,このような形で,国民の視点や感覚と法曹の専門性とが交流をすることによって,相互の理解を深め,それぞれが刺激し合って,それぞれの長所が生かされるような刑事裁判を目指すものであり(最高裁平成22年(あ)第1196号同23年11月16日大法廷判決・刑集65巻8号1285頁参照),私は,このような国民の司法参加を積み重ねることによって,長期的な視点から見て国民の良識を反映した実りある刑事裁判が実現されていくと信じるものである。2
次に,本件で争点となった死刑という量刑の選択の問題については,次のよ
うに考える。死刑は,あらゆる刑罰のうちで最も冷厳でやむを得ない場合に行われる究極の刑罰であるから,その適用は,慎重にかつ公平性の確保にも十分に意を払わなければならないのである。
法廷意見は,死刑の選択が問題となり得る事案においては,その適用に慎重さと公平性が求められるものであることを前提に,これまでの裁判例の集積から死刑の選択上考慮されるべき要素及び各要素に与えられた重みの程度・根拠を検討し,その検討結果を評議に当たっての裁判体の共通認識とし,それを出発点として議論することが不可欠であるとしている。その意味するところは次のようなことであろう。すなわち,殺人という犯罪行為の特質やそれに対する死刑という刑罰の本質を見ると,圧倒的に重要な保護法益である生命を奪う殺人という犯罪行為に対する量刑上の評価としては,まず被害者の数が注目されるべきであり,死刑の選択上考慮されるべき重要な要素であることは疑いない(もっとも被害者の数を死刑選択の絶対的な基準のように捉えることは適切ではなく,最終的には他の要素との総合考慮によるべきものであることには注意が必要であろう。)。そのほか,生命という保護法益侵害行為の目的(動機)は,一般に,行為に対する非難の程度に関わるものであり,犯行の計画性は,生命侵害の危険性の度合いに直結するものであり,侵害の態様(執よう性・残虐性)等も究極の刑罰の選択を余儀なくさせるか否かの要素となることは,いずれも,これまでの裁判例が示してきたところである。さらに,遺族の被害感情,社会的影響,犯人の年齢,前科,犯行後の情状等も取り上げられ得る要素である。これらの各要素をどの程度重要なものとして捉えるかは,殺人という犯罪行為の特質や死刑という刑罰の本質という刑事司法制度の根本に関係するすぐれて司法的な判断・考察と密接に関係するものであり,これまでの長年積み上げられてきた裁判例の集積の中から自ずとうかがわれるところである。裁判官に求められるのは,従前の裁判官による先例から量刑傾向ないし裁判官の量刑相場的なものを念頭に置いて方程式を作り出し,これをそのまま当てはめて結論を導き出すことではなく,裁判例の集積の中からうかがわれるこれらの考慮要素に与えられた重みの程度・根拠についての検討結果を,具体的事件の量刑を決める際の前提となる共通認識とし,それを出発点として評議を進めるべきであるということである。このように,法廷意見は,死刑の選択が問題になった裁判例の集積の中に見いだされるいわば量刑判断の本質を,裁判体全体の共通認識とした上で評議を進めることを求めているのであって,決して従前の裁判例を墨守するべきであるとしているのではないのである。
このことは,裁判員が加わる合議体であっても裁判官のみで構成される裁判体であっても異なるところはない(それが控訴審であっても同じである。)。そして,裁判員を含む裁判体は,これらの共通認識を基にした上で,具体的事件で認定された犯罪事実等における前記各考慮要素を検討し,それらの総合考慮により非難可能性の内容・程度を具体的に捉え,結論として死刑か否かを決定するのであり,そこでは正に裁判員の視点と良識,いわゆる健全な市民感覚が生かされる場面であると考える。
3
さらに,本件では,被告人の前科の評価が問題になった事案であるが,ここ
で留意されるべき点は,次のとおりである。
(1)

第1審が死刑を選択した理由においては,前科の存在に言及し,かつて2人の生命を奪ったという自己の罪を見つめ,生命の尊厳への思いを深めたはずであるにもかかわらず,再び人の生命を奪う本件犯行に及んでおり,人の生命を余りにも軽くみており,強い非難に値すると説示している。確かに,合計3名の殺害に至った経緯を見ると,前科に係る2名の殺害のみならず3人目の本件殺害も深刻な理由もなく短絡的に行っており,生命軽視のそしりを免れないとの評価も理解できないではないところである。
(2)

一般に,前科が刑を重くする要素として扱われることがあるのは,前科に
よる刑の感銘力と行刑による教化改善の結果を受け付けないで再犯に及んだという犯情面での非難が増大するという点に着目し,さらに,そのような短絡的な犯行に走る被告人の人命を軽視する危険な人格に着目するためであろう。しかしながら,前科については,前科の内容,再度の犯行との時間的な間隔の長さや犯行内容における関連性等が様々であり,それが刑を重くする要素になるか否か,どの程度重くする要素なのかは,これらの諸事情を慎重に検討する必要がある。特に死刑か否かの量刑判断に際しては,なおさらである。
(3)

これまで,被害者1名を殺害した者について,過去の人を殺害した罪によ
る前科を考慮して死刑の量刑が選択された事案としては,殺人を含む罪で無期懲役の刑を宣告されて服役し,仮釈放中に再度殺人を含む罪を犯した場合が見られる。これは,無期懲役の仮釈放中の者が,かつての重大犯罪についての刑事責任を果たし終わっておらず,服役を一時猶予し更生を期待されており,その点を深く自覚すべき状態にあって,当然のことながら再度の犯行に及んではならないという強い警告を現に受け続けている中で強盗殺人等を犯したという点で非難の程度が著しく,矯正,更生の余地も容易に認められないとして,特に重い刑事責任を科す要素とされたものと理解でき,刑事責任の観点からは当然である。このような事情が存する場合は別にして,同種類似の前科があるということは,確かに死刑選択の考慮要素の一つではあるが,その重要性の評価に当たっては,前科と今回の犯行との関連性等,その内容を吟味する必要があるといわなければならない。
(4)

本件に即して言えば,例えば,短絡的な理由で2名の殺害に至って服役し
たにもかかわらず,再び短絡的な理由で1名の殺害に及んだという点から,ひとくくりにして生命軽視の傾向ありと評価することも理解できないではない。しかし,前科と今回の犯行との関連等の吟味が不十分なままこの点を死刑選択の重要な考慮要素として過度に強調するとすれば,死刑の選択の場面では疑問がある。仮に,前科と今回の犯行との関連が薄いにもかかわらず,生命軽視の傾向という被告人の危険性ばかりを強調する文脈で前科を死刑の選択に傾く重要な要素とするとすれば,犯罪行為それ自体に対する評価を中心に据えて死刑の是非を検討すべき場面において,行為者としての被告人の人格的な側面を過度に評価するものといわざるを得ず,これもまた疑問である。そもそも,本件前科は,夫婦間の感情的な対立や子供の将来を悲観しての犯行であり,そのきっかけ等をみても,本件犯行が強盗殺人という自己の利欲目的のものである点やその経緯との関連が薄く,非難の程度,生命侵害の危険性の程度の点でも,死刑選択の際の重要な要素として強調するには限界があるといわざるを得ないのである。
(裁判長裁判官

千葉勝美

裁判官

鬼丸かおる
裁判官

山本庸幸)

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