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住居侵入、強盗殺人、強盗殺人未遂、窃盗被告事件
事件番号平成24(わ)2750
事件名住居侵入,強盗殺人,強盗殺人未遂,窃盗被告事件
裁判年月日平成27年2月20日
法廷名名古屋地方裁判所
裁判日:西暦2015-02-20
情報公開日2017-10-13 01:34:27
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平成27年2月20日宣告
平成24年(わ)第2750号,平成25年(わ)第77号
住居侵入強盗殺人強盗殺人未遂,窃盗被告事件
主文
被告人を死刑に処する
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,
第1

当時,中華人民共和国からa大学に留学していたものであるが,平成20年12月及び平成21年2月にそれぞれ万引きをして検挙され,同年4月27日に検察庁で,これらの事件につき罰金刑を科される見込みであり,その罰金を納めないと労役場に留置される可能性がある旨の説明を受けた上で,略式手続による処分を受けることに同意したところ,
労役場留置を受けると,
a大学を退学処分になり,自己の人生が終わってしまい,日本への留学のために経済的負担を掛けた両親の期待を裏切ってしまうなどと考えたことから,その罰金を支払う資金を得るために金品を窃取しようと企て,同年5月1日午後9時30分ころから同日午後10時ころまでの間に,愛知県海部郡b町cd番地所在のA方に,
無施錠の玄関から侵入し,
金品を物色中,(当

時57歳)に発見されて誰何された上,服をつかまれたので,全力で逃げようとすれば,Aから逃れることはできたものの,金を手に入れることをあきらめきれなかったことから,金品を強取することを決意し,その後,同月2日午後0時ころまでの間に,同所において,Aに対し,殺意をもって,あらかじめ用意していたモンキーレンチでその頭部を多数回殴るなどの暴行を加え,よって,そのころ,同所において,Aを頭蓋骨骨折,脳挫傷等による脳障害により死亡させて殺害し,
Aに対する暴行の最中にAのもとへ来たB
(当
時26歳)に対し,殺意をもって,同所にあった包丁でその左背部を数回突
き刺すなどの暴行を加え,よって,そのころ,同所において,Bを左肺動脈切断による出血性ショックにより死亡させて殺害し,その後帰宅したC(当時25歳)に対し,殺意をもって,あらかじめ用意していたクラフトナイフでその頸部やその周辺を数回突き刺すなどの暴行を加えて,その反抗を抑圧したが,Cに安静加療約2週間を要する縦隔気腫,頸部,背部刺創の傷害を負わせるにとどまり,死亡させるに至らず,その際,Aほか2名所有の現金約20万円及び腕時計1個(時価約1200円相当)を強取した。第2平成24年10月18日午後2時40分ころから同日午後4時10分ころまでの間に,津市e町f番地所在のa大学第一体育館2階男子更衣室において,D所有の携帯電話機1台(時価約6万円相当)を窃取した。
第3同月19日,同市e町g番地所在の駐車場において,E所有のETCカード1枚等2点積載のF所有の普通乗用自動車1台(時価約160万円相当)を窃取した。
(証拠の標目)
省略
(事実認定の補足説明)
1
争点

弁護人は,判示第1で認定した事実のうち,被告人が,金品を窃取する目的で,A方に無施錠の玄関から侵入したこと,A及びBに対し,それぞれ殺意をもって,モンキーレンチや包丁で暴行を加えて殺害し,Cに対し,クラフトナイフで暴行を加えて同判示の傷害を負わせたこと,Aほか2名所有の現金約20万円及び腕時計1個(時価約1200円相当)を奪ったことについては争っておらず,これらの点は証拠上も優に認められる。
しかしながら,弁護人は,①被告人には,強盗の故意がなく,A方に侵入した後,窃盗にも着手していなかったので,A及びBに対しては殺人罪と窃盗罪が成立するにすぎず,かつ,その殺意も未必的なものにとどまる,②被告人には,Cに対する
殺意もないので,Cに対しては傷害罪と窃盗罪が成立するにすぎず,仮に,強盗殺人未遂罪ないし殺人未遂罪が成立するとしても,中止未遂が成立する旨主張し,被告人も,公判廷で弁護人の主張に沿う供述をしている。
そこで,当裁判所が,弁護人の主張を採用せず,判示第1のとおり,A及びBに対する各強盗殺人罪等を認定した理由を,補足して説明する。
2
前提となる事実

争点を判断する前提として,証人Cの供述,被告人の検察官調書(以下,これらを本件検察官調書というが,その信用性が高いと認められることは,後述するとおりである。)その他の関係証拠によれば,次の各事実が認められる。(1)

被告人は,中華人民共和国の山東省から,平成15年10月に留学の目
的で来日し,hで語学学校に,iでコンピュータ専門学校にそれぞれ通った後,平成18年4月からa大学に在学していたものであるが,平成20年12月31日に高級食材を万引きする窃盗事件を起こし,また,平成21年2月8日にはセーラー服のコスチュームを万引きしようとした窃盗未遂事件を起こして,同年4月27日,
各事件について検察庁で取調べを受け,罰金刑を科される見込みであることや,罰金を納めない場合には労役場に留置される可能性がある旨の説明を受けた上,略式手続による処分を受けることに同意した。
被告人は,労役場に留置されると,a大学を退学処分になり,自己の人生が終わってしまい,日本への留学のために経済的負担を掛けた両親の期待を裏切ってしまうなどと考えた。
(2)

そこで,被告人は,罰金を支払う資金を得るため,名古屋で通行人から
金品をひったくることを思い付いたが,相手から追跡された場合に捕まらず逃げ切るために,武器を使って相手を脅したり,殴ったりしようと考え,同年5月1日,自宅からモンキーレンチ(金属製で重量が約635gのもの。以下本件モンキーレンチという。)とクラフトナイフ(片刃のネジ付きスライド式ナイフで,刃体の長さが約6㎝,重量が約50gのもの。以下本件クラフトナイフという。)
をかばんに入れて携帯し,パーカーとマスクを着用して名古屋市内に出掛けた。(3)

被告人は,j駅周辺で,ひったくりをする相手を探したものの,見付か
らず,あきらめて帰りの電車に乗ったところ,同電車内で目にした女性を狙おうと考えて,同女が降りたb駅で自己も降車したが,結局果たせなかった。被告人は,その後も,ひったくりをする相手を見付けられず,あきらめてb駅へ向かってA方近くを歩いていたところ,猫が玄関からA方に入るのを見て,A方の玄関ドアが少し開いていることに気付いた。
被告人が,A方に近付くと,リビングには明かりがともり,テレビもついていたが,玄関ドアの隙間から中の様子をうかがったところ,玄関の明かりはついておらず誰もいなかった。
そこで,被告人は,A方で金品を窃取しようと考えて,玄関ドアからA方に土足で侵入し,明かりのついているリビングと廊下を挟んで反対側の明かりのついていない和室に入り,部屋の中を観察して,同室内にあったコート等のポケットを調べるなどした。
(4)

すると,被告人の背後から,Aが誰やお前か何やお前というよ

うな声を掛けてきたので,被告人は驚き,玄関から逃げようとしたところ,Aに服をつかまれた。
被告人は,全力で逃げようとすれば,逃げることはできたが,最後のチャンスであり,大金を手に入れることをあきらめきれなかったので,逃げずに,Aの頭部を多数回,
本件モンキーレンチで殴るなどして,
外傷性脳障害によりAを死亡させた。
死亡したAの顔面には,1か所の挫創と5か所の刺切創があり,このうち挫創は上顎骨の粉砕骨折を伴っており,また,頭部には19か所の挫創があって,頭蓋骨の欠損,陥没骨折,切痕を形成するものや,頭蓋骨を貫通し,脳に達するものもあった。さらに,Aの頸部には,索条痕が認められた。
(5)

Bは,被告人がAを殴っている最中に,被告人に飛び掛かり,被告人と
Bは,リビングや和室で長時間もみ合ったところ,被告人は,自己の後頭部を思い
切りBの顔か頭辺りにぶつけることで優勢になり,その後,Bの服をまくり上げた上,近くにあった電気コードでBの両手を縛り上げた。
被告人は,Bともみ合っていた時に自己のマスクが取れてしまい,Bに顔を見られたと思ったので,Bを殺すしかないと考え,A方の台所にあった包丁(刃体の長さが約17.2㎝のもの。以下本件包丁という。)を持ち出してきて,Bの左背部を数回突き刺すなどし,左肺動脈切断による出血性ショックによってBを死亡させた。
死亡したBの左背部には,4か所の刺創や刺切創があり,そのうち最も重篤な創は,深さが約11.5㎝,長さが約4.9㎝で,左肺,左主気管支後面,左主肺動脈を損傷していた。
また,本件包丁は,被告人がBを刺したことにより,刃体全体が反り曲がっていた。
(6)

その後,被告人は,自己の犯行であることの手掛かりを残さぬように,
A方の床の血痕や足跡を拭き取ったり,血の着いた衣服を洗濯したりしていたところ,同月2日午前2時25分ころ,Cが帰宅した。
被告人は,Cの帰宅に驚き,玄関に座ってブーツを脱いでいたCの背後から近付いて,本件クラフトナイフでCの頸部等を数回連続で突き刺した。Cの後頸部と背部には,それぞれ3か所ずつ刺創があり,同日午後0時55分ころの時点でも,傷口は開いたままでわずかに出血が続いていたが,そのうち最も重篤な後頸部の刺創は,正中線のほぼ真上に位置し,傷口の長さが約2.7㎝,深さが約6㎝で,頸椎にまで達しており,少し受傷部がずれていれば,頸動脈等の重要な器官を損傷していたおそれが十分にあった。また,その他の刺創も,頸椎に達しているものがあるなど,一歩間違えば生命に関わるものであった。(7)

Cは,振り返り,廊下に立っていた被告人を取り押さえようとして,両
者はもみ合いになった後,和室へなだれ込んだところ,うつぶせの状態のCの上から被告人が覆い被さる形になった。その状態で,Cと被告人は本件クラフトナイフ
を奪い合い,その間には,被告人から本件クラフトナイフを奪ったCが,反撃として,被告人の足を刺したこともあった。
その後,被告人は,Cと話し合った結果に従い,Cと一緒に本件クラフトナイフを離れた場所に投げ捨て,Cの手首を電気コードで縛り,Cの着ていたパーカーをまくり上げた上,ガムテープを使ってCの頭を覆うようにして目隠しをした。(8)

被告人は,Cを縛った後,更なる暴行には及ばなかったものの,A方を
離れるまでCを救助するような行動は一切取らず,その間に,床の血痕や足跡を拭き取ったり,血の着いた衣服を洗濯したりする罪証隠滅行為を再開したほか,Cに金があるのかと尋ね,財布を見付けて,中の現金を奪い取るなどした。(9)Cは,同日午後0時20分ころ,自力で玄関ドアから外に出たところを,異変の通報を受けてA方の玄関付近に来ていた警察官により保護され,他方,被告人は,隙を見てA方から逃走した。
3本件検察官調書の信用性
(1)

以上の認定のうち,被告人の犯行時の言動や心情に関する部分は,主に
本件検察官調書の記載に基づくものであるが,弁護人は,本件検察官調書のうち,特に,被告人が,A及びBと遭遇して,両者を殺害した状況や,Cを攻撃した状況に関する部分については,被告人が弁護人との接見時に供述した内容を取りまとめた弁護人作成の供述録取書(以下,単に供述録取書という。)や,これに沿う被告人の公判供述の方が信用できると主張する。
すなわち,弁護人の依拠する供述録取書には,①被告人が,A方に侵入した後,金品を物色する前に,Bから誰だお前などと声を掛けられて冷静さを失い,そこにAも現れて何やお前と声を掛けられたこと,②被告人は,BやAに見付かったことから,土下座をして何も盗っていないので帰らせてくださいなどと言って謝ったが,Aから問い詰められたので,家を出ようとしたものの,Aから服の袖をつかまれ,また,Aが電話してと叫んだので,パニックになったこと,③Bは,携帯電話で電話を掛けようとしながら,片方の手で被告人の襟元をつかんだ
ので,被告人は,Bの手を振りほどき,自己のかばんから本件モンキーレンチを取り出してAを殴ったこと,④被告人がAを殴っている最中,Bが背後から被告人に飛び付き,被告人の髪の毛を引っ張るなどしたので,被告人とBはもみ合いとなったこと,⑤被告人は,Bを縛った後,Aの姿がないことに気付いてリビングに向かうと,Aが誰かと声を出しながら,窓方向にはっていたが,その先にはリモコンか電話のようなものがあり,また,和室では,Bが立ち上がろうとしていたこと,⑥被告人は,パニックになっていたため,A方の台所から本件包丁を持ってきて,Bを2回刺し,急いでリビングに戻って,自己のかばんから本件クラフトナイフを取り出してAを刺した上,ひものようなものをつなぎ合わせAの首に巻いて2回結んだこと,⑦その後,Cが帰宅したため,被告人は,頭が真っ白になるほど混乱し,本件クラフトナイフを手に持って,玄関に座っていたCを2~3回刺したが,特にどの場所を狙ったという気持ちはなかったことなどが記載されている。そして,弁護人は,本件検察官調書は,被告人が,検察官から理詰めで執ように尋問され,話す内容を誘導されたものであり,検察官が供述調書を作成している際の被告人の態度からすると,検察官が作文をしている部分があるなどと主張して,その信用性を争うものである。
(2)

しかしながら,被告人は,本件検察官調書の作成時,検察官から録取し
た内容を読み聞かされ,確認した上で署名指印に応じているのであるから,被告人の供述調書作成時の態度のみをとらえて,被告人の供述が信用できないということにはならない。
のみならず,
検察官による被告人の取調状況を録音・録画した記録媒体によれば,検察官が被告人を取り調べるに当たり,理詰めで質問をしているような部分が確かに見受けられるものの,
被告人の供述態度は,
検察官から理詰めで話を聞かれても,
唯々諾々と供述するのではなく,はっきり否定する場面もある。また,被告人が逮捕当初,自己の保身のため,AやBから手首をかまれた旨の虚偽供述をしていたことなども踏まえると,被告人は,検察官から自己に不利益な事実を理詰めで質問さ
れても,否定したいことについては,誘導されることなく否定していたものと認められる。
内容面で見ても,本件モンキーレンチや本件クラフトナイフを当初からひったくりの相手に対する暴行脅迫に使用するつもりで携行していたとする被告人の供述は,被告人が,現にとっさの判断でそれらをAやCに対する暴行の際に用いていることと整合し,Cの首辺りを狙って本件クラフトナイフで刺したとする供述も,Cの刺創が首周辺に集中しているという受傷状況と整合している。また,被告人がA及びBと遭遇した順序に関する供述も,経緯として自然である上に,被告人から当日,女性ともみ合っていたら男が入ってきた旨の話を聞かされたとするCの証言とも整合している。
もっとも,本件検察官調書には,被告人が本件モンキーレンチでAに暴行を加える前に,かばんの中から本件モンキーレンチをすぐには取り出せなかったので,とっさに本件クラフトナイフを取り出し,Aの頭頂部辺りを目掛けて2回振り下ろした旨の供述が録取されているところ,その内容は,Aの顔面の受傷状況と整合しておらず,信用性に疑問があるが,こうした客観的な事実に反する点を除けば,被告人は,検察官の取調べで真実を供述していたものと考えられ,本件検察官調書の信用性は高いものと認められる。
(3)

これに対し,供述録取書やこれに沿う被告人の公判供述の内容は,次の
ような点で明らかに不自然,不合理である。
すなわち,Aの受傷状況に照らし,被告人は本件モンキーレンチでAを約20回は殴打したと認められるところ,供述録取書のように,Bが被告人のすぐ近くにいて被告人がAを殴打するのを止めていたのであれば,被告人が,このように多数回にわたりAを殴打することができたというのは不自然である(しかも,Bの身体には,被告人から攻撃を受けているAをかばうなどすれば,通常生じるであろう本件モンキーレンチで付けられたような傷が見当たらない。)。
また,被告人が公判廷でした,A,B及び被告人の動き等に関する説明も合理的
なものとはいい難い。
もとより,AとBが現れた順序に関して被告人から聞いたとするCの上記証言の内容とも整合しない。
この点につき,弁護人は,直前までBと行動を共にしていた証人Gの供述等に照らすと,被告人が公訴事実記載のとおり平成21年5月1日午後10時ころ,A方に侵入したものとすれば,Bはその時既に帰宅していたはずである旨主張するが,そもそも,証拠上,被告人が同時刻ころにA方に侵入したとは断定できず,それより早い時刻に侵入した可能性もある上,仮に,被告人の侵入時,Bが既に帰宅していたとしても,BがA方の2階にいるなどした可能性もあるから,必ずしもBとAが,弁護人の主張する順序で被告人と遭遇するとは限らない。
また,被告人がAらに遭遇した際,土下座をして謝ったことなどについては,被告人は,捜査段階ではそうした供述をしていなかったと考えられるところ,真に被告人が土下座をした事実が存するのであれば,取調時に虚偽の事実を述べてまで自己を有利に見せようとしていた被告人が,その事実を捜査段階で全く供述しなかったというのは不自然である。
さらに,Aに対して本件クラフトナイフを使用した状況に関する部分も,Aの顔面に刺切創が認められる事実と整合しない。
こうした点に照らし,供述録取書及び被告人の公判供述のうち,本件検察官調書と整合しない部分は信用できない。
4
争点に対する判断

以上を前提にして,争点につき判断する。
(1)

強盗の犯意について

上記のとおり,信用性が高い本件検察官調書によれば,被告人は,A方に侵入して,まずAと遭遇し,その後,Bと遭遇したものと認められる。
そして,被告人は,当時,何としてでも罰金を支払う資金を得たかったこと,被告人は,そのためにひったくりをすることを思い付いたが,その際には必要に応じ
て相手を脅したり,殴ったりする目的で,本件モンキーレンチや本件クラフトナイフを携行していたこと,被告人は,Aに服をつかまれた際,すぐ近くに玄関があり,両者の体格差等からも,逃げようと思えば,軽度の暴行を加えるなどして容易に逃げることができたと思われるのに,逃げずにあえてAに激しい暴行を加えていること,この時点で,被告人の顔はマスクで隠れており,Aの口を封じるなどの罪証隠滅行為に出る必要性は乏しかったこと,その後,被告人が実際にA方で金品を奪っていることなどにも照らすと,被告人は,Aに遭遇した際,強盗を行うことを決意したものと認められ,その機会にA,B及びCを殺傷したのであるから,後述するようにCに対しても殺意が認められる本件では,A及びBに対する各強盗殺人罪並びにCに対する強盗殺人未遂罪が成立する。
なお,付言すれば,被告人は,Bともみ合っている際にマスクが外れ,Bに顔を見られたこと,AとBを殺害した後,罪証隠滅行為を入念に行っていること,Cについては,顔を見られていなかったので,とどめを刺して殺害することまではしなかったことなどからすると,B及びCに対する暴行時,被告人には,逮捕を免れる目的や罪証隠滅の目的があったと考えられるが,被告人がCに対し,金のありかを尋ねたことなども踏まえると,被告人は,それらの目的と共に,強盗の犯意も引き続き有していたものと認められる。
このように,本件は,当初は窃盗の目的であった被告人が,途中から強盗の犯意を生じて暴行に及んだ居直り強盗の事案であって,事後強盗の事案ではないから,窃盗の着手の有無は強盗殺人罪ないし強盗殺人未遂罪の成否に影響しないが,訴訟の経過に鑑み判断を示せば,被告人は,Aに発見される前に,A方の和室で金品の物色行為を行ったと認められるから,遅くともこの時点までには窃盗の実行の着手があるといえる。
(2)

殺意について

Aに対する殺意の程度については,頭部に頭蓋骨を貫通し脳に達するものを含む多数の挫創や刺切創があり,頸部に索条痕があるなどのAの受傷状況や,Aに対す
暴行に用いた本件モンキーレンチの形状等に照らし,被告人がAを確実に殺すつもりで客観的に人を死亡するに至らせる危険性の高い行為を行ったことは明らかであるから,被告人が,Aに発見されて,冷静さを失っていたとしても,確定的な殺意があったものと認められる。
また,Bに対する殺意の程度については,そもそも被告人は,Bに顔を見られたと思い,口封じのため,持参した凶器よりもより殺傷能力の高い本件包丁をあえて手に取り,Bを刺しているのであるから,強い殺意があったと考えるのが自然であるところ,実際,Bは,被告人から刺されたことにより,左背部に本件包丁の刃の半分以上が刺さるほどの深い刺創を負い,左肺動脈等の重要な器官を損傷していること,Bを刺した際に本件包丁の刃体全体が反り曲がってしまっていることなどにも照らすと,
被告人がBに対する確定的な殺意を有していたことは優に認められる。弁護人は,被告人はパニックになってBを本件包丁で刺したなどと主張するが,被告人は和室からわざわざ台所に向かい本件包丁を持ち出してきて,Bを刺しているのであるから,そもそもパニックに陥っていたとは考えられない。さらに,Cに対する殺意についても,確かに,本件クラフトナイフは刃体の長さが約6㎝とそれほど長くなく,殺傷能力が特に高いわけではないが,本件クラフトナイフの刃体の長さに相当する深さの頸椎にまで達する刺創があったなどのCの受傷状況からすると,被告人は本件クラフトナイフでCの後頸部を狙い,かなり強い力で6回は刺したと認められる。そして,その結果として,被告人が,Cに対し,一歩間違えば生命に関わるような傷害を負わせていることからすると,被告人は,Cを確実に殺すつもりで客観的に人を死亡するに至らせる危険性の高い行為を行ったといえ,確定的な殺意があったものと認められる。
弁護人は,Cに対する攻撃についても,被告人がパニックになったと述べていることや,途中で攻撃を止めたことなどをとらえて,殺意はなかった旨主張するが,被告人がCの帰宅に驚いたことは認められるものの,本件クラフトナイフで刺す前にそのネジを留めるなど,被告人が冷静に行動している場面も見受けられるし,被
告人が途中で攻撃を止めたのは,
それまでの加害行為やCの受傷状況等に照らせば,
既に殺害に十分な暴行を加えたものと考えて,いったんCから離れたにすぎないと理解できるから,弁護人の主張は採用できない。
以上のとおり,被告人には,A及びBに対する各強盗殺人罪と,Cに対する強盗殺人未遂罪が成立する。
(3)

中止未遂の成否について

被告人がCに対して負わせた傷害は,事後的,客観的に見れば,致命傷になるような重篤なものではなかったが,これは本件クラフトナイフによる攻撃が,わずかに急所を外れたという全くの偶然にすぎない。そして,被告人は,Cに対し,客観的には人を死亡するに至らせる危険性の高い行為を行ったのであり,このような場合に中止未遂が成立するためには,単にそれ以降の殺害に向けた行為を行わないだけでは足りず,被害者に対し,真摯な救護活動等を行う必要があると解すべきところ,被告人は,そうした救護活動等を一切行っていないのであるから,中止未遂を論ずる余地はない。
(法令の適用)
被告人の判示第1の所為のうち,住居侵入の点は刑法130条前段に,A及びBに対する各強盗殺人の点は,被害者ごとにいずれも同法240条後段に,Cに対する強盗殺人未遂の点は同法243条,240条後段に,判示第2及び第3の各所為はいずれも同法235条にそれぞれ該当するところ,判示第1の住居侵入とA及びBに対する各強盗殺人並びにCに対する強盗殺人未遂との間にはそれぞれ手段結果の関係があるので,同法54条1項後段,10条により結局以上を1罪として刑及び犯情の最も重いAに対する強盗殺人罪の刑で処断し,各所定刑中判示第1の罪については死刑を,判示第2及び第3の各罪についてはいずれも懲役刑を選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法46条1項本文により判示第1の罪の死刑で処断し,他の刑を科さず,訴訟費用は,刑訴法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)
1
本件は,被告人が,金品窃取の目的で民家に侵入したところ,家人に発見さ
れたことから,強盗を決意して,家人2名を殺害し,1名に重傷を負わせ,現金等を奪ったという住居侵入強盗殺人強盗殺人未遂(判示第1。以下b町事件という。)と,携帯電話機や自動車を盗んだという窃盗2件(判示第2及び第3)の事案であるが,本件の量刑判断の中心となるのが,b町事件であることは明らかであるから,以下,同事件を中心に検討する。
2
b町事件に適用される刑罰は,死刑又は無期懲役であるが(同事件の内容か
ら,無期懲役より軽い刑で処断する余地がないことは明らかである。),究極の刑罰である死刑の適用は,犯行の罪質,動機,計画性,態様殊に殺害の手段方法の執よう性・残虐性,結果の重大性殊に殺害された被害者の数,遺族の被害感情,社会的影響,犯人の年齢,前科,犯行後の情状等に照らし,慎重に行われなければならない。
また,裁判の公平性の確保という見地からは,同種事案の量刑の傾向にも十分に意を払う必要があるところ,b町事件のように強盗殺人で殺害された被害者が2名の事案の量刑状況を見ると,死刑になっているものと,無期懲役になっているものがあるが,もともと,強盗殺人罪の法定刑は死刑又は無期懲役なのであるから,2名を殺害していながら無期懲役が選択されるのは,死刑を回避する特別な事情がある場合であると認められる。
3
そこで,b町事件について,まず動機から見ると,被告人は,2件の万引き
を犯し,検察官の取調べを受けて罰金刑の処分の見込みを告げられるや,反省するどころか,更に犯罪を重ねてその罰金を支払う資金を獲得しようと考えたものであり,動機は誠に自己中心的で身勝手といわざるを得ない。
確かに,中国人である被告人が,両親の期待を背負い,日本語能力も十分でない状況で留学のため来日した後,経済的に困窮する中で,食料品の万引きなどをしているうちに,窃盗に対する抵抗感が薄れてしまったことや,日本において相談でき
る相手が少なかったこと,平成18年4月にa大学に入学して以降,アルバイトをするなどして自力で学費や生活費をまかない,両親に経済的負担を掛けないよう努力していたこと,大学を退学することになれば,両親の期待を裏切ってしまうと思い,心理的に追い詰められていたことは,一定程度は理解できる。しかし,被告人の両親は,被告人からの仕送りの依頼を拒んだことはなかったのであり,仮に被告人が罰金刑を受けたことを正直に両親に打ち明け,その支払について相談していれば,援助も期待できたと思われるのに,被告人は両親にこれ以上経済的負担を掛けたくないという思いとともに,自己のプライドからそれをしなかったものである。
そして,b町事件の発端となった万引きは,被告人がぜいたくな食品を盗み,あるいは趣味に使う品物を盗もうとしたというものであり,生活苦とは関係がないことを考えると,b町事件の犯行に至るまでの一連の経緯を,特段被告人に有利に考えることはできない。
4
犯行態様について見ると,被告人は,Aに対しては,重いモンキーレンチで
頭部を多数回殴打した上,首まで絞めており,Bに対しては,あえて殺傷能力の高い包丁を用い,その刃体全体が反り曲がるほど強い力で背中を数回刺しているが,いずれも強固な犯意に基づく執ようで冷酷な犯行といわざるを得ない。また,被告人は,Cに対しても,首辺りを狙って背後から,かなり強い力でクラフトナイフを突き刺すなど,強固な犯意に基づく悪質な攻撃を加えている。
確かに,被告人は,窃盗の目的でA方に侵入したものであり,強盗や殺害に及ぶことを事前に計画していたわけではないが,当初から,通行人に対してひったくりをし,その際必要に応じて武器を使用することを考えて,モンキーレンチやクラフトナイフを携行していたことや,A方に侵入する際,家人がいることを分かっていながらあえて侵入したことなどに照らせば,本件は,空き巣狙いをするつもりで家宅に侵入したところ,予期せず家人が在宅しており,突発的に強盗や殺害に及んでしまったような場合とは明らかに異なるから,計画性のないことを重視して死刑が
回避された事案と同列に考えることはできない。
5
AとBは,何ら落ち度がないのに,自宅で突然襲われ,生命を奪われたもの
であり,その無念さは察するに余りある。また,Cは,一命こそ取り留めたものの,後遺症が残るほどの傷害を負っている。Cを含む遺族らが,被告人に対する極刑を求める心情は,十分に理解できる。
なお,Cが結果的に救命された事情として,被告人は,当初のクラフトナイフによる暴行で,Cの殺害が失敗に終わった後,とどめを刺そうと思えば容易であったにもかかわらず,更なる攻撃に出なかったことがあり,これは中止未遂には該当しないものの,
被告人のために有利に考えることができる事情である。
しかしながら,
それは,被告人が,床の血痕や足跡を拭き取ったり,血の着いた衣服を洗濯したりといった罪証隠滅行為に忙しかったため,Cを放置していた結果にすぎないのであるから,とどめを刺さなかったことを,量刑上,有利な方向で大きく考慮することはできない。
6
そして,被告人は,b町事件の翌年には再び万引きに及んで罰金刑に処せら
れ,平成24年10月には判示第2及び第3のとおり連日の窃盗事件を起こし,後者で検挙された際には,窃盗の被害者に捕まらないようにする目的で,凶器となり得る6本ものナイフを持ち歩いていたのであるから,犯行後の情状も,誠に悪いといわざるを得ない。
7
被告人は,被害者らを殺傷してしまったことは一貫して認め,謝罪の言葉も
述べているし,b町事件を起こす前,日本語を習得するために努力し,同事件後も大学を卒業して就職し,職場では同胞の世話をするなどしていた時期もあった。また,被告人は,同事件当時25歳で,前科もなかった。
こうした事情に照らすと,被告人の更生可能性が全くないわけではないが,前述のように,被告人は,b町事件の後も同じ過ちを繰り返すおそれのある行動をとっていた上,捜査段階では供述を二転三転させ,公判廷においても不合理な弁解を繰り返すなど,常に自己の保身を考えている様子がうかがえ,被告人の反省が真摯な
ものであるとは認め難い。
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そうすると,被告人の両親が,被害弁償のために精一杯の努力をして500
万円を工面した上,来日し,本件の公判を終始見守るとともに,被告人のために証言もしていることなど,有利にしん酌すべき事情を最大限考慮しても,本件の刑事責任は余りに重く,死刑を回避すべき特別な事情があるとはいえないから,被告人を死刑に処するのが相当であると判断した。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑

死刑)

平成27年2月23日
名古屋地方裁判所刑事第2部

裁判長裁判官

松田俊哉
裁判官

山田順子
裁判官

中井太朗
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