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遺族一時金不支給決定処分取消等請求事件
事件番号平成22(行ウ)86
事件名遺族一時金不支給決定処分取消等請求事件
裁判年月日平成27年3月19日
法廷名名古屋地方裁判所
判示事項インフルエンザ患者が服用したタミフル(オセルタミビルリン酸塩)の副作用により死亡したとする遺族の独立行政法人医薬品医療機器総合機構法に基づく副作用救済給付の請求に対する不支給決定が適法とされた事例
裁判要旨インフルエンザ患者が服用したタミフル(オセルタミビルリン酸塩)の副作用により異常行動(マンション高層階からの転落)を起こして死亡したとする遺族の独立行政法人医薬品医療機器総合機構法に基づく副作用救済給付の請求に対する不支給決定の取消訴訟において,同法所定の健康被害が医薬品の副作用によるものであることの立証も民事訴訟の一般原則どおり高度の蓋然性の証明を要するとした上で,タミフルに関する一般的知見(疫学調査結果や薬理学的知見等)について詳細に検討し,上記異常行動までの経緯等について個別的検討を加えた結果,当該事案において上記異常行動がタミフルの副作用によるものであったことが高度の蓋然性をもって証明されたということはできないとして,上記不支給決定を適法とした事例
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平成27年3月19日判決言渡
平成22年(行ウ)第86号

遺族一時金不支給決定処分取消等請求事件

主文
1
原告らの請求をいずれも棄却する。

2
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由

第1
1
請求
被告が平成18年7月3日付けで原告P1に対してした遺族一時金及び葬祭料の不支給決定処分(薬機発第0703049号)を取り消す。

2
被告が平成22年7月8日付けで原告P2に対してした遺族一時金及び葬祭料の不支給決定処分(薬機発第0708095号)を取り消す。

第2
1
事案の概要等
本件は,原告P1及び原告P2が,それぞれ,インフルエンザに罹患した自らの子であるP3(以下「亡P3」という。)及びP4(以下「亡P4」という。)が死亡したことについて,亡P3及び亡P4が服用した独立行政法人医薬品医療機器総合機構法(平成14年法律第192号。平成25年法律第84号による改正前のもの。以下「機構法」という。)所定の許可医薬品である抗インフルエンザウイルス剤のオセルタミビルリン酸塩(以下「タミフル」という。本件で服用された医薬品の製品名は「□」。)の副作用により死亡したものであるとして,被告に対し,機構法に基づく副作用救済給付としての遺族一時金及び葬祭料の給付を請求したところ,被告から,いずれも不支給とする旨の各決定(以下「本件各不支給決定」という。)を受けたため,本件各不支給決定の取消しを求める事案である。

2
関係法令の定め

(1)被告の目的及び業務
機構法3条は,被告は,医薬品の副作用又は生物由来製品を介した感染等による健康被害の迅速な救済を図り,並びに医薬品等の品質,有効性及び安全性の向上に資する審査等の業務を行い,もって国民保健の向上に資することを目的とする旨規定している。
機構法15条1項は,その柱書きにおいて,被告は,3条の目的を達成するため,15条1項各号の業務を行う旨規定し,同項1号イは,「医薬品の副作用による疾病,障害又は死亡につき,医療費,医療手当,障害年金,障害児養育年金,遺族年金,遺族一時金及び葬祭料の給付(以下「副作用救済給付」という。)を行うこと」を掲げている。
(2)副作用救済給付の支給要件及びその手続

機構法16条1項は,その柱書きにおいて,副作用救済給付は,同項各
号に掲げる区分に応じ,
それぞれ当該各号に定める者に対して行うものと
し,副作用救済給付を受けようとする者の請求に基づき,被告が支給を決定する旨規定している。
そして,同項4号は,遺族一時金については,「医薬品の副作用により死亡した者」
の政令で定める遺族に対して給付を行うものとする旨規定し
ており,
これを受けて,
独立行政法人医薬品医療機器総合機構法施行令
(平
成16年政令第83号。
平成26年政令第269号による改正前のもの。

11条1項は,上記「政令で定める遺族」については,配偶者,子,父母,孫,祖父母及び兄弟姉妹であって,医薬品の副作用により死亡した者の死亡の当時その者と生計を同じくしていたものとする旨規定している。
また,機構法16条1項5号は,葬祭料については,「医薬品の副作用により死亡した者」
の葬祭を行う者に対して給付を行うものとする旨規定
している。

機構法4条6項は,同法において「医薬品の副作用」とは,許可医薬品
が適正な使用目的に従い適正に使用された場合においてもその許可医薬品により人に発現する有害な反応をいう旨規定している。
そして,同条5項本文は,同法において「許可医薬品」とは,薬事法(昭和35年法律第145号。平成25年法律第84号による改正前のもの。以下同じ。)2条1項に規定する医薬品であって,同法12条1項に規定する医薬品の製造販売業の許可を受けて製造販売をされたものをいう旨規定している。

機構法17条1項は,被告は,同法16条1項の規定による支給の決定
につき,副作用救済給付の請求のあった者に係る疾病,障害又は死亡が,医薬品の副作用によるものであるかどうかその他医学的薬学的判定を要する事項に関し,
厚生労働大臣に判定を申し出るものとする旨規定している。
また,同法17条2項は,厚生労働大臣は,同条1項の規定による判定の申出があったときは,薬事・食品衛生審議会の意見を聴いて判定を行い,機構に対し,その結果を通知するものとする旨規定している。
3
前提事実(当事者間に争いがない事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実。以下,書証番号は,特記しない限り枝番を含む。)(1)当事者等

亡P3は,平成2年9月20日に出生し,平成17年2月5日に14歳で死亡した男性であり,原告P1は,亡P3の父である。(甲4)

亡P4は,平成4年10月14日に出生し,平成19年2月16日に14歳で死亡した女性であり,原告P2は,亡P4の父である。(甲7)

被告は,機構法及び独立行政法人通則法(平成11年法律第103号)の規定により設立され,
医薬品の副作用による疾病,
障害又は死亡につき,
請求に基づき,医療費,医療手当,遺族一時金,葬祭料等の支給の決定を行う独立行政法人である。

(2)タミフル
タミフルは,P5株式会社(以下「P5」という。)が日本国内の製造販売元となっている抗インフルエンザウイルス剤であり,機構法4条5項所定の許可医薬品である。(甲1,乙22,34,60,弁論の全趣旨)(3)亡P3の死亡に至る経緯

亡P3は,平成17年2月5日午前11時ないし11時30分頃,咽頭痛,関節痛,倦怠感等のため,P6クリニックを受診したところ,39.4℃の発熱があり,
インフルエンザ
(A型)
と診断され,
タミフル「□」
(1)
を1日2カプセルとして4日分処方された。(甲28,乙61,弁論の全趣旨)


亡P3は,
平成17年2月5日午後4時頃,
肩書住所地の自宅において,
タミフル1カプセルを服用した。(甲40,証人P7,弁論の全趣旨)

亡P3は,平成17年2月5日午後6時40分頃,自宅マンション9階から転落し,P8病院に救急搬送されたが,同日午後11時5分,骨盤骨折・肺挫傷を原因とする出血性ショックにより,死亡した。
(甲4,27,
40,証人P7,弁論の全趣旨)

(4)亡P4の死亡に至る経緯

亡P4は,平成19年2月16日,前日朝の寒気,前夜からの発熱,咽頭痛等のため,P9クリニックを受診したところ,38.2℃の発熱があり,インフルエンザ(B型)と診断され,タミフル(「□」)を1日2カプセルとして5日分処方された。(甲30,乙63,弁論の全趣旨)

亡P4は,平成19年2月16日午前11時頃,肩書住所地の自宅において,タミフル1カプセルを服用した。(甲41,原告P2,弁論の全趣旨)


亡P4は,平成19年2月16日午後零時46分頃,自宅マンション10階から転落し,P10病院に救急搬送されたが,同日午後1時34分,頭部外傷を原因とする脳挫傷により,死亡した。(甲7,29,弁論の全趣旨)
(5)本件各不支給決定に至る経緯

原告P1は,平成17年6月13日付けで,被告に対し,亡P3がタミフルの副作用により死亡したものであるとして,機構法に基づく副作用救済給付としての遺族一時金及び葬祭料の給付を請求した。これを受けて,被告は,平成18年6月5日,厚生労働大臣に対し,機構法17条1項に基づき,判定の申出をした。厚生労働大臣は,同月22日,同条2項に基づき,薬事・食品衛生審議会の答申を得た上で,同月29日,被告に対し,「本事例について,提出された資料では,医薬品服用から死亡までの状況が不明であり,死亡の原因が医薬品の副作用によるものと判断することができない。」との理由により,副作用救済給付の対象とすることができない旨の判定結果を通知した。この判定結果を受けて,被告は,同年7月3日付けで,これと同様の理由により,上記遺族一時金及び葬祭料を不支給とする旨の決定(薬機発第0703049号。以下「本件P1不支給決定」という。)をし,これを原告P1に通知した。(甲5,乙4)


原告P2は,平成21年10月1日付けで,被告に対し,亡P4がタミフルの副作用により死亡したものであるとして,機構法に基づく副作用救済給付としての遺族一時金及び葬祭料の給付を請求した。これを受けて,被告は,平成22年6月4日,厚生労働大臣に対し,機構法17条1項に基づき,判定の申出をした。厚生労働大臣は,同月24日,同条2項に基づき,薬事・食品衛生審議会の答申を得た上で,同年7月5日,被告に対し,「本事例について,請求において医薬品の副作用としている症状(異常行動)については,現時点では,医薬品の副作用によるものか判断できず,判定不能とせざるを得ない。」との理由により,副作用救済給付の対象とすることができない旨の判定結果を通知した。この判定結果を受けて,被告は,同月8日付けで,これと同様の理由により,上記遺族一時金及び葬祭料を不支給とする旨の決定(薬機発第0708095号)をし,これを原告P2に通知した。(甲8,乙5)
(6)本件訴訟に至る経緯

原告P1は,平成18年8月25日付けで,厚生労働大臣に対し,本件P1不支給決定を不服として,機構法35条1項に基づく審査の申立てをした。これに対し,厚生労働大臣は,平成22年4月23日付けで,同審査の申立てを棄却する旨の裁決をした。(甲6)


原告らは,平成22年10月21日,被告を相手取り,本件各不支給決定の取消しを求めて,本件訴訟を当庁に提起した。(顕著な事実)
4
争点及び当事者の主張
本件の争点は,本件各不支給決定の適法性であり,具体的には,亡P3及び亡P4の死亡が,それぞれ,服用したタミフルの副作用によるものであるか否かである。
この争点に関する当事者の主張は,以下のとおりである。
【原告らの主張】
(1)副作用起因性の証明度等
機構法の定める医薬品副作用被害救済制度は,医薬品の投与・服用と副作用の発生との間の因果関係の証明が困難であることから,医薬品による副作用の被害者の立証の負担を軽減し,被害を迅速に救済するために創設されたものである。このような機構法の目的・趣旨や立法経緯等に鑑みると,本件においては,タミフルの服用と異常行動による死亡との間の因果関係について,原告らの立証の負担が緩和されるべきであり,高度の蓋然性の証明は要しないと解すべきである。
(2)タミフルに関する一般的知見

タミフルは,腸管内でリン酸基が外れ,未変化体のオセルタミビル(以下「オセルタミビル未変化体」という。なお,単に「オセルタミビル」というときは,通例,オセルタミビル未変化体を指す。)となって血中に移行し,カルボキシルエステラーゼにより代謝されて活性体(以下「オセルタミビル活性体」という。)となるが,通常,体内に摂取されたタミフルのうち4分の3がオセルタミビル活性体に変化し,4分の1がオセルタミビル未変化体のまま全身に循環するとされる。
オセルタミビル未変化体は,脂溶性であるため,血液脳関門である毛細血管内皮細胞内に移行するものの,毛細血管内皮細胞の血液側細胞膜に存在する排出トランスポーターであるP-糖タンパクが正常に機能すれば,脳内に移行することはほとんどない。これに対し,オセルタミビル活性体は,非脂溶性であるため,基本的には脳内に移行することはない。ところが,ヒトを含む未熟動物では,P-糖タンパクの機能が低い上,インフルエンザに罹患すると,高サイトカイン状態となり,P-糖タンパクの活性が低下するため,オセルタミビル未変化体が脳内に移行することとなる。
また,
インフルエンザの罹患により高サイトカイン状態となると,
肝臓のカルボキシルエステラーゼの活性も低下するため,オセルタミビル活性体の産出が減少し,オセルタミビル未変化体の濃度が高くなる。その結果,オセルタミビル未変化体が脳内に高濃度で蓄積されることとなる。イ
薬物による中枢神経抑制作用は,薬物が体内に吸収されたことで生成される化学物質等が脳内に移行し,中枢神経を構成する細胞が有する各種受容体やイオンチャンネル(脳内の中枢神経上にある特定の部位)と結合することにより,薬物の情報が神経内に伝達されることによって生ずるところ,脳内に蓄積されたオセルタミビル未変化体は,NMDA型グルタミン酸受容体と結合して中枢神経に作用すると考えられる。


このように,オセルタミビル未変化体に中枢神経抑制作用があることは,①P5等がタミフル承認前の平成13年に行ったラット毒性試験(以下「旧試験」という。)において,7日齢の幼若ラットがタミフル1000㎎/㎏投与後10分から4時間の間に56匹中7匹死亡したこと,②P5等がタミフル市販後の平成19年4月に行ったラット毒性試験(以下「新試験」という。)において,タミフル投与群と非投与群との間に,嗅覚性方向反応の低下,断崖回避反応(危険回避反応)の欠如,低覚醒,呼吸異常の発生率等の点で有意な差異が認められたこと,③平成24年4月に公表されたP11大学薬学部医療薬学科応用薬理学講座P12らの実験(以下「P12らの実験」という。)において,静脈内や十二指腸内にタミフルを注入したラットに呼吸停止や心肺停止が見られたこと等から,裏付けられている。

タミフル服用と異常行動との関係については,各種の疫学調査が実施されているところ,このうち平成22年10月に発表されたP13ほか6名(以下「P13ら」という。)の「インフルエンザ罹患後の精神神経症状と治療薬剤との関連についての薬剤疫学研究」(以下「P13らの研究」という。甲9)によると,インフルエンザ患者がタミフルを服用した場合,タミフルを服用していない場合と比べて,せん妄が約1.5倍,意識障害が約1.8倍多く発生し,せん妄については発熱後8時間から16時間経過した頃に5~7倍,意識障害については発熱後10時間から24時間経過した頃に4~6倍それぞれ発生しやすくなっていた。
また,FDA(アメリカ食品医薬品局)の平成18年9月20日付けのDDRE(医薬品リスク評価部門)報告(甲17)においても,①タミフルの使用と異常行動との間に時間的関連性があること,②症例を報告した医師の多くは異常行動が薬剤による副作用であると感じていること,③異常行動や自殺関連事情は極めて特異であり,インフルエンザ脳炎や熱せん妄の典型的症状とは異なることが指摘されている。
さらに,被告のホームページによると,我が国では,平成16年から平成23年までに,タミフルを服用した者の異常行動に関する症例が418件報告されており,平成16年2月には,タミフルを服用した男子高校生がパジャマ着のまま裸足で戸外に飛び出し,国道走行中のトラックの前に飛び込んで轢死したという事例も発生している。
このように,タミフル服用と異常行動との間に因果関係があることは,疫学調査の結果等からも裏付けられている。
(3)亡P3及び亡P4の死亡の原因

亡P3は,平成17年2月4日夜に38℃台の発熱が見られ,翌5日午前11時頃の受診時には39.4℃の発熱があったが,帰宅後,自宅で静養していたところ,37.5℃まで解熱していた。ところが,亡P3は,同日午後4時頃,お粥を食べた上で,タミフルを服用したところ,同日午後6時40分頃,自宅玄関を裸足で出て,マンション9階の階段部分から飛び降りるという異常行動に及んだものである。このような亡P3の異常行動は,インフルエンザ脳炎や熱せん妄では通常見られない特異なものであり,同月4日の発熱から24時間以内,タミフル服用から3時間弱で発生したものであるから,タミフル服用による異常行動の典型的なパターンに合致する。したがって,亡P3の死亡は,タミフルの副作用によるものということができる。


亡P4は,平成19年2月15日夜に発熱が見られ,翌16日午前11時頃にタミフルを服用したところ,同日午後零時46分頃,自宅玄関を裸足で出て,マンション10階の通路部分から,高さ約1.3mの柵を跳び越え転落するという異常行動に及んだものである。このような亡P4の異常行動は,インフルエンザ脳炎や熱せん妄では通常見られない特異なものであり,同月15日の発熱から24時間以内,タミフル服用から2時間弱で発生したものであるから,タミフル服用による異常行動の典型的なパターンに合致する。したがって,亡P4の死亡は,タミフルの副作用によるものということができる。

(4)まとめ
以上のとおり,亡P3及び亡P4の死亡は,いずれも服用したタミフルの副作用によるものであり,原告らは,機構法に基づく副作用救済給付として遺族一時金及び葬祭料の支給を受けるための要件を満たしているから,本件各不支給決定は違法である。
【被告の主張】
(1)副作用起因性の証明度等
機構法に基づく副作用救済給付の支給決定の授益的処分としての性質及び根拠法規の文言,構造等に照らすと,機構法16条1項所定の健康被害が機構法4条6項に規定する医薬品の副作用によるものであることについては,副作用救済給付の請求権の権利発生事由に係るものとして,副作用救済給付を請求する者が負うものと解すべきである。そして,機構法その他の関係法令には,副作用救済給付を請求する者による証明の程度を軽減する特別の定めは見当たらないから,上記被害が医薬品の副作用によるものであることの証明の程度も,一般的な原則どおり,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを要するというべきである。(2)タミフルに関する一般的知見

オセルタミビル活性体は,水溶性であるため,血液脳関門を通過しにくい。また,オセルタミビル未変化体は,脂溶性であるため,オセルタミビル活性体と比較すると血液脳関門を通過しやすいが,血液脳関門を形成する毛細血管内皮細胞に存在するP-糖タンパクによって,脳内から排出される。しかも,オセルタミビル未変化体は,消化管から吸収された後,速やかに肝臓等において活性体に変換されるため,実際にオセルタミビル未変化体が全身を循環する血流に入り血液脳関門を通過して脳内に移行するのは,総じて僅かな量であると考えられる。


オセルタミビルの神経細胞上の受容体等への結合性を調べる実験であるバインディング・アッセイを行ったところ,中枢作用に関連する155個の受容体等のうち,臨床用量投与時の健常小児の脳内濃度(0.2μM)の150倍に相当する30μMまでのオセルタミビル濃度において,50%を超える結合阻害が認められた受容体等は存在しなかった。この30μMという濃度は,13歳~18歳のヒト小児がインフルエンザに罹患した場合において,オセルタミビルの肝臓での代謝機能及びP-糖タンパクによる排出を含む血液脳関門の機能がいずれも全く働かなくなるという極端な状態を仮定したときに想定され得るオセルタミビルの脳中濃度の極限値(2μM)を大きく上回るものであるから,臨床用量のタミフルを服用しても中枢神経系に作用しないことは明らかである。

旧試験や新試験において幼若ラットに投与されたオセルタミビルの用量は,ヒトの臨床用量をはるかに上回る量であり,臨床用量で想定され得るオセルタミビル脳中濃度の限界値(前記イの2μM)と,上記各試験で無毒性と判断された幼若ラットのオセルタミビルの最高脳中濃度及び最高血漿中濃度との比較考察を踏まえても,上記各試験において幼若ラットに現れた症状は,極めて多用量のタミフルを投与されたことによりラットが瀕死状態に陥ったことに伴う症状にすぎず,タミフルが中枢神経に作用したことによるものではない。
P12らの実験において,ラットに呼吸停止が生じたのは,pH3~5程度又はそれ以下の酸性溶液を40~50秒という短時間で大量に静脈内注射したことによるものと考えられる。また,同実験においては,直接静脈内や十二指腸内にタミフルが投与されているが,ヒトが臨床使用する場合には,経口投与されるため,全身に薬物が循環する前に血液で希釈され,その一部は肝臓等で代謝されるのであって,両者の吸収過程は全く異なる。さらに,P12らの実験における十二指腸内投与例では,投与量の増加に応じて気管気流が徐々に減少するという用量依存的なパターンを示していないし,同実験において見られた横隔神経放電の振幅の変化も,投与量の増加に応じて反応の強さや継続時間が徐々に変化するという用量依存的な変化を示していない。そもそも,ヒトのタミフルに対する感受性は,ラットのタミフルに対する感受性の約3.2~4.6倍にすぎないにもかかわらず,P12らの実験においてラットに投与されたタミフルの量(500㎎/㎏)は,ヒトの臨床用量(2㎎/㎏)の54.5~78倍であって,ヒトとラットとの感受性の差を考慮しても多量すぎることは明らかである。
したがって,原告らが指摘する動物実験の結果は,ヒトが臨床用量のタミフルを服用した場合に中枢神経抑制作用が生じることの医学的根拠にはならない。

疫学調査等においても,タミフルの服用と異常行動との間の因果関係は確認されておらず,タミフル服用の有無にかかわらず,インフルエンザ自体によって異常行動が出現することが明らかになっている。
この点については,平成19年4月4日に開催された薬事・食品衛生審議会医薬品等安全対策部会安全対策調査会(以下,単に「安全対策調査会」ともいう。)において,タミフルに関する専門的事項を検討することを目的として,基礎的調査検討のためのワーキンググループ(以下「基礎WG」という。)及び臨床的調査検討のためのワーキンググループ(以下「臨床WG」という。)が設置された。基礎WGでは,タミフルの安全性について動物実験を含む非臨床試験成績を中心とした調査検討が行われ,また,臨床WGでは,P14を研究分担者とする厚生労働省(以下「厚労省」という。)研究班の「インフルエンザに伴う随伴症状の発現状況に関する調査研究」(以下「P14班報告」という。乙99)及びP15を研究代表者とする「インフルエンザ様疾患罹患時の異常行動の情報収集に関する研究」(以下「P15班報告」という。乙14,51)等が検討され,これらを踏まえて,
平成21年6月16日開催の安全対策調査会において,
「タ
ミフル服用の有無にかかわらず,異常行動はインフルエンザ自体に伴い発現する場合があることが,より明確になった。」との判断が示された。その後も,安全対策調査会において,医学・薬学の各分野及び統計学・疫学等の専門家らによって調査・検討が重ねられているが,タミフル服用と異常行動との因果関係を示唆する結果は得られていないとの結論は変わっていない。

なお,
原告らが援用するP13らの研究については,
①P13ら自身が,
仮説の検証ではなく仮説の強化にとどまっていることを強調している上,②選択バイアスを完全に排除できたのか疑問であること,③重篤な精神神経症状の症例が少ないこと,④異常行動・異常言動に「せん妄評価尺度」を用いたため,評価自体の正確性に問題が生じることといった問題点がある。また,原告らが指摘する同研究における発熱後8時間から16時間のせん妄の発生率比や発熱後10時間から24時間の意識障害の発生率比は,交絡等の調整がされたものではないから,タミフル服用とせん妄や意識障害の発生との関連を直ちに評価することができるものではない。また,原告らが援用するFDAのDDRE報告(甲17)においては,「現在のところ,我々はまだ,これらの報告に見られた異常行動とオセルタミビル使用との関連を完全に説明することはできない。これらの精神神経系事象が薬剤だけによるものか,疾患単独で生じるものか,薬剤と疾患の相互作用で生じるものかは不明である。」との結論が示されており,同報告は,タミフル服用と異常行動との因果関係を肯定するものではない。その後,米国においては,インフルエンザ罹患外来患者にオセルタミビルを投与したときの有害事象発現リスクに関する疫学研究が実施され,「精神神経系の有害事象が,タミフル非投与者と比較してタミフル投与者で多く見られるということは全くなかった。」という結論が示されている。また,欧州医薬品庁(EMA)においても,タミフル服用と異常行動との因果関係は肯定されていない。
これら疫学調査の結果等を踏まえると,タミフル服用と異常行動との因果関係を肯定することはできない。
(3)亡P3及び亡P4の死亡の原因
亡P3及び亡P4の死亡の原因に関する原告らの主張は,不知ないし争う。
亡P3及び亡P4は,いずれも異常行動の原因となり得るインフルエンザに罹患していたのであるから,タミフル服用以外に異常行動の原因がないということはできない。
(4)まとめ
以上のとおり,亡P3及び亡P4の死亡は,いずれも服用したタミフルの副作用によるものではなく,原告らは,機構法に基づく副作用救済給付として遺族一時金及び葬祭料の支給を受けるための要件を満たしていないから,本件各不支給決定は適法である。
第3
1
当裁判所の判断
副作用起因性の証明度等
(1)医薬品は,副作用を完全に防止できなくても医療上の必要性から使用されることがあるという特殊性を有しており,①医薬品の製造販売業者等に過失がなくとも不可避的に生じる副作用被害があるところ,このような場合,過失責任主義の下では民事上の損害賠償責任は発生しないし,仮に過失があったとしても,現実にはその過失の証明は容易ではなく,また,②被害と医薬品使用との因果関係を証明するには,極めて専門的な知識と膨大な時間及び費用が必要とされ,その立証は容易ではないから,医薬品の副作用による健康被害については,民事法の手続による医薬品製造販売業者等の損害賠償責任の追及によって救済を受けることが困難であるという特徴がある。他方で,医薬品の製造販売業者等は,有効かつ安全な医薬品を適切に社会に供給すべき社会的責任を負うとともに,危険を内在する医薬品を社会に供給することにより企業活動を営んでいる以上,医薬品の副作用による健康被害の救済を第一次的に行う社会的責任をも負担すべきものということができる。こうしたことから,機構法の医薬品副作用被害救済制度は,医薬品の製造販売業者等の拠出金によって,医薬品の副作用による健康被害に対する救済給付を行い,もって,その迅速な救済を図ることを目的として設けられたものである(甲2,乙1参照)。
機構法16条1項は,副作用救済給付の支給につき,「医薬品の副作用により」疾病若しくは障害を負った者又は死亡した者の遺族等がその請求権を有し,これらの者の請求に基づき支給決定をするものと規定している。副作用救済給付の支給決定の授益的処分としての性質や,その根拠法規である機構法の文言・構造等に照らすと,当該被害(疾病,障害又は死亡)が機構法4条6項に規定する「医薬品の副作用」によるものであること(当該被害が許可医薬品が適正に使用された場合においてもその許可医薬品により人に発現する有害な反応により生じたものであること)についての立証責任は,副作用救済給付の請求権の権利発生事由に係るものとして,副作用救済給付を請求する者がこれを負うものと解するのが相当である。
(2)一般に,訴訟上の因果関係の立証は,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり,一点の疑義も許されない自然科学的証明であることを要するものではないが,その判定は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを要するものと解される(最高裁昭和48年(オ)第517号同50年10月24日第二小法廷判決・民集29巻9号1417頁参照)。
そして,機構法その他の関係法令には,副作用救済給付を請求する者による証明の程度を軽減する特別の定めは見当たらないから,前記(1)の当該被害が医薬品の副作用によるものであることの立証も,上記の原則どおり,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することをいい,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを要するというべきである。
(3)これに対し,原告らは,機構法の医薬品副作用被害救済制度が創設されたのは,医薬品の服用と副作用の発生との間の因果関係の証明が困難であることから,医薬品による副作用の被害者の立証の負担を軽減し,被害を迅速に救済するためであることに鑑み,医薬品の服用と死亡被害との間の因果関係について,原告側の立証の負担が緩和されるべきであり,高度の蓋然性の証明は要しない旨主張する。
しかしながら,機構法は,その立法の趣旨や経緯等に照らすと,医薬品の副作用による健康被害の迅速な救済を図るために医薬品副作用被害救済制度を創設するに当たり,前記(1)①の過失に係る問題については,副作用救済給付の実体的要件上,過失の存在を要求しないこととする一方,前記(1)②の因果関係に係る問題については,薬事・食品衛生審議会という専門機関の判定によって因果関係の有無の判断を行うものとすること(17条参照)によって,極めて専門的な知識と膨大な時間及び費用を要する因果関係の立証の負担を手続的に軽減したものであり,因果関係に関する実体的要件や証明度を緩和・軽減等したものではないといわざるを得ない。
したがって,原告らの上記主張は,採用することができない。
2
認定事実
前記前提事実に掲記の証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。
(1)タミフルの販売等に関する経緯

タミフル(C16H28N2O4·H3PO4)を有効成分とする抗インフルエンザウイルス剤は,米国のP16社が開発し,スイスのP17社がライセンスを受けて全世界で製造販売し(発売開始は平成11年),日本国内ではP5が平成13年2月から販売している。タミフルについては,世界の中で我が国で処方されているものが大半を占めている。
P5が日本国内で販売している製品としては,「□」という製品名のカプセル剤と,「□」という製品名のドライシロップ剤がある。「□」1は,1カプセル中,オセルタミビルリン酸塩(タミフル)を98.5㎎,うちオセルタミビルとして75㎎含有し,「A型又はB型インフルエンザウイルス感染症及びその予防」を適応とする経口薬であり,平成12年7月に輸入承認申請,同年12月に承認がされ,平成13年2月に販売開始となり,さらに予防適応については平成15年6月に承認申請,平成16年7月に承認がされた。また,「□」は,1g中,オセルタミビルリン酸塩(タミフル)を39.4㎎,うちオセルタミビルとして30㎎含有し,「A型又はB型インフルエンザウイルス感染症及びその予防」を適応とする経口薬であり,平成14年1月に承認がされ,同年7月に販売が開始された。
添付文書によると,
タミフルを治療に用いる場合の用法・用量としては,
「□」は,通常,成人及び体重37.5㎏以上の小児に対し,1回1カプセル(オセルタミビルとして75㎎)を1日2回,5日間経口投与するものとされ,「□」は,通常,幼小児に対しては,オセルタミビルとして1回2㎎/㎏を1日2回,5日間,用時懸濁して経口投与するものとされており,いずれの製品も,インフルエンザ様症状の発現から2日以内に投与を開始することとされている。(甲1,3,24,乙22,34,37,43,49,60,82,83,89の2,103,弁論の全趣旨)イ
P5は,前記アの販売開始後,薬事法77条の4の2第1項に基づきタミフルの副作用等を厚生労働大臣に報告していたが,その中に,タミフルを服用した10代女性が窓から飛び降りようとしたり奇声を発するなどした事例の報告があった。
そこで,
平成16年5月から,□」
「1及び□」
「2
の添付文書において,「重大な副作用」欄に,「精神・神経症状(頻度不明):精神・神経症状(意識障害,異常行動,譫妄,幻覚,妄想,痙攣等)があらわれることがあるので,観察を十分に行い,異常が認められた場合には投与を中止し,症状に応じて適切な処置を行うこと。」との追記がされるとともに,厚労省医薬食品局は,同年6月,医療関係者に対し,医薬品・医療用具等安全情報として,同様の内容の注意喚起をした。(甲1,3,11,乙22,34,60,弁論の全趣旨)

平成19年2月,タミフルを服用した中学生が自宅で療養中に自宅マンションから転落死する事例が,亡P4の事例を含めて2件発生し,大きく報道された。厚労省医薬食品局は,同月28日,予防的な対応として,インフルエンザ治療に携わる医療関係者に対し,「特に小児・未成年者については,インフルエンザと診断されて治療が開始された後,自宅で療養する場合,タミフルの処方の有無を問わず,①異常行動の発現のおそれがあること及び②少なくとも2日間,保護者等は小児・未成年者が1人にならないよう配慮することが適切であることを,患者及びその家族に説明すること」を求める旨の注意喚起をした。(甲3,乙34,89の2,弁論の全趣旨)


さらに,平成19年3月20日,12歳のインフルエンザ患者がタミフル服用後に2階から転落して骨折した事例が2件報告された。そこで,厚労省医薬食品局は,同日,P5に対し,「□」及び「□」の添付文書に2おいて,「警告」として,「10歳以上の未成年の患者においては,因果関係は不明であるものの,本剤の服用後に異常行動を発現し,転落等の事故に至った例が報告されている。このため,この年代の患者には,合併症,既往症等からハイリスク患者と判断される場合を除いては,原則として本剤の使用を差し控えること。また,小児・未成年者については,万が一の事故を防止するための予防的な対応として,本剤による治療が開始された後は,①異常行動の発現のおそれがあること,②自宅において療養を行う場合,少なくとも2日間,保護者等は小児・未成年者が1人にならないよう配慮することについて,患者・家族に対し説明を行うこと。なお,インフルエンザ脳症等によっても,同様の症状が現れるとの報告があるので,上記と同様の説明を行うこと。」と記載するとともに,同内容の「緊急安全性情報」を医療機関等に配布し,タミフル服用後の異常行動について更に医療関係者の注意を喚起するよう指示し,同月22日,そのとおり添付文書の改訂及び「緊急安全性情報」の配布が行われた。(甲1,3,乙22,34,37,60,弁論の全趣旨)

国は,平成19年4月4日,平成19年度第1回薬事・食品衛生審議会医薬品等安全対策部会安全対策調査会を開催し,タミフルの副作用報告等について検討した上,臨床的調査検討のためのワーキンググループ(臨床WG)及び基礎的調査検討のためのワーキンググループ(基礎WG)を設けて更に調査検討を進めることとした(同日開催の安全対策調査会の詳細については,後記(6)イ参照)。
なお,この会議において配布されたP5作成の資料では,処方箋の枚数のデータを基にすると,
タミフルは,
既に我が国において約3500万人,
全世界において約4500万人に使用されていることが明らかにされた。(乙89,90)


前記オの会議後,平成19年6月16日,同年11月11日及び同年12月25日に安全対策調査会が開催され,基礎WG及び臨床WGから調査検討の状況について報告を受けながら,タミフルの副作用と異常行動及び突然死との関係について検討が進められた。平成21年6月16日開催の安全対策調査会では,基礎WG及び臨床WGから,調査検討の結果報告がされ,これらを踏まえて,「タミフルについて講じられている前記エの予防的な安全対策措置は依然妥当であり,引き続き医療関係者,患者・家族等に対し注意喚起を図ることが適当であるとともに,他の抗インフルエンザウイルス薬についても,同様に異常行動等に関する注意喚起を継続することが適当である。」旨の結論が示された(これら安全対策調査会における審議の推移等については,後記(6)ウないしオ参照)。(乙13,37,57,64,弁論の全趣旨)

その後に開催された安全対策調査会では,引き続きタミフルの副作用に関する検討が重ねられた。平成24年10月29日及び平成25年10月28日に開催された安全対策調査会では,タミフルの服用と異常な行動等との因果関係を示唆する結果は得られていないと考えられる一方,現在行われている予防的な安全対策を変更する積極的な根拠も得られていないことから,これまでの安全対策を継続することとするとされた(これら安全対策調査会における審議の推移等については,後記(6)カないしコ参照)。(乙71,114,弁論の全趣旨)


このような経緯により,10歳から19歳までのインフルエンザ患者については,原則としてタミフルの使用が差し控えられているが,それ以外の患者については,現在も,インフルエンザの治療としてタミフルの使用が行われている。(弁論の全趣旨)

(2)タミフルの薬理作用等

タミフルの抗インフルエンザウイルス作用等
インフルエンザは,インフルエンザウイルスの感染によって生じる急性の上気道炎症を主たる病態とする疾患であり,感冒(いわゆる風邪)に比べ,突然の高熱,頭痛,腰痛,筋肉痛,関節痛,全身倦怠感などの全身症状が著しく,肺炎,脳炎,心筋炎,心外膜炎など,合併症も多いのが特徴である。インフルエンザウイルスは,全身の細胞に結合する能力を有しているため,インフルエンザに罹患すると,全身性の症状を呈することになる。
インフルエンザウイルスの粒子表面には,酵素であるノイラミニダーゼがスパイク状に突出しているところ,インフルエンザウイルスが感染(侵入)した細胞内で増殖した後に感染細胞から遊離する際には,このノイラミニダーゼの働きが必要となる。
タミフルは,後記イのとおり,服用後に,ヒトにおいてはカルボキシルエステラーゼ(薬物の代謝に関与する酵素であるエステラーゼの一種)によってオセルタミビル活性体に代謝されるが,オセルタミビル活性体は,インフルエンザウイルスのノイラミニダーゼに高い親和性をもって結合することによって,ノイラミニダーゼが酵素として働くことを阻害すると考えられている。その結果,増殖したインフルエンザウイルスが感染細胞から遊離できなくなり,他の健康な細胞に感染が広がらないこととなる。このようにして,オセルタミビル活性体は,抗インフルエンザウイルス作用を示すとされている。(甲1,39,乙15ないし18,22,60)イ
タミフルの脳内への移行性
一般に,経口投与された薬物が中枢神経系に作用するためには,薬物が消化管から吸収されて血液中に移行した上,血液と脳組織との間に存在する血液脳関門を通過して脳内に移行する必要がある。血液脳関門は互いに密着した細胞組織で構成されていて細胞間隙がないため,細胞膜を通過しやすい脂溶性の物質がより脳内に移行しやすい。
タミフルは,腸管内でオセルタミビル未変化体となって血中に移行し,主に肝臓の酵素であるカルボキシルエステラーゼによってオセルタミビル活性体に代謝(加水分解)される。健康なヒト小児においては,通常,約4分の3がオセルタミビル活性体となり,残り約4分の1はオセルタミビル未変化体のまま全身を循環することとなる。
オセルタミビル活性体は,水溶性であり脂溶性が低いため,血液脳関門を通過しにくい。他方,オセルタミビル未変化体は,オセルタミビル活性体に比べると脂溶性が高いため,その分血液脳関門を形成する毛細血管内皮細胞の細胞膜を通過しやすいが,血液脳関門を形成する毛細血管内皮細胞に存在するP-糖タンパクは,毛細血管内皮細胞の血液側細胞膜を通過して同細胞内に入ってきた特定物質を血液中に排出する機能を担っており,このP-糖タンパクによって毛細血管内皮細胞内からオセルタミビル未変化体が排出されることが知られている。
もっとも,インフルエンザに罹患した場合には,患者の体内で多量のサイトカインが放出されることによって,上記のカルボキシルエステラーゼの働き及びP-糖タンパクの働きが低下する可能性はある。
(甲1,23,
24,37,38,乙15,19ないし22,27,30,31,43,54,55,証人P18,証人P19,弁論の全趣旨)

中枢神経抑制作用
脊椎動物の神経系は,中枢神経系と末梢神経系とに大別されるが,このうち中枢神経系は,多数の神経細胞が集まって固まりを形成する部分を指し,脊椎動物においては脳と脊髄によって構成される。中枢神経系には,呼吸を司る呼吸中枢が含まれているところ,呼吸中枢は,脳幹の橋から延髄にかけての部分に存在し,呼気と吸気の交代とリズムの調節に関わるいくつかの機能を併せ持った複合的な中枢と考えられている。例えば,呼吸中枢に当たる部分の中枢神経系の働きが何らかの原因で抑制されると,呼吸機能が悪化することが予想される。これまでに中枢神経系に作用する薬剤は多数知られており,ある薬剤は中枢神経系を興奮させる作用を有し,また別の薬剤は中枢神経系を抑制する作用を有するが,実際には,中枢神経系には様々な神経細胞が存在し,それらが様々な物質による多様な影響を受けているので,こうした情報が総合されて外から見られる行動として,興奮させる方向に働くのか,あるいは抑制する方向に働くのかが最終的に決定される。神経細胞が物質から影響を受ける機序としては,神経細胞上に数多く存在する受容体と呼ばれる部分に特定の物質が結合したり離れたりすることによって,シグナル(信号)を神経細胞に伝達することが多い。(乙15,27,29,32,52,75,弁論の全趣旨)(3)タミフルに関する動物実験等

旧試験
P5及びP17社がタミフル承認前の平成13年にCRO(医薬品開発業務受託機関)2社に委託して実施した旧試験の結果は,次のとおりと報告されていた。(乙42,56,弁論の全趣旨)
(ア)7日齢,14日齢,24日齢及び42日齢の各ラットに対し,タミフルを500㎎/㎏,700㎎/㎏及び1000㎎/㎏(いずれもリン酸塩換算。フリー体(リン酸塩が外れた状態)換算にすると,順に380.6㎎/㎏,532.8㎎/㎏及び761㎎/㎏となる。)単回経口投与する試験を実施したところ,7日齢のラットにおいて,薬物に関連した死亡例が700㎎/㎏群(700㎎/㎏を投与した群をいう。以下,他の用量を投与した群についても同様に呼称する。)及び1000㎎/㎏群で認められた。
(イ)1000㎎/㎏群におけるオセルタミビル未変化体の血漿中濃度のAUC(薬物濃度時間曲線下面積。薬が投与された後の生体試料中薬物濃度をY軸に,投与後の時間をX軸にとったときに描く山なりのカーブの下側の面積をいう。)について,幼若ラットと成熟ラットを比較すると,7日齢のラットは42日齢のラットの9.11倍,14日齢のラットは42日齢のラットの10.0倍であった。同様に,1000㎎/㎏群におけるオセルタミビル未変化体の脳中濃度のAUCについて,幼若ラットと成熟ラットを比較すると,7日齢のラットは42日齢のラットの1540倍,14日齢のラットは42日齢のラットの649倍であった。
また,1000㎎/㎏群におけるオセルタミビル未変化体の脳中濃度対血漿中濃度の比(AUCの比及び最高濃度の比)は,7日齢のラットで243(AUC比)及び405(最高濃度比),14日齢のラットで93(AUC比)及び63(最高濃度比),42日齢のラットで1.4(AUC比)及び0.82(最高濃度比)であった。

新試験
安全対策調査会の基礎WGは,旧試験について,7日齢ラットのオセルタミビルの最高脳中濃度が最高血漿中濃度の約400倍と極めて高い数値であり,その信頼性に疑問があったことから,P5に対し,追加試験として,新たに7日齢ラットを用いてタミフルの投与量を更に細分化し,投与後2時間の行動観察や血漿中及び脳中の濃度の測定を行うとともに脳の剖検及び病理組織学的検査を行うよう要請した。これを受けて,P5及びP17社が,平成19年4月,旧試験の委託先とは別のCRO2社に委託して実施した新試験の結果は,次のとおりであった。(甲13〔本文6~11頁,参考文献8〕,21,37,乙15,38,42,44,弁論の全趣旨)
(ア)7日齢の幼若ラット及び42日齢の成熟ラットに対し,タミフルを394㎎/㎏,657㎎/㎏,788㎎/㎏,920㎎/㎏,1117㎎/㎏及び1314㎎/㎏(いずれもリン酸塩換算。フリー体換算にすると,それぞれ,300㎎/㎏,500㎎/㎏,600㎎/㎏,700㎎/㎏,850㎎/㎏及び1000㎎/㎏となる。)単回経口投与する試験を実施したところ,7日齢のラットにおいて,薬物に関連した死亡例が657㎎/㎏群,788㎎/㎏群,920㎎/㎏群,1117㎎/㎏群及び1314㎎/㎏群で認められた。一方,42日齢のラットにおいては,死亡例は,1314㎎/㎏群も含めて全く認められなかった。なお,7日齢のラットにおいて,394㎎/㎏群で48例中1例に死亡が認められたが,本用量の他の全ての動物において関連した症状変化が見られず,単独の所見であることから,偶発的なものと考えられた。(イ)a

嗅覚性方向反応を欠くラットが,対照群では20匹中7匹(3

5%)であるのに比して,657㎎/㎏群では20匹中16匹(80%)
であり,
788㎎/㎏以上のタミフル群ではより多く見られた。

断崖回避反応を有するラットが,対照群では55%であるのに比し
て,657㎎/㎏群,788㎎/㎏群では順次減少し,920㎎/㎏群及び1314㎎/㎏群では零であった(なお,1117㎎/㎏群では20%であった。)。
また,断崖回避反応を欠くラットのうち24時間後までに死亡したものは,対照群,394㎎/㎏群及び657㎎/㎏群では零であったが,788㎎/㎏群,920㎎/㎏群,1117㎎/㎏群,1314㎎/㎏群では順次増加した。これに対し,断崖回避反応を有するラットは,対照群,タミフル群ともその後死亡しなかった。

覚醒しているラットの割合は,タミフルを投与してから2時間後ま
では,394㎎/㎏群,657㎎/㎏群とも100%であったが,788㎎/㎏群,920㎎/㎏群,1117㎎/㎏群,1314㎎/㎏群では順次減少した。
また,タミフルを投与してから2時間後に低覚醒状態にあったラットのうち24時間後までに死亡したものは,788㎎/㎏群で1匹中1匹,
920㎎/㎏群で5匹中3匹,
1117㎎/㎏群で6匹中5匹,
1314㎎/㎏群で5匹中5匹であり,いずれの群でも,覚醒状態にあったラットに比較して死亡した割合が高かった。
(ウ)毒性学的薬物動態を主目的とした毒性試験では,7日齢のラットにタミフルを経口投与した後約2時間の行動観察も実施されたところ,788㎎/㎏群46匹,920㎎/㎏群44匹,1117㎎/㎏群43匹及び1314㎎/㎏群30匹中,活動低下が10例(920㎎/㎏群で2例,1117㎎/㎏群で4例,1314㎎/㎏群で4例)に,皮膚及び粘膜の蒼白化が7例
(920㎎/㎏群で2例,
1117㎎/㎏群で3例,
1314㎎/㎏群で2例)に,体温低下が3例(788㎎/㎏群で1例,920㎎/㎏群で1例,1117㎎/㎏群で1例)に,努力呼吸が2例(920㎎/㎏群で1例,
1117㎎/㎏群で1例)喘ぎが6例
に,
(9
20㎎/㎏群で1例,1117㎎/㎏群で3例,1314㎎/㎏群で2例)に,間代性痙攣が1例(1117㎎/㎏群で1例)に,それぞれ認められたが,394㎎/㎏群及び657㎎/㎏群では,これらの症状は見られなかった。
(エ)オセルタミビル未変化体の脳中濃度対血漿中濃度の比(AUCの比及び最高濃度の比)は,394㎎/㎏群の7日齢の幼若ラットで0.31(AUC比)及び0.25(最高濃度比),1314㎎/㎏群の42日齢の成熟ラットで0.22(AUC比)及び0.12(最高濃度比)であった。この結果は,旧試験の結果と著しく相違していたため,P5及びP17社が改めて確認したところ,旧試験においては,後記ウのとおり,脳中濃度の計算に最高で500倍の誤りがあったことが判明した。ウ
旧試験の報告内容の訂正
P5は,平成19年12月10日付けで,「オセルタミビル幼若ラット試験成績における脳中濃度について」と題する文書(乙42の最終頁)を作成し,前記ア(イ)の旧試験の報告内容を次のとおり訂正した。(乙42)(ア)旧試験において,1000㎎/㎏群のオセルタミビル未変化体の脳中濃度(AUC)は,42日齢のラットと比較して7日齢のラットでは1500倍,14日齢のラットでは650倍になるとの結果を得たとしていたが,新試験においては,オセルタミビル未変化体の脳中濃度は旧試験での結果に比べ非常に低い旨の報告を受けたため,P5及びP17社が旧試験の試験成績を改めて確認したところ,旧試験では測定値に誤りがあり,特に幼若ラットにおけるオセルタミビル未変化体の脳中濃度は,実際よりも高い濃度で算出されていることが確認された。
(イ)旧試験における脳中濃度の計算の問題点として,①全ての脳組織サンプルについて検量線を誤って使用したため,オセルタミビルの濃度が実際よりも10倍高く算出されていたこと,②幼若ラットの脳組織サンプル中のオセルタミビルの濃度の計算において,希釈倍率の適用を誤ったため,実際よりも50倍高く算出されているものがあったことが見出された。上記①・②の誤りが重なったサンプルについては,オセルタミビル未変化体の脳中濃度は,実際よりも500倍高い濃度に算出されており,旧試験での問題点を是正した場合,新試験と旧試験の脳中濃度の結果に大きな矛盾はないことを確認している。

製薬会社の承認申請時の投与試験等
(ア)「□」の承認申請時におけるヒトの薬物動態試験では,国内で健康成人にタミフルをオセルタミビルとして75㎎単回経口投与したときのオセルタミビル未変化体の最高血漿中濃度の平均値は60.6ng/mL(0.194μM),オセルタミビル活性体の最高血漿中濃度の平均値は360ng/mLであり,これを300㎎単回経口投与したときのオセルタミビル未変化体の最高血漿中濃度の平均値は238.9ng/mL(0.764μM),オセルタミビル活性体の最高血漿中濃度の平均値は1377ng/mLであった。また,海外で健康成人にタミフルをオセルタミビルとして200㎎単回経口投与したときのオセルタミビル未変化体の最高血漿中濃度の平均値は156ng/mL(0.499μM)であり,これを500㎎単回経口投与したときのオセルタミビル未変化体の最高血漿中濃度の平均値は564ng/mL(1.805μM)であった。(甲1,乙22,23,76)
(イ)「□」の承認申請時における動物の薬物動態試験では,ラットにオセルタミビル未変化体10㎎/㎏を単回経口投与したときのオセルタミビル未変化体の最高血漿中濃度は147ng/mL(0.470μM)であり,これを30分間単回静脈内持続注入したときのオセルタミビル未変化体の最高血漿中濃度は3080ng/mL(9.856μM)であった。また,雌雄のラットにオセルタミビル未変化体20㎎/㎏を単回経口投与したときのオセルタミビル及びその活性体の脳中濃度対血漿中濃度の比は,0.37(雄)及び0.23(雌)であった。(乙15,23,76)
(ウ)「□」の承認申請時における毒性試験では,pH4の酢酸緩衝液を溶媒として用いたタミフルの溶液を,オセルタミビルとして5㎎/㎏,50㎎/㎏,100㎎/㎏及び250㎎/㎏の用量で,各群につき雌雄各1匹のマウスに単回静脈内投与したところ,5㎎/㎏群及び50㎎/㎏群では特記すべき所見が見られなかったのに対し,100㎎/㎏群では2匹中1匹に軽度の立毛が見られ,250㎎/㎏群では2匹中1匹は痙攣後死亡し,もう1匹にも痙攣,浅速呼吸等の症状が見られた。さらに,100㎎/㎏群については,雌雄各5匹のマウスに追加試験をしたところ,10匹中2匹に尾の黒色化,痂皮形成が見られたほか,病理組織学的検査を実施したところ,1匹に壊死性皮膚炎,血栓,血管周囲の炎症・出血が見られた。(乙95)
(エ)「□」の承認申請時における遺伝毒性試験では,タミフルについて,細菌を用いた復帰突然変異試験,ヒトリンパ球を用いた染色体異常試験及びマウスを用いた小核試験が実施され,いずれの結果も陰性であった。また,オセルタミビル活性体についても,細菌を用いた復帰突然変異試験及びマウスリンパ腫細胞を用いた遺伝子突然変異試験が実施され,陰性の結果が得られた。(乙82)
(オ)「□」の承認申請時におけるヒトの薬物動態試験では,健康小児にタミフルをオセルタミビルとして2㎎/㎏単回経口投与したときのオセルタミビル未変化体の最高血漿中濃度の平均値は,5~8歳の小児について64ng/mL(0.205μM),9~12歳の小児について75(0.
ng/mL(0.240μM),13~18歳の小児について73ng/mL233μM)であった。(乙46,79)
(カ)「□」の予防適応の承認申請時におけるがん原性試験では,マウス及びラットにタミフルを104週間(2年間)経口投与する試験が実施された結果,タミフルにがん原性はないものと判断された。(乙83)(キ)P5及びP17社が平成19年11月11日に公表した解析結果によると,単回静脈内・経口投与試験及び反復経口投与試験を含む4臨床試験から収集した137被験者の臨床試験のデータを用いて,オセルタミビルが活性代謝物に変換されないケースについてシミュレーションしたところ,オセルタミビル75㎎を1日2回投与したときのオセルタミビル未変化体の最高血漿中濃度は,非臨床安全性試験の安全域内である555ng/mL(1.78μM)であった。(乙50,91)(ク)P5及びP17社が平成20年6月19日に公表した非臨床試験の結果によると,タミフルを経口投与したときのオセルタミビル未変化体の脳中濃度対血漿中濃度の比は,フェレット及びラットについては0.3未満であり,
7日齢のラットについては概ね0.
5未満であった。
(乙
44)
(ケ)臨床試験では,低体温が認められたのは,タミフルを投与した患者6974名のうち1名,投与しなかった患者4187名のうち1名であり,両者に有意差はないとされた。(乙39)

P20らの実験
東京大学大学院薬学系研究科P20ほか7名
(以下
「P20ら」
という。

は,平成19年,マウスを使用して,オセルタミビル及びその活性体の中枢神経系への移行性について調査した実験の結果を公表した。これによると,マウスの静脈内にオセルタミビルを投与したときのオセルタミビルの脳中濃度は,血漿中濃度の10%に満たず,オセルタミビル活性体を投与したときのオセルタミビル活性体の脳中濃度は,血漿中濃度の1%に満たなかった。また,P-糖タンパクノックアウトマウス(P-糖タンパクを持たないマウス)のオセルタミビルの脳中濃度対血漿中濃度の比は,正常なマウスの5.5倍であった。(甲24,乙43)


P21らの実験
名古屋市立大学大学院薬学研究科中枢神経機能薬理学研究室P21ほか5名(以下「P21ら」という。)は,平成20年,5週齢のマウスを使用して,タミフルを腹腔内などに投与して体温の変化を見る実験の結果を公表した。これによると,タミフルを腹腔内に投与(用量はフリー体換算で30㎎/㎏,100㎎/㎏及び300㎎/㎏)したところ,用量依存的に体温低下が見られた(対照群に比べ,30㎎/㎏群では最大でも1℃に満たないがやや体温低下が生じ,100㎎/㎏群では最大で2℃を超える体温低下,300㎎/㎏群では最大で4℃近い体温低下を示した。)。(甲13〔参考文献6〕,14)


P17社の研究所における実験
P22ほか11名は,平成24年1月10日,P23において動物実験を実施した結果を,「ラットに高用量のオセルタミビルを単回経口投与しても中枢神経系及び体温低下作用は認めず」と題する論文で公表した。これによると,ラットに500㎎/㎏,763㎎/㎏及び1000㎎/㎏の各用量のオセルタミビルを単回経口投与したところ,投与後1時間でのみ,全ての投与群で短時間かつ用量非依存性の軽度体温低下が認められたが(平均低下度は,500㎎/㎏群及び763㎎/㎏群では-0.4℃,1000㎎/㎏群では-0.5℃),投与の2時間後には消失した。P22らは,「一般に,げっ歯類は体温低下作用のある薬剤に非常に感受性が高く,体温低下研究で使用すべき動物種であると考えられている。一方,大型哺乳類は,げっ歯類のような小型哺乳類よりも温度感受性が低いと考えられていることから,体温低下作用のある薬剤の作用がげっ歯類で認められても,一般にヒトでは作用が著しく減弱するか,全く認められない。」と指摘するとともに,上記実験結果から,「高用量のオセルタミビルをラットに投与しても,中枢神経系の機能に影響を及ぼさず,体温についても生理的に重要な影響はなかった。」と結論付けた。(乙80)

P12らの実験
P11大学薬学部医療薬学科応用薬理学講座所属のP12及びP24ほか8名(以下「P12ら」という。)は,平成24年4月24日,ラットを使用して血圧と換気に対するタミフルの影響を調査した実験の結果を,次のとおり「高用量のリン酸オセルタミビルは麻酔下のラットで急性呼吸停止を誘発する」と題する論文で公表した。(甲31,乙77)(ア)まず,P12らは,タミフルを生理食塩水に溶解し,その溶液を中和しないまま,ラットの静脈内に注射して投与した。30㎎/㎏,100㎎/㎏及び200㎎/㎏(いずれもフリー体換算)の用量をそれぞれ40~50秒かけて投与したところ,いずれの群においても,その投与中は気管気流及び分時換気回数が増加したが(初期の頻呼吸),換気回数は,投与開始からおよそ1分後に一過性に緩徐となり,その後,30㎎/㎏群及び100㎎/㎏群では,徐々に元に戻った。これに対し,200㎎/㎏群では,激しい減呼吸が起き,約2分後に呼吸停止が起きた。血圧及び心拍数は,投与開始から約1分後以降は,30㎎/㎏群,100㎎/㎏群,200㎎/㎏群の順に(用量依存的に)低くなっており,200㎎/㎏群では,約2分後には心停止が起きた。
一方,オセルタミビル活性体(カルボン酸塩)をラットの静脈内に投与したところ,100㎎/㎏群及び200㎎/㎏群のいずれにおいても,気管気流及び血圧に有意な影響を及ぼさなかった。
(イ)また,P12らが,前記(ア)と同様のタミフルの溶液を,ラットの十二指腸内に注入して投与(用量はフリー体換算で300㎎/㎏,500㎎/㎏及び1000㎎/㎏)したところ,300㎎/㎏群では,気管気流は減少しなかったのに対し,500㎎/㎏群及び1000㎎/㎏群では,初期の頻呼吸の後,血圧低下と共に気管気流が徐々に減少し,500㎎/㎏群については投与開始から110~218分後に,1000㎎/㎏群については72~76分後に,それぞれ呼吸停止が起き,その後に心停止が起きた。
(ウ)さらに,P12らは,タミフルによって誘発された呼吸抑制が呼吸中枢の抑制に由来するかどうかを評価するため,ラットを使用した横隔神経放電実験も実施した。タミフルを前記(ア)と同様の方法でラットの静脈内に注射して投与したところ,30㎎/㎏群及び100㎎/㎏群では,横隔神経放電の発射頻度(呼吸数)の減少や横隔神経放電積分波の振幅の変化は見られなかったのに対し,150㎎/㎏群では,10例中6例で心肺停止が起こるとともに横隔神経放電の頻度及び振幅が零となり,200㎎/㎏群では,4例全てで心肺停止が起こるとともに横隔神経放電の頻度及び振幅が零となった。
(エ)P12らは,これらの実験結果について,タミフルが呼吸機能の中枢抑制を起こすことがラットで示されたとした上で,「げっ歯動物とヒトとの毒性の差を考慮すると,げっ歯動物の用量はヒトより少なくとも10倍高いと考えられ,この実験で使われた用量はヒトの臨床用量とそれほど違わない」ことを前提に,タミフル誘発性の心肺停止とタミフルの服用後のインフルエンザ患者に見られる突然死との関連を示唆するものであると考察した。
もっとも,上記前提の根拠として引用されたP25及びP26の1988年の論文には,「少なくとも10倍」という表現はなく,「ヒトにおける化学物質の毒性(㎎/㎏)は,マウスやラットにおける毒性の約10倍であるというエビデンスがかなり得られている。」と記載されている。

ヒトとラットの種差
平成17年(2005年)に通知されたFDAのガイダンスでは,動物試験において用いるべきヒト投与用量への換算係数につき,マウス,ラットその他の動物種が区別されて示されているところ,ヒトとマウスとの種差に基づく用量の換算係数は12.3とされているのに対し,ヒトとラットとの種差に基づく用量の換算係数は6.2とされている。
なお,この点については,内科医として医薬品の害に関心を抱き,薬剤疫学に関する活動を行っている特定非営利活動法人P27代表P18(以下「P18」という。)も,タミフル服用と突然死との因果関係の有無が争点となった東京地方裁判所平成22年(行ウ)第596号遺族一時金不支給決定等取消請求事件(以下「別件訴訟」という。)の証人尋問において,動物実験でヒトと同じような血中濃度を得るには,ラットでは薬剤を6倍くらい投与しなければならないと証言している。
また,ラットにタミフル10㎎/㎏を投与したときのオセルタミビル未変化体の最高血漿中濃度は147ng/mLである(前記エ(イ))のに対し,健康成人にタミフル200㎎及び500㎎を経口投与したときのオセルタミビル未変化体の最高血漿中濃度はそれぞれ平均156ng/mL及び564ng/mLであるというデータ(前記エ(ア))を基に,健康成人の体重を60㎏として計算すると,健康成人にタミフル10㎎/㎏を投与したときのオセルタミビル未変化体の最高血漿中濃度は468ng/mLないし677ng/mL(156ng/mL×10㎎/㎏÷(200㎎÷60㎏)=468ng/mL。564ng/mL×10㎎/㎏÷(500㎎÷60㎏)=677ng/mL。)となり,タミフルに対するヒトの感受性は,タミフルに対するラットの感受性の約3.
2~4.(468ng/mL÷147ng/mL=3.
6倍
18。
677ng/mL
÷147ng/mL=4.60。)と算定される。(甲37,乙23,72,76,78,117,弁論の全趣旨)
(4)疫学調査等

P28班報告
平成17年度厚生労働科学研究費補助金厚生労働科学特別研究事業により,横浜市立大学教授(小児科)P28を主任研究者とする「インフルエンザに伴う随伴症状の発現状況に関する調査研究」班(以下「P28班」という。)が発足し,P28班は,平成17年から平成18年にかけてのインフルエンザシーズン(2005/2006シーズン)において約2800名の小児を対象とする調査を実施して,各種臨床症状と薬剤使用との関連性を研究し,平成18年10月末,その結果を公表した(以下「P28班報告」という。)。その内容は,タミフル未使用の場合の異常言動の発現頻度が10.6%であったのに対しタミフル使用の場合の異常言動の発現頻度は11.9%であり,同じ期間内に異常言動発現とタミフルの使用があった場合に異常言動発現前にタミフルを使用したと仮定したときのハザード比は1.16,p値(有意確率。ここでは,タミフルの使用により異常言動の発現頻度に差がないという帰無仮説が成り立つ確率を表す。)は0.259であり,タミフルの使用と異常言動の発現との関連性について有意差は認められないとするものであった。ただし,P28班報告では,発熱からの経過時間ごとのデータを解析しての考察は行っておらず,発熱後1週間全部を含めたデータの分析から上記の結論を導いたとされている。(甲10,13〔参考文献2〕,32,37,乙99,弁論の全趣旨)

P14班報告
平成19年度厚生労働科学研究費補助金医薬品・医療機器等レギュラトリーサイエンス総合研究事業の分担研究班として,大阪市立大学大学院医学研究科公衆衛生学教授P14を研究分担者とする「インフルエンザに伴う随伴症状の発現状況に関する調査研究」班(以下「P14班」という。)が発足した。前記アのP28班は,P28班報告の後も,平成18年度の同事業の分担研究班として,平成18年から平成19年にかけてのインフルエンザシーズン(2006/2007シーズン)に約1万人の小児を対象とする調査を実施していたところ,P14班は,P28班から同調査のデータ(医師から提出された調査票)を借り受けて,CROを活用しながら解析を進め,平成21年3月,その結果をP14班報告として次のとおりまとめ,報告した。(乙99)

(ア)対象者は,全国697の協力施設において上記シーズンに迅速診断キットによりインフルエンザの診断が初めて確定した18歳未満の患者であり,受診前に異常行動・異常言動を発現した者などを除外した結果,最終的な解析対象としたのは9666名であった。
このうち,異常行動・異常言動の発現頻度は,異常行動・異常言動A(事故につながったり,他人に危害を与えたりする可能性がある異常な行動)が0.4%,異常行動・異常言動B(幻視,幻覚,感覚の混乱),異常行動・異常言動C(うわごと,歌を唄う,無意味な動き),異常行動・異常言動D(おびえ,恐怖,怒る,泣き出す,笑う,無表情,無反応)及び異常行動・異常言動E(何でも口に入れてしまう)の合計(異常行動・異常言動B~E)が11%で,これら全てを合わせた全異常行動・異常言動は12%であった。
施設差を考慮して施設で層化した条件付きロジスティック回帰モデルにより多変量解析をしたところ,オッズ比(タミフル服薬群対タミフル非服薬群の相対危険の近似値ないし推定値。甲36,乙97参照。)は,全異常行動・異常言動について0.62(95%信頼区間は0.51~0.76),異常行動・異常言動Aについては1.25(95%信頼区間は0.37~4.23),異常行動・異常言動B~Eについては0.60(95%信頼区間は0.49~0.74)であった。10代の患者(上記9666名中3263名)に限定すると,オッズ比は,全異常行動・異常言動について0.89(95%信頼区間は0.53~1.49),異常行動・異常言動Aについては1.54(95%信頼区間は0.09~26.2),異常行動・異常言動B~Eについては0.82(95%信頼区間は0.48~1.41)であった。
(イ)P14班は,上記結果から,「タミフルの服用と異常行動・異常言動との間に有意な正の関連を認めるには至らなかった。ただし,これは,直ちに『タミフルの服用と異常行動及び異常言動との間に関連がない』ことを意味するものではない。」とした。
そして,P14班は,「本調査では,①選択バイアス(初診日のデータや異常行動・異常言動発現時刻のデータが正確でないものがあったため,異常行動・異常言動を発現した後に受診した者が含まれていることによるバイアスを排除し切れたか疑問があること等),②適応による交絡(体温による重大な交絡の影響を無視できるほどに交絡を制御することはできなかったこと),③時間性情報の不整合(服薬と異常行動・異常言動などの時間的な前後関係を誤った可能性があったこと)などが,結果の妥当性と信頼性に大きな影響を及ぼしている。」旨考察し,「堅固な結論を得るためには,異常行動・異常言動Aを発現した患者を症例とした症例対照研究を実施する必要があり,研究の計画段階から疫学者が参画する研究班を組織すべきである。」旨提言した。
なお,P14班報告では,解析に当たって,タミフル服用と異常行動・異常言動発現の時間的順序につき,「タミフル服薬あり」かつ「異常行動・異常言動発現あり」で,その一方又は双方の時刻が不明な場合については,タミフル服薬者が異常行動・異常言動を発現したものとして取り扱ったが,異常行動・異常言動発現後にタミフルを服薬したことが明らかとなっている場合については,タミフル非服薬者が異常行動・異常言動を発現したものとして取り扱った。P14班は,後者の取扱いについて,「おそらくはintention-to-treatanalysis(ITT解析)の発想からか,タミフル服薬者として解析すべきとの批判が存在するが,調査対象者は,タミフルの服薬群と非服薬群に割り付けられたものではなく,結果的に,服薬の有無と異常行動の有無の組み合わせにより4グループに分類されるだけであって,解析方針に従って,非服薬の間は非服薬,服薬してからが服薬者であるとして取り扱ったにすぎない。」旨説明している。

P15班報告

(ア)平成19年度厚生労働科学研究費補助金厚生労働科学特別研究事業により,国立感染症研究所感染症情報センター長P15(以下「P15」という。)を主任研究者(研究代表者)とする「インフルエンザ様疾患罹患時の異常行動の情報収集に関する研究」班(以下「P15班」という。)が発足し,P15班は,全ての医療機関に対し,インフルエンザ様疾患(上気道炎症状に加えて突然の高熱,全身倦怠感,頭痛,筋肉痛を伴うという臨床的特徴を有しており,症状や所見からインフルエンザと疑われる疾患のうち,①突然の発症,38℃以上の高熱,上気道炎症状及び全身倦怠感等の全身症状という要件を全て満たすもの又は②迅速診断キットで陽性であったものをいう。)と診断され,かつ,「重度の異常な行動」(飛び降りや急に走り出すなど制止しなければ生命に影響が及ぶ可能性のある行動をいう。)を示した患者の報告を求める調査を行った。
この調査は,
平成18年9月から平成19年7月までの期間
(2
006/2007シーズン)については後ろ向き(レトロスペクティブ)調査として,平成19年8月から平成20年3月までの期間(2007/2008シーズン)及び平成20年11月から平成21年3月までの期間(2008/2009シーズン)については前向き(プロスペクティブ)調査として,それぞれ実施された(なお,上記前向き調査においては,「重度の異常な行動」のみならず,「軽度の異常な行動」(何かにおびえて手をばたばたさせるなど,その行動自体が生命に影響を及ぼすとは考えられないものの,普段は見られない行動をいう。)についても調査がされた。)。P15班は,平成21年に,この調査結果を次のとおり報告,公表した。(乙14,51,114,弁論の全趣旨)a
2006/2007シーズンにおいて重度の異常な行動を示したイ
ンフルエンザ様疾患患者として報告された137例のうち,タミフルの服用あり(タミフルのみを服用した患者及びタミフルと他剤を併用した患者。以下同じ。)は82例(60%),タミフルの服用なしは52例(38%)であり,また,10歳代の患者は76例(55%)であった。

2007/2008シーズンにおいて重度の異常な行動を示したイ
ンフルエンザ様疾患患者として報告された77例のうち,タミフルの服用ありは24例(31%),タミフルの服用なしは50例(65%)であり,また,10歳代の患者は26例(34%)であった。

2008/2009シーズンにおいて重度の異常な行動を示したイ
ンフルエンザ様疾患患者として報告された179例のうち,タミフルの服用ありは76例
(42%)タミフルの服用なしは81例

(45%)
であり,また,10歳代の患者は62例(35%)であった。
(イ)その後,P15班は,2009/2010シーズン(平成21年から平成22年にかけての冬季期間)
ないし2012/2013シーズン
(平
成24年から平成25年にかけての冬季期間)においても,前記(ア)の前向き(プロスペクティブ)調査を継続して実施した。その調査結果は,次のとおりであった。(乙14,100)

重度の異常な行動を示したインフルエンザ様疾患患者のうち,タミ
フルを服用した患者の割合は,2006/2007シーズンで38%(132例中50例),2007/2008シーズンで14%(77例中11例),2008/2009シーズンで26%(179例中47例),2009/2010シーズンで22%(272例中59例),2010/2011シーズンで19%(59例中11例),2011/2012シーズンで10%(92例中9例),2012/2013シーズンで19%(42例中8例)であった。他方,タミフル,□,アセトアミノフェン等の主要な薬剤を全く服用していなかった患者の割合は,2006/2007シーズンで15%(132例中20例),2007/2008シーズンで25%(77例中19例),2008/2009シーズンで20%(179例中35例),2009/2010シーズンで7%(272例中18例),2010/2011シーズンで20%
(59例中12例)2011/2012シーズンで9%

(92例中8例),2012/2013シーズンで10%(42例中4例)であった。

重度の異常な行動のうち,「突然走り出す」又は「飛び降り」とい
う行動をとった患者は,2006/2007シーズンで72例(うち「飛び降り」はおよそ13例。ただし,異常行動の種別ごとにその発生割合を示した棒グラフ(乙14の図12-1及び乙100の図12-1)から読み取れる「飛び降り」の発生割合から算出した概算値。以下同様。),2007/2008シーズンで41例(うち「飛び降り」はおよそ11例),2008/2009シーズンで87例(うち「飛び降り」はおよそ7例),2009/2010シーズンで136例(うち「飛び降り」はおよそ16例),2010/2011シーズンで28例(うち「飛び降り」はおよそ3例),2011/2012シーズンで52例(うち「飛び降り」はおよそ14例),2012/2013シーズンで28例(うち「飛び降り」はおよそ2例)であった。
そして,「突然走り出す」又は「飛び降り」という行動を示したインフルエンザ様疾患患者のうち,タミフルを服用した患者の割合は,2006/2007シーズンで43%(72例中31例),2007/2008シーズンで17%(41例中7例),2008/2009シーズン23%(87例中20例),2009/2010シーズンで26%(136例中36例),2010/2011シーズンで11%(28例中3例),2011/2012シーズンで6%(52例中3例),2012/2013シーズンで18%(28例中5例)であった。他方,タミフル,□,アセトアミノフェン等の主要な薬剤を全く服用していなかった患者の割合は,2006/2007シーズンで4%(72例中3例),2007/2008シーズンで24%(41例中10例),2008/2009シーズンで24%(87例中21例),2009/2010シーズンで7%(136例中10例),2010/2011シーズンで18%(28例中5例),2011/2012シーズンで15%(52例中8例),2012/2013シーズンで11%(28例中3例)であった。

発熱後1日以内に重度の異常行動を示したインフルエンザ様疾患患
者115例(2009/2010シーズンから2012/2013シーズンまでの合計)のうち,タミフル服用ありは38例(33%),タミフル服用なしは49例(43%)であった。
また,発熱後1日以内に「突然走り出す」又は「飛び降り」という行動を示したインフルエンザ様疾患患者66例(2009/2010シーズンから2012/2013シーズンまでの合計)のうち,タミフル服用ありは23例
(35%)タミフル服用なしは27例

(41%)
であった。
(ウ)P15は,平成24年5月,2009/2010シーズン及び2010/2011シーズンの調査結果を基に作成した意見書において,前記(イ)a,bの調査結果から,例年,タミフル等の抗インフルエンザウイルス薬を服用していなくても,ある程度の割合のインフルエンザ様疾患患者において,重度の異常な行動が見られ,「突然走り出す」及び「飛び降り」という行動も見られることを指摘するとともに,10歳代の患者については,2007/2008シーズン以降タミフルの使用が原則として差し控えられているにもかかわらず,重度の異常な行動が依然見られることをも指摘した上,「インフルエンザ様疾患に罹患した患者に見られた重度の異常な行動がタミフル等の服用によって特異的にもたらされると結論付けることはできない。」と考察した。(乙14)

P13らの研究
統計数理研究所P13ほか6名は,P14班報告の調査データと同じデ
ータ(2006/2007シーズンにおいて全国の協力医師によってインフルエンザの診断がされた18歳未満の患者)を用いて再解析を行い(ただし解析対象として採用したのは9392例),その研究結果をP13らの研究(「インフルエンザ罹患後の精神神経症状と治療薬剤との関連についての薬剤疫学研究」)として次のとおりまとめ,平成22年12月に公表した。(甲9,13〔参考文献9〕)
(ア)精神神経症状ごとに発生に関連する可能性のある要因(潜在的交絡因子)と体温を調整要因として比例ハザードモデルによる多変量解析(P13らはこれを「多変量調整解析」といい,この研究における「主要な統計解析」と位置付けている。)を行ったところ,タミフル服用群対タミフル未服用群のハザード比は,せん妄について1.51(p値は0.0840。95%信頼区間は0.95~2.40。),意識障害について1.79(p値は0.0389)であった。
なお,せん妄の発生時間帯が午後零時から午後3時までであった場合のハザード比推定値は1.
28
(95%信頼区間は0.
36~4.
59)

午後6時から午後9時までであった場合のハザード比推定値は2.43(95%信頼区間は0.79~7.49)であった。
(イ)タミフル服用群対タミフル未服用群のせん妄の発生率比(ただし単変量解析による。)を発熱後の経過時間ごとに見ると(甲9の図3),発熱から8時間後頃においては1.0超2.0未満(95%信頼区間は0.2未満~10.0超)であったが,発熱から10時間後頃ないし16時間後頃においては5.0~7.0(95%信頼区間はいずれも1.0超~10.0超)であった。
また,タミフル服用群対タミフル未服用群の意識障害の発生率比(単変量解析による。)を発熱後の経過時間ごとに見ると(甲9の図4),発熱から10時間後頃ないし24時間後頃において4.0~6.0(95%信頼区間はいずれも1.0超~10.0以上)であった。
(ウ)P13らは,タミフル使用状態でのせん妄の発生率が発熱後6~12時間に極めて高いピークを形成しているなどとした上で,その結果は,タミフルの使用について,せん妄として評価を行った異常行動発生のリスク増大の可能性を示唆するものと考えられるとした。
もっとも,P13らは,一方で,この研究について,①看護師等の専門スタッフによる面接での情報収集という当初の計画を実施する体制が整わなかったことから,研究の質を低下した自記式の調査票による調査にとどまらざるを得なかった上,②調査票の回答内容の不明点について迅速な照会を実施することができず,情報の劣化がいかんともし難いものとなったこと,③異常行動の評価に「せん妄評価尺度」(TheDeliriumRatingScale)を用いたが,このことを事後的に決定したため,協力医師がこの評価尺度の使用を前提とした情報収集を行っていなかった上,そもそも18歳未満の幅広い年齢層での異常行動のスクリーニング方法が確立されておらず今後の検討課題として残されていることなどの限界ないし問題点があり,「仮説検証」のための本格的研究ではなく,それにつなげるための「仮説強化」を目的とした「暫定的研究」にとどまらざるを得なかった旨自認している。

P29の調査
P30医院院長P29(以下「P29」という。)は,平成18年から
平成19年にかけてのインフルエンザシーズン(2006/2007シーズン)から6シーズンにわたり,18歳以下のインフルエンザ罹患者1893名の異常行動(軽度の意識障害に伴い,知覚異常,幻覚,精神運動興奮,認知機能障害又は感情不安のいずれかがあり,保護者の観察に基づいた「普段ではあり得ない理解不可能な行動」をいう。)について調査し,平成24年10月,その結果を公表した。これによると,異常行動が認められたのは247名(13.0%)であり,そのうちの104名(42.1%)は,無治療か,治療前に異常行動が発現していた(すなわち,タミフルを服用せずに異常行動を起こしていた)。また,転落,飛び降りにつながる(突然走り出すというような)重度の異常行動を示した症例は17名(0.9%)であり,そのうちの9名は治療前の発現であって,タミフル使用後の発現者はいなかった。
なお,上記公表された調査結果については,年齢や併用薬剤による調整がされていないものではあるが,そのデータを単純に数え上げると,「タミフルを服用したインフルエンザ罹患者681名のうち,異常行動を発現した者は59名(発現率8.7%)であるのに対し,タミフルを服用していない(他の薬剤のみを服用したか,全く薬を服用していない)インフルエンザ罹患者1212名(=1893名-681名)のうち,異常行動を発現した者は188名(=247名-59名)(発現率15.5%)であった。」との結果を読み取ることができる。(乙69,弁論の全趣旨)カ
P31らの研究
P32大学メディカルスクールのP31らは,平成19年1月から平成
22年6月までの間に米国でインフルエンザに罹患した患者にオセルタミビルを投与したときの有害事象発現リスクを研究し,平成24年5月7日に開催されたFDA小児諮問委員会(後記(7)ア(カ))において,その研究結果を報告した上,
次のとおり論文にまとめて同年11月5日に公表した。
(乙104ないし106)
(ア)8つの医療機関において,診断コードと陽性検査結果に基づき,平成19年1月から平成22年6月までの期間にインフルエンザに罹患した外来患者を特定し,タミフル投与患者ごとに,発症暦週,年齢,性別,施設及び治療傾向において一致する非投与患者を対照患者として選択(マッチング)した。このマッチド・コホート(一定期間にわたって追跡される人間集団)内において,事前設定したリスク期間における精神神経系の4つの有害事象及び精神神経系以外の5つの有害事象のリスクを推定した(解析方法は条件付きロジスティック回帰分析)。
2万7684組のマッチド・ペアのうち,処方から7日後までのリスク期間における初発の精神神経系有害事象の絶対リスクは,オセルタミビル投与群で0.126%,対照群(オセルタミビル非投与群)で0.105%であり,オッズ比は1.21(95%信頼区間は0.74~1.97)であった。小児や思春期児童に限定すると,2~19歳(1万0544組)ではオッズ比は1.20(95%信頼区間は0.37~3.93),10~19歳(5943組)ではオッズ比は1.50(95%信頼区間は0.42~5.32)であった。
(イ)P31らは,上記結果から,オセルタミビル投与後に精神神経系の有害事象及びその他の有害事象の発現リスクが上昇するというエビデンス(証拠)は得られなかったと結論付けた。
(5)副作用が疑われる症例や異常行動の報告等

被告公表の副作用が疑われる症例報告に関する情報
被告は,副作用が疑われる症例報告に関する情報を,医薬品との因果関
係が不明な報告事案も含めて,ホームページ上で公表している。これには,タミフルの副作用が疑われ報告された年度ごとの件数が掲載されているところ,平成16年から平成23年までに報告された件数の合計は,異常行動が418例,せん妄が68例,熱性せん妄が4例,幻覚が70例,幻聴が13例,幻視が5例,失見当識が4例,夢遊症が4例であった。(甲25,26,弁論の全趣旨)

他方,厚労省医薬食品局は,医療機関等からの報告により,タミフルを
服用していないインフルエンザ患者が異常行動を起こした事例も把握しているところ,平成19年3月23日から平成21年3月31日までの間に報告されたタミフル非使用患者の異常行動に関する事例の中には,①朝から40℃の発熱でインフルエンザA型と診断された10歳の男児が,夕方,
「窓の外に父がいる」と思い込んで2階の窓から転落した事例,②感冒症状で39℃の発熱があった12歳の男児が,
「怖い人に追われる夢を見て」
翌日深夜に2階から飛び降り骨折した事例,③12歳の男児が,自宅9階から転落し死亡した事例,
④朝から38℃台の発熱があった14歳男児が,
36℃台になって登校し,夜零時前に就寝後,夢の中で何かに追いかけられ,逃げようとして自宅庭に飛び降り,右第2~4中足骨を骨折した事例,⑤38℃前後の発熱があって翌日受診しインフルエンザB型陽性と診断された14歳の男児が,2階のベランダから転落した事例などがある。(乙102)
(6)安全対策調査会における調査検討結果

安全対策調査会の設置等
国は,平成17年12月1日,医療上特に必要性の高い医薬品等につい
て安全性の確保に関する事項を調査審議するため,薬事・食品衛生審議会医薬品等安全対策部会に安全対策調査会を設置した。
そして,平成18年1月27日に平成17年度第1回安全対策調査会が開催され,タミフルを服用した小児及び成人の死亡例が議題の一つに上がり,厚労省のウェブサイトにある「新型インフルエンザに関するQ&A」の改訂等について議論された。その結果,上記Q&Aの中の「タミフルを服用した後の異常行動等による小児の死亡例が報道されているが,厚労省としては,タミフルの安全性についてどのように考えているのか。」という問いに対し,「タミフルを服用した16歳以下の異常行動によるものを含む小児14例(平成18年1月20日現在)の死亡が報告されている。小児の死亡事例とタミフルとの関係については,平成17年11月18日にFDAが評価を依頼した小児諮問委員会においても,『現時点で得られている事実からは,因果関係を示す証拠はないと考えられる』と評価されている。また,P33学会も,『現時点でタミフルとこれらの死亡についての因果関係が明らかなものはなかった。』との見解を平成17年11月30日に公表している。厚労省としては,安全対策調査会及び専門家の意見を聞いたところ,タミフルと死亡との関係については否定的であることなどから,現段階でタミフルの安全性に重大な懸念があるとは考えていない。」旨の回答を掲載することが了承された。なお,平成17年度第1回安全対策調査会では,参考人として出席していたP34東京大学大学院医学系研究科小児医学講座教授から,「インフルエンザに罹患すると,インフルエンザ脳症に罹患することがあるほか,高熱になると,非特異的な症状として,高熱によるせん妄状態が起きることがある。後者は,熱が出たときにも起きるが,熱が下がってからも出ることがあり,薬剤を飲んで起きたのか,原疾患によるものかの判断が難しい。」旨の指摘がされた。また,平成18年3月24日開催の平成17年度第3回安全対策部会では,P18から厚労省等に対して「タミフル使用後の異常行動死等がタミフルの中枢抑制作用に基づく副作用である。」旨の意見書が提出されたのを受けて,タミフルと異常行動等との因果関係の検討が行われた。その際,事務局から,上記意見書の内容,それまでに報告・発表されている動物実験や疫学調査,FDA及びP33学会の見解等に関する説明に続き,「これらを踏まえると,タミフルの常用量において脳内移行はあったとしても極めて限られており,臨床上問題となるような中枢抑制作用は見られないのではないかと考えられる。」旨の報告がされ,出席委員から特段の異論なく了承された。(乙11,12)

平成19年4月4日開催の安全対策調査会
平成19年4月4日に開催された平成19年度第1回安全対策調査会で
は,同年2月から3月にかけて相次いで報道・報告されたタミフル服用後の転落事例及び緊急安全性情報の発出等(前記(1)ウ,エ)を受けて,タミフルの副作用報告,疫学調査に係る報告,インフルエンザの異常行動に関する論文等の資料に基づき検討が行われた。その際の審議の概要は,次の(ア)ないし(ウ)のとおりであった。
なお,安全対策調査会のメンバー並びに基礎WG及び臨床WGのメンバーは,それぞれ,別紙「安全対策調査会のメンバー」のとおりであり,医学,薬理学,疫学,統計学等の各分野の専門家によって構成された。このうち,基礎WGの座長を務めたP19は,動物や試験管内実験系を用いた薬理・毒性学的研究に長年携わってきた薬理学・毒性学の専門家であり,平成19年4月当時は国立医薬品食品衛生研究所副所長であったが,平成23年4月から平成25年3月まで同研究所所長を務め,その後は同研究所名誉所長となっている。(甲38,乙15,89,90,証人P19)(ア)当時のデータのみからは,タミフルが異常行動の原因であるのか否かについて結論を出すことはできないという趣旨の意見が多く出された。なお,タミフルと関係のない異常行動が,平成19年3月23日から同年4月2日までの間で11例あることが紹介されたが,タミフルと関係なく異常行動がどのくらい起きているのかに関するデータはそれ以上になく,薬剤を使用しているときのデータは集まりやすいが何も使用していないときのデータは集まりにくいことが指摘された。
(イ)当面の対応としては,平成19年3月20日から講じられている,10歳代を原則禁忌とし,10歳未満と20歳以上については制限をかけないという措置(前記(1)エ)をそのまま継続するということで異論はなかった。
(ウ)今後の取組として,タミフルの神経生理学的な作用を更に明らかにするためのタミフルの脳内(中枢神経)への移行等に関する基礎的研究を実施することになり,また,基礎的調査検討のためのワーキンググループ(基礎WG)及び臨床的調査検討のためのワーキンググループ(臨床WG)を設け,それぞれにおいて調査検討を進めることになった。このうち,臨床WGにおいては,転落・飛び降り又はこれらにつながるような異常な行動,突然死等の副作用についての詳細な調査検討や,平成18年度厚生労働科学研究費補助金「インフルエンザに伴う随伴症状の発現状況に関する調査研究」
の結果等についての検討を行うことになった。

平成19年6月16日開催の安全対策調査会
平成19年6月16日に開催された平成19年度第2回安全対策調査会
では,P35の代表者,P5の安全管理責任者,P36の事務局長,島根大学医学部薬理学講座教授,札幌市立大学看護学部客員教授,P37大学医学部臨床感染症学講座教授及びP18が,それぞれの立場からタミフルの安全性等について意見陳述をした。その上で,基礎WG及び臨床WGから,それまでの調査検討の状況に関する説明が行われた。(甲13〔参考文献4,5〕,乙35,37,40,41)

平成19年12月25日開催の安全対策調査会
平成19年12月25日に開催された平成19年度第5回安全対策調査
会では,基礎WG及び臨床WGから,それまでの調査検討の状況について次のとおり報告があり,これを踏まえた議論がされた。(甲13〔参考文献7-1,7-2〕,乙38,92,弁論の全趣旨)
(ア)基礎WGからは,脳内のカルボキシルエステラーゼ1による未変化体の代謝に関する非臨床試験や,オセルタミビルの神経細胞上の受容体等への結合性を調べる実験であるバインディング・アッセイの報告等が行われた。このうち前者に関しては,基礎WGでは,カルボキシルエステラーゼ1によるオセルタミビルからその活性体への代謝量をヒト脳とヒト肝で比較する非臨床試験を実施し,ヒト脳におけるオセルタミビルからその活性体への代謝量は,ヒト肝における上記代謝量の300分の1程度であるとの試験結果を得ており,その報告がされた。後者に関しては,基礎WGでは,バインディング・アッセイを実施したところ,中枢作用に関連する155個の受容体等のうち,臨床用量投与時の健常小児の脳内濃度(0.2μM)の150倍に相当する30μMまでのオセルタミビル濃度において,50%を超える結合阻害が認められた受容体等は存在しないとの実験結果を得ており,その報告がされた。
さらに,基礎WGでは,前記(3)イの新試験の結果も報告され,新試験で見られた幼若動物の症状や死亡例については,「臨床用量の250倍以上の高用量で認められたものであり,臨床での異常行動や死亡に関連付けることは困難である。」との考察が示された。その上で,上記各試験等の結果も踏まえて,「現在知られているドパミン,NMDA受容体等を含むターゲットに対する結合性が弱く,タミフル投与時の脳中濃度から考えると中枢神経系に対して影響を及ぼすとは思われない。」などとして,「調査結果から,タミフルの中枢神経系への作用に関し,異常行動や突然死などとの因果関係を示すような結果は,現時点において得られていない。」との見解が示され,この内容が了承された。
(イ)臨床WGからは,P15班の2006/2007シーズンの調査結果(前記(4)ウ(ア)a)が報告された。これによると,インフルエンザ様疾患と診断され,かつ,重度の異常な行動発現例のうち,タミフルを服用していない例が38%を占めることから,インフルエンザ様疾患と診断された小児・未成年者は,タミフル服用の有無を問わず,重度の異常行動発現のおそれがあることについて,改めて注意喚起する必要があることが確認され,それとともに,上記調査結果については,更に分析を進めることになった。また,P14班の分析結果の途中報告も行われ,これについても,更に分析を進めることになった。

平成21年6月16日開催の安全対策調査会
平成21年6月16日に開催された平成21年度第1回安全対策調査会
では,次のとおり,基礎WG及び臨床WGから,調査検討の結果について詳細な報告が行われた。その上で,前記ウの平成19年6月16日開催の安全対策調査会において行われた意見陳述や,その際提出された意見書等も踏まえて,審議がされた。(乙13,39,51,57,64,81,102,弁論の全趣旨)
(ア)基礎WGの調査検討の結果については,次のaないしfのとおり報告された。

ヒト脳S9画分において,オセルタミビル未変化体からオセルタミ
ビル活性体への代謝は速やかではなく,ヒト肝S9画分の300分の1程度であった旨の試験結果が得られた(なお,ヒト脳S9画分及びヒト肝S9画分とは,それぞれ,ヒトの脳及びヒトの肝の細胞や組織を破壊して得られた懸濁液を,遠心分離機を用いて,地球の重力加速度の9000倍の遠心加速度で遠心分離して得られた上澄みを指
す。)。
また,ラットにタミフル100㎎/㎏を静脈内投与したときのオセルタミビル未変化体の脳中濃度対血漿中濃度の比は19%であった。b
中枢作用に関連する受容体とオセルタミビル及びその活性体との結
合性を調べるバインディング・アッセイを実施したところ,中枢神経系に存在する155個の受容体(ドパミンやNMDAその他のグルタミン酸受容体を含む。)等のうち,オセルタミビル又はその活性体の濃度を30μMまで上げてもそれらが結合することにより50%以上の阻害が認められたものは存在しなかった。それ以下での阻害が認められたのは,抗うつ作用などに関与する受容体であるσ受容体,ナトリウムイオンを通過させるイオンチャネルであるNaチャネル及びカルシウムイオンを通過させるイオンチャネルであるCaチャネルの3つのみであり,しかも,これらの受容体及びイオンチャネルについて,3μMではその阻害は20%以下であった。

前記aのとおり,オセルタミビルの脳中濃度は血漿中濃度より低い
のが通常であるが,最悪のシナリオを想定してみると,13~18歳のヒト小児について,血液脳関門が未成熟で脳中濃度が血漿中濃度に近似すると仮定し,かつ,重篤な肝障害等の代謝の阻害により10倍程度の濃度上昇が加わったと仮定したとしても,オセルタミビルの脳中濃度はせいぜい2.33μM(前記(3)エ(オ)の0.233μMの10倍)までにしかならないと考えられる。そうすると,前記bのバインディング・アッセイの結果からみて,薬物受容体に直接作用して影響を及ぼす可能性は低いと考えられる。

新試験において見られた症状や死亡例については,臨床用量の25
0倍以上の高用量で認められたものであり,臨床での異常行動や死亡に関連付けることは困難であると考えられる。

P21らの実験の結果(前記(3)カ)については,マウス腹腔内投与
30㎎/㎏で見られた体温低下は僅かであるが,用量依存性があることから,他の作用との関連は不明であるものの,体温に関わる脳幹等への薬理作用が示唆され,また,体表面積当たりで換算すれば,タミフルの臨床用量に近いところで発生している。もっとも,一方で,臨床試験で低体温が認められたのはタミフルを投与した患者6974名のうち1名であり非投与群と有意差がないとされており(前記(3)エ(ケ)),引き続き関連研究を注視すべきと考えられる。

以上の調査結果等から,タミフルの中枢神経系への作用に関し,異
常行動や突然死などとの因果関係を直接的に支持するような結果は現時点において得られていないと判断した。
(イ)臨床WGからは,P15班報告(前記(4)ウ(ア))及びP14班報告(前記(4)イ)の内容が紹介された上,P15班報告によると,重度の異常行動の発現例のうち,タミフルを服用していない例が38%ないし65%を占め,平成19年3月に安全対策措置がとられ,10代のほとんどがタミフルを服用しなくなって以降も,重度の異常行動を起こした10代の患者がいること,P14班報告によると,特に重篤な異常行動を起こした10代の患者について,タミフル服用者とタミフル非服用者の間に統計的な有意差はないことなどに照らし,異常行動はインフルエンザ自体に伴い発現する場合があることがより明確となったとの考察が示された。また,P14班報告については,解析方法の妥当性に関して疫学及び統計学の専門家から異なる意見があり,データの収集・分析に関わる様々な調査の限界を踏まえると,P14班報告の解析結果のみでタミフルと異常行動との因果関係に明確な結論を出すことは困難であるとされた。
(ウ)事務局(厚労省)からは,前記(5)イのとおりタミフル非使用のインフルエンザ患者の異常行動の症例が複数あったことが資料として示された。
(エ)安全対策調査会は,基礎WG及び臨床WGの各検討結果(前記(ア)及び(イ))を是認した上で,平成19年3月以降講じられている予防的な安全対策を継続するとともに,引き続きタミフルの服用と異常な行動等との因果関係についての情報収集に努め,必要な対応を行うべきであるとした。

平成21年11月30日開催の安全対策調査会
平成21年11月30日に開催された平成21年度第5回安全対策調査
会においても,タミフルについての審議がされたが,従前の結論に変更はなかった。なお,メンバーの中から,「これまでのデータに加えてどのようなデータが出れば,タミフルと異常行動との間に関係がある,ないという結論が下されるのか。WHOなどは既に結論を出していると伺っているが,我が国では,結論をいつごろ,どのような形で出せるのか。この点について,この委員会で何か考えられているのか。」との質問が出たのに対し,事務局からは,「タミフルを使用していない状態と使用している状態とを同じ土台で比較する調査をかなりの規模で行わないと,明確な結論を出すことは困難であろう。現時点で圧倒的多数の者がインフルエンザの治療にタミフル等を使用することが実態として慣行とされている状況の中で,これを使用しないケースと厳密に比較するような試験を大規模に行うのは現実には不可能であるという事情がある。次善の策として大規模な疫学調査を計画して一度行っているが,流行の最中にデータを精度よく集めることも困難を極めている。」との説明がされた。(乙93)

平成22年8月25日開催の安全対策調査会
平成22年8月25日に新型インフルエンザ予防接種後副反応検討会と
合同で開催された平成22年度第4回安全対策調査会においては,P15班の2009/2010シーズンの調査結果(前記(4)ウ(イ))が報告されたが,インフルエンザ罹患時の異常行動については,新型インフルエンザ罹患時にもこれまでと取り分けて変わりはなく,抗ウイルス薬処方の有無・種類にかかわらず観察されており,引き続き従来どおりの注意喚起を行うということで異論がなかった。(乙70)

平成23年11月2日開催の安全対策調査会
平成23年11月2日に開催された平成23年度第7回安全対策調査会
では,被告から,タミフルに係る副作用報告及び研究報告について取りまとめた調査結果報告書が提出され,それまでに報告されたP13らの研究(前記(4)エ)を含む研究報告について審議された。その中で,P13らの研究については,「子供の夜間異常行動についてせん妄と捉えた上でせん妄評価尺度(TheDeliriumRatingScale)を用いているが,せん妄評価尺度は,成人が発症する夜間の様々な身体疾患によって起こる意識障害及び気分障害(躁うつ病やうつ病)又は統合失調症で見られる夜間の興奮とせん妄とを判別するために設けられたものであり,これを子供の場合に使うこと自体全く前提とされていないのに,子供の場合に当てはめてよいのか疑問がある。しかも,せん妄評価尺度は,基本的には患者を実際に診察して評価するように作られたものであり,記録からこの評価尺度をどういうふうに付けたか,どのようなバリデーションが行われたかということが明らかにされていないため,評価の正確性にはかなりの問題が生じる。」,「1
万例近くあるといくらでも統計的有意差が出てきて,これが本当かを検討するのに時間がかかる場合が多いが,ここで出た傾向というものは,やはり偶発的なものの可能性が高い場合が多いと思うので,何らかの交絡要因を考えて一つ一つ丹念に偶発的関連があるかないかを検討していかなければならない。」といった意見が出された。また,上記調査結果報告書には,「専門委員から,『P13らの研究の解析対象は,インフルエンザにより発熱した症例がバイアスなく収集されているのではなく,異常行動を契機に受診した対象を含んでいるために,異常行動発生率が高くなる方向に情報収集されている。』との指摘があった。」とされているところ,この日の安全対策調査会の議論においても,メンバーから,「P13らの研究では,対象の選択の部分で,異常行動があった人たちがおそらく選択的に報告されているだろうと思われるところを,全例対象にするようなことをしている。その部分はP14班の方が適切に除外していると思う。」との指摘がされた。議論の結果,P13らの研究の解釈が残るものの,全体的に見ると,タミフルの服用と異常行動及び突然死との因果関係を示唆する結果は得られていないとされ,
引き続き関連情報の収集を行うことになった。
(乙65,66)

平成24年10月29日開催の安全対策調査会
平成24年10月29日に開催された平成24年度第4回安全対策調査
会では,P15班の2011/2012シーズンの調査結果(前記(4)ウ(イ))が報告されたほか,P12らの実験(前記(3)ク)も紹介された。P12らの実験に対しては,委員として出席していたP19から,大用量のタミフルを静脈内注射したために血液の酸度が高まって呼吸増進が進行した可能性が指摘され,実験手法に疑問が呈された。また,メンバーの中からは,P15班から,タミフルの発売後に発売が開始された他の抗インフルエンザ剤(□,□又は□)を服用した患者や,全く薬剤を服用してい4ない患者の中からも異常行動が出現していることが報告されていることに関係して,「4つの薬の全てで異常行動が起こっているのであるから,インフルエンザの症状と解されると思うが,薬が原因ではないという方向にシフトはできないのか。」という疑問も呈されたが,委員として出席していたP15から,「薬を使う場合にも使わない場合にも異常行動は起きているが,使った場合にプラスアルファの要素があるかどうかは研究結果では出てきておらず,調査結果から因果関係を積極的に否定することはできない。」との見解が示された。議論の結果,「タミフルの服用と異常な行動等との因果関係を示唆する結果は得られていないと考えられ,一方,現在行われている予防的な安全対策を変更する積極的な根拠も得られていないことから,これまでの安全対策を継続することとする。」とされた。(乙
71)

平成25年10月28日開催の安全対策調査会
平成25年10月28日に開催された平成25年度第5回安全対策調査
会では,P15班の2012/2013シーズンの調査結果(前記(4)ウ(イ))が報告されたほか,P31らの研究(前記(4)カ)も紹介された。メンバーの中からは,P15班の調査結果の7年間の蓄積について,「これが蓄積しても同じクオリティーのデータが蓄積されるだけで,それはそれで意味はあるが,新たな問題の解決にはなかなかならないので,最終的な問題解決のためにどういうデザインで研究したらよいかを検討すべき時期かなと思う。」といった意見も出されたが,これまでのデータからは,タミフルの服用と異常な行動又は突然死との因果関係を示唆する結果は得られていないと考えられるという結論に異論はなかった。(乙107,114)
(7)海外(米国及び欧州)における調査検討

米国FDAにおける検討等の経過

(ア)米国では,タミフルのカプセル剤が平成11年10月に,タミフルの経口懸濁剤が平成12年12月に,それぞれ承認された。平成17年11月18日に開催されたFDA小児諮問委員会では,それまでに収集されたタミフルの使用による小児の有害事象等に関する検討が行われ,「現
時点で得られている事実からは,タミフルと死亡や精神神経症状との因果関係を示す証拠はないと考えられる。」との見解が示されるとともに,タミフルの使用による小児の有害事象については,引き続き収集することになった。(乙8,103)
(イ)FDAのDDRE(医薬品リスク評価部門)は,平成18年9月20日付け報告書において,「平成17年8月29日から平成18年7月6日までの期間にタミフル使用後の精神神経系有害事象として報告された126例のうち,103例を対象として解析した。このうち95例は日本からの報告であり,
有害事象を正確に捉えることが困難であったほか,
米国内の報告は,十分な情報が記述されていないことがしばしばあり,因果関係の明確な評価をすることができなかった。」とした上で,「これらの症例には,①精神神経症状がオセルタミビルの使用と時間的に関連があるように見えること,②報告した医師の多くが薬剤による副作用であると感じていること,③顕著な異常行動や自殺関連事象を伴うせん妄は特異であること(すなわち,既存の脳炎/せん妄症状として報告されているインフルエンザ疾患としては非典型的であること。我々が文献検索した限りではインフルエンザ患者が窓から飛び出したり転落したりして死亡に至った報告例は見付けることができなかった。)といった,強調に値する特徴がある。」とする一方,「現在のところ,我々はまだ,これらの報告に見られた異常行動とオセルタミビル使用との関連を完全に説明することはできない。これらの精神神経系事象が薬剤だけによるものか,疾患単独で生じるものか,薬剤と疾患の相互作用で生じるものかはまだ不明である。」とし,「米国における添付文書の精神神経系有害事象に関する注意事項を日本の添付文書と同様に変更すること」などを提言した。(甲13〔参考文献23〕,17)
(ウ)平成18年11月16日に開催されたFDA小児諮問委員会では,それまでに日米で報告された精神神経系有害事象の調査結果の検討が行われた。同委員会では,タミフルとこれら有害事象との因果関係については不確実なままであったものの,有害事象報告が続いていたことから,タミフルの添付文書に「精神神経系事象

インフルエンザ患者における

タミフルの使用に伴い,市販後報告で自傷行為及びせん妄が報告されている(その大部分は日本からの報告)。これらの事象は主に小児患者で報告された。これらの事象に対して本剤がどの程度寄与しているかは分かっていない。インフルエンザ患者に対しては,治療期間の全体を通じて,異常行動の徴候を注意深くモニター(監視)すること。」という注意書きを盛り込むよう勧告し,同月,承認された。(甲13〔参考文献27〕,18,乙103)
(エ)米国では,FDA小児諮問委員会における調査検討を経て,平成20年1月,タミフルの添付文書に,「精神神経系事象

インフルエンザは,

幻覚,せん妄及び異常行動のような事象を含む様々な神経学的行動的症状を伴うことがあり,場合によっては致死的転帰に至る。これらの事象は,脳炎又は脳症の存在下に起こることもあれば,明らかな重度の疾患なしに起こることもある。」「インフルエンザ患者におけるタミフルの使用に伴い,市販後報告でせん妄及び自傷に至る異常行動が報告されており(その大部分は日本からの報告),致死的転帰に至った例もある。これらの事象は臨床で自発的に報告されたものであるため,発現率を推定することはできないが,タミフル使用データに基づくと低頻度のようである。これらの事象は主に小児患者で報告されており,突然発現し,急速に消失することが多かった。これらの事象へのタミフルの寄与は確認されていない。インフルエンザ患者に対しては,異常行動の徴候を注意深くモニター(監視)すること。精神神経系症状が現れたら,患者ごとに投与継続のリスク(危険性)とベネフィット(便益)を評価すること。」という文言が盛り込まれた。(乙103)
(オ)その後も,FDAの抗ウイルス薬課や監視疫学部は,有害事象例の収集を続け,タミフルの安全性等に関連した研究発表や文献の調査を継続した。その結果を踏まえて,FDAの抗ウイルス薬課は,平成24年4月19日付けの「タミフル(オセルタミビルリン酸塩)の小児における安全性最新情報:2007年から現在に至る背景の要約及び臨床調査チーム活動の総括」と題する書面において,「平成19年の小児諮問委員会会合の後,抗ウイルス薬課及び監視疫学部のスタッフは,季節性及び汎発性インフルエンザ,タミフル及びその安全性/毒性プロファイル,その他の既承認抗インフルエンザウイルス薬の安全性/毒性プロファイル,薬物性と推定される毒性に考えられるメカニズムに関連した原稿及び発表文献を数多く調査してきたが,これまでのところ,タミフル又は他のノイラミニダーゼ阻害薬の使用に伴って報告された精神神経系有害事象が薬剤によるものか,インフルエンザによるものか,特定の下位集団における薬剤と疾患との相互作用によるものかを明確に説明した発表文献はない。」とした。(乙103)
(カ)平成24年5月7日に開催されたFDA小児諮問委員会においては,P31らの研究(前記(4)カ)についてP31自身から報告がされた。P31は,「結論として,生物学的にオセルタミビル投与後に発現リスクが上昇すると考えられる期間において,初発及び初発以外の精神神経系又は精神神経系以外の有害事象リスクが上昇するとのエビデンスはなかった。この結果は,以前の米国コホート試験と同様である。」,「精
神神経系の有害事象は最も多く見られたが,タミフル非投与者と比較してタミフル投与者で多く見られるということは全くなかった。また,小児や思春期児童サブグループでリスクが上昇するということも見られなかった。」旨報告した。(乙104,105)
(キ)FDAは,現在に至るまで,タミフル服用と異常行動との間の因果関係を肯定していない。(弁論の全趣旨)

欧州医薬品庁における検討等の経過
(ア)欧州医薬品庁(EMA)は,平成17年11月17日,「タミフルの安全性に関する欧州医薬品庁最新情報」として,「インフルエンザの治療に関連して『自殺』と疑われた2症例(平成16年2月における17歳の少年と,平成17年2月における14歳の少年に関するもの)について,今までのところ,タミフルの服用と精神神経症状(幻覚,異常行動等)との間に因果関係は確認されていない。」旨発表し,同年12月15日には,「タミフルの新規の安全性情報の検討の結果,タミフルの服用中に生じた精神神経障害に関連した新規の安全性シグナルは認められず,よって,タミフルの製品安全性情報を変更する必要はないと結論した。」旨発表した。(乙10)
(イ)欧州医薬品庁は,平成24年3月15日付けの「タミフルの製造承認の更新に関する審査報告」
と題する書面において,
タミフルに関し,
「報
告された精神神経系事象のメカニズムは証明されていない。安全性情報は自発報告に基づいており,因果関係の評価は非常に困難である。中枢神経系への影響の緊密な監視が継続される。」とした。(乙109)(8)亡P3の診療経過等

亡P3は,平成17年2月当時,14歳の中学2年生であった。身長は
約174㎝であり,視力は0.2以下で,眼鏡を着用していた。(甲40,証人P7)

亡P3は,
平成17年2月4日午後5時頃,母親であるP7に対し,
「熱

っぽいので,塾を休みたい。」と訴え,午後6時30分前には,夕食を済ませて自宅のベッドで横になった。(甲40,証人P7)

亡P3は,平成17年2月5日午前11時ないし11時30分頃,P6
クリニックを受診し,咽頭痛,関節痛,倦怠感等を訴えた。診察の際,39.4℃の発熱があり,咽頭の発赤が見られたが,意識障害や嘔吐は見られなかった。医師は,鼻腔サンプルを使用したインフルエンザ迅速診断テストにより,A型インフルエンザと診断し,タミフル(「□」)を1日2カプセルとして4日分処方した。(甲28,乙61,証人P7,弁論の全趣旨)

亡P3は,平成17年2月5日午後4時頃,自宅において,タミフル1
カプセルを服用し,午後5時頃には,自室で寝た。以後,午後6時40分頃まで,亡P3の様子を見た者はいなかった。(甲40,証人P7,弁論の全趣旨)

亡P3は,平成17年2月5日午後6時40分頃,マンション9階にあ
る自宅の玄関から裸足で出て,同階の共用通路とエレベーター横の外付け階段との接合部付近のアルミ製手すりを乗り越えて同階から地面に転落した。なお,警察の捜査の結果,そのアルミ製手すりには,亡P3の指紋が,外からぶら下がったときに付くような形で付着していたことが判明した。(甲40,43,証人P7)

亡P3は,平成17年2月5日午後7時過ぎ頃,P8病院に救急搬送さ
れた。P7は,同病院において,亡P3が①P7に対して「死にたい。」と言っていたこと,②同日に近医でインフルエンザと言われ,頭痛を訴えていたこと,③熱でもうろうとしていたことを伝えた。なお,同病院の救急外来患者記録(甲27の4枚目)には,上記①の内容の記載部分について,「高熱の時,とても頭が痛く,こんな思いをするなら死んだ方がましだ!と怒っていた」ということである旨の説明を記した付せんが付いており,診療録(甲27の2枚目)には,この点及び上記③の点に関連して,「熱でもうろうとして落ちたのか,
自分の意思で落ちたのか分からない。,

「最近自殺願望があった訳ではない。」,「寝ている時,こんなに熱や頭痛でつらいなら,死んだ方がましだという発言はあった。」との記載がされている。
亡P3は,同日午後11時5分,骨盤骨折・肺挫傷を原因とする出血性ショックにより,死亡した。なお,亡P3について,解剖は行われなかった。(甲4,27,40,証人P7)
(9)亡P4の診療経過等

亡P4は,平成19年2月当時,14歳の中学2年生であった。身長は
166㎝ないし168㎝,体重は48㎏であった。(甲30,41,乙63,原告P2)

亡P4は,平成19年2月15日,朝から寒気を訴え,夜には発熱もあ
った。(甲30,41)

亡P4は,平成19年2月16日午前,P9クリニックを受診し,前日
朝の寒気,前夜からの発熱,咽頭痛,少量の鼻汁,軽度の咳症状を訴えた。来院時,38.2℃の発熱が認められた。医師は,インフルエンザウイルスキットにより,B型インフルエンザと診断し,タミフル(「□」)を1日2カプセルとして5日分,□を1日3袋として5日分,□を1日3袋7として5日分,□を38.5℃以上1日2回までとして処方した。(甲30,乙63,弁論の全趣旨)エ
亡P4は,平成19年2月16日午前11時頃,自宅において,タミフ
ル1カプセルを服用した。以後,午後零時46分頃まで,亡P4の様子を見た者はいなかった。(甲41,原告P2,弁論の全趣旨)

亡P4は,平成19年2月16日午後零時46分頃,マンション10階
にある自宅の玄関から靴を履かずに出て,
同階の共用通路にある高さ約1.
3mの柵を乗り越えて同階から地面に転落した。(甲7,29,41,原告P2)

亡P4は,平成19年2月16日午後1時過ぎ,P10病院に救急搬送
されたが,同日午後1時34分,頭部外傷を原因とする脳挫傷により,死亡した。なお,亡P4について,解剖は行われたが,その結果は不明である。(甲7,29,原告P2)
3
検討

(1)はじめに
本件においては,亡P3及び亡P4それぞれについて,タミフルの服用と異常行動との因果関係の有無が問題になっている。そこで,以下においては,タミフルに関する一般的知見を考察した上で,亡P3及び亡P4それぞれについて個別的な検討を行うこととする。そして,タミフルに関する一般的知見を考察するに当たっては,タミフル服用と異常行動との関係について,まず最初に疫学調査の結果等を検討した上で,本件では,異常行動の原因として,脳内に蓄積されたオセルタミビルが脳内の各種受容体等と結合して中枢神経に作用するのではないかと疑われていることから,①オセルタミビルの脳内への移行性,②オセルタミビルの脳内の各種受容体等への作用の有無及び③動物実験の結果という薬理学的な観点から,オセルタミビルの中枢神経抑制作用の有無に関して検討することとする。
(2)タミフルに関する一般的知見について

タミフル服用と異常行動との関係に係る疫学調査の結果等について(ア)特異性の有無について

前記2(1)で認定した事実によると,
平成19年2月から3月にかけ

て,亡P4の事例を含め,タミフルを服用したインフルエンザ患者が転落という重大な異常行動を起こした事例が相次いで報道ないし報告され,10歳代の患者に対するタミフルの使用が制限されるに至ったという経緯が存するところ,仮に,このような異常行動が,インフルエンザ患者のうちタミフルを服用した者のみに見られる(タミフルに特異な現象である)のであれば,タミフルが異常行動の原因であることを推認させる重要な事情となるから,まず最初に,この点について検討する。

この点に関し,証人P18の証言中には,「インフルエンザのみに
よって異常行動を起こして死亡したということは,これまで報告されていない。」,「FDAが公開している世界中の副作用情報の平成16年から平成24年までの報告を分析すると,タミフル服用による異常行動109件中死亡例は30件であったのに対し,□服用による異常行動700件中死亡例は0件であった。死亡するような異常行動が□で起こらないとすれば,インフルエンザ単独でも起こらない。」旨の供述部分がある(なお,P7の陳述書(甲40)及び原告P2の陳述書(甲41)中にも,「タミフルが発売される以前に,インフルエンザで異常行動を起こして転落死したような事例はないから,タミフルが異常行動の原因であることは明らかである。」旨の意見が記載された部分がある。)。

しかしながら,前記2(4)ウで認定した事実によると,P15班報告
において,全ての医療機関に対して報告を求めたところ,インフルエンザ様疾患と診断され,かつ,「飛び降りや急に走り出すなど制止しなければ生命に影響が及ぶ可能性のある行動」として定義された「重度の異常な行動」を発現した患者で,タミフル,□,アセトアミノフェン等の主要な薬剤を全く服用していなかった患者が,2006/2007シーズンに20例,2007/2008シーズンに19例,2008/2009シーズンに35例,2009/2010シーズンに18例,2010/2011シーズンに12例,2011/2012シーズンに8例,2012/2013シーズンに4例存在したというのであり,上記「重度の異常な行動」のうち「突然走り出す」又は「飛び降り」という行動に限定しても,上記薬剤を全く服用していなかった患者が,2006/2007シーズンに3例,2007/2008シーズンに10例,2008/2009シーズンに21例,2009/2010シーズンに10例,2010/2011シーズンに5例,2011/2012シーズンに8例,2012/2013シーズンに3例存在したというのである。
また,前記2(4)オで認定した事実によると,P29が2006/2007シーズンから6シーズンにわたり18歳以下のインフルエンザ罹患者1893名を調査したところ,異常行動が認められたのは247名(13.0%)であり,そのうちの104名(42.1%)は,タミフルを服用せずに(無治療又は治療前に)異常行動を起こしていた上,転落,飛び降りにつながる重度の異常行動を示した症例は17名(0.9%)であり,そのうちの9名は治療前の発現であって,タミフル使用後の発現者はいなかったというのである。
さらに,前記2(5)イで認定した事実によると,平成19年3月23日から平成21年3月31日までの間に医療機関等から厚労省に報告された事例の中には,タミフルを服用していない10代のインフルエンザ患者が,「窓の外に父がいる」と思い込んで2階の窓から転落したり,「怖い人に追われる夢を見て」2階から飛び降りて骨折したり,自宅9階から転落して死亡したり,2階のベランダから転落するなどした事例があったというのである。

以上によると,現に,タミフルを服用していないインフルエンザ患者の中からも転落死するような異常行動の症例が出現しているのであるから,P18が述べるように,タミフルを服用していないインフルエンザ患者が,インフルエンザ自体を原因として,転落死するような異常行動を起こすことはないということはできず,こうした異常行動がタミフルに特異なものであるということはできない。

(イ)有意差の有無について

タミフルの服用について,
前記(ア)のように特異性までは認められな

いとしても,仮に,疫学調査の結果から,タミフルの服用の有無によって異常行動の発生率に有意な差異が認められるのであるならば,タミフルが異常行動の原因であることを推認させる事情の一つとなるから,この点について更に検討する。

前記2(4)で認定した事実によると,①P14班報告においては,1
8歳未満のインフルエンザ患者9666名を対象とする多変量解析の結果,タミフル服薬群対タミフル非服薬群の相対危険を示すオッズ比は,事故につながったり他人に危害を加えたりする可能性がある異常な行動について1.25(95%信頼区間は0.37~4.23),10代の患者(3263名)に限定しても1.54(95%信頼区間は0.09~26.2)であり,いずれも統計的な有意差(5%有意水準による。以下同様。)はなかったこと,②P14班報告の調査データ(ただし解析対象は9392名)を用いたP13らの研究においても,潜在的交絡因子と体温を調整要因として多変量解析(多変量調整解析)をした結果,タミフル服薬群対タミフル非服薬群のハザード比は,せん妄について1.51(95%信頼区間は0.95~2.40)であり,やはり統計的な有意差はなかったこと,③P31らの研究においても,2万7684組のインフルエンザ患者のマッチド・コホートを対象とする条件付きロジスティック回帰分析の結果,処方から7日後までのリスク期間における初発の精神神経系有害事象について,オセルタミビル投与群と非投与群のオッズ比は1.21(95%信頼区間は0.74~1.97),10代の患者(5943組)に限定しても1.50(95%信頼区間は0.42~5.32)であり,いずれも統計的な有意差はなかったことなどを指摘することができる。

もっとも,この点に関し,原告らは,①P13らの研究からは,せ
ん妄は,発熱後8時間から16時間経過した頃において,タミフル服用で5~7倍有意に生じやすくなっていたことが読み取れる,②P14班報告については,受診後タミフル服用前に異常行動を発現した者を選択的にタミフル非服用群に移し入れて解析しているため,通常の解析方法であるITT解析によった場合の仮定と矛盾を生じ,誤りであるなどとして,疫学調査の結果に照らしタミフル服用と異常行動との因果関係を肯定することができる旨主張し,P18の鑑定意見書等(甲13,33,45),別件訴訟における証人調書(甲37)及び本件訴訟における証言中には,これに沿う内容の記載部分ないし供述部分(さらには上記②に関し,P14班報告のデータを適切に解析すればむしろ有意な関連を認めることができる旨の記載部分)がある。しかしながら,原告らの上記主張は,次のとおり,採用することができない。
(a)まず,上記①の点については,確かに,前記2(4)エ(イ)で認定したとおり,P13らの研究において,タミフル服用群対タミフル未服用群のせん妄の発生率比は,発熱から10時間後頃ないし16時間後頃において5.0~7.0(95%信頼区間は1.0超~10.0超)である旨のデータが示されている。
しかしながら,前記2(4)エ(ア)及び(イ)で認定したとおり,P13らの研究においては,前記b②で指摘した部分を含め,多変量調整解析が主要な統計解析と位置付けられているのに対し,上記データは,他の部分とは異なり,単変量解析によって得られたものであって,精神神経症状ごとに発生に関連する可能性のある要因(潜在的交絡因子)や体温といった交絡因子の調整がされていない。一般に,高熱その他インフルエンザによる症状が重度であることを示す因子は,タミフルの処方及び異常行動の発現の双方に影響を与える可能性があると考えられるから,こうした点に配慮した交絡因子の調整がされていないデータを基に因果関係の有無に関する結論を導くことは困難というべきである。その上,P13らの研究については,前記2(4)エ(ウ),(6)クで認定したとおり,調査票の回答内容の不明点について迅速な照会を実施することができなかったこと,インフルエンザにより発熱した症例がバイアスなく収集されたものではなく,異常行動を契機に受診した対象を含んでいることによる選択バイアスを排除できたのか疑問があること,18歳未満の患者の異常行動についてせん妄評価尺度を用いる方法には疑問があることなどの限界ないし問題点が指摘されており,P13ら自身,これらの限界があることを踏まえて自らの研究は
「仮説強化」
を目的とした
「暫
定的研究」にとどまると位置付けていたというのである。
以上を総合すると,P13らの研究の上記①に係る部分から,直ちにタミフル服用と異常行動との間の因果関係を肯定することは困難というほかはない。
(b)次に,上記②の点については,証拠(乙97,98)及び弁論の全趣旨によると,あらかじめ対象者を介入群(曝露群)と対照群(非曝露群)に割り付けてから追跡調査をする介入研究においては,研究計画に従わない者(いわゆる「プロトコール破り」)が出てきても,その者を介入群から除外する操作はせず,当初の計画どおり介入群に属することを前提に解析を行うITT解析(intention-to-treatanalysis)が基本とされていることが認められるが,P14班報告のように,あらかじめ曝露群と非曝露群に割り付けて調査をしたものではなく,過去に収集されたデータを事後的に分類して解析するタイプの観察研究においても,ITT解析が行われるのが通常である(ITT解析があるべき解析方法である)と認めるに足りる的確な証拠はない。そして,タミフルを服用していない間に異常行動を発現しても,それはまさしくタミフル服用以外の原因による異常行動にほかならないのであるから,これをP14班報告が非服薬者として取り扱ったこと(前記2(4)イ(イ))には相応の合理性がある。したがって,P14班報告の解析を一概に誤りであると断ずるこ
とはできず,原告らの主張はその前提を欠くものといわざるを得ない。

以上によると,タミフルの服用の有無によって異常行動の発生率に
統計的な有意差があるということはできず,疫学調査の結果からは,タミフル服用と異常行動との因果関係は肯定し難いものといわなければならない。
(ウ)緊急安全性情報の発出等について

さらに,原告らは,タミフルについては,服用者の異常行動に関す
る症例が多数報告されており,平成19年3月に10代のタミフルの使用を制限する旨の緊急安全性情報が発出され,添付文書が改訂されるに至っていることなどを因果関係を裏付ける事情として指摘するけれども,厚労省は,専門家による調査,検討を経ても,タミフル服用と異常行動との因果関係を肯定することも否定することもできないという前提の下に,上記のような予防的な措置を継続しているにすぎないことは,前記2で認定したとおりである。因果関係の有無が不明の段階で,緊急安全性情報の発出や添付文書の注意書きによって医療関係者等に対して注意喚起を行う予防的な措置が講じられるのは,生命や身体の安全に直結する医薬品の性質によるものであり,このような予防的な措置が執られたからといって,タミフルの服用と異常行動との間に因果関係があることを裏付ける事情であるということはできない。

なお,原告らは,FDAのDDRE報告の内容(前記2(7)ア(イ)①
ないし③)も援用するけれども,前記2(7)で認定したとおり,同報告は,「現在のところ,我々はまだ,これらの報告に見られた異常行動とオセルタミビル使用との関連を完全に説明することはできない。これらの精神神経系事象が薬剤だけによるものか,疾患単独で生じるものか,薬剤と疾患の相互作用で生じるものかはまだ不明である。」としている上,FDAは,平成18年に同報告を発表した後も,現在に至るまで,タミフル服用と異常行動との間の因果関係は不明であるとし,これを肯定するには至っていないのであるから,上記報告をもって,上記因果関係を裏付けるものであるということはできない。

以上のとおり,
緊急安全性情報の発出やFDAのDDRE報告等は,

原告らが主張するように,タミフル服用と異常行動との間の因果関係を裏付ける事情であるということはできない。

オセルタミビルの脳内への移行性について
(ア)薬物の脳内移行の機序について

次に,本件では,前記(1)のとおり,脳内に蓄積されたオセルタミビルが脳内の各種受容体等と結合して中枢神経に作用することによって,異常行動を引き起こす可能性が問題となっているので,まず最初に,オセルタミビルが脳内に移行する可能性について検討する。b
前記2(2)イで認定した事実によると,①経口投与されたタミフルが中枢神経系に作用するためには,細胞間隙がない血液脳関門を通過して脳内に移行する必要があるが,脂溶性の物質でなければ,血液脳関門を形成する毛細血管内皮細胞の細胞膜を通過しにくいところ,②ヒトの小児がタミフルを服薬した場合,肝臓のカルボキシルエステラーゼが機能していれば,通常,その働きによって,約4分の3がオセルタミビル活性体に代謝されるが,オセルタミビル活性体は,脂溶性が低いため,血液脳関門を通過しにくく,③残り約4分の1のオセルタミビル未変化体は,オセルタミビル活性体よりも脂溶性が高いため,その分血液脳関門を形成する毛細血管内皮細胞の細胞膜を通過しやすいものの,一旦この細胞膜を通過しても,毛細血管内皮細胞に存在するP-糖タンパクの働きによって,毛細血管内皮細胞内から血液中に排出されるというのである。


そうすると,経口投与されたタミフルの成分が脳内に移行する割合は限られているというべきである。

(イ)インフルエンザ罹患による影響について

もっとも,この点については,前記2(2)イで認定したとおり,インフルエンザに罹患した場合には,患者の体内で多量のサイトカインが放出されることによって,肝臓のカルボキシルエステラーゼの働き及び血液脳関門のP-糖タンパクの働きが低下する可能性が存するところではある。


しかしながら,前記2(6)オ(ア)cで認定したとおり,安全対策調査会の基礎WGの調査検討の結果によると,13~18歳のヒト小児について,血液脳関門が未成熟で脳中濃度が血漿中濃度に近似すると仮定し,かつ,重篤な肝障害等の代謝の阻害により10倍程度の濃度上昇が加わったという最悪のシナリオを想定してみても,オセルタミビルの脳中濃度はせいぜい2.33μM(前記2(3)エ(オ)で認定した13~18歳のヒト小児におけるオセルタミビル未変化体の最高血漿中濃度の平均値である0.233μMの10倍)までにしかならないと考えられるというのである(なお,前記2(2)ア,(3)エ(ア),(キ)で認定した事実によると,健康成人にタミフルをオセルタミビルとして75㎎投与した場合におけるオセルタミビル未変化体の最高血漿中濃度の平均値は0.194μM(60.6ng/mL)であり,肝臓のカルボキシルエステラーゼの機能が働かずオセルタミビルが活性代謝物に変換されない事態を仮定してオセルタミビル75㎎を投与した場合に予測されるオセルタミビル未変化体の最高血漿中濃度は1.78μM(555ng/mL)であるというデータが存するところ,これらの比が9倍強であること(1.78÷0.194=9.18)からすれば,肝臓のカルボキシルエステラーゼの機能の阻害によるオセルタミビル未変化体の血漿中濃度の上昇の程度を「10倍程度」と推計することには合理性がある。また,仮に血液脳関門のP-糖タンパクによる排出機能が全く働かないという極端な事態を想定してみても,前記2で認定した事実等に照らし,オセルタミビルの脳中濃度が血漿中濃度を上回ることは考え難い。これらのことは,P19の意見書(乙15),別件訴訟における証人調書(甲38)及び本件訴訟における証言においても指摘されているところである。)。
また,前記2(3)オで認定したとおり,P20らの実験によると,P-糖タンパクノックアウトマウスのオセルタミビルの脳中濃度対血漿中濃度の比は,正常なマウスの5.5倍(6倍以下)であったところ,P19の意見書(乙15),別件訴訟における証人調書(甲38)及び本件訴訟における証言では,「①重篤な肝臓障害によりタミフルからその活性体への代謝が零という最悪の状態を仮定した場合,オセルタミビル未変化体の最高血漿中濃度は1.78μMであり,その場合の脳中濃度は,成熟ラットにタミフルを投与したときの脳中濃度対血漿中濃度の比である0.19を乗じると,0.338μM(1.78×0.19=0.338)以下と推定され,これに②P-糖タンパクの働きが全くなくなったという特殊な状況が仮に重なったとしても,それによる濃度の上昇は上記のとおり6倍以下であるから,オセルタミビルの脳中濃度はせいぜい2.03μM(0.338×6=2.028)であって,2μM程度にしかならないと考えられる。」旨の意見が述べられている(なお,この点に関し,前記2(3)エ(ク)で認定した事実によると,ラットの場合,オセルタミビル未変化体の脳中濃度対血漿中濃度の比は0.3未満であるというのであるが,上記「0.19」という数値の代わりに,新試験における7日齢ラットについての0.31という数値(前記2(3)イ(エ))を用いたとしても,上記①及び②の仮定が重なった場合におけるオセルタミビルの脳中濃度の推定値は,3.31μM(1.78×0.31×6=3.31)までにしかならない。)。

以上によると,13~18歳のヒト小児がインフルエンザに罹患し
臨床用量のタミフルを服用した場合において,サイトカインの増加によるカルボキシルエステラーゼの働き及びP-糖タンパクの活性の働きの低下を考慮しても,オセルタミビルの脳中濃度は,最大で二,三μM程度にしかならず,これを大幅に超えることは考え難いというべきである。
(ウ)P18意見の検討

これに対し,P18の鑑定意見書(乙115)中には,オセルタミ
ビルの活性体への代謝が零である場合には,オセルタミビル未変化体の血漿中濃度が200~300倍となる旨の記載部分がある。

しかしながら,P19は,その意見書(甲42)及び証人尋問にお
いて,「5~8歳の健康な小児にオセルタミビル2㎎/㎏を単回経口投与したときの最高血漿中濃度の平均値は64ng/mLであるところ,その200倍ないし300倍は,12.8㎎/Lないし19.2㎎/Lとなる。人体の比重がほぼ1に近いことを前提に,オセルタミビルが全身に均等に分布するものと仮定して計算すると,P18の上記意見では,2㎎/㎏のオセルタミビルが投与されたにもかかわらず,投与量の約6.4倍ないし9.6倍のオセルタミビルが体内に存在することになってしまう。そして,オセルタミビルが実際には血漿中よりも肝臓や腎臓等に多く分布することをも勘案すると,P18の上記意見が矛盾していることは明らかである。」旨指摘している(なお,13~18歳の場合には,前記2(3)エ(オ)で認定したとおり,上記最高血漿中濃度の平均値は64ng/mLではなく73ng/mLであり,その200倍ないし300倍は,14.6㎎/Lないし21.9㎎/Lとなるから,同様に上記仮定に基づく計算をすると,P18の意見では,投与量の約7.3倍ないし10.95倍のオセルタミビルが体内に存在することになってしまう。)。

以上によると,P18の上記意見は,血漿中濃度が投与量をはるか
に超える高濃度に達するという現実には想定し難い事態を前提にするものであって,採用することはできない。

オセルタミビルの脳内の各種受容体等への作用の有無について

(ア)バインディング・アッセイの結果等について

次に,オセルタミビルの中枢神経抑制作用の有無に関して,脳内に移行したオセルタミビルが脳内の各種受容体等に作用して中枢神経を抑制する可能性について検討する。

前記2(2)ウ,(6)オ(ア)bで認定した事実によると,脳内で薬物が神
経細胞に影響を与える場合には,当該物質が神経細胞上の受容体に結合することが多いと考えられているところ,オセルタミビル及びその活性体と受容体との結合性を調べるバインディング・アッセイを実施した結果,オセルタミビル又はその活性体の濃度を30μMまで上げても,中枢神経系に存在する155個の受容体(ドパミンやNMDAその他のグルタミン酸受容体を含む。)等のうち,オセルタミビル又はその活性体が結合することにより50%以上の結合阻害が認められた受容体等は存在しなかったというのである。

前記イで説示したとおり,13~18歳のヒト小児がインフルエン
ザに罹患して臨床用量のタミフルを服用した場合にオセルタミビルの脳中濃度が二,三μM程度を大幅に超える事態は考え難いことに鑑みると,それよりはるかに高い30μMという濃度を用いた上記バインディング・アッセイの結果は,臨床用量のタミフルを服用しても,オセルタミビルは脳内の受容体に作用せず,したがって中枢神経系に作用しない可能性が高いことを示すものである。
(イ)P18意見の検討

これに対し,原告らは,バインディング・アッセイについては,3
0μMよりも更に高い濃度を用いて受容体の結合を検証することが不可欠であって,前記(ア)bの結果から,オセルタミビルの結合受容体が存在しないという結論を導くことはできず,オセルタミビル未変化体は,脳内において,NMDA型グルタミン酸受容体に作用するものと考えられる旨主張する。そして,P18も,鑑定意見書(甲44,乙115),別件訴訟の証人調書(甲37)及び本件訴訟の証人尋問において,30μMという濃度は低すぎる濃度であって,アマンタジンやケタミンといった薬剤については250μMとか500μMといった濃度で50%阻害を示す実験が行われていることに照らすと,タミフルについても250μMとか500μM程度,あるいは1000μM程度まで濃度を上げて調べれば,NMDA受容体等の受容体について50%以上の阻害を示す可能性がある旨の意見を述べている。

しかしながら,P18の上記意見は,単なる可能性を述べるものに
すぎず,これを裏付ける実験結果等は存在しない上,P18が挙げているアマンタジンやケタミンといった他の薬剤のバインディング・アッセイで用いられた濃度については,P19が,その意見書(甲42)及び証人尋問において,「薬物の作用発現濃度は,薬物により異なるから,バインディング・アッセイで50%阻害濃度を調べる際に用いる濃度は,薬物の特性ごとに議論すべきである。アマンタジンやケタミンは,
タミフルとは全然別の薬なので,
タミフルのバインディング・
アッセイで設定すべき濃度とは関係がない。」旨の意見を述べているところであって,これら薬剤において250μMとか500μMといった濃度で50%阻害を示す実験が行われているからといって,タミフルのバインディング・アッセイにおいても30μMを超える濃度を設定しなければならない理由にはならない。
また,仮に,P18が述べるように,250μMとか500μMといった高濃度のオセルタミビルでは,NMDA受容体等の受容体について50%以上の阻害が認められるのであるとしても,そもそもオセルタミビルの脳中濃度が二,三μM程度の数値を大きく超える事態は想定し難いことは,前記イで説示したとおりであるから,P18の上記意見は,その前提を欠くものというほかはない。

以上によると,P18の上記意見は,いずれにしても採用することができない。

動物実験の結果について

(ア)旧試験,新試験及びP12らの実験について

オセルタミビルの中枢神経抑制作用の有無については,これに関連
する動物実験が行われているところ,原告らは,①旧試験において,タミフルの投与により幼若ラットが死亡したのは,タミフルの作用により呼吸が抑制された結果と考えられる,②新試験において,タミフル服用の初期の反応として,嗅覚が低下し,断崖回避反応を取ることができなくなり,覚醒レベルが低下し,さらには呼吸異常等を生じて死亡する例が多く見られ,これらの異常や死亡には用量依存性が認められる,③P12らの実験において,ラットの静脈内や十二指腸内にタミフルを投与したところ,呼吸停止が生じたのは,タミフルの中枢神経抑制作用によるものであり,タミフルが横隔神経放電を抑制することも証明されているとして,これら各動物実験の結果は,タミフルが中枢神経抑制作用を有することを示している旨主張する。

確かに,前記2(3)ア(ア),イ(ア)~(ウ),ク(イ)のとおり,①旧試験に
おいて,7日齢のラットにタミフルを経口投与したところ,オセルタミビルとして532.8㎎/㎏以上投与された群で,死亡例が見られたこと,②新試験において,7日齢のラットにタミフルを経口投与したところ,オセルタミビルとして500㎎/㎏以上投与された群で,死亡や嗅覚性反応の欠如,断崖回避反応の欠如が見られ,600㎎/㎏以上投与された群で,投与後約2時間内に体温低下,努力呼吸等の症状が見られたこと,③P12らの実験において,ラットにタミフルを十二指腸内投与したところ,オセルタミビルとして500㎎/㎏以上投与された群で,呼吸停止が見られたことが認められる。
しかしながら,前記2(3)ケで認定した事実によると,タミフルに対するヒトとラットの感受性の差はせいぜい6.2倍程度とみられるところ,ラットに対するオセルタミビル500㎎/㎏という投与量は,ヒトに対してオセルタミビルを約80㎎/㎏(500㎎/㎏÷6.2=80.6㎎/㎏)投与することに相当し,これは,ヒトの臨床用量2㎎/㎏(前記2(1)ア)の約40倍にも上る。そうすると,上記各動物実験の結果は,いずれも,ヒトの臨床用量に比べて非常に高い用量のタミフルを投与した場合の結果であって,これにより異常行動や死亡例が出たことは,そのような高用量のタミフル服用と異常行動との因果関係を示唆するものであるとしても,臨床用量のタミフルの服用と異常行動との因果関係を示唆するものであるということはできない。この点について,P19の意見書(乙15,72),別件訴訟における証人調書(甲38)及び本件訴訟における証言では,「動物実験の結果,臨床用量に比べて非常に高い用量を投与した場合に異常行動や死亡が見られても,臨床での異常行動や死亡に関連付けることは困難である。」旨の意見が述べられており,前記2(6)エ(ア),オ(ア)cで認定したとおり,安全対策調査会の基礎WGの検討においても,新試験の結果について,同様の考察が示されている。

また,P12らの実験は,前記2(3)ク(ア),(ウ)で認定したとおり,
①タミフルを生理食塩水に溶解し,その溶液を中和しないまま,ラットの静脈内に40~50秒かけて注射して投与したところ,初期に換気回数が増加し(頻呼吸),200㎎/㎏群では,呼吸停止及び心停止が起きた,②タミフルを同様にラットの静脈内に注射して投与したところ,30㎎/㎏群及び100㎎/㎏群では,横隔神経放電の頻度(呼吸数)の減少や振幅の変化は見られなかったのに対し,150㎎/㎏群の一部(10例中6例)及び200㎎/㎏群の全部(4例)では,心肺停止が起こるとともに横隔神経放電の頻度及び振幅が零となった,というものである。
しかしながら,P19は,その意見書(乙72)及び別件訴訟の証人調書(甲38)において,「タミフル(オセルタミビルリン酸塩)を生理食塩水で溶解すると,リン酸イオンが遊離して,その溶液は酸性を示すところ,P12らの実験においてラットに静脈内投与された溶液のpHは,かなり酸性に偏っていた(タミフルの10%水溶液はpH3.3~5.3であり(乙73),20%生理食塩水溶液ではpH3~5程度又はそれ以下となる。)ものと推察される。生体の血液のpHは,酸と塩基が平衡状態を保つように厳密に調整されていて,健常人ではpH7.4に保たれており,pHに僅かでも変動があれば,それを補正するために活発な体内調節機構が働く。pHが7.35以下になった状態はアシドーシスと呼ばれ,7.1以下になると生命の危険があり緊急的な治療を必要とする(乙74)。したがって,上記のようにかなり酸性に偏った溶液を中和することなく短時間で静脈内に注射することは,生命維持の観点からみて大きな負荷になる。P12らの実験において上記①のとおり観察された頻呼吸は,酸性溶液の投与に対する生体反応によるものと考えられ,200㎎/㎏群で観察された呼吸停止は,血液のpHが調節不能なほど酸性側に傾き,生体機能が非特異的に抑制されたことによると考えられる。」旨の意見を述べており,上記②のとおり150㎎/㎏群及び200㎎/㎏群で呼吸数の減少や呼吸停止を生じたという結果についても,同様に,酸性溶液の静脈注射に起因する可能性を否定することができない。そうすると,上記①及び②の実験結果から,臨床でタミフルを経口投与した場合に異常行動が生じることを裏付けることはできない。
さらに,前記2(3)エ(イ)で認定した事実によると,ラットにオセルタミビル10㎎/㎏を経口投与したときのオセルタミビル未変化体の最高血漿中濃度は147ng/mLであり,これを静脈内投与したときのオセルタミビル未変化体の最高血漿中濃度は3080ng/mLで,経口投与の場合の約21倍であったというのであるから,上記①及び②の実験において,反応が見られた150㎎/㎏ないし200㎎/㎏の用量を静脈投与したときの血漿中濃度は,これよりはるかに高い用量を経口投与したときの血漿中濃度に相当するものと推認される。したがって,前記bと同様,上記各実験結果は,ヒトの臨床用量と比べて非常に高い用量のタミフルを投与した場合の結果であって,ヒトが臨床用量のタミフルを服用した場合に外挿することはできない。この点については,P19の意見書(乙15,72)においても,「経口投与の場合,投与された薬物が数十秒という短時間に消化管から血液中に100%吸収されることはあり得ず,また,薬物が消化管から血液中に入っても,全身に薬物が循環する前に血液で希釈されるし,薬物の一部は肝臓等で代謝され,胆汁中に排泄されることから,経口投与された薬物の全量が局所の循環血液中に移行するということはあり得ない。これに対し,静脈内投与の場合,投与された薬物の全量が短時間に循環血液中に移行することから,経口投与での用量を静脈内投与での用量とそのまま比較することはナンセンスである。」として,同様の指摘がされている。

以上によると,旧試験,新試験及びP12らの実験の結果は,いず
れも,ヒトが臨床用量のタミフルを服用した場合に中枢神経抑制作用が生じることを裏付けるものとはいい難い。
(イ)P18意見の検討

これに対し,原告らは,①一般に,動物実験において薬剤が大量投
与されるのは,少数の動物で確実に毒性を検出するためであり,毒性が現れやすい特別な条件におけるヒトでの毒性発現を予測するためでもある,②タミフルには閾値は存在しない,③ヒトのタミフルに対する感受性はラットのタミフルに対する感受性の18.7倍であり,P12らの実験においてラットに投与されたタミフルの量は,ヒトの臨床用量とさほど異ならない,④製薬会社が実施した前記2(3)エ(ウ)の試験において,
pH4の酸性溶液をマウスの静脈内に投与したところ,
オセルタミビル5㎎/㎏群及び50㎎/㎏群で何の反応も見られなかったのに対し,100㎎/㎏群では毒性所見が,250㎎/㎏群では死亡例を含め様々な症状がそれぞれ発現していることから,マウスの毒性所見はpH4の酸性溶液を静脈内注射したことによるものではなく,オセルタミビルの作用と考えることが合理的であるなどとして,上記各動物実験の結果は,ヒトが臨床用量のタミフルを服用した場合に外挿することができる旨主張する。
そして,
P18の鑑定意見書
(乙
115),別件訴訟における証人調書(甲37)及び本件訴訟における証言中にも,
これに沿う内容の供述記載部分ないし供述部分がある。

しかしながら,上記①及び②の点については,P19の意見書(乙
15,72),別件訴訟における証人調書(甲38)及び本件訴訟における証言では,「薬物の毒性発現については,ある一定量以上の量を投与すると毒性が現れるもの,すなわち閾値が存在するものと,少量でも投与すると毒性が現れる確率が高まるとみなされているもの,すなわち閾値が存在しないものとがある。タミフルについては,複数の遺伝毒性試験においていずれも陰性の結果が得られていて遺伝毒性はなく,がん原性もないものと判断されており,また,実際に動物実験においても一定量以下の動物には死亡例はなく,更に低用量のタミフル群では特段の異常が見られないのであるから,閾値が存在すると考えるのが適切である。中枢神経系の働きにおいては,神経繊維や筋繊維において,刺激の強さが閾値を超えると興奮し,閾値より小さい刺激の場合には全く興奮を生じない『全か無かの法則』に従って神経情報が伝達されること(乙27)から,仮に閾値を超える高用量のタミフルが中枢神経抑制作用を有するとしても,そうでない臨床用量では,瀕死状態につながるような中枢神経抑制作用が起こるとは考えられない。動物実験において大量の薬物を投与することが有効なのは,閾値が存在しないものについてであって,閾値が存在するタミフルには当てはまらない。」旨の意見が述べられており,その内容は合理的であるのに対し,タミフルに閾値が存在しないと認めるに足りる的確な証拠はない。したがって,この点に関する原告らの主張は,採用することができない。
次に,上記③の点については,原告らの主張は,「(a)ラットにタミフル10㎎/㎏を投与したときの最高血漿中濃度は147ng/mLである(前記2(3)エ(イ))のに対し,(b)ヒトにタミフル300㎎を経口投与したときの最高血漿中濃度は1377ng/mLである(前記2(3)エ(ア))ところ,ヒトの体重を60㎏として計算すると,ヒトにタミフル10㎎/㎏を投与したときの最高血漿中濃度は2754ng/mL(137
7ng/mL×10㎎/㎏÷(300㎎÷60㎏)=2754ng/mL)となるから,タミフルに対するヒトの感受性は,タミフルに対するラットの感受性の約18.7倍(2754ng/mL÷147ng/mL=18.7)と算定される。」旨の立論を前提とするものである。しかしながら,前記2(3)エ(ア),(イ)で認定したとおり,上記(a)の147ng/mLはオセルタミビル未変化体の最高血漿中濃度であるのに対し,上記(b)の1377ng/mLはオセルタミビル活性体の最高血漿中濃度であって,比較の対象が異なる。かえって,上記(b)についてオセルタミビル未変化体のそれは238.9ng/mLであり(前記2(3)エ(ア)),これを基に原告らと同様の計算をすると,約3.3倍(238.9ng/mL×10㎎/㎏÷(300㎎÷60㎏)=477.8ng/mL。477.8ng/mL÷147ng/mL=3.3。)となるから,オセルタミビル未変化体に対するヒトとラットの感受性の差はさほど大きなものではないといわなければならない。したがって,この点に関する原告らの主張も,採用することはできない。
上記④の点については,P19の意見書(甲42)及び証言では,「酸性溶液投与による毒性は,溶液のpHだけではなく,存在する酸の種類や濃度にも依存している。製薬会社の前記2(3)エ(ウ)の試験では,pH4の酢酸緩衝液が使用されたことが示されているが,その濃度は示されていないところ,少なくとも直接静脈内投与しても大きな障害を起こさない低濃度の酢酸緩衝液が用いられているはずである。これにリン酸オセルタミビルという酸性物質を加えて溶解していることから,それを含む液と含まない液とは酸の濃度に差が生じ,リン酸オセルタミビルの高用量投与群において酸による影響が現れても不思議ではない。実際,上記試験では,100㎎/㎏群で血栓や血管周囲の炎症が認められており(前記2(3)エ(ウ)),これは酸性溶液による投与部位局所に対する障害の結果と推定される。」旨の意見が述べられていることに照らすと,原告らの指摘する実験結果は,前記(ア)cで説示したところを覆すようなものではない。
(ウ)P21らの実験結果について

なお,前記2(3)カで認定したとおり,P21らの実験結果では,マ
ウスの腹腔内にタミフルを投与したところ,用量依存性のある体温低下が見られたとされている。

しかしながら,他方,前記2(3)エ(ケ),カ,キ,(6)オ(ア)e,fで
認定した事実によると,①P21らの実験結果では,30㎎/㎏群で見られた体温低下は,最大でも1℃に満たない僅かなものであったこと,②臨床試験では,低体温が認められたのは,タミフルを投与した患者6974名のうち1名,投与しなかった患者4187名のうち1名であり,両者に有意差はなかったこと,③別の動物実験では,ラットに500㎎/㎏,763㎎/㎏及び1000㎎/㎏の各用量のオセルタミビルを単回経口投与したところ,投与後1時間でのみ,全ての投与群で短時間かつ用量非依存性の軽度体温低下が認められたが(平均低下度は,500㎎/㎏群及び763㎎/㎏群では-0.4℃,1000㎎/㎏群では-0.5℃),投与の2時間後には体温低下は消失している上,一般に,大型哺乳類は,げっ歯類よりも温度感受性が低いことから,体温低下作用のある薬剤の作用がげっ歯類で認められても,ヒトにおいてはその作用が著しく減弱するという指摘がされていること,④安全対策調査会においても,P21らの実験結果が検討された上で,タミフルの中枢神経系への作用に関し,異常行動や突然死などとの因果関係を直接的に支持するような結果は現時点においては得られていない旨の判断がされたこと等を指摘することができる。c
そうすると,P21らの実験結果についても,それのみでは直ちに,
ヒトの臨床用量のタミフル服用が中枢神経抑制作用を有することを裏付けるものであるということはできない。

小括
以上によれば,飛び降り(転落)等の異常行動については,インフルエ
ンザ自体によっても生じる可能性があり,タミフルに特異なものであるということはできない上,タミフル服用と異常行動との因果関係を肯定するに足りる疫学調査結果等はいまだ存しない。また,オセルタミビルの神経細胞上の受容体等への結合性を調べるバインディング・アッセイの結果が,オセルタミビルが中枢神経系に作用しない可能性が高いことを示している一方で,これまでに行われた動物実験の結果は,いずれも,ヒトの臨床用量のタミフル服用が中枢神経抑制作用を有することを裏付けるものではない。これらについては,前記2(6)で認定したとおり,関係各分野の専門家によって構成された安全対策調査会においても,度重なる検討を経て,同旨の判断がされているところである。
そうすると,これまでの種々の一般的な知見を総合しても,タミフル服用と異常行動との間の因果関係の有無については,いまだ明らかにはなっていないといわざるを得ない。
(3)亡P3及び亡P4についての個別的検討

亡P3の異常行動についての検討

(ア)転落等の異常行動については,インフルエンザ自体によっても生じる可能性があり,タミフル服用と異常行動との間の因果関係の有無はいまだ明らかにはなっていないことは,
前記(2)で説示したとおりであるとこ
ろ,前記2(8)で認定した事実によると,①亡P3(当時14歳)は,平成17年2月4日午後5時頃には発熱を訴え,②翌5日午前11時ないし11時30分頃に受診した際には,39.4℃の発熱があって咽頭痛,関節痛,倦怠感等を訴え,A型インフルエンザと診断されたものであり,③同日午後4時頃,タミフル1カプセルを服用し,④同日午後6時40分頃,自宅のあるマンション9階の階段付近から転落したが,⑤看護に当たっていた母P7は,救急搬送先の病院において,亡P3が激しい頭痛を訴え,熱でもうろうとしていたことや,「こんなに熱や頭痛でつらいなら,死んだ方がましだ。」と発言していたこと等を説明したというのである。
このような亡P3の症状や転落までの経緯等に照らすと,亡P3の転落がインフルエンザ自体による可能性もあながち否定し去ることはできないといわなければならない。
(イ)この点について,原告らは,亡P3はタミフル服用前に37.5℃まで解熱していたものであり,インフルエンザ等が異常行動に関与していた可能性は極めて低い旨主張し,P7の陳述書(甲40)及び証言中には,
「亡P3は,平成17年2月5日午前11時頃の受診時に39.4℃の高熱があったものの,その後大量に汗をかいて着替えるなどして,午後4時頃には37.5℃まで熱が下がり,お粥をおかわりして2杯食べたり姉と言い合いをする程度にまでなり,その食事の後タミフルを服用した。」旨の供述記載部分ないし供述部分が存在する。
しかしながら,前記2(8)で認定した事実によると,平成17年2月5日当日,亡P3が救急搬送されたP8病院において,P7は,亡P3が①P7に対して「死にたい。」と言っていたこと,②同日に近医でインフルエンザと言われ,頭痛を訴えていたこと,③熱でもうろうとしていたことを伝えたというのであり,同病院の救急外来患者記録には,上記①の内容の記載部分について,「高熱の時,とても頭が痛く,こんな思いをするなら死んだ方がましだ!と怒っていた」ということである旨の説明を記した付せんが付され,診療録にも,「熱でもうろうとして落ちたのか,自分の意思で落ちたのか分からない。」,「寝ている時,こんなに熱や頭痛でつらいなら,死んだ方がましだという発言はあった。」と記載されているところ,「死にたい。」ないし「死んだ方がましだ!」というほどの頭痛があったことや,熱でもうろうとしていたことは,亡P3の罹患した疾病の状態がインフルエンザの中でも重度のものであったことを示すものとみられる。P7は,平成26年7月2日に行われた証人尋問において,救急外来患者記録における上記③の内容の記載部分について,「熱でもうろうとしていたというのは,頭痛を訴えていた時のことではないか。その後,熱が下がったということが書かれていないが,自宅ではちゃんと熱は下がっていた。」旨供述するけれども,熱がどの程度下がっていたかを示す客観的な証拠はない上,9年以上前の出来事について記憶が一部変容等している可能性も否定することはできない。そして,救急搬送された病院において,直近の状態が明らかに熱が下がり快方に向かっていたのであれば,その旨を伝えるのが自然であると思われることをも勘案すると,P7の上記供述記載部分ないし供述部分のみによって,亡P3がタミフルを服用する前に37.5℃まで解熱していたなどの事実をそのまま認定することはできない。
また,この点を暫く措くとしても,前記2(5)イ,(6)アで認定した事実によると,平成17年度第1回安全対策調査会では,参考人として出席していた専門家から,「インフルエンザに罹患すると,インフルエンザ脳症に罹患することがあるほか,高熱になると,非特異的な症状として,高熱によるせん妄状態が起きることがある。後者は,熱が出たときにも起きるが,熱が下がってからも出ることがあり,薬剤を飲んで起きたのか,原疾患によるものかの判断が難しい。」旨の指摘がされており,現に,医療機関等から厚労省医薬食品局に報告された事例の中にも,朝から38℃台の発熱のあった14歳男児が,36℃台になって登校し,夜零時前に就寝後,夢の中で何かに追いかけられ,逃げようとして自宅庭に飛び降り,右第2~4中足骨を骨折した事例のように,一旦解熱した後に異常行動が出現したケースも存在したというのである。
そうすると,仮に,亡P3がタミフルを服用する前に37.5℃まで解熱するなどしていたのであったとしても,このことをもって直ちに,亡P3の転落がインフルエンザ自体による可能性はなく,タミフルの服用によってもたらされたものであることについて高度の蓋然性が認められるとまでいうことはできない。
(ウ)以上のとおり,亡P3の症状や転落までの経緯等は,亡P3の転落がインフルエンザ自体によるものであったとしても矛盾するものではなく,
前記(2)で説示したところを併せ考慮すると,
本件全証拠によっても,
タミフルの服用が亡P3の転落を招来したという関係を高度の蓋然性をもって認めることはできないものといわざるを得ない。

亡P4の異常行動についての検討

(ア)転落等の異常行動については,インフルエンザ自体によっても生じる可能性があり,タミフル服用と異常行動との間の因果関係の有無はいまだ明らかにはなっていないことは,
前記(2)で説示したとおりであるとこ
ろ,前記2(9)で認定した事実によると,①亡P4(当時14歳)は,平成19年2月15日,朝から寒気を訴え,夜には発熱があり,②翌16日午前に受診した際には,38.2℃の発熱があって,咽頭痛,少量の鼻汁,軽度の咳症状等を訴え,B型インフルエンザと診断されたものであり,③同日午前11時頃,タミフル1カプセルを服用し,④同日午後零時46分頃,自宅のあるマンション10階の共用通路の柵を乗り越えて転落したというのであり,亡P4が罹患したインフルエンザ疾患が重度でなかったとか軽快していたというような事情を認めるに足りる証拠はない。
このような亡P4の症状や転落までの経緯等に照らすと,亡P4の転落がインフルエンザ自体による可能性もあながち否定し去ることはできないといわなければならず,タミフルの服用後短時間で転落したことのみをもって,直ちに亡P4の転落がインフルエンザ自体による可能性はなく,タミフルの服用によってもたらされたものであることについて高度の蓋然性が認められるとまでいうことはできない。
(イ)以上のとおり,亡P4の症状や転落までの経緯等は,亡P4の転落がインフルエンザ自体によるものであったとしても矛盾するものではなく,
前記(2)で説示したところを併せ考慮すると,
本件全証拠によっても,
タミフルの服用が亡P4の転落を招来したという関係を高度の蓋然性をもって認めることはできないものといわざるを得ない。
(4)まとめ
以上によれば,本件証拠上,亡P3及び亡P4の異常行動(マンション高層階からの転落)については,インフルエンザ自体が原因でありタミフルの副作用に起因するものではなかった可能性もあながち否定することはできず,結局,タミフルの副作用に起因するものであったことが高度の蓋然性をもって証明されたということはできない。
したがって,亡P3及び亡P4の死亡は,いずれも各々が服用したタミフルの副作用によるものであるとは認められないといわざるを得ないから,本件各不支給決定は適法である。
第4

結語
よって,原告らの請求はいずれも理由がないから,これを棄却することとし,
主文のとおり判決する。

名古屋地方裁判所民事第9部

裁判長裁判官

福井章代
裁判官

笹本哲朗
裁判官

西脇
真由子

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