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各遺族基礎年金不支給決定取消請求事件
事件番号平成25(行ウ)73
事件名各遺族基礎年金不支給決定取消請求事件
裁判年月日平成27年3月19日
法廷名名古屋地方裁判所
判示事項国民年金の被保険者であった者と死亡当時起居を共にしていなかった妻及び子に対する遺族基礎年金の各不支給決定処分が違法とされた事例
裁判要旨国民年金の被保険者であった者と死亡当時起居を共にしていなかった妻及び子に対する遺族基礎年金の各不支給決定処分につき,妻及び子は長年にわたって被保険者の収入から生活費等の出捐を受けて生活してきたもので,被保険者の暴力等によりDV被害者の一時保護施設に避難することを余儀なくされたものであること,避難開始から被保険者の死亡までの期間が短いこと,妻が自らの収入のみでは経済的に自立していたとは程遠い状況であったことなどの事情に照らすと,国民年金法(平成24年法律第62号による改正前のもの)37条の2第1項の規定する「被保険者又は被保険者であった者の死亡の当時その者によって生計を維持し(中略)たもの」に該当するとして,前記各不支給決定処分を違法とした事例
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平成27年3月19日判決言渡
平成25年(行ウ)第73号

各遺族基礎年金不支給決定取消請求事件

主文
1
厚生労働大臣が原告Aに対して平成23年10月24日付けでした遺族基礎年金の不支給決定を取り消す。

2
厚生労働大臣が原告Bに対して平成23年10月24日付けでした遺族基礎年金の不支給決定を取り消す。

3
厚生労働大臣が原告Cに対して平成23年10月24日付けでした遺族基礎年金の不支給決定を取り消す。

4
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由

第1

請求

主文と同じ。
第2
1
事案の概要
本件は,国民年金の被保険者である亡Dが死亡したことから,その妻である
原告A,長男である原告B及び次男である原告Cが,厚生労働大臣に対し,それぞれ遺族基礎年金の裁定を請求したところ,厚生労働大臣から,遺族基礎年金をいずれも支給しない旨の決定(以下「本件各不支給決定」という。)を受けたため,その取消しを求める事案である。
2
関係法令等の定め

(1)関係法令等の詳細
関係法令等の詳細は,別紙「関係法令等の定め」に記載したとおりである。(2)国民年金法(平成24年法律第62号による改正前のもの。以下「法」という。)

遺族基礎年金は,被保険者又は被保険者であった者(以下「被保険者等」と
いう。)が死亡したとき(死亡した者につき,死亡日の前日において,死亡日の属する月の前々月までに被保険者期間があり,かつ,当該被保険者期間に係る保険料納付済期間と保険料免除期間とを合算した期間が当該被保険者期間の3分の2に満たないときを除く。)に,その者の妻又は子に支給する(37条1号)。イ
遺族基礎年金を受けることができる妻又は子は,被保険者等の妻又は子(以
下単に「妻」又は「子」という。)であって,被保険者等の死亡の当時その者によって生計を維持し,かつ,次に掲げる要件に該当したものとする(37条の2第1項)。
1号

妻については,被保険者等の死亡の当時その者によって生計を維持し,か
つ,次号に掲げる要件に該当する子と生計を同じくすること。
2号

子については,18歳に達する日以後の最初の3月31日までの間にある
か又は20歳未満であって障害等級に該当する障害の状態にあり,かつ,現に婚姻をしていないこと。

法37条の2第1項の規定の適用上,被保険者等によって生計を維持してい
たことの認定に関し必要な事項は,政令で定める(37条の2第3項)。(3)国民年金法施行令(平成26年政令第9号による改正前のもの。以下「施行令」という。)
法37条の2第3項を受けて,施行令6条の4は,法37条の2第1項に規定する被保険者等の死亡の当時その者によって生計を維持していた妻又は子は,当該被保険者等の死亡の当時その者と生計を同じくしていた者であって厚生労働大臣の定める金額以上の収入を将来にわたって有すると認められる者以外のものその他これに準ずる者として厚生労働大臣が定める者とするとしているが,上記「その他これに準ずる者」については,未だ厚生労働大臣の定めは置かれていない。(4)国民年金法等における遺族基礎年金等の生計維持の認定に係る厚生大臣が定める金額について(昭和61年庁保発第14号社会保険庁年金保険部長通知)〔別添〕遺族基礎年金等の生計維持の認定に係る厚生大臣が定める金額(昭和61年3月31日厚生大臣)
施行令6条の4に規定する厚生大臣が定める金額は,年額600万円とする。3
前提事実(証拠等の掲記がないものは当事者間に争いがない。以下,書証番
号は,特記しない限り枝番を含む。)
(1)当事者等

原告Aは,平成13年6月6日に亡Dと婚姻し,同人との間に,平成14年
7月24日に長男原告B,平成16年7月8日に次男原告Cをもうけた。(甲1)イ
亡D(昭和48年11月28日生)は,平成21年2月20日まで厚生年金
保険の被保険者資格を有していたが,同月21日に同資格を喪失し,同日,国民年金の第1号被保険者資格を取得した。その後,亡Dは,同年10月14日に第1号被保険者から第3号被保険者に,平成22年4月1日に第3号被保険者から第1号被保険者に,それぞれ種別変更され,後記エのとおり平成23年1月17日に死亡した当時は第1号被保険者であった。亡Dが第1号被保険者であった期間(平成21年2月から同年9月までの間及び平成22年4月から同年12月までの間)の保険料は,全額免除されていた。(甲4,5)

原告らは,住民票上は,亡Dと同一世帯に属していたものの,平成22年9
月15日から,ドメスティック・バイオレンス(以下「DV」という。)の被害者として一時保護施設等に入所しており,平成23年1月17日当時,亡Dと起居を共にしていなかった。(甲6,18,乙1ないし3,原告A本人)エ
亡Dは,平成23年1月17日に死亡した。(甲1)


原告Aの平成22年度の給与収入は,194万3983円であった。(乙5)

(2)本件各不支給決定

原告Aは亡Dの妻として,原告B及び原告Cは亡Dの子として,平成23年
9月5日,
厚生労働大臣に対し,
遺族基礎年金の裁定をそれぞれ請求した
(以下
「本
件各裁定請求」という。)。

厚生労働大臣は,平成23年10月24日,原告らに対し,本件各裁定請求
について,亡Dの死亡当時,原告らは亡Dによって生計を維持されていたとは認められないとして,遺族基礎年金を支給しない旨の本件各不支給決定をし,原告らにその旨を通知した。(甲2)
(3)本件訴訟に至る経緯

原告らは,平成23年11月2日,本件各不支給決定を不服として,東海北
陸厚生局社会保険審査官に対し,それぞれ審査請求をしたところ,平成24年6月21日,同審査官から,同各審査請求をいずれも棄却する旨の決定を受けた。(甲3,4)

原告らは,上記決定を不服として,平成24年8月24日,社会保険審査会
に対し,それぞれ再審査請求をしたところ,平成25年1月31日,同審査会から,同各再審査請求を棄却する旨の各裁決を受けた。(甲5)
(4)本件訴訟の提起
原告らは,平成25年7月31日,本件各不支給決定の取消しを求めて本件訴訟を提起した。(顕著な事実)
4
争点及び当事者の主張

本件の争点は,本件各不支給決定の適法性であり,具体的には,原告らが,亡Dの死亡当時(平成23年1月17日当時),亡Dによって生計を維持していたもの(法37条の2第1項)に該当するか否かである。
(被告の主張)
(1)法37条の2第1項柱書きによると,遺族基礎年金を受けることができる妻又は子は,「被保険者等の死亡の当時その者によって生計を維持し」ていたことを要するものとされている(以下「生計維持要件」ともいう。)。この規定は,その文言から明らかなとおり,被保険者等の「死亡の当時」に生計維持関係にあることを必要としているから,生計維持要件を満たすかどうかは,被保険者等が死亡した時点における事情を基礎として判断すべきである。また,遺族基礎年金は,被保険者等の死亡によって遺族の生活の安定が損なわれることを防止するために支給されるものであるから,生計維持関係にあるというためには,被保険者等が死亡した時点で,被保険者等から遺族に対する一定程度の経済的援助が現実にされていたことが必要であるというべきである。
(2)次のアないしオの事情によれば,原告らは,亡Dの死亡当時,亡Dの収入によって生計を維持していたものには該当しないというべきである。ア
原告Aは,別居前の平成21年9月から働き始め,自らの給与のみで原告ら
の生活費を賄っていた。別居後も,原告Aは,フルタイムの正社員として働き,月に20万円前後を得て原告らの生活費を賄っていたものであり,亡Dから経済的に自立していた。

原告Aは,亡Dとの結婚生活に限界を感じて別居した後,亡Dと音信不通の
状態となっており,亡Dから経済的援助を受けた事実はない。

原告Aが別居する際に自宅から持ち出した金員の中身は,原告Aの給与と原
告B及び原告C名義の各預貯金である。また,これらの金員は,亡Dに無断で持ち出されたのであるから,亡Dの原告らに対する経済的援助と評価することはできない。

原告Aは,
亡Dが原告Bに暴力を振るった旨供述するけれども,
上記供述は,

暴行が始まった時期や回数といった主要な部分に変遷があり,信用することはできない。亡Dによる限度を超えた暴行等があったとは認められないから,原告らが亡Dと別居をしたことがやむを得ない理由によるものということはできない。オ
原告Aは,亡Dとの結婚生活に限界を感じて別居し,別居後も音信不通の状
態を続け,亡Dとの関係を修復しようとすることはなかったばかりか,平成23年1月6日には離婚調停の申立てに及んでおり,原告らと亡Dとの関係は,修復困難な状態であった。
(3)以上によれば,原告らは法37条の2第1項の生計維持要件を満たさないから,本件各不支給決定は適法である。
(原告らの主張)
(1)被保険者側に起因する事情により配偶者等がやむを得ず別居した事案においては,婚姻関係の破綻の有無・程度や修復可能性,夫婦共有財産の用いられ方,直接的な給付が困難な事情が止めば他方配偶者への扶養的な給付があり得たかといった要素を中心に,生計維持関係を否定せざるを得ないだけの例外的事情が存在したといえるかどうかを慎重に判定すべきである。
そして,生計維持関係の判断基準時については,被保険者等の死亡時を基準としつつも,その前後の幅をもった一定期間の事情を考慮する必要がある。(2)次のアないしエの事情によれば,原告らは,亡Dの死亡当時,亡Dの収入によって生計を維持していたものに該当するというべきである。

亡Dは,遅くとも平成21年11月には不眠や抑うつ症状を示しており,平
成22年5月に亡Dの父親が自殺したことにより,更に精神症状が悪化し,原告Bに対する暴力,
自殺未遂,
子の面前で酔ってガス栓を開ける等の問題行動に及んだ。
このため,原告らは,亡Dの暴力行為等に耐えかねて,平成22年9月に別居するに至ったものであり,別居にはやむを得ない理由がある。

原告Aは,平成23年1月6日に離婚調停を申し立てるまでの間,亡Dに対
し離婚したい旨を伝えたことはなく,別居したのは,亡Dの精神状態が悪かったため,冷却期間をおいたにすぎない。

原告Aは,別居時に,原告Aの給与13万円,原告B及び原告C名義の各預
金合計52万8040円を持ち出しているところ,これらはいずれも夫婦共有財産であるから,亡Dの原告らに対する婚姻費用分担義務の先渡しと評価することができる。また,原告Aは,原告らの生活を維持するために原告Aの実家から借入れをしており,原告Aの収入のみで生計を維持することができる状態にはなかった。エ
亡Dは,平成22年11月2日当時,188万円の預金を有し,平成22年
の一年間で少なくとも純利益150万円の稼ぎがあるなど,資力を有していた。また,亡Dは,原告らが密かに自宅を出た後,原告らの所在を捜すとともに,精神科で治療を受けたり,DV防止プログラムを受講したり,就職活動を始めたりするなど,原告Aとの婚姻関係修復に向けた行動に出ており,原告らを扶養する強い意思を有していた。
(3)以上によれば,
原告らは法37条の2第1項の生計維持要件を満たしており,
本件各不支給決定は違法である。
第3
1
当裁判所の判断
法は,死亡等によって国民生活の安定が損なわれることを国民の共同連帯に
よって防止し,もって健全な国民生活の維持及び向上に寄与することを保険給付の目的としているものであり(法1条),遺族年金は,被保険者等が死亡した場合における遺族の生活の安定と福祉の向上を図る社会保障的性格を有する公的給付である。このような遺族年金制度の趣旨,目的や法37条の2第1項柱書きの文言に照らすと,同項の規定する「被保険者又は被保険者であった者の死亡の当時その者によって生計を維持し(中略)たもの」とは,被保険者等の死亡の当時,被保険者等の収入等に依拠して生計を維持していた者であることが前提とされているものということができ,そのように生計を維持していた者であるというためには,当該妻又は子等が,被保険者等の収入等から生活費等の出捐を受け,当該被保険者等の収入等からの出捐が得られなければ自己の生計の維持に支障を来すこととなる関係の存在を必要とするものと解するのが相当である。もっとも,被保険者等の収入が途絶えていた場合であっても,それが一時的な失職等によるものであり,生計の担い手が根本的に変わったわけではないときには,上記関係を直ちに否定することはできないし,当該妻又は子等が被保険者等と別居していた場合であっても,別居の一事をもって直ちに上記関係を否定することはできず,別居期間の長短,別居の原因やその解消の可能性,経済的な援助の有無や定期的な音信・訪問の有無等を総合的に考慮して,上記関係の有無を判断すべきである。そして,同項が「死亡の当時」と規定していることや上記制度の趣旨,目的等からすれば,生計維持関係の判断に当たっては,被保険者等の死亡時という一時点の事情のみではなく,同時点を中心としつつもある程度の幅を持った期間の事情を考慮することも許容されているものと解される。
2
そこで,以上の見地に立って,本件における生計維持関係の有無について検
討するに,前記前提事実に掲記の証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実が認められる。
(1)原告ら及び亡Dの家族構成等
原告Aは,平成9年夏頃から亡Dと同居生活を始め,平成13年6月6日,亡Dと婚姻した。両者の間には,平成14年7月24日に原告Bが,平成16年7月8日に原告Cが,それぞれ出生した。(甲1,18,原告A本人)
(2)原告らと亡Dの別居に至るまでの生活状況等

原告Aは,当初は共働きをしていたが,平成14年6月,原告Bの出産が間
近に迫ったのを機に退職し,
その後は,
専業主婦として家事や育児に専念してきた。
他方,亡Dは,同居開始当初から,会社勤めをしており,何度か転職することはあったものの,400~500万円程度の年収を維持し,原告Aの退職後は,一家の家計を独りで支えてきた。(甲18,原告A本人)

亡Dは,平成21年1月頃から,当時勤務していた釣り具メーカーの社長と
の人間関係の悪化からうつ症状に陥って欠勤を繰り返すようになり,同年2月に退職した。退職後,亡Dは,自宅で過ごしていたが,同年4月頃から,不眠,抑うつ状態となり,原告Bがジュースをこぼすといった些細な出来事をきっかけに激しく立腹し,原告Bの頬が赤くなるほど殴ったり,顔面に物を投げつけてけがをさせるなどし,原告Aに対しても,性行為を強要するなどした。亡Dは,不調を覚え始めた当初は,自宅近くのクリニックで入眠剤等の投与を受けていたが,同年11月16日,Eクリニックを受診して混合性不安抑うつ障害と診断され,以来,2週間に1度程度の頻度で同クリニックにおいてカウンセリングや投薬等の治療を受けた。(甲5ないし7,16,18,19,原告A本人)

亡D及び原告ら一家は,亡Dが平成21年2月に退職した後,亡Dの雇用保
険給付や子ども手当,退職前に蓄えた預貯金等で生活していたが,同年8月には雇用保険給付が終了した。そこで,原告Aは,生活費を補うため,派遣社員として就労することにし,同年9月,産休取得者が職場復帰する平成22年3月末までという約定で,F株式会社に勤務した。上記派遣期間が満了する頃には,後記エのとおり,亡Dはインターネットオークションの自営業を始めていたが,その精神状態は依然として不安定なままであり,自営業も始めたばかりで先行きが見通せなかったことから,原告Aは,上記派遣期間満了後も引き続き就労することにし,同年4月から同年9月までの間,株式会社Gで勤務した。(甲6,18,乙5,原告A本人)エ
亡Dは,長年釣り具業界で働き,自らが使用しなくなった釣り具や友人から
処分を依頼された釣り具等をインターネットオークションで売買するのを趣味にしていたところ,次第に取引を拡大し,平成22年2月頃には,釣り具業界で働いていた際の人脈を活かして,知り合いの釣具店から不良在庫となっていた商品の釣り具を自宅の一室が一杯になるほど預かり,これをインターネットオークションにおいて「H」という屋号で販売し,同釣具店から代行手数料を得る自営業(以下「本件自営業」という。)を始めた。これに伴い,亡Dは,同年3月25日,それまでインターネットオークションによる釣り具の売買等のために利用していた「D」名義の銀行預金口座のほかに,
専ら本件自営業に係る取引のために使用する目的で
「H
D」名義の銀行預金口座を新たに開設した。(甲6,7,18,21,原告A本人)オ
原告Aは,亡Dの精神状態が不安定で,本件自営業に係る収益の状況等を十
分に管理することができなかったこともあって,派遣社員として働くようになった後は,原告A名義の口座に振り込まれた給与を,家賃や電気料等の引き落としがされる亡D名義の口座に移す方法によって家賃,電気料等の支払をしていた。一方,亡Dは,本件自営業で得た収入の中から,家族で外出したり外食するなどした際の費用や自動車保険料等をその都度支払い,原告Aと協力し合って一家の生活を支えていた。(甲10,14,18,21,原告A本人)

亡Dは,平成22年3月頃から,感情の起伏が激しくなり,自殺願望を顕わ
にしたり,原告Bに暴力をふるったりするなど精神的に不安定な状態であった。このため,原告Aは,この頃,亡Dとの別居を考えたものの,原告Bに強く反対され,これを思いとどまった。その後,亡Dは,同年5月に父親が自殺したことに激しい衝撃を受け,更に精神状態が極度に悪化し,同年8月以降,原告Aに対し,家族を道連れにして死にたいと何度も口にするようになり,同年9月には,突如出奔して父親の自殺現場を訪れたほか,アルコールと睡眠薬を大量に摂取した後,原告B及び原告Cの面前において,ガスホースを自宅の居間に引き込み,ガス自殺を図ろうとするに至った。この間の精神状態や生活状況等について,亡Dは,通院していたEクリニックの医師に対し,①同年3月15日には,「以前息子に暴力をふるった。
食卓をひっくり返して茶碗が当たってけがをさせた。今回は息子をはたき,部屋に閉じこもり,自殺をしようとした。」,②同年6月16日には,「父を亡くしたショックが大きかった。後追いの気持ちを吐露したら慰められた。」,③同年9月2日には,「精神状態があまり良くない。父が自殺した所に出て,手を合わせた。自制ができなくなっている。」,④同年9月16日には,「薬と酒を同時に服用した。かーっとなってしまうと己を見失っているところがあり,DV的である。」などと打ち明けた。(甲7,8,18,原告A本人)

原告Aは,前記カのとおり,亡Dが子らを巻き込んでガス自殺を試みるに至
ったことから,子供らの生命の危険さえ感じ,平成22年9月15日,原告B及び原告Cを学校等に迎えに行った後,自宅には帰らず,そのままDV被害者として愛知県半田市内の一時保護施設に避難した。一時保護施設では,DV加害者との接触は禁じられていることもあって,原告Aは,自宅を出るに当たり,①平成22年8月20日に原告A名義の口座に同月分の給与として振り込まれた約15万円のうち13万円,②原告B名義の預貯金32万7024円及び③原告C名義の預貯金20万1016円を当座の生活資金に充てるために持ち出した。(甲6,10,11,14,16,18,原告A本人)
(3)別居後の原告らの生活状況

原告Aは,一時保護施設に避難した後,名古屋市αの相談員から,今後の身
の振り方について弁護士の助言を受けた方がよいと勧められた。
そこで,
原告Aは,
名古屋市のDV相談援助事業の一環として法律相談の予約をしてもらい,平成22年10月1日,紹介されたI弁護士の事務所を上記相談員と共に訪れ,DV被害者として避難後の住所が亡Dに明らかにならない形で離婚調停を申し立てることを依頼した。(甲16ないし18,原告A本人)

原告らは,平成22年10月3日,前記アの相談員の助力を得て愛知県犬山
市内の母子生活支援施設(J)に入所した。母子生活支援施設においては,住居費は不要であるものの,衣食は自弁することになっていた。原告Aは,身の回りの僅かな日用品のみを携えて一時保護施設に避難したことから,学用品や布団,自転車等の購入のために避難時に持ち出した前記(2)キ①の現金13万円を直ぐに使い果たし,実家から20万円の支援を受けて当面の生活費を賄った。その後,原告Aは,ハローワークで就職先を探し,同月下旬,株式会社Kに就職し,亡Dが死亡するまで,
母子生活支援施設に居住しながら,
月額15万円程度の手取り収入を得ていた。
(甲6,18,乙5,原告A本人)

原告らは,自宅を出た後も,転居届を提出することはなく,住民票上は,亡
Dが死亡するまで同人を世帯主とする同一世帯に属していたが,実際には,前記イのとおり母子生活支援施設に入所しており,亡Dに連絡を取ることもなかった。一方,亡Dは,後記(4)ア及びイのとおり,原告らの行方を捜し回ったり,Eクリニックの医師にDVについて相談したり,DVの講習会に参加して自らの態度を改めようとするなどしたが,原告Aは,亡Dが死亡するまで,このような避難後の亡Dの詳しい様子等を知ることはなかった。(乙1ないし3,原告A本人)エ
I弁護士は,前記アの面談後は,原告Aと電話やファクシミリで連絡を取り
ながら調停申立ての準備を進め,平成23年1月6日,原告Aの代理人として,名古屋家庭裁判所に夫婦関係調整(離婚)調停の申立てをした。もっとも,調停申立書が届いたのは亡Dの死亡後であったため,調停期日は一度も開かれることはなかった。(甲16,17,原告A本人)
(4)別居後の亡Dの生活状況

亡Dは,平成22年9月15日に原告らが自宅を出たまま戻ってこなかった
ことに衝撃を覚え,警察や役場,原告Aの両親,自らの母親等に照会するなどして原告らを捜し回ったものの行方が分からず,同月17日には思い詰めて首つり自殺を図った。その後も,亡Dは,原告らの行方を探索するために八方手を尽くし,石川県在住の原告Aの両親の下にも2度ほど足を運び,原告Aとやり直したいと訴えたが,原告Aに口止めされていた両親が「どこにいるか分からない。」と答えたため,手掛かりをつかむことはできなかった。(甲6ないし8,18,原告A本人)イ
亡Dは,原告らが自宅を出た後も,Eクリニックを定期的に受診した。この
間の精神状態や生活状況等について,亡Dは,同クリニックの医師に対し,①平成22年10月15日には,「妻がどんな思いかとか,子供のことが心配。今後のことなどを考える。DVを意識してプログラムを受けてみようと思う。」,②同年11月1日には,「妻からいつか連絡があり話合いができるかと思っている。」,③同月16日には,「自分の過ちに気付いた。」,④同月30日には,「家族のことは気に掛かる。」などと打ち明けた。亡Dは,自らの母にも,「裁判所からの命令でも離婚調停でも良いから,原告らと連絡を取りたい。自分の悪いところを含めて話合いをしたい。」旨述べ,同月頃に2度,母と共にDVの講習会に参加し,「パートナーは自分の所有物ではない」,「暴力として認識していない」といったDV加害者の問題点等,講習会で学んだことを手帳に書き留めた。(甲7ないし9)ウ
亡Dは,平成22年11月頃から,家族で釣具店を経営しようと考え,手持
ちの釣り具を売却して開業資金を用意し,同年12月には,名古屋市βで店舗を借りる手筈を整えた。平成23年1月頃,亡Dは,原告Aの両親の下を訪れ,釣具店の経営計画を説明したが,原告Aの両親から,亡Dの母にも仕事を手伝ってもらうという生活設計は問題であると指摘され,上記計画を取り止めた。その後,亡Dは,同月11日,Eクリニックの医師に対し,「無理のない程度にパートなどを考えている。」旨述べ,就職活動を始めた。(甲7ないし9)
(5)亡Dの死亡等

亡Dは,平成23年1月15日,自らの母に対し,映画を観に行くと言って
家を出たまま帰らず,同月17日夜,愛知県愛西市内の国立公園の一角に駐車した乗用車内に練炭火鉢を持ち込んで自殺した。亡Dの葬儀には,原告A及びその両親も参列し,原告ら家族と亡Dの母との間では,その後も交流が続いている。(甲5,
8)

亡Dは,
亡くなる前,
手帳に,
原告Aに向けて
「今まで本当にありがとう

労に気付けなくてごめんね

生まれ変わっても一緒になろうね


最後まで自分勝手

でごめんなさい」,「愛しています」などと,原告Bに向けて「手長エビつり来れなくなってごめんね

電動リールも買ってあげられなかった

ったね

さようなら

ありがとう

て「大好きだよ

船で釣りもできなか

Bが大好きなお父さんより」と,原告Cに向け

お父さんの子供に生まれてきてくれてありがとう」などとメッセ

ージを遺していたほか,「もう一度家族に会いたかった

Cのランドセル姿見たか

った」,「本当にごめんなさい」などと記載していた。(甲9)

原告Bは,亡Dから暴力を受けることがあったものの,亡Dを慕っており,
前記(2)カのとおり,
原告Aが最初に別居しようとした際に強く反対してこれを思い
とどまらせたほか,原告Aが一時保護施設への避難に踏み切った際にも,これに激しく反発した。原告B及び原告Cは,平成26年8月,原告ら訴訟代理人の作成した亡Dに関する質問に対し,「亡Dともう一度一緒に暮らしたいと思っていた。」と回答し,原告Bは,避難時の気持について,「お母さんを気絶させてもお父さんの所に行こうと思った。」,亡Dの死亡について,「さっさとJ(母子生活支援施設)から逃げてお父さんの所に行けば良かった。」などと回答した。(甲18ないし20)
(6)原告A及び亡Dの平成22年分の収入等

原告Aは,平成22年中に給与収入合計194万3983円を得た。このう
ちF株式会社から支払われたのは77万9308円(月平均25万円弱程度),株式会社Gから支払われたのは84万1365円(月平均14万円程度),避難後に就職した株式会社Kから支払われたのは32万3310円(月平均16万円程度)であった。(乙5)

亡Dは,前記(2)エのとおり,平成22年2月頃から,インターネットオーク
ションで釣り具の販売等をする本件自営業を営んでいたところ,本件自営業に係る取引のために使用する銀行預金口座に振り込まれた平成22年度の入金額は,合計約500万円であり,出金された金額は,合計約360万円であった。また,亡Dは,死亡した平成23年1月17日当時,約90万円の現金を有していた。(甲8,
18,21)
3(1)前記2で認定した事実によると,①亡Dは,平成13年6月に原告Aと婚姻してから平成21年2月にうつ病のため退職するまで約7年8か月にわたり,会社勤めを続けて400~500万円程度の年収を得る一方,原告Aは,婚姻1年後からは,専業主婦として家事や育児に専念してきたものであって,この間,一家の家計は,専ら亡Dによって支えられていたこと,②一家は,亡Dの退職後,同年8月までは,亡Dの雇用保険給付や子ども手当,退職前に蓄えた預貯金等で生活していたものであり,雇用保険給付が同月に終了したことから,原告Aは,生活費を補うため,派遣社員として働き始めたが,他方,亡Dも,平成22年2月頃からは,小規模ながらも釣り具をインターネット上で販売する本件自営業を始め,本件自営業で得た収入の中から,家族で外出するなどした際の費用や自動車保険料等をその都度支払い,うつ病の治療を続けながら,原告Aと協力し合って一家の生活を支えていたこと等を指摘することができる。
これら諸点に照らすと,原告らは,長年にわたって亡Dの収入から生活費等の出捐を受けて生活してきたものであって,亡Dがうつ病のために退職した後,このような関係が根本的に変わったものとはいい難い。
(2)そして,前記2で認定した事実によると,①原告Aは,うつ病に罹患した亡Dが原告Bに暴力を振るうなどしたばかりか,原告B及び原告Cを巻き込んでガス自殺を試みるに至ったことから,子供らの生命の危険さえ感じ,平成22年9月15日,DV被害者として原告B及び原告Cを連れて一時保護施設に避難することを余儀なくされたものであり,このように避難するに至ったことにはやむを得ない事情があったこと,②避難開始から亡Dの死亡までの期間は4か月にとどまる上,この間,原告らは,DV被害者を保護するための一時保護施設や母子生活支援施設に身を寄せ,避難生活を送っていたにすぎないこと,③原告Aは,避難するに当たり,夫婦共有財産として生活費に充てていた自らの給与を原資とする預金のうち13万円並びに原告B及び原告C名義の預貯金合計約50万円を持ち出し,一時保護施設での避難生活開始後に上記13万円を当座の生活費として費消したこと,④原告Aは,同年10月下旬に就職した後も,住居費不要の母子生活支援施設に居住しながら,
月額15万円程度の手取り収入を得てようやく親子3人で暮らしていたもので,経済的に自立していたとは程遠い暮らし振りであったこと,⑤原告AがDV被害者として接触を断ったため,避難生活開始後,亡Dと原告らとの間に音信等はなかったものの,亡Dは,原告らの行方を探索するために八方手を尽くし,遠方に住む原告Aの両親の下にも何度も足を運ぶなど,原告らと再び同居することを強く望み,うつ病の治療を続けながら,DVの講習会に参加するなどして原告らの出奔の原因を解消しようと努めていたこと,⑥原告B及び原告Cは,父親である亡Dと一緒に暮らすことを望んでおり,とりわけ原告Bは,亡Dを慕い,避難することに強く反対していたこと等を指摘することができる。
これら諸事情に照らすと,原告らは,避難生活開始後も,夫婦共有財産の持ち出しという形で亡Dの収入等から生活費等の出捐を受けており,亡Dの死亡当時も,その収入等からの出捐を得られなければ生計の維持に支障を来すこととなる関係にあったというべきである(なお,これら諸事情に照らすと,亡Dと原告Aとの婚姻関係がおよそ実体を失って形骸化し,その状態が固定化してもはや近い将来解消される見込みがなく,破綻状態に至っていたということもできない。)。(3)以上によると,原告らは,亡Dの死亡当時,亡Dによって生計を維持していたもの(法37条の2第1項)に該当するというべきである。
4
これに対し,
被告は,
前記第2の4(2)のとおり,
原告らは,
亡Dの死亡当時,

亡Dの収入によって生計を維持していたものに該当しない旨主張するけれども,被告の主張は,原告らの避難生活の実態やその原因,この間の亡Dと原告らの生活状況,
とりわけ亡Dの原告らに対する対応等に関して,
前記3(2)で説示したところと
異なる事実評価を前提とするものであるから,採用することができない。5
以上のとおり,原告らは,法37条の2第1項柱書き所定の生計維持要件を
満たしており,また,原告B及び原告Cは亡Dの死亡当時それぞれ8歳及び6歳であり,原告Aはこれらの子と生計を同じくしていたものであるから,原告Aについては同項1号の要件,原告B及び原告Cについては同項2号の要件をそれぞれ満たしている。そうすると,本件各不支給決定は違法であり,いずれも取り消されるべきである(なお,原告B及び原告Cに対する遺族基礎年金は,法41条2項により支給を停止されることになる。)。
第4

結論

よって,原告らの請求はいずれも理由があるからこれを認容することとし,主文のとおり判決する。

名古屋地方裁判所民事第9部

裁判長裁判官

福井章代
裁判官

笹本哲朗
裁判官

西脇
真由子

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