判例検索β > 平成21年(ワ)第34395号
損害賠償請求事件
事件番号平成21(ワ)34395
事件名損害賠償請求事件
裁判年月日平成27年5月25日
法廷名東京地方裁判所
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平成27年5月25日判決言渡
平成21年(ワ)第34395号

損害賠償請求事件

主文
1被告は,原告P1,原告P2,原告P3,原告P4,原告P5,原告P6及び原告P7に対し,それぞれ211万1670円及びこれに対する平成19年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告は,原告P8,原告P9,原告P10,原告P11,原告P12,原告P13,原告P14及び原告P15に対し,それぞれ259万8420円及びこれに対する平成20年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。3被告は,原告P16,原告P17,原告P18,原告P19,原告P20,原告P21及び原告P22に対し,それぞれ259万6440円及びこれに対する平成21年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。4原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
5訴訟費用は,これを5分し,その1を被告の負担とし,その余を原告らの負担とする。
6この判決は,第1項から第3項までに限り,仮に執行することができる。ただし,被告が別紙2担保金額目録の「原告名」欄記載の各原告に対し同「担保金額」欄記載の金額の担保を供するときは,その原告による仮執行を免れることができる。
事実及び理由
第1請求
1被告は,原告P1,原告P2,原告P3,原告P4,原告P5,原告P6及び原告P7に対し,それぞれ1249万9412円及びこれに対する平成19年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告は,原告P8,原告P9,原告P10,原告P11,原告P12,原告P13及び原告P14に対し,それぞれ1298万4182円及びこれに対する平成20年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。3被告は,原告P15に対し,519万4862円及びこれに対する平成20年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4被告は,原告P16,原告P17,原告P18,原告P19,原告P20,原告P21及び原告P22に対し,それぞれ1298万2202円及びこれに対する平成21年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。第2事案の概要
本件は,東京都立高等学校(以下「都立高校」という。)の教職員であった原告らが,東京都教育委員会(以下「都教委」という。)が平成18年度,平成19年度及び平成20年度に実施した東京都公立学校再雇用職員採用選考又は非常勤職員採用選考等において,卒業式又は入学式の式典会場で国旗に向かって起立して国歌を斉唱することを命ずる旨の職務命令(以下「本件職務命令」という。)に違反したことを理由として,原告らを不合格とし,又は合格を取り消した(以下,これらの選考結果等を「本件不合格等」という。)のは,違憲,違法な措置であるとして,都教委の設置者である被告に対し,国家賠償法1条1項に基づき損害賠償金(慰謝料,逸失利益及び弁護士費用)及び違法行為のあった日以降の日である上記第1の各項掲記の日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
1前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定することができる事実)
(1)当事者等(争いなし)

原告ら
(ア)平成18年度末退職者について
原告P1,同P2,同P3,同P4,同P5,同P6及び同P7の7名は,別紙3「懲戒処分一覧表」の「職務命令の日」欄記載の日当時,それぞれ同表の「学校名」欄記載の都立高校の教職員であり,平成19年3月31日をもって都立高校の教職員を定年退職又は勧奨退職したものであって,
いずれも平成18年度に実施された再雇用職員採用候補者選考への申込みをしたものの,原告P1,原告P2,原告P3,原告P4及び原告P5は,選考の結果,いずれも不合格となり,原告P6及び原告P7は,一旦合格とされた後,その合格を取り消された(本件不合格等)。(イ)平成19年度末退職者について
原告P8,同P9,同P10,同P11,同P12,同P13,同P14及び同P15の8名は,別紙3「懲戒処分一覧表」の「職務命令の日」欄記載の日当時,それぞれ同表の「学校名」欄記載の都立高校の教職員であり,
平成20年3月31日をもって都立高校の教職員を定年退職したものであって,このうち,原告P15を除く7名は,いずれも平成19年度に実施された非常勤教員採用候補者選考への申込みをしたものの,選考の
結果,いずれも不合格となり,原告P15は,再雇用職員採用候補者選考への申込みをし,一旦合格通知を受けたものの,その後,合格を取り消された(本件不合格等)。
(ウ)平成20年度末退職者について
原告P16,同P17,同P18,同P19,同P20,同P21及び同P22の7名は,別紙3「懲戒処分一覧表」の「職務命令の日」欄記載の日当時,それぞれ同表の「学校名」欄記載の都立高校の教職員であり,平成21年3月31日をもって都立高校の教職員を定年退職したものであって,このうち,原告P22を除く6名は,いずれも平成20年度に実施した非常勤教員採用候補者選考への申込みをしたものの,選考の結果,いずれも不合格となり,原告P22は,同年度の非常勤教員採用及び再任用職員採用の各採用候補者選考への申込みを行ったが,選考の結果,不合格となった(本件不合格等)。

被告
被告は,地方自治法180条の5第1項1号,地方教育行政の組織及び運営に関する法律(昭和31年法律第162号。以下「地教行法」という。)2条に基づき,都教委を設置する地方公共団体である。
都教委は,地教行法23条に基づき,学校その他の教育機関の設置管理や職員の任免等の事務を管理,
執行する権限を有する行政庁である。
都教委は,
その権限に属する事務を処理させるため,事務局として教育庁を置き(地教行法18条1項),都教委が任命した教育長(地教行法16条1項)は,都教委の指揮監督の下に,都教委の権限に属する全ての事務をつかさどる(地教行法17条1項)ほか,教育庁の事務を統括し,所属の職員を指揮監督する(地教行法20条1項)。
(2)再雇用制度,非常勤教員制度及び再任用制度

再雇用制度
都教委は,「東京都公立学校再雇用職員設置要綱」(以下「再雇用設置要
綱」という。乙7の1,7の2)を定め,定年退職等により一旦退職した教職員等を地方公務員法3条3項3号に定める特別職の非常勤職員(以下「再雇用職員」という。)として任用する再雇用制度(以下,単に「再雇用制度」という。)を実施し,教育庁人事部長が定める「東京都公立学校再雇用職員設置要綱の運用について」(以下「運用内規」という。乙8の1,8の2)により運用している。また,教育庁人事部は,嘱託員任用事務の手引を作成しているところ,同手引によれば,再雇用制度は,昭和60年の定年制の施行に伴い全都的に制度化されたものであり,その趣旨は,高年齢化社会に対応し,退職する職員に生きがいと生活の安定を与えるとともに,長年培った豊富な知識や技能を退職後も都に役立てることにあるとされている。(弁論の全趣旨)
再雇用設置要綱では,再雇用職員の職名を嘱託員とし,再雇用職員の任命につき,①正規職員を退職又は再任用職員を任期満了する前の勤務成績が良好であること,②任用に係る職の職務の遂行に必要な知識及び技能を有していること,③健康で,かつ,意欲を持って職務を遂行すると認められることという要件を備えている者のうちから,選考の上,都教委が任命することとされ,選考方法等については,教育庁人事部長が別に定めるとされている(乙7の1及び2)。
そして,運用内規では,再雇用職員(嘱託員)の選考方法について,退職又は任期満了前の勤務実績,適性及び健康状況について所属長の推薦書及び希望者の申込書を徴し,希望者の意欲及び意向を確認するため面接を行い,面接,推薦書及び申込書により希望者を総合的に判定し,採用を決定するとされている(乙8の1及び2)。
再雇用職員の雇用期間は1年以内とされ,一定の要件の下,その雇用期間を4回に限り,満65歳に達する年度の3月31日まで更新することができるとされている(再雇用設置要綱第6の1,2)。

非常勤教員制度
平成20年度に行政系職員及び教育職員を含めた被告の人事制度全体とし
て,再雇用制度を原則廃止し,定年退職後の雇用は地方公務員法28条の4及び同法28条の5に基づく再任用制度
(以下,
単に
「再任用制度」
という。

を基本とすることとなったことに伴い,都教委においても,再任用制度により再任用された職員(以下「再任用職員」という。)の一層の活用を図ることとしたが,再任用職員は勤務日数が限定されていることや,再雇用制度が廃止された場合に正規職員の負担の増加が懸念されたことから,従来,再雇用職員が担ってきた業務のうち欠かせない業務を担う非常勤の職として,「都
立学校等に勤務する講師の報酬等に関する条例」の一部改正等によって,新たに非常勤教員制度(以下,単に「非常勤教員制度」という。)を設けることとし,平成19年度にこれを導入し,平成20年4月1日からその任用を開始した。非常勤教員制度については,「都立学校等に勤務する日勤講師に関する規則」(乙12)が定められたほか,都教委により各年度の「非常勤教員採用候補者選考実施要綱」(乙13,14)が定められ,任用に当たっては,同要綱に基づき採用候補者選考を実施することとされており,その選考は,提出された書類の審査及び面接等の結果(平成19年度の同要綱),又は,勤務成績及び面接等の結果(平成20年度の同要綱)を総合的に勘案してするとされている。(乙9から乙14まで)
非常勤教員(日勤講師)の任期は1年であり,その任期を4回に限り更新することができるとされている(都立学校等に勤務する日勤講師に関する規則7条1項及び2項)。

再任用制度
再任用制度は,地方公務員法28条の4及び同法28条の5に基づく制度
である。同法28条の4第1項及び同法28条の5第1項によれば,任命権者は,当該地方公共団体の定年退職者等を従前の勤務実績等に基づく選考により,1年を超えない範囲内で任期を定め,常時勤務を要する職又は短時間勤務の職に採用することができるとされている(争いなし)。
再任用制度の概要について東京都総務局人事部及び教育庁人事部が作成した「都における再任用制度の導入(概要)」(甲96)によれば,再任用制度は,退職する職員の知識・経験を即戦力として活用することにより都民サービスの向上等行政の効率的運営を図り,退職する職員の生活設計の選択肢の一つとして,都が雇用主の立場から,年金制度の改正(年金の満額支給開始年齢を60歳から段階的に引き上げること)に合わせて公務部門における再任用の機会を設定し,高齢職員に雇用機会を提供するという基本的考え方に基づき,平成13年度から導入されたものであり,その採用方法は,従前の勤務実績に基づく選考による能力実証を経た上で採用するとされている(甲96)。
(3)平成15年10月23日付け通達の発出(争いなし)
平成15年10月23日,都教委のP23教育長は,全ての都立高校及び東京都立盲・ろう・養護学校の校長に対し,「入学式,卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について(通達)」(15教指企第569号。乙26の3。以下「本件通達」という。)を発した。
本件通達の要旨は,次の①から③までにより各学校が入学式,卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱を適正に実施するよう通達するとするものである。①

学習指導要領に基づき,入学式,卒業式等を適正に実施すること。


入学式,卒業式等の実施に当たっては,別に定める実施指針のとおり行うものとすること。



国旗掲揚及び国歌斉唱の実施に当たり,教職員が本件通達に基づく校長の職務命令に従わない場合は,服務上の責任を問われることを,教職員に周知すること。

そして,本件通達の実施指針には,国旗は式典会場の舞台壇上正面に掲揚すること,国旗掲揚の時間は式典当日の児童・生徒の始業時刻から終業時刻までとすること,式次第には「国歌斉唱」と記載すること,国歌斉唱に当たっては式典の司会者が「国歌斉唱」と発声し,起立を促すこと,式典会場において教職員は会場の指定された席で国旗に向かって起立し,国歌を斉唱すること,国歌斉唱はピアノ伴奏等により行うこと,入学式,卒業式等における教職員の服装は厳粛かつ清新な雰囲気の中で行われる式典にふさわしいものとすることなどが記載されている。
(4)学習指導要領における国旗・国歌の扱い
平成元年度以前においては,高等学校学習指導要領(以下,単に「学習指導要領」という。)では,特別活動における国旗・国歌の指導について,「国民の祝日などにおいて儀式などを行う場合には,生徒に対してこれらの祝日などの意義を理解させるとともに,国旗を掲揚し,国歌を斉唱させることが望ましいこと。」とされていたが,平成元年3月15日に改訂・告示された学習指導要領では,「入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする。」(以下「国旗・国歌条項」という。)と定められ,学習指導要領において国旗の掲揚・国歌の斉唱に係る指導方針が明確に示された(乙28,弁論の全趣旨)。
そして,平成11年3月に告示された学習指導要領では,「第4章動」の「第3

特別活

指導計画の作成と内容の取扱い」の3において,「入学式や卒

業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする。」と定められ,上記指導方針が維持されている(乙27)。
(5)原告らに対する懲戒処分等(争いなし)
原告らは,
別紙3「懲戒処分一覧表」
の同表「職務命令の日」欄記載の日に,
勤務する都立高校の卒業式又は入学式の会場において指定された席で国旗に向かって起立して国歌を斉唱することという職務命令(本件職務命令)を文書で(ただし,原告P10については口頭で)受けていたが,同表の「処分の理由」欄記載の行為(以下「本件不起立等」という。なお,卒業式又は入学式において国家斉唱時に起立しない行為一般を,以下単に「不起立等」ということがある。)をしたため,同表の「懲戒処分発令年月日」欄記載の日に同表の「懲戒処分の内容」欄記載の各懲戒処分を受けた。
(6)原告らの再雇用職員等の各採用候補者選考の申込み及び本件不合格等(争いなし)

平成18年度実施の各採用候補者選考(平成19年度任用)
平成18年10月,都教委は,都立学校の校長宛てに,平成18年度東京都公立学校の再雇用職員の採用候補者選考及び再任用職員の採用候補者選考につき,その実施に係る要領を通知した。これらの通知を受けて,原告らのうち平成18年度末に定年退職又は勧奨退職した7名(前記(1)ア(ア)参照)は,所定の手続に従って再雇用職員の採用候補者選考への申込みをし,面接を受けた。
都教委は,平成19年1月18日,上記7名の原告らに対し,当該原告らの勤務する都立高校の校長を通じて合格又は不合格を通知した。都教委は,合格を通知した原告P6及び原告P7が平成18年度の卒業式において不起立等をしたことが,職務命令違反及び信用失墜行為に当たる重大な非違行為であり,再雇用設置要綱に定める「正規職員を退職する前の勤務成績が良好であること」の要件を欠くことになると判断し,平成19年3月29日,原告P6及び原告P7の選考合格を取り消し,これを通知した。

平成19年度実施の各採用候補者選考(平成20年度任用)
平成19年10月,都教委は,都立学校の校長宛てに,平成19年度東京都公立学校の再雇用職員及び再任用職員の採用候補者選考につき,その実施に係る要領を通知した。また,同年11月,教育庁人事部長は,都立学校の校長宛てに,平成19年度東京都公立学校の非常勤教員の採用候補者選考の実施に係る要綱を通知した。これらの通知を受けて,原告らのうち平成19年度末に定年退職した8名(前記(1)ア(イ)参照)は,所定の手続に従って再雇用職員又は非常勤教員の採用候補者選考への申込みをし,面接を受けた。都教委は,平成20年2月25日,上記8名の原告らに対し,当該原告らの勤務する都立高校の校長を通じて合格又は不合格を通知した。都教委は,合格を通知した原告P15が平成19年度の卒業式において不起立等をしたことが,職務命令違反及び信用失墜行為に当たる重大な非違行為であり,再雇用設置要綱に定める「正規職員を退職する前の勤務成績が良好であること」の要件を欠くことになると判断し,平成20年3月28日,原告P15の選考合格を取り消し,これを通知した。


平成20年度実施の各採用候補者選考(平成21年度任用)
平成20年10月,教育庁人事部長は,都立学校の校長宛てに,平成20年度東京都公立学校の再任用職員,再雇用職員及び非常勤教員の採用候補者選考につき,その実施に係る要領等を通知した。これらの通知を受けて,原告らのうち平成20年度末に定年退職した7名(前記(1)ア(ウ)参照)は,所定の手続に従って非常勤教員の採用候補者選考への申込み(再任用職員の採用候補者選考への申込みを併せてした場合を含む。)をし,面接を受けた。都教委は,平成21年1月16日,上記7名の原告らに対し,当該原告らの勤務する都立高校の校長を通じて不合格を通知した。
(7)再雇用職員等採用候補者選考の実施状況
平成12年度から平成21年度までの東京都公立学校の再雇用職員又は非常勤教員の採用候補者選考への申込者数及び合格者数は,別紙4「再雇用・非常勤教員採用候補者選考実施状況」記載のとおりである。
2争点
(1)本件通達に基づく本件職務命令に違反したことを理由とする懲戒処分及び本件不合格等が憲法14条に違反するか。(争点1)
(2)本件通達に基づく本件職務命令に違反したことを理由とする懲戒処分及び本件不合格等が憲法19条に違反するか。(争点2)
(3)本件通達に基づく本件職務命令に違反したことを理由とする懲戒処分及び本件不合格等が,憲法26条,13条及び23条に違反し,教育基本法16条が禁止する「不当な支配」に該当するか。(争点3)
(4)本件通達に基づく本件職務命令に違反したことを理由とする懲戒処分及び本件不合格等が,自由権規約18条に違反し,児童の権利に関する条約12条1項,13条1項,14条1項及び30条の規定する各権利を侵害するか。(争点4)
(5)本件不合格等が都教委の採用選考における裁量権の範囲の逸脱又はその濫用として違法であるか。(争点5)
(6)損害(争点6)
3争点に対する当事者の主張(1)争点1(本件通達に基づく本件職務命令に違反したことを理由とする懲戒処分及び本件不合格等が憲法14条に違反するか。)について

原告らの主張
本件不合格等は,本件不起立等のみを理由に原告らを他の採用候補者と差別して取り扱うものであって,法の下の平等(憲法14条)に反し,違憲である。
本件不合格等は,原告らが自らの考えに基づいて本件通達に基づく本件職務命令に従って起立することができなかったことを唯一の理由とするものであるところ,当該原告らの考えは,憲法14条1項後段の「信条」に該当する。そして,本件不合格等が原告らの内心の「信条」に基づく「不起立等」という外形的行為に着目しての取扱いであったとしても,原告らの本件不起立等は,その行為の態様,性質等からそれによる具体的な害悪の存在や具体的な危険性が明らかでないから,実質的には,その外形的行為の背後にある「信条」に着目した別異な取扱いと評価することができるのであり,憲法14条1項後段の「信条」による別異な取扱いに該当する。
再雇用職員や非常勤教員の採用候補者選考では,応募者の大多数が合格して再雇用職員等に採用されており,合格しなかった者のほとんどが不起立等をした者であって,狙い撃ち的に不合格等をされる結果になっているから,明らかに不平等である。
過去に争議行為で2回の停職処分を受けた者や交通事故で懲戒処分を受けた者も採用候補者選考に合格し,再雇用職員等に採用されているのに対し,不起立等は積極的行為でも犯罪行為でもないのにそのことを理由に本件不合格等とされており,選考の公平さに疑問がある。本件不合格等と同じ時期及びこれに近接した時期の選考の状況をみても,戒告のみならず減給,停職等の重い懲戒処分を受けた者であっても採用候補者選考に合格している一方で,原告らは,たった1回の不起立等による戒告処分ですら不合格等となっているから,懲戒処分を受けた者の中ですら,不起立等をした者だけを特に差別して不合格としている。
原告らが採用候補者選考に申込みをした3年間のうち,不起立等をした者であれば100%不合格等となり,その他の者については,申込みをすれば98%超の割合で採用されるという差別的取扱いは,憲法14条1項後段の「信条」による差別に該当するから,本件不合格等は,原告らの平等権を侵害し,違憲である。

被告の主張
本件通達が思想・良心の自由を侵害するものでないことは明らかであり,都教委は,不起立という外部的行為に着目して処分を行ったのであって,原告らの本件不起立等に至った理由や原告らの考え方を推知して処分を行ったのではないから,憲法14条1項の「信条」による不平等な取扱いを行ったことにはならない。
都教委が原告らを本件不合格等としたのは,公務を担う教育公務員が教育課程の一つである特別活動としての卒業式等の場において,公教育の根幹である学習指導要領に沿って教育課程を適正に実施するために発せられた校長の重要な職務命令(本件職務命令)に違反し(以下,原告らが本件職務命令に違反したことを「本件職務命令違反」という。),不起立等という国旗・国歌の指導を妨げる行為を,生徒,保護者その他の学校関係者の面前で公然と行ったためである。本件職務命令は,生徒の学習権を保障するため教育指導に関して発せられた重要な職務命令であるところ,原告らは,これに違反し,公然と法令違反(職務命令遵守義務違反等)を行っているのであり,重大な非違行為に当たる。これらのことから,都教委は,本件不合格等の判断をしたのであり,このような判断は,公教育を行う責任を負う都教委として極めて合理的なものであり,憲法14条に反するという批判は当たらない。
(2)争点2(本件通達に基づく本件職務命令に違反したことを理由とする懲戒処分及び本件不合格等が憲法19条に違反するか)についてア
原告らの主張
原告らは,その人生経験,歴史認識,教師としての職業意識等によってそれぞれ多元的に形成された思想及び良心を有しており,これらの思想及び良心から,原告らは,入学式及び卒業式等で一律に国旗に向かって起立し,国歌を斉唱することを教職員に強制することは許されないという思想及び良心を有するところ,これらの思想及び良心は,信仰に準ずるような世界観,人生観,教育観等として憲法19条によって保障されている。そして,本件通達は,全ての教職員に対して服務上の責任追及をもって「国旗に向かって起立し,国歌を斉唱する」ことを強制するものであるから,原告らの思想及び良心の自由を直接に侵害し,憲法19条に違反する。
国旗に向かって起立し国歌を斉唱する行為は,国歌に対して積極的な価値を認めることを内容とする思想の表明としての意味を客観的に有するのであり,思想的に中立な行為ではない。国旗・国歌に対しどのように認識し対応するかは個々人の自主的自律的判断に委ねられるべき事柄であるところ,公権力が個人に対し,国旗に向かって起立し国歌を斉唱する行為を強制すれば,当該行為に含まれる「国歌に対し積極的な価値を認める思想」を有しない個人をあぶり出す効果を客観的に持ち,憲法19条において禁止する公権力による思想・良心の推知に該当する。
そして,本件職務命令違反のみを理由とする本件不合格等は,被告が強制しようとした特定の思想を原告らが持たないことを理由とし,又は被告が推知した原告らの思想に基づいて原告らに対して不利益を加えるものであるから,不利益取扱いの禁止を定めた憲法19条違反に該当する。


被告の主張
本件通達は,都教委の都立学校長に対する職務命令であり,原告ら教職員を名宛人とするものではないから,原告らの思想・良心の自由を侵害するものではない。憲法19条が保障する「思想及び良心」は,個人の内面的な精神活動を指すものであるが,思想が外部に行動となって現れたときの当該外部的行為に対する規制は,憲法19条が保障する思想・良心の自由の問題ではなく,仮に思想・良心の自由の保障が及ぶとしても,原告らが全体の奉仕者である地方公務員であり,原告らの思想・良心の自由も公共の福祉の見地から内在的制約を受けるから,国旗に向かって起立して国歌を斉唱する義務を負うことにより原告らの思想・良心の自由が制約されたとしても,原告らにおいて受忍すべきものであり,憲法19条に違反しない。
原告らに対する懲戒処分は,本件職務命令違反を理由とするものであって原告らの思想・信条を理由としたものではなく,また,都教委は,本件職務命令違反及び信用失墜行為という重大な非違行為を理由に退職前の勤務成績が良好との要件を欠くと判断して本件不合格等としたものであって,原告らが特定の思想・信条を有することを理由としたものではない。
(3)争点3(本件通達に基づく本件職務命令に違反したことを理由とする懲戒処分及び本件不合格等が,憲法26条,13条及び23条に違反し,教育基本法16条が禁止する「不当な支配」に該当するか)について

原告らの主張
(ア)憲法26条,13条及び23条により,教師には,学問の自由,教育実践の自由を含む教育の自由が保障されており,その一環として,入学式及び卒業式等の学校行事に関する事項は,
教師又は教師集団がその専門的知
見に基づき主体的,
自律的に決定すべき事項として憲法上保障されている。
本件通達は,都教委が,校長による職務命令を通じて教職員に対し,入学式及び卒業式等において服務上の責任追及という威迫の下に
「国旗に向か
って起立し,国歌を斉唱する」ことを決定し強制するものである点で,原告らに保障されている教育の自由を侵害し,憲法26条,13条及び23条に違反するものであり,本件通達に基づいて発せられた本件職務命令も
また上記の憲法の規定に違反する。
(イ)憲法26条,13条及び23条の要請からすれば,教育基本法16条及び平成18年法律第120号による改正前の教育基本法(以下「旧教育基本法」という。)10条において「不当な支配」を禁ずる趣旨は,教育が政治的支配や官僚統制の影響を受けることなく,
学問の自由や教育の自主
性を尊重し,確保しつつ行われるべきことを担保するためであるから,教育行政機関が設定した基準が
「不当な支配」
に当たらないというためには,
①教育における機会均等の確保と全国的な一定の水準の維持という目的のために必要かつ合理的と認められる大綱的な基準にとどまっていること,
②教師による創造的かつ弾力的な教育の余地や地方ごとの特殊性を反映した個別化の余地が十分残されていること,
③教職員に対し一方的な一
定の理論や観念を生徒に教え込むことを強制するものでないことの各要件を満たす必要がある。本件通達は,各学校の裁量を認める余地がないほど一義的な内容になっており,上記①及び②の要件を満たさない。本件通達は,教職員に対しても,校長の職務命令を介して起立及び国歌斉唱を強制していたものであり,上記③の要件を満たさない。よって,本件通達及びこれに基づく本件職務命令等の一連の指導等は,「不当な支配」に該当し,違法である。

被告の主張
(ア)本件通達は,卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱を適正に実施するために発出されたものであり,
卒業式等におけるその他の運営実施方法等
に関して,
学校現場における創意工夫や裁量の余地は十分に残されている。
教育の機会均等と全国的な一定水準の確保のため,学校現場の教師としては,学習指導要領の内容に沿って教育を行う責務があるから,教師の教育の自由も一定の限度において保障されているにすぎないし,
学校行事に関する事項は,教師又は教師集団が専門的な知見に基づき主体的,自律的に決定すべき事項として憲法上保障されているものではない。
(イ)旧教育基本法10条は,
教育の自主性尊重の見地から,
これに対する
「不
当な支配」
となることがないようにすべき旨の限定を付したものであって,
許容される目的のために必要かつ合理的と認められる介入は,
教育の内容
及び方法に関するものであっても同条の禁止するところでなく,まして個々の教職員が自由に指導の内容・方法を決定できるとしたものでもない。教育の内容及び方法に関しても,
公立学校を設置する地方公共団体におけ
る教育委員会は,地方自治の原則の下,大綱的基準の範囲でより具体的かつ詳細な基準を設定することができ,かつ,そうすることが要請されている。
本件通達は,学習指導要領の趣旨に適した場所的環境や式の進行を定めるものであり,
その実施方法についてはもともと裁量の余地が少ないもの
であるところ,必要かつ合理的な内容が定められており,「教職員は,国旗に向かって起立し,国歌を斉唱する」旨の規定についても,学習指導要領中の「儀式的行事」の規定の内容や,儀式的行事においては起立して国歌斉唱を行うことが国際儀礼上の常識であることからすると,
一方的な一
定の理論や観念を生徒に教えることを意味したり強制したりするものとはいえない。
(4)争点4(本件通達に基づく本件職務命令に違反したことを理由とする懲戒処分及び本件不合格等が,自由権規約18条に違反し,児童の権利に関する条約12条1項,13条1項,14条1項及び30条が規定する各権利を侵害するか。)について

原告の主張
(ア)本件通達及びそれに基づく本件職務命令,都教委によるその後の一連の指導,教職員らに対する懲戒処分並びにこれを理由とする本件不合格等という一連の仕組みによって,教育現場で国旗・国歌の画一的強制と相容れない信念を有する原告ら教職員を,再雇用職員等の採用候補者選考において不合格等とし,教壇から排除したが,これらの一連の仕組みは,自由権規約18条2項が規定する「自ら選択する宗教又は信念を受け入れ,又は有する自由を侵害するおそれのある強制」に当たり,同規約18条1項が保障する「自ら選択する宗教又は信念を受け入れ,又は有する自由」を侵害する。
(イ)本件通達は,直接的には教師に対する強制であるが,都教委は,生徒らに対する内心の自由の説明も禁止した上,卒業式等で生徒の不起立があった場合にも当該生徒のクラスの教員等を処分し,起立しない生徒に注意を促す旨の記述を卒業式等の司会進行表に記載させるなどしており,その結果,生徒にも起立斉唱等の強制が及んでいるのは明らかであり,前記(ア)の一連の仕組みは,思想・良心・宗教の自由を定めた児童の権利に関する条約14条に違反する。
被告は,上記一連の仕組みにより,教育現場での国旗国歌の強制に反対する教職員らを教壇から排除することによって,教師らが生徒に「国旗国歌については様々な考え方がある」と教えることを禁じ,内心の自由について説明することすら禁じており,
その結果,
生徒らの知る権利を侵害し,
適切な情報を得ることを前提とする意見表明権も表現の自由も侵害しているから,意見表明権を定めた児童の権利に関する条約12条及び表現の自由を定めた同条約13条に違反する。
本件通達は,外国人生徒の独自の文化やアイデンティティに何らの配慮も代替措置も講ずることなく,事実上,彼らにとっては外国の国旗国歌であり,出身国によっては強い抵抗感を持つ可能性のある日の丸君が代に対し,起立斉唱を強制しているものであり,児童の権利に関する条約30条に著しく違反している。イ

被告の主張
(ア)日本の裁判所の司法権の行使においては,一元論の立場からは条約より憲法が優位にあることから,我が国の憲法の規定の解釈を第一義としてされるべきであり,自由権規約委員会の一般的意見等を根拠とすることは,妥当なものではない。
(イ)児童の権利に関する条約に基づく原告らの主張は,他人である児童・生徒の権利侵害を理由に本件通達等に係る都教委の措置等の違法を主張するものであって失当である。また,生徒に対する関係において国旗・国歌の指導は飽くまで教育上の課題として行うものであり,生徒の内心にまで立ち入って行うものではないし,生徒がその指導に従わなかった場合にも,格別不利益な措置がされるわけではないから,本件通達が生徒の思想・良心及び宗教の自由を侵害するものではなく,そもそも,原告ら主張に係る児童の権利に関する条約違反はない。卒業式等の儀式的行事の決定及び実施については,教育課程の編成を行う校長の権限によるものであり,本件通達以後も各校の裁量,工夫によって卒業式等を実施することは,本件通達によって何ら禁止されていない。また,卒業式等の式典における国旗・国歌の指導は,一方的な理論や観念を生徒に教え込むものではなく,君が代の歴史的意義を教えることを禁止するものではなく,原告ら主張に係る「知る権利」を侵害するものではない。

(5)争点5(本件不合格等が都教委の採用選考における裁量権の範囲の逸脱又はその濫用として違法であるか)について
ア原告らの主張
以下のとおり,原告らに対する不合格等は,採用選考における裁量権の範囲の逸脱又はその濫用として,違法である。
(ア)再雇用が原則であること
再雇用制度の趣旨及び非常勤教員制度の趣旨によれば,知識と経験のある者は通常採用することになり,併せて,再雇用制度が年金との橋渡しという生活保障の役割を担い,非常勤教員制度が再雇用制度の代替制度であることに鑑みれば,再雇用が当然の原則ということになる。制度の運用としてもほとんど全員が採用されてきた実態があり,高年齢者の雇用確保及び継続雇用については,政策的・社会的要請がある。
(イ)採用への期待についての法的利益
再雇用制度の趣旨,概要及び運用実態からすれば,再雇用制度は,事実上,退職前後の地位に継続性があるものとして機能してきたものと認められ,原則として継続雇用されるべきことは当時の社会通念にも沿うから,採用候補者選考への申込者が採用を期待することには合理性があり,法的保護に値する。
非常勤教員制度についても,実態として再雇用制度の代替制度であるから,再雇用制度と同様に,採用候補者選考への申込者が採用を期待することには合理性があり,法的保護に値する。
(ウ)適正・公正な審査を受けることについての法的利益
再雇用制度は,その採用候補者選考に関し,再雇用設置要綱において,選考要件及び選考方法を定めており,それを公平,公正に実施することを当然のこととしているものと解されるから,原告らは,他の申込者と同様に,採用候補者選考において適正・公正な審査を受ける法的利益を有するところ,これらの適正・公正な審査を受けることは法的保護に値する。非常勤教員制度についても,再雇用制度の場合と同様に,その選考方法は合理的かつ適正・公平であることが求められるから,原告らが適正・公正な審査を受けることは法的保護に値する。
(エ)採用候補者選考における都教委の裁量権とその範囲
前記(イ)及び(ウ)のとおり,再雇用制度及び非常勤教員制度において,申込者が採用されることを期待し,適正・公正な審査を受けることは法的保護に値するから,不合格等の理由が著しく不合理であったり,恣意的であったりする場合には,当該不合格等は,裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したものとして,違法との評価を受ける。
(オ)原告らの不合格等に至る判断過程の不合理性
都教委が原告らを不合格等とした判断は,次のaからcまでによれば社会通念に照らし著しく妥当性を欠き,裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用するものである。

再雇用職員制度等については,再雇用設置要綱及び関係通達において
勤務実績・適性・健康状態等の要件の総合的な判定に基づいて採用を決定するものとされているところ,本件において,都教委は,本件不起立等による本件職務命令違反のみを考慮し,本件不合格等の判断をした。原告らの本件不起立等が個人の歴史観又は世界観等に起因するものであること及びその性質,態様からすれば,本件不起立等のみを取り上げ,これに絶対的な位置づけを与えて他の諸要素を無視するような判断がされてはならないことは明らかであるから,本件不合格等の判断は,社会通念に照らし著しく妥当性を欠き,裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したものである。

都教委は,本件職務命令違反は「重大な非違行為」であると主張する
が,本件不起立等が当該教職員の歴史観又は世界観等に起因するものであること及び本件不起立等の性質,態様からすれば,本件不起立等による本件職務命令違反を「重大な」非違行為と評価することは合理性がないことが明白であるから,本件不合格等の判断は,裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用する違法なものであるといわざるを得ない。

本件職務命令は,教育課程の実施に関して特に重要な意味を有するも
のとはいい難い一方,教職員の思想・良心に極めて密接に関わるから,本件職務命令に違反したことを考慮要素に加えることは不適切であり,また,本件不起立等により既に懲戒処分を受けているため,本件不起立等を採用選考に当たって考慮すれば,二重の不利益な取扱いとなる。そうすると,本件において,都教委は,考慮要素として加えるべきでない要素を考慮して原告らの勤務成績は良好でないと判断したことにほかならず,裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用する違法なものといわざるを得ない。
(カ)比例原則違反
原告らの本件不起立等による実質的な弊害の発生は認められないこと,職務命令により具体的な信用失墜は生じていないことによれば,原告らの本件不起立等が「重大な非違行為」に当たらないことは明らかである。他方,本件不合格等により,勤労の権利や勤労の機会を奪われた原告らの精神的苦痛は甚大であり,定年退職後の職を失い5年間の収入を断たれた経済的損失も大きい。よって,本件不合格等は,比例原則に違反し,裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たる。
(キ)平等原則違反
被告は,再雇用職員等の採用に当たって,本件不起立等をした者のみを特に別異に取り扱い,本件不合格等としているが,当該取扱いは,特に信条による別異の取扱いであり極めて不合理であることは明らかであるから,平等原則に反し,裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たる。

被告の主張
(ア)採用候補者選考における被告の裁量権
本件における再雇用制度等は,いずれも一旦退職した教員を新たに常勤又は非常勤の教員として任用する制度であり,任用の前後において身分上の連続性はなく,都教委は,一定の基準の下に申込者を選考した上で採用する権限を有するから,申込者全員を採用しなければならない法的義務を負うものではなく,
採用候補者選考に当たっては,
広範な裁量権を有する。(イ)期待権侵害は認められないこと
本件における再雇用職員及び非常勤教員は,
特別職の地方公務員であり,
地方公務員である以上,任命権者の行政処分である任命行為により初めてその地位が与えられるのであり,それ以前にその地位を付与することをあらかじめ保障することなどはできない。
実際,再雇用職員の任用は,要綱に定める要件を備えた者の中から選考を行った上で都教委が任命することとされており,非常勤教員の任用に当たっても,勤務成績及び面接等の結果を総合的に勘案して選考するとされており,本人が希望しさえすれば原則として採用されることが制度として保障されているわけではない。
このように,都教委は,任命する権限を有し,希望者を全員採用しなければならない義務を負うものではなく,再雇用職員又は非常勤教員等の希望者に,任用される権利又は任用を要求する権利は認められず,原則として任用されることが制度的に担保されているわけでもないから,不合格となっても任用に係る権利が侵害されたとはいえず,任用されるとの期待を抱いていたとしても当該期待は主観的な事実上のものにすぎない。よって,原告ら主張に係る「期待権」は,法的保護に値するものではなく,原告らの主張は失当である。
(6)争点6(損害)について

原告らの主張
(ア)精神的損害

憲法上の権利侵害による慰謝料
原告らは,本件通達に基づく本件職務命令に違反したことを理由として本件不合格等になったことによって憲法上の権利を侵害され,精神的苦痛を被った。そこで,原告らは,上記精神的苦痛に対する慰謝料として,各1円を請求する。b

本件不合格等による慰謝料
原告らは,本件不合格等により,再雇用職員又は非常勤教員として採用されるという期待を裏切られ,適正・公正な審査を受けられなかったことにより,精神的苦痛を被った。そこで,原告らは,上記精神的苦痛に対する慰謝料として,各1円を請求する。

(イ)経済的損害について
原告らが再雇用職員,日勤講師として採用されていれば,その制度趣旨及び運用に照らし,更新によりその後5年間(原告P15は2年間)はその職を務められたことは明らかであるから,原告らは,本件通達に基づく本件職務命令に違反したことを理由とする本件不合格等によって各5年分(原告P15は2年分)の報酬額相当の経済的損害(逸失利益)を被った。
そして,再雇用職員,非常勤職員及び再任用職員に支払われる報酬月額は別紙5のとおりであるところ,上記期間中に支払われるべき報酬の合計額は,①原告らのうち平成18年度末に定年退職又は勧奨退職した7名(前記(1)ア(ア)参照)については,別紙6の「請求の趣旨1項」のとおり1136万3100円,②原告らのうち平成19年度末に定年退職した8名(前記(1)ア(イ)参照)については,別紙6の「請求の趣旨2項」のとおり1180万3800円(ただし,原告P15については,別紙6の「請求の趣旨3項」のとおり472万2600円),③原告らのうち平成20年度末に定年退職した7名(前記(1)ア(ウ)参照)については,別紙6の「請求の趣旨4項」のとおり1180万2000円となる。
(ウ)弁護士費用について
上記(イ)の①の原告ら7名については,
113万6310円,
②の原告
ら8名については,118万0380円(ただし,原告P15については,47万2260円),③の原告ら7名については118万0200円の各弁護士費用が,違法な本件不合格等と相当因果関係のある損害というべきである。

被告の主張
争う。

第3争点に対する判断
本件においては,事案に鑑み,まず争点(5)について判断する。1争点5(本件不合格等が都教委の採用選考における裁量権の範囲の逸脱又はその濫用として違法であるか)について
(1)採用候補者選考における都教委の裁量権
前記前提事実(2)のとおり,再雇用制度,非常勤教員制度及び再任用制度は,定年退職等により一旦退職して職員の身分を失った教職員を,新たに選考し,雇用期間1年以内の再雇用職員,任期1年の非常勤教員又は1年以内の任期付きの再任用職員として採用する制度であり,その採用に関し,再雇用職員については「嘱託員は,次に掲げる要件を備えている者のうちから,選考の上,東京都教育委員会が任命する。」(再雇用設置要綱の第5)と,非常勤教員については「選考により,教育委員会が任命する。」(都立学校等に勤務する日勤講師に関する規則(乙12)6条1項)と,再任用職員については「任命権者は,当該地方公共団体の定年退職者等(略)を,従前の勤務実績等に基づく選考により,一年を超えない範囲内で任期を定め,常時勤務を要する職に採用することができる。」(地方公務員法28条の4第1項本文)とそれぞれ定められ,その選考方法に関しては,再雇用職員は「面接,推せん書及び申込書により希望者を総合的に判定し,採用を決定する。」(運用内規の3(1)ウ)と,非常勤教員は「提出された書類の審査及び面接等の結果を総合的に勘案して選考する。」(平成19年度非常勤教員採用候補者選考実施要綱(乙13)の7)とそれぞれ定められ,再任用職員については従前の勤務実績に基づく選考による能力実証を経た上で採用することとされている(前記前提事実(2)ウ)。このように,都教委における再雇用職員等への任命が,書類審査及び面接等の結果を総合的に判定し採否を決して行われるものとされていることからすれば,都教委は,再雇用設置要綱や運用内規等が定める一定の基準に従って希望者を選考した上で再雇用職員等として任命する権限を有するものと認められるのであり,考慮要素とされる勤務成績等のうちいかなる要素をどのように考慮して判定すべきであるかという点について客観的かつ具体的な基準が定められているという事情はうかがえず,また,正規の教職員により賄えない業務量等を勘案するなど人事施策上の判断に基づいて必要な人数を合格させ,採用すれば足りるものであって,希望者を全員合格させなければならないものとも,合格者を全員採用しなければならないものともされていないから,採用候補者選考の合否及び採否の判断に当たっては,都教委にはその限りで広範な裁量権があるというべきである。
したがって,本件不合格等については,都教委において上記の裁量権の範囲の逸脱又はその濫用がない限り,違法の問題は生じない。
(2)原告らの採用に対する期待と都教委の裁量権との関係

再雇用制度等の意義及びその運用実態
前記前提事実(2)アのとおり,
再雇用制度は,
昭和60年の定年制の施行に
伴って制度化されたものであって,退職する職員の知識や技能の活用のほか,退職する職員に生きがいと生活の安定を与えることをその趣旨とするものであり,また,同(2)ウのとおり,再任用制度は,年金制度の改正に合わせて退職する職員の生活設計の選択肢の一つとして雇用機会を提供するという考え方に基づき導入された制度であるから,これらの制度は,いずれも,定年後の職員の雇用を確保しその生活の安定を図ることをその主要な目的の一つとしているものと解される。そして,非常勤教員制度についても,前記前提事実(2)イのとおり,再雇用制度の原則廃止に伴い,再任用制度を補完し再雇用制度に代わる制度として新たに導入されたという経緯に照らせば,再雇用制度と同様に,定年後の職員の雇用の確保という意義を有すると認めるのが相当である。
そして,これらの制度における実際の運用についてみると,まず,採用の基準については,前記前提事実(2)アのとおり,再雇用職員(嘱託員)は,①勤務成績が良好であること,②必要な知識及び技能を有していること,③健康で,かつ,意欲をもって職務を遂行すると認められることの3点のみが要件とされ(再雇用設置要綱の第5の1),勤務実績,適性及び健康状況に関する所属長の推薦書及び希望者の申込書と,意欲及び意向の確認のための面接とにより選考が行われており(運用内規の3(1)),また,非常勤教員及び再任用職員についても,勤務成績,提出された書類(所属長の推薦書及び希望者の申込書等)の審査,面接結果などにより選考するものとされている(乙5,6,13,14)ものであって,いずれの場合も,改めて筆記試験が実施されることはなく,教員としての能力・技能等について検定を行うようなことは予定されていない。
次に,実際の採用実績については,別紙4のとおり,平成12年度から平成21年度までの都立学校の採用候補者選考のうち,
再雇用制度においては,
平成20年度を除くいずれの年度も,新規の合格者の割合が本件原告らの不合格を含めて計算しても95%を超えており(平成20年度については,申込者が6名と少数であるところ,1名が不合格となっている。),平成19年度から導入された非常勤教員制度においても,新規の合格者の割合は,本件原告らの不合格を含めて計算しても平成19年度は90%を超え,平成20年度及び平成21年度は95%を超えていることが認められるのであり,さらに,これらの合格者のうち合格を取り消された若干名の者以外に再雇用職員等として採用されない者が存したとの事情もうかがわれないことからすれば,再雇用職員等の新規の希望者のうちおおむね90%から95%程度以上が採用されているのが実態であったと認めることができる。イ
原告らの採用に対する期待について
再雇用制度等の意義やその運用実態等が前記アのとおりであることからすると,定年退職等により退職する教職員が再雇用職員,非常勤教員又は再任用職員として採用されることを希望する場合には,これらの教職員の退職後の雇用を確保しその生活の安定を図るという再雇用制度等の趣旨を踏まえて,基本的には職員の希望を尊重し,特段の支障のない限り再雇用職員等として積極的に採用する形で運用されていたと解するのが相当であり,この点は,同時期に導入された国家公務員の再任用制度の運用の実情(甲90)とも呼応していたものということができる。そして,再雇用制度等は,定年等により職員としての身分が一旦失われた者を対象とするため,新たな任用行為を要するものとはいえ,新規の希望者のうちおおむね90%から95%程度以上が採用されているように,高い蓋然性の下に定年後も引き続き職場と収入が確保されていたという実態からすれば,退職前の地位と密接に関連し,これに付随して一定の条件の下に将来の地位を提供する機能を有していたとみることができ,少なくとも,教職員において,退職前後の地位に一定の関連性・継続性があるものとみて,恣意性を排した客観的かつ合理的な基準に従ってその選考が行われるものと期待することには十分な理由があったものといえる。
そうすると,再雇用職員等の採用候補者選考に申込みをした原告らが,再雇用職員等として採用されることを期待するのは合理性があるというべきであり,当該期待は一定の法的保護に値すると認めるのが相当である。

都教委の裁量権の範囲
前記イのとおり,原告らが,再雇用職員等として採用されることについて一定の法的保護に値する合理的期待を有すると認められることからすれば,採用候補者選考の合否及び採否の判断に当たっての都教委の裁量権は,前記(1)のとおり広範なものではあっても,一定の制限を受けると解するのが相当であり,本件不合格等の理由が著しく不合理である場合や恣意的である場合など,本件不合格等の判断が客観的合理性や社会的相当性を著しく欠く場合には,都教委による裁量権の範囲の逸脱又はその濫用として,当該判断は違法と評価されるべきであり,採用候補者選考に申込みをした原告らが有する期待権を侵害するものとしてその損害を賠償すべき責任を生じさせることになる。
(3)本件不合格等が裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たるか否か。ア
採用候補者選考の合否・採否の判断方法について
前記前提事実(2)及び前記(2)アによれば,再雇用職員等の希望者の合否・採否については,いずれも,希望者の申込書,所属長の推薦書等の書面審査及び面接の結果により,勤務実績,適性,健康状態,意欲,意向等を総合的に考慮して判断することとされていると認められる。


本件不合格等の理由について
被告は,本件不合格等の理由について,原告らの本件不起立等の行為は,教育課程の一つである特別活動としての卒業式等の場で,しかも,児童・生徒,保護者,来賓等の面前で公然と,学習指導要領に基づいて国旗・国歌の指導を行うとの教育課程の適正実施のために各校長が適法に発出した本件職務命令に違反したということであり,それが職務命令違反及び信用失墜行為という重大な非違行為に当たることから,そのような重大な非違行為を行った原告らについて,各採用候補者選考において勤務成績等を総合的に判断するに当たり,在職時の勤務成績が良好であるとの要件を欠くものと判断した旨主張するが,勤務成績等の総合的判断において,本件職務命令違反の事実以外にいかなる事情を考慮したのかについては,具体的に主張していない。そうすると,本件不合格等は,前記アのとおり再雇用職員等の希望者の合否・採否は書面審査及び面接の結果等により勤務実績,適性,意欲等を総合的に判断して行うものとされているところ,都教委は,原告らの本件不起立等が重大な非違行為に当たるとの評価のみをもって,勤務成績が良好であるとの要件を欠くと判断したものと認められるから,以下では,このような判断によって行われた本件不合格等が,都教委の裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たるか否かについて検討する。

国旗掲揚・国歌斉唱の実施に向けた都教委の指導と再雇用職員等の希望者の採否・合否の実態との関係について
乙15号証(3から12頁まで),乙18,19,22号証,乙26号証の3,前記前提事実(3)及び同(4)によれば,平成11年3月に国旗・国歌条項が維持される形で学習指導要領が改訂,告示され,同年8月13日に国旗及び国歌に関する法律(平成11年法律第127号)が公布,施行される中で,都教委は,「入学式及び卒業式における国旗掲揚及び国歌斉唱の指導について(通達)」(平成11年10月19日。11教指高第203号)を発出するなどして,学習指導要領に基づき入学式及び卒業式を適正に実施するよう各学校を指導していたものの,国旗を舞台壇上正面に掲揚していない学校がある,国歌斉唱時に司会が「起立」を発声しない学校がある,国歌斉唱時に起立しない教員がいるなどの実情が存したことから,都教委は,国旗掲揚及び国歌斉唱の実施態様については様々な課題があり,それらの実施に向けてより一層の改善・充実を図る必要があるとして,平成15年10月23日付けで本件通達を発令し,これを受けて,各都立高校においては,本件通達及びその実施指針に従い,各校長が教職員に対し卒業式等の運営方針を明確に示し,その適正実施に向けて本件職務命令を発令するなどの取組みが行われるようになったことが認められる。
そうすると,本件職務命令は,本件通達発出後に,各都立高校の校長が,本件通達に基づいて卒業式・入学式を適正に実施するために発令したものであって,本件通達発出以前は,国旗掲揚及び国歌斉唱の実施に関して,上記のとおり国歌斉唱時に起立しない教員がいるなどの実態自体は存したものの,「国歌斉唱の際には国旗に向かって起立し国歌を斉唱すること」を命ずる本件職務命令と同趣旨の命令が発令されることはなく,したがって,教職員の不起立等があっても,これを理由に懲戒処分の対象とされる者はいなかったものと考えられる。
そして,
別紙4
「再雇用・非常勤教員採用候補者選考実施状況」
によれば,
本件通達発出以前の,平成12年度から平成14年度までにおいては,いずれの年度も,都立学校の再雇用職員の採用候補者選考において申込者の全員が合格しているから,本件通達発出以前は,不起立等があっても,そのことから直ちに,勤務成績が良好であるとの要件を満たさないと判断されることはなく,不合格等とされる者はいなかったものと推認することができる。したがって,前記イのとおり不起立等の事実が存する場合に,一律に「勤務成績が良好であるとの要件を欠く」として不合格等とされるようになったのは,本件通達が発出され,本件通達に基づく本件職務命令が発令され,不起立等が職務命令違反と評価されるようになって以降のことと認めることができる。

不起立等に対する評価
本件通達は,学習指導要領が要請する国旗国歌の指導という目的のより一層の改善・充実を図るために発出されたものである(乙26の3)ところ,前記前提事実(4)のとおり,学習指導要領の国旗・国歌条項は,平成元年3月15日改訂の学習指導要領から存在したのであるから,本件通達により達成しようとした目的は,本件通達以前から存在していたものであり,その目的に反するという意味に限ってみると,不起立等という行為に対する評価は,本件通達発出の前後で質的に異ならないものと考えられる。
しかし,前記ウのとおり,本件通達発出以前の少なくとも平成12年度から平成14年度までの間においては,卒業式等で起立をせず,国歌斉唱をしなかった教職員も再雇用職員として採用されていたというのであるから,不起立等という行為自体を,その性質上,直ちに再雇用職員等としての採用を認めるべきでないとするほどに非違性が重い行為であるとするのは,時期が異なることを考慮に入れても,平成14年度までの取扱いと著しく権衡を欠いており,そうした評価は困難であるといわざるを得ない。
そして,原告らの本件不起立等の態様は,別紙3の懲戒処分一覧表の「処分の理由」欄記載のとおりであって,他の教職員や生徒らに不起立を促すものではなく,本件全証拠によっても,原告らの本件不起立等により,卒業式等の進行が阻害され,又は混乱するような事態が生じたものであるとまでは認められず,さらに,原告らの多くは本件職務命令違反(不起立等)が1回のみであり,そうでない原告らの場合も2回にとどまっている。加えて,原告らの合否を判断する際に,都教委が本件職務命令違反の事実以外に原告らの勤務成績等に係る具体的な事情を考慮したとは認められないことは,前記イにおいて述べたとおりである。
そうすると,本件通達発出後,都教委は,本件職務命令違反が1回でもある場合には,その事実のみで勤務成績が良好であるとの要件を満たさないと判断し,本件不合格等としていたものと解さざるを得ないところ,不起立等という行為自体に違いがないにもかかわらず,本件通達発出前後で,再雇用制度等の採用候補者選考の結果に上記のような違いが存する理由は,本件職務命令が発令され,それに違反した事実があるかないかという点に求めるほかないということになる。

本件職務命令違反の非違性の程度について
前記エのとおり,本件職務命令に違反したとの事実の有無が,本件通達発出前後の採用候補者選考における判断について合格か不合格かという著しい違いを生じさせる主たる理由になっていると解されるから,本件職務命令違反について,かかる違いを正当化し得る程度にその非違性が重いと評価することができるか否かを検討する。本件職務命令は,学習指導要領に基づく入学式及び卒業式の適正な実施についてより一層の改善等を図る目的で本件通達が発出されたことを受け,本件通達に基づき発令されたものである(甲AからDまで,FからKまで,PからSまで及びVからYまでの各1)ところ,そもそも,学習指導要領は,高等学校における各教科等の教育課程編成の方針を示したものであり,そのうちの「第4章

特別活動」では,「望ましい集団活動を通して,心身の調

和のとれた発達と個性の伸長を図り,集団や社会の一員としてよりよい生活を築こうとする自主的,実践的な態度を育てるとともに,人間としての在り方生き方についての自覚を深め,自己を生かす能力を養う」ことが目標とされ,特別活動の内容を,ホームルーム活動,生徒会活動及び学校行事の3つに大きく分け,このうちの学校行事については「全校若しくは学年又はそれらに準ずる集団を単位として,学校生活に秩序と変化を与え,集団への所属感を深め,学校生活の充実と発展に資する体験的な活動を行うこと」を目標とした上で,その内容を儀式的行事,学芸的行事,健康安全・体育的行事,旅行・集団宿泊的行事及び勤労生産・奉仕的行事の5種類に分け,儀式的行事の狙いについて「学校生活に有意義な変化や折り目を付け,厳粛で清新な気分を味わい,新しい生活の展開への動機付けとなるような活動を行うこと」とするほか,他の各行事についてそれぞれの狙いを記載し,さらに特別活動の指導計画の作成と内容の取扱いに関して配慮すべき事項をそれぞれ示すのに加え,「入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする。」として国旗掲揚及び国歌斉唱の指導についての定め(国旗・国歌条項)が置かれている。
このように,学習指導要領において定められた特別活動のうちの学校行事の一つである儀式的行事の内容や,国旗・国歌条項の全体における位置付けに加え,他の特別活動(ホームルーム活動,生徒会活動,各種学校行事)についてもそれぞれ目標や狙いが具体的に定められており,いずれの活動又は行事についてもその重要性に関して特段の軽重が設けられていないこと(乙27)からすれば,学習指導要領のうち特別活動に限定してみても,入学式及び卒業式(儀式的行事)の実施や国旗国歌条項が,他の特別行事の実施や配慮すべき事項の内容と対比して特段区別した位置付けが与えられているとまでは認められないというべきである。
そうすると,本件職務命令についても,学習指導要領に従って編成された他の教育課程に関する職務命令と対比して特段区別した位置付けが与えられているとまでは認められないというべきであって,本件職務命令違反それ自体を当該教職員の従前の勤務成績を決定的に左右するような内容のもの,換言すると,従前の勤務成績の良否を判定する際には多種多様な考慮要素が想定されるところ,本件職務命令違反以外の一切のものを捨象し,それのみをもって従前の勤務成績の良否という判断を可能とする位置付けが与えられているものと評価することは困難というべきである。そして,前記のとおり,原告らの本件不起立等の態様が,他の教職員や生徒らに不起立を促すものでも,卒業式等の進行を阻害し,又は混乱させるようなものでもなく,厳粛な雰囲気の中で行われるべき前記の卒業式等(儀式的行事)の狙いを大きく阻害するなどの影響を与えたとまでは認められないことを考慮すれば,原告らの本件職務命令違反の非違性の程度が特に重いものであるとは認められないというべきであり,原告らの本件職務命令違反(1回目)に対する懲戒処分が最も軽い処分である戒告にとどめられているのも,本件職務命令違反の非違性が上記の程度であることの現れであると解するのが相当である。なお,被告は,本件職務命令違反が,卒業式等の場において公然と行われたことを非違行為の重大性の根拠として主張しており,事前に発出された本件職務命令の内容を認識しながら,あえてこれに違反する行為に及んだことが非違行為の重大性を基礎付ける事情であると主張しているものとも理解できる。しかし,原告らの本件不起立等の動機,原因は,その歴史観又は世界観等に由来する君が代や日の丸に対する否定的評価等のゆえに,本件職務命令により求められる行為と自らの歴史観又は世界観に由来する外部的行動とが相違することにあり,個人の歴史観又は世界観等に起因するものであると認められるところ(弁論の全趣旨),本件職務命令が原告らのこうした歴史観又は世界観等を含む思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面があることは否定できず,その思想信条等に従ってされた行為を理由に大きな不利益を課すことには取り分け慎重な考慮を要するのであって,上記の点は非違行為の重大性を根拠付ける理由としては不十分というべきである(最高裁平成23年5月30日第二小法廷判決・民集65巻4号1780頁等,最高裁平成24年1月16日第一小法廷判決・裁判集民事239号1頁等参照)。
また,新たに任用を行う場合には広範な裁量が認められることからして,既に教職員という身分を有する者に対して懲戒処分を行う場合と,一旦その身分を失った者を新たに再雇用職員等として任用する場合とでは,本件職務命令違反に対する非違行為としての軽重に係る評価が異なってしかるべきとの考え方もあり得るところである。しかし,再雇用職員等への採用は,前記ウのとおり,本件通達発出以前の少なくとも平成12年度から平成14年度までの間においては希望者の全員が採用されていたという実態があり,加えて,前記(2)イのとおり,再雇用制度等は,退職前の地位と密接に関連し,一定の条件の下に将来の地位を提供する機能を有していたと解されることからすれば,全く新規に採用する場面と同列に考えるのは相当でない。そして,再雇用職員等への採否が退職者の退職後の生活の安定に直接関係するものであり,その不合格等が多大な経済的不利益をもたらし得るところ,上記のとおり,本件職務命令の性質に鑑みれば,その違反を理由にして大きな不利益を課すことには慎重な考慮を要し,その限りでは現に教職員という身分を有する者に懲戒処分を課す場合と別異に扱うのは相当でないというべきである。以上検討したところによれば,本件職務命令に違反したとの事実が,再雇用職員等の採用候補者選考の場面において,同事実の存在のみを理由に直ちに不合格等と判断すべき程度に重大な非違行為に当たると評価することはできないというべきである。
(4)小括
以上のとおり,本件不合格等は,他の具体的な事情を考慮することなく,本件職務命令に違反したとの事実のみをもって重大な非違行為に当たり勤務成績が良好であるとの要件を欠くとの判断により行われたものであるが,このような判断は,
前記(3)オのとおり,
本件職務命令に違反する行為の非違性を不当に
重く扱う一方で,原告らの従前の勤務成績を判定する際に考慮されるべき多種多様な要素,原告らが教職員として長年培った知識や技能,経験,学校教育に対する意欲等を全く考慮しないものであるから,定年退職者の生活保障並びに教職を長く経験してきた者の知識及び経験等の活用という再雇用制度,非常勤教員制度等の趣旨にも反し,また,本件通達発出以前の再雇用制度等の運用実態とも大きく異なるものであり,
前記(2)イのとおり法的保護の対象となる原告
らの合理的な期待を,大きく侵害するものと評価するのが相当である。したがって,本件不合格等に係る都教委の判断は,客観的合理性及び社会的相当性を欠くものであり,
裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たるというべきである。
よって,都教委は,その裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用して,再雇用職員等として採用されることに対する原告らの合理的な期待を違法に侵害したと認めるのが相当であるから,他の争点について検討するまでもなく,都教委の設置者である被告は,国家賠償法に基づき,期待権を侵害したことによる損害を賠償すべき法的責任があるというべきである。
2争点(6)(損害)について(1)前記1(2)アのとおり,
再雇用職員等の新規の希望者のほとんどが合格し再雇
用職員等として採用されていたという運用実態が存すること,原告らにつき,本件職務命令違反以外の点で再雇用職員等への任命の要件を満たさないと判断されるような事情が存するとは認められないこと,原告らは,再雇用職員等の採用候補者選考に合格すれば,再雇用職員等として採用され,少なくとも更新までの1年間の任期中は報酬を得られた蓋然性が高いと認められること,他方で,再雇用職員等の雇用期間は,その更新が当然に保証されるものではなく,1年ごとに前年度の勤務成績の評価等により一定の要件を満たすと判断された場合に更新が決定されるものであること(乙7及び8(枝番を含む。)),原告らが不合格等とされた際の年齢からすれば再就職は容易ではなく,仮に何らかの職に就くことができたとしても再雇用職員等と同等の待遇の職を得ることは容易でないと解されること,再雇用職員等としての採用に対する原告らの期待は,定年後の経済的な安定に直接関連するものであり,不合格等となったことによる定年後の生活への影響は大きいと考えられること等の事情を総合すると,原告らが再雇用職員等に採用されて1年間稼働した場合に得られる報酬額の範囲内に限り,都教委の裁量権の範囲の逸脱又はその濫用による原告らの期待権侵害と相当因果関係にある損害と認めるのが相当である。
(2)前記(1)に基づき各原告について具体的な損害額を算定する。ア
平成18年度末に定年退職又は勧奨退職をした原告P1,原告P2,原告P3,原告P4,原告P5,原告P6及び原告P7は,いずれも再雇用職員の採用候補者選考に申込みをしていた(前記前提事実(1)ア(ア))ところ,再雇用職員として採用された場合の1年間の報酬月額は,平成19年4月から同年12月までは月額16万円,平成20年1月から同年3月までは月額15万9900円である(別紙5)から,1年間稼働した場合に得られる報酬額191万9700円(16万円×9月+15万9900円×3月)を損害と認めるのが相当である。イ

平成19年度末に定年退職した原告らのうち,原告P8,原告P9,原告P10,原告P11,原告P12,原告P13及び原告P14は,いずれも非常勤教員の採用候補者選考に申込みをしていた(前記前提事実(1)ア(イ))ところ,非常勤教員として採用された場合の1年間の報酬月額は,平成20年4月から同年12月までは月額19万6900円,平成21年1月から同年3月までは月額19万6700円である(別紙5)から,1年間稼働した場合に得られる報酬額236万2200円(19万6900円×9月+19万6700円×3月)を損害と認めるのが相当である。
また,平成19年度末に定年退職した原告P15は,再雇用職員の採用候補者選考の申込みをしていたところ,乙9,10号証によれば,平成20年度以降は月16日勤務の再雇用職員として採用され,その報酬は非常勤教員と同水準とされていたと認められるから,結局,原告P15が再雇用職員として採用され1年間稼働した場合に得られる報酬額も上記原告P8らの報酬額と同額になり,236万2200円を損害と認めるのが相当である。

平成20年度末に定年退職した原告P16,原告P17,原告P18,原告P19,原告P20,原告P21及び原告P22は,いずれも非常勤教員の採用候補者選考に申込みをしていた(前記前提事実(1)ア(ウ))から,非常勤教員として採用され1年間稼働した場合に得られる報酬額236万0400円(報酬月額19万6700円(別紙5)×12月)を損害と認めるのが相当である。

(3)原告らは,本件通達に基づく本件職務命令に違反したことを理由として懲戒処分を受け,その結果,本件不合格等により憲法上の権利を侵害されて精神的苦痛を被り,また,本件不合格等により,再雇用職員等として採用されるという期待を裏切られて精神的苦痛を被った旨主張し,これらの精神的苦痛に対する慰謝料としてそれぞれ1円ずつを請求している。
本件証拠によれば,原告P1は「平成24年3月に,もう教壇に立つことはないという事実を改めて突きつけられたような気になり,心の中に大きな空洞を抱えたようなむなしさに襲われ,私の生活を中断させたかのような嘱託採用拒否がこれほど長い間にわたって大きな力で私を圧迫していることを改めて感じさせられた。」旨を(甲A4・13頁),原告P2は「退職後しばらくは,嘱託員になっていたらどんな授業をしていたのかなどと考え,喪失感に襲われていた。生活と心の板挟みになって苦しんでいる心の傷は簡単に癒えるものではない。」旨を(甲B7・15頁),原告P3は「いきなり目標を断たれた精神的被害の方が大きかった。退職後,原因不明の激しい耳鳴りとめまいが同時に起き,現在も続いている。」旨を(甲C4・10頁),原告P4は「定年退職後に学校で教える権利を奪われることは生き甲斐にかかわる耐え難い苦痛である。都立高校で引き続き教えたいという希望が砕かれたことは大きな精神的な苦痛だった。」旨を(甲D3・6から8頁),原告P5は「定年後,嘱託職員として働く希望を持ち,嘱託という利点を活かして役に立ちたいと思っていたが,不採用となり,残念ながらそんな希望はかなえられなかった。」旨を(甲F5・2頁),原告P7は「既に勤務校まで決まっていた嘱託合格を取り消され,教職の道を閉ざされたショックは想像以上に大きく,精神的状況は更に悪化し,投薬治療を続けなければならない状態が1年以上続いた。」旨を(甲H4・12頁),原告P8は「都教委は私を不合格にし,私にとって最も大切なものになるはずであった5年間の生きる術を奪い去った。」旨を(甲I4・3頁),原告P9は「私の非常勤教員採用拒否は,私の教育観,私の思想・信条を理由とするものであることは明らかであり,憤懣やるかたない。1回の戒告処分を理由として定年退職後の再雇用の途を全く閉ざしてしまうことほど理不尽なことはない。」旨を(甲J4・5,21頁),原告P10は「何よりも苦痛なのは,60歳の定年を迎え,嘱託として授業に専念できると思い描いた夢が無惨に打ち砕かれたこと。理由もわからず不合格と告げられ,私の37年間の教員生活のみならず全人格が否定されたに等しい衝撃を受けた。」旨を(甲K4・14,15頁),原告P11は「不採用により教員不適格というレッテルを貼られ,名誉を傷つけられ,職を求めるにも支障となったことで,精神的な苦痛を受けた。」旨を(甲M3・6頁),原告P14は「非常勤教員の不採用通知を受けたときは,心の中に穴が空いたような虚脱感を感じた。不起立行為から4年も経って定年後の生活の糧をも奪い去るという非情さに全身の力が抜け落ちる感覚を覚え,何よりも教師としての自分を全否定された屈辱感にさいなまれた。」旨を(甲Q4・19頁),原告P15は「卒業式で『国歌斉唱時に起立しなければ嘱託教員合格を取り消すぞ』と都教委に脅迫されていると思うと,怒りと悲しさとやりきれなさでいっぱいだった。学校現場から追放され職を失った後で,日を追うごとに空虚感と悔しさと都教委に対する怒りが増している。」旨(甲R4・23,25頁)及び「結局,学校から追い出されるということになり,私の生活権と教員としての誇りを奪われたことに納得できない。」旨(原告P15本人・27,28頁)を,原告P16は「生徒の成長のために行ってきた教育活動を,一片の通達によって否定され,教育活動に誇りと希望を持てなくなった。不合格という結果に愕然として衝撃を受けた。これは,不起立等により処分を受けた人を見せしめにする以外の何ものでもないと怒りを新たにした。」旨を(甲S10・11,13頁),原告P17は「自分の好きな学校や生徒・教育に引き続き関われると思っていたし,何より,定年後の生き甲斐をいきなり奪われたように感じ,不採用のショックと精神的苦痛は言いようのないほど大きなものだった。」旨を(甲T6・3頁,原告P17本人・19,20頁),原告P18は「採用拒否により生活の困窮は現実であり家族に申し訳なく,これが辛くて夜も眠れない。戒告処分後,突発性頭位めまいを発症し,理不尽な処分に続く採用拒否という不利益により現在も症状が続いている。」旨を(甲U3・2頁),原告P19は「採用拒否は,私の都立高校32年間の教員生活の全否定と感じ,心が折れる思いがし,その無念さと情けなさは表現のしようがない。」旨を(甲V4・8頁),原告P21は「都立高校から追放され,大好きな生徒達から引き離され,楽しみにしていた定年後の教育の仕事を奪われ,生活も心もズタズタである。楽しい生活,ゆとりのある生活を奪われ,精神的にも経済的にも大変大きな苦痛と屈辱を伴って生活している。」旨を(甲X4・20,23頁)述べていることなどが認められる。これらの原告らの供述等によれば,原告らが被った精神的損害の主たる原因は,原告らがそれぞれの思想信条,すなわち,多様な価値観の尊重やそれを教育の場で実践することを重視する考え,日の丸及び君が代の歴史的意義に対する考え,国旗掲揚・国歌斉唱を一律に強制することに反対する考え等に基づいて本件職務命令に従わなかったことにより,
戒告処分等の懲戒処分のみならず,
最終的には,本件不合格等とされ,再雇用職員等として都立高校の教壇に再び立つ機会を不当に奪われた(期待を裏切られた)という点にあると認めるのが相当であり,本件不合格等に至るまでの過程における本件通達その他都教委の対応に係る原告らの個々具体的な心情等を,上記の精神的損害とは切り離して別途独立の損害として認めることは相当でないというべきである。そして,前記の原告らの供述等によれば,原告らは,本件職務命令違反を理由とする本件不合格等により,
再雇用職員等として採用されるという期待権
(前
記1(2)イ)を侵害され,精神的苦痛を受けたものと認められるが,再雇用職員等として採用されることによる利益は報酬を得られる利益がその中心であると解されるところ,前記(1)及び(2)のとおり,都教委の裁量権の範囲の逸脱又はその濫用による期待権の侵害については,退職後1年間稼働した場合に得られる報酬相当額を損害として認めている以上,期待権の侵害による精神的苦痛についても,この報酬相当額の賠償により慰謝されると解するのが相当である。(4)

原告

P1,原告P2,原告P3,原告P4,原告P5,原告P6及び原告P7につき各19万1970円,原告P8,原告P9,原告P10,原告P11,原告P12,原告P13,原告P14及び原告P15につき各23万6220円,原告P16,原告P17,原告P18,原告P19,原告P20,原告P21及び原告P22につき各23万6040円)が被告の違法行為と相当因果関係のある損害と認められる。
(5)以上のとおりであるから,被告は,都教委の裁量権の範囲の逸脱又はその濫用による本件不合格等により原告らの期待権を侵害したことについて,国家賠償法に基づく損害賠償として,原告P1,原告P2,原告P3,原告P4,原告P5,原告P6及び原告P7に対し各211万1670円及びこれに対する違法行為の日の後であることが明らかな平成19年4月1日から支払済みに至るまで年5分の割合による遅延損害金を,原告P8,原告P9,原告P10,原告P11,原告P12,原告P13,原告P14及び原告P15に対し各259万8420円及びこれに対する違法行為の日の後であることが明らかな平成20年4月1日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を,原告P16,原告P17,原告P18,原告P19,原告P20,原告P21及び原告P22に対し各259万6440円及びこれに対する違法行為の日の後であることが明らかな平成21年4月1日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を,それぞれ支払う義務がある。
第4結論
よって,本件原告らの請求は,主文の限度で理由があるからこれらを認容することとし,その余は理由がないからいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第36部

裁判長裁判官


裁判官

吉川

徹健治
裁判官松田敦子は異動のため署名押印することができない。

裁判長裁判官

田徹
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