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所得税更正処分取消等請求事件
事件番号平成25(行ウ)36
事件名所得税更正処分取消等請求事件
裁判年月日平成27年5月28日
法廷名東京地方裁判所
判示事項証券会社の従業員が株式報酬制度に基づいて取得した外国法人であるその親会社の株式の支払について,同証券会社によって源泉徴収されるべき所得税の額があるとはいえないとされた事例
裁判要旨証券会社の従業員が株式報酬制度に基づいて外国法人であるその親会社の株式を取得した場合において,同制度に基づくアワード(同株式等を受け取る不確定な権利)の付与の主体が同親会社であって,付与の仕組みにおいて同親会社が支払債務を有する債務者であることが前提とされており,同株式の一連の支払手続は,同親会社からの指示を受けて,英国に事務所を置く関連会社が取り扱ったなど判示の事情の下では,同株式の支払について同証券会社によって源泉徴収されるべき所得税の額があるとはいえない。
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平成27年5月28日判決言渡
平成25年(行ウ)第36号

所得税更正処分取消等請求事件
主文1
原告の請求をいずれも棄却する。

2
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由

第1

請求
芝税務署長が原告に対して平成23年3月14日付けでした平成19年分の所得税の更正処分のうち,申告納税額マイナス131万9311円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定(ただし,いずれも平成24年7月24日付け審査裁決により一部取り消された後のもの)をいずれも取り消す。
第2

事案の概要
本件は,証券会社の従業員であった原告が,平成19年分の所得税の確定申告に際し,株式報酬制度に基づいて取得した同証券会社の親会社の株式等に係る経済的利益を所得金額の計算に含めずに申告したところ,芝税務署長が,当該経済的利益は同年分の給与所得に当たるとして,原告に対して同年分の所得税の更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」といい,本件更正処分と併せて「本件更正処分等」という。)をしたことから,原告が,本件更正処分等(ただし,審査裁決により一部取り消された後のもの。)は,税務調査に基づかずにされたものであり,また,上記証券会社に源泉徴収義務があることを看過してされたものであるから,違法であるなどと主張して,その取消しを求める事案である。
1
関係法令の定め
(1)

所得税法28条1項は,給与所得とは,俸給,給料,賃金,歳費及び賞
与並びにこれらの性質を有する給与に係る所得をいう旨定めている。(2)

所得税法36条1項は,その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は,別段の定めがあるものを除き,その年において収入すべき金額(金銭以外の物又は権利その他経済的な利益をもつて収入する場合には,その金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額)とする旨定め,同条2項は,1項の金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額は,当該物若しくは権利を取得し,又は当該利益を享受する時における価額とする旨定めている。
(3)

所得税法57条の3第1項は,居住者が,外貨建取引(外国通貨で支払
が行われる資産の販売及び購入,役務の提供,金銭の貸付け及び借入れその他の取引をいう。)を行った場合には,当該外貨建取引の金額の円換算額(外国通貨で表示された金額を本邦通貨表示の金額に換算した金額をいう。)は当該外貨建取引を行った時における外国為替の売買相場により換算した金額として,その者の各年分の各種所得の金額を計算するものとする旨定めている。
(4)

所得税法95条(平成21年法律第13号による改正前のもの。以下同
じ。)1項は,居住者が各年において外国所得税を納付することとなる場合には,89条から92条までの規定により計算したその年分の所得税の額のうち,その年において生じた所得でその源泉が国外にあるものに対応するものとして政令で定めるところにより計算した金額を限度として,その外国所得税の額をその年分の所得税の額から控除する旨定め,同条5項は,1項の規定は,確定申告書に同項の規定による控除を受けるべき金額及びその計算に関する明細の記載があり,かつ,外国所得税を課されたことを証する書類その他財務省令で定める書類の添附がある場合に限り,適用する旨定め,同条7項は,税務署長は,1項の規定による控除をされるべきこととなる金額等につき5項の記載又は書類の添附がない確定申告書の提出があった場合においても,その記載又は書類の添附がなかったことについてやむを得ない事情があると認めるときは,その記載又は書類の添附がなかった金額につき1項の規定を適用することができる旨定めている。
(5)

所得税法183条1項は,居住者に対し国内において28条1項に規定
する給与等の支払をする者は,その支払の際,その給与等について所得税を徴収し,その徴収の日の属する月の翌月10日までに,これを国に納付しなければならない旨定めている。
(6)

所得税法234条1項(平成23年法律第114号による改正前のもの。
以下同じ。)は,国税庁,国税局又は税務署の当該職員は,所得税に関する調査について必要があるときは,次に掲げる者に質問し,又はその者の事業に関する帳簿書類その他の物件を検査することができる旨定めている。1号

納税義務がある者又は納税義務があると認められる者等

2号

支払調書,源泉徴収票又は信託の計算書等を提出する義務がある者
3号

1号に掲げる者に金銭若しくは物品の給付をする義務があったと認められる者又は当該義務があると認められる者等

(7)

国税通則法65条1項は,期限内申告書が提出された場合において,更
正があったときは,当該納税者に対し,その更正に基づき35条2項の規定により納付すべき税額に100分の10の割合を乗じて計算した金額に相当する過少申告加算税を課する旨定め,同条2項は,1項の規定に該当する場合において,同項に規定する納付すべき税額がその国税に係る期限内申告税額に相当する金額と50万円とのいずれか多い金額を超えるときは,同項の過少申告加算税の額は,同項の規定にかかわらず,同項の規定により計算した金額に,当該超える部分に相当する税額に100分の5の割合を乗じて計算した金額を加算した金額とする旨定め,同条4項は,1項又は2項に規定する納付すべき税額の計算の基礎となった事実のうちにその更正前の税額(還付金の額に相当する税額を含む。)の計算の基礎とされていなかったことについて正当な理由があると認められるものがある場合には,これらの項に規定する納付すべき税額からその正当な理由があると認められる事実に基づく税額として政令で定めるところにより計算した金額を控除して,これらの項の規定を適用する旨定めている。
2
前提事実(争いのない事実,顕著な事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1)

原告について
原告は,平成9年2月13日からP1証券株式会社(同月当時は,「P2
リミテッドP3支店」。以下「P1証券」という。)に勤務し,平成15年9月16日付け合意書(以下「本件合意書」という。甲15)により,同社との間で退職条件に関する合意をした上で,同年10月31日に同社を退職した。その後,原告は,平成16年8月16日からアメリカ合衆国(以下「米国」という。)の法人であるP4インク(以下「P4証券」という。)に勤務し,平成17年3月31日に同社を退職した。
原告は,平成19年中において,所得税法2条1項3号に規定する居住者であった。
(2)

P5AGの企業グループ
P1証券及びP4証券は,ドイツ連邦共和国の法人であるP5AG(以下
「P5銀行」という。)を中核とする企業グループ(以下「P6グループ」という。)に属しており,P5銀行は,間接的にそれぞれその株式の100パーセントを保有している。
P7リミテッド(以下「P7」という。)は,英国(グレートブリテン及び北アイルランド連合王国をいう。以下同じ。)に事務所を置く会社である(乙2)。
(3)

P6グループにおける株式報酬制度(全体につき乙1)
P6グループでは,同グループの特定の従業員を対象に,「P6リストリクテッド・エクイティ・ユニッツ・プラン」と称する株式報酬制度(以下「本件プラン」という。)を実施していた(乙1)。

本件プランは,「プラン・ドキュメンテーション」と題する文書(以下「本件プラン書」という。)に基づくものであり,同文書は,本件プランの仕組みの概要を理解するために作成された「案内書」と題する部分(以下「本件プラン案内」という。)と,本件プランの正確な運営の詳細を決定する「プラン・ルール」と題する部分(以下「本件プラン・ルール」という。)によって構成され,本件プラン案内よりも本件プラン・ルールが優先するものとしている。
本件プラン・ルールは,要旨,下記ウからクまでのとおりの内容を定めている。


本件プランは,P6の価値を築き上げることへの参加を通じて,優秀な従業員の意欲を高めること及び従業員の利益と株主の利益を結び付けることを目的とする。


本件プランにおいて,「アワード」とは,本件プラン・ルールの条件に従い,「ベスティング日」に「潜在P5株式」に相当するP5銀行の株式(以下「P5株式」という。)を受け取り又はプラン管理者の完全なる裁量により,潜在P5株式を基にした額の現金の分配を受ける不確定な権利をいい,イニシャル・アワードとエクセプショナル・アワードが含まれている。なお,ここにいう「潜在P5株式」とは,仮想の株式であり,その額がP5株式の市場価格とともに変動するものをいう。また,アワードが本件プラン・ルールの没収規定の対象とならなくなることを「ベスト」といい,アワードがベストする日を「ベスティング日」という。


本件プランにおいて,「委員会」とは,P5銀行の取締役会又は同取締役会により,本件プランの決定機関として指名された他の委員会又は他の団体若しくは人をいう。
委員会は,本件プランの規定の解釈及び執行並びにプランを管理するため必要な規則の採用について,完全な権限を有する。また,委員会又は委任を受けた部門,取締役による会議若しくは委員会は,時宜に応じて,委員会等が選んだ者に対し,アワードを付与することができる(以下,アワードを受け取る者を「参加者」という。)。そして,委員会は,委員会が決定する日付けにおいて,委員会が決定する限度で適格な従業員にアワードを与え又は他の者がアワードを与えると決めた場合にはそれを認める権利を有する。
なお,アワードが決定された場合には,できるだけ速やかに,委員会が定める形式による「アワード・ステートメント」(イニシャル・アワード及びエクセプショナル・アワードの当初現金額,受け取ることができる潜在P5株式の株数等が説明されている明細書をいう。以下同じ。)が参加者に対して発行される。また,ベスティング日は,委員会が「付与日」(アワード・ステートメントに示されているアワードが有効になる日をいう。以下同じ。)に決定し,アワード・ステートメントに記載される。カ
本件プランにおいて,「プラン管理者」とは,委員会により任命されたP7又は他の者若しくは団体をいう。
プラン管理者は,本件プランの条件に従い,本件プランの全体的な運営及び管理に責任を持ち,委員会により時に応じて採用又は決定される決議に従い,本件プランの規定を執行する責任を持ち,本件プランの規定を遂行するために必要な権限を持つ。


参加者は,死亡した場合を除き,アワードを譲渡又は移転することは認められず,また,参加者とP5銀行又はプラン管理者との間に存在する義務を履行する場合を除き,参加者がアワードを債務又は担保権の対象とすることはできない,ベスティング日までに,解雇理由に該当するとして雇用が終了するなどした場合,ベストしていないイニシャル・アワード及びエクセプショナル・アワードは自動的に没収され,自主的に退職届を提出するなどした場合,退職日に応じてイニシャル・アワードの全部又は一部が没収される。

プラン管理者が参加者のアワードを没収することがなければ,アワードに関するあらゆる制限は,ベスティング日に自動的に消滅する。また,アワードは,ベスティング日が到来した後,管理上,実際に可能な限り早く,プラン管理者の裁量により,次の(ア)又は(イ)のいずれかの方法により決済される。
(ア)

ベスティング日が到来した後,参加者により開設され,承認された
口座に,潜在P5株式1株に対してP5株式1株が分配される。
(イ)

ベスティング日におけるP5株式の株価と同価格の潜在P5株式1
株の価格を基準として,P8が報告するベスティング日の為替レートの終値又は委員会若しくはプラン管理者が適切とみなす他の外国為替レートに基づいて算出した金額の現金又は同じ価値の資産が現地の給与支払担当を通じて分配される。
(4)

原告に対するアワードの付与
原告は,平成15年(2003年)2月1日,本件プランに基づき,ベス
ティング日を平成19年(2007年)8月1日(以下「本件ベスティング日」という。),付与される潜在P5株式を合計2767.84株とする次のとおりのアワード(以下「本件アワード」という。)の付与を受け,その旨が記載されたアワード・ステートメント(以下「本件アワード・ステートメント」という。)による通知を受けた(甲6の1,乙6)。


イニシャル・アワード
日本円のイニシャル・アワードの額
付与される潜在P5株式の数



1120万円
2214.27株

エクセプショナル・アワード
日本円のエクセプショナル・アワードの額
付与される潜在P5株式の数
280万円
553.57株

(5)

P5銀行,P7及びP1証券は,平成16年(2004年)10月27
日,インセンティブ・プランの管理に関する契約(以下「本件三社間契約」という。)を締結した(乙2)。
(6)

本件アワードのベスト及び決済


本件アワードは,平成19年(2007年)8月1日,ベストした。

原告は,平成19年(2007年)8月17日,本件アワードに係るP5株式2437株(以下「本件P5株式」という。)について,P5銀行P9支店の証券口座に振替えを受けた(乙7)。
なお,原告に分配されたP5株式が2437株となったのは,P7が,本件アワードによって付与された潜在P5株式合計2767.84株を,原告がP1証券に勤務していた日数とP4証券に勤務していた日数によって按分し,前者の日数に係る潜在P5株式を1971.51株とし,うち1971株をP5株式により分配し,端株0.51株(以下「本件端株」という。)を現金によって支払い,後者の日数に係る潜在P5株式を796.33株とし,うち米国の源泉徴収税額に相当する329.47株を天引きし,うち466株をP5株式により分配し,端株0.86株(以下「別件端株」という。)を現金によって支払うことによって決済する旨決定したことによるものである(甲6の2,乙4の1)。


P1証券は,平成19年11月15日,原告に対し,本件端株の価額に相当する金額とこれに対応する社会保険料調整額との合計金額(以下「本件端株相当額」という。)8183円を支払うとともに,源泉所得税240円の源泉徴収を行った(甲4)。


P4証券は,原告に対し,別件端株の価額に相当する金額(以下「別件端株相当額」という。)116.03米国ドルを米国の原告名義の銀行口座に振り込む方法により支払った(甲3,乙4の1)。

(7)

確定申告書の提出(乙3)
原告は,平成20年3月15日,芝税務署長に対し,平成19年分の所得税について,別表1「本件更正処分等の経緯」の「確定申告」欄記載のとおり,総所得金額を843万7890円,申告納税額及び納付すべき税額をいずれもマイナス131万9311円とする確定申告書を提出した(以下「本件確定申告」という。)。
なお,原告は,本件確定申告において,本件アワードに係る経済的利益(以下「本件利益」という。)について,本件端株相当額8183円を除き,所得金額の計算に含めておらず,本件端株相当額の収入金額8183円は,雑所得に係る収入金額としたが,これに係る源泉所得税額240円は申告納税額の計算において控除しなかった。また,原告は,本件確定申告において,所得税法95条5項に規定する外国税額控除を受けるべき金額及びその計算に関する明細の記載をせず,外国所得税を課されたことを証する書類を添付しなかった。
(8)

本件訴えに至る経緯
芝税務署長は,平成23年3月14日,原告に対し,平成19年分の所得税について,別表1「本件更正処分等の経緯」の「更正処分等」欄記載のとおり,総所得金額を5045万3218円,申告納税額及び納付すべき税額をいずれも1425万0500円とする本件更正処分及び過少申告加算税の額を229万8000円とする本件賦課決定処分をした(甲1)。


原告は,平成23年5月10日,芝税務署長に対し,本件更正処分等を不服として,異議申立てをした。これに対し,芝税務署長は,平成23年7月4日,上記異議申立てをいずれも棄却する旨の異議決定をした。(甲2)


原告は,平成23年8月2日,国税不服審判所長に対し,本件更正処分等を不服として,審査請求をした。これに対し,国税不服審判所長は,平成24年7月24日,原告の平成19年分の所得税について,課税標準等及び税額等の計算は別表1「本件更正処分等の経緯」の「審査裁決」欄記載のとおりであるとして,本件更正処分のうち納付すべき税額1277万8600円を超える部分及び本件賦課決定処分のうち過少申告加算税の額207万7000円を超える部分を取り消す旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をした(甲3)。
エ3
原告は,平成25年1月23日,本件訴えを提起した(顕著な事実)。
被告の主張する本件更正処分等の根拠及び適法性
本件更正処分等の根拠及び適法性に関する被告の主張は,別紙2のとおりである。

4
争点
原告は,本件更正処分の手続的違法事由として,税務調査の違法を主張する。また,原告は,主位的には本件利益が給与所得に該当するとした上で,本件利益のうち本件P5株式の支払に係る部分については本来P1証券が源泉徴収すべきであったから,当該部分につき本件更正処分をするのは違法であると主張し,仮にこの主張が容れられなかった場合には予備的に本件利益の給与所得該当性を否定する旨主張する。このほか,原告は,本件利益に係る収入すべき金額の為替換算のために本件更正処分が採用した方法が誤っていること,外国税額控除が認められるべき「やむを得ない事情」(所得税法95条7項)があること,過少申告加算税に係る「正当な理由があると認められる」場合(国税通則法65条4項)に該当することを主張している。なお,本件更正処分は,本件裁決で一部取り消されたが,被告は,本件利益の収入すべき日についての本件裁決の判断の誤りを主張している。
したがって,本件の争点は,次のとおりである。

(原告の主張に係る争点)
(1)

税務調査に本件更正処分等の取消原因となるべき違法があるか否か(2)

本件利益は給与所得に該当するか否か

(3)

本件P5株式の支払について源泉徴収されるべき所得税の額はあるか
(4)

本件利益に係る収入すべき金額の為替換算は何によるべきか

(5)

所得税法95条7項(外国税額控除額)に規定する「やむを得ない事情」
があるか否か
(6)

国税通則法65条4項に規定する「正当な理由があると認められる」場
合に該当するか否か
(被告の主張に係る争点)
(7)
5
本件利益の収入すべき日はいつであるか

争点に対する当事者の主張の要旨
(1)

争点(1)(税務調査に本件更正処分等の取消原因となるべき違法があるか
否か)について
(原告の主張の要旨)

芝税務署長が本件更正処分を行うためには,P5銀行及びP7に対して質問検査権を行使して調査を行い,P5銀行が支払者である事実,P5銀行がP7に指示をして海外にて支払ったという事実について,証拠に基づいて事実認定をすることが必要不可欠である。しかるに,芝税務署長は,原告が再三にわたってP5銀行への調査を要請したにもかかわらず,P5銀行及びP7に対する調査を全く行っておらず,何ら合理的な資料根拠に基づかず,上記事実には関係のないP1証券に対して質問検査権を行使して調査を行い,P1証券からの伝聞証拠と提出資料に基づいて,全く恣意的に上記事実の認定を行っている。これは,本件更正処分に当たり,調査すべき対象への調査を全く怠ったものであるから,課税処分の前提要件を欠くものであり,仮に調査そのものは外形的に存在しているとしても,調査がないものと同視すべきである。


また,芝税務署長は,調査の過程で得た事実関係(P1証券が本件アワードの支払者であると認識している事実)と重要書類である本件三社間契約を原告に対して隠匿したまま,自らの主張にとって都合の良い調査結果のみを恣意的に選択して本件更正処分をしたものであり,社会通念上相当の限度を超えた裁量権(課税権)の濫用として取消原因に相当するのみならず,公務員職権濫用罪を構成する行為というべきである。

以上より,本件更正処分は,調査に基づかない更正処分であるか,課税庁の裁量権(課税権)の濫用による違法な更正処分であるから,即刻取り消されるべきである。

(被告の主張の要旨)

所得税法234条1項の規定は,国税庁,国税局または税務署の調査権限を有する職員において,当該調査の目的,調査すべき事項,申請,申告の体裁内容,帳簿等の記入保存状況,相手方の事業の形態等諸般の具体的事情にかんがみ,客観的な必要性があると判断される場合には,職権調査の一方法として,同条1項各号規定の者に対し質問し,またはその事業に関する帳簿,書類その他当該調査事項に関連性を有する物件の検査を行う権限を認めた趣旨であって,この場合の質問検査の範囲,程度,時期,場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については,質問検査の必要があり,かつ,これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまるかぎり,権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられている。
そして,調査手続の単なる瑕疵は更正処分に影響を及ぼさないものと解すべきであり,調査の手続が刑罰法規に触れ,公序良俗に反し又は社会通念上相当の限度を超えて濫用にわたる等重大な違法を帯び,何らの調査なしに更正処分をしたに等しいものとの評価を受ける場合に限り,その処分に取消原因があるものと解するのが相当である。


この点,原告に対して実施された本件更正処分等に係る税務調査(以下「本件調査」という。)を担当した税務職員(以下「本件調査担当職員」という。)が原告及びP1証券に対し調査を実施し,その結果,芝税務署長において,本件利益が給与所得として申告されていないこと,本件端株相当額の支払についてP1証券により源泉徴収されていること及び本件P5株式の支払についてP1証券に源泉徴収義務が生じないことなどを把握することができたのであるから,本件調査は,権限ある税務職員の合理的な選択の範囲内で必要かつ十分に行われたものであるということができる。また,原告が,本件調査に関し,本件更正処分の取消原因としてるる述べる事情は,単に,本件調査においてP5銀行及びP7に対する調査が行われていないというものにすぎず,当該事情をもって,本件調査の手続が刑罰法規に触れ,公序良俗に反し又は社会通念上相当の限度を超えて濫用にわたるなどの重大な違法を帯び,何らの調査なしに更正処分をしたに等しいものとの評価を受けるべきものではないことも明らかである。なお,仮に,本件調査において,本件調査担当職員が原告に対しP1証券への調査内容や本件三社間契約を提示していないとしても,このことは,本件更正処分等の適法性の判断に何ら影響を与えるものではないから,そもそも重大な違法性を帯び,何らの調査なしに更正処分をしたに等しいものとの評価を受けるべきものではない。
以上のとおり,本件更正処分等は,国税通則法24条に規定する「調査」に基づいて適法に行われたことが明らかである。
(2)

争点(2)(本件利益は給与所得に該当するか否か)について

(原告の主張の要旨)

本件アワードの支払者が親会社であるP5銀行であるとすれば,原告とP5銀行との間に雇用関係がない以上,本件利益のうち,本件アワードの金額1400万円(イニシャル・アワードの金額及びエクセプショナル・アワードの金額の合計額。以下「本件アワード金額」という。)に係る部分については,一時所得に当たるというべきである。
また,株式報酬は,支給者が株式報酬を付与し,一定期間経過後に現物株式が支給されるところ,付与時と支給時の間に株価が値上がりし,キャピタルゲインが発生する場合がある。そのため,本件利益のうち,P5銀行の株式の上昇によって実現された本件アワード金額を超える部分については,租税特別措置法37条の10所定の株式等に係る譲渡所得に当たるというべきである。

仮に上記アに述べた所得区分が認められないとしても,本件アワードの所得としての性質は,その金銭的価値が原告の継続的役務の提供と関係せず,P5銀行の株価という不確定要素によって変動するものであるから,本件利益はその全額が一時所得に当たるというべきである。


仮に上記ア及びイに述べた所得区分が認められないとしても,本件利益のうち,本件アワード金額にかかる部分のみがP5銀行からの給与所得であり,本件アワード金額を超える部分については,租税特別措置法37条の10所定の株式等に係る譲渡所得又は一時所得に当たるというべきである。

(被告の主張の要旨)

所得税法28条1項に規定する給与所得は,「雇用契約又はこれに準ずる関係に基づいて提供される個人の非独立的ないし従属的な勤労(人的役務提供)の対価としての性質をもった所得」であると解されている。

本件プランは,P5銀行の株価に直接連動するアワードを利用して,P6グループの一定の従業員に対する精勤の動機付けとすることなどを企図して設けられていたものであり,参加者がアワードに係る利益を取得するためには,P6グループに属する企業に対する一定期間の勤務など一定の条件を充足することが必要である(本件プラン・ルール1項)。


本件プランの運営に係る決定権及び裁量権を有するP5銀行の役員等で構成される委員会は,本件プランに基づき,平成15年(2003年)2月1日に,P6グループに属するP1証券において職務を遂行していた原告に対し,本件アワードを付与した。その後,原告は,P1証券を退職して,P6グループに属するP4証券に勤務した後,平成17年(2005年)3月31日に退職して,平成19年(2007年)8月1日に本件アワードがベストした結果,本件利益を取得した。

また,P5銀行は,P1証券及びP4証券の発行済株式の全てを間接的に保有する親会社であり,P6グループの基幹法人として同各法人の人事権及び経営権等の実権を握ってこれを支配しているものとみることができ,原告は,P5銀行の統括の下にP1証券及びP4証券の従業員として職務を遂行していたと認められる。


以上のことからすれば,P5銀行は,P6グループの一定の従業員に対する精勤の動機付けとすることなどを企図して設けられた本件プランに基づき,P5銀行の統括の下にP1証券の職務を遂行していた原告に対して本件アワードを付与し,原告は,P6グループに属するP1証券及びP4証券の従業員として一定期間勤務して,その職務を遂行した結果,本件利益を取得したものであるから,本件利益は,原告とP5銀行との間の雇用契約又はこれに類する原因に基づき提供された非独立的な労務の対価として給付されたものとして,給与所得に該当するというべきである。
(3)

争点(3)(本件P5株式の支払について源泉徴収されるべき所得税の額は
あるか)について
(原告の主張の要旨)

所得税法183条1項所定の「支払をする者」について
(ア)

P1証券は,平成15年2月,原告に対して付与する本件アワード
の内容が記載された本件アワード・ステートメントを原告に手交しており,これにより,原告とP1証券との間で本件アワードの付与契約が成立した。また,本件合意書には,本件アワードの付与に関する規定(8項),P1証券が債務を負う旨の規定(9項),本件合意書記載の全ての支払が完了したときに全ての債務の履行を果たすことになる旨の規定(12項)が置かれており,これにより,P1証券が原告に対して本件アワードの支払債務を継続して負担する旨の合意が成立した。
(イ)

P1証券は,芝税務署の税務調査や原告の聴取調査において,自ら
が本件アワードの支払者であることを当然の前提とし,本件アワードについて源泉徴収をしていないのは,本件アワードが海外払いであったことが理由である旨説明している。また,P1証券は,麹町税務署による本件アワードについての源泉調査(任意調査)に同意している。これらの事実によれば,P1証券は,自らが本件アワードの「支払をする者」であると認識していたといえる。
(ウ)

本件三社間契約が本件アワードの取得費用をP1証券の負担とする
ことを明らかにしているとおり,経済的出捐によって本件アワードの支払債務消滅の効果が帰属するのはP1証券である。また,本件三社間契約は,P1証券が従業員にインセンティブを提供することを希望する旨定めている。
(エ)

本件プラン書は,P5銀行と原告との間に本件アワードの支払に係
る契約関係を成立させる要件を満たした契約文書ではなく,本件プラン全般に共通する一般的な内容・支給条件等を記した規定集にすぎない。そして,本件プラン書には,本件アワードの支払債務がP5銀行に帰属していることを定めた規定はなく,本件アワードの経済的出捐の負担者を定めた規定もない。
(オ)

仮に,P5銀行が,本件プラン書によって報酬内容を規定するな

ど,本件プランに係る様々な決定権限を有していたとしても,これをもって経済的出捐による債務消滅の効果がP5銀行に帰属する理由にはなり得ないのであるから,P5銀行が本件アワードの支払債務者になる必然性はない。また,P5銀行は,P5株式の発行主体であるが,発行主体が必ずしも支払主体になるものではない。この点,P5銀行は本件アワードと同様の株式報酬制度であるストック・アプリシエーション・ライト(以下「SAR」という。)の支給株数を決定しているが,P1証券が,その支払を行い,源泉徴収をしているところである。
(カ)

本件アワードの一部である本件端株については,P1証券が支払者
として源泉徴収をしたのであるから,同じ本件アワードの一部である本件P5株式についても,P1証券が支払者となるのが当然の帰結である。そして,原告とP1証券との間には,海外払いの場合は支払者が異なるとする特段の合意はなく,現金払い(端株部分)と株式払い(整数株部分)によって支払者が異なるとする特段の合意もない。
(キ)

P1証券は,平成21年以降,本件プランと同様の株式報酬につい
て,「支払をする者」として源泉徴収を開始しているところ,支払手続の変更のみによっては「支払をする者」は変更されないのであるから,同年以降の株式報酬と本件アワードの「支払をする者」とを異にする理由になるものではない。したがって,本件アワードの「支払をする者」は,平成21年以降の株式報酬と同様,P1証券というべきである。(ク)

以上より,本件アワードについて「支払をする者」(所得税法18
3条1項)は,P1証券であるというべきである。

所得税法183条1項所定の「国内において」について
(ア)

P1証券,P5銀行及びP7は,本件三社間契約を締結し,本件ア
ワードを含む本件プランの運営事務について,P1証券とP5銀行を委託者,P7を受託者とする契約が成立しており,P1証券とP7は,本件アワードの支払について業務委託関係がある。
(イ)

所得税法183条1項の課税要件である支払地の判断は,実質的に一連の支払事務を行った場所を基準に判断すべきであり,支払行為を行った場所等の外形的事実のみを基準にして形式的に行うべきではないから,本件アワードの支払業務が海外のP7に委託され,支払が海外で行われたとしても,それだけをもって同項の適用を免れるものではない。海外払いであっても,その目的が源泉徴収義務を回避することであり,支払事務が国外の業務受託先によって行われている場合には,所得税法183条1項の課税要件の判断においては,実質的な国内払いであると認定して,源泉徴収義務の成立を認めるべきである。
(ウ)

P1証券は,本件端株について,自らの給与支払手続に従って国内
において支払い,源泉徴収を行っている。他方,本件P5株式の支払地を海外として別に取り扱ったのは,源泉徴収制度を潜脱して租税回避等を行う目的があったからにすぎないのであり,本件P5株式の一連の支払事務は,本件端株と同じく,P1証券が,国内において自ら行ったか,P7に指示を出して行ったと考えるのが自然である。そして,本件アワード・ステートメント及び本件合意書には,原告とP1証券との間において,本件P5株式の支払地を海外とする特段の合意は存在しないのであるから,当事者の合理的意思と実質課税の原則に基づき,本件P5株式の支払地は国内であると認定されるべきである。
(エ)

P1証券が,平成21年以降の株式報酬の支払について,海外払い
を継続しながら,源泉天引きの指示を出すことのみによって源泉徴収を開始し,課税庁もその源泉徴収税を収入していることに鑑みると,P1証券は,同年以前から,本件プランに基づくアワードについて,P7に支払業務を委託して,実質的に国内において支払事務を執り行っていたといえる。
(オ)

以上より,P1証券は,「国内において」(所得税法183条1

項),本件アワードの支払をしているというべきである。

以上より,P1証券は,本件P5株式の支払について,源泉徴収義務を負っていたのであるから,本件利益について原告に直接課税をすることは許されない。

(被告の主張の要旨)

所得税法183条1項所定の「支払をする者」について
(ア)

所得税法183条1項所定の「支払をする者」とは,支払の主体と
して,給与等の支払(債務が消滅する一切の行為(所得税基本通達181~223共-1))の義務を自ら負い,その経済的出捐による債務消滅の効果が帰属する者を意味するものと解される。なお,たとえ支払義務者が代理人又は機関等を通じて支払を行う場合であっても,「その支払をする者」は支払義務者本人を指すものである。
(イ)

本件プランは,P5銀行の価値を築き上げることへの参加を通じ

て,優秀な従業員の意欲を高めること及び従業員の利益と株主の利益を繋ぐことを意図して策定されたものであり,参加者がアワードに係る利益を取得するためには,P6グループに属する企業に対する一定期間の勤務など一定の条件を充足することが必要である。
本件プランの運営については,P5銀行の取締役等により構成される委員会が,参加者の選定やアワードの参加者への付与及びベスティング日の決定などその唯一の決定権や裁量権を有しており(本件プラン・ルール3.1項,同4.2項,同4.3項及び同4.5項(b)),参加者に支給するP5株式の調達及び参加者の証券口座への支払など実務的な運営については,委員会の指名に基づき,プラン管理者であるP7に委任されており(本件プラン案内及び本件プラン・ルール3項),P7が委員会の指揮監督の下に本件プランの実務上の運営を行っているものと解される。
以上のことからすると,本件プランは,全世界のP6グループ各社の従業員をその適用の対象者として制度設計され,将来のP6グループへの貢献に対するインセンティブとしてその意義を有するものであるところ,本件プランの運営について決定権及び裁量権を有するP5銀行が,本件プランの上記策定目的にかなうアワードの被付与者(参加者)を選定してアワードを付与し,参加者がP6グループに属する法人の一定期間の勤務など本件プラン・ルール所定の条件を充足すれば,同人に対し当該アワードに相当するP5株式が支払われる制度であるといえる。そうすると,本件プランに基づき,P5銀行は,アワードを付与した参加者が本件プラン・ルール所定の条件を充足すれば,同人に対して,株式報酬を支払う債務を負うことになるのであるから,本件プラン・ルールを含む本件プラン書には,P5銀行と参加者との間の債権債務関係が定められているというべきである。
(ウ)

原告は,本件プランに基づき,P5銀行から,本件アワードの付与
を受け,その後,P6グループに属する法人の一定期間の勤務など本件プラン・ルール所定の条件を充足したことにより,本件利益を取得したものである。
この点,本件アワード・ステートメントにおいても,「ImportantInformation」(重要な情報)以下の部分に,①それぞれのアワードは,関連するプラン・ルールに記載される特定の諸条件に従うものであること,②P5株式は,「あなた」が「グローバル・コンペンセーション」に対して,ベスティング/行使日の前に口座詳細を提供した場合にのみ,ベスティング/行使の際に支給されるものであること,及び③プラン書を閲覧し,口座についての更なる情報を得るには,「グローバル・コンペンセーション」のイントラネットサイトを参照するよう記載されている。その上で,原告は,現にこれらの記載を理解した上で,「グローバル・コンペンセーション」の指示の下に,自ら本件P5株式の入庫用の口座を開設し,「アプリケーション」等により受給資格がある旨申告して,本件P5株式の受給を申し込んで,本件ベスティング日を迎えて,本件P5株式が当該証券口座に入庫された事実があるのであるから,本件プラン・ルールには,P5銀行と原告との間の債権債務関係を成立させるための明確な意思表示が存在したというべきであり,原告は,本件プラン・ルールに拘束される。
そして,原告に対する本件利益の支払債務は,本件プランにより生じたものであって,本件プランに基づくP5株式の支払債務が生じる当事者はP5銀行であるから,P5銀行が原告に対し本件P5株式を支払うこと(経済的出捐)によって原告に対する株式報酬の支払債務が消滅するというべきである。
したがって,本件利益の支払債務の消滅の効果が帰属する者はP5銀行であり,P5銀行が所得税法183条1項に定める「支払をする者」に該当する。

所得税法183条1項所定の「国内において」について
所得税法183条1項所定の「国内において」支払われたか否かについては,源泉徴収事務が行われる一連の手続(支出額の計算,支出の決定,支払資金の準備等)が取り扱われる事務所等の所在地が国内か否かにより判断することが相当である。
この点,P5銀行及びP7は,本件P5株式の支払につき,本件アワードを支給するためのP5株式を調達し,本件P5株式の支払の適否を審査し,原告に対してP5株式を入庫するための口座を確認した上,本件アワードに係るP5株式を原告の指定口座に入庫していることからすれば,本件P5株式の支払に係る一連の手続については,P5銀行ないしP7が行ったものといえる。一方,P1証券はこれらの手続に何ら関与していない。
そして,本件P5株式の支払については,P5銀行の管理・指示の下,国外(英国)に所在するP7が,本件P5株式の調達及び原告の証券口座への本件P5株式の支払等の一連の事務手続を行っているのであるから,本件P5株式の支払は「国外において」行われたことは明らかである。したがって,本件P5株式の支払については,所得税法183条所定の「国内において」行われたものとは認められず,源泉徴収されるべき所得税の額はない。

原告の主張について
原告に対する本件利益の支払債務は,本件プランに基づき生じたものであり,本件プラン・ルールは,本件プランに係るアワードに関するあらゆる契約等に優先するものである(本件プラン・ルール15項)から,本件三社間契約及び本件合意書にかかわらず,P5銀行が原告に対する本件利益の支払義務を負っていたことは明らかである。そして,本件三社間契約によりP1証券が本件P5株式の支払に係る費用を負担していたとしても,P1証券が本件利益の支払をする者であると解する理由はない。また,本件合意書はP1証券が原告に対して本件利益を支払う義務を約したものではないから,本件合意書をもってP1証券を本件利益の支払者であると解する理由はない。さらに,本件端株相当額及びSARに係る金員については,いずれも,P1証券が,支払の主体として,給与の支払(債務が消滅する一切の行為)をしたものであるから,P1証券がこれらの支払について源泉徴収をしていたとしても,本件P5株式の支払に係る源泉徴収義務の判断を何ら左右するものではない。加えて,本件と「支払の時」(国税通則法15条2項2号)を異にする,平成21年(2009年)以降に係る事情を根拠として,本件におけるP1証券の源泉徴収義務の有無を明らかにするなどということはできない。


以上より,本件P5株式の支払について源泉徴収されるべき所得税の額がないことは明らかである。
(4)

争点(4)(本件利益に係る収入すべき金額の為替換算は何によるべきか)
について
(原告の主張の要旨)

原告が本件アワードを邦貨に交換する場合の実現可能な為替レートはTTB(対顧客直物電信買相場をいう。以下同じ。)であり,本件アワードにはTTBによって計算された金額に担税力があるから,課税金額の計算はTTBによるべきである。他方,原告は現実にはTTM(TTBとTTS(対顧客直物電信売相場をいう。以下同じ。)の仲値をいう。以下同じ。)で換価をすることができないのであるから,TTMを用いた税額の計算は納税者の担税力を無視するものであり,違法というべきである。

外貨建取引の換算について規定する所得税法57条の3第1項は,「外国為替の売買相場により換算した金額」と規定するだけで,TTMによって所得の金額を計算することを定めていない。TTMとTTBの差額については,金融機関の一方的都合で変えられるものであり,納税者が関与できないものであるところ,TTMによるべきことを定める所得税基本通達57の3-2は,担税力を超えた不当な課税を許容するものであり,租税法律主義を定める憲法30条及び84条に違反している。


所得税基本通達213-4は,源泉徴収を行うには,外貨で表示されている額の邦貨換算に当たり,TTBを用いることを定めている。本件アワードが申告所得税の対象である場合においても,所得区分が同じ給与所得である国内源泉所得であるならば,外貨建所得を邦貨に換算するに当たり,源泉徴収の場合と異なった為替レートを用いる合理的な理由はない。

以上より,本件利益(本件端株相当額を除く。)に係る収入すべき金額の為替換算はTTBによるべきである。

(被告の主張の要旨)

租税法は,原則として,強行法の性質を持ち,多数の納税義務に関わりを持つから,相手側の意思にかかわらず画一的に(すなわち同一の状況にある者は同一に,そして同一の状況にある事実は同一に)取り扱うのでなければ,その適用がまちまちになり,納税者相互間の公平を維持することが困難になる。それゆえに,本件P5株式の円換算においても,合理的な方法により画一的に取り扱うことが要請される。


所得税法57条の3第1項は,外貨建取引の円換算額は,その外貨建取引を行った時における外国為替の売買相場により換算された金額とする旨規定するが,その売買相場については,TTS,TTB又はTTMのいずれを用いるべきかまでは規定していない。この点について,課税庁は,租税要件の公平性・明確性を担保するため,所得税基本通達57の3-2において,外貨建取引の円換算方法について,金融機関の手数料等相当額を含まないTTMによるべきであることを明らかにしているところ,為替相場に用いるTTBとTTMとの差額又はTTSとTTMとの差額は金融機関の手数料及びリスク料としての性質を有していることからすれば,外貨建取引の円換算については,金融機関の手数料等相当額を含まないTTMによるべきであるとする上記通達の取扱いは,外貨建取引の換算について規定する所得税法57条の3に係る取扱いとして合理性を有するというべきである。


また,本件裁決によると,本件利益を構成するP5株式等は,実際に金融機関において外貨を円に交換されておらず,手数料が発生したとはいえないのであるから,この点においても,金融機関の手数料等相当額を含まないTTMを用いて計算するのが最も合理的であるというべきである。

したがって,本件利益(本件端株相当額を除く。)の収入すべき金額の算定に当たり,所得税法57条の3第1項及び所得税基本通達57の3-2に基づき,外貨建取引の円換算にTTMを用いることは適法である。(5)

争点(5)(所得税法95条7項(外国税額控除額)に規定する「やむを得ない事情」があるか否か)について

(原告の主張の要旨)
原告の認識は,本件アワードについては,源泉徴収によって課税関係が完結するものであり,原告のP6グループにおける最終勤務地であったP4証券での源泉徴収には,海外駐在員に適用されるタックス・イコライゼーション(TaxEqualization)により,その他の国で生じる可能性のある税はハイポタックス(HypotheticalTaxes)として含まれており,これにより全ての課税関係が終了しており,国際間の税額調整があるとしても,ハイポタックスの金額がP4証券とP1証券との間において調整済みであるというものであった。その後,原告は,本件アワードに係る税務調査の段階において,本件アワードがハイポタックスの対象となっていないことを知ることになり,芝税務署長に対して外国税額控除の適用を求めたものである。そして,P4証券のみならず,P1証券においても本件アワードの源泉徴収を行っていたならば,原告においては二重課税の状況にあることを早期に把握できたのであり,修正申告期限内に外国税額控除の申請ができたのであって,外国税額控除の申請が遅れた原因はP1証券の源泉徴収義務違反にある。
このように,本件確定申告については,外国税額控除に係る記載及び書類の添付がなかったことについては,納税者の責に帰すことのできない客観的な事情があるということができるから,所得税法95条7項所定の「やむを得ない事情」があるというべきである。
(被告の主張の要旨)

所得税法95条7項所定の「やむを得ない事情」とは,天災,交通の途絶その他真に納税者の責めに帰すことができない客観的事情をいい,納税者の税法の不知や事実の誤認等の主観的事情はこれに当たらないと解される。

そもそも原告は,所得税法95条5項に規定する外国税額控除を適用するための手続要件を満たしていない。また,源泉徴収によって課税関係が終了すると認識していたのであれば,本件P5株式のうち源泉徴収されていない日本における勤務分については,課税関係が終了していないと認識するはずであるにもかかわらず,この分についても,確定申告における所得金額の計算に含めておらず,これを米国の源泉徴収において課税関係が終了すると「誤認していた」とする原告の主張は極めて不自然,不合理である。
この点をおくとしても,仮に,原告が主張するような誤認があったとしても,これは,原告の税法の不知による主観的事情というべきであるから,天災,交通の途絶その他真に納税者の責めに帰すことのできない客観的事情に当たらないことは明らかである。
また,本件P5株式の支払につき,P1証券に源泉徴収義務はないから,原告の主張は,その前提において誤っており,失当である。


以上のことから,本件確定申告について,所得税法95条7項に規定する「やむを得ない事情」があるとはいえない。

(6)

争点(6)(国税通則法65条4項に規定する「正当な理由があると認めら
れる」場合に該当するか否か
(原告の主張の要旨)
仮に,P1証券に源泉徴収義務が認められなかった場合であっても,①株式報酬の税法上の扱いについては,現在に至るまでも議論が継続されており,確定した法律解釈や立法措置がとられていないこと,②報酬の支払地の解釈についても,企業のグローバル化に伴い,給与等の支払方法も複雑化しているところ,本件アワードについても,原告が直接関与又は知ることができない本件三社間契約が存在しているなど,源泉徴収義務の判断については法律の専門家の間においても意見が分かれる問題であったこと,③本件アワードの支払者がP1証券であることについては,P1証券も自認しており,本件プラン・ルール7.5項には,本件アワードについて源泉徴収されることが明示されているため,受給者において源泉徴収済みであると考えるのは当然であること,④原告は,タックス・イコライゼーションによるハイポタックスによって本件アワードの課税関係は終了したと理解していたのであり,この点について合理的理由があったといえること,⑤株式報酬の申告漏れの根本的な原因は,源泉徴収制度をめぐる法制度の不備や,支払者が,その一方的な都合によって,受給者に対し,海外口座への支払を条件としたことにあること,⑥国税庁がストック・オプションやストック・アワードの源泉徴収義務に係る法律関係について明示的に基準を示さないことに鑑みると,原告が本件確定申告において過少申告に至った点については,真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情が存するというべきである。したがって,国税通則法65条4項に定める「正当な理由があると認められる」場合に該当する。
(被告の主張の要旨)

国税通則法65条4項にいう「正当な理由があると認められる」場合とは,真に納税者の責めに帰すことのできない客観的な事情があり,上記のような過少申告加算税の趣旨に照らしても,なお,納税者に過少申告加算税を賦課することが不当又は酷になる場合をいい,同項の「正当な理由」が存在することについては,納税者において主張立証責任を負うものである。


原告は,本件確定申告当時,我が国の居住者であるから,無制限納税義務者として,所得の源泉が国内にあるか国外にあるかを問わず,全ての所得について納税義務を負うこととなるが,原告は,本件利益のうち本件端株相当額のみについて,本件確定申告において「雑所得」(源泉徴収税額0円)として源泉徴収票と異なる内容の申告をし,原告のP5銀行P9支店の証券口座に入庫された本件P5株式については,その全てにつき申告さえしなかった。このように,原告は,源泉徴収されていない日本における勤務分をも含めた本件利益のほぼ全てについて申告しなかったのであるが,そもそも,平成19年において複数の所得があり,源泉徴収のみでは課税関係が完結しておらず,確定申告義務を負う原告においては,源泉徴収がされたか否かにかかわらず,本件利益の全てについて,本件確定申告の際に申告しなければならなかったのであり,源泉徴収がされた所得については申告しなくてもよいなどということはない。

そして,所得税の源泉徴収に係る法令の定めについては,本件確定申告の時において,所得税法183条,所得税基本通達181~223共-1及び質疑応答事例(国税庁ホームページ)などから明らかであった。

結局のところ,本件利益(本件端株相当額を除く。)について無申告(過少申告)となった唯一の理由は,本件P5株式の支払について,P1証券により源泉徴収がされず,P4証券により源泉徴収がされていることから,原告において,同各社間において国際間の税額調整がされていると誤認し,我が国の居住者(無制限納税義務者)であっても本件利益(本件端株相当額を除く。)について申告の必要がないと理解していたことに尽きると解されるところ,これは,本件利益が給与所得に該当し,申告が必要であるということについての原告の認識不足にすぎないのであって,税法の不知及び事実の誤認等の主観的事情に基因するもの以外の何物でもない。


したがって,原告の過少申告については,真に納税者の責めに帰すことができない客観的な事情があるとはいえず,国税通則法65条4項に規定する「正当な理由があると認められる」場合に該当しないことは明らかである。

(7)

争点(7)(本件利益の収入すべき日はいつであるか)について
(原告の主張の要旨)
国税不服審判所は,本件裁決において,本件利益の収入すべき日は平成19年(2007年)8月17日であると判断し,本件更正処分の一部を取り消している。そのため,被告が本件利益の収入すべき日をベスティング日である平成19年(2007年)8月1日であると主張することは,国税通則法102条1項が定める取消裁決の拘束力に反し,許されないというべきである。
(被告の主張の要旨)

国税通則法102条1項の規定は,処分行政庁が取り消された処分と同様の処分を行うことを禁止する趣旨の規定である。それゆえ,処分を維持した裁決の結果になお不服があるとして提起された処分取消訴訟において,処分庁が処分を根拠付けるためにする主張が,裁決の理由中の判断と同一でなければならないものではなく,裁決は,そのような意味での拘束力を持つものではない。また,行政処分の審査請求手続と行政処分の取消訴訟手続とは全く別個の手続であり,裁決を経た後の課税処分の取消訴訟において,被告が裁決で認定された金額と異なる主張をすることも,また,裁決理由中の判断と異なる主張を行うことも裁決の拘束力には何ら抵触せず当然に許される。


そして,収入の原因となる権利の確定する時期については,それぞれの権利の特質を考慮し決定されるべきものであるところ,権利確定主義でいうところの「権利等の確定」とは,権利等の性質・内容その他の諸事情からみて,権利等が具体的に実現する可能性が増大し,その蓋然性を客観的に認識できるようになった状態を意味すると解される。


この点,本件プランに基づき付与されるアワードは,参加者がベスティング日に潜在P5株式に相当するP5株式又は潜在P5株式の価額を基にした額の現金を受領する権利であり(本件プラン・ルール2.1項及び同4.1項),ベスティング日までは,①アワードに関するあらゆる権利を売却,担保及び譲渡することができないこと,②従業員が解雇された場合やアワードの付与日から4年を経過する日よりも前に退職し,かつ競合相手に加わるなどの場合には,アワードが全て没収されること,③アワードの付与日から4年を経過する日よりも前に退職した場合には,競合相手に加わっていないとしても,付与日から退職日までの期間に応じてアワードの全部又は一部が没収されることなど,本件プラン・ルールに規定する一定の制限又は没収に関する条件の対象となる。そして,当該アワードがベストした場合には,本件プラン・ルールに規定するこれらの没収及び制限に関する条件の対象外となり,本件アワードに関する全ての制限が自動的に解除される。
これらのことからすれば,本件ベスティング日(平成19年8月1日)において,原告は,本件プラン・ルール所定の制限及び没収条件の対象外となって,本件アワードに係るP5株式の株主としての権利を取得し,そのことにより,本件利益の収入すべき権利等が「具体的に実現する可能性が増大し,その蓋然性を客観的に認識できるようになった」ものと認められるから,同日において,原告は当該権利等を確定的に取得したというべきである。
したがって,本件利益の収入すべき日は平成19年8月1日である。第3
1
当裁判所の判断
認定事実
前記前提事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,本件プラン・ルール,本件三社間契約,本件合意書及びP6グループにおける報酬決定の在り方につき,以下の事実を認めることができる。
(1)

本件プランの概要(全体につき,乙1)
本件プラン書には,本件プラン・ルールについて,要旨,以下の内容が記載されている。

1項

目的

本件プランは,P6の価値を築き上げることへの参加を通じて,優秀な従業員の意欲を高めること及び従業員と株主の利益を結び付けることを意図するものである。このプログラムは,P5銀行の株価と直接連動するアワードを通じて,従業員株主であることの自覚(意識)をもたせるとともに,P5銀行の株主と従業員の間の利益を共通のものとするものである。イ
2項
(ア)

定義
「アワード」とは,本件プランに従って与えられる潜在P5株式に
よるアワードを意味する(イニシャル・アワード及びエクセプショナル・アワードの両方を含む。)。
(イ)

「付与日」とは,アワード・ステートメントに示されているアワー
ドが有効となる日を意味する。
(ウ)

「アワード・ステートメント」とは,「アワード・ステートメン

ト」と題する明細書であり,本件プランに基づき参加者に対して発行され,参加者へのアドバイスを提供するものである。特に,イニシャル・アワードとエクセプショナル・アワードの当初現金額,報奨として受け取ることのできる潜在P5株式の数やそのアワードのベスティング日について説明する。
(エ)

「委員会」とは,P5銀行の取締役会又は同取締役会により,本件
プランの決定機関として指名された他の委員会又は他の団体若しくは人を意味する。
(オ)

「○」,「○」,又は「○」とは,P5銀行を意味し,文脈から認
められる限り,あらゆる部局,事業部門又は子会社を含むものとする。(カ)

「潜在P5株式」とは,仮想の株式であり,その額はP5株式の市
場価格の変動とともに変動する。
(キ)

「参加者」とは,本件プランの条件に従い,P6リストリクテッ

ド・エクイティ・ユニッツ・アワードを受け取る者を意味する。
(ク)

「プラン管理者」とは,本件プラン・ルール3.2項に記載される
プラン管理のために委員会により任命されたP7又は他の者若しくは団体を意味する。
(ケ)

「プラン・ルール」又は「ルール」とは,本件プラン・ルールのこ
とであり,本件プランの拘束力ある条件を記載している。
(コ)

「制限期間」とは,付与日(アワード・ステートメントに記載)と
ベスティング日との間の期間を意味する。
(サ)

「ベスト」とは,本件プランに係るアワードの場合,本件プラン・
ルールの没収規定の対象とならなくなることを意味する。「ベスティング」及び「ベステッド」という語も,同様に解釈される。
(シ)

「ベスティング日」とは,アワード・ステートメントに記載のある
日であり,アワードの一部又は全てがベストする日を意味する。

3項
(ア)

管理
3.1項

委員会の権限

委員会は,本件プランの規定の解釈及び執行並びにプランを管理するため必要な規則の採用について,完全な権限を有する。このプランに従いなされた委員会の決定は最終的かつ決定的なものであり,ザ・バンク及び参加者を含めて,全ての者を拘束する。
(イ)

3.2項

プラン管理者による管理

プラン管理者は,本件プランの条件に従い,本件プランの全体的な運営及び管理に責任を持ち,委員会により時に応じて採用又は決定される決議に従い,本件プランの規定を執行する責任を持ち,本件プランの規定を遂行するために必要な権限を持つものとする。

4項

P6リストリクテッド・エクイティ・ユニッツ・アワード
(ア)

4.1項

総則

アワードは,本件プラン・ルールの条件に従い,ベスティング日に潜在P5株式に相当するP5株式を受け取り又はプラン管理者の完全なる裁量により,潜在P5株式を基にした額の現金の分配を受ける不確定な権利である。
(イ)

4.2項

適格性

本件プランの条件に従い,委員会又は委任を受けた部門若しくは取締役による会議等は,時宜に応じて,それらが選んだ本件プランの参加者に対しアワードを与えることができる。
(ウ)

4.3項

アワードのレベル

委員会は,委員会が決定した日付で,適格な従業員にアワードを与える権利を有し,又は,他の者が適格な従業員にアワードを与えると決めた場合にこれを認める権利を有する。
(エ)

4.4項

アワード・ステートメント

アワードが決定された日からできるだけ速やかに,委員会が定めた形式によるアワード・ステートメントが参加者に対して発行される。(オ)

4.5項

条件

アワードは以下の条件に従うものである。
a
潜在P5株式
参加者にはアワード・ステートメントに記載されたとおりに潜在P5株式が与えられる。参加者に他の書面で通知されない限り,アワードとなる潜在P5株式の数は,プラン管理者により決定される。

b
ベスティング日
ベスティング日は,委員会が付与日に決定し,アワード・ステートメントに記載される。

c
制限期間
制限期間中,参加者は,本件プランに基づく潜在P5株式のアワードに関するあらゆる権利を他の者又は団体に売却,担保,譲渡等することはできない。
アワードがベストしたならば,本件プランに関する制限は消滅す
る。
d
制限
本件プラン・ルール10項で要求されるように,参加者は本件プランに基づき付与されたアワードを売却,移転,担保又はヘッジ取引に使用することは認められない。


5項
(ア)

ベストしていないアワードの自動没収
5.1項

総則

ベストしていないイニシャル・アワードは,以下の場合には,その全て又は一部が自動的に没収となり,参加者は補償を請求することはできない。なお,ベストしていないエクセプショナル・アワードについても,次のa及びbのような場合には,その全てが自動的に没収となる。a
解雇事由に該当することにより,参加者とP6との間の雇用関係が終了した場合,ベストしていないアワードの全てが自動的に没収される。


参加者が自主的に退職した場合で,付与日の4年後の応答日よりも前に,競合相手に加わったとき,ベストしていないアワードの全てが自動的に没収される。


付与日の2年後の応答日よりも前に参加者が自主的に退職した場
合,競合相手に加わっていないとしても,ベストしていないアワードの全てが自動的に没収される。


付与日の3年後の応答日よりも前に参加者が自主的に退職した場
合,競合相手に加わっていないとしても,ベストしていないアワードのうち50%が自動的に没収される。

付与日の4年後の応答日よりも前に参加者が自主的に退職した揚
合,競合相手に加わっていないとしても,ベストしていないアワードのうち25%が自動的に没収される。


付与日の4年後の応答日以後に参加者が自主的に退職した場合,競合相手に加わっているか否かにかかわらず,ベストしていないアワード全てにつき,没収の対象とはならない。

(イ)

5.3項

委員会の権利

委員会又は委任された部門会は,独自の権限で,参加者の行動が上記(ア)の状況に該当するか否かについて決定する権利を持つ。また,本件プラン・ルールにより与えられた権限を,時宜に応じて,個人又は団体に委任することができる。

7項
(ア)

アワードの決済
7.1項

決済の時期と方法

プラン管理者が参加者のアワードを没収することがなければ,アワードに関するあらゆる制限はベスティング日に自動消滅する。
アワードは,ベスティング日が到来した後,管理上,実際に可能な限り早く,プラン管理者の裁量により,次のa又はbのいずれかの方法により決済される。
a
ベスティング日の後で,参加者により開設され,承認された口座
に,潜在P5株式1株に対してP5株式1株が分配される。

b
ベスティング日におけるP5株式の株価と同価格の潜在P5株式1株の価格を基準として,P8が報告するベスティング日の為替レートの終値又は委員会若しくはプラン管理者が適切とみなす他の外国為替レートに基づいて算出した金額の現金又は同じ価値の資産が現地の給与支払担当を通じて分配される。
(イ)

7.2項

支払

現金の支払は,勤務地の給与支払日及び手続に合わせて,分配日から妥当な営業日内に行われる。P6は,支払により参加者に不利な租税効果が生じる場合であっても,参加者の雇用主を通して支払を行い又は報告をする権利がある。
(ウ)

7.5項

租税及び社会保障の源泉徴収

参加者に分配される額は,適用される源泉徴収が全て差し引かれた後の額となる。各自の状況にもよるが,参加者がアワードの期間中に居住地を変更した場合,参加者への分配は,複数の源泉徴収票又は二重課税が行われることがある。分配がP5株式又はその他の資産の形で行われた場合には,プラン管理者は,本来ならば参加者に分配されるP5株式又はその他の資産から,源泉徴収義務を十分に満たす額を天引きし,又は,P5株式若しくはその他の資産中,参加者を代理して妥当な部分を売却し,源泉徴収義務を満たすために,売却益の中から十分に源泉徴収を行うことができる。参加者は,本項等が適用された場合において,管轄区の租税当局に対し,所得の受取り又は売却益の申告を行う責任がある。P6は,本件プランへの参加による租税の賦課について何ら責任を負わない。そのため,参加者は,本件プランに参加することによる租税の賦課について,自身で税務アドバイスを求めるべきである。

10項

アワードの制限

参加者は,死亡した場合を除き,アワードを譲渡又は移転することは認められず,また,参加者とP6又はプラン管理者との間に存在する義務を履行する場合を除き,参加者がアワードを債務又は担保権の対象とすることはできない。

11項
(ア)

プランの改正又は終了

11.1項

プランの終了
委員会は,独自の裁量により,いかなるときでも,本件プランを改正又は終了することができる。プランの終了は,参加者の既得権を害することはできない。
(イ)

11.2項

プランの改正

委員会は,独自の裁量により,本件プランのあらゆる条項のあらゆる点について,いつでも,変更又は追加を行うことができるが,参加者の事前の書面による同意なくして,参加者の既得のアワードを実質的に害することはできない。
(ウ)

11.3項

アワードの終了

委員会は,独自の裁量により,いつでも,参加者のアワードの一部又は全てのベストを繰り上げ,又は他の資産(現金を含む)との交換,若しくは委員会が適切と判断する他の方法を採ることができる。

15項

全ての了解

本件プラン・ルールとアワード・ステートメントは,アワード・ステートメントに記載されているアワードに関して,当事者の全ての了解事項を明記している。
このため,口頭・書面にかかわらず,アワードに関するあらゆる契約,取決め,伝達よりも,本件プラン・ルールが優先する。本件プラン・ルールとアワード・ステートメント又は他の伝達との間に矛盾がある場合には,本件プラン・ルールが優先する。
(2)

本件三社間契約の概要(全体につき,乙2)
P5銀行,P7及びP1証券の間の本件三社間契約の内容は,要旨,以下
のとおりである。なお,本項において,「雇用者」はP1証券を指し,「管理者」はP7を指すものとする。

背景
(ア)

(A)雇用者は,従業員をつなぎ止め,その役務提供の継続を奨励するために,従業員にインセンティブを提供することを希望する。当事者は,P5銀行と雇用者により,従業員に対し,過去にインセンティブが提供されたこと,また,将来も提供されることを認める。
(イ)

(B)雇用者もP5銀行も,雇用者の利益のために行動し,従業員の
利益のために,P5銀行と雇用者により時宜によって導入される可能性のあるP5・グローバル・パートナーシップ・プラン,P5・シェア・プラン,ストック・アプリシエーション・ライト・プラン,本件プラン,エグゼクティブ・ファンド・トラッカー又はその他のインセンティブ・プラン(全てを併せて「インセンティブ・プラン」とする。)に基づき,従業員にアワードを与える提案又はアワードが与えられることを認可する提案を行う。
(ウ)

(C)本件三社間契約の当事者は,管理者が,インセンティブ・プラ
ンに関連して,P5銀行と雇用者に対して一定の管理上のサービス及び機能を提供する根拠となる条件を本件三社間契約書に記すことを望む。(エ)

(D)インセンティブ・プランは,管理者によって従業員へアワード
を提供すること又は提供することができると規定している。
(オ)

(E)当事者は,P5銀行,雇用者又は管理者により与えられるアワ
ードは,雇用者の利益のためであることを認める。このため,当事者は,本件三社間契約に基づき(アワードに関して)従業員に利益を交付するに当たって,管理者により発生する費用は,雇用者のみが負担すべきであると同意する。
(カ)

(F)本件三社間契約書は,従業員と管理者の間に何らかの法的関係
を築くものではなく,また,築く意図を持つものではない。
(キ)

(G)P5銀行と管理者は,インセンティブ・プランに基づきアワー
ドを付与される従業員を持つ全ての企業と同様の契約を締結する又は締結する意図がある。

1項
(ア)

定義
「従業員」とは,雇用者の従業員であり,インセンティブ・プラン
に基づき,アワードを付与される者を意味する。
(イ)

「適切な指示」とは,書面,ファクシミリ又はその他の電子的形式
による,本件三社間契約に関するあらゆる事項についての指示であり,その指示は,P5銀行(雇用者の利益のために与えられるアワードに関して)又は雇用者等により署名されたもの又は署名されることになっているものである。
(ウ)

「基準日」とは,従業員がインセンティブ・プランに基づき付与さ
れたオプションを実行する日,インセンティブ・プランに基づき,利益が従業員に交付される日又は管理者及び当事者間での合意により決定されたその他の日を意味する。
(エ)

「サービス」とは,インセンティブ・プランに関連して,管理者か
らP5銀行又は雇用者に提供される管理サービス及び機能であり,明細書に記載されているものである。
(オ)

「バリュー」とは,本件三社間契約に従って,インセンティブ・プ
ランに基づき,従業員の利益を交付するために,管理者により発生した費用を意味する。

2項
(ア)

管理者の指名
(a)P5銀行と雇用者は,共同で,本件三社間契約に記載される条
件に従い,本件三社間契約の対象となる者にサービスを提供する管理者を指名する。管理者は,その指名を受け入れるものとする。
(イ)

(b)本件三社間契約に基づき,サービスを提供する管理者には一定
の義務が課せられるところ,その義務は,管理者が義務を遂行するに当たって必要な情報,文書及び資金が,管理者に対し適時に提供されることが条件とされている。

3項

P5銀行及び雇用者の義務

(a)本件三社間契約の有効期間中,P5銀行及び雇用者は,管理者が,同契約に基づく義務を遂行するために,適切な指示,情報,文書及び記録を合理的に必要とする場合には,これを全て提供するものとする。オ
4項
(ア)

インセンティブ・プランに基づくアワードの提供
(a)管理者は,本件三社間契約の条件等に従い,P5銀行と雇用者
が,従業員にインセンティブ・プランへの参加の機会の提供を提案することを認める。
(イ)

(b)誤解を回避するために,インセンティブ・プランに基づく現在
及び将来のアワードについて,雇用者が管理者に対し,本件三社間契約5項の支払を怠った場合,P5銀行は,追加してアワードを与えることは意図せず,又はインセンティブ・プランに基づき,追加してアワードを従業員に付与することを承認しない。

5項
(ア)

利益提供の対価
(a)インセンティブ・プランにより付与されるアワードは価値ある
インセンティブであり,雇用者が有能な従業員を集め,つなぎ止めることに役立つ。このため,雇用者は,そのインセンティブを提供するための費用を負担することを理解し,合意する。
(イ)

(b)管理者は,インセンティブ・プランに従い,又は特定のインセ
ンティブ・プランについては,明細書に記載のある条件に従い,利益が従業員に交付される時に,雇用者にバリューを請求するものとする。キ
7項
(ア)

償還
(a)管理者は雇用者名義の勘定を管理し,その勘定について,雇用
者が負担すべき費用から雇用者に支払うべき剰余金を差し引くなどする。
(イ)

(b)雇用者に請求する勘定残高が記録されたならば,管理者は,雇用者に対し,その額の全て又は一部を請求する。
(ウ)

(c)管理者に支払うべき金額及び上記(b)に基づき請求される全額
は,請求書に記載された日付から15日以内(管理者と雇用者の間で異なる期間が合意されていれば,その期間内)に決済する。

8項

管理者の報酬

管理者が提供するサービスの対価について,雇用者は,インセンティブ・プランに参加している従業員がいる暦年終了ごとに,管理者に管理料を支払うものとする。

11項

期間と終了

本件三社間契約は平成15年(2003年)1月1日から有効となる。コ
明細書が記載するサービスの内容
管理者は,従業員のインセンティブ・プランの管理者として行動する。その行為には次の(ア)及び(イ)などが含まれるが,これらに限定されるものではない。
(ア)

P5銀行又は(状況により)雇用者による事前の合意が得られてい
る場合は,関連するインセンティブ・プランに基づき,従業員にアワードを与える。
(イ)

インセンティブ・プランの条件に基づき,参加者である従業員に利
益を交付する(直接的,間接的又は雇用者を通して)。
(3)

本件合意書の概要
原告とP1証券との間の本件合意書の内容は,要旨,以下のとおりである
(甲15)。

本契約書は,原告とP1証券との間において,原告の辞職に関しての条件を確認するものである。


1項

原告は,平成15年(2003年)12月16日付けでP1証券

から辞職するものとする。

3項

P1証券は,平成15年(2003年)9月17日から始まり,

同年12月16日に終了する期間に,原告の給与を支払い続ける。原告は,上記の期間において,月額(中略)円の給与を受け取る。

4項

P1証券は,給与最終日又は辞職日のいずれか早い日の後,可及

的速やかに記載の退職手当総額を支払う。

8項

原告のベストされていないP6リストリクテッド・エクイティ・

ユニッツは,プラン・ルールの6.2項に記載されたとおりに取り扱われる。委員会は,原告がプラン・ルールの5項に記載されている権利喪失行為のいずれにも携わらない限り,本アワードが権利喪失とならないように通常はその裁量権を行使する。没収の対象とならないベストされていないP6リストリクテッド・エクイティ・ユニッツ・アワードは,アワード・ステートメントに従って付与される。

9項

上記の総額は,P1証券が支払債務を負う総額である。P1証券

は,日本又はその他適用される法律によって必要とされる税金その他の金額を控除して適切な当局に支払うこととする。

12項

本契約書に記載されているP1証券による原告への支払が全て

完了した際には,P1証券は原告に対する全ての債務の履行を果たしたものであり,いかなる債務,追加的支払又は金額の支払債務を負うものではない。
(4)

P6グループにおける報酬の決定の在り方(全体につき,乙15,1
7)

P6グループの報酬委員会(以下「本件報酬委員会」という。)は,同グループの従業員に対する報酬について,決定権や裁量権を有し,グローバル全体の報酬金額を決定している。本件プラン書も,本件報酬委員会が作成したものである。


本件報酬委員会は,P5銀行の財務・人事・法務等間接部門担当役員を議長とし,P5銀行の主要な役員等によって構成されており,現地法人であるP1証券が含まれることはない。

P6グループでは,本件報酬委員会からの提言に基づき,P5銀行の取締役会が業績賞与総額(ボーナス・プール)を承認し,P6グループ全体の業績,営業利益に対する報酬及び経費率,事業における戦略的重要性のほか,市場での賞与,総報酬レベル等を考慮して,各部門別業績賞与の額が決定される。その後,各部門別業績賞与の額は,ヨーロッパ,アメリカ,アジアなどの各統括地域別に分配され,最終的に各従業員個人の業績賞与の額が決定される。
この各従業員個人の業績賞与の額は,グループ全体の業績,部門業績のグループへの貢献,個人の業績等を考慮して決定されるものであるが,その内容は,地域レベル,グローバルレベルで精査され,本件報酬委員会による確認後,P5銀行の取締役会で承認される。このように,各従業員個人の業績賞与の額の決定は,各会社別にではなく,グローバルからのトップダウン方式によって確定される。


P6グループの主要な従業員(上級幹部職員)については,業績賞与の一部が本件プランに基づくアワードとして支給されている。そのアワードの金額は,各従業員の業績賞与の金額に応じて,P6グループ全体で適用される本件報酬委員会が作成した繰延報酬計算式によって自動的に決定される。そのため,P1証券がその決定に関与することはない。
なお,P6グループにおいて,本件プラン等のインセンティブ・プランの対象となる従業員は,同グループ全社員の約3~4%程度である。
2
争点(1)(税務調査に本件更正処分等の取消原因となるべき違法があるか否か)について
(1)

原告は,本件更正処分は,調査に基づかない更正処分であるか,課税庁
の裁量権(課税権)の濫用による違法な更正処分であるから,取り消されるべきである旨主張する。
そこで,以下,税務調査ないし質問検査権の性質や,税務調査の手続の瑕疵と個別の処分の取消事由との関係についてみた上で,本件調査に本件更正処分等の取消原因となるべき違法性があるか否かについて検討する。(2)

所得税の終局的な賦課徴収に至る過程においては,更正,決定の場合の
みでなく,申請等に対する許否の処分のほか,税務署その他の税務官署による一定の処分のされるべきことが法令上規定され,そのための事実認定と判断が要求される事項があり,これらの事項については,その認定判断に必要な範囲内で職権による調査が行われることは法の当然に許容するところと解すべきものであるところ,所得税法234条1項の規定は,国税庁,国税局又は税務署の調査権限を有する職員において,当該調査の目的,調査すべき事項,申請,申告の体裁内容,帳簿等の記入保存状況,相手方の事業の形態等諸般の具体的事実に鑑み,客観的な必要性があると判断される場合には,前記職権調査の一方法として,所定の者に対し質問し又は帳簿書類等その他当該調査事項に関連性を有する物件の検査を行う権限を認めた趣旨であって,この場合の質問検査の範囲,程度,時期,場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については,上記の質問検査の必要があり,かつ,これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り,権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解するのが相当である(最高裁昭和54年(行ツ)第20号同58年7月14日第一小法廷判決・訟務月報30巻1号151頁,最高裁昭和45年(あ)第2339号同48年7月10日第三小法廷決定・刑集27巻7号1205頁参照)。また,このような税務調査の手続は,租税の公平かつ確実な賦課徴収のために課税庁が課税要件等の内容を構成する具体的事実の存否を調査する手段として認められた手続であって,その調査により課税標準等の存在が認められる限り課税庁としては課税処分等をしなければならないのであり,また,更正処分の取消訴訟においては客観的な課税標準の有無が争われ,これについて実体的な審査がされるのであるから,税務調査の手続の瑕疵は,原則として更正処分の効力に影響を及ぼすものではなく,例外的に,税務調査の手続が刑罰法規に触れ,公序良俗に反し又は社会通念上相当の限度を超えて濫用にわたるなど重大な違法を帯び,何らの調査なしに更正処分をしたに等しいものとの評価を受ける場合に限り,更正処分の取消事由となるものと解するのが相当である。
(3)

この点,証拠(甲1,32,乙15)及び弁論の全趣旨によれば,芝税
務署長は,本件確定申告を受けた後,原告の平成19年分の所得税について本件調査を開始したこと,本件調査担当職員は,平成21年8月頃から,原告と面談するなどして原告に対する質問を行い,平成22年10月14日には,P1証券を訪問し,原告に対するP6グループの株式関連報酬の支給状況等の調査を行い,本件プランや本件アワードに関する資料を収集するなどしたこと,芝税務署長は,本件調査に基づき,本件利益は給与所得に該当するが,本件P5株式については,P5銀行が原告に対して国外で支払ったものであり,P5銀行に源泉徴収義務はないと判断した上で,本件確定申告において,本件利益が給与所得として申告されていないことなどを踏まえ,本件更正処分等をしたことが認められる。
かかる事情に鑑みると,本件更正処分等は,国税通則法24条に規定する「調査」に基づき,適法に行われたものであるということができる。そして,本件調査の手続が刑罰法規に触れ,公序良俗に反し又は社会通念上相当の限度を超えて濫用にわたるなど重大な違法を帯び,何らの調査なしに本件更正処分等をしたに等しいものとの評価を受けるような事情を認めるに足りる証拠はない。
(4)

原告の主張について
原告は,芝税務署長は,原告が再三にわたってP5銀行への調査を要請したにもかかわらず,P5銀行及びP7に対する調査を全く行っておらず,何ら合理的な資料根拠に基づかず,関係のないP1証券に対して質問検査権を行使して調査を行い,P1証券からの伝聞証拠と提出資料に基づいて,全く恣意的に上記事実の認定を行っているのであり,これは,本件更正処分に当たり,調査すべき対象への調査を全く怠ったものであるから,課税処分の前提要件を欠くものであり,仮に調査そのものは外形的に存在しているとしても,調査がないものと同視すべきである旨主張する。しかしながら,税務調査の対象者を所得税法234条1項1号所定の納税義務者等に限定するのか,2号ないし3号所定の者まで含めるのか,2号ないし3号所定の者を含めるとしてその対象者の範囲をどの程度まで広げるのか,その順序,方法等をどのようにするのか等は,先に述べた実定法上特段の定めのない実施の細目にほかならず,かかる事項については,質問検査の必要があり,かつ,これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り,権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解される。そのため,税務調査において,所得税法28条1項に規定する給与等の支払をする者に対する税務調査が実施されなかったとしても,そのことをもって直ちに調査がないものと同視され,当該調査が違法となると解することはできず,先にみたところにも照らすと,この点に関する原告の主張を採用することはできない。

また,原告は,芝税務署長は,調査の過程で得た事実関係(P1証券が本件アワードの支払者であると認識している事実)と重要書類である本件三社間契約を原告に対して隠匿したまま,自らの主張にとって都合の良い調査結果のみを恣意的に選択して本件更正処分をしたものであり,社会通念上相当の限度を超えた裁量権(課税権)の濫用として取消原因に相当するのみならず,公務員職権濫用罪を構成する行為というべきである旨主張する。
しかしながら,そもそも,所得税は申告納税制度を採用しており,納税者自らが,所得等の調査を行い,その全容を把握して所得税の申告をする義務を負うものである。そして,先に述べたとおり,税務調査の手続は,租税の公平かつ確実な賦課徴収のために課税庁が課税要件等の内容を構成する具体的事実の存否を調査する手段として認められた手続であって,納税義務者への情報提供を目的とするものではなく,調査過程においていかなる情報提供をすべきかについて具体的に定めた法令の規定も存しない。そうすると,芝税務署長が,本件更正処分等をするに当たり,原告の主張するような事実関係や本件三社間契約の存在を原告に対して知らせていなかったとしても,これをもって調査に係る裁量権の範囲を逸脱するものと直ちにいえるものではなく,本件調査が違法であるということはできないから,この点に関する原告の主張を採用することはできない。
(5)

以上より,本件調査に本件更正処分等の取消原因となるべき違法性があ
るとはいえない。
3
争点(2)(本件利益は給与所得に該当するか否か)について
(1)

先に述べたとおり,原告は,主位的には,本件利益が給与所得に該当す
ることを前提に,P1証券の源泉徴収義務が認められるべきであると主張するが,予備的に,本件アワードの支払者が親会社であるP5銀行であるとすれば,原告とP5銀行との間に雇用関係がない以上,本件利益は,一時所得及び租税特別措置法37条の10所定の株式等に係る譲渡所得から成るか,全額が一時所得に当たるものであり,仮に給与所得に当たる部分があるとしても,一部は租税特別措置法37条の10所定の株式等に係る譲渡所得又は一時所得に当たるというべきである旨主張する。
そこで,ここでは,まず,本件利益が給与所得に該当するか否かについて検討することとする。
(2)

本件アワードの付与の主体について

本件プラン・ルールにおけるアワードの付与権限の所在について
前記前提事実及び認定事実のとおり,本件プランの正確な運営の詳細を決定する本件プラン・ルールにおいて,委員会は,本件プランの規定の解釈及び執行並びにプランを管理するため必要な規則の採用について,完全な権限を有し(3.1項),委員会又は委任を受けた部門,取締役による会議若しくは委員会は,時宜に応じて,委員会等が選んだ者に対し,アワードを付与することができ(4.2項),委員会は,委員会が決定する日付けにおいて,委員会が決定する限度で適格な従業員にアワードを与え又は他の者がアワードを与えると決めた場合にはそれを認める権利を有するものとされ(4.3項),アワードが決定された場合には,できるだけ速やかに,委員会が定める形式によるアワード・ステートメント(イニシャル・アワード及びエクセプショナル・アワードの当初現金額,受け取ることができる潜在P5株式の株数等が説明されている明細書)が参加者に対して発行され(4.4項),委員会は,独自の裁量により,本件プランの改正又は終了等をすることができるほか,参加者のアワードのベストを繰り上げることもできる(11.1~11.3項)旨定められている。かかる本件プラン・ルールの定めに鑑みると,アワードの付与権限は,本件プラン・ルール上,委員会が有するものとされていたと認められ,他にアワードの付与権限が委員会以外の部門等に委任されたことをうかがわせる証拠はない。
もっとも,本件プラン・ルールにおいて,「委員会」とは,P5銀行の取締役会又は同取締役会により,本件プランの決定機関として指名された他の委員会又は他の団体若しくは人を意味する旨定められているところであり,かかる委員会自体が法人格を有するものではない。そこで,以下,本件アワードの付与の主体について,更に検討することとする。


本件アワードの具体的な付与者について
先にみたとおり,本件プラン・ルールにおいてアワードの付与権限を有しているのは委員会であるところ,委員会は,P5銀行の取締役会又は同取締役会が指名した者を意味するものとされているのであるから,その実体はP5銀行とみるのが自然であり,これを現地法人の一つにすぎないP1証券とみる合理的根拠はない。
また,前記認定事実のとおり,P6グループの従業員に対する報酬については,P5銀行の主要な役員等によって構成される本件報酬委員会(なお,現地法人であるP1証券が含まれることはない。)が決定権や裁量権を有し,グローバル全体の報酬金額を決定しており,本件報酬委員会の提言に基づいてP5銀行の取締役会が業績賞与総額を承認し,各部門別業績賞与の額が決定され,それが各統括地域別に分配され,最終的に各従業員個人の業績賞与の額が決定され,その額は,本件報酬委員会による確認後,P5銀行の取締役会で承認される。このように,各従業員個人の業績賞与の額の決定は,各会社別にではなく,グローバルからのトップダウン方式によって確定される。そして,本件プラン書は本件報酬委員会によって作成されたものであるところ,P6グループの上級幹部職員については,業績賞与の一部が本件プランに基づくアワードとして支給され,そのアワードの金額は,各従業員の業績賞与の金額に応じて自動的に決定されており,P1証券がその決定に関与することはない。
これらの事情に鑑みると,本件プランに基づくアワードの付与の主体は,P5銀行と認めるのが相当であり,本件アワードについても,これを別異に解すべき理由はないから,その付与の主体はP5銀行であると認められる。
(3)

本件利益の所得区分について
以上に検討したとおり,本件アワードは,原告が勤務していたP1証券で
はなく,P5銀行から与えられたものである。しかしながら,前記前提事実及び認定事実によれば,P1証券は,P6グループに属し,P5銀行により間接的に株式の100%を保有されているのであるから,P5銀行は,少なくとも,本件プランに基づくアワードが付与されるような主要な従業員(上級幹部職員)の人事権等の実権を握ってこれを支配しているものとみることができるのであって,原告は,P5銀行の統括の下にP1証券の主要な従業員としての職務を遂行していたものということができる。そして,本件プランは,本件プラン・ルール1項に「本件プランは,P6の価値を築き上げることへの参加を通じて,優秀な従業員の意欲を高めること及び従業員と株主の利益を結び付けることを意図するものである。」と定められていることからも明らかなとおり,P6グループの主要な従業員に対する精勤の動機付けとすることなどを企図して設けられているものであり,P5銀行は,原告が上記のとおり職務を遂行しているからこそ,本件プランに基づき,本件アワードを付与したものであって,本件利益が原告が上記のとおり職務を遂行したことに対する対価としての性質を有する経済的利益であることは明らかというべきである。そうであるとすれば,本件利益は,雇用契約又はこれに類する原因に基づき提供された非独立的な労務の対価として給付されたものとして,所得税法28条1項所定の給与所得に当たるというべきである(最高裁平成16年(行ヒ)第141号同17年1月25日第三小法廷判決・民集59巻1号64頁参照)。
(4)

原告の主張について
原告は,本件アワードの支払者が親会社であるP5銀行であるとすれば,
原告とP5銀行との間に雇用関係がない以上,本件利益のうち,本件アワード金額に係る部分については一時所得に当たり,また,株式報酬は,付与時と支給時の間に株価が値上がりする場合があるから,本件利益のうち,P5銀行の株式の上昇によって実現された本件アワード金額を超える部分については,租税特別措置法37条の10所定の株式等に係る譲渡所得に当たるというべきである旨主張する。
しかしながら,原告とP5銀行との間に雇用関係がないから本件利益が給与所得に当たらないという主張は,既に述べたところに照らして採用できないことは明らかである。
また,原告は本件アワードの付与を受けたことにより,本件ベスティング日に潜在P5株式に相当するP5株式を受け取り又は潜在P5株式を基にした額の現金の分配を受ける不確定な権利を取得したにとどまり(本件プラン・ルール4.1項),租税特別措置法37条の10第1項が規定する「株式等の譲渡」をしたわけではないのであるから,同条の譲渡所得に該当する旨をいう原告の主張を採用することもできない。
4
争点(3)(本件P5株式の支払について源泉徴収されるべき所得税の額はあるか)について
(1)

所得税法183条1項は,居住者に対し国内において28条1項に規定
する給与等の支払をする者は,その支払の際,その給与等について所得税を徴収し,その徴収の日の属する月の翌月10日までに,これを国に納付しなければならない旨定めている。したがって,本件P5株式の支払についてP1証券によって源泉徴収されるべき所得税の額があるというためには,当該支払が国内においてP1証券によってされたものといえることが必要となる。そこで,本件P5株式の支払に係る事情についてみると,前記3において検討したとおり,本件プランに基づく本件アワードの付与は,「P6の価値を築き上げることへの参加を通じて,優秀な従業員の意欲を高めること」等を目的とするものであって,付与の主体はP5銀行であり,本件利益は,雇用契約又はこれに類する原因に基づき提供された非独立的な労務の対価として原告に給付されたものである。本件アワードの内容は委員会が定めた形式によるアワード・ステートメントに記載されて,これが原告に発行され,そこに記載された指示に従い,原告は,原告が本件プラン・ルール所定の支給要件を満たしているか否かを確認する書面をグローバルの報酬部門に提出して支給の申請をしたものである(乙17)。このような仕組みに照らすと,P5銀行が,本件利益の支払義務を有する債務者であることが前提とされていると解されるところであり,本件利益の支払に係るP5銀行と原告との間の直接的な契約書こそないものの,本件アワードの付与から支給に至るまでの一連の過程を経る中で,P5銀行による申込みと原告の承諾により,両者間での本件利益の支払に係る契約関係が形成されたものというべきである。本件プラン・ルール7.2項に,○(文脈上,P5銀行と解される。)は,参加者の雇用主(本件ではP1証券である。)を通じて支払を行う権利がある旨の定めがされているのも,支払義務を負うのはP5銀行であること(その上で,P5銀行は,便宜,雇用主を通じてその支払をすることもできること)を前提としたものといえる。
また,本件プラン・ルールは,委員会が任命するプラン管理者としてP7を挙げ(2項),プラン管理者による本件プランの運営及び管理権限を定め(3.2項),プラン管理者によるアワードの決済を定めている(7項)のであるが,これに加え,本件三社間契約が,サービスを提供する管理者としてP7を指名し(2項(a)),サービスの内容として,従業員にインセンティブ・プランの利益を交付することを定めていること(明細書)に鑑みると,P5銀行は,P7に対し,本件利益の支払事務を委託していたと認めることができる。そして,前記前提事実並びに証拠(甲32,乙14,17)及び弁論の全趣旨によれば,英国に事務所を置くP7は,本件利益の支払につき,原告が送付した必要書類を受け取り,原告のためにP5銀行P9支店の証券口座の開設手続を行い,本件P5株式を調達した上で,本件P5株式を上記口座に入庫したこと,かかる支払手続については,P5銀行から指示を受けていたが,P1証券からは指示を受けていなかったことが認められ,かかる事実に照らすと,本件P5株式の一連の支払手続は,P5銀行からの指示を受けて,英国に事務所を置くP7が取り扱ったものといえる。
以上の事情によれば,本件P5株式を支払ったのがP1証券であるということはできないし,また,国内において支払がされたものでもないというべきであるから,本件P5株式の支払についてP1証券によって源泉徴収されるべき所得税の額があるということはできない。
(2)

本件P5株式の「支払をする者」に関する原告の主張について


本件合意書や本件三社間契約に基づく主張
原告は,本件合意書や本件三社間契約の内容に照らせば,P1証券が本件P5株式の支払義務を負っていたと認められる旨を主張する。しかしながら,本件プランについての正確な運営の詳細は本件プラン・ルールにより決定されるものであり,アワードに関するあらゆる契約等よりも本件プラン・ルールが優先するとされているところ,本件プラン・ルールの下ではP5銀行が本件P5株式の支払義務を負う債務者であると解されるのは先に見たとおりであるから,本件合意書や本件三社間契約の内容に照らして,P1証券が本件P5株式の支払義務を負っていたという主張は採用できないものというべきである。なお,念のため,原告の主張につき,本件合意書や本件三社間契約の内容に即した形で個別に検討すると,以下のとおりである。

(ア)

原告は,P1証券は,平成15年2月,原告に対して付与する本件
アワードの内容が記載された本件アワード・ステートメントを原告に手交しており,これにより,原告とP1証券との間で本件アワードの付与契約が成立した旨主張する
しかしながら,前記3(2)においてみたとおり,各従業員個人の業績賞与の額の決定は,各会社別にではなく,グローバルからのトップダウン方式によって確定されるのであり,P1証券がその決定に関与することはなく,本件アワードの付与の主体はP5銀行であって,P1証券ではない。そして,証拠(乙17)及び弁論の全趣旨によれば,本件アワード・ステートメントの内容についても,P6グループ全体のグローバルシステムで管理されているものであり,P1証券にそのデータを加工する権限はなく,これを印刷することが許されているにすぎないと認められる。そのため,P1証券のマネジャーが本件アワード・ステートメントを原告に対して交付したとしても,それは,原告がP1証券の従業員であったことから,便宜上ないし事実上行ったものにすぎないというべきである。
したがって,この点に関する原告の主張を採用することはできない。(イ)

原告は,本件合意書には,本件アワードの付与に関する規定(8

項),P1証券が債務を負う旨の規定(9項),本件合意書記載の全ての支払が完了したときに全ての債務の履行を果たすことになる旨の規定(12項)が置かれており,これにより,P1証券が原告に対して本件アワードの支払債務を継続して負担する旨の合意が成立した旨主張する。しかしながら,本件合意書3項及び4項がP1証券の原告に対する支払義務の内容を明示しているのに対し,8項が支払の主体や金額を何ら明示しておらず,没収の対象とならなかったアワードがアワード・ステートメントに従って付与される旨定めているにすぎないことに鑑みると,8項は,P5銀行を付与の主体とする本件アワードについて,P6グループの一員として,雇用主の立場から注意的に記載したものにすぎないとみることもできる。そのため,本件合意書9項は,「上記の総額は,P1証券が支払債務を負う総額です。」と規定しているものの,「上記の総額」に本件合意書8項が含まれるのかは一義的に明らかではない。そして,本件合意書8項がP1証券による原告への支払を明記していないことからすれば,12項に「本契約書に記載されているP1証券による原告への支払が全て完了した際には,P1証券は原告に対する全ての債務の履行を果たした」ものである旨規定されているとしても,これをもって,P1証券に本件アワードの支払債務が成立すると直ちにいえるものではない。
したがって,本件合意書によっては,P1証券と原告との間に本件利益の支払に関する債権債務関係が生じると解することはできないから,この点に関する原告の主張を採用することはできない。
(ウ)

原告は,P1証券は,芝税務署の税務調査や原告の聴取調査におい
て,自らが本件アワードの支払者であることを当然の前提とし,本件アワードについて源泉徴収をしていないのは,本件アワードが海外払いであったことが理由である旨説明しており,また,P1証券は,麹町税務署による本件アワードについての源泉調査(任意調査)に同意していることからすれば,P1証券は,自らが本件アワードの「支払をする者」であると認識していたといえる旨主張する。
しかしながら,P1証券の担当者が,芝税務署の税務調査等において,本件アワードについて源泉徴収をしていないのは,本件アワードが海外払いであったことが理由である旨説明していたとしても,海外払いであるがゆえに「支払をする者」が誰であるのかについては検討する必要はないと判断していた可能性を否定できない。また,P1証券が,麹町税務署による本件アワードについての源泉調査(任意調査)を受けたとしても,これをもって,P1証券が自らが本件アワードの「支払をする者」であると認識していたとまではいえない。そして,他にP1証券がかかる認識を有していたと認めるに足りる的確な証拠はないから,この点に関する原告の主張を採用することはできない。
(エ)

原告は,本件三社間契約が本件アワードの取得費用をP1証券の負
担とすることを明らかにしているとおり,経済的出捐によって本件アワードの支払債務消滅の効果が帰属するのはP1証券である旨主張する。しかしながら,前記認定事実並びに証拠(乙2)及び弁論の全趣旨によれば,そもそも,本件三社間契約は,本件プランのみを対象とする契約ではなく,P5銀行,P7及びP1証券が,複数のインセンティブ・プラン(前記認定事実(2)ア(イ)参照)を実施・運営するため,三社のそれぞれの義務,費用の負担,所定の金員の決済方法及び管理者の報酬等について,包括的に内部合意をしたものにすぎず,個々のインセンティブ・プランの内容を規律するものでないというべきである。
また,本件三社間契約は,内部合意にすぎないものであるから,アワードを付与される従業員との間の債権債務関係を規律するものでもない。この点については,本件三社間契約12項が,「本件三社間契約は,契約の当事者に独占的及び相互利益を与えるものであり,いかなる者ないし団体(いかなる従業員も),第三受益者となるものではない。」旨定めているところである。
そして,本件三社間契約5項(a)は,P1証券がインセンティブの費用を負担することの理由として,「インセンティブ・プランにより付与されるアワードは価値あるインセンティブであり,雇用者が,有能な従業員を集め又は繋ぎ止めることに役立つ。」旨を定めていることに鑑みると,本件アワードの付与が究極的には,P6グループ全体の従業員のインセンティブを高め,P5銀行自体の企業価値を高めることになるとしても,参加者である従業員の労務の直接の受益者は雇用会社であることから,本件P5株式の調達費用を個々の雇用会社が負担するものとし,費用の内部分担の定めをしたものにすぎないということができる。この点については,本件三社間契約に基づいてP1証券が費用負担した部分は,飽くまで,本件P5株式2437株のうち,P1証券における勤務分1971株の調達費用に限られ,P4証券における勤務分466株の調達費用については,同社が費用負担したと認められるところである(乙4の1,17,弁論の全趣旨)。
さらに,本件三社間契約4項(b)は,P1証券がP7に対して費用の支払を怠った場合,P5銀行が,追加してアワードを付与することはなく,インセンティブ・プランに基づいて追加してアワードが従業員に付与されることを承認しない旨を定めているところであり,P5銀行がアワードの付与の主体であることを前提としているといえる。
したがって,本件三社間契約5項(a)が,P1証券がインセンティブを提供するための費用を負担する旨定めているとしても,これをもって,本件利益の支払債務を負う者がP1証券であることを示すものであるとみることはできない。
(オ)

原告は,本件三社間契約は,P1証券が従業員にインセンティブを
提供することを希望する旨定めている旨主張する。
この点,前記認定事実のとおり,本件三社間契約(背景(A))は,「雇用者は,従業員を繋ぎ止め,その役務提供の継続を奨励するために,従業員にインセンティブを提供することを希望する。」旨定めている。しかしながら,上記規定は,後段において,「当事者は,P5銀行と雇用者により,従業員に対し,過去にインセンティブが提供されたこと,また,将来も提供されることを認める。」旨定めており,P5銀行もまたインセンティブの提供者であることを定めている。また,先に述べたとおり,そもそも,本件三社間契約は,複数のインセンティブ・プランを実施・運営するための包括的な内部合意であり,個々のインセンティブ・プランの内容を規律するものではない。さらに,本件三社間契約は,「インセンティブ」(incentive)の「提供」(provide)という用語と,「アワード」(award)の「付与」(make)という用語を使い分けており,「インセンティブ」という用語は,従業員の精勤の動機付けとなる報酬という抽象的な意味で使われているにすぎないことがうかがわれる(乙2)。そして,上記規定は,P1証券が「アワード」(award)を「付与」(make)すると定めるものではなく,かえって,「契約」欄にある本件三社間契約4項(b)は,先に述べたとおり,P5銀行がアワードの付与者であることを前提としている(なお,本件プラン・ルールも,4.2項及び4.3項等において,「アワード」(Award)は「付与」(make)されるものである旨定めている。)。
したがって,本件三社間契約に,P1証券がインセンティブを提供することを望む旨の定めがあるとしても,これをもって,本件利益の支払債務を負う者がP1証券であることを示すものであるとみることはできない。

P1証券による源泉徴収の事実に基づく主張
原告は,①本件アワードの一部である本件端株については,P1証券が
支払者として源泉徴収をしたのであるから,同じ本件アワードの一部である本件P5株式についても,P1証券が支払者となるのが当然の帰結である,②P5銀行は本件アワードと同様の株式報酬制度であるSARの支給株数を決定しているが,P1証券が,その支払を行い,源泉徴収をしている,③P1証券は,平成21年以降,本件プランと同様の株式報酬について,「支払をする者」として源泉徴収を開始しているところ,支払手続の変更のみによっては「支払をする者」は変更されないのであるから,本件アワードの「支払をする者」は,同年以降の株式報酬と同様,P1証券というべきである旨主張する。
そこで検討すると,給与所得に係る源泉徴収義務を定める所得税法183条1項が「給与等の支払をする者」に所得税の源泉徴収義務を課しているのは,当該給与等の支払をする者がこれを受ける者と特に密接な関係にあって,徴税上特別の便宜を有し,能率を挙げ得る点を考慮したことによるものであるから,同項にいう「支払をする者」とは,支払を受ける者との間で当該支払につき法律上の債権債務関係に立つ債務者又はこれに準ずるような特に密接な関係にある者をいうものと解するのが相当である(最高裁平成20年(行ツ)第236号,同年(行ヒ)第272号同23年1月14日第二小法廷判決・民集65巻1号1頁参照)。そして,既に見たとおり,本件利益については,P5銀行が,その支払義務を負う債務者であるといえるのであるが,同時に,前記認定事実のとおり,本件プラン・ルール7.1項は,プラン管理者の裁量により,P5株式は参加者の開設した口座に分配され,現金は現地の給与支払担当を通じて分配される旨定め,7.2項は,○(文脈に照らすと,P5銀行を意味するものと解される。)は,支払により参加者に不利な租税効果が生じる場合であっても,参加者の雇用主を通して支払を行い又は報告をする権利がある旨定めているところである。したがって,P5銀行やP7が,本件プラン・ルール上の権限に基づき,本件利益の支払債務者ではないP1証券にその支払をさせることもあり得るところ,その場合,同社が原告の雇用主であって原告と密接な関係にあることを考慮すると,当該支払については同社に源泉徴収義務が生じる余地もあるというべきである。
そうすると,まず,上記①の点については,本件プラン・ルール7.1項に基づき,P7が本件端株相当額の現金の支払をP1証券に行わせたことにより,これについて同社が源泉徴収をしたものと理解することができるが,他方,本件端株相当額を除く本件P5株式の支払については,同項に基づき原告の口座に分配されたものであって,P1証券がその支払を行ったと認めるだけの事情はないから,これについて同社が源泉徴収義務を負うものということはできない。また,上記③の点については,本件プランと同様の株式報酬に係る平成21年以降の支払手続の変更によってP1証券が源泉徴収義務を負うことになる余地が否定されるものではないというべきであるから,同年以降の取扱いと本件においてP1証券が源泉徴収を行わなかったことが直ちに矛盾することになるとはいえない。そして,本件の事情の下においてP1証券に源泉徴収義務があったといえないことは,既に述べたとおりである(それ以上に平成21年以降の取扱いの適否について判断することは,本件の審理対象外の事項である。)。
上記②の点については,そもそも,SARの詳細な内容について的確な証拠がない。なお,証拠(甲5,23~26(枝番を含む。),乙17)及び弁論の全趣旨によれば,SARは,株価を指標として繰り延べて現金賞与を支給する制度であり,P5銀行が,SARのプラン・ルールに従ってアワードの権利行使期間及び付与数を決定しているものの,その支払については,現金賞与及び本件端株相当額の支払と同様に,P1証券が,社会保険料及び源泉所得税を徴収した上で,従業員の給与口座に入金していると認められるから,本件端株相当額に係る源泉徴収の取扱いと同様に解する余地がある。
(3)

本件利益が「国内において」支払われたかに関する原告の主張について原告は,P1証券,P5銀行及びP7は,本件三社間契約を締結し,本件アワードを含む本件プランの運営事務について,P1証券とP5銀行を委託者,P7を受託者とする契約が成立しており,P1証券とP7は,本件アワードの支払について業務委託関係がある旨主張する。
しかしながら,先にみたとおり,本件三社間契約は,本件プランのみを対象とする契約ではなく,P5銀行,P7及びP1証券が,複数のインセンティブ・プラン(背景(B)参照)を実施・運営するため,三社のそれぞれの義務,費用の負担,所定の金員の決済方法及び管理者の報酬等について,包括的に内部合意をしたものである。そして,本件利益については,まずは本件プラン・ルールに従って解釈されるべきところ,その支払債務を負っているのはP5銀行であり,P5銀行が,P7に対し,本件利益の支払事務を委託していたことは,先に述べたとおりであって,本件三社間契約もこれに整合的に解釈されるべきものであるから,この点に関する原告の上記主張を採用することはできない。

原告は,所得税法183条1項の課税要件である支払地の判断は,実質的に一連の支払事務を行った場所を基準に判断すべきであり,支払行為を行った場所等の外形的事実のみを基準にして形式的に行うべきではないから,本件アワードの支払業務が海外のP7に委託され,支払が海外で行われたとしても,それだけをもって同項の適用を免れるものではなく,海外払いであっても,その目的が源泉徴収義務を回避することであり,支払事務が国外の業務受託先によって行われている場合には,所得税法183条1項の課税要件の判断においては,実質的な国内払いであると認定して,源泉徴収義務の成立を認めるべきである旨主張する。
しかしながら,本件利益の支払債務を負っているのはP5銀行であり,P5銀行が,P7に対し,本件利益の支払事務を委託していたこと,本件P5株式の一連の支払手続は,P5銀行からの指示を受けて,英国に事務所を置くP7が取り扱ったものであり,P1証券からの指示に基づくものではなかったことは,先に検討したとおりであるから,この点に関する原告の主張を採用することはできない。


以上のほか,原告は,①P1証券が,本件P5株式の支払地を海外としたのは,源泉徴収制度を潜脱して租税回避等を行う目的があったからにすぎないのであり,本件P5株式の一連の支払事務は,本件端株と同じく,P1証券が,国内において自ら行ったか,P7に指示を出して行ったと考えるのが自然であり,本件アワード・ステートメント及び本件合意書には,原告とP1証券との間において,本件P5株式の支払地を海外とする特段の合意は存在しないのであるから,当事者の合理的意思と実質課税の原則に基づき,本件P5株式の支払地は国内であると認定されるべきである,②P1証券が,平成21年以降の株式報酬の支払について,海外払いを継続しながら,源泉天引きの指示を出すことのみによって源泉徴収を開始し,課税庁もその源泉徴収税を収入していることに鑑みると,P1証券は,平成21年以前から,本件プランに基づくアワードについて,P7に支払業務を委託して,実質的に国内において支払事務を執り行っていたといえる旨主張する。
しかしながら,上記ア,イで述べたところによれば,これらの点に関する原告の主張を採用することはできない。
5
争点(4)(本件利益に係る収入すべき金額の為替換算は何によるべきか)について
(1)

所得税法57条の3第1項は,居住者が,外貨建取引(外国通貨で支払
が行われる資産の販売及び購入,役務の提供,金銭の貸付け及び借入れその他の取引をいう。)を行った場合には,当該外貨建取引の金額の円換算額(外国通貨で表示された金額を本邦通貨表示の金額に換算した金額をいう。)は当該外貨建取引を行った時における外国為替の売買相場により換算した金額として,その者の各年分の各種所得の金額を計算するものとする旨定めている。
この点,先にみたとおり,アワードは,ベスティング日に潜在P5株式に相当するP5株式を受け取り又は潜在P5株式を基にした額の現金の分配を受ける不確定な権利であるところ,所得税法36条2項は,金銭以外の物又は権利その他の経済的な利益の価額は,当該物若しくは権利を取得し,又は当該利益を享受する時における価額とする旨定めており,いわゆる時価による評価を定めているものと解される。そして,本件利益(本件端株相当額を除く。)に係る収入すべき金額は,外国通貨によって時価の表示がされるものであるから,その経済的利益の価額については,所得税法57条の3第1項の規定の趣旨に従い,外国為替の売買相場により換算した金額によってこれを評価するのが相当である。
そして,円換算は,外貨と円貨の翻訳であると解されるところ,為替相場に用いるTTBとTTMとの差額又はTTSとTTMとの差額は,金融機関の手数料及びリスク料としての性質を有していること(乙12,13)からすれば,外国通貨によって表示される経済的利益の円換算については,金融機関の手数料等相当額を含まないTTMによるのが合理的であるというべきである。
(2)

原告の主張について
原告は,本件アワードを邦貨に交換する場合の実現可能な為替レートはTTBであり,本件アワードにはTTBによって計算された金額に担税力があるから,課税金額の計算はTTBによるべきであり,他方,原告は現実にはTTMで換価をすることができないのであるから,TTMを用いた税額の計算は納税者の担税力を無視するものであり,違法というべきである旨主張する。
しかしながら,所得税法36条2項は,金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額は,当該物若しくは権利を取得し,又は当該利益を享受する時における価額とする旨定めているのであって,当該利益を処分して換価するに当たって必要な諸費用を差し引いた額をもって当該価額としているわけではない。このことは,外国通貨によって表示される経済的利益についても同様と解されるから,邦貨に換金するための手数料等相当額を差し引いた額であるTTBをもって当該利益の価額と解することはできない。実際にも,外国通貨によって表示される経済的利益は邦貨に換金されなくとも取引の対象となり得るし,納税資金捻出のために当該利益を邦貨に換金することが必ず必要になるというわけでもないから,換金のための諸費用を差し引いた額が担税力に見合うことになるというものでもない。したがって,この点に関する原告の主張を採用することはできない。

原告は,外貨建取引の換算について規定する所得税法57条の3第1項は,「外国為替の売買相場により換算した金額」と規定するだけで,TTMによって所得の金額を計算することを定めておらず,TTMとTTBの差額については,金融機関の一方的都合で変えられるものであり,納税者が関与できないものであるところ,TTMによるべきことを定める所得税基本通達57の3-2は,担税力を超えた不当な課税を許容するものであり,租税法律主義を定める憲法30条及び84条に違反している旨主張する。
しかしながら,TTMにより本件利益の価額を評価することによって担税力を超えた不当な課税が許容されることになるものでないのは,上記アで述べたとおりである。租税法律主義とは,課税標準や課税手続は法律によって定められていなければならないとするものであるところ,給与所得の金額の算出に当たり,経済的利益の円換算に際していかなる為替相場を適用するかについては,当該経済的利益を本邦通貨表示の金額に換算する評価方法の問題にすぎないのであるから,この点に関する明文の規定が置かれていないからといって,課税標準等の法定を求める租税法律主義に反するものということはできない。

原告は,所得税基本通達213-4は,源泉徴収を行うには,外貨で表示されている額の邦貨換算に当たり,TTBを用いることを定めているのであるから,本件アワードが申告所得税の対象である場合においても,所得区分が同じ給与所得である国内源泉所得であるならば,外貨建所得を邦貨に換算するに当たり,源泉徴収の場合と異なった為替レートを用いる合理的な理由はない旨主張する。
この点,源泉徴収の場合,給与等の支払をする者は,外貨建ての給与等の支払の際に当該給与等の一部を差し引いてこれを邦貨に換金の上で所得税を徴収することにもなり得るが,その場合に当該換金のために必要な諸費用を納税者に当然に転嫁することが適切でない(上記アのとおり,源泉徴収されない場合には,納税者は納税のために外貨を邦貨に換金することを当然に求められるわけではない。)とも考えられることからすれば,源泉徴収の場合には当該諸費用を控除したTTBを用いることにも合理性があるものと解されるところである。そうすると,源泉徴収の行なわれない本件のような場合においても,当然に源泉徴収の場合と同様の取扱いをすべきことにはならないものというべきであって,この点に関する原告の主張を採用することはできない。

以上より,本件利益(本件端株相当額を除く。)に係る収入すべき金額の為替換算はTTMによるべきである。

6
争点(5)(所得税法95条7項(外国税額控除額)に規定する「やむを得ない事情」があるか否か)について
(1)

前記前提事実のとおり,原告は,本件確定申告において,所得税法95
条5項に規定する外国税額控除を受けるべき金額及びその計算に関する明細の記載をせず,外国所得税を課されたことを証する書類を添付しなかったのであるから,所得税法95条5項の規定によれば,同条1項が定める外国税額控除額の適用を受けることはできない。
そこで,例外的に所得税法95条1項を適用することができる旨を定める同条7項の「やむを得ない事情」があるか否かについて検討する。(2)

所得税法95条7項の「やむを得ない事情」の意義
所得税法7条1項1号は,非永住者以外の居住者は,全ての所得について
所得税を課される旨規定しているところ,上記全ての所得には,国外における所得も含まれるから,当該所得について国外で課税される場合には,いわゆる国際的二重課税の問題を生じることが避けられない。そこで,所得税法は,租税が国際的な経済活動から可能な限り中立性を保ち,国際競争の阻害要因となることを回避する見地から,立法政策として,国外で納めた税額について,国外源泉所得に対応する部分を限度額として,本邦における所得税の額から直接控除することを認める外国税額控除の制度(95条1項)を採用したものと解される。上記制度による課税の軽減は,国がその主権の一部をなす課税権の行使について一方的に譲歩する措置と解されるところ,所得税法95条5項は,同条1項の適用は,確定申告書に同項の規定による控除を受けるべき金額及びその計算に関する明細の記載があり,かつ,外国所得税を課されたことを証する書類その他財務省令で定める書類の添附がある場合に限る旨規定し,上記措置の適用を受けようとする者において,自らその意思内容を明確に示すことを要件としている。
このような所得税法の規定や外国税額の控除の制度趣旨等に照らすと,上記措置の適用を受けようとする者が上記手続を履践していないにもかかわらず,その適用の余地を認めるための要件とされている同条7項所定の「やむを得ない事情」とは,天災,交通途絶その他本人の責に帰すことのできない客観的事情をいい,本人の法の不知や事実の誤認などの主観的事情はこれに当たらないものと解するのが相当である。
(3)

この点,原告は,本件アワードについては,源泉徴収によって課税関係
が完結するものであり,原告のP6グループにおける最終勤務地であったP4証券での源泉徴収には,海外駐在員に適用されるタックス・イコライゼーションにより,その他の国で生じる可能性のある税はハイポタックスとして含まれており,これにより全ての課税関係が終了しており,国際間の税額調整があるとしても,ハイポタックスの金額がP4証券とP1証券との間において調整済みであるというのが原告の認識だったのであり,その後,原告は,本件アワードに係る税務調査の段階において,本件アワードがハイポタックスの対象となっていないことを知ることになり,芝税務署長に対して外国税額控除の適用を求めたのであって,かかる事情が「やむを得ない事情」に当たる旨主張する。
しかしながら,かかる事情は,本人の法の不知や事実の誤認などの主観的事情にほかならないものであり,天災,交通途絶その他本人の責に帰すことのできない客観的事情には当たらないものであるから,これをもって「やむを得ない事情」があるとは認められない。
また,原告は,P4証券のみならず,P1証券においても本件アワードの源泉徴収を行っていたならば,原告においては二重課税の状況にあることを早期に把握できたのであり,修正申告期限内に外国税額控除の申請ができたのであって,外国税額控除の申請が遅れた原因はP1証券の源泉徴収義務違反にある旨主張するが,先に検討したとおり,P1証券は本件利益について源泉徴収義務を負っていないのであるから,原告の主張はその前提を欠くものといわざるを得ない。
他に,本件確定申告について所得税法95条7項の「やむを得ない事情」があったことを認めるに足りる証拠はない。
(4)

したがって,所得税法95条7項(外国税額控除額)に規定する「やむ
を得ない事情」があるとはいえない。
7
争点(6)(国税通則法65条4項に規定する「正当な理由があると認められる」場合に該当するか否か)について
(1)

前記前提事実によれば,原告は,本件確定申告において,本件利益につ
いて,本件端株相当額8183円を除き,所得金額の計算に含めておらず,これを原因として過少申告をするに至ったものであると認められる。そこで,以下,この点について,国税通則法65条4項の「正当な理由があると認められる」場合に該当するか否かについて検討する。
(2)

国税通則法65条4項の「正当な理由があると認められる」の意義過少申告加算税は,過少申告による納税義務違反の事実があれば,原則と
してその違反者に対し課されるものであり,これによって,当初から適法に申告し納税した納税者との間の客観的不公平の実質的な是正を図るとともに,過少申告による納税義務違反の発生を防止し,適正な申告納税の実現を図り,もって納税の実を挙げようとする行政上の措置である。この趣旨に照らせば,国税通則法65条4項にいう「正当な理由があると認められる」場合とは,真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情があり,上記のような過少申告加算税の趣旨に照らしても,なお,納税者に過少申告加算税を賦課することが不当又は酷になる場合をいうものと解するのが相当である(最高裁平成17年(行ヒ)第9号同18年4月20日第一小法廷判決・民集60巻4号1611頁,最高裁平成16年(行ヒ)第86号,第87号同18年4月25日第三小法廷判決・民集60巻4号1728頁,最高裁平成17年(行ヒ)第20号同18年10月24日第三小法廷判決・民集60巻8号3128頁参照)。
(3)

これを本件についてみるに,原告は,①株式報酬の税法上の扱いについ
ては,現在に至るまでも議論が継続されており,確定した法律解釈や立法措置がとられていないこと,②報酬の支払地の解釈についても,企業のグローバル化に伴い,給与等の支払方法も複雑化しているところ,本件アワードについても,原告が直接関与又は知ることができない本件三社間契約が存在しているなど,源泉徴収義務の判断については法律の専門家の間においても意見が分かれる問題であったこと,③本件アワードの支払者がP1証券であることについては,P1証券も自認しており,本件プラン・ルール7.5項には,本件アワードについて源泉徴収されることが明示されているため,受給者において源泉徴収済みであると考えるのは当然であること,④原告は,タックス・イコライゼーションによるハイポタックスによって本件アワードの課税関係は終了したと理解していたのであり,この点について合理的理由があったといえること,⑤株式報酬の申告漏れの根本的な原因は,源泉徴収制度をめぐる法制度の不備や,支払者が,その一方的な都合によって,受給者に対し,海外口座への支払を条件としたことにあること,⑥国税庁がストック・オプションやストック・アワードの源泉徴収義務に係る法律関係について明示的に基準を示さないことに鑑みると,原告が本件確定申告において過少申告に至った点については,真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情が存するというべきである旨主張する。
しかしながら,そもそも,居住者が提出する確定申告書には,居住者に対して課する所得税の課税標準,すなわち,給与所得等の金額の合計額からなるその年分の総所得金額等(所得税法22条参照)を記載しなければならないところ(同法120条1項,122条1項),非永住者以外の居住者については,国外における所得も含めて,全ての所得が課税の対象となるのであり(同法7条1項1号),同法183条1項所定の源泉徴収の対象となった給与所得もその例外となるものではない。他方で,居住者は,総所得金額の計算の基礎となった各種所得について,源泉徴収をされた又はされるべき所得税の額(以下「源泉徴収税額」という。)がある場合には,確定申告書に,所得税法120条1項3号所定の所得税の額からその源泉徴収税額を控除した金額を記載しなければならず(同項5号),これにより,源泉徴収税額が控除された後の所得税の額を納付することになる(同法128条)。このように,居住者は,給与所得が国内のものか国外のものかを問わず,また,これが源泉徴収の対象となる否かを問わず,これをその年分の総所得金額に含めて確定申告書に記載しなければならず,源泉徴収があった場合には,源泉徴収税額を確定申告書に記載することにより,実際に納付すべき税額の調整を図っている。
そうすると,仮に原告が主張するような上記事情があったとしても,原告が本件確定申告書に本件利益を記載しなければならないことに何ら影響を及ぼすものではなく,本件利益について源泉徴収があったのであれば,その源泉徴収税額を本件確定申告書に記載し,源泉徴収がなかったとしても,源泉徴収されるべきものであれば,その源泉徴収税額を同様に記載することができたのである。
したがって,原告が主張する上記事情は,原告が本件利益(本件端株相当額を除く。)を本件確定申告書に記載しなかったことを何ら正当化させるものではなく,過少申告に至ったのは,本人の法の不知又は事実の誤認などの主観的事情によるものというほかなく,真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情ということはできない。
したがって,原告が本件確定申告において過少申告に至ったことについては,国税通則法65条4項に規定する「正当な理由があると認められる」場合に該当するとはいえない。
8
本件更正処分等の適法性について
(1)

本件更正処分の適法性
これまでに述べたところからすれば,原告の平成19年分の所得税に係る
申告納税額及び納付すべき税額は,被告の主張に係る争点(7)について,原告が主張するとおり,本件利益の収入すべき日を平成19年(2007年)8月17日とみるとしても,別紙3のとおり,1277万8600円になると認められ(甲3,乙4の1,弁論の全趣旨),当該金額は,本件更正処分(ただし,本件裁決により取り消された後のもの。以下同じ。)に係る申告納税額及び納付すべき税額と同額であり,被告が主張するとおり,本件利益の収入すべき日を同月1日とみるとしても,別紙2のとおり,1425万3000円になり,当該金額は,本件更正処分に係る申告納税額及び納付すべき税額を上回るから,同争点について判断するまでもなく,本件更正処分は適法である。
(2)

本件賦課決定処分の適法性
これまでに述べたところからすれば,原告は,平成19年分の所得税を過
少に申告していた(前記のとおり,本件において,過少に申告したことについて,国税通則法65条4項に規定する正当な理由があるとは認められない。)から,原告に係る過少申告加算税の金額は,別紙2記載3のとおり,207万7000円ということになる。
本件賦課決定処分(ただし,本件裁決により取り消された後のもの。以下同じ。)に基づく過少申告加算税の金額207万7000円は,上記過少申告加算税の金額と同額であるから,本件賦課決定処分は適法というべきである。
第4

結論
以上によれば,原告の請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第51部

裁判長裁判官

小林
裁判官

徳井
裁判官

堀内宏司真元城
(別紙2)

1
本件更正処分の根拠
被告が本訴において主張する原告の平成19年分の総所得金額及び納付すべき税額は,次のとおりである。
(1)

総所得金額(別表2①)

5046万0281円

上記金額は,次のアないしウの各金額の合計額である。

不動産所得の金額(別表2②)

13万2162円

上記金額は,原告が本件確定申告書に記載した不動産所得の金額と同額である。

給与所得の金額(別表2③)

4892万8119円

上記金額は,次の(ア)及び(イ)の各金額の合計額から所得税法28条3項(平成24年法律第16号による改正前のもの。以下同じ。)に規定する給与所得控除額を同条2項の規定に基づいて控除した後の金額である。(ア)

本件利益に係る収入金額(別表3⑥)

4429万2757円

上記金額は,本件利益に係る給与等の収入金額であり,本件アワードについてベストしたことにより,原告がP5銀行の株主としての権利を取得したものと認められる平成19年8月1日における同社の株価(別表3②)及び為替相場(別表3③)に基づき計算した本件利益(本件端株相当額を除く)に係る収入金額4428万4574円(別表3④)及び本件端株相当額についてP1証券により支払われた8183円(本件端株の価額に相当する金額として現金決済された8162円(2007年8月14日付けアワード・セトルメントに記載された8161.38円の1円未満を切り上げた金額)に社会保険料調整額として原告に支給された金額21円を加算した額。別表3⑤)の合計金額である。
(イ)

その他の給与等に係る収入金額
900万円

上記金額は,原告が本件確定申告書に記載した給与所得の収入金額と同額である。

雑所得の金額(別表2④)

140万円

上記金額は,原告が本件確定申告書に記載した雑所得の収入金額200万8183円から雑所得の収入金額に含めたP1証券から支払われた金員8183円及び必要経費等60万円(本件確定申告書に記載した必要経費60万2455円から上記8183円に係る必要経費2455円を控除した金額)をそれぞれ控除した金額である。
(2)

株式等に係る譲渡所得等の金額(別表2⑤)

0円

上記金額は,次のア及びイの金額を合計して算出された譲渡損失の金額436万7602円につき,租税特別措置法(平成20年法律第23号による改正前のもの。以下同じ。)37条の10第1項の規定を適用した金額である。ア
原告が本件確定申告書に記載した上場株式等の譲渡所得の金額
17万5500円


本件P5株式の譲渡に係る譲渡損失の金額

454万3102円

上記金額は,次の(ア)の金額から(イ)及び(ウ)の各金額の合計額を差し引いた金額である。
(ア)

譲渡収入金額

3480万3374円

上記金額は,原告が平成19年中に本件P5株式2437株を譲渡した際の譲渡収入金額である。
(イ)

本件P5株式の取得費

3899万8424円

上記金額は,譲渡した本件P5株式2437株に平成19年8月1日時点の株価(終値)(別表3②)及びTTM(別表3③)を乗じて計算した金額である。
(ウ)
(3)

譲渡費用

34万8052円

所得控除の額の合計額(別表2⑥)
271万4733円

上記金額は,原告が本件確定申告書に記載した所得控除の額の合計額271万4684円にP1証券が本件端株相当額に係る給与等の支払の際に控除した社会保険料49円を加算した金額である。
(4)

課税される所得金額
課税総所得金額(別表2⑦)

4774万5000円

上記金額は,上記(1)の総所得金額5046万0281円から上記(3)の所得控除の額の合計額271万4733円を控除した後の金額(ただし,国税通則法118条1項の規定により1000円未満の端数を切り捨てた後のもの。)である。

株式等に係る課税譲渡所得等の金額(別表2⑧)

0円

上記金額は,上記(2)の株式等に係る譲渡所得等の金額が0円であることから0円となる。
(5)

申告納税額

1425万3000円

上記金額は,次のアの算出税額からイの源泉徴収税額を控除した後の金額(ただし,国税通則法119条1項の規定により100円未満の端数を切り捨てた後のもの。)である。

算出税額

1630万2000円

上記金額は,次の(ア)の課税総所得金額に対する税額及び(イ)の株式等に係る課税譲渡所得等に対する税額の合計額である。
(ア)

課税総所得金額に対する税額(別表2⑨)

1630万2000円

上記金額は,上記(4)アの課税総所得金額4774万5000円に所得税法89条1項(平成25年法律第5号による改正前のもの。以下同じ。)の税率を乗じて算出した金額である。
(イ)

株式等に係る課税譲渡所得等に対する税額(別表2⑩)

0円

上記金額は,上記(4)イの株式等に係る課税譲渡所得等の金額が0円であることから0円となる。

源泉徴収税額(別表2⑪)

204万8901円

上記金額は,原告が本件確定申告書に記載した源泉徴収税額204万8661円に,P1証券から原告に支払われた金員8183円に係る源泉所得税の額240円を加算した金額である。
(6)

納付すべき税額(別表2⑫)

1425万3000円

上記金額は,原告が本件確定申告書に記載した予定納税額はないことから,上記(5)の申告納税額1425万3000円と同額となる。
2
本件更正処分の適法性
被告が本訴において主張する原告の平成19年分の所得税の納付すべき税額は,上記1(6)で述べたとおり1425万3000円であるところ,当該金額は,本件更正処分に係る納付すべき税額を上回るから,本件更正処分は適法である。
3
本件賦課決定処分の根拠
過少申告加算税の額(別表2⑬欄)

207万7000円

上記2のとおり,本件更正処分は適法であるところ,原告が本件更正処分により新たに納付すべきこととなった税額1409万7900円については,その計算の基礎となった事実のうちに本件更正処分の税額の計算の基礎とされていなかったことについて国税通則法65条4項に規定する「正当な理由」があるとは認められない。
したがって,本件更正処分に伴って賦課される過少申告加算税の額は,国税通則法65条2項の規定に基づき,①同条1項により原告が本件更正処分によって新たに納付すべきこととなった税額1409万円(同法118条3項の規定により1万円未満の端数を切り捨てた後のもの。)に100分の10の割合を乗じて算出した金額140万9000円に,②上記新たに納付すべきこととなった税額1409万7900円のうち,期限内申告税額(同法65条3項2号)に相当する金額72万9590円と50万円とのいずれか多い金額である72万9590円を超える部分に相当する税額1336万円(同法118条3項の規定により1万円未満の端数を切り捨てた後のもの。)に100分の5の割合を乗じて算出した金額66万8000円を加算した金額207万7000円である。4
本件賦課決定処分の適法性
被告が本訴において主張する過少申告加算税の額は,上記3のとおり207万7000円であるところ,当該金額は本件賦課決定処分における過少申告加算税の額と同額であるから,本件賦課決定処分は適法である。
以上

(別紙3)

原告の平成19年分の総所得金額及び納付すべき税額は,次のとおりである。(1)

総所得金額

4677万4491円

上記金額は,次のアないしウの各金額の合計額である。

不動産所得の金額

13万2162円

上記金額は,原告が本件確定申告書に記載した不動産所得の金額と同額である。

給与所得の金額

4524万2329円

上記金額は,次の(ア)及び(イ)の各金額の合計額から所得税法28条3項に規定する給与所得控除額を同条2項の規定に基づいて控除した後の金額である。
(ア)

本件利益に係る収入金額

4041万2978円

上記金額は,本件利益に係る給与等の収入金額であり,次の①から③までの金額の合計金額である。


本件P5株式に係る収入金額

3532万8881円

上記金額は,本件アワードがベストしたことにより,原告がP5銀行の株主としての権利を取得したものと認められる平成19年8月17日における同社の株価(94.85ユーロ)及びTTM(1ユーロ当たり152.84円)に基づき計算した本件P5株式2437株に係る収入金額である。


米国における源泉徴収税額及び別件端株相当額に係る収入金額
507万5914円
上記金額は,本件アワードがベストしたことにより,原告がP5銀行の株主としての権利を取得したものと認められる平成19年8月17日におけるTTM(1米国ドル当たり113.89円)に基づき計算した米国における源泉徴収税額に相当する金額4万4452.54米国ドルと別件端株相当額116.03米国ドルの合計4万4568.57米国ドルに係る収入金額である。


本件端株相当額に係る収入金額

8183円

本件端株相当額についてP1証券により支払われた8183円(本件端株の価額に相当する金額として現金決済された8162円(2007年8月14日付けアワード・セトルメントに記載された8161.38円の1円未満を切り上げた金額)に社会保険料調整額として原告に支給された金額21円を加算した額)である。
(イ)

その他の給与等に係る収入金額

900万円

上記金額は,原告が本件確定申告書に記載した給与所得の収入金額と同額である。

雑所得の金額

140万円

上記金額は,原告が本件確定申告書に記載した雑所得の収入金額200万8183円から雑所得の収入金額に含めたP1証券から支払われた金員8183円及び必要経費等60万円(本件確定申告書に記載した必要経費60万2455円から上記8183円に係る必要経費2455円を控除した金額)をそれぞれ控除した金額である。
(2)

株式等に係る譲渡所得等の金額

0円

上記金額は,次のア及びイの金額を合計して算出された譲渡損失の金額69万8059円につき,租税特別措置法37条の10第1項の規定を適用した金額である。

原告が本件確定申告書に記載した上場株式等の譲渡所得の金額
17万5500円


本件P5株式の譲渡に係る譲渡損失の金額

87万3559円

上記金額は,次の(ア)の金額から(イ)及び(ウ)の各金額の合計額を差し引いた金額である。
(ア)

譲渡収入金額

3480万3374円

上記金額は,原告が平成19年中に本件P5株式2437株を譲渡した際の譲渡収入金額である。
(イ)

本件P5株式の取得費

3532万8881円

上記金額は,上記(1)イ(ア)①と同じ金額である。(ウ)
(3)

譲渡費用

34万8052円

所得控除の額の合計額

271万4733円

上記金額は,原告が本件確定申告書に記載した所得控除の額の合計額271万4684円にP1証券が本件端株相当額に係る給与等の支払の際に控除した社会保険料49円を加算した金額である。
(4)

課税される所得金額
課税総所得金額

4405万9000円

上記金額は,上記(1)の総所得金額4677万4491円から上記(3)の所得控除の額の合計額271万4733円を控除した後の金額(ただし,国税通則法118条1項の規定により1000円未満の端数を切り捨てた後のもの。)である。

株式等に係る課税譲渡所得等の金額

0円

上記金額は,上記(2)の株式等に係る譲渡所得等の金額が0円であることから0円となる。
(5)

申告納税額

1277万8600円

上記金額は,次のアの算出税額からイの源泉徴収税額を控除した後の金額(ただし,国税通則法119条1項の規定により100円未満の端数を切り捨てた後のもの。)である。

算出税額

1482万7600円

上記金額は,次の(ア)の課税総所得金額に対する税額及び(イ)の株式等に係る課税譲渡所得等に対する税額の合計額である。
(ア)

課税総所得金額に対する税額

1482万7600円

上記金額は,上記(4)アの課税総所得金額4405万9000円に所得税法89条1項の税率を乗じて算出した金額である。
(イ)

株式等に係る課税譲渡所得等に対する税額

0円

上記金額は,上記(4)イの株式等に係る課税譲渡所得等の金額が0円であることから0円となる。

源泉徴収税額

204万8901円

上記金額は,原告が本件確定申告書に記載した源泉徴収税額204万8661円に,P1証券から原告に支払われた金員8183円に係る源泉所得税の額240円を加算した金額である。
(6)

納付すべき税額

1277万8600円

上記金額は,原告が本件確定申告書に記載した予定納税額はないことから,上記(5)の申告納税額1277万8600円と同額となる。
以上

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