判例検索β > 平成25年(ワ)第19263号等
請求異議等本訴事件、慰謝料等請求反訴事件
事件番号平成25(ワ)19263等
事件名請求異議等本訴事件,慰謝料等請求反訴事件
裁判年月日平成27年5月28日
法廷名東京地方裁判所
戻る / PDF版
平成27年5月28日判決言渡
平成25年(ワ)第19263号

請求異議等本訴事件

平成25年(ワ)第27821号

慰謝料等請求反訴事件

主1文
被告から原告に対する東京地方裁判所平成23年(ワ)第8573号地位確認等請求事件の判決主文第2項に基づく強制執行は,平成25年5月25日限り47万9032円及び同年6月から毎月25日限り67万5000円を超える部分については,これを許さない。

2
原告は,被告に対し,167万1725円を支払え。

3
原告のその余の主位的請求をいずれも棄却する。

4
原告の予備的請求に係る訴えを却下する。

5
被告のその余の反訴請求を棄却する。

6
訴訟費用は,本訴反訴を通じてこれを5分し,その4を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。

7
この判決は,第2項に限り,仮に執行することができる。

第1
1実及び理由
請求
本訴事件

(主位的請求)
(1)

被告から原告に対する東京地方裁判所平成23年(ワ)第8573号地位
確認等請求事件(以下「前訴事件」という。)の判決(以下「前訴判決」という。)に基づく強制執行は,これを許さない。
(2)

原告と被告との間に雇用契約が存在しないことを確認する。

(3)

被告は,原告に対し,115万4032円及びうち47万9032円に対
する平成25年5月24日から,67万5000円に対する平成25年6月25日から,各支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。(予備的請求)
原告が被告に対し,原告のa支局のReporter(記者)以外の職で勤務することを命じることができる雇用契約上の権利を有することを確認する。2
(1)

反訴請求
原告は,被告に対し,300万円及びこれに対する平成25年3月1日か
ら支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)

主文第2項と同旨

第2

事案の概要

1
事案の要旨

(1)

本訴事件

本訴事件は,被告を雇用していた原告が,被告に対し,主位的に,被告の原告に対する平成22年9月1日以降の賃金請求等を認容した前訴判決について,同日から平成25年5月9日までの分の賃金請求に対しては,弁済による賃金請求権の消滅を,同月10日以降の分の賃金請求に対しては,解雇による雇用契約の終了を,それぞれ請求異議の事由として,前訴判決に基づく強制執行の不許を求める(主位的請求(1))とともに,雇用契約の不存在の確認を求め(主位的請求(2)),また,原告が上記解雇の後に被告に賃金として支払った金員について,法律上の原因を欠くものであり,被告は悪意の受益者であったと主張して,民法703条及び704条に基づき,不当利得の返還及び利息の支払を求め(主位的請求(3)),予備的に,被告に原告のa支局のReporter(記者)以外の職で勤務することを命じることができる雇用契約上の権利の確認を求める(予備的請求)事案である。(2)

反訴事件

反訴事件は,被告が,原告による上記解雇及び本訴事件の訴え提起等が被告に対する不法行為に該当すると主張して,民法709条に基づき,慰謝料300万円及びこれに対する上記解雇の日以降の遅延損害金の支払を求める(反訴請求(1))とともに,平成22年9月支給分から平成25年4月支給分までの賃金に対する遅延損害金の支払を受けていないとして,雇用契約に基づき,未払の遅延損害金167万1725円(その明細は,別紙計算書のとおり。)の支払を求める(反訴請求(2))事案である。
2
前提事実(争いのない事実並びに証拠〔末尾掲記のもの。以下,証拠の掲記
は,枝番号を含む。〕及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)(1)

当事者等
原告は,アメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨークに本店を置き,一般顧
客向けに経済,金融情報を提供する通信社であり,アジア,ヨーロッパ等の世界各国にオフィスとニュース支局を持ち,1万人以上の従業員が勤務している。日本には,昭和62年に進出し,平成25年現在において,約550人の従業員が勤務している。

被告は,平成2年に株式会社bに入社し,約13年間記者として勤務した後,
同社の希望退職募集に応じて退職したが,その後の平成17年11月29日,被告との間で雇用契約(以下「本件雇用契約」という。)を締結し,以後,被告のa支局において,Reporter(記者)として勤務してきた。原告の賃金は,1か月67万5000円(年収810万円。毎月末日締め,当月25日払)であった。(甲11,乙A1,14)
(2)

第1次解雇等
原告は,平成22年4月8日,被告に対して退職を勧奨するとともに,以後
の自宅待機を命じた。

被告は,同月12日,労働組合であるcユニオン(以下「ユニオン」とい
う。)に加入した。(乙A7)

原告は,被告に対する退職勧奨等に関し,ユニオン及びその上部団体である
d労働組合連合(以下「d労連」といい,両者を併せて「d労連等」という。)との間で,平成22年4月28日,同年5月20日,同年7月1日の3回にわたり,団体交渉を行った。(乙A21)

原告は,被告に対し,平成22年7月20日付け書面により,同年8月20
日をもって被告を解雇する旨の意思表示(以下「第1次解雇」という。)をし,以後,被告の就労を拒絶している。(乙A11)
(3)

前訴判決等
被告は,平成23年3月16日,第1次解雇が無効であると主張して,原告
に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることの確認及び賃金の支払を求める訴え(当庁平成23年(ワ)第8573号地位確認等請求事件〔前訴事件〕)を東京地方裁判所に提起した。

原告は,前訴事件において,被告には記者として致命的な問題があり,改善
の見込みもないことから,原告就業規則の「社員の自己の職責を果たす能力もしくは能率が著しく低下しており改善の見込みがないと判断される場合」及び「その他やむを得ない理由による場合」に該当することは明らかであり,第1次解雇は有効である等と主張し,被告は,これを争い,第1次解雇は無効であると主張した。(甲2,15ないし18)

東京地方裁判所は,平成24年10月5日,前訴事件について,主文第1項
において,被告が原告に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを確認するとともに,主文第2項において,原告に対し,終期を定めることなく,平成22年9月1日以降の賃金として,同月から毎月25日限り67万5000円を被告に支払うことを命じる旨の判決(前訴判決)をした。(甲2)

原告は,平成24年10月5日,前訴判決を不服として東京高等裁判所に控
訴した。
(4)

原告とd労連等との間の交渉等
原告は,前訴判決後の平成24年10月18日,d労連等との間で団体交渉
(以下「本件団体交渉」という。)を行った。本件団体交渉には,原告側から代理人の岡田和樹弁護士及び山川亜紀子弁護士並びに人事部のeが出席し,d労連等の側からf,g及びhが出席したが,被告は出席しなかった。(乙8)イ
(ア)

本件団体交渉においては,次のようなやりとりがあった。(乙8)hが,被告の復職についての協議に入ることを求めており,これについて
回答をいただきたい旨述べたのに対し,岡田弁護士は,今の段階で復職の協議に応じることはできない旨,原告の考え方は,控訴をしたわけだから高等裁判所の判断を仰ぎたいというものであり,復職を検討する必要はない旨,退職前提の和解であればいつでも応じる旨述べた。
(イ)

岡田弁護士が,前訴判決は,被告の記者としての資質に問題があるとして
いるのに,あなた方は被告を記者に復帰させるべきだということになるのかと問いかけたのに対し,hは,「だから記者だけでなくって。」と答えた。岡田弁護士は,これを受けて,「記者だけでなくいいの?」と問い,hは,「例えばですよ,復職ですから。」と答えた。
(ウ)

さらに,hは,岡田弁護士から,記者という職種にはこだわらないという
ことでよいのかという趣旨の質問を受けて,原職復帰して異動というのは一般的にあることであり,記者と同じ賃金が保障されるのであれば,場合によっては,記者以外の職種もあり得るが,賃金が下がるというのは基本的に困る旨述べた。(エ)

その後,hが,被告の復職協議について,検討の余地があるのか尋ねたの
に対し,岡田弁護士は,今は検討の余地はないと答えた上で,組合の要求が,原職以外もあり得る,賃金の低下もあり得るというものであれば,今後,検討する材料にはなり得るだろうと述べた。

岡田弁護士は,平成24年11月22日,hに対し,被告の件で連絡したい
ことがあるので電話をいただきたい旨の電子メールを送信し,その後,hと電話で話をした。その際,岡田弁護士は,hに対し,復職に向けた事務折衝を行いたい旨述べた。(甲4)

hは,同月27日,岡田弁護士に対し,復職に向けた事務折衝については,
前訴判決に基づき,「解雇前同一賃金および記者職への復帰であること」を前提に応じる旨の電子メールを送信した。これに対し,岡田弁護士は,同日,先般の団体交渉では記者職にこだわらないということだったので,そのような前提なしの折衝と理解している旨の電子メールを送信した。hは,同日,岡田弁護士に対し,団体交渉で岡田弁護士は原告が職種別賃金であるから賃金が変わるという話をし,また,賃金が下がることについて被告に確認して欲しいという趣旨を述べていたこと,その団体交渉の内容を被告にも聞いてもらい,組合執行部で議論したところ,解雇前と同一賃金での復職に向けた事務折衝でなければならないということになったことなどを記載した電子メールを送信した。(甲4)
オ(ア)

原告は,d労連に対し,同年12月3日付けで,「当社としては,i氏
について,記者職以外の職種での復職を検討するため,貴組合に協議を申し入れましたが,2012年11月27日,貴組合から,『原職復帰以外に交渉の余地はない』との回答を得ました。そこで,当社としては,なお念のため,貴組合の方針が上記のとおりであるか否か,文書で回答いただくようお願いします。」などと記載された通知書を送付した。(甲5)
(イ)

これを受けて,d労連等は,原告に対し,平成24年12月26日付けで,
下記の記載のある回答書を送付した。(甲6)
「・・・まず,貴社が解雇後から現在まで不払いとなっている賃金(バックペイ)をi氏に支払った上で,d労連およびcユニオンと原職復帰についての話し合いを行うのが原則であると考えます。
なぜなら生活が困窮したままでi氏が原職復帰に向けた交渉に臨めば,生活の苦しさゆえに不利な条件でも貴社側の条件に応じてしまう危険があるからです。これでは対等な交渉は行えません。」


2005年10月24日にi氏が貴社と結んだ労働契約では,i氏を貴社のa支局の記者(ReporterinNews)として年収810万円(JPY8,100,000)で雇用すると記載されています。東京地裁の判決が『解雇無効』である以上,この条件で原職復帰させ,i氏を迎え入れるのが原則と考えます。d労連は,この条件を前提にした原職復帰の協議であれば,喜んで応じます。貴社があくまで原職復帰後の職場(あるいは職種)問題を,原職復帰の前提条件とする意向であるのなら,高等裁判所の控訴審で貴社の意思を述べられるのが相当だと考えます。」

原告は,被告に対し,平成25年1月8日付けで,下記の記載のある通知書
を送付し,被告の復職及びその条件等に関する提案(以下「本件提案」という。)をした。(甲7)
「1

はじめに
貴殿については,2010年8月20日付けで解雇しましたが,先般の東京地方裁判所の判決において,解雇が無効であると判断されました。しかし,この判決においては,貴殿については,貴殿の執筆する記事の内容について,『不正確であり,また,質ないし価値が乏しく改善の必要があるとされ,かつ,当該評価には相応の理由があったものと認められる』とされるなど,当社が貴殿を記者として不適格であると判断したことの正当性が裏づけられています。

2
当社の提案
以上のような状況を踏まえ,当社として,貴殿に対して,下記のとおり提案します。

(1)

貴殿が第2項の条件に同意することを停止条件に,復職日をもって貴殿
に対する2010年8月20日付け解雇を撤回し,復職日の前日までの賃金を支払います。
(2)


貴殿は,下記の条件で,復職します。
職場

貴殿もご承知のとおり,当社の業務の多くは,相当高度の英語に
よるコミュニケーション能力が要求されます。貴殿の英語力で従事できる業務としては,倉庫の在庫管理や備品の発注など,いわゆるバックオフィスの業務が考えられますが,これらの業務のうちで,復職時における状況と空いているポジションに応じて,貴殿と協議の上,決定します。


3
年収

400万円~500万円

復職日

協議の上,決定します。

その他
2013年1月18日までに,上記提案に対する諾否を書面で回答してください。2012年10月18日に行われた貴殿が所属する労働組合との団体交渉において,組合から,貴殿が記者職には拘らないとの意向が表明されました。ところが,その後,当該労働組合から,原職復帰を前提としない交渉には応じないという趣旨の文書回答がありました。しかし,当社としては,貴殿を記者職に復帰させる意思はなく,貴殿がこの提案に応じない場合は,そのことを理由として,貴殿を予備的に解雇することもありますので,それを前提に検討いただくようお願いします。また,本書面については,貴殿が所属する労働組合に写しを送付するとともに,組合との間で,復職条件について交渉する用意がある旨を通知しますので,申し添えます。」


原告は,d労連に対し,平成25年1月8日付けで,原告が被告に対し記者
以外の職種での復職を提案するために上記カの通知書を送付したこと,この復職条件についてd労連と交渉する用意があるので申し添えることなどを記載し,上記カの通知書を添付した通知書を送付した。(甲8)

被告及びd労連等は,原告に対し,同月17日付けで,被告の復職に関する
見解については,d労連が平成24年12月26日付けで送付した回答書で既に通知したとおりである旨記載した回答書を送付した。(甲9)
(5)

控訴審の口頭弁論の終結等

東京高等裁判所は,平成25年1月21日,前訴事件の控訴審第1回口頭弁論期日を開き,同期日において弁論を終結した。(甲3)
(6)

本件解雇等

原告は,被告に対し,平成25年3月1日付けで,下記の記載がある「解雇通知(予備的)」と題する書面を送付して,原告に対して解雇の意思表示(以下「本件解雇」という。ただし,下記引用中の「本件解雇」は,第1次解雇を指す。)をした。(甲10)


貴殿に対しては,2013年1月8日付け通知書において,当社が提案する職場への配置転換等に貴殿が合意することを条件として,貴殿に対する2010年8月20日付け解雇(括弧内略)を撤回することを提案しましたが,貴殿からは,2013年1月17日付けで,記者職への復帰を前提としない限り,復職の協議に応じない旨の回答がありました。
先般の東京地方裁判所の判決が,貴殿の執筆する記事の内容について,『不正確であり,また,質ないし価値が乏しく改善の必要があるとされ,かつ,当該評価には相応の理由があったものと認められる』としたことでも裏付けられているように,貴殿が当社の記者として不適格であることは明らかです。したがって,貴殿を復職させるとすれば,記者以外の業務になることは当然のことです。貴殿が記者職以外への復職に応じない以上,会社としては,このことを理由に貴殿を解雇せざるを得ません。
そこで,当社は,本件解雇が無効である場合には,貴殿については,就業ママ
規則の解雇手続に記載されている『その他やむを得ない理由に当たる場合』にあたるので,本日付けで貴殿を解雇します。なお,本件解雇から本日までの賃金および本日付け解雇にかかる予告手当は,本件解雇が無効であることが法律上確定した場合に直ちに支払います。」
(7)

前訴事件の控訴審判決

東京高等裁判所は,平成25年4月24日,原告の控訴を棄却する旨の判決をし,同判決は,同年5月8日の経過により確定した。(甲3)
(8)

第1次解雇後の賃金の支払等
原告は,被告に対し,平成25年4月25日,平成22年9月分から平成2
5年4月分までの賃金(元金)として2160万円を支払った。

原告は,被告に対し,平成25年5月24日,同月分の賃金として67万5
000円(うち19万5968円が同月1日から9日までの分であり,47万9032円が同月10日から同月31日までの分である。)を支払い,同年6月25日,同月分の賃金として67万5000円を支払った。
(9)

本件訴えの提起等


原告は,平成25年5月9日,被告の社会保険の資格喪失手続を行った。

原告は,同年7月22日,本件(本訴事件の主位的請求)に係る訴えを提起
した。(顕著な事実)
(10)

就業規則の定め

原告の就業規則には,「解雇手続」として,次の定めがある。(甲11,乙A1)
「jは以下の場合(社員が業務上の負傷又は疾病の療養のためもしくは産前産後休暇のために休業している期間及びその後30日間またはその他法により禁じられている場合を除く)には社員を解雇することができます。社員が心身の障害のため自己の職責を果たす能力が著しく低下しているとみなされる場合,社員の自己の職責を果たす能力もしくは能率が著しく低下しており改善の見込みがないと判断される場合,社員を懲戒する事由がある場合,社員が公職に任命されたためjの業務を果たせない場合,社員が薬物検査で陽性の結果となりかつリハビリテーションが不可能と判断される場合,事業の運営上やむを得ない理由がある場合,本規則に別途定められている場合,またはその他やむを得ない理由による場合。この様な場合には,jは社員に30日前の書面による予告か,代わりに30日分の平均賃金を解雇予告手当として支払って解雇することができます。但し,労働基準監督署の認定を受けた場合,試用期間中の者が就職日から14日以内に解雇される場合,その他法定の除外事由がある場合は除きます。」
3
争点
(1)

本件解雇の有効性

(2)

不当利得の成否

(3)

本訴事件の予備的請求に係る訴えの適法性

(4)

原告が被告に対しa支局のReporter(記者)以外の職で勤務することを命
じることのできる雇用契約上の権利の存否
(5)
4
(1)

不法行為の成否,損害の有無及び金額
争点に関する当事者の主張
争点(1)(本件解雇の有効性)

【原告の主張】

原告の就業規則には,「業務の必要性に応じるため,jは正社員にj内での
配置転換,転勤,出向または転籍を含む異動を命ずることがあります。」と定められており,本件雇用契約に係る雇用契約書にも,職種を記者職に限定する旨の記載がないばかりか,雇用に関するその他の条件は就業規則による旨の記載がある。また,原告では,多くの配置転換が行われており,その中には記者職から他職種への異動も含まれている。これらの事情によれば,原告が被告に対し,記者以外の職での勤務を命ずる権利があることは明らかである。

ところが,被告は,以下に述べるとおり,本件雇用契約において被告の職種
が記者職に限定されていると主張して,記者以外の職での復職を明確に拒否した。すなわち,原告は,原告敗訴の前訴判決を受けて,控訴を申し立てるとともに,被告を記者職に復帰させることの適否を改めて検討したが,被告は,記者としての能力が低く,勤務態度にも問題があり,今日の厳しい競争環境のもとでは,被告を記者として復帰させることはできないという結論に達した。
もっとも,被告が加入しているd労連等は,平成24年10月18日の本件団体交渉において,それまでの態度を転換し,被告の復職先として記者職以外でも受け入れる用意があることを明言した。そこで,原告は,d労連等に対し,被告を記者以外の職で復帰させることを提案するべく,労使交渉を申し入れた。ところが,d労連等は,何らの説明もなく,上記明言を翻し,被告の職種が限定されていることを理由に,記者職以外での職場復帰については交渉にすら応じないというかたくなな態度をとるに至った。
原告は,こうしたd労連等の不誠実な対応を受けて,被告に対し,平成25年1月8日付けの通知書を送付して本件提案を行うとともに,d労連等に対しても,復職条件について交渉する用意がある旨を通知したが,被告及びd労連等は,これらの提案を拒否し,記者職以外での復職を拒否する意思を明確にしたのである。ウ
労働者は,使用者の人事権のもとで,その行使が権利の濫用に当たるなどの
場合以外は,使用者の指示に従って労務を提供する義務があり,それは,雇用契約における労働者の基本的義務である。したがって,労働者が使用者の指示に従って労務を提供する意図がないことを明示することは,雇用関係における信頼関係を根本的に破壊することにほかならない。
原告の就業規則では,従業員を解雇することができる場合として,自己の職責を果たす能力が著しく低下しており改善の見込みがないと判断される場合や,懲戒する事由がある場合が挙げられており,また,懲戒処分の対象となる行為として,業務遂行拒否を含む業務命令違反や,職務の遂行が不適当,不十分であること等が挙げられている。したがって,自己の職責を果たすことができない者や業務命令に従わない者を(懲戒)解雇の対象とすることができることは明らかであり,「契約上職務が特定されているのであるから,記者以外の仕事はしない」と明言して,記者職以外の職務への復帰について交渉を拒否した被告について,就業規則の「解雇手続」の「その他やむを得ない理由による場合」に該当することは明らかである。エ
したがって,本件解雇は,客観的に合理的な理由があり,社会通念上も相当
であると認められる。

本件解雇は,前訴事件において原告敗訴の判決が確定することを停止条件と
して,被告を解雇する旨の意思表示であるから,原告敗訴の前訴判決が確定した平成25年5月9日をもって,解雇の効力が生じた。被告は,本件解雇について,上記停止条件のない即日解雇であったと主張するが,本件解雇に係る通知書が,「解雇通知(予備的)」と題し,第1次解雇が無効である場合に被告を解雇する旨の記載や,第1次解雇が無効であることが法律上確定した場合に未払賃金等を支払う旨の記載があることからすれば,本件解雇に上記停止条件が付されていたことは明らかである。

被告は,被告が復職の交渉に応じなかったことをもって本件解雇に客観的に
合理的な理由があるとはいえない旨主張するが,本件解雇の理由は,被告が交渉に応じなかったことそのものではなく,労働者が使用者の業務命令に従って労務を提供することを明確に拒否したということであるから,被告の主張は当を得ていない。なお,被告は,原告の提案した配置転換後の賃金水準が不当に低いと主張するが,被告は,本件提案により賃金額が示される前から記者職以外への復帰はあり得ないとして交渉を拒否していたのであるから,提案された賃金額が交渉拒否の理由になったわけではないし,原告は賃金の額を含めて交渉しようと提案しているのであるから,金額が低いことが交渉拒否の理由になるはずもない。

また,被告は,本件訴訟が一事不再理に抵触するとも主張するが,前訴事件
の争点は,第1次解雇の有効性であって,前訴事件の控訴審の口頭弁論終結後に行われた本件解雇の有効性は,全く審理されていない。
【被告の主張】

原告の主張する本件解雇の理由は,被告が記者以外の職に就く意思がないこ
とを明示したことが,就業規則にいう「その他やむを得ない理由による場合」に該当するというものである。しかし,裁判所において解雇無効の判断がされている状況で,原職への復帰を求めて交渉するのは,労働者として当然のことであり,その交渉の中で,配置転換先の業務をバックオフィスとし,賃金を半減させるような不合理な配置転換に応じられないと回答することは,何ら問題とされるものではない。被告が配置転換命令に従わなかったというのであればともかく,本件では配置転換命令すら出されていないのであって,原告が敗訴したもとでの和解交渉において,被告側が原職復帰を求めたことをもって解雇するなどということは,およそ通用しない。そもそも,本件提案は,①被告が記者として不適格であるという,前訴判決に反することを理由とするにすぎず,合理性のある業務上の理由は皆無であり,②配置転換後の賃金を現在からほぼ半減の「400万円~500万円」にするという労働条件の重大な不利益変更を伴い,これを強行すれば違法であることが明らかなものである上,③本題である第1次解雇の撤回に関するさし違え条件というべきものでしかないから,本件提案に応じなかったことが解雇の客観的合理的理由になることはない。
原告は,被告が記者職以外のあらゆる職種への配置転換を拒否しているとして,配置転換命令拒否という事実がなくても解雇が可能であると主張するようである。しかし,現実に配置転換命令が出されれば,被告は,労働組合との団体交渉を求め,あるいは,配置転換命令に異議をとどめつつ配置転換先の業務に従事し,同時に配置転換命令無効確認訴訟を提起して司法の判断を仰ぐことができるが,配置転換命令がないのに,配置転換問題の協議を中止したというだけで解雇することができるというのでは,上記のような被告の権利行使の機会が不当に奪われることになる。イ
したがって,被告が本件提案に応じなかったことをもって,本件解雇に客観
的に合理的な理由があるということはできない。

そもそも,本件雇用契約に係る契約書には,「aにおけるニュース部門の記
者として雇用する」旨が記載された上で,雇用に関する「その他の条件」に就業規則が適用されると記載されているにすぎないこと,求人方法,入社試験なども記者職に特化したものであったこと,原告も,第1次解雇に当たって被告の配置転換を検討しておらず,本件雇用契約が職種を限定したものであるという規範的認識を有していたといえることなどからすれば,本件雇用契約において,被告の職種は記者職に限定されており,原告には被告を記者職以外に配置転換する権限はなく,この点でも,本件解雇は無効である。

さらに,本件解雇に係る通知書には「本日付で貴殿を解雇します」と明記されており,前訴判決の確定を停止条件とするなどという記載はないから,本件解雇は,停止条件のない即日解雇である。しかるに,原告は,その後,平成25年5月9日までの間の被告の社会保険の資格を回復し,給与も支払っている。このような事実からすれば,原告は,本件解雇を撤回し,解雇の効力を自ら失わせたものということができる。

なお,原告の主張する前訴事件の控訴審口頭弁論終結前の労使協議の経過に
ついては,控訴審に書証として提出されており,控訴審における審理の対象になっていた。したがって,前訴事件の控訴審である東京高等裁判所は,第1次解雇の有効性について,上記労使協議の結果をも加味して判断することができる立場であったが,これを無効と判断した。本件訴訟は,前訴事件で審理が尽くされた争点について蒸し返すものにほかならず,一事不再理に抵触する。
(2)

争点(2)(不当利得の成否)

【原告の主張】

上記(1)の【原告の主張】オのとおり,平成25年5月9日に本件解雇の効
力が生じたから,原告には,同月10日以降の賃金支払義務はない。したがって,原告の被告に対する同月10日から同月31日までの賃金(47万9032円)及び同年6月分の賃金(67万5000円)の各支払が,法律上の原因を欠くことは明らかである。

被告は,本件解雇の通知を受領し,また,停止条件である前訴判決の確定を
知っていたから,悪意の受益者であり,上記賃金に受領の日以後の利息を付して返還する義務がある。
【被告の主張】
原告の主張は争う。上記(1)の【被告の主張】のとおり,本件解雇は無効である。(3)

争点(3)(本訴事件の予備的請求に係る訴えの適法性)

【原告の主張】
仮に,本件解雇が無効であり,原告と被告との間に雇用契約関係が存在する場合,原告は,被告に対し,原告のa支局のReporter(記者)以外の職で勤務することを命じることができる雇用契約上の権利を有している。ところが,被告は,これを否定し,記者以外の職で労務を提供する義務の存在を争っているから,原告の権利又は法律的地位に現に不安が存在することは明らかである。
そして,被告は,原告に配置転換命令権がないとして,記者職以外の職務に就くことについての交渉に応じないという態度をとっており,原告と被告との間に現に存在する紛争を解決する方法として,配置転換命令権の存否について判決をすることが有効適切であることも明らかである。
原告が配置転換命令権を有するか否かを巡って現に紛争が生じている以上,将来発せられた配置転換命令が権利濫用に当たる場合に効力を有しない可能性があることは,確認の利益を否定する理由にはならない。
したがって,本訴事件の予備的請求に係る訴えは,確認の利益があり,適法である。
【被告の主張】
原告の論法は,本訴事件の予備的請求が認容されれば,原告が被告に対して将来行おうとする配置転換命令の効力について法的紛争が生じる余地がなくなるというもののようである。しかしながら,配置転換命令は,種々の判断基準,判断要素によってその効力が判断されるのであり,本訴事件の予備的請求が認容されても,そのことから直ちに将来の配置転換命令が有効だと判断できるものではない。したがって,本訴事件の予備的請求には確認の利益がない。
また,本訴事件の予備的請求は,「記者以外の職」で勤務することを命じる権利の確認を求めるものであるが,「記者以外の職」が具体的に何を指すのか不明である。「記者以外の職」の中には,「記者」に近似した業務内容の「職」のように,雇用契約上の職種が限定されていても配置転換の余地を直ちに否定し難いものもあれば,特別な専門的能力を要する業務,特別に身体上の危険のある業務など,雇用契約上の職種が限定されていなくても一般的には配置転換を命じることのできない「職」もあり得る。したがって,「記者以外の職」とひとくくりにして配置転換命令権の確認を求めることは,請求の特定を欠き,許されないというべきである。以上によれば,本訴事件の予備的請求に係る訴えは,不適法であり,却下されるべきである。
(4)

争点(4)(原告が被告に対しa支局のReporter(記者)以外の職で勤務
することを命じることのできる雇用契約上の権利の存否)
【原告の主張】
上記(1)の【原告の主張】アのとおり,原告は,被告に対し,原告のa支局のReporter(記者)以外の職で勤務することを命じることができる雇用契約上の権利を有する。
【被告の主張】
原告の主張は争う。上記(1)の【被告の主張】ウのとおり,本件雇用契約において,被告の職種は記者職に限定されており,原告には,被告を記者以外の職に配置転換する権限はない。
(5)

争点(5)(不法行為の成否,損害の有無及び金額)

【被告の主張】

以下の原告の行為は,単なる解雇というにとどまらず,被告を無理やり職場
から排除して精神的,経済的苦痛を与え続け,復職を断念させようという目的でされた,悪質な不法行為である。
(ア)

原告は,前訴事件の控訴審での和解協議中の平成25年1月8日,被告に
対し,年収400万円から500万円(従前の給与の半分程度),倉庫の在庫管理等の業務に復職することを条件に解雇を撤回する旨提案した。被告がこれを拒絶し,記者職での復職を求めると,原告は,これを理由として,本件解雇をした。原告は,前訴事件の第1審で全面敗訴し,控訴審でもその判断が維持される見通しのもとで,記者職での復職を求める被告との協議に真摯に応じないばかりか,前訴判決で否定された内容に強く執着して,復職を阻止するという強い意思のもと,およそ正当な理由になり得ない理由で違法な解雇通告を行った。
(イ)

原告は,本件解雇に引き続き,平成25年5月9日,被告の社会保険の資
格喪失手続を一方的に行った。
(ウ)

原告は,平成25年7月22日,およそ法的に成り立つ余地のない本件訴
え(本訴事件の主位的請求)を提起した。

被告は,2年半にわたり前訴事件の裁判を闘ってきて,ようやく雇用契約上
の地位が確認されるところまでたどり着いたにもかかわらず,復職することができず,原告による本件解雇によって更なる争いを続けざるを得ない状況に追い込まれ,また,社会保険の資格喪失によって健康保険の切替え等の繁雑な手続を余儀なくされている。また,記者という職業は,日々の取材活動によって取材源を広げ,能力を維持し向上させていく職業であるところ,原告は長期間にわたって被告からこのような機会を奪い続けている。被告の被った精神的苦痛に対する慰謝料は,300万円を下らない。
【原告の主張】
被告の主張は争う。上記(1)の【原告の主張】のとおり,本件解雇は有効である。第3
1
当裁判所の判断
争点(1)(本件解雇の有効性)について

(1)ア

本件解雇に係る通知書には,被告に対して本件提案をしたが,被告から
記者職への復帰を前提としない限り復職の協議に応じない旨の回答があった旨が記載された上で,「貴殿が記者職以外への復職に応じない以上,会社としては,このことを理由に貴殿を解雇せざるを得ません。」との記載がある(前提事実(6))。このことに,争点(1)に関する原告の主張(前記第2の4(1)の【原告の主張】)を併せ考慮すれば,本件解雇の理由として原告の主張するところは,被告が本件提案を拒否し,復職に関する原告との協議に応じないこと等の事情をもって,被告が原告に対し,記者職以外の職種で勤務する意思のないことを明らかにし,記者以外の職で労務を提供することを明確に拒否した,というものであると解される。イ
本件解雇の理由が上記のとおりであることを前提に,以下,本件解雇が客観
的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当でないと認められるか否かを検討する。(2)ア

本件提案は,その通知書に「下記のとおり提案します。」と明記され,
また,提示された復職の条件のうち,復職先の職種,賃金の額,復職日のいずれも具体的に特定されていないこと(前提事実(4)カ)から明らかなとおり,飽くまで復職条件等に関する提案にすぎず,就労義務の履行としての復職を催告し,あるいは,業務命令権の行使として復職を命じる趣旨であると評価する余地のないものである。

したがって,被告において,本件提案を応諾し,本件提案に係る復職条件を
前提とする協議に応じる法律上の義務を負うとか,そうでなくても,協議に応じてしかるべきであったなどと解すべき根拠は乏しい。

この点,使用者が,労働者に対し,使用者としての立場で,当該労働者の配
置先等の労働条件について協議するよう求めたときには,労働者がこれに応じ,誠実に協議すべき義務を負うと解すべき場合もあり得る。

しかしながら,本件において,原告は,被告との間で第1次解雇の有効性に
ついての争いがあり,いまだ前訴事件が控訴審に係属している状況の中で(前提事実(3)エ),飽くまでも第1次解雇が有効であり,したがって原告が被告の使用者ではないことを前提に,原告が第1次解雇の撤回に応じることの条件として,本件提案に係る復職条件に同意することを求めたものである(同(4)カ)から,本件提案は,紛争の当事者という立場で和解を提案する趣旨に出たというべきものであり,本件提案について,原告が使用者として有する業務命令権等の権限を行使したものであったと評価することはできない(換言すれば,原告は,被告の使用者ではないという立場を維持しつつ本件提案をしたものであるから,本件提案に雇用契約上の権利の行使という側面があったと評価する余地はない。)。

そうすると,本件提案に応じるか否かは,基本的には,被告の自由な判断に
委ねられるべきものであり,被告がこれに応じない旨の意思を明らかにしたからといって,そのこと自体に何ら責められるべき点はないというべきである。(3)

これに対し,原告は,被告が復帰先に関する協議に応じない状況では,被
告の雇用を継続することは不可能である旨主張する。しかしながら,そもそも,当時,被告が原告において就労していなかったのは,原告が第1次解雇の有効性を主張して被告の就労を拒絶していたことに原因があり(前提事実(2)エ),原告において,被告の雇用を継続しようと考えるのであれば,就労を拒絶せずに,復職条件を指定して就労義務の履行を催告すればよいのであって,復職条件について被告と協議しなければ復職させることができないわけではないのであるから,原告の上記主張は採用できない。
(4)ア

以上のとおり,被告が本件提案を拒否したことそれ自体について,何ら
被告に責められる点はないというべきところ,原告は,本件解雇の理由について,被告が復職の交渉に応じなかったことそのものではなく,労働者(被告)が使用者(原告)の業務命令に従って労務を提供すること(具体的には,記者以外の職で労務を提供すること)を明確に拒否したことである旨主張する。

しかしながら,既に説示したとおり,本件提案は,飽くまで和解協議の提案
にすぎず,原告が業務命令権等の雇用契約上の権利を行使したと評価する余地のないものであり,また,その内容は,復職後の職種について「いわゆるバックオフィスの業務が考えられ」るとし,年収について「400万円~500万円」とし,これらの復職条件に同意することを求めるものであった(前提事実(4)カ)。そうすると,被告が本件提案を拒否したことをもって,上記復職条件への同意を前提とする和解協議には応じられないとの意思を明らかにしたということはできるが,これをもって,被告が記者以外の職で勤務する意思がないことを明らかにしたとか,被告が記者以外の職で労務を提供することを拒否したなどと評価することはできないというべきである。さらに,本件提案に先立つ平成24年12月26日付けのd労連等の回答書(同(4)オ(イ))についても,その文面を素直に読む限り,d労連等として,復職後の職種の問題を協議の前提条件とするのであれば裁判外での協議には応じないという趣旨を述べたにとどまるものと解され,被告が,原告から具体的な職種を指定して復職を命じられた場合も含めて,記者以外の職で勤務する意思がないことを明らかにする趣旨のものであると解することはできない。そして,このほかに,被告が記者以外の職で勤務する意思のないことを明らかにしたとか,被告が記者以外の職で労務を提供することを明確に拒否したなどと評価し得る事情は認められない。

なお,原告は,被告及びd労連等が,契約上職務が特定されていることを理
由として復職に関する交渉に応じなかった旨主張するが,そのような事実を認めるに足りる証拠はない上(d労連の平成24年12月26日付け回答書〔前提事実(4)オ(イ)〕には,本件雇用契約に係る契約書に「a支局の記者(Reporter)として」雇用する旨が記載されていることへの言及があるものの,被告の雇用契約上の職務が記者職に限定されているとか,そのことが交渉を拒否する理由であるとかいう趣旨の記載はないし,被告及びd労連等が本件提案を拒否するに当たってそのような見解を明らかにしたと解すべき事情も認められない。),仮に,被告が,復職に関する交渉に応じない理由として,被告の職種が記者職に限定されている旨の見解を述べた事実があったとしても,これをもって,被告が記者以外の職で勤務する意思のないことを明らかにしたとか,被告が記者以外の職で労務を提供することを明確に拒否したなどと評価することはできない。
(5)

以上によれば,原告の主張する本件解雇の理由は,いずれも客観的に合理
的なものとはいえないことになる。
(6)

なお,原告は,被告に対して記者以外の職で勤務することを命じる権利を
有していた旨主張し,被告はこれを争っている。しかしながら,前判示のとおり,原告は,使用者として雇用契約上の権利を行使する趣旨で本件提案を行ったものではなく,紛争の当事者として和解協議を提案する趣旨で本件提案を行ったというべきものである。したがって,仮に,原告が上記主張に係る雇用契約上の権利を有していなかったとしても,紛争の当事者として本件提案を行うことそれ自体は何ら妨げられないし,仮に,原告が上記主張に係る雇用契約上の権利を有していたとしても,和解協議の提案にすぎない本件提案に被告が応じなければならないということにはならない。そうすると,原告が被告に対して記者以外の職で勤務することを命じる権利を有するか否かという点は,何ら上記判断を左右するものではないということができる。
(7)

以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,本件解雇は,客
観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められず,無効であるというべきである。
2
争点(2)(不当利得の成否)について

前記1において認定判断したとおり,本件解雇は無効であり,被告は,平成25年5月10日以降も,原告に対して雇用契約上の権利を有する地位にあったから,被告が同日以降の賃金として受領した金員が法律上の原因に基づかないものであったとは認められない。
したがって,この点に関する原告の主張は理由がない。
3
争点(3)(本訴事件の予備的請求に係る訴えの適法性)について
本訴事件の予備的請求は,原告が被告に対し,a支局のReporter(記者)以外の職で勤務することを命じることのできる雇用契約上の権利(以下「本件権利」という。)を有することの確認を求めるというものである。
しかしながら,本件権利は,これを行使することにより原告と被告との間の法律関係を変動させる効果を生じさせるものであるが,いまだ行使されておらず,将来行使されるか否かも現在は明らかでない。また,原告が本件権利を有していても本件権利の行使が権利の濫用に当たる場合はその効力を生じないことから明らかなように,本件権利の存否を確定することによって将来本件権利が行使されたときの法律関係が明確になるということもできない。そうすると,本件権利を巡る紛争は,原告において,本件権利を行使した後,これにより生じた法律効果を前提として給付や確認の訴えを提起することによって解決するのが適切であり,行使されるか否かも明らかでない現時点において,本件権利それ自体の存在の確認を求める訴えは,即時確定の利益を欠くというべきである。
これに対し,原告は,被告が原告の配置転換命令権(本件権利)を否定して,記者職以外の職務に就くことについての交渉に応じないという態度をとっているから,本件権利の存否について判決をすることが紛争の解決に有効適切である旨主張する。しかしながら,前記1(6)において説示したとおり,原告が被告にした交渉の提案(本件提案)は,飽くまで和解協議の提案にすぎず,原告が本件権利を有していたとしても,被告が交渉に応じなければならないということにはならないのであるから,本件権利の存否を確認することが,復職の交渉を巡って原告と被告との間に現に存する紛争の解決に有効であるということはできない。
以上によれば,本訴事件の予備的請求に係る訴えは,確認の利益を欠き,不適法というべきである。
4
争点(4)(原告が被告に対しa支局のReporter(記者)以外の職で勤務する
ことを命じることのできる雇用契約上の権利の有無)について
前記3のとおり,本訴事件の予備的請求に係る訴えは,確認の利益を欠き,不適法であるから,同請求の当否については判断しない。
5
(1)

争点(5)(不法行為の成否,損害の有無及び金額)について
被告は,原告による①本件解雇,②社会保険の資格喪失手続,③本訴事件
に係る訴えの提起が,原告の被告に対する不法行為を構成する旨主張するので,順次検討する。
(2)

本件解雇について
前記1において認定判断したとおり,本件解雇は無効であるが,解雇が無効
であることから直ちに不法行為が成立するものではなく,別途,不法行為の成立要件を充足するか否かを検討すべきである。

原告が本件解雇をした平成25年3月1日当時,原告は,既に第1次解雇に
よって被告の就労を拒否し(前提事実(2)エ),賃金の支払もしていなかったから,本件解雇は,そのような事実状態を継続させるものにとどまり(ただし,本件解雇後まもなくの平成25年4月25日,第1次解雇から同月分までの賃金が支払われている〔同(8)ア〕。),本件解雇によって雇用関係についての事実状態が大きく変更されることはなかったものと認められる。この点,本件解雇の当時,既に前訴判決によって被告が雇用契約上の権利を有する地位にあることが確認されていた(同(3)ウ)から,被告において,前訴判決が確定すれば職場に復帰することができるとの期待を有していたと解されるところ,本件解雇は,前訴判決が確定しても直ちに職場に復帰することが望めなくなるという意味で,被告の上記期待を害するものであったということはできる。しかしながら,そもそも労働者には原則として就労請求権はないと解されるから,本件解雇がなかったとしても,原告が被告を就労させる義務を負うことにはならず,その意味で,上記期待は事実上のものにとどまり,民法709条の「法律上保護される利益」であるとまではいうことができない。また,前訴判決においては,原告に対し,終期を定めることなく,被告に毎月の賃金を支払うことが命ぜられていた(同(3)ウ)から,本件解雇によって直ちに被告が将来の賃金の支払を受けられなくなるというわけでもない。そうすると,本件解雇が,被告の権利又は法律上保護される利益を侵害するものとして,不法行為を構成するとまでは認められないというべきである。
(3)

社会保険の資格喪失手続について

被告は,原告が社会保険の資格喪失手続を行ったために,健康保険の切替え等の煩雑な手続を余儀なくされたとし,これが原告の被告に対する不法行為を構成する旨主張するが,本件証拠上,被告が行うことを余儀なくされた諸手続がどの程度「煩雑」なものであったのかについて明確であるとはいい難く,一定の事務手続をとることを余儀なくされたとしても,それだけで直ちに被告の権利又は法律上保護される利益が侵害されたとまでいうことは困難であるから,被告の上記主張は採用できない。
(4)

本訴事件に係る訴えの提起について

訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは,当該訴訟において提
訴者の主張した権利又は法律関係が事実的,法律的根拠を欠くものである上,提訴者が,そのことを知りながら,又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど,訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当である(最高裁判所第三小法廷昭和63年1月26日判決・民集42巻1号1頁参照)。イ
本件において,本件解雇の有効性に関する原告の主張は,前判示のとおり理
由がないというべきものではあるが,これが事実的,法律的根拠を全く欠いたものであるとまではいうことができない。また,本件全証拠によっても,原告が,請求に理由のないことを知りながらあえて本訴事件の訴えを提起したとは認められず,通常人であれば容易にそのことを知り得たと評価し得るだけの事情も認められないというべきであるし,ほかに本訴事件の訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと解すべき事情も認められない。

そうすると,本訴事件に係る訴えの提起が被告に対する不法行為を構成する
とは認めるに足りないというべきである。
(5)
6
以上によれば,この点に関する被告の主張は理由がない。
請求異議の当否について

原告は,請求異議の事由として,平成22年9月1日から平成25年5月9日までの分の賃金請求に対しては,弁済による賃金請求権の消滅を主張し,同月10日以降の分の賃金請求に対しては,本件解雇による本件雇用契約の終了を主張しているところ,前記前提事実によれば,原告は,被告に対し,平成25年4月25日及び同年5月24日の2回に分けて,平成22年9月1日から平成25年5月9日までの分の賃金を支払ったことが認められる(前提事実(8))から,弁済による賃金請求権の消滅に係る主張は理由があるが,前判示のとおり本件解雇は無効であるから,本件解雇による本件雇用契約の終了に係る主張は理由がないということになる。7
平成22年9月支給分から平成25年4月支給分までの賃金に対する遅延損害金について
原告が被告に対し,賃金として,平成22年9月から平成25年4月まで毎月25日限り67万5000円の支払義務を負っていたこと,原告が上記各賃金に対する遅延損害金を支払っていないことは,当事者間に争いがないところ,上記各賃金に対する各支払期日の翌日から元金完済日である平成25年4月25日までの遅延損害金の額は,別紙計算書のとおり,合計167万1725円となる。第4

結論

以上によれば,原告の主位的請求は主文の限度で理由があり,予備的請求は不適法であり,被告の反訴請求は主文の限度で理由がある。
よって,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第11部

裁判官

鷹野旭
トップに戻る

saiban.in