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住居侵入、窃盗未遂、殺人被告事件
事件番号平成26(わ)1717
事件名住居侵入,窃盗未遂,殺人被告事件
裁判年月日平成27年7月16日
法廷名千葉地方裁判所
裁判日:西暦2015-07-16
情報公開日2017-10-13 01:34:19
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平成26年(わ)第1717号
平成27年7月16日

住居侵入窃盗未遂,殺人被告事件

千葉地方裁判所刑事第2部判決

主文
被告人は無罪
理1由
本件公訴事実
本件公訴事実は,被告人は,現金等を窃取する目的で,平成26年2月3日午前2時50分頃,千葉県長生郡(以下省略)所在のA方居宅内に西側8畳和室の無施錠の窓から侵入し,1その頃から同日午前3時17分頃までの間,同室内等を物色したが,現金等の発見に至らなかったため,その目的を遂げなかった,2その頃,前記居宅内の寝室のドアを開けた際,就寝中の同人(当時61歳)らを認め,殺意をもって,同人の胸腹部等を多数回,剣なたで突き刺すなどし,よって,同日午前5時41分頃,同郡(以下省略)所在のB病院において,同人を左前胸部大動脈損傷による失血により死亡させて殺害したものであるが,その際,心神耗弱の状態にあったものである。というものである。2
争点及び当事者の主張
本件においては,被告人が公訴事実記載のとおりの住居侵入窃盗未遂
及び殺人の各犯行に及んだことは争いがなく,関係各証拠により,これを優に認定することができる。
その上で,検察官は,被告人は,本件犯行時,統合失調症に罹患していたものの病気の症状に完全に支配されてはおらず,
心神耗弱の限度で責任
能力があった旨主張し,これに対し,弁護人は,被告人が本件犯行当時に心神喪失状態であったから無罪である旨主張する。
3
本件犯行に至る経緯及び犯行時の状況等

関係各証拠によれば,以下の事実が認められる(なお,本件犯行の状況については,主にC(以下,被害者の妻という。)の供述調書ないし当公判廷における供述に基づいて認定しているが,同人の供述は,現場の血痕の付着状況や110番通報をした際の状況等,
客観的証拠と符合する
ものであって,信用性が高い。これに対し,被告人が,寝室に近づくと,被害者の妻が起き上がろうとしていたため,
身を守るためにA
(以下,
被害者という。)に切りかかり,その後,被害者に馬乗りになって攻撃していると,被害者の妻に木刀で頭部を複数回叩かれたため,
殺される。
と思い,同女に対し,刃物を向けて威嚇した上,被害者が死亡したのを確認して,そのまま侵入したドアから出て逃亡したとする被告人の供述は,前記のような客観的証拠との整合性を欠いており,信用することができず,これを前提事実とすることはできない。)。
(1)被告人は,昭和42年頃,統合失調症を発症し,それ以後,入通院を続けていた。平成18年1月17日,被告人の母親が死亡したため,被告人は,総額2億8000万円余りの財産を単独相続した。被告人は,同年9月15日,D病院に入院し,同月30日に同病院を退院してからは,統合失調症の治療のために精神科の病院に入通院することはなかった。(2)
被告人は,平成20年の夏頃,以前に井戸の埋め立て工事を依頼し,その工事内容に不満を感じていた被害者が経営するE工業に対し,今度は
自宅の井戸掘りを依頼し,手付金を支払った。しかし,被告人は,別の業者に井戸掘りの依頼をしたため,被害者と同手付金をめぐってトラブルとなった。その後,被告人は,上記トラブル等をきっかけに,被害者に100万円を脅し取られたと考えたり,被害者から,ぶっ殺すと言われ,被害者に殺されるとの被害妄想を抱いたりするようになり,
被害者への恐怖心
から本件犯行に至るまでは被害者と接触したことはなかった。
(3)被告人は,母親の財産を相続して以降,病気の原因が先祖供養をし
ていないためであると考えて霊園の墓石を購入したり,
病気を治すための
修行や湿電池等の発明妄想に基づく研究をしたりするために次々と金銭を浪費していった結果,平成24年頃には,自宅土地家屋の他にほとんど財産が残っていない状態となり,同年3月から生活保護を受給するようになった。被告人は,その間の平成22年頃には,証券会社に相続すべき株券を騙し取られたとか,
証券会社が殺し屋を雇って自分の命を狙っている
とかいった妄想を抱いていたが,平成25年6月頃,その殺し屋から逃れることなどを理由に四国に移住したいと考えるようになり,
自宅土地家屋
を売却したため,同年9月に,生活保護の廃止決定がなされた。
(4)被告人は,同年11月18日頃から,被害者から脅し取られたと考えていた100万円を取り返したいと考えるようになり,同日,証券会社の殺し屋に対抗するためや被害者から100万円を取り返すために本件犯行に使用した剣なた(以下,単に剣なたという。)を購入した。(5)また,被告人は,元の自宅の隣接地に埋蔵金が埋まっているのが霊感で分かると思うようになり,同年12月下旬頃,埋蔵金を発掘するために,Fを含む作業員らとともに,他人の所有する土地の穴掘り作業を開始した。被告人は,Fらに対し,作業代金等の名目で200万円以上を支払ったため,自宅の売却代金を含めた所持金をほとんど失った。被告人は,Fに200万円を騙し取られたと考えたが,
Fに200万円の返還を求め
ると殺し合いになると思うようになっていた。
(6)被告人は,所持金が底を尽き,生活に困窮した際,被害者方に侵入し,100万円を取り返すことを決意した。被告人は,被害者方に侵入する前に,
被害者に対する恐怖心が原因で不十分な程度にならざるを得なか
ったものの3回の下見をした上で,平成26年2月3日午前2時頃,近距離には近づかなかったものの被害者方の車庫に車がないことを確認し,留
守であると考え,剣なた等を持って,被害者方に向かい,被害者方の窓か
ら侵入すると,押入やタンス等を手当たり次第に物色したが,現金を見付けることはできなかった。その後,被告人は,寝室で,被害者及びその妻が就寝していることに気付き,両名に気付かれる前に,両腕を頭上に上げて,うぉーなどと叫びながら,被害者に対し,襲いかかろうとし,その後,
被害者と揉み合いになったり,
被害者に馬乗りになったりする中で,
剣なたで,被害者の体を多数回切り付け,突き刺した。被告人が被害者と格闘している間,
被害者の妻は木刀で被告人の頭部や背中を力の続く限り
殴り続けたが,被告人は,これを意に介さずに被害者に対して攻撃を続けた。その後,被害者の妻がその現場を離れて,別室で110番通報をしていると,被告人は,無言で,刃物を同女に向けながら近づいてきたため,同女は,被告人の横を通って,逃走した。続けて被告人も被害者方から外へ出て逃走した。
(7)被告人は,被害者方から逃走後,所持していた剣なたなどを土中に埋めるなどして証拠の隠滅を図った。また,被告人は,本件犯行後から本件により逮捕されるまでの3か月余りの間,逃亡生活を送っていたが,その間にも,
湿電池の発明を利用して就職するために市役所で住民登録をし
ようとしたり,埋蔵金を掘るために地元に戻ったり,刃物を持ち歩いて検挙されたりするなどしていた。
4
被告人の統合失調症の症状等
捜査段階で被告人の精神鑑定をしたG医師は,本件犯行当時における精
神障害の有無及び程度,
精神障害が本件犯行に与えた影響の機序等につい
て,公判廷において,大要,以下のとおり証言する。
すなわち,昭和42年頃から現在に至るまで,被告人は,妄想型統合失調症に罹患しているものの,病識は全くなく,その症状として,被害関係妄想,思考障害等が認められる上,その程度は,人格荒廃にまでは至っていないものの,見かけ以上に相当深刻な状態であった。本件犯行は,統合
失調症により,被害者から殺してやると脅されてその前金の100万円を脅し取られ,さらには,被害者に殺されるとの強い被害妄想を抱いていた被告人が,脅し取られて黙っているのは男ではない。人間失格であり,天から見放される。臆病者,敵前逃亡者,卑怯者,その烙印を一生背負って生きていかなければならない。天は死を恐れず,勇敢に戦って,死ぬ覚悟で取り返してこいというはずだ。などといった思考障害に陥り,被害者宅から100万円を窃取することを決意するとともに,
被害者に出
会えば被害者から殺されるとの現実的かつ具体的な不安・恐怖心から,剣なた等で武装して被害者方に侵入した際に,就寝していた被害者を見かけ,恐怖心が喚起された結果,敢行されたものである。加えて,被告人が,犯行前後にわたり,
その他各種妄想に基づく行動に及んでいることからす
ると,
本件犯行における被害妄想の影響はかなりの程度のものであったと考えられる。
そして,前記認定のとおり,被告人は,本件犯行前には,湿電池に関する妄想に基づきその発明にのめり込んだり,殺し屋に関する妄想に基づき,それから逃れるために遠隔地への転居を検討したり,霊感に関する妄想に基づき埋蔵金を発掘するために他人の土地を掘り起こしたりするなど,
病的体験に基づく荒唐無稽な行動に及んでおり,
犯行後の逃亡中にも,
湿電池に関する妄想に基づき就職するために市役所で住民登録をしようとしたり,埋蔵金妄想に基づいて地元に戻ったり,妄想による恐怖心に基づき身を守るために刃物を持ち歩いて検挙されたりするなどの各種妄想に基づく行動に及んでいる。
そうすると,上記G医師の証言する上記鑑定内容等は,科学的検査等を根拠とする専門的知見に基づくものである上,
その判断の前提となった事
実関係にも明白な誤りはないから,その意見を尊重するべきである。5
動機の了解可能性について

(1)まず,被害者に対する殺害行為については,前記認定したとおりの犯行状況,特に,被害者らが就寝している段階で被告人が既に攻撃態勢に入っていることや,
被害者の妻から流血を伴うほどに頭部を木刀で殴打さ
れてもなお被害者のみを攻撃対象として,
100数か所の刺し傷等を伴う
執拗な攻撃を加えていることのほか,
被告人は被害者が命乞いをしてもそ
れを全く意に介さなかったと述べていることなどからすると,
被害者に見
つかった場合には,被害者に殺されてしまうから,その前に相手を殺してしまおうという本件以前に抱いていた被告人の被害妄想が,
被害者方に侵
入した際に,被害者に偶然出会ってしまった結果,現実化してしまったものと考えられる。かかる動機は,統合失調症による被害妄想の影響を強く受けて形成されたものであり,
それ以外に被害者を殺害する動機を考える
ことは不可能であるから,了解することは極めて困難である。
(2)次に,被告人が被害者方に侵入した動機をみると,たしかに,被害者との間で現実に起きた金銭トラブルを発端とするものであり,
生活に困
窮したため,
以前脅し取られた金銭を取り返そうと思うこと自体は了解可
能なようにも見える。しかしながら,被告人は,被害者に会ったら殺されるとも考えているのであって,一方で,留守宅を狙っていたとしつつ,他方で,被害者と出会うことも考え,命を賭けてまで,被害者から金銭を取り返そうと考えることは,相当に奇妙であるといえる。また,被告人は,Fに200万円以上の現金を渡したために所持金を失い,その結果,被害者から金銭を取り返すことを決意しているが,
単に遠方に住んでいるとい
うだけで,財産を失った直接の原因であり,騙し取られたと考えているFから金銭を取り返すのではなく,数年以上も前に手付金を脅し取られたと考えている被害者から金銭を取り返そうと考えたことになる。これらは,単なる金策の相手方の選択の不合理性にとどまらず,前記のとおり,被害者から金銭を脅し取られたままでいることは許されないとの思考障害に
よるとみるのが相当である。また,そもそも被害者方に現金100万円が保管されている保証は何もないのにそのことを確認したり,あるいは,他の現実的な方法を採ろうとしたりした形跡は何ら窺えず,かえって,被告人は,犯行前に,被害者から手付金100万円を取り返すために,被害者に会ったら殺されると考えていたこともあって,
成功祈願として寺社巡り
や祈祷等を行って,100万円以上の費用を支出したというのであり,生活に窮し,現金を調達することが,本件侵入窃盗の動機であると説明するのは常識的とはいえない。さらには,本件を思いついた前提としての被告人の経済的窮状についても,
修行のためには財産を使わなければならない
などとの思考障害から巨額の遺産を浪費したが,
困窮すると生活保護を申
請して受給したものの,
証券会社に対する妄想等の病的体験の影響で不合
理な四国への転居を考えて自宅を売却して生活保護を受給できなくなり,その売却代金も旅費や埋蔵金妄想に基づく発掘費用等に費消してしまったというものであって,
統合失調症による妄想や思考障害等の影響による
行動の結果であるといえ,そのような状況下で,被害妄想の相手である被害者から脅し取られた金員を取り戻そうと考えたこともまた,
上記のよう
な妄想や思考障害等の影響による種々金員の費消,
獲得行動の一環とみる
ことができる。
そうすると,生活に困窮していたという事実や被害者との間に金銭トラブルがあったという事実が存することは否定できないにしても,
全体とし
て見れば,統合失調症の圧倒的な影響により,被害者から金銭を取り返さざるを得ないと追い詰められた結果,
本件犯行に及んだものというべきで
あるから,
被告人が被害者方に侵入した動機についても殺害の動機と同様
に了解困難であるといわざるを得ない。
(3)以上のとおり,本件は,了解困難な動機に基づいて被害者から金銭を取り返すことを決意した被告人が,被害者方に侵入し,被害者と出会っ
た結果,
当初から抱いていた被害妄想に基づいて殺害行為に及んだ事案で
あるといえるから,本件犯行は全体として,動機が了解困難であるというほかない。
(4)もっとも,G医師は,被告人が被害者方に侵入した目的は,あくまで,被害者から100万円を取り返すことにあり,この目的を達成するために被害者方に侵入し,被害者と偶然出くわしてしまった結果,殺害行為に及んだという意味で,
本件は病的体験に直接支配された事案とは異なる
旨証言し,検察官はこれに加え,被害者との金銭トラブルや被害者からの脅迫行為が実在していたことも理由に,病的体験に完全に支配されていたとはいえないとして,被告人には,是非善悪の判断能力及び行動制御能力が残っていた旨主張する。しかしながら,仮に,殺害すること自体が目的ではないにせよ,その目的を達成する過程で被害者と出会った場合には,統合失調症の影響により,
殺害行為に及ぶことを止められなかったのであ
れば,
是非善悪の判断能力や行動制御能力が欠如していたと評価せざるを得ない。そうすると,当初から殺害だけを目的としていた場合の方が,病的体験に直接支配されていたと説明し易いとはいえても,
殺害すること自
体が目的でないことが,責任能力の有無の判断をする上で,決定的な事情とまではいえない。なお,本件においては,上記のような統合失調症の影響が認められる以上,G医師の証言によれば,何らかの金銭トラブルや脅迫行為が実在したかどうかを事後的に区別する意味は乏しい。
また,G医師の上記見解は,被害者方に侵入した目的については了解可能であることを前提としていると窺われるところ,前記(2)のとおり,かかる動機についても統合失調症の影響を強く受けたものであり了解することが困難であると評価するのが相当であるから,
前提を異にするもの
と考えられる同医師の上記見解を採用することはできない。
なお,
これは,
同医師の被告人の病状やそれが犯行に与えた影響の機序についての判断
を尊重した上で,
法的な意味で是非善悪の判断能力及び行動制御能力の障
害の有無,程度を判断するために,動機の了解可能性を検討,評価した結果であって,検察官の主張が,このような点についてまで専門家の意見を十分尊重すべきであるとの趣旨を含むものであるとすれば,
その主張は採
用できない。
6
犯行時の被告人の行動

(1)
被害者に対し,刃物で多数回切りつけ,突き刺すという犯行態様は,被害者の殺害という犯行目的に向けられた一貫した行動となっているとはいえるものの,被害妄想の圧倒的な影響を受けて,本件殺害行為に及んでいることからすると,このことをさほど強調することはできない。むしろ,
被害者の妻が大きな音が響き渡る程度の強い力で木刀を横に振り回して被告人の頭部を欧打し,頭部から流血したにもかかわらず,その後も一心不乱に被害者に対してのみ,
執拗に攻撃を加え続けていることからする
と,その犯行態様は,その目的に照らしても異常であり,被害妄想による被害者に対する強い恐怖心のため,
行動を制御することができない状態に
陥っていたことを強く推認させるといわざるを得ない。
(2)これに対し,検察官は,被告人は,被害者を殺害した直後,別室にいる被害者の妻が110番通報をしていることに気付き,
同女を威嚇した
上で,警察が臨場するおそれがあると考えて,100万円を取り返すことを断念し,すぐに逃走しており,このことから,犯行時,被告人は自らの認識に従い合理的に行動していた旨主張する。しかしながら,被告人がいた寝室から,
別室で110番通報する被害者の妻の声が聞こえたかどうか
については,何らの立証もなされておらず,被告人が110番通報に気付き,
これを止めさせるために被害者の妻の前に現れたと断定することはできない(なお,被告人は,110番通報する被害者の妻の声が聞こえた旨供述するが,
犯行状況に関する被告人の供述が信用できないことは前述の

とおりである。)。むしろ,犯行現場における血痕の付着状況からすると,被告人は,逃走を試みている状況の中で,偶然被害者の妻に出くわしてしまった可能性が否定できない。また,たしかに,被告人は,110番通報をしている被害者の妻に向かって,刃物を前方に突き出して,近づいてはいるものの,同女に対し,言葉を発したり,切りかかったりするような言動には及んでいないことからすると,同女がそのように感じたとしても,実際に被告人が110番通報を止めさせるために同女を威嚇したというには疑問が残る。
(3)なお,侵入窃盗の犯行態様を見ても,近距離まで近づかずに自動車の有無を確認し,留守宅であると確信したから犯行に及んだとしながら,その後,顔面に墨を塗り,用意した二つの刃物を両腰に装着し,返り血を浴びることに備え紺色上下の作業服に着替えるなどして被害者宅へ再度向かうという,留守宅への侵入窃盗としては極めて奇異なものである。(4)そうすると,検察官が述べるように,犯行時,被告人が合理的に行動していたと,直ちに評価することはできない。
7
犯行前後の言動

(1)たしかに,検察官が指摘するとおり,被告人は,本件犯行に及ぶ以前に,被害者方に複数回下見に行ったり,手袋やボルトナット,作業服等犯行の発覚を防ぐための準備をしている上,被害者を殺害後,犯行に使用した手袋,
剣なた等を捨てたり,
埋めたりして証拠の隠滅工作を行ったり,
本件犯行から3か月余りの間,逃亡生活を続けたりしていた。しかしながら,G医師は,

被告人は,統合失調症に基づく妄想等に影響されていない部分については,合理的な行動を採ることも可能である。

旨証言している上,被告人は,妄想等の影響下で,金員を脅し取った被害者宅に侵入し,金品を取り返したり,自らを殺そうとしている被害者を殺害したりすることが,
現代の法律に違反していても関係ないと考えて犯行に及んでお

り,
当然そのような行為に及べば逮捕されることも理解していることからすると,犯行の発覚や逮捕を免れるために事前に道具等を準備したり,あるいは自己防衛のために犯行に用いた道具等を隠匿したり,
逃亡したりす
ることは可能であった。そうすると,被告人が罪証隠滅行為等に及んでいたとしても,そのことは,本件犯行について,被告人に是非善悪の判断能力のみならず行動制御能力も残っていたことを直ちに意味するものではない。
(2)
なお,
被告人は,
できれば被害者を殺したくないと考えていたため,
被害者方の車庫を確認するなどして,留守であると思ったから,本件犯行に及んだ旨述べている。しかしながら,被告人は,前述のとおり,留守であると考えた後に,被害者と殺し合いになることに備えて,予め剣なたを含む2本の刃物を所持したまま,
被害者宅に侵入している上,
公判廷でも,

被害者がいる確率は半々であると考えていた。被害者と出会った場合に備えて,体力を消耗する行動は避けた。

などとも述べていることからすると,真に被害者の留守を狙って被害者宅に侵入したかどうかについては,疑問が残る。また,被告人が抱いていた被害妄想や思考障害の内容等からすると,被告人は,被害者から殺されるとの妄想を抱きつつ,被害者を殺してでも取り返すのが本当であり,天は,勇敢に戦って,死ぬ覚悟で取り返してこいというはずだと考えていたのであって,そこには,殺されたくないとの考えはあっても,
被害者を殺したくないと躊躇する考えは一
切含まれていなかったのであるから,
仮に被告人が留守宅を狙ったとして
も,それは,被害妄想に基づく,被害者から殺されたくないとの恐怖心の現れであるとの合理的な可能性があり,留守宅を狙ったという事情をもって,
被告人に自己の行動を制御する能力が残っていたと断言することはできない。
8
病前の人格との乖離

本件においては,前科を有さないこと以外に発病前の被告人の人格を判断する証拠は乏しいものの,少なくとも,被告人に暴力的な傾向があったとは認められず,本件殺害行為については,その犯行態様が病前の人格と乖離しているといえる。
9
その他
以上のほか,検察官は,被告人がこれまで大きな問題を起こさず社会生
活を送ることができた旨主張するが,被告人がこれまで生活できたのは,莫大な財産を相続したためであり,むしろ,統合失調症の影響によって,突拍子もない行動に及んだ結果,2億円以上の財産をわずか6年余りでほとんど費消してしまい,最終的にテント暮らしにまで至っていたことこそ,統合失調症の影響が強かったことの証左であるといえる。
また,検察官は,心神耗弱に止まる一事情として,本件犯行時及びその前後の出来事等についての被告人の記憶がほぼ清明に保たれていることを挙げる。真実被告人の記憶が清明に保たれているかどうかについては,前述のとおり疑問があることはともかくとしても,G医師は,被告人の統合失調症の程度と記憶の障害の程度との関連性が乏しいことを前提とした証言をしているのであって,
犯行時の被告人の記憶がほぼ清明に保たれ
ていたとしても,
統合失調症の影響の程度に関する判断を左右する事情に
はならない。
10

結論

以上のとおり,被告人は,昭和42年から現在に至るまでの長期にわたり統合失調症に罹患しており,本件犯行時には,被害妄想や思考障害等の症状が増悪しており,その病状は深刻な状態にあったことが認められる。そして,これを前提として,前記5以降で検討した諸事情,とりわけ,犯行動機が被害妄想や思考障害の影響を強く受けた中で形成されたもので,了解することが極めて困難であること,即ち,出会えば殺されるとの妄想
に支配されている相手の居宅に深夜侵入するに際し,
出会った際の殺害の
準備は周到に整えた上で,
確実に留守宅であることを確認する能力や意識
も不十分なまま,
脅し取られた金は取り戻さなければならないとの思考障
害に強く影響された状態で被害者宅に侵入した結果,
就寝中の被害者に対
して,
殺されるとの被害妄想に基づく動機以外には了解が不能な異常な殺害行為に及んでいることに照らすと,本件犯行は,統合失調症の症状の圧倒的影響の下に行われたことは明らかである。そうすると,被告人においては,
自己の行為が現代の法律に触れるなどという意味で観念的には是非善悪の判断ができていたとしても,
それを自己の直面する本件犯行に当て
はめて当該行為の是非善悪を判断する能力又はその認識に従い,
行動を制
御する能力が失われており,
心神喪失の状態であったとの合理的な疑いが
残るといわざるを得ない。
以上の次第で,被告人の本件犯行は,心神喪失者の行為として罪とならないから,刑事訴訟法336条前段により,被告人に対し無罪の言渡しをする。
よって,主文のとおり判決する。
(検察官の求刑

懲役10年,剣なた1丁の没収)

(裁判長裁判官

金子武志

裁判官

岡部絵理子

裁判官

野上幸久)

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