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懲戒処分取消等請求控訴事件(原審・大阪地方裁判所平成24年(行ウ)第295号)
事件番号平成27(行コ)45
事件名懲戒処分取消等請求控訴事件(原審・大阪地方裁判所平成24年(行ウ)第295号)
裁判年月日平成27年10月15日
法廷名大阪高等裁判所
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平成27年10月15日判決言渡
平成27年(行コ)第45号

懲戒処分取消等請求控訴事件

(原審・大阪地方裁判所平成24年(行ウ)第295号)
主文1
原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

2
前項の取消部分に係る被控訴人の請求を棄却する。

3
訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
事実及び理由

第1
1
当事者の求めた裁判
控訴人
主文同旨

2
被控訴人
(1)
(2)

第2
1
本件控訴を棄却する
控訴費用は控訴人の負担とする。

事案の概要
本件は,控訴人の設置する病院の職員(看護師)であった被控訴人が,控訴人に対し,平成24年8月28日付けで大阪市病院局長(以下「病院局長」という。)が,入れ墨の有無等を尋ねる調査に被控訴人が所定の書面で回答しなかったことが職務命令違反(地方公務員法(以下「地公法」という。)32条)に当たるとして同法29条1項1ないし3号並びに職員基本条例28条1項及び別表11号に基づき,被控訴人に対してした懲戒処分としての戒告処分(以下「本件処分」という。)について,
(1)

上記調査は憲法13条等に違反する違憲・違法な調査であるから,同
調査に回答するよう命じた職務命令及び本件処分も違法であると主張して,本件処分の取消し(以下,この訴えを「本件取消の訴え」といい,当該請求を「本件取消請求」という。)

(2)

上記調査及び本件処分等により精神的損害を被ったと主張し,国家賠
償法1条1項に基づいて,慰謝料50万円及びこれに対する違法行為の最終日である平成24年8月28日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払(以下,当該請求を「本件損害賠償請求」という。)
を求めた事案である。
2
原審は,本件処分を取り消す限度で被控訴人の請求を認容し,その余の請求を棄却した。そこで,これを不服とする控訴人が本件控訴に及んだ。なお,被控訴人は,原判決のうち被控訴人の本件損害賠償請求を棄却した部分(上記1(2))について不服を申し立てていないから,同部分は当審における審理の対象から除かれた。
なお,以下における略称等の標記は,原判決の例による。

3
本件の関係法令等の定めは,原判決「事実及び理由」の「第2

事案の概

要」の1に記載のとおりであり,前提となる事実(争いのない事実)は,原判決「事実及び理由」の「第2

事案の概要」の2に記載のとおり(以下,

特記しない限り,日時は平成24年を指す。)であるから,これを引用する。
4
本件の争点及び争点に関する当事者の主張は,以下のとおり補正し,次項に被控訴人の当審における補充主張を追加するほかは,原判決「事実及び理由」の「第2

事案の概要」の3,4の各(1)ないし(3)に記載のとおりであ
るから,これらを引用する。
(1)

原判決10頁23行目末尾の次に,行を改めて,次のとおり付加す
る。
「オ

また,取消訴訟の目的は違法な行政権の行使による侵害からの原告の権利利益の救済にあるから,取消訴訟においては,自己の法律上の利益に関係のない違法を理由として取消しを求めることはできないとされて
いる(行政事件訴訟法10条1項)。
ここで,「自己の法律上の利益に関係のない違法」とは,行政庁の処分に存する違法のうち,原告の権利利益を保護する趣旨で設けられたのではない法規に違背した違法をいうところ,個人情報保護条例6条2項の趣旨は,収集制限情報を保有する市民の権利利益を保護することにあり,収集制限情報を保有しない被控訴人の権利利益を保護するものではないし,また,差別情報が収集される危険が抽象的にも存在しない被控訴人には侵害される利益はない。
「自己の法律上の利益に関係のない違法」を理由として本件処分の取消しを求める被控訴人の請求は,行政事件訴訟法10条1項により失当である。」
(2)

原判決19頁10行目の「本件入れ墨情報は,」の次に,「「市民の
目に触れる可能性のある部分に入れ墨があるかないか」及び「ある場合には,その位置及び大きさ」だけであり,入れ墨の形状・模様・色彩等の情報を収集することもないのであって,」を付加する。
(3)

原判決19頁16行目末尾の次に,次のとおり付加する。

「それは,「人種,民族,犯罪歴」といった,生来的・不可避的なものでも(入れ墨は本人が自己の意思に基づき身体の装飾として施したものである。),自らの力によって脱し得ない地位にかかるものでも(入れ墨は消去可能である。),秘匿性の極めて高いものでもない(入れ墨は,その情報に接する受け手に対し,即時・直接に干渉する情報であるし,そもそも,本件入れ墨情報は視認可能性ある範囲に限られており,客観的にみて当該職員が秘匿を欲しているものとはいえず,機微性・秘匿性は全く認められない。)。すなわち,本件入れ墨情報は,収集制限情報として列挙される「思想・信条・宗教」や「人種・民族・犯罪歴」といった情報とは,本質的かつ決定的に異なるものであり,髪の毛の染色,ひげ,服装,装飾
品等と同質の,趣味・嗜好あるいは身だしなみに関する事項に過ぎないのである。」
(4)

原判決19頁20行目に「受容されているが,」とあるのを,「受容
されており,許容されない不合理な差別(社会的差別)ではないが,」と改める。
(5)

原判決19頁22行目の「犯罪歴といった」の次に,「普遍的に不合
理な差別的取扱いがなされるおそれがある」を付加する。
(6)

原判決19頁24行目末尾の次に,行を改めて,次のとおり付加す
る。


収集者の主観は,情報の差別情報該当性に影響を与えるものではない
し,控訴人において,主観的に差別意思があったわけでもない。」(7)

原判決19頁26行目末尾の次に,行を改めて,次のとおり付加す
る。


「本件新聞報道後に寄せられた市民の意見の中には,その者が反社会的集団に属しているのか否か,入れ墨をしている部位,当該入れ墨が化粧の一種としてのいわゆるアートメイクの範疇に留まるものかなどを区別することなく,入れ墨をしているものは失職させるべきとの意見も寄せられている」という一点のみから,本件入れ墨情報が差別情報に該当するとする見解は,個人的好き嫌い・個人的差別と社会的差別の相違を的確に理解しないもので失当である。
また,「市民の目に触れる可能性のある部分に入れ墨がない」との被控訴人情報は,いかなる意味においても「社会的差別の原因となるおそれ」につながることはないのであるから,差別情報に該当するものでないことは明白である。」

(8)

原判決20頁14行目末尾の次に,次のとおり付加する。

「つまり,情報を収集できることを根拠づける法令等がある場合におい
て,対象となる情報の性質も踏まえ,当該情報収集の目的の正当性及び手段の必要性・相当性が満たされるときには,法令等の規定の趣旨・目的に照らし,当該情報を収集できるのであり,当該法令等は,同条例6条2項1号の「法令又は条例に定めがあるとき」に該当すると解すべきである。他方,具体的事案において,収集の目的・手段の正当性・相当性を欠く場合には,当該法令の趣旨・目的に照らし,情報収集が許容されないことになり,包括的な根拠規定があっても,当該法令等により収集できる場合に当たらず,同号の該当性を欠くというべきである。」
(9)

原判決21頁5行目末尾の次に,行を改めて,次のとおり付加する。


本件調査は,地方公営企業である病院局の管理者である病院局長の命令に基づいて実施されたものであり,地方公営企業法は,管理者が地方公営企業の職員の任免,給与,勤務時間その他の勤務条件,懲戒,研修及びその他の身分取扱いに関する事項を掌理するとともに(同法9条2号),企業職員は管理者が指揮監督することを定めているところ(同法15条2項),上記指揮監督権は,補助機関を構成している公務員が一つの組織体をなして秩序整然と最良の補佐をなす事を担保するために認められている権限であるから,管理者は,必要があるときに,必要な方法によって補助機関である職員の職務の執行につき積極的に命令し,また,消極的にその義務に違反しないようにあらゆる措置をとることができ,その措置には職員の身分取扱いに関する事項について種々の調査を行うことも含まれるのが相当である。控訴人には,上記法令等に基づき,職員の身分取扱い等に関する事項について種々の調査を行う法的権限が付与されており,控訴人は,かかる権限の行使として,地方公務員法32条に基づき職務命令として本件調査を行ったものであり,本件入れ墨情報の性質を踏まえると,職員の人事配置を目的とする本件調査の目的は正当であり,また,本件調査の必要性及び手段の相当性も認められるのであるから,上記法令等に基づ
く本件入れ墨情報の収集は,その趣旨・目的に照らした場合,同条例6条2項1号の「法令又は条例に定めがあるとき」に該当するものである。」(10)

原判決21頁13行目末尾の次に,行を改めて,次のとおり付加す
る。


すなわち,本件報道を受けた市民の声・議会答弁等の社会的影響の高まりや,控訴人の職場規律にかかる不祥事が多発していたという事情によって,本件調査当時,控訴人において,従前どおりの対応を続けることにより,万一,再度同様の問題が生じた場合には,控訴人に対する市民等からの非難はさらに高まり,回復し難い信頼失墜を招くことが予想されるに至ったのであり,それによって,控訴人として,職員の入れ墨問題に対し,従前の指導に留まらない方策として本件調査を行うことは,必要やむを得ざる状況であった,つまり,既に存在していた必要性が「必要不可欠」な程度に至ったと理解すべきものである。」

(11)


原判決23頁3行目末尾の次に,行を改めて,次のとおり付加する。入れ墨は,様々な動機や経緯において入れられる。また,他者との関係
においても,他人に見られることを予定して入れたものもあれば,入れた後になって見せたくないと考えるようになったもの,他人に見られることを予定しないで入れたものなど,様々である。加えて,入れ墨を入れることには,個人の生活歴が背景に存したり,思想・信条等にも触れる場合もあり,そのようなものを包含する可能性があるが故に,入れ墨に関する情報は広くセンシティブな情報として捉えられる。また,入れ墨には,歴史的及び文化的な評価と関連した特殊性もあり,入れ墨があることで,他人において偏見や誤解に基づく人格評価を生じさせかねないという特性もある。したがって,その取扱いにはセンシティブな情報として細心の注意が必要となり,そもそも,入れ墨に関する情報を調査・収集・保管すること自体が許容されないものである。」

(12)

原判決23頁6行目末尾の次に,「また,入れ墨のデザインによって
は,個人の信条や宗教的信念が表現される可能性も存する。」を付加する。
(13)

原判決24頁2行目末尾の次に,行を改めて,次のとおり付加する。


また,被控訴人が本件調査の目的とする「人事配置上の配慮を行うた
め」との目的は,本件調査の真の目的ではなかった。公務員バッシングと結びついて一部の市民の反応がヒートアップしていく中,調査をしているということを見せることが重要であったことから,本件調査は,その結果を得ることよりも,いわばパフォーマンスとしてこれを完遂すること自体が必要であったのである。このように控訴人の主張した目的が真の目的ではなかったことは,本件調査の結果を得た後に,控訴人がこれに基づく人事配置,異動をさせていないことで裏付けられている。すなわち,控訴人は,99名について入れ墨がある旨の回答を得ながら,その誰一人,入れ墨があることを理由として人事異動をさせていないのである。8名について業務分担替えをした点については,むしろ,従前の「市民との接触頻度の高い業務」において問題がなかったことを表している。」
(14)

原判決24頁9行目の「できない。」の次に,次のとおり付加する。
「入れ墨には,ファッションとして入れられるもの,個人的な思いをもって入れられるものを含め様々なものがあり,入れ墨を目にしただけで,その入れ墨を目にすること自体により「不安感や威圧感を持つ」というのは根拠のない決めつけである。また,後述のとおり,実際には入れ墨を巡る具体的な問題は生じていなかったというのが事実である。」
(15)

原判決24頁17行目から18行目にかけて「市会における議員質
問」とあるのを,「市議会における議員質問」と改める。
(16)

原判決26頁20行目末尾の次に,次のとおり付加する。

「日常の身だしなみチェックで「見落とされる可能性」については,日常
の勤務において必要な範囲でなされている身だしなみチェック,指導をすり抜ける事態をそこまで想定し,解明しておかなければならないのか疑問である。」
(17)

原判決28頁13行目から14行目にかけての「求めているのであ
り,」の次に,次のとおり付加する。
「調査範囲として過大である。また,本件調査は,首から上と,腕については肩から指先まで,脚については膝上から指先までの身体の部分を指定して回答を強制するものであるが,市職員の勤務中の着衣において,ノースリーブや短パンを着用して勤務している者などおらず,上腕や脚に入れ墨があっても,それは職員としての通常の着衣(半袖や長パンツ)によって十分隠れることからすれば,控訴人がした調査範囲の指定は明らかに過大であるし,「市民が受けるかもしれない不安感や威圧感」を問題としながら,どのような入れ墨(デザイン,大きさ等)であるかを問わず,すべて強制調査の対象として回答させ,情報として管理することもやはり過大であるから,」
(18)

原判決29頁9行目から10行目にかけて「「社会的差別の原因とな
るおそれがある」事項」とあるのを,「「社会的差別の原因となるおそれがあると認められる事項」に関する個人的情報」と改める。
(19)

原判決29頁11行目末尾の次に,行を改めて,次のとおり付加す
る。


控訴人は,入れ墨をしている者を排除したり,利用制限をしたりしている事例があることを掲げ,あたかもそれらをもって入れ墨をしている者に対する差別は社会的に受容されているかのように主張している。しかし,そのような主張は,入れ墨やタトゥーをしている者は市の施設であるαの利用を禁止すべきであるとの市民の意見に対する,そのような意見は不当であり応じない旨を述べ,かつ,その質問と回答の内容を市民全般に公開
して啓発している控訴人の適切な指導内容(甲20)と矛盾するものである。入れ墨の内容やその経過,入れ墨をしている者が反社会的集団に現に所属しているのかどうかなどの諸点を捨象して,入れ墨やタトゥーの存在のみで人間を排除したり,迫害したり,隔離するようなことは,あってはならない差別なのである。」
(20)

原判決29頁18行目末尾の次に,行を改めて,次のとおり付加す
る。


地方公営企業法9条2号及び15条2項等の規定は,職員の任免や勤務条件に関する一般的で概括的な規定であるに過ぎないから,同条例で収集をすべきではないと該当する差別情報の収集を特別に許容するものと解することはできない。そのような解釈は,公務員関係に同条例の適用がないとするのと実質的に異ならないからである。」

(21)

原判決29頁23行目末尾の次に,次のとおり付加する。

「国公立あるいは国営ないし公営の企業体や病院は日本全国にたくさん存在するが,本件調査を行っているようなところは控訴人を除いてはない。そのような企業体や病院であっても,それぞれの本質的業務はもちろん,勤務する職員の任免,勤務条件の整備,指揮監督などに遺漏が生じていることはないし,被控訴人の勤務する病院を含め,控訴人において,具体的に入れ墨をした職員によって業務遂行が妨げられたということもなかったのである。」
5
被控訴人の当審における補充主張
(1)

上記のとおり,入れ墨については,プライバシー情報権を含むプライ
バシー権,自己決定権はもとより,表現の自由,思想良心の自由,信教の自由などの様々な人権の保護が与えられるべきである。これらの精神的自由を含む人権に抵触する可能性があることそれ自体から,制限を加えることには慎重な判断がなされるべきことが要請されるのである。

一般に,精神的自由を制限する法律・規制の合憲性判断には,いわゆるLRAの基準(より制限的でない他の選びうる手段の基準)や,明白かつ現在の危険性基準などの厳格な基準が適用され,精神的自由に関わらない経済的自由の制限法・規制が合理性基準などのより緩やかな基準によって判断されることと区別されている。
本件調査についても,精神的自由に関する人権を含む人権に関わることを踏まえれば,それらの不当な侵害とならないかは,明白かつ現在の危険性基準やLRAの基準等の厳格な基準をもってその制限の許否が論じられるべきであって,少なくとも,目的や必要性について単に合理性が認められるというレベルでは不十分である。入れ墨を入れることが本来的に自由の領域に属していること,そのことについての情報提供を強制されるべきではないことが踏まえられ,具体的な状況に照らして,厳格な合理性・正当性が認められるか否か,目的達成に必要最小限の手段であるかどうかが検討されなければならない。
(2)

ところが,原判決は,本件調査において,プライバシー権,自己決定
権保護との関係を論じておきながら,それらの権利も「公共の福祉」によって制限を受けるとし,その制限が憲法13条に反するか否かを判断するに当たっては,「他のより制限的でない他の手段が存在しないことまで要するものではなく,本件調査の目的の正当性,調査の必要性及び手段の相当性等を総合考慮して判断するのが相当である」とした。
原判決が採ったこの判断基準については,保護されるべき人権を矮小化して捉えたがために厳格な基準を採らなかった誤りがある。加えて,原判決の述べる「調査の必要性及び手段の相当性等を総合考慮して判断する」という基準は,判断対象を述べるにとどまるものであり,何らの基準を示すものでもない。そして,この「判断基準」に基づいて原判決がした判断を見るに,「必要性がある」,「目的に正当性がある」,「手段は相当で
ある」といった,あるかないかについての結論を述べるだけで,「必要性」等がどのようなレベルを備えたものであるかの検討はされていない。人権の制限に対する審査は,厳格な基準にしろ,緩和された基準にしろ,保護されるべき人権に照らしてその制限が許容されるかどうかが審査されなければならないが,原判決の審査は明らかに不十分なものである。第3
1
当裁判所の判断
本件取消しの訴えの適法性(訴えの利益の有無・本案前の争点)について(1)

当裁判所は,被控訴人には本件処分の取消しを求める法律上の利益が
あると判断する。その理由は,次のとおり補正するほか,原判決「事実及び理由」中の第3の1(原判決43頁26行目から45頁2行目まで)のとおりであるから,これを引用する。
原判決44頁26行目末尾の次に,行を改めて,次のとおり付加し,
(2)

44頁27行目に「(3)」とあるのを「(4)」と改める。
「(3)

また,控訴人は,取消訴訟の目的は違法な行政権の行使による侵害
からの原告の権利利益の救済にあるから,取消訴訟においては,自己の法律上の利益に関係のない違法を理由として取消しを求めることはできないとされており(行政事件訴訟法10条1項),ここで「自己の法律上の利益に関係のない違法」とは,行政庁の処分に存する違法のうち,原告の権利利益を保護する趣旨で設けられたのではない法規に違背した違法をいうところ,個人情報保護条例6条2項の趣旨は,収集制限情報を保有する市民の権利利益を保護することにあり,収集制限情報を保有しない被控訴人の権利利益を保護するものではないし,また,差別情報が収集される危険が抽象的にも存在しない被控訴人には侵害される利益はないから,「自己の法律上の利益に関係のない違法」を理由として本件処分の取消しを求める被控訴人の請求は,行政事件訴訟法10条1項により失当である旨主張する。

しかし,被控訴人が収集制限情報を保有していないとしても,被控訴人が上記のとおり本件処分を受けたことによって不利益を受けていることは明らかなのであるから,被控訴人が収集制限情報を保有していないことから本件処分の取消しを求める法律上の利益がないなどという控訴人の上記主張は,採用することはできない。」
2
認定事実
原判決「事実及び理由」中の第3の2(原判決45頁4行目から47頁21行目まで)のとおりであるから,これを引用する。

3
本件職務命令の適法性
(1)

憲法13条違反及びプライバシー権侵害との主張について
当裁判所も,本件調査及びこれに回答することを求める本件職務命令は,憲法13条に違反するものではなく,プライバシーを違法に侵害するものともいえないと判断する。
その理由は,以下のとおり補正するほか,原判決「事実及び理由」中の第3の3(原判決47頁24行目から61頁14行目まで)のとおりであるから,これを引用する。


原判決の補正
原判決49頁10行目末尾の次に,行を改めて,次のとおり付加

(ア)

する。
「(ウ)

これに対し,被控訴人は,上記被控訴人の当審における補充主

張のとおり,入れ墨についてはプライバシー情報権を含むプライバシー権,自己決定権はもとより,表現の自由,思想良心の自由,信教の自由などの様々な人権の保護が与えられるべきであり,これらの精神的自由を含む人権に抵触する可能性があることそれ自体か
ら,制限を加えることには慎重な判断がなされるべきことが要請されるので,目的や必要性について単に合理性が認められるというレ
ベルでは不十分であるなどと主張して批判する。しかし,なるほど入れ墨のデザインによっては個人の信条や宗教的信念が表現される可能性も存しないわけではないが,上記のとおり,本件調査は,入れ墨の形状,模様等を直接情報として収集するものではなく,本件調査票に自ら記入させる方法により,本件調査対象部位に限って,本件入れ墨情報(入れ墨の有無,部位及び大きさについての情報)を収集するものに過ぎないのであって,個人の信条や宗教的信念を制限するようなものではないから,上記批判は当たらず,被控訴人の当審における補充主張は採用できない。」
(イ)

原判決51頁13行目の「ものの,」の次に「それは,年度途中

の配置替えが職員のプライバシーの観点上問題があることや,配置先の職員の異動の問題があったためである上,」を付加する。
(ウ)

原判決60頁20行目末尾の次に,行を改めて,次のとおり付加
する。



また,被控訴人は,本件調査は,職員としての通常の着衣(半袖
や長パンツ)によって十分隠れる部分についてまで調査範囲としているから,調査範囲として過大である旨主張する。しかし,職員の執務時の体勢は,その執務によって様々である(執務に当たって身体を動かす必要があるため一時的に着衣が乱れる可能性もある)ことを考慮すると,日常の着衣についての身だしなみチェックが行われていることを前提としても,肩から手の指先,首から上,膝から足の指先までの部位を対象とする本件調査が過大であるとは認められない。さらに,被控訴人は,「市民が受けるかもしれない不安感や威圧感」を問題としながら,どのような入れ墨(デザイン,大きさ等)であるかを問わず,すべて強制調査の対象として回答させ,情報として管理することもやはり過大である旨主張する。しかし,
どのような入れ墨に市民等を畏怖させるおそれがあるかは客観的に明らかとはいえないから,調査対象とする入れ墨についても,どのような形態のものであるかを問わないのが相当であるといえる上,職員のプライバシーの観点からは,むしろ入れ墨のデザインがどのようなものであるかに関わることなく,本件入れ墨情報を確認する方が相当ということができるから,結局,被控訴人の上記主張はいずれも採用できない。」
(2)

憲法21条違反との主張について
当裁判所も,本件調査は憲法21条に違反するものではないと判断す
る。
その理由は,原判決「事実及び理由」中の第3の3(2)(原判決61頁16行目から末行まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
(3)

個人情報保護条例違反との主張について
同条例6条2項に該当するか否か
(ア)

同条例6条2項本文は,「実施機関は,思想,信条及び宗教に

関する個人情報並びに人種,民族,犯罪歴その他社会的差別の原因となるおそれがあると認められる事項に関する個人情報を収集してはならない。」と規定して,個人情報のうち一定の範疇に属するものについては,実施機関がこれを収集することを原則として禁止するという規定である。本件調査は,上記のとおり,入れ墨の形状,模様等を直接情報として収集するものではなく,本件入れ墨情報
(入れ墨の有無,部位及び大きさについての情報)を収集するものに過ぎず,思想,信条及び宗教に関する個人情報とは認め難いし,人種,民族,犯罪歴に関する個人情報でもないから,本件入れ墨情報が,同条項により対象とされている「その他社会的差別の原因と
なるおそれがあると認められる事項に関する個人情報」(差別情
報)に該当するか否かを検討する。
同条例についての解説(乙41)をも参照すると,「その他社会
的差別の原因となるおそれがあると認められる事項に関する個人情報」とは,そこで列挙されている人種,民族,犯罪歴に関する個人情報と同様に,社会生活において一般的に知られることにより,特定の個人又はその関係者が社会的に不当な差別を受けるおそれがある情報のことをいうものと解すべきである。
そこで,この観点から,本件入れ墨情報が,人種,民族,犯罪歴
に関する個人情報と同じ範疇に属すると考えることができるかどうかにつき検討を加えることとする。
証拠(甲29,35)からもうかがわれるとおり,入れ墨を施す
理由は人によって様々であり,中には文化的・民俗的背景を有する場合もあるものの,装飾(ファッション)の一種との意識で入れられることもあって,必ずしも人格に深く関わるものではなく,ま
た,自己の入れ墨を秘匿したいと考えるか否かも個々人によって異なるものと認められる。
このように,そもそも入れ墨をしているという属性と,その者の
人格との関係について一概に捉えることは困難なのであるから,社会生活において,入れ墨をしているという事実を一般的に知られることにより,特定の個人又はその関係者が社会的に不当な差別を受けるおそれがあるといえるかどうかについて一概に論じることもまた困難であるというべきである。
加えて,反社会的組織の構成員に入れ墨をしている者が多くいる
ことは公知の事実であるところ,他人に入れ墨を見せられることで不安感や威圧感を持つことは直ちに不当な偏見によるものであると
いうことはできず,入れ墨をしている者に対して,その入れ墨を他人に見せることを状況に応じて制約することは社会的にはおおむね容認されているものといえる。そのほか,本件全証拠によっても,入れ墨をしていることを理由とする社会的に不当な差別が広く行われていることを示すものはない。
これらのことからすれば,入れ墨をしているという属性は,人
種,民族又は犯罪歴といった属性と同列に捉えることは相当でないものと考えられる。
以上のことについては,人種,民族又は犯罪歴を理由とする不当
な差別の解消は,現に行政が積極的に取り組まなければならない課題といえるのに対し,現時点の我が国においては,入れ墨があることを理由とする不当な差別について,人種,民族又は犯罪歴を理由とする不当な差別と同列のものとして,行政がその解消に積極的に取り組まなければならないといえる状況にはないということもできる。
そうすると,本件入れ墨情報は,人種,民族又は犯罪歴に関する
個人情報と同じ範疇に属するものと考えることはできないというべきであり,個人情報保護条例6条2項の「その他社会的差別の原因となるおそれがあると認められる事項に関する個人情報」には該当しないというべきである。
(イ)

被控訴人は,本件入れ墨情報について,入れ墨に対して社会的

偏見がある今日においては,「社会的差別の原因となるおそれがあると認められる事項」に関する個人情報に該当するなどと主張す
る。
確かに,本件新聞報道後に寄せられた市民の意見の中には,その
者が反社会的集団に属しているのか否か,入れ墨をしている部位,
当該入れ墨が化粧の一種としてのいわゆるアートメイクの範疇に留まるものなのか否かなどを区別することなく,入れ墨をしている者は失職させるべきとの意見も寄せられていることは前示のとおりであるが,それらは,入れ墨をしている者が反社会的集団に属しているか否か,入れ墨がいわゆるアートメイクの範疇に留まるものなのか否かなどを区別することなく,入れ墨に対する抵抗感からの極端に過剰な反応というべきであって,そのような意見(入れ墨によって職業,居住,教育等を制約したり,公務に就かせないことを当然とするような意見)が社会一般に形成されているとか,多数を占めているとかとは認められない。そうだとすると,入れ墨をしている者は失職させるべき等の意見は,ごく一部の個人的で過剰な反応や好き嫌いの類であって,そうした意見を寄せる者がいるからといって,本件入れ墨情報が差別情報等に該当することになるものではない。
被控訴人は,入れ墨やタトゥーをしている者は市の施設であるα
の利用を禁止すべきであるとの市民の意見に対して,控訴人が,そのような意見は不当であり応じない旨を述べ,これを市民に公開して啓発していると主張する。
しかし,入れ墨の存在自体ではなく,他人に入れ墨を見せられる
ことで不安感や威圧感を持つことを,直ちに不当な偏見であるということはできない。そのために,入れ墨をしている者に対して,その入れ墨を他人に見せることを状況に応じて制約することは社会的にはおおむね容認されているものといえることは前示のとおりである。入れ墨をしていること自体を理由に一律に施設利用が禁止されるというものでないことは,むしろ,入れ墨をしていることを理由とする社会的に不当な差別が行われているのではなく,他人に入れ
墨を見せられる可能性について,社会的には状況に応じた対応が取られていることを示すものということができる。
また,本件入れ墨情報を収集する控訴人に差別意思があるか否か
によって,本件入れ墨情報が差別情報等に該当するか否かが決せられるものではないから,被控訴人の上記主張は採用できない。

同条例6条1項に反しないか
(ア)

本件調査の目的は,前記引用に係る原判決が50頁12行目か

ら17行目までに認定するとおり,市民等の目に触れる可能性のある部分に入れ墨をしている職員の有無を把握し,当該部分に入れ墨をしている職員が市民等に接する機会の多い職務に従事している場合には,より市民等に接する機会の少ない職務を担当させるため
に,所属内の分担替えや配置替え,所属間異動などの人事配置を行うことであって,これは,明確であり,かつ,正当なものである。また,本件調査の必要性及び手段の相当性については,前記補正
後の引用に係る原判決「事実及び理由」中の第3の3(1)ウ及びエ(53頁23行目ないし61頁10行目)の説示のとおりであり,これによれば,本件調査は,上記目的の達成に必要な範囲内で,適正かつ公正な手段により行われたものと認められる。
したがって,本件調査により本件入れ墨情報を収集することは,
個人情報保護条例6条1項に反しない(なお,以上によれば,日常の身だしなみチェックではまかなえない場面があり得ることや,従来執務に支障が生じたことがなかったとしても,控訴人としては,市政に対する市民等からの信頼を確保するために対応しなければならない状況であり,対応せずに執務に支障が生じた場合には,信頼失墜が甚だしいことが予想されることから,仮に本件入れ墨情報の収集が同条例6条2項に該当するとしても,本件調査による本件入
れ墨情報の収集は,同項2号の「事務の目的を達成するために必要不可欠であると認められるとき」に該当し,同条2項に反しないというべきである。)。
(イ)

被控訴人は,国公立あるいは国営ないし公営の企業体や病院は

日本全国にたくさん存在するが,本件調査を行っているようなところは控訴人を除いてはないし,そのような企業体や病院であって
も,それぞれの本質的業務はもちろん,勤務する職員の任免,勤務条件の整備,指揮監督などに遺漏が生じていることはなく,被控訴人の勤務する病院を含め,控訴人において,具体的に入れ墨をした職員によって業務遂行が妨げられたということもなかった旨主張する。
しかし,本件調査は,本件施設職員が入れ墨をしていたことなど
を伝える本件新聞報道後に控訴人に寄せられた市民等の意見において,控訴人の特定の部署や職種に限定することなく,公務員である控訴人の職員が入れ墨をしていることを批判する意見が多数寄せられていたために,市政に対する市民等からの信頼を確保するために控訴人の全職員を対象として調査を実施する必要が生じたものであるから,他に本件調査と同様の調査を行っているような企業体や病院があるか否かによって,その必要性が影響されるものではない。被控訴人の上記主張は,上記認定判断を左右するに足りるものではない。

同条例6条2項1号に該当するか否か
本件調査による本件入れ墨情報の収集は,上記のとおり,個人情報保護条例6条2項には該当しないものと判断されるが,念のため,同項1号に該当するか否かについて検討を加えることとする。
(ア)

同条例6条2項1号は,法令等に定めがあるときは,同条例6

条2項の定める差別情報等に該当する個人情報であっても,例外的に差別情報等を収集することができることを定めている。ここにいう法令等に定めがあるときとは,法令等に収集できることを明文で定めている場合のほか,法令等の規定の趣旨,目的からみて,収集できるものと解される場合を含むものと考えられる(乙41)。
本件調査は,地方公営企業である病院局の管理者である病院局長
の命令に基づいて実施されたものであり,地方公営企業法は,管理者が地方公営企業の職員の任免,給与,勤務時間その他の勤務条
件,懲戒,研修及びその他の身分取扱に関する事項を掌理する(同法9条2号)とともに,企業職員は管理者が指揮監督することを定めている(同法15条2項)ところ,上記指揮監督権は,補助機関を構成している公務員が一つの組織体をなして秩序整然と最良の補佐をなす事を担保するために認められている権限であるから,管理者は,必要があるときに,必要な方法によって補助機関である職員の職務の執行につき積極的に命令し,また,消極的にその義務に違反しないようにあらゆる措置をとることができ,その措置には職員の身分取扱に関する事項について種々の調査を行うことも含まれると解するのが相当である。
病院局長には,上記法令等に基づき,職員の身分取扱等に関する
事項について種々の調査を行う法的権限が付与されており,病院局長は,当該権限の行使として,地公法32条に基づき,職務命令として本件調査を行ったものであるから,上記法令等に基づく本件入れ墨情報の収集は,その趣旨・目的に照らした場合,同条例6条2項1号の「法令又は条例に定めがあるとき」に該当するというべきである。
(イ)

これに対し,被控訴人は,重大な人権侵害を招来する危険のあ

る情報の収集・保管・利用を例外的に許容するためには,その事由や要件が具体的に定められなければならないが,控訴人の主張する法令は,いずれもごく一般的な公務員に関する基礎的な規定であって,上記のような具体的な定めをするものではない,控訴人の解釈は,公務員関係に同条例の適用がないとするのと実質的に異ならない旨主張する。
しかし,情報を収集できることを根拠づける法令等の規定が,収
集の事由や要件を個別具体的に定めていないとしても,具体的に情報を収集する場合には,個々の具体的事案に応じ,対象となる情報の性質も踏まえた上で,同条例6条1項に基づいて個人情報を取り扱う事務の目的を明確にし,当該明確にされた事務の目的の達成に必要な範囲内で,適正かつ公正な手段により収集しなければならないのであって,職員の個人情報を無限定に収集できるわけではないから,公務員関係に同条例の適用がないことと実質的に異ならないなどということはできない。上記「法令等の規定」を,その文言を離れて「収集の事由や要件が具体的に定められている法令等の規
定」と解釈しなければならないということはできず,被控訴人の上記主張は採用できない。
(4)

小括
以上によれば,本件職務命令は適法である。

4
本件処分の違法性
(1)

被控訴人は,本件処分は処分の実質的要件を欠き,病院局長の裁量
権を逸脱・濫用するものでもあるから違法である旨主張する。
(2)

しかし,本件調査は,上記のとおり適法なものであるから,病院局
の職員に対してこれへの回答を命じる本件職務命令は,地公法32条に基づく適法かつ有効な職務命令である。そして,被控訴人は,同命令に
違反して本件調査票を提出しなかったのであるから,被控訴人の当該行為は,地公法29条1項1号に該当し,また,職務上の義務に違反する行為であり,かつ,全体の奉仕者としてふさわしくない非行でもあるから,同項2号及び3号にも該当するといえる。
加えて,被控訴人は,前記「前提事実」(4)カないしケのとおり,上司から警告等を受けているにもかかわらず回答を拒否したのであり,職場の組織秩序を乱したことは明らかであるから,被控訴人が,本件職務命令違反によって,控訴人の公務の運営に支障を生じさせたともいえる。
したがって,被控訴人の当該行為は,職員基本条例28条により,同条別表11号の「職務命令違反行為により,公務の運営に支障を生じさせること」に該当し,被控訴人に対しては,減給及び戒告のうちから,同人が行った非違行為の動機及び態様,公務内外に与える影響,当該職員の職責,当該非違行為の前後における当該職員の態度等を総合的に考慮して,懲戒処分が行われることになる。
病院局長は,このうち軽い処分である戒告処分を相当と判断して,被控訴人の行為について地公法29条1項1ないし3号並びに職員基本条例28条1項及び別表11号に基づき,本件処分をしたものである。本件処分に関して,処分を軽減し又は行わないことができるような事情(職員基本条例28条4項)の存在はうかがわれず,本件処分については,裁量権の逸脱・濫用があったとは認められない。
(3)

以上によれば,病院局長が被控訴人に対してした本件処分は適法で
あるから,被控訴人の本件取消請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由がない。
5
結論
以上の次第で,原判決中被控訴人の本件取消請求を認容した部分は不当で
あるからこれを取り消し,同取消部分に係る被控訴人の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
大阪高等裁判所第8民事部

裁判長裁判官


裁判官

中知司原
裁判官

田信次尾彰
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