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損害賠償請求控訴事件(原審・東京地方裁判所平成21年(ワ)第34395号)
事件番号平成27(ネ)3401
事件名損害賠償請求控訴事件(原審・東京地方裁判所平成21年(ワ)第34395号)
裁判年月日平成27年12月10日
法廷名東京高等裁判所
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平成27年12月10日判決言渡
平成27年(ネ)第3401号

損害賠償請求控訴事件

主1文
本件控訴を棄却する

2(1)

訴訟承継により,
原判決主文1項のうち訴訟承継前被控訴人aに係る

部分を次のとおり更正する。
(2)

控訴人は,被控訴人b,同c及び同dに対し,それぞれ70万389
0円及びこれに対する平成19年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3(1)

訴訟承継により,
原判決主文6項ただし書きのうち訴訟承継前被控訴

人aに係る部分を次のとおり更正する。
(2)

控訴人が被控訴人b,
同c及び同dに対し各46万6666円の担保

を供するときは,その被控訴人による仮執行を免れることができる。4
控訴費用は控訴人の負担とする。

第1

実及び理由
控訴の趣旨

1
原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

2
上記取消部分に係る被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

第2
1
事案の概要
本件は,都立高校の教職員であった被控訴人らが,東京都教育委員会(都教委)が平成18年度,平成19年度及び平成20年度に実施した東京都公立学校再雇用職員採用選考又は非常勤職員採用選考等において,卒業式又は入学式の式典会場で国旗に向かって起立して国歌を斉唱することを命ずる旨の職務命令(本件職務命令)に違反したことを理由として,被控訴人らを不合格とし,又は合格を取り消した(本件不合格等)のは,違憲,違法な措置であるとして,都教委の設置者である控訴人に対し,国家賠償(慰謝料,逸失利益及び弁護士費用)を求めた事案である。なお,以下では,略語は原判決と同じ意味に用いる。
2
原審は,採用候補者選考の合否及び採否の判断に当たっての都教委の裁量権は,広範なものではあっても,一定の制限を受けると解するのが相当であり,本件不合格等の理由が著しく不合理である場合や恣意的である場合など,本件不合格等の判断が客観的合理性や社会的相当性を著しく欠く場合には,都教委による裁量権の範囲の逸脱又はその濫用として,当該判断は違法と評価されるべきであるとした上で,本件不合格等は,他の具体的な事情を考慮することなく,本件職務命令に違反したとの事実のみをもって重大な非違行為に当たり勤務成績が良好であるとの要件を欠くとの判断により行われたものであるが,このような判断は,本件職務命令に違反する行為の非違性を不当に重く扱う一方で,被控訴人らの従前の勤務成績を判定する際に考慮されるべき多種多様な要素,被控訴人らが教職員として長年培った知識や技能,経験,学校教育に対する意欲等を全く考慮しないものであるから,定年退職者の生活保障並びに教職を長く経験してきた者の知識及び経験等の活用という再雇用制度,非常勤教員制度等の趣旨にも反し,また,平成15年に発出された入学式,卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施についての通達(本件通達)発出以前の再雇用制度等の運用実態とも大きく異なるものであり,法的保護の対象となる被控訴人らの合理的な期待を大きく侵害するものとして,本件不合格等に係る都教委の判断は,客観的合理性及び社会的相当性を欠くものであり,裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たると判断し,被控訴人らが再雇用職員等に採用されて1年間稼働した場合に得られる報酬額の範囲内に限り,都教委の裁量権の範囲の逸脱又はその濫用による被控訴人らの期待権侵害と相当因果関係にある損害と認め,被控訴人らの請求を一部認容した。
これに対して,控訴人が本件控訴を提起した。

3
前提事実並びに争点及び争点に対する当事者の主張は,原判決4頁20行目の「昭和31年法律第162号」の次に「。平成26年法律第76号による改正前のもの」を加え,4に当審における控訴人の主張を付加するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第2

事案の概要」の1から3までに記載のとお

りであるから,これを引用する。
4
当審における控訴人の主張
(1)

原判決の認定判断の誤り

ア(ア)

原判決は,再雇用職員等の採用選考の申込みをした被控訴人らの期
待には合理性があり,一定の法的保護に値すると認定している(原判決28頁1行目以下)。
(イ)

しかしながら,再雇用制度等は,一旦退職した者を新たに任命する
制度であり,その前後において身分上の連続性はないのであり,また,都教委は,一定の基準の下に,採用選考希望者を選考した上で採用する権限を有するのであるから,希望者全員を採用しなければならない義務を負うものではないし,本人が希望さえすれば原則として採用されることが制度として保障されているわけではないから,採用選考に当たっては広範な裁量権を有しているのである。そうであれば,採用選考希望者の期待というものは,主観的な事実上のものであり,一定の法的保護に値するとは認められないというべきである。
(ウ)

また,定年後の公務員の雇用の確保における法制度は,被控訴人ら
の採用の期待権への根拠とならない。被控訴人らは,原審において,再雇用制度の趣旨について,「公的年金における支給開始年齢の引き上げに合わせて60歳代前半を雇用により支える」ものであるとして,定年後の教職員の雇用の確保を掲げていた。
しかし,高年齢者雇用安定法は,公務員には適用にならないし(同法7条2項),公法上の法主体である控訴人にも当然義務付けられているものではない。また,地方公務員法の再雇用制度に関しては,雇用と年金との接続について議論があり,国から自治体に対しこの点に関する通知がなされ,東京都においても再任用制度を改正することにより年金との接続に配慮した高齢者の雇用確保を図ったところではあるが,これは平成25年度選考(平成26年度任用)に至ってのことであり,また,雇用と年金の接続については,無年金期間が生じることにどのように対処すべきかといった観点からの政策的議論である。とすれば,定年退職に引き続いて年金を受給することのできた平成24年度以前の再任用選考においては,雇用の確保が法的根拠等をもって強度に根拠付けられていないことは明らかであり,このことは再雇用への期待を保護すべきような事情がなかったことを裏付けるものであって,このような当時の法制度上からは,被控訴人らが主張する「期待権」は生じないのである。(エ)

再雇用制度等による採用実績について,新規の希望者のうちおおむ
ね90%から95%程度以上が採用されていたとしても,それらは各年度毎の選考結果の積み重ねにすぎないのであるから,それをもって,採用希望者の退職前後の地位に一定の関連性・継続性があるものとする根拠にはなり得ない。さらに,被控訴人らのように教育課程の実施に関する職務命令違反等という重大な非違行為を行い,処分を受けた教職員でも採用された事例は,被控訴人らの非違行為の前において1件も存在しない。また,都教委は,教職員が服務事故を起こした場合には,勤務成績不良とされることがあることを,採用希望者に対して事前に周知していた(控訴人は,採用選考に一旦合格したとしても,退職日までに服務事故を起こした場合には,在職期間中の勤務成績が不良として合格が取り消されることがあると記載された通知を発出していた。)ことからすれば,
被控訴人らの再雇用職員等として採用されることに対する期待は,法的に保護されないというべきである。

原判決が「本件不合格等の判断が客観的合理性や社会的相当性を著しく欠く場合には,都教委による裁量の範囲の逸脱又はその濫用として,当該判断は違法と評価される。」(原判決28頁15行目以下)と認定する点については,一般論としては,そのとおりである。
しかし,被控訴人らの本件不合格等の理由は,被控訴人らが,生徒,保護者,来賓等が出席する卒業式等の場において学習指導要領に基づいて国旗・国歌の指導という教育課程を実施するために校長が発出した起立斉唱を命じる職務命令に違反し,不起立に及んだということが職務命令違反及び信用失墜行為という重大な非違行為に当たるということであるから,都教委がそのような重大な非違行為を行った被控訴人らに対して,そのことを理由にして勤務成績が良好であるとの要件を欠くものと判断したことは,正に客観的合理性や社会的相当性のある理由に基づくものであって,都教委の裁量権の範囲の逸脱,濫用はない。

原判決は,「都教委は,原告らの本件不起立等が重大な非違行為に当たるとの評価のみをもって,勤務成績が良好であるとの要件を欠くと判断した」(原判決29頁16行目以下)と認定し,都教委が被控訴人らの不起立等が重大な非違行為に当たるとの評価のみをもって,勤務成績が良好であるとの要件を欠くと判断し,都教委があたかも被控訴人らの他の事情を全く考慮しないで(原判決がいう「本件職務命令違反以外の一切のものを捨象し」),機械的に判断したかのような認定をしている。
しかしながら,都教委は,本件職務命令違反等という被控訴人らの行為が重大な非違行為であるところ,被控訴人らの他の事情(採用希望者の申込書及び所属長による推薦書並びに面接結果等における被控訴人らにおける有利な事情あるいは不利な事情)も総合的に考慮したが,本件職務命令違反等という重大な非違行為を,判断における重大な考慮要素として,本件職務命令違反等という重大な非違行為そのもののみで勤務成績が良好であるとの要件を欠くと判断したのである。
都教委が総合的に考慮する場合,
いかなる要素を重要な要素として考慮するかという点については,都教委の裁量の範囲というべきである。
すなわち,本件職務命令違反という事実を採用選考における考慮要素として重要視することの合理性は,①教育公務員として採用される際に服務に関する誓約書を提出していることから明らかなとおり,公教育の現場に携わる教育公務員の資質として服務態度は極めて重要な要素であり,服務に関する実績はそのような資質の重要な判断資料となること,②本件職務命令違反行為は,教育実践の現場において,学習指導要領の適正な実施のために教員が行うべき指導に属する職務を拒絶する教育公務員として看過できない内容であること,③懲戒処分の量定判断と採用選考における勤務成績の評価とはその目的が異なり,処分量定について戒告等の比較的軽度のものが妥当する場合であっても,勤務成績の評価における当該処分の原因となった非違行為の内容を考慮要素として重要視することは当然許されるべきであることなどから,明白なものである。原判決は,このことを看過し,本件職務命令違反行為につき,懲戒処分の量定について比較的軽いものが相当であるとすることをもって,同行為を重大視して勤務成績が良好でないと判断することは本来できないものとして裁量権の逸脱に結びつけるもので,採用選考における都教委の裁量の本質を見誤っている。エ
原判決は,「不起立等という行為に対する評価は,本件通達発出の前後で質的に異ならない」(原判決31頁9行目以下)と認定しているが,これは,誤りである。
これについては,国旗掲揚及び国歌斉唱の適正実施という教育上の目的から,本件通達が発出され,それを受けて校長から教職員に対して起立斉唱を命ずる職務命令が発出されていたにもかかわらず,その職務命令に従わずに不起立という行為に及んだことと,そのような職務命令が発出されていない場面における不起立行為とは,職務命令違反になるかどうかという点において大きな違いがあり,当然に質的に異なるものと評価されるべきである。原判決は,本件不起立による職務命令違反という非違性を軽視するものであり,その重大性を全く考慮していない。

原判決は,被控訴人らの本件不起立等の態様が他の教職員や生徒に不起立を促すものではなく,また,被控訴人らの不起立等により卒業式等の進行が阻害され,又は混乱するような事態が生じたものであるとまでは認められないとしているが(原判決31頁23行目),これは事実誤認によるものである。被控訴人らの本件不起立等により卒業式等の進行が阻害されて,又は混乱するような事態が生じなかったということは,単に物理的な妨害行為がなかったということであって,
具体的には,
以下のような弊害,
害悪がもたらされている。
(ア)

被控訴人らが,国歌斉唱の際に起立することを拒否したことによっ
て生徒に対する国歌斉唱の指導を行わなかったのであるから,被控訴人らの不起立行為は,学習指導要領の国旗・国歌条項の指導上の意義である「国旗・国歌に対する正しい認識を持たせ,これを尊重する態度を育てる」という教育目標を阻害している。
(イ)

国歌斉唱の指導を行うべき教職員の中に,国旗に向かって起立し,
国歌を斉唱する教職員と,それを拒否する教職員とがいた場合,その指導を受ける生徒としては,国歌斉唱の際に,国旗に向かって起立してもいいし,しなくてもいいと受け取ってしまう可能性があり,教職員の不起立行為が生徒に及ぼす影響は大きい。その影響を考えずに教職員の不起立行為を不問に付するとなると,生徒に対して国旗・国歌について正しい認識を持たせ,国旗・国歌を尊重する態度を育てるという指導上の意義が減殺されてしまい,ひいては,生徒の国旗・国歌についての学習権を侵害する。
(ウ)

式に参列する来賓や保護者に対して,君が代を斉唱しない教職員がいるということで,嫌悪感や不快感を覚えるだけでなく,厳粛で清新な気分を味わおうとして式典に臨んだ際に抱いていた期待を大きく損なうことにもなる。
(エ)

さらには,被控訴人らが本件通達に基づく校長からの本件職務命令
に違反して,起立することを拒否したのであるから,それは,職務命令違反,さらには信用失墜行為という服務事故が発生したことになるのであり,公務員の服務上の規律が害された。

原判決は,「学習指導要領のうち特別活動に限定してみても,入学式及び卒業式(儀式的行事)の実施や国旗国歌条項が,他の特別行事の実施や配慮すべき事項の内容と対比して特段区別した位置付けが与えられているとまでは認められない」,「本件職務命令違反それ自体を当該教職員の従前の勤務成績を決定的に左右するような内容のもの,換言すると,従前の勤務成績の良否を判定する際には多種多様な考慮要素が想定されるところ,本件職務命令違反以外の一切のものを捨象し,それのみをもって従前の勤務成績の良否という判断を可能とする位置づけが与えられているものと評価することは困難」(原判決33頁20行目以下)と認定している。しかしながら,そもそも,学習指導要領(乙27)の表現上,第3「指導計画の作成と内容の取扱い」において明らかなように,第1項,第2項は「・・・配慮するものとする。」との表現にとどまっているものの,第3項は「入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする。」として,明らかにその指導については具体的かつ明示的な表現を採っており,その取扱いの軽重は明白である。また,平成元年3月15日に改訂された学習指導要領においては,従前の「国民の祝日などにおいて儀式などを行う場合には,生徒に対してこれらの祝日などの意義を理解させるとともに,国旗を掲揚し,国歌を斉唱させることが望ましいこと。」とされていたものを,以上のように改められた経緯に照らせば,その取扱いの軽重は一層明らかである。
大綱的基準とはいえ,
法規性を有する学習指導要領の規定の中,
明示的,
具体的である「国旗・国歌条項」に基づく職務命令に反した行為は,都立高校において従前より学習指導要領の「国旗・国歌条項」の取扱いにおいて徹底されていない実態のなか,職務命令を出さざるを得ない状況に鑑みれば,その非違性が重大であることは明らかである。

原判決は,再雇用職員等への採否の判断,すなわち,その裁量権の行使は,教職員という身分を有する者に懲戒処分を課す場合と別異に扱うのは相当ではない,すなわち,その裁量権の行使とは,同じであるかのように認定している(原判決35頁14行目以下)。
しかしながら,再雇用制度等の採用選考における「勤務成績が良好であること」との要件に関する判断と,懲戒処分の対象としての評価とは,それぞれの視点から別個に行われるべきことであり,その判断は,必ずしも同じになるものではない。すなわち,公務員に対する懲戒処分は,当該公務員に職務上の義務違反,その他,単なる労使関係の見地においてではなく,国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務することをその本質的な内容とする勤務関係の見地において,公務員としてふさわしくない非行がある場合に,その責任を確認し,公務員関係の秩序を維持するため,科せられる制裁であり(最高裁昭和52年12月20日第三小法廷判決・民集31巻7号1101号),その非行行為の態様に従って,戒告,減給,停職又は免職という懲戒処分が行われるのである。そして,公務員の懲戒については,公正でなければならず,法律で定める事由に基づいて行われるのである(地方公務員法27条,29条)。したがって,懲戒権者である都教委の判断というものは,このような見地から行われなければならないのである。
一方,再雇用職員等の制度は,定年退職により一旦退職した地方公務員を新たに任命する制度であり,その前後で身分上の連続性はないから,都教委は,一定の基準の下に再雇用職員等希望者を選考した上で,任命する権限を有しているのであって,原則として再雇用職員等希望者全員を採用しなければならない義務を負うものではないのである。
そして,
都教委は,
再雇用職員等の希望者がその選考要件を備えているかどうかについては広範な裁量権が認められている。
起立斉唱を命じる校長の職務命令に違反して,不起立に及んだ行為について,懲戒処分としては他の処分と比較して軽い「戒告」という処分が相当であるとした場合でも,再雇用職員,非常勤教員等の採用選考の要件の1つである「勤務成績が良好であること」についての判断は,懲戒処分の量定とは別個に判断されるべきことである。

原判決は,都教委の判断が,本件職務命令に違反する行為の非違性を不当に重く扱う一方で,被控訴人らの従前の勤務成績を判定する際に考慮されるべき多種多様な要素,被控訴人らが教職員として長年培った知識や技能,経験,学校教育に対する意欲等を全く考慮しないものとして,客観的合理性及び社会的相当性を欠くものであり,裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たると判断したが(原判決36頁1行目以下),都教委は,多種多様な要素を考慮した上で,それでも被控訴人らが本件職務命令に違反したという事実を最も重要な要素として判断したのである。原判決は,本件職務命令の重要性を正確に理解しておらず,さらには,本件職務命令発出の根拠となった本件通達の重要性について看過するものであって,到底是認することができない。

(2)

本件通達及び本件職務命令の重要性
本件通達が発せられるに至ったのは,都立学校において国旗・国歌の指導に係る不適正な実態があり,これを踏まえて児童・生徒に対する国旗・国歌の指導が適正に行われるよう,慣習,常識としての内容を含めて儀式的行事のあり方を明確に示す必要があったことから,都教委がその権限と責任において都立学校長に対し,その教育目標を達するため,適正な教育課程の実施についての具体的なあり方を示したものである。
平成11年の国旗・国歌法制定の以前は,校長が国旗掲揚・国歌斉唱を行おうとすると,「国旗・国歌の法的根拠を示せ」,「決まっていないものを掲揚,斉唱できるか」などと校長の決定に従わない教員がいたが,国旗・国歌法制定後はこうした反対はなくなった。国旗・国歌法が制定された後,平成11年に通達を発出したものの,その実施指針において,国歌斉唱について「式次第に記載すること」,「司会者が国歌斉唱と発声すること」と示しただけであったため,国歌斉唱時には退席する,起立をしないという教員がいたり,開式前にCD等でメロディを流すだけなどという実態があった。また,服装についても示していなかったため,Tシャツやジャージなどの服装で式に臨む教員もいた。そこで,儀式的行事のあり方を明確に示し,校長が教職員を指導する際の根拠となる基準を作成する必要があるとして,具体的な事例に則して,その適正なあり方を示すことができるように平成10年の実施指針を改定した実施指針とともに,都教委教育長が校長に対する職務命令として本件通達を発出したのである。イ
本件職務命令は,本件通達に基づき,校長が入学式・卒業式等において,児童・生徒に対し国旗・国歌に対する正しい認識を持たせ,尊重する態度を育てるために命じた,教育課程の実施に関する重要な職務命令なのである。被控訴人らは,全体の奉仕者である地方公務員として(憲法15条2項),公教育を行うという公共の利益のために勤務し,かつ,その職務の遂行に当たっては,全力を挙げて専念する義務があり(地方公務員法30条),自ら,服務の宣誓をし,服務上の義務を負うことを確認し宣言している。また,被控訴人らは,公務員として,法令(学習指導要領もこれに含まれる。)に基づき職務を遂行する義務を負い,かつ,上司の職務上の命令を遵守する義務を負っている(同法32条)。これらの義務は公務員としての基本的義務であり,学校教育が組織として行われる以上,教育公務員においても同様に基本的義務である。そして,法規たる学習指導要領が教育の全国一定水準の確保と教育の機会均等という強い要請から制定されている以上,学習指導要領及びその具体化として発せられる校長の職務命令を遵守すべきことが強く要請されることは当然のことであって,かかる義務を教育公務員が履行することは教育公務員の法律関係の存立目的に照らして必要不可欠のことなのである。

都教委が被控訴人らを不合格等とした理由は,校長が学習指導要領に基づく国旗・国歌の指導という教育課程を実施するため本件職務命令を発したにもかかわらず,被控訴人らがこれに従わなかったことから,法令に基づき行われる公教育の場で,校長の職務命令に従うべき法律上の義務に違反した者を再雇用職員等として採用し,生徒の教育に当たらせることはできないと判断したからである。
都教委の上記判断は,学習指導要領に基づく適正な公教育を行う責任を負う都教委として,極めて合理的かつ相当なものであり,その裁量権の範囲の逸脱,濫用などない。

(3)

原判決が他の争点について検討していないことの不当性
原判決は,本件の争点である,本件通達に基づく本件職務命令に違反した
ことを理由とする懲戒処分及び本件不合格等が憲法14条,
19条,
26条,
13条及び23条,並びに自由権規約18条に各違反するか,教育基本法16条が禁止する「不当な支配」に該当するか,児童の権利に関する条約12条1項,13条1項,14条1項及び30条の規定する各権利を侵害するかという諸点(争点1~4)を判断していない。原判決の認定の仕方は,本件通達に基づく本件職務命令に違反したことを理由とする本件不合格等が,被控訴人らが強く主張している憲法の各条文(14条,19条,26条,13条及び3条)や,教育基本法16条に違反していようが,いまいが,そのようなことは関係ないこととして,本件不合格等に係る都教委の判断が,裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たると一方的に断定している。
このような姿勢は,本件職務命令がおよそ憲法のどの条文等にも違反するものではないこと,さらには,教育課程の実施に関して発出された本件職務命令の重要性並びに本件不合格等の判断の正当性に関して,全く理解していないことを物語るもので,到底是認することができない。
(4)

原判決は,同種事案に関する従来の高裁判決に反していること
都教委が再雇用職員等の採用選考において,不起立という職務命令違反を
理由に採用希望者を不合格とした事案において,都教委の裁量権の逸脱又は濫用が争われた東京高等裁判所の先例(平成21年10月15日付け,平成22年1月28日付け及び平成22年2月23日付け各判決)があり,これらの高裁判決は,いずれも都教委の裁量権の逸脱,濫用を否定しているところ,いずれも最高裁判所で是認されている。
原判決のケースは,上記高裁判決のケースと全く同種事案であるところ,原判決は,本件高裁判決の結論とその理由において全く異なっている。上記高裁判決は,いずれも都教委の裁量権において逸脱,濫用がなかったと正しい判断を行っている一方,原判決には,前述のように数多くの事実誤認があり取り消されるべきである。
第3
1
当裁判所の判断
当裁判所も,本件不合格等に係る都教委の判断は,客観的合理性及び社会的相当性を欠くものであり,裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たり,本件不合格等は,国家賠償法1条1項の違法性が認められるから,被控訴人らの請求は一部理由があると判断する。その理由は,原判決28頁7行目の「教職員」を「教職員一般」と,8行目から9行目にかけての「恣意性を排した客観的かつ合理的な基準に従ってその選考」とあるのを「裁量権の逸脱や濫用のない公正な選考」とそれぞれ改め,11行目の「原告らが」の次に「,当時教職員の立場にある者として」を加え,2に当審における控訴人の主張に鑑み判断を付加するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第3

争点に対する判断」の

1及び2に記載のとおりであるから,これを引用する。
2
当審における控訴人の主張について
(1)

都教委は,
採用選考に当たって広範な裁量権を有しており,
採用選考希望

者の期待というものは主観的な事実上のものであり,一定の法的保護に値するとは認められないという主張について
(前記当審における控訴人の主張(1)
ア)

控訴人は,
再雇用制度等が一旦退職した者を新たに任命する制度であり,
その前後において身分上の連続性はなく,都教委は,採用選考希望者を選考した上で採用する権限を有するのであるから,希望者全員を採用しなければならない義務を負うものではなく,本人が希望さえすれば原則として採用されることが制度として保障されているわけではないなどとして,上記の主張をする(控訴人の主張(1)ア(イ))。
しかしながら,原判決が説示するように,再雇用制度等は,定年後の職員の雇用を確保し生活の安定を図ることも目的とされていたものであり,平成12年度から平成21年度までにおいて再雇用職員等の新規の希望者のうちおおむね90%から95%程度以上が採用されている実態であったこと,採用の実態として,教職員の退職後の雇用を確保しその生活の安定を図るという再雇用制度等の趣旨を踏まえて,基本的には職員の希望を尊重し,特段の支障のない限り再雇用職員等として積極的に採用する形で運用されていたことからすれば,採用候補者選考の合否及び採否の判断に当たっては,
都教委が広範な裁量権を有することから,
個々の事例において,
都教委に希望者を採用することの義務や,職員が都教委に対して採用を請求する権利までが認められるわけではないとしても,職員は,裁量権の逸脱濫用のない公正な選考を受け,再雇用制度等により設けられた雇用の機会が得られることについて,法的な利益(期待権)が認められるものである
(このように解さないと,
都教委がどのような不公正な選考を行っても,
不採用とされた職員との関係で一切責任を負うことがないことになり,これが不当であることは明らかである。)。先に引用した原判決の説示はこの趣旨を述べるものであって,控訴人の前記主張は採用できない。イ
また,控訴人は,定年後の公務員の雇用の確保における法制度は,被控訴人らの採用の期待権への根拠とならないなどとして,高年齢者雇用安定法は公務員には適用にならないこと,東京都の再任用制度が年金との接続に配慮して高齢者の雇用確保を図ることとなったのは平成25年度選考(平成26年度任用)からであったこと等を挙げ,雇用の確保が法的根拠等をもって強度に根拠付けられていないとして,当時の法制度上からは,期待権は生じないとも主張する(控訴人の主張(1)ア(ウ))。しかし,法制度の状況が控訴人の主張のとおりであったとしても,再任用制度の場合には,同制度が平成13年に導入される際において,「いわゆる「満額年金」の支給開始年齢の引き上げに併せて60歳代前半を「雇用と年金の連携」により支えるという問題に対処するため,「公務部門における再任用の機会を設定し,高齢職員に雇用機会を提供する。という基本的考えに基づ」くものであると説明され(甲96),定年後の職員の雇用機会を確保することが目的であることが明示されていたものである。そして,他の再雇用制度等における制度も,これと同様に定年後の採用を行うものであって,これらの各制度がいずれも定年後の雇用を確保する目的を有することには変わりがないことに照らせば,控訴人の主張に係る法制度の整備状況は,職員が前記の期待権を有するという判断を左右するようなものではないというべきである。

控訴人は,再雇用制度等による高率の採用実績は,各年度毎の選考結果の積み重ねにすぎず,採用希望者の退職前後の地位に一定の関連性・継続性があるものとする根拠にならないと主張するが(控訴人の主張(1)ア(エ)),このような運用状況は,職員に対して採用希望者の退職前後の地位に一定の関連性・継続性があるものと認識させるものであり,このことが前記の期待権を基礎付ける一要素になるものである。
また,控訴人は,本件職務命令違反により処分を受けた教職員が採用された事例がないこと,採用希望者に対して,服務事故を起こした場合には勤務成績不良とされることがあることを事前周知していたことから,被控訴人らの再雇用職員等として採用されることに対する期待が法的に保護されないと主張するが
(控訴人の主張(1)ア(エ))ここでは,

被控訴人らが,
教職員の立場にある者として一般的に有する期待権が論じられているのであって,控訴人の上記主張は前提を取り違えるものである(なお,本件においては,先に引用した原判決の説示のとおり,都教委が,本件職務命令に違反したとの事実のみから勤務成績が良好であるとの要件を欠くと判断し本件不合格等としたことが違法と判断されるのであるから,控訴人の上記主張は本件の結論を左右する主張ではない。)。

(2)

都教委は,
本件職務命令違反のほかにも被控訴人らの他の事情を総合的に

考慮し,本件職務命令違反等という重大な非違行為そのもののみで勤務成績が良好であるとの要件を欠くと判断したのであり,いかなる要素を重要な要素として考慮するかは都教委の裁量の範囲であるという主張について(控訴人の主張(1)ウ)

控訴人の上記主張は,原判決が,「都教委は,原告らの本件不起立等が重大な非違行為に当たるとの評価のみをもって,勤務成績が良好であるとの要件を欠くと判断した」と認めたことに対する主張である。しかし,控訴人は,被控訴人らの他の事情として,採用希望者の申込書及び所属長による推薦書並びに面接結果等における被控訴人らにおける有利な事情あるいは不利な事情も考慮したとはしているものの,個々にどのような事情を考慮したのかについては,主張立証がない。そして,被控訴人らはいずれも本件職務命令違反を理由に勤務成績が良好であるとの要件を欠くものと判断されて本件不合格等とされたものであること,前記のとおり,本件職務命令違反により処分を受けた教職員が採用された実例がないことも併せ考慮すれば,やはり,都教委は,被控訴人らの本件不起立等が重大な非違行為に当たるとの評価のみをもって,勤務成績が良好であるとの要件を欠くと判断したと推認するほかないのであって,原判決の上記認定には誤りはない。

また,いかなる要素を重要な要素として考慮するかは都教委の裁量の範囲であると主張する点については,その限りにおいて控訴人の主張のとおりであるが,それが裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たることとなれば,
当該判断は違法となるものである
(この点は後記(3)オで述べることと
する。)。

(3)

被控訴人らの本件不起立等の行為は重大な非違行為に当たり,
都教委が被

控訴人らに対して,そのことを理由にして勤務成績が良好であるとの要件を欠くものと判断したことは,客観的合理性や社会的相当性のある理由に基づくものであって,都教委の裁量権の範囲の逸脱,濫用はないとする主張について(控訴人の主張(1)イ,エ~ク,(2))

本件不起立等の行為は本件職務命令違反となるものであり,その本件職務命令違反の非違性の程度についてみることにすると,学習指導要領の特別活動に関する定めの中で,入学式及び卒業式(儀式的行事)の実施や国旗掲揚及び国歌斉唱の指導についての定め(国旗・国歌条項)が,他の特別行事の実施や配慮すべき事項の内容と対比して特段区別されているものとは認められないことから,少なくとも学習指導要領上は,本件職務命令が,学習指導要領に従って編成された他の教育課程に関する職務命令と対比して特別の位置付けを有しているものではなく,本件職務命令違反だけで従前の勤務成績の良否という判断を可能とする位置付けが与えられているものと評価することはできないこと,本件不起立等の態様が,他の教職員や生徒らに不起立を促すものでも,卒業式等の進行を阻害し,又は混乱させるようなものでもなく,厳粛な雰囲気の中で行われるべき卒業式等の狙いを大きく阻害するなどの影響を与えたとまでは認められないこと,本件職務命令違反に対する懲戒処分においても被控訴人らの本件職務命令違反(1回目)に対する処分が最も軽い処分である戒告にとどめられていること,本件職務命令が被控訴人らの歴史観又は世界観等を含む思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面があることを考慮すると,原判決が説示するとおり,本件職務命令に違反したとの事実が,再雇用職員等の採用候補者選考の場面において,同事実の存在のみを理由に直ちに不合格等と判断すべき程度に重大な非違行為に当たると評価することはできないというべきである。

控訴人は,原判決が,不起立等という行為に対する評価は,本件通達発出の前後で質的に異ならないと認定説示したことに対して,本件通達が発出され,それを受けて校長から教職員に対して起立斉唱を命ずる職務命令が発出されていたにもかかわらずその職務命令に従わず不起立という行為に及んだことと,職務命令が発出されていない場面における不起立行為とは,
職務命令違反になるかどうかという点において大きな違いがあるから,原判決は誤っていると主張する(控訴人の主張(1)エ)。
しかし,その説示から明らかなように,原判決は,学習指導要領が要請する国旗・国歌条項の指導という本件通達の目的は,本件通達以前から存在していた(学習指導要領に定められていた)ものであり,当該箇所では,その目的に反するという意味に限った上で,不起立等という行為に対する評価が本件通達発出の前後で質的に異ならないと述べているのであって,控訴人の前記主張は,判文の趣旨を読み違えていて的確とはいえないものである。なお,本件職務命令に違反したとの事実の有無が,本件通達発出前後の採用候補者選考の判断において合格か不合格かという違いを生じさせていることから,本件職務命令違反について,かかる違いを正当化し得る程度にその非違性が重いと評価することができるか否かを検討すべきであることは,原判決の説示のとおりである。

控訴人は,学習指導要領の表現上,第3「指導計画の作成と内容の取扱い」において,第1項,第2項は「・・・配慮するものとする。」との表現であるのに対し,第3項は「入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする。」と表現されていること,従前は「国民の祝日などにおいて儀式などを行う場合には,生徒に対してこれらの祝日などの意義を理解させるとともに,国旗を掲揚し,国歌を斉唱させることが望ましいこと。」とされていたものが,平成元年3月15日に改訂された学習指導要領において上記表現のように改められたことから,他の指導との取扱いの軽重は明白であると主張する(控訴人の主張(1)カ)。
しかしながら,国旗・国歌条項に関して,上記のような表現の違い及び改訂の事実からは,指導の仕方がより具体的になっていると理解することはできるが,第1項,第2項においても,その中の各号の内容については指導という言葉が用いられているのであり,その違いは指導内容が具体的に表現できないものも含んでいるかどうかという点から生じているものとも考えられるから,そのことで直ちに他の指導項目と比較したときの国旗・国歌に関する指導の重要性が有意に異なるとまでは解することができないものである。したがって,原判決の説示するとおり,学習指導要領において定められた特別活動のうちの学校行事の一つである儀式的行事の内容,国旗・国歌条項の全体における位置付けに加え,他の特別活動についてもそれぞれ目標や狙いが具体的に定められていることに照らせば,やはり,いずれの活動又は行事についてもその重要性に関して特段の軽重が設けられていないとみるべきであって,学習指導要領上,入学式及び卒業式(儀式的行事)の実施や国旗・国歌条項が,他の特別行事の実施や配慮すべき事項の内容と対比して特段区別した位置付けが与えられているとまでは認められないというべきである。

控訴人は,被控訴人らの本件不起立等により,学習指導要領の国旗・国歌条項に関する教育目標を阻害している,教職員の不起立行為が生徒に及ぼす影響が大きい,参列する来賓や保護者に対して嫌悪感や不快感を与えるだけでなく,期待を損なうことになる,公務員の服務上の規律が害されるなどといった具体的な弊害,害悪がもたらされていると主張する(控訴人の主張(1)オ(ア)~(エ))。
この点については,本件不起立等は,全校の生徒等の出席する重要な学校行事である卒業式等の式典において行われた教職員による職務命令違反であり,当該行為は,その結果,影響として,学校の儀式的行事としての式典の秩序や雰囲気を一定程度損なう作用をもたらすものであって,それにより式典に参列する生徒への影響も伴うことは否定し難いものであるが,他方において,不起立行為等の動機,原因は,当該教職員の歴史観ないし世界観等に由来する「君が代」や「日の丸」に対する否定的評価等のゆえに,本件職務命令により求められる行為と自らの歴史観ないし世界観等に由来する外部的行動とが相違することであり,個人の歴史観ないし世界観等に起因するものである。また,不起立行為等の性質,態様は,上記のように式典の秩序や雰囲気を損ない,生徒への影響も伴う面がある一方で,積極的な妨害等の作為ではなく,物理的に式次第の遂行を妨げるものではない。そして,不起立行為等の結果,影響も,上記のような面がある一方で,当該行為のこのような性質,態様に鑑み,当該式典の進行に具体的にどの程度の支障や混乱をもたらしたかは客観的な評価の困難な事柄であるといえるものである(最高裁平成24年1月16日第一小法廷判決・裁判集民事239号1頁,最高裁同日第一小法廷判決・同253頁参照)。そして,このことは,上記のとおり控訴人が具体的な弊害,害悪として主張する諸点についても同様であると考えられるのであって,控訴人の主張する諸点は,確かに,観念上そのような懸念が生じる余地があることは否定し難いところであるが,反面において,非違行為としての重大性をどの程度基礎付けるのか客観的に評価することのできない性質のものである。したがって,控訴人が本件不起立等の弊害,害悪として主張する上記の諸点から,本件職務命令違反の非違性が,客観的な意味において重大であるなどと評価することはできないものである。

控訴人は,再雇用制度等の採用選考における「勤務成績が良好であること」との要件に関する判断と,懲戒処分の対象としての評価とはそれぞれの視点から別個に行われるべきことであり,再雇用制度等については,都教委は,再雇用職員等の希望者がその選考要件を備えているかどうかについて広範な裁量権が認められていることから,採用選考の要件の1つである「勤務成績が良好であること」についての判断は,懲戒処分の量定とは別個に判断されるべきであると主張する(控訴人の主張(1)キ)。また,控訴人は,本件通達が,従来から都立学校において国旗・国歌の指導に係る不適正な実態があったため,児童・生徒に対する国旗・国歌の指導が適正に行われるよう,慣習,常識としての内容を含めて儀式的行事の具体的なあり方を示したものであること,本件職務命令が,本件通達に基づき,校長が入学式・卒業式等において,児童・生徒に対し国旗・国歌に対する正しい認識を持たせ,尊重する態度を育てるために命じた,教育課程の実施に関する重要な職務命令であり,都教委は,法令に基づき行われる公教育の場で,校長の職務命令に従うべき法律上の義務に違反した者を再雇用職員等として採用し,生徒の教育に当たらせることはできないと判断したため被控訴人らを不合格等としたが,これは多種多様な要素を考慮した上で,それでも被控訴人らが本件職務命令に違反したという事実を最も重要な要素として判断したのであり,原判決は,本件職務命令の重要性を正確に理解しておらず,さらには,本件職務命令発出の根拠となった本件通達の重要性について看過していると主張する(控訴人の主張(1)ク,(2))。
控訴人のこれらの主張についてみると,確かに,懲戒制度と再雇用制度等とはその目的を異にしているから,判断に当たって考慮する事項やその程度は当然に同じものではなく,その結果,判断が異なるものになり得ることは,控訴人が指摘するとおりである。また,上記の本件通達及び本件職務命令が重要性を有し,そのために本件職務命令違反の非違性が重大であるとする点に関しては,再雇用制度等における選考に当たっては,その時々の教育行政上の課題に対する認識が反映することや,職員の在職中の非違行為を考慮するとして,何をどの程度考慮し,重み付けを行うのかといったことについては,基本的には都教委に与えられた裁量の範囲ということができるものである。
しかしながら,前記の控訴人が制度の違いを強調する点については,原判決が説示するように,再雇用制度等における採用の従前の実態は,本件通達発出以前の平成12年度から平成14年度までの間においては希望者の全員が採用されていたこと,再雇用制度等は定年後の職員の雇用を確保することも目的にして設置され,平成15年度の本件通達発出後においても希望者のほとんどが採用され,実際にも職員の定年後の雇用を提供する機能を有していたことからすれば,都教委の裁量については,全く新規に採用する場面と同列に考えるのは相当でないといえるのである。そして,本件不起立等は,前記のとおり,その動機,原因が,当該教職員の歴史観ないし世界観等に由来する「君が代」や「日の丸」に対する否定的評価等のゆえに,本件職務命令により求められる行為と自らの歴史観ないし世界観等に由来する外部的行動とが相違することであり,個人の歴史観ないし世界観等に起因するものであることから,本件職務命令が被控訴人らの思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面があるものである(最高裁平成23年5月30日第二小法廷判決・民集65巻4号1780頁等)。本件職務命令は,それ自体に必要性及び合理性が認められるが,反面において,憲法上の上記自由の間接的な制約となることに鑑みると,その違反を理由にして,非違性を重大であると評価して大きな不利益を課すことに慎重な考慮を要するという点で,懲戒処分を科す場合と基本的には類似する状況にあるものである。
次に,都教委の裁量の問題については,本件不起立等及び本件職務命令違反については,前記エのとおり,儀式的行事である式典の秩序や雰囲気を損ない,生徒への影響も伴う面がある一方で,積極的な妨害等の作為はなく,物理的に式次第の遂行を妨げるものではない消極的な態様のものであり,不起立行為等の結果や影響も,このような態様に照らせば,上記において控訴人が弊害や害悪として主張する諸点も含めて,結局は客観的な評価ができないもので,少なくとも客観的な見地から非違性が重大であると結論づけることは困難である。また,本件不合格となった被控訴人らの大半は本件不起立等の行為が1回であり多い者でも2回であったことも,本件不合格等の裁量の問題を検討する上で考慮すべき客観的な事実関係である。
本件不起立等の行為は個人の歴史観ないし世界観等に起因するものであるが,上記のとおり,本件職務命令が被控訴人らの思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面があり,本件職務命令違反に対して過大な不利益が課せられることになるとこれらの自由の侵害になり得るものである。そして,現状のように,本件通達発出後にされた本件職務命令違反により戒告処分となった場合は,1件も再任用された例がないなど再雇用制度等の選考において画一的な運用がされていることから,再雇用制度の選考において不合格とされ,同制度による雇用の機会が得られないことが本件職務命令違反に伴って生じる,懲戒処分に加えての事実上の不利益処分となっている。
前記のとおり,再雇用制度の選考に当たっては,都教委には広範な裁量が認められ,どのような教育行政上の課題を重視するかとか,在職中の非違行為の評価をどのようにするかは基本的にこの裁量に含まれるものと考えられるが,
前に見たとおり,
本件不起立等の行為が消極的な態様であり,
回数も1回か2回であること,一定程度の悪影響は否定できないものの,その程度が重大であることの客観的な説明ができないことからすれば,本件職務命令違反を重大な非違行為であるということを支持し難いのに対し,本件不合格等により再雇用等の機会が得られなくなる不利益は少なくないのであって,これに加えて,現状の運用自体も憲法上の自由との関係で問題があるものである。これらのことを考慮すると,原判決が説示するように,本件職務命令に違反したとの事実が,再雇用職員等の採用候補者選考の場面において,同事実の存在のみを理由に直ちに不合格等と判断すべき程度に重大な非違行為に当たると評価することはできないところ,本件職務命令に違反する行為の非違性を不当に重く扱う一方で他の具体的な事情を考慮することがなかったものであるから,本件不合格等に係る都教委の判断は,客観的合理性及び社会的相当性を欠くものであり,裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たるものというべきである。
(4)

原判決が他の争点について検討しなかったことが不当であるとする主張
について
原判決は,その判文から明らかなように,本件通達に基づく本件職務命令に違反したことを理由とする懲戒処分及び本件不合格等が憲法14条,19条,26条,13条及び23条,並びに自由権規約18条に各違反するか,教育基本法16条が禁止する「不当な支配」に該当するか,児童の権利に関する条約12条1項,13条1項,14条1項及び30条の規定する各権利を侵害するかという争点(争点1~4)と争点5である「本件不合格等が都教委の採用選考における裁量権の範囲の逸脱又はその濫用として違法であるか」を争点として提示して,そのうち争点5について判断して結論を導いたものである。本件訴訟における訴訟物(附帯請求を除く。)は国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求権であり,本件の各争点は本件不合格等の違法性に関する請求原因の一部を構成するものであって,それぞれは選択的であり,そのうちのどれか一つで違法性が認められれば請求が認容される関係にある。他の争点については,本件訴訟が原審に係属中に,不起立行為等が問題となった累次の裁判において最高裁判所の判決がされ,裁判所の判断がおおむね確立するに至ったのであって,原判決が,争点5のみを判断して判決をしたことは,裁判所の判断として必要十分であったものといえる。この点の控訴人の主張は失当である。
(5)

原判決は,
同種事案に関する従来の高裁判決に反しているとする主張につ

いて
都教委が再雇用職員等の採用選考において,不起立という職務命令違反を理由に採用希望者を不合格とした事案における高等裁判所の判決があり,これらの判決において都教委の裁量権の逸脱,濫用が認められなかったことは控訴人の指摘のとおりである。しかし,これらの事件の上告審においては,本件職務命令の憲法適合性が判断され,再任用拒否の裁量論に係る論点を判断するものではなかったのであり,また,前記高等裁判所の各判決は,不起立等の職務命令違反を理由とする懲戒処分における裁量論について判断した平成24年の前記最高裁判決がされる以前の判断であり,その判文に照らしても,本件職務命令違反の非違性の評価に関して異なる理解の仕方をしていることがうかがわれるところである。もとより,当裁判所は,前記高等裁判所の判断に拘束される関係にはないが,上記のような考慮も踏まえて本件の判断を行うものである。この点の控訴人の主張は採用できない。
3
以上によれば,被控訴人らの請求を一部認容した原判決は相当であって,本件控訴は理由がないからこれを棄却すべきである。なお,訴訟承継前被控訴人亡aは,原審において,211万1670円及びこれに対する遅延損害金の支払を請求する限度で請求認容の判決を得たが,その後に死亡したため,被控訴人b,同c及び同dは,共同相続人として,当審において訴訟手続を受継したので,原判決主文1項及び6項を本判決主文2項及び3項のとおりに更正することとして,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第2民事部

裁判長裁判官

柴田寛
裁判官

梅本圭之一郎
裁判官坂本浩志は,転補のため,署名押印することができない。

裁判長裁判官

柴田寛

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