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賃金支払請求事件
事件番号平成26(ワ)26409
事件名賃金支払請求事件
裁判年月日平成28年4月21日
法廷名東京地方裁判所
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平成28年4月21日判決言渡
平成26年(ワ)第26409号

賃金支払請求事件

主文1
原告らの請求をいずれも棄却する。

2
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由

第1
1
請求
被告は,原告aに対し,
(1)

9万1210円及びうち8万4618円に対する平成26年9月28日
から支払済みまで年6分の割合による金員
(2)

7万0062円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みま
で年5分の割合による金員
を支払え。
2
被告は,原告bに対し,
(1)

54万7670円及びうち50万9895円に対する平成26年9月2
8日から支払済みまで年6分の割合による金員
(2)

42万3786円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済み
まで年5分の割合による金員
を支払え。
3
被告は,原告cに対し,
(1)

147万0299円及びうち138万5292円に対する平成26年9
月28日から支払済みまで年6分の割合による金員
(2)

106万2754円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済
みまで年5分の割合による金員
を支払え。
4
被告は,原告dに対し,

(1)

187万6868円及びうち176万8865円に対する平成26年9
月28日から支払済みまで年6分の割合による金員
(2)

143万3898円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済
みまで年5分の割合による金員
を支払え。
5
被告は,原告eに対し,
(1)

155万4621円及びうち146万6757円に対する平成26年9
月28日から支払済みまで年6分の割合による金員
(2)

131万8370円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済
みまで年5分の割合による金員
を支払え。
6
被告は,原告fに対し,
(1)

157万5745円及びうち149万0112円に対する平成26年9
月28日から支払済みまで年6分の割合による金員
(2)

148万6775円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済
みまで年5分の割合による金員
を支払え。
7
被告は,原告gに対し,
(1)

149万6812円及びうち141万3058円に対する平成26年9
月28日から支払済みまで年6分の割合による金員
(2)

100万6889円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済
みまで年5分の割合による金員
を支払え。
8
被告は,原告hに対し,
(1)

96万1766円及びうち90万4104円に対する平成26年9月2
8日から支払済みまで年6分の割合による金員

(2)

69万0165円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済み
まで年5分の割合による金員
を支払え。
9
被告は,原告iに対し,
(1)

162万4795円及びうち152万9564円に対する平成26年9
月28日から支払済みまで年6分の割合による金員
(2)

142万3506円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済
みまで年5分の割合による金員
を支払え。
被告は,原告jに対し,
(1)

119万2400円及びうち112万9091円に対する平成26年9
月28日から支払済みまで年6分の割合による金員
(2)

112万9091円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済
みまで年5分の割合による金員
を支払え。
被告は,原告kに対し,
(1)

176万2669円及びうち166万4130円に対する平成26年9
月28日から支払済みまで年6分の割合による金員
(2)

152万0523円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済
みまで年5分の割合による金員
を支払え。
被告は,原告lに対し,
(1)

127万3524円及びうち120万1066円に対する平成26年9
月28日から支払済みまで年6分の割合による金員
(2)

112万4026円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済
みまで年5分の割合による金員

を支払え。
被告は,原告mに対し,
(1)

216万8832円及びうち204万7707円に対する平成26年9
月28日から支払済みまで年6分の割合による金員
(2)

170万1428円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済
みまで年5分の割合による金員
を支払え。
第2

事案の概要
本件は,タクシー会社である被告との間で労働契約を締結し,タクシー乗務員として稼働していた原告らが,被告の就業規則の一部である賃金規則中の歩合給の算出方法に関する定めの一部が労働基準法(昭和22年法律第49号)37条1項の規定の趣旨を没却するものであるから無効であり,本来支払われるべき歩合給はより多額であると主張して,
被告に対し,
労働契約に基づいて,
平成24年9月18日から平成26年8月17日までの労働の対償として本来支払われるべきであるとする歩合給と既払い歩合給との差額並びにこれに対する各支払期日の翌日から平成26年9月27日までの商事法定利率年6分の割合による確定遅延損害金及び同月28日から支払済みまでの同割合による遅延損害金の支払を求めるとともに,同法114条に基づいて,同条所定の付加金及びこれに対する本判決確定日の翌日から支払済みまでの民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。

1
前提事実(末尾に認定の根拠を掲記しない事実は,当事者間に争いがない。)(1)

被告は,一般乗用旅客自動車運送事業(道路運送法(昭和26年法律第1
83号)3条1号ハ)等を主な業とする株式会社である。
(2)

原告らは,いずれも平成24年9月以前に被告との間で期間の定めのない
労働契約を締結し,各労働契約に基づき,被告に対し,後記(7)アのとおり,タクシー乗務員として労務を提供した。

(3)

被告は,平成24年9月以前から,就業規則(乙22)47条1項ただし
書に基づき,隔日勤務のタクシー乗務員の1日の労働時間の限度を15時間30分とすること等を内容とする1年単位の変形労働時間制(労働基準法32条の4)を採用していた。(乙17,弁論の全趣旨)
(4)

被告の就業規則69条に基づくタクシー乗務員賃金規則(甲1。平成22
年4月付け。以下「被告賃金規則」という。)には,本採用されてタクシー乗務員として就業する従業員の賃金について,
以下のように定められていた。

基本給として,1乗務(15時間30分)当たり1万2500円を支給する。


服務手当(タクシーに乗務せずに勤務した場合の賃金)として,タクシーに乗務しないことにつき従業員に責任のない場合は1時間につき1200円,責任のある場合は1時間につき1000円を支給する。


交通費として,交通機関を利用して通勤する者に対し,非課税限度額の範囲内で実費支給する。

エ(ア)

割増金及び歩合給を求めるための対象額
(以下
「対象額A」
という。


を,次のとおり算出する。
対象額A={(所定内揚高-所定内基礎控除額)×0.53}+{(公出揚高-公出基礎控除額)×0.62}
(イ)

「所定内基礎控除額」は,所定就労日の1乗務の控除額(平日2万
9000円〔ただし,「A乗務」の場合は1万0600円〕,土曜日1万6300円,日曜祝日1万3200円)に,平日,土曜,日曜祝日の各乗務日数を乗じた額とする。また,「公出基礎控除額」は,公出(所定乗務日数を超える出勤)の1乗務の控除額を平日2万4100円(ただし,「A乗務」の場合は7900円),土曜日1万1300円,日曜祝日8200円として,所定内基礎控除額と同様に算出した額とする。なお,「A乗務」とは,隔日勤務(所定労働時間が15時間30分で,
1日ごとに勤務する形態)の乗務社員が,都合により,日勤(所定労働時間が7時間45分の勤務形態。主に昼間の勤務)の乗務を行う場合を指す。

深夜手当は,次のとおりとする。
基本給+服務手当
×0.25×深夜労働時間



出勤日数×15.5時間
対象額A
×0.25×深夜労働時間
総労働時間

残業手当は,次のとおりとする。
基本給+服務手当
×1.25×深夜労働時間



出勤日数×15.5時間
対象額A
×0.25×残業時間
総労働時間
キ(ア)

公出手当のうち,法定外休日労働分は,次のとおりとする。

基本給+服務手当
×0.25×休日労働時間



出勤日数×15.5時間
対象額A
×0.25×休日労働時間
総労働時間

(イ)

公出手当のうち,法定休日労働分は,次のとおりとする。


歩合給(1)は,
次のとおりとする
(以下,
この定めを
「本件規定」
という。。

対象額A-{割増金(深夜手当,残業手当及び公出手当の合計)+交通費×出勤日数}


最低補償給は,次のとおりとする。
過去3か月支給総額

60
×

過去3か月労働日数
(5)

×当月労働日数
(7時間45分)
100

本件規定によれば,時間外,休日及び深夜労働(以下「時間外労働等」という。)により「割増金」(深夜手当,残業手当及び公出手当の合計)が支払われることになっても,
他方で,
歩合給(1)の算出に当たり,
当該
「割
増金」が対象額Aから控除される結果,その分だけ歩合給(1)が減少する。したがって,「割増金」が増えても,これに対応して歩合給(1)は減少するので,揚高が同じである限り,時間外労働等の有無及び時間数にかかわらず,「割増金」と歩合給(1)を合計した実際の支給額には変動はない(ただし,揚高が低く時間外労働等が長い場合など,対象額Aから「割増金」及び交通費を控除した金額がマイナスになる場合に,歩合給(1)がゼロ以下になることはない。この場合には,歩合給(1)はゼロであり,時間外労働等の有無及び時間数に応じて算出される「割増金」の額によって実際の支給額が定まることになる。)。
なお,本件規定による歩合給(1)の算定方法が有効だとした場合,被告賃金
規則上,時間外労働等に係る歩合給(1)の「割増金」の算定基礎となる時給金額は,
前記のとおり,
対象額Aを総労働時間で除した金額とされているので,
労働基準法施行規則(昭和22年厚生省令第23号)19条1項6号所定の方法で算出した時給金額(賃金算定期間における歩合給(1)の総額を当該賃金算定期間における総労働時間数で除した金額)よりも高くなる。
(6)

原告らの賃金は,毎月17日締め,当月27日払いであった。

(7)ア

原告らは,平成24年9月18日から平成26年8月17日までの間,
被告賃金規則上の本採用の乗務員として,
別紙の
「所定乗務日数」
及び
「公
出乗務日数」の各欄記載のとおり就労した。

上記アの期間における原告らの揚高(売上)は,別紙の「所定税抜揚高」及び「公出揚高」の各欄記載のとおりであった。これらに基づいて,被告賃金規則の定めにより,原告らの残業手当,深夜手当,公出手当,交通費及び歩合給(1)の額を計算すると,それぞれ,同別紙の「残業手当」,「深夜手当」,「公出手当」,「通勤手当」及び「歩合給」の各欄記載のとおりとなる。

2
争点及びこれに関する当事者の主張
(1)

本件規定のうち対象額Aから「割増金」(深夜手当,残業手当及び公出手
当の合計(以下「残業手当等」という。))と交通費を控除する部分の無効性
(原告ら)

残業手当等を控除する部分について
労働基準法37条が,時間外労働等に対して割増賃金の支払を義務付けている趣旨は,時間外労働等は,通常の労働形態に比して労働の肉体的及び精神的負荷が高いことから,通常の労働報酬より高い報酬の支払を義務付けることで,その抑制を意図し,労働時間制の原則の維持を図るとともに,過重な労働に対する労働者への保障を行おうとする点にある。すなわち,同条は,時間外労働等を行った場合には,時間外労働等を行わなかった場合に比べて,割増賃金分の賃金が増額されることを要請し,使用者に経済的負担を負わせることで,法政策上,時間外労働等を抑制することを目的としている。同条に違反して割増賃金を支払わなかった場合に使用者に刑事罰まで科せられることからすれば(労働基準法119条1項),同法37条は強行規定であって,同条に違反する就業規則及び賃金規則は無
効となり,無効部分は同条の規定によることになる(同法13条)。本来原告らに支払われなければならない歩合給は,売上に応じて発生した歩合額(対象額A)であるところ,本件規定によれば,歩合給(1)は,対象額Aから残業手当等及び交通費を控除したものとなるため,原告らがどれだけ時間外勤務を行い,どれだけ残業手当等が発生したとしても,残業手当等と同額が歩合給から控除され,揚高が同じである限り,原告らへの実際の支給額は全く増加しないことになる。このような規定は,原告らに対して全く割増賃金が支払われないことと同様の結果をもたらし,労働基準法37条の趣旨を没却し,同条による規制を潜脱するものである。よって,本件規定のうち,歩合給から残業手当等を差し引いている部分は,労働基準法37条及び公序良俗(民法90条)に反し,無効である。なお,被告が主張するn労働組合は,被告と非常に密接な関係にあるいわゆる御用組合であり,被告と一心同体の存在であるから,被告賃金規則に異議を述べなかったのは当然であり,このことが本件規定の無効性の評価を障害するものではない。

交通費を控除する部分について
被告賃金規則には交通費が支払われる旨が定められているが,本件規定によれば,交通費と同額が歩合給から控除されることになる。このような規定は,実質的に交通費を支払わないことと同様の結果をもたらし,違法である。
よって,本件規定のうち,歩合給から交通費を控除する部分は,被告賃金規則の解釈上,無効である。


原告らに本来支払われるべき歩合給について
上記ア,イのとおり,本件規定のうち,歩合給から残業手当等及び交通費を控除する部分は無効であり,本来原告らに支払われなければならない歩合給(歩合給(1))の算出式は,対象額A,すなわち,{(所定内揚高-
所定内基礎控除額)×0.53}+{(公出揚高-公出基礎控除額)×0.62}となる。
なお,歩合給から残業手当等及び交通費を控除する代わりに別の控除項目を設定すべき根拠は何ら存在しない。被告は,乗務員間の公平な揚高の分配を図るために,そのような控除項目を設定するという労使間の合理的意思解釈が成り立つと主張するが,少なくとも原告らはそのような意思を有していない。
(被告)

残業手当等を控除する部分について
争う。
まず,被告は,歩合給(1)の算出過程において対象額Aから残業手当等及び交通費を控除して歩合給(1)を算出しているにすぎず,歩合給として得られた金額から残業手当等及び交通費を控除しているものではない。時間外労働等が行われれば,被告賃金規則上,必ず残業手当等は支給されるのであり,歩合給(1)に対応する割増賃金の額も,労働基準法施行規則19条1項6号により算出される金額よりも多い金額を支払うことになるから,本件において,労働基準法37条違反の問題は生じない。原告らの主張は,対象額Aと歩合給(1)を混同した主張である。
賃金をどのように定めるかについては,労働基準法,最低賃金法その他の法令による制限が及ぶものを除き,契約自由の原則が妥当する。歩合給(1)について定めた本件規定は,労働基準法その他の法令に違反しておらず,歩合給(1)の算定上,一定の控除項目を設けることは,契約自由の原則から認められる。
この点,本件規定が労働基準法37条の趣旨に反し,公序良俗違反(民法90条)であるとの原告らの主張は,歩合給(1)を算出するための仮の数字である対象額Aを,あたかも乗務員が支給を受けられる歩合給であるか
のように捉えている点で誤りがある。残業手当等とは別建てで支給される歩合給(1)を,非効率な営業を行ったことを理由に低く算出することは,何ら不合理なことではない。また,被告は,対象額Aから{割増金(深夜手当,残業手当及び公出手当の合計)+交通費×出勤日数}を控除した金額がマイナスになったとしても,歩合給(1)をゼロにするにとどめ,給与総額からさらに控除することもしていない。さらに,タクシー業界では,多人数の乗務員が使用者の直接目の届かないところで稼働しているという職場環境の特殊性及び営業収入を上げて歩合給を増やそうとする特殊経済的理由の二つの要素から,過重労働を招きやすい事情があるため,厚生労働省から「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」(乙7)という告示により過重労働の防止が強く要請され,使用者としても,効率的営業を第一義として乗務員の営業方法を指導しなければならない立場にある。本件規定は,このような過重労働を防止し,法定労働時間内の効率的営業を賃金面で奨励するものであり,労働基準法37条が時間外労働等の抑制を目的としているのと同様の目的から構築されているものである。そして,被告は,乗務員の入社に際し,被告賃金規則の説明をしてその内容を周知させており,
長年にわたり被告賃金規則に従って賃金を支払ってきている。
その間,被告の乗務員の95パーセントで組織されるn労働組合から異議が出たことはなく,原告らも,当該組合に所属していた当時は,異議を述べていなかった。これらの諸点のほか,タクシー業界においては,時間外労働をすれば,通常,揚高が上がり,被告賃金規則による総支給額も増加することを併せ考えると,
本件規定は,
労働基準法37条の趣旨に反せず,
公序良俗違反ではない。

交通費を控除する部分について
被告は,歩合給として得られた金額から残業手当等及び交通費を控除しているものではなく,交通費は,現実に支給している。

また,歩合給(1)の算出過程において交通費を控除する点については労働基準法37条違反の問題は生じ得ない。被告は,当初,交通費を支給しない案をn労働組合に提示したが,同組合から,可処分所得を増やすために交通費の欄を設け,交通費を非課税扱いにしてほしいとの強い要請があったために,税務署との協議の結果,被告賃金規則のような定めを置いたものであり,この点が公序良俗違反になる余地はない。

原告らに本来支払われるべき歩合給について
(ア)

仮に,本件規定のうち,残業手当等を控除する点が公序良俗違反で
あると見る余地があるとしても,
本件規定は,
労使が再三の協議の上で,
双方が最も合理的であると判断して合意に至った規定であるから,可及的に当事者の意思を尊重すべきであり,労働基準法37条の趣旨に違反している部分のみを無効と解すべきである。
(イ)

また,その点を措いても,公序良俗違反により法律行為の一部が無
効である場合には,まず無効な部分を法律の規定,慣習,条理等によって補充して合理的な内容に改造し,しかる後に,この合理的な内容を強制することが当事者の目的に明らかに反する場合にだけ,全部を無効とすべきである。本件において,被告は,歩合給(1)を設けるに当たり,割増金(残業手当等相当額)を控除することを前提に歩率を高く設定し,労使間の利益分配を合理的に行おうとしたのであり,歩率に変化を生じさせることなく,代替的控除項目も設定しないのでは,乗務員に不当に利益を与える一方,被告の経営上必要な取り分の留保を否定することによって被告の経営を困難にさせ,当事者間の公平を害する。各乗務員の残業手当等を控除することが違法とされるのであれば,例えば,被告の全乗務員の割増賃金支給額を延べ人数の乗務員の乗務数により除した上,これに乗務日数を乗じた金額を控除するという合理的意思解釈をすべきである。これによれば,原告mのみ8万6320円の限度で認容さ
れるべきことになる。
(2)

付加金の支払を命じることの可否及び相当性

(原告ら)
被告賃金規則は労働基準法37条に違反するものであり,被告は,原告らによる再三の請求にもかかわらず,未払歩合給を一切支払おうとしない。未払額も多額であり,本件は非常に悪質な事例であるため,歩合給から控除されている残業手当等と同額の付加金の支払が命じられるべきである。(被告)
争う。
被告は,労働基準法37条により計算した残業手当等を実際に支払っており,同条違反の問題は生じない。
また,被告賃金規則は,被告における最大の労働組合であるn労働組合との再三にわたる協議の結果,合意に至った合理的な規則であり,労働基準監督署から労働基準法37条違反の指摘を受けたこともなく,乗務員にも周知されていたのであるから,
本件が非常に悪質な事例であるとは到底言えない。
第3
1
当裁判所の判断
争点(1)(本件規定のうち対象額Aから残業手当等と交通費を控除する部分の無効性)について
当裁判所は,本件規定のうち対象額Aから残業手当等と交通費を控除する部分は,原告ら主張のごとく無効であるとまでは認められないと考える。その理由は,次のとおりである。
(1)

残業手当等を控除する部分について
原告らは,本件規定のうち対象額Aから残業手当等を控除する部分は,本来原告らに支払われなければならない歩合給から残業手当等を差し引くことを内容とするものであって,労働基準法37条及び公序良俗に反して無効であると主張する。

まず,労働基準法37条は,時間外労働等が,通常の労働形態に比して労働の肉体的及び精神的負荷が高いことから,通常の労働報酬より高い報酬の支払を義務付けることで,その抑制を意図し,労働時間制の原則の維持を図るとともに,過重な労働に対する労働者への保障を行おうとすることを趣旨とするものであるところ,被告賃金規則のうち,基本給,服務手当及びこれに対する残業手当等を支払う旨を定めている部分自体は,上記の趣旨に合致することは明らかである。

問題は,
本件規定による歩合給(1)の算出方式が,
その算出過程において,
常に残業手当等を控除するという構造になっているため,時間外労働等が増加し,残業手当等が増加しても,その分,歩合給が減少することになるという点であり,このような歩合給の算出方式が,労働基準法37条の趣旨を没却し,同条による規制を潜脱するものであるかどうかである。そこで検討するに,まず,歩合給は,労働基準法27条の「出来高払制その他の請負制」の賃金であると解され,同条は,出来高払制その他の請負制の賃金制度のもとで,出来高が少ない場合でも,労働者に対し通常の実収賃金と余りへだたらない程度の収入が保障されるよう,労働時間に応じ一定額の賃金の保障をすることを要求している。また,行政通達レベルでは,自動車運転者の歩合給に関し,「賃金制度は,本来,労使が自主的に決定すべきもの」ではあるが,歩合給制度のうち特に累進歩合制度については,これを廃止すべきものとされている(平成元年3月1日基発第93号)。その趣旨は,累進歩合制度は,営業収入等をその高低に応じて段階的に区分し,階級区分の上位になるほど歩率を逓増させるものであるところ,このような累進歩合制度のもとでは,歩率の変動する営業収入の直前の労働者に次の段階に到達するため長時間労働やスピード違反等を誘発させる結果になりやすいという点にある(乙2)。
以上のほか,歩合給の定め方や算出方式等について,明示的に規制をし
た法令又は通達の定めは見当たらない。

しかるところ,歩合給は,それが出来高払い賃金の一種である以上,その性質は,労働時間に対して支払われる賃金ではなく,労働の成果に応じて額が変動する賃金であり,どれだけ時間外労働等を行っても,成果が上がらなければ支給される金額が上昇しないことはもとより,1時間当たりの賃金単価は低下することが当然に予定されているものということができる(労働時間に応じた賃金は,労働基準法27条の労働時間に応じた「一定額の賃金」の限度で保障されているにすぎない。)。歩合給の具体的内容をどのように定めるかについては,前記した通達を除けば,明示的な法令上又は行政通達上の規制はされておらず,他の賃金と同様,基本的には当事者間の合意によって定められるべきものである。合意された歩合給の内容が,最低賃金法(昭和34年法律第137号)4条及び最低賃金法施行規則(昭和34年労働省令第16号)2条1項5号により時給換算した額が最低賃金額に満たないときは,その限度で無効とされることがあるが,これを除けば,歩合給のもとで,労働の成果の評価を踏まえた賃金の算出方式をどのように定めるかは,強行法規に違反しない限り,当事者の自由というべきである。


本件において,原告らは,本件規定が,強行法規である労働基準法37条の趣旨に反する旨主張し,確かに,本件規定によれば,揚高が同じ場合,時間外労働等をしても,これに対応して発生した残業手当等が歩合給の算出過程で対象額Aから控除される結果,実際に支給される金額は内訳が異なるだけで同額になるから,時間外手当等が支給されていないのと同じことになるのではないかとの疑問が生ずる。
しかしながら,労働基準法37条は,当事者間で合意された賃金を前提として,時間外労働等がされたときは,当該賃金について所定の割増率を乗じた割増賃金を支払うべきことを定めた規定であって,歩合給の算出方
法について規制している規定ではない。歩合給は労働の成果に連動する賃金であり,労働の成果の評価方法として,揚高から経費に相当する部分を控除する算出方法をとることは不合理ではなく,たとえ揚高が同じであったとしても,時間外労働等がされた場合における労働の成果は,時間外労働等に伴う残業手当等の増加により経費が増加する結果,相対的に低くなるということができるのであるから,労使間で,あらかじめ,これを見越して残業手当等その他の経費に相当する金額を控除する方法で歩合給を算出するような方式について合意することを否定すべき理由はない。本件規定中の対象額Aから控除される「割増金」の性質は,あくまでも具体的な歩合給を算出する過程で用いられる経費率や経費の概数として用いる定数等の計算上の数値と異なるところはなく,対象額Aから「割増金」を控除することに代えて,例えば,1か月間に通常発生する人件費を含む経費の平均値等一定の数値を控除したり,対象額Aに一定の経費率を乗ずる算出方式をとったとしても,それが法律上禁止されているわけではない。むしろ,タクシー営業は,多人数の乗務員が使用者の目の届かない場所で就労するという性質から使用者の指揮監督が及びにくいため,歩合給で労働者の労働意欲を刺激する必要性がある一方,時間外労働等をすればするほど通常揚高が上がるため,歩合給が労働者にとって時間外労働等を行うインセンティブとなって長時間労働を誘発しやすく,上記性質から使用者の指揮監督による労働時間の抑制も必ずしも容易でないという特有の問題がある。前記通達による累進歩合制度の禁止も,このような問題を踏まえたものである。このようなタクシー営業の性質を踏まえると,労働時間ではなく,労働の成果に連動する賃金である歩合給の算定において,労働者側の時間外労働等を行うインセンティブを抑制するため,同じ揚高の場合に時間外労働等が少ないほど,歩合給が高くなるような算出方式を定めることも,使用者が他方で労働者に時間外労働等を促しているといったよ
うな矛盾した言動がない限りは,政策的にも長時間労働の防止による労働者の保護及び交通安全の確保のため合理性があり,その歩合給に基づく割増賃金が支払われる限り,労働基準法37条の趣旨(前記ア)に反しないというべきである。
以上,要するに,賃金は労使の合意により定められるべきものであり,合意で定める歩合給の算出方法について前記した以外の現行法令及び行政通達上の規制はなく,時間外労働等に対し通常の労働報酬より高い報酬の支払を義務付けるという労働基準法37条の趣旨は,合意された賃金に対応する法定の割増賃金が支払われれば充足されるというべきであって,同条は,時間外労働等の増加に伴って歩合給の額が低下するような歩合給の定め方をすることを一律に禁止するものとまでは解することはできない。タクシー営業の性質を踏まえると,そのような歩合給の定め方も合理性があり,同条の趣旨に反するとまでは認めることができない。
原告らは,残業手当等を控除する前の対象額Aが「本来原告らに支払われるべき歩合給」であるかのような主張をするが,歩合給の内容は,労働契約の内容である本件規定によって定まるのであるから,そのように解する法的根拠はなく,原告らの主張は,その前提を欠くものとして採用することができない。

そこで,本件において,被告賃金規則のもとで,歩合給(1)について労働基準法37条の趣旨に沿った割増賃金が支払われるのかどうかについてみるに,
前提事実(5)のとおり,
労働基準法施行規則19条1項6号によれば,
賃金算定期間における歩合給(1)の総額を当該賃金算定期間における総労働時間で除した金額に時間外労働等の時間数を乗じた金額が割増賃金の算定基礎となり,これに2割5分を乗じた金額が法定の割増賃金額となる。就業規則等の定める計算方法がこれと異なっていても,算出される金額が法定の割増賃金額を下回らない限り,労働基準法37条違反ではない(昭
和24年1月28日基収第3947号)。一方,被告賃金規則は,賃金算定期間における対象額Aの総額を当該賃金算定期間における総労働時間で除した金額に時間外労働等の時間数を乗じた金額が割増賃金の算定基礎となり,これに2割5分を乗じた金額を割増賃金として支払う旨を定めている。そして,本件規定によれば,対象額Aが歩合給(1)を下回ることはないし,割増賃金の計算方法が明確に示されている被告賃金規則によれば,通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することもできるから,被告賃金規則により,歩合給(1)に対応する法定の割増賃金以上の金額が支払われることになると認めることができる。
このような場合においても,対象額Aから{割増金(残業手当等)+交通費×出勤日数}を控除した金額がマイナスになった場合に,歩合給(1)をゼロにするにとどめず,これを給与総額からさらに控除するというのであれば,基本給部分の残業手当等の一部又は全部が支払われなくなるという意味において,労働基準法37条の趣旨を没却し,同条による規制を潜脱していると見る余地はあるが,証拠(乙19・8ないし10頁)及び弁論の全趣旨によれば,被告は,歩合給(1)をゼロにするにとどめていることが認められる。
したがって,被告賃金規則による残業手当等は,時間外労働等が行われれば,必ず支給されることになるから,被告賃金規則は,労働基準法37条の趣旨を充足しているというべきであり,本件規定が同条の趣旨を没却し,同条による規制を潜脱するものとは認められないというべきである。揚高が同じである限り,時間外労働等を行っても原告らへの賃金の支給総額が増加しないことになるのは,残業手当等が支払われないことによるものではなく,基本給及び服務手当に加算して支払われる歩合給(1)の額が一定の揚高を上げるための能率に応じて低下することの結果にすぎない。カ
以上に加え,本件全証拠を検討してみても,本件規定のうち対象額Aか
ら残業手当等を控除する部分が公序良俗に反するというべき事情を認めることはできない。すなわち,歩合給をどのように定めるかについては,前記のとおり,労働基準法,最低賃金法その他の法令による制限が及ぶものを除き,契約自由の原則,労使自治の原則が妥当する。被告賃金規則は,労働基準法27条の保障給として,前提事実(4)ケのとおり,歩合給の最低補償給を定めており,これが最低賃金法による制限に反することを認めるに足りる証拠もなく,歩合給の算出に当たって一定の揚高を上げるための能率を評価の対象にしてはならない旨の法令上の制限もない。
かえって,証拠(甲1,乙3,乙4,乙5,乙18,乙19,乙21の1及び2)及び弁論の全趣旨によれば,被告は,乗務員の入社に際し,被告賃金規則(甲1)の説明をしてその内容を周知させていること,被告賃金規則と同様の歩合給の算定方式を定めた賃金体系は,過去に行われていた固定給中心の賃金体系を改定したものであること,当該改定に当たっては,当時の労使間において大小30回を超える協議が行われた結果,改定後の賃金体系への移行に係る労使の合意が成立したこと,少なくとも本件訴訟に係る訴えが提起された平成26年までの10年以上もの間,被告においては,被告賃金規則で定める方式に従って賃金が支払われており,この間,品川労働基準監督署からも労働基準法37条違反である旨の指摘はされていなかったこと,被告の乗務員の約9割が所属する労働組合であるn労働組合の試算によれば,原告らの主張する計算方法に従うと,割増賃金支払額は1年間で16億4289円に達し,被告の存続が困難になること,組合員の雇用を維持するため,被告に現在と同様の適正利潤を確保しようとすると,歩率を現行の53%から約38%(公出の場合は,現行の62%から概ね52%)
に引き下げざるを得なくなるところ,
そうすると,
現在,時間外労働等をせずに揚高を確保している乗務員についても,一律に低い歩率が適用されることになってしまうこと,これらの理由により,
同組合としては,原告らの主張するような賃金体系よりも被告賃金規則の内容が合理的であると考えており,本件口頭弁論終結時においても,被告賃金規則及び本件規定の内容を支持していることが認められる。これらの経緯に照らすと,本件規定を含む被告賃金規則の内容は,労使の利益調整の結果を適正に反映させたものと推認されるというべきであり,その効力は可能な限り尊重されるべきである。

以上によれば,本件規定中,対象額Aから残業手当等を控除する部分が無効である旨の原告らの主張は理由がない。

(2)

交通費を差し引いている部分の違法をいう原告らの主張について
原告らは,
本件規定のうち対象額Aから交通費を差し引いている部分は,
本来原告らに支払われなければならない歩合給から交通費を差し引くことを内容とするものであって,交通費を支払う旨を定める被告賃金規則に実質的に反し,無効であると主張する。
しかしながら,まず,歩合給(1)の算出過程において交通費を差し引いている点は,残業手当等の発生とは無関係であるから,労働基準法37条違反の問題が生じる余地はない。
また,被告賃金規則上,交通費自体は必ず支給されるのであり,交通費に加算して支払われる歩合給(1)の算出に当たって交通費相当額が経費として差し引かれるにすぎない。そして,歩合給をこのように算出してはならない旨の法令上の制限もない。本件規定も被告賃金規則の定めであるから,交通費を支給する旨の規定と歩合給の算定方法を定める本件規定との間に効力の優劣があるともいえない。
他に,本件全証拠を検討してみても,本件規定のうち対象額Aから交通費を差し引いている部分が公序良俗に反するというべき事情を認めることはできない。


原告らの主張は,結局のところ,本来原告らに支払われなければならな
い歩合給は対象額Aであるべきであるということを前提とするものであるところ,前記のとおり,そのように解すべき法的根拠を見出すことはできず,上記主張はその前提を欠くものである。
したがって,原告らの上記主張も理由がない。
(3)

小括
以上のとおりであるから,原告らの労働契約に基づく未払歩合給の支払請
求は,
その余の点について判断するまでもなく理由がないというべきである。2
争点(2)(付加金の支払を命じることの可否及び相当性)について以上判示したところによれば,本件規定のうち対象額Aから残業手当等を差し引いている部分が労働基準法37条に違反する旨の原告らの主張は理由がなく,被告は同条の規定に違反した使用者ではなく,未払残業手当等があることを認めるに足りる証拠はないから,同法114条の付加金の支払を命ずるための要件がない。したがって,被告に対して付加金の支払を命じることはできない。

3
結論
以上の次第で,原告らの請求は,その余の点について判断するまでもなく,いずれも理由がないというべきである。
よって,
原告らの請求をいずれも棄却することとし,
主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第19部

裁判長裁判官

清水
裁判官

若松響光晴
裁判官

宮川広臣
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