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損害賠償請求事件
事件番号平成26(ワ)687
事件名損害賠償請求事件
裁判年月日平成28年4月18日
法廷名東京地方裁判所
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平成28年4月18日判決言渡
平成26年(ワ)第687号

損害賠償請求事件

主文
1
原告らの請求をいずれも棄却する。

2
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由

第1

請求
被告は,原告らに対し,それぞれ別紙1債権目録合計金額欄記載の各金員及びこれに対する平成26年2月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2
1
事案の概要等
事案の概要
本件は,都立高等学校又は都立特別支援学校の教員であった原告らが,定年退職に先立ち申し込んだ被告の平成22年度の非常勤教員(都立学校等に勤務する講師の報酬等に関する条例(昭和49年条例第30号)2条3項の日勤講師であって,都立学校等に勤務する日勤講師に関する規則(平成19年教育委員会規則第60号。以下「日勤講師規則」という。)5条の規定により,非常勤教員と称するとされている。以下単に「非常勤教員」という。)の採用候補者選考において,東京都教育委員会(以下「都教委」という。)から,原告らが卒業式における国歌斉唱の際に国旗に向かって起立し国歌を斉唱することを命ずる旨の各校長の職務命令に従わなかったことを理由に不合格とされたため,当該職務命令が憲法等に違反し,原告らを不合格としたことは違法であるなどと主張して,被告に対し,国家賠償法(昭和22年法律第125号)1条1項に基づく損害賠償を求める事案である。

2
前提事実(争いのない事実に加え,証拠(甲1,甲3,甲5,甲7から甲11まで,甲12の1から甲14の4まで,甲50,甲51,甲59,甲60の1及び2,甲68の1,甲69,乙1から乙8まで,乙9の3,乙47,乙49,乙52,証人A)及び弁論の全趣旨により認定した。なお,認定証拠は認定事実の項目毎に再掲する。)
(1)

当事者(争いがない。)
原告らは,都立高等学校又は都立特別支援学校の教員であったが,いずれも平成22年度末(平成23年3月31日付け)で定年退職した。

被告は,地方自治法(昭和22年法律第67号)180条の5第1項1号,地方教育行政の組織及び運営に関する法律(昭和31年法律第162号。以下「地教行法」という。)2条に基づき,都教委を設置する地方公共団体である。
都教委は,地教行法21条に基づき,学校その他の教育機関の設置管理や職員の任免等の事務を管理,執行する権限を有する行政庁である。都教委は,その権限に属する事務を処理させるため,事務局として教育庁を置き(地教行法17条1項),都教委が任命した教育長は,都教委の指揮監督の下に,都教委の権限に属する全ての事務をつかさどるほか,教育庁の事務を統括し,所属の職員を指揮監督する(地教行法13条1項)。
(2)

平成15年10月23日付けの都教委の通達
(乙9の3,
弁論の全趣旨)
都教委は,都立高等学校及び都立盲・ろう・養護学校の各校長に対し,平
成15年10月23日,別紙2の内容の「入学式,卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について(通達)」(乙9の3。以下「本件通達」という。を発出した。

本件通達は,
都教委の各校長に対する職務命令である。
(3)

原告らの処分歴等(甲7から甲11まで,甲59,甲60の1及び2,
弁論の全趣旨)

原告らは,本件通達が発令された後,いずれも所属する各学校の校長から,卒業式の国歌斉唱の際は,会場の指定された席や位置で国旗に向かって起立して,国歌を斉唱することという職務命令(以下,原告らに対するこれらの職務命令を「本件職務命令」と総称する。)を受けた。しかし,原告らは,本件職務命令に従わず,卒業式の国歌斉唱の際,起立しなかったため,それぞれ,都教委から,原告らの不起立(以下「本件不起立」という。)は地方公務員法(昭和25年法律第261号)32条違反(職務命令違反)及び同法33条違反(信用失墜行為)に当たるなどとして,次のとおり懲戒処分を受けた(なお,これらの懲戒処分の中には,本件口頭弁論終結時において係争中のものもあるところ,裁判により処分の取消しが確定したものについてのみ,その旨記載した。)。

原告Bについて(甲7,甲8,弁論の全趣旨)
(ア)
(イ)


平成19年3月30日付け戒告処分
平成23年3月30日付け減給10分の1(1か月)の懲戒処分

原告Cについて(甲9の1から4まで,甲60の1,弁論の全趣旨)(ア)

平成16年4月6日付け減給10分の1(1か月)の懲戒処分(な
お,同処分は,最高裁判所平成23年(行ツ)第263号同24年1月16日第一小法廷判決・最高裁判所裁判集民事239号253頁により取り消されている。)
(イ)

平成17年3月31日付け減給10分の1
(6か月)
の懲戒処分
(な

お,同処分については,平成25年9月6日の最高裁判所第二小法廷判決(平成25年(行ツ)第140号事件)により,同処分を取り消した東京高等裁判所判決が確定している。)
(ウ)
(エ)

平成21年3月31日付け停職3か月の懲戒処分

(オ)

平成19年3月30日付け停職1か月の懲戒処分

平成23年3月30日付け停職6か月の懲戒処分

原告Dについて(甲10,甲11,甲59,甲60の1及び2,弁論の全趣旨)
(ア)

平成16年3月31日付け戒告処分
(イ)

平成20年3月31日付け減給10分の1(1か月)
の懲戒処分
(な

お,同処分については,東京地方裁判所平成22年(行ウ)第94号事件において平成27年1月16日に言い渡された判決により,その取消しが確定している。)
(4)

平成22年度の非常勤教員採用候補者選考(甲1,甲3,甲5,甲12
の1から甲14の4まで,甲68の1から3まで,甲69,乙1,乙2,乙49,弁論の全趣旨)

都教委は,平成22年10月1日,教育庁人事部長名の「平成22年度東京都公立学校再任用職員,再雇用職員(教育職員)及び非常勤教員採用候補者選考の実施について(通知)」と題する書面(甲1,乙1)により,各校長に対し,平成22年度の非常勤教員採用候補者選考(以下「本件選考」という。)を実施する旨通知するとともに,平成22年度非常勤教員採用候補者選考実施要綱(甲3,乙49)を定めた。


原告らは,
所定の手続に従って本件選考の申込みをし,
面接を受けたが,
平成23年1月18日ころ,いずれも不合格となった旨の通知を受けた。

本件選考の申込者数は全体で718名
(うち都立学校は201名)
であり,
合格者数は701名(うち都立学校は189名),不合格者数は17名(うち都立学校は12名)であった。

(5)

再雇用制度,非常勤教員制度及び再任用制度(甲3,甲50,甲51,
乙3から乙8まで,乙47,乙49,乙52,証人A,弁論の全趣旨)ア
再雇用制度(甲51,乙3,乙4,弁論の全趣旨)
都教委は,「東京都公立学校再雇用職員設置要綱」(乙3)を定め,定年退職等により一旦退職した教職員等を地方公務員法3条3項3号に定める特別職の非常勤職員として新たに任用する再雇用制度を実施していた。再雇用制度は,雇用と年金との連携を図り,定年退職者の定年後の雇用・生活を保障する趣旨だけではなく,退職者の退職後の生きがい及び生活の安定並びに退職者による学校教育の充実といった観点から導入された制度であった。再雇用制度における新たな選考は,定年退職前に勧奨退職した者を対象とする採用などを除き,平成20年度に原則廃止されている。

再任用制度(甲51,乙47,証人A,弁論の全趣旨)
再任用制度は,地方公務員法28条の4及び同法28条の5に基づく制度である。同法28条の4第1項及び同法28条の5第1項によれば,任命権者は,当該地方公共団体の定年退職者等を従前の勤務実績等に基づく選考により,1年を超えない範囲内で任期を定め,常時勤務を要する職又は短時間勤務の職に採用することができるとされている。その身分は,一般職の地方公務員であり,公務員定数(定員)の規制を受ける(地教行法31条3項参照)。


非常勤教員制度(甲3,甲50,甲51,乙5から乙8まで,乙47,乙49,乙52,証人A)
被告では,平成20年度に行政系職員及び教育職員を含めた被告の人事制度全体として,再雇用制度を原則廃止し,定年退職後の雇用は地方公務員法28条の4及び同法28条の5に基づく再任用制度を基本とすることとなった。しかし,再任用制度により再任用された職員は勤務日数が限定されていることや,再雇用制度が廃止された場合に正規職員の負担の増加が懸念されたことから,従来,再雇用職員が担ってきた業務のうち欠かせない業務を担う非常勤の職として,新たに非常勤教員制度が設けられた。非常勤教員の任用は平成20年4月1日から開始された。非常勤教員は,地方公務員法3条3項3号に定める特別職の非常勤職員であり,公務員定数(定数)の規制を受けない(この点は,再雇用制度の下で再雇用された職員も同様であった。)。非常勤教員の採用については,都教委により各年度の「非常勤教員採用候補者選考実施要綱」が定められ,任用に当たっては,同要綱に基づき採用候補者選考を実施することとされている。「平成22年度

非常勤教員採用候補者選考実施要綱」(甲3,乙49)によ

れば,選考の方法について,勤務成績及び面接等の結果を総合的に勘案して選考するとされている。
(6)

当事者の主張に関係する法令
国旗及び国歌に関する法律(平成11年法律第127号。なお,1条1項における「日章旗」を以下「日の丸」という。)
1条1項
2条1項


国旗は,日章旗とする。
国歌は,君が代とする。

教育基本法(平成18年法律第120号)
16条1項

教育は,不当な支配に服することなく,この法律及び他の
法律の定めるところにより行われるべきものであり,教育行
政は,国と地方公共団体との適切な役割分担及び相互の協力
の下,公正かつ適正に行われなければならない。


旧教育基本法(昭和22年法律第25号。平成18年法律第120号による全部改正前のもの)
10条1項

教育は,不当な支配に服することなく,国民全体に対し直
接に責任を負つて行われるべきものである。


地方公務員法
29条1項

職員が次の各号の一に該当する場合においては,これに対
し懲戒処分として戒告,減給,停職又は免職の処分をするこ
とができる。

1号

この法律若しくは第57条に規定する特例を定めた法律
又はこれに基く条例,地方公共団体の規則若しくは地方公共
団体の機関の定める規程に違反した場合

2号

職務上の義務に違反し,又は職務を怠つた場合
3号
32条

全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合

職員は,その職務を遂行するに当つて,法令,条例,地方公共
団体の規則及び地方公共団体の機関の定める規程に従い,且つ,
上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない。

33条

職員は,その職の信用を傷つけ,又は職員の職全体の不名誉と
なるような行為をしてはならない。

第3

本件の争点
本件の争点は以下のとおりである。

1
本件通達及び本件職務命令が憲法26条,憲法13条,憲法23条及び旧教育基本法10条1項(教育基本法16条1項)に違反するか(争点1)
2
本件通達及び本件職務命令が
「市民的及び政治的権利に関する国際規約」
(昭
和54年条約第7号。以下「自由権規約」という。)18条に違反するか(争点2)

3
原告らが本件選考において不合格とされたこと
(以下
「本件不採用」
という。

は思想良心,信仰に基づく不利益取扱いとして憲法19条及び憲法20条に違反するか(争点3)

4
本件不採用に都教委の裁量権濫用・逸脱があるか(争点4)

5
原告らの損害額(争点5)

第4

争点に関する当事者の主張
争点に関する当事者の主張は以下のとおりである。

1
争点1(本件通達及び本件職務命令が憲法26条,憲法13条,憲法23条及び旧教育基本法10条1項(教育基本法16条1項)に違反するか)【原告らの主張】
(1)

旭川学力テスト事件最高裁判決(最高裁判所昭和43年(あ)第161
4号同51年5月21日大法廷判決・刑集30巻5号615頁)は,教育行政機関が法律の授権に基づいて普通教育の内容・方法について遵守すべき基準を設定する場合に,
その基準が旧教育基本法10条の禁ずる
「不当な支配」
にあたらず適法と言えるためには,教育の自主性尊重の見地や,教育に関する地方自治の原則を踏まえて,次の要件を満たすことを求めている。ア
教育における機会均等の確保と全国的な一定の水準の維持という目的のために必要かつ合理的と認められる大綱的な基準に止まっていること

教師による創造的かつ弾力的な教育の余地や,地方ごとの特殊性を反映した個別化の余地が十分残されていること


教職員に対し一方的な一定の理論や観念を生徒に教え込むことを強制するものでないこと(教化〔indoctrination:インドクトリネーション〕の禁止)
(2)

本件通達及びこれに基づく都教委の指導や本件職務命令は,以下のとお
り,到底,大綱的基準に留まっているとはいえない。また,創造的弾力的な教育の余地も否定するものである。

これまで,国旗掲揚・国歌斉唱時に起立斉唱を命じることは,児童生徒や参列者の思想良心の自由を制約しかねない危険があることに鑑みて,内心の自由の説明を行っていたことにつき,教師の創造的かつ弾力的な教育の余地として都立学校において実施されてきたが,都教委はこれを一律に禁止した。


特別支援学校において,障がいを有する児童や生徒の特性にあわせて各学校が工夫してきたフロア形式の卒業式等を,都教委は一律に演壇方式に変更し,教師の創造的かつ弾力的な教育の余地を奪った。


本件通達は,E教育長,F都知事,一部の都議会議員の特定の国旗や国歌を極端に尊重する考え方を実現しようとし,それを児童生徒に教え込もうとして発出された。

(3)

よって,本件通達及びこれに基づく本件職務命令は,旧教育基本法10
条1項(教育基本法16条1項),ひいては憲法26条,憲法13条,憲法23条に違反する。教育の自主性尊重や教育内容に対する過度の国家的介入・統制の禁止の法理は,憲法や旧教育基本法の上記各規定のみならず,児童の権利に関する条約
(平成6年条約第2号。「児童権利条約」
以下
という。

12条から14条まで及び28条並びに経済的,社会的及び文化的権利に関する国際規約(昭和54年条約第6号。以下「社会権規約」という。)13条によっても保障されていることに留意すべきである。
【被告の主張】
(1)

旧教育基本法10条は,教育行政の目標を教育の目的の遂行に必要な諸
条件の整備確立に置き,その整備確立のための措置を講ずるに当たっては,教育の自主性尊重の見地から,これに対する「不当な支配」となることのないようにすべき旨の限定を付したものであって,許容される目的のために必要かつ合理的と認められる介入は,たとえ教育の内容及び方法に関するものであっても,同条の禁止するところではないし,ましてや個々の教職員が自由に指導の内容・方法を決定できるとしたものではない。
(2)

旭川学力テスト事件最高裁判決は,「市町村教委は,市町村立の学校を
所管する行政機関として,その管理権に基づき,学校の教育課程の編成について基準を設定し,一般的指示を与え,指導,助言を行うとともに,特に必要な場合には具体的な命令を発することもできると解するのが相当である」と判示しているから,教育委員会がその権限の行使として発出する通達又は職務命令に関する限り,大綱的基準に止まるべきものと解することはできず,本件通達又は本件職務命令が大綱的基準に止まるものでないということだけを理由に「不当な支配」に当たると結論づけることはできない。(3)

さらに,旭川学力テスト事件最高裁判決は「憲法に適合する有効な他の
法律の命ずるところをそのまま執行する教育行政機関の行為がここにいう『不当な支配』となり得ないことは明らかである」と判示している。学習指導要領は法規としての効力を有し,学習指導要領が「入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする」と規定している以上,入学式や卒業式などにおいて国旗・国歌の指導を行うことを学校設置団体であり,学校管理機関としての教育委員会が学校に命じても,旧教育基本法10条1項の「不当な支配」が成立することはない。
(4)

旭川学力テスト事件最高裁判決は,教育行政機関が教育の内容及び方法
を決定することにより学校の裁量を制約することが許されないとしたものではなく,子ども自身の利益の擁護のため,また,子どもの成長に対する社会公共の利益と関心にこたえるため,必要かつ合理的と認められれば,教育行政機関が,教育の内容及び方法について学校の裁量を制約することも当然許される。
旭川学力テスト事件最高裁判決が判示するとおり,普通教育においては,児童・生徒に教授内容を批判する能力がなく,教師が児童・生徒に対し強い影響力,支配力を有し,また,教師を選択する余地も大きくないことを考えれば教師に完全な教授の自由を認めることはできない。このことは本件で問題となる高等学校においても同様である(最高裁昭和59年(行ツ)第46号平成2年1月18日第一小法廷判決・民集44巻1号1頁)。
(5)

以上の「不当な支配」の意義についての解釈及び旭川学力テスト事件最
高裁判決の判示内容は,
現行法である教育基本法16条所定の
「不当な支配」
の解釈にもそのままあてはまる。
(6)

本件通達は,都立学校において学ぶ児童・生徒に国旗・国歌に対する正
しい認識を持たせ,それらを尊重する態度を育てるという目的のもと,普通教育において指導すべき国旗・国歌に関する基礎的知識を指導するとともに,卒業式・入学式などの特別活動としての儀式的行事を学習指導要領に即して適正に実施するために発せられたものであって,学校管理機関としての都教委がその権限を行使する「許容された目的」のもとに発せられている。また,本件通達の内容は,学習指導要領の趣旨に沿って入学式・卒業式などを実施する上で,必要かつ合理的なものである。
(7)

よって,本件通達及びこれに基づく本件職務命令は,旧教育基本法10
条1項(教育基本法16条1項),憲法26条,憲法13条,憲法23条に違反するものとはいえない。教育行政機関が,学校における普通教育の場において子どもが自由かつ独立の人格として成長していくために必要となる基礎的知識を身につけることができるような措置をとることは,原告らが主張する児童権利条約や社会権規約の各規定に反するものではない。2
争点2(本件通達及び本件職務命令が自由権規約18条に違反するか)【原告らの主張】
(1)

本件において国旗に向かって起立し国歌を斉唱すること等を拒否する自
由の制限は,自由権規約18条2項及び3項によって許容されるものでなく,本件通達及びこれに基づく本件職務命令による国旗・国歌の強制は,自由権規約18条1項に違反する。
(2)

自由権規約18条1項は,「すべての者は,思想,良心及び宗教の自由
についての権利を有する。」と規定する。自由権規約委員会は,自由権規約18条が保障する思想,良心及び宗教の自由は,「あらゆる事柄についての思想(thoughtonallmatters),個人的確信(personalconviction)及び宗教又は信念への関与(thecommitmenttoreligionorbelief)の自由を包含する」(一般的意見22第1項)とする。
国旗・国歌についての思想や良心は,同規約18条の保障する思想,良心に含まれる。
(3)

また,自由権規約18条2項は,「何人も,自ら選択する宗教又は信念
を受け入れ又は有する自由を侵害するおそれのある強制を受けない」と規定する。これは,「いかなる制限も許容しない」という絶対的保障の規定である(一般的意見22第3項)。
この絶対的に禁止される強制の意味するところとして,自由権規約委員会は,「暴力の行使又は刑事罰の使用もしくはそれによる脅迫が含まれる」とし,また,「雇用を得る権利を制限する」場合を例示する(一般的意見22第5項)。
本件では,原告ら不起立者に対して懲戒処分が繰り返されるとともに,定年等による退職後の再雇用・再任用が不起立の一事をもって拒否されるなど,不利益処分と雇用剥奪による脅しが行われているから,これにより自らの思想等に反する起立斉唱を強制することは,「自ら選択する宗教又は信念を受け入れ又は有する自由を侵害するおそれのある強制」に当たると解される。(4)

自由権規約18条3項は,「宗教又は信念を表明する自由については,
法律で定める制限であって公共の安全,公の秩序,公衆の健康若しくは道徳又は他の者の基本的な権利及び自由を保護するために必要なもののみを課することができる」と規定する。原告らが真摯な思想,良心及び信仰に基づき国旗に向かって起立し国歌を斉唱することを拒否する行為は,儀式や行事において宗教又は信念を表明する自由に包含される。
(5)

自由権規約18条3項が宗教又は信念を表明する自由に対する制限を許
容する要件は,①「法律で定める制限」による場合であって,②「公共の安全,公の秩序,公衆の健康若しくは道徳又は他の者の基本的な権利及び自由を保護するため」に,③「必要なもののみを課することができる」の3つに分けられる。

まず,①「法律で定める制限」による場合であるといえるか。同項にいう「法律」とは議会制定法を指すところ,国旗及び国歌に関する法律は国旗・国歌に対する尊重義務を規定しておらず,式典等において国旗に向かって起立し国歌を斉唱することをすることを義務づける根拠たり得ない。また,学習指導要領は文部科学省の告示にすぎず,教職員に対して,起立・斉唱を義務づける根拠とはならない。また,本件通達及び本件職務命令による制限が「法律で定める制限」でないことは明白であるから,自由権規約18条3項によって正当化される余地はない。

また,都教委は,現行学習指導要領の国旗・国歌条項は,これからの国際社会に生きていく国民として,我が国の国旗・国歌はもとより諸外国の国旗・国歌に対する正しい認識とそれらを尊重する態度を育てることが重要である旨を主張するが,これは自由権規約18条3項の規定における「公共の安全」,「公衆の健康」,「公の秩序」及び「道徳」のいずれにも該当しない。


「他の者の基本的な権利及び自由を保護するため」についても,「他の者」として想定され得る生徒にとって,「現行学習指導要領に基づく入学式,卒業式等の実施」により,一切の例外も許さず起立・斉唱が義務づけられた卒業式等の式典に出席することが,自由権規約18条3項に言う「基本的な権利及び自由」に当たらないことは明らかである。また,生徒にとって,「我が国の国旗・国歌はもとより諸外国の国旗・国歌に対する正しい認識とそれらを尊重する態度」を「育てられる」ことが,自由権規約18条3項に言う「基本的な権利及び自由」に当たらないことも明白である。


さらに,「公の秩序」にせよ,「道徳」にせよ,「他の者の基本的な権利及び自由」にせよ,これらの法益の保護を理由とする権利制限を正当化するためには,これらの保護法益に対する「具体的な危険」が存在することが示されなければならないところ,被告においても,本件通達の発令以前には,いわゆる内心の自由の告知が行われるなど,これを強制せずとも式典は滞りなく執り行われていた。
また,
これによって生徒が他国の国旗・
国歌を尊重する態度を身につけないなどの弊害が具体的に生じたとの証明も存在しない。


そして,③「必要なもののみを課することができる」については,本件不起立によって,式典の進行や国歌斉唱が妨害されるということはなかった。さらに,国旗・国歌に対する正しい認識を持たせ,国旗・国歌を尊重する態度を育てるという目的を達成するために,教職員全員が一人の例外もなく起立・斉唱等をする必要性もない。したがって,本件において国旗に向かって起立し国歌を斉唱すること等を拒否する自由を制限するのが,「必要なもののみを課することができる」場合に当たらないことは明白である。

以上より,いかなる意味においても,本件通達及びこれに基づく本件職務命令による起立・斉唱の強制は,自由権規約18条3項の許容する制限たり得ない。

【被告の主張】
本件通達及び本件職務命令は原告らの思想・良心の自由及び宗教(信教)の自由を侵害するものではないし,条約より優位に位置付けられる憲法条項との関係で既に違憲ではないとの最高裁判所の判断が示されている以上,この問題を国際条約違反の有無として争点に挙げることは失当である。
3
争点3(本件不採用は思想良心,信仰に基づく不利益取扱いとして憲法19条及び憲法20条に違反するか)
【原告らの主張】
(1)

都教委は,「国旗・国歌を尊重する態度」を生徒に一方的に教え込むた
め,全都の校長をして起立斉唱等を命じる職務命令書を発出させ,かかる職務命令に従わない教職員らを大量に懲戒処分に付し,「がん細胞」を排除せんとしてきた。
また,
生徒の不起立が多かった学校では教員らに
「厳重注意」
等を与えて,
心理的プレッシャーを利用して生徒全員に起立斉唱させようとしてきた。このような本件通達以後の一連の都教委の施策の一貫として,再雇用職員選考に際して不起立者のあぶり出しが行われ,平成22年度の非常勤教員の採用についても同様に,原告らは不合格とされた。都教委は,原告らが,自らの世界観・歴史観・教育観等に基づき,本件職務命令を拒否したが故に,原告らの採用を拒否したのである。
(2)

非常勤教員の採用に際して,都教委は,過去に懲戒処分を受けた者も合格
させている。ところが,原告らの場合には,被告(都教委)は,本件不起立だけを極端に重視して,これのみを理由として,他の事情もまったく考慮することなく,不合格としたものである。これは,「不起立」が原告らの思想良心及び信仰に裏付けられていることから,他の懲戒処分事由と異なる取扱をして,直ちに不合格としたものであり,実質的に「思想良心及び信仰」を理由に不利益に取り扱ったものと言うべきである。
(3)

かかる一連の都教委の施策に関する事実経過や「国旗に向かって起立し,
国歌を斉唱する」という行為の性質に鑑みれば,都教委が原告らの採用を拒否したことは,実質的には原告らの思想・信条及び信仰を理由とした不利益取扱いであり,憲法19条及び憲法20条に違反する。
【被告の主張】
(1)

本件不採用の理由は,次のとおりである。
本件職務命令は,生徒の学習権を保障するため教育指導に関して発せられたものであるのみならず,卒業式等のような学校行事は全校的にも統一性をもって整然と実施される必要がある教育活動であることから発せられた重要な職務命令であり,これに違反した本件不起立は,法令違反(職務命令遵守義務違反)であるから,重大な非違行為である。


次に,教育公務員は生徒に対して法令をはじめとする種々の社会的ルールの遵守を指導すべき立場にあるにもかかわらず,原告らは本件不起立により,
生徒,
保護者その他学校関係者の面前で,
公然と法令違反を行った。
このことは,
信用失墜行為に該当するものとして,
重大な非違行為である。


教育や指導を担う教育公務員が,教育課程の一つである特別活動としての卒業式等の場において,公教育の根幹である学習指導要領に沿って教育課程を適正に実施するために発せられた校長の職務命令に違反し,本件不起立という国旗・国歌の指導を妨げる行為を,生徒,保護者その他の学校関係者の面前で公然と行うことは許されない。そのため,都教委は,本件選考において勤務成績等を総合的に勘案し,このような重大な非違行為を行った原告らについて,在職時の勤務成績が良好であるとの要件を欠くものと判断し,原告らを不合格としたのである。
(2)

このように,本件不採用は,原告らの職務命令違反・信用失墜行為とい
う重大な非違行為により,原告らの退職前の勤務成績が良好であるとの要件を欠くことを理由とするものであって,原告らの有する思想・信条及び信仰を理由とするものではないから,憲法19条及び憲法20条に違反するものではない。
4
争点4(本件不採用に都教委の裁量権濫用・逸脱があるか)
【原告らの主張】
(1)

平成19年度に導入された非常勤教員制度は,再雇用制度が原則廃止さ
れたのと同時に施行された。非常勤教員制度は,定年退職等に際しての教職員の生活保障を趣旨とする再雇用制度を引き継ぐものであって,非常勤教員の採用率は極めて高く,採用選考にあたっては特に試験が設けられておらず「在職中の勤務成績が良好であること」が求められているに過ぎないことから,原告ら非常勤教員採用選考申込者が,定年後も非常勤教員として採用されると期待することは合理的であり,その採用への合理的期待は,事実上の期待にとどまらず,法的保護を受ける期待権である。
(2)

本件不採用に関する裁量権の違法性は,公務員の懲戒処分と同様の裁量
権濫用の審査基準によって判断されるべきである。懲戒処分の裁量権濫用について判断した最高裁判所平成23年(行ツ)第263号,平成23年(行ヒ)第294号同24年1月16日第一小法廷判決・最高裁判所裁判集民事239号253頁(以下「最高裁平成24年判決」という。)は,思想・良心,信仰に基づく不起立行為の性質から,懲戒処分の軽重を重視し,「学校の規律や秩序の保持等の必要性と処分による不利益の内容との権衡の観点から当該処分を選択することの相当性を基礎付ける具体的な事情が認められる場合」に限って減給以上の処分を選択することが許容されると判示している。
本件不採用は懲戒処分そのものではないが,本来であれば非常勤教員として継続して雇用されたにも関わらず,採用を拒否されてその地位を失ったものであるから,減給・停職以上の免職に相当する不利益を被る事案である。したがって,同判決が判示した審査基準が本件でも妥当するというべきである。
(3)

そして,本件不採用における裁量権濫用の審査においては,エホバの証
人剣道実技拒否事件(最高裁判所平成7年(行ツ)第74号同8年3月8日第二小法廷判決・民集50巻3号469頁)の判旨等における裁量権濫用に関する審査基準も参照されるべきであり,原告らが自己の思想・良心及び信仰を大切にするために真摯に本件職務命令を拒否したものであることを確認した上で,当該職務命令により達成されるべき公務の必要性の存在及びその程度,代替措置の有無,本件不採用により原告らが受ける不利益の程度等を総合考慮して判断すべきである。
(4)

本件不採用が都教委の裁量を濫用してなされたことは以下のとおり明ら
かである。

本件不起立の理由は,原告ら各人の思想・良心及び信仰に基づいた真摯なものである。原告らは,①戦前の日本の軍国主義やアジア諸国への侵略戦争の象徴としての役割を果たした「日の丸」「君が代」に対する反省に立ち,平和を願うためにはこれに敬意を示すことはできないという考え,②国民主権,平等主義等の理念から天皇という特定個人又は国家神道の象徴を賛美することに反対するという考え,③個人の尊厳の理念から,多様な価値観を認めない一律強制や国家主義に反対するという考え,④教師として子どもの自由や権利を侵害する措置に加担することはできないという考え等の思想・良心及び信仰を有していることから,本件通達及びこれに基づく本件職務命令に従うことができず,起立することができなかった。イ
しかし,都教委は,非常勤教員の選考にあたり,本件不起立が原告らの思想・良心及び信仰に密接に結びつくものであることについて,何ら配慮をしなかった。憲法上保障されている精神的自由権との緊張関係を十分考慮に入れるべきであるのに,考慮すべき事項を考慮しなかった。


仮に学習指導要領の国旗国歌指導条項に基づく「卒業式等における国歌斉唱の指導の必要性」自体を承認したとしても,卒業式等における生徒への国歌斉唱の指導のために,教職員全員が指定された座席で一律に国旗に向かって正対して起立し,国歌を斉唱しなければならないとは解されない。教職員全員を一律に職務命令をもって起立斉唱させ,従わない場合に懲戒処分を科した上で一律に非常勤教員としての採用を拒否するという本件における都教委の対応は,「卒業式等における国歌斉唱の指導の必要性」との間で均衡を失しており,かかる必要性をもって正当化できるものではない。


本件通達前に都立学校で広く行われていたように,国歌斉唱の前に,いわゆる「内心の自由の説明」,つまり「国歌斉唱の際に起立斉唱するか否かは強制されるものではない」旨を事前告知した上で,国旗国歌の意義を説明して国歌斉唱をすることで上記指導の目的は十分に達せられる。かような代替措置を採ることによって,教育秩序を維持することができないとか,卒業式の運営に看過することができない重大な支障を生ずるおそれがあるとは到底認められない。また,生徒に対して起立斉唱をすることを強制するような契機を払拭するために教育的にも本来望ましい措置である。

本件不採用による原告らの不利益は極めて大きい。本件通達が発出されるまでは,再雇用制度においては,定年又は定年近くまで勤務を継続してきた教職員については,希望すればほぼ全員が再雇用職員として採用され5年間勤務を継続できていたのである。非常勤教員採用の運用も,再雇用制度と同様のものであり,約98%が合格し,更新のうえ5年間の勤務を継続することができていた。原告らは非常勤教員の採用を拒否され,この5年間の職を失ったのであり,本件不採用により原告らが受けた不利益の程度は経済的側面を見ても,精神的側面を見ても甚大であり,免職にも比肩すべきものといえる。


原告らは積極的に卒業式等の進行を妨害する行動に出たり,国歌斉唱を妨げたりしたものではなく,原告らの「職務命令違反」によって,具体的に卒業式等の進行に支障が生じた事実は存在しない。原告らの「職務命令違反」は,約40秒間の国歌斉唱の間,ただ静かに座席に座っていたという,消極的なものにとどまる。そうである以上,本件職務命令に違反したことが,それだけで教職員の勤務成績を決定的に左右するようなものとは言えず,その性質上,直ちに再雇用職員としての採用を否定すべき程度の非違行為であるとは到底認められない。


都教委は,教職員の非違行為に対する懲戒処分について,「標準的な処分量定」を定めて公表している(甲53)が,この「標準的な処分量定」において,「職務命令違反」は,「職務専念義務違反,職場離脱を行った場合」と同様に「勤務態度不良」に位置付けられており,その標準的な処分は「減給~戒告」とされている。
このように,
都教委自身が,
「職務命令違反」
という非違行為について,
その他の非違行為と比較して,直ちに「重大」であると捉えているわけではないことが明らかにされている。

(5)

よって,被告の本件不採用は,考慮すべき事実を考慮しておらず,又は考慮された事実に対する評価が明白に合理性を欠いていることから,社会通念上著しく妥当を欠く処分であり,裁量権の範囲を超えた違法なものである。(6)

加えて,過去における選考実例と比較しても不平等である。再雇用職員
制度時代では地方公務員法上の争議行為禁止規定違反を理由に停職処分を受けた者や交通事故を理由に懲戒処分を受けた者であっても,選考において勤務成績要件を満たすとされ,採用されてきた。
ところが,本件不起立については何らの法律上の禁止規定も罰則規定も存在していない。
そうであれば,
本件不起立を本件不採用の理由とすることは,
平等原則に著しく反し,裁量権を逸脱・濫用する違法なものである。【被告の主張】
(1)

非常勤教員制度は,いずれも一旦退職した教員を新たに非常勤の教員と
して任用する制度であり,
任用の前後において身分上の連続性はない。
また,
都教委は,一定の基準の下に,採用候補者選考への申込者を選考した上で採用する権限を有するのであるから,申込者全員を採用しなければならない法的義務を負うものではないし,採用候補者選考に当たっては広範な裁量権を有している。
本件不起立は,教育課程の一つである特別活動としての卒業式等の場で,しかも児童・生徒,保護者,来賓等の面前において,各校長が適法に発出した本件職務命令に違反したものであり,職務命令違反及び信用失墜行為という重大な非違行為に当たる。都教委は,そのような重大な非違行為を行った原告らの勤務成績等を総合的に判断し,在職時の勤務成績が良好であるとの要件を欠くものとして不合格としたものであって,原告らの裁量権逸脱・濫用の主張はあたらない。
(2)再雇用職員の希望者全員を合格とする運用があったわけではない。また,本件通達が出され,職務命令が出されるようになって,不起立が職務命令違反となるに至った後は,本件事案のように直近あるいは3年前においてこの職務命令に違反して懲戒処分を受けた者で,再雇用職員及び非常勤教員の採用選考に合格した者は存在せず,一律に不合格となっていることからすれば,非常勤教員採用についての期待権は法的に保護すべき利益であるとの原告らの主張は,その根拠を欠く。
(3)

懲戒処分の判断と,新たな任用行為である非常勤教員の選考の判断は,
それぞれの制度趣旨から自ずと異なるものである。
すなわち,
公務員の懲戒処分において,
幅広い裁量行為が認められるのは,
公務員はその他の単なる労使関係の見地においてではなく,国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務することをその本質的な内容とする勤務関係の見地において,公務員としてふさわしくない非行がある場合に,その責任を確認し,公務員関係の秩序を維持するため,科される制裁であることが理由とされているのである。つまり,懲戒処分の目的は,その責任の確認と公務員関係の秩序の維持である。
一方,新たな任用行為である非常勤教員の選考の判断は,同じく幅広い任命権者の裁量行為ではあるが,職員として採用するにふさわしいかどうかが主眼となり,より幅広い裁量判断の対象となるのであって,上記のような懲戒処分の量定とは異なる判断である。本件不採用は,都教委において原告らが職員として採用するにふさわしいかどうかを主眼にして判断した結果である。
(4)

原告らは,東京都における職員団体等の争議行為を理由に懲戒処分を受
けた者の選考事例について主張するが,一般的に争議行為は,任命権者を異にする複数の部局の職員団体等で組織される都労連の機関決定等によって実施されたものであり,これに対する懲戒処分も地方自治法180条の4に基づく知事の総合調整(具体的には知事部局の総務局人事部による総合調整)の下に実施してきており,都教委は他の任命権者の処分量定との均衡を図るため,原告ら主張の処分量定としているものである。このように争議行為の懲戒処分には特殊性があるのであって,原告らの平等原則違反の主張にはそもそも理由がない。ましてや,懲戒処分における非違行為の重大性に対する量定判断と,非常勤教員選考の「勤務成績良好」における非違行為の重大性に対する判断は異なるというべきであるから,この観点からも原告らの主張は理由がない。
5
争点5(原告らの損害額)
【原告らの主張】
(1)

本件不採用は違憲違法であるから,これと相当因果関係ある損害につき
金銭賠償が認められるべきである。
(2)

原告らの経済的損害については,少なくとも,当初の任期期間1年につ
いての賃金相当額の損害を被ったことは明らかである。
平成23年度の報酬は月額19万5400円であったことから,原告らの逸失利益である1年分の賃金相当額は,以下の計算式のとおりである。19万5400円×(12か月)=234万4800円
(3)

また,原告らは,本件不採用により,非常勤教員として都立高校の教壇に
立つ機会を不当に奪われ,採用への期待を裏切られた。非常勤教員として採用されることによる利益は,単純に職員としての報酬を受けることではない。原告らは,自らの人生を教師として,教育にかけてきた。教壇に立つことは原告らの生きがいであり,
誇りなのであり,仮に経済的損害が填補されたとしても
満たされる性質のものではない。
原告らの精神的苦痛は金銭に換価することが
できるものではないが,この精神的損害について各金300万円を請求する。(4)

原告らは,本件不採用と相当因果関係にある弁護士費用相当額(前記(1)
及び(2)の損害額の1割)の損害を被った。
1603万4400円の1割相当=1人当たり53万円
(5)

よって,原告らは,被告に対し,国家賠償法1条1項に基づき,前記第1
の請求金額の支払を求める。
【被告の主張】
原告らの主張は否認し,争う。
第5
1
当裁判所の判断
争点1(本件通達及び本件職務命令が憲法26条,憲法13条,憲法23条及び旧教育基本法10条1項(教育基本法16条1項)に違反するか)(1)

まず,憲法13条の幸福追求権は,その一内容として,子どもが一個の
人間として成長,発達し,自己の人格を完成,実現させるために必要な学習をする固有の権利を含むものと考えられ,憲法26条は,このような子どもの学習権の観念を前提に,福祉国家の理念に基づき,国が積極的に教育に関する諸施設を設けて国民の利用に供する責務を負うことを明らかにしたものと解される。憲法上,教育の内容及び方法の決定を誰が行うのかについて定めた明示的な規定はないが,子どもが自由かつ独立の人格として成長することを妨げるような国家的介入(例えば,誤った知識や一方的な観念を子どもに植えつけるような内容の教育を施すことを強制するようなこと)は,憲法26条及び憲法13条の規定上許されないというべきである一方,普通教育においては,子どもの側に学校や教師を選択する余地が乏しいことなどを考慮すると,普通教育における教師に憲法23条を根拠として完全な教授の自由を認めることはできない。すなわち,憲法上,本件の原告らが所属していた高等学校や特別支援学校の生徒の教育内容については,国の教育行政機関等には,正当な理由に基づく合理的な決定権能が認められていると解される(旭川学力テスト事件最高裁判決参照)。
(2)

次に,旧教育基本法10条1項は,教育が国民全体に対して直接責任を
負うように行われるべく,その教育の中立性,不偏不党性の原則を定めたものである。旧教育基本法10条1項の「不当な支配」とは,教育が国民の信託にこたえて自主的に行われることをゆがめるような支配を指すものと解され,教育行政機関が教育関係法令の解釈及び運用をする場合においても,「不当な支配」とならないよう配慮しなければならない。
したがって,教育の自主性尊重の見地から教育に対する行政権力の不当,不要の介入は排除されるべきであるとしても,教育行政機関が許容される目的のために必要かつ合理的と認められる規制をすること自体は,たとえ教育の内容及び方法に関するものであっても,旧教育基本法10条1項の禁止するところではない(旭川学力テスト事件最高裁判決参照)。この点は,教育基本法16条1項の
「不当な支配」
の解釈においても同様に解すべきである。
(3)

以上要するに,教育に対する行政権力の不当,不要の介入は排除されるべ
きであるとしても,許容される目的のために必要かつ合理的と認められる場合には,教育の内容及び方法に関し,教育行政機関が指示や命令を行うことは,
教育基本法にいう
「不当な支配」
に該当するものではなく,
憲法26条,
憲法13条及び憲法23条に違反すると解することもできない。
また,地教行法21条5号(平成26年法律第76号による改正前は,同法23条5号)は,教育委員会が「学校の組織編成,教育課程,学習指導,生徒指導及び職業指導に関すること」などを管理し執行すると定めており,都教委は,都立の学校を所管する行政機関として,その管理権に基づき,学校の教育課程の編成について基準を設定し,一般的な指示を与え,指導,助言を行うとともに,特に必要な場合には具体的な命令を発することもできるというべきである(旭川学力テスト事件最高裁判決参照)。
(4)

以上を前提に本件通達及び本件職務命令について検討する。本件通達は,
「学習指導要領に基づき,入学式,卒業式を適正に実施すること」等を内容とするものであり,
学習指導要領は,
学校教育法
(昭和22年法律第26号)
等の規定に基づいて,各学校における教育課程の基準として文部省告示で定められたものであって,各学校においては,この基準に基づいて教育課程を編成すべきものと解される。
そして,学校教育法(平成19年法律第96号による改正前のもの)43条及び学校教育法施行規則57条の2(昭和22年文部省令第11号。平成19年文部科学省令第40号による改正前のもの)の規定並びに学校教育法(平成18年法律第80号による改正前のもの)73条及び学校教育法施行規則73条の10(平成19年文部科学省令第5号による改正前のもの)の規定に基づく高等学校及び特別支援学校(平成18年法律第80号による改正前は,盲学校,聾学校又は養護学校)の各学習指導要領においては,「入学式や卒業式などにおいては,
その意義を踏まえ,
国旗を掲揚するとともに,
国歌を斉唱するよう指導するものとする。」とされ,又はこれに準ずるものとされていた(本件口頭弁論終結時現在の学習指導要領も同様である。高等学校につき平成21年文部科学省告示第34号,特別支援学校小学部・中学部につき同第36号,
特別支援学校高等部につき同第37号)その趣旨は,

「日本人としての自覚を養い,
国を愛する心を育てるとともに,
生徒が将来,
国際社会において尊敬され,信頼される日本人として成長していくためには,国旗及び国歌に対して正しい認識をもたせ,それらを尊重する態度を育てること」
が重要であり,
学校において行われる行事のうち,
入学式や卒業式は,
「学校生活に有意義な変化や折り目を付け,厳粛かつ清新な雰囲気の中で,新しい生活の展開への動機付けを行い,学校,社会,国家など集団への所属感を深める上でよい機会となる」という点にある(乙24の1及び2)。ところで,「日の丸」及び「君が代」は,これを国旗及び国歌とすることについて反対する意見がなお存在することは事実ではあるが,いずれも全国民を代表する議員により構成される国権の最高機関である国会が制定した法律により国旗及び国歌として定められた以上,入学式や卒業式という式典の場における国旗の掲揚や国歌の斉唱を通じて,これらを尊重する態度を育てるという学習指導要領の考え方が,誤った知識や一方的な観念を子どもに植えつけるような内容の教育を施すことを強制するようなものと評価することはできない(なお,学習指導要領が前提としている国旗及び国歌(「日の丸」及び「君が代」)は,日本国民が過去の戦争を反省し,「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し」かつ,,
「恒久の平和を念願」(憲法前文)して制定した憲法が定める国家体制を体現するものとしての国旗及び国歌であることはいうまでもない。)。したがって,国旗及び国歌に関する上記学習指導要領の内容は,国の教育行政機関が正当な理由に基づき合理的な決定権能の行使をした結果として,憲法上許容される内容のものということができる。
(5)

そして,証拠(乙12の1から2まで,乙13ないし乙15,乙22,
乙24の1,乙36,乙38ないし乙41)及び弁論の全趣旨によれば,本件通達は,各都立学校の入学式・卒業式における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施状況の実態に照らし,学習指導要領に基づく国旗掲揚・国歌斉唱の指導改善のために,都教委が校長らを名宛人として,その教育目標を達成するための基準として,
本件通達を示したものであることが認められる。
したがって,
本件通達は,学習指導要領の適正な実施という正当かつ許容される目的に基づいて発せられたものであって,その必要性及び合理性も肯定することができる。
さらに,本件職務命令は,原告らの所属する学校の各校長が,原告らを含む教職員に対し,本件通達に従って入学式・卒業式の式典を実施するため,所定の位置で国旗に向かって起立し,国歌を斉唱することを命じたものであって,生徒を名宛人とするものではない。その趣旨としては,入学式・卒業式という式典の場において教員らが(各人の個人的見解は別にして)国旗及び国歌として定められたものを尊重する態度を示すことにより,生徒らにも同様の態度が涵養され,学習指導要領の内容が実現されることを効果として期待したものと解される。
(6)

そうすると,本件通達及び本件職務命令は,学習指導要領の適正な実施
のために発せられた公務員組織の内部の命令として,「不当な支配」(教育基本法16条1項(旧教育基本法10条1項))に該当するものではなく,本件通達及び本件職務命令が憲法26条,憲法13条及び憲法23条に違反すると認めることもできない。また,児童権利条約12条から14条まで及び28条1項並びに社会権規約13条の各規定は,仮にこれらの規定が裁判規範性を有するという考え方を採用した場合でも,学校の普通教育の場において,教育行政機関が,子どもの学習権を確保する見地から,教育の内容や方法について,教育基本法及び憲法の各規定に違反しないような態様で決定権能を行使することを禁止する趣旨のものと解することはできないから,これらの各規定の違反も認められない。
なお,本件通達は細部にわたって方式を定めている点において,教師の創意工夫の余地がないようにも見えるが,本件通達下でも国歌斉唱中に児童・生徒に緊急事態が発生したときには児童・生徒の安全を確保することが優先されるなど(乙42,乙43)例外のない硬直的な運用が予定されているわけではない。また,特別支援学校における卒業証書の授与の扱いにつき,教職員が介助をしながら舞台壇上に上がる,長いスロープを使って舞台壇上に上がる,電動の車いすで電動の昇降機を使って舞台壇上に上がる,自分で卒業証書を受け取れなければ教員が付き添って代わりに受け取る,場合によっては校長が壇上から降りて渡すなどの各種の方法が考えられる(乙40から乙43まで)のであり,卒業式等の運営について,本件通達の範囲内において,各学校の実状に合わせた創意工夫の余地が残されているというべきである。
(7)
2
よって,争点1に係る原告らの主張は採用することができない。

争点2(本件通達及び本件職務命令が自由権規約18条に違反するか)(1)

自由権規約18条は法規範として我が国内における直接適用が可能なも
のであり,同条の規定文言は憲法19条及び憲法20条の規定文言に比してより詳細かつ具体的なものとなっている。そこで,両者の関係が問題となるところ,我が国の法制上,条約の国内法的効力は憲法に劣後するが,憲法の解釈上,例えば,我が国が憲法の定める人権保障よりも高度な人権保障を定めた条約を締結し,条約の規定の直接適用の方法で国内的に実施することが,憲法により禁止されているわけではないと考えられる。したがって,憲法の効力が条約の国内法的効力に優先するということだけで,憲法19条及び憲法20条違反がなければ,直ちに自由権規約18条違反も認められないという関係には立たない(この意味において,これに反する被告の主張は採用することができない。)。しかし,両者の規定が設けられている趣旨及び人権として有する原理は同じであり,憲法19条及び憲法20条の定める人権保障の内容及び程度は普遍的なものと考えられるから,これらの規定の定める人権保障の程度が自由権規約18条に定める人権保障の程度よりも低いレベルのもの(逆にいえば,自由権規約18条が憲法により保障されているよりも高度の人権保障を定めたもの)とあえて解すべき根拠は見当たらない。したがって,結局,本件通達及び本件職務命令が自由権規約18条に違反すると認められるか否かについての判断は,憲法19条及び憲法20条に違反すると認められるか否かについての判断と異なるところはなく,憲法19条及び憲法20条違反ではないと解される場合には,自由権規約18条違反の事実も認められないと解される。
(2)

ところで,本件通達は,当時の地教行法23条5号所定の学校の教育課
程,学習指導等に関する管理及び執行の権限に基づき,学習指導要領を踏まえ,上級行政機関である都教委が関係下級行政機関である都立学校の各校長を名宛人としてその職務権限の行使を指揮するために発出したものであって,個々の教職員を名宛人とするものではなく,本件職務命令の発出を待たずに本件通達自体によって個々の教職員に具体的な義務を課すものではない(最高裁判所平成23年(行ツ)第177号,平成23年(行ツ)第178号,平成23年(行ヒ)第182号同24年2月9日第一小法廷判決・民集66巻2号183頁)。したがって,本件通達それ自体は,原告らの憲法19条及び憲法20条に定められた各人権を直接侵害するものではないし,自由権規約18条に違反するということもできない。
(3)

次に,本件職務命令については,以下の理由により,憲法19条に違反
するものではなく,適法かつ有効な職務命令であると認められる(最高裁判所平成22年(オ)第951号同23年6月6日第一小法廷判決・民集65巻4号1855頁,最高裁判所平成22年(行ツ)第54号同23年5月30日第二小法廷判決・民集65巻4号1780頁,
最高裁判所平成22年
(行
ツ)第314号同23年6月14日第三小法廷判決・民集65巻4号2148頁,最高裁判所平成22年(行ツ)第372号同23年6月21日第三小法廷判決・裁判集民事237号53頁参照)。また,自由権規約18条との関係でも異なるところはない。

すなわち,学校の儀式的行事である卒業式等の式典における国歌斉唱の際の起立斉唱行為は,一般的,客観的に見て,これらの式典における慣例上の儀礼的な所作としての性質を有するものであり,かつ,そのような所作として外部からも認識されることになるから,起立斉唱行為は,その性質の点から見て,原告らの有する歴史観ないし世界観を否定することと不可分に結び付くものではなく,本件職務命令が原告らの歴史観ないし世界観それ自体を否定するものということはできない。
また,
起立斉唱行為は,
その外部からの認識という点から見ても,特定の思想又はこれに反対する思想の表明として外部から認識されるものと評価することは困難であり,職務上の命令に従ってこのような行為が行われる場合には,上記のように評価することは一層困難である。したがって,本件職務命令は,特定の思想を持つことを強制したり,これに反対する思想を持つことを禁止したりするものではなく,特定の思想の有無について告白することを強要するものではないから,本件職務命令は,個人の思想及び良心の自由を直ちに制約するものではない。

もっとも,国歌斉唱の際の起立斉唱行為は,一般的,客観的に見ても,国旗及び国歌に対する敬意の表明の要素を含む行為であるから,自らの歴史観ないし世界観との関係で「日の丸」や「君が代」に否定的な評価を持つ者が,これらに対する敬意の表明の要素を含む行為を求められることは,個人の歴史観ないし世界観に由来する行動(敬意の表明の拒否)と異なる外部的行動(敬意の表明の要素を含む行為)を求められることとなる。その限りにおいて,本件職務命令が,これらの者の思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面があることは否定し難い。


しかし,個人の歴史観ないし世界観であっても,それが内心にとどまらず,それに由来する行動の実行又は拒否という外部的行動として現れ,社会一般の規範等と抵触する場面において,当該外部的行動に対する制限が必要かつ合理的なものである場合には,その制限によってもたらされる上記の間接的な制約も許容され得るものというべきである。そして,本件において,このような間接的な制約が許容されるか否かは,本件職務命令の目的及び内容並びにこれによってもたらされる上記の制約の態様等を総合的に較量して,本件職務命令に上記の制約を許容し得る程度の必要性及び合理性が認められるか否かという観点から判断するのが相当である。

本件職務命令は,一般的,客観的な見地からは式典における慣例上の儀礼的な所作とされる行為を求めるものであるところ,学校の卒業式や入学式等という教育上の特に重要な節目となる儀式的行事においては,生徒等への配慮を含め,教育上の行事にふさわしい秩序を確保して式典の円滑な進行を図ることが必要であると考えられる。法令等においても,学校教育法は,普通教育の目標として国家の現状と伝統についての正しい理解と国際協調の精神の涵養を掲げ(同法21条3号),高等学校における教育も義務教育として行われる普通教育の成果を更に発展拡充させるものであり(同法51条1号。平成19年法律第96号による改正前は同法42条1号),特別支援学校の教育課程もこれらに準じるものである(同法77条。平成19年法律第96号による改正前は同法73条)。また,国旗及び国歌に関する学習指導要領の内容は上記したとおりであり,国旗及び国歌に関する法律は,従来の慣習を法文化して,国旗は日章旗(「日の丸」)とし,国歌は「君が代」とする旨を定めている。そして,住民全体の奉仕者として法令等及び上司の職務上の命令に従って職務を遂行すべきこととされる地方公務員の地位の性質及びその職務の公共性(憲法15条2項,地方公務員法30条及び同法32条)に鑑み,原告らはかかる法令等及び職務上の命令に従わなければならない立場にある。
以上の諸事情を踏まえると,原告らの思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面はあるものの,本件職務命令の目的及び内容並びにこれによってもたらされる上記の制約の態様等を総合的に較量すれば,上記の制約を許容し得る程度の必要性及び合理性が認められる。
(4)

また,憲法20条との関係についても,一般的,客観的に見て,本件職
務命令により求められる行為は,儀式的行事における儀礼的所作に当たる行為ということができるのであって,それを超えて宗教的意味合いをもつ行為であるということはできないのであるから,その性質上,個人の信教の自由を直ちに制約するものとはいえないし,その信仰に由来する行動(敬意の表明の拒否)と異なる外部的行動を求められることとなり,その限りにおいて信教の自由についての間接的な制約となる面があるとしても,その制約を許容し得る程度の必要性及び合理性が認められることについては,前記(3)エと同様である。
そうすると,本件職務命令が憲法20条に違反するものと認めることはできないし,自由権規約18条との関係でも異なるところはない。
(5)

以上によれば,本件通達及び本件職務命令が自由権規約18条に違反するものとはいえない。なお補足するに,本件職務命令は,前記1(5)(6)及び2(3)アの判示のとおり,儀式的行事における儀礼的所作を命ずるものにすぎず,特定の思想を持つことを強制したり,これに反対する思想を持つことを禁止したりするものではなく,特定の思想の有無について告白することを強要するものでもないから,自由権規約18条2項の「自ら選択する宗教又は信念を受け入れ又は有する自由を侵害するおそれのある強制」をしているものではないし,同条3項の「宗教又は信念を表明する自由」の制限にも該当しない。仮に,本件職務命令が思想良心の自由及び信教の自由に対する間接的な制約となるという側面を有することをもって「宗教又は信念を表明する自由」
の制限に該当すると解した場合であっても,
前記1(5)(6)及び2(3)
エの判示に照らし,本件職務命令は,同項の法律で定める制限であって公の秩序のために必要なものとして許容されるというべきである。
(6)
3
よって,争点2に係る原告らの主張も理由がない。

争点3(本件不採用は思想良心,信仰に基づく不利益取扱いとして憲法19条及び憲法20条に違反するか)
(1)

原告らが本件選考に申し込み,面接を受けた後,不合格となったことは
前提事実のとおりである。証拠(甲3,乙6,乙8,乙47,乙49,乙52,証人A)及び弁論の全趣旨によれば,非常勤教員の応募資格は定年退職者,勧奨退職者などであり,日勤講師規則(乙8)6条により,日勤講師(非常勤教員)は選考により都教委が任命することとされ,選考の方法その他必要な事項は教育長が別に定めるものとされていること,本件選考に係る非常勤教員採用候補者選考実施要綱(甲3,乙49)によれば,本件選考の選考の方法は,「勤務成績及び面接等の結果を総合的に勘案して選考する」ものとされていること,原告らが不合格となったのは,原告らが本件職務命令に違反し,本件不起立をしたことが,重大な非違行為に該当し,勤務成績が不良であると判断されたこと(乙52)が考慮された結果であると認められ,これを覆すに足りる証拠はない。
(2)

しかるところ,前記2(3)及び同(4)で判示のとおり,本件職務命令は憲法
19条及び憲法20条に違反しない適法な職務命令であるから,これに違反したという事実が勤務成績上不利益に考慮されたからといって,思想良心,信仰を理由とする不利益取扱に該当することはないというべきである。したがって,本件不起立を本件不採用の理由として考慮したことをもって,憲法19条及び憲法20条に違反するということはできない。
なお,原告らは,都教委が本件不起立だけを極端に重視し,これのみを理由に他の事情を全く考慮せずに原告らを不合格としたことは,実質的に思想良心,信仰を理由とする不利益取扱いである旨主張する。当裁判所は,上記判示のとおり,本件不起立を本件不採用の理由として考慮すること自体は,憲法19条及び憲法20条に違反しないと考えるので,当該主張は非常勤教員の任用に当たり考慮されるべき要素とその比重の問題として,次の争点4(本件不採用に都教委の裁量権濫用・逸脱があるか)において検討することとする。
(3)
4
よって,争点3に係る原告らの主張を採用することはできない。

争点4(本件不採用に都教委の裁量権濫用・逸脱があるか)
(1)

前提事実のとおり,非常勤教員制度は,平成20年度に行政系職員及び
教育職員を含めた被告の人事制度全体として,再雇用制度が原則廃止されたことに伴い,従来,再雇用職員が担ってきた業務のうち欠かせない業務を担う新たな非常勤の職として設けられた制度である。非常勤教員は,地方公務員法3条3項3号に定める特別職の非常勤職員であり,いったん退職した一般職の地方公務員が新たに非常勤教員として任用されたとしても,その前後で身分上の連続性はなく,日勤講師規則その他の法令の規定によっても定年後の継続雇用を目的とする制度であることを示すような規定は見当たらない。したがって,その任用行為の法的性質は,公務員の新規任用行為であると解するほかはない。そして,都教委は,地教行法34条に基づき,一定の基準の下に非常勤教員の希望者を選考した上で非常勤教員として任命する権限を有しているものであって,非常勤教員の希望者を全員採用しなければならない義務を負うものではなく,候補者の選考に当たり考慮すべき要素を具体的に定めた法令の規定もないから,都教委は,非常勤教員の採否の判断につき,広範な裁量権を有していると解される。
(2)

確かに,証拠(甲1,甲4ないし甲6,甲50,甲51)及び弁論の全
趣旨によれば,平成19年度から平成24年度までの非常勤教員の合格率は約96%から98%で推移しており,不合格となるのは少数に限られること,また,非常勤教員は再雇用制度の廃止に伴い,再雇用職員が担ってきた業務を担う役割を果たすものとして設けられたものであって,再雇用・非常勤教員採用選考実施状況(甲4)に照らし,現実にも,非常勤教員制度は,再雇用制度廃止の受皿としての機能を有していたものと認められ,これに反する証拠はない。かかる事実によれば,原告らにおいて,定年退職後も非常勤教員として勤務することができることを期待したとしても,そのこと自体は理解することができる。
しかしながら,再雇用制度において,都教委は,定年等により退職した一般職の地方公務員を再雇用するに当たり,その選考につき広範な裁量権が認められ,本件と同様,卒業式の国歌斉唱の際に国旗に向かって起立し国歌を斉唱するという職務命令に違反した職員について,都教委が再雇用制度の選考において不合格としたことは,客観的合理性及び社会相当性を著しく欠くものということはできないと解されている(東京高等裁判所平成21年(行コ)第62号同21年10月15日判決・判例時報2063号147頁,最高裁判所平成22年(行ツ)第54号同23年5月30日第二小法廷判決・民集65巻4号1780頁)非常勤教員制度においても,

前記(1)のとおり,
その選考は公務員の新規任用のための選考であると解される以上,上記再雇用制度の解釈と同様,都教委が,その採否について広範な裁量権を有することには変わりない。原告らの上記期待は,都教委のかかる広範な裁量権の行使の結果としての任用の実状から生じた事実上の期待に止まるといわざるをえないのであって,上記認定事実のとおりの実状があるからといって,法的に都教委の裁量権を制約する根拠になるものとはいえない。
(3)

進んで,本件不採用の理由について検討するに,本件選考において原告ら
が不合格となった理由について,証拠(乙52,証人A)及び弁論の全趣旨によっても,本件選考の過程で,原告らの過去の本件職務命令違反による懲戒処分歴以外にどのような事情が考慮されたかについては必ずしも明らかではない。証拠(甲57から甲59まで,原告各本人)によれば,原告らは,それぞれ都立学校に在職中,定年退職に至るまでの間,教師として誠実に職務に取り組んでいたことが認められ,本件職務命令違反に係る本件不起立も原告らの歴史観ないし世界観等に基づくもので,積極的な式典の妨害行為をするような態様のものではなく,証拠上,本件職務命令違反に係る本件不起立以外に,原告らにつき,本件不採用に係る不合格の理由となるような事情は見当たらない。したがって,本件不採用は,専ら原告らが本件職務命令に違反したということをその理由とするものと推定され,これを覆すに足りる主張立証はない。
そこで,このような理由により本件不採用をしたことが裁量権の濫用・逸脱となるかどうかについて検討するに,証人Aは,その陳述書(乙52)及び証言において,公務はそれぞれの組織が条例,規則,通達等の組織的に決定されたルールに則って円滑に運営されることが基本であるところ,原告らが,教育公務員でありながら,上司である校長が学習指導要領に基づき教育課程を適正に実施する必要から発した職務命令に従わなかったことは,重大な非違行為に該当し,原告らの退職前の勤務成績が良好であるとの要件を欠くという判断に至った旨陳述し,供述している。
しかるところ,本件選考は,新たに公務員として任用する者の候補者の選考であり,新たに非常勤教員として任命された者は,それぞれの職場となる学校において,上司である校長の職務命令に従う義務を負うことになる。日勤講師規則(乙8)9条2項においても,「日勤講師は,職務の遂行に当たっては,法令及びこの規則に従い,かつ,上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない。」とあり,同条3項は「日勤講師は,その職の信用を傷つけ,又はその職全体の不名誉となるような行為をしてはならない。」旨定めている。したがって,法令及びこれに基づく適法な職務命令を遵守し,公務を円滑に遂行することができる者を任用するという観点から,非常勤教員の選考に当たり,過去において職務命令違反の事実があったか否かを重視することがおよそ不合理であるということはできない。また,原告らが地方公務員であると同時に教師であり,本質的に子どもとの直接の人格的接触を通じ,その個性に応じて行わなければならない教育に携わる者として,一定程度の教授の自由を有していたと考えられることが考慮されるべきものであるとしても,儀式的行事において儀礼的所作を命ずる本件職務命令が,憲法26条,憲法13条,憲法23条,憲法19条及び憲法20条のいずれにも違反しない適法なものと解されることは前記判示したとおりである。そうである以上,地方公務員としての原告らは本件職務命令に従う法的な義務があったことは明らかであり,それにもかかわらず,本件職務命令に対し,故意に,かつ,公然と違反した原告らの行為について,都教委がこれを重大な非違行為であり,勤務成績が良好であるとの要件を欠くと評価することが,著しく客観的合理性及び社会相当性を欠くものであるとまではいうことができない。
確かに,原告らが長年にわたり誠実に教育活動に携わってきたことに鑑みると,本件選考に係る都教委の裁量権の行使に当たっては,専ら原告らの本件職務命令の違反という事実だけを重視するのではなく,原告らの長年にわたる教師としての能力や適性,実績についても同程度あるいはそれ以上に重視して慎重に検討すべきとの考えもあり得るところであり,この点については,人事政策的見地からの当否の問題は残ると考えられる。しかしながら,他方で,学校の儀式的行事である卒業式等の式典における国歌斉唱の際の起立斉唱行為が,一般的,客観的に見て,これらの式典における慣例上の儀礼的な所作としての性質を有するものであって,原告らの有する歴史観ないし世界観を否定することと不可分に結び付くものではなく,本件職務命令が適法かつ有効な職務命令であるとの前提に立つ以上,原告らが本件不起立に至った内心の動機がいかなるものであれ,職務命令よりも自己の見解を優先させ,本件職務命令に違反することを選択したことが,その非常勤教員としての選考(本件選考)において不利に評価されることはやむを得ない。また,学校の卒業式や入学式という教育上の特に重要な節目となる儀礼的行事において,生徒等の配慮を含め,教育上の行事にふさわしい秩序を確保して式典の円滑な進行を図ることが本来求められる中での職務命令違反なのであるから,かかる違反行為の態様が重視されることも,一概に否定し得ない。以上の点を踏まえると,法的見地からみた裁量権の濫用・逸脱の問題としては,被告に著しい裁量権の濫用・逸脱があったとまでは言い難い。
(4)

原告らは,
過去に懲戒処分歴がある者が採用された事例があることを指摘

し,平等原則違反を主張するが,本件職務命令違反に係る懲戒処分は,公務員組織内において上司の明示的な職務命令に従わなかったことを理由とする懲戒処分であり,原告らが指摘する事例が,これと同一の事案であることを認めるに足りる証拠はない。そして,都教委が,新たに非常勤教員として公務員となる者を採用するに当たり,単に過去に懲戒処分を受けたという事実や処分量定の形式的な軽重だけではなく,採用後の公務の円滑な遂行の確保という観点から,過去において職務命令に違反する行為を行ったか否かという点を特に重視したとしても,著しく不合理であるということはできないことは前記(3)のとおりである。したがって,原告らの指摘する事例が存在することは,本件不採用が平等原則違反として著しい裁量権の濫用・逸脱であることを認めるに足りるものではない。
(5)

原告らは,本件不採用に係る裁量権の違法性は,懲戒処分の裁量権の違法
性と同様の審査基準によって判断すべきであるとして,最高裁平成24年判決を引用する。しかし,懲戒処分は,既に当事者間に公務員関係が成立している場合における当該公務員関係の秩序維持の観点から行われるのに対し,新たな任用行為に係る選考は,これから公務員関係を成立させるにふさわしい人物を候補者として選定するという観点から行われるものである。したがって,両者の判断基準が同一であるべき必然性はないから,審査基準に関する原告らの上記主張はにわかに採用することはできない。
なお,原告らは,本件不起立により懲戒処分という不利益を受けており,さらに,本件不採用により教職員として就労することができないことに伴う不利益を受けるものであるから,原告らはいわば二重の不利益を受けることになる旨指摘する。しかし,都教委において,本件選考を申し込んだ者が過去に懲戒処分を受けた事実や,当該懲戒処分に係る事案の内容を,不採用に働く事情として考慮することが法律上禁止されているわけではない(本件にかかわらず,一般に,採用選考において,およそ過去の懲戒処分歴を不利益に考慮することが二重の不利益となるが故に許されないと解すべき根拠はない。)。本件選考は,全体の奉仕者である公務員として相応しい人物を選考することを目的として実施されたところ,当該目的のために成績主義の観点から選考をした結果,原告らが不合格と判定され,採用に至らなかったものであって,原告らが指摘する点は,本件不採用が著しい裁量権の逸脱・濫用となることを認めるに足りるものではない。
(6)

よって,本件不採用につき,被告の著しい裁量権の濫用・逸脱があるとま
では言い難く,違法とは認められないのであるから,原告らの主張は理由がない。
第6

結論
以上によれば,その余の点を判断するまでもなく,原告らの各請求は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第19部

裁判長裁判官

清水
裁判官

堀田
裁判長裁判官

清水響秀一響
別紙1

債権目録

原告名

賃金相当額

慰謝料

弁護士費用


234万4800円

300万円

53万円

587万4800円


234万4800円

300万円

53万円

587万4800円


234万4800円

300万円

53万円

587万4800円

総合計

合計金額

1762万4400円

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