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生活保護開始申請却下処分取消等請求事件
事件番号平成27(行ウ)626
事件名生活保護開始申請却下処分取消等請求事件
裁判年月日平成28年9月13日
法廷名東京地方裁判所
判示事項1 生活保護法10条本文にいう「世帯」の同一性を認めた事例
2 同条ただし書にいう「これによりがたいとき」に当たらないとされた事例
裁判要旨1 要保護者が,同人と親族関係にないが三味線の師弟関係にある者と3年を超えて同一の住居に居住している場合において,同人が足が不自由である要保護者の世話をするとともに,家事全般を行い,要保護者の生活費等を負担していたこと,両名が今後も当該住居における共同生活の継続を希望しているなど判示の事情の下においては,生活保護法10条本文にいう「世帯」の同一性があると認めた事例
2 上記1において,要保護者は,要介護3の認定を受けているものの,成人であって,独立するなどして当該同居者と別の世帯を構成しつつ,介護保険サービスを受けるなどして生活することが不可能とまではいえず,当該同居者と別の世帯を構成しないのは,要保護者が自らの意思で当該同居者との同居を選択している側面が大きいことなど判示の事情の下においては,同条ただし書にいう「これによりがたいとき」に該当しないとした処分行政庁の判断が合理性を欠くとまではいえず,その裁量権の行使に逸脱濫用があったとはいえないとされた事例
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平成28年9月13日判決言渡
平成27年(行ウ)第626号

生活保護開始申請却下処分取消等請求事件

主1文
本件訴えのうち,生活保護開始決定の義務付けを求める部分を
却下する。

2
原告のその余の請求を棄却する。

3
訴訟費用は原告の負担とする。

第1
1実及び理由
請求
処分行政庁が平成27年9月1日付けで原告に対してした生活保護開始申請却下処分(27江生一第▲号)を取り消す。

2
処分行政庁は,原告に対し,平成27年8月13日から生活保護を開始する旨の決定(保護の種類及び方法につき居宅保護の方法による生活扶助,住宅扶助,医療扶助及び介護扶助とするもの)をせよ(以下「本件義務付けの訴え」という。)。

第2
1
事案の概要
本件は,東京都江東区内に居住する原告が,平成27年8月13日,処分行政庁に対し,生活保護開始の申請(以下「本件申請」という。)をしたところ,処分行政庁が,同年9月1日,本件申請を却下する処分(以下「本件処分」という。)をしたことから,被告に対し,本件処分の取消しを求めるとともに,処分行政庁が原告に対し本件申請の日である同年8月13日から生活保護を開始する旨の決定をすべきことの義務付けを求める事案である。

2
関係法令等の定め
(1)生活保護法

1条は,同法の目的に関し,「この法律は,日本国憲法第25条に規定する理念に基き,国が生活に困窮するすべての国民に対し,その困窮の程度に応じ,必要な保護を行い,その最低限度の生活を保障するとともに,その自立を助長することを目的とする。」と定めている。

4条は,保護の補足性に関し,「保護は,生活に困窮する者が,その利用し得る資産,能力その他あらゆるものを,その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる。」(1項),「民法(明治29年法律第89号)に定める扶養義務者の扶養及び他の法律に定める扶助は,すべてこの法律による保護に優先して行われるものとする。」(2項)とそれぞれ定めている(3項は省略)。


10条は,世帯単位の原則に関し,「保護は,世帯を単位としてその要否及び程度を定めるものとする。但し,これによりがたいときは,個人を単位として定めることができる。」と定めている。


30条は,生活扶助の方法に関し,「生活扶助は,被保護者の居宅において行うものとする。ただし,これによることができないとき,これによつては保護の目的を達しがたいとき,又は被保護者が希望したときは,被保護者を救護施設,更生施設若しくはその他の適当な施設に入所させ,若しくはこれらの施設に入所を委託し,又は私人の家庭に養護を委託して行うことができる。」(1項),「前項ただし書の規定は,被保護者の意に反して,入所又は養護を強制することができるものと解釈してはならない。」(2項)とそれぞれ定めている(3項は省略)。

(2)通達

昭和36年4月1日厚生省社発第123号厚生事務次官通知(以下「事務次官通知」という。)(乙5)
第1は,世帯の認定に関し,「同一の住居に居住し,生計を一にしている者は,原則として,同一世帯員として認定すること。なお,居住を一にしていない場合であっても,同一世帯として認定することが適当であるときは,同様とすること。」と定めている。

昭和38年4月1日社発第246号厚生省社会局長通知(以下「局長通知」という。)(乙5)
第1の2は,世帯分離に関し,「同一世帯に属していると認定されるものでも,次のいずれかに該当する場合は,世帯分離して差しつかえないこと。」と定めており,「(2)要保護者が自己に対し生活保持義務関係にある者がいない世帯に転入した場合であって,同一世帯として認定することが適当でないとき(直系血族の世帯に転入した場合にあっては,世帯分離を行わないとすれば,その世帯が要保護世帯となるときに限る。)」等の場合を掲げている。

3
前提事実(当事者間に争いがないか,文中記載の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定することができる事実)
(1)当事者等

原告(昭和7年生まれ)は,原告肩書住所地(東京都江東区α×番12-×××号)に居住する女性である。(争いがない事実)


処分行政庁(江東区福祉事務所長)は,保護の実施機関である江東区長から,生活保護法19条4項,生活保護法施行細則(昭和40年江東区規則第3号)1条により,保護の決定及び実施に関する権限について委任を受けたものである。(争いがない事実)

(2)原告とAの関係等

原告とA(昭和26年生まれ。)との間に親族関係はなく,原告は,三味線の師匠として,約30年にわたりAと師弟関係にある。(争いがない事実,甲14,15,証人A)


原告は,もとは東京都中央区β×番15号に所在する建物(以下「βの居宅」という。)に居住していたが,平成20年11月11日,原告肩書住所地に所在するマンション(以下「本件居宅」という。)に転居し(住民基本台帳上は原告の単独世帯),以後,本件居宅に居住している。(甲3,乙2,争いがない事実)

本件居宅は,原告がβの居宅から転居するに際し,その居住の用に供するなどの目的で,Aが,自己名義又は自己が経営している会社(以下「本件会社」という。)名義で,賃借したものであった。(乙1,2,14,証人A)


Aは,もとは横浜市内の居宅(以下「横浜の居宅」という。)に居住していたが,平成24年頃,本件居宅に転居し,以後,原告と共に本件居宅に居住している。(乙1,証人A,弁論の全趣旨)

(3)本件申請
原告は,平成27年8月13日,処分行政庁に対し,生活保護開始の申請(本件申請)をした。(争いがない事実)
(4)原告及びAの資産関係

本件申請当時,原告は,国民年金を受給しており,受給額は,月額約4万5000円(介護保険料等の控除後は約4万2500円),所持金は,2万3505円である。(甲4,5,14,乙2,13,証人A,弁論の全趣旨)


Aは,本件申請当時,約810万円の預貯金を保有しており,本件口頭弁論終結当時には,約1000万円の預貯金等を保有していた。(乙2,7~9,13,証人A,弁論の全趣旨)

(5)本件処分

処分行政庁は,平成27年9月1日,原告に対し,本件申請を却下する処分(本件処分)をした。(争いがない事実)


本件処分の理由は,「同一世帯員として認定される同居人の手持金により最低生活維持が可能なため。B(原告)様とA様は現在,同一の家屋に居住されており,風呂・トイレ等が共有であるとともに,光熱費等もA氏が負担されております。また,二人からは,今後別世帯となることを希望せず,現状を継続したいとのご要望を伺っております。以上のことを総合的に鑑み,生計を一にしている同一世帯と認定せざるを得ません。申請時所持金830万4439円>最低生活費17万8630円」というものであった。(争いがない事実,甲1,乙4)
(6)不服申立て等

原告は,平成27年9月16日,東京都知事に対し,本件処分について審査請求をしたところ,東京都知事は,同年12月25日,同審査請求を棄却する裁決をした。なお,同裁決は,処分行政庁が,原告の属する世帯の保護開始時の所持金を830万4439円と認定したことについて,815万1676円(原告の請求時所持金2万3505円,Aの請求時所持金812万8171円)が正しいとした。(争いがない事実,乙13)

原告は,平成27年10月22日,本件処分の取消し等を求める本件訴えを提起した。(当裁判所に顕著な事実)

第3
1
争点
本件処分が適法か否か。具体的には,以下の点が争われている。
(1)原告とAは同一の世帯(生活保護法10条)といえるか(争点1)(2)原告とAが同一世帯である場合,生活保護法10条ただし書を適用して原告個人を単位として保護の要否及び程度を定めるべきか(争点2)
2
本件処分が違法と認められる場合において,原告につき生活保護開始決定をすべきことの義務付けの要否(争点3)

第4
1
争点についての当事者の主張
原告とAは同一の世帯(生活保護法10条)といえるか(争点1)(1)原告の主張

「世帯」と扶養義務との関係について
(ア)生活保護法10条は,「保護は,世帯を単位としてその要否及び程度を定めるものとする。…」と定めるところ,ここでいう「世帯」とは,住居及び生計を同一にするものをいうが,原則として,扶養義務者以外の者で構成される世帯を予定していないと解するのが相当である。(イ)この点,東京地方裁判所昭和38年4月26日判決(行政事件裁判例集14巻4号910頁,以下「昭和38年東京地裁判決」という。)は,「相互の間で法律上の扶養義務がない場合でも,同一の住居に居住し,生計を一にしていると認められる者は,原則として同一世帯に属するものと解するのが相当である」旨判示するところ,同判決は,扶養義務がない者について世帯同一性を認定するに際し,相互の間で依存援助関係があることを根拠としており,片務的な依存援助関係にあるにすぎない場合にまで世帯同一性を認定すべきことを判示したものではない。(ウ)これを本件についてみると,原告とAとの間には,親族関係がなく,かつて原告がAに三味線を教えた師弟関係があるにすぎず,住民基本台帳上の世帯も別であるところ,原告が,平成19年頃,C病院に入院した際,Aは,入院費を立て替え,退院後の原告を世話するようになり,その後,原告は,βの居宅の家賃が支払えなかったため,平成20年11月,βの居宅から本件居宅に転居し,Aとの同居期間は7年以上にわたる。その間,原告は,要介護度3の状態にあり,食費として月額3万円を自己の年金からAに支払うのみで,その余の金銭面及び生活面については全面的かつ一方的にAに依存している状態にある。かかる場合にまで原告とAの生活保護法上の世帯が同一であると認めることは,Aに対し,法の定めによらず原告に対する事実上の扶養義務を課すことになり,また,生活保護法4条2項が民法上の扶養義務者に限定して保護に対する優先を定めた趣旨に反し,許されない。

原告とAは住居を別にしていること
(ア)原告は,平成20年11月,βの居宅から本件居宅に転居し,7年以上にわたりAと同居しているところ,原告は,平成27年8月12日,それまで貸間関係が曖昧であったため,Aとの間で貸間契約(以下「本件貸間契約」という。甲6)を締結し,洋間部分を月額4万8000円で間借りし,水道光熱費の負担割合をAと原告で1対1とし,玄関,食堂,台所,浴室及び便所を共同使用とすることを合意した。これに加え,原告は,洋間部分に設置した自己の家財に係る火災保険に加入しており(甲8),Aは,原告を扶養すべき義務を有さず,原告に対し,貸間料及び水道光熱費を請求する意向を示している。そうすると,本件貸間契約は実体を伴うものと認められる。
他方,被告は,原告とAが,風呂,居間及びトイレ並びに家具什器類を共用していることや,本件居宅の電気・ガス・水道のメーターが一つであることを,原告とAが住居を同一にしている根拠の一つとして主張するが,これらの事情は,いずれも貸間契約が締結されている以上当然のことにすぎず,原告とAの住居が同一であることの積極的な根拠となるものではない。
(イ)したがって,原告は,本件貸間契約に基づいて本件居宅に居住しているというべきであり,原告とAは住居を別にしていると認められる。ウ
原告とAは生計を別にしていること
(ア)原告は,自己の年金から食費として月額3万円をAに渡しており(Aがこれまで原告に光熱費の負担を求めなかったのは,原告に負担能力がなかったことから支払を免除していたにすぎない。),原告とAは,本件貸間契約の締結により,貸間料の支払とともに,水道光熱費を折半する旨合意したところ,原告とAは,生計を別にしているからこそ,このように食費として現金を授受し,又は貸間料等の支払を合意したものと評価すべきである。現に,原告は,平成27年12月からは出納帳を作成し(甲11),家計をAから分離して管理している。
(イ)Aが原告を保護するようになった当初,短期的な保護が想定されており,永続的にAが原告の面倒をみる関係になかったから,これまでのAの原告に対する援助は,応急的かつ一時的なものにすぎない。また,保護の要否は,過去の実績のみで判断されるべきでなく,将来に向かって安定的にその状態が持続される見通しがあるかを客観的に判断すべきであるところ,Aは,本件申請前におけるような原告との生計依存関係を今後解消する意向を示している。以上のことからすれば,過去の経緯はともかく,少なくとも本件申請以降については,原告とAの生計の同一性を肯定することはできない。
なお,このように,Aは,遅くとも本件申請時以降については,原告と生計を別にすることを明確にしており,原告とは別世帯の構成員であることからすれば,生活保護法30条1項ただし書により,Aに対し原告の養護の委託をすることも可能であった。
(ウ)Aの原告に対する援助は,民法697条の事務管理に当たるところ,同法700条は,「管理者は,本人…が管理をすることができるに至るまで,事務管理を継続しなければならない。」と定めており,「本人…が管理をすることができるに至る」とは,本件に即していえば,原告について生活保護が開始されることを指すのであり,合理的期間を超えてその開始がされない場合,管理者に対し永久に事務管理継続義務を認めることはできない。そうすると,Aは,原告に対する援助を任意に中止できると解され,このような援助がされたことをもって,原告とAの生計の同一性は認められない。
(エ)したがって,原告とAは生計を別にしているというべきである。エ
生活保護法30条1項の趣旨を勘案すべきであること
(ア)生活保護法30条1項は,生活扶助の方法として私人の家庭に養護を委託することを認めているところ,同条項の規定を踏まえると,私的に身寄りのない老人に対し養護を行っている場合には,同一世帯とみなさないことが法律上予定されているというべきである。
(イ)この点,Aは,原告とは扶養義務関係になく,高齢者で身寄りもない原告を引き取り,その養護を行っているというべきであるから,原告とAを同一世帯と認めることは相当でない。

争点1についての原告の主張のまとめ
以上によれば,原告とAは,住居及び生計を別にし,生活保護法10条の世帯を別にしていると評価されるから,本件処分は,原告とAが同一世帯であるとの誤った判断を前提とするもので違法である。

(2)被告の主張

「世帯」と扶養義務との関係について
生活保護法10条の世帯の解釈に関し,事務次官通知は,「同一の住居に居住し,生計を一にしている者は,原則として,同一世帯員として認定すること」と定めている。そして,昭和38年東京地裁判決が判示するとおり,同条が,保護の要否及び程度は世帯を単位として定むべき旨を規定しているのは,同一の世帯に属する者は相互の間に法律上の扶養義務があるかどうかにかかわらず,事実上,生計の面で互に依存し,援助し合う関係にあるのが通常であるところから,この事実を基礎として保護の要否及び程度を決定すべきものとする趣旨と解すべきであり,この趣旨からすれば,相互の間で法律上の扶養義務がない場合でも,同一の住居に居住し,生計を一にしていると認められる者は,原則として同一世帯に属するものと解するのが相当であり,これと同旨の解釈基準を示した事務次官通知は,法の趣旨に沿う正当なものである。
以上を踏まえて原告とAの世帯の同一性の有無を検討すべきである。

居住の同一性について
(ア)本件居宅のうち寝室を除く大部分は,原告とAの共用となっている上,電気・ガス・水道の使用量を明確に切り分けることができず,原告とAは,家具什器類を共同使用している。これらを総合的に勘案すれば,原告とAは,本件居宅という同一の居住空間において,生活実態が明確に切り分けられない状態で生活していると認められる。
(イ)したがって,原告とAの間には居住の同一性が認められる。ウ
生計の同一性について
(ア)事務次官通知は,同一居住,同一生計の者は原則として同一世帯と認定することとしている。これは,生計を一にしているか否かの認定が主として事実認定の問題であることから,比較的事実認定が容易な同一居住という目安をあわせて用いることとしたものである。他に重要な目安としては,居住者相互の関係(親族関係の有無,濃密性等)があるところ,判定が困難なケースについては,さらに消費財及びサービスの共同購入・消費の共同,家事労働の分担,戸籍・住民基本台帳の記載事実等の正確な把握に基づき,個々の事例に即して適正な世帯認定を行うこととされている(平成21年3月31日厚生労働省社会・援護局保護課長事務連絡)。以上のことを踏まえて生計の同一性を検討すべきである。(イ)江東福祉事務所職員が本件居宅を訪問し,原告及びAから聴取調査をしたところによれば,①原告は,本件居宅の一室を間借りして居住していること,②居宅の掃除・洗濯はAが行っていること,③寝室以外の風呂,居間,トイレは二人で共用していること,④家賃の支払,日用品購入の際の支払,原告の医療費の支払はいずれもAが行っていること,⑤電気・ガス・水道のメーターは一つであり,光熱費はAが代表者を務める株式会社D(本件会社)とAとで折半しているが,本件会社は休廃業する見込みであり,今後は,原告とAとで折半となる見込みであること,⑥食費は,原告が受給する年金から月額3万円をAに渡していること,⑦家具什器類は共同で使用していることがそれぞれ認められた。このことからすれば,原告とAとの間に生計上の依存関係が成立しているというべきである。
また,ある生活態様が固定化する要素として,その生活態様が維持されてきた期間又は維持されることが予定される期間を考慮すべきところ,原告とAは,原告の主張によれば約7年間の同居生活を経ているというのであり,このことを併せて勘案すると,原告に対するAの援助が応急的かつ一時的なものであるとはいえない。
この点に関し,原告は,Aの援助が民法697条の事務管理に該当するとして,Aは原告に対する援助を任意に打ち切ることができる旨主張するが,仮にAの援助が事務管理であるとすれば,Aは民法700条により管理の継続義務を負うから,原告の主張は失当である。
(ウ)したがって,原告とAの間には生計の同一性が認められる。エ
原告の主張について
(ア)原告は,生活保護法10条について,原則として扶養義務者のみで構成される世帯を想定しているものと解すべきである旨主張する。
しかし,上記アのとおり,扶養義務関係の存在は,生活保護法上の世帯が同一であると認定するについての要件ではないと解すべきである。(イ)原告は,原告が住民基本台帳上,単独世帯となっていることを踏まえると,原告とAを同一世帯と認定すべきでない旨主張する。
しかし,生活保護法上の世帯は,居住及び生計の同一性の有無及び程度により判断すべきところ,上記ウのとおり原告とAは生活保護法上の世帯を同一にすると認められるのであり,住民基本台帳上の世帯が別であることは,この判断を直ちに左右しない。
(ウ)原告は,Aが原告の援助を継続する意思がないことを表明したことからすれば,原告とAを同一世帯と認定すべきでない旨主張する。
しかし,原告は,本件申請前,Aに依存していたというべきところ,その依存関係は,本件申請以後も変わらず継続している上,原告とAは現状の同居状態の継続を要望していることからすると,単にAが原告に対する援助を継続する意思がない旨表明したからといって,原告とAの世帯の同一性は当然には否定されない。
(エ)原告は,本件貸間契約に基づいて本件居宅に居住しているから,原告とAとの間に居住の同一性は認められない旨主張する。
しかし,Aが賃借人として契約した本件居宅の賃貸借契約上,原告は,Aの「義母」としてAとともに居住者とされているが,本件居宅の全部又は一部の転貸は禁止され,Aは,原告に間貸しすることについて賃貸人の了承を得ていない上,原告は,Aに対し,これまで間代,水道光熱費を支払ったことがないことに鑑みれば,本件貸間契約に実体があるとはいえない。そうすると,原告とAが本件貸間契約を締結したことは,原告とAとの間に居住の同一性があることを左右するものではない。オ
争点1についての被告の主張のまとめ
以上によれば,原告とAは,生活保護法10条の「世帯」を同一にしていると評価すべきであり,本件処分にこの点の判断の誤りはない。
2
原告とAが同一世帯である場合,生活保護法10条ただし書を適用して原告個人を単位として保護の要否及び程度を定めるべきか(争点2)
(1)原告の主張

世帯分離の趣旨
生活保護法10条本文が生活保護に関し世帯単位の原則を規定したのは,社会生活において通常は世帯を単位として生計が営まれているからであり,生活の困窮は,通常,同一生計に属する全ての世帯員に同時・共通に現れるものであることから,世帯単位で保護を行う必要があると考えられる。しかし,保護の実施上,世帯単位の原則を徹底することが,かえって世帯員の自立助長を妨げるような結果を招く場合もあると考えられることから,世帯分離を行って一部の世帯員のみを保護することを認める必要がある。そこで,生活保護法10条ただし書は,世帯単位の原則の例外として,一部の世帯員のみについて保護を実施することを認めた趣旨と解される。イ
本件は局長通知が定める世帯分離すべき場合に該当すること
(ア)局長通知第1の2(2)は,「要保護者が自己に対し生活保持義務関係にある者がいない世帯に転入した場合であって,同一世帯として認定することが適当でないとき…」に世帯分離を認めているところ,「生活保護手帳別冊問答集2015」(以下「問答集」という。甲10,乙6)によれば,上記定めは,生活保護法30条1項ただし書が私人の家庭に養護を委託して行う生活扶助を認めていることとの均衡を勘案し,身寄りのない孤児を引き取る場合を想定して設けられたものとされている。(イ)また,局長通知第1の2(2)は,括弧書において「…(直系血族の世帯に転入した場合にあっては,世帯分離を行わないとすれば,その世帯が要保護世帯となるときに限る。)」と定めるところ,これによれば,直系血族以外の世帯に転入した場合には,世帯分離を行わないとすればその世帯が要保護世帯となるときに限らないことになる。また,問答集によれば,直系血族の世帯に要保護者が転入した場合であっても,その転入目的,生活実態,受入れ側の援助能力,地域の生活実態との均衡等を考慮して世帯分離を認めるべきとされており,このことからすれば,本件のように非親族が要保護者を援助している場合には,要保護者を援助することにより養護者が特別な利益を受けているなどの特段の事情がない限り,世帯分離を認めるのが上記局長通知の趣旨と解するのが相当である。
(ウ)以上を踏まえると,Aは,生活保持義務関係になく,高齢者で身寄りもない原告を引き取り,特別の利益を受けることなく原告を援助しているものであるから,局長通知第1の2(2)の定める世帯分離すべき場合に該当するというべきであり,原告の世帯分離を認めない本件処分は,処分行政庁の裁量権を逸脱し又は濫用するものである。

世帯分離を認めないことによりAに過大な負担を負わせること
Aは,自らも高齢で腰を痛める(腰部脊柱管狭窄症等)などしており,自らが経営する本件会社も休業とせざるを得ず,貯蓄も800万円ないし1000万円にすぎず,他に個人年金等の受給があるのみで,必ずしも満足のいく水準の老後の蓄えがあるわけではない。このような状況であるにもかかわらず,原告の世帯分離を認めないことは,原告とは親族関係になく,善意で原告を援助しているにすぎないAに対し,事実上原告に対する扶養義務を課し,Aに対し,経済的肉体的に多大な負担を負わせるという不合理な結果を生じさせる上,生活保護法4条2項が民法上の扶養義務者に限定して保護に対する優先を定めた趣旨に反する。そうすると,原告の世帯分離を認めない本件処分は,処分行政庁の裁量権を逸脱し又は濫用するものである。


被告の主張について
(ア)被告は,原告が単身の世帯で生活できるように支援することが,自立を助長するという生活保護法1条の目的から望ましい旨主張する。しかし,生活保護法30条1項ただし書は,「私人の家庭に養護を委託して」生活扶助を行うことができる旨定めており,高齢者が親族関係にない第三者と同居しつつ,当該高齢者のみについて生活保護を実施することを予定しているといえるから,このような形態による保護が適切な生活保護のありようといえないとする被告の主張は,失当である。なお,処分行政庁は,本件申請後,原告に対し,Aとの同居を解消を求め,別世帯として施設に入所することを条件として保護を開始する姿勢を見せた。しかし,生活保護法30条2項は,居宅保護の原則の例外を定める同条1項ただし書の規定に関し,「…被保護者の意に反して,入所又は養護を強制することができるものと解釈してはならない。」と定めるところ,処分行政庁による上記の提案は,原告が施設に入所することを条件として保護開始を認めるものであり,居宅保護の原則に違反するものである。
(イ)また,被告は,高齢者が親族関係にない第三者と同居しつつ,当該高齢者のみについて生活保護を実施することは,当該第三者による経済的搾取,搾取に至らないまでも家計が混同するおそれがある旨主張する。しかし,仮にAと原告の家計が混同していたとみられる点があったとすれば,家計の分離を徹底することを指導することにより,原告とAを別世帯と扱うことは可能であり,実際,原告とAは,家計を別にする意思を表明し,それまで曖昧だった貸間契約を契約書を取り交わして明確化し,江東区福祉事務所の指示に従い,原告に支給された保護費がAの生活費に利用されないように適切な措置を講じようとしていた。仮に原告による金銭管理等を問題にするのであれば,処分行政庁は,生活保護法30条1項により私人の家庭であるAに養護を委託して保護を行うこともできたはずである。
そうすると,原告が本件居宅から転居し,又は転居の意思を表明しなければ生活保護を支給できないとする被告の主張は,誤りである。オ
争点2についての原告の主張のまとめ
以上によれば,仮に原告とAが生活保護法10条の「世帯」を同一にしていると評価すべきであるとしても,同条ただし書を適用して原告個人を単位として保護の要否及び程度を定めなかったことは,処分行政庁の裁量権を逸脱又は濫用するものであるから,本件処分は違法である。

(2)被告の主張

世帯分離の趣旨
生活保護法10条ただし書の世帯分離は,世帯単位の原則を貫くとかえって生活保護法の目的を実現できないと認められる場合に例外的に認められる取扱いであり,また,実務上,少なくとも毎年1回,世帯認定の見直し検討が求められている。このことからすれば,将来にわたって同居を継続するような場合は,世帯分離すべき場合として想定されていない。そして,「…定めることができる。」との同条ただし書の規定ぶりや,「同一世帯に属していると認定されるものでも,次のいずれかに該当する場合は,世帯分離して差しつかえないこと」との局長通知の規定ぶりからしても,世帯分離をするか否かは,上記の観点を踏まえた保護の実施機関による合理的な裁量に委ねられている。

これを本件についてみるに,上記のとおり,原告とAは,同一世帯であると認められるところ,原告は,本件申請まで約7年にわたってAと同居し,また,原告は,Aとの同居を解消した上で転居することを希望せず,今後もAとの同居を継続する意思を表明していることからすれば,上記の世帯分離すべき例外的な場合に当たるとはいえない。そして,原告が現状のままAとの同居を続けるよりは,Aからの精神的支援を受けつつも,原告が単身の世帯で介護扶助(生活保護法34条の2)を受けて生活できるように支援することが,自立を助長するという生活保護法1条の目的からは望ましく,また,一般的には,高齢者が親族関係にない第三者と同居しつつ,当該高齢者のみについて生活保護を実施することは,当該第三者による経済的搾取,又は搾取に至らないまでも家計が混同するおそれがあり,適切な生活保護のありようといえない。そうすると,原告がAとの同居を解消し,又は解消されることを前提として原告について保護を実施することとした上で,原告がAとの同居を継続する意向を示している以上,世帯分離した上で保護を実施することは相当でないとの処分行政庁の判断は,正当かつ合理的である。
なお,処分行政庁は,本件申請がされた後,原告に対し,サービス付高齢者住宅への入居を勧めたにすぎないところ,同住宅は,生活保護法上の施設ではなく,居宅に当たるから,居宅保護の原則に反するものではない。ウ
原告の主張について
原告は,局長通知第1の2(2)は,身寄りのない孤児を引き取って世話をする場合等を想定しており,本件の場合は,身寄りのない高齢者である原告を引き取って世話する点において同様である旨主張する。
しかし,原告と身寄りのない孤児とを同視することは相当でないし,仮に原告が本件居宅に転居した当時,局長通知が掲げる上記の場合に類する状況にあったとしても,世帯分離の判断においては,上記のとおり,その生活態様がどの程度の期間維持されたかを勘案することには合理性があるところ,原告がおよそ7年間の同居生活を経たとされていることからすれば,仮に原告とAが局長通知が掲げる上記の場合に当たるとしても,当然に世帯分離すべきであるとはいえない。


争点2についての被告の主張のまとめ
以上によれば,処分行政庁が生活保護法10条ただし書を適用して原告個人を単位として保護の要否及び程度を定めなかったことは,処分行政庁の裁量権を逸脱又は濫用するものといえず,本件処分は適法である。
3
原告につき生活保護開始決定をすべきことの義務付けの要否(争点3)(1)原告の主張
原告は,本件申請をした平成27年8月13日現在,現金約4000円,預貯金残高1万1587円,国民年金が1か月当たり4万2458円の支給を受けるのみで他に収入がなく,明らかに生活困窮状態である。
したがって,処分行政庁が平成27年8月13日から生活保護を開始する旨の決定(保護の種類及び方法につき居宅保護の方法による生活扶助,住宅扶助,医療扶助及び介護扶助とするもの)をすべきことは明らかである。(2)被告の主張
否認ないし争う。
第5
1
当裁判所の判断
認定事実
前提事実,争いがない事実,文中記載の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1)原告の身上,経歴等

原告は,昭和7年生まれの女性であり,もとはβの居宅に居住し,その家業はγにある料理屋であったが,その廃業後は,三味線の講師として稼働し生計を立てていた。(前提事実(1)ア,(2)ア,証人A)

原告は,本件申請の当時,独身であり,原告を扶養すべき義務を負う親族はいない。また,原告とAとの間に親族関係はない。(前提事実(2)ア,甲2,14,証人A,弁論の全趣旨)


原告は,本件申請当時,介護保険で要介護度3の認定を受けており,足が不自由であることから入浴等について一定の介助を要する状態にあるが,介護サービスについては自己負担分が支払えず,利用していなかった。(甲14,15,乙2,証人A,弁論の全趣旨)

(2)Aの身上,経歴等

Aは,昭和26年生まれの女性であり,かつて料亭を営んでいたが,平成9年頃からは専ら不動産賃貸業を営むようになり,同人が経営していた株式会社D(本件会社)の代表者として稼働していたところ,Aは,本件申請当時,事業を整理して本件会社を休眠させる予定であり,その後,休眠させた。(前提事実(2)ウ,甲14,15,乙2,証人A)


Aは,本件申請当時,腰を痛めて通院しており,腰部脊椎管狭窄症のため長距離の歩行が困難な状況にあって,原告の入浴を介助することに困難を感じていた。(甲12,15,証人A)

(3)原告及びAが本件居宅に転居する経緯,転居後の状況等

原告とAは,今から約30年ほど前,Aが原告に三味線を習ったことで知り合い,以後,師弟関係にある。(前提事実(2)ア,証人A)イ
原告は,従来居住していたβの居宅が競売され,競落後の所有者から同居宅を賃借して引き続き居住していたところ,平成19年頃,転倒して骨折し,C病院に約1か月間入院した。Aは,同病院から原告が入院した旨の連絡を受け,その入院費用を立替えて支払った。また,Aは,当時,横浜の居宅(前提事実(2)エ)に居住していたが,原告が退院した後の約1年間,週2回程度,βの居宅に通って原告の身の回りの世話をしていた。(乙2,証人A,弁論の全趣旨)


原告は,平成20年頃,βの居宅につき,所有者から賃料増額の申出を受けたため,これをAに相談した。Aは,自身がいずれ東京都内で三味線教室を開くことを考えており,また,高齢の原告が自己名義で新たに住居を賃借することが難しかったことから,自己名義(後に本件会社名義に変更した。)で本件居宅を賃借し(以下「本件賃貸借契約」という。),原告を住まわせることにした。このとき,Aは,原告が本件居宅の家賃を支払えない状況となるとは考えていなかった。(前提事実(2)ア,乙1,2,14,15,証人A)


原告は,平成20年11月頃,βの居宅から本件居宅に転居したところ,生活環境の変化により精神的に不安定になった。このため,Aは,横浜の居宅から本件居宅に通うなどして,原告の世話をしていた(前提事実(2)イ,エ,甲3,乙2,証人A)


原告は,平成22年頃から,三味線を教えることができなくなり,Aが原告の弟子数名を引き継いで三味線を教えるようになった。これに伴い,原告は,自ら生活費を賄うことが困難となり,原告は,Aに対し,老齢基礎年金の受給額(前提事実(4)ア)の中から食費として月額3万円を渡していたものの,その余の生活費(日常的な医療費,家賃,消費財の購入費,光熱水道費等)については,Aが事実上負担することとなった。(甲2,14,15,乙2,3,証人A)

Aは,平成24年頃,横浜の居宅を退去して本件居宅に転居し,継続して本件居宅に居住するとともに,経営していた本件会社の事務も本件居宅で執るようになった。Aは,原告の世話(入浴介助等)をするとともに,本件居宅における家事全般を行っており,また,上記オと同様に生活費を負担していた。また,Aは,横浜の居宅から食堂の家具什器などを持ち込み,原告と共同で使用していた。(乙2,3,証人A)


原告は,平成25年7月頃,転倒してE病院に入院した際,訴外Fから50万円を借りてその入院費用を支払った。原告は,平成27年7月21日,原告名義の口座に生命保険の解約返戻金50万0400円が振り込まれたことから,同月30日,訴外Fに対し,同借入金を返済した。(甲2,4,7,乙1,証人A)。

(4)本件居宅の間取り,本件貸間契約の締結等

本件居宅は,G(鉄骨鉄筋コンクリート造××階建)×階部分の×××号室であり,専有面積が約56.79㎡の2LDKである。このうち,玄関,食堂,台所,浴室及び便所については,Aと原告が共用しており,寝室については,和室部分をAが,洋室部分(10.5㎡)を原告が,それぞれ使用している。(甲6,乙14,15)


本件賃貸借契約において,原告は,Aとともに,Aの「義母」として本件居宅の居住者とされており,また,本件居宅の全部又は一部の転貸を禁止することとされている。(乙14)


原告は,平成27年8月12日,Aとの間で,上記アの洋室部分を貸間料月4万8000円で賃借すること,水道光熱費の負担割合を1対1とすること,玄関,食堂,台所,浴室及び便所を共同使用とすることなどを内容とする本件貸間契約を締結し,同年8月頃,損害保険会社との間で家財について火災保険契約を締結した。もっとも,原告は,Aに対し,本件貸間契約に基づく貸間料を支払っておらず,また,上記損害保険会社からは保険料の払込みがない旨の通知を受けた。(甲6,8,証人A)
(5)本件申請と本件処分に至る経過等

原告及びAは,本件申請に先立ち,平成27年3月23日,江東区福祉事務所を訪れ,原告に対する生活保護について相談したが,Aが原告を連れて途中で退席し,生活保護開始申請には至らなかった。(乙1)

原告は,平成27年8月13日,処分行政庁に対し,本件申請をした。その際,江東区福祉事務所職員は,原告と面接し,原告の生活状況,Aとの関係等について聴取した。(前提事実(3),乙2,3)


江東区福祉事務所職員は,平成27年8月17日,本件居宅の訪問調査を行い,原告及びAから以下の内容を聴取した。(乙3,13)
(ア)原告は,本件居宅でAと同居しその一室を寝室として使用している。(イ)寝室以外の風呂,リビング,トイレは,原告とAが共用している。(ウ)原告が要介護状態にあるためAが本件居宅の掃除や洗濯をしている。(エ)家具什器類は,要介護状態にある原告が単独で使用することが困難であるため原告とAが共用している。
(オ)原告は,食費としてAに月3万円を渡しており,その他の生活費(医療費,家賃,消費財の購入費等)は,Aが支払っている。
(カ)食事については,原告とAが二人で取っている。
(キ)電気,ガス及び水道のメーターは特に分かれておらず,光熱費については,本件会社とAとで折半しているが,Aは,本件会社の休廃業を考えており,今後は,原告とAとで折半する見込みである。


江東区福祉事務所職員は,平成27年8月20日,原告に対し,保護の決定前に転出し,同居人との生計及び居住の同一性が解消された場合には当然に別世帯として取り扱うこと,保護の決定前に転出しなかった場合であっても,申請者が近日中に転出する意思を有しており,同居者との生計及び居住の同一性が解消されることを予定している場合については,緊急的な避難として居候状態になっているものとして取扱い,申請者のみを単身として保護することができ,この場合については,転居にかかる費用を生活保護により支給できることをそれぞれを説明したところ,原告は,Aと同居を継続したい旨回答した。(乙3,弁論の全趣旨)

処分行政庁は,平成27年9月1日,原告に対し,前提事実(5)イの理由により本件処分をしたところ,原告は,同年10月22日,本件処分の取消し等を求める本件訴えを提起した。(前提事実(5),(6))

原告は,本件処分後も,引き続きAとともに本件居宅に居住しており,本件処分の前後でその生活実態に特段の変化はなく,平成28年3月,腸閉塞で入院したが,同月末に退院し,本件居宅において生活している。(甲16,証人A)

2
争点1(原告とAは同一の世帯(生活保護法10条)といえるか)について(1)「世帯」について

生活保護法10条本文は,「保護は,世帯を単位としてその要否及び程度を定める」ことを原則とする旨規定している。これは,個人の経済生活は,通常,世帯を単位として営まれており,保護を必要とする生活困窮という事態は,世帯員のある特定の個人についてあらわれるものではなく,世帯全体に同じ程度においてあらわれることになるから,保護の要否及び程度を判断する際の単位を原則として世帯とするとの趣旨によるものと解される。この趣旨に照らすと,上記の世帯の単位を認定するに当たっては,同一の住居に居住しているか否か,居住者相互の関係(親族関係の有無,濃密性等)といった要素のほか,消費財及びサービスの共同購入・消費の共同,家事労働の分担,戸籍・住民基本台帳の記載事実等の事実関係を総合考慮し,主として生計の同一性という観点から,社会生活上,現に家計を共同にして消費生活を営んでいると認められる一つの単位といえるか否かにより決することが相当である。
しかるところ,同一の住居に居住している居住者らであっても,相互に親族関係にない者が同居しているなど,居住者らの関係が,継続して家計を共同にして消費生活を営むべきことが社会通念上期待されるようなものではない場合には,家計を共同にして消費生活を営んでいると直ちに認めることは困難であるから,この場合における世帯の認定に当たっては,当該居住者らが,継続して家計を共同にして消費生活を営むと認めるに足りる具体的な生活実態が存することを要するというべきである。

これに対し,原告は,生活保護法10条の「世帯」は,原則として扶養義務者以外の者で構成される世帯を予定しないと解される旨主張する。この点,居住者相互の関係は,世帯認定の重要な要素となるものであるが,それのみで決することはできないことは上記アで判示したとおりである。よって,原告の上記主張は採用できない。

(2)上記(1)の見地を踏まえて世帯認定について検討する。

同一の住居への居住
上記のとおり,原告は,平成20年11月,βの居宅から本件居宅に転居し(認定事実(3)エ),Aは,平成24年頃,横浜の居宅から本件居宅に転居しており(同(3)カ),原告とAが本件居宅において共に居住していた期間は,本件申請時までに3年を超えていること,本件賃貸借契約上,原告とAはいずれも本件居宅の居住者とされており,また,本件居宅の全部又は一部の転貸は禁止されていること(同(4)イ),原告とAは,本件申請の前日になって,原告が使用する洋室部分につき本件貸間契約を締結したところ(同(4)ウ),それまでの間に原告とAが書面又は口頭により貸間契約を締結したと認めるに足りる的確な証拠はなく,本件貸間契約に基づき現実に間代が支払われたことはないこと(同(4)ウ,証人A)を総合勘案すると,原告とAは,本件処分時点においては,同一の住居に居住していたといわざるを得ない。

居住者相互の関係
上記のとおり,原告とAは,親族関係がなく,約30年にわたり三味線の師弟関係あり(前提事実(2)ア),原告が三味線を教えることができなくなった以後は,Aが原告の弟子を引き継いで,本件居宅において三味線を教えるようになった(認定事実(3)オ)という間柄にすぎないことからすると,両名については,継続して家計を共同にして消費生活を営むべきことが社会通念上期待されるような関係にあるとまではいえない。

生計の同一性
上記のとおり,①Aは,A自身が本件居宅に転居する以前から,本件居宅に赴くなどして,原告の世話を行っていたところ,原告の三味線教師としての収入が途絶えてからは,原告から食費として月額3万円を渡される以外,原告が本件居宅において生活するのに必要となる生活費等を負担するようになったこと(同(3)エ,オ),②Aは,平成24年頃,本件居宅に転居し,原告と同一の住居に居住するようになってからも,足が不自由である原告の世話(入浴介助等)をするとともに,本件居宅における家事全般を行い,また,上記と同様に原告の日々の生活費等を負担していたほか,持ち込んだ家具什器などを原告との共同使用に供していたこと(同(3)カ),③原告とAは,今後も本件居宅における共同生活を継続することを希望していることからすると,原告とAとの関係が上記イのようなものであり,住民基本台帳の記載上も同一の世帯とはされていないことを勘案したとしても,両名については,継続して家計を共同にして消費生活を営むと認めるに足りる具体的な生活実態があるというべきである。

小括
以上によれば,原告とAは同一の住居に居住しており,親族関係にはないものの,継続して家計を共同にして消費生活を営むと認めるに足りる具体的な生活実態が存するといえるから,両名は,社会生活上,現に家計を共同にして消費生活を営んでいると認められる一つの単位を構成しているということができる。
(3)原告の主張について

原告は,原告はAから本件居宅の洋間部分を間借りしていたにすぎず,また,本件申請に先立ち,Aとの間で本件貸間契約を締結し,貸間料を支払うことを約束して,本件居宅に居住しているのであるから,Aとの居住の同一性はない旨主張する。
しかしながら,上記認定事実(4)のとおり,原告は,本件貸間契約の締結の前後を問わず,Aに対して洋間部分の使用の対価を現実に支払ったことはなく,また,その使用が長期間に及んでいることに照らすと,原告による洋間部分の使用を,通常の意味における貸間であるということは困難であり,また,本件貸間契約は,賃貸借としての実質を伴うものとは認められず,むしろ,本件賃貸借契約に係る賃料の負担に関する合意をしたものと評価するほうが合理的である。したがって,このような本件貸間契約の締結をもって,居住の同一性に関する上記の判断は左右されないというべきである。
よって,この点に関する原告の主張は採用できない。


原告は,これまでのAの原告に対する援助は応急的で一時的なものにすぎず,原告は,本件申請に先立ち,Aとの間で本件貸間契約を締結し,貸間料を支払い,水道光熱費の負担割合を1対1とすることを合意していて,Aは,これらを原告に請求する意向であり,また,平成27年11月からは出納帳を作成して家計を分離して管理するようになっているから,少なくとも,本件申請以降については,Aとの生計の同一性は認められない旨主張する。
しかしながら,上記のとおり,Aの原告に対する援助はAが本件居宅に転居した後からみても3年を超えていることからすると,これを応急的で一時的なものであったとみることには困難がある。また,本件貸間契約については賃貸借としての実質を伴うものとは認め難いことは上記のとおりであるし,上記の出納帳(甲11)についても,水道光熱費等に関する網羅的な記載を欠くこと(証人A)に照らすと,原告及びAにおいて真に家計の分離を完遂しようと試みているのかどうか疑わしいといわざるを得ない。そうすると,原告が主張する上記の点をもってしても,生計の同一性に関する上記の判断は左右されないというべきである。
よって,この点に関する原告の主張は採用できない。

原告は,原告が平成25年にE病院に入院した際,入院費をAではなく訴外Fに立て替えてもらっている経緯からして,原告はその生活費についてAに依存していない旨主張する。
しかしながら,「世帯」は,当該世帯の最低生活費(最低限度の生活を維持するために必要な需要を基とした費用)や住宅費を算定するための基礎となる概念であり,それが故に,家計を共同にして生活を営んでいると認められる一つの単位といえるかどうかが問題となるものである。したがって,転倒による受傷の治療のための入院費といった臨時的な経費の支出につき,世帯の構成者の一人が他の構成員に対して全面的には依存していないという事情があるとしても,そのことだけでは,世帯を一にすることが否定されるべきことにはならない。
よって,この点に関する原告の主張は採用できない。


原告は,Aの原告に対する援助は,民法697条の事務管理に当たり,管理者は,本人が管理をすることができるに至るまで事務管理を継続しなければならないが,原告について保護が開始されない以上,Aは,原告に対する援助を任意に中止できると解されるから,このような援助がされたことをもって,原告とAの生計の同一性は認められない旨主張する。しかしながら,仮にAの原告に対する援助が民法697条の事務管理に当たるとしても,事務管理としてされた援助をもって,生計の同一性の有無の判断の基礎とできないわけではないことは,上記(1)で判示したところから明らかである。
よって,この点に関する原告の主張は採用できない。

原告は,私人の家庭に養護を委託することを認めている生活保護法30条1項を踏まえると,私的に身寄りのない老人に対し養護を行っている場合には,同一世帯とみなさないことが法律上予定されているというべきであるとして,原告とAの生計の同一性は認められない旨主張する。しかしながら,生活保護法30条1項は,被保護者を私人の家庭に養護を委託する方法により保護した場合においては,当該被保護者と当該私人の家庭とを同一世帯とみなさないことを予定しているということはいえるとしても,同条項に基づく養護の委託がされていない場合についてまで,当然に同一世帯とみなさないことが生活保護法上予定されていると解すべき法的根拠はないというべきである。
よって,この点に関する原告の主張は採用できない。

(4)争点1のまとめ
以上によれば,本件申請の当時,原告とAは,生活保護法10条本文の適用上,同一の「世帯」に属していたものと認められる。
3
争点2(原告とAが同一世帯である場合,生活保護法10条ただし書を適用して原告個人を単位として保護の要否及び程度を定めるべきか)について(1)生活保護法10条ただし書の世帯分離について
生活保護法10条は,「保護は,世帯を単位としてその要否及び程度を定めるものとする。但し,これによりがたいときは,個人を単位として定めることができる。」と規定している。このただし書は,世帯単位の原則によれば,生活保護法の目的である最低生活の保障に欠けるとか,被保護者の自立を損なうと認められるような場合に,例外的に,同一世帯ではあるが保護の要否程度を決定する上で別世帯と同じように扱うという擬制的措置を講じることを定めた趣旨であると解される。このような趣旨とその文言に照らせば,ただし書を適用して世帯分離を行うかどうかについては,個別具体的な事情を踏まえた処分行政庁の判断に委ねられたものというべきであり,その意味で処分行政庁に裁量が認められると解されるところ,世帯分離して差しつかえない場合についての類型を定めた局長通知第1の2の内容は,上記の趣旨に照らし,合理性を有するということができる。
(2)局長通知該当性について

原告は,本件が,局長通知第1の2が「同一世帯に属していると認定されるものでも,・・・世帯分離して差しつかえない」場合として掲げる同(2)の場合に該当する旨主張する。
同(2)は,「要保護者が自己に対し生活保持義務関係にある者がいない世帯に転入した場合であって,同一世帯として認定することが適当でないとき(直系血族の世帯に転入した場合にあっては,世帯分離を行わないとすれば,その世帯が要保護世帯となるときに限る。)」と定めるところ,同(2)による世帯分離の取扱いは,本来身寄りの無い孤児を引き取り,生活の世話を行う場合等を想定したものであり,生活保護法30条に規定する「私人の家庭に養護を委託」する趣旨をも勘案したものと解される。

しかるに,上記認定事実によれば,原告は,平成20年11月頃にβの居宅から本件居宅に転居したところ,本件居宅は,当初,Aが原告のために本件賃貸借契約を締結し,原告が居住することを目的として賃借したものであって,上記の当時,Aは,横浜の居宅に居住し,生活及び本件会社の経営の本拠をそこに置いており,平成24年頃,本件居宅に転居して生活及び本件会社の経営の本拠を移転したのであるから,本件は「要保護者が自己に対し生活保持義務関係にある者がいない世帯に転入した場合」に直ちに該当するとはいえない。(なお,局長通知第1の2(3)は,「保護を要しない者が被保護者世帯に当該世帯員に日常生活の世話を目的として転入した場合であって,同一世帯として認定することが適当でないとき(当該転入者がその世帯の世帯員のいずれに対しても生活保持義務関係にない場合に限る。)」と定めているところ,上記のとおり,Aの平成24年頃における本件居宅への転居は,原告の日常生活の世話をすることのみを目的とするものとはいい難いから,同(3)にも該当しない。)また,仮に本件が,局長通知第1の2(2)の「要保護者が自己に対し生活保持義務関係にある者がいない世帯に転入した場合」に該当すると解する余地があるとしても,同条項は,上記のとおり,孤児を里親としての立場で引き受けて世話をする場合等を想定したもの(生活保護法30条に規定する「養護」とは,そのような場合を意味すると解される。)であって,このような場合において,一つの世帯内で養護を受けざるを得ない者に対する生活保護を可能にするため,「同一世帯として認定することが適当でないとき」に当たるとされるものであると解される。
しかるに,上記のとおり,原告は,足が不自由であり,要介護3の認定を受けているものの,幼年者ではなく成人であって,仮に「養護」を要するものに当たるとしても,一つの世帯内で養護を受けざるを得ない者ではなく,独立するなどしてAとは別の世帯を構成しつつ,介護保険サービスを受けるなどして生活をしていくことが不可能であるとまではいえず,Aと別の世帯を構成しないのは,原告が自らの意思でAとの同居を選択しているという側面が大きいことがうかがわれる。そうすると,処分行政庁において,原告について同(2)の「同一世帯として認定することが適当でないとき」には当たらないとの判断に至ったとしても,必ずしも不合理とまではいえない。

そうすると,本件が局長通知第1の2(2)に当たるとする原告の主張は,採用することができない。
(3)原告の主張について

原告は,本件処分は,非親族であるAに対し事実上扶養義務を課すものであり,経済的,身体的に多大な負担を負わせるものであるから,処分行政庁の裁量権を逸脱又は濫用するものである旨主張する。
しかしながら,上記のとおり,Aは,原告とは三味線の師弟という親しい関係にあることから,自らの意思により,原告と同居して,その生活費を負担し,原告の世話をしてきたものであるし,また,Aは,原告の臨時的な資金的需要(平成25年におけるE病院への入院費用を含む。)を全て賄ってきたものでもなく,原告においてそれを求めたというわけでもない。そうすると,Aの資産が1000万円程度と老後の蓄えとしては必ずしも十分でなく,Aが腰を痛めているなどの原告の主張を踏まえても,原告との上記の同居形態を継続した場合において,差し当たり,A自身の生活に著しい支障を生ずると認めるに足りる状況にあるとは認めるに足りない。
そうすると,本件処分がAに対し事実上扶養義務を課し,多大な負担を負わせるものであるとする原告の評価は,適切なものといえない。よって,この点に関する原告の主張は採用できない。


原告は,処分行政庁が原告に対しAとの同居を解消を求め,施設への入所を条件として保護を開始する姿勢を見せたとして,本件処分が実質的には居宅保護を認めず,施設入所を強制するものであるから,本件処分は生活保護法30条1項,2項に違反する旨主張する。
この点,認定事実(5)エによれば,処分行政庁は,原告に対し,①保護に関する決定がされる前に原告が転居又は施設入所等をすれば,別世帯として認定し,保護を行うことができること,②保護開始後まもなく転居することを前提としてであれば,現在の状態のままでも単身として保護することができ,併せて転居費用が支給可能であることを説明したことが認められる。
しかるところ,原告とAとの間には親族関係がなく,また,Aの年齢や身体状況に照らせば,原告に対し,本件居宅の近隣の住居への転居するなどして,Aとの精神的な交流の機会は維持しつつも,単身の世帯での生活を行い,介護扶助を受けることの検討を求めることは,原告の自立を助長するという観点からして,必ずしも不合理なものとまではいえない。他方,原告とAが同居を選択し,家計を共同して消費生活を営んでいるという本件申請当時の状況において,生活保護法10条の適用上,原告につきAと同一の世帯を構成しているものとして保護の要否と程度を判断せざるを得ないことは上記判示のとおりであり,このことを前提とすれば,当該世帯は,最低生活費や住宅費を上回る所持金があることとなるために保護を要しないものとなり,結果として,Aにおいて当該世帯を維持するために経済的な負担を負うことになるところ,このような帰結は,世帯を単位とする法令上の仕組み上,甘受さぜるを得ない事柄である。
以上の点に照らすと,処分行政庁が,原告とAとの同居を解消するという選択肢を示唆したとしても,これをもって施設入所等を強制したと評価することは当を得ないというべきである。
よって,この点に関する原告の主張は採用できない。
(4)争点2のまとめ
以上によれば,原告の世帯につき,本件申請の当時において,生活保護法10条ただし書の「これによりがたいとき」に該当しないとした処分行政庁の判断は,合理性を欠くとまではいえず,その裁量権の行使に逸脱濫用があったとはいえない。
4
本件処分の適法性
以上のとおり,原告とAを同一の世帯として認定し,世帯分離を行わないことは適法であるというべきところ,これを前提としてされた本件処分につき,他に違法とすべき点は見当たらないから,本件処分は適法というべきである。5
結論
よって,争点3(原告につき生活保護開始決定をすべきことの義務付けの要否)について判断するまでもなく,本件義務付けの訴えは不適法であるから却下し,その余の請求は理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民訴法61条を適用して,主文のとおり判決する。東京地方裁判所民事第38部

裁判長裁判官

谷口
裁判官

工藤哲郎
裁判官

細井直彰豊
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