判例検索β > 平成27年(ネ)第3505号
地位確認等反訴請求控訴事件
事件番号平成27(ネ)3505
事件名地位確認等反訴請求控訴事件
裁判年月日平成28年9月12日
法廷名東京高等裁判所
戻る / PDF版
平成28年9月12日判決言渡
平成27年(ネ)第3505号地位確認等反訴請求控訴事件(第1審(原審)・東京地方裁判所平成24年(ワ)第5958号,差戻し前の控訴審・東京高等裁判所平成24年(ネ)第7172号,上告審・最高裁判所平成25年(受)第2430号)主文
1原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
2前項の取消し部分に係る被控訴人の請求を棄却する。
3訴訟費用は,第1審,差戻し前の控訴審,上告審及び差戻し後の控訴審を通じ,すべて被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
主文と同旨。
第2事案の概要
1事案の要旨
(1)本件は,業務上の疾病により休業し労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づく療養補償給付及び休業補償給付を受けている被控訴人が,控訴人から打切補償として平均賃金の1200日分相当額の支払を受けた上でされた平成23年10月31日付け解雇(以下「本件解雇」という。)につき,解雇は無効であると主張して,控訴人に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに,不法行為による損害賠償請求権に基づき,400万円及びこれに対する平成24年1月24日(最後の不法行為の日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である(なお,本件は,第1審において,先に控訴人から被控訴人の労働契約上の地位の不存在確認の訴え(本訴)が提起され(東京地方裁判所平成24年(ワ)第1705号),被控訴人から上記の各請求を内容とする反訴が提起された後に,控訴人により本訴が取り下げられたものである。)。(2)第1審は,平成24年9月28日,被控訴人の上記反訴請求につき,労災保険法に基づく療養補償給付及び休業補償給付を受けている労働者は労働基準法81条にいう同法75条の規定によって補償を受ける労働者に該当せず,本件解雇は,同法19条1項ただし書所定の場合に該当しないので,同項に違反し無効であり,被控訴人の地位確認請求は理由があるとして認容し,一方,不法行為損害賠償請求は理由がないとして棄却する判決を言い渡した。
そこで,控訴人が地位確認に係る自己の敗訴部分を不服として控訴を提起した(なお,原判決中不法行為損害賠償請求を棄却した部分につき,被控訴人から控訴又は附帯控訴の提起はされなかったので,当審の審理対象は,被控訴人の地位確認請求の当否のみとなった。)。
(3)差戻前の控訴審(東京高等裁判所平成24年(ネ)第7172号)は,平成25年7月10日,被控訴人の地位確認請求を認容した第1審判決は相当であり,控訴人の控訴は理由がないものと判断して控訴棄却の判決を言い渡したところ,更に控訴人がこれを不服として上告及び上告受理の申立てをした。
(4)上告審は,平成27年2月12日,上告(最高裁判所平成25年(オ)第1986号)を棄却する決定をしたが,他方,上告受理の申立て(同裁判所同年(受)第2430号)については上告審として受理するとの決定をした上,平成27年6月8日,労災保険法12条の8第1項1号の療養補償給付を受ける労働者が,療養開始後3年を経過しても疾病等が治らない場合には,労働基準法75条による療養補償を受ける労働者が上記の状況にある場合と同様に,使用者は,当該労働者につき,同法81条の規定による打切補償の支払をすることにより,解雇制限の除外事由を定める同法19条1項ただし書の適用を受けることができるので,本件解雇は同項に違反しないとの理由で,差戻前の控訴審判決を破棄し,本件解雇の有効性に関する労働契約法16条該当性の有無等について更に審理を尽くさせるためとして,本件を当審に差し戻すとの判決を言い渡した。
2前提事実(各項に掲記した証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実。ただし,証拠等の掲記のない事実は当事者間に争いがない。)(1)当事者及び基本的雇用契約
ア控訴人は,平成24年1月1日の時点で,全国に2つの大学と1つの短期大学を有し,約900名の専任教職員を雇用する学校法人である。イ被控訴人(昭和49年▲▲月▲日生)は,平成9年3月31日,専修大学経済学部経済学科を卒業し,同年4月1日,控訴人との間で雇用契約を締結した。
ウ控訴人は,就業規則(甲1)において,職員が私傷病により引き続き欠勤し,その欠勤が勤続期間に対応して定められた所定の期間を超える場合には,
休職を命ずることとした上
(13条1号)その場合の休職期間

(1
4条),休職中の身分(15条)並びに復職の要件及び手続(16条)を具体的に定めている。
また,控訴人は,その勤務員が業務上の事由等により疾病にり患した場合などの災害補償に関し,労災保険法による給付以外に控訴人の行う法定外補償等につき,学校法人専修大学勤務員災害補償規程(甲2。以下「本件規程」という。)を定めている。
本件規程には,控訴人において,①専任の勤務員が業務災害等により欠勤し,3年を経過しても就業できない場合は,勤続年数に応じた所定の期間を休職とする旨の規定(13条),②専任の勤務員が休職期間を満了してもなお休職事由が消滅しないときは,解職とする旨の規定(14条3号),③労災保険法に基づく休業補償等を受けている者のうち控訴人から法定外補償金の支払を受けている者が上記②の規定等に該当して解職となるときは,労働基準法81条の規定を適用し,平均賃金の1200日分相当額を打切補償金として支払う旨の規定(9条)がある(なお,上記①につき,本件規程13条は,2号において,勤続年数が満10年以上20年未満の者について,休職期間を2年と定めている。)。
(2)本件解雇及びその経過

被控訴人は,平成14年3月頃から肩凝り等の症状を訴えるようになり,同15年3月13日,頸肩腕症候群(以下「本件疾病」という。)にり患しているとの医師の診断を受けた。控訴人は,被控訴人が同年4月以降本件疾病を原因とする欠勤を繰り返したことから,同年5月1日付けで被控訴人を入試事務課から人事課に異動させたが,被控訴人の欠勤はその後も続き,同16年6月2日に至るまで本件疾病の症状にも改善の兆しは見られなかった。
控訴人は,被控訴人の欠勤のうち平成15年6月2日までのものを有給休暇として処理し,同月3日から平成16年6月2日までのものは私傷病による欠勤に当たるとして,同月3日付けで被控訴人を1年間の休職に付した(就業規則13条1号ア,14条1号ウ)。

イ被控訴人は,上記休職の期間中に通院し,平成17年5月13日,「頸肩腕症候群」,「症状改善が進み就労可能となりました。ただし,勤務諸条件について充分な配慮が必要です。との医師の診断を受けた

(甲25,
26)。
そこで,控訴人は,同年6月3日,被控訴人を復職させ,人事課に配属した上,入学センターインフォメーション業務(受験生の入試相談等)に従事させたが,被控訴人は,同年12月,完治していなかった本件疾病により上記業務に従事することができなくなった。
被控訴人は,平成18年1月17日から長期にわたり欠勤し,平成19年3月31日付けで,一旦,控訴人を退職した。ウ中央労働基準監督署長は,平成19年11月6日,同15年3月20日の時点で本件疾病は業務上の疾病に当たるものと認定し,被控訴人に対し,療養補償給付及び休業補償給付を支給する旨の決定をした。これを受けて,控訴人は,平成20年6月25日,被控訴人の平成19年3月31日付け退職を取り消し,被控訴人を同日に遡って総務付として復職させ,平成15年6月3日以降の被控訴人の欠勤について,本件規程13条所定の業務災害による欠勤に当たるものと認定した。
エ控訴人は,被控訴人の平成18年1月17日以降の欠勤が同21年1月17日をもって本件規程13条の定める休職期間3年を経過した一方,本件疾病の症状にはほとんど変化がなく,就労することができない状態が続いていた(甲29ないし32)ことから,同条2号に基づき,被控訴人を同日から2年間の休職とした。
オ控訴人は,被控訴人の休職期間が平成23年1月17日をもって経過したことから,被控訴人に対し復職を求め,同年9月1日,復職を可能とする客観的資料の提出を求めたが,被控訴人はいずれにも応じなかった。これを受けて,控訴人は,被控訴人が職場復帰をすることができないことは明らかで,本件規程14条所定の「休職期間を満了してもなお休職事由が消滅しないとき」に該当するものと判断し,同条による解職(解雇)を決定し,平成23年10月24日,本件規程9条所定の打切補償金として平均賃金の1200日分相当額である1629万3966円を支払った上,同月31日付けで被控訴人を解雇する旨の意思表示をした。3争点
本件の争点は,本件解雇の有効性,より具体的には,本件解雇に係る労働契約法16条該当性(客観的に合理的な理由の存在と解雇が社会通念上相当であること)の有無である。
4争点に関する当事者の主張(1)控訴人の主張
ア本件解雇に労働契約法16条の解雇権濫用法理が適用されないこと使用者は,労働基準法19条1項ただし書及び同法81条の打切補償の要件を満たす場合には,労働基準法に基づく解雇権が認められ,これによる解雇には,解雇権濫用法理は適用されないと解すべきである。本件解雇は,労働基準法所定の要件よりも期間や法定外補償等の点において労働者に有利な就業規則及び本件規程の定めに則ってされたものであるから,解雇権濫用法理は適用されない。
イ本件解雇に労働契約法16条の解雇権濫用法理が適用されるとしても,労働基準法19条1項ただし書及び同法81条の打切補償がされたことを踏まえた解釈がされるべきであり,本件解雇は同法理に反しないこと(ア)

労務提供の対価としてその報酬を支払うという労働契約の性質か

らすれば,労働者の労務提供の不能や労働能力の喪失が認められる場合には,解雇には合理的な理由がある。打切補償の要件を満たした労働者は,業務上の負傷又は疾病により療養のために休業し,かつ,療養開始後3年を経過しても負傷又は疾病が治らない状況にあるのだから,雇用者側が労働者を打切補償により解雇することを意図し,業務上の疾病の回復のための配慮を全く欠いていたといった打切補償の濫用ともいうべき特段の事情が認められない限りは,解雇は客観的に合理的理由があり社会通念上も相当と認められるというべきである。
(イ)控訴人は,被控訴人が本件疾病により通院・加療を開始した後,その業務負荷を軽減するため,被控訴人を人事課に異動させたほか,被控訴人が1年間私傷病により欠勤し,さらに1年間の休職期間満了まで休職を続けた後,本件疾病の症状に改善の兆しが見られたことを受けて,被控訴人を復職させ,業務負担の軽い入学センターインフォメーション業務に従事させた。しかし,被控訴人は,本件疾病の影響によりわずか半年で就労が困難になり,休業を余儀なくされた。被控訴人は,平成19年3月31日付けで依願退職したが,その後の労災認定や同人及び同人が当時加入していた労働組合からの要望を踏まえ,上記依願退職を遡って取り消し,その後,法所定の3年間に加えてさらに2年以上の間,被控訴人に療養期間を与え,その間通常に勤務している者との間で経済的な格差が生じないように,本件規程に基づく法定外補償も行った。このように,控訴人は,被控訴人に対し,休業機会の面からも経済的な面からも,療養に専念するために十二分ともいうべき配慮を行ってきたというべきである。
一方,休職中の労働者が使用者に対し復職を求めるときは,労働契約に基づく債務の本旨に従った履行の提供ができる程度に病状が回復したことを明らかにする必要があるので,控訴人は,復職を申し入れるのであれば就労可能であることを裏付ける客観的な資料を提出するよう被控訴人に求めたが,必要な資料が提出されることはなかった。
以上によれば,控訴人が被控訴人を打切補償により解雇することを意図し,業務上の疾病の回復のための配慮を全く欠くなどの打切補償の濫用ともいうべき特段の事情が認められないことは明らかであるから,本件解雇は客観的に合理的理由があり社会通念上も相当というべきである(なお,仮に,上記(ア)の解釈をしなかったとしても,以上の経緯を踏まえる限り,本件解雇が客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合に当たらないことは明らかである。)。(2)被控訴人の主張
ア控訴人の主張ア及びイ(ア)はいずれも争う。
特に,本件解雇に労働契約法16条が適用されないとすれば,労働災害による休職の場合には,打切補償を支払うことによって,私傷病による休職の場合よりも容易に解雇できることになり,均衡を失し,公平を欠く。イ本件解雇は,労働契約法16条にいう「客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合」に当たり,解雇権を濫用したものとして無効である。
すなわち,被控訴人は,平成21年10月15日に部分的ないしリハビリ的な就労が可能であるとの医師の診断を受けて,その旨を控訴人に伝え,復職が可能であることを申し出ている。労災保険法に基づく療養補償給付等を受給していたことは復職できる能力のないことを示すものではない。就労形態としての部分就労は労働法制上も認められているから,従前と同じ労働を提供しない限り債務の本旨に従った履行の提供がないとはいえない。使用者は,解雇回避の観点からも部分就労に協力すべきところ,被控訴人は,本件解雇の時点で,部分的ないしリハビリ的な就労は可能であったから,解雇回避義務が尽くされていない。加えて,本件解雇を決定した平成23年9月28日の理事会において被控訴人に係る資料が配付されていないなど,解雇の手続にも重大な瑕疵がある。
ウ仮に,労働契約法16条の解釈につき控訴人の主張イ(ア)によるとしても,控訴人は,頸肩腕症候群(本件疾病)に罹患した被控訴人に対し,当初は労災の申請をせず退職するよう求め,被控訴人が労災認定を受けた後も本件規程に基づく法定外補償金の支払を数年間行わないなどの対応をしてきており,この間,被控訴人は安心して療養できる状態にはなかったものであり,このように病気回復や復職に向けた使用者の配慮が尽くさないでされた本件解雇は,打切補償制度を濫用してされたものとして,無効というべきである。
第3当裁判所の判断
当裁判所は,原審と異なり,労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める被控訴人の請求には理由がないものと判断する。
その理由は,以下のとおりである。1本件解雇の効力について
(1)

労働契約法16条は,「解雇は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通
念上相当であると認められない場合は,その権利を濫用したものとして,無効とする。」と規定しているところ,労働契約とは労務提供の対価としてその報酬が支払われるものであることからすれば,労働者の労務提供の不能や労働能力又は適格性の欠如ないし喪失は,同条にいう解雇の客観的に合理的な理由に当たり,傷病やその治癒後の障害のための労働能力の喪失もこれに含まれると解される。もっとも,上記の「客観的に合理的な理由」が認められる場合であっても,当該解雇が「社会通念上相当」なものとして是認されないときは,解雇権を濫用したものとして無効とされる余地がある。ところで,労働者が業務上の負傷や疾病により労務を提供することができない場合の解雇については,業務上の負傷や疾病を受けた労働者が安心して休業することができるよう配慮する趣旨から,労働基準法19条1項本文が,「使用者は,労働者が業務上負傷し,又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後30日間‥は,解雇してはならない。」と規定して解雇をその時期の面から制限している。
他方で,労働基準法は,同法81条において打切補償の制度を定め,業務中の疾病等により休業中の労働者といえども,療養開始後3年を経過してもその負傷又は疾病が治らない場合には,使用者において,相当額の補償を行うことにより,以後の災害補償を打ち切ることができるものとし,かつ,同法19条1項ただし書においてこれを同項本文の解雇制限の除外事由とすることにより,当該労働者の療養が長期間に及ぶことにより生ずる負担を免れることができるとしている。
さらに,労災補償や解雇の局面に限ることなくより一般的な観点からみれば,労働契約は,労務提供とその対価としての報酬支払を要素とするが,労務の提供とは生身の人間の労働力を離れては存在しないものであることから,使用者は,労働者の安全や健康に配慮し,健康を損なった労働者については,その回復・復職に向けた配慮をすべき信義則上の義務を負うものと解される。
これらの関係各規定等の解釈に照らすと,次のようにいうことができる。すなわち,一般に,労働者の労務提供の不能や労働能力の喪失が認められる場合には,解雇には,客観的に合理的な理由が認められ,特段の事情がない限り,社会通念上も相当と認められるというべきである。業務上の疾病による労務不提供は自己の責めに帰すべき事由による債務不履行とはいえないことから,例外として解雇を制限するが,その場合であっても,労働基準法81条の要件を満たし,同条による打切補償がされたときは,解雇までの間において業務上の疾病の回復のための配慮を全く欠いていたというような特段の事情がない限り,当該解雇は社会通念上も相当と認められるものと解するのが相当である。
(2)

被控訴人は,労働災害による休職の場合では,打切補償を支払うことに
よって,私傷病による休職の場合よりも容易に解雇できることになり,均衡を失し,公平を欠くとも主張するが,打切補償の要件を満たすことになるや直ちにこれを支払い,解雇するといった事案であればともかく,当該事案における具体的事情を踏まえつつ,解雇までの間において業務上の疾病の回復のための配慮を全く欠いていたといった特段の事情の有無を検討し,解雇の当否を判断する限りは,被控訴人の上記の懸念は必ずしも当を得ないものというべきである。
また,被控訴人は,打切補償が使用者の自費からされるのではなく,労災保険法の保険給付が利用されていた場合には,解雇権の濫用を厳格に審査すべきであるとも主張する。
しかしながら,業務災害に関する労災保険制度は,労働基準法により使用者が負う災害補償義務の存在を前提として,その補償負担の緩和を図りつつ被災した労働者の迅速かつ公正な保護を確保するため,使用者による災害補償に代わる保険給付を行う制度であるということができ,このような労災保険法に基づく保険給付の実質は,使用者の労働基準法上の災害補償義務を政府が保険給付の形式で行うものであると解するのが相当である(最高裁平成25年(受)第2430号同27年6月8日第二小法廷判決・民集69巻4号1047頁,最高裁昭和50年(オ)第621号同52年10月25日第三小法廷判決・民集31巻6号836頁参照)。このような労災保険法に基づく保険給付の実質及び労働基準法上の災害補償との関係等によれば,同法において使用者の義務とされている災害補償は,これに代わるものとしての労災保険法に基づく保険給付が行われている場合にはそれによって実質的に行われているものということができる。
そうすると,使用者自らの負担により災害補償が行われている場合とこれに代わるものとしての同法に基づく保険給付が行われている場合とで,その後に行われた解雇の適否の判断を異にすべきものとは解されない。したがって,被控訴人の上記主張は理由がない。
(3)そこで,前記(1)の観点から本件の事実関係に沿って検討するに,前記前提事実に加え,証拠(各項に掲記したもののほか,乙44)及び弁論の全趣旨を総合すれば,本件解雇及びその経過について次の事実を認めることができ,この認定を左右するに足りる的確な証拠はない。
ア被控訴人は,平成9年4月に控訴人に採用された後,同年5月に教務部入試事務課に配属され,入学試験の実施担当として,印刷機による資料の印刷,会議の運営補助,荷物の運搬,受験相談会及び高校での大学説明会への出席,関係各所管部署との打合せや関連するパソコン操作等の業務を行っていたが,同14年3月頃から肩凝り等の症状を訴えるようになり,同15年3月13日,医療法人社団Aクリニックにおいて,頸肩腕症候群(本件疾病)にり患しており,「病状所見著明」,「当面2か月間の休業通院加療」を要するとの医師の診断を受けた(甲20)。イ控訴人は,被控訴人が平成15年4月以降本件疾病を原因として欠勤を繰り返すようになったことから,同年5月1日付けで被控訴人を入試事務課から人事課に異動させたが,被控訴人の欠勤はその後も続き,同16年6月2日に至るまで本件疾病の症状に改善の兆しは見られなかった(甲21ないし24)。
控訴人は,被控訴人の欠勤のうち平成15年6月2日までのものを有給休暇として処理し,同月3日から平成16年6月2日までのものについては,私傷病による欠勤に当たるとして,同月3日付けで被控訴人を1年間の休職に付した(就業規則13条1号ア,14条1号ウ)。
ウ被控訴人は,上記休職の期間中,B診療所に通院し,平成17年5月13日,「頸肩腕症候群」,「症状改善が進み就労可能となりました。ただし,勤務諸条件について充分な配慮が必要です。」との医師の診断を受けた(甲25,26)。
そこで,控訴人は,産業医の意見を聴くなど所要の手順を経て,被控訴人を同年6月3日から復職させ,人事課に配属の上,入学センターインフォメーション業務(受験生からの照会回答,パンフレットの送付等)に従事させた(甲39,41,乙28)。ところが,被控訴人は,同年12月,完治していなかった本件疾病により上記業務に従事することができなくなり,平成18年1月17日から長期にわたり欠勤するようになった。エ被控訴人は,平成19年3月31日付けで,控訴人を依願退職したところ,この退職に当たっては,被控訴人が当時加入していた労働組合である全労協全国一般東京労働組合も関与して,控訴人と被控訴人との間で,(ア)退職後に被控訴人の頸肩腕症候群の症状が完治又は緩解し,終了することが可能となった場合には,被控訴人が控訴人の職場で勤務することができるよう被控訴人の再雇用について配慮すること,(イ)再雇用を配慮する期間は退職の日の翌日から起算して10年以内とすること,(ウ)控訴人が被控訴人を再雇用するときは,被控訴人からその症状が完治又は緩解したことについて医師の所見を示した診断書の提出があり,かつ,控訴人の産業医の所見結果により,被控訴人が控訴人の職場で就労することが可能であると控訴人が認めた場合に限ること等が確認された(乙1の1・2)。
オ中央労働基準監督署長は,平成19年11月6日,本件疾病は同15年3月20日の時点で業務上の疾病に当たるものと認定し,被控訴人に対し,療養補償給付及び休業補償給付を支給する旨の決定をした。
これを受けて,控訴人は,平成20年6月25日,前記エで合意された再雇用ではなく,被控訴人の平成19年3月31日付け退職を取り消すことにより,被控訴人を同日に遡って総務付として復職させた。また,控訴人は,被控訴人の平成15年6月3日以降の欠勤(具体的には,①同日から平成16年6月2日までの欠勤,②同月3日から平成17年6月2日までの私傷病休職及び③平成18年1月17日以降の欠勤を指す。)について,本件規程13条所定の業務災害による欠勤に当たるものと認定した。カ被控訴人の平成18年1月17日以降の欠勤は,平成21年1月17日をもって3年を経過したが,本件疾病の症状にはほとんど変化がなく,就労できない状態が続いていた。そこで,控訴人は,本件規程13条2号に基づき,被控訴人を同日から2年間の休職とし,同年5月26日,法定外補償金の精算額及び平成20年4月1日以降の給与として合計664万2998円を支払った(甲4)。
キ被控訴人は,休職の期間中である平成21年10月15日,B診療所を受診し,その頸肩腕症候群につき,「療養,治療により,症状・所見は改善し,下記の注意・配慮のもとで就労可能と見なします。」との医師の診断を受け(甲34,乙3も同じ),同年12月8日,控訴人に対し,その旨の記載のある診断書を提出し,職場復帰訓練としてのリハビリ就労を求めた。
これを受けて,控訴人は,平成22年1月29日,控訴人の産業医と被控訴人との面談を実施したところ,同産業医からは,「右肩上がりに改善は,現時点では,難しいと思われるので,まず,短縮業務にて復職し,その後については,業務再開後再度検討が必要と思われる」との記載のある報告書(甲40)が提出された。控訴人は,上記面談の結果を踏まえ,被控訴人の職場復帰は認められないものと判断した(甲42)。
ク控訴人は,被控訴人の2年の休職期間が平成23年1月17日をもって経過したことから,被控訴人に対し復職を求めたが,被控訴人は,リハビリ就労の要求を引き続き行い,同年9月1日に控訴人からされた復職を可能とする客観的資料の提出の求めにも応じなかった。
この間,控訴人は,同年3月9日付けの書面により,全労協全国一般東京労働組合に対し,リハビリ就労の要求には応じられない旨を回答した(乙6)。これに対し,被控訴人は,同年6月1日付けで,従前加入していた労働組合とは別の労働組合である化学一般労働組合連合全関東地方本部東京一般労働組合(以下化学一般労組」という。)に加入し,同組合の申入れにより,控訴人との間で,同年7月16日,8月25日及び9月22日に団体交渉が持たれた(乙7,8)。
控訴人は,被控訴人が職場復帰をすることができないことは明らかであり,本件規程14条所定の「休職期間を満了してもなお休職事由が消滅しないとき」に該当するものと判断し,同月28日の理事会において同条による解職(解雇)を決定した(甲55の1・2)。
控訴人は,平成23年10月24日,本件打切補償金1629万3966円を支払った上で,同月31日付けで被控訴人を解雇する旨の意思表示をし,平成23年11月18日,退職金739万6600円が支払われた(甲17,18)。ケ被控訴人には,このほかに本件規程に基づく法定外補償金として,平成21年5月26日,同23年10月21日及び同24年1月11日に,本件規程8条に基づく合計1896万0506円が支払われ(甲3ないし8)同21年5月26日,

同23年2月28日及び同年10月21日に,
本件規程6条に基づく合計344万7160円が支払われた(甲3ないし5,6の1・2,9ないし12)。
コ控訴人は,平成24年1月24日,東京地方裁判所において,被控訴人の労働契約上の地位の不存在確認の訴えを提起したが,本件訴訟の係属中である同年6月22日にも本件解雇の撤回を要求する化学一般労組との間で団体交渉の機会が持たれたが,控訴人からは,リハビリ就労を認めることはない旨が重ねて述べられた(甲38)。
(4)解雇に係る客観的に合理的な理由について
ア前記(3)の認定事実によれば,
控訴人は,
被控訴人が平成14年3月頃か
ら本件疾病(頸肩腕症候群)による通院・加療を開始し,平成15年3月にその旨の医師の診断を受けたことから,その業務負荷を軽減するため,同年5月1日付けで被控訴人を人事課に異動させたが,被控訴人は,同年6月3日から1年間欠勤し,さらに1年間休職期間満了まで休職を続けたというのである。その後,被控訴人の症状に改善の兆しが見られたことから,控訴人は,被控訴人を復職させ,人事課に配属の上,業務負担の軽い入学センターインフォメーション業務に従事させたが,被控訴人は,本件疾病の影響により,約半年で就労が困難になって休業を余儀なくされ,この休業から本件解雇がされるまでの約5年9か月間,被控訴人から復職可能であることの適格な申出はなかったことが認められ,また,直ちには復職ができない状態にあったことも認められる。
そうすると,本件は,労働者の労務提供の不能や労働能力の喪失が認められる場合に当たり,本件解雇については客観的に合理的な理由があると認めるのが相当である。
イこの点に関し,被控訴人は,平成21年10月に部分的ないしリハビリ的な就労が可能であるとの診断を受け,その旨を控訴人に伝え,復職が可能であることを申し出ていると主張するほか,平成23年10月の本件解雇の時点においても,部分的ないしリハビリ的な就労は可能な状態であったと主張している。
そこでこれらの主張の当否につき判断するに,被控訴人が主張するリハビリ就労の内容とは,部分的な就労であるとされ,被控訴人が援用する平成21年10月15日付けの医師の診断書(甲34,乙3も同じ)には,1日に三,四時間,週に一,二日程度との記載があり,その後被控訴人との面談を行った控訴人の産業医からも,当時の被控訴人については,業務再開後に再度検討することとして当面短縮業務を行わせるほかない旨の見解が示されたというのである。しかしながら,そこで言われている部分就労とは,その性質自体をみれば,職場復帰に向けた訓練であって,たとえ軽微であるにしても労務の提供それ自体を直接目的とする行為とはいい難く,控訴人の就業規則等にそのような部分就労を労務の提供として認める旨の定めもない。
また,使用者は,前記のとおり,労働者の安全や健康に配慮し,健康を損なった労働者の回復・復職に向けて配慮すべき信義則上の義務を負うものと解されるが,健康を害した労働者に対し使用者がすべき配慮の内容は具体的事情を離れて一義的に決まるものではなく,信義則を根拠として事情の如何を問わず一律に部分就労をさせるべき法的義務が発生するものとも解されない。そして,被控訴人は,平成14年に本件疾病にり患し,平成17年6月に復職して担当した入学センターインフォメーション業務は,その業務内容や被控訴人が担当していた時期からすれば,被控訴人の説明(乙44・10頁ないし15頁)を踏まえても格別困難なものとは見られず,にもかかわらず,被控訴人は再び欠勤し,平成18年1月17日からに限っても,本件疾病による休業が3年を超えていたというのである。これらの事情等からすれば,平成21年10月に被控訴人からリハビリ就労を求められた控訴人において,休職事由が消滅したものと判断せず,部分就労をさせない対応をしたことが,使用者としての信義則上の義務に違反するものと認めることはできない。そして,被控訴人は,本件解雇がされた平成23年においても従前と同様の要求を続けるなど,その後も事情の変化はなかったというのである。
以上によれば,被控訴人の上記主張によって本件解雇の客観的に合理的な理由が欠けることにはならないというべきである。
(5)解雇に係る社会通念上の相当性について
ア既に説示したところに照らせば,本件においては,解雇までの間に業務上の疾病の回復のための配慮を全く欠いていたというような特段の事情はなく,したがって,本件解雇が社会通念上の相当性を欠くことはないというべきである。
イこの点に関連し,被控訴人は,控訴人から労災の申請をせず退職するよう求められ,平成19年11月の労災認定の後も数年間にわたって本件規程に基づく法定外補償金の支払を受けなかったなど,安心して療養できる状態になく,業務上の疾病の回復のための配慮が欠けていたと主張する。また,労災保険法の目的には「業務上の被災労働者の社会復帰の促進」が挙げられており,具体的には,使用者は,(ア)労働者に対し十分な期間の休業機会を付与するだけでなく,職場復帰訓練や部分就労の措置もとるべきであり,(イ)労働者が休業機会に療養に専念できるよう経済的に生活の保障をすべきところ,
本件では,
上記(ア)の措置は実施されず,
(イ)
の保障も不定期的に支払があっただけであるから,上記の趣旨に適った生活の保障があったとはいえないとも主張する。そこで判断するに,一般に,業務災害に被災した労働者の早期の社会復帰やそのための施策が望まれることはそのとおりである(乙34ないし37)が,労災保険法の趣旨が,業務災害に被災した労働者に対し,その使用者の下への復帰を,労働基準法の定める打切補償の要件が満たされた事案を含めて,一律に権利として保障するものであると解すべき根拠はない。そして,本件事実関係の下において,被控訴人の求めていた部分就労が控訴人と被控訴人との労働契約において労務の提供といえるものでないことは,前記のとおりである。また,被控訴人のいう労災申請の妨害や退職の強要は,平成19年11月に労災認定がされる以前のことであり,その後,控訴人において退職の取消しと復職が図られ,その後に労働基準法の定める打切補償の要件が満たされたことを前提として本件解雇がされていることからすれば,解雇の効力とは必ずしも結びつかないというべきである。
ウ被控訴人は,加えて,本件解雇を決定した平成23年9月28日の理事会において被控訴人に係る資料が配付されていないなど,解雇の手続にも重大な瑕疵があり,そのことが本件解雇の有効性を左右する旨を主張するが,証拠(甲55の1・2)によれば,上記の理事会において,必要な資料が配付された上,被控訴人については労災認定がされたことを前提としても解雇が相当である旨の決定がされたことが認められるから,被控訴人の上記主張はその前提を欠いており理由がない。
エその他,被控訴人の加入している労働組合に対する不当労働行為があったなど被控訴人の主張するその余の点を含めて検討しても,本件において,解雇までの間において業務上の疾病の回復のための配慮を全く欠いていたというような特段の事情はなく,本件解雇が社会通念上も相当と認められるとの上記の判断は動かない。オなお,一般に,労働基準法の定める打切補償がされた上で解雇がされた場合であっても,それが全体として同制度の濫用に当たると評価されるときは解雇の効力が認められないとする余地はあるものと解される。しかしながら,既に説示したところに照らせば,本件がそのような事案であると評価することはできない。
2小括
以上によれば,本件解雇が,客観的に合理的理由がなく,社会通念上相当でないということはできず,解雇権の濫用に当たるとは認められないから,本件解雇は有効であるというべきである。したがって,労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める被控訴人の請求は理由がない。
その他,
被控訴人の主張に鑑み,
当審において追加提出された証拠を含めて,
本件訴訟記録を精査しても,上記認定判断を左右するに足りる的確な主張立証はないというべきである。
第4結論
以上の次第で,地位確認を求める被控訴人の請求は理由がないから棄却すべきところ,これと結論を異にする原判決は失当である。
よって,本件控訴は理由があるから,本件控訴に基づき原判決中控訴人敗訴部分を取り消すこととして,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第22民事部

裁判長裁判官

河野清孝

裁判官

古谷恭一郎
裁判官

小林康彦
トップに戻る

saiban.in