判例検索β > 平成26刑年(わ)第1790号
昏酔強盗、住居侵入、窃盗被告事件
事件番号平成26刑(わ)1790
事件名昏酔強盗,住居侵入,窃盗被告事件
裁判年月日平成29年4月28日
法廷名東京地方裁判所
裁判日:西暦2017-04-28
情報公開日2017-10-13 01:33:37
戻る / PDF版
昏酔強盗住居侵入窃盗被告事件(

平成29年4月28日宣告

主文
被告人を懲役10年に処する
未決勾留日数中480日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,
第1

平成25年10月10日午前1時10分頃から同日午前11時頃までの間,横浜市(以下略)A方において,同人所有の現金105万円を窃取し,
第2

B(当時47歳)を昏酔させて金品を盗取しようと考え,同月17日午前2時50分頃,
東京都品川区(以下略)
ホテル前路上において,
同人に対し,
睡眠薬であるベンゾジアゼピンを含有する薬物を混入した清涼飲料水を飲用させ,
同日午前2時52分頃,
同人と共に,
前記ホテル403号室に赴き,
その頃から同日午前4時18分頃までの間,同室内において,同人を昏酔状態に陥らせた上,同人所有の現金約5万円,商品券約6枚(金額合計約6000円),腕時計1個及び鍵2個等約37点(時価合計約40万円相当)を盗取し,

第3

金品窃取の目的で,
同日午前4時31分頃,
同都目黒区(以下略)
B方に,
前記盗取にかかる鍵を使用して玄関ドアの施錠を解いて侵入し,その頃,同所において,C所有の現金約1万2000円を窃取し,

第4

D(当時32歳)を昏酔させて金品を盗取しようと考え,同年12月14日午後8時9分頃,同区(以下略)路上において,同人に対し,睡眠薬であるフルニトラゼパムを含有する薬物を混入したアルコール飲料を飲用させ,
同日午後8時45分頃,同人と共に,同区(以下略)D方に赴き,その頃から同日午後10時24分頃までの間,同居室内において,同人を昏酔状態に陥らせた上,同人所有の現金約5万7000円及び腕時計1個等3点(時価合計約45万円相当)を盗取し,
第5

E(当時36歳)を昏酔させて金品を盗取しようと考え,同月25日午前2時35分頃,同都世田谷区(以下略)E方居室内において,同人に対し,睡眠薬であるフルニトラゼパムを含有する薬物を混入した清涼飲料水を飲用させ,
同人を昏酔状態に陥らせた上,
同人所有の現金約36万円を盗取し,

第6

F(当時22歳)を昏酔させて金品を盗取しようと考え,平成26年2月27日午前2時30分頃,同都杉並区(以下略)F方居室内において,同人に対し,睡眠薬であるフルニトラゼパムを含有する薬物を混入したアルコール飲料を飲用させ,
同人を昏酔状態に陥らせた上,
同人所有の現金約2万円,
古銭約30枚及び腕時計約10個等約41点(時価合計約35万円相当)を盗取した。

(弁護人の主張に対する判断)
第1

争点の所在と当裁判所の判断
被告人は,判示の各犯行について,いずれも自分の記憶にはないが,自分は
解離性障害により別人格になってしまうことがたびたびあり,本件各犯行は,その別の人格がやってしまったと思う旨供述している。そして,弁護人は,被告人は解離性同一性障害に罹患しており,本件各犯行は,被告人の別人格である甲が実行したもので,主人格である乙人格自身は,犯行を弁識していないことはもちろん,これを制御することもできなかったから,被告人に刑事上の責任を問うことはできず,被告人には責任能力がないので,被告人は無罪である旨を主張している。
当裁判所は,この点について,本件各犯行は,いずれも,被告人が平素の人格状態で行ったもので,被告人には完全責任能力が認められると判断したので,
その理由について以下に説明する。
第2

被告人の平素の人格状態と本件各犯行時における被告人の振る舞いについて

1
被告人の平素の人格状態について
被告人は,女性として出生し,丙と命名されたものの,小学校4年生頃から,スカートを履いて女の子と混ざって遊んだり,女の子の遊びをしたりすることに違和感を覚えるようになり,中学生になった頃からは,髪の毛を短く切って服装も男っぽい格好をするようになり,23歳の頃,知人の指摘をきっかけに,自分が,肉体的には女性だが精神的には男性である,性同一性障害であると明確に認識するに至り,平成22年6月頃乳腺の切除手術を受け,翌平成23年頃には戸籍上の名を丙から丁に変更した。本件各犯行の前後の時期も,髪の毛を短くし,男物の下着,上着とズボンを身に着け,外出先では男性用便所を使用するなど,平素は男性として振る舞っていた。

2
本件各犯行時における被告人の振る舞いについて
これに対し,本件各犯行時において,被告人は,ロングヘアーのウィッグを装着し,判示第2から第6の犯行では,さらにヒョウ柄のベレー帽をかぶって,ワンピース(第1)やショートパンツ(第2,第3,第6)など,足が膝上まで見える丈の服を着て,その上に,同じくらいの丈のダッフルコートを羽織り(第4ないし第6),濃い色のタイツないしストッキングと,ヒールのある,折り返しのついたベージュ色のショートブーツを履き(第1ないし第6),花柄模様のバッグを抱えて(第1ないし第5),自らを甲´(第1)あるいは甲
(第2,第4ないし第6)等と名乗り,男性を誘い,
あるいは男性の誘いに応じて,その自宅に赴くなどして犯行に及んでいる。これらの行動が,女性としての振る舞いであることは明らかである。したがって,本件各犯行時における被告人の行動は,少なくとも,その服
装や振る舞いなどといった外形的な面については,平素の被告人の行動と異なるものであることが明らかであり,この点においては,本件各犯行を,被告人の平素の人格とは異なる,別人格によって行われたものである,とする弁護人の主張にも一定の根拠があるとみることができる。
第3

別人格による犯行とすると説明が困難な事実について
しかしながら,本件においては,以下に述べるとおり,本件各犯行が,弁護
人の主張するような,解離性同一性障害による別人格によって行われたとすると,極めて説明が困難な事実が存在している。
1
女装用衣服等の管理
まず,被告人は,本件各犯行において,前記のとおり,女性としての服装をして犯行に及んでいるところ,鑑定書等の関係証拠によれば,このうち,ヒョウ柄のベレー帽,ダッフルコート,ヒールのあるショートブーツ及び花柄模様のバッグは,同じものが使用されたと認められるから,被告人は,普段の男っぽい服装から着替えてこれらを着用し,犯行に及んだ後,これらを何らかの方法で保管しておき,次の機会にまたこれらを取り出して着用し,次の犯行に及んだ,ということになる。
また,判示第4の犯行については,平成25年11月中旬頃,女装していた被告人が被害者Dから声をかけられ,名刺を渡されるなどして同人の連絡先を教えられ,犯行時には,被告人が被害者Dの携帯電話に電話したことがきっかけとなって両者が待ち合わせをすることになった経緯が認められる。この事実からすると,被告人は,女装していた折に教えられた情報を,何らかの方法で保持・保管し,約1か月後にこれを用いて被害者Dへの接触を図ったということになる。
被告人は,本件各犯行については全く記憶がなく,知らないうちに所持金が増えていた,という経験もないし,犯行時に着用されていた女性用の衣服等についても記憶がない旨を供述している。また,これまで多数の解離性同
一性障害の症例に接してきたG医師は,解離性同一性障害においては,別人格にとって代わられた主人格は,その際のことは覚えていないのが普通であると述べている。したがって,これらの供述を前提として,女装が,解離性同一性障害による別人格によって行われたものだとすると,被告人は,別人格にとって代われた後に,ベレー帽等の衣服を着用し,女装して犯行に及んだ後,別人格の状態で,これらを脱いで元の男装に戻るとともに,女装用の衣服等を,主人格に戻った被告人に気付かれないような方法で隠匿し,その上で主人格に戻った(そして,その後再び別人格が主人格にとって代わって同様の犯行に及んだ),ということになる。しかも,被告人の供述を前提とすると,本件各犯行を行った別人格は,犯行時だけでなく,犯行によって得た財物を処分したり,利得金を費消したりした際にも,同様の人格の入れ替わりを繰り返した,ということになる。
この点についてG医師は,別人格の力が強く,しかも,用意周到な性格である場合には,別人格が,女装の痕跡を残さぬようなタイミングで人格状態を操作する,ということもあり得る旨を供述している。しかしながら,G医師の見解を踏まえても,解離性同一性障害による別人格が,そこまで自由自在に被告人の人格状態を操った,と考えることに合理性を見出すことは困難といわざるを得ず,むしろ,被告人が,平素の人格状態において,女装して犯行に及び,犯行後は犯行に用いた衣服等を保管しておいて,次の機会にまたこれを利用して犯行に及んだと考えたほうが,よほど自然で無理のない捉え方というべきである。
2
判示第6の犯行の前後における被告人の行動
被告人の被害者Fに対する発言
被害者Fの供述調書によれば,被告人は,判示第6の犯行の直前に,女装した状態で被害者Fに声を掛け,自らを甲と名乗った上で,来月友達がKに来る,その友達は,KにあるHというパチンコ店の支配人をして
いる,
それで,
Kでいい居酒屋を探している旨を述べたことが認められる。
他方,関係証拠によれば,被告人は,平成26年2月20日から,トーク名をIと名乗るオンラインゲーム仲間との間で,携帯電話のアプリケーションソフトであるLINE(以下LINEという。)を利用してメッセージの送受信を開始し,開始した当日に,被告人がIに対し,自分の本名や,体は女性だが心は男性という性同一性障害であることを伝え,他方,Iが被告人に対し,同年3月にKのパチンコ店HK店に転勤する予定である旨を伝えたことが認められる。
まず,被告人が本名や性同一性障害であることを告げていることからすると,Iとのメッセージのやりとりが,被告人の平素の人格状態のもとで開始され,IがHK店に赴任予定である,との情報も,平素の人格状態において受け取ったことは明らかである。
そうすると,犯行直前に被害者Fに対して行われた被告人の前記発言は,被告人が平素の人格状態で得た情報をそのまま説明した,ということになる。この点についてG医師は,解離性同一性障害による別人格は,主人格の振りをして取り繕うということが常に起きる旨を供述するが,被告人の前記発言は,主人格を全く知らない被害者Fに対してなされたもので,主人格の振りをしなければならないような状況ではないから,G医師の前記供述を踏まえても,前記発言を別人格の行動として説明することは困難である。
IとのLINEメッセージの送受信状況
判示第6の犯行前における,被告人とIとのLINEメッセージの送受信状況をみると,平成26年2月26日午後6時13分頃から14分頃までの間,被告人からIに対して,もうすぐ引っ越しですねなどといったメッセージを送り,これにIが反応する,といった短いやりとりが行われた後,一旦中断したが,同日午後11時2分頃に,被告人がIに対し,
HK店の入り口と思われる撮影画像とともに,メインの入り口こんな感じ今Kナウなどといったメッセージが送られたことから再びやりとりが開始されたことが認められる。
他方,
被害者Fの供述調書等によれば,
被害者Fは,
同日午後11時頃,
K駅付近において,女装した被告人から声を掛けられたことが認められるから,同日午後11時2分頃に被告人がIに送った前記メッセージは,女装した状態の被告人がこれを送ったことになる。
この点についてG医師は,前記のとおり,解離性同一性障害による別人格は,主人格の振りをして取り繕うということが常に起きる旨を供述するが,被告人が前記メッセージを送った経緯は前記のとおりであり,主人格の振りをしなければならないような状況で送ったものではないから,G医師の前記供述を踏まえても,このメッセージの送信を,別人格の行動として説明することは困難である。
さらに,被告人は,翌27日午前0時31分に,Iからオオ!常連になってくれ!(笑)旨のメッセージが送られたのに対して,同日午前0時37分頃になるなる(笑)けどKいっぱいあるね(笑)旨のメッセージを返信し,同日午前0時48分頃にJが,一番入ってましたー!他ガラガラ(笑)旨のメッセージを送信している。この時間帯は,被害者Fの供述調書によれば,被告人が被害者Fとともに,居酒屋で飲食していた時間帯であるから,女装した状態の被告人が送信したことは明らかである。
その後,両者の間では,同日午前1時59分頃にIがやはりw全体的に厳しい土地ですね旨送信し,同日午前2時12分頃,被告人がこれに暇そう(笑)Hだけ繁盛させますか
旨返信し,
同日午前2時14分頃,
Iが軌道に乗れば助かるんやけどね旨送信するやりとりが行われているが,この時間帯は,被害者Fの供述調書によれば,被告人と被害者Fが
同人方に一緒にいた時間帯であるから,これらも,女装した状態の被告人によってなされたやりとりであることは明らかである。
両者のやりとりは,その後,同日午前3時55分頃,被告人がなら,のせましょ旨のメッセージを送ったことから再び開始され,その後同日午前4時47分頃までメッセージのやりとりがなされている。
被告人が送信したこれら一連のメッセージは,いずれも,Iからのメッセージに対応した,自然で違和感のないものである。しかも,その内容自体や,メッセージのやりとりがたびたび1時間程度中断していることからも明らかなとおり,相互の連絡は急を要する類のものではない。したがって,
これらのやりとりは,
被告人が,
女装した状態で犯行を行うかたわら,
被告人の平素の人格状態で行ったものと考えざるを得ず,G医師の前記供述を踏まえても,これを別人格の行動として説明することには無理があると言わざるを得ない。
3
小括
以上の検討に鑑みると,本件においては,被告人の本件各犯行を,解離性同一性障害による別人格によって行われたと考えると,説明の極めて困難な事実が存在している。

第4

G医師作成の鑑定書及び同人の公判供述について
G医師は,平成28年5月27日と,同年6月2日,同月3日,同月10日
に被告人と接見し,その結果等を踏まえて,被告人は解離性同一性障害に罹患しており,本件各犯行は,同障害のために有していた人格(甲)が単独で計画し,遂行したと考えられる旨の意見を述べている。
G医師は,これまでに多数の解離性同一性障害の症例を取り扱った経験豊富な精神科医であり,その経歴等に照らしても,特に,被告人との接見結果等に基づいて,被告人の現在の精神状態について述べた見解については,十分に尊重されなければならない。しかしながら,その診断からさらに進んで,本件各
犯行当時における被告人の行動について述べるところは,証拠から認められる前記の諸事実を合理的に説明し得るものとは言い難いから,これを採用することはできない。
第5

結論
以上の検討に鑑みると,被告人の本件各犯行については,これを,解離性同
一性障害による別人格が行ったものと認めることはできず,被告人が平素の人格状態で行ったものと解さざるを得ない。そして,本件各犯行が,予め薬物を用意し,状況に応じた適宜の方法で,被害者に知られないようにこれを飲ませて金品の盗取に及ぶという,高度の精神作用を必要とするものであることを考慮すると,被告人の責任能力に欠けるところがないことは明らかである。したがって,責任能力に関する弁護人の主張は採用することができない。(量刑の理由)
1
本件は昏酔強盗4件と窃盗2件(うち1件は侵入窃盗)の事案である。各昏酔強盗は,平素男性として生活していた被告人が,女性用の衣類やロングヘアーのかつらを着用して変装し,甘言や詐術を用いて被害者らの自宅やホテルに同行することを了承させ,密かに睡眠薬を混入した飲料を飲ませて昏酔状態に陥らせ,金品を奪うというもので,非常に計画的で巧妙かつ大胆な犯行であり,その手口からは手慣れた常習性もうかがわれる。
各昏酔強盗事件の被害者らは,いずれも睡眠薬入りの飲料を飲んでから短時間のうちに昏酔状態に陥り,意識を取り戻した後も体調に異変を感じる者もいたことが認められ,睡眠薬が強く作用したことがうかがわれる。また,判示第4の犯行においては,被告人は,コンロの火を点けたまま昏酔状態に陥った被害者を放置して,コンロの火が点いたままの状態でその場を立ち去るなどしている。こうした点を考慮すると,本件昏酔強盗の犯行は,被害者らの生命・身体への危険を顧みずに行われた,非常に危険な犯行態様であったと言わざるを得ない。

被告人は,被害者らが身に付けていた金品のみならず,一見しただけでは発見し難いところに保管されていた金品も奪うなどしており,入念な物色行為を行ったことがうかがわれる。また,判示第3の侵入窃盗は,判示第2の昏酔強盗の盗取品を用いて同事件の被害者の自宅を特定し,盗んだ鍵を用いて,その自宅に侵入して行ったものである。これらの事情に照らせば,被告人の犯意の強固さは明らかである。
2
以上に加えて,被害総額が約275万5000円相当と高額であることや,各被害者が被った精神的苦痛も大きいことがうかがわれることを併せ考慮すると,被告人の責任は,睡眠薬を用いて複数の昏酔強盗を行った同種事案の中でも重い部類に位置付けられる。

3
その上で,一般情状についても検討すると,被告人は,公判において,犯行の記憶はないとしつつも,事実を争わず,被害者らに対する謝罪の気持ちを述べてそれなりに反省の態度を示すとともに,飲酒についての自身の問題に向き合う姿勢を示すなど,更生への意思を見せている。また,被告人の母は,今後被告人を支えていく旨述べている。
これらの事情及び同種事案の量刑傾向も考慮して,被告人に対しては,主文の刑に処するのが相当であると判断した。

(求刑

懲役15年)

平成29年4月28日
東京地方裁判所刑事第17部
裁判長裁判官

石井俊和
裁判官

福嶋一訓
裁判官

椎名
まり絵

トップに戻る

saiban.in