判例検索β > 平成27年(わ)第1440号
殺人被告事件
事件番号平成27(わ)1440
事件名殺人被告事件
裁判年月日平成29年6月2日
法廷名福岡地方裁判所
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平成29年6月2日宣告
平成27年

第1440号殺人被告事件
主文
被告人を免訴する。

第1


公訴事実の要旨

訴因変更後の本件公訴事実の要旨は,被告人は,平成11年2月9日「
から同年6月5日までにかけての頃の夜,福岡県田川市大字a字bc番d(現福岡県田川市ae番f地先)のA堰の南側のB川右岸において,殺意をもって,泳ぐことができないC(当時24,25歳)をあえて前記B川内に転落させ,よって,その頃,同所において,同人を溺死させて殺害した」というものである。
第2

被告人を免訴した理由

1
当裁判所の判断の概要

当裁判所は,本件公訴事実について,被告人には殺人罪が成立せず,傷害致死罪の限度で犯罪が成立するが,傷害致死罪の公訴時効は既に完成しており,免訴を言い渡すべきものと判断したので,以下その理由を説明する。
2
当裁判所が認定した事実関係


証拠上認定できる事実

Cは,平成7年頃から,被告人が経営する福岡県田川郡g町

(以下,福岡県内の地名については「福岡県」を省略する。
)所在のD工
業で働き始め,県内外の現場に出張するなどして働いていたが,仕事の覚えが悪いなどとして被告人からたびたび叩かれたり,蹴られたりしていた。
そして,Cが,平成11年2月下旬か3月頃,万引き事件を起こしたとして出張先の島根県の現場から福岡県のD工業に戻されて以降,被告人は,自ら又はE(当時,D工業の従業員。
)ら従業員を介して,Cに対
し,殴る,蹴る,殺虫剤を噴射して火を付けCの身体に向けて吹きかける,全裸で正座させる,無理やり水にCの顔を押し付けるなどの激しい暴力等を振るうようになった。こうしたことなどから,本件当時,Cは,体中に青あざややけどの傷があり,やせてもいた(なお,被告人の前妻であるF及びその弟であるGは,Cの健康状態に問題がなかった旨証言するが,いずれもCに激しい暴力等が振るわれるようになる前の時期の話と考えられるから,上記認定を左右しない。。


Cは,同年5月の大型連休頃,D工業の事務所において,E

及びH(当時,D工業と近しい関係にある会社の従業員。がいる中で,)
被告人から説教を受けるとともに,平手で顔面を殴打されるなどした。そして,被告人,C,E及びHは,2台の車に分乗し,食事のため田川市内のB川付近のうどん屋に向かった。の後被告人らは目的地を変更し,そ
同市内の公訴事実記載のB川右岸の河川敷(以下「本件現場」という。)
に赴いたが,その頃には,既に陽は完全に沈み,夜になっていた。本件現場付近のB川の川幅は約70メートル,水深は最大約4メートルで,本件現場から数十メートルほど離れたところにゲート式の堰が存在し,本件現場付近は川の流れがほとんどなかった。また,本件現場付近は,河川敷がコンクリートに覆われ,川岸からB川の水中に向かってブロック(以下「間知ブロック」という。
)に覆われた約45度の傾斜の
斜面が続いていた。本件現場付近には,堰のところにあるライト及び水銀灯以外に街灯などの明かりはなかった。

本件現場付近に到着した被告人らは車から降り,被告人とE

は,本件現場でCに説教していたが,Cの態度に腹を立てた被告人は,Cの顔面を平手で殴打するなどした。
その後,被告人らは川岸に近づき,被告人がCに対し,声を荒げて川に入れという趣旨のことを言った(なお,Eは,被告人が「飛べ」飛ば「
んか」と言った旨証言しているが,その経緯からしても「飛べ」などという言葉が出るのはやや唐突な印象を受ける上,被告人のみならずHもそのような被告人の発言について一切言及していないことからも,Eが述べるような被告人の「飛べ」飛ばんか」という発言があったとは認定「
できない。。Cは,何も言わずにその場で下を向いて一,二分ほどため)
らった後,被告人に許しを請うこともないまま,服を着た状態で自ら川に飛び込み,川岸から一,二メートル先の水面に前のめりの体勢で足から入水した。Cは,水面を両手でバシャバシャと叩いていたが,1分もたたずに水中に沈んでいった。被告人は,Cが完全に水没した直後に川に入ってCを探そうとしたが,Cを見つけることができず,間知ブロックの斜面を登り,Eの手を借りて川岸に上がった。

被告人,E及びHは車に乗りいったん本件現場を立ち去った

が,その後,被告人は,EとHにCを探すよう指示し,EとHは,本件現場に戻ってCを捜索し,数時間後に川に沈んでいたCの遺体(後に述べるとおり,Cが溺死により死亡したことは明らかである。
)を発見して引
き上げた。EとHは,被告人及び被告人のいとこであるIと合流し,被告人,E,H及びIはCの遺体を田川郡g町所在の池沼(以下「本件池沼」という。まで運び,EとHがCの遺体を本件池沼に埋めた。


Iは,平成26年頃,Jに対し,Cの遺体を本件池沼に埋め

たことなどを告白し,そのことをきっかけとして本件池沼から遺骨が発見された。


⑴の事実を認定した理由

被告人がCに激しい暴力等を振るっていたかどうかについて

被告人は,Cに対し,殺虫剤を噴射して火を付けCの身体に炎を浴びせかける,全裸で正座させる,無理やり水にCの顔を押し付けるなどの激しい暴力等を振るったことはないと述べ,弁護人もその旨主張している。
この点,Iは,平成11年2月下旬か3月頃にCが出張先の島根県の現場から福岡県のD工業に戻されて以降,被告人がCに対し,前記⑴ア記載の激しい暴力等を振るっていた旨証言するところ,Iが述べる暴力等の内容は具体的であるし,そのような暴力等が振るわれた時期についても自身が病気で入院していたという印象的な経験に絡めて比較的明確に述べるなど記憶は正確なものと考えられる上,Iが,あえて被告人に不利益な虚偽の証言を行う理由まではうかがわれないことからすれば,Iの上記証言の信用性は高いと認められる。これに対し,弁護人は,島根に出張していたIが,一,二週間に1回程度時間と金をかけて福岡に戻り,わざわざD工業の事務所に寄って被告人による暴力を見ていたとするのは余りに不自然である旨主張するが,福岡に居住する家族に会うため一定の頻度で福岡に戻ってくるというのは何ら不自然ではなく,その際にいとこであり以前から親しく,仕事上も関係のある被告人の下に寄るというのも不自然とはいえない。
そこで,信用性の高いIの証言及びこれに沿う限度で信用性を有するE及びHの各証言に基づき,前記⑴ア記載のとおり認定した。イ
CがB川に入り,溺れた状況について

被告人は,Cが服を脱いでパンツ1枚になり,自ら間知ブロックの斜面をお尻で滑るように下りて川に入り,10分ほど間知ブロックにつかまりながら水につかっていたところ,被告人から上がってくるよう言われたため,間知ブロックをつかんで斜面を上がろうとしたときに足を滑らせ,そのまますうっと沈んでいったなどと述べ,弁護人も被告人の供述に沿う主張をしている。
この点,E及びHは,いずれもCの体が川岸から離れた瞬間は見ていないものの,は,が川の方を向いて前かがみの体勢で足から入水し,E

1回沈んでから水面に浮いて両手を溺れている感じで振ってバシャバシャしていたが,1分もたたないうちに沈んでいった旨証言し,Hも,Cが川の方を向いて両手を上げて前のめりの体勢で入水し,上げた両手を前後に動かして溺れており,5秒ほどで沈んでいった旨証言している。1
EとHは,Cが入水した場面に立ち会っているため,自身を擁護して被告人に不利益な虚偽の証言を行う可能性は否定できず,両名の証言の信用性は慎重に検討する必要があるところ,証言内容はいずれも具体的である上,Cの入水態様に関して概ね一致しており,被告人を陥れるために両名が口裏を合わせているなどの事情もうかがわれない。仮に両名が被告人に責任を押し付けようとするのであれば,被告人がCを突き飛ばして川に転落させたと述べればよく,Cが入水する直前の状況を見ていないとする両名の証言は,事実をありのままに証言していることをうかがわせるものであり,少なくともCの入水態様に関する両名の証言は信用できるといえる。
これに対し,弁護人は,仮にE及びHが述べる体勢でCが入水した場合,水中へと続く間知ブロックに激突してしまい,その場で沈むことはあり得ないなどと主張する。しかし,そもそもE及びHが述べる体勢で川に飛び込んだとしても必ずしも間知ブロックに激突するとはいえないし,Cの足が入水時に水中の間知ブロックに接触したとしても,間知ブロックは約45度の角度があり,接触してそのまま水中に沈んでいくことも十分あり得るものといえ,E及びHの各証言と必ずしも矛盾するものではないから,弁護人の主張は採用できない。その他弁護人が弁論で指摘する諸点を十分に考慮検討しても,E及びHの上記各証言の信用性は揺らがない。
他方,Cが間知ブロックを滑り下りて川に入ったとする被告人の供述は,E及びHの各証言に明確に反する上,被告人が述べるCの当初の入水態様,Cが約45度もの角度がある間知ブロックに10分ほどつかまった状態で水につかっていた状況等はいずれもかなり不自然であり,信用できない。
そうすると,信用できるE及びHの各証言に基づき,Cの入水態様を認定することになるが,E及びHは,入水直前にCの体が川岸を離れた瞬間を見ておらず,被告人がCの体に触れた瞬間も見ていない。Cの入水位置は川岸から一,二メートル離れている上,Cが入水時に前のめりの体勢であったことなどにも照らすと,Cは自ら川に飛び込んだものと推認するのが合理的であるが,被告人がCを突き飛ばして川に転落させたとするには合理的な疑いが残るから,かかる事実までは択一的であっても認定できない。
以上より,前記⑴ウ記載のとおり認定した。
3
殺人罪の成否について

本件の争点は,①被告人が,Cを突き飛ばす,又はCに自ら飛び込ませるといういずれかの方法によって,をB川に転落させたかどうか争C

点1)②CがB川で溺死したのかどうか(争点2)③被告人が殺意を,

有していたのかどうか(争点3)の大きく3点であり,以下順に検討する。


争点1について

既に前記2⑵イで検討したとおり,被告人は,被告人らから日頃及び本件当日暴力等を振るわれ,抵抗できない状態のCに対し,B川に入るよう強く命じ,の結果,が川に自ら飛び込んだ事実は認められるが,そ

被告人がCを突き飛ばして川に転落させた事実までは認められない。⑵

争点2について
まず,本件池沼で発見された遺骨がCのものであるかどうかについて考えると,IがCの遺体を埋めたとして案内した本件池沼から遺骨が発見されたことに加え,複数の鑑定の結果(遺骨の歯とCの歯の治療痕等の比較,頭蓋骨とCの生前写真とのスーパーインポーズ法による異同識別,遺骨とCの異父兄について実施したミトコンドリアDNA検査)を併せれば,本件池沼で発見された遺骨はCのものであると優に認められる。
また,Cの死因についてみると,Cが両手を動かしながら溺れるようにして水中に沈んでいったこと,Cの体が川に沈んでから引き上げられるまでに数時間以上が経過していること,本件池沼で発見されたCの遺骨の骨髄からプランクトンが検出されていることを総合すれば,Cは,B川で溺死したものと認められ,弁護人が指摘するような心疾患が死因である可能性は否定される。


争点3について

検察官の主張について

検察官は,被告人がCをB川に飛び込ませた行為は,客観的に溺れ死ぬ危険性が高い行為であるとして,①本件現場付近の川は,転落すれば溺れて死ぬ危険性が高い場所であること,②本件当時,Cは服を着ており動きにくく,溺れやすい状態だったこと,③Cが泳げなかったこと,④Cは精神的・肉体的に衰弱していたことを指摘した上で,被告人は①ないし④の事情をいずれも認識しており,しかも⑤被告人はCが水没した後,119番通報をしていないし,EやHにも助けるよう指示していないことから,被告人は,Cが溺れ死ぬ危険性が高い行為であると認識していたのであり,殺意があった旨主張する。

Cを川に飛び込ませた行為の客観的危険性について

この点,検察官が主張する①の事情については,Cが入水したのが川岸から一,二メートルと比較的川岸に近い位置であったこと,水中にも約45度の角度とはいえ間知ブロックに覆われた斜面があること,本件現場付近の川の流れはほとんどなかったことなどからすると,夜の時間帯で周囲が暗く,周りの状況を把握しにくかったことを踏まえても,Cを川に飛び込ませること自体が直ちに溺れ死ぬ危険性が高い行為であるとまではいえない。
しかし,②の事情については,本件当時Cが着ていた服の種類を証拠上特定することはできないが,服を着たまま川に飛び込んだ場合に一般的に溺れる危険性が高くなることは否定できない。の事情については,③
Cが溺れた際の状況などからすれば,Cは泳げなかったと考えるのが自然である。④の事情についても,Cが以前より被告人らから激しい暴力等を振るわれるなどして,本件当時体中に傷があり,やせてもいたというのであるから,その程度はさて措き,精神的・肉体的に衰弱していたことは明らかである。これらはいずれもCが溺れ死ぬ危険性を高める事情である。
そうすると,①ないし④の事情を総合すれば,本件当時CをB川に飛び込ませることは,Cが溺れ死ぬ危険性を少なくとも一定程度有する行為であることは間違いないといえる。

Cが泳げなかったことを被告人が認識していたのかどうかに

ついて
検察官が主張する①ないし④の事情のうち,①,②及び④の事情については被告人も当然認識していたものといえるが,の事情については,③
被告人はCが泳げないとは知らなかったと述べ,弁護人もその旨主張するので,Cが泳げなかったことを被告人が認識していたのかどうかにつき検討する。
まず,Eは,被告人やCと川遊びに行ったとき,川に入ったCが時々足をつきながらも犬かきのようなことをしており,その際,CがEに対して泳げないと発言し,被告人もその場にいたなどと証言している。しかしながら,Eの上記証言は,時期や状況が明確ではなく,被告人がその場にいたという核心部分についても,Eの被疑者段階の供述から変遷し,かつ憶測が混じったものとなっており,この証言を直ちに信用することはできない。Eは,Cが泳げないなどと被告人が言っているのを聞いたことがあるとも証言するが,そのような発言があったとする時期や状況も曖昧であり,この証言も信用性が乏しい。
また,Iは,Cが泳げないという話を被告人としたことがある旨証言しているが,I自身,このような会話をしたのが本件の前か後かも分からないと述べている。
そうすると,本件当時,Cが泳げなかったことを被告人が認識していたとは認められない。

被告人の殺意の有無について

以上を踏まえて,被告人の殺意の有無について検討すると,まず,被告人は,①,②及び④の事情を認識していたが,前記3⑶イで検討したように,②の事情については,Cの服の種類が特定できず,④の事情についても,本件当時のCの精神的・肉体的衰弱の程度を裏付ける確たる証拠はないことから,これらの事情を認識していたことで,Cが溺れる危険性を被告人がどの程度認識していたかを推知することは容易ではない。
また,被告人がCに川に入るよう命じるに至った動機,経緯は明らかでない面があるが,Cを反省させるため川に入るよう命じたという被告人の供述は,従前の被告人のCに対する接し方に照らして特段不自然なことではなく,Eの証言ともこの点では整合している。そうすると,被告人は,Cを反省させる目的で川に入るよう命じたと認めるのが相当であるが,そのような目的であるとすれば,Cが川で死亡することを被告人が予測又は期待していたとは考えにくい。
さらに,被告人は,Cが水没した直後,どこまで真剣に救助を試みたか疑問は残るものの,自ら川に入ってCを探そうとしており,これは,被告人がCの死の結果を予測又は期待していなかったことを示す事情といえる。この点,検察官は,⑤のとおりEやHに助けるよう指示していない点や被告人が直ちに119番通報をしていない点を指摘するが,被告人はCの水没直後に川に入っており,EやHにCを助けるよう指示を出す余裕がなかったとも考えられるし,被告人が,結果として自身の命令によってCが死亡したと考えて怖くなり,119番通報をせず立ち去ってしまったとしても不自然ではなく,察官の主張は説得力に欠ける。検
以上に加えて,前記3⑶ウで検討したように,本件当時,Cが泳げなかったことを被告人が認識していたとは認められないことも踏まえると,被告人が,CをB川に飛び込ませた行為について,その行為当時,Cが溺れ死ぬ危険性が高い行為であると認識していたとすることにはなお合理的な疑いが残るから,告人に殺意があったと認めることはできない。被


結論

以上によれば,被告人に殺人罪は成立しない。
なお,これまで述べたとおり,Cが以前からの被告人らによる激しい暴力等により,肉体的・精神的に衰弱していたことは明らかであるところ,泳ぎが苦手なCが,川岸で入水をためらった後に,被告人に許しを請うこともないまま,自らB川に飛び込んでいることに照らすと,本件当時,Cは,川に飛び込む以外の行為を選択することが著しく困難な精神状態に陥っていたものと推認できる。
そうすると,被告人が,Cに対し,B川に入るよう強く命じ,Cをして川に飛び込ませた行為は,Cが泳げないことの認識が被告人になかったとしても,少なくとも被害者であるCの行為を利用した暴行に当たるといえ,その結果,Cが溺死しているから,本件では傷害致死罪が成立する。
4
以上検討したように,被告人の所為は,傷害致死罪(平成16年

法律第156号による改正前の刑法205条)に該当するが,その公訴時効の起算点は,犯罪行為が終わった平成11年5月の大型連休の頃であり,察官が平成27年10月30日に公訴提起した時点においては,検
既に7年(平成16年法律第156号附則3条2項により同法による改正前の刑訴法250条3号による。なお,平成22年法律第26号附則3条1項)経過して公訴時効が完成していたことが明らかであるから,が
刑訴法337条4号により被告人に対し免訴の言渡しをする。
(求刑

懲役13年

平成29年6月12日
福岡地方裁判所第3刑事部

裁判長裁判官

足立
裁判官

松村一成井隆一
裁判官


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