判例検索β > 平成27年(わ)第1640号
覚せい剤取締法違反、関税法違反
事件番号平成27(わ)1640
事件名覚せい剤取締法違反,関税法違反
裁判年月日平成29年6月22日
法廷名名古屋地方裁判所
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主文
被告人は無罪

第1
1由
本件公訴事実の要旨及び争点
本件公訴事実の要旨
被告人は,氏名不詳者らと共謀の上,営利の目的で,みだりに,平成27年6月28日(現地時間),中華人民共和国所在の上海浦東国際空港において,航空機に搭乗する際,覚せい剤であるフエニルメチルアミノプロパン塩酸塩合計約5971.68g(以下「本件覚せい剤」という。)をリュックサック3個に分散隠匿した上,これらをスーツケース1個(以下「本件スーツケース」という。)に収納し,本件スーツケースを機内預託手荷物として預けて同航空機に積み込ませ,同日,愛知県常滑市所在の中部国際空港に到着させ,事情を知らない同空港関係作業員にこれを機外に搬出させ,もって覚せい剤取締法が禁止する覚せい剤の本邦への輸入を行うとともに,同日,同空港内の名古屋税関中部空港税関支署旅具検査場(以下「本件検査場」という。)において,同支署税関職員らの検査を受けた際,関税法が輸入してはならない貨物とする本件覚せい剤を携帯しているにもかかわらず,その事実を申告しないまま本件検査場を通過して輸入しようとしたが,
同職員らに本件覚せい剤を発見されたため,
これを遂げることができなかった。

2
争点
本件の争点は,
被告人が前述の方法で本件覚せい剤を本邦に持ち込んだこと,
被告人が統合失調症にり患していることを前提として,①本件スーツケース内に覚せい剤を含む違法薬物が入っているかもしれないと分かっていたか(覚せい剤の営利目的輸入の故意),②善悪を判断する能力又はその判断に従って自分の行動をコントロールする能力が失われていたか
(責任能力)
の2点である。

第2

当裁判所の判断

1
前提となる事実関係
関係各証拠によれば,次の事実が認められる(括弧内の甲の番号は検察官請求証拠の番号を,弁は弁護人請求証拠の番号を示す。)。


被告人は,平成20年頃から懸賞金に当選した旨のメールを海外から複数回受信し,メールの指示に従い合計約500万円の現金を送金したり,スペインに出向いたりしたが,金銭を受領できなかった(弁4)。



被告人は,遅くとも昭和62年に統合失調症にり患し,精神鑑定時まで症状が持続しており,統合失調症の症状である誇大妄想により,自分は詩で世界を救う愛の詩人「A」であり,自分の詩を世界に広めるための出版費用を受け取る権利があると考えていた(鑑定人B医師の公判廷における証言(以下「B鑑定」という。))。



被告人の母親は,平成24年から平成25年までの間並びに平成27年4月又は5月及び同年6月に,海外に行ってお金を受け取りに行く旨述べる被告人に対し,銀行から銀行へ送金すれば済むのに被告人自身が海外渡航しなければならないのはおかしい旨述べたことがあった(甲15)。また,被告人の妹は,平成27年3月頃,海外に行って物を運ぶアルバイトがある旨を述べる被告人との雑談の中で,「運び屋にさせられるんじゃないの。」などと述べたことがあった(C証言)。



被告人は,同月頃から国連関係者と称するDなる人物と,被告人が海外へ赴き書類に署名すれば2500万ドルの資金を受け取ることができる旨のやり取りをメールで行っていた(甲41,B鑑定)。



被告人は,同年6月23日,中華人民共和国へ渡航し(甲37),上海のホテルに宿泊した。被告人の渡航・滞在費用はDが立て替えて負担していた(甲42)。



被告人は,同月27日夜(現地時間),宿泊先のホテルにおいて,Dが差し向けた黒人女性から本件スーツケースを受け取った。その際,同人が本件
スーツケース内の荷物を取り出して整理を始め,その様子を見た被告人は,本件スーツケース内に,リュックサック3個,男性用シャツ,女性用及び子供用靴,毛布等が入っていることを確認した(甲41,被告人供述)。⑺

被告人は,同月28日(現地時間),上海浦東国際空港において,本件スーツケースを機内預託手荷物として預けた上で,航空機に搭乗して中部国際空港に到着した(甲37)。



被告人は,同日,中部国際空港内の本件検査場において,携帯品・別送品申告書(以下「申告書」という。)に「他人から預かったもの」を持っているかとの質問に「いいえ」,確認票に「他の人に頼まれて持ってきたものはありますか?」との質問に一度「はい」と回答したものの「いいえ」と訂正して虚偽の記載をした。その後,本件スーツケース内のリュックサック3個の背当て部分から本件覚せい剤が発見された(甲38)。

2
前提事実の補足説明
本件検査場における被告人の言動に関し,検察官は,税関職員であるEの公判廷における証言を根拠に,被告人が本件検査場において,本件スーツケース内のリュックサックから本件覚せい剤の白色結晶が発見されるよりも前に,隠匿されている物について「闇の人が使う化学物質」である旨発言したと主張する。
しかしながら,E証言によると,Eは,被告人の上記発言を印象に残るものとして当初からずっと記憶に留めていたわけではなく,被告人と税関職員とのやり取りを記録したというウォッチャーメモを証人として出廷する際に読んで記憶を喚起したにすぎないものと認められるところ,ウォッチャーメモ自体については証拠請求されておらず,そのような文書の存否や,発言の時期を含めた内容の正確性について明らかとはいえないことや,税関職員のF作成の犯則嫌疑事件発見報告書等にも被告人の前記発言の記載がないとみられることからすると,被告人がそのような発言をしたと認めることはできない。
3
前提となる事実関係(前記1)から本件スーツケース内に覚せい剤を含む違法薬物が入っているかもしれないとの認識を推認することの可否
検察官は,統合失調症の影響はさておき,①妹の忠告等,海外渡航の際に違法薬物を運搬させられる可能性を想起できる機会があったこと,②本件スーツケースは日本で第三者に渡すものだと認識していたこと,③Dが渡航・滞在費用を全額負担するのは不合理であり,違法薬物運搬等他の目的があると想起できたこと,④税関検査で不審な言動をしていることを根拠に,被告人において本件スーツケース内に覚せい剤を含む違法薬物が入っているかもしれないとの認識があったと推認できると主張するので,検察官が指摘するこれらの事実について検討する。
妹らの忠告について
被告人の母親及び妹が,被告人に対し,海外渡航に関する何らかの忠告をしていたことは前記1

のとおりであるが,被告人の母親は,報道によって

被告人が海外に渡航すれば運び屋にされるかもしれない旨の不安は抱いていたものの,その不安を直接被告人に告げたことはない旨供述し,被告人の妹も,運び屋にされるかもしれない旨の発言をしたことはあるものの,本件の上海渡航とは別件に関して雑談の中で一度話をしたことがあるだけであり,今回の海外渡航自体には賛成していたと供述している。
このような状況からすれば,被告人の母親及び妹の忠告は,被告人が運び屋にされるおそれがあるとの印象を抱き,心に引っ掛かるものとして記憶にずっと留めさせるようなエピソードとはいえず,せいぜい何かをきっかけにして本件スーツケース内に覚せい剤を含む違法薬物が入っている可能性を認識させる一因となる可能性がないとはいえないという程度にとどまり,推認力は非常に弱いというべきである。
本件スーツケースを第三者に渡す認識について
被告人が正確に理解していたかは疑問があるものの,被告人とDとのメー
ルのやり取りには,複数回名古屋にいる役員に渡すギフトプレゼントを用意している旨の記載があることや,被告人は,本件スーツケースが亡き父親への香典であると思ったり,黒人女性から「ユーアンドD」と言われて渡されたりしたものの,名古屋の指定されたホテルに持っていくつもりであったと供述していることからすると,被告人に本件スーツケースを日本で第三者に渡す認識があったものと認められる。
しかし,被告人は,Dについて自分が本来受け取るべき資金を受け取れるようにしてくれる国連関係の職員であると信じており,そのように信頼していたDの代理人としてホテルにやって来た黒人女性から本件スーツケースを預かり,
その中身も見せられて一見して違法な物はないことを確認している。信頼している相手から帰国するついでに荷物を運んでほしいと言われ,荷物の中身もひととおり確認し,禁制品等やましい物を発見できない場合,一般人において,覚せい剤を含む違法薬物が入っているのではないかと疑わずにその荷物を運ぶことを引き受けることが必ずしも不自然なこととは考えられない。ましてや,被告人は,上海に渡航した経緯に鑑み,非常にだまされやすく,Dを信頼し,書類に署名すれば2500万ドルを受け取れるものと信じていたこと等からして,被告人が本件スーツケースの中身に不審を抱かないことがあったとしても不思議ではない。したがって,本件スーツケースを第三者に渡す認識があったとの事実は,被告人が本件スーツケース内に覚せい剤を含む違法薬物が入っているかもしれないとの認識を推認させるものとはいえない。
渡航・滞在費用について
検察官がいうとおり,D(又はDが所属する薬物組織)が被告人の渡航・滞在費用を支出していたことが認められる。しかし,本件は,高額の報酬を受けることを約束して荷物の運搬を引き受けた事案とは異なるのであって,渡航・滞在費用をDが支払ったことをもって被告人が本件スーツケースの中
に覚せい剤を含む違法薬物が含まれるのではないかとの疑念を抱いたと推認するのは相当でない。そもそも被告人は,渡航・滞在費用について,Dとの間で,一時的にDが立て替え,最終的に自分が負担する旨約束しており,被告人もそのようにすることを認識していたものと認められる。また,本来書類を郵送すれば済むことなのに,殊更被告人を海外渡航させたことにも照らすと,それらの費用を負担するのは相手方であるべきとの考え方が成り立つ余地もある。これらによると,Dが被告人の渡航・滞在費用を支出した事実が本件スーツケース内に覚せい剤を含む違法薬物が入っているかもしれないとの認識を推認させるものとはいえない。


税関検査での行動について
被告人は,税関検査の際,他人から預かった荷物はない旨申告書等に記載していたものの,その際には,申告書に記載されている文章を読まず,記載台のところにいた男性から聞いたすべて「いいえ」と回答すればよいとのアドバイスに従って回答し,確認票の記載も辻褄を合わせたにすぎない旨供述する。防犯カメラには被告人が申告書の記載台で男性と会話している様子が映っており,被告人の上記供述を裏付けている。また,一般的にも面倒な手続への煩わしさから預かった荷物はないとの虚偽の申告をする者もいないわけではない。そうすると,被告人が他人から預かった荷物はない旨の客観的には虚偽の記載をした事実は,被告人の本件スーツケース内に覚せい剤を含む違法薬物が入っているかもしれないとの認識を推認させるような不審な行動であるとはいえない。
なお,検察官は,本件検査場において,本件覚せい剤の白色結晶が発見される前に,被告人が「闇の人が使う化学物質」と発言したことが本件スーツケース内に覚せい剤を含む違法薬物が入っていたかもしれない旨の認識を推認させる一事情である旨主張する。しかし,前述のとおり,このような事実が認定できないので,検察官の主張は前提を欠くといわざるを得ないが,仮
に,被告人がそのような発言をしたと認められるとしても,被告人がその時点では,自分が税関職員に疑われて様々な質問を受けていた上,X線検査により,本件スーツケース内のリュックサックの背当て部分に何かが入っており,
その前に禁制品が掲載されているしょうよう板も見ているのであるから,その時点になって初めて覚せい剤を含む違法薬物の存在に気付いてそのような発言をしたと考えることもできる。被告人が前記白色結晶の発見前に「闇の人が使う化学物質」との発言をした事実があることを前提としても,この事実が,被告人において本件スーツケース内に覚せい剤を含む違法薬物が入っていたかもしれないとの認識があるのではないかと疑わせる事実となり得ることを否定できないにしても,推認力はさほど強くなく,この事実をもって被告人においてそのような認識があったことを認めるには不十分である。⑸

以上検討したとおり,検察官指摘の各事実の推認力はいずれも十分なものではなく(ないか非常に弱いものが大半である。),これらの事実を総合しても,被告人が本件スーツケース内に覚せい剤を含む違法薬物が入っているかもしれないとの認識を有していたとは到底認め難い。

4
B鑑定について
鑑定人B医師は,要旨,被告人は,自分は愛の詩人として世界を救うとの誇大妄想の下,2500万ドルを自分の詩を世界に広めるための出版費用として受け取ることができると考えていたところ,このような誇大妄想に囚われていたため,2500万ドルを受け取ることに一生懸命になっており,本件スーツケースに関心又は不審を抱くことはなかったから,自分が覚せい剤を含む違法薬物の運び屋になるかもしれないという具体的かつ明確な認識はなかった旨鑑定する。
B医師は,豊富な医学的知識及び経験を有する精神科医で,鑑定に際して必要な資料を分析した上で各種検査を行うなど適切に鑑定を実施しており,また,
その鑑定意見をみると,専門的知見を踏まえた合理的な内容であり,特段信用
性に疑問を差し挟む余地はない。
検察官は,①鑑定の前提となる資料が不十分であること,②鑑定の前提となる事実認定に誤りがあること,③結論に至るまでの推論過程に誤りがあることから,B鑑定は信用できないと主張する。
B医師は,
取調状況DVDの全部やウォッチャーメモを検討していないという。しかし,B医師は捜査段階における被告人の警察官調書及び検察官調書の提供を受けて検討していることは明らかであるし,また,被告人に現れていた症状につき,取調べ時点及び鑑定時点において,日常的な会話を行うことができ,幻聴などの統合失調症に起因する奇異な言動も認められないから,供述調書以外に取調べの様子を録音録画したDVDを鑑定資料として検討する必要性はさして高くない。さらに,ウォッチャーメモ自体の存否が明らかでなく,そもそも検察官においてこれを鑑定資料として提供していないことからしても,鑑定資料としての価値自体にも疑問がある。これらによると,B鑑定の前提となる資料は十分提供されて検討されており,
鑑定の資料が不十分であったとは認められない。
次に,②(鑑定の前提となる事実認定)についてみると,検察官は,B医師が,被告人の母親と妹の忠告状況を誤って理解しているし,本件スーツケースに対する認識についても誤認があるという。しかし,被告人の母親と妹の忠告については,前記3⑴で検討したとおり,被告人に与えた影響は大きくないのであって,重要な前提となる事実とはいえず,また,被告人の母親及び妹の供述調書も鑑定の際に検討しているのであって,認定に明らかな誤りがあるとはいえない。さらに,本件スーツケースに対する認識についても,B医師は,被告人とDへのギフトであると認識していたものと認定する一方,この部分の被告人の公判供述はギフトなのかどうかよく分からなかったというものであるが,これが結論を左右するほどの重要な違いとも思われず,これが看過できない事実誤認に当たるとは考え難い。

推論過程)についてみると,検察官は,B鑑定について,被告
人が金銭受領に一生懸命になって本件スーツケースに関心を向けられなかったことと一般人が金に目がくらみ金銭受領に気が向いてしまうこととは質的に異なるとする点,金銭受領に一生懸命になると本件スーツケースに関心が向かなくなる点に論理の飛躍があると非難する。しかし,B鑑定によれば,統合失調症にり患している被告人には,暗示を受けやすいこと,自己の置かれた状況に対して吟味をすることが不得手であること,妄想に合わせて物事を解釈する傾向があることといった特徴があり,そのような特徴に照らすと,被告人と一般人との認識の間にはその認識に質的な差があり,金銭受領に注力することで本件スーツケースへ関心が及ばなくなってしまうと考えられると説明されていることから,論理の飛躍があるとはいえない。
以上によると,B鑑定は十分に信用できるというべきであり,統合失調症にり患し,その症状である誇大妄想を有する被告人において,本件スーツケース内に覚せい剤を含む違法薬物が入っているかもしれないとの認識を持つことは,通常人に比してより一層困難であったことが認められる。
5
捜査段階における自白の信用性について
検察官は,「私が上海で受け取ったスーツケースの中に,もしかしたら,麻薬が入っているかもしれないという疑問を,上海の空港にいたときに思ったことがありました。」旨を内容とする被告人の検察官調書(平成27年7月14日付け,乙3)での自白が信用できると主張するので,その信用性について検討する(なお,捜査報告書(取調状況DVD・乙10)によれば,被告人が自分の意思で自発的に上記供述をしたものと認められるから,任意性に疑いはない。)。


供述経過について
被告人は,平成27年7月12日に自白に至るまで,本件スーツケース内
に覚せい剤を含む違法薬物が入っているとは知らず,入っているかもしれな
いとも思わなかったと供述していた。しかし,同日付け警察官調書(弁7)では,黒人女性から本件スーツケースを受け取った際,麻薬のような違法薬物が入っているかもしれないと思った旨供述し,同月14日付け検察官調書(乙3)では,本件スーツケースを受け取った際には違法薬物が入っているかもしれないとは思わなかったが,翌日に上海の空港で麻薬のような違法薬物が入っているかもしれないと思ったと供述している。3日間の短期間で,本件スーツケース内に覚せい剤を含む違法薬物が入っているかもしれないとの認識をいつの時点で抱いたのかという重要な部分で供述が変遷しているが,変遷の理由については供述調書内で語られていない。記憶に基づいた自白であれば,このような変遷が生じるのは考え難い。
供述内容について
被告人の検察官調書における自白は,本件スーツケースを受け取った時点では覚せい剤を含む違法薬物が入っているかもしれないとの認識を持たなかったが,上海浦東国際空港に至って初めてそのような認識を持つに至ったというものである。しかし,本件スーツケースを受け取った時点では何も思わず,空港に至って突然黒人女性の言葉や知人等から言われていた忠告を思い出して本件スーツケース内に覚せい剤を含む違法薬物が入っているかもしれない旨の認識を持つというのは唐突であり,不自然の感を否めない。また,被告人は,中国で麻薬で捕まると死刑になるという話を思い出し,本件スーツケース内に麻薬を含む違法薬物が入っているかもしれないとの認識を持つに至ったと供述しているが,その反面,上海浦東国際空港でも本件スーツケースのX線検査などが予想されるのに,同空港に着いてから本件スーツケースを預け入れるまでの間に,本件スーツケース内を確認しようとしたり本件スーツケースを置いていこうとしたりせず,半信半疑だったので成り行きに任せようと思ったとも供述している。このような被告人の心情は,真に託された荷物に違法薬物が入っているかもしれず,そのことによる自己
への害悪を認識したのであれば,起こり得ないものであって,この点でも供述内容としては不自然といえる。
さらに,被告人は,中部国際空港に到着後,税関検査を受ける際に,申告書の書き方を記載台にいた男性に聞き,文章を読まずにすべての質問に「いいえ」と回答した旨一貫して供述している。もし被告人が入国前から本件スーツケース内に覚せい剤を含む違法薬物が入っているかもしれないと認識していたのであれば,税関検査を通る際に,申告書の質問を読んで回答を吟味してしかるべきであるのに,他人の言いなりになって質問を見ずに回答したというのは解せないところである。
このように,被告人の自白には,内容自体に不自然な点がある。
供述態度等について
被告人の取調べ状況DVD(乙10)によると,被告人は,自ら検察官に進んで自白をしているように見える。しかし,被告人の供述は,検察官から何も考えていないことはない,何か考えているはずだと言われ,よく考えて自己分析,
自問自答してみた結果がそうであるという論調であり,
随所で
「思
ったと思う。」と自己の当時の認識を推測するかのような言い回しをしていることから,事後的に当時の自分の内心を想像して語っている疑いも拭えない。そのような話が連日の取調べによって繰り返されたことで,検察官の前では一定の具体性・迫真性を持つ自発的な供述になったとみる余地が多分にある。そうすると,被告人の自白の供述態度のみによってその信用性を判断することは危険である。
以上によると,被告人の自白は,認識の発生時点という重要部分で変遷し,内容の各所で不自然な点が認められ,事後的に作出した可能性もあることから,信用することができない。
6
小括
そうすると,被告人が統合失調症にり患している点を措いても,検察官指摘
の3冒頭の①ないし④の事実から被告人が当時本件スーツケース内に覚せい剤を含む違法薬物が入っているかもしれないとの認識を有していたと認めることはできず,
ましてB鑑定を前提とすれば,
統合失調症にり患していた被告人は,
愛の詩人として世界を救うという誇大妄想に適合するように事実を解釈しようとする傾向があるため,本件スーツケースに関心又は不審を抱くことができなかったと考えられ,捜査段階における被告人の自白も信用することができないから,被告人に前記認識があったと認めることはできない。
第3

結論
以上検討してきたところによれば,被告人には本件スーツケース内に覚せい剤を含む違法薬物が入っているかもしれないとの認識があったとはいえないから,その余の争点については判断するまでもなく,本件公訴事実については犯罪の証明がないことに帰着するから,
刑事訴訟法336条により被告人に対し,
無罪の言渡しをすることとする。

(求刑-懲役11年,罰金500万円及び覚せい剤3袋の没収)
平成29年6月28日
名古屋地方裁判所刑事第3部

裁判長裁判官

山田耕
裁判官

引馬満
裁判官

堀田康司理子介
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