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労働保険料認定決定処分取消請求事件
事件番号平成26(行ウ)262
事件名労働保険料認定決定処分取消請求事件
裁判年月日平成29年1月31日
法廷名東京地方裁判所
判示事項労働保険の保険料の徴収等に関する法律12条3項所定の事業に該当する事業に従事する労働者について労働者災害補償保険法7条1項1号の業務災害に関する保険給付等に係る支給処分がされたことを前提として,当該事業の事業主に対し,労働保険の保険料の徴収等に関する法律19条4項に基づく労働保険料の額の決定処分がされている場合に,当該決定処分の取消訴訟において,当該事業主が上記支給処分の違法を当該決定処分の取消事由として主張することの可否
裁判要旨労働保険の保険料の徴収等に関する法律12条3項所定の事業に該当する事業に従事する労働者について労働者災害補償保険法7条1項1号の業務災害に関する保険給付等に係る支給処分がされたことを前提として,当該事業の事業主に対し,労働保険の保険料の徴収等に関する法律19条4項に基づく労働保険料の額の決定処分がされている場合には,上記支給処分が取消判決等により取り消されたもの又は無効なものでない限り,当該決定処分の取消訴訟において,当該事業主が上記支給処分の違法を当該決定処分の取消事由として主張することは許されない。
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平成29年1月31日判決言渡
平成26年(行ウ)第262号

労働保険料認定決定処分取消請求事件

主文1
原告の請求を棄却する。

2
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由

第1

請求
処分行政庁が原告に対し平成24年5月18日付けでした平成22年度の労働保険の保険料の認定処分のうちその認定に係る保険料額が5576万6051円を超える部分を取り消す。

第2

事案の概要
本件は,総合病院を開設する医療法人社団であり,労働保険の保険料の徴収等に関する法律(以下「徴収法」という。)12条3項に基づくいわゆるメリット制(後記1(2)イ(イ)参照)の適用を受ける事業の事業主(以下「特定事業主」という。)である原告が,上記病院に勤務する医師が脳出血を発症し,労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づく休業補償給付等の支給処分(以下「本件支給処分」という。)を受けたことに伴い,処分行政庁から,本件支給処分がされたことにより労働保険の保険料が増額されるとして,
徴収法19条4項に基づく平成22年度の労働保険の保険料の認定処分(前
年度よりも増額された保険料額を認定したもの。「本件認定処分」以下
という。

を受けたため,本件支給処分は違法であり,これを前提とする本件認定処分も違法であると主張して,本件認定処分のうち上記の増額された保険料額の認定に係る部分の取消しを求める事案である。

1
関係法令の定め
(1)

労災保険法等の定め

保険給付の種類について
労災保険法による保険給付(以下「労災保険給付」という。)は,次に掲げる保険給付とする(労災保険法7条1項)。
(ア)

労働者の業務上の負傷,疾病,障害又は死亡(以下「業務災害」

という。)に関する保険給付(1号)
(イ)

労働者の通勤による負傷,疾病,障害又は死亡(以下「通勤災害」
という。)に関する保険給付(2号)
(ウ)

二次健康診断等給付(3号)

業務災害に関する保険給付について
上記ア(ア)の業務災害に関する保険給付は,療養補償給付,休業補償給付,障害補償給付,遺族補償給付,葬祭料,傷病補償年金及び介護補償給付とし,休業補償給付は,補償を受けるべき労働者等に対し,その請求に基づいて,当該労働者が業務上の負傷又は疾病による療養のため労働することができないために賃金を受けない日の第4日目から支給するものとする(労災保険法12条の8第1項,2項,14条1項,労働基準法76条1項)。


特別支給金について
労働者災害補償保険特別支給金支給規則(以下「特別支給金規則」という。)は,労災保険法29条1項の社会復帰促進等事業として行う特別支給金の支給に関し必要な事項を定めるものとし,同規則による特別支給金は,休業特別支給金等とする(特別支給金規則1条,2条)。休業特別支給金は,労働者が業務上の事由又は通勤による負傷又は疾病(業務上の事由による疾病については労働基準法施行規則35条に規定する疾病に限る。)に係る療養のため労働することができないために賃金を受けない日の第4日目から当該労働者に対し,その申請に基づいて支給するものとする(特別支給金規則3条1項本文)。


事務の所轄について
労働者災害補償保険(以下「労災保険」という。)に関する事務のうち,保険給付(二次健康診断等給付を除く。)に関する事務は,都道府県労働局長の指揮監督を受けて,事業場の所在地を管轄する労働基準監督署長(以下「所轄労基署長」という。)が行う(労働者災害補償保険法施行規則(以下「労災規則」という。)1条3項)。

保険給付の手続について
(ア)

所轄労基署長は,保険給付に関する処分(労災保険法の規定によ
る療養の給付及び二次健康診断等給付にあっては,その全部又は一部を支給しないこととする処分に限る。)を行ったときは,遅滞なく,文書で,その内容を請求人,申請人又は受給権者若しくは受給権者であった者に通知しなければならない
(労災規則19条1項)


(イ)

保険給付を受けるべき者が,事故のため,自ら保険給付の請求そ
の他の手続を行うことが困難である場合には,事業主は,その手続を行うことができるように助力しなければならない(労災規則23条1項)。また,事業主は,保険給付を受けるべき者から保険給付を受けるために必要な証明を求められたときは,速やかに証明をしなければならない(同条2項)。

(ウ)

事業主は,当該事業主の事業に係る業務災害又は通勤災害に関す
る保険給付の請求について,所轄労基署長に意見を申し出ることができる(労災規則23条の2第1項)。この意見の申出は,次に掲げる事項を記載した書面を所轄労基署長に提出することにより行うものとする(同条2項。以下,この意見の申出に係る制度を「意見書制度」という。)。


労働保険番号


事業主の氏名又は名称及び住所又は所在地


業務災害又は通勤災害を被った労働者の氏名及び生年月日


(2)

労働者の負傷若しくは発病又は死亡の年月日
事業主の意見

徴収法等の定め

一般保険料について

(ア)

政府は,労働保険の事業に要する費用に充てるため,一般保険料を含む保険料(以下「労働保険料」という。)を徴収する(徴収法10条)。

(イ)

一般保険料の額は,賃金総額に後記(ウ)による一般保険料に係る保険料率を乗じて得た額とする(徴収法11条1項)。

(ウ)

一般保険料に係る保険料率は,次のとおりとする(徴収法12条1項)。


労災保険及び雇用保険に係る保険関係が成立している事業にあっ
ては,労災保険率と雇用保険率とを加えた率(1号)


労災保険に係る保険関係のみが成立している事業にあっては,労
災保険率(2号)


雇用保険に係る保険関係のみが成立している事業にあっては,雇
用保険率(3号)


労災保険率について

(ア)

労災保険率は,労災保険法の規定による保険給付及び社会復帰促進等事業に要する費用の予想額に照らし,将来にわたって,労災保険の事業に係る財政の均衡を保つことができるものでなければならないものとされ,労働保険の保険料の徴収等に関する法律施行規則(以下「徴収規則」という。)別表第1で定める事業の種類ごとに,過去3年間に発生した業務災害及び通勤災害に係る労災保険法の規定による保険給付の種類ごとの受給者数及び平均受給期間,過去3年間の二次健康診断等給付の受給者数その他の事項に基づき算定した保険給付に要する費用の予想額を基礎とし,労災保険に係る保険関係が成立している全ての事業の過去3年間の業務災害及び通勤災害に係る災害率並びに二次健康診断等給付に要した費用の額,同法29条1項の社会復帰促進等事業として行う事業の種類及び内容,労働者災害補償保険事業の事務の執行に要する費用の予想額その他の事情を考慮して厚生労働大臣が定めるものとされており(徴収法12条2項,労働保険の保険料の徴収等に関する法律施行令
(以下
「徴収令」
という。

2条,徴収規則16条1項。以下,これらの規定により事業の種類ごとに一般的な基準として定められる労災保険率を「基準労災保険率」という。),医療業の基準労災保険率は,1000分の3である(徴収規則別表第1,労災保険率適用事業細目表(昭和47年労働省告示第16号))。
(イ)a

厚生労働大臣は,連続する3保険年度中の各保険年度において徴
収法12条3項各号のいずれかに該当する事業(100人以上の労働者を使用する事業等)であって当該連続する3保険年度中の最後の保険年度に属する3月31日(以下「基準日」という。)において労災保険に係る保険関係が成立した後3年以上経過したもの(以下「特定事業」という。)についての当該連続する3保険年度の間における①(a)労災保険法の規定による業務災害に関する保険給付の額に(b)労災保険法29条1項2号に掲げる事業として支給が行われた給付金のうち業務災害に係るもので徴収規則18条の2で
定めるもの(業務災害に係る特別支給金。以下,業務災害に関する保険給付と併せて「業務災害保険給付等」という。)の額を加えた額(以下「業務災害保険給付等の額」という。)と②(a)一般保険料の額から後記bの非業務災害率に応ずる部分の額等を減じた額
に(b)徴収法10条2項2号所定の第一種特別加入保険料の額から後記cの特別加入非業務災害率に応ずる部分の額を減じた額を加
えた額に後記dの第一種調整率を乗じて得た額との割合(以下「メリット収支率」という。)が100分の85を超え,又は100分の75以下である場合には,上記(ア)による基準労災保険率(その率がこの項(a)により引き上げ又は引き下げられたときは,その引き上げ又は引き下げられた率)から非業務災害率を減じた率を100分の40の範囲内において別紙3により定まる率(以下「メリット増減率」という。)だけ引き上げ又は引き下げた率に非業務災害率を加えた率(以下,これらの規定により各特定事業主ごとに個別に基準労災保険率を改定して定められる労災保険率を「改定労災保険率」という。)を,基準日の属する保険年度の次の次の保険年度(以下「次々年度」という。)の労災保険率とすることができる(徴収法12条3項,徴収規則18条1項,18条の2,20条,別表第3。以下,この制度を「メリット制」という。)。
なお,上記①の額については,労災保険法16条の6第1項2号の場合に支給される遺族補償一時金及びその受給権者に支給され
る遺族特別一時金,特定の業務に長期間従事することにより発生する疾病であって徴収規則17条の2で定めるものにかかった者に
係る保険給付及び特別支給金並びに労災保険法36条1項により
同法による保険給付を受けることができることとされた者に係る
保険給付及び特別支給金(以下,これらを併せて「遺族補償一時金等」という。)の額を除く(徴収法12条3項,徴収規則18条の2)。

非業務災害率とは,労災保険法の適用を受ける全ての事業の過去

3年間の通勤災害に係る災害率等の事情を考慮して厚生労働大臣の定める率をいい,1000分の0.6とされている(徴収法12条3項,徴収規則16条2項)。

特別加入非業務災害率とは,非業務災害率から徴収法13条の厚
生労働大臣の定める率を減じた率をいい(徴収法12条3項),徴収法13条の厚生労働大臣の定める率は零とされている(徴収規則21条の2)から,非業務災害率と同率の1000分の0.6である。


第一種調整率とは,業務災害に関する年金たる保険給付に要する
費用,特定疾病にかかった者に係る保険給付に要する費用その他の事情を考慮して厚生労働省令で定める率をいい,林業,建設,港湾貨物取扱い又は港湾荷役業及び船舶所有者の各事業を除き,100分の67とされている
(徴収法12条3項,
徴収規則19条の2)



労働保険料の納付手続について
(ア)

事業主は,保険年度ごとに,所定の労働保険料(当該保険年度の賃金総額の見込額を基礎とするもの。以下「概算保険料」という。)を所定の申告書に添えて,その保険年度の6月1日から40日以内に納付しなければならない(徴収法15条1項)。
政府は,事業主が上記申告書を提出しないとき,又はその申告書の
記載に誤りがあると認めるときは,労働保険料の額を決定し,これを事業主に通知する(同法15条3項)。
(イ)

事業主は,保険年度ごとに,所定の労働保険料(当該保険年度の賃金総額の確定額を基礎とするもの。以下「確定保険料」という。)の額等の事項を記載した所定の申告書を,その次の保険年度の6月1日から40日以内に提出しなければならず,納付した概算保険料の額が確定保険料の額に足りないときはその不足額を,納付した概算保険料がないときは確定保険料の額を,上記申告書に添えて,保険年度の6月1日から40日以内に納付しなければならない(徴収法19条1項,3項)。
政府は,事業主が上記申告書を提出しないとき,又はその申告書の記載に誤りがあると認めるときは,労働保険料の額を決定し,これを事業主に通知する(徴収法19条4項。以下「労働保険料認定処分」という。)。

事務の所轄について
徴収法の規定による労働保険に関する事務のうち,徴収法39条1項に規定する事業(都道府県及び市町村の行う事業等)以外の事業であって労働保険事務組合に徴収法33条1項の労働保険料の納付等の処理を委託しないものについての一般保険料の徴収に関する事務等は,事業場の所在地を管轄する都道府県労働局労働保険特別会計歳入徴収官が行う(徴収規則1条3項)。上記歳入徴収官には,都道府県労働局長が充てられている(厚生労働省所管会計事務取扱規程(平成13年1月6日付け厚生労働省訓第23号)3条,別表第1)。

2
前提事実(争いのない事実,顕著な事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1)

本件支給処分に至る経緯

麻酔科医師であるA1(昭和29年●月●日生。以下「訴外A1」という。)は,平成7年1月1日,原告が開設するA2総合病院(以下「本件病院」という。)において勤務を開始し,平成17年4月に本件病院の副院長に就任した。


訴外A1は,平成19年8月11日,本件病院内において脳出血(以下「本件疾病」という。)を発症して遷延性意識障害となり,就労不能となった(乙4)。同人は,平成20年7月8日,川崎北労働基準監督署長に対し,本件疾病が業務により発症した業務上の疾病であるとして,平成19年8月11日から平成20年5月15日までの期間に係る279日間の休業補償給付の支給の請求及び休業特別支給金の支給の申請をした(乙5)。

川崎北労働基準監督署長は,上記イの請求及び申請に対し,本件疾病の業務起因性に関する調査を経て,平成20年12月16日,休業補償給付及び休業特別給付金を支給する旨の決定をした(乙6,7。本件支給処分)。

(2)

本件認定処分に至る経緯

処分行政庁は,平成22年6月1日ないし同月4日頃,原告に対し,平成22年度の概算保険料に係る改定労災保険率を1000分の3.(メ96
リット増減率をプラス40パーセントとして算定するもの)とする労災保険率決定通知書を送付した(乙8)。なお,原告の平成21年度の確定保険料に係る改定労災保険率は,1000分の2.04(メリット増減率をマイナス40パーセントとして算定するもの)
であった
(乙9
(8枚目)。



原告は,平成22年7月7日,改定労災保険率を1000分の3.96とした平成22年度の概算保険料第1期分を納付するとともに,
同月9日,
処分行政庁に対し,改定労災保険率を1000分の3.96とする平成22年度の概算保険料申告書を提出した(乙9(10枚目),10)。

原告は,平成22年7月26日付けで,上記アの通知を不服として,厚生労働大臣に対し,審査請求をした(乙9)。


原告は,平成23年7月13日,処分行政庁に対し,平成22年度の確定保険料に係る改定労災保険率を1000分の3.96(メリット増減率をプラス40パーセントとして算定するもの)から1000分の2.04(メリット増減率をマイナス40パーセントとして算定するもの)に修正した平成23年度の概算保険料申告書を処分行政庁に提出し,それと同時に,
平成22年度の概算保険料に係る労働保険料還付請求書を提出した(乙
11ないし13)。

処分行政庁は,平成23年7月25日,上記エの平成23年度の概算保険料申告書における平成22年度の確定保険料に係る改定労災保険率及び確定保険料の記載に誤りがあるとして,平成22年度の確定保険料に係る改定労災保険率を1000分の3.96として,確定保険料及び確定保険料不足額を訂正した訂正通知を送付するとともに,上記エの労働保険料還付請求書を原告に返戻した(乙14,15)。


原告は,平成23年9月26日,処分行政庁に対し,上記オの訂正通知に対する異議申立てをしたが,処分行政庁は,平成24年1月17日,上記異議申立てを却下する旨の決定をした(乙17)。


原告は,平成24年2月15日,上記カの決定を不服として,厚生労働大臣に対し,審査請求をした(乙18)。


処分行政庁は,平成24年5月18日,原告に対し,労働保険料682万3896円を申告不足とする労働保険料算定基礎調査の結果を受けて,改定労災保険率を1000分の3.96(メリット増減率をプラス40パーセントとして算定するもの)とし,原告の平成22年度の確定保険料の額を6269万1288円(以下の計算式による。)とする労働保険料認定処分をした(甲1,乙19。本件認定処分)。なお,改定労災保険率の算定の基礎とされた平成18年度から平成20年度までの3保険年度における業務災害保険給付等の額は,本件支給処分に係る支給額2681万3280円のみである(甲2(4頁))。
{36億0689万4000円(賃金総額)
×3.96/1000(改
定労災保険率)}(労災保険に係る一般保険料の額)+4840万7988円(雇用保険に係る一般保険料の額)=6269万1288円

原告については,本件支給処分がされたことにより,平成22年度の改定労災保険率に係るメリット増減率がマイナス40パーセントからプラス40パーセントに上昇し,その結果,上記クの本件認定処分において,同年度の確定保険料額が692万5237円増額された(仮に本件支給処分に係る支給額が算定の基礎とならない場合には,平成18年度から平成20年度までの3保険年度の間の業務災害保険給付等の額が零となり,既に最低のメリット増減率(マイナス40パーセント)となっていた平成21年度確定保険料の場合と同様に,改定労災保険率を1000分の2.04とすることとなり,この場合の原告の平成22年度確定保険料額は5576万6051円({36億0689万4000円(賃金総額)×2.04/1000(改定労災保険率)}(労災保険に係る一般保険料の額)+4840万7988円(雇用保険に係る一般保険料の額)=5576万6051円)となったものであり,上記クの本件認定処分による平成22年度確定保険料額6269万1288円との差額は692万5237円となる。)。
(3)

本件訴訟に至る経緯

原告は,平成24年7月17日,本件認定処分を不服として,処分行政庁に対し,異議申立てをした(乙20)。


原告は,平成24年7月23日,上記(2)ウ及びキの各審査請求をいずれも取り下げた(乙21,22)。


処分行政庁は,平成24年12月27日,上記アの異議申立てを棄却する旨の決定をし,同日,原告に対しその旨を通知した(甲2)。

原告は,平成25年1月25日付けで,上記ウの決定を不服として,厚生労働大臣に対し,審査請求をした(乙23)。


(4)

原告は,平成26年6月9日,本件訴えを提起した(顕著な事実)。
訴外A1等の原告等に対する損害賠償請求事件に係る経緯

訴外A1及びその妻(以下「別件原告ら」という。)は,訴外A1が本件疾病を発症して遷延性意識障害となったことにつき原告,原告代表者理事長及び原告常任理事(以下「別件被告ら」という。)に安全配慮義務違反があったなどとして,別件被告らに対し,①訴外A1が,不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償請求等として連帯して3億5000万円(3億8801万5330円の一部請求)及びこれに対する遅延損害金の支払を求め,②訴外A1の妻が,不法行為に基づく慰謝料請求として連帯して440万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める訴訟(当庁平成22年(ワ)第17708号損害賠償請求事件。以下「別件訴訟」という。)を提起したところ,その第1審において,平成27年4月17日,訴外A1の業務と本件疾病の発症との間に相当因果関係が認められないことを理由に,別件原告らの請求をいずれも棄却する旨の判決(以下「別件判決」という。)がされた(甲55)。

別件原告らが別件判決を不服として控訴したところ,平成27年10月1日,その控訴審において,原告が別件原告らに対して見舞金1185万1000円を支払うこと等を内容とする訴訟上の和解(以下「別件和解」という。)が成立した(甲60)。

3
争点
本件の争点は,本件認定処分の適法性であり,具体的には,まず,次の(1)が争点となり,
次の(1)の違法を主張することができると解する場合には,
次の
(2)が争点となる。
(1)

労働保険料認定処分の取消訴訟において特定事業主が業務災害保険給付等に係る支給処分(以下「業務災害支給処分」という。)の違法を主張することができるか否か。

(2)
4
本件支給処分の違法性の有無

争点に関する当事者の主張の要旨
(1)

争点(1)(労働保険料認定処分の取消訴訟において特定事業主が業務災害支給処分の違法を主張することができるか否か)について

(原告の主張の要旨)

実際には労働災害事故がなく,
行政庁の判断が誤りであったとしても,
特定事業主が労働保険料の増額を争うことはできないとの結論は不当である。
本件訴訟において,原告が労働災害事故の不存在を主張することができることは,次のとおり明らかである。すなわち,①徴収法12条3項の「支給が行われた給付金」とは「適法に支給が行われた給付金」を意味するから,本件では業務起因性がないにもかかわらず違法に労災保険給付がされたにすぎず,このような給付がされたことを前提とした本件認定処分は違法であり(要件解釈の問題),②違法性の承継が問題となる場面において,本件のように原告に先行の処分の取消訴訟の原告適格がない場合には,当然に違法性の承継が認められ(違法性の承継の非典型的な場合の問題),③仮に本件において先行の処分の取消訴訟の原告適格が認められたとしても,
実体法的観点及び手続法的観点から検討し,
違法性の承継が認められる(違法性の承継の典型的な場合の問題)。

徴収法12条3項の「支給が行われた給付金」とは「適法に支給が行われた給付金」を意味すること
メリット制の趣旨は,事業主の保険料負担の公平性の確保及び労働災害防止努力の一層の促進にあり,被告も述べるとおり「労災保険事業に要する費用を事業主間で合理的に配分する」という趣旨である。
仮に,徴収法12条3項の「支給が行われた給付金」に「違法な給付金」すなわち,労災保険給付の支給要件を満たさない給付金をも算定の基礎とすることとなれば,事業主間の保険料負担の不公平を招く。実際には労働災害ではない者に対する支給処分によって支給額が上がりかねないということになれば,事業主において労働災害の発生防止に向けた努力が正当に評価されないこととなり,その努力は促進されず,メリット制の趣旨に反する結果となる。
このように,事業主の保険料負担の公平性の確保及び労働災害防止努力の一層の促進を目的とするメリット制の趣旨に鑑みれば,徴収法12条3項における「支給が行われた給付金」には違法に支給された給付金が含まれず,「支給が行われた給付金」とは「適法に支給が行われた給付金」を意味することは明白である。
したがって,特定事業主である原告は,先行の処分である業務災害支給処分の違法を,後行の処分である労働保険料認定処分の取消訴訟において主張することが可能である。

原告に先行の処分の取消訴訟の原告適格が認められない場合には当然に違法性の承継が認められること
特定事業主である原告は,本件において,先行の処分である業務災害支給処分の取消訴訟について原告適格がないのであるから,裁判を受ける権利を保障するために,当然に違法性の承継が認められる。
被告は,特定事業主が有する利益の内容及び性質を何ら検討することなく,特定事業主に業務災害支給処分の取消訴訟に係る原告適格が認められないことをもって違法性の承継を肯定すべきであるとする原告の主張は誤りである等と主張する。しかし,憲法上保障される裁判を受ける権利を保障するためには,処分により不利益を被るにもかかわらず原告適格を欠く者のためには,後行の処分に対する訴訟の中で先行の処分の違法を主張する機会が保障されなければならない。この点において,最高裁平成21年(行ヒ)第145号同年12月17日第一小法廷判決・民集63巻10号2631頁(以下「平成21年最高裁判決」という。)と本件との間に差異はなく,同様の議論が妥当する。
被告は,特定事業主において業務災害支給処分の適法性を争うことができないとしても,そのことは労災保険制度と継続メリット制の本質に内在する事柄であり,労災保険制度を維持する上でやむを得ないものである等と主張する。しかし,メリット制は,労働災害の有無及び保険給付の額と労働保険料額とが密接不可分のものとして連動しているものであるから,特定事業主が業務災害支給処分の適法性を争うことができないとすれば,それは「労災保険制度と継続メリット制の本質」とは全く相容れないものである。
また,仮に,労働災害が生じていないにもかかわらず特定事業主の労働保険料の支払義務を増大させ,これに対する反論の機会が封殺されることが「労災保険制度と継続メリット制の本質」に内在しているというのであれば,そのような法制度自体が憲法の定める裁判を受ける権利を侵害するものであり明らかに違憲である。

原告に先行の処分の取消訴訟の原告適格が認められるとしても違法性の承継が認められること
先行の処分である業務災害支給処分の取消訴訟について原告適格が認められるとしても,
実体法的観点及び手続法的観点からの検討によれば,
違法性の承継は認められる。
被告は,原告適格が認められるとすれば,その段階で特定事業主に当該処分の適法性を争わせ,当該処分の適法性を早期に確定させることが被災労働者等の迅速な保護にかなうものであり,原告適格が認められるとすれば,なおさら違法性の承継を肯定する余地はないとする。
しかし,違法性の承継が論じられてきた場面は,本来,原告適格が認められる場面である。平成21年最高裁判決も,原告が先行の処分を争わないことの不合理性等に言及していることからすれば,原告適格が肯定されることを前提として手続法的観点への言及を行っているものと解するのが自然である。
そして,①業務災害支給処分がされたとしても,使用者に通知されるわけではなく,仮に特定事業主から労働基準監督署に同処分の内容等について問い合わせたとしても回答されないから,特定事業主は同処分があったこと及びその内容を知る余地がないこと,②業務災害支給処分がされたとしても,
その段階では特定事業主の不利益は現実化しておらず,
労働保険料額が決定したとき特定事業主の不利益が現実化するから,業務災害支給処分に対して不服申立てを行わず,労働保険料認定処分がされた段階になって不服申立てを行うという対応も不合理とはいえないこと,③実務上は,これまで事業主に労災保険給付の支給処分の取消訴訟に係る原告適格があるとは考えられてこなかったこと(東京地裁昭和35年(行)第36号同36年11月21日判決・労民集12巻6号1003頁(以下「昭和36年東京地裁判決」という。))といった事情は,原告が業務災害支給処分の段階でその取消訴訟を争う方法がないことを示す手続的な事情である。これらの事情を考慮すれば,業務災害支給処分の段階で争わず,労働保険料認定処分がされた段階になって争訟手続を執るという対応も,国民の標準的な争訟意思に即して考えれば,不合理とはいえない。
なお,被告自身,平成21年最高裁判決に言及する中で,「確かに安全認定は行政処分であって,
取消訴訟を提起することが可能であるから,
権利救済の機会は与えられているが,これは,申請者以外の者に通知することは予定されておらず,建築確認があるまでは工事が行われることもないから,周辺住民等これを争おうとする者がその存在を速やかに知ることができるとは限らないことからすれば,権利救済が十分ではないといえる」としている。本件において,業務災害支給処分がされたとしても,特定事業主に通知されるわけではなく,仮に特定事業主から労働基準監督署に問い合わせたとしても回答はされないのであるから,特定事業主の権利救済が著しく不十分であることは明白である。


法的安定性を害する程度が大きくないこと
被告は,労働保険料認定処分の取消訴訟の段階で業務災害支給処分が違法と認定されてしまった場合,被災者やその遺族に既に労災保険給付を行ってしまっているから不都合が生じかねず,仮に労働災害が発生していなかったとしても,特定事業主に不服を申し立てる機会を認めず反論をさせないことによって法的安定性を保つべきである旨主張している。しかしながら,仮に上記訴訟の判決において労働保険料認定処分の違法を導く前提として業務災害支給処分が違法であるとの判断がされたとしても,以下のとおり,行政庁が業務災害支給処分を取り消す義務は生じないし,取り消すことはできない。また,仮に取り消したとしても,法的安定性が害される程度は大きくない。
(ア)

行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)33条の拘束力は,

処分又は裁決を取り消す旨の判決(以下「取消判決」ともいう。)の実効性の担保をその趣旨とする。拘束力の一環として認められる不整合処分の取消義務も,取消判決の実効性の担保のために認められるものである。
違法性の承継が認められる場面では,先行の処分の違法を理由に
後行の処分が取り消された場合,その後の行政過程が想定されない以上,取消判決のみで訴訟の目的は達成され,判決の実効性は確保される。先行の処分を取り消すことは,取消判決の実効性確保と何ら関係がない。
したがって,労働保険料認定処分の取消判決がされても,不整合
処分の取消義務が生ずる余地はなく,業務災害支給処分についてまでその拘束力が及ぶことはないから,その拘束力によって業務災害支給処分の取消義務が生ずることはない。
(イ)

業務災害支給処分は授益的処分であって,取消しの制限効が生ず
るから,取り消す余地はない。授益的処分の取消しを行う場合,法律による行政の原理と私人の信頼保護という二つの要請が衝突するため,その調整が必要となる。そこで,利益保護の対象が財産的価値に関係するもので,取消権の行使の結果被る相手方の不利益の具体的状況,当初の行政行為の瑕疵をもたらした原因等を考慮して,処分の相手方の信頼を保護すべき場合には,取消権の行使は制限されると考えるべきである。
本件において取消しの対象として想定される処分は,業務災害支
給処分であって,金銭の給付を行う処分であり,これが取り消された場合,支給された金銭の不当利得返還義務が生ずることに伴って処分の名宛人の被る不利益は大きい。そして,瑕疵の原因は専ら行政庁の判断の過誤にあり,処分の名宛人には何ら帰責性がない。そうすると,名宛人の信頼を保護すべき必要性は大きい。
したがって,業務災害支給処分の取消権の行使は制限され,同処
分を取り消すことはできず,法的安定性が害されることはない。
(ウ)

そもそも,建築確認等の場面とは異なり,業務災害支給処分にお

いては,利害関係人は極めて少なく(被災者本人とその家族(遺族)のみである。),特定事業主の支払う労働保険料が上昇する以外には新たな法律関係が積み重なっていくこともない。
仮に業務災害支給処分が取り消されたとしても,何らかの不動産
の撤去工事が必要になるわけでもなく,多数の利害関係人との間での複雑な法律関係を解消しなければならないわけでもなく,法律関係が積み重なっているわけでもないから,法的安定性が大きく害されることはない。
したがって,万が一,本件訴訟において労働保険料認定処分の違
法が確定した後,
行政庁が業務災害支給処分を取り消したとしても,
それは労災保険給付の額を労働保険料に結び付けたメリット制という制度が予定する一局面にすぎないものである。
(エ)

以上のとおり,本件訴訟の帰すうにかかわらず,本件支給処分が

取り消されることはなく,仮に取り消されたとしても法的安定性が大きく損なわれることはないから,これを前提とした被告の主張は失当である。
(被告の主張の要旨)

違法性の承継に関する判断枠組み

(ア)

違法性の承継の意義
違法性の承継とは,行政庁が時をおいて2個の行為を行う場合に,後行の行為の取消訴訟において先行の行為の違法性が取消事由になること,すなわち先行の行為の違法性が後行の行為に承継されることをいい,違法性の承継が問題となるのは,先行の行為の違法が後行の行為の違法をもたらす関係が肯定されるが,先行の行為の違法は当該行為が無効であるとまではいえないもので,かつ,出訴期間を経過しているため,取り消し得ない状態になっている場合である。

(イ)

先行の処分の違法が後行の処分の違法をもたらす関係の態様


先行の処分と後行の処分の法的関連性の有無及び態様
違法性の承継が問題となり得るのは,先行の処分と後行の処分と

の間に法的関連性が認められる場合のうち,以下の②の場合である。①

先行の処分が「存在する事実」が後行の処分の処分要件である
場合



先行の処分が「有効」であることが後行の処分の処分要件であ



先行の処分が「適法」であることが後行の処分の処分要件であ
る場合

後行の処分である労働保険料認定処分の処分要件
本件では,業務災害支給処分,メリット制に基づく改定労災保

険率の決定,労働保険料認定処分というように,段階を追って行
われる法的仕組みが策定されており,行政処分には公定力があり,先行の処分が取り消し得ない状態になっているから,原則として,先行の処分である業務災害支給処分が有効であることが後行の処
分である労働保険料認定処分の処分要件であると解される。
原告は,業務災害支給処分が適法であることが労働保険料認定
処分の処分要件であるかのように主張するが,徴収法を通覧して
も,労災保険率を定めるに当たり,その前提となる業務災害支給
処分が適法であるかどうかを審査する仕組みとはなっていないか
ら,徴収法12条3項にいう「労災保険法の規定による業務災害
に関する保険給付」につき,適法な業務災害支給処分がされてい
ることを処分要件として読み込むことは困難というべきである。
(ウ)

違法性の承継の有無及び考慮要素
違法性の承継を認めることはいわゆる公定力や不可争力の趣旨

に反することになるから,原則として認められないというべきで
あり,例外的に違法性の承継が認められるのは,法的安定性に係
る考慮要素と個人の権利救済に係る考慮要素を考慮した上で,①個別実定行政法規が,公定力や不可争力の趣旨を後退させてでも,例えば個人の権利救済など何らかの目的を達成させようとする立
法政策を採用していると解釈し得るような場合や,②個人の権利救済の観点からみて特段の不合理な事態を招来していると認めら
れるような極めて例外的な場合(例えば,出訴期間の制限を定め
る行訴法14条3項ただし書の「正当な理由」に匹敵するような
事情があり,実質的に救済が必要であると考えられる場合が想定
される。)に限られるというべきである。

特定事業主には業務災害支給処分の取消訴訟の原告適格が認められないこと
処分の相手方以外の者について行訴法9条1項にいう「法律上の利益」
の有無を判断するに当たっては,同条2項に従って,同項所定の以下の各考慮事項を総合的に勘案して検討すべきである。
(ア)

労災保険給付の支給処分の根拠法規の文言
労災保険給付の支給処分の処分要件は,労災保険法12条の8第1項柱書き,同項1号,2号及び6号,同条2項,同条3項,労基法75条1項並びに76条1項に規定されているが,当該処分の根拠法規の文言から,特定事業主の利益を個別的利益として保護しているとはいえず,ましてや特定事業主の保険料に係る経済的利益を個別的利益として保護しているとはいえないことは明らかである。

(イ)

根拠法令(関係法令を含む。)の趣旨及び目的について
根拠法令である労災保険法の趣旨及び目的
労災保険法1条の目的規定からは,同法12条の8第2項及び第
3項が,被災労働者の保護に加えて,特定事業主の保険料に係る経済的利益を個別的利益として保護する趣旨を含むと解することはできない。


関係法令である徴収法の趣旨及び目的
徴収法は,労災保険法と目的を共通にする関係法令に当たるもの
の,徴収法1条が,被災労働者の迅速かつ公正な保護に加えて,特定事業主の利益の保護のために「労働保険の事業の効率的な運営を図る」ことを目的としていると解することはできず,ましてや特定事業主の保険料に係る経済的利益の保護のためであると解することはできないから,徴収法が労災保険法の関係法令であるからといって,労災保険法12条の8第2項及び3項が,被災労働者の保護に加えて,特定事業主の保険料に係る経済的利益を個別的利益として保護する趣旨を含むと解することはできない。
(ウ)

当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質
業務災害支給処分が違法にされた場合に害されることとなる特定
事業主の利益の内容及び性質
原告が主張する被侵害利益は,メリット制を介して特定事業主の
労災保険率を引き上げられない利益であり,これに係る不利益は経済的なものである。


特定事業主の利益が害される態様及び程度
(a)

事業の種類ごとの基準労災保険率について
事業の種類ごとの基準労災保険率(徴収法12条2項,同法
施行令2条)については,飽くまで労災保険率の合理的な算定
のために,過去の一定期間における労災保険給付の支給実績を
基に,将来の保険給付に要する費用の予想額や全事業における
災害率を考慮するものであり,こうした労災保険率の性質に照
らせば,労災保険事業に係る収支状況の改善あるいは同種の事
業内における労働災害の減少等により,当該事業に係る基準労
災保険率が低く設定され,結果として自己の納付する労働保険
料が低額になったとしても,このような利益は反射的利益にす
ぎず,特定事業主は,特定の基準労災保険率の適用を受けるこ
とにつき,そもそも法律上の利益を有しないというべきである。

(b)

メリット制について

メリット制は,上記(a)の基準労災保険率を基礎とするも
のである。加えて,労働保険料を算定する際には,連続する
3保険年度の間に支給された労災保険法の規定による業務
災害に関する保険給付の額が考慮されることとなるが,
これ
は,飽くまでメリット収支率を算出するために,過去の一定
期間における労災保険給付の支給実績を考慮するものであ
って,個別の労災保険給付に着目するものではない。また,
メリット制は,
そのようにして算出されたメリット収支率を
徴収規則別表第3(別紙3参照)に当てはめ,マイナス40
からプラス40パーセントの範囲で基準労災保険率
(非業務
災害率に応ずる部分を除く。)を増減した上で,労働保険料
を算定するものである。このように,メリット制は,個別の
労災保険給付の存在を前提とするものではあるが,
個別の労
災保険給付によって生じた損失を直接当該特定事業主に転
嫁するものではなく,
飽くまで労働保険料の合理的な算定の
ための一つの考慮要素とするものにすぎない。
そうすると,メリット制の下においても,飽くまで基礎と
なるのは前記(a)の基準労災保険率である上,メリット制に
基づくその増減による改定は,労働保険料の算定過程におい
て相当程度抽象化された上で限定的に反映されるにすぎな
いものである。
したがって,
メリット制により改定労災保険率が引き上げ
られる可能性があるとしても,このような不利益は,労災保
険率を算定する過程においてある程度抽象化されたもので
あり,
個別の労災保険給付とは切り離された間接的かつ限定
的なものにとどまるものというべきである。

また,特定事業主が被る不利益の程度については,単純化
すると,一般保険料の額は,「賃金総額に第12条の規定に
よる一般保険料に係る保険料率を乗じて得た額」
(徴収法1
1条1項)とされているところ,そもそも事業の種類ごとの
基準労災保険率は,
徴収規則別表第1において1000分の
2.
5から1000分の88という幅のある範囲で事業の種
類ごとに定められており,メリット制では,メリット収支率
が85パーセントを超え又は75パーセント以下となる場
合に,
基準労災保険率をマイナス40からプラス40パーセ
ントの範囲で増減するものにすぎず(徴収法12条3項),
賃金総額との関係でみても,その範囲は0.2パーセント弱
程度にすぎないのであって,この程度の負担の増加が,特定
事業主の経営基盤を失わしめるほどの損害を与えるものと
は通常考えられない。

以上によれば,
労災保険法12条の8第2項において考慮
される利益は,
飽くまで被災労働者等の権利利益のみであっ
て,
原告が被侵害利益として主張する特定事業主の保険料に
係る経済的利益は,
処分に当たって個々の特定事業主の個別
的利益として考慮されるべきものとはならないというべき
である。
したがって,当該処分において考慮されるべき利益の内
容及び性質から,労災保険法12条の8第2項が,原告が
被侵害利益として主張する特定事業主の保険料に係る経済
的利益を個別的利益として保護する趣旨を含むものとは解
されない。

(エ)

意見書制度は事業主に保険給付に関する決定の不服申立適格が認められないことを前提とするものであること
意見書制度は,労災保険給付支給手続の迅速かつ適正な処理に資す
るために,事業主に意見を申し出る機会を与えることとしたにすぎないものであり,事業主に保険給付に関する不服申立適格が認められないことを前提とするものであるから,意見書制度をもって,労災保険法が,労災保険給付支給手続に特定事業主の利益に対する配慮を取り込んでいるとはいえず,ましてや特定事業主の保険料に係る経済的利益に対する配慮を取り込んでいるとはいえない。
(オ)

以上によれば,特定事業主は,行訴法9条1項にいう「法律上の利益を有する者」には当たらないというべきであるから,業務災害支給処分の取消訴訟に係る特定事業主の原告適格を肯定することはできない。


労働保険料認定処分の取消訴訟において業務災害支給処分の違法性を主張することはできないこと(違法性の承継が認められないこと)
(ア)

本件において違法性の承継を認めると法的安定性を害する程度が極めて大きいこと


労災保険給付の支給処分と労働保険料認定処分の目的及び効果が
異なること
労災保険給付の支給処分は,迅速かつ公平に労働者保護を図る目
的で,被災労働者に対して保険給付を行うものである。他方,労働保険料認定処分は,労働保険料の適正な徴収を目的として事業主に保険料の納付を義務付ける処分である。
したがって,これら二つの行政処分について,「先行の処分と後
行の処分とが相結合して一つの効果の実現を目指し,これを完成するものである」というような関係が認められないことは明らかである。


業務災害支給処分に基づき労災保険給付が支給されると,これを
前提として新たな事実関係ないし法律関係が形成されること
訴外A1に対しては,本件支給処分に基づき,既に労災保険給付
が支給されているところ,労災保険給付が支給されれば,当該受給者の下で,当該支給を前提とした新たな事実関係が形成されることとなる。
また,業務災害支給処分がされ,これに基づきその支給が行われ
ると,そのことを前提として,当該支給額が新たな労災保険率の算定の基礎とされることになる。
仮に,
労働保険料認定処分の段階で,
過去の業務災害支給処分が違法であると判断され,メリット制による当該特定事業主の負担分が事後的に否定されることになれば,過去の一定期間における収支状況の分析及び将来予測が不安定なものとならざるを得ず,適正な労災保険率の算定に支障を来すこととなる。このような事態は,労災保険財政の不均衡を招来することにもなりかねないのであって,労災保険率算定の仕組みの観点からみても,想定されていないものといわざるを得ない。
このように,一旦業務災害支給処分がされ,これに基づき労災保
険給付が支給されると,これを前提とした新たな事実関係ないし法律関係が形成されるものである。

業務災害支給処分の違法性を理由として労働保険料認定処分の効
力が否定された場合,所轄労基署長は業務災害支給処分を取り消す事態が生じ得ることとなること
(a)

本件支給処分の違法を理由として本件認定処分を取り消す判
決が確定した場合,所轄労基署長は,本件支給処分を職権で取
り消した上,被災労働者に対して既に支給した労災保険給付の
返還を求めるといった事態が生じ得ることとなる。

(b)

これに対し,原告は,
「違法性の承継が認められる場面では,
先行の処分の違法を理由に後行の処分が取り消された場合,そ
の後の行政過程が想定されない以上,取消判決のみで訴訟の目
的は達成され,判決の実効性は確保される」として,「不整合
処分の取消義務が生ずる余地はない」と主張するが,学説上,
後行の処分の取消訴訟において,先行の処分の違法を理由とし
てこれを取り消す旨の判決がされた場合,当該判決の拘束力に
よって,処分行政庁は先行の処分を取り消す義務を負うことに
なると解する見解が有力であり,この見解によれば,仮に違法
性の承継が肯定され,先行の処分である業務災害支給処分の違
法を理由として後行の処分である労働保険料認定処分が取り消
された場合,業務災害支給処分を取り消さざるを得ない事態が
生じ得るものである。
(c)

また,原告は,業務災害支給処分が取り消された場合,処分
の名宛人の被る不利益は大きい一方で,処分の名宛人には何ら
帰責性がなく,処分の名宛人の信頼を保護すべき必要性は大き
いから,「業務災害支給処分の取消権の行使は制限され,同処
分を取り消すことはできない」と主張するが,授益的行政行為
である本件支給処分の取消しについては,これを無制限になし
得ないとしても,本件においてこれが制限されるか否かは,個
別具体的な利益衡量によって判断されるべきものである。労災
保険制度を所管する政府としては,財源が限られていることを
踏まえ,「労働保険の事業の効率的な運営を図るため」(徴収
法1条),公平かつ適正な保険給付がされることが要請されて
いると解されるのであって,本件支給処分を「取り消す余地は
ない」などということができないことはもとより,一概に取消
権が制限されるということもできないから,原告の主張は失当
である。


業務災害支給処分と労働保険料認定処分の処分権限は分配されて
おり,労働保険料認定処分の処分権者である歳入徴収官は業務災害支給処分の処分要件についての審査権限を有しないこと
労働保険料認定処分を行うに際し,歳入徴収官は,労災保険給付
が適法にされたかについて確認を行う権限を有していない。特定事業主が,労働保険料認定処分の取消訴訟において業務災害支給処分を争うことができないことは,法律に基づく行政庁の権限分配の原則からも裏付けられている。また,労働保険料認定処分において,歳入徴収官が上記の権限を有していないことは,その不服申立手続においても保険給付に関する判断を行うことが予定されていないことを意味するものである。

先行の処分と後行の処分の名宛人が異なること
業務災害支給処分の名宛人は被災労働者であるのに対し,労働保
険料認定処分の名宛人は特定事業主であって,処分の名宛人が異なる。


業務災害支給処分の段階で特定事業主に対し周知措置が採られて
いないことは違法性の承継を認める決定的な理由とはなり得ないこと
労災規則19条は,所轄労基署長が保険給付に関する処分を行っ
たときは,遅滞なく,文書で,その内容を請求人等に通知しなければならない旨定めているが,労災保険法及び徴収法には,業務災害支給処分の段階で,特定事業主に対し,同処分を周知することなどを定めた規定は存在しない。もっとも,請求人等に対する通知は,上記のとおり厚生労働省令である労災規則において定められているものであり,業務災害支給処分の段階で,特定事業主に対し,同処分の周知措置を採るべきとの判断等がされるならば,同省令が改正される余地もあるのであるから,このことは,違法性の承継を肯定することの決定的な理由とはなり得ないものである。

以上に検討したように,本件においては,先行の処分である業務
災害支給処分と後行の処分である労働保険料認定処分との間に目的及び効果の同一性が認められず,先行の行為の違法が後行の行為の違法をもたらす関係が肯定できるにとどまる。このように,法的安定性に関する考慮要素から,関係する個別実定行政法規の立法趣旨を探求したとしても,業務災害支給処分の公定力や不可争力の趣旨を後退させるような立法態度を読み取ることはできず,これらの観点からは,違法性の承継を認めることは困難である。

(イ)

権利救済に関する考慮要素を含めた検討
そもそも,特定事業主は,特定の種類の事業の基準労災保険率
の適用を受けることにつき,そもそも法律上の利益を有しないも
のである。
また,労災保険制度上,仮に違法な業務災害支給処分がされた
場合には,メリット制の存在により,特定事業主が支払うべき労
働保険料が増額する場合があるとしても,そのような場合は限ら
れた場合(保険給付が多額となり,メリット収支率が85パーセ
ントを超える場合)である上,この場合においても,特定事業主
が支払うべき労働保険料が増額するのは,
最大で年額賃金総額0.
2パーセント弱の金額について,3年間分の支払に限られること
が予定されている。
その一方で,特定事業主は,労災保険制度により,多大な利益
を享受している。すなわち,同制度がないと仮定するならば,特
定事業主は,労働災害事故の発生に備えて何らかの保険に任意で
加入せざるを得ず,現状よりも相当高額の保険料を負担しなけれ
ば事業を継続することが困難になるはずである。また,労災保険
制度があることによって,労働災害事故が発生した際の第一次的
な調査及び判断に必要な証拠収集等は所轄労基署長が手続的負担
を負うこととされているが,同制度がなければ,特定事業主にお
いて証拠収集等のため多大な手続的負担を負うことになるものと
考えられる。
そして,特定事業主は,労災保険給付の支給請求及び同請求に
関する決定に対して,
意見書制度等により関与することができる。
このように,メリット制による労働保険料の増額の不利益が限
定的である一方で,特定事業主が労災保険制度により多大な利益
を享受していること等に鑑みれば,特定事業主において業務災害
支給処分を争うことができないとしても,その結論は労災保険制
度を維持する上でやむを得ないものといわざるを得ない。

別件訴訟の控訴審において,特定事業主である原告は,被災労働
者である訴外A1に対して業務災害支給処分(本件支給処分)に基づいて労災保険給付が支払われたことを前提として,訴外A1に対し,見舞金1185万1000円を支払うことを内容とする訴訟上の和解(別件和解)をしており,別件訴訟において本件支給処分による利益を享受している。その一方で,特定事業主が労働保険料認定処分(本件認定処分)の取消訴訟において業務災害支給処分(本件支給処分)の違法を主張することによって制度の仕組みとして労働保険料の負担を免れ得る行為を法が予定しているとは,これまで述べてきた労災保険制度の趣旨や保険料の負担の在り方に照らしても,およそ考え難く,また,このような行為が横行した場合,労災保険制度の健全かつ継続的な運営に悪影響を及ぼすこともまた明らかである。


以上によれば,権利救済に関する考慮要素を考慮しても,労災保
険法及び徴収法において,業務災害支給処分の公定力や不可争力の趣旨を後退させるような立法態度を読み取ることはできないから,違法性の承継を認めることはできないというべきである。
(ウ)

以上に検討したところによれば,仮に先行の処分である本件支給処分が違法であったとしても,その違法性は本件認定処分には承継されないというべきであるから,原告は,本件訴訟において本件支給処分の違法性を主張することはできない。

(2)

争点(2)(本件支給処分の違法性の有無)について

(原告の主張の要旨)
別紙2の第1記載のとおり,訴外A1の本件疾病の発症について,同人の業務との間に相当因果関係は認められず,業務起因性は認められない。したがって,本件支給処分は,違法である。
(被告の主張の要旨)
別紙2の第2記載のとおり,訴外A1の本件疾病の発症は,同人の業務に内在する危険の現実化であると評価することができ,業務起因性が認められる。したがって,本件支給処分は,適法である。
第3
1
当裁判所の判断
争点(1)労働保険料認定処分の取消訴訟において特定事業主が業務災害支給(
処分の違法を主張することができるか否か)について
(1)

特定事業主が自らの事業に係る業務災害支給処分の取消訴訟において特定事業主が原告適格を有するか否かについて
労働保険料認定処分の取消訴訟において特定事業主が同処分の前提とされた業務災害支給処分の違法を主張することができるか否かを検討するに当たっては,後記(2)ウのとおり,特定事業主が自らの事業に係る業務災害支給処分の適否を争うにつきどのような手続的保障が与えられているかが考慮の対象となるので,その前提として,特定事業主が自らの事業に係る業務災害支給処分の取消訴訟において原告適格を有するか否か,すなわち,同処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」(行訴法9条1項)に当たるか否かについて,以下検討する。

行訴法9条1項の「法律上の利益を有する者」の意義について
行訴法9条は,取消訴訟の原告適格について規定するが,同条1項にいう当該処分の取消しを求めるにつき
「法律上の利益を有する者」
とは,
当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうと解すべきである(最高裁昭和49年(行ツ)第99号同53年3月14日第三小法廷判決・民集32巻2号211頁,最高裁平成元年(行ツ)第131号同4年9月22日第三小法廷判決・民集46巻6号1090頁等参照)。そして,処分の名宛人以外の者が処分の法的効果による権利の制限を受ける場合には,その者は,処分の名宛人として権利の制限を受ける者と同様に,当該処分により自己の権利を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者として,行訴法9条2項に定める考慮事項につき検討するまでもなく,同条1項にいう当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に当たり,その取消訴訟における原告適格を有するものというべきであり(最高裁平成24年(行ヒ)第156号同25年7月12日第二小法廷判決・裁判集民事244号43頁(以下「平成25年最高裁判決」という。)参照),処分の名宛人以外の者が処分の法的効果により公課の納付義務の範囲が増大するなど直接具体的な不利益を被るおそれがある場合も,上記と同様に解するのが相当である(最高裁平成16年(行ヒ)第275号同18年1月19日第一小法廷判決・民集60巻1号65頁参照)。


業務災害支給処分により特定事業主の権利若しくは法律上保護された利益が侵害され又は必然的に侵害されるおそれの有無について
(ア)

基準労災保険率(事業の種類ごとに一般的な基準として定められ
るもの)について
政府は,労働保険の事業に要する費用に充てるため,一般保険料

を含む保険料
(労働保険料)
を徴収するものとされ
(徴収法10条)

一般保険料の額は,賃金総額に「一般保険料に係る保険料率」を乗じて得た額とされる(徴収法11条1項)。そして,労災保険に係る保険関係が成立している事業については,「一般保険料に係る保険料率」は,労災保険率となるか,又はこれに雇用保険率を加えた率となる(徴収法12条1項1号,2号)。
労災保険率は,労災保険法の規定による保険給付及び社会復帰促
進等事業に要する費用の予想額に照らし,将来にわたって,労災保険の事業に係る財政の均衡を保つことができるものでなければならないものとされ,徴収規則別表第1で定める事業の種類ごとに,過去3年間に発生した業務災害及び通勤災害に係る労災保険法の規定による保険給付の種類ごとの受給者数及び平均受給期間その他の事項に基づき算定した保険給付に要する費用の予想額を基礎とし,労災保険に係る保険関係が成立している全ての事業の過去3年間の業務災害及び通勤災害に係る災害率その他の事情を考慮して厚生労働大臣が定めるものとされており(徴収法12条2項,徴収令2条,徴収規則16条1項。基準労災保険率),医療業の基準労災保険率は,1000分の3とされている(徴収規則別表第1,労災保険率適用事業細目表(昭和47年労働省告示第16号))。
このように,徴収法12条2項による当該事業の種類ごとに一般
的な基準として定められる基準労災保険率を定めるに当たっては,労働保険料を徴収される事業主の個別の事情は考慮されず,事業の種類ごとに災害率等に応じて当該事業に係る全ての事業主に共通の数値が定められている。
(イ)

メリット制による改定労災保険率(各特定事業主ごとに個別に
基準労災保険率を改定して定められるもの)について
厚生労働大臣は,連続する3保険年度中の各保険年度において

徴収法12条3項各号のいずれかに該当する事業であって基準日
において労災保険に係る保険関係が成立した後3年以上経過した
もの(特定事業)についての当該連続する3保険年度の間におけ
る①(a)労災保険法の規定による業務災害に関する保険給付の額に(b)業務災害に係る特別支給金の額を加えた額(業務災害保険給付等の額)と②(a)各保険年度の一般保険料に係る確定保険料の額から非業務災害率に応ずる部分の額等を減じた額に(b)徴収法10条2項2号所定の第一種特別加入保険料に係る確定保険料の額
から特別加入非業務災害率に応ずる部分の額を減じた額を加えた
額に第一種調整率を乗じて得た額との割合(メリット収支率)が
100分の85を超え,又は100分の75以下である場合には,上記(ア)による基準労災保険率(その率がこの項((イ))により引き上げ又は引き下げられたときは,その引き上げ又は引き下げ
られた率)から非業務災害率を減じた率を別紙3により定まる率
(メリット増減率)だけ引き上げ又は引き下げた率に非業務災害
率を加えた率である改定労災保険率を,当該特定事業主について
の基準日の属する保険年度の次の次の保険年度(次々年度)の労
災保険率とすることができ,上記のメリット増減率は,別紙3の
とおり,メリット収支率(10パーセント以下のものから150
パーセントを超えるものまでの16段階)に応じて,5パーセン
トおきにマイナス40パーセントからプラス40パーセントまで
の範囲内で定められている(メリット制。徴収法12条3項,徴
収規則18条1項,18条の2,19条,20条,別表第3)。
そして,現に,厚生労働大臣は,上記のメリット制を採用してお
り,特定事業主については,改定労災保険率をもって次々年度の
労災保険率とすることとされている(甲6,7(283頁),弁
論の全趣旨)。
このように,徴収法及びその下位法令は,一定の規模以上の事
業について,基準日までの3保険年度の間の業務災害保険給付等
の額の多寡に応じて増減させるなどの調整を加えた上で各特定事
業主ごとに改定労災保険率を算出し,これに基づいて労働保険料
を算定するものと定めている。これは,基準労災保険率は,事業
主の間の負担の公平を期するため,事業の種類ごとに災害率に応
じて定められている(上記(ア)参照)ところ,事業の種類が同一であっても,作業工程,機械設備や作業環境の良否,災害防止努
力のいかん等によって個々の事業主ごとの災害率にはかなりの高
低が認められるため,事業主の負担の具体的公平を図るとともに,事業主の災害防止努力を促進すべく,同種の事業であっても一定
の規模以上の事業(特定事業)については,個々の事業主の災害
率の高低に応じて労災保険率を増減させるなどの調整を加えるこ
ととしたものと解される。
(ウ)

特定事業主の自らの事業に係る業務災害支給処分の取消訴訟に
おける原告適格の有無について
上記(イ)のとおり,特定事業においては,当該事業につき業務
災害が生じたとして業務災害支給処分がされると,当該処分に係
る業務災害保険給付等の額の増加に応じて当然にメリット収支率
が上昇し,これによって当該特定事業主のメリット増減率も上昇
するおそれがあり,これに応じて次々年度の労働保険料が増額さ
れるおそれが生ずることとなる。
したがって,特定事業主は,自らの事業に係る業務災害支給処
分がされた場合,同処分の名宛人以外の者ではあるものの,同処
分の法的効果により労働保険料の納付義務の範囲が増大して直接
具体的な不利益を被るおそれがあり,他方,同処分がその違法を
理由に取り消されれば,当該処分は効力を失い,当該処分に係る
特定事業主の次々年度以降の労働保険料の額を算定するに当たっ
て,当該処分に係る業務災害保険給付等の額はその基礎とならず,これに応じた労働保険料の納付義務を免れ得る関係にあるのであ
るから,特定事業主は,自らの事業に係る業務災害支給処分によ
り自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然
的に侵害されるおそれがあり,その取消しによってこれを回復す
べき法律上の利益を有するものというべきである。
なお,労災保険給付の不支給決定処分の取消訴訟に係る特定事
業主の補助参加の利益につき,最高裁平成12年(行フ)第3号
同13年2月22日第一小法廷判決・裁判集民事201号201
頁は,徴収法12条3項によると,同項各号所定の一定規模以上
の事業については,当該事業の基準日以前3年間における「業務
災害に係る保険料の額に第1種調整率を乗じて得た額」に対する
「業務災害に関する保険給付の額に業務災害に関する特別支給金
の額を加えた額から労災保険法16条の6第1項2号に規定する
遺族補償一時金及び特定疾病にかかった者に係る給付金等を減じ
た額」の割合が100分の85を超え又は100分の75以下と
なる場合には,基準労災保険率を一定範囲内で引き上げ又は引き
下げるものとされており,そうすると,徴収法12条3項各号所
定の一定規模以上の事業においては,労災保険給付の不支給決定
の取消判決が確定すると,行訴法33条1項の定める取消判決の
拘束力により労災保険給付の支給決定がされて保険給付が行われ,次々年度以降の保険料が増額される可能性があるから,当該事業
の事業主は,労働基準監督署長の敗訴を防ぐことに法律上の利害
関係を有し,これを補助するために労災保険給付の不支給決定の
取消訴訟に参加をすることが許されると解するのが相当であると
判示しており,特定事業主の自らの事業に係る業務災害支給処分
の取消訴訟における原告適格について前示のとおり労働保険料の
納付義務の範囲が増大するおそれを基礎としてこれを肯定するこ
とは,同最高裁判決の上記の判示とも整合するものということが
できる。
(エ)

本件支給処分の取消訴訟の原告適格等について
以上に説示したとおり,特定事業主は,自らの事業に係る業務

災害支給処分がされた場合,同処分の法的効果により労働保険料
の納付義務の範囲が増大して直接具体的な不利益を被るおそれの
ある者であるから,同処分の取消しを求めるにつき「法律上の利
益を有する者」(行訴法9条1項)として,同処分の取消訴訟の
原告適格を有するものと解するのが相当である(なお,法令の解
釈としてこのように解される以上,特定事業主の事業に係る業務
災害支給処分がされた場合につき,省令上,受給権者となる労働
者に対する通知の規定(労災規則19条1項)に加え,当該特定
事業主に対しても通知の規定が整備されることが,特定事業主の
手続的保障(後記(2)ウ参照)を十全にする上で望ましいものといえる(現に,被告も,前記第2の4(1)
(被告の主張の要旨)ウ(ア)
fのとおり,省令の改正による特定事業主に対する同処分の周知
措置の採用の可能性について言及している。)。)。
なお,仮に,当該事案において,業務災害保険給付等の額が極
めて僅少であり,かつ,事業の規模の縮小等によりその後の3保
険年度に当該特定事業主がメリット制の適用を受けない状況とな
るに至ったなど,当該業務災害支給処分によってメリット増減率
が上昇するおそれがなくなったと認めるべき特段の事情が認めら
れる場合には,当該特定事業主が当該処分の取消しを求める訴え
の利益を欠くことになるものと解されるが,前記前提事実(2)ケ及び上記(ウ)においてみた原告の被る不利益(本件支給処分がされたことにより,メリット増減率の上昇によって原告の平成22年
度の確定保険料額が692万5237円増額されること等)や原
告の事業の状況(証拠(乙68)によれば,原告は本件病院にお
いて平成20年度以降の3保険年度を通じてメリット制の適用を
受ける特定事業としての医療業を継続して行っていたことが認め
られる。)等に鑑みれば,本件において上記特段の事情があると
は認められない。
したがって,特定事業主である原告は,自らの事業に係る本件
支給処分の取消訴訟の原告適格を有するものであり,かつ,本件
支給処分の取消しを求める訴えの利益もあるというべきである。

被告の主張について

(ア)

被告は,
原告が本件支給処分の取消訴訟の原告適格を有するか否か
を検討するに当たり,行訴法9条1項にいう「法律上の利益を有する者」について,当該処分を定めた行政法規が,不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず,
それが帰属
する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には,
このような利益も法律上保護された利益
に当たり,
当該処分によりこれが侵害され又は必然的に侵害されるお
それのある者は,同法の「法律上の利益」を有する者として当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきであるとした上で,同条2項の考慮事項について個別に論及し,特定事業主である原告は同条1項の「法律上の利益を有する者」に当たらない旨主張する。
しかしながら,本件は,処分の名宛人以外の特定の者が処分の法
的効果により直接具体的な不利益を被るおそれがある場合にそのことを理由として行訴法9条1項の「法律上の利益」が認められる事案であって,不特定多数者の具体的利益が法律上保護された利益に当たるか否かを同条2項に従って検討すべき事案ではないから,被告の上記主張はその前提を欠いており,採用することができない。(イ)

被告は,メリット制は,個別の労災保険給付の存在を前提とする
ものではあるが,個別の労災保険給付によって生じた損失を直接当該事業主に転嫁するものではなく,過去の一定期間における労災保険給付の支給実績を考慮して算出されたメリット収支率を徴収規則別表第3(別紙3参照)に当てはめて一定の範囲で基準労災保険率(非業務災害率に応ずる部分を除く。)を増減した上で労働保険料を算定するものであって,飽くまで労働保険料の合理的な算定のための一つの考慮要素とするものにすぎないことなどから,メリット制により改定労災保険率が引き上げられる可能性があるとしても,このような不利益は,労災保険率を算定する過程においてある程度抽象化されたものであり,個別の労災保険給付とは切り離された間接的かつ限定的なものにとどまるものというべきである旨主張する。しかしながら,業務災害保険給付等の額によっては当該特定事業

主のメリット増減率を確実に高率にして次々年度の労働保険料を増加させることが見込まれる場合があり得るところであり,また,仮に当該業務災害に係る業務災害保険給付等の額のみではメリット増減率に影響を与えず,次々年度の労働保険料を増加させることが直ちには見込まれない場合であっても,当該業務災害の後に他の業務災害が発生することにより,その業務災害保険給付等の額と併せてメリット増減率を高率にして次々年度の労働保険料を増加させるおそれが生ずることを否定することはできないから,業務災害支給処分によって特定事業主が直接具体的な不利益を被るおそれが生ずるものとみるのが相当であり,被告の上記主張によっても,メリット制の下において業務災害支給処分によって特定事業主が直接具体的な不利益を被るおそれ(特定事業主の原告適格を基礎付ける事由)の存在を否定することはできない。
(ウ)

被告は,①事業主が被る不利益の程度については,メリット制では,メリット収支率が85パーセントを超え又は75パーセント以下となる場合に,基準労災保険率をマイナス40からプラス40パーセントの範囲で増減するものにすぎず,賃金総額との関係でみても,その範囲は0.2パーセント弱程度にすぎないのであって,この程度の負担の増加が,事業主の経営基盤を失わしめるほどの損害を与えるものとは通常考えられない旨主張するほか,②メリット制による労働保険料の増額の不利益が限定的である一方で,事業主が労災保険制度により多大な利益を享受していること等に鑑みれば,特定事業主において業務災害支給処分を争うことができないとしても,その結論は労災保険制度を維持する上でやむを得ない旨主張する。
しかしながら,本件において原告が被る不利益をみても,前記前

提事実(2)ケのとおり,原告は,本件支給処分がされたことにより,平成22年度の改定労災保険率に係るメリット増減率がマイナス40パーセントからプラス40パーセントとなり,その結果,同年度の確定保険料額が692万5237円増額された上,本件支給処分に係る支給額が平成23年度及び同24年度のメリット収支率の算定の基礎にも反映されるのであって,このように特定事業主が被る不利益の金額が多額に上ることは一般に広く生じ得るものであり,将来の年度の負担も更に増大させることに照らすと,特定事業主が労災保険制度により一定の利益を享受していることを勘案しても,特定事業主が業務災害支給処分によって被る不利益の程度が一般に軽微であって業務災害支給処分の取消訴訟における原告適格を基礎付けるに足りないなどと過小に評価するのは相当ではなく,被告の上記主張は採用することができない。

小括
以上のとおり,特定事業主である原告は,自らの事業に係る本件支給処分の取消訴訟の原告適格を有するものであり,かつ,本件支給処分の取消しを求める訴えの利益もあるというべきである。

(2)

労働保険料認定処分の取消訴訟において特定事業主が同処分の前提とされた業務災害支給処分の違法を主張することができるか否かについて上記(1)において検討したとおり,
特定事業主が自らの事業に係る業務災

害支給処分の取消訴訟の原告適格を有すると解されることを前提とした上で,労働保険料認定処分の取消訴訟において特定事業主が同処分の前提とされた業務災害支給処分の違法を主張することができるか否かについて,以下検討する。

いわゆる違法性の承継の有無について
(ア)

行訴法3条2項の行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為
(以下「処分」という。)は,いわゆる公定力を有し,権限を有する機関によりそれが取り消されるまでは,その名宛人はもとより,第三者や他の機関も,その効力を否定することができないものであり,また,処分は,いわゆる不可争力を有し,一定期間を経過すると,私人の側からその効力を裁判上争うことができなくなるものである(行訴法14条参照)。そのため,法令上先行の処分の存在を前提として後行の処分がされる関係にある場合に,後行の処分の取消訴訟において先行の処分の違法性を後行の処分の取消事由として主張することができるか否かといういわゆる違法性の承継の問題については,たとえ先行の処分に違法性があるとしても,取消判決等によりその公定力ないし不可争力が排除されない限り,
原則として,
先行の処分の違法性はその存在を前提としてされる後行の処分には承継されず,後行の処分の取消訴訟において先行の処分の違法を後行の処分の取消事由として主張することは許されないものと解されるが,例外的に,先行の処分と後行の処分とが同一の目的を達成するための連続した一連の手続を構成し,相結合して初めて所定の法律効果を発揮する場合のように,先行の処分と後行の処分とが実体的に相互に不可分の関係にあるものとして本来的な法律効果が後行の処分に留保されているといえる場合であって,公定力ないし不可争力により担保されている先行の処分に係る法律効果の早期安定の要請を犠牲にしてもなお先行の処分の効力を争おうとする者の手続的保障を図るべき特段の事情があるときは,違法性の承継が肯定され,取消判決等により先行の処分の公定力ないし不可争力が排除されていなくても,後行の処分の取消訴訟において先行の処分の違法を後行の処分の取消事由として主張することが許されるものと解するのが相当である(平成21年最高裁判決参照)。
なお,法令上先行の処分の存在を前提として後行の処分がされる
関係にある場合において,先行の処分が,取消判決等により取り消されたときや,重大かつ明白な瑕疵により無効なものであるときは,後行の処分の前提となるべき先行の処分はそもそも有効に存在し
ないこととなるから,後行の処分が先行の処分の違法性を承継するか否かについて検討するまでもなく,後行の処分の取消訴訟において先行の処分が有効に存在しないことを後行の処分の取消事由と
して主張することが許されることとなる。
(イ)

原告は,徴収法12条3項の要件解釈の問題として,同項の「支
給が行われた給付金」とは「適法に支給が行われた給付金」を意味し,本件では業務起因性がないにもかかわらず違法に労災保険給付がされたにすぎず,このような給付がされたことを前提とした本件認定処分は違法であり,本件訴訟において原告が労働災害事故の不存在を主張し得ることは明らかであると主張するところ,その趣旨は,労働保険料認定処分の要件につき,業務災害保険給付等が適法であること(労働者の疾病等について業務起因性があること等)が含まれる旨をいうものと解される。
しかしながら,徴収法12条3項は,メリット収支率の算定の基
礎として,業務災害に関する保険給付の額に業務災害に係る特別支給金の額を加えた額(業務災害保険給付等の額)を挙げており,これらの金額自体は客観的に定まるものである上,業務災害支給処分がされてから相当期間経過後に同処分の処分庁ではない都道府県
労働局長が労働保険料認定処分をするに当たり改めて当該業務災
害支給処分の適法性を吟味することが予定されているとはいえな

(このことは,
業務災害支給処分に対する不服申立てにおいては,
審査に当たり専門的かつ技術的な知識を求められることから,審査請求については労働者災害補償保険審査官に対し,再審査請求については労働保険審査会に対してするものとされているのに対し(労災保険法38条1項),労働保険料認定処分に対する不服申立てにおいては,このような特段の手当てがされていないことからも看取することができる。)以上,労働保険料認定処分の要件につき,業務災害保険給付等がされたことにとどまらず適法であること(労働者の疾病等について業務起因性があること等)まで含まれると解することはできないから,原告の上記主張は採用することができない。イ
業務災害支給処分と労働保険料認定処分の実体的な関係について
(ア)

業務災害支給処分は,
迅速かつ公平な労働者の保護を図る目的で,
業務災害の被災労働者等に対し,その請求に基づき,業務災害保険給付等の金額を確定させる処分である(労災保険法1条,12条の8第2項等)のに対し,労働保険料認定処分は,労働保険の事業の効率的な運営を図る目的で,労働保険料を適正に徴収して労働保険の事業に要する費用に充てるため,事業主に対し,労働保険料の納付義務の金額を確定させる処分である(徴収法1条,10条1項等参照)。
しかるところ,労働保険料を適正に徴収して労働保険の事業に要

する費用に充てることは,労災保険給付に財源的な根拠を与え,ひいては迅速かつ公平な労働者の保護に資するものであるから,上記各処分は,究極的には同一の目的を達成するために行われるものということができる。
また,前記(1)イにおいてみたところによれば,業務災害支給処分によって決定される業務災害保険給付等の額は,メリット増減率ひいては労働保険料の額を左右するメリット収支率の算定の基礎となる事実であることが法令上明確に定められており,業務災害支給処分によってメリット増減率が上昇し,労働保険料の増額に至る場合には,当該労働保険料の増額は,当該業務災害支給処分に起因するものといえるから,業務災害支給処分は,前保険年度より増額した労働保険料認定処分を行う前提となる処分として,究極的には同処分と同一の目的を達成するための連続した一連の手続を構成しているものとみる余地もあり得るといえる。
もっとも,業務災害支給処分がされたとしても,特定事業主が徴
収法19条1項所定の申告書を提出した場合には,その申告書の記載に誤りがあると認められるときを除き,同処分を前提とした労働保険料の算定を行うべきことを理由として労働保険料認定処分がされることはない(徴収法19条4項参照)。
また,上記各処分の効果は,労働者に対する業務災害保険給付等
の支給と特定事業主に対する労働保険料の納付の義務付けというそれぞれ異なる名宛人に対する全く異なる独立した法律効果を有するものであって,上記各処分が相結合して初めて所定の法律効果を発揮するものということはできず,後者の法律効果のみが本来的な法律効果として後行の処分に留保されているということもできない。以上の諸点を総合すると,業務災害支給処分と労働保険料認定処
分については,上記各処分は,同一の目的を達成するための連続した一連の手続を構成しているものとみる余地もあり得るといえ,相応に連続的な関連性があるということはできるものの,他方で,実体的に相互に不可分の関係にあるものとして本来的な法律効果が後行の処分に留保されているものということはできないとみるのが相当である。
(イ)

原告提出の意見書(甲67。以下「本件意見書」という。)には,要旨,業務災害支給処分は,メリット制を媒介することにより,事業主を労災保険率が引き上げられるべき地位に置くという法的効果を発生させ,後続の労働保険料認定処分とは労働災害防止のインセンティヴの創出という同一の目的を達成するため,これと結合して初めてその効果を発揮するものである旨の記載がある(甲67(16,17頁))。
しかしながら,業務災害支給処分は,本来的に労働者に対して支
給する保険給付の金額を確定させるというそれ自体独立した重要な法律効果を有するものであって,法令の仕組みに従って特定事業主が労災保険率が引き上げられるべき地位に置かれるという効果を伴うとしても,それは同処分の派生的な効果にとどまり,労働者に対する同処分がされたことを踏まえて特定事業主に対する労働保険料認定処分がされることとなるという段階的な処分の仕組みが採られていることに伴う結果にすぎないから,本件意見書の上記記載によっても,上記各処分が相結合して初めてその法律効果を発揮するものであるということはできない。

特定事業主の手続的保障について
(ア)

特定事業主は,前記(1)のとおり,自らの事業に係る業務災害支給処分の取消訴訟の原告適格を有するものと解されるところ,労災規則は,19条1項において,所轄労基署長は,同処分を含む保険給付に関する処分等を行ったときは,遅滞なく,文書で,その内容を請求人等に通知しなければならない旨の規定を設けているが,業務災害支給処分の内容を特定事業主に通知する旨の規定は設けられていない。
もっとも,事業主は,災害の原因及びその発生状況等の休業補償

給付支給請求書の記載事項について証明をする義務を負う(労災規則13条2項,23条2項)などして保険給付手続に一定の関与を義務付けられるとともに,保険給付の請求について,所轄労基署長に書面で意見を申し出ることができるものとされている(労災規則23条の2)。そして,所轄労基署長は,事業主から意見の申出のあった保険給付の請求について決定を行った後,意見書を提出した事業主から照会があった場合には,当該決定の結果について当該事業主に説明を行うという運用が採られている(昭和62年3月30日付け労働省発労徴第23号,基発第174号労働省労働基準局長通達「労働者災害補償保険法及び労働保険の保険料の徴収等に関する法律の一部を改正する法律の施行(第二次分)等について」第3の2(2)。乙65(16頁))。
また,事業主は,業務災害支給処分がされたことについて所轄労
基署長から通知はされないものの,
被災者の雇用等をする者として,
事実上,同処分の存否及びその内容を把握しやすい立場にあるものといえる。
なお,現行の厚生労働省令である労災規則においては特定事業主
に対する業務災害支給処分の通知の規定が設けられていないため,特定事業主が同処分の存在に気付かず,当該処分の取消訴訟の出訴期間が経過する場合があり得ることも想定されるが,そのような場合には,個々の事案において当該処分の存在を認識することが客観的に困難といえる事情が認められれば,行訴法14条2項ただし書所定の「正当な理由」があると認められると解されるので,出訴期間の経過後もなお当該処分の取消訴訟を提起する途は相当程度開かれているものということができる
(前記(1)イ(エ)のとおり,
本来は,
省令上,同処分により直接具体的な不利益を被るおそれがあり同処分の取消訴訟の原告適格を有する特定事業主に対しても同処分の通知に係る規定が整備されることが,特定事業主の手続的保障を十全にする上で望ましいものといえるので,本来の在り方に従って上記の規定の整備がされた後は上記の出訴期間の問題もおのずから解消されることとなるものといえる。)。
以上の諸点に鑑みれば,業務災害支給処分については,その適否
を争うための手続的保障が特定事業主にも相応に与えられているものということができ,労働保険料認定処分の取消訴訟において同処分の前提とされた業務災害支給処分の違法を主張する機会が与えられなければその適否を争うための特定事業主の手続的保障に欠けるところがあるということはできない。
かえって,仮に,労働保険料認定処分の取消訴訟において同処分
の前提とされた業務災害支給処分の違法(特に業務起因性の有無に係る違法)の主張が認められ,同処分の違法を理由に当該労働保険料認定処分を取り消す判決がされた場合には,
取消判決の拘束力
(行
訴法33条1項)により,少なくともそれ以後,業務災害に関する保険給付がされないこととなり(業務災害支給処分から相当期間経過後にされる労働保険料認定処分につき特定事業主から取消訴訟が提起されていることは当該労働者が認識すらしていない場合も一般に想定されるものといえる。なお,業務災害支給処分自体が取り消される可能性については,後記エ(イ)参照),業務災害支給処分を受けた労働者の手続的保障を欠く結果を招来するおそれがあるものといえる。
(イ)

また,業務災害支給処分の段階では次々年度の労働保険料の額が
確定まではしていないものの,業務災害保険給付等の額によっては当然に労働保険料の額が増加することが見込まれる場合も相応の割合で想定されるところであって,後記エのとおり業務災害支給処分の法律効果の早期安定の要請が特に強いことにも鑑みれば,上記のような場合においても特定事業主が同処分の存在を知りながら労働保険料認定処分がされる段階まで争訟の提起という手段を執らないという対応を合理的なものとして容認するのは相当ではないといえる。

業務災害支給処分の法律効果の早期安定の要請について
(ア)

労災保険は,業務上の事由又は通勤による労働者の負傷,疾病,
障害,死亡等に対して迅速かつ公正な保護をするため,必要な保険給付を行うなどし,もって労働者の福祉の増進に寄与することを目的とするものである(労災保険法1条)。
このような保険給付の目的からすれば,ひとたび業務災害支給処

分がされたにもかかわらず,それが当該処分に対する不服申立てないし訴訟の提起によらずに,相当期間を経てその効力を失うこととなれば,傷害,疾病又は障害を負うなどした労働者に対する保険給付の支給等の事実状態が積み重ねられた後に,その根拠を根底から覆されることとなり,法的安定性の観点ひいては労働者の保護の観点から看過し難い結果を生ずることとなるから,業務災害支給処分については,その法律効果の早期安定が強く要請されるものと解するのが相当である。
(イ)

この点に関し,仮に,労働保険料認定処分の取消訴訟において同
処分の前提とされた業務災害支給処分の違法(業務起因性の有無に係る違法等)を理由に当該労働保険料認定処分を取り消す判決がされた場合に,取消判決の拘束力(行訴法33条1項)等を踏まえ,上記判決と整合しない従前の業務災害支給処分が所轄労基署長により職権で取り消されることとなれば,業務災害支給処分の法律効果の早期安定の要請を著しく害することとなるので,以下,上記の場合における業務災害支給処分の帰すうについて検討する。
行訴法33条1項は,処分又は裁決を取り消す判決は,その事件

について,処分又は裁決をした行政庁その他の関係行政庁を拘束する旨を定めているところ,これは,取消判決の拘束力として,行政庁に対し,
処分又は裁決を違法と確定した判決の判断内容を尊重し,
以後その事件については,当該判決の趣旨に従って行動し,他にこれと矛盾するような処分又は裁決がある場合には,適当な措置を執るべきことを義務付けるものと解される。そして,この拘束力は,判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断について生ずるものである(昭和63年(行ツ)第10号平成4年4月28日第三小法廷判決・民集46巻4号245頁参照)。
そうすると,仮に,業務災害支給処分の違法を理由に同処分を前
提とする労働保険料認定処分を取り消す判決がされた場合において,労災保険制度における財政上の収支の均衡等の観点も踏まえ,上記判決と整合しない当該業務災害支給処分を所轄労基署長が職権で取り消すことは,別異に解すべき特段の事情のない限り,行訴法33条1項の定める取消判決の拘束力に沿うものとして,適法な措置との評価を受けることになるものと解するのが相当である。
また,仮に,個別の事案における特段の事情により,取消判決の
拘束力の範囲が限定され,業務災害支給処分の違法を理由に労働保険料認定処分を取り消す判決の拘束力によっても当然には所轄労基署長が職権で当該業務災害支給処分を取り消すべきこととはならないと解される場合があり得るとしても,一般に,違法な処分については,処分をした行政庁において,自らその違法を認めて,処分の取消しによって生ずる不利益と,取消しをしないことによって当該処分に基づき既に生じた効果をそのまま維持することの不利益とを比較考量し,しかも当該処分を放置することが公共の福祉の要請に照らし著しく不当であると認められるときは,これを取り消すことができると解される(最高裁昭和39年(行ツ)第97号同43年11月7日第一小法廷判決・民集22巻12号2421頁
(以下
「昭
和43年最高裁判決」という。)参照)ので,判決で違法とされた業務災害支給処分について,これを職権で取り消し得るかについては,上記最高裁判決の判示に係る基準に照らして個々の事案ごとの個別具体的な諸事情を総合考慮して判断することを要するものであり,労働保険料の増額を認めた労働保険料認定処分が取り消される一方で増額の根拠となった業務災害支給処分が維持されることは労災保険制度の収支の均衡を損なう結果を伴うことにも鑑みると,判決で業務災害支給処分が違法とされた場合には,同処分が所轄労基署長により職権で取り消される可能性が相応の範囲で生ずることは否定し難いものといわなければならない(なお,昭和43年最高裁判決は,処分につき行政庁が拘束を受ける争訟手続による終局的解決がされていない事案に関するものであることを判文上明示しているので,取消判決の拘束力(行訴法33条1項)により所轄労基署長が職権による取消義務を負う場合には,同判決の法理の適用はないものと解される。)。
(ウ)

以上に加え,業務災害支給処分を受けた労働者は,同処分を前提
とする労働保険料認定処分の取消訴訟の当事者となるものではなく,仮に同訴訟が係属していることを了知し,行訴法22条又は民事訴訟法42条に基づき同訴訟に参加することができたとしても,その時点においては,業務災害支給処分がされた保険年度の次々年度の労働保険料認定処分の適法性が争われるものであり,既に業務災害から数年に及ぶ相当の期間が経過していることとなるから,証拠資料等が散逸し,十分な訴訟行為をすることができない可能性が高いので,当該取消訴訟において業務災害支給処分の違法性(業務起因性の有無等)が争われるとすれば,当該労働者としては,これに十分な応訴をすることは困難であり,将来そのような訴訟が提起されることを予期して訴訟参加のための準備を強いられることは,その手続上の地位を過度に不安定にするものとの評価を免れないものといえる。
このように,仮に労働保険料認定処分の取消訴訟において特定事
業主が同処分の前提とされた業務災害支給処分の違法を主張することが許されるとすると,業務災害支給処分の法律効果が維持されることによって保護されるべき同処分を受けた労働者の手続的な利益を過度に犠牲にすることとなるものといえるから,業務災害支給処分の適否に関する訴訟については同処分に対する抗告訴訟の段階でその適否を確定させ,業務災害支給処分の法律効果を早期に安定させることがより一層強く要請されるものといえる。
(エ)

したがって,業務災害支給処分については,その法律効果の早期
安定が特に強く要請されるにもかかわらず,仮に,労働保険料認定処分の取消訴訟において同処分の前提とされた業務災害支給処分の違法を主張することが認められ,その違法を理由に労働保険料認定処分を取り消す判決がされて確定すると,当該業務災害支給処分が所轄労基署長により職権で取り消され得ることとなり,上記の早期安定の要請(ひいては労働者の保護の要請)を著しく害する結果となるものというべきである。


小括
前記イにおいて説示したとおり,業務災害支給処分と労働保険料認定処分は,
相結合して初めてその効果を発揮するものということはできず,
上記各処分が実体的に相互に不可分の関係にあるものとして本来的な法律効果が後行の処分である労働保険料認定処分に留保されているということはできない。
また,前記ウ(ア)において説示したとおり,業務災害支給処分については,その適否を争うための手続的保障が特定事業主にも相応に与えられているものといえる一方で,前記ウ(イ)において説示したとおり,特定事業主が労働保険料認定処分がされる段階までは争訟の提起という手段を執らないという対応を合理的なものとして容認するのは相当ではないといえる。そして,上記エにおいて説示したとおり,業務災害支給処分については,その法律効果の早期安定が特に強く要請されるにもかかわらず,仮にその違法を理由に労働保険料認定処分を取り消す判決が確定すると,所轄労基署長により職権で取り消され得ることとなり,上記の早期安定の要請(ひいては労働者の保護の要請)を著しく害する結果となるものといえる。これらのことに照らすと,上記各処分の関係については,公定力ないし不可争力により担保されている先行の処分である業務災害支給処分に係る法律効果の早期安定の要請を犠牲にしてもなお同処分の効力を争おうとする者の手続的保障を図るべき特段の事情があるとは認められないというべきである。
以上の諸点に鑑みると,特定事業に従事する労働者について業務災害支給処分がされたことを前提として当該事業の特定事業主に対し労働保険料認定処分がされている場合には,業務災害支給処分が取消判決等により取り消されたもの又は無効なものでない限り,前記アの判断枠組みに係るいずれの観点からも,労働保険料認定処分の取消訴訟において,業務災害支給処分の違法を労働保険料認定処分の取消事由として主張することは許されないものと解するのが相当である。

原告の主張について
(ア)

原告は,裁判を受ける権利の保障の観点から,処分により不利益
を被るにもかかわらず原告適格を欠く者のためには,後続する処分に対する訴訟の中で先行の処分の違法を主張する機会が保障されなければならないという点で,平成21年最高裁判決の事案と本件との間に差異はなく,同様の議論が妥当する旨主張する。
しかしながら,前記(1)のとおり,特定事業主は先行の処分である自らの事業に係る業務災害支給処分の取消訴訟の原告適格を有するものと解され,その段階において同処分の適否を争う機会の手続的保障が図られるものであるから,所論はその前提を欠き,失当である。
また,この点をおくとしても,①平成21年最高裁判決における安全認定と建築確認がいずれも建築主を名宛人とし,両処分が相結合して初めて所定の法律効果を発揮するものであり,実体的に相互に不可分の関係にあるものとして本来的な法律効果が後行の処分に留保されているといえるのに対し,業務災害支給処分は,それ自体が労働保険料認定処分とは別の名宛人である労働者に対する保険給付の支給を決定するという独立した重要な法律効果を有する処分であり,両処分が相結合して初めて所定の法律効果を発揮するものとはいえず,実体的に相互に不可分の関係にあるものとして本来的な法律効果が後行の処分に留保されているとはいえないこと,②建築確認がされるまでは,工事が行われることはないことなどから,安全認定の法律効果の早期安定の要請はさほど強くないのに対し,業務災害支給処分は,その後に労働者に対する保険給付の支給等の事実状態が積み重ねられていくため,その法律効果の早期安定の要請が特に強いものであること,③建築確認がされるまでは工事が行われることはなく周辺住民等が安全認定によって直ちに不利益を受けることはないから,周辺住民等が建築確認がされる前の段階で安全認定の存在を知って争訟を提起するという契機は通常考え難く,その存在を知った上で建築確認の段階まで争訟を提起しないことも合理的な対応といえるのに対し,業務災害支給処分は,前記ウ(ア),(イ)のとおり,保険給付手続への関与や意見書制度及びこれに伴う事業主に対する結果の説明に係る運用,処分の名宛人である労働者と事業主との関係性等から,労働保険料認定処分がされる前の段階でその存在を知って争訟を提起する契機は相応に存在し,その存在を知りながら同認定処分の段階まで争訟を提起しないことが合理的な対応とはいえないこと等に鑑みれば,本件に関しては,平成21年最高裁判決とは事案や問題となる各処分の性質等を本質的に異にするものであって,本件の事案において,上記の諸点に照らしていわゆる違法性の承継は認められず,労働保険料認定処分の取消訴訟において特定事業主が同処分の前提とされた業務災害支給処分の違法を主張することは許されないと解することにつき,同最高裁判決との抵触の問題を生ずるものではないから,原告の上記主張は採用することができない。
(イ)

原告は,実務上はこれまで特定事業主に業務災害支給処分の取消訴訟に係る原告適格があるとは考えられてこなかったこと(昭和36年東京地裁判決参照)を理由として,特定事業主の手続的保障が不十分である旨主張する。
しかしながら,違法性の承継の可否に係る判断の前提となる先行の
処分に係る取消訴訟の原告適格など手続的保障の有無の評価は,本来採るべき解釈に基づいて考察すべきものである上,特定事業主が自らの事業に係る業務災害支給処分の取消訴訟において原告適格を有しないと解する見解は地方裁判所の裁判例や文献等において採られてきたものにとどまり,かえって,特定事業主は労災保険給付の不支給処分の取消訴訟において法律上の利害関係を有する者として補助参加をすることができる旨を判示した前記(1)イ(ウ)の前掲最高裁平成13年2月22日第一小法廷決定の判旨によれば,特定事業主が自らの事業に係る業務災害支給処分の取消訴訟において原告適格を有すると解することが同最高裁決定の趣旨に沿うものであることは十分に看取し得るものということができるから,仮にこれまで一定数の特定事業主が上記の原告適格を消極に解する見解を前提に上記の取消訴訟を提起してこなかったなどの事情があったとしても,そのことによって,後行の処分である労働保険料認定処分に係る違法性の承継の有無に関する前記オの判断が左右され得るものとはいえず,原告の上記主張は採用することができない。
(ウ)

①原告は,業務災害支給処分は授益的処分であって,これが取り消された場合,支給された金銭の不当利得返還義務が生ずることに伴って処分の名宛人の被る不利益は大きく,瑕疵の原因は専ら行政庁の判断の過誤にあり,処分の名宛人には帰責性がなくその信頼を保護すべき必要性は大きいから,取消権の行使は制限され,業務災害支給処分を取り消す余地はなく,法的安定性が害されることはない旨主張する。また,②本件意見書には,個別の事情に応じて,労災保険給付の支給処分を将来的にのみ取り消し,既払分の保険給付については返還を求めないなどの措置も可能であると考えられる旨の記載がある(甲67(22頁))。さらに,③原告は,仮に業務災害支給処分が取り消されたとしても,利害関係人は極めて少なく,新たな法律関係が積み重なっていくこともなく,労災保険給付の額を労働保険料に結び付けたメリット制という制度が予定する一局面にすぎないから,法的安定性が大きく害されることはない旨主張する。
しかしながら,①前記エ(イ)のとおり,仮に業務災害支給処分の違
法を理由とする労働保険料認定処分の取消判決が確定した場合において,労災保険制度における財政上の収支の均衡等の観点も踏まえ,所轄労基署長が職権で業務災害支給処分を取り消すことは,別異に解すべき特段の事情のない限り,行訴法33条1項の定める取消判決の拘束力に沿うものとして,適法な措置との評価を受けるものと解されるところであり(取消判決の拘束力により所轄労基署長が職権による取消義務を負う場合には,昭和43年最高裁判決の法理の適用はなく,同処分を将来的にのみ取り消すこともできないと解される。),仮に個別の事案における特段の事情により取消判決の拘束力の範囲が限定される場合があり得るとしても,昭和43年最高裁判決は,違法な処分については,処分をした行政庁において,自らその違法を認めて,処分の取消しによって生ずる不利益と,取消しをしないことによって当該処分に基づき既に生じた効果をそのまま維持することの不利益とを比較考量し,しかも当該処分を放置することが公共の福祉の要請に照らし著しく不当であると認められるときは,これを取り消すことができる旨判示しており,上記において比較考量の対象となる各不利益の性質,内容,程度等や,当該処分を放置することが公共の福祉の要請に照らし著しく不当であるとの評価を基礎付け又は妨げる事情は,個別具体的な事案に応じて様々であると解され,所論のように業務災害支給処分について一律に職権で取り消される余地がないということはできず,また,②仮に,個別の事情に応じて業務災害支給処分を将来的にのみ取り消して既払分の保険給付については返還を求めないなどの措置を執ることができる場合があり得るとしても,業務災害支給処分が将来的に取り消されること自体が業務災害支給処分の法律効果の早期安定の要請(ひいては労働者の保護の要請)を害する程度は小さいものとはいえない上,そのような措置を執ることができるか否かの判断の基礎となる事情は上記①と同様に個別具体的な事案に応じて様々であると解されるので,所論のように業務災害支給処分について一律に職権で取り消される余地がないとはいえないことに変わりはない。
そして,③業務災害支給処分の利害関係人が少ないとしても,労働者等の生活保障の観点から極めて重要な意義を有する労働災害からの迅速かつ公平な労働者の保護を図るという労災保険法の制度趣旨に鑑みれば,業務災害支給処分の法律効果の早期安定の要請は重視すべきものであり,また,業務災害支給処分の中には,年金として継続的な支給が行われる種類のものがあるほか,取消しの対象となる業務災害支給処分と同一の業務上の負傷等を原因とする他の業務災害支給処分がされることもある(例えば,本件では本件疾病が業務災害に当たると判断されて休業補償給付が支給されているが,その後,同一の判断の下で,傷病補償年金や障害補償給付等が支給されることもある。)から,業務災害支給処分がされた後に新たな法律関係が積み重なっていくことがないなどということはできない。そして,仮に労働保険料認定処分の取消訴訟において業務災害支給処分の違法を理由とする取消判決が確定した後に所轄労基署長により同処分が職権で取り消されるという事態が生じた場合に,これにより業務災害支給処分の法律効果の早期安定の要請が著しく害され,労働者の保護の趣旨に著しく反する結果となることを踏まえると,このような事態をもってメリット制という制度が予定する一局面であるなどということはできない。したがって,原告の上記①ないし③の各主張によっても,業務災害支給処分の法律効果の早期安定が特に強く要請されることや,業務災害支給処分の違法を理由に労働保険料認定処分を取り消す判決が確定すると,当該業務災害支給処分が所轄労基署長により職権で取り消され得ることとなり,上記の早期安定の要請を著しく害する結果となる旨の前記エの判断は左右されないから,原告の上記各主張はいずれも採用することができない。
(エ)

その他,原告は以上に掲記したほかにも種々の主張をし,本件意見書にも種々の記載があるが,いずれも前記オの判断を左右するに足りるものとは認められない。

2
本件認定処分の適法性について
(1)

前記1において争点(1)について説示したところによれば,特定事業に従事する労働者について業務災害支給処分がされたことを前提として当該事業の特定事業主に対し労働保険料認定処分がされている場合には,業務災害支給処分が取消判決等により取り消されたもの又は無効なものでない限り,労働保険料認定処分の取消訴訟において,業務災害支給処分の違法を労働保険料認定処分の取消事由として主張することは許されないものと解されるところ,本件では,医療業に従事する労働者である訴外A1について本件支給処分がされたことを前提として当該事業の特定事業主である原告に対し本件認定処分がされたものであり,本件支給処分は,取消判決等により取り消されたものに当たらないことが明らかである
(弁論の全趣旨)

また,本件支給処分に係る無効事由となる重大かつ明白な瑕疵の有無についてみるに,証拠(甲55)によれば,別件判決において訴外A1の業務と本件疾病の発症との間に相当因果関係が認められないとされたのは,訴外A1の本件疾病の発症前6か月中の時間外労働時間が20時間台ないし30時間台の月が4か月あり,その業務が一定の精神的緊張を強いられるもので,しばしば就業時間外に職務に従事する必要があったことを考慮したとしても,その業務による量的,質的な負荷は全体として一定限度にとどまるものであったとの評価を前提とした上で,①労働時間数の面では業務と発症との関連性が強いとまではいえないこと,
②(a)麻酔科医として
の業務は一定の精神的緊張を伴うものの,手術中に休憩を取ることが可能で麻酔件数も他の麻酔科医と比較して特に過重な数ではなく,質的に過剰な負荷であったと認めるのは困難であること,
(b)業務時間外にいつ呼び出
されるか分からない状況であったものの実際に呼出しを受けた回数は少なく,むしろほぼ休日を取ることができ,夜間の睡眠時間もおおむね6時間を確保することができていたなど,量的に過重な負荷であったと認めることはできないこと,③一般に本件疾病(脳出血)の発症には高血圧,飲酒,喫煙,高脂血症,肥満,糖尿病等のリスクファクターが関連しており,これらも労働の過重性との関連において考慮の対象となることなどを理由とするものであり,本件訴訟における本件支給処分の違法事由に係る原告の主張も上記③の点をより具体的に敷えんするほかはこれらと同旨のものであるところ,このような労働者の疾病に係る業務起因性に関する判断は,勤務の時間や状況等に係る多数の書証の精査並びに業務の量的,質的な負荷の程度及び基礎疾患の性質や程度等に関する総合的な評価を要する複雑困難な事柄であって,仮に原告の主張に係る別件判決の説示と同旨の理由により業務起因性が認められないとして本件支給処分に違法があると解し得るとしても,その瑕疵が明白であるとはいえないから,本件支給処分が無効であるとみる余地はないものというべきである。
(2)

以上によれば,医療業に従事する労働者である訴外A1について本件支給処分がされたことを前提として当該事業の特定事業主である原告に対し本件認定処分がされており,本件支給処分が取消判決等により取り消されたもの又は無効なもののいずれにも当たらない以上,本件認定処分の取消訴訟である本件訴訟において,原告が本件支給処分の違法を本件認定処分の取消事由として主張することは許されないものというべきである。そうすると,本件認定処分について本件支給処分の存在を前提とする労働保険料の算定(前提事実(2)ク参照)及びその基礎となる関係法令の適用に誤りがあるとは認められない以上,その余の点(争点(2))について判断するまでもなく,本件認定処分は適法というべきである。
第4

結論
よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第51部

裁判長裁判官

岩井
裁判官

桃崎剛
裁判官

武見
敬太郎

伸晃
(別紙2)

争点(2)(本件支給処分の違法性の有無)に関する当事者の主張の要旨
第1
1
原告の主張の要旨
訴外A1の業務が量的にも質的にも過重でないこと
(1)

労働時間

所定始業時刻前の労働(火曜日及び木曜日)について
本件支給処分の基礎とされた評価票(乙6)においては,訴外A1の常
勤日のうち火曜日及び木曜日について,手術の準備に必要と認めて始業時刻を午前7時50分としているが,訴外A1は,所定始業時刻である午前8時50分に出勤し,10分ないし25分程度待機してから手術室に来て準備し始めれば十分に手術に間に合うものであり,午前中に手術が入っている日でも,所定始業時刻前に出勤して麻酔の準備を行う必要は全くなかった。したがって,訴外A1の火曜日及び木曜日の労働時間の算定に当たっては,始業時刻を所定始業時刻(午前8時50分)からとするのが正しく,実態にも即している。

当直日の労働時間の算定方法について
訴外A1は,当直日に,常態として労働をするものであったとは到底いえないし,また,睡眠時間も十分に確保されていたものであって,いつ起こされるか分からない状況にはなく,当直日の労働時間については,実際に緊急外来患者を診察した時間をもって,労働時間と考えるべきである。

(2)

労働密度
そもそも医師の行う業務は,単純労働者等の場合と異なり,裁量の幅が広く,診療行為の内容やその実施に係る時間などを決定するについてもある程度医師自身の融通を利かせることが可能なものであり,訴外A1は,本件病院の古くからのメンバーであり,副院長であり,麻酔科部長であったことからなおさらであった。労働密度についても,自分が大変と感じたのであれば,当直をやめることも可能であり,新たに医師を雇い入れることも可能であった。以下の麻酔業務や当直業務も,このような状況の中で訴外A1が主体的に行っていた業務であるから,訴外A1にとって過重なものであったとは考えられない。

常勤日について
訴外A1の常勤日における勤務状況については,麻酔業務に従事しているほかは,ほとんど手待ち時間となり,水曜日は1日中手待ち時間であった。
手術に際して訴外A1が行っていた麻酔行為についても,作業手順はルーティン化をされており,麻酔導入後の措置としては,全身麻酔の場合であっても,主として麻酔を維持するため麻酔薬の持続投与を行うというものであり,異常が生じた場合はすぐにアラーム音などで知らせることができるようになっているから,手術中,常に精神的緊張を維持しておかなければならないというものではなかった。
したがって,訴外A1の常勤日における勤務状況については,過重などとは到底いえないものである。


当直日について
本件病院の当直日における勤務は,むしろ休養になりこそすれ,それ
が負荷を生じさせるようなものではなかったことについては,本件病院における当直勤務の実態や,実際に訴外A1が当直勤務時に対応した緊急外来患者数も僅かであったことなどに徴して明らかである。
(3)

以上のとおりであるから,
労働時間もさることながら,
労働密度からみて
も,訴外A1の業務が過重であったなどということはあり得ない。2
訴外A1は多くの基礎疾患を重複して有しており,療養を怠っていたばかりか,本件疾病の発症の危険性のある不適切な行為を行っていたこと(1)

性別
男性は,脳血管疾患について,女性の2倍の発症率があるところ,訴外A1は男性である。

(2)

年齢
高血圧性脳出血の好発年齢をみると,高血圧症及び動脈硬化の起こる50歳ないし60歳代が約半数を占めるところ,訴外A1は53歳であり,特に,自然的経過に従った発症が起きやすい年齢であったといえる。
(3)

家族歴
家族歴によっては遺伝性の高血圧やそのり患者の家族と同じ家庭環境を共有していたことなどがリスクとなるところ,訴外A1の父は心疾患で亡くなったとのことであり,動脈硬化症等の既往を有していた可能性もあり,リスクというべきである。

(4)

高血圧
高血圧は,脳血管疾患について,相対リスクが2倍ないし7倍とされており,収縮期の血圧が180mmHg以上又は拡張期の血圧が105ないし110mmHg以上では正常血圧の人に対し6倍ないし8倍の相対リスクにもなるとされているところ,本件疾病の発症前の健康診断時の訴外A1の血圧は,収縮期の血圧が124ないし140mmHg,拡張期の血圧が79ないし90mmHgであった。
糖尿病を併発する場合の降圧目標は収縮期が130mmHg,

張期が80mmHgであるところ,訴外A1は糖尿病であったから,本件疾病の発症前のデータからも高血圧であったといえる。
さらに,本件疾病の発症後の訴外A1の血圧(BP)は,総じて高い値が続いており,170mmHg超える高い値が散見され,平成19年11月13日には193mmHgという極めて高い値が計測されるなど,訴外A1は明確に高血圧症であった。
(5)

飲酒
飲酒は,摂取量に応じてリスクを上昇させ,1日3合以上(エタノール換算で60ないし90ミリリットル以上)では相対リスクは4倍ないし6倍にもなるとされているところ,訴外A1は,毎日ウイスキー5杯を飲んでいたところ,シングルで飲んでいたとするとエタノール換算で毎日65ミリリットル程度,ダブルで飲んでいたとするとエタノール換算で毎日130ミリリットルを飲んでいたこととなる。

(6)

喫煙
喫煙は,持続して吸い続けたもので相対リスクが6倍にもなるとの報告があるところ,訴外A1は,高校生の頃から喫煙を始め,平成7年頃には1日約20本の喫煙をし,発症の2ないし3年前からは1日約40本の喫煙をしていたものであるから,いかに少なく見積もっても,喫煙により脳出血発症の相対リスクを6倍以上にしていたものというべきである。

(7)

脂質異常症(高脂血症)
脂質異常症は,脳出血発症のリスクとなり,また,動脈硬化を引き起こすことによって脳出血発症に寄与するもので,中性脂肪(TG)150以上又はHDLコレステロール
(HDL-C)
40未満等で脂質異常症
(高脂血症)
と認められるところ,訴外A1はTG137ないし554,HDL29ないし43ということであり,健康診断個人票にも「高脂血症」,「高中性脂肪血症」との記載があることから,脂質異常症であったことが認められる。
(8)

糖尿病
糖尿病の脳血管疾患発症に対するリスクは1.5倍ないし4.9倍とされており,脳出血発症と「関係がある」とされている上,両者が合併すると脳血管障害が大きく増加するとされる。また,糖尿病は動脈硬化を引き起こすことによっても脳出血発症に寄与するほか,糖尿病にり患した者が脳出血を発症すると,その症状を重篤化させるとされている。
訴外A1は,平成12年から平成19年まで血糖値が常に高い値が続いており,糖尿病と診断すべき値になっており,糖尿病以外に血糖値の高止まりの原因として考えられる他の原因もなかったもので,本件疾病の発症後,血糖値は時に極めて高い値が持続するなど,
訴外A1は明確に糖尿病にり患し
ていたものである。
しかしながら,定期健康診断において糖尿病の疑いにより再検査と経過観察が必要である旨医師に繰り返し指摘されていたにもかかわらず,訴外A1は,これを怠っていたため,本件疾病の発症前に糖尿病との確定診断を受けることができず,糖尿病の適切な治療を受けなかったものであり,これが原因で血管及び血流障害を起こしていたものと考えられる。
このように,訴外A1の糖尿病は,脳血管に対し相当の悪影響を与えていたものと考えられ,脳出血の発症及び脳出血の重症化に大きく寄与しているものというべきである。
(9)

動脈硬化
動脈硬化は高血圧性脳内出血の前提として極めて密接な関連性を有するところ,訴外A1は,動脈硬化症と診断されていた。

(10)

ストレス
ストレスは脳血管疾患との関与は予想されるものの,学問的な裏付けは難
しいとされている。なお,相対リスクが1.7倍になるとの報告もある。訴外A1は,少なくとも2ないし3年前から家庭におけるストレスがあったであろうことが予想される。
(11)

種々のリスクファクターの併存
リスクファクターが重複した場合には,脳内出血の相対リスクは著しく高
くなるものであり,訴外A1の脳出血発症のリスクは,訴外A1自身の有する疾患が原因で極めて高くなっていたものというべきである。
(12)

バファリン81mgの服用
バファリン81mgの添付文書(能書)には,重大な副作用として「脳出
血等の頭蓋内出血」が挙げられており,バファリン81mgを服用していた場合,その出血性リスクは約2倍となり,絶対リスクとして1万人に対する投与で12人には脳出血が起きるとされている。日本で行われた研究において,バファリンを含むアスピリン投与による年間脳内出血者は1000人中10人で,明らかに日本人はアスピリンを服用していると脳出血を起こしやすく,脳出血が発症した場合の重症度も増す。
訴外A1は,平成11年11月以降,他の医師の名義を無断で使用してカルテを偽造し,バファリン81mgを服用していた。発症4か月前には左鼻より鼻出血が多く,易出血傾向となっていたところ,バファリン81mgの能書には重大な副作用として「鼻出血」が挙げられ,「このような症状があらわれた場合には投与を中止し,適切な処置を行うこと」とされており,担当医からも休薬を指示されているにもかかわらず,訴外A1はバファリン81mgの服用を中止せず,本件疾病の発症に至るまで服用し続けた。このような訴外A1の脳出血発症に至る経過に照らせば,バファリン81mgの服用が本件疾病の発症のリスクを高めたことは明白である上,本件疾病の発症後の後遺症の重症化にも大きな影響を与えたといえる。
(13)

そもそも,
訴外A1は50代男性という発症のリスクの高い年齢及び性別
であったが,これに加えて,高血圧,飲酒,喫煙,脂質異常症,脂質異常症による動脈硬化及び糖尿病といった脳出血発症の明確な危険因子を併せて有していた上,
これらに対する治療も極めて不適切であった
(殊に糖尿病に
対しては十分な検査すら行われておらず,
脂質異常症に対しては不適切な投
薬がなされていた。)。さらに,日常生活におけるストレスという発症への関与が予想されるリスクも有していた。
加えて,絶対リスクとして1万人に12人が脳出血を発症し,相対リスクも上昇するアスピリン製剤であるバファリン81mgを長期間服用し続けていた。そして,この重大な副作用発生の予防のためには血圧コントロール,喫煙・飲酒の制限,脂質異常症の治療,糖尿病の治療が行われなければならなかったが,訴外A1は医師であるにもかかわらずこれらを全く怠っていた。そればかりか,本件疾病の発症から4か月前に鼻出血が多い等の易出血傾向があったために,医師からバファリンの服用をやめるよう指示されていたにもかかわらず,服用を続け,その結果,本件疾病の発症に至ったものである。
このように,訴外A1における本件疾病の発症は,訴外A1の有していた基礎疾患とこれに対する不適切な対応,日常生活上のストレス及びアスピリン製剤を本件疾病の発症に至るまで長期間服用し続けていたことが原因であることが明らかになったものである。
3
一般に長時間労働に起因して脳出血が発症するとの根拠がないこと現状において,
労働時間と脳出血との関係について科学的な根拠は何ら存在し
ない状況であるから,
本件病院における業務がなければ訴外A1の本件疾病の発
症は生じなかった(条件関係)などといえないことは明白である。
4
別件判決及び和解について
別件判決においても本件疾病の発症に業務起因性はないと認定されており,その判断は妥当である。
別件訴訟の控訴審では,原告(同事件における被控訴人)が訴外A1の6か月分の収入である1185万1000円を「見舞金」として支払う旨の別件和解が成立したもので,控訴審裁判所の和解勧試によって別件和解が成立したことからすれば,控訴審裁判所も別件判決の判断を支持していたことは明らかである。
したがって,別件判決及び別件和解により,本件疾病の発症に業務起因性がなく,先行の処分である業務災害支給処分が違法であることは,より一層明確になったものというべきである。
5
以上のとおり,
①訴外A1の業務は,
量的にも質的にも過重ではなく,
他方,
②訴外A1は多くの基礎疾患を重複して有しており,③医師であるにもかかわらず療養を怠っていたばかりか,本件疾病の発症の危険性のある不適切な行為を行っていたことの3点に鑑みれば,訴外A1の本件疾病の発症は,同人が有していた基礎疾患が自然的経過に従い,又は同人の不適切な投薬等によって増悪して発症したものであり,同人の業務との間に相当因果関係を認めることはできないものである。そもそも,④業務によって脳出血が発症するとの医学的根拠も明らかではなく,加えて,⑤別件判決及び別件和解においても,訴外A1における本件疾病の発症の業務起因性は否定されているから,同人の業務と本件疾病の発症との間に相当因果関係を認めることができないことは明白である。

第2
1
被告の主張の要旨
本件疾病が業務上の疾病であること
(1)

業務上の疾病の要件及びその該当性
平成13年12月12日付け基発第1063号厚生労働省労働基準局長通達「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」(乙2。以下「新認定基準」という。)によれば,本件疾病が業務上の疾病というためには,被災者が,その業務の従事中に,①異常な出来事(発症直前から前日まで)に遭遇したこと,②短期間(おおむね1週間)の過重業務に従事したこと,③長期間(おおむね6か月間)の過重業務に従事したことの3要件のいずれかに該当することが必要である。
この点につき,訴外A1については,発症直前から前日までの間に異常な出来事があったことはうかがわれないものの,以下に述べるとおり,短期間(発症前おおむね1週間)の業務において日常業務を相当程度超える業務に従事していたことが認められる上,長期間(発症前おおむね6か月間)の業務において過重な業務に従事していたことが認められる。(2)

訴外A1が従事していた短期間
(おおむね1週間)
の業務において日常業務
を相当程度超える業務に従事していたこと
訴外A1の本件疾病の発症前1週間における総労働時間は75時間26分で,うち時間外労働時間は35時間26分である。訴外A1は,本件疾病の発症前おおむね1週間に休日を取得することなく,11日間連続勤務に従事していたことに加え,本件疾病の発症2日前には,それまでの1日当たりの平均手術担当件数(2.3回ないし2.6回)を大きく超えて,5件の手術を担当したことからすると,訴外A1は,発症前1週間の業務において特に過重な業務に従事していたとまではいえないとしても,日常業務を相当程度超える業務に従事していたと認められる。

(3)

訴外A1が長期間(発症前おおむね6か月間)の過重業務に従事していたことが認められること

発症前6か月間の時間外労働時間等について
訴外A1の本件疾病の発症前1か月間における時間外労働時間は,93
時間31分に上っており,業務と脳・心臓疾患の発症との関連性が強いとされるおおむね100時間に近い上,発症前6か月間の平均時間でみても,2か月間平均が79時間31分,3か月間平均が83時間21分,4か月間平均が77時間07分であることからすれば,常態として,業務と発症との関連性が強いとされる1か月当たりおおむね80時間程度の時間外労働時間を行っていたことが認められ,さらには,完全週休2日制の勤務形態であったにもかかわらず,訴外A1は,月1回程度の当直勤務を行った上,少ないときで1か月当たり4日程度しか休日を取得していなかったことが認められる。

その他の負荷要因について
訴外A1は,麻酔科医師であり,火曜日,水曜日午後,木曜日及び金曜日の手術を担当し,1日に平均で2.4ないし2.6回の手術を行っていた。麻酔科の医師が行う麻酔の量を間違えば,患者が生命に関わる状況が発生するのであり,また,本件病院での手術件数の3分の1程度を担当していたことを考慮すると,訴外A1は精神的緊張を伴う業務に従事していたというべきである。

以上によれば,訴外A1は,長期間(発症前おおむね6か月間)の業務において過重な業務に従事していたと認められる。

2
原告の主張に対する反論
(1)

量的加重性について

川崎北労働基準監督署長による労働時間の算定方法が合理的であること
訴外A1が所定始業時刻前から業務を行っていたことは,
川崎北労働基

準監督署長が収集した証拠(乙73ないし75)等によっても裏付けられており,川崎北労働基準監督署長は,タイムカード上の記録を前提とし,上記収集した資料を踏まえて,
訴外A1の労働時間を認定したものである
から,
被告が主張する訴外A1の労働時間の算定方法には十分な合理性があるというべきである。なお,訴外A1は,訴外A1のタイムカード記載の所定始業時刻前の時間及び所定終業時刻後の時間においても,
麻酔科医
師として患者の状態をカルテで確認すること等の業務及び本件病院の副院長としての業務を行っていたことは十分に考えられ,
原告も訴外A1の
タイムカードを確認しながら,
原告に対して出勤時間及び退勤時間に関す
る何らの指導もしていなかったことからすれば,
そのような勤務を黙示的
に許容していたといえるのであるから,
上記時間も指揮監督下にあったと
考えられる。

当直時における労働時間の算定方法も合理的であること
訴外A1の1回の当直勤務における患者数が相当数に上ることもあった上,深夜から翌朝(午後10時から午前7時30分まで)の間に診療のあった日も14日間の当直勤務のうち5日間あったことなどに照らせば,訴外A1は,
実際に応急患者に対応していた時間以外の時間帯においても,
救急対応に呼び出される蓋然性が高かったというべきであり,
常に診療に
対応できる状態を維持しなければならなかった上,睡眠についても,十分な睡眠がとりづらかったであろうことは容易に推測される。また,訴外A1は,本件病院の感染症対策委員会の委員長であったことから,救急患者の診療や入院患者への対応を行っていない時間帯においても,
インターネ
ットを利用するなどして,感染症に関する情報等を収集し,会議資料等を作成するといった業務を行っていたと考えられる。さらに,訴外A1は,当直時に入院患者への対応も行っていた。
これらのことからすると,
被告の主張に係る訴外A1の当直時における
労働時間の算定方法は,
訴外A1の勤務実態等に照らして十分な合理性を
有するものというべきである。

別件判決をもって本件訴訟における労働時間の認定の根拠となるものではないこと
別件訴訟は,
本件訴訟とは当事者も主張立証内容も異なるのであるから,
別件判決をもって本件訴訟における労働時間の認定の根拠となるものではない。加えて,別件判決に対しては控訴がされている上,控訴審においては,訴外A1に対する労災保険給付の支給を前提とした上で,原告が訴外A1に対して1185万1000円もの見舞金を支払うことを内容とする訴訟上の和解(別件和解)により終局しており,原告の請求の当否に対する最終的な法的判断はされていない。これらのことからすると,別件判決をもって本件訴訟における労働時間の認定の根拠となるものでないことは明らかである。
(2)

質的加重性について


手術中の労働密度は高いこと
麻酔科医は,患者の安全を維持し確保するため,麻酔による手術中,何時も患者の傍らを離れず,絶え間なく監視することが求められているものである。したがって,麻酔科医が手術中に本を読んだり喫煙したり,ましてや居眠りすることはできないというべきであり,上記のような手術という環境下における麻酔科医の業務内容に照らせば,訴外A1の労働密度は高かったというべきである。


手術件数等も加重であったこと
訴外A1の麻酔件数は月平均36.6件であり,平均的な麻酔業務従事者が実施する1か月の麻酔件数を上回るものであったことが明らかである上,訴外A1の本件疾病の発症前6か月間における麻酔件数は,いずれも平均的な麻酔業務従事者が実施する麻酔件数を上回るものであったことが認められる。本件病院に常勤する麻酔科医師は訴外A1のみであり,麻酔に関する全責任を負っていたことを考慮すれば,訴外A1の就労実態は過重なものであったと評価されるべきである。


訴外A1は本件病院の副院長として密度の高い労働を行っていたこと原告が,訴外A1に対して,その働き方につき一定の裁量を認めていたとしても,それは時間配分について訴外A1の決定に委ねていたにとどまるというべきである。むしろ,訴外A1が,原告において,重い職責の下に,高い意識をもって密度の高い労働を行っていたことは明らかである
(3)

訴外A1の基礎疾患等について

本件疾病の発症が訴外A1の基礎疾患等によるものであるとの原告の主張には合理的な根拠がないこと
原告は,訴外A1が多くの基礎疾患を重複して有しており,医師であるにもかかわらず療養を怠っていたばかりか,
本件疾病の発症の危険性のあ
る不適切な行為を行っていたと主張する。
しかしながら,そもそも,業務起因性の判断を行うに当たっては,訴外A1の過失や不作為の有無を考慮するものではないが,
この点をおくとし
ても,原告の主張に係る訴外A1の基礎疾患の状態は,医学的根拠に乏しいか,原告自らが実施していた健康診断結果に沿わないなど,根拠を欠くものであり,
訴外A1の健康管理が不適切であることによるものでもない
上,訴外A1の基礎疾患の状態は,本件疾病を発症した時点で,自然の経過により脳出血を発症させる寸前にまでは増悪していなかったというべきである。
(ア)

年齢について
原告は,高血圧性脳出血の好発年齢について,高血圧症及び動脈硬
化が起こる年齢は50ないし60歳代が約半数を占めるとされていると主張するようであるが,十分な裏付けがない。
(イ)

家族歴について
原告は,訴外A1の父が心疾患で亡くなったことから,動脈硬化症
等の既往を有していた可能性もあるなどとして,このような事情が訴外A1の本件疾病の発症のリスクとなると主張するが,そもそも訴外A1の父の心疾患の具体的な病名は不明であるだけでなく,家族に心疾患のり患者がいることが本件疾病である脳出血の発症リスクを高めるとする報告もないことからすれば,原告の上記主張は単なる憶測にすぎない。
(ウ)

高血圧について
原告は,本件疾病の発症後の看護記録及び診療録などに基づき,訴
外A1が糖尿病であったことを前提に高血圧症であったと主張するが,訴外A1が,本件疾病の発症当時,高血圧症の程度が高度な状態であったかどうかは証拠上明らかではない。さらに,原告が,訴外A1に対し,健康診断は実施したものの,当該健康診断結果に基づく指導(労働安全衛生法66条,66条の3ないし66条の9参照)をしたという事情はうかがわれないことからすれば,訴外A1が,本件疾病の発症当時,高血圧症の程度が高度な状態であったとは認め難い。(エ)

飲酒について
原告は,訴外A1が毎日ウイスキー5杯飲んでいた場合のエタノー
ル量をシングルで65ミリリットル,ダブルで130ミリリットルとして換算し,また,飲酒量が多かったなどと主張するが,訴外A1の妻の供述等に照らせば,原告の上記換算は過大である可能性が高い。また,訴外A1の健康診断個人票(甲34)におけるγ-GTPの数値に鑑みれば,訴外A1の飲酒量がアルコール性肝障害を発症するほどの量でなかったことは明らかである。
(オ)

喫煙について
原告は,訴外A1が1日約40本の喫煙をしていたと主張するが,訴外A1は平成19年4月5日付け問診票(乙33(129頁))に1日20本と記載し,訴外A1の妻の供述に照らしても,訴外A1の喫煙本数についてはこれを明確にする証拠はない。また,喫煙の影響に関し,脳出血についても脳梗塞のように強い関係があるとする調査や報告は原告の主張に係る論文1本のみである。

(カ)

脂質異常症(高脂血症)について
原告は,
訴外A1が脂質異常症
(高脂血症)
であったと主張するが,
そもそも高脂血症は,脳出血の「負の要因」であり,脳出血の私的リスクファクターとして高脂血症を取り上げる意味はないのであるから,原告の上記主張は失当である。

(キ)

糖尿病について
原告は,
訴外A1が糖尿病であったと主張するが,
訴外A1は,
「糖
尿病疑い」にとどまり,糖尿病とは診断されておらず,本件疾病の発症当時,糖尿病を発病していたとは認め難い。
(ク)

動脈硬化症について
原告は,訴外A1が動脈硬化症であったと主張するが,本件疾病の発症当時,訴外A1の動脈硬化症の程度が高度な状態であったとは認め難い。

(ケ)

ストレスについて
原告は,訴外A1には,2ないし3年前から家庭におけるストレスがあり,訴外A1について,相対リスクが1.7倍であったかのように主張するが,そもそも,原告が主張の根拠とする論文(甲31(312頁))の「報告例では相対リスクは1.7でした」の報告は,日常生活のストレスのみに関するものではないから,原告の上記主張には十分な裏付けがない。

(コ)

バファリン81mgの服用について
原告は,バファリン81mgの服用により頭蓋内出血のリスクが約2倍となり,絶対リスクとして1万人投与で12人に脳出血が起きると主張するが,高頻度で頭蓋内出血が起こるとする医学的エビデンスがあるわけではない上,バファリン81mgによる頭蓋内出血が生ずる服用量と服用期間も明らかではなく,原告の上記主張に十分な裏付けがないことは明らかである。


新認定基準は業務による明らかな過重負荷であるか否かという観点から評価を行うものであること
新認定基準では,過重負荷とは,医学経験則に照らして,脳・心臓疾患
の発症の基礎となる血管病変等をその自然の経過(加齢,一般生活等において生体が受ける通常の要因による血管病変等の形成,進行及び増悪)を超えて著しく増悪させ得ることが客観的に認められる負荷をいうとしている。
本件支給処分をした所轄労基署長は,新認定基準に照らして,訴外A1が,基礎疾患を有していたとしても,時間外労働時間等の過重負荷が加わり,血管病変等がその自然の経過を超えて著しく増悪し,脳・心臓疾患を発症したものと認められるとして,本件支給処分をしたものであって,仮に原告が主張するいずれかの基礎疾患等が存在していたとしても,それが,本件疾病を発症した時点で,自然の経過により脳出血を発症させるほどには増悪していなかったというべきであるから,本件疾病は,時間外労働等の過重負荷が相対的に有力な要因となって発症したものということができる。
(4)

長時間労働に起因して脳・心臓疾患が発症することにつき根拠があること原告は,長時間労働に起因して脳・心臓疾患が発症するとの根拠がないと主張するが,専門検討会報告書(乙1)を踏まえた新認定基準は,裁判例においても合理性を有するものとされていることからすれば,長時間労働に起因して脳・心臓疾患が発症することについては十分な根拠がある。
3
以上のとおり,訴外A1の発症した本件疾病は,長期間の過重業務により発症したものであり,訴外A1の基礎疾患は,本件疾病を発症した時点で,自然の経過により脳出血を発症させる寸前までは増悪していなかったというべきであるから,訴外A1の業務による危険性(過重性)が相対的に有力な原因となって発症したものと認められる。したがって,訴外A1の業務による負荷により血管病変等が自然の経過を超えて著しく増悪して発症に至ったものであり,本件疾病の発症は,業務に内在する危険の現実化であると評価することができるから,本件支給処分は適法である。
以上

(別紙3)

基準労災保険率から非業務災害率を減じた率の増減表(徴収規則別表第3参照)基準労災保険率から非業務災害率を減じ
た率に対する増減の割合(メリット増減
メリット収支率

率)
立木の伐採の事業以立木の伐採の事業
外の事業

10%以下のもの

40%減ずる。

35%減ずる。

10%を超え20%までのもの

35%減ずる。

30%減ずる。

20%を超え30%までのもの

30%減ずる。

25%減ずる。

30%を超え40%までのもの

25%減ずる。

20%減ずる。

40%を超え50%までのもの

20%減ずる。

15%減ずる。

50%を超え60%までのもの

15%減ずる。

10%減ずる。

60%を超え70%までのもの

10%減ずる。

70%を超え75%までのもの

5%減ずる。

5%減ずる。

85%を超え90%までのもの

5%増加する。

5%増加する。

90%を超え100%までのもの

10%増加する。

10%増加する。

100%を超え110%までのもの

15%増加する。

110%を超え120%までのもの

20%増加する。

15%増加する。

120%を超え130%までのもの

25%増加する。

20%増加する。

130%を超え140%までのもの

30%増加する。

25%増加する。

140%を超え150%までのもの

35%増加する。

30%増加する。

150%を超えるもの

40%増加する。

35%増加する。

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