判例検索β > 平成28年(行コ)第77号
事件番号平成28(行コ)77
裁判年月日平成29年7月11日
法廷名東京高等裁判所
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平成29年7月11日判決言渡
平成28年(行コ)第77号

同日原本領収

裁判所書記官

遺族補償給付等不支給処分取消請求控訴事件(原審

長野地方裁判所平成24年(行ウ)第8号)
主文1
原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。

2
前項の取消しに係る部分につき,被控訴人の請求をいずれも棄却する。

3
訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。

4
原判決の主文第1項及び第3項に「14日」とあるのを「13日」と,同第2項に「4月7日」とあるのを「3月31日」と,「事実及び理由」第1の1項に「4月7日」とあるのを「3月31日」と,同2項に「14日」とあるのを「13日」と,それぞれ更正する。
事実及び理由
(前注)別表「労働時間集計表」の添付は省略する。
第1

控訴の趣旨
主文第1,2項と同旨

第2
1
事案の概要
本件は,主に観光バスの運転手の業務に従事していた亡Aが,業務上の事由
により脳出血を発症したとして労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づいて療養補償給付及び休業補償給付の支給を請求し,亡Aの死亡後に,同人の妻である被控訴人が,同法に基づいて遺族補償年金,葬祭料及び労災就学援護費の支給を請求したところ,処分行政庁が,①平成22年3月31日付けで療養補償給付及び休業補償給付を支給しない旨の決定を,②同年10月13日付けで遺族補償年金,葬祭料及び労災就学援護費を支給しない旨の決定をそれぞれしたことから,被控訴人が,これらの決定は違法であるとして,控訴人に対し,その取消しを求めている事案である(以下,個々の決定を「本件療養補償給付不支給決定」のようにいい,前記各決定を併せて「本件各処分」という。)。
原審は,本件訴えのうち本件労災就学援護費不支給決定の取消しを求める部分を却下し,その余の本件各処分の取消しを求める請求を認容したところ,控訴人が敗訴部分について控訴した。したがって,当審における審理の対象は,本件労災就学援護費不支給決定以外の本件各処分の適否である。
2
前提事実,争点及び当事者の主張は,次のとおり補正し,後記3及び4のとおり当審における当事者の主張を加えるほかは,原判決の「事実及び理由」第2の1ないし3に記載のとおりであるから,これを引用する。

(原判決の補正)
原判決3頁24行目の「そして,認定基準においては,」を次のとおり改める。
「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。以下「脳・心臓疾患」という。)は,その発症の基礎となる動脈硬化等による血管病変又は動脈瘤,心筋変性等の基礎的病態(以下「血管病変等」という。)が長い年月の生活の営みの中で形成され,それが徐々に進行し,増悪するといった自然経過をたどり発症に至るものとされているが,認定基準は,業務による明らかな過重負荷が加わることによって,血管病変等がその自然経過を超えて著しく増悪し,脳・心臓疾患が発症する場合があり,そのような経過をたどり発症した脳・心臓疾患は,その発症に当たって,業務が相対的に有力な原因であると判断し,業務に起因することの明らかな疾病として取り扱うとの立場に立って,①発症直前から前日までの間に異常な出来事に遭遇したこと,②発症に近接した時期において,特に過重な業務(短期間の過重業務)に就労したこと又は③発症前の長期間にわたって,著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務(長期間の過重業務)に就労したこと,以上の①,②又は③の業務による明らかな過重負荷を受けたことにより発症した脳・心臓疾患は,労働基準法施行規則(平成22年厚生労働省令第69号による改正前のもの)35条別表第1の2第9号に該当する疾病(その他業務に起因することが明らかな疾病)として取り扱うこととしている。なお,前記改正により,前記脳・心臓疾患は,労働基準法施行規則別表第1の2第8号(長期間にわたる長時間の業務その他血管病変等を著しく増悪させる業務による脳出血,くも膜下出血,脳梗塞,高血圧性脳症,心筋梗塞,狭心症,心停止(心臓性突然死を含む。)若しくは解離性大動脈瘤又はこれらの疾病に付随する疾病)に該当する疾病として取り扱われることとなる。
そして,認定基準は,前記②の短期間の過重業務の評価期間を発症前おおむね1週間とし,前記③の長期間の過重業務の評価期間を発症前おおむね6か月間とし,前記②及び③の「特に過重な業務」とは,日常業務に比較して特に過重な身体的,精神的負荷を生じさせたと客観的に認められる業務をいうとし,」
同4頁1・2行目の「が挙げられている」を「を挙げている。」と改める。同4頁3行目の「労働時間について」を「認定基準は,長期間の過重業務の有無を判断するに当たっての労働時間による負荷の評価に関し」と改める。同4頁8行目の「発症前」の次に「1か月間におおむね100時間又は発症前」を加え,同頁10行目の「されている。」を「している。」と改める。同4頁20行目の「訴外会社」を「昌栄高速運輸株式会社(以下「訴外会社」という。)と改める。
同5頁1行目の「訴外会社の」から同頁7行目末尾までを次のとおり改める。
「訴外会社の就業規則においては,1か月(毎月21日から翌月20日まで)単位の変形労働時間制が採用され,1日の所定労働時間は8時間以内,1週間の所定労働時間は変形期間を平均して1週間当たり40時間以内とされていた(乙25・27条1項)。
また,所定始業時刻は原則として午前8時,所定終業時刻は原則として午後5時とされ,休憩時間は,原則として午後0時から午後1時までの1時間及び午後3時から午後3時15分までの15分間とされていたが,必要に応じて変更することがある旨が定められていた(乙25・28条1項,29条1項,30条)。
なお,訴外会社において,バス運転手は,出勤後30分間始業点検をし,運行業務を終えて入庫した後は,20分間終業点検を行うこととされていた(乙18)。
訴外会社の就業規則においては,所定休日については,原則として,国民の祝日及び休日,年末年始,お盆,訴外会社が定めた日のほか,毎週日曜日及び隔週土曜日を休日とする隔週週休2日制が採用されていたが,訴外会社が業務上必要と認めるときは,労使協定の定めるところにより,社員に時間外勤務及び休日勤務をさせることがある旨が定められていた(乙25・42条1項,36条1項)。」
同5頁22行目の「原告」を「亡A」と改め,同頁24行目の「31日」から同頁25行目の「した」までを「31日付けで,被控訴人に対し,同各請求について本件療養補償給付不支給決定及び本件休業補償給付不支給決定をした」と改める。
同6頁2行目の「13日」から同頁4行目の「という。)」までを「13日付けで,被控訴人に対し,同各請求について本件遺族補償年金不支給決定,本件葬祭料不支給決定及び本件労災就学援護費不支給決定をした」と改める。同6頁7行目の「上記」から「決定」までを「本件療養補償給付不支給決定及び本件休業補償給付不支給決定」と,同頁9行目の「上記」から「決定」までを「本件遺族補償年金不支給決定,本件葬祭料不支給決定及び本件労災就学援護費不支給決定」とそれぞれ改める。
同6頁23行目冒頭から同7頁1行目末尾までを次のとおり改める。「本件の争点は,本件疾病が労災保険法7条1項1号にいう「業務上」のものと認められるか否か,すなわち,本件疾病と亡Aの従事していた業務(以下「本件業務」という。)との間の業務起因性の有無である。」
同7頁2行目冒頭から同8頁3行目末尾までを削る。
同8頁4行目冒頭から同行目末尾までを「(被控訴人の主張)」と改める。同8頁24行目の「平成20年8月5日」から同頁25行目の「(甲22の1)によれば」までを「平成20年8月5日午後5時50分に入庫したが,頭痛のためにバスを降りることができなくなり,翌日午前1時30分まで7時間40分間バスの中で休むこととなったところ,松本協立病院総合診療科B医師作成の意見書(甲22の1及び23の1。以下,併せて「B意見書」という。)によれば」と改める。
同9頁4行目末尾の次に改行の上,以下を加える。


また,B意見書によれば,本件疾病は高血圧性脳出血であった可能性を否定できない。」
同9頁17行目末尾の次に改行の上,以下を加える。



本件疾病発症前約1か月の特に過重な業務
亡Aの平成20年7月15日から同年8月8日までの25日間(勤務日数23日)における業務は,以下のとおり,特に過重なものであった。a
休日は,同年7月28日及び同年8月2日のみであり,同年7月15日から27日までの13日間は休日なしで連続して勤務した。


前記25日間の拘束時間は,処分行政庁の算定(手待ち時間を労働時間に算入せず,終業点検時間を20分,清掃時間を60分として労働時間としたもの)を前提にしても,316時間35分となり,1日平均13時間43分,最長20時間30分(同年7月17日)に及んだ。また,前記25日間における労働時間は,処分行政庁の算定を前提にしても,1日平均10時間14分,最長16時間(同年7月17日)であり,時間外労働時間数は,92時間30分であった。

前記25日間においては,始業時刻が深夜時間帯(午後10時から午前5時まで)にかかったことが5回あり,最も早い始業時刻は午前1時30分(同年8月3日)であった。また,前記25日間中,終業時刻が深夜時間帯にかかったことが6回あり,最も遅い終業時刻は26時50分(同年7月18日午前2時50分)であり,25日間のうち11日間も深夜勤務があった。しかも,前記25日間中,終業時刻から次の始業時刻までの時間が8時間未満であったことが4回,10時間未満であったことが7回あり,甚だしい不規則勤務であった。


さらに,前記25日間における走行距離は,合計1万0355㎞に及び,勤務日1日当たり450㎞,最も多い日は844㎞(平成20年7月17日)であった。同月15日から17日までの宿泊を伴うバスツアーの運行の走行距離は,合計1979㎞であり,亡Aは,1日平均660㎞を3日間,一人で運転した。


前記25日間の業務には,宿泊を伴う運行が6回(合計9日間)含まれていた。ホテル等での睡眠は,自宅とは異なり,寝付けない,眠りが浅いなどの弊害を伴いがちである。これらの運行は,早朝に東京方面に乗客を迎えに行って長野県内を回るか,又は日中長野県内を回って夜に東京方面に乗客を送り届けるものが多く,亡Aは,同年7月22日から25日までの4日間,このような運行を続けた。この間の1日平均労働時間は11時間,1日平均走行距離は約568㎞であった。


亡Aが本件疾病を発症した平成20年8月頃は盛夏であり,高温の屋外と空調で冷やされたバス車内とを行き来したことが同人の体調に変調を来した一因である。
本件業務期間中の過重な業務
本件業務は,以下のとおり,亡Aの訴外会社入社日である平成20年3月28日から本件疾病発症前日の同年8月18日までの期間(以下「本件業務期間」という。)を通じて,過重なものであった。」
同10頁4行目冒頭から同頁6行目末尾までを削る。
同10頁17行目冒頭から同行目末尾までを「(控訴人の主張)」と改める。
同13頁16行目の「以上によれば,」の次に「亡Aの時間外労働時間数は,①本件疾病発症前の1か月(平成20年7月20日から同年8月18日まで)が59時間45分,②発症前2か月目(同年6月20日から同年7月19日まで)が46時間30分,③発症前3か月目(同年5月21日から同年6月19日まで)が42時間15分,④発症前4か月目(同年4月21日から同年5月20日まで)が60時間25分,⑤発症前5か月目(同年3月28日から同年4月20日まで)が48時間50分であって,」を加える。3
当審における控訴人の主張
本件疾病の発症原因
本件疾病の発症は,脳動静脈奇形等の破裂によるものと推定するのが医学的に最も合理的である。その理由は,以下のアないしウのとおりである。脳動静脈奇形の形成は先天的なものであり,脳動静脈奇形の破裂による出血は,動脈硬化やストレスの有無に関わりなく発症するものであるから,本件疾病の発症に業務起因性は認められない。

脳出血の大部分は,高血圧が原因となる高血圧性脳出血であり,その好発年代はおよそ60歳以上であるところ,亡Aについては,平成20年4月8日の健康診断及び同年8月10日のC医院における血圧の測定結果は正常値であって,高血圧の既往があったとは認められないから,本件疾病が高血圧性脳出血であることは,医学的に否定される。


高血圧を原因としない脳出血の発症原因は,様々であるが,脳動静脈奇形による脳出血の好発年齢は20ないし40歳代であり,この年代の者が発症した脳出血について脳腫瘍,頭部外傷,白血病,抗凝固治療等の原因が特定されない場合には,発症原因として脳動静脈奇形を考慮することが,脳神経外科領域の臨床の場では基本とされている。

亡Aについては,長野労働局地方労災医員協議会脳・心専門部会が,「既往症もなく急激に脳出血を発症したことから,脳血管病変(たとえばAVM〈脳動静脈奇形〉)が存在していた可能性も否定できない」との意見を述べているほか,亡Aの救急搬送先である日光市民病院のD医師も,亡Aの家族に対し「血管の異常があったのだろう。高血圧なくして若くしてこうなるのは非常にまれ」であると説明しており,亡Aの転院先の長野市民病院のE医師作成の「退院・転科要約(脳神経外科)」と題する書面(乙62)にも,「家族には入院当初,若年者の脳出血であるため血管奇形などの原因が存在した可能性がある」ことを説明した旨の記載がある。また,F医師作成の意見書(乙59。以下「F意見書」という。)及びG医師作成の意見書(乙60。以下「G意見書」という。)には,本件疾病は脳動静脈奇形の破裂による出血であった可能性が最も高い旨の意見が記載されており,その理由として,①亡Aについては高血圧の既往症が認められないこと,②本件疾病発症時の亡Aの年齢が42歳と若年であったこと,③発症から短時間に急激な脳内出血量の増大を示していること(約30分の間に直径8㎝以上の巨大な血腫を形成し,短時間で脳機能が失われたこと)等が挙げられ,F意見書には,④亡Aの頭部CT画像の所見として,出血部位が典型的な高血圧性脳出血のそれとは異なるとの指摘も記載されている。
F医師及びG医師は,臨床経験豊富な脳神経外科分野の専門医であり,本件疾病については,上記のとおり,同医師らをはじめとする複数の専門医が,亡Aの高血圧症の有無,頭部CT画像による出血部位,血腫の大きさ,発症の経過と出現した症状等を総合的に検討の上,脳動静脈奇形の破裂による出血の可能性が最も高いと結論付けているのであり,これらの見解は,指摘されている具体的な根拠に照らし信頼性が高い。
本件疾病発症の有力な私的リスクファクター(飲酒及び喫煙の習慣)仮に,本件疾病が,脳動静脈奇形の破裂による出血ではなく,動脈硬化由来の出血であるとしても,飲酒及び喫煙の習慣は,動脈硬化を促進させ,脳出血を発症させる有力な要因とされており,特に,飲酒は,高血圧に次ぐ脳出血のリスクファクターとされている上,飲酒と喫煙が重なれば,相対リスクは著しく高くなるとされているところ,亡Aの同僚運転手やバスガイドの供述によれば,亡Aには,相当の量の飲酒をする習慣があり,1日当たり1箱以上の煙草を吸う習慣があったことが推認されるから,動脈硬化を促進させ,本件疾病の発症に影響を及ぼす有力な私的リスクファクターがあったといえる。
本件業務の負荷の程度
本件業務は,以下のア及びイのとおり,労働時間についても,労働時間以外の負荷要因についても,特に過重な状況は認められないから,本件疾病については,その発症原因にかかわらず,業務起因性は認められない。ア
労働時間について
専門検討会報告書は,業務の過重性の評価について,発症時における疲労の蓄積をもって判断することとしており,その評価に当たっては,第一に疲労の蓄積の最も重要な要因である労働時間に着目し,発症時において,長時間労働による疲労の蓄積がどのような状態であったかについて検討することとしている。そして,1か月当たりおおむね45時間の時間外労働時間数の場合,疲労の蓄積は生じず,それ以前の長時間労働によって生じた疲労の蓄積は徐々に解消していくと考えられているところ,原審の認定した亡Aの時間外労働時間数は,本件疾病の発症前1か月が41時間,発症前2か月が31時間10分,発症前3か月が15時間,発症前4か月が43時間10分,発症前5か月が34時間30分であって,疲労の蓄積が生じないと考えられる1か月当たりおおむね45時間の時間外労働時間数と同等ないしそれ以下の水準にあるから,亡Aに長期間の過重業務による疲労が蓄積していたと評価することはできない。

労働時間以外の負荷要因について
労働時間以外の負荷要因の評価方法
労働時間以外の負荷要因については,人間の感じる疲労,身体への影響を定性的・定量的に把握するのは困難であり,それを示した文献もないことから,労働時間に付加して業務の過重性を総合的に評価することになる。労働時間による負荷要因が認められない場合(発症前1か月間ないし6か月間にわたって1か月当たりおおむね45時間を超える時間外労働が認められない場合)には,疲労の蓄積は生じないとされているから,労働時間のみから特に過重な業務に就労したとみることはできない。この場合に,労働時間以外の負荷要因による業務起因性を肯定するには,同要因による負荷の程度が,業務起因性が認められる労働時間による過重負荷と同等であること(例えば,発症前1か月間100時間,発症前2ないし6か月間の月平均80時間の時間外労働時間による身体的負荷に相当する特に過重な負荷と同等のものであること)を要するというべきである。また,労働時間以外の負荷要因は,実際の労働時間に伴って労働者の身体的・精神的負荷となり得るのであるから,労働時間が少なければ,労働時間以外の負荷要因による負荷も当然少なくなる。亡Aの業務の労働時間以外の負荷要因について

勤務の不規則性による負荷について
専門検討会報告書は,不規則な勤務の過重性については,予期せぬ突然の事情によって,休息・休憩時間の確保が困難な状況にあったか否かが重要としているところ,訴外会社の観光バス等の運転手については,遅くとも業務の3日前までには詳細な運行スケジュールが示され,おおよその予定は,それより早期に示されていたのであり,亡Aの発症前の状況をみても,突発的なスケジュール変更はなく,スケジュールどおりにバスを運行し,決められた時間,場所で休息・休憩を取得できていたものであり,休息,休憩時間の確保が困難であった事実は認められないから,過重性を評価すべき点は認められない。

拘束時間の長さによる負荷について
専門検討会報告書は,拘束時間の長い勤務の過重性については,
拘束時間数,実労働時間数だけでなく,拘束時間中の実態等について十分検討する必要があり,具体的には労働密度(実作業時間と手待時間との割合等),業務内容,休憩・仮眠時間数,休憩・仮眠施設の状況がどのようであったかといった観点から検討,評価することが妥当としている。
亡Aの同僚運転手等の供述によれば,亡Aが従事した観光バス等
の運転業務は,業務の性質上,拘束時間が比較的長くなる傾向にある一方,観光等乗客のスケジュールに合わせた比較的余裕のある行程が組まれており,必然的に休憩・休息が多く含まれるという特徴があったことが認められ,拘束時間に対する労働密度は必ずしも高いとはいえず,過重な状況であったとは認められない。
なお,専門検討会報告書においては,長時間労働により1日4な
いし6時間程度の睡眠を確保できない状態が継続した場合,睡眠不足により疲労の蓄積が生じ,血管病変等を著しく増悪させるとの医学的知見を踏まえ,1日5時間程度の睡眠を確保できない状態は,1日5時間程度の時間外労働を行った場合に相当し,1日6時間程度の睡眠を確保できない状態は,1日4時間程度の時間外労働を行った場合に該当するとし,また,1日7ないし8時間程度の睡眠時間を確保できる状態が最も健康的であるとされる水準であるとし,その日の疲労がその日の睡眠等で回復できる状態にあったかどうかは,1日7ないし8時間程度の睡眠ないしそれに相当する休息が確保できていたかどうかという視点で検討することが妥当としている。そこで,念のため,亡Aの拘束時間を踏まえた疲労の蓄積につい
てみると,以下のとおりである。
1日のうち食事等の時間(食事,身の回りの用事,通勤等の時
間)を5.3時間とし,これを拘束時間以外の時間(以下「非拘束時間」という。)から差し引いた残りの時間を,睡眠に充てることのできる時間とすると,本件業務期間において,対象日数のうち7時間以上の睡眠を確保することが可能であった日数は,全体の7割を超え,これに,6時間以上の睡眠を確保することが可能であった日数を合わせると,全体の約8割に上る。一方,睡眠時間が4時間未満となる日数は,全体の1割程度である。上記状況からすれば,亡Aが,業務により慢性的に睡眠不足を生じていて疲労が蓄積し,回復し得ない状況であったなどとはいえない。また,本件疾病発症前の平成20年8月の状況についても,亡Aは,同月9日ないし11日,14日及び15日に休暇を取得しており,大幅に疲労の回復が図られていたと合理的に考えられるから,発症の時期に照らしても,業務との関連で亡Aの疲労が蓄積していたとは認められない。さらに,亡Aの同僚運転手等の供述によれば,亡Aは,拘束時間
中に含まれる運転業務に従事していない時間には,運転席後ろのリクライニングシートで仮眠をとる等して休んでいたことが認められるほか,本件業務期間中に担当した全てのバスツアーにおいて,拘束時間内に乗客が見学等をしている手待ち時間や,サービスエリア等の休憩中に,15分以上の休憩を1日当たり最低1回以上確保していたことが認められる。したがって,仮に,亡Aに,拘束時間の長さや勤務の不規則性等により生じる疲労があったとしても,亡Aは,拘束時間中の休憩時間を活用して短時間の仮眠をとるなどして,日常的に疲労の回復を図ることができた勤務状況にあった。

出張の多い業務による負荷について
専門検討会報告書は,出張の多い業務の過重性については,出張中の業務内容,出張の頻度,交通手段,移動時間及び移動時間中の状況,宿泊の有無,宿泊施設の状況などを踏まえ,出張中に睡眠を含む休憩・休息が十分取れる時間が確保されていたか,出張中の疲労が出張後において回復できる状態であったか等の観点から検討・評価することが妥当としている。
観光バス等の運転業務は,移動することが本来の業務そのものであるから,業務の負荷に加えて,移動することを「出張」と捉えて更に負荷要因として評価するのは,負荷の二重評価に等しく,妥当でない。また,宿泊に関しても,亡Aは十分休息を得ることができる状況にあったことが認められるから,格別に過重性を評価できるものではない。

深夜勤務による負荷について
専門検討会報告書は,交替制勤務や深夜勤務の過重性については,勤務シフトの変更度合,勤務と次の勤務までの時間,交替制勤務における深夜時間帯の頻度がどうであったか等の観点から検討し,評価することが妥当としている。
亡Aの深夜勤務は,平成20年8月は5回,同年7月は13回,同年6月は7回,同年5月は10回,訴外会社入社から同年4月までは11回であって,訴外会社は,深夜勤務後には休暇を取得させるか又は午後からの勤務を運行指示するなどの配慮をしており,同僚運転手の供述によれば,亡Aの深夜勤務は,恒常的なものとはいえず,事前にスケジュールを示され,それに向けて生活のリズムを整えることができる状態にあったことが認められるから,経験豊富なベテラン運転手であった亡Aにとって,深夜勤務の過重性が高いものであったとは認め難い。

精神的緊張を伴う業務による負荷について
専門検討会報告書は,精神的緊張について,疲労の蓄積という観点から配慮する必要があるとの認識のもと,脳・心臓疾患の発症に関与する可能性のある日常的に精神的緊張を伴う業務及び発症に近接した時期における精神的緊張を伴う業務に関連する出来事について,認定基準別紙の「精神的緊張を伴う業務」記載のとおり整理するとともに,どのようなストレスによって,どのような疾患を生じやすいかといったことは医学的に十分解明されていないこと,ストレスは業務以外にも多く存在し,その受け止め方は個々人により大きな差があることから,過重性の評価は慎重になされるべきであるとしている。
観光バス等の運転手には,客を乗せて運行する上で通常生じる精神的負荷は認められるものの,経験を重ねることにより知識や技術が向上し,運転業務に余裕が生じ,精神的緊張の度合いも緩和されていくものといえ,その業務が常に強い精神的緊張を伴うものとまでは認められない。亡Aは,運転業務歴14年以上のベテラン運転手であって,運転技量も十分であり,余裕をもって観光バス等の運転業務に当たっていたものであり,同業務は,一定の精神的負荷を伴うものであったとは認められるものの,常に強い精神的緊張を伴っていたとまではいえず,取り立てて過重であったと認めることはできない。


小括
亡Aの労働時間以外の負荷要因については,観光バス等の運転業務に必然的に伴う程度の負荷は認められるものの,同僚労働者又は同種労働者と比較して,特に過重であった状況は認められない。
4
当審における被控訴人の主張
本件疾病の発症原因について
控訴人の主張は,要するに,脳出血については,高血圧性脳出血であることが証明されない限り,脳動静脈奇形の破裂による出血とみるべきであり,業務起因性は認められない旨をいうものである。
しかしながら,最高裁平成4年(行ツ)第70号同8年3月5日第三小法廷判決・裁判集民事178号621頁(以下「平成8年最判」という。)は,特発性脳内出血(明らかな原因のない脳内出血の総称)について公務起因性を認めており,釧路地判平成8年12月10日・労働判例709号20頁(以下「平成8年釧路地判」という。)も,脳出血の発症の業務起因性が争われた事案につき,高血圧性脳内出血の発症の際に典型的にみられる基礎疾患の存在を認めるに足りる証拠はなく,特発性脳出血の可能性を否定する根拠もないとしながらも,高血圧性脳出血であると認めることについて医学的知見を前提としても矛盾はないとして,過重な業務が原因で脳出血が発症したことを認定している。控訴人の前記主張は,高血圧性脳出血であることが証明されていない脳出血について公務起因性や業務起因性を認めた平成8年最判や平成8年釧路地判等の下級審裁判例に反する。
また,F意見書及びG意見書の本件疾病は脳動静脈奇形の破裂による出血であった可能性が最も高いとの意見については,その裏付けとなる医学的な証拠はない。これらの意見は,本件疾病について高血圧性脳出血とは認め難いことからの可能性を述べたものにすぎず,平成8年最判や平成8年釧路地判等に反する。
亡Aの業務の過重性

自動車運転業務の過重労働に対しては,改善基準による規制のほか,「一般貸切旅客自動車運送事業に係る乗務距離による交替運転者の配置の指針について」(平成20年6月27日国自安第39号・国自旅行第133号国土交通省自動車交通局安全政策課長・同旅客課長通達。以下「平成20年通達」という。)や,「旅客自動車運送事業運輸規則の解釈及び運用について」(平成14年1月30日国自総第446号等国土交通省自動車局安全政策課長等通達。以下「平成14年通達」という。)による規制がされている。
改善基準においては,使用者は,自動車運転者について,①1日についての拘束時間が13時間を超えないものとすること,②勤務終了後,継続8時間以上の休息時間を与えることとされている。
平成20年通達においては,1日当たりの乗務距離の上限が670㎞(平成25年8月改正後は500㎞(昼間))とされている。
平成14年通達においては,運転時間が2日を平均して1日9時間を超える場合は交替運転者の配置を要するものとされている。

平成20年4月6日から同年8月18日までの期間(135日・19週)において亡Aが一人で運転業務を行った日数は,76日であるところ,そのうち,1日当たりの拘束時間が13時間を超える日数は45日,1日当たりの運転時間が9時間を超える日数は32日,1日当たりの走行距離が670㎞を超える日数は32日,1日当たりの走行距離が500㎞を超える日数は49日に及び,亡Aは,同年4月以来,前記アいし


の各規制を超える過重運転を頻繁に繰り返していた。

また,改善基準によれば,拘束時間は4週間平均して1週間当たり原則65時間(4週間で260時間)と規制されているところ,前記期間における亡Aの拘束時間を4週間ごとにみると,①同年7月22日から同年8月18日までが272時間20分,②同年6月24日から同年7月21日までが272時間35分,③同年5月27日から同年6月23日までが269時間10分,④同年4月29日から同年5月26日までが260時間10分,⑤同年4月1日から同月28日までが306時間55分であり,いずれも改善基準の定める上限を上回っている。
前記

の76日のうち,亡Aが午前5時前の早朝に出勤した日数は2

0日,午後10時以降の深夜勤務を行った日数は23日,宿泊を伴う勤務の日数は28日,休息時間(終業時刻後翌日の始業時刻までの時間)が8時間未満の日の日数は9日に及ぶ。
前記

の期間(135日・19週)において亡Aが宿泊を伴うバス運

行を担当した回数は,18回である。同業務では,初日は朝早くから業務を開始し,最終日(2日目又は3日目)は夜遅くまで業務が続くため,1日当たりの拘束時間(平均)は,宿泊を伴わない運行より長くなる。前記18回の運行のうち,拘束時間が改善基準の定める上限13時間を超えた運行が2回,12時間台が3回,11時間台が2回であり,最も短い拘束時間が10時間52分であった。また,前記18回の運行のうち,初日早朝(午前5時前)に出勤した回数は8回,最終日(2日目又は3日目)の退社時刻が深夜(午後10時過ぎ)であった回数は12回であった。
さらに,改善基準は,使用者はバス運転者に対し勤務終了後,継続8時間以上の休息時間を与えるべきことを定めているが,前記18回の運行については,運行の前後とも休息時間が8時間未満であったことが3回(平成20年4月17日ないし19日,同月25日及び26日,同年7月19日ないし21日),運行前のみ休息時間が8時間未満であったことが3回(同年5月17日及び18日,同年6月8日及び9日,同年7月26日及び27日),運行後のみ休息時間が8時間未満であったことが1回(同年5月24日ないし26日)あった。

20分以下の休憩時間は,仮眠もとれず,休憩に値するものとはいえない。控訴人主張の本件業務期間中の時間外労働時間数に,20分以下の休憩時間を加えた時間数は,①同年7月20日から同年8月18日までが90時間30分,②同年6月20日から同年7月19日までが69時間45分,③同年5月21日から同年6月19日までが70時間5分,④同年4月21日から同年5月20日までが86時間50分,⑤同年3月38日から同年4月20日までが65時間50分であり,これらの時間を労働時間とみれば,長時間労働が本件疾病発症の原因であることは明らかである。第3
1
当裁判所の判断
当裁判所は,被控訴人の本件各請求(本件各処分のうち本件労災就学援護費不支給決定以外の各決定の取消しを求める請求をいう。以下同じ。)はいずれも理由がないと判断する。その理由は,次のとおりである。

2
業務起因性の判断枠組み
労災保険法に基づく保険給付は,労働者の業務上の疾病等について行われるものであり(労災保険法7条1項1号),労働者に発症した疾病を業務上のものと認めるためには,業務と疾病との間に法的にみて労災補償を認めるのを相当とする関係,すなわち相当因果関係が認められることが必要である(公務起因性についての最高裁昭和50年(行ツ)第111号同51年11月12日第二小法廷判決・裁判集民事119号189頁参照)。そして,労災保険制度が,労働基準法上の危険責任の法理に基づく使用者の災害補償責任を担保する制度であることからすれば,上記の相当因果関係を認めるためには,当該疾病等の結果が,当該業務に内在する危険が現実化したものであると評価し得ることが必要と解するのが相当である(公務起因性についての最高裁平成6年(行ツ)第24号同8年1月23日第三小法廷判決・裁判集民事178号621頁,業務起因性についての最高裁平成6年(行ツ)第200号同9年4月25日第三小法廷判決・裁判集民事183号293頁参照)。また,労災補償制度の前提となる使用者の補償責任が危険責任の法理に基づく無過失責任とされていることや,労災補償制度が使用者の保険料の拠出によって運営されていることに照らせば,業務に内在する危険性の有無を判断するに当たっては,当該労働者本人あるいは最も脆弱な労働者を基準とするのは相当でなく,何らかの個体側の脆弱性を有しながらも,当該労働者と職種,職場における立場,経験等の点で同種の者であって,特段の勤務軽減を要することなく通常業務を遂行することができる平均的労働者を基準とすべきである。
そこで,以下,本件疾病が,本件業務に内在する危険が現実化したものであると評価できるか否かについて検討する。
ところで,認定基準は,労災保険の事業を行う行政庁内部の通達であって,法的な拘束力があるわけではないが,厚生労働省において「脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会」が開催され,疲労の蓄積等と脳・心臓の疾患との関係を中心に,業務の過重性と評価要因の具体化等について,医学的知見に基づく検討がされて,平成13年11月16日にその検討結果が専門検討会報告書に取りまとめられところ,認定基準は,これを踏まえて発出されたものであって,判断基準としての合理性を有するものと認められる。したがって,業務起因性を判断するに当たっては,認定基準の定める要件についてその趣旨を十分考慮しつつ検討するのが相当である。
3
本件疾病の発症時期及び発症原因
本件疾病の発症時期及び発症原因につき,被控訴人は,B意見書等を根拠として,亡Aに頭痛等の症状が生じた平成20年8月5日に微小脳出血が生じて本件疾病を発症した可能性を否定できず,本件疾病は高血圧性脳出血であった可能性を否定できないと主張するのに対し,控訴人は,本件疾病の発症は同月19日であり,発症原因は脳動静脈奇形の破裂であると主張するので,以下検討する。
後掲の各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。ア
脳出血に関する医学的知見
脳出血とは,脳実質内に出血が生じる病態の総称である(乙1,52)。
脳出血の60%以上は,高血圧症を背景とした高血圧性脳出血であり,高血圧が長時間持続することにより脳内小動脈に類線維素変化,血管壊死が起こり,これに基づく微小動脈瘤が破綻して出血を起こすと考えられている。高血圧性脳出血の好発年代はおよそ60歳以上であり,好発部位は,被殼,視床,皮質下,橋,小脳であり,被殼及び視床が約7割を占めるとされている。バイタルサインとしては,発症時の血圧は高く,基礎疾患として高血圧症があり,もともと血圧が高いところに,さらに脳圧増加と急性ストレスに続発する血圧上昇が重畳している可能性が高い。臨床症状としては,特に前触れとなる症状はなく,多くは昼間の活動時に発病し,最初にしびれ感やめまい感が起こり,半身の動かしづらさ,半身の感覚異常,言葉のしゃべりづらさなどの脳局所症候,頭痛,吐き気,嘔吐などの脳圧亢進症候,意識障害などが数時間の経過で起こってくる。(乙1,36,52,59,60)
高血圧を原因としない脳出血の発症原因は,もやもや病,アミロイドアンギオパチー,脳動静脈奇形,脳動脈瘤,脳動脈炎,血管腫,脳腫瘍,頭部外傷,白血病,抗凝固治療等の様々なものがある(乙1,59,60)。非高齢・非高血圧者の脳出血の場合,脳動静脈奇形の破裂による出血が有力な原因として考えられており,脳動静脈奇形は,50歳未満の脳出血の原因としては,高血圧性脳出血66%に次いで12%と多いとの報告も存在する(乙60)。
脳動静脈奇形は,胎生期第3週に発生する先天性異常で,脳の動脈と静脈の間に毛細血管を介さない短絡を認めるものをいう。脳動静脈奇形は,異常血管が腫瘤状にとぐろを巻いた部分(ナイダス)と流出静脈から構成され,ほとんどの場合,脳動脈である。出血の好発年齢は20歳代ないし40歳代であり,30歳代が最も多く,発生頻度は2対1の比率で男性に多い。脳動静脈奇形の症状は,脳動静脈奇形の部位によるので,固有の症状はないが,出血した場合,片麻痺,意識障害,てんかん発作が発症することが多い。脳動静脈奇形の症状として頭痛をきたすことはあるが,頻度としては少なく,出血前に必ず前駆症状として頭痛があるというわけではない。出血した場合は,頭蓋内圧が上昇するため,激しい頭痛となる(乙60,73)。

本件疾病発症前後の亡Aの健康状態等
亡Aが平成20年4月8日に訴外会社実施の健康診断を受診した際の血圧は,最高血圧が126mmHg,最低血圧が84mmHgと正常値であり,腰椎間板ヘルニアの既往歴を除き,亡Aの健康について特段の指摘はなかった(前記前提事実

)。

亡Aは,1日に少なくとも缶ビール1,2本程度の飲酒をし,1日にたばこを1箱前後吸う習慣を有していた(乙63ないし66,被控訴人本人)
亡Aは,平成20年8月5日,午前4時40分に出勤し,午前5時に出庫し,午前8時頃に東京(武蔵野市)を出発して午後3時頃に長野(志賀高原)に到着する貸切バスの運転業務に従事した。亡Aは,午後5時50分に入庫したが,その後体調を崩して嘔吐した。亡Aの乗務したバスのタコグラフは,同月6日午前1時30分まで記録されており,亡Aは,同時刻頃まで車内で休んでいた可能性が高い(甲6,16,17,乙19,20)。
亡Aは,同月6日午前6時40分に出勤し,午前7時10分に出庫し,長野県(上田駅)から石川県及び富山県(金沢,輪島,山中温泉,五箇山等)をめぐり長野県(上田駅)に戻る2泊3日の観光バスツアーの運転業務に従事し,同月8日午後9時50分に入庫したが,同月6日朝から頭痛を生じ,同ツアーの運行期間中,頭痛を訴え,乗客が見学をしている空き時間には乗務員休憩所で横になるなどして休息をとっていた。同月8日頃からは,食欲不振になり,ふしぶしに痛みを感じるようになった(甲6,16,17,乙19,20,72)。
同月9日(土曜日)から11日(月曜日)までは休日であり,亡Aは,同月9日は自宅で静養したが,体調が回復しなかったため,同月10日,C医院を受診し,同月5日以降の前記症状を訴えた。この受診時にC医院で測定された亡Aの血圧は,最高血圧が130mmHg,最低血圧が70mmHgと正常値であり,体温は37.2度で,尿検査の結果は,糖と蛋白は陰性であり,ケトン体は陽性であった。C医院のC医師は,亡Aについて,感染性胃腸炎(感冒に伴う急性胃腸炎)及び脱水症であると判断し,急性胃腸炎,脱水症,片頭痛と診断して補液及び胃散の投薬を行った。
(以上につき,甲16,17,乙19,20,29,72,被控訴人本人)
亡Aは,同月12日及び13日は沢渡(長野県)と大阪駅(大阪市)とを往復するバス運行業務に他の運転手1名との2人交替制で従事し,同月14日及び15日は休暇をとり,被控訴人と共に被控訴人の実家を訪れた。亡Aは,同月16日に長野県から埼玉県までバスを運転する業務に従事し,同月17日から2泊3日の「草津・鬼怒川ロマンティック街道3日間」ツアーのバス運転業務に従事した(乙19,20,被控訴人本人)。
亡Aは,普段は目覚まし時計が鳴るとすぐ起床していたが,同月17日朝は,普段とは異なり,目覚まし時計が鳴ってもすぐには起床せず,被控訴人が亡Aを起こした(被控訴人本人)。このこと以外は,同月12日以降の亡Aの様子に,被控訴人の記憶に残るような変わった様子はなく,同月17日からの前記ツアーにおいても,後記
の体調の急変が

生じるまでは,亡Aに特に変わった様子はみられず,食事もとっていた(乙19,20,34,被控訴人本人)。
亡Aは,平成20年8月19日午後1時30分頃,前記

のツアーの

業務として大型観光バスを運転して栃木県日光市内の二荒山神社駐車場を出発したが,その5分後頃には冷や汗が出て気分が悪くなり,一時停止場所で何度もエンストをし,目をこすって眼鏡を足元に落とした。同乗したバスガイドが亡Aの様子のおかしいことに気づき,声をかけたところ,亡Aは,返事をしたものの,ろれつが回らず,左手が下に下がっていた。バスガイドは,危険を感じ,サイドブレーキを引いてバスを停車させ,救急車を呼んだ(乙34,61)。
救急隊が到着した同日午後1時54分頃の亡Aの意識状態は,開眼がなく,言語反応もなく,ジャパン・コーマ・スケール(以下「JCS」という。)Ⅲ(刺激しても覚醒しない状態)―2(200。痛み刺激に対し,少し手足を動かしたり,顔をしかめたりする。)であって高度の意識障害があり,舌根沈下による喘鳴呼吸,瞳孔左右不同,顔面蒼白,左半身麻痺が認められた。救急隊が応急処置をした時点の亡Aの状態は,呼吸数は24回/分,脈拍58回/分,最高血圧が142mmHg,最低血圧が87mmHg,血中酸素飽和度98%,体温36.3度であった(乙33,59ないし61)。
亡Aは,同日午後2時頃,日光市民病院に救急搬送された。その時点では,深昏睡の状態にあり,JCSⅢ―3(300。痛み刺激に対し全く反応しない)であって,両側瞳孔散大,対光反射消失,除脳硬直,四肢麻痺が認められ,自発呼吸があり,頭部CT画像において右大脳皮質に直径8㎝の大きな血腫が認められた。亡Aは,同日午後3時過ぎに自発呼吸が不安定となったため,気管内挿管が施されて人工呼吸管理となり,同日夜に中枢性尿崩症がみられ,脳出血による脳圧亢進により,同月22日には脳幹反射全てが消失し,ほぼ脳死と診断された(乙31,33,59ないし61)。
亡Aは,平成20年8月27日,長野市民病院に転院した。転院当時,亡Aは,脳死状態であり,重度の肺炎が認められた。
同月29日に同病院で撮影された亡Aの頭部CT画像では,右側頭葉から被殼及び視床・中脳にかけて不整形の大きな血腫が認められ,脳幹,小脳,間脳,大脳半球全体にびまん性の高度の腫脹と濃度低下を認め,広範な壊死,浮腫を呈していた。
同病院では,肺炎の治療,循環及び呼吸管理が行われたが,亡Aは,同年11月30日に死亡した。
(以上につき,乙32,59,60)

本件疾病の発症原因及び発症時期についての医師の意見書等
長野労働局長の依頼を受けた長野労働局地方労災医員協議会脳・心専門部会は,平成22年2月6日,長野労働局長に対し,「Aに発症した疾病に係る業務起因性の医学的見解について」と題する意見書(乙33)を提出した。同意見書には,本件疾病は,平成20年8月19日の日光市民病院のCT画像から,視床と被殼の混合型出血と考えられるとの記載があり,発症原因について「既往症もなく急激に脳出血を発症したことから,脳血管病変(たとえばAVM〈脳動静脈奇形〉)が存在していた可能性も否定できないが,その確証は認められない」との意見が記載され,発症時期については,同日午後1時35分頃以降の亡Aの意識が消失した直前頃と考えられる旨の意見が記載されている。
日光市民病院において亡Aを担当したD医師は,平成20年8月19日,訴外会社に対し亡Aの病状を説明した際,「血管の異常があったのだろう。高血圧なくして若くしてこうなるのは非常にまれです。」と述べた(乙61)。
また,長野市民病院において亡Aを担当したE医師作成の「退院・転科要約(脳神経外科)」と題する書面(乙62)には,「家族には入院当初,若年者の脳出血であるため血管奇形などの原因が存在した可能性があるが現在では検査困難であること」を説明した旨の記載がある。B医師は,B意見書(甲22の1及び23の1)において,本件疾病は高血圧性脳出血であり,平成20年8月5日に発症した可能性を否定できないとの意見を述べている。その主な理由としては,①頭痛と嘔吐だけで麻痺を認めない被殼外側又は視床の脳出血もあり得るところ,亡Aが同日に視床の微小脳出血を発症したとすると,長期間にわたる頭痛,その後の嘔吐,食欲不振の症状が説明可能であり,同月19日に再出血を来したとしても自然経過として矛盾がないこと,②仮面性高血圧の可能性や,職場高血圧などストレス下で高血圧となる可能性に加えて,脱水状態では通常より血圧が低下するため,亡AのC医院受診時の血圧も通常より低かった可能性があることなどからすれば,亡Aが高血圧であった可能性を否定できないこと,③無症候性脳出血は,高血圧性脳出血の頻度が高く,その多くが被殼外側出血とされているところ,亡Aの脳出血の部位は,視床から被殼にかけてであり,無症候性脳出血の部位と一致することが挙げられている。
F医師はF意見書(乙59)において,G医師はG意見書(乙60)において,本件疾病は脳動静脈奇形の破裂による出血であった可能性が最も高く,発症時期は平成20年8月19日である旨の意見を述べている。その主な理由としては,①亡Aについては高血圧の既往症が認められないこと,②本件疾病発症時の亡Aの年齢が42歳と若年であったこと,③異変を生じた同日午後1時30分頃から約30分間という短時間のうちに直径8㎝以上の巨大な血腫が形成され,脳幹障害(除脳硬直)が生じており,急激な脳出血量の増大があり,これによって頭蓋内圧亢進が進行して短時間に脳幹障害(除脳硬直)を呈したと考えられ,典型的な高血圧性脳出血の原因である動脈径の細い動脈の動脈硬化による壊死部,細動脈瘤からの出血を考えるよりも,太い動脈からの出血や脳血管奇形による脳出血を考えるのが,本件疾病の症状の経過により合致すること等が挙げられている。
前記

認定のとおり,亡Aの血圧は,平成20年4月8日の健康診断受診
時及び同年8月10日のC医院受診時のみならず,同月19日に意識を消失した時点においても正常値であって,亡Aの既往症に高血圧があったなどの事情は認められない。
また,亡Aは,平成20年8月当時,42歳であったところ,前記
認定

のとおり,非高齢・非高血圧者の脳出血については脳動静脈奇形の破裂による出血が有力な原因として考えられており,その好発年齢は20歳代ないし40歳代とされ,発生頻度は2対1の比率で男性に多いとされている。さらに,本件疾病については,亡Aに異変を生じてから約30分間という短時間のうちに直径8㎝以上の巨大な血腫が形成され,短時間に脳幹障害(除脳硬直)が生じていることから,急激な脳出血量の増大があったものと認められ,F医師及びG医師は,このことから,典型的な高血圧性脳出血の原因である動脈径の細い動脈の動脈硬化による壊死部,細動脈瘤からの出血を考えるよりも,太い動脈からの出血や脳血管奇形による脳出血を考えるのが,本件疾病の症状の経過により合致すると指摘している。
以上の理由から,脳神経外科の専門医であるF医師及びG医師(乙59,60)は,本件疾病は脳動静脈奇形の破裂による出血であった可能性が最も高く,その発症時期は平成20年8月19日であるとの意見を述べており,長野労働局地方労災医員協議会脳・心専門部会やE医師も,脳動静脈奇形等の脳血管病変の存在の可能性を指摘していることに照らすと,本件疾病については,医学的には脳動静脈奇形の破裂による出血である可能性が最も高いと認めるのが相当である。
前記

の認定に関し,B意見書(甲22の1及び23の1)には,前記⑵
のとおり,本件疾病は平成20年8月5日に発症した高血圧性脳出血で
ある可能性があり,亡Aが仮面性高血圧や職場高血圧等であった可能性があるとの記載があるが,前記

認定に係る亡Aの3回の血圧測定結果や,これ

まで亡Aに高血圧の既往症が指摘されたことがなかった事実に照らすと,亡Aが仮面性高血圧等であった可能性は考え難い。また,B意見書には,亡Aが同日に頭痛と嘔吐の症状を呈する被殼外側又は視床の脳出血を発症した可能性があるとの記載もあるが,亡Aには,同日以降,B医師の指摘する頭痛,嘔吐及び食欲不振のほか,37.2度の発熱やふしぶしの痛みの症状もみられ,C医師は,これらの症状について感冒に伴う急性胃腸炎,脱水症及び片頭痛であると診断していたのであり,このことと前記

に説示したところに

照らせば,B医師の前記意見は,採用することができないというほかない。前記

説示のとおり,本件疾病は脳動静脈奇形の破裂による出血である可
能性が最も高いと認められるところ,控訴人は,脳動静脈奇形の形成は先天的なものであり,脳動静脈奇形の破裂による出血は,動脈硬化やストレスの有無と関わりなく発症するから,本件疾病の発症に業務起因性は認められないと主張し,F意見書(乙59)には,脳動静脈奇形は,その発生機序や構造から,業務の過重負荷による動脈硬化の進行と関わりなく,常に脳出血を惹起する危険を有する旨の記載があり,G意見書(乙60)には,脳動静脈奇形の破裂のリスクとして,一般的な生活習慣等によるリスクは,通常ないと考えられるとの記載がある。
しかしながら,脳動静脈奇形について,業務による過重な負荷が加わることにより,その血管病変等が自然経過を超えて著しく増悪し破裂に至ることはないとの医学的知見が確立していることを裏付ける文献等の証拠はなく,専門検討会報告書(乙1)においても,脳出血の原因の一つに脳動静脈奇形が挙げられ,脳動静脈奇形を原因とする脳出血について労災認定から除外する趣旨の記述はないのであり,これらを踏まえると,脳動静脈奇形について,業務による過重な負荷が加わることによって,その血管病変等が自然経過を超えて著しく増悪し破裂に至る可能性は否定することができず,本件疾病が脳動静脈奇形の破裂による脳出血である可能性が最も高いことから直ちに本件疾病の業務起因性を否定することはできないというべきである。そこで,次項以下において,本件業務による負荷の程度について検討することとする。
4
亡Aの労働時間等
本件業務期間における亡Aの労働時間に関し,後掲の各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

訴外会社は,バス運転手の勤務時間の管理を運行指示書及び貸切輸送報告書によって行っていた。運行指示書は,訴外会社が貸切バス運行等を依頼した旅行業者等との打合せに基づいて配車地,行先,行程等を記載して作成するものであり,運行日の2,3日前に乗務員に提示される。貸切輸送報告書は,バス運転手が,運行ごとに作成するものであり,出勤時間,出庫時間,入庫時間,退勤時間,出発地,到着地,主な経過地,出発時刻,到着時刻,走行時間,積算メーター等を記載するものとされていた(乙18ないし23)。


亡Aに交付された運行指示書(乙19。以下「本件運行指示書」という。)及び亡Aが作成した貸切輸送報告書(乙20。以下「本件貸切輸送報告書」という。)には,亡Aの出勤時間が記載されており,亡Aは,出勤後,30分間始業点検を行った上,バスの運転業務を開始していた(前記前提事実

,乙18ないし20)。

また,亡Aがバスの運転業務を終了した時刻は,本件貸切輸送報告書の「時刻」欄の最下段記載の時刻(宿泊を伴う運行については,時刻欄のうち当該日に係る部分の最下段記載の時刻)である。訴外会社においては,バス運転手は,バスの運転業務終了後,車両外部の清掃及び20分間の終業点検を行うこととされ,清掃は,ホースとブラシを用いた手洗いにより行い,しっかり清掃すると約40分ないし約60分かかるが,フロントガラスを水洗いするだけであれば約5分ないし約10分で終了する。どの程度丁寧に清掃を行うかは運転手により異なるところ,亡Aの同僚のバス運転手ら2名は,2,3回の運行ごとに1回の割合でしっかり清掃を行っており,同僚のバス運転手や亡Aの運転するバスに乗車したことのあるガイドは,亡Aはあまり清掃をしておらず,亡Aの乗車するバスはきれいではなかったとの印象をもっていた。また,宿泊を伴う運行の場合,バス運転手が宿泊先で車体全体の清掃を行うことはほとんどなく,フロントガラスを水洗いするに止まるが,その後にバスガイドの行う車内清掃を手伝うことが多く,約20分ないし約30分を要する車内清掃を終わった時点で,バスガイドと同時に宿泊先に入るのが通常である(乙20,21,46,63ないし66,70)。

訴外会社においては,バス運行時のサービスエリア,見学地,昼食場所等の空き時間をバス運転手の休息時間として扱うこととしており,その旨を新入社員に対し入社時研修の際に説明しており,亡Aも,訴外会社入社後に受けた研修において上記説明を受けている(乙26)。
訴外会社のバス運転手は,サービスエリア等での15分間程度の空き時間には,たばこを吸ったり,運転席で休んだり,売店で軽食や飲み物を買ったりして自由に過ごしており,亡Aも,たばこを吸ったり,携帯電話を操作したりしていた(乙63,64)。
また,訴外会社は,観光バスの運転席真後ろのリクライニングシートを運転手の仮眠施設としており,運転手は,同シートを倒して手足を伸ばして仮眠をとることができる。観光バスツアー等において見学地等における空き時間が長いとき等には,バス運転手は,たばこを吸ったり,売店で軽食や飲み物を買ってバスの中で飲食したりするほか,前記シートを倒して仮眠をとることもあり,このような空き時間は,連続3ないし4時間に及ぶこともある。なお,亡Aは,平成20年7月7日,長野から箱根,小田原,平塚を経由して長野に戻る観光バスツアーの観光バス運転業務に同僚のHと2人交替制で従事した際,Hの運転中,上記リクライニングシート2席を倒して仮眠をとり,「くの字」の姿勢になっていびきをかいていたことがあった(乙24,46,63,64,弁論の全趣旨)。

亡Aは,訴外会社に入社した平成20年3月28日から同年4月3日までの間は,訴外会社が実施した研修等に参加していた(乙26)。また,亡Aが平成20年3月28日から同年8月18日までの間においてタクシー運転業務に従事した日数(前記研修としてタクシー運転業務を行った日を除く。)は,平成20年4月が1日,同年5月が3日,同年6月が3日,同年7月が3日であった。タクシー運転業務の開始時刻及び終了時刻は,タコグラフに記録されている(甲6)。


審査官は,本件棄却決定において,亡Aの労働時間について,要旨以下の①ないし④の方法により,別表「労働時間集計表」(以下「別表」という。)記載のとおり認定した(甲6)。


バス運転業務の始業時刻は,本件運行指示書及び本件貸切輸送報告書記載の出勤時刻とするが,宿泊を伴うバスツアーの場合,2日目・3日目の始業時刻は,宿泊地の出発時刻に,始業点検に要した時間として30分を考慮した時刻とする。
タクシー運転業務の始業時刻は,タコグラフ記載の時刻とする。



バス運転業務の終業時刻は,本件貸切輸送報告書記載の入庫時刻又は宿泊先到着時刻に終業点検(日報記載時間)として20分を加算した時刻とするが,タコグラフ記載の時刻がそれより遅いときは,タコグラフ記載の時刻とする。


サービスエリア,見学地,昼食場所等における空き時間は,休憩時間として扱い,バス運転業務を運転手2人の交替制で行った場合は,亡Aが運転していない時間も休憩時間とする。



平成20年3月28日,同年4月1日ないし4日,7日,同年5月2日,5日,同年6月18日及び21日の亡Aの勤務状況については,訴外会社が長野労働基準監督署に提出した平成21年6月1日付けの報告書(乙26)の記載に基づいて認定する。


なお,処分行政庁は,亡Aのバス運転業務の終業時刻について,本件棄却決定における審査官の認定とは異なり,本件貸切運送報告書記載の入庫時刻(宿泊地への運行の場合は宿泊地到着時刻)に終業点検時間20分及び清掃時間60分を加算した時刻を終業時刻として認定している(甲6)。


前記⑴認定の事実によれば,亡Aの訴外会社勤務期間中の勤務日及び休日は,別表の日付欄及び労働時間欄記載のとおりであり(同欄に時刻が記載されている日が勤務日である。),勤務日に従事した業務の概要は,別表の備考欄記載のとおりであり(同欄に記載された地名は,バス運行業務に従事した際の目的地等である。),始業時刻は,別表の労働時間欄記載の始業時刻のとおりであり,バス運転業務に従事した際の走行距離は,別表の走行距離欄記載のとおりであると認めるのが相当である。また,終業時刻は,バス運転業務以外の業務等(研修参加,タクシー乗務,整備,健康診断,安全会議出席)については,同表の労働時間欄記載の終業時刻のとおりであると認めるのが相当である。
亡Aのバス運転業務の終業時刻については,前記

イ認定に係る亡Aの同

僚運転手やバスガイドの認識を前提としても,亡Aが帰庫後にバスの車体全体を清掃することがほとんどなかったとは考え難く,前記

イ認定の事実に

照らせば,亡Aは,少なくとも3,4回の運行に1回程度の割合で車体全体を約40分ないし60分かけて清掃し,それ以外は約5分ないし約10分かけてフロントガラスを水洗いする清掃をし,宿泊を伴う運行の際には,宿泊先到着後に約20分ないし30分かけて,フロントガラスの清掃やバスガイドの車内清掃の手伝いを行っていたものと推認されるから,平均すると,1日当たり約20分の清掃を行っていたものと認めるのが相当である。したがって,亡Aのバス運転業務の終業時刻については,別表記載のバス運転業務従事日の労働時間欄記載の終業時刻に20分を加えた時刻であると認められる。
以上によれば,亡Aの1日の拘束時間数及び1日の労働時間数は,バス運転業務以外の業務に従事した日については,別表の1日の拘束時間数欄及び1日の労働時間数欄記載のとおりであり,バス運転業務に従事した日については,別表の1日の拘束時間数欄及び1日の労働時間数欄記載の時間数に20分を加えた時間であると認められる。
前記⑵認定の事実を前提として算定すると,亡Aの訴外会社勤務期間中の拘束時間,労働時間及び時間外労働時間は,以下のとおりと認められる(括弧内は終業時のバス清掃の時間として20分を加算した日数等を示す。)。①

平成20年7月20日から同年8月18日まで
拘束時間283時間55分,労働時間193時間30分(いずれも22日分を加算),時間外労働時間45時間40分(14日分を加算)


同年6月20日からまで同年7月19日まで
拘束時間282時間35分,労働時間195時間20分(いずれも16日分を加算),時間外労働時間36時間10分(15日分を加算)


同年5月21日から同年6月19日まで
拘束時間282時間,労働時間182時間50分(いずれも20日分を加算),時間外労働時間20時間25分(16日分と5分を加算)


同年4月21日から同年5月20日まで
拘束時間266時間10分,労働時間182時間45分(いずれも15日分を加算),時間外労働時間47時間50分(14日分を加算)⑤

同年3月28日から同年4月20日まで
拘束時間247時間50分,労働時間178時間25分,時間外労働時間38時間10分(いずれも11日分を加算)
これに対し,被控訴人は,サービスエリア,見学地,昼食場所等における
空き時間については,いわゆる手待ち時間として労働時間に当たると解すべきであると主張する。
しかしながら,訴外会社は,これらの空き時間をバス運転手の休憩時間として扱い,その旨を亡Aを含むバス運転手らに告知しており,同人らも,これらの空き時間を休憩時間と認識して,煙草を吸ったり,携帯電話を操作したり,売店で買物をしたり,軽食をとったり,仮眠をとったりして自由に過ごしていることは,前記

ウ認定のとおりであり,この事実に照らせば,こ

れらの空き時間にバス運転手が乗客への対応を余儀なくされることがあるとしても,それは例外的なことにすぎないというべきである。したがって,そのような例外的な事情が生じる可能性があるからといって,これらの空き時間について,バス運転手が乗客への対応等の業務を行うことを本来予定されている時間であり,使用者の指揮監督に服している時間であると認めることはできないから,これらの空き時間は労働時間に当たるとはいえず,被控訴人の主張は採用することができない。
また,被控訴人は,訴外会社におけるバス運転手の時間外手当の計算において,「ワンマン泊まりの場合の清掃時間は大型120分(中型90分)として計算」とされていることから(甲8の1及び2),バスの清掃時間120分を加えて亡Aの労働時間を計算すべきであると主張する。
しかしながら,訴外会社のバス運転手によるバスの車体清掃の状況は,前記
イ認定のとおりであって,その頻度や内容は運転手により異なっており,亡Aについては,3,4回の運行に1回程度の割合で車体全体を約40分ないし約60分かけて清掃し,それ以外は,約5分ないし約10分かけてフロントガラスを水洗いするに止めていたものと推認され,平均すると1日当たり約20分の清掃を行っていたものと認めるのが相当であることは,前記で説示したとおりである。被控訴人の主張する前記の労働時間の算定方法は,訴外会社のバス運転手,取り分け,亡Aの業務の実態とは合致しないものといわざるを得ず,採用することができない。
以上のとおりであるから,労働時間の算定方法に関する被控訴人の前記主張は,前記
5
及び

の認定判断を左右するものではない。

平成20年7月15日から同年8月19日までの亡Aの業務及び休暇取得の状況等
平成20年7月15日から同年8月19日までの亡Aの業務及び休暇取得の状況等は,次のとおり補正するほかは,原判決「事実及び理由」第3の1(原判決16頁12行目冒頭から同18頁12行目末尾まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
原判決16頁12行目冒頭から同頁14行目末尾までを次のとおり改める。「

証拠(甲6,乙19,20)によれば,平成20年7月13日から同年8月19日までの亡Aの業務及び休暇取得の状況等は,以下のア及びイのとおりであることが認められる。

平成20年7月
13日及び14日
15日ないし17日

休暇
2泊3日

午前2時50分出勤,総走行距離1

979㎞,18日午前0時30分入庫,小布施(長野県)・宇多津町(香川県)・馬路村(高知県)間(ガイドなし)
18日

午後0時10分出勤,総走行距離657㎞,19日午前1時

入庫,千葉市・松本市(長野県)間(ガイドなし)」
同18頁3行目の「2泊3日」を削る。
6
本件業務による負荷の程度
業務の過重性の評価方法

被控訴人は,本件疾病の発症の原因は発症前約1か月(25日間)の特に過重な勤務又は本件業務期間における過重な業務にあると主張するところ,本件疾病の業務起因性の有無は,前記前提事実⑴イの③の認定要件である発症前の長期間(発症前おおむね6か月間)にわたって,著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労したといえるかどうかの観点から検討すべきである。


専門検討会報告書は,発症との関連における業務の過重性の評価に当たっては,発症時における疲労の蓄積がどの程度であったのか,すなわち,業務により生じた疲労の蓄積が血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させ,脳・心臓疾患の発症に至らしめる程度のものであったかどうかという観点から判断することになるとし,業務の過重性の評価は,労働時間のみならず,種々の就労態様による負荷要因を総合的に評価することによって行われるべきであるが,長時間労働に着目してみた場合,1日4ないし6時間程度の睡眠が確保できない状態が継続していたかどうかという視点で検討することが妥当と考えられるとし,1日6時間程度の睡眠が確保できない状態は,1日の労働時間8時間を超え,4時間程度の時間外労働を行った場合に相当し,これが1か月継続した状態はおおむね80時間を超える時間外労働が想定され,また,1日5時間程度の睡眠が確保できない状態は,1日の労働時間8時間を超え,5時間程度の時間外労働を行った場合に相当し,これが1か月継続した状態はおおむね100時間を超える時間外労働が想定されるとする一方,その日の疲労がその日の睡眠等で回復できる状態であったかどうかは,1日7,8時間程度の睡眠ないしそれに相当する休息を確保できていたかどうかという視点で検討することが妥当であり,1日7,8時間程度の睡眠を確保できる状態は,1日の労働時間8時間を超え,2時間程度の時間外労働を行った場合に相当し,これは1か月おおむね45時間の時間外労働が想定されるとしている(乙1)。
認定基準は,上記の専門検討会報告書の検討結果を踏まえて,業務の過重性の具体的評価において,労働時間の長さは,業務量の大きさを示す指標であり,過重性の評価の最も重要な要因であるので,評価期間における労働時間については十分に考慮することとしている(乙2)。そして,長期間の過重業務の有無の判断における労働時間による負荷の評価に関し,①発症前1か月ないし6か月間にわたって,1か月当たりおおむね45時間を超える時間外労働が認められない場合は,業務と発症との関連性が弱いが,おおむね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど,業務と発症との関連性が徐々に強まると評価できること,②発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって,1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は,業務と発症との関連性が強いと評価できることを踏まえて判断することとし(前記前提事実

イ),また,休日のない連続勤務が長く続くほど業務と発症

との関連性をより強めるものであり,逆に,休日が十分確保されている場合には,疲労は回復ないし回復傾向を示すとしている(乙2)。

以上を前提に,亡Aの労働時間について検討するに,前記4認定の事実によれば,亡Aの1か月当たりの時間外労働時間数は,本件疾病発症前1か月目が45時間40分,発症前2か月目が36時間10分,発症前3か月目が20時間25分,発症前4か月目が47時間50分,発症前5か月目(ただし,24日間)が38時間10分(1か月当たりに修正すると49時間30分)であって,この5か月間の平均は1か月当たり約39時間55分と認められる。したがって,発症前1か月間についてみると,認定基準において業務と発症との関連性が強いと評価できるとされるおおむね100時間という基準の2分の1を下回り,発症前2か月間ないし6か月間についてみても,1か月当たりおおむね80時間という基準のほぼ2分の1にすぎず,1か月単位でみても,疲労の蓄積が生じず,業務と発症との関連性が弱いとされている1か月当たりおおむね45時間という基準とほぼ同程度であったか又はこれをかなり下回っていたことが認められる。したがって,亡Aの業務は,本件疾病発症前約1か月についても,本件業務期間全体(約5か月)についても,労働時間の点からみて,業務と発症との関連性が弱いと評価できるものではないが,業務と発症との関連性が強いと評価できるものであったとは認められない。
労働時間以外の負荷要因による負荷について

勤務の不規則性及び深夜勤務について
専門検討会報告書は,不規則な勤務は睡眠と覚醒のリズムを障害するため,不眠,睡眠障害,昼間の眠気などの愁訴を高め,生活リズムの悪化をもたらす場合が多いとする報告があると指摘し,不規則な勤務の一例として,予期せぬ渋滞等の道路・交通事情による勤務時間の不規則性がみられるバス,タクシーの運転者等の業務等を挙げている(乙1)。また,専門検討会報告書は,交替制勤務,深夜勤務は直接的に脳・心臓疾患の発症の大きな原因になるものではないものの,シフトが変更されると,生体リズムと生活リズムの位相のずれが生じ,その修正の困難さから疲労がとれにくいといったことが考えられると指摘している(乙1)。
専門検討会報告書及び認定基準は,不規則な勤務の過重性については,予定された業務スケジュールの変更の頻度・程度,事前の通知状況,予測の度合,業務内容の変更の程度等の観点から検討し,評価することが妥当であるとし,深夜勤務の過重性については,勤務シフトの変更度合,勤務と次の勤務までの時間,交替制勤務における深夜時間帯の頻度がどうであったか等の観点から検討し,評価することが妥当であるとしている(乙1,2)。
前記4及び5認定の事実並びに証拠(甲6)によれば,亡Aの従事していたバス運転業務は,始業時刻及び終業時刻が観光バスツアー等の運行予定に左右されるため,別表記載のとおり(ただし,バス運転業務日の終業時刻について,同表記載の終業時刻に20分を加えた時刻を終業時刻と認めるべきことは前記4⑵説示のとおりである。),不規則なものであり,深夜時間帯(午後10時から午前5時まで)にかかる勤務が含まれていたこと,深夜時間帯にかかる勤務の日数は,平成20年4月が12回(うち2人乗務1回を含む。),同年5月が12回(うち2人乗務2回,タクシー乗務2回を含む。),同年6月が7回(うち2人乗務1回,タクシー乗務2回を含む。),同年7月が13回(うち2人乗務1回,タクシー乗務3回を含む。),同年8月が6回(うち2人乗務1回を含む。)であったことが認められる。
もっとも,前記前提事実

ア及び前記4⑴認定の事実並びに証拠(甲

6,乙15,19,63,64,67)によれば,①訴外会社は,平成20年当時,バス運行の2,3日前にバス運転手に対し配車地,行先,行程等を記載した運行指示書を交付していたほか,運行の1週間ないし10日前には,各運行へのバス運転手のおおまかな割り振りを決めており,各運転手は,訴外会社のI常務に尋ねて,担当する運行の行先,当該バスツアーを主催する旅行会社等を知らされていたこと,②訴外会社の取引先の旅行会社は一定の範囲のものであったため,各運転手は,行先と旅行会社が分かれば,当該運行のおおよその行程を予測することができ,運行予定に合わせて体調を整えるなどの準備を行っていたこと,③上記①の口頭で示された予定が変更されることは稀であり,変更があるときは,I常務が当該運転手に口頭で伝えていたこと,④観光バス等の運転手として勤務経験が多い者であれば,深夜時間帯に係る乗務の前日に,昼間から睡眠をとるなどして体調を整えることができること,⑤亡Aは,観光バスや貸切バス等の運転手として約14年の経験を有するベテランであること,⑥前記

の亡Aの深夜時間帯にかかる勤務につい

ては,翌日が休みであるものが,平成20年4月が4回,同年5月が3回,同年6月が2回,同年7月が2回,同年8月が3回であり,前日の勤務終了から深夜時間帯にかかる勤務の開始時間まで及び深夜時間帯にかかる勤務の終了から次の勤務開始まで,それぞれおおむね10時間以上の休息可能な時間があった日数は,同年4月が4日,同年5月が5日,同年6月が4日,同年7月が8日,同年8月が4日であった一方,深夜時間帯にかかる勤務終了から次の勤務開始までの時間が8時間に満たなかった日の日数は,同年4月が3日,同年6月が1日,同年7月が3日であって,同年5月と8月にはそのような日はなかったことが認められる。なお,本件疾病発症前約1か月間に亡Aの乗務したバス運行の予定が,運行直前に大きく変更されたなどの事実は,本件全証拠によってもうかがわれない。
前記

及び

の認定事実によれば,亡Aの勤務は,深夜時間帯におけ

る始業や終業を含む不規則なものであり,一定の深夜勤務を含んでいたものの,1週間ないし10日前頃には業務のおおよその予定を知ることができ,2,3日前には運行の行程が示され,予定が直前に大きく変更されることはほとんどなく,具体的な業務内容を事前に予測して体調や生活のリズムを整えることのできるものであったといえる。また,前記及び

認定の事実によれば,亡Aの平成20年3月28日から同年8

月18日までの約5か月間における合計50回の深夜時間帯にかかる勤務のほとんどについては,勤務終了から次の勤務開始までに8時間以上の休息可能な時間があり,次の勤務開始までの時間が8時間未満であったのは7回に止まっている上,深夜時間帯にかかる勤務の中には運転手2人乗務のものも含まれており,その場合には他の運転手の運転中に亡Aが仮眠をとることが可能であったことが認められる。さらに,前記認定のとおり,亡Aは,観光バス運転手として約14年の経験を有し,不規則な勤務や深夜時間帯にかかる勤務についても,深夜の運行日前後に休暇を取得したり,前日昼間に睡眠を取るなどして体調や生活のリズムを整えることができたと考えられるのであって,亡Aが,訴外会社に入社後,勤務が不規則で深夜時間帯にかかる勤務が含まれているために,睡眠障害等を起こして体調を崩していたなどの事情は,本件全証拠によってもうかがわれない。
以上説示したところに照らせば,本件業務における前記

の勤務の不

規則性や深夜時間帯にかかる勤務が含まれていたことによる負荷の程度について,日常業務に比較して特に過重な身体的,精神的負荷を生じさせるものとなっていたと評価することはできない。

拘束時間について
専門検討会報告書及び認定基準は,拘束時間の長い勤務の過重性については,拘束時間数,実労働時間数だけでなく,拘束時間中の実態等について十分検討する必要があり,具体的には労働密度(実作業時間と手待時間との割合等),業務内容,休憩・仮眠時間数,休憩・仮眠施設の状況(広さ,空調,騒音等)の観点から検討,評価することが妥当としている(乙1,2)。
前記4認定の事実によれば,亡Aの拘束時間は,本件疾病発症前1か月が283時間55分,発症前2か月が282時間35分,発症前3か月が282時間,発症前4か月が266時間10分,発症前5か月が247時間50分であって,1日平均の拘束時間は,本件疾病発症前1か月(勤務日数22日)が約12時間54分,発症前2か月(勤務日数22日)が約12時間50分,発症前3か月(勤務日数22日)が約12時間49分,発症前4か月(勤務日数19日)が約14時間,発症前5か月(勤務日数21日)が約11時間48分であり,拘束時間が長い業務であることが認められる。
しかし,前記4認定の事実によれば,その労働密度(拘束時間に占める労働時間の割合)は,本件疾病発症前1か月は約68%,発症前2か月は約69%,発症前3か月は約65%,発症前4か月は約67%,発症前5か月は約72%となることが認められ,高いとはいえない。さらに,前記4認定説示のとおり,訴外会社のバス運行業務においては,拘束時間に,乗客のサービスエリアでの休憩や,観光,食事等に伴う空き時間が含まれており,空き時間が連続3,4時間に及ぶこともあり,亡Aを含むバス運転手らは,これらの空き時間は休憩時間として自由に過ごし,仮眠施設として運転席後ろに確保されているリクライニングシートで仮眠をとることもできたことが認められる。
以上の労働密度,休憩時間の実態,仮眠施設等に関する事情に照らすと,前記拘束時間数を考慮しても,亡Aの業務が,拘束時間の長いものであったことにより,日常業務に比較して特に過重な身体的,精神的負荷を生じさせるものとなっていたと評価することはできない。

宿泊を伴う勤務について
専門検討会報告書及び認定基準は,出張の多い業務の過重性については,出張中の業務内容,出張の頻度,交通手段,移動時間及び移動時間中の状況,宿泊の有無,宿泊施設の状況等がどうであったか,出張中に睡眠を含む休憩・休息が十分取れる時間が確保されていたか,出張中の疲労が出張後において回復できる状態であったか等の観点から検討・評価することが妥当としている(乙1,2)。
前記4認定の事実及び証拠(甲6,乙19,20)によれば,亡Aは,本件業務期間において,宿泊を伴うバスツアー(2泊のものを含む。)の運転業務を24回担当したことが認められるが,宿泊を伴うバスツアー等のバス運転業務も,亡Aのバス運転手としての本来の業務の一つであると認められ,その業務内容自体は,通常の業務と異なるものではない。
また,証拠(甲6,乙21ないし23,63,64,67)によれば,亡Aの同僚のバス運転手らや,他社の長距離貸切バス運転手の経験者は,宿泊を伴うバスツアーの運転業務による負荷の程度に関し,この種のバスツアーのスケジュールは,乗客に宿泊先でゆっくり過ごしてもらうため,午後5時か6時頃に宿泊先に到着し,翌朝8時過ぎに出発することとなっているのが通常であるため,バス運転手も,宿泊先で休息する時間的余裕があり,日帰りのバスツアーの運転業務に比べ,体がかなり楽である旨を述べていることが認められる。
これに加えて,前記認定のとおり,亡Aは,観光バス等の運転手として約14年の勤務経験があることをも考慮すると,亡Aが,訴外会社に勤務していた間,宿泊を伴うバスツアーの運転業務に従事することによって,一定の身体的負荷を受けていたことは否定できないとしても,宿泊を伴わない日常業務と比較して特に過重な身体的,精神的負荷を受けていたと評価することはできない。

作業環境について
専門検討会報告書及び認定基準は,作業環境については,脳・心臓疾患の発症との関連性は必ずしも強くないと考えられることから,過重性の評価に当たっては,付加的要因として検討し,評価することが妥当であるとしている(乙1,2)。
この点に関して,被控訴人は,平成20年8月の高温となっている屋外と冷房の効いたバス車内との温度差は,著しい負担を生じさせるものであったと主張する。
しかしながら,盛夏の時期の屋外と冷房の効いた車内や室内との温度差による負荷は,盛夏の時期の日常生活において受ける通常の負荷に止まるものというべきであるから,これをもって同月当時の亡Aのバス運転業務が過重なものであったと評価することはできない。そして,他に亡Aの作業環境について過重性が問題となるような事情は,本件全証拠によってもうかがわれない。

精神的緊張を伴う業務について
専門検討会報告書は,各種報告及び医学的経験則に照らして,精神的緊張について,疲労の蓄積という観点から配慮する必要があるとの認識のもと,脳・心臓疾患の発症に関与する可能性のある日常的に精神的緊張を伴う業務及び発症に近接した時期における精神的緊張を伴う業務に関連する出来事を表に整理するとともに,どのようなストレスによって,どのような疾患が生じやすいかといったことは医学的に十分には解明されていないこと,ストレスは業務以外にも多く存在し,その受け止め方は個々人により大きな差があることから,過重性の評価は慎重になされるべきであるとしている。なお,専門検討会報告書は,脳・心臓疾患の発症と職業・職種の関係についての諸家の報告では,バス運転者等の自動車運転者,管理職,医師,警備員などが多いとされていると指摘している(乙1)。
認定基準は,専門検討会報告書の検討結果を踏まえて,日常的に精神的緊張を伴う業務とその負荷の程度を評価する視点等を,表(認定基準別紙「精神的緊張を伴う業務」)に整理し,これに該当するものがある場合には,負荷の程度を評価する視点により検討し,評価することとするとともに,精神的緊張と脳・心臓疾患の発症との関連性については,医学的に十分な解明がされておらず,精神的緊張は業務以外にも多く存在すること等から,精神的緊張の程度が特に著しいと認められるものについて評価することとしている。そして,認定基準別紙「精神的緊張を伴う業務」において,日常的に精神的緊張を伴う業務として,常に自分あるいは他人の生命,財産が脅かされる危険性を有する業務や,危険回避責任がある業務等を挙げ,これらについては,危険性の度合,業務量(労働時間,労働密度),従事時間,経験,適応能力,会社の支援,予想される被害等の視点から負荷の程度を評価することとしている(乙2)。
大型バスの運転業務は,多数の乗客の安全を担うものであるから,精神的緊張を伴う業務であると認められるが,前記認定事実及び証拠(乙64ないし66)によれば,亡Aは,大型観光バスや貸切バス等の運転手として約14年の経験を有していたことから,道をよく知っており,乗客への対応にも慣れており,運転に関するバスガイドの要望にも柔軟に応じるなど,余裕をもって運転業務を行っていたことが認められる。これに加えて,前記認定説示のとおり,亡Aのバス運転業務においては,拘束時間中に,亡Aの休憩時間となるサービスエリアでの停車,乗客の観光や食事による空き時間が含まれているため,労働密度は高いものであったとはいえず,亡Aは,これらの休憩時間に休憩をとることによって,精神的緊張から解放され,精神的緊張による疲労からの回復を一定程度図ることができたと考えられることをも斟酌すると,大型バスの運転業務により亡Aに生じる精神的緊張の程度が特に著しいものであったとまで認めることはできない。
業務起因性の有無
本件業務による負荷のうち,労働時間によるものに関しては,本件疾病発症前約1か月についても,本件業務期間全体(約5か月)についても,業務と発症との関連性が弱いと評価できるものではないが,業務と発症との関連性が強いと評価できるものであったとは認められないことは,前記
認定説

示のとおりである。
また,本件業務には,労働時間以外の勤務の不規則性,深夜勤務があること,拘束時間が長いこと,宿泊を伴う勤務があること,精神的緊張を伴う勤務であることという負荷要因が認められるものの,これらの要因による身体的,精神的負荷の程度について,日常業務による身体的,肉体的負荷と比較して特に過重なものであったとは認められないことは,前記

認定説示のと

おりである。
そして,前記

認定説示の本件業務の労働時間による負荷の程度と,前記

認定説示の労働時間以外の負荷要因による負荷の程度とを総合して,本件業務による負荷の程度を評価しても,前示の専門検討会報告書及び認定基準の内容に照らし,亡Aと職種,職場における立場,経験等の点で同種の者であって,特段の勤務軽減を要することなく通常業務を遂行することができる平均的労働者にとって,それが日常業務による身体的,精神的負荷と比較して特に過重なものであって,医学経験則上,本件疾病の発症の基礎となる血管病変等を加齢,一般生活によるいわゆる自然的経過を早めて著しく増悪させ,脳動静脈奇形の破裂等本件疾病の発症に至らせるほどの強度の精神的,身体的負荷であったとは認めるに足りず,他にこれを認めるに足りる証拠はないというべきである。
したがって,本件疾病の発症と本件業務との間に相当因果関係があると認めることはできず,本件疾病は業務上のものとは認められない。
7
被控訴人の主張について
本件疾病発症前の25日間(平成20年7月15日から同年8月8日まで)の業務について

被控訴人は,亡Aの本件疾病発症前の25日間(平成20年7月15日から同年8月8日まで)の業務は,特に過重なものであって,この間の労働時間は,処分行政庁の算定を前提にしても,1日平均10時間14分,最長で16時間(同年7月17日)であり,時間外労働時間数は92時間30分,拘束時間は316時間35分(1日平均13時間43分,最長20時間30分(同年7月17日))であって,終業時刻から次の始業時刻までの時間が8時間未満であったことが4回あったと主張し,証拠(甲6,乙19,20)によれば,①前記期間中,休日は2日であって,亡Aは,同年7月15日から同月27日まで13日間連続で勤務したこと,②前記期間中,深夜勤務が12日あったこと,③前記期間中,宿泊を伴う運行が6回(合計9日間)あったこと,④前記期間における走行距離は,合計1万0355㎞であり,勤務日1日当たり450㎞,最も多い日は844㎞(平成20年7月17日)であったことが認められる。

しかしながら,被控訴人主張の前記アの労働時間,時間外労働時間数及び拘束時間は,処分行政庁の採用した労働時間の算定方法(別表の労働時間欄記載の終業時刻に,清掃時間を60分として加えた時刻を終業時刻として労働時間を算定する方法)によるものであるところ,終業時刻後の清掃時間は1日当たり約20分と認めるのが相当であって,これを60分とする算定方法を採用することができないことは,前記4認定説示のとおりである。
また,前記アの期間中,終業時刻から次の始業時刻までの時間が8時間未満であったことが4回あったとの被控訴人の主張についても,前記処分行政庁の労働時間の算定方法を前提とするものであって,採用することができない。


前記4認定の終業時刻を前提とする労働時間の算定方法(別表の労働時間欄記載の終業時刻に清掃時間20分を加えた時刻を終業時刻として労働時間を算定する方法)によれば,被控訴人の主張する前記アの25日間(勤務日数23日)の時間外労働時間数は,合計59時間30分となり,勤務日1日当たりの平均は約2時間35分となる。また,証拠(甲6,乙19,20)及び弁論の全趣旨によれば,前記算定方法によると,前記期間中,終業時刻から次の始業時刻までの時間が8時間未満であった回数は2回(同年7月18日・19日(7時間10分),同月24日・25日(6時間25分)),10時間未満であった回数は5回(同年7月18日・19日,同月21日・22日,同月24日・25日,同月25日・26日,同月29日・30日)となり,それ以外の18回の勤務については翌日の勤務開始時刻までに10時間以上の休息可能な時間があり,特に同月22日の深夜勤務(始業時刻午前2時)については,終業時刻(午後4時30分)から翌23日の始業時刻(午前10時50分)まで18時間20分の休息可能な時間があったことが認められる。

前記ア①,②及び④,前記ウの認定事実に加えて,前記3認定のとおり,亡Aは,平成20年8月5日夜頃から感冒性胃腸炎を発症し,同月6日以降は偏頭痛の症状も生じていたことをも考慮すると,平成20年7月15日から同年8月8日までの業務(勤務日数23日)は,勤務の不規則性に加えて,同年7月15日から同月27日までの13日間連続の勤務を含み,また,深夜勤務の頻度が12回と多いという点で,本件業務期間のうちの他の期間の業務に比べ,心身への負荷が大きく,疲労を生じさせる業務であったものと認められる。
しかしながら,前記アの25日間(勤務日数23日)の時間外労働時間数が1日当たり約2時間35分となることは前記ウ認定のとおりであるところ,これは,専門検討会報告書及び認定基準において,業務と発症との関連性が強いとされている時間外労働時間数(1日5時間程度の時間外労働が継続し,発症前1か月間におおむね100時間を超える時間外労働が認められる状態又は1日4時間程度の時間外労働が継続し,発症前2か月間ないし6か月間にわたって,1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる状態)を大きく下回るものであって,業務と発症との関連性が弱いとされている時間外労働時間数(1日の時間外労働が2時間程度であって,発症前1か月間ないし6か月間にわたって,1か月当たりおおむね45時間を超える時間外労働が認められない状態)をやや上回るにすぎない。
また,前記ウ認定のとおり,前記期間中,終業時刻から次の始業時刻までの時間は,おおむね10時間以上確保されており,18時間以上に及ぶこともあったのであって,10時間を下回ったのは5回であり,このうち8時間を下回ったのは2回(7時間10分と6時間25分)にすぎない。さらに,前記認定説示のとおり,本件業務の労働密度は高いものとはいえず,亡Aは,バス運行において,乗客が見学等をしている空き時間に仮眠をとるなどして休息し,疲労の解消を図ることができたものである。
そして,前記3及び前記ウ認定の事実,証拠(甲6,乙19,20)並びに弁論の全趣旨によれば,亡Aは,同年8月9日から11日まで3日間休暇を取り,同月9日は自宅で静養し,同月10日はC医院を受診して感冒性胃腸炎等の治療を受け,同月12日午前10時50分から13日午前9時45分まで2人乗務のバス運行の業務に従事した後,明番となり,同日14日及び15日は休暇を取得し,被控訴人と共に被控訴人の実家を訪れるなどしており,同月16日以降,平常通り業務に従事していたことが認められ,同月12日以降は,亡Aが家族や同僚に体調の不良を訴えていたなどの事情は,本件全証拠によってもうかがわれないのであって,同月17日朝の起床時に,普段とは異なり,目覚まし時計が鳴っても亡Aがすぐには起床せず,被控訴人に起こされたこと以外は,亡Aの様子に特段変わった様子はなかったことが認められる。以上の事情に照らせば,前記アの平成20年7月15日から同年8月8日までの間の業務が,本件業務期間のうちの他の期間の業務に比べ,心身への負荷が大きく,疲労を生じさせる業務であったとしても,1日当たりの時間外労働時間数をみる限り,業務と発症との関連性が強いとされる時間数を大きく下回るものである上,その疲労は,同月9日から11日までの休暇か,これに加えて同月14日及び15日の休暇の取得等による休息によって解消できる程度のものであったと認めるのが相当であって,前記6において説示したところに照らし,前記業務による負荷が,前記休暇等による休息によっては解消し得ないほど疲労を蓄積させ,血管病変等をその自然的経過を超えて著しく増悪させて,本件疾病の発症に至らせるほど大きいものであったと認めることはできない。したがって,前記期間の業務が特に過重なものであったとの前記アの被控訴人の主張は,採用することができない。
改善基準による制限違反について

被控訴人は,本件業務期間における拘束時間及び休息時間(終業時刻から翌日の始業時刻までの時間)は,改善基準による制限に反しており,本件業務は本件業務期間全体を通じて過重なものであったと主張する。

そこで検討するに,証拠(乙38)によれば,改善基準は,労働大臣が,自動車運転者の労働時間等の改善のための基準を定めることにより,自動車運転者の労働時間等の労働条件の向上を図ることを目的として定めたものであり(改善基準1条),観光バスの運転手の労働条件改善のための基準として,拘束時間は4週間を平均して1週間当たり65時間を超えないものとすること(改善基準5条1項1号),勤務終了後,継続8時間以上の休息期間を与えること(改善基準5条1項3号)等が定められていることが認められる。前記拘束時間の基準は,4週間当たりでは260時間,1か月(30日)当たりでは278時間となる。
そして,前記4及び前記

認定の事実並びに証拠(甲6,乙19,2

0)及び弁論の全趣旨によれば,本件業務期間における亡Aの拘束時間は,1か月当たり247時間50分ないし283時間55分であって,本件疾病発症前1か月ないし3か月の拘束時間は,改善基準所定の上限(1か月当たりに引き直すと278時間)を超えていたほか,本件業務期間中,休息時間(終業時刻後,次の業務の始業時刻までの時間)が8時間に満たず,改善基準所定の下限を満たさないことが同年4月に3回,同年5月に2回,同年6月に2回,同年7月に3回あったことが認められる。

しかしながら,前記認定のとおり,改善基準は,自動車運転者の労働条件の向上を図ることを目的とするものであって,認定基準のように医学的知見等に基づいて脳・心臓疾患の発症と業務との相当因果関係の有無を判断するための基準を定めるものではないから,自動車運転者の拘束時間等が改善基準所定の制限に従ったものとなっていないことをもって,直ちに,当該自動車運転者に発症した脳・心臓疾患等がその業務に起因するものと推認することはできない。
また,前記認定に係る亡Aの拘束時間や休息時間(勤務終了後次の勤務開始までの時間)と改善基準所定の制限との乖離の程度に加えて,前記認定説示のとおり,本件業務の労働密度は高いものとはいえず,拘束時間中には時には連続3,4時間にも及ぶ空き時間が含まれており,これらの空き時間は休憩時間として休息等に当てられていたことからしても,本件業務期間における拘束時間等が改善基準所定の制限に従ったものとなっていないことは,本件業務が,血管病変等をその自然的経過を超えて著しく増悪させて,本件疾病の発症に至らせるほど過重なものであったことを推認させるに足りないというべきである。


したがって,改善基準の制限に反することを理由とする被控訴人の前記主張は,採用することができない。
平成20年通達・平成14年通達の定める基準違反について

被控訴人は,本件業務期間において,本件業務には,平成20年通達の定める1日当たりの乗務距離の制限を超える乗務距離の勤務及び平成14年通達の交替運転者配置の定めに反する勤務が相当回数含まれており,本件業務は本件業務期間全体を通じて過重なものであったと主張する。

そこで検討するに,証拠(甲6,乙19,20,40,41)及び弁論の全趣旨によれば,①平成20年通達は,国土交通省が,一般貸切旅客自動車運送の安全性確保等を目的として,過労運転防止のために試行的に定めた乗務距離による交替運転者の配置の指針であり,「旅客自動車運送事業運輸規則第21条第1項の規定に基づく事業用自動車の運転者の勤務時間及び乗務時間に係る基準」(平成13年国土交通省告示第1675号)が,2日を平均した1日当たりの運転時間の上限を9時間と定めていることから,上記上限に相当する乗務距離の上限を670㎞とする(ただし,高速道路における乗務距離に,一般道路における乗務距離を2倍に換算したものを加算すること。)ものであって,前記運転時間の上限を乗務距離により試行的に目安として示したものであること,②平成14年通達は,国土交通省が旅客自動車運送事業運輸規則の各規定の趣旨及び施行に当たっての留意点を取りまとめた通達であること,③旅客自動車運送事業運輸規則21条6項は,過労防止等の観点から,「一般乗合旅客自動車運送事業者及び一般貸切旅客自動車運送事業者は,運転者が長距離運転又は夜間の運転に従事する場合であって,疲労等により安全な運転を継続することができないおそれがあるときは,あらかじめ,交替するための運転者を配置しておかなければならない」旨を定めていること,④平成14年通達は,運転時間が2日を平均して1日9時間を超える場合は,前記③の「運転者が長距離運転又は夜間の運転に従事する場合であって,疲労等により安全な運転を継続することができないおそれがあるとき」に該当するとしていること,⑤平成20年4月6日から同年8月18日までの期間において亡Aが一人でバス運転業務を行った日(合計76日)のうち,1日の拘束時間が13時間を超えた日の日数は38日(合計76日の50%相当),1日の運転時間が9時間を超えた日の日数は34日(合計76日の44.7%相当),1日の走行距離(ただし平成20年通達の前記②の算定方法により算出したもの)が670㎞を超えた日の日数は32日(合計76日の42.1%相当),1日当たりの労働時間が9時間を超えた日の日数は41日(合計76日の53.9%相当)であることが認められる。

上記認定事実に照らせば,被控訴人が指摘する平成20年通達及び平成14年通達の各規定は,いずれも,貸切バス等の乗客運送の安全確保等の観点から,貸切バス等の過労運転防止を図ることを目的とした規定であって,平成20年通達の規定は,運転手の1日当たりの運転時間の制限(2日を平均して1日当たり9時間)を,試行的に乗務距離に引き直せば目安として670㎞になることを示したものであり,平成14年通達の規定は,前記運転時間の制限を超える場合は,あらかじめ交替運転者を配置しておくべきことを定めるものであることが認められ,これらの規定は,運転業務による疲労の程度を判断する際の資料にはなるものの,認定基準のように医学的知見等に基づいて脳・心臓疾患の発症と業務との相当因果関係の有無を判断するための基準として定められたものではないことは,明らかである。このことに照らすと,本件業務中に,前記各規定が前提とする運転時間又は乗務距離の上限(1日当たり9時間,670㎞)を超える乗務が含まれているとしても,そのことをもって直ちに,本件業務が,血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させて,本件疾病の発症に至らせるほど過重なものであったと評価することはできない。そして,平成20年4月6日から同年8月18日までの期間において亡Aが一人でバス運転業務を行った日数(合計76日)のうち,改善基準による1日当たりの拘束時間の上限,平成14年通達所定の1日当たりの運転時間の上限,平成20年通達所定の1日当たりの乗務距離の制限の上限を超えて業務が行われた日の割合,あるいは,1日当たりの労働時間が9時間を超える業務が行われた日の割合が,おおむね50%前後であることは,前記イ⑤認定のとおりであるが,前記認定に係る本件業務期間における亡Aの時間外労働時間数,本件業務における労働密度,亡Aの大型バス運転手としての経験年数等をも併せ考慮すると,前記イ⑤の各日数ないし各割合は,平成20年4月6日から同年8月18日までの期間における本件業務が,血管病変等をその自然的経過を超えて著しく増悪させて,本件疾病の発症に至らせるほど過重なものであったことを基礎付けるに足りないものというべきである。したがって,被控訴人の前記主張は採用することができない。被控訴人は,本件業務には宿泊を伴う運行が18回含まれており,宿泊を伴う運行は,宿泊を伴わない運行に比べて,初日の始業時刻が早く,最終日の終業時刻が遅く,拘束時間が長く,負荷の大きい業務である旨を主張する。しかしながら,本件業務について,深夜勤務や拘束時間の長い勤務が含まれていたことによる負荷の程度を斟酌しても,血管病変等をその自然的経過を超えて著しく増悪させて,本件疾病の発症に至らせるほど負荷の大きいものであったとは認められないことは,前記認定説示のとおりであるし,運行が宿泊を伴うものであることにより一定の身体的負荷を受けていたことは否定できないとしても,宿泊を伴わない日常業務と比較して特に過重な身体的,精神的負荷を受けていたと評価することはできないことも,前記説示のとおりである。
したがって,被控訴人の前記主張も,採用することができない。
被控訴人は,20分以下の休憩時間は,仮眠もとれず,休憩に値するものとはいえないから,これを労働時間に加算して本件業務の過重性を評価すべきであるとも主張する。
しかしながら,証拠(乙76,77)によれば,10分ないし15分の仮眠に疲労改善の効果が認められるとする生理心理学・精神生理学分野の研究報告例があることが認められる上,20分以下の休憩時間であっても,体を動かして筋肉の凝りをほぐしたり,短時間の仮眠をとるなどして疲労の回復を図ることは可能であると考えられるから,これを,運転継続の状態と同視することはできず,労働時間として加算すべきものとは認められない。被控訴人の主張は,採用することができない。
8
結論
以上によれば,本件疾病について業務起因性は認められないから,本件各処分(本件労災就学援護費不支給決定を除く。)は,いずれも適法であると認められる。
よって,被控訴人の本件各請求は,いずれも理由がないから棄却すべきところ,これらを認容した原判決は相当でなく,本件控訴は理由があるから,原判決を取り消し,被控訴人の本件各請求をいずれも棄却することとし,なお,原判決の主文第1項ないし第3項並びに「事実及び理由」第1の1項及び2項の日付けの記載に明らかな誤りがあるので,これらについて主文第4項のとおり更正することとして,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第14民事部

裁判長裁判官

後藤
裁判官

武田美
裁判官

大賀寛須博和子

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