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遺族補償給付不支給処分取消等請求事件
事件番号平成25(行ウ)606
事件名遺族補償給付不支給処分取消等請求事件
裁判年月日平成28年12月21日
法廷名東京地方裁判所
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平成28年12月21日判決言渡
平成25年(行ウ)第606号

遺族補償給付不支給処分取消等請求事件

主文1
原告らの請求をいずれも棄却する。

2
訴訟費用は原告らの負担とする。

第1

実及び理由
請求
厚木労働基準監督署長が原告らに対して平成23年12月26日付けでした労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の処分を取り消す。

第2

事案の概要等
本件は,原告ら(以下では,それぞれ,原告P1を「原告P1」,同P2を「原告P2」という。)が,同人らの子であるP3(以下「亡P3」という。)がP4株式会社(以下「本件会社」という。)で勤務していたところ,上司によるパワー・ハラスメント(以下「パワハラ」という。),差別的な評価,上司との軋轢,退職強要,配置転換,長時間労働,病気やケガに当たるけいれん発作など業務上の原因で,大うつ病性障害を発病し,自殺したと主張して,厚木労働基準監督署長(以下「本件監督署長」という。)に対し,労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づき遺族補償給付及び葬祭料の支給を申請したところ,本件監督署長がこれらを支給しない旨の処分(以下「本件各処分」という。)をしたことから,その取消しを求める事案である。
1
前提事実
以下の事実は,当事者間に争いがないか,証拠又は弁論の全趣旨により容易に認めることができる事実である(認定に供した証拠は証拠番号を掲げる。なお,〔

〕で括った数字は頁数である。)。
(1)

当事者等
亡P3は,昭和52年●月●日に生まれた原告らの子であり,昭和59年2月頃(当時6歳)に脳腫瘍との診断を受け,平成15年4月15日に身体障害者等級6級(脳原性上肢障害)の認定を受けた。
(甲1,10,43〔2,3頁〕)


本件会社の神奈川県厚木市所在のP5(以下「本件事業所」という。)は,半導体・映像デバイス・放送機器・産業用機器の研究開発及びその支援業務を行う事業所であり,平成23年頃には約4350人の労働者が就業していた。
(乙1〔475頁〕,弁論の全趣旨)

(2)

亡P3の本件会社における配属部署・担当業務及び直属上司
亡P3は,平成16年4月1日,本件会社との間で,期限の定めがない雇
用契約を締結し,P6事業部設計部設計課に配属され,本件事業所で勤務を始めた。なお,平成17年1月1日付けでP7事業部商品部設計技術課に組織変更された。
亡P3は,平成17年2月16日,同事業部商品部設計課(同年10月1日付けでP8事業部商品部・ICシステム課に組織変更)に,平成18年4月1日,同事業本部開発部CIS開発課(平成20年5月1日付けでP9事業部第1設計部CIS設計3課に組織変更。以下「CIS開発課」という。)にそれぞれ異動になった。同課における直属の上司はP10統括課長(以下「P10」という。)であった。
また,亡P3は,平成20年10月頃,P11事業部開発部IS開発1課に異動した。当時の同部には,IS開発1課とIS開発2課があり,IS開発1課では画素,IS開発2課では回路をそれぞれ扱っており,亡P3は,画素を取り扱う業務に就いた。その後,IS開発1課とIS開発2課は,平成21年4月1日付けで統合してIS開発1課となり(以下,統合前を「旧IS開発1課」,統合後を「新IS開発1課」といい,合わせて「IS開発1課」ということもある。なお,平成22年5月1日付けでP12事業部第1設計部ニュープロダクト課に組織変更した。),1つの課の中で,画素グループと回路グループとに分かれて業務を行うようになったが,亡P3は引き続き画素を取り扱う業務に就いていた。
亡P3は,平成21年10月頃,IS開発1課の中で,それまで取り扱っていた画素の業務から,回路を取り扱う業務へと担当が変更された。このIS開発1課における亡P3の業務上の直属の上司は,平成20年10月から平成21年9月頃までは,IS技術担当部長兼旧IS開発1課統括課長であるP13であり,平成21年10月頃からは,新IS開発1課の統括課長兼統括係長であるP14となった。
(乙1〔483ないし486頁〕,28〔1,2頁〕,31〔2頁〕)(3)

亡P3のIS開発1課における勤務成績
亡P3は,平成21年5月頃に,同年夏の一時金の評価(評価対象期間は
平成20年10月から平成21年3月まで)について,自己評価を「A」としたのに対して,本件会社から「B1」と評価された。なお,評価は最上位の「SS」から最下位の「D」までの9段階で,「B2」が「期待貢献通り」の実績に対応するものとなっている。
また,亡P3は,同年秋頃に,同年冬の一時金の評価(評価対象期間は同4月から同年9月まで)について本件会社から「C1」と評価された。その頃,P14は,亡P3の画素グループにおける直属の上司であったP13,P11事業部開発部の統括部長(P14とP13の上司でもある。)であったP15及び人事部のP16とともに,亡P3の評価面談を行った。(乙7,10,28〔8ないし11頁〕,29〔14頁〕,31〔4頁〕,弁論の全趣旨)
(4)

亡P3の臨床心理士との面談から自殺に至るまでの経緯

亡P3は,平成21年11月5日から平成22年5月26日まで合計20回にわたり本件会社の非常勤嘱託社員であるP17臨床心理士との間で面談を行った。
(甲4)


亡P3は,平成21年12月30日,亡P3の祖母が居住する大阪府高槻市に帰省し,祖母宅において夕食を摂っている際に,けいれん発作を起こし(以下「本件第1発作」という。),同市所在のP18病院という。)に入院するに至り,入院後はけいれん重積状態に陥ったが,その後回復した。
また,亡P3は,本件第1発作を起こした後,抗てんかん薬のエクセグランの服用を開始した。
(乙1〔199頁〕,34の1・2〔各100,140頁〕,乙35〔10頁〕,弁論の全趣旨)


亡P3は,平成22年2月22日から,同月26日,同年3月9日,同月10日,同月12日,同月16日,同月17日,同月19日,同年4月2日,同年5月10日,同年7月23日,同月28日,同年8月6日,同月19日と合計14回にわたり,人事部のP16とその上司であるP19(同年4月まで担当。)又はP20(同年5月以降担当。)などとの間で面談を行った。
(甲25の1・2,甲26,乙1〔548頁〕)


亡P3は,平成22年4月13日,同月20日及び同月27日の合計3回にわたり本件会社の本社に所属するP21臨床心理士との間で面談を行った。
(乙37,弁論の全趣旨)


亡P3は,平成22年2月頃から同年4月頃にかけて体重が15キログラム減少し瘠せすぎとなったこともあって,同月10日にエクセグランを減量し同じく抗てんかん薬であるデパケンRと併用することとし,同年5月8日にエクセグランの投薬を中止しデパケンRのみを服用することにした。
亡P3は,同月17日午前3時頃,自宅でパソコン作業をしている最中に,再度けいれん発作を起こし(以下「本件第2発作」という。),P22病院に運ばれ,同月22日まで入院した。
(甲24,乙34の1・2〔各101,102頁〕,乙36の1・2〔各3,7,10,24頁〕)

亡P3は,平成22年6月8日,P23病院を受診し,神経精神科のP24医師から,「精神科的には適応障害レベルで,明らかな気分障害や精神病症状には至っていない」,「大うつ病エピソードの診断基準を満たさない」が「適応障害の可能性がある」との診断を受け,認知行動療法的にコミュニケーションに焦点を当てたアプローチの治療を試みるべく,同病院神経精神科のP25医師に引き継がれることになった。
亡P3は,同月12日,同病院を再度受診し,P25医師から,「共感能力,コミュニケーション能力の欠如」,「表現形は高機能広汎性発達障害だが,脳手術前はむしろ健常とおもわれ,器質性発達障害。ミラーニューロンの障害が疑われる」との診断を受けた。
(乙4〔4,5頁〕,34の1・2〔各143,146,147頁〕)

亡P3は,平成22年8月14日,インターネット通販で硫化水素を発生させることができる薬物を購入の上,同月●●日午前頃,神奈川県厚木市αにある自宅のトイレで硫化水素を発生させ,自殺した(以下「本件自殺」という。享年33歳)。
(乙1〔52ないし54,186,187頁〕)

(5)

原告らが本件訴えを提起するに至った経緯
原告らは,平成22年10月18日,本件監督署長に対し,労災保険法に基づき遺族補償給付及び葬祭料の請求を行った(請求日として受理日を表記。以下同じ。)が,同署長から,平成23年12月26日付けで,亡P3に発病した疾病は業務上の事由によるものとは認められないとしてこれを支給しない旨の処分(本件各処分)を受け,原告らは,同月28日,同処分を知った。
(甲2の1・2,乙1〔1枚目,54ないし56頁〕)

原告らは,平成24年2月22日付けで,神奈川労働者災害補償保険審査官に対し,労働保険審査請求をしたが,3か月を経過しても決定がされなかったことから,同年7月6日,審査会に対して,再審査請求をしたところ,同会から平成25年3月29日付けで,これを棄却する旨の裁決がされ,原告らは,その頃,同処分を知った。
(甲3,乙1〔1枚目,1頁〕)


原告らは,平成25年9月18日,東京地方裁判所に対し,本件訴えを提起した。
(当裁判所に顕著な事実)

(6)

精神障害の業務起因性に関する行政通達
心理的負荷による精神障害の労災請求事案については,従前,平成11年7月29日に精神障害等の労災認定に係る専門検討会が取りまとめた「精神障害等の労災認定に係る専門検討会報告書」を踏まえ,労働省が同年9月14日付けで発出した労働省労働基準局長通達「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針について」(基発第544号)に基づき業務上外の判断が行われていたが,厚生労働省は,平成21年3月27日に職場における心理的負荷表の見直し等に関する検討会が取りまとめた「職場における心理的負荷表の見直し等に関する検討会報告書」を踏まえ,同年4月6日付けで,厚生労働省労働基準局長通達「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針の一部改正について」(基発第0406001号)を発出して従前の取扱いを改め,さらに平成23年11月8日に法学及び医学の専門家からなる精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会が取りまとめた「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会報告書」(以下「検討会報告書」という。)の内容を踏まえ,同年12月26日付けで,同局長通達「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(基発1226第1号。以下「認定基準」という。)を都道府県労働局長宛に発出し,認定基準に基づく業務上外の判断を行うべきことを通達した。

認定基準の内容
認定基準の内容は別紙「心理的負荷による精神障害の認定基準」のとおりであるが,その概要は,以下のとおりである。
(ア)

対象疾病
認定基準で対象とする疾病(以下「対象疾病」という。)は,世界保
健機関(以下「WHO」という。)の取りまとめ,改訂に係る国際疾病分類第10回修正版(以下「ICD-10」という。)第Ⅴ章「精神および行動の障害」に分類される精神障害であって,器質性のもの及び有害物質に起因するものは除かれる。対象疾病のうち業務に関連して発病する可能性のある精神障害は,主としてICD-10のコードF2からF4までに分類される精神障害(F2は「統合失調症,統合失調型障害および妄想性障害」,F3は「気分(感情)障害」,F4は「神経症性障害,ストレス関連障害および身体表現性障害」)である。
ICD-10において,うつ病はコードF3,適応障害はコードF4にそれぞれ分類される精神障害であり,認定基準の対象疾病に含まれる。(イ)

認定要件
次の①,②及び③のいずれの要件も満たす対象疾病は,労働基準法施
行規則(以下,労働基準法を「労基法」,労働基準法施行規則を「労基則」という。)別表第1の2第9号に該当する業務上の疾病として取り扱う。


対象疾病を発病していること(以下「認定要件①」という。)。


対象疾病の発病前おおむね6か月の間に,業務による強い心理的
負荷が認められること(以下「認定要件②」という。)。


業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病した
とは認められないこと(以下「認定要件③」という。)。
(ウ)

認定要件に関する基本的な考え方
認定基準は,対象疾病の発病に至る原因の考え方につき,環境由来の
心理的負荷(ストレス)と,個体側の反応性,脆弱性との関係で精神的破綻が生じるかどうかが決まり,心理的負荷が非常に強ければ,個体側の脆弱性が小さくても精神的破綻が起こるし,逆に脆弱性が大きければ,心理的負荷が小さくても破綻が生ずるとする「ストレス-脆弱性理論」の考え方に依拠しており,そのような考え方に基づいて認定要件②が設けられている。
(エ)

対象疾病発病の有無等の判断
認定要件①の対象疾病の発病の有無,発病時期及び疾患名は,「IC
D-10

精神および行動の障害

臨床記述と診断ガイドライン」に基

づき,主治医の意見書や診療録等の関係資料,請求人や関係者からの聴取内容,その他の情報から得られた認定事実により,医学的に判断される。
(オ)

業務による心理的負荷の強度の判断
認定要件②の対象疾病の発病前おおむね6か月の間に業務による強
い心理的負荷が認められることとは,対象疾病の発病前おおむね6か月の間に業務による出来事があり,当該出来事及びその後の状況による心理的負荷が,客観的に対象疾病を発病させるおそれのある強い心理的負荷であると認められることをいう。
このため,業務による心理的負荷の強度の判断に当たっては,対象疾病発病前おおむね6か月の間に,対象疾病の発病に関与したと考えられる業務によるどのような出来事があり,また,その後の状況がどのようなものであったのかについて具体的に把握し,それらによる心理的負荷の強度はどの程度であるかについて,認定基準の別表1「業務による心理的負荷評価表」(以下「別表1」という。)を指標として「強」,「中」,「弱」の三段階に区分する(「強」は業務による強い心理的負荷が認められるもの,「中」は経験の頻度は様々であって「弱」よりは心理的負荷があるもの,「弱」は日常的に経験するものであって一般的に弱い心理的負荷しか認められないものをいう。)。
具体的には,次のとおり判断し,総合評価が「強」と判断される場合には,認定要件②を満たすものとする。まず,発病前おおむね6か月の間に,別表1の「特別な出来事」に該当する業務による出来事が認められた場合には,心理的負荷の総合評価を「強」と判断する。次に,「特別な出来事」に該当する出来事がない場合には,発病前おおむね6か月の間に認められた業務による出来事が,別表1の「具体的出来事」のいずれに該当するか判断し,該当する「具体的出来事」に示された具体例の内容に,認定した「出来事」や「出来事後の状況」についての事実関係が合致する場合には,その強度で評価し,合致しない場合には,「心理的負荷の総合評価の視点」及び「総合評価における共通事項」に基づき,具体例も参考としつつ個々の事案ごとに評価する。さらに,対象疾病の発病に関与する業務による出来事が複数ある場合の心理的負荷の程度は,それぞれの出来事について総合評価を行い,いずれかの出来事が「強」の評価となる場合には,業務による心理的負荷を「強」と判断し,いずれの出来事でも単独では「強」の評価とならない場合には,それらの複数の出来事について,関連して生じているか否か判断した上で,関連して生じているときは,その全体を1つの出来事として評価し,原則として,最初の出来事を「具体的出来事」として別表1に当てはめ,関連して生じた各出来事は出来事後の状況とみなす方法により全体評価を行い,各出来事に関連性がないときは,主として出来事の数,各出来事の内容(心理的負荷の強弱),各出来事の時間的な近接の程度を元に,その全体的な心理的負荷を評価する。この場合,単独の出来事の心理的負荷が「中」である出来事が複数生じている場合には,全体評価は「中」又は「強」となり,「中」の出来事が1つあるほかには「弱」の出来事しかない場合には,原則として全体評価も「中」であり,「弱」の出来事が複数生じている場合には,原則として全体評価も「弱」となる。(カ)

時間外労働時間数の考え方
時間外労働時間数の評価については,発病日から起算した直前の1か
月間におおむね160時間を超える時間外労働(週40時間を超える労働時間数をいう。)を行った場合などには,当該極度の長時間労働に従事したことのみで心理的負荷の総合評価を「強」とする。長時間労働以外に特段の出来事が存在しない場合には,長時間労働それ自体を出来事とし,別表1にいう「1か月に80時間以上の時間外労働を行った」という具体的出来事に当てはめて心理的負荷を評価する。また,発病日から起算した直前の2か月間に,1か月当たりおおむね120時間以上の時間外労働を行い,その業務内容が通常その程度の労働時間を要するものであった場合などには,心理的負荷の総合評価を「強」とする。また,他の出来事がある場合,出来事に対処するために生じた長時間労働は,心身の疲労を増加させ,ストレス対応能力を低下させる要因となることや,長時間労働が続く中で発生した出来事の心理的負荷はより強くなることから,出来事自体の心理的負荷と恒常的な長時間労働(月100時間程度となる時間外労働)を関連させて総合評価を行う。(キ)

既に発症している精神障害の悪化の業務起因性
業務以外の原因や業務による「強」と評価できない心理的負荷により
発病して治療が必要な状態にある精神障害が悪化した場合,原則としてその悪化について業務起因性は認められない。ただし,「特別な出来事」に該当する出来事があり,その後おおむね6か月以内に対象疾病が自然経過を超えて著しく悪化したと医学的に認められる場合については,その「特別な出来事」による心理的負荷が悪化の原因であると推認し,悪化した部分について,業務上の疾病として取り扱う。ここで「治療が必要な状態」とは,実際に治療が行われているものに限らず,医学的にその状態にあると判断されるものを含む。
(ク)

自殺について
業務によりICD-10のF0からF4に分類される精神障害を発病
したと認められる者が自殺を図った場合には,精神障害によって正常の認識,行為選択能力が著しく阻害され,あるいは自殺行為を思いとどまる精神的抑制力が著しく阻害されている状態に陥ったものと推定し,業務起因性を認める。
(乙15,16,18ないし21)
(7)

WHOの取りまとめ,改訂に係るICD-10のコードF32のうつ病
エピソード及び米国精神医学会の取りまとめに係るDSM-Ⅳ-TRによる大うつ病エピソードの診断ガイドライン

WHOの取りまとめ,改訂に係るIDC-10のコードF32のうつ病エピソード
(ア)

軽症うつ病エピソード(F32.0)については,抑うつ気分,興
味と喜びの喪失,および易疲労性が通常うつ病にとって最も典型的な症状とみなされており,これらのうちの少なくとも2つ,さらに後記(エ)の他の症状のうち少なくとも2つが,診断を確定するために存在しなければならない。いかなる症状も著しい程度であってはならず,エピソード全体の最短の持続期間は約2週間である。軽症うつ病エピソードの患者は,通常,症状に悩まされて日常の仕事や社会的活動を続けるのにいくぶん困難を感じるが,完全に機能できなくなるまでのことはない。(イ)

中等症うつ病エピソード(F32.1)については,軽症うつ病エ
ピソードの最も典型的な3症状のうち少なくとも2つ,さらに後記(エ)の他の症状のうちの少なくとも3つ(4つが望ましい)が存在しなければならない。そのうち一部の症状は著しい程度にまでなることがあるが,もし全般的で広範な症状が存在するならば,このことは必須ではない。エピソード全体の最短の持続期間は約2週間である。中等症エピソードの患者は,通常社会的,職業的あるいは家庭生活的活動を続けていくのがかなり困難になるであろう。
(ウ)

精神症状を伴わない重症うつ病エピソードについては,軽症及び中
等症うつ病エピソードについて述べた典型的な3症状のすべて,さらに少なくとも後記(エ)の他の症状のうちの4つ,そのうちのいくつかが重症でなければならない。しかしながら,もし激越や精神運動抑制などの重要な症状が顕著であれば,患者は多くの症状を詳細に述べることをすすんでしようとしないか,あるいはできないかもしれない。このような場合でも一般的には,重症エピソードとするのが妥当であろう。うつ病エピソードは通常,少なくとも約2週間持続しなければならないが,もし症状が極めて重く急激な発症であれば,2週間未満でもこの診断をつけてよい。重症エピソードの期間中,患者はごく限られた範囲のものを除いて,社会的,職業的あるいは家庭生活的活動を続けることはほとんどできない。
(エ)

他の症状

集中力と注意力の減退


自己評価と自信の低下


罪責感と無価値観(軽症エピソードにも見られる)


将来に対する希望のない悲観的な見方


自傷あるいは自殺の観念や行為


睡眠障害


食欲不振
(当裁判所に顕著な事実)


米国精神医学会の取りまとめに係るDSM-Ⅳ-TRによる大うつ病エピソード(現在,DSM-Vに改訂されている。)
(ア)

以下の症状のうち5つ(またはそれ以上)が同じ2週間の間に存在
し,病前の機能からの変化を起こしている。これらの症状のうち少なくとも1つは,①抑うつ気分,あるいは②興味又は喜びの喪失である。a
その人自身の言明(例:悲しみや空虚感を感じる)か,他者の観察(例:涙を流しているようにみえる)によって示される,ほとんど1日中,ほとんど毎日の抑うつ気分


ほとんど1日中,ほとんど毎日の,すべて,またはほとんどすべての活動における興味,喜びの著しい減退(その人の言明,または他者の観察によって示される)


食事療法をしていないのに,著しい体重減少,あるいは体重増加

(例:1か月間で体重の5%以上の変化),またはほとんど毎日の,食欲の減退または増加

ほとんど毎日の不眠又は睡眠過多


ほとんど毎日の精神運動性の焦燥又は制止(他者によって観察可能で,ただ単に落ち着きがないとか,のろくなったという主観的感覚ではないもの)

ほとんど毎日の易疲労性,または気力の減退


ほとんど毎日の無価値観,または過剰であるか不適切な罪悪感(妄想的であることもある。単に自分をとがめたり,病気になったことに対する罪の意識ではない)


思考力や集中力の減退,または,決断困難がほとんど毎日認められる(その人自身の言明による,または他者によって観察される)


死についての反復思考(死の恐怖だけではない),特別な計画は
ないが反復的な自殺念慮,または自殺企図,または自殺するためのはっきりとした計画

(イ)

症状は混合性エピソードの基準を満たさない。

(ウ)

症状は,臨床的に著しい苦痛,または社会的,職業的,または他の
重要な領域における機能の障害を引き起こしている。
(エ)

症状は,物質(例:乱用薬物,投薬)の直接的な生理学的作用,ま
たは一般身体疾患(例:甲状腺機能低下症)によるものではない。(オ)

症状は死別反応ではうまく説明されない。すなわち,愛する者を失
った後,症状が2か月を超えて続くか,または著名な機能不全,無価値観への病的なとらわれ,自殺念慮,精神病性の症状,精神運動制止があることで特徴付けられる。
(カ)

重症度
軽症
診断を下すのに必要な症状項目数以上で余分があることはほとんどなく,また,その症状のために起こる職業的機能,日常の社会的活動,または他者との人間関係の障害はわずかでしかない。


中等症
症状又は機能障害は「軽症」と「重症」の間にある。


重症,精神病性の特徴を伴わないもの
診断を下すために必要な症状項目数より数個の余分があり,しかもその症状によって職業的機能,日常の社会的活動,または他者との人間関係が著しく障害されている。
(甲32〔表2〕,当裁判所に顕著な事実)
(8)

精神障害等専門部会の意見
神奈川労働局地方労災医員協議会精神障害等専門部会は,平成23年12
月5日付けで,亡P3の本件自殺について,以下のとおり判断した。すなわち,亡P3は,上司との関係不良を契機に徐々に抑うつ気分を来たし,ICD―10の診断ガイドラインに照らし,平成21年11月頃にF43.2の適応障害を発病した。この適応障害の発病前,おおむね6か月の間に発病に関与したと考えられる業務による出来事として,平成20年以降の上司との折り合いが悪かったことが挙げられ,これは「⑥対人関係のトラブル」のうち「上司とのトラブルがあった」に該当するが,トラブルの内容,程度等に鑑みると,その強度は「Ⅰ」に修正すべきであり,出来事後の状況が持続する程度についても,長時間労働,業務の困難性,過大な責任の発生,支援・協力の欠如等は認められず,「特に過重」,「相当程度過重」とも評価できず,業務による心理的負荷の強度の総合評価は「弱」である。したがって,精神障害を発病させるおそれのある程度に強い心理的負荷を与える出来事とは認められず,適応障害は業務による心理的負荷が主因となって発病したものではないと判断する。
また,発病後の出来事についても,業務による極度の心理的負荷を引き起こすような特別な出来事は認められず,特別な出来事により精神障害を著しく悪化したことや新たな精神障害を発病したとする事情も認められない。以上により,本件は業務外として処理するのが適当である。
(乙1〔177ないし184頁〕)
2
争点
(1)
(2)

業務起因性の判断基準

(3)
3
亡P3が発症した精神障害の病名及びその発症時期

業務起因性の有無

争点に対する当事者の主張
(1)

争点(1)(亡P3が発症した精神障害の病名及びその発症時期)
【原告らの主張】

亡P3は,以下のとおり,遅くとも平成22年8月●●日の死亡時点までに大うつ病性障害を発病していた。
(ア)

精神障害の発症に関する診断をするについては,ICD-10より
も厳密で科学的とされるDSM-Ⅳ-TRの大うつ病エピソードの診断基準によることが適切であり,その診断基準は,前提事実(7)イのとおりであり,本件では,次のとおり,発症診断に必要な診断基準を満たす。(イ)

亡P3の症状について
症状のうち抑うつ気分(前提事実(7)イ(ア)a)の存在については,亡P3が,自殺の直近の1か月以内である平成22年8月7日にP23病院脳外科の通院予定日に通院しておらず,同頃の原告P2との電話でも泣いており,同月14日のP23病院脳外科通院の際には落ち込んで,同月●●日に原告P2からの電話に出ない状況があり大変元気がなかったことにより,これを満たす。


興味・喜びの減退(同b)については,亡P3が,同月は夏休みで帰省するはずであったのに帰省せず,喜んで働いていたのに仕事や会社に喜びを見出せなくなっていたことにより,これを満たす。


睡眠障害(同d)については,亡P3が,死亡1週間前に同期のP26と会った際に眼の下にくまがあり,寝ていない様子であり,死亡後に冷凍庫を確認したところ,凍らせて枕の代わりにするものをたく
さん購入して枕元に置いていたことから,死亡直前には睡眠障害に陥っていたと考えられることにより,これを満たす。

無価値観(同g)については,亡P3が,半田付けなどは自分ができない業務であると認識し,同僚に対し細かなことができず自分には使い道がないから同じ作業をさせられていると話しており,無価値観があったことにより,これを満たす。


思考集中・決断困難(同h)については,亡P3が,同月17日頃に「物忘れが気になる方へ」と称するサプリメントを注文しており,思考集中・決断困難であったことにより,これを満たす。


希死念慮・自殺企図(同i)については,亡P3が,同月14日にサンポール・石灰硫黄を購入し,同月●●日に硫化水素中毒死による本件自殺をしたのであり,希死念慮・自殺企図があったことにより,これを満たす。

(ウ)

症状の程度及び除外事由
亡P3は,死亡前1か月間はP15に対し相談しなくなり,実家に帰
省せず,家族からの電話に出なくなったりするなど,活動性が減退し,職業的・家庭生活の領域で機能の障害を引き起こしていた(前提事実(7)イ(ウ))。また,亡P3は,同月頃,使用していた薬物はデパケンRだけであり(同(エ)),死別した者はいなかった(同(オ))。イ
被告による亡P3が脳器質障害を基盤にした発達障害及び症候性てんかんに併発して,平成22年1月末頃に発作間欠期精神症状としての気分障害を発病したとの主張について
(ア)

精神疾患の診断においては,縦断的に経過・精神症状の推移をみて
いくことが重要であり,特に発作間欠期精神症状を含めたてんかん性精神病性障害の診断においては,それが「てんかん」自体の影響なのかどうかを吟味していく必要があり,脳腫瘍による症候性局在関連てんかんでは,手術や放射線治療も含めた器質的な要因や抗てんかん薬などの薬剤の要因,その他,環境要因など他の原因を除外し,さらに,精神症状のみならず,意識,高次機能,人格,性格などに関しても,それぞれ経過を詳細に分析する必要がある。
そして,発作間欠期精神症状を含めたてんかん性精神病性症状については,精神症状の変化は,抑うつ状態に見えるけれども,意識が混濁していたり,朦朧状態であったり,普通のうつ病の抑うつ状態とは一線を画し,目線がおかしいとか,突如おかしな抑うつ状態になるというのが特徴である。
しかるに,亡P3は,同年6月12日にP25医師を受診した際,意識の混濁もなく,かなり清明な意識状態であったのであるから,てんかん性精神病性障害ではない。
(イ)

てんかん性精神病性障害の本質は,「発作を繰り返すことで生じる
脳障害」であり,一般的にてんかん性精神病性障害は,発作周辺期(発作の前,発作中,発作後)に,発作と並行して起こることが多く,例外として発作間欠期の精神症状があるが,この本質は発作が繰り返し起こったことによるニューロンの障害であることから,亡P3が17年ぶりに起こった2回の発作の前後で,精神症状,性格や人格の明らかな変化がない以上,ニューロンの障害があるとはいえない。そして,P25医師は,てんかん診療のスペシャリストであるところ,同日に,亡P3を直接診断したが,同月8日に亡P3を診断したP24医師の診断結果も踏まえた上で,亡P3及び原告らに対し,適応障害以外に,自閉症スペクトラム障害,脳腫瘍や手術による影響,てんかん性精神病性障害,その他の精神障害を幅広く鑑別診断に挙げ,詳細な病歴聴取を行い,亡P3の症状の推移・経過から,適応障害以外の疾患・病態は除外された。同年1月頃から同年4月頃にかけて亡P3と直接面談して診察をしたP17臨床心理士及びP21臨床心理士はいずれも気分障害等の精神疾患を指摘していない。そうすると,亡P3はてんかん性精神病性障害を発症していなかった。
(ウ)

P27医師は,亡P3を直接診察することなく,亡P3の病歴聴取
もしていないところ,P25医師は,同診断をした上で,亡P3が17年ぶりにてんかん発作(本件第1発作)を起こしたのは,それまでに蓄積された業務に起因するストレスやそこから形成された抑うつ状態などの心理状態が原因であったと考えられるという意見を述べており,また,てんかん性精神病性症状は,あくまで「臨床単位」,「症候名」であり,国際的な診断基準であるICD-10では,F06の「脳損傷,脳機能不全および身体疾患による他の精神障害」に含まれるところ,F06の診断基準においても,確定診断をするには「(d)精神症候群の原因として他のものを示唆する証拠(重い負因のある家族歴,あるいは誘因となるストレスなど)がない」という条件が必要となるが,本件では業務上の出来事という誘因となるストレスがあったといえるため,同条件を充たしていないことなどからして,P27医師の診断は誤りである。(エ)

被告が本件訴訟になって,従前と全く異なる病名及び発症時期を主
張するというのは,本件監督署長による調査及び判断が全く信用できないものであり,極めて杜撰な調査・検討しかされなかったことを意味する。
【被告の主張】

本件自殺時までに発症した原告主張に係る精神障害に先行する精神障害の発症
(ア)

平成22年1月末頃発症のてんかんの発作間欠期精神症状として

の気分障害
亡P3は,以下の事情によれば,平成22年1月頃には,次のとおり,希死念慮,抑うつ状態や睡眠障害,食欲減退などの症状が生じており,てんかんの発作間欠期精神症状としての気分障害を発病していた。a
亡P3は,同月頃に,実家で「もう死にたいよ」と繰り返し発言

し,同月7日,同月9日及び同月23日にP23病院脳神経外科を受診した際には,表情が暗くなり,医師の前で泣くなど,それまで診察していた同脳外科のP28医師が様子の変化を感じた。

亡P3は,同月9日の時点で5キログラム程度体重が減少し,P

17臨床心理士やP28医師に食欲減退を訴え,その後同年4月頃までの間にさらに体重が減少していた。

亡P3は,同年2月のP17臨床心理士との面談において,「少

し,若年性ぼけのような状態が,続いていたように思う。シャントで,頭がぼーっとして,記憶力が落ちた感じ。」と,同年3月4日のP17臨床心理士との面談では「涙腺がもろいのか,すぐ悲しくなる(涙が出る)。」とそれぞれ述べていること,同月9日の人事部との面談において「この辺の話は医者にも話してません。医者は専門外のことは聞いてくれません。苦痛だよって感じで。」,「この泣けるのもそうかもしれません。多少うつが入っているのかもしれません。話していると泪が出てくる。特に感情じゃありません。やっぱり感情の起伏はあります。つらい状況でしたから判ってもらえない辛さ。」,「親にも判ってもらえていない。泣いているのを見ているだけ。」などと感情を吐露し涙を流していた。

なお,本件各処分においては,平成22年1月頃発症のてんかん

の発作間欠期精神症状としての気分障害を検討するものではなかったが,取消訴訟においては,別異に解すべき特段の理由がない限り,行政庁は当該処分の効力を維持するための一切の法律上及び事実上の根拠を主張することが許され,処分の同一性を失わない限り,処分理由の差替えは原則として自由であると解すべきところ,本件において,処分理由の差し替えを許さない別異に解すべき特別の理由は存しない。(イ)

平成22年1月頃発症の大うつ病性障害又は適応障害
仮に,亡P3の病名について大うつ病性障害や適応障害であるとし
ても,上記のとおりの亡P3の症状からすれば,当該精神障害の発病時期は,同年1月末頃である。
(ウ)

平成22年6月頃発症の適応障害
仮に,上記被告の主張が認められなくても,亡P3が同年6月頃に
適応障害を発症していたことは明らかである。

精神障害悪化の場合の認定基準
原告は,遅くとも死亡時点までに大うつ病性障害を発症した旨主張するが,いったん精神障害を発病した者は些細なストレスであっても,過敏に反応することから,業務上の出来事を評価するに当たっては,発病前と後を同視することはできず,発病後にはストレスに対する脆弱性・反応性が高まっていることを念頭に置いて評価を行うべきであり,精神障害の発病時期がいつであるかは重要な要素であるため,原告らの主張する大うつ病性障害が精神障害の「発病」であるというのか,適応障害からの「悪化」であるというのかを特定せず,亡P3の精神障害の発病時期を特定しないまま,出来事の評価を行うべきではない。

(2)

争点(2)(業務起因性の判断基準)

【原告らの主張】
認定基準は,労災認定に当たって行政が基準としているものにすぎず,裁判所において,これに拘束されるものではない。司法判断においては,これを一つの参考資料として参考としつつも,独自に合理的な判断基準を適用するのが相当である。
ア(ア)

心理的負荷を判断する前提となる主体について
業務起因性の判断においては,人が本来的に多様であることから,当該労働者を基準として,職場内での当該労働者が置かれた立場や職責,年齢,経験等のみならず,当該労働者の資質,性格,健康状態等の個別の事情をも考慮し,当該労働者がどう受け止めるのかという観点から個別具体的かつ総合的に心理的負荷を評価すべきである。特に,障害者については,憲法27条1項や障害者関係法令等の要請,障害者の就労を積極的に援助し,企業もその協力を求められている時代であることに鑑みれば,その業務起因性は障害者を基準にして判断すべきである。被告が主張する平均的労働者という基準は極めて抽象的で実態がなく,性別,学歴,年齢,経験,業種,職種,職場の地位,職場環境等を考慮して,どのようなグループ分けをして平均を想定するかにより,具体的基準は大きく異なり,各項目を詳細に考慮すれば,実質的に本人を基準とすることに接近する。
また,仮に平均的労働者を基準としても,認定基準は,「『同種の労働者』とは職種,職場における立場や職責,年齢,経験等が類似する者をいう」としており,「等」と記載しているのは,「職種,職場における立場や職責,年齢,経験」以外の事案ごとの個別具体的な諸要素を反映させるためであると解され,特に,被災者の有する障害については,社会通念上,看過し得ない重要な要素,属性であることから,当然に考慮に入れなければならないというべきであり,少なくとも,会社が障害者である被災者について,その者が障害を有することを知りながら雇用し,又は雇用を継続した場合には「同種の労働者」について,被災者の有する障害を考慮に入れるべきである。
亡P3は,脳腫瘍,水頭症,これら病気に伴う身体障害(身体障害者等級6級),脳腫瘍に起因する脳器質性の精神障害である自閉症スペクトラム障害(AutisticSpectrumDisorders。以下「ASD」という。)の要素(コミュニケーション能力の障害,認知のゆがみなど)を抱え,具体的な障害として,左手が不自由であり,特に左手の指の力や握力が弱く,そのため非常に細かいものを取り扱う作業や重量物を扱う作業はできないという身体障害に伴う職種制限が必要な労働者であるから,本件における「同種の労働者」とは,亡P3と同じような障害(ASDの要素や認知のゆがみ等も含む。)を有した労働者群である必要があり,実質的には亡P3を基準にして心理的負荷の強度を評価すべきである。障害の要素を一切考慮することなく業務起因性を判断することは,労災保険の適用から障害者を除外する結論を導き得るものであり,かかる運用は実質的な障害者差別であって,憲法14条,27条1項,労基法3条,障害者基本法4条などに違反する解釈であり,許されない。
そうすると,本件における「同種の労働者」とは,亡P3と職種,職場における立場や職責,年齢,経験,亡P3の有する障害,具体的には,①脳腫瘍,②水頭症,③これら病気に伴う身体障害(身体障害者等級6級),④脳腫瘍に起因するASDの要素(コミュニケーション能力の障害,認知のゆがみ等)が類似する者となり,このような労働者が一般的にどう受け止めるかという観点から強い心理的負荷か評価されるべきである。なお,①,②及び③については入社当時から,④については平成22年4月から,本件会社が知り得たことであるから,それぞれ同種の労働者の考慮に入れて,心理的負荷の程度を評価すべきである。
(イ)

出来事の評価について
被告は現実化の要件について,業務による危険性(過重性)がその
他の業務外の要因に比して相対的に有力な原因となったと認められることを必要と主張するが,そのように解するとすれば,そもそも定量的に測定することが困難な原因のどれが有力かを論ずることにより,結果的には行政機関が恣意的に業務外の事由を有力と評価し,業務外決定を行う基盤を作ることになり,適切でない。基礎疾患が確たる発症因子がなくてもその自然の経過により発症させる寸前にまでは増悪していなかったこと,業務による負荷が基礎疾患をその自然の経過を超えて増悪させる要因となり得たこと,他に確たる発症因子のあったことがうかがわれないことの3要件によって,業務起因性を肯定すべきである。
(ウ)

被告が業務起因性の判断に用いる認定基準は,平均人を基準とし,
業務による危険性が相対的に有力であることに固執し,業務による心理的負荷の多くの項目を形式的に過小に類型化することにより,被災者の受けた心身の負荷を過小に評価し,出来事については精神障害発症前6か月以内と対象期間を設定してその期間から外れたものについては評価しないとして,多数の事案を業務外決定に導く危険性を内包しており,これに従うことは妥当ではない。

被告の認定基準のうち精神障害増悪の場合の基準によるべきとの主張に対する反論
(ア)

本件では,亡P3が平成22年1月末頃に,気分障害を発病したと
いう主張自体が誤りであるから,精神障害悪化の場合の認定基準が問題になることはない。
(イ)

認定基準は,発病の「前」については,おおむね6か月間を対象と
して,別表1「業務による心理的負荷評価表」に基づき判断されることになるが,発病の「後」については,「業務以外の原因や業務による弱い(「強」と評価できない)心理的負荷による発病して治療が必要な状態にある精神障害が悪化した場合,悪化前に強い心理的負荷となる業務による出来事が認められることをもって直ちにそれが当該悪化の原因であるとまで判断することはできず,原則としてその悪化について業務起因性は認められない。」,「ただし,別表1の「特別な出来事」に該当する出来事があり,その後おおむね6か月以内に対象疾病が自然経過を超えて著しく悪化したと医学的に認められる場合については,その「特別な出来事」による心理的負荷が悪化の原因であると推認し,悪化した部分について業務上の疾病として取り扱う」としている。
しかしながら,既に精神障害を発病していた者の症状悪化の業務起因性判断において,「特別な出来事」なる概念を導入し,そのように極めて稀と思われる業務上イベントの存在を業務上認定の条件とすることは合理性を著しく欠いた論理といわざるを得ず,認定基準を策定するための厚生労働省精神障害の労災認定の基準に関する検討会の第5回において,専門家から「業務外の理由によって発症していた場合,その後の勤務において何らかの業務上の出来事があった場合,もし前に業務外の理由によって発症していなければ,この業務上の出来事があれば当然発症したであろうという出来事があるのに,たまたま事前に業務外の理由で発症していたためにカウントされなくなるというのは不公平である。」,「増悪を初発と同等に評価するべき」と批判的発言がされており,精神障害者差別と言っても過言ではない内容であって労働者・被災者保護のための労災保険制度の趣旨から見て絶対に容認できない。
【被告の主張】

労災保険制度における業務上疾病の基本的な考え方
無過失責任を採用する労災保険制度が補償の対象とする業務上疾病は,業務に内在し,又は通常随伴する危険の現実化と評価される疾病であるから,業務による強い心理的負荷が客観的に認められる必要がある。それは,一般の労働者にとっても強い心理的負荷を与えると評価される出来事(その前後の状況を含む。)に遭遇したという事実によって判断される。具体的には,当該業務による負荷が,平均的な労働者,すなわち,日常業務を支障なく遂行できる労働者によって,業務によるストレスが客観的に精神障害を発病させるに足りる程度の負荷であると認められること(危険性の要件)及び当該業務による負荷が,その他の業務外の要因に比して相対的に有力な原因となって,当該精神障害を発病させたと認められること(現実化の要件)が必要である。
そして,精神障害疾病の発病に至る原因の考え方については,環境由来の心理的負荷と,個体側の反応性,脆弱性との関係で精神的破綻が生じるかどうかが決まり,心理的負荷が非常に強ければ,個体側の脆弱性が小さくても精神的破綻が起こり,脆弱性が大きければ,心理的負荷が小さくても破綻が生ずるという「ストレス-脆弱性理論」が多くの人に受け入れられるようになっており,この「ストレス-脆弱性理論」に依拠した考え方をするのが適当である。
そうすると,これらの要件該当性の判断基準としては,この「ストレス-脆弱性理論」に依拠し,また最新の専門的知見に基づく検討会報告書を踏まえて策定された認定基準に依拠するのが最も適当である。

認定基準は,ICD-10第Ⅴ章の「精神および行動の障害」に分類される精神障害であって,器質性のもの及び有害物質に起因するものを除く疾病を対象とし,①対象疾病を発病していること,②対象疾病の発病前おおむね6か月の間に,業務による強い心理的負荷が認められること,③業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないことという認定要件を充たす対象疾病を労基則別表1の2第9号に該当する業務上の疾病として取り扱うものとすると定めている。
(ア)

平均的な労働者を基準とすべきこと


危険性の要件を判断するに当たっては,当該業務が危険であるかど
うかを当該業務の内容や性質に基づいて客観的に判断すべきであって,労働者本人の脆弱性は判断の対象である業務に内包されない業務以外の要因であるから,本人の脆弱性の程度によって業務の危険性の判断が左右されてはならない。個々人のストレスの受け止め方は異なるから,精神障害を発病した当該労働者において,遭遇した出来事及び出来事後の状況が持続する程度について主観的にどう受け止められるかという観点から評価されるのではなく,飽くまでも平均的な労働者,すなわち,日常生活を支障なく遂行できる労働者が一般的にどう受け止めるかという客観的な基準によって評価すべきである。
ここで,精神障害を発症した当該労働者本人を基準として業務の過重性を判断するならば,日常的なささいなストレスを伴う業務であっても,脆弱性の大きい当該労働者によっては危険であったということになって,業務と発症との間の条件関係だけで業務起因性を判断することになりかねない。労災補償制度の前提となる使用者の補償責任が危険責任に基づく無過失責任であり,また,労災補償制度が使用者の保険料の拠出により運営されていることに照らせば,このように脆弱性の大きな労働者に発生した精神障害まで労災補償制度で救済することは,制度の趣旨に反する。
日常生活のすべての場でストレスは多かれ少なかれ常に存在し,ストレスの受け止め方は個々人によって異なるものであるから,当該特定人が受け止めたストレスの大きさについて当該特定人を基準に判断すると,精神障害を発病した当該特定人にとってはそのストレスは大きいことにならざるを得ず,これでは,客観的に判断されるべきストレスの大きさの問題と当該特定人の個体側の反応性,脆弱性の問題とを区別することはできない。
「ストレス-脆弱性理論」においては,そもそも精神障害の場合,外部からその精神の在り方を見ることができず,また,身体的な病における機械的な検査に基づく検査数値のように機械的に測定した数値をもってその状態を明示することはほとんど不可能であることから,ストレスの強さを客観的に測定し,指標化し,それに対する反応を見ることで個人の脆弱性を間接的に測定しようとするものであり,ストレスの大きさを客観的に観察して,それほどでもないストレスに対して過大に反応したとすれば,それは当該特定人の個体側の脆弱性の問題と理解されるのであり,当該労働者本人を基準とすることはこれに反している。

平均的な労働者として考慮すべき属性
心理的負荷を判断する前提となる平均的な労働者とは,具体的には,職種,職場における立場や職責,年齢,経験等が類似し,通常の業務を支障なく遂行することができる者であり,このような「同種の労働者」を基準として心理的負荷を判断すべきこととなる。そして,通常の業務を支障なく遂行することができる者には身体障害を有する者であっても日常業務を支障なく遂行することができる者も含まれていることから,「同種の労働者」を考えるに当たって,必ずしも亡P3と同じ脳腫瘍を発病し身体障害者6級という障害を有している労働者に限定する必要はない。
また,業務を支障なく遂行することができるかどうかは,当該労働者の有する障害の内容及び程度と,当該労働者の担当する業務の内容との関連において理解されるものであり,身体障害があったとしても,その障害により業務に支障を来すという事情がなく,支障なく業務を遂行することが可能であれば,当該労働者本人や同程度の障害を有する者のみを取り出して基準とすべき必然性はない。そして,亡P3は,身体障害及び精神障害(発達遅滞)のいずれについても,特段の就労制限を必要とすることなく業務を遂行することが可能であった。身体障害については,半田付け等の非常に細かいものを取り扱う作業以外,特に就労制限は不要であったといえ,また,精神障害については,ASDの症状により,亡P3は,上司や同僚とコミュニケーションが取れず,他者の意見を聞き入れようとしない姿勢であったことから,たびたびトラブルが生じており,また,自己の興味に執着し,タイムスケジュールを守った作業や当該業務の意義を正確に把握した上での方針選択をすることができず,業務上求められる期限を守らなかったり,自分では仕事を完成させたりすることができずに他者の助力を得る事態になることが多かったものであるが,上司の判断により先輩等の助力を得ながら仕事を覚えていたところであり,また,P13の下でデバイスのシミュレーション作業を行った際のように,亡P3の興味がうまく合致した場合には十分な結果を出すこともあったことから,明確な就労制限を要する状態であったとまでは認められない。
(イ)

相対的に有力な原因によって現実化要件を判断すべきこと
現実化の要件の判断に当たっては,業務が危険性を有するものであっ
ても,その危険が現実化して発病したと認められない以上,当該発病を使用者の無過失責任に帰することはできないところ,仮に,精神障害の発病に業務が何らかの寄与をしていると認められる場合であっても,業務以外の要因がより有力な原因となって精神障害の発病をもたらした場合には,当該精神障害は,業務に内在する危険が現実化して発病したものではなく,業務以外に存在した危険(当該労働者の私的領域に属する危険)が現実化して発病したものとして相当因果関係は認められないというべきであるから,当該発病に対して,業務による危険性(過重性)がその他の業務外の要因に比して相対的に有力な原因となったと認められることが必要である。
なお,原告らの指摘する現実化の有無を判断する3要件は,脳・心臓疾患の増悪により労働者が死亡するに至った事案における事例判断にかかるものであって,精神障害に係るものではない。
(ウ)

精神障害が悪化した場合も認定基準の基準によるべきこと
業務以外の原因や業務による弱い(「強」と評価できない)心理的負荷により発病して治療が必要な状態にある精神障害が悪化した場合,悪化の前に強い心理的負荷となる業務による出来事が認められることをもって直ちにそれが当該悪化の原因であるとまで判断することはできず,原則としてその悪化について業務起因性は認められない。ただし,認定基準別表1の「特別な出来事」に該当する出来事があり,その後おおむね6か月以内に対象疾病が自然経過を超えて著しく悪化したと医学的に認められる場合については,その「特別な出来事」による心理的負荷が悪化の原因であると推認し,悪化した部分について労基則別表1の2第9号に該当する業務上の疾病として取り扱うべきである。
精神的障害の悪化と業務との間に相当因果関係が存在すると認められるためには医学的な根拠が必要であることは言うまでもないが,精神障害を発病している者は生活の中で遭遇する些細な出来事にも過大に反応する傾向があり,その他,生物学的要因による精神障害の自然的悪化だけでなく,薬物治療を行っている間の断薬や減薬,治療薬変更により病状が悪化する場合もあることなどを含めて,精神障害の悪化と業務との間に相当因果関係が存在するか否かを検討しなければならないところ,精神障害の生物学的な原因が特定されつつある現在の医学的観点を踏まえると,精神障害の病状が揺れ動きながら推移している状況で,たまたま業務において「強い心理的負荷」に遭遇したからといって,それが悪化の有力原因であるとは医学的根拠をもって断定できない。
そして,精神障害発病後の悪化の業務起因性について,発病後の業務による心理的負担が「強」と評価されるものにとどまる場合には,精神的脆弱性(個体的要因)より相対的に有力な原因とは認められない業務による心理的負荷をもって,業務と精神障害の悪化及び死亡との間に相当因果関係を認めることとなり,そのような判断をすることは,「ストレス-脆弱性理論」等の医学的知見や労災保険制度における危険責任の法理の趣旨に反するものである。
そうすると,精神障害を発病した後に悪化した場合には,少なくとも業務による心理的負荷が「強」と評価されるものより強い心理的負荷がなければ,精神的脆弱性(個体側要因)より相対的に有力な原因とは認められないし,また,「強」と評価されるものより強い心理的負荷であっても,当該出来事自体の心理的負荷だけでなく,出来事後の状況に係る心理的負荷が総合評価されることになると,精神障害発病の症状の影響が介在する余地が大きくなることから,もっぱら当該出来事自体の心理的負荷に対する評価だけで業務による心理的負荷の強度を測ることのできるような出来事であることが望ましい。

てんかんの発作間欠期精神症状を前提とした判断基準
(ア)

亡P3が発症した精神障害は,てんかんの発作間欠期精神症状とし
ての気分障害であり,器質性の精神障害であることから,認定基準では対象外としている精神障害である。したがって,亡P3が受けた職場のストレスが「てんかんの発作間欠期精神症状としての気分障害の発病」の原因となったか否かについて,専ら労基則別表1第1の2第11号所定の「その他業務に起因することの明らかな疾病」に該当するか否かによって業務起因性を判断すべきである。
そして,てんかんの発作間欠期精神症状としての気分障害の発病については,けいれん発作の発現に関して,「一般にはストレスが痙攣の直接の原因とはなり得ないが,痙攣発作を引き起こす誘因となることは指摘されている。」ことから,てんかん発作の発現と業務上のストレスとの間に,条件関係のみならず,相当因果関係が肯定されることが必要である。
(イ)

発作間欠期精神症状としての気分障害は,患者の置かれている心理社会的要因が影響していることもあると指摘されており,器質性の精神障害としての側面が大きいものの,それ以外の側面を全く否定し,完全に器質性の精神障害としての認定基準の対象から除外するのは必ずしも相当でないと解されることから,器質的精神障害としての業務起因性の判断に加え,ICD-10におけるF3の気分障害としての業務起因性についても,認定基準に基づき検討すべきである。

大うつ病性障害,適応障害を前提とした判断基準
仮に,亡P3が発症した疾病が大うつ病性障害や適応障害である場合には,これらの精神障害を対象疾病としている認定基準を用いて業務起因性について判断すべきである。

(3)

争点(3)(業務起因性の有無)

【原告らの主張】

業務による強い心理的負荷について
(ア)

上司によるパワハラ,差別的な評価,上司との軋轢
亡P3は,平成20年10月以降,上司からパワハラを受け,差別的
な評価を受けていたことを契機として上司との折り合いが悪い状況が継続していたのであり,別表1「⑤対人関係」の項目29「(ひどい)嫌がらせ,いじめ,又は暴行を受けた」又は項目30「上司とのトラブルがあった」に当たり,それぞれの平均的な心理的負荷の強度は項目29が「強」,項目30が「中」に該当するところ,本件の場合,亡P3はP13,P14,P15,P16をはじめとする人事部という複数の上司との間でトラブルがあり,かつ,トラブルが解決することなく,死亡時まで継続していたのであるから,心理的負荷の強度はより強く,いずれについても「強」に該当するというべきである。

P13のパワハラについて

亡P3は,下記のとおり,上司であったP13から,暴言や強い言動によって過剰なプレッシャーを与えられ,日常的にパワハラを受けていた。
(a)平成20年10月から平成21年9月まで亡P3の上司であったP13は,「○」というアニメ作品の登場人物である「○」とあだ名で呼ばれており,部下のみならずP13と同等の役職あるいは上司の者からも厳しいとの評価を受けていた。P13には,上司として,部下を適切に指導する態度はなく,会議において亡P3を無視した。
(b)P13は,亡P3に対して,客観的に亡P3の身体障害による業務上の配慮が必要であったにもかかわらず,亡P3の障害の内容をきちんと把握せず,亡P3に負荷の生ずる業務を課した。
(c)亡P3は,平成21年夏一時金の前提となる実績レビューにおけるP13のコメントの記載に明らかなように,P13から仕事のスピードやエンジニアとしての能力に関して強く責められていた。
また,P13は,平成21年5月の評価面談において,亡P3に
対し,亡P3が自己評価をAとしたところを,亡P3が測定指示を聞かずに他の人の配線の助言をしただけであったため,B1と評価したが,これは,手に障害を有し配線等の作業に支障のあった亡P3を不当に低く評価するもので,不合理で差別的な評価である。なお,同評価について,P15が原告と面談をしたが,6時間以上を要するものであり,亡P3は面談中ほとんど泣いていた。
さらに,亡P3は,同年10月頃の評価面談の際には,4名もの
上司が同席する中で,強い心理的プレッシャーを与えられ,P13から,他の同期と比べて不当に低く評価され,「お前にやらせる仕事はない。」と言われるとともに,亡P3が障害を有することを前提に雇用されたにも関わらず,「仕事が遅い」,「人とは評価の仕方がちがうんだ」などと不合理な理由で,事実上の戦力外通告に近く,よほど悪いことがない限り付かず,社員としては非常にショックを感じる評価であるC評価をつけられ,これにより,強い心理的負荷を受けた(なお,入社6年目は係長への昇進を意識する時期であり,この年に同期の5,6割,翌年には8,9割が○のグレードに昇進しており,このタイミングで社員が自己評価をSとするのは当然であった。)。このことは,亡P3が,評価の面談の直後に,立ちすくんで号泣し,同期のP26に対し,上司から「あなたのランクはCだ」,「お前にやらせる仕事はない」と言われたと述べたことから明らかである。なお,これは障害を有するがゆえに作業が遅い亡P3にとっては障害を理由にした不合理な差別である。
(d)P13は,平成21年9月頃,亡P3に対し,「他の職場へ行ってくれ」と言って,実際に同年10月頃にP13の部署を追い出し,担当職務が画素から回路に変わり,上司もP13からP14に変わった。

P14の暴言について
(a)P14は,平成22年1月から同年2月頃までの間,亡P3に対して,「女,子供でもできる」などと亡P3と同種の障害を有する労働者にとって,差別的な言動と受け止められる内容の発言をし,そのほかにも「お前は子供や高校生の姉ちゃんでもできる仕事しかしていない。」,「(自分は半田付けができず,他の人に頼むと)高卒の姉ちゃんみたいに話を伝えているだけで,お前は何もしていない」,「ここから出て行け」,「お前は会議に出なくてよい,本を読んで勉強していればよい。」,「お前はいても無駄だから,会議に出なくてもよい。」,「6年間の実績は何もない。」,「お前は何も仕事をしていない,ただ指示を与えられて従っている人間
だ。」などと言った。P14のこれらの言動は,極めて侮辱的・人格否定的な言動であり,とりわけ,身体障害者等級6級という障害を抱えた亡P3にとって,障害者差別に相当する内容である。
(b)P14は,課員全体へ送るメールの宛先から亡P3だけを外し,この理由について,亡P3に対し,「あなたは半人前だから」と述べた。
この「半人前」という発言は,障害を抱える亡P3の人格や存在
を否定する侮辱的な言動であり,「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告」に照らしても,職場のパワーハラスメント行為類型②の「侮辱・ひどい暴言(精神的な攻撃)」に該当し,業務の適正な範囲を超えて精神的苦痛を与えるものであって,パワハラに当たることは明らかであるし,脳腫瘍及び水頭症のために左半身が麻痺し左手がうまく使えない亡P3にとってあたかも障害がある人間は一人前ではないという趣旨にも解される極めて侮辱的な表現で,心理的負荷は非常に強かった。
また,メールの宛先から亡P3を除いた行為も,上記行為類型③の「隔離・仲間外し・無視(人間関係からの切り離し)」,同⑤の「業務上の合理性なく」,「仕事を与えないこと」に該当し,業務の適正な範囲を超えて精神的苦痛を与えるものであり,パワハラに当たることは明らかである。

関係者の暴言について
(a)亡P3は,平成22年頃,週報の記載について,P14から「それはおまえの成果じゃないだろう」と言われたことから,P15に相談したところ,同人から,「まだそんなことやってるのかよ。いつになったら前に進むんだよ。いいよ信用できなかったら信用しなくても。俺もキレるぞ。」,「そういうことが不信感になると思わない?

そういうことが上司とのさ,関係を壊していくと思わな

い?」などと言われ,非常に強い口調で突き放すように罵倒された。亡P3は,かかる発言により心理的に孤立し,心理的負荷を受けた。(b)人事部のP16は,平成21年11月頃,亡P3に対し,「結構な立場だと思うんだよね,P3さん。」,「P3さんが給料泥棒と呼ばれないだけのことをやっているのか?って」,「P3さんのフォロー回らなくてもいいよね。」などと述べ,亡P3を「給料泥棒」と揶揄し,人事としてあるまじき人格や存在自体を否定するような攻撃的発言をして,亡P3に強い心理的負荷を与えた。

これらはいずれも「部下に対する上司の言動が,業務指導の範囲を逸脱しており,その中に人格や人間性を否定するような言動」に当たり,項目29「(ひどい)嫌がらせ,いじめ,又は暴行を受けた」という項目において,亡P3が受けた心理的負荷の強度は「強」である。また,亡P3は,上司との間で,評価をめぐるトラブルを解決できずに継続しており,部署の上司だけでも解決できず,臨床心理士や人事部も介入していたのであるから,「業務を巡る方針等において,周囲から客観的に認識されるような大きな対立が上司との間に生じ,その後の業務に大きな支障を来した」場合に当たり,項目30「上司とのトラブルがあった」という項目において,亡P3が受けた心理的負荷の強度は「強」である。

(イ)

退職強要
亡P3は,以下のとおり,本件会社から,自分の行き場所がないこと
を認識させ,亡P3が自ら退職するように仕向けられるという非常に悪質な退職強要をされたのであるから,別表1「④役割・地位の変化等」
の項目20「退職を強要された」場合に当たり,亡P3が受けた心理的負荷の強度は「強」である。

臨床心理士との面談とキャリアリサーチ
亡P3は,人事部のP16の勧めで,平成21年11月5日から平成22年5月26日まで,合計20回にわたり,本件会社の人事部門半導体人事部に所属するP17臨床心理士との間で面談を行った。亡P3は,2回目の平成21年11月12日の面談において,P17臨床心理士から「キャリアリサーチみたいな処に入って,ま,ゆっくりさがしましょう」と発言され,いわゆる追い出し部屋であるキャリアリサーチへの異動を示唆され,実質的に退職強要されたから,亡P3にとって強い心理的負荷となった(なお,本件会社が退職強要の目的で亡P3と臨床心理士との面談を実施させていたことは明らかである。)。
また,同面談において,P17臨床心理士は,「めちゃくちゃ受
身」,「その発想,ちょっと転換していただくと多分,評価をきにしたり人間関係を気にする前に,業務で気にして欲しいところがいっぱいあるんですけれども」,「適当にあしらえるようなスキルみたいなものを身につけたらいい」,「そこはもう絶対割り切っていただきたいんですよ」等と発言し,上司のパワハラ等を問題とせず,むしろ亡P3の行動や考え方ばかりを非難していたのであり,これらは亡P3にとって,強い心理的負荷になった。
さらに,亡P3は,平成22年5月17日に本件第2発作を起こした後すぐに,P17臨床心理士と面談をすることになり,このことによっても,強い心理的負荷を受けた。


人事部による面談

亡P3は,平成22年2月22日から同年8月19日まで合計14回にわたり,人事部との間で面談をした。
人事部による面談は,P17臨床心理士との面談と並行して実施され,亡P3の「病気の話」,「評価の事」,「上司とのコミュニケーションについて」,「将来について」,「キャリアの棚卸」,「これまでの振り返り」等をテーマにし,亡P3が上司とのコミュニケーションがとれないというレッテルの下で進められ,亡P3の病気の状況について確認し,過去の評価やキャリアを棚卸しして,将来どうするのかを決めるという経過であったことに照らせば,この面談は,亡P3に「本件会社で自分ができる仕事がない」という事実を認識させるために行われたものであり,その回数及び内容からも,実質的にみて,障害を有する亡P3を退職へ追い込む退職強要であった。
特に,P20が同年5月以降に面談を担当するようになり,同年6月に人事が産業医と面談して以降,明らかに退職強要になっていった。亡P3は,同年7月23日,人事部から,本件会社を退職して社外へ行くことを検討すること,もし退職せずに社内に残りたいのであれば,それを認めてもらえるだけの説明をすることを指示されたが,それ自体が退職強要である。
亡P3は,人事部に対し,本件会社でエンジニアとして働き続けたいことや希望するアナログの仕事ができないのであれば,脳腫瘍による障害がハンデにならない仕事をやりたいと伝えたが,人事部は同月28日に,そのような仕事を探して提案しようとするのではなく,「人とかかわらない仕事を見つけてやるしかない」と述べ,あえて「再就職支援会社」の話題を持ち出され,実質的には本件会社を退職するように求められたのであり,退職に追い込まれたことに他ならなかった。
亡P3は,同年8月6日に,P20から「みんな,前回がラストと思っている。もう,サジを投げている」,「P15さんから,はっきり言ってもらう事も検討します。P3さんも,入社から棚卸しして下さい」などと言われ,P20は人事部として会社と社員との調整機能を果たしておらず,他の職場に当たること自体も放棄していた。さらに,亡P3は,自殺する前日の面談で,P20から,作成し直す資料の末尾に「最後のチャンス」という文言を記入するよう指示され,かかる指示は,亡P3の退路を断ちもはや退職しか道がないことを強く認識させるものであり,退職強要であることは明らかである。
この多数回にわたる人事部による面談が実施されている期間中,
「僕の仕事は何か見つかるんでしょうか」,「何でもいいんですけど」と述べていた亡P3に,新しい仕事が与えられることもなく,さらには身体障害を抱え,かつ平成22年5月に2回連続となるC評価を受けていた頃から,より一層異動先が見つかりにくくなっていたところで,人事部から「1週間,将来について考えてもらう」,「社外もけんとう」,「のこりたいなら気づきを説明せよ」,「再就職支援会社」,「人とかかわらない仕事をみつけてやってもらうしかない」,「みんな,前回がラストと思っている。もう,サジを投げている」,「最後のチャンス」等といった内容の退職を強く示唆する言動が繰り返されたことは,亡P3にとって極めて強い心理的負荷となった。このように,亡P3は,人事部の面談によって退職を強要され,合計14回にわたる面談の終盤で「本件会社で自分にできる仕事がない」と通告を受けている事実をはっきりと感じさせられ,強い心理的ストレスを受けていたことは明らかである。

障害者雇用の法律の趣旨や方針に反すること

そもそも,障害を抱えている労働者を採用した事業主は,労働者の障害に配慮した上で,当該労働者の適性や障害の内容・程度に応じた適切な仕事を探して,配転をすべきであり,産業医が述べる「会社が求めているだけの能力を有していない社員」として退職させるようなことはあってはならない。しかるに,本件会社は,障害者雇用調整金の受給を受けているにもかかわらず,脳腫瘍及び水頭症に伴う身体障害を抱えている亡P3を切り捨てる対応をし,実質的な退職強要を行ったのであるから,障害者の雇用の促進等に関する法律の趣旨に反した通常の退職強要より,一層悪質なものであった。
また,厚生労働省により平成21年3月5日に告示された「障害者雇用対策基本方針」(甲51の2)では,「障害者が職場に適応し,その有する能力を最大限に発揮することができるよう,職場内の意識啓発を通じ,事業主自身はもとより職場全体の,障害及び障害者についての理解や認識を深める」とされ,人事部が亡P3に求めたものは,かかる方針に反するものであり,亡P3に大きな心理的負荷を与えたことは明らかである。

P15の対応
P15は,「彼は亡くなる約6か月前の頃から,自分に対して自信を失っていったような感じがします」,「年末に倒れて後の面談から,随分と自信がなくなってきたというか,将来の不安を非常に感じているという気がしました」と述べ,亡P3の心身の変化を感じていたにもかかわらず,平成22年3月又は同年4月頃には,人事部のP20に対し,もう自分の職場では面倒が見きれないので,人事部の方で行き場所を探して欲しいと依頼するとともに,亡P3の自信を喪失させるような細かい作業が必要となる回路作製や評価解析の業務を提案しており,これは実質的には退職強要であった。

人事部と原告らとの面談
原告らは,亡P3が入院した後の平成22年5月19日,本件会社から呼出を受け,人事部から,亡P3が上司とコミュニケーションをとれず仕事がうまくいっていないこと,面白いアイディアを出すがここは企業なので学校とは違うこと,「6年間でほとんど実績はないし,このままいっても駄目だから」,「最後のチャンスをやる」等と,退職を仄めかされた。かかる人事部の態度は,「退職しろ」と言わんばかりであり,原告らは人事部から部屋に入った途端に辞めて欲しいみたいな感覚で話された。
亡P3は,自分のみならず,両親に対してまで本件会社が退職の話をしてきたことから,逃げ場がなく,追い詰められていった。


その他の出来事
亡P3は,平成21年秋及び平成22年春の評価において2回連続でC評価を付けられ,戦力外通告を2回告げられ,本件会社に居場所・行き場所がないことを告げられたものであり,これらの本件会社の対応は退職強要であるといえる。そもそも,亡P3は,平成22年春の評価の前提となる評価対象期間中には,プロジェクトが終息して仕事が与えられない状態で,勉強していた状況であったのだから,普通(標準)評価が付くのが妥当である。加えて,亡P3は,身体障害を有しており,障害を有しない者と比較して,より強い心理的負荷を受けた。
また,亡P3は,平成21年秋には上司4名が同席して評価面談が行われ,P13から「お前にやらせる仕事はない」と言われ,実質的な退職強要がされた。
さらに,亡P3は,次の異動先が示されることはなく,これは実質的に退職強要である。
(ウ)

配置転換
亡P3は,平成21年10月に画素から回路に異動し,P13の指揮下
を離れて,P14の指揮下で業務に当たるようになったのであるから,別表1「④地位・役割の変化等」の項目21「配置転換があった」場合に当たり,亡P3が受けた心理的負荷の強度は少なくとも平均的な心理的負荷の強度と同じ「中」を下回るものではなく,かえって,亡P3には,画素の仕事から回路の仕事へと業務内容が大きく変化したため,新しい業務を覚えて作業を行うことについての精神的負担があっただけでなく,障害を有する亡P3にはできない半田付けなどの細かい作業を伴う部署への異動であり,異動に際してのP13の「他の職場へ行ってくれ」,P15の「最後のチャンスだと思ってがんばれよ」などの発言があったことも考えれば,亡P3は実質的な退職強要として異動させられたものであり,異動後には,P14からも暴言等のハラスメントを受けていただけでなく,仕事がなく,実際に仕事をほとんど与えられず,終日勉強だけして過ごすなどしており,将来に対して不安や焦りを感じさせる部署であったことに照らせば,亡P3が受けた心理的負荷の強度は強く,その程度は「強」に該当するというべきである。
(エ)

仕事の量・質の変化(長時間労働)
亡P3は,精神障害を発病する前である平成21年5月17日から同年6月25日までの30日間で48時間51分を超える,同年8月25日から同年9月23日までの30日間で1か月57時間29分を超える時間外労働に従事していたのであるから,別表1「③仕事の量・質」の項目15「仕事内容・仕事量の(大きな)変化を生じさせる出来事があった」場合に当たり,亡P3が受けた心理的負荷の強度は少なくとも平均的な心理的負荷の強度と同じ「中」を下回るものではなく,かえって,亡P3は,脳腫瘍に伴う障害で左手が常時麻痺した状態であり,パソコンのキーボード作業にも時間がかかっていたし,また,脳腫瘍による水頭症で,頭痛に悩まされ,疲労で視界の焦点がずれ,文字が離れて見えたり,二重に見えたりすることがあったことから,亡P3が業務を遂行するに当たって生じる疲労や負担は非常に大きく,とりわけ強い心理的負荷が生じていたのであるから,亡P3が受けた心理的負荷の強度は「強」になるべきである。

認定基準は,時間外労働について「特別な出来事」として業務上と認定されるための極度の長時間労働の条件は発症直前の1か月に概ね160時間を超える時間外労働とし,1か月に80時間以上の時間外労働は「中」程度の出来事にすぎないとし,「強」と評価される例としては発症直前の連続した2か月間に1か月当たりおおむね120時間以上の時間外労働を行い,その業務内容が通常その程度の労働時間を要するものであったことを必要とする。
しかしながら,厚生労働省は,平成14年2月12日付け通達(基発0212001号)「過重労働による健康障害防止のための総合対策について」において,1か月45時間を超える時間外労働は健康を悪化させる旨明記し,「労働基準法第36条1項の協定で定める労働時間の延長の限度等に関する基準」(平成10年12月28日・労働省告示第154号)は原則として労基法36条に定める時間外労使協定締結に当たっても上限を45時間とする旨を明確にしている。また,医学的文献においても,長時間労働とストレスの研究論文で平均残業時間が60時間以上になると,ストレス強度が高くなり,睡眠時間も減少し,ストレス関連疾患の発症準備状態になると述べている(大阪樟蔭女子大学教授夏目誠「厚生労働省による労災認定に関する意義と課題,および対応-精神科医の立場から-」)。そうすると,これら
の点からみて,認定基準は,過長な時間数を設定するものであり,不当である。
(オ)

(重度の)病気やケガをしたこと
亡P3は,平成21年12月30日及び平成22年5月17日に,本
件第1,第2発作を起こしたが,これらは,平成20年10月の異動以降,P13のパワハラ,長時間労働,プロジェクトの終息,居場所・行き場所がなかったこと,2回連続のC評価,臨床心理士の「キャリアリサーチ」等の発言,P14の「女子ども」等発言,人事部の退職強要等多大な業務上のストレスを受けたことによるものであり,別表1「①事故や災害の体験」の項目1「(重度の)病気やケガをした」に当たり,心理的負荷の強度は「強」である。
(カ)

全体的な評価
認定基準は,原則として,対象疾病の発病前おおむね6か月の間の出来事を評価することとしているが,他方で,「いじめやセクシュアルハラスメントのように出来事が繰り返されるものについては,繰り返される出来事を一体のもとして評価し,また,『その継続する状況』は,心理的負荷が強まるもの」とされているところ,本件では,平成20年10月以降,上司によるパワハラが継続され,上司との折り合いが悪い状況が継続しており,プロジェクトの終息に伴い,亡P3は,平成21年10月に画素グループから回路グループの部署に異動し,次の移動先や仕事が最後まで見つからず,臨床心理士の面談,「キャリアリサーチ」,人事部の面談等退職強要の状況が継続しているのであるから,死亡までの期間に起きた全ての出来事について評価すべきである。


本件では,それぞれの出来事が単独で「強」の評価になるし,仮に単独では「強」にならないとしても,本件では少なくとも出来事5つの総合評価であること,いずれの出来事も少なくとも「中」以上の心理的負荷と評価できること,各出来事の発生は時間的にも近接しており,かつ,出来事のうちいくつかは死亡時まで継続している状況があったのであるから,認定基準の趣旨を踏まえて評価をした場合,心理的負荷の総合評価は「強」となるというべきである。

仮に,亡P3がP25医師を受診した平成22年6月時点で発病していた可能性がある適応障害を考慮し,適応障害の悪化について,発病後悪化の業務起因性を検討したとしても,亡P3が発病した可能性のある適応障害は,業務に起因して発病した精神障害であり,この発病の後も,職場の改善がない状態が続き,業務による強い精神的負荷を受け,抑うつ状態が遷延化して,死亡時までに業務上のストレスを原因とする大うつ病性障害を発病して本件自殺をしたのであるから,業務起因性は認められる。

また,仮に認定基準の精神状態の悪化の基準で検討した場合であっても,亡P3が平成22年7月以降に人事部と面談をしたことは,退職強要そのものであり,誰から見ても,非常に強い心理的負荷を受けるものであること,また,障害を有する亡P3にとってみれば心理的負荷の強さは計り知れないことから,発病後悪化についても業務起因性は認められる。

個体的要因について
亡P3は,脳腫瘍に起因する脳器質性の精神障害であるASDの症状を有しており,認知のゆがみを生じており,ASDの患者に対しては,職場が適材適所の人事を行い,適性に応じて対応するなどの適切な配慮がされるべきであるが,亡P3については職場の上司や同僚からの適切な理解・支援がなく,そのため上司とのトラブルを起こし,上司との関係も改善されなかったのであり,仮に亡P3が業務遂行上ある種の傾向を有していたとしてもそれは個性の一つであり,これにより,亡P3が大うつ病を発症したわけではない。
【被告の主張】

業務による強い心理的負荷について
亡P3は,本件会社におけるトラブルについて,自分は間違っておらず,周囲が不当な対応をしていると思い込んでいたと解されるところ,次第に客観的な状況と自らの問題点を認識・把握するに至ったことによって,将来に対する不安を感じ,既にてんかんの発作間欠期精神症状としての気分障害を併発している状況であったため,こうした不安に強く反応した可能性があり,亡P3に対する人事部による面談が業務上の強い心理的負荷を与える出来事にはならない。
(ア)

上司によるパワハラ,差別的な評価,上司との軋轢
P13のパワハラについて

(a)P13が亡P3に対して行っていた注意は,平成21年5月頃に亡P3がレイアウト仕様書の項目リストと図面の作成を指示されたものの,2か月かけて項目リストと図面の1個目の途中までしか作製できなかったことについて,特に理由もないのに,指示された業務の進行が著しく遅れている状況下で行われたものであり,それは業務上当然の指導であって,社会的な相当性の範囲を逸脱していたとは考えられない。
亡P3は,P13から指示された業務をやり漏らすことが多かっ
たためメモをとるようP13及びP14から指導を受けたのに対し「大丈夫です」と答えるだけで従わず,結局同じミスを繰り返したり,同年6,7月頃には会議中に議題と関係のない話題を延々と話し続けるという行為を繰り返したりし,P13から注意がされれば,P15にその旨訴えていたことからすれば,P13の指導が厳しすぎることによって,亡P3が萎縮していたという状況があったとは考えられない。
(b)また,P13は,亡P3の障害に関して,画素グループに配属になる前に面談を行い,具体的に聴取した上で,半田付けは行わせないなどの配慮をしており,無理な業務を与えていたという実態もない。むしろ,特にASDの障害を有することに対する支援ということではなかったが,亡P3には業務上必要な知識・技術が不足していたことから,P13及びP14は,通常は新入社員として入社1年間付けることになっているチューターを開発部での画素・回路グループ配属中にも継続的に配置し,亡P3の指導,教育体制を整えていた。
(c)本件会社における人事評価は,「各職場から人事に人事評価が提出されると,人事では,評価会議を開催し,A評価が何%,B評価が何%,C評価が何%という範囲に評価分布が分かれるように意図すると同時に,恣意的評価にならないように,各職場の上司に議論してもらいます。そのような中で,C評価が付く人が一定の割合で存在します。」と説明されているものである。
しかるところ,亡P3は,平成20年10月にP13の部署に異
動となって以降,平成21年1月から3月頃,センサーのノイズ測定を実施するようにP13から再三にわたり指示をされていたが,測定できず,測定のための配線などを行っていた程度であったこと,前月に行った仕事内容を記録する工数管理システムを月初めに入力するように指示されていたが,期日を守って入力していなかったこと,プロジェクト会議やミーティング等では自分の意見が正しいものと決めつけて意見を述べ,大混乱を来すことがあったこと,開発設計に関して,間違った解釈であるのに,いくら説明しても理解しようとしないこと,部署のメンバーに対しても自分の意見を押し通して押し問答になり,堂々巡りになることもあったこと,開発会議ではいくつか課題が出されるが,最後に言われた課題しか覚えていないことが多くあったため,メモを取るように言っても,メモをとろうとはしなかったこと,会議やミーティングでは最初から最後までしゃべり続けていたり,格上の先輩などにも勝手に指示を出したりしてしまい,会議が進まない状況もあったこと,開発レイアウトの確認でも通常は画面に寸法を記載してくるところ,寸法を記載してこないことなどの問題があった。
本件会社は,亡P3のこのような業務に対する態度・姿勢や業務
についての能力等を踏まえ,上記のような人事評価のあり方に照らして評価をしたものであり,平成21年の冬の一時金の評価がC1となったのは,その当時亡P3が行っていた仕事において,業務上十分な成果を上げることができず,結局同僚等のフォローを必要とするなど,単に能力的なスキルに問題があるために勤務評価されたものである。
(d)亡P3は,平成21年10月頃から,論理回路(デジタル回路)を扱うP14の部署に異動となる際,デジタル回路はアナログ回路が一人前になるまでに時間がかかり,センスも求められることと比較すると,代表的な回路設計を習得することによって,1,2年で実践レベルに達することが可能と言われる分野であることから,P15,P14及びP13が協議し,アナログ回路や画素において適性に難があると判断された経緯のある亡P3にとっても,デジタル回路であれば今後力を発揮できる可能性もあるのではないかと考え,設計技術者として開発業務に携わることを希望している亡P3本人の気持ちを踏まえ,開発の別の分野を経験させ,教育をすることで活路を見出そうとしていたのである。してみると,亡P3に仕事を与えないために左遷のような異動をしたものではないことは明らかである。なお,亡P3自身もアナログ設定やデバイス設定に直接携われないことが不本意ではあっても,回路グループへの異動に不満を感じている様子はなかった。

P14の暴言について
(a)P14は,確かに「女,子供でもできる」という趣旨の発言をしているが,それは,評価ボードのデバック業務を亡P3が先輩たちの指導を受けながらしている中で,グループで同様の作業を行っていた先輩たちに指示をして1人で解決したかのような報告(週報の送付)を行ったために,P14が原告に対し「一人で行ったわけではないし,先輩たちからまだ学んでいる立場で一人で全部やったということはないでしょう。」と諌めたところ,亡P3があくまでも自分でその不具合を見つけたと言い続け,必要以上に自己の成果を主張する発言を繰り返したため,亡P3が当時行っていたパッケージのパターン設計と確認の業務に関して,簡単な仕事であるという趣旨で発言してしまったにすぎない。してみると,確かに不適切ではあるものの,亡P3の人格を否定するようなものでもないし,数日後に研究補助の人でもできる仕事であると言い換え,謝罪したのであるから,業務指導の範囲を逸脱していたとは言い難く,強い心理的負荷を与えたものとはいえない。
P14の「お前は会議に出なくてよい」という発言は,業務上出
席する必要のない会議に亡P3が出席しようとしたのに対して述べたものであるし,また,亡P3が他に指示されていた業務を行おうとせず,会議に出席しようとした場合に,他の業務を優先させるべく,「会議に出なくてもよい」と指示したとしても,管理者として業務遂行上必要な業務管理を行っただけである。

P14は,亡P3をオンザジョブトレーニングで指導するために
チューターを担当につけていたことからして,亡P3に対し,「本を読んで勉強していればよい。」と発言した事実はない。
(b)P14は,亡P3が先輩たちに教えてもらっている立場でありながら,そのことを理解しないような態度をとった際に,まだ勉強中で,教えてもらっている立場であることを指摘したにすぎず,本件でP14が亡P3に対して障害があるから半人前であるという発言をしたという事実自体ない。

関係者の暴言について
(a)P15は,中立的な立場で評価ボードのセンサーに関する仕事に関わった3名からヒアリングを行ったところ,亡P3の主張とは正反対の結果で亡P3が結果を出したという内容ではなかったので,亡P3に対してそのヒアリング結果を伝えたところ,「これは意図的にそういう意見だけを集めて僕に見せたんだ」と言い張られたため,多少突き放した言い方をしたにすぎず,発言に至った経緯をも鑑みれば,その発言が業務指導の範囲を逸脱するものではなく,強い心理的負荷を与えるものではない。
(b)人事部のP16は,亡P3から人事部の存在意義を問われ,同人から「給料泥棒」という言葉を使われたことに対して,「それはお互い様だと思うんだよ。P3さんが給料泥棒と呼ばれないだけのことをやっているのか?って」と言い返したにすぎず,亡P3の存在意義を否定する趣旨の発言とはいえないし,その経緯に鑑み,いじめに該当するとも到底いえず,これにより強い心理的負荷があったとはいえない。


亡P3に対して,人事部の上司を含めた4名で評価面談をしたのは,亡P3が自分の評価に対する意識が非常に強く上司からの評価に納得せず,尋常でない強い口調でかつ執拗に抗議したり大泣きしたりすることがあり,特に平成21年5月頃の業務面談では,標準のB2よりも高いB1とされたにもかかわらず,なぜAではないのかと納得せずP13にくってかかり,部長のP15が6時間もかけて面談を行うなどしたことがあったことから,評価の客観性を担保するために人事担当者を含めた複数で評価面談を行ったにすぎない。
(イ)

退職強要
臨床心理士との面談や人事部によるヒアリングが実施されたのは,亡
P3が職場での人間関係を円滑に行うことができない上,与えられた仕事に対しても十分な結果が出せず,亡P3の業務に関する適性が疑問視される状況が続いていたことから,所属事業部だけでは対応が困難であるとして,人事部での対応が求められたことによるもので,あくまでも職場に適応できていない従業員へのフォローアップの一環として行われたものであり,亡P3を退職させることを目的としたものではなく,退職を強要したことはない。

臨床心理士との面談とキャリアリサーチ
臨床心理士との面談は,おおむね週1回のペースで,亡P3の体調やその時々における職場での懸案事項などを聞く目的で実施され,実際に,亡P3は,P17臨床心理士に対し,上司との関係や人事部との面談のことなどについても話し,人事部によるヒアリングと並行して面談を行うことにより,亡P3が上司等には打ち明けにくいような心情をも吐露する場所を確保する機能を果たしていた。
平成21年11月から始まったP17臨床心理士との面談は,週1回程度のものであり,かつ,P21臨床心理士との面談が行われた際には,2人の臨床心理士と面談することの負担を考えて休止されたほか,亡P3が第2発作を起こした後も,産業医と人事部との面談に絞ることで亡P3の負担を軽減するため,同月26日を最後に休止されているなど,そのときどきの状況に応じて亡P3の負担を軽減する配慮がされている。
一時的に配属先が決まらない社員がキャリアリサーチ等の部署へ配属になっても,その後にどこかの事業部へ配属されることは通常行われていることであり,6割程度は事業部への配属が決まるというのであるから,P17臨床心理士が,配属先の事業部が決まらない場合にはキャリアリサーチ等の部署でゆっくり今後のキャリアの方針を検討するという選択肢があることを示唆したとしても,それはむしろ,焦る必要はないことを意味するにすぎず,退職を強要するものであるとはいえない。

人事部による面談
平成22年2月22日から同年5月10日までの人事部によるヒアリングは,亡P3の生育歴や趣味に至るまで,これまでの状況に関する亡P3の認識を確認するという姿勢で行われ,亡P3に対して退職を強要するような内容のものではなく,ヒアリングを行った結果,亡P3に認知のゆがみ等の特徴が存する可能性があると判断し,亡P3に対して,亡P3の能力・適性・性格・傾向を正確に把握し,どこに問題の所在があるのかを客観的かつ正しく判断することによってより適切な対応・サポート・配置の方向性を検討するためにテストを勧めており,退職に追い込むことを目的としているはずがない。
同年7月23日から同年8月19日までの人事部によるヒアリングは,産業医からの「退職も含めたキャリアの検討をしていくのが良いでしょう。」という意見を受け,その後,社内での部署の検討だけでなく,退職という選択肢も視野に入れて亡P3の今後の方向性について検討する方針が立てられたが,退職ありきで亡P3に対応していたわけではなく,このまま現在の部署に残りたいという亡P3の希望を踏まえ,それを実現するためには,従前の問題点を亡P3自身が認識し,改善していくことが必要と考えられたことから,亡P3の認識を整理しようとしていたにすぎない。

障害者雇用の法律の趣旨や方針に反すること
争う。


P15の対応
P15は,平成22年7月頃,亡P3が「特許だとか,どちらかと
いうと設計から比べたらランクの落ちる,そういう仕事でも何でもいいですから仕事がないですか。」と言ってきたのに対し,ずいぶんと控えめで従順になったなと感じ,そういう態度なら仕事を任せられるかもしれないと思い,人事部のP16に対して亡P3の発言及び亡P3が新たな仕事を素直に受け入れるかもしれないとの感触を伝えたし,また,特許の仕事を提案したのも,弁理士という高度な仕事を目指すことがよりモチベーションが上がるであろうと推測して提案したのであって,亡P3の気持ちに配慮して対応していた。
(ウ)

配置転換
既に前記(ア)a(d)において述べた事情及び考慮に基づいて,亡P3
について,平成21年10月頃から,論理回路(デジタル回路)を扱うP14の部署に異動させることになったものであるから,亡P3に仕事を与えないために左遷のような異動をしたものではないことが明らかである。
なお,亡P3自身もアナログ設計やデバイス設計に直接携われないことが不本意ではあっても,回路グループへの異動に不満を感じている様子はなかった。

そうすると,本件会社においては,亡P3が配属された部署において適性がないと判断された場合も,亡P3本人に対しては必ず希望・意思を確認して,できるだけ本人の意向に沿う形での配属を実施してきたことが明らかであり,配置転換が亡P3にとって心理的な強い負荷を生じるものであったと認められない。
(エ)

仕事の量・質の変化(長時間労働)
本件は,時間外労働時間自体を出来事として評価すべき場合(他の項
目に当てはまる出来事が認められない場合)に該当しないため,時間外労働の状況は総合評価において評価することが相当であるところ,発病前おおむね6か月間に該当する平成21年8月から平成22年1月までの時間外労働時間数は,少ない月で57分,多い月でも平成21年9月の38時間54分であり,総合評価として考慮すべき長時間労働は認められない。
なお,ここで原告らは,1か月当たり45時間を超える時間外労働は労働者の健康を害する強い心理的負荷である旨主張するが,原告がその指摘の論拠とする「過重労働による健康障害防止のための総合対策について」等は,脳・心臓疾患の発症・増悪にもたらす影響を分析したものであって,精神障害の発症についての医学的知見とは全く異なるものであるから,月45時間を超える時間外労働が精神障害の発症と関連性を有することにはならない。
(オ)

(重度の)病気やケガをしたこと
亡P3は,平成21年12月30日及び平成22年5月17日に本件
第1,第2発作を起こしたが,これは脳に腫瘍が残存しており,過去にてんかん発作を何度も起こしていること,水頭症の症状が出て発作の約1年8か月前に手術を受けたという経過があること等を踏まえれば,器
質的な原因を特定できる症候性てんかんであったことは明らかであり,業務上のストレスによるものではない。
(カ)

全体的な評価

本件においては,業務による強い心理的負荷は認められず,亡P3の精神障害発症と業務との間に相当因果関係認められない,

個体的要因について
(ア)

亡P3が発症した気分障害は,てんかん発作に伴う発作間欠期精神
症状であるから,てんかんという素因を有していた亡P3の個体側要因によって精神障害を発病したことは明らかである。
すなわち,平成21年12月30日の本件第1発作の背景には,平成20年4月のV-Pシャント挿入術後,シャント圧の調整に時間がかかり,平成21年7月にシャント圧を1.0として体調が落ち着くまで,頭重感に悩まされていたという経緯があり,こうしたほぼ慢性的な体調不良による疲労蓄積等から,本件第1発作に至り,その後気分障害を発症したのであるから,亡P3の精神障害は,個体側要因によって対象疾病を発病したことが医学的に明らかであると判断できる場合に該当し,業務起因性は認められない。
(イ)

仮に,てんかん発作の誘因として,亡P3が上司との関係等にスト
レスを感じていた可能性があるとしても,そのストレスとは,亡P3の発達障害に起因する特異あるいは過大な反応によるものであって,個体側要因に帰結する。
すなわち,亡P3が感じていたと想定されるストレスとは,亡P3が脳腫瘍による器質的な症状としての発達障害であったことから,他者の意見や考え方を全く受け付けず,決して自らの行動パターンを変えようとはしなかったために,同様の対人トラブルが何度も発生し,状況が改善しないという状態に陥っていた上,認知のゆがみから,自らの評価が低いことを上司のいじめであると受け止めるなど,職場内で生じる出来事を全て被害的に受け取っており,その状況が亡P3にとって望ましい方向に変わっていかないことに対するストレスであるから,亡P3の発達障害に起因する特異な,あるいは過大な反応によるものである。第3
1
当裁判所の判断
事実経過等に関する認定事実
前提事実,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる(認定に係る事実は,「認定事実」と略称し,認定に供した証拠は,末尾に証拠番号を掲げる。なお〔
(1)

〕で括った数字は頁数である。)。

亡P3の通院歴
亡P3は,昭和59年2月頃,P29病院を受診し,脳腫瘍(右視床部神経膠腫)と診断され,同年4月に組織の検査手術を行ったところ,「星細胞腫」という良性の腫瘍であることが分かったが,脳の視床下部の神経と絡んでおり,摘出することはできないと判断され,同病院に入院し,放射線照射治療を行った。
また,亡P3は,同頃,脳腫瘍に伴う二次性の水頭症を併発し,脳室の中に脳脊髄液が溜まっており,同病院を退院後,頭痛や嘔吐などの症状を発症し,同年10月頃に昏睡状態に陥ったことから,同月中に髄液を抜くとともに同液を抜くためのシャントを入れる手術(脳室-腹腔短絡術,オンマヤ・リザーバー留置術)が施された。
(甲11〔6,9枚目頁〕,13〔2頁〕,43〔3,4頁〕,原告P1〔1,2頁〕,乙32,弁論の全趣旨)

イ(ア)

亡P3は,その後,成長するに伴ってシャントが合わなくなり,シ
ャントを入れ換えたり,シャントに送るためのポンプを脳に入れたりする手術を受けたが,平成2年から平成4年頃にかけて,てんかんの影響によりけいれん発作を起こしていた。
(甲43〔5,6頁〕,乙32,36の1・2〔各21頁〕)
(イ)

亡P3は,平成2年頃に,斜視を発症するに至ったことから,P3
0病院に通院し始め,同病院で手術を受けた。この手術により,亡P3の斜視の症状は若干緩和したものの,脳腫瘍が原因であることからまた手術を受ける必要があった。
(甲43〔6ないし8頁〕)
(ウ)

亡P3は,平成9年4月頃,P31大学に入学し,千葉県内で一人
暮らしを始めたが,水頭症による頭痛のために,定期的にP29病院に通院していた。
また,亡P3が平成11年頃に行った身体測定記録によると,右手の握力が30.8キログラムであるのに対し,左手の握力は13.4キログラムしかなかった。
(甲12,43〔8,9頁〕)

亡P3は,平成14年4月,P42大学に入学し,大阪府高槻市所在の祖母の自宅で生活を始めるとともに,同大学構内のP32病院に転院した。(甲43〔9頁〕)


亡P3は,平成15年4月15日,脳原性上肢障害で身体障害者等級6級の障害者手帳の交付を受けた。亡P3は,この頃,脳腫瘍及び水頭症の影響により,頭痛,左手の麻痺,眼及び顔面に若干の障害があった。(甲10,弁論の全趣旨)

(2)

本件会社に入社するまでの経緯
採用面接
(ア)

亡P3は,平成15年夏頃,本件会社の採用面接に申し込み,同年
9月3日,採用面接を受け,その際,面接官に対し,左手の指が弱いため,これがハンデになるような仕事は避けたいと伝え,デバイスの試作は,左手指の細かい動きが必要であり不便を感じると申告した。
(甲17の1・2)
(イ)

亡P3は,同月8日,本件会社の第3次面接を受けたが,その際,
面接官からは「よい意味でやや生意気。自分の頭でよく考えるタイプ。頑固で周囲との協調性にやや欠けるかもしれない。」,「いきいき主張できる人,ややひ○はん心配はあるが,職場によると戦力になり得る人○(○は解読不能文字)。」との評価を受けた。
(甲18の1・2)

採用内定と申告手続
(ア)

亡P3は,その後,本件会社から採用内定を受け,平成15年11
月21日の配属面談において,希望する配属先について,第1希望IC系(商品開発設計),第2希望電気系(商品開発設計)として,具体的には,ソフトウェアC,デジタル家電,システムLSI,cellに従事できれば一番うれしいと話した。
(甲20の1・2)
(イ)

亡P3は,同日,本件会社の産業医P33と面談をして,同人に対
し,非常に細かいものを扱う作業や重量物を扱う作業は左手の握力が弱いためできないが,その他の作業には制限がないと申告した。
(甲21)
(3)

本件会社に入社後の状況
亡P3は,平成16年3月,P42大学を卒業し,同年4月,本件会社に入社し,P7事業部設計部設計課に配属された。
亡P3は,その後,平成17年2月16日に同部商品部に異動になった後,回路設計・アナログ回路の設計業務を希望して,平成18年4月にCIS開発課に異動した。
(乙1〔483頁〕,乙23,証人P26〔25頁〕)


亡P3は,平成20年4月3日,P23病院で,脳室内に溜まってしまう脳脊髄液を腹部に流し脳脊髄液の流れ道を新たに作るバイパス手術である「脳室-腹腔シャント術」を受け,シャント圧を1.0とした。亡P3は,同月5日,頭痛を訴え,シャント圧を1.0から1.5に,さらに2.0に上げたところ,頭痛が一定程度軽減し,シャント圧をさらに変更しながら調整し,最終的に2.0とした。
亡P3は,同月9日に同病院を退院した後にも頭痛があったことから,継続して通院していたが,同年6月14日にシャント圧を2.5に再設定した後は,比較的頭痛が落ち着いた。
(甲13〔2頁〕,乙34の1・2〔各85ないし98,133頁〕)ウ
亡P3がCIS開発課に所属するようになった平成18年10月から平成20年9月までの期間における同人の評価ランクは,以下のとおりである。なお,評価対象期間は,夏の一時金については10月から翌年3月まで,冬の一時金については4月から9月までとされており,それぞれの評価の時期に,上司である課長職と評価面談をすることがあった(本件では夏の一時金に対応する評価面談を「春夏面談」,冬の一時金に対応する評価面談を「秋冬面談」という。)。
(ア)

平成19年夏一時金(春夏面談)

B2

(イ)

平成19年冬一時金(秋冬面談)

B1

(ウ)

平成20年夏一時金(春夏面談)

B1

(エ)

平成20年冬一時金(秋冬面談)

B2
(乙7,証人P13〔32頁〕)


亡P3は,平成20年秋頃,P10と秋冬面談を行ったが,付けられた評価であるC1に納得がいかず,P10の説明を了解しなかったことから,P10の要請でP15も同席して面談することがあった。亡P3は,P15に対し,自分の欲しい仕事を与えられない,虐げられていると訴えていた。
当時,CIS開発課には,亡P3の同期であるP34も所属していたが,同人から見ても,亡P3は,リーダーから与えられた小さい仕事をきちんと片付けることなく,他の仕事を求めるため,リーダーから与えられた仕事をきちんと片付けるべきことを説明されても,むくれて自分の意見を曲げることはないという印象であり,亡P3は所属部署に合っていないし,他の人とコミュニケーションは上手く取れない人物であるという印象であった。
(乙1〔112,113頁〕,証人P15〔2,3頁〕)

P10は,平成20年頃,亡P3にどのような仕事を割り当てるのが適当なのか迷いがあったことから,同人と面談をしたところ,同人から,センサー開発ならやってみたいとの回答を得た。そこで,P10は,P11事業部開発部の統括部長であったP15に対し,亡P3の異動を打診した。打診を受けたP15は,旧IS開発1課の課長であったP13に対し,亡P3の受入れについて相談のうえ,P13及び亡P3と三者の面談をした後に,亡P3の受入れを決めた。なお,P13は,同面談の際に,亡P3に対し,制限のある業務について聞いたところ,同人から,半田付けはできないとの申告を受けた。
(乙1〔148,149,159,160頁〕,乙28〔3,7頁〕,31〔2頁〕,証人P13〔29頁〕)

(4)

IS開発1課(画素)への異動
亡P3は,平成20年10月頃,旧IS開発1課(画素)に異動した。P11事業部開発部ではセンサーデバイスの開発を行っており,旧IS開発1課では画素を,IS開発2課では回路をそれぞれ開発していた。亡P3は,IS開発1課(画素)において,同月頃から平成21年3月頃まではデバイスの評価とシミュレーション,同年4月から同年5月まではレイアウト仕様書の作成,同年6月から8月頃まではデザインルールチェックプログラムの仕様作成や動作確認,同年9月は抵抗モニタのレイアウト入力作業を担当した。なお,試作品の評価に当たって必要な半田付けの作業については,亡P3の直属の上司であるP13が,亡P3の左腕が不自由であることを考慮して,亡P3ではなく,他の者にするように指示をしていた。
P13は部下に対する業務指導に関して厳しい言い方をすることがあり,亡P3は,IS開発1課に所属する同期のP35に対し,「自分の意見が通らなくて悔しい」,「なんで自分だけにきつく当たるのか」と何回か相談し,泣いていることもあった。しかし,注意を受ける部下から見てもP13の業務指導における技術的な注意は的を射た正しいものであることが多かった上,亡P3は,単純なミスをしていることを指摘されても受け入れずに抗弁することから,説明に時間がかかることが多数あった。また,P13は,同年6月又は7月頃,会議中に亡P3が余談を続けて止めない状態が続いたことから,亡P3を無視するような形で強制的に会議を進行する態度をとったこともあった。実際,P35からみても,亡P3は会議において意見を臆すことなく述べるが,もともと仕事上の理解ができていないため的を射たものとなっていないことも多く,しかも,回答に対して言い返したり,同じようなことを繰り返し述べたりすることから,空気の読めない人物であるとの印象を持っていた。そのため,P35は,亡P3の性格,P13の厳しい態度などを考慮して,「気にしない方がいいよ」,「意見を言い返さない方がいいよ」と返答していた。
(乙1〔107ないし110,130,160,149頁〕,28〔2ないし5,7頁〕,証人P13〔8,9,20頁〕,同P14〔2頁〕,同P26〔10頁〕)

亡P3は,平成21年3月下旬頃,頭痛がひどくなってきたことから,シャント圧を調整することとし,同年4月4日に,シャント圧を2.5から2.0に調整したところ,頭痛が軽快した。
(乙34の1・2〔各98,99頁〕)

亡P3は,平成21年4月27日,同年の夏一時金の前提となる実績レビューについて,実績(1)「CMDTEGの評価環境の立ち上げ」について,成果及び質的貢献のいずれも自己評価をSとしたのに対して,上司からはいずれもAと評価され,実績(2)「CMDの1stLot,2ndLot,3rdLotの評価・評価方法の確立」について,成果及び質的貢献のいずれも自己評価をAとしたのに対して上司からはいずれもBと評価され,実績(3)「他グループとの情報共有及びメンバーのサポート」について,自己評価を成果S,質的貢献Aとしたのに対して,上司からいずれもAと評価され,全体的な評価ランクとしてはB1との評価を受けた。
そして,亡P3の上記評価に対する上司の具体的指摘は,概略,以下のとおりであった。
(ア)

P14は,業務の中で自己主張だけで終わってしまっているように
思える点は少し残念であると指摘した。
(イ)

P13は,亡P3がデバイスの解析対応等に1か月以上かけたにも
かかわらず,何ら記載がないことに疑問を呈し,人とは失敗から学ぶもので,何を失敗したのか,何を学んだのかを考え,正しく自己分析することを促し,また,規定・規則・ガイドラインを遵守するよう求めるとともに,人の質問に答えず,自身の意見を優先する場面が非常に多く見られることから,傾聴の姿勢を持って相手の言うことを理解し目的や狙いなどの背景部分を捉えるようにと指摘した。
(ウ)

P15は,積極的に意見を発する姿勢はいいのだが,グループで仕
事をしているので,あまり自分の意見に固執せず,人の意見に耳を傾けること,自分の至らない点に気付くことなどを指摘し,「今期は,我を通さない君に期待してい」るとした。
(乙7,10)

亡P3は,平成21年5月頃,P13と30分程度にわたり同年春夏面談を行い,P13から評価に関する説明を受けたが,全体的な評価ランクがB1ということに納得がいかなかった。そこで,亡P3は,かかるP13の評価に不満をもったため,P15とも面談をもち,長時間にわたり,支離滅裂に揚げ足をとるなどしながら不満を述べ続けたため,P15は,P13を面談に呼ぶなどしながら,合計6時間程度にわたる面談をすることになった。なお,P13が面談に参加したときには亡P3は泣いていた。(乙1〔149,150,160頁〕,28,証人P15〔3,4頁〕,証人P13〔1,11,12頁〕)


亡P3は,自らの希望でシャント圧を,平成21年5月23日,2.0から1.5に,同月30日,1.5から1.0に,それぞれ再設定したところ,頭痛も頭重感も軽快した。
(乙34の1・2〔各99頁〕)


亡P3は,平成21年4月から同年5月頃までの業務であるレイアウト仕様書の作成について,項目リストは完成させたが,ほかに作成する必要があった約20個(少なくとも10個)の基本図面については,期限内に1個に手をつけただけで,完成できたものは1個もなかった。その後,亡P3は,同年9月,同レイアウト仕様書について図面を作成した上で,全て完成させた。
(証人P13〔5,6,26頁〕)

(5)

IS開発1課(回路)への異動
亡P3は,平成21年4月に旧IS開発1課と同2課が新IS開発1課に統合されたことに伴い,職制上の上司はP14になったが,新IS開発1課画素グループに所属していたことから,業務との関係での直接の上司はP13のままであった。
亡P3は同年10月頃,新IS開発1課回路グループに配置換えされ,業務との関係でも,P14が直接の上司になった。同異動の際,P15は,亡P3に対して「最後のチャンスだと思って頑張れよ。」と発言した。配置換え後の亡P3は,もともとアナログ設計やデバイス設計を希望していたが,回路グループではデジタル回路を扱うことになり,論理設計をしたことがなかったことから,同課のP36に指導を受けながら,同人と一緒にセンサー評価,センサーのパッケージ設計などを行うことになった。(乙1〔134頁〕,28〔1,2頁〕,29〔5ないし8頁〕,証人P13〔3頁〕,証人P14〔3ないし5,7頁〕,証人P15〔1,2頁〕)
イ(ア)

亡P3は,平成21年10月末頃,同年冬の一時金の前提となる

実績レビューについて,実績(1)「S5279TEGの作成」について,自己評価を成果S,質的貢献Aとしたのに対して,上司からいずれもBと評価され,実績(2)「検証環境の立ち上げ」について,自己評価を成果,質的貢献のいずれもAとしたのに対して,上司から成果C,質的貢献Bと評価され,実績(3)「MDPの作成」について,自己評価を成果,質的貢献のいずれもAとしたのに対して,上司からはいずれもBと評価され,全体的な評価ランクとしてはC1との評価を受けた。
そして,亡P3の上記評価に対するP14の具体的指摘は,概略,業務達成度という点で改善の余地があり,他者からのヘルプで業務がやっとまわっている状況であることを指摘するものであった。
(乙7,10)
(イ)

同年春夏面談において亡P3が評価に納得しておらず,同様に,同
年秋冬面談においても納得しないことが予想されたことから,同面談は,同年秋頃に,P15,P14,P13及びP16の4人で実施することになった。
同面談において,P13は,亡P3がレイアウト仕様書作成に関して図面の作成が20個中1個しかできていなかったという実績,デザインルールチェックプログラムの作成では1人では達成することができなかったという点,抵抗モニタのレイアウト入力に関してミスがあったが本人が修正しなかった点を指摘した。
(乙1〔152ないし155頁〕,27〔2頁〕,28〔11,12頁〕,29〔14,15頁〕,証人P13〔12,13頁〕)
(ウ)

同僚のP26は,同頃,亡P3が泣いている姿を目撃し,同人から
評価をCとされたことがショックだったと打ち明けられた。
なお,本件会社においては,入社7年目までに係長(○)に昇進することが多いところ,評価ランクでSランクが2回連続で付くと,○から○などに昇進することが多かった。
(証人P26〔5,7,8頁〕)

亡P3は,平成21年11月5日に,P16の勧めにより,P17臨床心理士と面談を開始し,同月12日の同人との面談では,同人に対し,今の部署で人間関係が最悪であると訴え,「ISは結局,どこ行っても同じような人しか,狭いですよ,本当に」,「ISから出ないと,横つながりあるので」と異動先を相談したところ,同人から「今期中に目処を付けるようなつもりで,探されるといいと思うんですよね。で,どうしても見つからない,あるいは希望のところはあるんだけれども,うまくこう相手とのコンタクトが取れない,あるいは取ったところで,採ってもらえなかったりとか,そういうことが起こった場合には,あのー,キャリアリサーチみたいな処に入って,ま,ゆっくりさがしましょうと。そういう話になっていくと思うんですけどね。」とキャリアリサーチへの異動についても検討してみたらどうかと指摘された。その後,亡P3は,平成22年5月26日まで合計18回にわたり,P17臨床心理士との面談を繰り返した。なお,平成21年11月12日の面談で出たキャリアリサーチとは,本件会社におけるいわゆる追い出し部屋として世間から評価されることのある部署である。
(甲4,14の1ないし12,22の4,乙1〔386ないし404頁〕,9)

亡P3は,平成21年11月10日,本件会社の産業医P37と面談をし,同人から,憂鬱感・興味の減退がなく,睡眠時間も7時間程度で睡眠障害もないと診断されたが,肝機能について社内診療を勧められた。(甲22の4)


亡P3は,平成21年11月頃から,人事部のP16と昼食を取りながら面談の機会をもっていたところ,同月13日頃,P16から,P17臨床心理士との面談に関する話をし,「先生が言うことが正しいと思って聞いてみる。」,「ここはひとつ一本取られたってことで聞いてみる。そういう時間を過ごしたらどうかってことなんだよね。」などと真摯に聞くよう諭されたが,カウンセリングは基本的に人の話を聞いて心のケアをするものであり,押し付け的に言われれば平行線になるなどと述べながら,納得がいかないとして反論した。
また,P16は,亡P3に対し,「俺はもうさ,頼まれてさP3さんと職場の間に立っている」,「すみません,僕の力ではこれ以上なにもできませんってなってさ投げ出しちゃうかもしれないじゃん」と指摘しながら,本件会社における評価をめぐって上司とトラブルを起こすなどした自らの立場を自覚するようにさらに暗に諭した。しかし,亡P3は,かかるP16の発言に対して,P16において,人事部として亡P3が上司から悪い評価を受けていることを是正する任務があるのに,是正を図っていないことがトラブルの原因であり,これでは人事部の存在意義がなく,それは給料泥棒である旨指摘し,この様な発言をされたP16も,亡P3に対し,それはお互い様で,亡P3も「給料泥棒と呼ばれないだけのことをやっているのかって」と発言した。そこで,亡P3は,P16に対して,仕事はしているけど,評価されていないだけであると反論したところ,P16も,それなら自分もやっているつもりであって評価されていないにすぎない旨応答したが,亡P3は,これに対して理解を示すことはなかった。P16は,亡P3とかかるやりとりを経て,亡P3に対して,「そしたら,もう,俺はいいよね。」,「P3さんのフォロー回らなくてもいいよね。」と言って,「いや,普通さ,そういう風に言われちゃったらさ,P3くんのためになんか」と指摘したところ,亡P3から「やってくださいと言っているのに,やりませんと言われたのでそれに対して文句を言っているだけで」と反論された。
(乙1〔372ないし378頁〕)
(6)

本件第1発作

ア(ア)

亡P3は,平成21年12月30日,本件第1発作を起こし,P1
8病院のP38医師から,症候性てんかんとの診断を受けた。亡P3は,平成4年頃に全身けいれんを起こしてからこのときまでの約17年間,けいれん発作を起こしたことはなかった。
(甲43〔6頁〕,乙1〔199頁〕,34の1・2〔各100頁〕,乙35〔10頁〕)
(イ)

亡P3は,本件第1発作をきっかけに,しばらく服用していなかっ
た抗てんかん薬のエクセグランの服用を開始し,平成22年5月8日まで服用を続けた。なお,エクセグランには,副作用として,食欲減退による体重の減少,倦怠感,無気力,判断力低下,物が二重に見えるなどの症状が生じることがある。
(乙34の1・2〔各100ないし102頁〕,乙35の1・2〔各10,19頁〕,乙36の1・2〔各21頁〕,証人P25〔19頁〕)イ(ア)

亡P3は,平成22年1月に実家から自宅に戻る際,原告らに対し,
「会社やめようかな」と言って泣いていた。
また,亡P3は,同月7日,同月9日及び同月23日にP23病院脳外科のP28医師を受診した際に,同人に対し,大粒の涙を流して,本件会社に対する不満を漏らした。また,亡P3は,同月23日の受診の際に,P28医師に対し,食欲が減ったと訴えていたところ,同年2月から同年4月にかけて,体重が15キログラム減少した。なお,P28医師は,かかる食欲減少についてエクセグランの副作用の可能性があるとの見解をもっていた。
(甲13〔3,4頁〕,甲43〔12頁〕,乙1〔170,261頁〕,乙34の1・2〔各101,101頁〕)
(イ)

亡P3は,P28医師に勤務可能とする平成22年1月9日付けの
診断書を作成してもらい,本件会社に提出した。もっとも,P23病院脳外科の外来診療録には,労働勤務困難とするP28医師作成の同日付けの診断書も添付されている。
(甲22の5,甲23,乙34の1・2〔各140,141頁〕)ウ(ア)

亡P3が従事していたセンサーの評価業務は,平成22年1月頃か
ら減少し,同年3月頃には,IS開発1課のプロジェクト自体がなくなるということが報告された。しかし,開発部署としては存続していたため,次の用途に切り替えて開発を行うまでの待機のような状態となり,亡P3のこの頃の業務内容としては,回路設計の論理を段階的に論理勉強,設計,準備,発表というような順序を追ってシミュレーションしつつ,P36から回路設計に関する基本講義を受ける形で勉強をしていた。(乙1〔136頁〕,弁論の全趣旨)
(イ)

亡P3は,同頃,P15に対して,「自分はもうアナログで飯食うというふうに決めていたんですけれども,ほかにスキルアップってどういうのがありますかね,とか,この先ってどういう勉強が必要なんでしょうね」などという少し弱気な発言をした。
(証人P15〔10,11頁〕)

亡P3は,平成22年2月12日,本件第1発作を起こしたことに関して,就業状況の確認のため,産業医のP39(以下「P39産業医」という。)と面談を行い,その中で,発作のきっかけは仕事のストレスだったかもしれないと話した。なお,産業医は,現時点では就業上の配慮ないし措置は不要であるが,病状の変化時に対応が必要であるとの意見を付した。(甲22の6)


人事部による面談の開始
(ア)

人事部のP19,P16及びP40(以下,合わせて「P19ら」
という。)は,P15から亡P3の職場対応について検討して欲しいと依頼されたことから,平成22年2月22日及び同月26日,亡P3と面談を行い,亡P3の現状について確認し,2回目となる同月26日の面談では特許業務の打診をしたが,これを断られた。
(甲25の1,乙27〔2頁〕,31〔6,7頁〕,証人P15〔11頁〕,弁論の全趣旨)
(イ)

亡P3は,同年3月9日,P19らと面談を行い,P16から次の
職場を探しているところと伝えられた。またその際に,亡P3は,同人らに対し,よく涙が出てしまい,うつが入っているのかもしれない,感情の起伏があると申告した。さらに,亡P3は,同月10日,同月12日,同月16日及び同月17日にも,P19らと面談を行い,亡P3の業務の内容や評価などに関して聴取を受けた。
(甲25の1・2)

P14の「半人前」発言等に至る経緯及び事後対応
(ア)

亡P3は,平成22年2月又は同年3月頃,同じグループに属する
先輩従業員3人において評価ボードが上手く動作しない原因を抽出し議論していた場に途中から加わり,一つの問題点を指摘したところ,それは実際の原因であったが,それは既に可能性として他の従業員から指摘されていたものであった。しかし,亡P3は,その問題点を指摘したのは自分であり,問題点が解決したのは自分の成果であると言い張って固執し,その発言の現場を見たP14は,先輩従業員に失礼な発言をしていると考え,亡P3を廊下に呼び出して注意した。しかし,亡P3は,P14の注意に対して反論し,P14と言い合いになった。P14は,その言い合いをする中で,亡P3に対し,「半人前」,「女,子供でもできる。」,「お前は子供や高校生の姉ちゃんでもできる仕事しかしていない。」などと叱責し,途中で差別用語を発したと気づき,「実験補助」の言葉に言い換えた。
しかし,亡P3は,グループ員全員が相互に情報交換するため交換していた週報として,上記問題点の指摘が自分の成果であるとするメールを発信した。週報はグループ全員に送信されるものであり,亡P3と先輩従業員との人間関係を心配するP14は,亡P3に対し,そのようなグループ内での人間関係を損ない,内容的にも正しくない週報を発信したことについて注意したが,亡P3は,P14の注意を受け入れず,飽くまで自分の成果であると主張した。
また,亡P3は,同月16日,同月17日及び同月19日とP19らとの面談を行う中で,上記各面談の場で「半人前」と言われ,同月19日の面談では「お姉ちゃんでもできる仕事」とP14から言われたと申告し,同頃,P13,P14及びP19との間で別に面談を行った。その際,P14は,亡P3に対して謝罪をした。
(甲25の1・2,乙1〔145頁〕,29〔19,20頁〕,証人P14〔12ないし15頁〕,同P15〔19,20頁〕)
(イ)

亡P3は,上記(ア)の問題点の指摘をして解決させたのは飽くまで
自分の成果であると主張し,P15に相談するに至ったため,P15において,上記亡P3の行為について,関係者である先輩従業員3人から事情聴取を行うことになり,同人らに対してヒアリングを行ったところ,亡P3が固執した発言については,亡P3に言われる前に分かっていたことであって亡P3の成果になるようなものではないとの回答が出された。
亡P3は,P15から上記の聴取結果を伝えられたが,納得せず,P15に対し,ヒアリングの結果にはP14の意見が入ったものであり,示し合わされたものだと反論した。P15は,亡P3の言動に不快感を隠さず,亡P3に対し,「まだそんなことをやってるのかよ。いつになったらもう前に進むんだよ。いいよ信用できなかったら信用しなくても。」,「俺もキレルぞ。人事課と俺と一生懸命こちとらやって,時間割いて,面談して,やって,3人集めて個別に。3人集まると変な集団心理が働くと思って一人ずつ丁寧に呼んで,時間かけて聞いて客観的に,客観的に答えてくれよって言って。それで,データ収集したら,お前それをそういうふうにいちゃもんつけられて」,「そういうことが不信感になると思わない?そういうことが上司とのさ,関係を壊していくと思わない?」と意見した。
(乙1〔161,405ないし407頁〕,証人P15〔8,9頁〕)キ(ア)

亡P3は,平成22年4月2日,P19らと面談を行い,本社のP
21臨床心理士との面談を勧められ,面談の日程を設定された。
(甲25の1)
(イ)

P19は,P21臨床心理士に対し,「職場が対応に困っている。
仕事のアウトプットは遅いし,対人関係にも問題があるので,アセスメントして欲しい。」として,亡P3との面談を依頼した。
(乙37)
(ウ)

P19ら及びP14は,同月8日,P39産業医と面談し,亡P3
の対応について協議した。その際,人事部からは職場で人間関係がうまく築くことができず,3回の異動はいずれも上司からの業務評価などに納得できないことや周囲との人間関係の不調が発端になっていると報告があり,P14からは入社7年目で期待されるスキルに達しておらず,単純作業ならばできるが,現状はサポートとなる人をつけないと業務を委せられないとの報告があった。また,P39産業医からは,以前の面談の様子からすれば亡P3に明確なうつ症状はなく,水頭症の影響で認知障害等が出てきてしまっているとすれば,現在の状況を改善するのは困難であろうし,少しずつ悪化する可能性が高いと考えるべきであるとの指摘とともに,亡P3の状態を良くすることを考えるのではなく,事実を認識した上で,今後の亡P3の将来的なことも含め身の振り方を考える必要があり,そのためには本件会社における亡P3本人の状況を両親である原告らに伝えた上で,原告らを含めて今後のことを検討するのがよいのではないかとの助言がされた。
(甲22の7)
(エ)

亡P3は,同月13日,同月20日及び同月27日,P21臨床心
理士と面談をして,同人に対して,本件会社に対する不満を述べた。P21臨床心理士は,かかる面談を受けて,人事部に対して,亡P3について,学習障害のように能力にばらつきがあり,認知の偏りの可能性が高く,主治医と相談して知能テストや脳の検査により,発達のばらつきを確認した上で,支援の内容やかかわり方,仕事のアサイン等再検討が必要であると報告した。
(乙37)

亡P3は,平成22年4月10日,P23病院を受診した際,P28医師に対して,「上司からの嫌がらせのようなひどいことを言われた」と話した。
(甲13〔4頁〕)


P16は,平成22年5月10日,上記キ(エ)のP21臨床心理の報告を受けて,亡P3に対して,高次機能障害テスト,知能テスト及び人格テストをするように勧めたが,亡P3から断られた。
(甲26,証人P20〔2,3頁〕)

(7)

本件第2発作
亡P3は,平成22年5月17日,自宅で本件第2発作を起こし,P22病院に運ばれ入院し,同月22日に退院した。亡P3は,同月24日付けで,同病院の医師であるP41から,本件第2発作について,てんかん発作との診断を受けた。
(甲24,乙36の1・2〔各3,7,10,23,24,39頁〕)

P39産業医は,平成22年5月26日,次のとおり,亡P3と面談した上で,引き続き人事部のP16及びP40とも面談した。
(ア)

亡P3は,P39産業医に対し,同月16日の夕刻に内服を忘れて
本件第2発作を起こしたなどとけいれん発作を起こした状況,左手にまだ強い麻痺が残っている状態を説明するとともに,深夜1,2時頃に就寝して9時前に起床していること,仕事は忙しくないことを報告した。(甲22の9)
(イ)

引き続き,人事部のP16及びP40は,P39産業医に対し,亡
P3に関して,亡P3のできる仕事とできない仕事を見極めるための検査を受検するように求めたが承諾を得られず,亡P3は,「アナログ設計の仕事」を希望しているが,亡P3の過去の成果や現状を踏まえると,周囲が疲弊してしまう可能性の方が高く,一から教えていかないと仕事ができず,戦力としての異動は難しく,体調が落ち着いてきたところでキャリアプランを考えてもらわないといけないと話したところ,P39産業医からは,きちんと業績が上がっていない事実を繰り返して亡P3に伝え,もし亡P3がその実情を受け入れられないようであれば原告らにもきちんと状況を話し,今後のことを原告らとで相談しながら考えていくしか方法はないのではという意見を付した。
(甲22の10)

亡P3は,平成22年5月28日頃,同年夏の一時金の前提となる実績レビューについて,実績(1)「CMD及び3チップ同時評価用基板の検証及びデバッグ」に関して自己評価を成果A,質的貢献Bとしたところ,上司からは成果B,質的貢献Cと評価され,実績(2)「S5279用パッケージの作成依頼業務」に関して自己評価を成果,質的貢献のいずれもBとしたところ上司からは成果B,質的貢献Cと評価され,全体的な評価ランクとしてはC1との評価を受けた。
(甲50,乙7)

エ(ア)

亡P3は,平成22年5月29日,P23病院脳外科を受診したと
ころ,診察をしたP28医師は,亡P3の精神状況が悪くなっているようであると考え,亡P3に対し精神科を受診するように勧めた。
(甲13〔5頁〕)
(イ)

亡P3は,同年6月8日,P23病院脳外科のP28医師の紹介で,
同病院精神科を原告らの同伴の下で受診し,P24医師の診察を受け,気分について「睡眠はとれてます。今後の不安で気分は落ち込んでます。死にたいと思うときもあります。」と説明したが,大うつ病エピソードの診断基準は満たさず,明らかな気分障害や精神病症状には至っていないが,精神科的には適応障害レベルであるとの診断を受けた。同診察の際,亡P3は,終始黙りがちで下を向き,口を固く結んで深刻な表情をしており,抑うつ気分はないが,憂鬱気分があり,自己申告として睡眠・食事には問題ないことを告げていた。
亡P3は,同月12日に,再度同病院精神科を原告らの同伴の下で受診し,P25医師の診察を受け,体調について,8時間睡眠で,目覚めは大体よいが,毎晩1回はトイレに起きること,頭痛は「最近はない。でも軽くはある。」と説明するなどし,P25医師からは,共感能力,コミュニケーション能力の欠如が指摘され,高機能広汎性発達障害・器質性発達障害であり,ミラーニューロンの障害が疑われると診断され,問題解決カウンセリングメソッドⅠを試みるも,常にイメージができず質問の意図が分からなくなっていた状態であった。また,今後のカウンセリングについて,亡P3自身がカウンセリングの必要を感じていないことから,亡P3が必要性を感じたらP28医師に連絡するなどするように指示した。
なお,P25医師は,同年7月1日に原告P2から電話による連絡を受け,本件会社が亡P3が自分から辞めることを待っているようであり,他方,亡P3は,どんなに説得しても,「悪いのは会社。自分は悪くない。だから変わる必要はない。」と主張し,先生のところに行こうとしないと聞かされた。
(乙34の1・2〔各143,145ないし148頁〕)
(8)

亡P3が自殺に至る経緯
亡P3は,平成22年6月16日,P39産業医と面談し,健康状況に関して,同年5月の終わり頃から疲れやすさを感じており,具体的には頭が重い感じがするが,午後10時から11時頃に就寝し翌8時半頃に起床し,体調が良ければ午後8時か午後9時まで勤務し,調子の悪いときは早めに帰宅していると話したほか,就業状況については,上司から「まともに評価してもらいたいなら他の仕事(職場)を探したらどうか。」と言われていると話した。
(甲22の11)

P39産業医は,平成22年6月22日,人事部と面談を行い,医学的にストレスが直接てんかんを誘発することに関与することはなく,同年5月の本件第2発作後の体調は,服薬の関係で疲れやすさは感じているが,体調的には落ち着いている状況であると話したほか,亡P3の処遇について,病気があるという点よりも,会社が求めているだけの能力を有していない社員として対処法を考えることが重要であると指摘し,そのためには,亡P3本人にもこれまでの状況をきちんと伝えて理解してもらう努力をするとともに,原告らにも本件会社におけるこれまでの亡P3の勤務状況をしっかりと伝えていくことが必要であり,今後のキャリアについて本件会社が考えていることを示しつつ,退職を含めたキャリアの検討をするのがよいという意見を付した。
(甲22の12)

ウ(ア)

亡P3は,平成22年7月23日,人事部のP20及びP16(以
下「P20ら」という。)と面談を行い,社外も検討対象で,本件会社で勤務し続けたいのであれば気付きを説明するよう促され,1週間将来について考えるよう指示されたほか,同月28日にも同様に面談を行い,60歳までやり続けるのかと問い質され,他の仕事を勧められた。これに対して,亡P3は,本件会社でエンジニアをやりたいと述べたところ,P20から,期間を決めて本件会社のエンジニアとしてやっていけるのか精一杯努力して,それでもやっていけないのであれば,本件会社の外でやってもらうしかないと言われた。
(甲26)
(イ)

亡P3は,同月下旬頃,P15に対して,レベルの低い仕事でも何
でもやるから,仕事が何かないのかと尋ね,亡P3が就くことができる仕事について相談したところ,同人から人事部と相談するとの回答を得た。
(証人P15〔11,12頁〕)
(ウ)

亡P3は,同年8月6日,P20らと面談を行ったが,同人らから,
みんな前回がラストと思っており,今はサジを投げているし,P15からはっきりと言ってもらおうと思っていると言われ,また,このP20からは,「何行ではなく何枚ですよ」と言って,入社から現在までの棚卸しを書面にまとめるように求められた。
(甲26)
エ(ア)

亡P3は,平成22年8月7日,P23病院脳外科を受診する予定
であったが,何の断りもなく受診しなかった。原告P2は,夕刻に電話を入れたところ,亡P3は泣いており,どうしたのかを尋ねたが,亡P3は,何もないと言って電話を切った。
(甲13〔5頁〕,乙1〔266頁〕)
(イ)

亡P3の同期であるP26は,同月13日頃,本件事業所内の食堂
入口で亡P3と会ったが,同人は目の下にくまができて顔色が悪く少し疲れたような顔つきであり,何かを悩んでいるように見えた。
(乙1〔118,119頁〕,証人P26〔12頁〕)
(ウ)

亡P3は,同月14日,P23病院脳外科のP28医師を受診し,
涙を流しながら,仕事上の上司とのトラブルについて悩みを打ち明けたところ,同人から早期に心療内科のカウンセリングを受診するよう勧められた。
(甲13〔5頁〕,乙1〔170頁〕)

亡P3は,平成22年8月14日,インターネット通販で酸性系便器洗剤(サンポール)及び石灰硫黄合剤を購入した。
(甲43〔15頁〕,乙1〔187,266頁〕)
カ(ア)

亡P3は,平成22年8月●●日,P20らと面談を行い,前記ウ
(ウ)の面談で宿題とされた資料を作成して持参したが,箇条書き4枚であったことから,さらに掘り下げて書くように指示されるとともに,その文末に「最後のチャンス」と記載するよう迫られた。
(甲26)
(イ)

原告P2は,同日,亡P3に対して,電話を架けたが,出ることは
なく,「連絡がないと困るから,会社に電話する。」とメールした後,亡P3から電話があり,ようやく話はできものの,元気がない様子であり,すぐに電話も切られた。
(甲43〔15頁〕,乙1〔247,266頁〕)

亡P3は,平成22年8月●●日午前頃,神奈川県厚木市αにある自宅のトイレで,購入したサンポールと石灰硫黄合剤を混ぜ合わせ,硫化水素を発生させ,本件自殺をした(享年33歳)。
(甲43〔15頁〕,乙1〔186,187頁〕)

(9)

時間外労働
亡P3の平成21年6月から平成22年8月までの時間外労働時間は,以
下のとおりである。

平成21年6月

81時間42分


同年7月

87時間57分


同年8月

46時間20分


同年9月

54時間03分


同年10月

10時間54分


同年11月

22時間04分


同年12月

39時間00分


平成22年1月


同年2月

5時間01分
12時間31分

同年3月

38時間15分


同年4月

37時間26分


同年5月

3時間42分


同年6月

19時間43分


同年7月

23時間06分


同年8月

26時間17分
(乙1〔65,66頁〕)

2
争点(1)(亡P3が発症した精神障害の病名及びその発症時期)について(1)

本件自殺時までにおける大うつ病性エピソード(DSM-Ⅳ-TR)な
いし軽症うつ病エピソード(ICD-10)の発症の有無

原告らは,DSM-Ⅳ-TRをもって認定基準が前提とするICD-10よりも厳密で科学的であるとし(ただし,当審口頭弁論終結時までにDSM-Ⅴに改定されている。),亡P3において,同人が自殺した平成22年8月●●日頃までに,DSM-Ⅳ-TRによる大うつ病性エピソードを満たす状態にあり,大うつ病性障害を発症していた旨主張し,もって認定基準の対象疾病の要件を充足するとする。
しかしながら,前提事実(6)イによれば,認定基準においては労基則別表第1の2第9号に該当する業務上の疾病に当たるためには,WHOが取りまとめたICD-10第Ⅴ章「精神および行動の障害」に分類される精神障害である対象疾病を発病していることを必要としており(認定要件①),そのように解するのが相当であるから,本件における原告らの主張については,米国精神医学会が取りまとめたDSM-Ⅳ-TRで定義付けられた大うつ病性障害をいう点は,ICD-10のF32のうつ病エピソードに相当することを指摘するものと解し,原告らの同月●●日頃までに大うつ病性障害を発症した旨の主張は,同月頃に軽症うつ病エピソードを満たすという主張であるとして検討する。

まず,原告らの主張する疾病がDSM-Ⅳ-TRで定義づけられる大うつ病性障害に当たるかをみるに,それに当たるとするためには,前提事実(7)イによれば,①抑うつ気分,②興味または喜びの喪失,③体重の増減,食欲の増減,④睡眠障害,⑤精神運動性の焦燥または制止,⑥易疲労性,気力の減退,⑦無価値観,過剰・不適切な罪悪感,⑧思考力や集中力の減退,決断困難,⑨死についての反復思考,自殺念慮,自殺企図,自殺計画のうち,5つまたはそれ以上が同じ2週間の間に存在し,うち①か②の症状が必ず含まれていることが必要であり,症状項目数や具体的な症状や機能障害の程度に応じて,軽症,中等症,重症に分類されるものである。そこで,上記判断基準を前提にして,同頃の亡P3の症状について検討するに,認定事実(8)ウ(イ)によれば,同年7月下旬頃にレベルの低い仕事でもやるとしてこれまでの態度を一変させ上記⑦の無価値観を抱いていたこと,認定事実(8)エ(イ)によれば,同年8月13日頃には目の下にくまができ上記④の睡眠障害を来していたことが推認される。また,認定事実(8)エ(ア),カ(イ)によれば,亡P3は同月7日にP23病院脳外科を受診する予定であったのに受診せず,また,同月●●日に原告P2が電話を架けたときも出なかったのであるから,上記⑥の気力が減退していたことをうかがわせる。そして,認定事実(8)エ(ウ)によれば,P28医師が同月14日に亡P3を診察した際に亡P3は泣いており早期に心療内科のカウンセリングを勧めるような状態であり,上記①の抑うつ気分であったことが認められ,前提事実(4)キ及び認定事実(8)オ,キによれば,亡P3は自殺するために同日,硫化水素を発生させることができるサンポールと石灰硫黄をインターネットでわざわざ購入しており,上記⑨の自殺の企図をしていたことが認められる。
そうすると,おおむね2週間の間に,大うつ病性障害の5つの症状を認めることができるのであるから,亡P3は,本件自殺の時点までに,軽症ではあるが,大うつ病性障害を発症していたと認めるのが相当である。ウ
そして,亡P3の大うつ病性障害をICD-10のF32のうつ病エピソードに即しても検討するに,前提事実(7)アのとおり,うつ病の典型的な症状として,抑うつ気分,興味と喜びの喪失及び活動性の減退による易疲労感の増大や活動性の減少の症状のほか,一般的な症状として,ア集中力と注意力の減退,イ自己評価と自信の低下,ウ罪責感と無価値観,エ将来に対する希望のない悲観的な見方,オ自傷あるいは自殺の観念や行為,カ睡眠障害,キ食欲不振などの症状が挙げられるものであることから,本件自殺の時点までにおいて,亡P3にこれらの症状が生じていたかについて検討する。
前記イの⑥の症状は,典型的症状であるところの活動性の減少をうかがわせるほか,前記イの①の症状も,典型的症状である抑うつ気分であったことに当たり,うつ病エピソードの典型的な3つの症状のうち2つの症状を発症していたと認められる。また,前記イの④の症状は,上記カの睡眠障害を来していたことにも当たり,前記イの⑦の症状は,上記イに当たるとともに,その前提となる亡P3が同年7月下旬頃にレベルの低い仕事でもやるとしてこれまでの態度を一変させたことは,上記エにも当たるものと認められる。
そうすると,亡P3は同年7月下旬頃から同年8月頃にかけてうつ病エピソードのうち,典型的な症状2つと,少なくともその他の症状2つを持続していたと認められるから,亡P3は同月頃に軽症うつ病エピソードの診断基準を満たしていたと認められる。
したがって,原告らによる亡P3が本件自殺時までに大うつ病性障害を発症した旨の主張は,同時期に軽症うつ病エピソードの診断基準をも満たすものであったという主張として理由があることになる。

(2)

平成22年1月末頃におけるてんかんの発作間欠期精神症状としての気分障害の発症の有無
これに対し,被告は,亡P3が平成22年1月末頃に,てんかんの発作間欠期精神症状としての気分障害を発症した旨主張する。
てんかんの発作間欠期精神症状の機序について,P25医師がてんかん性精神病性症状の本質は発作を繰り返すことで生じる脳障害であり,一般的にはてんかんの発作周辺期に起こることが多いとされているが,例外的に発作間欠期に起こることがあり,これは,発作が繰り返し起こったことによるニューロンの障害によるものであると指摘しており(甲31,証人P25〔9頁〕),その指摘するところは医学的な知見からみて相応に合理的な見解を示しているものといえ,このような指摘内容を排斥するに足りる根拠ないし資料の存在をうかがわせるに足りる証拠はないから,同見解に従って,亡P3の病状について検討する。
認定事実(6)ア(ア)によれば,亡P3がけいれん発作を生じたのは約17年ぶりであり,その間にてんかんによるけいれん発作が繰り返し起こっていたとは認め難く,また,認定事実(1)ア,イ(ウ)及び(4)イ,オによれば,亡P3の頭痛の原因は水頭症の影響によるものであり,大学在学中や本件会社に入社して以後も同頭痛に悩まされることが多かったが,平成20年4月頃に「脳室-腹腔シャント術」を受け,その後シャント圧の調整を繰り返して,一定程度は軽快しており,頭痛の程度が継続的に深刻な状況であったとまではいえないことから,これを理由にして発作間欠期精神症状を発症したと認めることはできない。
したがって,被告の,亡P3がてんかんの発作間欠期精神症状としての気分障害を発症した旨の主張は採用できない。
(3)

平成22年1月末頃における適応障害ないし大うつ病性障害の発症の有

また,被告は,亡P3が平成22年1月末頃に,適応障害ないし大うつ病性障害を発病した旨主張する。
そこで当時の亡P3の状況について検討するに,認定事実(6)イ(ア)によれば,同頃に,亡P3は原告らに対して会社をやめようかなと言って泣いていたことや,P23病院のP28医師の前で大粒の涙を流していたこと,亡P3が同年2月から同年4月にかけて体重が15キログラム減少していたことがそれぞれ認められるものの,認定事実(6)ア(ア),(イ)によれば,亡P3は平成21年12月30日に約17年ぶりにけいれん発作を起こし,抗てんかん薬であるエクセグランの服用を再開したところ,エクセグランには副作用として食欲減退による体重の減少,倦怠感,無気力,判断力低下などの症状が生ずることがあることに照らせば,亡P3の同頃の状況が,エクセグランの副作用の影響によるものとの疑いが払拭できず,同頃に適応障害又は大うつ病性障害を発症していたと認めることはできない。このことは,認定事実(6)イ(ア)及び同(7)エ(ア)によれば,P28医師は,平成22年6月頃に亡P3の様子を見て精神科を受診するよう勧めたものではあるが,同年1月末頃までに亡P3の様子をみていた時期においては,若干抑うつ状態にあるという印象をうけたものの,それを超えて精神科を受診する必要のある状態にあるという認識はなかったことからもうかがえる。
したがって,被告の,亡P3が同月末頃に適応障害ないし大うつ病性障害を発症した旨の主張は採用できない。
(4)

平成22年6月頃における適応障害の発症の有無
さらに,被告は,亡P3が同年6月頃に適応障害を発症していた旨主張し,
前提事実(2)カ及び認定事実(7)エ(イ)によれば,亡P3は,同月8日頃には,大うつ病性エピソードの診断基準を満たす状態にはなく,明らかな気分障害や精神病症状には至っていないことが認められるが,同時に,適応障害である可能性があるとの診断を受けていることが認められる。
そこで,亡P3の同日頃における精神的疾患の存否及び内容について検討するに,認定事実(7)イ(ア)及び同(8)アによれば,亡P3は同頃に十分な睡眠時間をとれており,睡眠障害などはうかがわれないものの,認定事実(7)エ(ア),(イ)によれば,同年5月29日にP23病院脳外科のP28医師を受診した際に,同人から精神科の受診を勧められるような状態であったこと,亡P3が同月8日に同病院精神科を受診した際には,終始黙りがちで下を向き,口を固く結んで深刻な表情をしていたことなどが認められ,抑うつ気分,不安,心配(あるいはこれらの混合)といった適応障害の症状を発症していたのであるから,同頃に適応障害を発症していたと認めるのが相当である。もっとも,同頃に軽症うつ病エピソードの診断基準を満たしていたと認めるに足りる証拠はない。また,P25医師の意見書(甲30)をはじめとする証拠上,この発症した適応障害が同年8月頃の軽症うつ病エピソードの発症までに寛解していたことを示す事情もうかがわれない。
(5)

小括
以上検討したところによれば,亡P3は,平成22年6月8日頃に適応障
害を発症した後,その症状を悪化させ,睡眠障害や自殺企図などを来たし,同年8月頃に軽症うつ病エピソードの診断基準を満たすに至ったと認められる。したがって,同日頃の適応障害の発症,その増悪結果としての同年8月頃の軽症うつ病エピソードの発症を前提として,亡P3の死亡の業務起因性に関する検討を進めることとする。
3
争点(2)(業務起因性の判断基準)について
(1)

業務起因性の判断枠組みについて
労災保険法に基づく保険給付は,「労働者の業務上の負傷,疾病,障害又
は死亡」に関して行われるところ(労災保険法7条1項1号),労災保険制度が,労基法上の災害補償責任(労基法第8章)を担保する制度であり,同責任は使用者の過失の有無を問わずに被災労働者の損失を填補する制度であって,いわゆる危険責任の法理に由来するものであることにかんがみれば,「業務上死亡した場合」(労災保険法12条の8第1項4号,同項5号,同条2項,労基法79条,80条)に当たるためには,業務と当該死亡との間に条件関係があることを前提に,労災保険制度の趣旨に照らして,両者の間にそのような補償を行うことを相当とする相当因果関係があることが必要であり,当該死亡が被災労働者の従事していた業務に内在する危険性が実現したものと認められる必要があると解される(最高裁判所昭和50年(行ツ)第111号昭和51年11月12日第二小法廷判決・裁判集民事119号189頁,最高裁判所平成6年(行ツ)第24号平成8年1月23日第三小法廷判決・裁判集民事178号83頁,最高裁判所平成4年(行ツ)第70号平成8年3月5日第三小法廷判決・裁判集民事178号621頁参照)。労働者が精神障害を発病して自殺を図った場合については,精神障害によって正常の認識,行為選択能力が著しく阻害され,あるいは自殺行為を思いとどまる精神的抑制力が著しく阻害されている状態で自殺行為が行われたものと推定されるから,労働者災害保険給付の制限事由である労働者の故意による死亡(労災保険法12条の2の2第1項)には該当しないというべきであることはもとより,業務と当該精神障害の発症との間に相当因果関係が認められ「業務上の疾病」(労災保険法7条1項1号,労基法75条2項,労基則35条,同別表第1の2第9号)に当たれば,業務と当該死亡との間の業務起因性が認められ「業務上死亡した場合」に当たるというべきである。そして,この場合の業務と当該精神障害の発症との間の相当因果関係についても,被災労働者の従事していた業務に内在する危険性が実現したものと認められる必要があることは同様である。
業務に内在する危険性の判断に当たっては,今日の精神医学的・心理学的知見として,環境由来のストレス(心理的負荷)と個体側の反応性・脆弱性との関係で精神的破綻が生じるか否かが決まるという「ストレス-脆弱性理論」が広く受け入れられており,現代の社会的実態の面から見ても,何らかの脆弱性を有しつつも,直ちに破綻することなく就労している者が一定程度存在し,これらの者の社会的活動が十分に確保されることが必要であることから,被災労働者と同種の平均的労働者,すなわち,何らかの個体側の脆弱性を有しながらも,当該労働者と職種,職場における立場,経験等の社会通念上合理的な属性と認められる諸要素の点で同種の者であって,特段の勤務軽減まで必要とせずに通常業務を遂行することができる者を基準として,当該労働者の置かれた具体的状況における心理的負荷が一般に精神障害を発病させる危険性を有するか検討し,当該業務による負荷が他の業務以外の要因に比して相対的に有力な要因となって当該精神障害を発病させたと認められれば,業務に内在する危険性が実現したとして,業務と当該精神障害の発病との間に相当因果関係が認められると解するのが相当である。
ところで,検討会報告書は,法学及び医学の専門家によって構成された専門検討会が,直近時の医学的知見のほか,これまでの労災認定事例,裁判例の状況等を踏まえ,従前の判断指針等が依拠する「ストレス-脆弱性理論」に引き続き依拠し,従来の考え方を踏襲しつつ,業務による心理的負荷の評価基準と審理方法等の改善を提言するものであって,そのほとんどが合理性を有する内容であると認められる。そうすると,精神障害の業務起因性に関する認定基準は,このような検討会報告書の内容を踏まえて,改めて定められたものであるから,裁判所の行政処分の違法性に関する判断を直接拘束するものではないものの,検討会報告書のうち合理性を有する部分に基づいているか,あるいは,検討会報告書の見解をより合理的な知見に基づき修正しているものである限り,当該精神障害の業務起因性の判断に資することが認められる。
そこで,当裁判所は,精神障害の業務起因性の判断に当たっては,認定基準に沿って,これを参考にしながら,当該被災者に関する精神障害の発病に至るまでの具体的事情を総合的に考慮し,必要に応じてこれを修正して判断することにする。
(2)

原告らの主張について
平均人を基準とすることの誤りをいう点
(ア)

原告らは,業務起因性の判断においては,当該労働者を基準として
判断すべきであり,特に障害者については,憲法27条1項や障害者関係法令等の要請,障害者の就労を積極的に援助し,企業もその協力をもとめられている時代であることにかんがみれば,その業務起因性は障害者を基準にして判断すべきである旨主張する。
なるほど,確かに,障害者については,そうでない者と比較して,日常生活を営む上でストレスが生じる場面は多く,ことに業務遂行上,より強いストレスを抱く場面が多いことも否定はできないところである。しかしながら,上記(1)のとおり,労災保険法に基づく保険給付がいわゆる危険責任の法理に由来するものであり,客観的に業務に内在する危険性が実現したと認められることが必要であるところ,業務に内在する危険性を把握するには,同理論を踏まえて就労環境に由来する出来事が及ぼす心理的負荷の程度をできる限り客観的に把握することが必要であり,またそのように把握することが合理的である。もとより,精神障害の発症の機序として,環境由来のストレスと個体側の反応性及び脆弱性との関係で精神破綻が生じるか否かが決まるという「ストレス-脆弱性理論」が,医学的知見に照らして一定の合理性を有し,広く受け入れられ,業務起因性の判断に当たっても,かかる考え方を参照するのが相当であり,かかる考え方からしても,出来事の客観的評価の必要性が導かれると解されるところ,原告らは業務に内在する危険性を把握する方法として「ストレス-脆弱性理論」を採用することの不合理性については指摘していない。そうすると,客観的に業務に内在する危険性を把握する枠組みとして平均的な同種の労働者を基準とすることが相当であり,労働者本人を基準とすべきとは認められない。
さらに,原告らの主張は,障害者については,そうでない者と比べて,より保護すべき必要があるから,当該障害者を基準とすべきである旨主張する趣旨であるとも解されるので検討する。確かに,障害者が業務遂行上,そうでない者と比較してより保護されなければならず,使用者の責任を担保する制度を拡充する必要があるという点は,政策論としてはあり得るものであろうが,しかしながら,労災保険法による保護は,あくまでも業務上の事由により,疾病等を発病した者に対して行われ,業務上の事由に当たるか否かの判断においては,上記のとおりそれまでに起きた出来事を客観的に把握すべきである以上,障害者の保護の必要性を加味すべく,当該被災した労働者である障害者を基準として出来事による心理的負荷の強弱を評価することも相当ではない。
したがって,原告らの上記主張は採用できない。
(イ)

原告らは,被告が主張する平均的労働者という基準は極めて抽象

的で実態がなく,性別,学歴,年齢,経験,業種,職種,職場の地位,職場環境等を考慮して,どのようなグループ分けをして平均を想定するかにより,具体的基準は大きく異なり,各項目を詳細に考慮すれば,実質的に本人基準説に接近し,平均的労働者という基準を論ずる意味に乏しい旨主張する。
しかしながら,平均的労働者として観念される同種の労働者の属性は,あくまでも社会通念上合理的な属性に限られるのであり,社会通念上合理的な属性と観念され類型化される程度を超えてまで原告らが主張するように各項目を詳細に考慮することにはならないものである。したがって,原告らの上記主張は採用できない。

「同種の労働者」の考え方について
(ア)

原告らは,本件における亡P3と同種の労働者とは,亡P3と職
種,職場における立場や職責,年齢,経験,亡P3の有する障害,具体的には,①脳腫瘍,②水頭症,③これらの病気に伴う身体障害(身体障害等級6級),④脳腫瘍に起因するコミュニケーション能力の障害,認知の歪み等が類似する者を基準として,心理的負荷を評価すべきである旨主張する。
しかしながら,上記(1)で判示したとおり,平均的労働者とは,何らかの個体側の脆弱性を有しながらも,当該労働者と職種,職場における立場,経験等の社会通念上合理的な属性と認められる諸要素の点で同種の者であって,特段の勤務軽減まで必要とせずに通常業務を遂行することができる者をいうと解されるところ,原告らが指摘する①脳腫瘍,②水頭症,③これらの病気に伴う身体障害(身体障害等級6級),④ASDの要素などは,基本的には,いずれも労働者の個別的な事情に伴うものであるから,これらを考慮するとした場合には,必ずしも当該労働者の遭遇した出来事の有する客観的な心理的負荷の強度を適切に把握することにはならないといわざるを得ない。もっとも,労働者の有する身体的障害又は精神的障害については,当該身体的障害又は精神的障害の存在が当該労働者を雇用する際の前提とされ,当該身体的障害又は精神的障害の故に所要の労務軽減がされているような場合には,そのような身体的障害又は精神的障害の故に労務軽減が必要とされているという属性について,年齢,経験等に準ずる属性として考慮したところの労務軽減を受けている労働者を平均的労働者と捉えてこれを基準とすることが適切であると考えられるが,本件において,原告らの指摘する身体的障害(身体障害等級6級)については,半田付けなどの細かい作業を避けるという以上の労務軽減を必要とするものではなく,そのことはP13によって配慮されているものであり(認定事実(4)ア,弁論の全趣旨),また,ASDの要素といった精神的障害については,亡P3による申告もなく,雇用する際の前提とされていなかったことが明らかである。そうすると,本件においては,原告らの指摘する上記障害に係る属性について考慮すべきではないというべきである。
したがって,原告らの上記主張は採用できない。
(イ)

原告らは,上記①②及び③については亡P3が本件会社に入社した
当時から,上記④については平成22年4月頃から,本件会社が知り又は知り得た事情であるため,それぞれ同種の労働者の考慮に入れて心理的負荷の程度を評価すべきである旨主張する。
しかしながら,これらの要素が,本件における平均的労働者を観念する上で社会通念上合理的な属性として考慮すべきことにならないことは上記(ア)に説示したとおりであるし,また,労災保険制度は,政府を保険者として(労災保険法2条),労働者を使用する全事業を適用事業とし(同法3条1項),事業主との間で保険契約を締結して(労働保険の保険料の徴収等に関する法律(以下「労働保険徴収法」という。)3条),政府が事業主から保険料を徴収し,事業主の責任の有無を問わず,業務上の疾病等である限り,かかる財源から保険給付を行うという仕組みをとっており,少なくとも事業主の集団的な責任填補という側面があることに照らせば,事業主の認識し又は認識し得た個別主観的な事情をもって無過失責任に立脚する労災保険制度上の給付の有無を左右することになるとは解することができない(過失責任を問う労働契約に付随する配慮義務違反に基づく損害賠償責任とは異なる。)から,この点においても,本件会社が知り又は知り得た事情であることをもって結論を左右するものとはできない。
したがって,原告らの上記主張は採用できない。
(ウ)

原告らは,障害の要素を一切考慮することなく,業務起因性を判

断することは,労災保険の適用から障害者を除外する結論を導き得るものであり,障害者差別に当たり,憲法14条,27条1項,労基法3条,障害者基本法4条に反する解釈となり許されない旨主張する。しかしながら,業務の危険性について,被災労働者と同種の平均的労働者を基準としても,業務上心理的負荷が強い出来事があれば,障害の有無にかかわらず,業務起因性が認められる余地は十分にあり,業務の危険性を把握する主体によって,障害者を除外するという差別が生じるとも認められないから,憲法14条,27条1項,労基法3条,障害者基本法4条に反する解釈に当たるとは認められない。
したがって,原告らの上記主張は採用できない。

業務による危険性がその他の業務外の要因に比して相対的に有力である
ことを要件とすることの誤りをいう点
原告らは,被告が主張するように,業務による危険性がその他の業務外の要因に比して相対的に有力であることが求められると解することによって,そもそも定量的に測定することが困難な原因のどれが有力かを論ずることにより,結果的には行政機関が恣意的に業務外の事由を有力と評価し,業務外決定を行う基盤を作ることになる旨主張する。
しかしながら,認定基準は,検討会報告書を踏まえて,別表1で被災労働者に生じた出来事が同人に対して与える心理的負荷の程度を類型化して定めているのであるから,各出来事が与える心理的負荷の程度を合理的に認定することができるものと認められ,行政機関が恣意的に業務外の事由を有力と評価することはできないと認められる。
したがって,原告らの上記主張は採用できない。

被災者の受けた心身の負荷を過小に評価するおそれがある点
原告らは,要旨,形式的かつ類型化された基準により判断することで被災者の受けた心身の負荷を過小評価し,また,業務以外の事情を殊更に評価しているし,同基準に定められた具体例に固執し正確な業務認定をしていない旨主張する。
しかしながら,認定基準は,確かに出来事の類型に応じて心理的負荷の強度を類型化しているが,必ずしもこれに記載どおり厳格に拘束されるわけではなく,個別の事情に応じて,心理的負荷の強度を修正することを前提としているのであるから,被災者の受けた心身の負荷を過小評価するものではないし,業務以外の事情を殊更に評価しているともいえない。また,同基準に定められた具体例に固執し正確な業務認定をしていない旨の指摘は,認定基準の運用に関する指摘であると解されるところ,これによって,認定基準それ自体を適用すべきではないとはいえない。
したがって,原告らの上記主張は採用できない。

発症前6か月間のみの出来事を対象とすることの不合理性をいう点原告らは,発症前6か月間のみの出来事を対象として,6か月前の出来事を捨象してしまうという問題がある旨主張する。
しかしながら,認定基準が,対象疾病の発症前おおむね6か月の間に,業務による強い心理的負荷が認められることを認定要件としているのは,当該出来事が被災労働者に心理的負荷を与えるものであったとしても,時間が経過するにつれて,その影響が減少していくという精神医学的・心理学的な知見に基づくものとうかがわれ,発症前おおむね6か月の間の出来事を対象としている点は合理性を有するものと認められる。また,認定基準は,出来事が繰り返されるものについては,発病の6か月よりも前にそれが開始されている場合でも,発病前6か月以内の期間にも継続しているときは,開始時からのすべての行為を評価の対象とすることとしており,必ずしも,6か月以内の出来事に限定するものでもない。
したがって,原告らの上記主張は採用できない。

(3)

既に発症した精神障害が増悪した場合の業務起因性の判断枠組みについ
てア
既に発病している精神障害が悪化した場合の業務起因性について,認定基準は,特別な出来事に該当する出来事があることを業務上の疾病として取り扱う前提としており,その特別な出来事として挙げるものは,「生死にかかわる,極度の苦痛を伴う,又は永久労働不能となる後遺障害を残す業務上の病気やケガをした(業務上の傷病により6か月を超えて療養中に症状が急変し極度の苦痛を伴った場合を含む)」,「業務に関連し,他人を死亡させ,又は生死にかかわる重大なケガを負わせた(故意によるものを除く)」,「強姦や,本人の意思を抑圧して行われたわいせつ行為などのセクシュアルハラスメントを受けた」,「その他,上記に準ずる程度の心理的負荷が極度と認められるもの」という極めて稀な出来事である(認定基準別表1)ところ,特別な出来事が存在しなければ,健常者であれば,業務上の疾病であることが認められることになる個々の具体的な出来事であって心理的負荷の程度が「強」となるものがいくつあったとしても,業務上の疾病とは認められないという判断枠組みを採用しており,被告は,本件においても同様の基準で判断すべきである旨主張する。
かかる認定基準の判断枠組みは,一般に,既に精神障害を発病して治療が必要な状態にある者は,病的状態に起因した思考から自責的・自罰的になり,ささいな心理的負荷に過大に反応するのであり,悪化の原因が必ずしも大きな心理的負荷によるものとは限らないこと,また,自然経過により悪化する過程において,たまたま業務による心理的負荷が重なっていたにすぎない場合もあることから,精神障害の悪化の前に強い心理的負荷となる業務上の出来事があっても,それをもって直ちに精神障害の悪化の原因であると診断ないし判断することが現時点においては医学上困難であるとされていることに基づくものとうかがわれるところ,それには診断上の一定程度の合理性があるとはいえるものの,認定基準の前提となった検討会報告書の取りまとめに至る議論の過程において,初発と同等に評価すべきであるなどの意見が存在したこと(甲8)も参酌すると,健常者であっても精神障害を発症するような心理的負荷の程度が「強」となる出来事,すなわち客観的に見て業務に内在する危険性がある出来事にさらされ,健常者であれば業務上の疾病と認められる場合にまで,既往の精神障害を有するとの一事をもって業務上の疾病であることを一律否定するのは,業務上の疾病の判断をするについての行き過ぎた限定であるというべきであり,「特別な出来事」に至らなくても労働者の個別的な脆弱性よりも出来事の有する客観的な危険性が強く精神障害の悪化に作用したと認められるときなど一定の場合には業務起因性が認められる場合があると解される。以上の見地から既に発症した精神障害が増悪した場合に係る認定基準を見ると,そもそも認定基準の合理性が認められるのは,その前提として,認定基準が検討会報告書の持つ内容的な合理性を受け継ぎ,あるいは検討会報告書の見解をより合理的な知見により修正されているといえることに負っているというべきであるところ,検討会報告書は,「精神障害で長期間にわたり通院を継続しているものの,症状がなく(寛解状態にあり),または安定していた状態で,通常の勤務を行っていた者の事案については,ここでいう「発症後の悪化」の問題としてではなく,治ゆ(症状固定)後の新たな発病として判断すべきものが少なくないこと・・・に留意する必要がある」(甲20〔6頁〕)としているのであって,この指摘は,精神障害を抱えながらも,症状が安定している者を可能な限り社会内で健常者と同等に活動できるようにする上で,必要不可欠なものといわなければならないから,既に発症した精神障害が増悪した場合の認定基準を適用する前提となる「治療の必要な状態」には,「精神障害で長期間にわたり通院を継続しているものの,症状がなく(寛解状態にあり),または安定していた状態で,通常の勤務を行っていた者」を含まないと限定的に解釈すべきであり,「安定していた状態」であるか否かを具体的事案に即して判断すべきである。
また,既に発症した精神障害が増悪した場合の認定基準を適用すべき場合であっても,上記同様の精神障害を抱えながらも症状が安定している者を可能な限り社会内で健常者と同等に活動できるようにするという観点から,認定基準の定める特別な出来事の「その他,上記に準ずる程度の心理的負荷が極度と認められるもの」についてみると,心理的負荷の強弱とは相対的な度合いで把握される概念であり,「特別な出来事」のもたらす心理的負荷と強度の心理的負荷と評価される具体的出来事のもたらす心理的負荷の間には,その程度において絶対的に峻別されるべき境界があるものとはいえず,あくまでも相対的な区分にすぎないと考えられるところ,その心理的負荷の度合いが「特別な出来事」に当たらないが,強い心理的負荷と評価される出来事が複数あるような場合,その心理的負荷の度合いは,「特別な出来事」のもたらす心理的負荷の程度に近接していくものと考えられ,かかる場合には「特別な出来事」に準ずる程度のものと解して然るべきものであり,「特別な出来事」のひとつとして規定される「その他,上記に準ずる適度の心理的負荷が極度と認められる場合」に該当すると解すべきである。

原告らの主張について
(ア)

原告らは,精神障害悪化の場合の認定基準が問題になることはない
旨主張するが,上記2で認定したとおり,亡P3が平成22年6月頃に適応障害を発症し,その後これが悪化し,同年8月頃に軽症うつ病エピソードを発症したことが認められるのであるから,原告らの上記主張は採用できない。
(イ)

原告らは,精神障害悪化の場合に特別な出来事を要求することは合
理性を著しく欠いた論理と言わざるを得ず,精神障害者差別といっても過言ではない旨主張する。
しかしながら,上記イで判示したとおり,業務以外の事由で精神障害を発症している者は,ささいな心理的負荷を与える出来事に過大に反応してしまう可能性は否定できず,個体側の脆弱性によるものとの推定が働く以上,これを踏まえてもなお,当該増悪が業務上の出来事に起因するものであるというために,特別の出来事ないし特別な出来事に準ずる程度の出来事(ただし,上記イにおいて修正したもの)を要求することは,一定の合理性を有するものと認められ,これが精神障害者差別に当たるとも認められない(前記イに説示したとおり,認定基準の定める特別な出来事の「その他,上記に準ずる程度の心理的負荷が極度と認められるもの」についての解釈を通じて,狭きに失しないように是正すれば足りるものと考える。)。
したがって,原告らの上記主張は採用できない。
4
争点(3)(業務起因性の有無)について
(1)

平成22年6月頃に発症した適応障害の業務起因性について
上司によるパワハラ,差別的な評価,上司との軋轢について
原告らは,平成20年10月以降,亡P3が上司からパワハラを受け,差別的な評価を受けていたことを契機に上司との折り合いが悪い状況が継続していたことから,別表1「⑤対人関係」のうち項目29「(ひどい)嫌がらせ,いじめ,又は暴行をうけた」又は項目30「上司とのトラブルがあった」に当たり,本件では,複数の上司との間でトラブルがあり,それが死亡時まで継続していたことから,心理的負荷の強度はいずれの出来事に問擬しても「強」に当たる旨主張するから,以下検討する。
(ア)

P13によるパワハラなどについて
原告らは,亡P3がP13から,暴言や強い言動によって過剰なプレッシャーを与えられ,日常的にパワハラを受けていた旨主張するところ,認定事実(4)ア,ウ(イ)及び(5)イによれば,P13は部下の業務指導に関して厳しく,部下に求める水準も決して低いものではなく,実際に正当な内容ではあるが厳しい指摘を亡P3にしたり,会議中に亡P3を無視したりするなど,これに沿うような事実が認められる。この点について,認定事実(3)エ及び(4)ア,エによれば,P13の業務指導の内容自体は,技術的に正しいことが多く,半田付けについては亡P3の左腕が不自由であることに配慮して,別の者にこれを行わせており,適切な業務割当てをしていたところ,他方で,亡P3については,CIS開発課に属していた頃から発言内容が適切でなかったり,IS開発1課に異動してP13の下で稼働していたときにも,会議中に内容を理解しないで意見を述べたり,長時間余談をするなどしていたことから,P13から業務指導がされたこと自体はやむを得ず,平成21年夏一時金の前提となる実績レビューにおけるP13のコメントにしても,その指摘内容に照らして指導内容として首肯され得るものであるというべきであるから,その指導内容について,業務指導の範囲を逸脱したものとは認められない。また,その指導態様については,必ずしも明らかではないものの,厳しい態度であったことは,P13自身が認めるほか(乙1〔149頁〕,証人P13〔9,20頁〕),P35及びP15からの指摘(乙1〔110,160頁〕)もあるのであって,亡P3に対しても,強い指導・叱責がされていたことが推認される。
そして,認定事実(4)ウ,エ及び(5)イによれば,上司であるP13及びP14の亡P3に対する評価は,亡P3の自己評価よりも低くなっており,亡P3はこれに対して納得がいかず,平成21年春夏面談では課長であるP13のほかにP15と面談をもち,6時間にわたり,泣きながら評価の不当性について訴え,同年秋冬面談においては人事部のP16を交えた4名で面談を行っており,亡P3とP13との関係性が悪化していたことは,周囲から客観的に認識できるような状態であったと認められるものの,かかるP13とのトラブルが原因で,IS開発1課の業務について何らかの影響が生じたとまではうかがえない。
したがって,P13との関係でいえば,項目29に当たる出来事は認められないが,項目30「上司とのトラブルがあった」のうち,「上司から業務指導の範囲内である強い指導・叱責を受けた」及び「業務をめぐる方針等について周囲からの客観的に認識されるような対立が上司との間に生じた」に当たり,これにより亡P3に生じた心理的負荷の程度は「中」と認めるのが相当である。
b(a)

原告らは,亡P3が障害者雇用枠で本件会社に入社したにもか

かわらず,P13が亡P3に対して「お前にやらせる仕事はな
い。」,「仕事が遅い」,「人とは評価の仕方が違うんだ」などと不合理な理由でC評価を付け,亡P3はこれにより大きな心理的負荷を受けた旨主張する。
確かに,証拠(甲28,47,48,49の各1・2)及び弁論
の全趣旨によれば,亡P3は,本件会社のホームページ上の「障害者採用」とする申込みフォームを用いて,採用面接を申し込み,本件会社に入社するに至ったこと,本件会社は,独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構に対し,原告が障害者であると申告して,障害者雇用調整金を受領していたことがそれぞれ認められる。
しかしながら,亡P3の採用面接時の資料(甲17の1・2,甲
18の1・2,甲19)には,障害者を前提とする記載がなく,亡P3も業務軽減をすることなく勤務していたものであるから,そもそも,本件会社には業務を軽減する前提で採用するという意味での障害者雇用枠はないものとうかがわれ,本件会社のホームページ上の「障害者採用」とは,募集時期が他の採用と異なることを意味しているにすぎないものと認められる。また,たとえ,本件会社が亡P3を障害者であると申告して障害者雇用調整金を受領していたとしても,これにより,本件会社が亡P3に対して負うべき労働契約に付随する配慮義務への影響はともかく,労災保険の給付に係る業務上外の判断の前提となる亡P3に生じる心理的負荷の程度に影響を与えるものではない。そして,認定事実(4)ウ,カ及び(5)イによれば,亡P3は,上司から亡P3には評価できる成果がなかったことが指摘される一方で,評価の前提となる成果物を認めるに足りる証拠がない以上,亡P3に付された評価が亡P3の障害に起因したもので不合理であるとはいえず,ひいては評価に関し,P13が亡P3に対し原告らの主張するような不合理かつ不相当な発言をしたと認めることはできない。
したがって,原告らの上記主張は採用できない。
(b)

原告らは,亡P3が平成21年9月頃P13から「他の職場に

行ってくれ」と言われ,実際に同年10月頃に追い出されたのであるから,これにより大きな心理的負荷を受けた旨主張し,P26は亡P3からP13にそのように言われた旨これに沿う供述し(乙1〔118頁〕を含む。),認定事実(5)アによれば,亡P3は平成21年10月に画素グループから回路グループに配置換えになったことが認められる。
この点,かかる配置換えの経緯は必ずしも明らかではないものの,P13が亡P3を追い出す趣旨で同配置換えがされたと認めるに足りる証拠はないから,原告らの上記主張は採用できない。
(イ)

P14の暴言
原告らは,亡P3が平成22年1月から同年3月頃,P14から,差別的な言動を受けた旨主張し,認定事実(6)カ(ア)によれば,P14は同年2月から同年3月頃に亡P3に対し「女,子供でもでき
る。」,「お前は子供や高校生の姉ちゃんでもできる仕事しかしていない。」などと叱責したことなどこれに沿うような事実が認められる。しかしながら,P14の発言は,確かに表現として不適切な点があることは否定できないものの,認定事実(6)カ(ア)によれば,これは亡P3の態度に対する注意の趣旨でされたものであり,業務上の指導の範囲内であると認めるのが相当である。また,P14が,亡P3をあえてメールの宛先から外したとも,その際に亡P3に対して「半人前だから」と述べたとも認めるに足りる証拠はなく,亡P3にだけメールを送らなかったという事実があったとしても,それは業務上の必要性がなかったことがうかがわれ,亡P3に嫌がらせをする目的で行ったとは到底認めることはできない。
したがって,かかるP14の発言は,項目29「(ひどい)嫌がらせ,いじめ,又は暴行をうけた」には当たらず,項目30「上司とのトラブルがあった」のうち,上司から業務指導の範囲内である強い指導・叱責を受けたに当たり,当該出来事により生じた心理的負荷の程度は「中」と認めるのが相当である。

原告らは,P14の発言等については,亡P3が身体障害者等級6級の障害を負っていることを前提にして考慮すべきであり,これらは障害者差別に相当する内容で,侮辱的・人格否定的な言動あるから,亡P3に生じた心理的負荷の程度が極めて大きい旨主張する。
しかしながら,業務起因性の判断に当たっては,労災保険法の趣旨に照らして,平均的労働者を基準にして判断すべきであることは,前記3(1)及び(2)アに説示したとおりであるから,亡P3が身体障害者等級6級の障害を負っているという事情は,本件会社に対して安全配慮義務違反を問う場合はともかく,本件のように労災保険の給付を求める際には考慮すべきものとはいえない。
したがって,原告らの上記主張は採用できない。
(ウ)

関係者の暴言について


原告らは,亡P3は平成22年頃P15から非常に強い口調で突き放すように罵倒された旨主張し,認定事実(6)カ(イ)によれば,P15は同年2月又は同年3月頃,亡P3に対して「まだそんなことをやっているのかよ。いつになったらもう前に進むんだよ。いいよ信用できなかったら信用しなくて。俺もキレルぞ。」,「そういうことが不信感になると思わない?そういうことが上司とのさ,関係を壊していくと思わない?」などと言ったことなど,これに沿うような事実が認められる。
しかしながら,認定事実(6)カ(イ)によれば,P15の上記発言は,P14が亡P3を叱責した理由についてP15が社内アンケートをした結果理由があると判断したことに対して,亡P3がP14の仕組んだ結果であると反論したことを契機にされたものであり,亡P3が上司に対して必要以上に反論したことに対応する回答であり,表現には「キレル」,「いちゃもん」など確かに不適切な部分を含むものの,その内容は一般に会社における人間関係を形成するに当たって必要な指導であると認められる。


原告らは,亡P3は,平成21年11月頃,人事部のP16から

「給料泥棒」と揶揄され,人格や存在自体を否定するような攻撃的発言をされた旨主張し,認定事実(5)オによれば,P16は同頃に亡P3に対して「給料泥棒」と発言したことは認められる。
しかしながら,認定事実(5)オによれば,P16の同発言は,確かにその表現内容それ自体からみれば不適切なものであったといわざるを得ないが,そもそもP16がかかる発言をするに至ったのは,亡P3がP16に対し「給料泥棒」と揶揄したことに起因するのであって,亡P3の態度を改めるように諭す過程でされた発言であることは,発言の経緯・状況に照らして明らかであり,業務指導に必要な範囲の指導であると認められる。

したがって,原告らが指摘するこれらの出来事は,項目29「(ひどい)嫌がらせ,いじめ,又は暴行をうけた」には当たらず,項目30「上司とのトラブルがあった」のうち,上司から業務指導の範囲内である強い指導・叱責を受けたに当たり,当該出来事により生じた心理的負荷の程度は「中」と認めるのが相当である。

(エ)

小括
以上のP13,P14及び関係者の亡P3に対する言動は,それぞれ
亡P3に対していずれも「中」程度の心理的負荷を与えるものであるが,認定基準によれば,業務による心理的負荷の強度の判断に当たっては,精神障害発病前おおむね6か月の間に,対象疾病の発病に関与したと考えられる出来事が対象になるところ,P13の言動は6か月以上前の出来事である。
そうすると,平成22年6月頃の適応障害の発症に影響を与えたものは,P14及び関係者の亡P3に対する言動に限られ,これらを総合的に考慮しても「中」程度の心理的負荷を与えるにとどまると認めるのが相当である。

退職強要
原告らは,亡P3が臨床心理士,人事部から退職強要をされ,配置転換まで受けて,本件会社から,自分の行き場がないことを認識させられ,自ら退職するように仕向けられるという悪質な退職強要をされたのであるから,項目20「退職を強要された」場合に当たり,その心理的負荷の程度は「強」に当たる旨主張するから,以下において,それぞれの出来事について検討する。
(ア)

P17臨床心理士との面談について
原告らは,亡P3は平成21年11月5日から平成22年5月26日
まで合計20回にわたり,P17臨床心理士と面談を行い,同臨床心理士からいわゆる追い出し部屋であるキャリアリサーチへの異動を示唆され,また,面談では亡P3の行動や考え方ばかり非難し,実質的にみて退職強要された旨主張し,前提事実(4)ア及び認定事実(5)ウによれば,原告らが主張する回数の臨床心理士との面談があったことが認められる。そこで,P17臨床心理士との面談により亡P3に生じた心理的負荷の程度について検討するに,認定事実(5)ウによれば,亡P3は,人事部のP16の勧めで,P17臨床心理士との面談を始めるに至ったところ,かかる勧めは,認定事実(3)エ,(4)エ及び(5)イによれば,亡P3が平成20年秋冬面談,平成21年春夏面談及び同年秋冬面談で,3回連続して自分の評価に対して納得がいかず,本来課長職がすべき評価面談について,さらに部長職や人事部も介入せざるを得ない事態が発生していることに起因するもので,どのような処遇を課すのが適切なのか本件会社として判断するために,P17臨床心理士との面談を設定したことがうかがわれるのであるから,P17臨床心理士が,亡P3に対して,明確に退職を迫るように意識していたとまでは認めることはできない。すすんで,P17臨床心理士との面談内容をみるに,確かに,証拠(乙1〔309ないし330頁〕)によれば,原告らが指摘するように,亡P3の行動や考え方を変えてみてはどうかと提案しているが,これは,あくまでも臨床心理士の職務として,亡P3に存在する外的要因を排除するような権限がない以上,亡P3が自分で講ずることができる一種の防衛策を教授したものとみるべきであり,P17臨床心理士が亡P3を一方的に非難していたなどとは認められない。
したがって,P17臨床心理士が亡P3に対して退職勧奨をしていたと認めるに足りる証拠はないから,この出来事が亡P3に対して心理的負荷を与えたと認めることはできない。
(イ)

人事部との面談について
原告らは,亡P3が平成22年2月22日から,同年8月●●日まで,
合計16回にわたる人事部との面談を受け,その回数や内容からして,亡P3に本件会社で仕事がないという事実を認識させ,実質的にみて亡P3を退職へ追い込むものであるから,退職強要に当たる旨主張し,前提事実(4)ウ,認定事実(6)オ,カ(ア),キ(イ)及び(8)ウ(ア),(ウ),カ(ア)によれば,原告らが主張する回数の人事部面談があったことが認められる。
そこで,これらの人事部面談により生じた心理的負荷の程度について検討するに,認定事実(6)オによれば,P19らは,P15から亡P3の職場対応を検討して欲しいと依頼されたことから,同年2月頃から,亡P3と面談を開始し,亡P3の健康状態などを確認し,亡P3のこれまでの業務内容やそれに対する評価について聴取していたのであるから,人事部面談を始めた段階において,亡P3を退職に追い込む意図があったと認めることはできない。
また,その後の人事部との面談をみると,認定事実(6)キ(ウ),(エ),ケによれば,人事部は,亡P3のコミュニケーション能力に疑問を生じたことから,経験豊富な本件会社の本社のP21臨床心理士と面談をするように勧め,かかる面談の結果を受けて,亡P3に対して高次機能障害テスト,知能テスト,人格テストを受けるように提案したのであり,これらの人事部の対応を見る限り,亡P3の配置を考える上で,亡P3が抱えている問題点の解明を図ろうとしていたと認められ,この段階においても,未だ亡P3を退職に追い込む意図があったと認めることはできない。
しかしながら,認定事実(7)イ(イ)及び(8)イによれば,人事部が平成22年6月1日に産業医と面談を行った際には,亡P3が戦力としての異動が難しいとの見解をもっており,キャリアプランを考えてもらわないといけないとして,退職を含めた含みのある表現を用いていたところ,人事部が同月22日に産業医と面談した際には,産業医から能力が足りない社員として対処法を考えるべきであり,退職を含めたキャリアの検討をするのがよいという意見が出され,少なくとも同月末頃には,本件会社の亡P3に対する方針として,亡P3の健康状況などを考慮しても,亡P3に本件会社を退職してもらうことを想定して,面談を行っていたものと認められる。
そして,このような面談の態様についてみると,認定事実(8)ウによれば,亡P3は,同年7月23日の人事部面談において,社外も検討の対象にあると明確に示され,本件会社で勤務したいのであれば,亡P3のこれまでの業務態度を振り返って改善するよう求められ,同月28日の人事部面談においても定年まで本件会社で働くことを責められるような発言をされ,他の会社を勧められるなど,人事部による非常に厳しい退職勧奨がされたものと認められる。このことは,認定事実(8)ウ(イ)のとおり,同頃に亡P3がP15に対してレベルが低い仕事でもなんでもやると伝え,これまでの態度から一変していることからも看取できる。このような状況下で,認定事実(6)ウ(ア),(8)ウ(イ),(ウ)及びカ(ア)によれば,同年8月頃にはIS開発1課におけるプロジェクトが終息し,いよいよ亡P3が本格的に異動せざるを得ないという中で,人事部は,同年8月6日の人事面談において,亡P3に対し,前回がラストチャンスであり,もう今はサジを投げていると指摘して,亡P3に自主退職を意識させるような言動を行い,さらには,同頃には亡P3にこれまでの業務態度に関する反省文に似たような文書を作成させ,同月●●日の人事部面談では,当該文書の文末に「最後のチャンス」と記載するように迫り,次の異動先で失敗をしたら,任意に退職することを約束するように強要したものと認められる。
そうすると,本件会社が平成22年7月頃から亡P3が亡くなる直前までにされた人事部面談での言動は,項目20「退職を強要された」に当たり,当該出来事により生じた心理的負荷の程度は平均的な心理的負荷の強度である「強」と認めるのが相当である。
(ウ)

P15の対応について
原告らは,亡P3の心身の変化を感じていたにもかかわらず,平成2
2年2月又は同年3月頃には,人事部のP20に対し,もう自分の職場では面倒が見きれないので,人事部の方で行き場所を探して欲しいと依頼するとともに,亡P3の自信を喪失させるような細かい作業が必要となる回路作製や評価解析の業務を提案しており,これは実質的には退職強要である旨主張し,証拠(乙1〔162頁〕,証人P15〔24,25頁〕)によれば,P15が,亡P3に対してデバイスの評価解析業務及びプリント基板の回路設計作成業務を提案したがこれを断られたこと,その後に亡P3の異動先について人事部でも探して欲しいと依頼したことが認められる。
しかしながら,P15としては,IS開発1課におけるプロジェクトが終息し,亡P3の次の異動先を探さなければならないという状況の中で(認定事実(6)ウ(ア)),亡P3に対して,異動先をいくつか検討して提案したにすぎず,また,人事部への相談も,P15の所属する開発部以外の部での異動先も検討する必要があったことからしたのであって,亡P3に退職を勧める意図がなかったことは明らかである。
したがって,原告らの上記主張は採用できない。
(エ)

人事部と原告らとの面談について
原告らは,同人らが本件会社から呼出を受け,人事部から,亡P3が
上司とコミュニケーションをとれず仕事がうまくいっていないこと,面白いアイディアを出すがここは企業なので学校とは違うこと,「6年間でほとんど実績はないし,このままいっても駄目だから」,「最後のチャンスをやる」等と退職を仄めかされ,亡P3が自分のみならず両親に対してまで本件会社が退職の話をしてきたことから,逃げ場がなく追い詰められた旨主張し,原告P1はこれに沿う供述をする。
しかしながら,仮に,原告らが本件会社から原告ら主張のとおりの発言を受け,そのことを亡P3が認識したのであれば,認定事実(6)オ(ア),ク,ケの言動及び(7)エ(イ)の平成22年7月1日などの言動等に照らせば,亡P3が反発するであろうことは容易に推認することができるところ,そのような亡P3の言動があったとうかがわせる事情はないから,それを亡P3が了知したと認めるに足りる証拠はなく,結局,これにより亡P3に心理的負荷が生じたと認めることはできない。
したがって,原告らの上記主張は採用できない。
(オ)

その他の出来事について
原告らは,亡P3は,平成22年春の評価の前提となる評価対象期
間中には,プロジェクトが終息して仕事が与えられない状態で,勉強していた状況であったのだから,普通(標準)評価が付くのが妥当であるにもかかわらず,平成21年秋及び平成22年春の評価において2回連続でC評価を付けられ,戦力外通告を2回告げられ,本件会社に居場所・行き場所がないことを告げられたも同然であるから,これも退職強要に当たる旨主張し,認定事実(5)イ(ア)及び(7)ウによれば,亡P3は本件会社から,平成21年4月から同年10月までの評価及び同年11月から平成22年3月までの評価について,いずれもC1と評価されたことなど,原告らの主張に沿う事実が認められる。しかしながら,前記ア(ア)b(a)で判示したとおり,亡P3は評価の前提となる成果物を提出せず,そもそも評価を付けることが難しいほか,亡P3の普段の勤務態度に照らせば,C1という評価が,そこまで不合理な評価であるとは認められない以上,本件会社が亡P3に対して2回連続で相対的に低い評価であるC1評価を付したとしても,これが退職強要に当たるとは到底いえない。
したがって,原告らの上記主張は採用できない。

原告らは,亡P3について平成21年秋に上司4名が同席する評価面談が行われ,P13から「お前にやらせる仕事はない」と言われ,実質的な退職強要がされた旨主張する。
しかしながら,認定事実(5)イ(イ)によれば,P15,P14,P13及びP16の4名で面談を実施するに至ったのは,亡P3が平成21年春夏面談で,P13との面談のみならず,P15とも6時間もの長時間にわたる面談をして,評価に納得しなかったことから,亡P3に納得してもらうため,関係者を全員出席させた上,本件会社として適切な対応をすべく4名で行ったものであり,そのような面談の趣旨に照らしても,退職を勧める意図がなかったことは明らかである。そして,そのような中で,P13が「お前にやらせる仕事はない」と言ったとは考え難く,結局,P13が同発言をしたと認めるに足りる証拠もない。
したがって,原告らの上記主張は採用できない。

(カ)

小括
以上検討したところによれば,亡P3はP17臨床心理士との面談,P15の対応,人事部と原告らとの面談及びその他の出来事において退職強要されたとは認められないものの,亡P3と人事部との間の面談において人事部から心理的負荷の強度が「強」となる退職強要をされていたことが認められる。
しかしながら,認定基準によれば,業務による心理的負荷の強度の判断に当たっては,精神障害発病前おおむね6か月の間に,対象疾病の発病に関与したと考えられる出来事が対象になるところ,人事部の退職強要は,平成22年7月頃に起きた出来事であり,これがさかのぼる同年6月頃に発症した適応障害に影響を与えていると認める特段の事情もうかがわれない。
そうすると,亡P3が適応障害を発症する前の6か月の間に,亡P3に強い心理的負荷を与える退職強要があったとは認められない。

配置転換
(ア)

原告らは,亡P3が平成21年10月に画素グループから回路グル
ープに異動したのであるから,項目21「配置転換があった」場合に当たる旨主張し,認定事実(5)アによれば,平成21年10月頃に画素グループから回路グループに異動になり,直属の上司がP13からP14に替わったことが認められる。
そこで検討すると,認定事実(4)アによれば,IS開発1課は,画素と回路のチームで同じプロジェクト開発を行っていたものの,亡P3が行った業務は,技術的には異なる内容であり,亡P3が対応することが容易ではないとうかがえるから,項目21「配置転換があった」に当たり,その心理的負荷の強度は平均的な心理的負荷の強度である「中」と認めるのが相当である。
(イ)

原告らは,亡P3が実質的な退職強要により異動させられ,異動先
では仕事がなく,将来に対して不安や焦りを感じさせられる部署であったことを考慮すれば,心理的負荷の強度は強く「強」と認められる旨主張する。
しかしながら,平成20年10月頃の異動時に,亡P3に対する退職強要がなかったことは上記イのとおりであるし,また,認定事実(5)ア及び(6)ウ(ア)によれば,IS開発1課におけるプロジェクトが平成22年を明けたあたりで終息するという見込みであったが,亡P3が学習しながら,P36とセンサー評価及びセンサーのパッケージ設計を行っており,認定事実(9)によれば,時間外労働も行っていたのであって,異動先で仕事がなかったとまではいえないから,原告らの上記主張は採用できない。
(ウ)

そうすると,亡P3には心理的負荷が「中」となる配置転換があっ
たことが認められるものの,同配置転換は平成21年10月の出来事であり,適応障害の発症より6か月以上も前の出来事であることから,かかる出来事が適応障害の発症の原因になっているとは認め難く,亡P3が適応障害を発症する前の6か月の間に,亡P3に心理的負荷を与える配置転換があったとは認められない。

仕事の量・質の変化(長時間労働)
(ア)

原告らは,平成21年5月17日から同年9月23日までの間に行
った時間外労働は項目15「仕事内容・仕事量の(大きな)変化を生じさせる出来事があった」場合に当たる旨主張し,認定事実(9)によれば,原告らの主張するような時間外労働の事実が認められる。
しかしながら,認定事実(4)アによれば,画素グループにおける亡P3の業務内容は,時期によって若干異なるものの,短期間で対応が困難なほど大きく変わったと認めるに足りる証拠はなく,そもそも「仕事内容・仕事量の(大きな)変化を生じさせる出来事があった」場合に当たるとは認められないし,また,適応障害の発症より,6か月以上も前の出来事であることから,かかる出来事が適応障害の発症の原因になっているとも認め難い。
(イ)

また,原告らは,労基法36条に定める時間外労使協定締結に当た
って上限を45時間とする旨を明確にし,医学的文献においても,平均残業時間が60時間以上になるとストレス強度が高くなり,睡眠時間も減少しストレス関連疾患の発症準備状態になるとされていることから,認定基準は過長な時間数を設定し,不当であり,亡P3にとっては認定基準の時間に満たなくとも,強い心理的負荷を与える長時間労働である旨主張するが,上記(ア)のとおり,原告らが主張する時間外労働時間は,適応障害の発症よりも6か月以上も前の出来事であることから,時間外労働時間が問題になるとはいえない。
(ウ)

したがって,長時間労働に関する原告らの主張は理由がない。

重度の病気やケガをしたこと
原告らは,亡P3が平成21年12月30日及び平成22年5月17日に本件第1,第2発作を起こしたことが,項目1「(重度の)病気やケガをした」場合に当たり,心理的負荷の強度は「強」である旨主張し,認定事実(6)ア及び同(7)アによれば,亡P3が上記のとおり2回にわたるけいれん発作を起こしたことが認められる。
しかしながら,認定事実(6)ア(ア),(イ),イ(ア)及び同(7)ア,イ(ア)によれば,本件第1,第2発作はいずれも,亡P3がもともと患っていたてんかんの症状としてけいれん発作が起こったものであり,一般にその発作についてある程度ストレス因が影響していることは否定できないものの,ストレス因が主要な原因でてんかんの症状としてけいれん発作を起こすという医学的な知見を認めるに足りる証拠はなく,また,認定事実(7)イ(ア)によれば,亡P3は第2発作の前日夕方頃にデパケンRの内服を忘れたことがけいれん発作の原因であると申告し,抗てんかん薬を服用し忘れたことが発作につながったとうかがえ,結局,これらの発作が業務上の原因に基づくものとは認め難い。また,仮に業務上の原因に基づきてんかんの症状としてけいれん発作を起こしたと認められる場合であっても,亡P3は,発作後数日入院した後まもなく仕事に復帰し,てんかんの症状については,エクセグランやデパケンRなどの抗てんかん薬によってある程度緩和することができるのであるから,長期間の入院を要することも,現職への復帰ができなくなるような後遺障害であるとも認めることはできず,亡P3に生じた心理的負荷の強度は,その病気の程度や経過などによれば,項目1「(重度の)病気やケガをした」場合のうち「中」程度にとどまるものと認めるのが相当である。

全体評価
(ア)

原告らは,亡P3について,平成20年10月以降,上司によるパ
ワハラが継続され,上司との折り合いが悪い状況が継続していたし,プロジェクトの終息に伴い,亡P3は平成21年10月に画素グループから回路グループに異動し,次の異動先や仕事が最後まで見つからず,臨床心理士及び人事部の面談など退職強要の状況が継続しているのであるから,死亡までの期間に起きた全ての出来事について評価すべきである旨主張する。
しかしながら,認定事実(5)アによれば,亡P3は平成21年10月頃に画素グループから回路グループに異動し,P13が直属の上司ではなくなり,この頃からは亡P3がP13との関係で心理的負荷を受けることは著しく激減したとみるべきであり,適応障害発症まで継続してされたとも認められないから,P13の言動により亡P3が適応障害を発症したとは認められない。また,上記イのとおり,本件会社として,亡P3に対して退職を求めることを決めたのは,平成22年7月頃であるから,一連の臨床心理士及び人事部との面談をすべて退職強要とみることもできない。したがって,この点に関する原告らの上記主張はいずれも採用できない。
(イ)

以上検討したところによれば,適応障害を発症する約6か月前以降
に存在した亡P3に心理的負荷を与えるような出来事は,P14及び関係者の亡P3に対する言動,けいれん発作であり,これらの出来事により生じた心理的負荷の程度はいずれも「中」で,これらを総合的に考慮しても「中」程度の心理的負荷を与えるにとどまると認めるのが相当であるから,適応障害の発病前おおむね6か月の間に業務による強い心理的負荷は認められない。
(2)

平成22年8月●●日頃に発症した軽症うつ病エピソードの業務起因性
について

上記(1)のとおり,平成22年6月頃に発症した適応障害に業務起因性は認められないところ,前記2に説示したとおり,この適応障害が増悪して,同年8月頃に軽症うつ病エピソードを発症していることが認められることから,前記3(3)で判示したとおり,亡P3の適応障害の状態が「症状がなく(寛解状態にあり),または安定していた状態で,通常の勤務を行っていた者」といえるか,あるいは,その軽症うつ病エピソードという増悪について,「特別な出来事」の有無,及び心理的負荷の度合いが「特別な出来事」に当たらないが強い心理的負荷と評価される複数の出来事の有無を検討することとする。
(ア)

亡P3は,適応障害を平成22年6月頃に発症した後,本件会社に
出勤し,産業医や人事部関係者との面談を行っており,産業医も体調的に落ち着いていると判断していることは認められるが,抗てんかん薬の服薬の関係からか疲れやすく頭が重くなるという訴えをしていることを併せ考慮すると,出勤状況や上記の産業医の判断をもって,適応障害の症状が改善し解消し,あるいは安定していた状態であることを推認するには足りないといわざるを得ず,また,そのような状態に至ったことを認めるに足りる証拠もない。かえって,職場環境が改善されないため,適応障害が持続し,悪化し,大うつ病エピソード等の診断基準を満たす状態となった可能性があるとするP25医師の指摘(甲30〔2頁〕)に鑑みると,亡P3は,適応障害の症状について,寛解状態ないし症状がない状態にあったとも,これに準ずるような安定していた状態にあったとも言い難い。
(イ)

そこで,「特別な出来事」としての強い心理的負荷があったと評価
される出来事があったことを基礎づける複数の出来事の有無についてみると,上記(1)アにおいて検討したとおり,同年7月頃から人事部による退職強要があるものの,その心理的負荷の程度は「特別な出来事」に当たらず「強」にとどまり,他に心理的負荷の程度が強い出来事を認めるに足りる証拠はないから,強い心理的負荷と評価される出来事が複数あるともいえない。
(ウ)a

この点,原告らは,本件会社は障害者雇用調整金の受給を受けて

いるにもかかわらず,脳腫瘍及び水頭症に伴う身体障害を抱えている亡P3を切り捨てる対応をし,実質的な退職強要を行ったのであるから,障害者の雇用の促進等に関する法律の趣旨に反した通常の退職強要より,一層悪質なものであり,亡P3に対して生じた心理的負荷は大きい旨主張する。
しかしながら,事業主の個別的な認識又は認識し得た事情が労災保険の給付を左右するとは解されないことは,前記3(2)イ(イ)のとおりであり,また,仮に本件会社につき同法の趣旨に反する退職強要をしたという悪質さがあるとしても,そのことが直ちに退職強要という行為の有する客観的な心理的負荷の強度を増大させるものとはいえず,本件会社による障害者雇用調整金の受給の有無も,亡P3が受けた心理的負荷に影響を与えるものとは考えられない。ここで,原告らは退職強要の程度が非常に強かった旨の主張をする趣旨であるとも解しても,これが「特別な出来事」としての強い心理的負荷があったと評価される出来事があったことを基礎づける出来事に比肩する程度を基礎づける事象になるものとは認めることはできない。
したがって,原告らの上記主張は採用できない。

また,原告らは,本件会社が亡P3に対して平成21年3月5日に告示された「障害者雇用対策基本方針」で「障害者が職場に適応し,その有する能力を最大限に発揮することができるよう,職場内の意識啓発を通じ,事業主自身はもとより職場全体の,障害及び障害者についての理解を深める」とする方針に反したことを求めており,亡P3に大きな心理的負荷を与えた旨主張するが,上記(ア)において説示したと同様に,本件会社が障害者雇用対策基本方針に反する行動をとったとしても,退職強要の程度の評価としては上記(1)のとおり「強」にとどまるのであるから,これにより「特別な出来事」としての強い心理的負荷があったと評価される出来事があったことを基礎づける出来事に当たるとは認められない。
したがって,原告らの上記主張は採用できない。

(エ)

そうすると,軽症うつ病エピソード発病について,「特別な出来事」
としての強い心理的負荷があったと評価される出来事があったことを基礎づける複数の出来事も認められず,本件では,平成22年6月頃に業務上の原因とは認められない適応障害を発症し,亡P3が精神的に脆弱な状態であったところに退職強要を受け,同年8月頃に軽症うつ病エピソードを発症したとみるのが相当であり,同発症については業務起因性を認めることはできない。

また,仮に,原告らの主張を踏まえて,精神障害悪化の場合に係る認定基準を離れ,当該業務上の心理的負荷の程度,業務外の心理的負荷の有無・程度,個体側の要因等を総合的に検討するとしても,適応障害発病後における退職強要の心理的負荷の程度は「強」であり,それ自体が業務に内在する危険の現実化として平均的労働者に精神障害を発症させる可能性のあった出来事であるが,事実経過等(6)キ(エ)によれば,亡P3は平成22年4月頃に業務とは関係なく生じた認知の偏りがあって,物事をすべて被害的に,嫌がらせと受け止める傾向があることが確認されており(認定事実(6)キ(エ),甲30),これに加えて同年6月に発症した適応障害の症状が治まって安定的な状態となっていたとは認めるに足りない状況にあったこと(認定事実(7)エ(イ),前記2(4))からすれば,軽症うつ病エピソードの発症には,亡P3の個体側の要因が相当程度寄与していたことがうかがえるのであり,前記(1)イ(イ)の説示に係る退職強要という出来事が,亡P3の抱える個人的な脆弱性によってではなく業務に内在する危険性をもって軽症うつ病エピソードの発症を惹起したといえる程度の客観的な危険性を有していたとは認めるに足りず,結局,亡P3が発症した軽症うつ病エピソードの業務起因性を認めることはできない。
そうすると,亡P3の軽症うつ病エピソードは,労基則別表第1の2第9号所定の「人の生命にかかわる事故への遭遇その他心理的に過度の負担を与える事象を伴う業務による精神及び行動の障害又はこれに付随する疾病」とは認められない。
(3)

以上検討したところによれば,亡P3の精神障害(適応障害及び軽症う
つ病エピソード)の発病及びその後の自殺について業務起因性を認めることはできない。
第4

結語
したがって,原告らに対する遺族補償給付及び葬祭料の支給をしない旨の本件各処分はいずれも適法であり,原告らの請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第11部

佐々木


裁判官

髙田
美紗子

裁判官

大橋勇
裁判長裁判官

啓也
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