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被保険者資格確認請求却下処分取消請求事件
事件番号平成26(行ウ)363
事件名被保険者資格確認請求却下処分取消請求事件
裁判年月日平成28年11月1日
法廷名東京地方裁判所
判示事項会社の代表取締役の権利義務を喪失した後も会社の業務に従事していた者につき,健康保険法3条1項及び厚生年金保険法9条にいう「事業所に使用される者」に当たるとされた事例
裁判要旨会社の代表取締役の権利義務を喪失した後も会社の業務に従事していた者につき,健康保険法3条1項及び厚生年金保険法9条にいう「事業所に使用される者」とは,当該者が事業所の事業主の管理下において,事業主のために労務を提供し,その対価として事業主から一定の報酬の支払を受け,又は支払を受けることができるという事実上の使用関係があれば足りるとした上で,会社の代表取締役の権利義務を喪失した後もそれまでと同様に対内的及び対外的に代表取締役の名義で会社の業務を行い,会社としても当該者が業務を行ってきたことに対して報酬を支払う旨合意したほか,会社において当該者による業務遂行を排除することもできたという事情の下において,当該者は,上記権利義務を喪失した後も会社と事実上の使用関係にあり,「事業所に使用される者」に当たるとされた事例
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平成28年11月1日判決言渡
平成26年(行ウ)第363号

被保険者資格確認請求却下処分取消請求事件

主1文
被告が平成24年7月24日付けで原告に対してした原告の厚生年金保険及び健康保険被保険者資格確認請求を却下する旨の処分を取り消す。
2
訴訟費用は被告の負担とする。

第1

実及び理由
請求
主文同旨

第2

事案の概要
本件は,平成23年3月31日まで三界商事株式会社(以下「本件会社」とい
う。)の代表取締役又はその権利義務を有していた原告が,同権利義務(取締役としての権利義務を含む。)を喪失した後の同年4月1日から平成24年1月31日までの間も本件会社の業務に従事していたにもかかわらず,被告から本件会社に対して平成23年4月1日に本件会社を適用事業所とする健康保険及び厚生年金保険の被保険者資格(以下,原告の同被保険者資格を「本件被保険者資格」という。)を喪失したことを確認した旨の通知がされるなどしたため,被告に対して,平成24年1月31日まで本件被保険者資格を有していたことの確認を請求した(以下,この請求を「本件請求」という。)ところ,被告から同請求を却下するとの処分(以下「本件却下処分」という。)を受けたため,本件却下処分の取消しを求める事案である。
1
関係法令の定め
(1)健康保険及び厚生年金保険の被保険者資格
健康保険法3条3項及び厚生年金保険法6条1項所定の適用事業所に使用される者(厚生年金保険については70歳未満の者に限られる。)は,健康保険及び厚生年金保険の被保険者とされる(健康保険法3条1項本文,厚生年金保険法9条)。
(2)被保険者資格の取得及び喪失の時期

適用事業所に使用される健康保険及び厚生年金保険の被保険者は,適用事業所に使用されるに至った日又はその使用される事業所が適用事業所となった日などに,被保険者資格を取得する(健康保険法35条,厚生年金保険法13条1項)。


健康保険及び厚生年金保険の被保険者は,被保険者が死亡した日,適用事業所に使用されなくなった日などの翌日に,被保険者の資格を喪失する(健康保険法36条,平成24年法律第63号による改正前の厚生年金保険法14条)。

(3)被保険者資格の取得,喪失等に関する事項の届出
適用事業所の事業主は,厚生労働省令で定めるところにより,本件被保険者資格の取得及び喪失並びに報酬月額及び賞与額に関する事項を厚生労働大臣に届け出なければならない
(健康保険法48条,
厚生年金保険法27条
(平
成25年法律第63号による改正前のもの及び平成23年法律第93号による改正前のもの))。
(4)被保険者資格の得喪の確認

被保険者資格の取得及び喪失は,厚生労働大臣の確認によって,その効力を生ずる(健康保険法39条1項,厚生年金保険法18条1項)。

厚生労働大臣の上記アの確認は,上記(3)の適用事業所の届出若しくは
後記(5)の被保険者の請求,
又は職権で行うものとする
(健康保険法39条
2項,厚生年金保険法18条2項)。
(5)被保険者資格の得喪の確認の請求

健康保険及び厚生年金保険の被保険者又は被保険者であった者は,いつでも,
厚生労働大臣に対し,
上記(4)の被保険者資格の取得及び喪失の確認
を請求することができる(健康保険法51条1項,厚生年金保険法31条1項)。

厚生労働大臣は,上記アの確認の請求があった場合において,その請求に係る事実がないと認めるときは,その請求を却下しなければならない(健康保険法51条2項,厚生年金保険法31条2項)。

(6)被告への厚生労働大臣の権限に係る事務の委任
厚生労働大臣の権限に係る前記(4)の被保険者資格の得喪の確認及び上記(5)の被保険者資格の得喪の確認の請求の受理及び却下の事務は,被告に行わ
せるものとする(健康保険法204条1項4号,10号,厚生年金保険法100条の4第1項3号,9号)。
2
前提事実
(1)ア

原告は,
平成10年5月6日に本件会社の代表取締役に就任し,
平成2

2年3月31日まで本件会社の代表取締役を務め,その任期が満了した同年4月1日から平成23年3月31日までは代表取締役の権利義務を有する者として本件会社の業務を行っていた者であり,同日に本件会社の株主総会において新たな取締役が選任されたことにより,その権利義務を失った。
なお,本件会社は,不動産の賃貸借及び管理等を目的とする株式会社であるが,原告が本件会社の代表取締役としての権利義務を失った日以降の平成23年4月1日から同年●●月●●日まではA(同日死亡。),平成24年1月30日以降はBが,それぞれ代表取締役を務めている。(甲28・1頁,乙4の2,乙5の2)

被告は,厚生労働大臣の監督の下に,国が管掌する厚生年金保険事業に関する業務等を行う法人である。

(2)本件会社は,平成24年2月8日,被告に対し,資格喪失年月日を平成23年4月1日とする本件被保険者資格の喪失届を提出した(甲21)。(3)被告は,平成24年2月10日付けで,資格喪失年月日を平成23年4月1日として,原告が本件被保険者資格を喪失したことを確認した旨の処分をした(甲1)。
(4)原告は,平成24年3月21日,被告に対し,本件会社において被保険者であった期間が平成11年3月1日から平成24年1月31日までである旨の確認を請求した(本件請求。乙3)。
(5)被告は,平成24年7月24日付けで,本件請求に係る事実がないと認めたとして,本件請求を却下する旨の処分(本件却下処分)をした(甲2)。(6)原告は,平成24年9月20日,本件却下処分を不服として,関東信越厚生局社会保険審査官に対し,審査請求をしたが,同審査官は,平成25年4月22日付けで,原告の審査請求を棄却する旨の決定をした(甲5)。(7)原告は,平成25年6月20日,上記(6)の決定を不服として,社会保険審査会に対し,再審査請求をしたが,社会保険審査会は,平成26年1月31日付けで,同再審査請求を棄却する旨の裁決をし,原告は,同年2月3日,同裁決書謄本を受領した(甲6)。
(8)原告は,平成26年8月1日,本件訴訟を提起した。
3
主たる争点
本件の主たる争点は,本件会社と原告とは,平成23年4月1日から平成24年1月31日までの間,事実上の使用関係にあったか否か(同期間の本件被保険者資格の有無)である。
(原告の主張)
(1)原告は,平成23年3月31日をもって代表取締役の権利義務を有する者としての地位を退いたが,同年4月1日,C弁護士から「Aらでは会社を運営できない。あなたに全て任せる。」と言われたため,C弁護士に報酬はどうなるのか尋ねると,C弁護士から「今までどおりでやってくれ。」などと言われた。なお,C弁護士は,Aの代理人として,Aの意向を受けて本件会社の業務を行っており,C弁護士が原告に本件会社の業務を引き続き行わせたことは,本件会社の当時の代表取締役であったAの意思に基づくものである。したがって,原告と本件会社との間で,報酬をそれまでと同額の月額75万円として,原告が本件会社の業務を行うとする委任契約が成立したものである。
(2)原告は,平成23年4月1日から平成24年1月31日まで,上記委任契約に基づいて本件会社の業務を行っていたものであり,原告が行っていた業務の内容は,原告が平成23年3月31日まで本件会社の代表取締役あるいはその権利義務を有する者として行ってきた業務の内容と同様であって,同年4月1日から平成24年1月31日までの原告の地位は本件会社の取締役の立場に準じたものであったといえる。
また,原告は,平成23年4月1日以降,本件会社の業務を行うに当たって,自らが本件会社の代表取締役の権利義務を有する者ではなくなったこともあり,他の役員に対して自らが行った業務を報告していたほか,重要事項を決定する場面においては他の役員にその内容を知らせるなどして,自らが決定することは避けていたのであり,原告は,本件会社の人事管理下で本件会社の業務を行っていた。
(3)したがって,原告は,平成23年4月1日から平成24年1月31日までの間,適用事業所である本件会社に使用されていた者に当たり,同期間について本件被保険者資格を有していたものである。
(被告の主張)
(1)適用事業所に使用される者とは,従業員が事実として労務を提供し,これに対して事業主が一定の報酬を支払う事実上の使用関係があれば足りると解されるところ,事実上の使用関係の認定判断は,雇用契約あるいは委任契約等の名目にかかわらず,実態としての指揮監督,労務の提供及びその対償としての報酬の支払等の関係の存在を基準として判断されるものである。(2)被告は,本件請求を受けて,原告及び本件会社から提出された書類等に基づき調査を行ったが,本件会社から提出を受けた労働者名簿,出勤簿等からは,原告が本件会社の指揮監督下にあって,労務を提供している事実を確認することができなかった。また,本件会社から提出を受けた平成23年の賃金台帳にも,同年4月1日以降に本件会社から原告に対して給料等の支払がされているとの記載はなかったし,平成24年3月26日に開催された本件会社の取締役会においても,原告の給料及び退職金を0円とすることが決議されている。そのほか,本件会社の事業主(代表取締役)であるBも,被告による聞き取り調査において,平成23年4月1日以降,原告を本件会社に雇い入れた事実はなく,報酬も支払っていないと述べている。
(3)このような被告の調査あるいは本件訴訟における各証拠によっても,平成23年4月1日以降につき,原告と本件会社との間において,事実上の使用関係があったことを示すものはなく,原告は,同日,本件被保険者資格を喪失したというべきである。
第3
1
当裁判所の判断
認定事実
(1)平成23年3月31日に本件会社における新たな取締役が選任されるまでの経緯

原告は,平成10年5月6日に本件会社の代表取締役に就任し,平成22年3月31日まで本件会社の代表取締役を務めていたが,
本件会社には,
従業員もおらず,AやBが本件会社の業務には関わっていなかったため,原告が一人で本件会社の業務を行ってきた(甲28・1頁,B4頁)。

平成22年3月31日,原告を含め本件会社の取締役全員の任期が満了したが,本件会社の取締役全員の任期満了に至っても新たな取締役が選任されなかったことから,原告は,同年4月1日以降も代表取締役の権利義務を有する者として本件会社の業務を行っていた(甲28・1頁,乙3の2,乙4の2,乙5の2)。

本件会社の取締役会が平成23年3月10日に開催されたが,同取締役会においては,同月31日に開催予定の株主総会の議題に関する話合いがされ,その議題のうち,任期満了に伴う本件会社の新たな取締役選任に係る議題について,Aの代理人であるC弁護士及びBから同株主総会までに取締役候補者を提案することが決定された(甲27,29,30,34,乙3の2)。
なお,上記取締役会において,C弁護士からは,A,原告及びBを取締役候補者,C弁護士を監査役候補者とする旨の提案がされたが,原告は,取締役の報酬額や業務内容が明確にされなかったことなどから,取締役に就任する意思がない旨述べた(甲28・2頁,甲34・2頁,B14頁,原告3頁)。


上記ウの取締役会の後,原告は,C弁護士から,A及びB名義の平成23年3月14日付け「三界商事株式会社株主総会の役員改選候補推薦の件」と題する書面を受領したが,
その内容は,原告及びBを取締役候補者,
A,
C弁護士を監査役候補者とするものであり,原告は,C弁護士に架電し,取締役に就任する意思がないことを伝えた(甲28・2~3頁,甲31,34・3頁,原告3~4頁)。


その後,原告は,C弁護士から,A及びB名義の平成23年3月22日付け「三界商事株式会社株主総会の役員改選候補推薦の件」と題する書面を受領したが,その内容は,A,原告,B及びC弁護士を取締役候補者とするものであり,原告は,C弁護士に架電し,取締役に就任する意思がないことを改めて伝えた(甲28・2~3頁,甲32,34・3頁,原告4頁)。


本件会社の株主総会が平成23年3月31日に開催されたが,同株主総会において,任期満了に伴う新たな取締役選任に係る議案として,A,原告,
B及びC弁護士を取締役候補者とする提案の審議が行われた。
原告は,
同審議において,「取締役就任の条件が全く提示されておらず,取締役を受ける状況下にない。」と述べ,自身の取締役就任を固辞したため,A,B及びC弁護士を本件会社の取締役に選任する旨の決議がされ,原告は,本件会社の代表取締役の権利義務を有する者ではなくなった。
(乙3の2,
原告6頁)
なお,その後,Aが,平成23年4月1日以降の代表取締役に選任されているが,C弁護士も,AやBの相談あるいは依頼を受けるなどし,本件会社の取締役として,AやBの意向に沿うように,その職務を行っていた(B2頁,10頁)。
(2)本件会社の業務に係る引継ぎ等について

前記(1)カの株主総会の終了後,
C弁護士から原告に対し,
本件会社の業
務について引継ぎをお願いしたいとの申出があり,原告としては,それまで本件会社の業務を原告が全て行ってきたことから,本件会社における不動産業務,経理業務など会社経営の知識等を基礎から引き継ぐ必要があると考え,引継ぎにはかなりの時間を要することを伝えるなどし,本件会社の業務の引継ぎを行うことを承諾した
(甲7,
甲28・4~5頁,
B6頁)



その後,原告とA,B及びC弁護士とは,平成23年4月1日から同年12月2日までの間,本件会社の業務の引継ぎを行うため,本件会社の事務所あるいは弁護士会館において直接会って何度か話をしたり,電話をして話をしたりしているが,
同日までに引継ぎが完了することはなかった
(甲
7,28・9頁,B6~7頁,24~25頁)。


なお,原告は,A,B及びC弁護士と共に,平成23年4月13日に本件会社と取引関係にある城北信用金庫D支店を,同月19日に本件会社と取引関係にあるみずほ銀行E支所,三菱東京UFJ銀行F支店及び北区役所を,それぞれ訪れて,本件会社の代表者が変更になった旨の挨拶をした(甲7,甲28・9~10頁,B7頁)。
また,原告は,平成23年7月7日,C弁護士の知り合いの司法書士であるGに依頼し,同人を本件会社の代理人として,代表取締役を原告からAに変更する旨の登記申請をし,同日,その旨の登記がされた(甲17~20,乙5の2,B20頁,原告8頁)。

本件会社の新たな監査役選任を目的として,本件会社の株主総会が平成23年11月21日に開催されたが,同株主総会においては,本件会社の業務等の引継ぎも話題とされ,原告は,再三にわたりBあるいはC弁護士などに対して本件会社の業務等の引継ぎを行い,本件会社の事務所の鍵や代表者印等も受領して欲しいと言ってきたが,BやC弁護士が引継ぎを受けようとしなかったなどと述べる一方,C弁護士は,原告に本件会社の業務等の引継ぎをお願いしても,原告が,なんだかんだと言って,なかなか引継ぎをしてくれないと述べるなどし,本件会社の業務等の引継ぎに関する意見に齟齬が見られたが,最終的には,原告において,速やかに本件会社の事務所の鍵や代表者印等を引き渡すことが確認された(甲25の1・2,乙7の2)。


原告は,平成23年12月2日,特に問題なく,Bに対して本件会社の事務所及び金庫の鍵,
代表者印等を引き渡した
(甲23,
甲28・18頁,
B6頁)。

(3)平成23年4月1日以降の本件会社の業務等について

原告は,本件会社の代表取締役の権利義務を有しなくなった平成23年4月1日以降も,本件会社が賃貸人となっている建物賃貸借契約の更新や本件会社が所有する不動産(賃貸物件)の清掃並びに設備の工事や点検等を他社に依頼するなど,それまでと同様に本件会社の業務を行い,「三界商事株式会社

代表取締役

H」の名義で小切手を振り出すこともしてい

た(甲8~16,28・11~16頁)。
もっとも,平成23年4月1日以降,原告に対して,上記業務に係る報酬が現実に支払われたことはない(B3頁,原告13頁)。

平成23年11月21日に開催された前記(2)エの株主総会においては,原告がそれまで行ってきた本件会社の業務に対する報酬の点も話題とされ,C弁護士は「Hさんがね,ず~っとやってくださってますので,それはわれわれは,
報酬は,
その間の報酬は支払うと。
それもね,
経緯もでも,
いくらか分かりませんので,支払いようがないですが,まぁそれは私たちの方で適当に支払わせていただきます。」,「Hさんが4月から今までやってますその報酬も,すべて取締役会が決めるもので,申し訳ないんですけど一任させていただきます。」などと述べているが,そのC弁護士の発言自体に対して,
Bから特段の異論は述べられていない
(甲25の1・2)



本件会社の株主総会が平成24年1月ないし3月頃に開催されたが,同株主総会において,原告が平成23年4月1日以降も同年12月2日まで本件会社の業務を行ってきたことに対する給料及び退職金については,本件会社の平成23年の決算報告書が作成された後に決定することで取締役会に一任する旨の決議がされた。
また,本件会社の取締役会が平成24年1月30日に開催されたが,同取締役会において,原告に対する給料及び退職金については,本件会社の平成23年の決算報告書が作成されてから決定する旨の決議がされた。(乙8)


本件会社の取締役会が平成24年3月26日に開催されたが,同取締役会において,平成23年12月2日に原告から引き継いだ際に帳簿上は存在していた現金1222万9043円につき,平成22年12月31日時点でその残高が0円となっていたところ,原告から当該現金が引き渡されていないこと,りそな銀行I支店の定期預金の残高が同日時点で0円になっていたこと,平成11年及び平成12年に仕入れた棚卸資産としての在庫がなくなっており,原告から引渡しもなく,在庫が確認できないことなどの事由から,原告の平成23年4月1日から同年12月2日までの給料及び退職金はいずれも0円とすることが決定された(甲24,乙3の4,乙8)。
(4)本件被保険者資格の喪失等

本件会社の代表取締役であったAは,
平成23年●●月●●日に死亡し,
Bが,平成24年1月30日に本件会社の代表取締役に就任した(乙5の2)。


本件会社は,平成24年2月8日,被告に対し,Aを代表者として,健康保険・厚生年金保険事業所関係変更(訂正)届(処理票)を提出し,代表者が原告からAに変更となった旨の届出をするとともに,資格喪失年月日を平成23年4月1日とする本件被保険者資格に係る喪失届を提出した(甲21,乙4の1)。


本件会社は,平成24年3月2日,健康保険・厚生年金保険事業所関係変更(訂正)届(処理票)を提出し,代表者がAからBに変更となった旨の届出をした(乙5の1)。

(5)事実認定の補足説明

原告は,平成23年4月1日,C弁護士から「Aたちでは会社を運営できない。あなたに全て任せる」と言われたため,原告が,報酬額が決まらなければ会社業務を行えないこと,取締役のときの報酬が月額75万円であったことを伝えると「それでいい。」と言われたほか,代表者印と社判の使用についてもC弁護士の了解を得たとする(甲28・5~7頁,13頁,原告11頁,25~26頁)。
しかしながら,この点を裏付ける的確な証拠はないことのほか,原告の主張等によれば,原告としては,平成23年4月1日にC弁護士らに対して本件会社の業務を引き継ぐことを意図していたところ,突然,それを反故にされ,原告において引き続き業務を行うことを任されるなどしたというのであるから,上記事実は,原告にとって極めて重大な出来事であるにもかかわらず,原告作成の備忘録(甲7)に同日の出来事は一切記載されていないし,備忘録に記載されていないことに対する原告の説明(原告31~32頁)も曖昧であって,合理的な説明がされているとはいい難い。このことに加え,上記事実が存在するのであれば,平成23年11月21日の株主総会において原告から話があってしかるべきであるが,原告がその事実に言及した様子はうかがわれないことからすれば,同年4月1日における原告とC弁護士との間でのやり取りに関する上記原告の供述等は信用することができない。

また,原告は,平成23年4月1日以降,本件会社の業務を行うに当たり,会社の意思決定に関する業務は,逐一C弁護士に確認を取って,業務を行っていたと陳述する(甲28・12頁)。
しかし,上記陳述を裏付ける的確な証拠はなく,また,上記アに説示したとおり,原告がC弁護士の了解を得て,代表者印や社判を使用していたとの供述等が信用できないことに鑑みれば,C弁護士に確認を取っていたとする原告の上記陳述も直ちに信用することはできない。


原告は,平成23年7月7日の本件会社の代表取締役の変更登記の申請に当たり,本件会社の代表者印をAにいったん返還して,A自身に委任状(甲18)及び印鑑(改印)届書(甲19)に押印させており,Aによる押印後,Aから同代表者印が原告に返還されたと供述する(原告9~10頁)。
しかし,上記変更登記の申請の約4か月後の平成23年11月21日に開催された株主総会においては,代表者印の返還もないことをめぐって原告とC弁護士との間で対立しているのであって(甲25の1・2),原告の上記供述を裏付ける的確な証拠もない以上,原告の供述を直ちに信用することはできない。

その他,原告は,平成24年1月30日に開催された本件会社の株主総会において,
本件会社の監査役であったJが
「報酬は支払われていないが,
事業主負担分の保険料が支払われているからよいではないか。」と発言していたと陳述するが(甲28・19頁),同陳述は,これを裏付ける的確な証拠はなく,直ちに信用することはできない。

2
検討
(1)健康保険法又は厚生年金保険法の被保険者としては,当該者が「事業所に使用される者」であることが必要であるところ(健康保険法3条1項柱書,厚生年金保険法9条)「事業所に使用される者」

であるか否かについては,
当該者と事業所との間に何らかの労働契約あるいは雇用契約が存在することを要するわけではなく,当該者が事業所の事業主の管理下において,事業主のために労務を提供し,
その対価として事業主から一定の報酬の支払を受け,
又は支払を受けることができるという事実上の使用関係があれば足りるものと解される。
(2)ア

本件では,確かに,原告が,本件会社の業務を行うに当たって,原告と
本件会社との間で,明確な契約等が存在したものではなく,BあるいはC弁護士が原告からの本件会社の業務の引継ぎに対する不満を抱き,原告が同日以降も本件会社の業務を行うことを快く感じていなかったということは否定できない。
しかしながら,原告からの本件会社の業務の引継ぎが円滑に行われなかったことによるものであるとしても,
原告は,
平成23年4月1日以降も,
それまでと同様に対内的及び対外的に代表取締役の名義で本件会社の業務を行ってきているところ,これは単なる残務処理や引継ぎなどとは異なるものであって,C弁護士も平成23年11月21日の株主総会においてこれに対し報酬を支払うことに言及していたものである。そして,C弁護士は,上記株主総会において,その額(結果として0円とするかどうかも含めて)は別にして,原告に対する報酬の支払を断定的に明言しており,それ自体にはBからも異論が述べられていないことからすると,原告のみならず,BあるいはC弁護士としても,消極的にではあるにせよ,原告が同年3月31日までと同様に本件会社の業務を行ってきたことを容認し,それに対し報酬を支払うべきことについては認識を共通にしていたといえ,これにC弁護士がAの意向に沿うように本件会社の取締役としての職務を行っていたこと(認定事実(1)カ)なども併せ鑑みると,本件会社としてその旨原告と合意していたものと解するのが相当である。このことに加え,原告は,平成23年4月1日以降につき本件会社の取締役になることを固辞し,同月13日及び19日には,A,B及びC弁護士と共に,取引先である銀行等へ代表者変更の挨拶にも赴いていることからすれば,原告としては,同月1日以降は本件会社の業務を行うことは予定しておらず,本件会社の業務を引き継ぐ意思を有していたと認めるのが相当であり,原告が,同月1日以降も本件会社の業務を引き続き行っていたのは,かかる引継ぎを行う意思を持ちつつも,本件会社の業務の引継ぎが円滑に進まなかったためにすぎないというべきである。そして,平成23年11月21日の株主総会において,原告に対する報酬の支払に言及したC弁護士の発言内容等にも鑑みると,原告が行ってきた業務内容自体がBあるいはC弁護士などの意向に沿わないものであったというわけではないというべきであり,他方で,原告が行う本件会社の業務内容に不満があったのであれば,現に,平成23年11月21日の株主総会において原告とC弁護士などとがその引継ぎに係る一定のやり取りを経ることにより,その場で本件会社の鍵等の返還の合意に至り,同年12月2日には原告がBに対して本件会社の事務所の鍵等を引き渡すに至ったことからも明らかなとおり,BあるいはC弁護士などとしては,原告が本件会社の業務を行う状態を排除することも十分に可能であったのである。このように,飽くまで,原告としては,本件会社の業務を引き継ぐという意思の下,それまでと変わらぬ態様で本件会社の業務を行ってきたにすぎず,BあるいはC弁護士らも,原告による本件会社の業務遂行を排除できた状況にあったことなどからすれば,原告は,なお本件会社の管理下において,本件会社の業務を行ってきたものと評価することができる。
したがって,原告と本件会社とは,平成23年4月1日以降も事実上の使用関係にあったというべきである。

もっとも,原告は,平成23年12月2日にBに対して本件会社の事務所の鍵等を引き渡した後である同月3日から平成24年1月31日までも本件会社の業務を行っており,その間も原告は本件会社と事実上の使用関係にあったと主張等するが(原告29~31頁),平成23年12月3日以降も原告が本件会社の業務を行ってきたことやその業務の態様については,
これを裏付ける的確な証拠はないし,
認定事実(3)ウ及びエのとお
り,同月2日までの報酬及び退職金に関して決議されていることなどにも鑑みると,BあるいはC弁護士などとしては,本件会社の鍵等の引渡しにより本件会社の業務の引継ぎが完了したという認識であったといえ(B6頁),それ以後も原告に対して報酬を支払うということまでの認識があったとは認められない。
したがって,平成23年12月3日以降については,原告と本件会社とが事実上の使用関係にあったとまでは認められない。


以上のとおり,原告は,平成23年4月1日から同年12月2日までについては,原告と本件会社との間に事実上の使用関係は認められ,上記期間については,
原告は,
本件被保険者資格を有していたというべきである。

(3)ア

これに対し,Bは,平成23年4月1日以降につき,この間における行
為は,全て原告の独断で行われたものであるし,原告は,本件会社の業務の引継ぎの引き延ばしを図り,本件会社を不法占拠していたものであって,原告が本件会社のために労務を提供していた事実はないとする(乙15・2頁,B2頁,6頁,9頁,25頁)。
しかし,上記(2)アに説示したとおり,原告は,平成23年4月1日以降も本件会社の取締役になることを固辞し,
同月13日及び19日には,
A,
B及びC弁護士と共に,取引先である関係銀行等へ代表者変更の挨拶にも赴いていることからすれば,原告としては,同月1日以降も本件会社の業務を行うことは予定しておらず,その引継ぎをする意思もあったものというべきであって,同月1日以降の業務内容も,それまで原告が本件会社の代表取締役として行ってきた業務と同様のものであることからすると,原告が同日以降行った本件会社の業務について,本件会社のために行ったものではないとまで評価することはできない。

また,原告の平成23年4月1日以降の業務に係る報酬は,平成24年3月26日の取締役会で0円とされているが,そこではそもそも原告と本件会社との間で報酬を発生させ得る何らの法律関係も形成されていないという事情は理由とされておらず,帳簿上の現金及び定期預金がなくなっていたことや棚卸資産としての在庫が確認できないなど,一種の相殺的な事情が考慮されているのであって,そうした相殺的な事情等が考慮された結果,原告に対して支払う報酬を0円とすることが決議されたにすぎず,報酬債権の発生自体が根底から否定されているわけではないことからすれば,
原告に報酬が支払われていないことをもって,
前記(2)の判断は左右
されない。


さらに,被告は,平成23年4月1日以降の原告による業務は,同年3月31日まで行ってきた業務の残務整理又は事務引継にすぎないとも主張するが,原告が,当該業務を行ってきた期間あるいはその内容に照らせば,残務整理あるいは事務引継と評価することはできない。

3
なお,被告は,本件却下処分が「解雇の効力につき係争中の場合における健康保険等の取扱いついて」(昭和25年10月9日保発第68号厚生省保険局長通知)(乙10)に従ったものであるなどとして,これを理由にあたかも本件却下処分が適法であるかのように主張するが,上記通知は,飽くまで使用関係の存否に争いがある場合における被保険者資格に係る当面の取扱いに関して述べたものにすぎず,使用関係の存否をその争点として,処分の効力が直接訴訟で争われている場合の処分の適法性まで基礎付けるものではなく,上記通知をもってして本件却下処分が適法であるとはいえない。
第4

結論
以上によれば,原告のその余の主張について判断するまでもなく,平成23年
4月1日から同年12月2日までの原告の本件被保険者資格についても,その事実がないものと認めた本件却下処分は違法である。
よって,本件却下処分の取消しを求める原告の請求は理由があるからこれを認容することとし,主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第2部

裁判長裁判官


裁判官


裁判官

池俊之藤充洋田好英
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