判例検索β > 平成28年(行ケ)第10146号
審決取消請求事件 特許権 行政訴訟
事件番号平成28(行ケ)10146
事件名審決取消請求事件
裁判年月日平成29年7月12日
法廷名知的財産高等裁判所
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平成29年7月12日判決言渡
平成28年(行ケ)第10146号
口頭弁論終結日

審決取消請求事件

平成29年4月10日

判原決告X
訴訟代理人弁理士

一入章夫
復代理人弁理士

金子真紀被
シアトル


ジェネティクス,

インコーポレーテッド

訴訟代理人弁護士

夫口尚幸藤誠平木祐藤田菊田尚子鶴田聡子平松千春植1和齋主井橋弁理士

増田文
原告の請求を棄却する。

二郎輔節渉2
訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1

当事者の求めた裁判

特許庁が無効2015-800102号事件について平成28年5月17日にした審決を取り消す。

第2

事案の概要

本件は,特許無効審判請求を不成立とした審決の取消訴訟であり,争点は,①進歩性の判断の当否
(相違点の容易想到性の判断の誤り)②実施可能要件に関する判,
断の適否及び③サポート要件に関する判断の適否である。1
特許庁における手続の経緯

被告は,名称を「低いコアフコシル化を有する抗体及び抗体誘導体を調製するための方法並びに組成物」とする発明につき,平成21年5月1日を国際出願日とする特許出願
(特願2011-507698号)(パリ条約による優先権主張
をし


成20年5月2日(以下「本件優先日」という。・米国,平成20年8月28日・)
米国,平成20年10月21日・米国。国際公開・WO2009/135181,国内公表・特表2011-519567)
,平成26年10月3日,設定登録を受け

(甲21。
特許第5624535号。
請求項の数24。「本件特許」
以下
という。。

原告は,平成27年3月31日,本件特許の請求項1~24に係る発明について特許無効審判請求(無効2015-800102号)をしたところ,特許庁は,平成28年5月17日,
「本件審判の請求は,成り立たない。
」との審決をし,その謄
本は,同月26日,原告に送達された。

2
特許請求の範囲の記載

本件特許の特許請求の範囲の記載は,以下のとおりである(甲21。以下,それ
ぞれの請求項に記載の発明を,請求項の番号を付して「本件発明1」等といい,本件発明1~24を併せて「本件発明」という。また,本件特許に係る明細書及び図面を「本件明細書」という。。

【請求項1】
低いコアフコシル化を有する修飾抗体又は抗体誘導体を製造する方法であって,糖鎖の還元末端のN-アセチルグルコサミンを介してFcドメインに結合した少なくとも一つの複合N-グリコシド結合糖鎖を有するFcドメインを有する抗体又は抗体誘導体を発現する宿主細胞を有効量のフコース類似体を含む培地中で適切な成長条件下で培養する段階,及び
前記抗体又は抗体誘導体を細胞から分離する段階を含み,
ここで,前記フコース類似体が以下の式(III)又は(IV)の一つ【化1】

(III)

(IV)

或いはその生物学的に許容される塩又は溶媒和物からなる群から選択され,式(III)又は(IV)のそれぞれは,アルファ若しくはベータアノマー又は対応するアルドース形であってよく,
R1~R4のそれぞれは,
フルオロ,
クロロ,
-OH,
-OC
(O)-OC
H,
(O)
C1~C10アルキル,-OC(O)C2~C10アルケニル,-OC(O)C2~C10アルキニル,-OC(O)アリール,-OC(O)複素環,-OC(O)C1~C10
アルキレン(アリール)
,-OC(O)C2~C10アルケニレン(アリール)
,-O

C(O)C2~C10アルキニル(アリール)
,-OC(O)C1~C10アルキレン複
素環,-OC(O)C2~C10アルケニレン(複素環)
,-OC(O)C2~C10ア
ルキニル複素環,-OCH2OC(O)アルキル,-OCH2OC(O)Oアルキル,-OCH2OC(O)アリール,-OCH2OC(O)Oアリール,-OC(O)CH2O(CH2CH2O)nCH3,-OC(O)CH2CH2O(CH2CH2O)nCH3,-O-tri-C1~C3アルキルシリル及び-OC1~C10アルキルからなる群から独立に選択され,各nは,0~5から独立に選択される整数であり,R2a及びR3aのそれぞれは,H,F及びClからなる群から独立に選択され,R5は,-CH3,-CHF2,-CH=C=CH2,-C≡CH,-C≡CCH3,-CH2C≡CH,-C(O)OCH3,-CH(OAc)CH3,-CN,-CH2CN,-CH2X(XはBr,Cl又はIである)及びメトキシランからなる群から選択され,
R5が-CH=C=CH2又は-CHF2以外である場合,R1,R2,R3,R2a及びR3aの少なくとも一つは,フルオロ又はクロロであり,
前記抗体又は抗体誘導体が前記フコース類似体の不存在下で培養した宿主細胞からの抗体又は抗体誘導体と比較して低いコアフコシル化を有する,あるいは,前記フコース類似体が以下の式(I)又は(II)の一つ【化2】

(I)

(II)

或いはその生物学的に許容される塩又は溶媒和物からなる群から選択され,
式(I)又は(II)のそれぞれは,アルファ若しくはベータアノマー又は対応するアルドース形であってよく,
R1~R4のそれぞれは,-OH,-OC(O)H,-OC(O)C1~C10アルキル,-OC(O)C2~C10アルケニル,-OC(O)C2~C10アルキニル,-OC(O)アリール,-OC(O)複素環,-OC(O)C1~C10アルキレン(アリール)
,-OC(O)C2~C10アルケニレン(アリール)
,-OC(O)C2~C
10

アルキニル
(アリール)-OC

(O)1~C10アルキレン複素環,

-OC
(O)

C2~C10アルケニレン(複素環)
,-OC(O)C2~C10アルキニル複素環,-
OCH2OC
(O)
アルキル,
-OCH2OC
(O)
Oアルキル,
-OCH2OC
(O)
アリール,-OCH2OC(O)Oアリール,-OC(O)CH2O(CH2CH2O)n
CH3,-OC(O)CH2CH2O(CH2CH2O)nCH3,-O-tri-C1
~C3アルキルシリル及び-OC1~C10アルキルからなる群から独立に選択され,各nは,0~5から独立に選択される整数であり,
R5は,-C≡CH,-C≡CCH3,-CH2C≡CH,-C(O)OCH3,-CH(OAc)CH3,-CN,-CH2CN,-CH2X(XはBr,Cl又はIである)及びメトキシランからなる群から選択され,
前記抗体又は抗体誘導体が前記フコース類似体の不存在下で培養した宿主細胞からの抗体又は抗体誘導体と比較して低いコアフコシル化を有する,あるいは,前記フコース類似体が以下の式(V)又は(VI)の一つ【化3】

(V)

(VI)

或いはその生物学的に許容される塩又は溶媒和物からなる群から選択され,(V)式
又は(VI)のそれぞれは,アルファ若しくはベータアノマー又は対応するアルドース形であってよく,
R1,R2,R2a,R3,R3a及びR4のそれぞれは,-OH,-OC(O)H,-OC(O)C1~C10アルキル,-OC(O)C2~C10アルケニル,-OC(O)C2~C10アルキニル,-OC(O)アリール,-OC(O)複素環,-OC(O)C1~C10アルキレン(アリール)
,-OC(O)C2~C10アルケニレン(アリー
ル)
,-OC(O)C2~C10アルキニル(アリール)
,-OC(O)C1~C10アル
キレン複素環,-OC(O)C2~C10アルケニレン(複素環),-OC(O)C2~
C10アルキニル複素環,-OCH2OC(O)アルキル,-OCH2OC(O)Oアルキル,-OCH2OC(O)アリール,-OCH2OC(O)Oアリール,-OC(O)CH2O(CH2CH2O)nCH3,-OC(O)CH2CH2O(CH2CH2O)nCH3,-O-tri-C1~C3アルキルシリル,-OC1~C10アルキル及び小電子求引基からなる群から独立に選択され,各nは,0~5から独立に選択される整数であり,
R5は,-CH3,-CH2X,非置換又はハロゲンで置換された-CH(X’)-
C1~C4アルキル,非置換又はハロゲンで置換された-CH(X’)-C2~C4ア
ルケン,非置換又はハロゲンで置換された-CH(X’
)-C2~C4アルキン,-C
H=C(R10)11)
(R
,-C(CH3)=C(R12)13)
(R
,-C(R14)=C=

(R15)16)非置換又はメチル若しくはハロゲンで置換された-C3炭素環,(R

非置換又はメチル若しくはハロゲンで置換された-CH(X’
)-C3炭素環,非置
換又はメチル若しくはハロゲンで置換されたC3複素環,非置換又はメチル若しくはハロゲンで置換された-CH(X’
)-C3複素環,-CH2N3,-CH2CH2N
3
及びベンジルオキシメチルからなる群から選択されるメンバーか,或いはR5は,
小電子求引基であり,
R10は,水素或いは非置換又はハロゲンで置換されたC1~C3アルキルであり,
R11は,非置換又はハロゲンで置換されたC1~C3アルキルであり,R12は,水素,ハロゲン或いは非置換又はハロゲンで置換されたC1~C3アルキルであり,
R13は,水素或いは非置換又はハロゲンで置換されたC1~C3アルキルであり,R14は,水素又はメチルであり,
R15及びR16は,水素,メチル及びハロゲンから独立に選択され,Xは,ハロゲンであり,
X’は,ハロゲン又は水素であり,
さらに,R1,R2,R2a,R3及びR3aのそれぞれが場合によって水素であり,R1,R2,R2a,R3及びR3aのうち隣接炭素原子上の二つが場合によって結合して,前記隣接炭素原子間の二重結合を形成しており,
ただし,
(i)R2及びR2aが両方とも水素である,
(ii)R3及びR3aが両方と
も水素である,
(iii)R1が水素である,
(iv)二重結合が前記隣接炭素原子間
に存在する,又は(v)R5がベンジルオキシメチルである場合を除き,R1,R2,R2a,R3,R3a,R4及びR5の少なくとも一つは,小電子求引基であり,或いはR5は,ハロゲン,不飽和部位,炭素環,複素環又はアジドを含み,前記抗体又は抗体誘導体が前記フコース類似体の不存在下で培養した宿主細胞からの抗体又は抗体誘導体と比較して低いコアフコシル化を有する,上記方法。【請求項2】
前記フコース類似体の5%未満が前記抗体又は抗体誘導体の複合N-グリコシド結合糖鎖に組み込まれる,請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記フコース類似体の有効量が,抗体又は抗体誘導体の複合N-グリコシド結合糖鎖へのフコースの組み込みを少なくとも80%減少させるのに十分な類似体の量である,請求項1に記載の方法。
【請求項4】

前記フコース類似体が式
(III)
又は
(IV)
の一つからなる群より選択され,
R2がFである,請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記フコース類似体が式
(III)
又は
(IV)
の一つからなる群より選択され,
R1及びR2がそれぞれFである,請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。【請求項6】
前記フコース類似体が式
(III)
又は
(IV)
の一つからなる群より選択され,
R1,R3及びR4は,-OH及び-OAcからそれぞれ独立に選択され,ここで,R2
はFであり,R2a及びR3aは,それぞれHであり,R5は,-CH3である,請求
項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記フコース類似体が式(I)又は(II)の一つからなる群より選択され,ここで,R1~R4のそれぞれが-OH及び-OC(O)C1~C10アルキルからなる群から独立に選択される,請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。【請求項8】
前記フコース類似体が式(I)又は(II)の一つからなる群より選択され,ここで,R5が-C≡CH及び-C≡CCH3からなる群から選択される,請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
前記フコース類似体が式(I)又は(II)の一つからなる群より選択され,ここで,R5が-C(O)OCH3又は-CH2CNである,請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
前記フコース類似体が,
表1に示されるアルキニルフコース,
アルキニルフコー
ステトラアセテート,5-プロピニルフコーステトラアセテート,アルキニルフコーステトラプロパノエート,アルキニルフコーステトラ-n-ヘキサノエート,ア
ルキニルフコースジ
(トリメチルアセテート)アルキニルフコースペルニコチネー

ト,アルキニルフコースペルイソニコチネート,アルキニルフコースペル-PEGエステル,1-メチル-2,3,4-トリアセチルアルキニルフコースもしくはアルキニルフコースペルイソブタノエート,5-シアノフコーステトラアセテートもしくは5-メチルエステルフコーステトラアセテート,又は表2に示される2-デオキシ-2-フルオロフコースジアセテート,2-デオキシ-2-クロロフコーストリアセテート,2-デオキシ-2-フルオロフコース,2-デオキシ-2-フルオロフコースペルアセテート,1,2-ジフルオロ-1,2-ジデオキシフコースペルアセテートもしくは6,6-ジフルオロフコーステトラアセテートである,請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
前記培地が少なくとも500リットルの容積を有する,請求項1~10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
有効量のフコース類似体を含む,低いコアフコシル化を有する抗体又は抗体誘導体の産生のための哺乳類細胞培養培地であって,
ここで,前記フコース類似体が以下の式(III)又は(IV)の一つ【化4】

(III)

(IV)

或いはその生物学的に許容される塩又は溶媒和物からなる群から選択され,式(III)又は(IV)のそれぞれは,アルファ若しくはベータアノマー又は対応
するアルドース形であってよく,
R1~R4のそれぞれは,
フルオロ,
クロロ,
-OH,
-OC
(O)-OC
H,
(O)
C1~C10アルキル,-OC(O)C2~C10アルケニル,-OC(O)C2~C10アルキニル,-OC(O)アリール,-OC(O)複素環,-OC(O)C1~C10
アルキレン(アリール)
,-OC(O)C2~C10アルケニレン(アリール)
,-O

C(O)C2~C10アルキニル(アリール)
,-OC(O)C1~C10アルキレン複
素環,-OC(O)C2~C10アルケニレン(複素環)
,-OC(O)C2~C10ア
ルキニル複素環,-OCH2OC(O)アルキル,-OCH2OC(O)Oアルキル,-OCH2OC(O)アリール,-OCH2OC(O)Oアリール,-OC(O)CH2O(CH2CH2O)nCH3,-OC(O)CH2CH2O(CH2CH2O)nCH3,-O-tri-C1~C3アルキルシリル及び-OC1~C10アルキルからなる群から独立に選択され,各nは,0~5から独立に選択される整数であり,R2a及びR3aのそれぞれは,H,F及びClからなる群から独立に選択され,R5は,-CH3,-CHF2,-CH=C=CH2,-C≡CH,-C≡CCH3
,-CH2C≡CH,-C(O)OCH3,-CH(OAc)CH3,-CN,-C
H2CN,-CH2X(XはBr,Cl又はIである)及びメトキシランからなる群から選択され,
R5が-CH=C=CH2又は-CHF2以外である場合,R1,R2,R3,R2a及びR3aの少なくとも一つは,フルオロ又はクロロである,
あるいは,前記フコース類似体が以下の式(I)又は(II)の一つ【化5】
(I)

(II)

或いはその生物学的に許容される塩又は溶媒和物からなる群から選択され,式(I)又は(II)のそれぞれは,アルファ若しくはベータアノマー又は対応するアルドース形であってよく,
R1~R4のそれぞれは,-OH,-OC(O)H,-OC(O)C1~C10アルキル,-OC(O)C2~C10アルケニル,-OC(O)C2~C10アルキニル,-OC(O)アリール,-OC(O)複素環,-OC(O)C1~C10アルキレン(アリール)
,-OC(O)C2~C10アルケニレン(アリール)
,-OC(O)C2~C
10

アルキニル
(アリール)-OC

(O)1~C10アルキレン複素環,

-OC
(O)

C2~C10アルケニレン(複素環)
,-OC(O)C2~C10アルキニル複素環,-
OCH2OC
(O)
アルキル,
-OCH2OC
(O)
Oアルキル,
-OCH2OC
(O)
アリール,-OCH2OC(O)Oアリール,-OC(O)CH2O(CH2CH2O)n
CH3,-OC(O)CH2CH2O(CH2CH2O)nCH3,-O-tri-C1
~C3アルキルシリル及び-OC1~C10アルキルからなる群から独立に選択され,各nは,0~5から独立に選択される整数であり,
R5は,-C≡CH,-C≡CCH3,-CH2C≡CH,-C(O)OCH3,-CH(OAc)CH3,-CN,-CH2CN,-CH2X(XはBr,Cl又はIである)及びメトキシランからなる群から選択される,
あるいは,前記フコース類似体が以下の式(V)又は(VI)の一つ【化6】
(V)

(VI)

或いはその生物学的に許容される塩又は溶媒和物からなる群から選択され,式(V)又は(VI)のそれぞれは,アルファ若しくはベータアノマー又は対応するアルドース形であってよく,
R1,R2,R2a,R3,R3a及びR4のそれぞれは,-OH,-OC(O)H,-OC
(O)1~C10アルキル,

-OC
(O)2~C10アルケニル,

-OC
(O)
C2~C10アルキニル,-OC(O)アリール,-OC(O)複素環,-OC(O)C1~C10アルキレン(アリール)
,-OC(O)C2~C10アルケニレン(アリー
ル)
,-OC(O)C2~C10アルキニル(アリール)
,-OC(O)C1~C10アル
キレン複素環,-OC(O)C2~C10アルケニレン(複素環),-OC(O)C2~
C10アルキニル複素環,-OCH2OC(O)アルキル,-OCH2OC(O)Oアルキル,-OCH2OC(O)アリール,-OCH2OC(O)Oアリール,-OC(O)CH2O(CH2CH2O)nCH3,-OC(O)CH2CH2O(CH2CH2O)nCH3,-O-tri-C1~C3アルキルシリル,-OC1~C10アルキル及び小電子求引基からなる群から独立に選択され,各nは,0~5から独立に選択される整数であり,
R5は,-CH3,-CH2X,非置換又はハロゲンで置換された-CH(X')-C1~C4アルキル,非置換又はハロゲンで置換された-CH(X')-C2~C4アルケン,非置換又はハロゲンで置換された-CH(X')-C2~C4アルキン,-CH=C(R10)11)
(R
,-C(CH3)=C(R12)13)
(R
,-C(R14)=C=

(R15)16)非置換又はメチル若しくはハロゲンで置換された-C3炭素環,(R

非置換又はメチル若しくはハロゲンで置換された-CH(X')-C3炭素環,非置換又はメチル若しくはハロゲンで置換されたC3複素環,非置換又はメチル若しくはハロゲンで置換された-CH(X')-C3複素環,-CH2N3,-CH2CH2N3
及びベンジルオキシメチルからなる群から選択されるメンバーか,或いはR5は,
小電子求引基であり,
R10は,
水素或いは非置換又はハロゲンで置換されたC1~C3アルキルであり,R11は,非置換又はハロゲンで置換されたC1~C3アルキルであり,R12は,水素,ハロゲン或いは非置換又はハロゲンで置換されたC1~C3アルキルであり,
R13は,
水素或いは非置換又はハロゲンで置換されたC1~C3アルキルであり,R14は,水素又はメチルであり,
R15及びR16は,水素,メチル及びハロゲンから独立に選択され,Xは,ハロゲンであり,
X'は,ハロゲン又は水素であり,
さらに,R1,R2,R2a,R3及びR3aのそれぞれが場合によって水素であり,R1,R2,R2a,R3及びR3aのうち隣接炭素原子上の二つが場合によって結合して,前記隣接炭素原子間の二重結合を形成しており,
ただし,
(i)R2及びR2aが両方とも水素である,
(ii)R3及びR3aが両方
とも水素である,
(iii)R1が水素である,
(iv)二重結合が前記隣接炭素原子
間に存在する,又は(v)R5がベンジルオキシメチルである場合を除き,R1,R2
,R2a,R3,R3a,R4及びR5の少なくとも一つ
は,小電子求引基であり,或いはR5は,ハロゲン,不飽和部位,炭素環,複素
環又はアジドを含む,上記哺乳類細胞培養培地。
【請求項13】
前記フコース類似体が式
(III)(IV)
又は
の一つからなる群より選択され,
R1,R2,R2a,R3及びR3aの少なくとも一つがフルオロ又はクロロである,請求項12に記載の培地。
【請求項14】
前記フコース類似体が式
(III)(IV)
又は
の一つからなる群より選択され,
R1,R2,R2a,R3及びR3aの二つがフルオロ又はクロロである,請求項12に記載の培地。
【請求項15】
前記フコース類似体が式(I)又は(II)の一つからなる群より選択され,R5
が-C≡CHであり,R1~R4が-OAcである,請求項12に記載の培地。【請求項16】
前記フコース類似体が,
表1に示されるアルキニルフコース,
アルキニルフコー

ステトラアセテート,5-プロピニルフコーステトラアセテート,アルキニルフコーステトラプロパノエート,アルキニルフコーステトラ-n-ヘキサノエート,アルキニルフコースジ
(トリメチルアセテート)アルキニルフコースペルニコチネー

ト,アルキニルフコースペルイソニコチネート,アルキニルフコースペル-PEGエステル,1-メチル-2,3,4-トリアセチルアルキニルフコースもしくはアルキニルフコースペルイソブタノエート,5-シアノフコーステトラアセテートもしくは5-メチルエステルフコーステトラアセテート,又は表2に示される2-デオキシ-2-フルオロフコースジアセテート,2-デオキシ-2-クロロフコーストリアセテート,2-デオキシ-2-フルオロフコース,2-デオキシ-2-フルオロフコースペルアセテート,1,2-ジフルオロ-1,2-ジデオキシフコースペルアセテートもしくは6,6-ジフルオロフコーステトラアセテートである,請求項12に記載の培地。
【請求項17】
前記フコース類似体が式(III)又は(IV)の一つからなる群より選択される,請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項18】
前記フコース類似体が式(I)又は(II)の一つからなる群より選択される,請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項19】
R1~R4のそれぞれは,-OH,-OC(O)H,-OC(O)C1~C10アルキル,-OC(O)C2~C10アルケニル,-OC(O)C2~C10アルキニル,-OC(O)アリール,-OC(O)複素環,-OC(O)C1~C10アルキレン(アリール)
,-OC(O)C2~C10アルケニレン(アリール)
,-OC(O)C2~C
10

アルキニル
(アリール)-OC

(O)1~C10アルキレン複素環,

-OC
(O)

C2~C10アルケニレン(複素環)
,-OC(O)C2~C10アルキニル複素環,-
OCH2OC
(O)
アルキル,
-OCH2OC
(O)
Oアルキル,
-OCH2OC
(O)
アリール,-OCH2OC(O)Oアリール,-OC(O)CH2O(CH2CH2O)nCH3及び-OC(O)CH2CH2O(CH2CH2O)nCH3からなる群から独立に選択され,各nは,0~5から独立に選択される整数である,請求項18に記載の方法。
【請求項20】
フコース類似体が2-デオキシ-2-フルオロフコースである,請求項1に記載の方法。
【請求項21】
宿主細胞がチャイニーズハムスター卵巣細胞である,請求項1~11及び17~20のいずれか1項に記載の方法。
【請求項22】
抗体又は抗体誘導体を精製する段階を含む,請求項1~11及び17~21のいずれか1項に記載の方法。
【請求項23】
R1,3及びR4が-OH及び-OAcからなる群からそれぞれ独立に選択され,R
R2がFであり,R2a及びR3aがそれぞれHであり,R5が-CH3である,請求項12に記載の培地。
【請求項24】
有効量が,抗体又は抗体誘導体の複合N-グリコシド結合糖鎖へのフコースの組み込みを少なくとも80%減少させるのに十分な類似体の量である,請求項12~16及び23のいずれか1項に記載の培地。

3
審決の理由の要点


原告が主張した無効理由

無効理由1

本件発明は,国際公開第2008/052030号(甲1。以下「甲1文献」という。
)に記載された発明(以下「引用発明」という。,
)「抗体産生細胞におけるα
1,6-フコース転移酵素(FUT8)及びGDP-マンノース4,6-デヒドラターゼ(GMD)の二重ノックダウン:完全に非フコシル化し,ADCC活性が向上した治療用抗体を産生するための新しい戦略」
(BMC

Biotechnol

ogy,7:84(2007)(甲3。以下「甲3文献」という。)
)に記載された発
明(以下「甲3発明」という。
)及び「ハロゲン化L-フコース及びD-ガラクトー
ス類似体:合成と代謝効果」
(J.Med.Chem.
,vol.23(2)
,pp.
143-149(1980)(甲4。以下「甲4文献」という。

)に記載された発明
(以下「甲4発明」という。
)に基づいて,当業者が容易に発明することができたも
のであるから,
特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
なお,
甲1文献は,本件優先日である平成20年5月2日に頒布された刊行物であるが,本件の優先権主張は無効であるから,引用例として適格なものである。イ
無効理由2

本件発明は,引用発明,甲3発明及び「2-デオキシ-2-フルオロ-L-フコース,及びそれが哺乳類細胞におけるL-[1-14C]フコース利用に及ぼす効果」
(Biochem.
Biophis.
Res.
Commun.vol.(4)

87

pp.989-992(1979)(甲5。以下「甲5文献」という。)
)に記載され
た発明(以下「甲5発明」という。
)に基づいて,当業者が容易に発明することがで
きたものであるから,
特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

無効理由3

本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明1及び本件発明12で用いる膨大な種類のフコース類似体のうち,わずか一部分についてしか,コアフコシル化が低減した抗体を製造し得ることが示されていない。化合物の活性は,その構造から推定することが困難であり,低分子化合物においては構造のわずかな変化が活性に影響を与えるという技術常識に照らせば,発明の詳細な説明は,本件発明1,本件発明12及びそれらの発明に従属する本件発明2~11,13~24の全範囲について当業者が実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえないから,本件は,特許法36条4項1号に規定する要件を満たしていない。エ
無効理由4

本件明細書の特許請求の範囲の請求項1及び請求項12には,膨大な種類のフコース類似体を用いる発明が記載されているのに対して,発明の詳細な説明には,そのうち,わずか一部分についてしか,コアフコシル化が低減した抗体を製造し得ることが示されていない。
化合物の活性は,
その構造から推定することが困難であり,
低分子化合物においては構造のわずかな変化が活性に影響を与えるという技術常識に照らせば,発明の詳細な説明の上記記載を請求項1,請求項12及びそれらに従属する請求項2~11,13~24の全範囲にまで拡張一般化することはできないから,本件は,特許法36条6項1号に規定する要件を満たしていない。⑵

審決の判断

引用発明の認定

「フコース含有量が低減した免疫糖タンパク質分子を製造する方法であって,免疫糖タンパク質分子を生成するホスト細胞を有効量の糖修飾因子を含む培地中で適切な成長条件下で培養する段階,及び
前記免疫糖タンパク質分子を細胞から分離する段階を含み,
ここで,前記糖修飾因子は,好ましくは,分子量が<1000ドルトンの,ポリペプチドに付着する炭水化物(糖)の一部である糖の付加,除去または修飾に関与する酵素の活性を抑制する小さな有機化合物であり,
前記免疫糖タンパク質分子が前記糖修飾因子の不存在下で培養したホスト細胞からの免疫糖タンパク質分子と比較して低いフコース含有量を有する,上記方法。」

本件発明1と引用発明との対比
一致点

低いコアフコシル化を有する修飾抗体又は抗体誘導体を製造する方法であって,糖鎖の還元末端のN-アセチルグルコサミンを介してFcドメインに結合した少なくとも1つの複合N-グリコシド結合糖鎖を有するFcドメインを有する抗体又は抗体誘導体を発現する宿主細胞を有効量の有機化合物を含む培地中で適切な成長条件下で培養する段階,及び前記免疫糖タンパク質分子を細胞から分離する段階を含み,前記抗体又は抗体誘導体が前記有機化合物の不存在下で培養した宿主細胞からの抗体又は抗体誘導体と比較して低いコアフコシル化を有する,上記方法。相違点
有機化合物が,本件発明1は,特定のフコース類似体であるのに対して,引用発明は,糖修飾因子である点。

相違点の判断
無効理由1について

甲1文献には,本件発明1で用いるフコース類似体に該当するものは記載されていない。一方,甲4文献には,本件発明1で用いるフコース類似体に該当する化合物である,2-Cl-2-デオキシ-L-フコース(9a)
,6-Cl-L-フコー
ス(4b)
,6-Br-L-フコース(4c)
,及び6-I-L-フコース(4d)
が,記載されている。しかしながら,甲4文献は,フコース類似体の細胞膜糖複合体阻害剤としての効果を検討することを目的とした文献であり,フコース類似体による阻害実験も,培養細胞の高分子画分へのフコース取り込みに関するものであって,引用発明のように抗体の糖鎖へのフコース取り込みに関するものではない。そして,抗体というタンパク質に結合した糖鎖へのフコース取り込みと主にリン脂質等からなる細胞膜へのフコース取り込みとが同じ機序によるものであるとか,同じ酵素が関与するものであるという証拠や技術常識があるわけでもないから,引用発明で用いる糖修飾因子として,甲4文献に記載されたフコース類似体を採用することに動機付けはない。
したがって,相違点に係る構成が,甲4文献に記載された事項に基づいて当業者が容易に想到し得るものであるということはできない。
甲3文献には,フコシル化に関与する特定の酵素を阻害すれば抗体のフコシル化が抑制されるという知見が記載されているといえる。しかしながら,そもそも甲4文献は抗体の産生とは関連性がない文献なので,甲3文献と組み合わせる動機を見出すことはできない。両文献にフコース取り込みという共通点があるとしても,甲4文献には,特定のフコース類似体が細胞膜画分へのフコース取り込みをある程度阻害したことが記載されているにとどまり,当該フコース類似体がタンパク質に結合した糖鎖のフコシル化に関与する酵素の阻害剤であることが示されているわけではないから,甲3文献に記載された上記知見を考慮しても,引用発明で用いる糖修飾因子として甲4文献に記載されたフコース類似体を採用することが当業者にとって容易であるということはできない。
よって,本件発明は,引用発明,甲3文献及び甲4文献に記載された事項に基づいて,当業者が容易に発明することができたものということはできない。無効理由2について
甲5文献には,本件発明1で用いるフコース類似体に該当する化合物である2-デオキシ-2-フルオロ-L-フコースが,マウス線維芽細胞のトリプシン分解画分及び細胞構成成分へのL-フコースの取り込みを競合的に阻害したという実験結果が示され,2-デオキシ-2-フルオロ-L-フコースが糖タンパク質画分に取り込まれる可能性が考察されている。しかしながら,甲5文献においては,2-デオキシ-2-フルオロ-L-フコースが細胞の高分子成分の中でどのような位置へ取り込まれるのかは今後研究すべき課題とされており,糖タンパク質画分への取り込みは1つの可能性にすぎないのだから,2-デオキシ-2-フルオロ-L-フコースを糖タンパク質画分へのフコース取り込み阻害剤として使用できることまで示唆されているとはいえない。まして,甲5文献は,抗体産生とは関連のない文献であるから,引用発明で抗体糖鎖のコアフコシル化に関与する酵素を阻害するために用いられる糖修飾因子として,2-デオキシ-2-フルオロ-L-フコースを採用しようとする動機付けを与えるものとはいえない。
したがって,相違点に係る構成が,甲5文献に記載された事項に基づいて当業者が容易に想到し得るものであるということはできない。
甲5文献は抗体の産生とは関連性のない文献なので,甲3文献と組み合わせる動機を見出すことはできない。両文献にフコース取り込みという共通点があるとしても,甲5文献には,2-デオキシ-2-フルオロ-L-フコースがポリペプチドに結合した糖鎖のフコシル化に関与する酵素の阻害剤であることが示されているわけではないから,甲3文献に記載された上記知見を考慮しても,引用発明で用いる糖修飾因子として甲5文献に記載された2-デオキシ-2-フルオロ-L-フコースを採用することが当業者にとって容易であるということはできない。よって,本件発明は,引用発明,甲3文献及び甲5文献に記載された事項に基づいて,当業者が容易に発明することができたものということはできない。エ
実施可能要件について(無効理由3)
本件明細書の発明の詳細な説明には,複合N-グリコシド結合糖鎖を
有するFcドメインを有する抗体又は抗体誘導体,それらを発現する宿主細胞,培地に添加するフコース類似体,培養方法及び抗体又は抗体誘導体の精製について,一般的な記載がされるとともに(段落【0054】~【0101】【0114】~,
【0131】,実施例1~36にフコース類似体の合成,抗体の産生,抗体のコア)
フコシル化やそれに関連する生物学的活性の分析に関する実験例が具体的データとともに記載されている。
したがって,発明の詳細な説明は,全体として,本件発明1について当業者が実施をすることができる程度に記載されたものと一応認めることができる。本件発明2~24についても同様である。
アルキニルフコース1,2,3-トリ(トリメチルアセテート)に関しては,表1に50μMで「約0%」
,1mMで「ND」と記載されている。しかしな
がら,発明の詳細な説明は,全体として,請求項1に記載された各種フコース類似体を培地に添加することによって,低いコアフコシル化を有する修飾抗体又は抗体誘導体を製造できる程度に記載されていると一応認められるのだから,表1及び2に列挙された各種フコース類似体のコアフコシル化の阻害%のうちで唯一50μMにおいても1mMにおいても効果がないと解される表1のアルキニルフコース1,2,3-トリ(トリメチルアセテート)の上記データは不自然といえる。そして,本件出願前に行われた実験の生データの添付資料Aによれば,
アルキニルフコース1,
2,3-トリ
(トリメチルアセテート)
の阻害は>80%程度であることが認められ
る。
したがって,フコース類似体として,アルキニルフコース1,2,3-トリ(トリメチルアセテート)を発明の詳細な説明に記載されたとおりに用いれば,本件発明1が実施できると認められるから,表1の「約0%」及び「ND」の記載のみをもって,実施可能要件を欠くとまではいうことはできない。
本件発明2は,本件発明1のうち,抗体又は抗体誘導体の複合N-グリコシド結合糖鎖の5%未満にフコース類似体が組み込まれる場合を意味すると解される。その前提で本件発明2に関する実施可能要件について検討するに,発明の詳細な説明には,フコース類似体のグリコシド結合糖鎖への組み込みに関する上記段落【0053】の記載に続いて,フコース類似体は,宿主細胞に取り込まれ,フコースサルベージ経路などにおける酵素を阻害する旨が記載されている(段落【0054】【0055】。各種フコース類似体の抗体への組み込み%を記載した実施,

例35の表3では,本件発明で用いられるフコース類似体の中で5-(2-アジドエチル)アラビノーステトラアセテートの20%が最小値ではあるものの,フコース類似体の種類によっては組み込み%がより低い場合があることは十分予測されることである。このことは,コアフコシル化阻害が>80%である5-アルキニルフコース(ペルアセテート形態)及び2-デオキシ-2-フルオロフコースの抗体への組み込みがそれぞれ3%及び0.2%であることを示す具体的実験データと矛盾しない。
以上により,本件発明1の中には,フコース類似体の抗体又は抗体融合体の複合N-グリコシド結合糖鎖への組み込みが5%未満である場合が十分あると認められる。

サポート要件について(無効理由4)

本件明細書の発明の詳細な説明は,本件発明について当業者が実施をすることができる程度に記載されていないとすることはできないから,本件発明が発明の詳細な説明に記載したものではないとすることもできない。

第3
1
原告主張の審決取消事由
取消事由1(相違点に関する判断の誤り①)
(1)

本件発明1と引用発明の一致点及び相違点について

甲1文献には,免疫糖タンパク質には糖鎖を有する様々な修飾抗体及び抗体誘導体が包含されることが記載され(
【0033】~【0042】,複合N-グリコシド

結合糖鎖を有する抗体は何ら排除されていない。甲1文献には,特定の酵素,例えば,
初期段階の酵素に限定されることなく,
糖の付加,
除去又は修飾に関与する様々
な段階の酵素に対する阻害剤を使用することで低いコアフコシル化を有する抗体を製造するとの着想が,明確に教示されている。
本件発明は,コアフコシル化に至るいずれかの過程を阻害することによって実現されるものも含むものであって,特定の酵素(FUT8)の機能に焦点を当てた発明ではない。
したがって,審決の認定した一致点及び相違点に誤りはない。
(2)

相違点の判断について
甲4文献には,本件発明の式(I)及び(III)に該当するフコース
類似体4b,4c,4d及び9aが,細胞の高分子画分へのフコースの取り込みを阻害することが示されており,これによりフコース含有量が低減した糖タンパク質が生じる。フコシル化機構とそれに寄与する酵素が,抗体と細胞膜の糖タンパク質において同一であることは,技術常識であるから(甲32)
,フコース含有量が低減
した免疫糖タンパク質分子を製造する方法である引用発明における糖修飾因子として,甲4文献において細胞の高分子画分すなわち糖タンパク質へのフコースの取り込みを阻害することが記載されたフコース類似体を採用することは,当業者が容易に想到することができたものである。
よって,本件発明は,引用発明及び甲4発明に基づいて当業者が容易に想到することができた発明である。
また,甲3文献には,フコシル化に関与する特定の酵素を阻害すれば抗体のフコシル化が抑制されるという知見が記載されている。他方,甲4文献においては,フコース類似体がフコシル化酵素を阻害することが記載されている(甲4-143頁右欄最終段落~144頁左欄2行目)そうすると,

甲3文献に記載された知見をも
勘案し,引用発明における糖修飾因子として,甲4文献において糖タンパク質へのフコースの取り込みを阻害することが記載されたフコース類似体を採用することは,当業者が容易に想到することができたといえる。

審決は,引用発明で用いる糖修飾因子として甲4文献に記載されたフコ
ース類似体を採用することについて,動機付けや容易想到性を否定するが,その判断は誤りである。
甲4文献は,
フコース類似体による細胞の高分子画分
(糖タンパク質)
へのフコースの取り込み阻害を検討することを目的とした文献であって,フコース類似体による阻害実験も,培養細胞の高分子画分(糖タンパク質)へのフコース取り込みに関するものであるから,甲4文献に記載されたフコースの取り込みは「細胞膜に含まれる糖タンパク質へのフコース取り込み」と認定されるべきものであるところ,審決は,これを「主にリン脂質等からなる細胞膜へのフコース取り込み」と認定し,糖タンパク質とは異なる別異の物質であるかのごとく捉えており,甲4文献に開示された事項の認定を誤っている。
また,
細胞膜の糖タンパク質のフコシル化と抗体のフコシル化は,
同一の機序
(サ
ルベージ経路とデノボ経路)によって進行し,また,GDP-フコース合成に関与する酵素(フコキナーゼ等)及びGDP-フコースを用いるフコシル化酵素(フコシルトランスフェラーゼ(FUTs)
)が,細胞膜の糖タンパク質のフコシル化と抗
体のフコシル化において共通することは,本件優先日前に知られていた。審決の認定は,甲4文献の細胞の高分子画分である細胞膜へのフコース取り込みを糖タンパク質とは異なる物質への取り込みであるとの誤認に基づくものである。審決は,
そもそも甲4文献は抗体の産生とは関連性がない文献なので,
甲3文献と組み合わせる動機を見出すことができないと判断した。しかしながら,糖タンパク質のフコシル化を阻害する化合物を探索する当業者が,その探索範囲を「抗体の産生」と関連性がある技術分野に限定する合理的根拠が何ら示されていない。フコシル化の機構とそれに関与する酵素は,抗体と糖タンパク質において同一であることは技術常識であり,両者が糖タンパク質へのフコースの取り込みを阻害するという共通点を有するのであるから,むしろ,当業者は当然に甲3文献と甲4文献を組み合わせる動機を有していたというべきである。
審決は,甲4文献には,フコース類似体がタンパク質に結合した糖鎖のフコシル化に関与する酵素の阻害剤であることが示されていないと認定した。しかしながら,甲4文献には,
「2位の修飾は,アノマ中心に近いことから,L-フコ
ース同化酵素の阻害剤の開発につながった。(143頁から144頁)との記載が」
あり,フコース類似体がフコシル化に関与する酵素を阻害することが明示されている。また,細胞膜の糖タンパク質のフコシル化と抗体のフコシル化には,同一の機序及び共通の酵素が関与していることが公知であったことを勘案すれば,甲4文献には,実質的に,フコース類似体が,タンパク質に結合した糖鎖のフコシル化に関与する酵素の阻害剤であることが記載されているといえる。

以上によれば,本件発明は,引用発明,甲3文献及び甲4文献に記載さ
れた事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとは認められない,との審決の判断は誤りであるから,審決は取り消されるべきである。
2
取消事由2(相違点に関する判断の誤り②)
(1)

甲5文献には,本件発明の式(III)に該当するフコース類似体,2-
デオキシ-2-フルオロ-L-フコースが,糖タンパク質生合成過程において,フコースと競合することが記載されている。そして,その競合の結果生じるものは,フコース含有量が低減した糖タンパク質に他ならず,抗体のフコシル化機構とそれに関与する酵素が,糖タンパク質のフコシル化とそれに関与する酵素と同一であることは技術常識であるから,フコース含有量が低減した免疫糖タンパク質分子を製造する方法である引用発明における糖修飾因子として,甲5文献において糖タンパク質へのフコースの取り込みにおいてフコースと競合することが記載されたフコース類似体を採用することは,当業者が容易に想到することができたものである。よって,本件発明は,引用発明及び甲5発明に基づいて当業者が容易に想到することができた発明である。
また,甲3文献には,フコシル化に関与する特定の酵素を阻害すれば抗体のフコシル化が抑制されるという知見が記載されており,甲5文献に記載されたフコース類似体がフコシル化酵素を阻害する蓋然性が高いから
(甲32)甲3文献に記載さ

れた知見を勘案し,引用発明における糖修飾因子として,フコシル化酵素を阻害する蓋然性が高い甲5文献に記載された2-デオキシ-2-フルオロ-L-フコースを採用することは当業者が容易に想到することができたものといえる。(2)

審決は,引用発明で用いる糖修飾因子として甲5文献に記載された2-
デオキシ-2-フルオロ-L-フコースを採用することについて,動機付けや容易想到性を否定するが,その判断は誤りである。

審決は,甲5文献には,2-デオキシ-2-フルオロ-L-フコースを
糖タンパク質画分へのフコース取り込み阻害剤として使用できることまでは示唆されているとはいえないと認定した。しかしながら,甲5文献は,放射性同位体で標識したフコースと非標識の2-デオキシ-2-フルオロ-L-フコースを細胞培養に添加した結果,2-デオキシ-2-フルオロ-L-フコースによる糖タンパク質へのフコースの取り込み阻害が確認されたことを報告する論文であり,2-デオキシ-2-フルオロ-L-フコースが糖タンパク質生合成過程において,フコースと競合することを示唆するものである。
また,審決は,甲5文献には,2-デオキシ-2-フルオロ-L-フコースがポリペプチドに結合した糖鎖のフコシル化に関与する酵素の阻害剤であることが示されていないと認定した。しかしながら,甲5文献には,2-デオキシ-2-フルオロ-L-フコースが糖タンパク質,即ち糖鎖とポリペプチドの結合体の合成過程において,フコシル化に関与する酵素に対してフコースと競合できる阻害剤であり得ることを示唆する記載があり,甲5文献に記載されたハロゲン化-フコースがフコシル化酵素を阻害することもまた,当業者が容易に予想し得たことである。イ
審決は,甲5文献は,引用発明で抗体糖鎖のコアフコシル化に関与する
酵素を阻害するために用いられる糖修飾因子として,2-デオキシ-2-フルオロ-L-フコースを採用しようとする動機付けを与えるものとはいうことができないと認定した。しかしながら,細胞膜の糖タンパク質及び抗体を含む糖タンパク質のフコシル化は,同一の機序によって進行することが本件優先日前に知られていたのであるから,審決の上記認定は誤りである。

審決は,甲3文献と甲5文献の記載内容に関連性がないと認定した。し
かしながら,糖タンパク質のフコシル化を阻害する化合物を探索する当業者が,その探索範囲を「抗体の産生」と関連性がある技術分野に限定する合理的根拠が何ら示されていない。フコシル化の機構とそれに関与する酵素は,抗体と糖タンパク質において同一であることは出願当時の技術常識であり,両者が糖タンパク質へのフコースの取り込みを阻害するという共通点を有するのであるから,むしろ,当業者は当然に甲3文献と甲5文献を組み合わせる動機を有していたというべきである。(3)

以上によれば,本件発明は,引用発明,甲3文献及び甲5文献に記載され
た事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとは認められない,との審決の判断には誤りがあるから,審決は取り消されるべきである。
3
取消事由3(実施可能要件に関する判断の誤り)

本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,以下のとおり,実施可能要件を満たさないから,これに反する審決の判断には誤りがあり,取り消されるべきである。(1)

本件明細書の表1によると,50μMでの阻害活性が「>80%」と記載
されたアルキニルフコースジ(トリメチルアセテート)に,もう1つピバレートエステル基が付加しただけで,
阻害活性が
「約0%」50μMアルキニルフコース1,

2,-トリ(トリメチルアセテート)
)となるように,化学構造がわずかでも変化す
ると活性に大きな相違がもたらされるというのが技術常識である。したがって,請求項1に記載されたフコース類似体の全てが,低いコアフコシル化抗体の製造に使用することができるわけではない。
審決は,アルキニルフコース1,2,3-トリ(トリメチルアセテート)のデータは不自然といえると認定した。しかしながら,被告は,審判手続において,当該データに何ら疑問を抱くことなく,当該データが約0%であったことを前提として主張していた(平成27年8月31日付け答弁書)
。被告が,当該データに疑問を抱き
再分析した結果,誤記に気付いたのは,答弁書を提出してから3月以上後である。被告自らが当該データに疑問を抱いていないにもかかわらず,審決において当該データが「不自然」であると認定されているのは,平成28年1月15日に提出された生データを考慮した上での,後付けの判断によるものといわざるを得ない。フコース類似体として,アルキニルフコース1,2,3-トリ(トリメチルアセテート)を発明の詳細な説明に記載されたとおりに用いれば,本件発明1が実施できると認めることができるとの審決の判断は,本件特許の優先日に当業者が知り得なかった生データに基づくものであることから,特許法36条4項1号の規定に反する。(2)

本件発明2に関して,
発明の詳細な説明には,
5%未満のフコース類似体

が組み込まれる方法が具体的に記載されておらず,フコース類似体の組み込みのデータを示す表3において最小値が20%であることからみても,どのようにすれば組み込みを5%未満にできるのか不明である。
審決は,フコース類似体の種類によっては組み込み%が表3に示される最低値の20%より低い場合があることは十分予測されることであると判断したが,その合理的な理由は示されていない。また,審決の上記判断は,本件優先日に当業者が知り得なかった実験データに基づくものであることから,誤りであるといわざるを得ない。

4
取消事由4(サポート要件に関する判断の誤り)

審決は,発明の詳細な説明は,本件発明について当業者が実施をすることができる程度に記載されていないとすることはできないのだから,本件発明が発明の詳細な説明に記載したものでないとすることはできないと判断した。しかしながら,前記3のとおり,発明の詳細な説明は,当業者が本件発明を実施することができるように,十分かつ明確に記載されたものではないから,実施可能要件違反がないことを根拠とする審決の上記判断は誤りである。
本件発明のアルキニルフコース1,2,3-トリ(トリメチルアセテート)のコアフコシル化阻害活性については,約0%であることが本件明細書の発明の詳細な説明に記載されているのであるから,本件発明が,発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えていることは明らかである,また,当業者が,上記記載は誤記であり,上記化合物は当然に当該課題を解決し得ると判断する合理的理由は見出せない。
したがって,審決のサポート要件に関する判断には誤りがあるから,審決は取り消されるべきである。

第4
1
被告の主張
取消事由1(相違点に関する判断の誤り①)について(1)

審決の一致点及び相違点の認定について

甲1文献は,複合N-グリコシド結合糖鎖を有する抗体におけるコアフコシル化の低減を開示するものではなく,本件発明のコアフコシル化の低減とは異なる糖鎖構造への影響によってADCC活性が増大した抗体を開示しているにすぎない。審決は,
本件発明1と引用発明の相違点を
「糖修飾因子」
の相違に絞っているが,
引用発明の「糖修飾因子」と本件発明1の「フコース類似体」とは,それ自体の化学構造の相違だけでなく,得られる糖鎖の構造に対するそれらの作用においても相違する点が,正しく評価されるべきであるし,引用発明と本件発明1の相違点を培地に加える有機化合物の相違に限ったとしても,本件発明1の進歩性の判断において,甲1文献が複合N-グリコシド結合糖鎖を有する抗体を産生する方法を開示しているのではない点を適切に考慮すべきである。
(2)

相違点の判断について
原告は,細胞の高分子画分を糖タンパク質と同一視して,相違点に係る
本件発明1の構成が容易想到である旨主張しているものと解される。しかしながら,
甲4文献の高分子画分は,タンパク質及び脂質等を含むことが明らかであり,フコースは脂質に付加される糖鎖にも取り込まれるため,甲4文献の高分子画分を糖タンパク質と同視することはできない。なお,甲4文献で使用されているSW613ヒト乳腺腫瘍細胞は抗体を産生する細胞でないから,甲4文献は,引用発明における免疫糖タンパク質分子とは関係がなく,更には本件発明が目的とする抗体のコアフコシル化の低減とは全く関係がないことも明らかである。

原告は,フコシル化機構とそれに寄与する酵素が,抗体と細胞膜の糖タ
ンパク質において同一であることは技術常識であり,甲4文献の記載から細胞膜の糖タンパク質へのフコース取り込み阻害が生じるといえる旨主張する。しかしながら,フコースが糖鎖に組み込まれる態様は種々様々であり,フコシル化の段階に関与する酵素は,その共通する機能からフコシルトランスフェラーゼ(FUT)と総称されているが,フコースを糖鎖のどの部分にどのような結合様式で結合させるかに応じて少なくともFUT1~9に区別されている(乙1,甲3)。本件発明では,
「複合N-グリコシド結合糖鎖におけるコアフコース」を標的とし,このコアフコースの糖鎖への結合は,α1,6-フコシルトランスフェラーゼ(FUT8)によってのみ媒介される(甲3)
。一方,甲4文献が示唆するフコースは,コアに結合す
るフコースではない。甲4文献は,コアフコシル化及びFUT8とは全く関係のない研究である。フコシル化に寄与する酵素,すなわちフコシルトランスフェラーゼは,本件発明における抗体と甲4文献における細胞膜タンパク質において同一ではない。

原告は,フコース含有量が低減した免疫糖タンパク質分子を製造する方
法である引用発明における糖修飾因子として,甲4文献において細胞の高分子画分すなわち糖タンパク質へのフコースの取り込みを阻害することが記載されたフコース類似体を採用することは,当業者が容易に想到することができた旨主張する。しかしながら,甲4文献の細胞の高分子画分へのフコース取り込みを糖タンパク質とは異なる物質への取り込みとして認識した審決の判断に誤りはない。甲1文献(引用発明)は,糖鎖形成の初期段階に作用する酵素に対する阻害剤である糖修飾因子により,高マンノース型糖鎖を形成することによりフコシル化のない糖鎖を得たものと推測される。抗体の複合N-グリコシド結合糖鎖のコアフコシル化を低減する物質を探索することを試みる当業者にとって,引用発明と,引用発明の糖修飾因子とは構造としても作用としても共通性がなく,しかも,抗体のコアフコシル化とは全く関係のない甲4文献に記載されたフコース類似体を組み合わせる動機付けはない。
また,甲4文献では,フコース類似体がサルベージ経路に影響を及ぼす可能性が推測されているにすぎない
(143頁右欄第10~12行)このサルベージ経路に

関わる酵素は,甲3文献に記載されたFUT8(α1,6-フコシルトランスフェラーゼ)とも,GMD(GDPフコースの合成のデノボ経路に関与する)とも異なるから,甲3文献と甲4文献の技術には共通性が乏しい。甲3文献は,FUT8が存在しない場合に,抗体のコアフコシル化が低減されることを記載しているけれども,FUT8に対する阻害剤については何も記載していない。甲3文献を考慮したとしても,抗体のコアフコシル化低減を,遺伝子工学の方法に代えて,有機化合物により達成しようとする課題について,何ら示唆を与えるものではない。このように,引用発明に対して,甲3文献に記載された知見を勘案して甲4文献に記載されたフコース類似体を組み合わせるとする原告の主張も失当である。エ
したがって,本件発明1と引用発明の相違点に係る構成が,甲4文献に
記載された事項に基づいて当業者が容易に想到し得るものであるということはできないとした審決の判断に誤りはない。

2
取消事由2(相違点に関する判断の誤り②)について(1)ア

原告は,
甲5文献に,
フコース含有量が低減した免疫糖タンパク質分子

を製造する方法である引用発明における糖修飾因子として,甲5文献に記載されたフコース類似体を採用することは,当業者が容易に想到することができた旨主張する。

しかしながら,甲5文献の記載によれば,糖タンパク質画分へのフコース類
似体の取り込みは1つの可能性にすぎない。甲5文献に示された実験結果から,フコース類似体が細胞内に取り込まれたことは理解できるが,糖タンパク質生合成過程においてフコースと競合し得ると客観的に導き出すことはできない。また,フコース類似体が,糖タンパク質におけるどの部分へ取り込まれるフコースと競合するのかも不明である。なお,甲5文献で使用されているマウス線維芽細胞は抗体を産生する細胞でないから,引用発明における免疫糖タンパク質分子とは関係がなく,抗体の低いコアフコシル化とはほとんど関係がない。甲1文献は,糖鎖形成の初期段階に関する糖修飾因子によって抗体の活性を改良したが,フコシルトランスフェラーゼに対する阻害剤では効果を認めなかったとする文献であり,甲5文献とは技術的共通性がなく,引用発明に甲5文献に記載された事項を組み合わせる動機付けはない。

原告は,抗体と細胞膜の糖タンパク質においてフコシル化機構とそれに
寄与する酵素が同一であることを前提として,甲5文献からフコース類似体が糖タンパク質生合成過程においてフコースと競合し得ると解釈し,さらに,抗体へのフコースの取り込みと競合するとまでいえると主張しているものと解される。しかしながら,フコースが糖鎖に組み込まれる態様は種々様々であり,甲5文献が示唆するフコースはコアに結合するフコースではない。甲5文献は,コアフコシル化及びFUT8とは全く関係のない研究であることがわかる。
したがって,フコシル化に関与する酵素,すなわちフコシルトランスフェラーゼは,本件発明における抗体と甲5文献における細胞構成成分又は糖タンパク質において同一ではなく,原告の上記主張は失当である。

原告は,甲3文献に記載された知見をも勘案し,引用発明における糖修
飾因子として,フコシル化酵素を阻害する蓋然性が高い甲5文献に記載された2-デオキシ-2-フルオロ-L-フコースを採用することは,当業者が容易に想到することができたものであると主張する。しかしながら,甲3文献には,GMDとFUT8の2つのノックダウンを必要とする遺伝子改変方法が記載され,1つの遺伝子ノックダウンやGFTと組み合わせた場合のノックダウンは完全にコアフコシル化を阻害するのに十分ではなかったことが記載されている。糖鎖付加反応及びフコシル化反応には,複数の酵素が複雑に働いており,特定の酵素,特にフコシル化又はその前段階に関与するタンパク質(更にはフコシルトランスフェラーゼ)を単に阻害するだけで,低いコアフコシル化は達成できるだろうと推測することはできない。甲1文献及び甲3文献には,コアフコシル化の阻害を達成し得る化合物について何らの示唆もないことから,甲5文献にフコース類似体が記載されているからといって,当業者は何らの成功の見込みもなく,引用発明において甲5文献に記載されたフコース類似体を使用してみようとする動機付けはない。
(2)

したがって,
本件発明1と引用発明の相違点に係る構成が,
甲5文献に記

載された事項に基づいて当業者が容易に想到し得るものであるということはできないとした審決の判断に誤りはない。

3
取消事由3(実施可能要件に関する判断の誤り)について
(1)

本件明細書の発明の詳細な説明は,
全体として,
本件発明について当業者

が実施をすることができる程度に記載されたものと認められる。原告も,本件明細書の記載が,一応十分と認められるとの審決の判断を争っていない。(2)

原告が言及する,本件発明のフコース類似体の1つであるアルキニルフ
コース1,2,3-トリ(トリメチルアセテート)については,阻害活性の元データを審判段階で再分析したところ,
表1のデータが誤記であったことが確認された。
また,当業者であれば,本件明細書の全体的な開示に基づき,このフコース類似体を用いて低いコアフコシル化を有する修飾抗体又は抗体誘導体を製造できる可能性は認識できたのであり,アルキニルフコース1,2,3-トリ(トリメチルアセテート)を発明の詳細な説明に記載されたとおりに用いれば,本件発明1を実施することができる。
以上より,本件明細書の発明の詳細な説明が,特許法36条4項1号の実施可能要件を満たすとの審決の判断に誤りはなく,原告の主張は失当である。(3)

原告は,
審決では,
表3に示される最低値である20%よりもはるかに低

値である5%の取り込み率を示すフコース類似体が存在し得ると合理的に予想し得る根拠が何ら示されていないと主張する。しかしながら,本件明細書の発明の詳細な説明には,フコース類似体が抗体に組み込まれる割合が5%未満である例が存在することが,実施例4及び7において示されており,当業者であれば,実験データ(甲17)を利用しなくても,実施例4及び7に基づいて,フコース類似体が抗体に組み込まれる割合が5%未満である例が存在することを認識することができる。したがって,本件明細書の発明の詳細な説明は,当業者が,本件発明2を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものである。また,上記実験データ(甲17)は,本件明細書に明記された作用効果を実験的に確認したものであるから,これを参酌した審決の判断を誤りとする理由はない。

4
取消事由4(サポート要件に関する判断の誤り)について

本件明細書の発明の詳細な説明は,当業者が,本件発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものであり,本件特許は特許法36条4項1号に規定された実施可能要件を満たすものであるので,サポート要件に関する審決の判断も正当である。

第5
1
当裁判所の判断
本件発明について
(1)

本件明細書(甲21)には,以下の記載がある。
背景技術

【0003】
哺乳類宿主細胞において産生されるモノクローナル抗体は,グリコシル化などの様々な翻訳後修飾を受けていることがある。IgG1sなどのモノクローナル抗体は,各重鎖(完全な抗体当たり二つ)のアスパラギン297(Asn297)におけるN結合型グリコシル化部位を有する。抗体上のAsn297に結合しているグリカンは,一般的に,非常に低いバイセクティングN-アセチルグルコサミン(バイセクティングGIcNAc)を含むか,又は全く含まず,少量の末端シアル酸及び可変量のガラクトースを含む複雑な2アンテナ型構造である。グリカンも通常,高レベルのコアフコシル化を受けている。抗体におけるコアフコシル化の減少によって,Fcエフェクター機能,特にFcガンマ受容体結合及びADCC活性が変化することが示された。この所見は,低いコアフコシル化を有する抗体を産生するように細胞株を遺伝子工学的に改変することに関心が払われることにつながった。【0004】
コアフコシル化を減少させるように細胞株を遺伝子工学的に改変する方法は,遺伝子ノックアウト,遺伝子ノックイン及びRNA干渉(RNAi)などである。遺伝子ノックアウトにおいては,
FUT8
(アルファ1,6-フコシルトランスフェラ
ーゼ酵素)をコードする遺伝子が不活性化される。FUT8は,GDP-フコースから,N-グリカンのAsn結合型(N結合型)GlcNacの6位へのフコシル残基の転移を触媒する。FUT8は,N結合型2アンテナ型炭水化物のAsn297へのフコースの付加に関与する唯一の酵素であることが報告されている。遺伝子ノックインは,GNTIII又はゴルジαマンノシダーゼIIなどの酵素をコードする遺伝子を付加するものである。細胞中のそのような酵素のレベルの増加は,モノクローナル抗体をフコシル化経路からそらせ
(コアフコシル化の減少につながる)

バイセクティングN-アセチルグルコサミンの増加をもたらす。RNAiも,一般的にFUT8遺伝子発現をターゲティングし,mRNA転写レベルの低下又は遺伝子発現の完全なノックアウトをもたらす。
【0005】
細胞株を遺伝子工学的に改変する方法に代わるものとしては,グリコシル化経路における酵素に作用する小分子阻害剤を使用することなどがある。カタノスペルミンなどの阻害剤は,グリコシル化経路において早期に作用し,未熟グリカン(例えば,
高レベルのマンノース)
及び低いフコシル化レベルを有する抗体が産生される。
そのような方法により産生される抗体は,成熟抗体に付随する複合N結合型グリカン構造が一般的に欠けている。

本件発明が解決しようとする課題と課題を解決するための手段

【発明が解決しようとする課題】
【0006】
これに対して,本発明は,複合N結合型グリカンを有するが,低いコアフコシル化を有する組換え抗体の生産用の小分子フコース類似体を提供する。【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は,低いコアフコシル化を有する抗体及び抗体誘導体を調製する方法並びに組成物を提供する。該方法及び組成物は,フコース類似体(式I,II,III,IV,V又はVI)の存在下で,抗体又は抗体誘導体を発現する宿主細胞を培養することにより,低いコアフコシル化(すなわち,糖鎖の還元末端のN-アセチルグルコサミンを介してFc領域に結合した複合N-グリコシド結合糖鎖のN-アセチルグルコサミンの低いフコシル化)を有する抗体が産生されることを示す,実施例に示す予期しない結果に一部基づいている。そのような抗体及び抗体誘導体は,前記フコース類似体の不存在下で培養したそのような宿主細胞から産生された抗体又は抗体誘導体と比較して高いエフェクター機能(ADCC)を示し得る。【0047】
一般
本発明は,低いコアフコシル化を有する抗体及び抗体誘導体を調製するための組成物並びに方法を提供する。該方法は,フコース類似体を含む培地中で目的の抗体又は抗体誘導体を発現する宿主細胞を培養することにより,低いコアフコシル化を有する抗体又は抗体誘導体が産生されることを示す,実施例に示す予期しない結果に一部基づいている。本明細書で示すように,
「コアフコシル化」は,N結合型グリ
カンの還元末端におけるN-アセチルグルコサミン(
「GlcNAc」
)へのフコー
スの付加(
「フコシル化」
)を意味する。そのような方法によって産生される抗体及
び抗体誘導体も提供する。他の態様において,フコース類似体及び有効量のフコース類似体(複数可)を含む培地を提供する。
【0048】
いくつかの実施形態において,Fc領域(又は領域)に結合している複合N-グリコシド結合糖鎖のフコシル化は低い。本明細書で用いているように,複合N-グリコシド結合糖鎖は他のアスパラギン残基に結合させることもできるが,「複合N
-グリコシド結合糖鎖」一般的にアスパラギン297
は,
(Kabat番号による)
に結合している。本明細書で用いているように,複合N-グリコシド結合糖鎖は,主として以下の構造を有する2分枝型複合糖鎖(bianntennarycompositesugarchain)を有する。
【化1】

【0049】
ここで,±は糖分子が存在するか又は不存在であり得るかを示し,数は糖分子の間の結合の位置を示す。上の構造において,アスパラギンに結合する糖鎖末端は,還元末端(右)と呼ばれ,反対側は,非還元末端と呼ばれる。フコースは,一般的にα1,6結合により還元末端のN-アセチルグルコサミン「GlcNAc」に通(

常結合する(GlcNAcの6位がフコースの1位に結合する)「Gal」はガラ。
クトースを意味し,
「Man」はマンノースを意味する。
【0050】
「複合N-グリコシド結合糖鎖」は,マンノースのみがコア構造の非還元末端に組み込まれている高マンノース型の糖鎖を除外するが,1)コア構造の非還元末端側がガラクトース-N-アセチルグルコサミン「gal-GlcNAc」(
とも呼ぶ)
の一つ又は複数の枝を有し,Gal-GlcNAcの非還元末端側がシアル酸,バイセクティングN-アセチルグルコサミン又は同等のものを場合によって有する,複合型,或いは2)

コア構造の非還元末端側が高マンノースN-グリコシド結合

糖鎖及び複合N-グリコシド結合糖鎖の両枝を有する,ハイブリッド型を含む。【0054】
フコース類似体
一つの態様において,宿主細胞により産生された抗体又は抗体誘導体の複合N-グリコシド結合糖鎖へのフコースの組み込みを減少させるフコース類似体を述べる。適切なフコース類似体(式I,II,III,IV,V及びVIとして下で同定する)は,宿主細胞培地に加えることができ,抗体又は抗体誘導体の複合N-グリコシド結合糖鎖のコアフコシル化を阻害するものである。フコース類似体は,宿主細胞により一般的に取り込まれる(例えば,能動輸送又は受動拡散により)。
【0055】
いくつかの実施形態において,フコース類似体(又はフコース類似体の細胞内代謝物若しくは生成物)は,フコースサルベージ経路における酵素(単数又は複数)を阻害する。
(本明細書で用いているように,細胞内代謝物は,例えば,GDP修飾類似体又は完全若しくは部分的脱エステル化類似体であってよい。生成物は,例えば,完全若しくは部分的脱エステル化類似体であってよい。
)例えば,フコース類似
体(又はフコース類似体の細胞内代謝物若しくは生成物)は,フコキナーゼ,又はGDP-フコース-ピロホスホリラーゼの活性を阻害することができる。いくつかの実施形態において,フコース類似体(又はフコース類似体の細胞内代謝物若しくは生成物)は,フコシルトランスフェラーゼ(好ましくは1,6-フコシルトランスフェラーゼ,例えば,FUT8タンパク質)を阻害する。いくつかの実施形態において,フコース類似体(又はフコース類似体の細胞内代謝物若しくは生成物)は,フコースの新規合成における酵素の活性を阻害することができる。例えば,フコース類似体(又はフコース類似体の細胞内代謝物若しくは生成物)は,GDP-マンノース4,6-デヒドラターゼ及び/又はGDP-フコースシンテターゼの活性を阻害することができる。いくつかの実施形態において,フコース類似体(又はフコース類似体の細胞内代謝物若しくは生成物)フコーストランスポーターは,
(例えば,
GDP-フコーストランスポーター)を阻害することができる。
(2)

上記(1)によれば,本件発明の概要は以下のとおりである。
本件発明は,低いコアフコシル化を有する抗体及び抗体誘導体を調製す
る方法及び組成物に関するものである。
モノクローナル抗体上のアスパラギン297(Asn297)に結合しているグリカン(N-グリコシド結合糖鎖)においては,コアフコシル化の減少によって,ADCC活性が変化することが示されているところ【0003】,(
)遺伝子ノックア
ウト(FUT8(α1,6-フコシルトランスフェラーゼ酵素;N結合型2アンテナ型炭水化物(2分枝型複合糖鎖)のAsn297へのフコシル残基への転移を触媒する唯一の酵素)をコードする遺伝子を不活性化すること)により,コアフコシル化を減少させた抗体を産生する細胞株を遺伝子工学的に改変する方法が知られている(
【0004】。

もっとも,低いコアフコシル化を有する抗体の製法として遺伝子工学に基づく方法は実施することが困難であり,さらに,グリコシル化の経路に含まれる酵素に作用する,小分子阻害剤を使用する方法については,成熟した抗体に付随する複合N結合型グリカン構造が一般的に欠けている抗体を産生するとの指摘がなされている(
【0005】。


これに対し,本件発明は,複合N結合型グリカンを有するが,低いコア
フコシル化を有する組み換え抗体の生産用の小分子フコース類似体を用いて(【0
006】,低いコアフコシル化を有する抗体及び抗体誘導体を調製する方法及び組)
成物を提供するものである。本件発明においては,フコース類似体の存在下で,抗体を発現する宿主細胞を培養することにより,低いコアフコシル化(糖鎖の還元末端のN-アセチルグルコサミンを介してFc領域に結合した複合N-グリコシド結合糖鎖のN-アセチルグルコサミンについての低いフコシル化)を有する抗体が産生される。そのような抗体及び抗体誘導体は,上記フコース類似体の不存在下で培養した宿主細胞から産生されたものと比較して,
高いエフェクター機能
(ADCC)
を示す(
【0007】。


「コアフコシル化」は,N結合型グリカンの還元末端におけるN-アセ
チルグルコサミン
(GlcNAc)
へのフコースの付加
(フコシル化)
を意味する。
抗体における糖鎖へのフコースの付加は,
通常,
α1,6結合により還元末端のN-
アセチルグルコサミンに結合することによる。
「複合N-グリコシド結合糖鎖」は,マンノースのみがコア構造の非還元末端に組み込まれている高マンノース型の糖鎖を除外するものであるが,複合型及びハイブリッド型を含むものである(N-グリコシド結合糖鎖の構造は,酵素の働きによって,高マンノース型(初期段階)→ハイブリッド型(中間段階)→複合型(最終段階)へと変遷する。。

フコース類似体は,
フコースサルベージ経路における酵素
(フコキナーゼ等)

フコシルトランスフェラーゼ(FUT8等)及びフコースの新規合成における酵素の活性を阻害することができる(
【0047】~【0050】【0055】)。


以上によれば,本件発明1の方法は,培地中におけるフコース類似体存
在下で,糖鎖の還元末端のN-アセチルグルコサミンを介してFc領域に結合した複合N-グリコシド結合糖鎖を有する抗体を発現する宿主細胞を培養することを特徴とするものであり,これにより,公知の遺伝子工学的手法である遺伝子ノックアウトによってFUT8を阻害する方法と比較して,簡便に低いコアフコシル化(上記複合N-グリコシド結合糖鎖のN-アセチルグルコサミンの低いフコシル化)を有する抗体を産生することができるという効果を奏するものであるといえる。なお,遺伝子工学による方法(
【0004】
)の一例は,甲3文献に開示されてお
り,小分子阻害剤を使用する方法(
【0005】
)には,甲1文献に開示された方法
が対応している。

2
取消事由1(相違点に関する判断の誤り①)について⑴

引用発明について

甲1文献の記載事項

甲1文献(甲1。訳文は特表2010-507394号公報(甲2。甲1文献に対応する国内公表公報)であり,段落番号は,特に断りのない限り,甲2公報による。
)の記載によれば,引用発明は,抗体を含む,特性が改良された免疫糖タンパク質に関するものであり,甲1文献には,以下の事項が記載されている。なお,甲1文献が頒布されたのは,本件優先日と同日の平成20年5月2日であるが,事案に鑑み,甲1文献に記載された引用発明に基づく本件発明1の容易想到性に関する審決の判断について検討することとする。
ホスト細胞により生成される免疫糖タンパク質分子の抗体依存細胞傷害性(ADCC)を増大させる方法であって,
「糖修飾因子」であるカスタノスペル
ミンを含む培地で前記細胞を成長させる工程を備える方法(請求項1)。
抗体(免疫グロブリン)においては,Asn-297にN-リンクされた糖類の付着がADCC機能にとっては重大であるところ,グリコシル化は細胞内の小胞体で開始され,ゴルジ複合体で「末端グリコシル化」
(本件発明における複
合型糖鎖の形成に相当する。
)が生じる。実際の糖類の,ADCCに関する部位又は
構造は,いまだ解明されていない。【0003】~【0006】


糖タンパク質において,糖類は,アスパラギンの側鎖でアミド窒素原子に付着する(N-リンクされたグリコシル化)
。この種のグリコシル化は,小胞体
(ER)において開始し,続いて,ゴルジ複合体へと運ばれ,N-リンクされた糖鎖が異なる多くの方法で修飾される。N-リンクの糖類の形は様々であるが,一般には,3つのマンノース残基と2つのN-アセチルグルコサミン残基からなる五糖(ペンタサッカライド)を共有する。ゴルジ複合体における糖処理は,「末端グリコ
シル化」と呼ばれ,ERにおいて起こる「コアグリコシル化」とは区別される。【0(
007】

ADCC機能の重大な糖の決定要素は,コアN-リンクの構造に加えられるアルファ-1,6-フコース部の欠如であることを,ある報告が示唆している(
【0008】。

「糖修飾因子」は,好ましくは,分子量が<1000ドルトンの,ポリペプチドに付着する糖の付加,除去又は修飾に関与する酵素の活性を抑制する小さな有機化合物であり,
代表的には,
グルコシダーゼI及びIIのインヒビター
(カ
スタノスペルミン)
,フコシダーゼのインヒビター(デオキシフコノジリミシン)

L-フコースのリン酸化(すなわち,GDP-L-フコースの生合成の第一工程)の阻害剤
(6-メチル-テトラヒドロ-ピラン-2H-2,3,4-トリオール)フ,
コシルトランスフェラーゼのインヒビター
(6,
8a-ジエピカスタノスペルミン,
1-N-イミュノシュガーA及びB(それぞれ,1-ブチル-5-メチル-ピペリジン-3,4-ジオール塩酸塩及び5-メチル-ピペリジン-3,4-ジオール塩酸塩としても知られている。)などが含まれる(

【0044】【0048】。


50又は250μMという濃度で,CD16(判決注:ADCC活性と相関性がある。
)結合についてテストしたところ,6,8a-ジエピカスタノスペルミン(フコシルトランスフェラーゼのインヒビター)については効果が見られなかった(
【0101】。


上記アによれば,引用発明は,ホスト細胞により生成される免疫糖タン
パク質分子の抗体依存細胞傷害性(ADCC)を増大させる方法であって,「糖修飾
因子」であるカスタノスペルミンを含む培地で前記細胞を成長させる工程を備える方法に関するものである。
抗体(免疫グロブリン)においては,Asn-297にN-リンクされた糖類の付着がADCC機能にとっては重大であるところ,コアN-リンク(3つのマンノース残基と2つのN-アセチルグルコサミン残基からなる五糖)の構造に加えられるアルファ-1,6-フコース部の欠如が重大な糖の決定要素であるとの報告もある。
「糖修飾因子」は,ポリペプチドに付着する糖の付加,除去又は修飾に関与する酵素の活性を抑制する小さな有機化合物であり,初期段階の「糖修飾因子」には,フコシルトランスフェラーゼのインヒビター(6,8a-ジエピカスタノスペルミン,1-N-イミュノシュガーA及びB)などが含まれる。グリコシル化工程のフコース化に関与する酵素であるフコシルトランスフェラーゼのインヒビターである6,8a-ジエピカスタノスペルミンについては,抗体のフコシル化抑制に対し効果が見られなかった。

甲1文献には,様々な抗体及び抗体誘導体に対する各種酵素の作用を阻
害する糖修飾因子が挙げられている。しかしながら,
「糖修飾因子」が添加された培
地で培養された抗体に「複合N-グリコシド結合糖鎖」が生成されることは開示されておらず,更には,複合N-グリコシド結合糖鎖構造における低いコアフコシル化について具体的に記載されているとも認められないから,甲1文献には,改良されたADCC活性を有する抗体を得るために,糖鎖形成の「初期段階(高マンノース型)に作用する酵素」を阻害する有機化合物である糖修飾因子を使用し,低いフコシル化を有する「高マンノース型糖鎖」を有する抗体を生成する方法が開示されているにとどまるものといえる。
引用発明においては,
「複合N-グリコシド結合糖鎖」
が生成する前の初期段階に
おける抗体について,糖鎖構造の変換が阻害され,高マンノース型の糖鎖が形成されるものと考えられるところ,通常,未成熟な高マンノース型の段階においては,コアフコシル化は生じない(
「高マンノース型糖鎖」のフコシル化と「複合N-グリ
コシド結合糖鎖」のコアフコシル化が,同一の酵素の作用によって生じることを認めるに足りる証拠はない。。


甲1文献の記載によれば,引用発明は,審決が認定したとおり,
「フコー

ス含有量が低減した免疫糖タンパク質分子を製造する方法であって,免疫糖タンパク質分子を生成するホスト細胞を有効量の糖修飾因子を含む培地中で適切な成長条件下で培養する段階,及び前記免疫糖タンパク質分子を細胞から分離する段階を含み,ここで,前記糖修飾因子は,好ましくは,分子量が<1000ドルトンの,ポリペプチドに付着する炭水化物(糖)の一部である糖の付加,除去または修飾に関与する酵素の活性を抑制する小さな有機化合物であり,前記免疫糖タンパク質分子が前記糖修飾因子の不存在下で培養したホスト細胞からの免疫糖タンパク質分子と比較して低いフコース含有量を有する,上記方法。(前記第2の3⑵ア)であると」
認められる。
(2)

本件発明1と引用発明との一致点及び相違点

本件発明1と引用発明を対比すると,少なくとも,審決が認定した相違点(有機化合物が,本件発明は,特定のフコース類似体であるのに対して,引用発明は,糖修飾因子である点)で相違することが認められる(本件発明1と引用発明は,少なくとも,
低いフコシル化を有する修飾抗体又は抗体誘導体を製造する方法であって,抗体又は抗体誘導体を発現する宿主細胞を有効量の有機化合物を含む培地中で適切な成長条件下で培養する段階,及び前記免疫糖タンパク質分子を細胞から分離する段階を含み,前記抗体又は抗体誘導体が前記有機化合物の不存在下で培養した宿主細胞からの抗体又は抗体誘導体と比較して低いフコシル化を有する,上記方法である点で一致することについては,当事者間に争いがない。。

なお,被告は,審決が認定した上記相違点について,引用発明の「糖修飾因子」と本件発明1の「フコース類似体」とは,化学構造の相違だけでなく,得られる糖鎖の構造に対する作用においても相違する点を正しく評価すべきであると主張する。もっとも,審決が認定した相違点が,本件発明1と引用発明の相違点であることは当事者間に争いがなく,被告の上記主張は,その主張内容等に照らし,審決が認定した相違点に関する容易想到性の判断において考慮することが相当であるから,以下,審決が認定した相違点に関する容易想到性の判断に誤りがあるかを検討することとする。
(3)

審決が認定した相違点に関する判断について
甲4文献の記載事項
甲4文献(甲4。訳文は甲44等)は,
「ハロゲン化L-フコース及び

D-ガラクトース類似体:合成と代謝効果」と題する学術論文であり,以下の記載がある。

2位及び5-メチル基において修飾された,いくつかの新規なL-
フコース類似体が,細胞膜糖複合体阻害剤又は調節剤の候補として合成され,生物学的効果について試験された。
・・・類似体4b,4c及び9bは,1×10-3Mに
おいて,SW613ヒト乳腺腫瘍細胞の高分子画分へのL-[3H]フコース取り込みを特異的に阻害した。
(143頁要約の1~9行)

L-フコース代謝物の中間体及びGDP-L-フコースへの経路を
検討することにより,
潜在的な阻害剤又は修飾剤の合理的な設計の基礎が得られた。
細胞内のGDP-L-フコースは,新生経路によって適当なD-マンノース前駆体から合成されるか,又は,アノマー炭素のリン酸化から開始されるL-フコースから合成されるかのいずれかであり,その後,得られた1-リン酸糖とGTPとの縮合が起きる。したがって,L-フコース類似体は後者の経路(サルベージ経路)に影響するようであるが,D-マンノースの類似体は,新生生合成経路の潜在的な阻害剤である。
(143頁右欄2~12行)

6位の修飾は,ヌクレオチド糖への変換及び複合糖質への取り込み
を可能とするL-フコースキナーゼのような適切な酵素の基質活性に著しい影響を与えるものではない。逆に,2位の修飾は,アノマー中心への近接性によって,L-フコース同化酵素の阻害剤の開発をもたらし得る。
(143頁右欄16行~14
4頁左欄2行)

145頁の「表II」は,
「細胞増殖及び高分子生合成における,フ
コース類似体の効果」と題する表であり,それぞれのフコース類似体を添加した培地におけるヒト乳房腫瘍細胞SW613のフコース取り込み量が,フコース類似体を添加しなかった場合のフコース取り込み量に対する%として記載されている。2-Cl-2-デオキシ-L-フコース(9a)

75%

2-Br-2-デオキシ-L-フコース(9b)

37%

2-デオキシ-2-I-L-フコース(13)

8%

6-F-L-フコース(4a)

9%

6-Cl-L-フコース(4b)

14%

6-Br-L-フコース(4c)

21%

6-I-L-フコース(4d)

92%


考察

L-フコースの5-メチル基の1水素をハロゲン原子に置換することによって,親糖のピラノース環のコンフォメーションに顕著な効果が及ぶことはなく,また,アノマー中心へは比較的小さな電子影響が及ぶと予想された。これら一連の類似体による前駆体の高分子画分への取り込みへの影響
(表II)
に比較して,
1mMの4aは,[3H]フコースの取り込みをコントロールレベルの9%まで特異的に抑制するが,他方,L-ロイシンの取り込み又は白血病L1210細胞の増殖に有意な程度まで影響することはなかった。ハロゲン原子のサイズの増加とともに,L-フコース取り込みへの阻害効果は低減し,これに付随して細胞毒性は増加した。・・・2-ハロゲン化L-フコース類似体の3位と4位のO-アセチル化の影響も確定された(表III)。O-アセチル化誘導体は,非O-アセチル化誘導体よりもより有効な成長阻害剤であることが分かった。これは,とりわけ2-ブロモ-2-デオキシ類似体について明らかである。P288リンパ腫細胞の高分子画分への前駆物質組み込みの阻害の程度は,成長阻害の程度に匹敵するようにみえる(表III)。(146頁右欄14~53行)
上記

によれば,甲4文献には,いくつかの新規なL-フコース類
似体が,細胞膜糖複合体阻害剤又は調節剤の候補として合成され,その生物学的効果(フコース類似体を添加した培地におけるヒト乳房腫瘍細胞のフコース取り込み量)について試験されたことが記載されており,あるフコース類似体(2-Cl-2-デオキシ-L-フコース
(9a)6-Cl-L-フコース

(4b)

6-Br-L-フコース(4c),及び6-I-L-フコース(4d)(いずれも,本件発明1におけるフコース類似体に該当する化合物。))は,ヒト乳房腫瘍細胞の高分子画分へのL-[3H]フコース取り込みを特異的に阻害したことが開示されている。
また,
高分子画分は,
細胞膜に結合する糖タンパク質
(糖鎖)
を含むものと解され,阻害するフコース取り込み位置は特定されていないけれども,Lフコース類似体は,サルベージ経路に影響することが示唆されている。イ
甲3文献の記載事項
甲3文献(甲3。訳文は甲43等)は,「抗体産生細胞におけるα
1,6-フコース転移酵素(FUT8)及びGDP-マンノース4,6-デヒドラターゼ(GMD)の二重ノックダウン:完全に非フコシル化し,ADCC活性が向上した治療用抗体を産生するための新しい戦略」と題する学術論文であり,以下の事項が記載されている。

背景:

抗体依存性細胞傷害活性(ADCC)は,Fcに結合す

るオリゴ糖のコアフコースの欠如により大きく向上し,ヒト体内における抗腫瘍活性の臨床的有効性に密接に関連する(1頁要約の1~2行)。

結果:

第一に,オリゴ糖のフコース修飾における3つの重要な

遺伝子,すなわち,α1,6-フコース転移酵素(FUT8),GDP-マンノース4,6-デヒドラターゼ(GMD)及びGDP-フコーストランスポーター(GFT)に対する低分子干渉RNA(siRNA)を用いた機能欠損分析により,最も効果的なsiRNA(標的mRNAの>90%を抑制する)を用いても,それぞれの標的の1遺伝子ノックダウンは抗体産生細胞の産物を完全に非フコシル化するには不十分であることがわかった。興味深いことに,予想を超えたことであるが,フコシル化の低減において,FUT8及びGMDsiRNAの協働効果が観察されたが,これらはGFTsiRNAとの組合せでは観察されなかった。(1頁要約の8~14行)

哺乳類細胞内において,
Fcオリゴ糖のコアフコシル化は,
α1,

6結合を介してGDP-フコースからFcオリゴ糖の最内N-アセチルグルコサミン(GlcNAc)までのフコース転移を触媒する唯一の遺伝子,つまり,1,6-フコース転移酵素(FUT-8)によって仲介される。オリゴ糖フコシル化の必須基質である細胞内GDP-フコースが,図1に示す新生経路(デノボ経路)及び再利用経路(サルベージ経路)の両方を介して細胞質内で合成される。細胞外環境から細胞質内へ取り込まれたD-グルコース由来のGDP-マンノースを,
新生経路が,2つのタンパク質,GDP-マンノース4,6-デヒドラターゼ(GMD)及びGDP-ケオ-6-デオキシマンノース3,5-エピメラーゼ,4-レダクターゼ(FX)による3つの酵素反応を介して,GDP-フコースに変換する。再利用経路によって,細胞外又はリソソーム源由来の遊離L-フコースから,GDP-フコースが合成される。細胞内GDP-フコースの大部分が,新生経路を介して産生され,代謝産物を含まないL-フコースは,再利用経路を介して,再利用もされる。細胞質内に蓄積されたGDP-フコースは,ゴルジ膜に固定されたGDP-フコーストランスポーター(GFT)によってゴルジ体の内腔内に輸送されて,その後,フコシルトランスフェラーゼによるフコシル化糖複合体の合成において,基質として供される。(2頁右欄10行~3頁左欄15行)

我々の先の研究では,FUT8の単一遺伝子ノックダウンによっ

て,生成物における,完全ではないが実質的な抗体フコシル化の低減がもたらされた(3頁右欄8~11行)。
上記

によれば,甲3文献は,完全に非フコシル化し,ADCC活

性が向上した治療用抗体を産生するための手法を開発することを目的とした文献であり,以下の事項が開示されているものと認められる。

Fcオリゴ糖のコアフコシル化は,α1,6結合を介して,GD

P-フコースからFcオリゴ糖の最内N-アセチルグルコサミン(GlcNAc)までのフコース転移を触媒する唯一のフコース転移酵素(FUT-8)によって仲介される。

FUT8等の糖鎖のフコース取り込みに関与する酵素を遺伝子

発現のレベルで抑制した細胞を用いることにより,産生する抗体のFc部位に結合するオリゴ糖のフコシル化を低減することができた。

容易想到性について
審決が認定した,
本件発明1と引用発明の相違点は,
有機化合物が,

本件発明は,特定のフコース類似体であるのに対して,引用発明は,糖修飾因子である点であるところ,引用発明の「糖修飾因子」は,ポリペプチドに付着する糖の付加,除去又は修飾に関与する酵素の活性を抑制する小さな有機化合物であり,甲1文献には,代表的なものとしてカスタノスペルミン(下図),フコシルトランスフェラーゼのインヒビターとして6,8a-ジエピカスタノスペルミンなどが記載されている。

これに対し,甲4文献には,本件発明1で用いるフコース類似体に該当する化合物(2-Cl-2-デオキシ-L-フコース(9a),6-Cl-L-フコース(4b),6-Br-L-フコース(4c),及び6-I-L-フコース(4d))が記載されているけれども,引用発明における「糖修飾因子」として例示される上記甲1文献記載の化合物とはその化学構造が大きく相違するものである。
本件発明1は,培地中におけるフコース類似体存在下で,糖鎖の還元末端のN-アセチルグルコサミンを介してFc領域に結合した複合N-グリコシド結合糖鎖を有する抗体を発現する宿主細胞を培養することを特徴とするものであり,これにより,簡便に低いコアフコシル化を有する抗体を産生することができるという効果を奏するものであるところ,甲1文献には,
「糖修飾因子」が添加された培地
で培養された抗体に「複合N-グリコシド結合糖鎖」が生成されることは開示されておらず,更には,複合N-グリコシド結合糖鎖構造における低いコアフコシル化について具体的に記載されているとも認められないから,甲1文献には,改良されたADCC活性を有する抗体を得るために,糖鎖形成の「初期段階(高マンノース型)に作用する酵素」を阻害する有機化合物である糖修飾因子を使用し,低いフコシル化を有する「高マンノース型糖鎖」を有する抗体を生成する方法が開示されているにとどまる。甲1文献において,抗体のコアフコシル化を抑制する機能を有するフコース類似体を採用する動機付けとなるような記載や示唆があるとは認められない。
また,甲4文献は,フコース類似体の細胞膜糖複合体に対するフコース取り込み阻害剤としての効果を検討することを目的とした文献であって,フコース類似体によるフコース取り込み阻害実験によって確認されている内容も,培養細胞の高分子画分へのフコース取り込みに関するものである。同文献に記載されたフコース類似体が,抗体に結合した糖鎖のコアフコシル化に関与する酵素の阻害剤であることが示されているということはできず,甲4文献の内容は,本件発明や引用発明のように抗体の糖鎖へのフコース取り込みに関するものではないといえる。原告は,上記の点について,フコシル化の機構とそれに関与する酵素は,抗体と糖タンパク質において同一であることは技術常識であると主張する。証拠(甲3,15)及び弁論の全趣旨によれば,フコシル化オリゴ糖を構築するための必須基質である細胞内GDP-フコースは,新生経路(デノボ経路)及び再利用経路(サルベージ経路)を介して細胞質内で合成されるところ,細胞質内に蓄積されたGDP-フコースは,
ゴルジ膜に固定されたGDP-フコーストランスポーター
(GFT)
によってゴルジ体の内腔内に輸送されて,その後,フコシルトランスフェラーゼによるフコシル化糖複合体の合成における基質として供されること,そして,上記2つの経路によるGDP-フコースの生成及びGDP-フコースの輸送,糖タンパク質との結合(転移)については,抗体やそれ以外の細胞膜に存在するもの等も含めて,糖タンパク質のフコシル化に共通した機構であると考えられること,しかしながら,糖タンパク質に対するフコース取り込みは,具体的な反応過程や対象とするタンパク,フコースが結合する糖鎖の部位などについて,それぞれ異なる酵素が作用することなどが認められる。
そうすると,甲4文献に記載された腫瘍細胞の高分子画分へのフコース取り込みは,主にリン脂質等からなる細胞膜へのフコース取り込みのみならず,細胞膜上に存在する糖タンパク質にフコースが取り込まれ得るものと解することができるから,「糖タンパク質へのフコース取り込み」という点において,引用発明と甲4文献に記載された事項とは共通するという余地はあるとしても,引用発明における抗体に対するフコース取り込みと甲4文献における高分子画分へのフコース取り込みは,フコース取り込みの前段階ともいえる,サルベージ経路及びデノボ経路によるGDP-フコース(基質)の生成,及び,これに続いて糖タンパクに対するフコース取り込みがなされる,という一般的な機序において共通するにとどまるものであるといえる。そして,前記認定のとおり,引用発明は,糖修飾因子が糖鎖形成の初期段階に作用する酵素を阻害することが特定されているのみで,抗体のいかなる糖鎖形成に作用する酵素を阻害するものか明らかではなく,また,甲4文献においても,フコース類似体が糖タンパク質のどの部位へのフコースの取り込みを阻害するのかについては明らかではない(抗体の糖鎖との関係も明らかではない。。)
以上のように,甲4文献の内容は,本件発明や引用発明のように抗体の糖鎖へのフコース取り込みに関するものではなく,引用発明と甲4文献に記載された発明とはフコシル化する糖鎖の種類や部位が同じであるともいえないから(糖タンパク質に対するフコース取り込みは,具体的な反応過程や対象とするタンパク,フコースが結合する糖鎖の部位などについて,それぞれ異なる酵素が作用する。,引用発明)
で用いる酵素阻害剤としての糖修飾因子を,化学構造が大きく相違する甲4文献に記載されたフコース類似体に置き換える動機付けがあるとは認められない。したがって,相違点に係る本件発明1の構成は,引用発明及び甲4文献に記載された事項に基づいて,
当業者が容易に想到し得るものであるということはできない。
なお,甲4文献に記載されたフコース類似体は,サルベージ経路に影響する旨の記載はあるものの,阻害するフコースの取り込み位置については特定されていないのであるから,甲4文献に記載された事項は,抗体のコアフコシル化を抑制するフコース類似体について示唆するものとはいえない。仮に,甲4文献に記載されたフコース類似体を,糖鎖形成の初期段階に関与するいずれかの酵素を抑制する有機化合物である「糖修飾因子」を用いて,低いフコシル化を有する「高マンノース型糖鎖」を有する抗体を生成する方法である引用発明に適用したとしても,直ちに,抗体のコアフコシル化を抑制する機能を有するフコース類似体の構成を具備するものと認定することはできない。
また,前記認定のとおり,甲3文献には,抗体に対するα1,6-フコース転移酵素(FUT8)を阻害することによって,抗体のFc部位に結合するオリゴ糖のコアフコシル化が低減されることが開示されているとしても,甲4文献には,抗体に結合した糖鎖のコアフコシル化に関与する酵素の阻害に直接関連する記載がないのであるから,甲3文献に開示された上記技術的事項は,甲4文献に開示されているフコース類似体を,引用発明の糖修飾因子に代えて適用するための課題や知見を示唆するものとはいえない。
甲3文献の上記記載に接した当業者であっても,
引用発明の糖修飾因子に代えて,
抗体に対するコアフコシル化阻害活性が明らかではない,甲4文献に記載されたフコース類似体について,敢えて,フコシル化を抑制する効果を確認するために,引用発明の糖修飾因子に代えて適用することを試みる動機付けはないといえる。そうすると,甲3文献に記載された技術的事項を考慮しても,引用発明の糖修飾因子を甲4文献に記載されたフコース類似体に置き換えることについて,当業者が容易に想到し得たものとは認められない。
相違点に係る本件発明1の構成は,引用発明,甲3文献及び甲4文献に記載された技術的事項に基づいて,当業者が容易に想到し得たものと認めることはできないとした審決の判断に誤りはない。
(4)

原告の主張について
原告は,細胞膜画分の糖タンパク質へのフコース取り込みと抗体へのフ
コース取り込みは共通するフコシル化機構の下で行われ,それに寄与する酵素も同一であることは技術常識であるから,引用発明における糖修飾因子として,甲4文献に開示されている糖タンパク質へのフコース取り込みを阻害したフコース類似体を採用すること(抗体のコアフコシル化に適用すること)は,当業者が容易に想到し得たことである旨主張する。
確かに,
タンパク質のフコシル化機構において,
リン酸化を含むサルベージ経路,
デノボ経路を介したGDP-フコースの生成,及びGDP-フコースの輸送,糖タンパク質との結合(転移)といった一般的な部分については対象とするタンパク質によらず共通するものといい得る。
しかしながら,具体的にいかなる酵素の作用によって,タンパク質や糖鎖のいかなる位置に対するフコースの転移が生じるのか,これに対応するいかなる阻害剤が有効であるのかは,それぞれ異なるものと認められるから,一般的な意味においての機構が共通するのみでは,細胞膜画分の糖タンパク質等へのフコース取り込み阻害を抗体に適用すること,すなわち,引用発明における糖修飾因子として,甲4文献に開示されているフコース類似体を採用することが容易であるとはいえない。したがって,原告の上記主張は採用することができない。

原告は,甲4文献には,
「2位の修飾は,アノマ中心に近いことから,L

-フコース同化酵素の阻害剤の開発につながった。(143頁~144頁)との記」
載があり,フコース類似体がフコシル化に関与する酵素を阻害することが明示されており,また,細胞膜の糖タンパク質のフコシル化と抗体のフコシル化には,同一の機序及び共通の酵素が関与していることが公知であったことを勘案すれば,甲4文献には,実質的に,フコース類似体が,タンパク質に結合した糖鎖のフコシル化に関与する酵素の阻害剤であることが記載されている旨主張する。しかしながら,甲4文献に,実質的に,フコース類似体が,タンパク質に結合した糖鎖のフコシル化に関与する酵素の阻害剤であることが記載されているとしても,引用発明と甲4文献に記載された発明とはフコシル化する糖鎖の種類や部位が同じであるとはいえず,引用発明で用いる酵素阻害剤としての糖修飾因子を,甲4文献に記載されたフコース類似体に置き換える動機付けがあるとは認められないのは前記認定のとおりである。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。

原告は,その他,フコシル化の機構とそれに関与する酵素は,抗体と糖
タンパク質において同一であることが技術常識であることを前提として,引用発明の糖修飾因子として,甲4文献に記載されたフコース類似体を採用することについて動機付けがあるとか,甲3文献に記載されたフコシル化に関与する特定の酵素を阻害すれば抗体のフコシル化が抑制されるという知見を勘案すれば,引用発明における糖修飾因子として,甲4文献に記載されたフコース類似体を採用することは,当業者が容易に想到することができたものであるなどと主張する。しかしながら,引用発明と甲4文献に記載された発明とはフコシル化する糖鎖の種類や部位が同じであるとはいえないから,引用発明で用いる酵素阻害剤としての糖修飾因子を,甲4文献に記載されたフコース類似体に置換する動機付けがあるとは認められず,また,甲3文献に開示された技術的事項は,甲4文献に開示されているフコース類似体を,引用発明の糖修飾因子に代えて適用するための課題や知見を示唆するものではなく,相違点に係る本件発明1の構成は,引用発明,甲3文献及び甲4文献に記載された事項に基づいて,当業者が容易に想到し得るものであるということはできないのは前記認定のとおりである。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。

原告は,甲1文献には,特定の酵素に限定されることなく,糖の付加,
除去又は修飾に関与する様々な段階の酵素に対する阻害剤を使用することで,低いコアフコシル化を有する抗体を製造するとの着想が明確に教示されている旨主張する。
しかしながら,前記認定のとおり,甲1文献には,改良されたADCC活性を有する抗体を得るために,
糖鎖形成の
「初期段階
(高マンノース型)
に作用する酵素」
を阻害する有機化合物である糖修飾因子を使用し,低いフコシル化を有する「高マンノース型糖鎖」を有する抗体を生成する方法が開示されているにとどまるから,原告の上記主張は採用することができない。
(5)

まとめ

以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,本件発明1は,引用発明,甲3文献及び甲4文献に記載された事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものということはできないから,これと同旨の審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由1は理由がない。なお,本件発明2~24は,本件発明1に更に限定を加えるなどしたものであり,引用発明とは,少なくとも,審決が認定した相違点で相違するものであるから,同様にその容易想到性を否定した審決の判断にも誤りはない。

3
取消事由2(相違点に関する判断の誤り②)について(1)

審決が認定した相違点に関する判断について
甲5文献の記載事項
甲5文献(甲5。訳文は甲45)は,
「2-デオキシ-2-フルオロ-

L-フコース,及びそれが哺乳類細胞におけるL-[1-14C]フコース利用に及ぼす効果」と題する学術論文であり,以下の事項が記載されている。a
要約

・・・培養中のマウス線維芽細胞(TAL/NP及びTAL/NB)は,L-[1-14C]フコースをトリプシン分解画分及び細胞構成成分における糖タンパク質に取り込む。2-デオキシ-2-フルオロ-L-フコース又はL-フコースを0.1~10mMの範囲で培地に添加すると,
ラベルが競合的に,
かつ徐々に減少した。
これらの証拠はフルオロ糖が糖タンパク質画分に取り込まれることを示唆する。9(
89頁要約1~8行)

同位体でラベルした2-デオキシ-2-フルオロ-L-フコースを
用いれば,高分子構造に取り込まれた修飾糖の量や化学的位置について正確に決定できるかもしれない。しかしながら,この予備的試験結果は,フルオロ類似体は,細胞に侵入した,タンパク質生合成中に親糖(訳注:フコースを意味している。)と
競合できるであろうことを示している。
(991頁14~18行)
上記

によれば,甲5文献には,本件発明1で用いるフコース類似体

に該当する化合物である2-デオキシ-2-フルオロ-L-フコースが,マウス線維芽細胞のトリプシン分解画分及び細胞構成成分へのL-フコースの取り込みを競合的に阻害したという実験結果が開示されている。甲5文献では,2-デオキシ-2-フルオロ-L-フコースが糖タンパク質画分に取り込まれる可能性について考察されており,2-デオキシ-2-フルオロ-L-フコースが細胞の糖タンパク質画分のどの位置へ取り込まれるのかは今後研究すべき課題であることが窺われる。

容易想到性について
甲5文献に記載されている2-デオキシ-2-フルオロ-L-フコー
スは,本件発明1で用いるフコース類似体に該当する化合物ではあるけれども,引用発明に開示されている,カスタノスペルミンなどの「糖修飾因子」とはその化学構造が大きく相違するものである。
また,甲5文献からは,2-デオキシ-2-フルオロ-L-フコースが細胞の糖タンパク質画分のどの位置へ取り込まれるのかは今後研究すべき課題であることが窺えるにすぎず,2-デオキシ-2-フルオロ-L-フコースを糖タンパク質画分へのフコース取り込み阻害剤として使用できることまで示唆されているとはいえないから,甲5文献には,フコース類似体である2-デオキシ-2-フルオロ-L-フコースが,抗体のコアフコシル化に関与する酵素の阻害剤であることが示されているとはいい難い。
仮に,2-デオキシ-2-フルオロ-L-フコースによる糖タンパク質へのフコースの取り込みを阻害した点において引用発明と共通するとしても,糖タンパク質に対するフコース取り込みにおいては,具体的な反応過程や対象とするタンパク,糖鎖の部位などについて,それぞれ異なる酵素が作用することは当該技術分野における技術常識であり,引用発明と甲5文献に記載された事項とはフコシル化する糖鎖の種類や部位が同じであるとはいえないことを考慮すると,引用発明で用いる酵素阻害剤としての糖修飾因子を,甲5文献に記載された,抗体のコアフコシル化に関与する酵素の阻害剤であることが示されているとはいえない,1つのフコース類似体に置き換える動機付けがあるとはいえない。
さらに,甲3文献に記載された技術的事項は,抗体に結合した糖鎖のコアフコシル化に関与する酵素の阻害に直接関連する記載のない甲5文献に開示されたフコース類似体を,引用発明の糖修飾因子に代えて適用するための課題や知見を示唆するものとはいえないから,
甲3文献に記載された技術的事項を考慮しても,
引用発明の糖修飾因子を甲5文献に記載されたフコース類似体に置き換えることについて,当業者が容易に想到し得たものとは認められず,相違点に係る本件発明1の構成は,引用発明,甲3文献及び甲5文献に記載された技術的事項に基づいて,当業者が容易に想到し得たものと認めることはできないとした審決の判断に誤りはない。
(2)

原告の主張について
原告は,甲5文献は,放射性同位体で標識したフコースと非標識の2-デオキシ-2-フルオロ-L-フコースを細胞培養に添加した結果,2-デオキシ-2-フルオロ-L-フコースによる糖タンパク質へのフコースの取り込み阻害が確認されたことを報告する論文であり,2-デオキシ-2-フルオロ-L-フコースが糖タンパク質生合成過程において,フコースと競合することを示唆するものであるから,2-デオキシ-2-フルオロ-L-フコースを糖タンパク質画分のフコース取り込み阻害剤として使用できる旨主張する。
しかしながら,甲5文献からは,2-デオキシ-2-フルオロ-L-フコースが細胞の糖タンパク質画分のどの位置へ取り込まれるのかは今後研究すべき課題であることが窺えるにすぎず,2-デオキシ-2-フルオロ-L-フコースを糖タンパク質画分へのフコース取り込み阻害剤として使用できることまで示唆されているとはいえないのは前記認定のとおりである。
したがって,甲5文献に記載されたフコース類似体が,抗体のコアフコシル化に関与する酵素の阻害剤であることが示されているとはいえず,原告の上記主張は採用することができない。

原告は,細胞膜画分の糖タンパク質へのフコース取り込みと抗体へのフ
コース取り込みは共通するフコシル化機構の下で行われ,それに寄与する酵素も同一であることは技術常識であるから,引用発明における糖修飾因子として,甲5文献に開示されている糖タンパク質へのフコース取り込みにおいてフコースと競合するフコース類似体を採用することは,当業者が容易に想到し得たことである旨主張する。
しかしながら,具体的にいかなる酵素の作用によって,タンパク質や糖鎖のいかなる位置に対するフコースの転移が生じるのか,これに対応するいかなる阻害剤が有効であるのかは,
それぞれ異なるものと認められるのは前記認定のとおりであり,
一般的な意味においての機構が共通するのみでは,引用発明における糖修飾因子として,甲5文献に開示されているフコース類似体を採用することが容易であるとはいえない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。

原告は,その他,フコシル化の機構とそれに関与する酵素は,抗体と糖
タンパク質において同一であることが技術常識であることを前提として,引用発明の糖修飾因子として,甲5文献に記載されたフコース類似体を採用することについて動機付けがあるとか,甲3文献に記載されたフコシル化に関与する特定の酵素を阻害すれば抗体のフコシル化が抑制されるという知見を勘案すれば,引用発明における糖修飾因子として,甲5文献に記載されたフコース類似体を採用することは,当業者が容易に想到することができたものであるなどと主張する。しかしながら,甲5文献に記載されたフコース類似体が抗体のコアフコシル化に関与する酵素の阻害剤であることが示されているとはいえないから,引用発明で用いる酵素阻害剤としての糖修飾因子を,甲5文献に記載されたフコース類似体に置換する動機付けがあるとは認められず,
また,
甲3文献に開示された技術的事項は,
甲5文献に開示されているフコース類似体を,引用発明の糖修飾因子に代えて適用するための課題や知見を示唆するものではなく,
相違点に係る本件発明1の構成は,
引用発明,甲3文献及び甲5文献に記載された事項に基づいて,当業者が容易に想到し得るものであるということはできないのは前記認定のとおりである。したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(3)

まとめ

以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,本件発明1は,引用発明,甲3文献及び甲5文献に記載された事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものということはできないから,これと同旨の審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由2は理由がない。

4
取消事由3(実施可能要件に関する判断の誤り)について
(1)

明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者がその実施をすることができ
る程度に明確かつ十分に記載したものであることを要する
(特許法36条4項1号)
ところ,本件において,当業者が,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識に基づいて,本件発明の実施をすることができるのであれば,特許法36条4項1号に規定する要件を満たすということができる。
本件明細書の発明の詳細な説明には,複合N-グリコシド結合糖鎖を有するFcドメインを有する抗体又は抗体誘導体,それらを発現する宿主細胞,培地に添加するフコース類似体,培養方法及び抗体又は抗体誘導体の精製について,一般的な記載があり(段落【0054】~【0113】【0114】~【0131】,実施例,

1~36として種々の置換基を有するフコース類似体の合成,抗体の産生,抗体のコアフコシル化やそれに関連する生物学的活性の分析に関する実験例が具体的データとともに記載されている。そうすると,原告が主張するように,フコース類似体の化学構造の違いによって生物学的活性が異なるものであるとしても,本件明細書の発明の詳細な説明において,相当数のフコース類似体についてコアフコシル化を阻害することが裏付けられており,請求項1に記載された他のフコース類似体についても,これを否定すべき理由は見当たらないのであるから,本件発明の全体にわたって実施をすることができるものと認めるのが相当である。
したがって,当業者が,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識に基づいて,本件発明の実施をすることができるものであり,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであると認められる。
(2)

原告の主張について
原告は,
本件明細書の表1によると,
50μMでの阻害活性が
「>80%」

と記載されたアルキニルフコースジ(トリメチルアセテート)に,もう1つピバレートエステル基が付加しただけで,阻害活性が「約0%」
(50μMアルキニルフコ
ース1,2,-トリ(トリメチルアセテート)
)となるように,化学構造がわずかで
も変化すると活性に大きな相違がもたらされるというのが技術常識であるから,本件発明1のフコース類似体の全てが低いコアフコシル化抗体の製造に使用することができるわけではないと主張する。
本件明細書の発明の詳細な説明の表1には,各種フコース類似体を50μM又は1mMの濃度で添加した培地を用いてヒト化IgG1抗CD70モノクローナル抗体h1F6を産生するCHO

CG44細胞を培養した上清から精製した抗体にお

ける,コアフコシル化の阻害の程度(%)が示されている。そして,表1には,5-シアノフコーステトラアセテート(ピラノース型)及び5-シアノフコーステトラアセテート(フラノース型)は,1mMにおける阻害は「ND」(フコース類似体
の存在下での不十分な抗体産生又は細胞成長の阻害のため,非コアフコシル化抗体が検出されなかったことを意味する。
)であるものの,50μMではそれぞれ「2
0%」及び「5-10%」と記載されており,上記両化合物は50μMのような1mMよりも低い濃度で用いれば,低いコアフコシル化を有する修飾抗体又は抗体誘導体を製造できることを理解することができる。したがって,発明の詳細な説明には,フコース類似体として上記両化合物を用いた場合に,本件発明が実施できることが具体的に記載されているということができる。
一方,表1には,アルキニルフコース1,2,3-トリ(トリメチルアセテート)に関しては,50μMで「約0%」
,1mMで「ND」と記載されている。しかしな
がら,当業者であれば,上記フコース類似体の50μMの濃度における阻害活性データを比較した際に,アルキニルフコース1,2,3-トリ(トリメチルアセテート)の阻害活性が,ピバレートエステル基を1つ多く有するアルキニルフコーステトラキス(トリメチルアセテート)よりも低下していることは,本件明細書の記載及び技術常識に照らし,不自然であると認識し,その阻害活性データについて,発明の詳細な説明の実施例(段落【0217】等)に記載されたコアフコシル化阻害活性の測定方法によって当該フコース類似体の阻害活性を確認し,表1におけるこのフコース類似体の阻害活性データが誤記であることを確認することに格別の技術的困難があるとは認められない。表1及び2に列挙された各種フコース類似体のコアフコシル化の阻害%のうちで唯一50μMにおいても1mMにおいても効果がないと解される表1のアルキニルフコース1,2,3-トリ(トリメチルアセテート)の上記データが誤記であることは,共同発明者の1名により本件明細書に記載された実験の元データ(添付資料A。以下「本件データ」という。
)を分析した結果報告
(甲16。以下「本件分析報告」という。
)によれば,アルキニルフコース1,2,3
-トリ(トリメチルアセテート)の阻害が>80%程度であると認められることからも裏付けられる。
したがって,当業者であれば,アルキニルフコース1,2,3-トリ(トリメチルアセテート)の阻害活性に関する本件データを参照するまでもなく,発明の詳細な説明の記載から,表1の上記フコース類似体の阻害活性データが誤記であることを推測することができ,そのことを発明の詳細な説明の実施例の記載に基づいて容易に確認することができると認められるし,また,本件分析報告によれば,アルキニルフコース1,2,3-トリ(トリメチルアセテート)は,実際には非常に高いコアフコシル化阻害活性(>80%)を有することが確認できるのであるから,フコース類似体として,
アルキニルフコース1,2,3-トリ
(トリメチルアセテート)
を発明の詳細な説明に記載されたとおりに用いることにより,本件発明1について実施をすることができるものと認められる。
以上によれば,表1のアルキニルフコース1,2,3-トリ(トリメチルアセテート)に関する「約0%」及び「ND」の記載のみをもって,実施可能要件を欠くということはできず,当業者は,本件明細書の発明の詳細な説明の全体的な開示に基づき,本件発明1について実施をすることができると認められるから,原告の上記主張は採用することができない。
また,原告は,審決が,アルキニルフコース1,2,3-トリ(トリメチルアセテート)の阻害活性のデータが「不自然」であると認定したのは,被告がその後に提出した生データを考慮した上での,後付けの判断によるものといわざるを得ず,この点に関する審決の判断は,本件優先日に当業者が知り得なかった生データに基づくものであるから,特許法36条4項1号の規定に反する旨主張する。しかしながら,当業者であれば,アルキニルフコース1,2,3-トリ(トリメチルアセテート)の阻害活性に関する本件データを参照するまでもなく,発明の詳細な説明の記載から,表1の上記フコース類似体の阻害活性データが誤記であることを推測でき,それを発明の詳細な説明の実施例の記載に基づいて容易に確認することができると認められるのは前記認定のとおりである。
このように,本件は,本件明細書に,当業者が,技術常識に照らし,阻害活性に関するデータの一部分が不自然であると推測し確認することができる記載があるといえる場合であるから,本件明細書の発明の詳細な説明(
【0217】の表1)に記
載された阻害活性のデータ(50μMにおける阻害)について,出願後に補充した本件データを参酌することも許されるものと解される。被告は,本件明細書の発明の詳細な説明に開示された多くの実験結果の1つに誤記があったことから,本件明細書に記載された内容の範囲内での結果を示すような事後的な本件分析報告を提出して(甲16)
,上記誤記について釈明しているにすぎない(例えば,特許出願前に実施することができた実験データを,事後的に追完するような場合とは異なる。。)
したがって,出願後に補充した本件データを参酌した審決の判断に誤りはなく,原告の上記主張は採用することができない。

原告は,本件発明2に関して,発明の詳細な説明には,5%未満のフコ
ース類似体が組み込まれる方法が具体的に記載されておらず,フコース類似体の組み込みのデータを示す表3において最小値が20%であることからみても,どのようにすれば組み込みを5%未満にできるのか不明であるのに対し,審決は,フコース類似体の種類によっては組み込み%が表3に示される最低値の20%より低い場合があることは十分予測されることであると判断したが,審決の上記判断は,本件優先日に当業者が知り得なかった実験データに基づくものであることから,誤りであると主張する。
しかしながら,本件明細書の発明の詳細な説明には,フコース類似体が抗体に組み込まれる割合が5%未満である例が存在することが,実施例4及び実施例7において示されている。すなわち,実施例4においては,特定のフコース類似体(アルキニルフコースペルアセテート(表1の2番目の化合物)
)の存在下/不存在下で産
生した抗体について,コアフコシル化されている糖鎖(ピークG0)及びコアフコシル化されていない糖鎖
(ピークG0-F)
の量を測定した結果,
G0-F
(85%)
とG0(6%)以外に実質的なピークはないことが認められる(図1C)。このよう
に,図1Cにおいて,6%に相当するG0のピークと比べられるような他のピークは存在しないのであるから,このフコース類似体が組み込まれている割合は6%より少なく,5%未満であることは明らかであるといえる。
また,上記と同じフコース類似体(アルキニルフコースペルアセテート)の実施例7(図4A)では,フコース類似体を加えた場合のチャート(下側)において,コアフコシル化されていない糖鎖のG0-FとG1-F以外の実質的なピークが見出されないことから,フコース類似体が抗体に5%以上組み込まれることはなかったものと認められる。
したがって,本件明細書の発明の詳細な説明には,実施例4及び実施例7として,フコース類似体が抗体に組み込まれる割合が5%未満である例が具体的に示されているということができる。
そして,
本件発明2は,
本件発明1のうち,
フコース類似体の組み込み率が5%
未満である態様のみを対象とするように限定した発明であり,抗体に組み込まれる能力について試験した表3では,組み込み%が20%以上のフコース類似体が示されるにとどまるものの,比較的構造が簡単なアルキニルフコースペルアセテートに関する実施例4及び実施例7について組み込み割合が5%未満であったことを踏まえれば,当該特性を満たすフコース類似体を特定することに,当業者に期待すべき程度を超える過度の試行錯誤が必要となるものとは認められない。したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(3)

以上によれば,本件明細書の発明の詳細な説明は,本件発明を当業者が
実施できるように明確かつ十分に記載されているものと認められるから,その旨の審決の判断に誤りはなく,原告の主張する取消事由3は理由がない。
5
取消事由4(サポート要件に関する判断の誤り)について
(1)

特許請求の範囲の記載は,特許を受けようとする発明が発明の詳細な説
明に記載したものであることを要する(特許法36条6項1号)ところ,この規定の趣旨に照らすと,明細書の発明の詳細な説明が,出願時の当業者の技術常識を参酌することにより,当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる程度に記載されていることが必要であると解される。
本件明細書の記載(段落【0007】
)によれば,本件発明が解決しようとする
課題は,フコース類似体の存在下で,抗体又は抗体誘導体を発現する宿主細胞を培養することにより,複合N-グリコシド結合糖鎖の低いコアフコシル化を有する抗体を産生する抗体及び抗体誘導体を調製する方法並びに組成物を提供することにあり,上記フコース類似体の不存在下で培養したそのような宿主細胞から産生された抗体又は抗体誘導体と比較して高いエフェクター機能(ADCC)を示し得るとの効果を奏するとされている。
原告は,本件発明のアルキニルフコース1,2,3-トリ(トリメチルアセテート)のコアフコシル化阻害活性については,約0%であることが本件明細書の発明の詳細な説明に記載されているのであるから,本件発明が,発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えていることは明らかであり,また,当業者が当該記載は誤記であり,上記化合物は当然に当該課題を解決し得ると判断する合理的理由は見出せないと主張する。
しかしながら,前記4のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明に基づいて,本件発明について当業者が実施をすることができる(所期の複合N-グリコシド結合糖鎖の低いコアフコシル化を有する抗体を産生する抗体及び抗体誘導体を調製することができる)ものと認められるから,発明の詳細な説明が,出願時の当業者の技術常識を参酌することで,当業者が本件発明の課題である,フコース類似体の存在下で,抗体又は抗体誘導体を発現する宿主細胞を培養することにより,複合N-グリコシド結合糖鎖の低いコアフコシル化を有する抗体を産生する抗体及び抗体誘導体を調製する方法並びに組成物を提供するとの課題を解決できると認識できる程度に記載されているものと認められる。
また,本件明細書の記載全体から見て不自然な実験データの記載があり,それが誤記であったとしても,前記4のとおり,当業者が,容易に誤記である可能性を認識することができ,正しい結果を容易に確認することができるのであるから,上記誤記の存在のみをもって,本件明細書の発明の詳細な説明が発明の課題を解決できると認識できる程度に記載されていないとすることは適切ではないというべきである。
(2)

したがって,原告の上記主張は採用することができず,審決のサポート
要件に関する判断に誤りはないから,原告の主張する取消事由4は理由がない。
第6

結論

以上によれば,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第1部

裁判長裁判官
清水節
裁判官
中島基至岡田慎吾
裁判官
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