判例検索β > 平成27年(わ)第1332号
暴行、逮捕、死体遺棄、傷害致死被告事件
事件番号平成27(わ)1332
事件名暴行,逮捕,死体遺棄,傷害致死被告事件
裁判年月日平成29年7月19日
法廷名福岡地方裁判所
戻る / PDF版
平成29年7月19日宣告
暴行,逮捕,死体遺棄,傷害致死被告事件
主文
被告人を懲役7年6月に処する
差戻前第1審における未決勾留日数中340日をその刑に算入する。理由
(罪となるべき事実)
【部分判決に示された事実】
被告人は,自動車運転代行業のオーナーであったが,平成22年頃から,自己の下で働くAに対し,暴力を振るうようになっていたところ,
第1

同じく被告人の下で働くBと共謀の上,Aの仕事にミスがあったなどとし,こ
れにかこつけ,
1
平成24年3月27日頃,福岡県糸島市ab番地c所在のC事務所において,A
(当時30歳くらい)に対し,その身体を棒様のもので殴打し,その足をライターの火であぶり,その身体に熱湯をかけるなどの暴行を加え
2
前記日時・場所において,Aを正座させ,その両膝の裏側にバット様のものを
挟み込んでビニールひも様のものでAの足を緊縛し,さらに,Aの両腕を背後に回し,両手の手指をひも様のもので緊縛するなどした上,Aの身体を抱え上げてテーブルに乗せ,その身体をビニールひも様のものでテーブルに縛り付けるなどし,もってAを不法に逮捕し
第2Aに対する悪ふざけが高じて,Bと共謀の上,
1
同年4月22日頃,C事務所敷地内において,Aに対し,Aを直立させた上で
車両用タイヤをAの身体にかぶせるなどしてAの上半身に同タイヤ5本を通して積み重ねるなどし,もってAを不法に逮捕し
2
前記日時・場所において,前記のとおり,上半身にタイヤを通され積み重ねら
れたAに対し,その身体等を足で蹴り倒す暴行を加え
第3

B及び同じく被告人の下で働くDと共謀の上,Aの仕事にミスがあったなどと
し,これにかこつけ,
1
同年5月19日頃,C事務所において,Aの両足首を犬用のリードと結び付け,
同リードの先を天井からつるされた針金様のもので作られた輪に通すなどして,Aの身体を逆さづりにし,もってAを不法に逮捕し
2
前記日時・場所において,Aに対し,その身体を棒状のもので多数回殴打し,
火のついたたばこをAの着衣の中に入れ,そのふくらはぎ等に着衣の上から熱したはんだごてを押し当てるなどの暴行を加えた。
【区分事件以外の被告事件について当裁判所が認定した事実】
被告人は,
第4

平成24年10月頃から,妻のE以外の女性と不倫関係にあり,それらが原因
でEとたびたび口論になるなどしていたところ,同年11月26日頃,前記女性が経営する店で飲食するなどした後,帰宅のため,福岡県糸島市ab番地cの当時の被告人方(以下「被告人方」という。)付近まで戻った際,Eから,夜間に外出したこと等について追及されるなどしたことに立腹し,同市ad番地e所在の駐車場,被告人方敷地内及びその周辺において,E(当時50歳)に対し,その腹部を右膝で蹴り,その衝撃によりEの腰部ないし背部を駐車中の車両に強く打ち付けさせ,その左胸部付近を右足で蹴ってEを地面に転倒させ,更にEの胸部を両腕で抱え上げて背部から地面に投げつけたほか,その左大腿部,右下腿部,背部及び腰部等に何らかの方法による暴行を加え,よって,Eに体幹部・下肢皮下出血,左第1ないし第4,第8,第9肋骨骨折,胸椎・腰椎棘突起骨折等の傷害を負わせ
第5

Bと共謀の上,Eの死体を遺棄しようと企て,同日頃から同月27日頃までの
間,同市fgh番地ⅰから北方約53.4mのj海岸に深さ約107cmの穴を掘った上,普通乗用自動車を使用して被告人方からj海岸まで前記死体を運搬し,前記穴の中に前記死体を入れ,上から砂をかけて埋めるなどし,もって死体を遺棄した。
(争点に対する判断)
第1本件の審理経過及び争点並びに破棄判決の拘束力
1差戻前第1審
被告人は,Aに対する暴行,逮捕被告事件及びEに対する死体遺棄,傷害致死被告事件で起訴され,このうち,傷害致死の訴因の概要は,「被告人は,平成24年11月26日頃,福岡県糸島市ad番地e所在の駐車場,同市ab番地cの当時の被告人方敷地内及びその周辺において,Eに対し,その腹部や胸部を足で蹴るなどの暴行を加え,よって,Eに多発骨折等の傷害を負わせ,その頃,前記被告人方において,Eを多発骨折による外傷性ショックにより死亡させた。」というものであった。差戻前第1審における傷害致死の訴因についての主要な争点は,被告人による暴行(①みぞおち辺りに膝蹴りし,車のフロントグリル辺りに勢いよく背中などをぶつけさせる暴行,②左胸辺りを足の裏で蹴って,後ろ向きに地面に転倒させる暴行,③胸辺りを両手で抱え上げて,1m位の高さから背中から地面に落とす暴行,④その他の暴行)の有無及び同暴行とEの死亡の間の因果関係の有無であった。この点について差戻前第1審判決は,①ないし③の暴行を認定し,④についても,特定はできないものの何らかの暴行は認められると判断した上で,①ないし③の暴行のみでは,Eの多発骨折等の全て,特に肺挫傷を伴う右前面の第3ないし第8肋骨の骨折を説明することはできないが,①ないし④の暴行により多発骨折が生じたと認定できる,被告人がEを抱えて移動した際にバランスを崩してEの体に覆いかぶさったこと等によっては骨折は生じず,Eが玄関で自ら転倒した際,骨折の一部が生じた可能性があるが,仮にそうだとしても因果関係は否定されないとして,被告人の暴行とEの死亡(肺挫傷を伴う多発骨折を負い外傷性ショックに陥ったことによる死亡)の間の因果関係を肯定した。
2控訴審
これに対し,被告人が控訴したところ,控訴審では,死亡の主たる原因,すなわち,肺挫傷を伴う右前面肋骨骨折を作った行為は何かが主要な争点となった。検察官は,右前面肋骨骨折は局所的な外力が骨折部位に加わった直達力によるものであり,被告人の覆いかぶさりによって生じたものではないと主張し,弁護人は,右前面肋骨骨折は前後方向の狭圧により生じた可能性が高く,被告人の覆いかぶさりにより生じたと考えられると主張した。
この点について控訴審判決は,前記①ないし③の暴行は認定できるが,致命傷となった右前面肋骨骨折及びそれに伴う肺挫傷は,被告人がバランスを崩してEの体に覆いかぶさった際の狭圧によって生じたものであって,被告人による暴行とEの死亡の間に因果関係を認めることはできず,差戻前第1審判決には事実誤認があるとしてこれを破棄した。その上で,控訴審判決は,前記傷害致死の訴因に掲げられた暴行のほかに,Eの死亡に関与した被告人の行為について,訴因変更ないし追起訴がされる余地があるとして,本件を当審に差し戻した。
3破棄判決の拘束力
差戻前第1審判決を破棄した控訴審判決については,その事実判断のうち,破棄の直接の理由,すなわち原判決に対する消極的否定的判断についてのみ破棄判決の拘束力が生ずるものであり,この判断を裏付ける積極的肯定的事由についての判断は,何らの拘束力を生ずるものではない。
これを本件についてみると,控訴審判決が破棄の直接の理由としているのは,被告人による暴行とEの死亡の間に因果関係は認められないとした部分であり,この消極的否定的判断の部分には拘束力が生ずると解するのが相当である。他方で,前記①ないし③の暴行を認定した部分や,Eの右前面肋骨骨折及びそれに伴う肺挫傷が致命傷であり,これらは被告人の覆いかぶさりによって生じたものであるとした部分は,前記拘束力が生ずる判断を裏付ける積極的肯定的判断であると認められるから,これらの部分には拘束力が生じないと解するのが相当である。
4当審
検察官は,当審に至り,前記傷害致死の訴因について訴因変更を請求し,新たな主張を追加した。すなわち,新訴因は,「被告人は,平成24年11月26日頃,福岡県糸島市ad番地e所在の駐車場,同市ab番地cの当時の被告人方敷地内及びその周辺において,Eに対し,その腹部を右膝で蹴り,その衝撃によりEの背部及び腰部を駐車中の車両に強く打ち付け,その左胸部付近を右足で蹴ってEを地面に転倒させ,さらにEの胸部を両腕で抱え上げて背部から地面に投げ付けたほか,その左大腿部,右下腿部,胸部,背部及び腰部に何らかの方法による暴行を加えるなどし,よって,Eに体幹部・下肢皮下出血,多発性肋骨骨折,胸椎・腰椎棘突起骨折,肺挫傷等の傷害を負わせ,その頃,前記被告人方において,Eを前記傷害に起因する外傷性ショックにより死亡させた。」というものである。そしてその結果,当審での傷害致死の訴因暴行のほか,Eの左大腿部,右下腿部,胸
Eの死
亡の間の因果関係の有無,すなわち,前記各暴行により,Eに体幹部・下肢皮下出血,多発性肋骨骨折,胸椎・腰椎棘突起骨折,肺挫傷等の傷害が生じ,それらに起因する外傷性ショックによりEが死亡したか否かと整理されるに至った。なお,このうち,
第2当裁判所の判断
1暴行の有無等(争点㋐)について


被告人の捜査段階の供述から認められる暴行について

暴行の態様,その後の経緯に関する被告人の捜査段階の供述(差戻前第1審乙10,12)の要旨は以下のとおりである。
平成24年11月26日午前9時25分頃,外出先から帰宅した際,駐車場でEが文句を言ってきたので,左手でEの首か左肩辺りをつかみ,体が前かがみになるように押さえつけながら,みぞおち辺りを右足で1回膝蹴りし,Eは,蹴られた勢いで,勢いよく車のフロントグリルに腰か背中からぶつかった(①の暴行),Eは,みぞおちの辺りを手で押さえてかがみ込み,2分くらい体を丸めて痛そうにしていたが,また文句を言い始めたので,右足でEの左胸を1回蹴り,Eは,少し飛んで,後ろ向きに倒れた(②の暴行),腕かどこかをつかんで立たせたところ,Eは,ふらふらしながらゆっくりと被告人方へ歩いて行った,しばらくして,被告人も被告人方に向かったところ,Eが何か言いながら,正面から被告人の左右の脇腹辺りを両手でつかむようにしてしがみついてきた,Eの胸辺りに両手を入れて,軽く抱えるようにし,放そうとしたが,離れないので,そのまま持ち上げて,左側にひっくり返しながら地面に落としたところ,Eは1mくらいの高さから,芝生の地面に背中から落ち,うめいていた(③の暴行),その後,Eの腕か何かをもって立たせてやるなどすると,ふらふらと被告人方に向かっていった。
被告人の前記供述は,各暴行の態様や暴行を受けた際のEの姿勢,体の動き,反応や言動等について詳細かつ具体的であり,内容にも特に不自然な点はない。また,関係証拠によれば,被告人は,死体遺棄で逮捕された後,まず検察官に対し①の暴行を任意に自白し,さらに①ないし③の暴行を自白した後,殺人罪で勾留され供述を拒否するようになったが,当時の内妻から差し入れられた本を読んでその内容に共感し,内妻と生まれてくる子供のために事件のことを話す心境になったとして,再び①ないし③の暴行を自白するに至ったと認められ,このような経緯に鑑みれば,その自白は任意かつ真摯なものと認定できる。この点について,被告人は,当審において,警察官が当時の内妻との接見等に関し便宜を図ってくれたので迎合的に自白したなどと供述するに至ったが,この点を差戻前第1審及び控訴審で供述しなかった合理的な理由を何ら説明できていないから,かかる被告人の供述はおよそ信用できない。さらに,前記被告人の捜査段階の自白は,Dが,同日午前10時頃,比較的長い時間にわたり被告人とEが言い合いをし,Eが悲鳴をあげたのを聞いたこと(この点に関するDの差戻前第1審公判供述につき信用性を疑う理由はない。)や,被告人がEに日頃から繰り返し暴力を加えていたこと(この点は,関係者が,差戻前第1審で一致して供述しており,十分信用できる。)と整合する上,Eの負傷状況とも矛盾しない。
以上によれば,暴行態様にかかる前記被告人の捜査段階の供述は信用でき,被告人はEに①ないし③の暴行を加えたと認定できる。⑵

Eの負傷状況等から認められる暴行について

Eの負傷は被告人の暴行によるものと認められるかについて

解剖立会写真撮影報告書抄本(甲65),F医師作成の鑑定書抄本(甲64),F医師の差戻前第1審公判供述及びG医師の当審公判供述を含む関係証拠によれば,Eの遺体には,少なくとも,背部上縁正中から正中のすぐ左にかけて大鶏卵大の皮下出血,背部中央左縁にほぼ手拳大の皮下出血,左第1ないし第4,第8,第9肋骨後側面ないし後面骨折,右第3ないし第8肋骨前側面骨折,第1胸椎棘突起骨折,複数の腰椎棘突起骨折,右肺下葉側面挫傷,左大腿部外側上半から前面にかけて広範囲な皮下出血及び右下腿内側下縁にほぼ手拳大の皮下出血があったこと,これらの傷害は,Eが死亡する半日から1日程度以内に生じたことが認められ,その部位や程度からすれば,自傷の可能性は乏しいと考えられる。また,弁護人は,Eの胸椎・腰椎棘突起骨折について,Eが被告人方玄関で転倒したことによって生じた可能性を指摘するが,G医師の当審公判供述によれば,20cm程度の段差から,段差の下の硬いタイル等の上に,思い切り後ろ向きに転倒したとしても,棘突起は,そこに限局的な力が加わらないと骨折が起きにくく,このような場合に棘突起が骨折すれば,もっと他の部位にも損傷が生じるものと認められるから,前記棘突起骨折がEの転倒によって生じたとは認定できない。
そして,Dの差戻前第1審公判供述を含む関係証拠によれば,Eは,平成24年11月26日午前8時過ぎ頃,被告人方からタクシーに乗り,まもなく行き先を変更して帰宅し,その際,Dと会話したが,その間,身体に不調をうかがわせるような状態にはなかったこと,被告人は,同日,Dと外出したが,被告人の留守中に,第三者が被告人方に侵入してEに暴行を加えたことをうかがわせる事情がないことを併せ考えれば,被告人がEに暴行を加えて前記傷害を生じさせたと推認できる。イ
被告人がEに加えた暴行の内容について

Eの左肋骨後側面ないし後面の複数の骨折,胸椎・腰椎棘突起骨折及びその他の背部の皮下出血について,G医師は,当審公判廷で,第1及び第2肋骨が折れにくい部位であること,左肋骨骨折の部位は離れているが,各部位に皮下出血が認められたこと,胸椎・腰椎棘突起骨折は,交通事故や高所からの飛び降りのように,非常に大きいエネルギーがかかった場合に比較的頻度高く見られるものであることから,被告人の①ないし③の暴行によって生じたとは考えにくく,うつぶせのEの背中を複数回強く踏みつけるというような他の暴行を想定した方がその発生を説明しやすい旨供述しており,この供述には十分な合理性があると認められる。なお,胸椎・腰椎棘突起骨折が①の暴行により生じたものと考えて矛盾はない旨のF医師の意見や,前記棘突起骨折が同暴行によって生じた可能性はある旨のH医師の意見を踏まえても,前記G医師の意見が不合理なものであるとはいえない。
左大腿部皮下出血及び右下腿部皮下出血については,G医師は,①ないし③の暴行によって生じたとは考えにくく,大きな外力による他の暴行を想定した方がその発生を説明しやすいとしており,F医師の意見も結論において同旨であるほか,H医師も,当審公判廷で,左大腿部皮下出血はかなりひどく,この部分を蹴ったというのであれば非常に納得する旨述べている。そうすると,Eの下肢の皮下出血は,Eの左大腿部及び右下腿部に対する何らかの方法による暴行から生じたものと認定できる。以上のとおり,被告人は,Eに対し,①ないし③の暴行のほか,その左大腿部,右下腿部,背部及び腰部に対する何らかの方法による暴行を加えたものと認められる。他方で,Eの右第3ないし第8肋骨前側面骨折及び右肺下葉側面挫傷は,後記H医師の意見によれば,被告人のEに対する覆いかぶさりにより生じた疑いがあるため,被告人の暴行によるものとは認められないと判断した。
2被告人の暴行とEの死亡の間の因果関係(争点㋑)について
争点㋑については,前記のとおり,破棄判決の拘束力が生じているので,その判断に当たっては,控訴審の判断を左右する新たな証拠があるかを検討しなければならないところ,検察官は,当審におけるG医師の公判供述を新たな証拠と位置付け,ⒶEの死因は体幹部・下肢皮下出血,多発性肋骨骨折,胸椎・腰椎棘突起骨折,肺挫傷に起因する外傷性ショックであり,右前肋骨骨折と右肺挫傷以外の傷害だけでもEは外傷性ショックを引き起こし死に至る危険な状況に陥っていた,また,Ⓑ左後肋骨骨折や右前第3ないし第5肋骨骨折と肺挫傷も被告人の暴行によって生じた,外傷性ショックの主たる構成要素は被告人の暴行によって生じたと主張する。これに対し弁護人は,H医師の意見も考慮すれば,G医師の意見に確信を持つことはできない旨主張するので,以下,前提事実を認定した上で,両医師の意見を中心に検討する。⑴

前提事実

被告人の捜査段階の供述(差戻前第1審乙10,12)によれば,被告人から暴行を受けている間のEの状況及び暴行後の経緯について,以下の事実が認められる。Eは,被告人の②の暴行後,息ができない感じで2分か2分半くらい動かず,すぐに立ち上がれる感じではなかった。また,③の暴行後も,Eは,2分くらい立ち上がれず,被告人が腕か何かを持って立たせてやると,ふらふらと被告人方に向かっていったが,洗濯干し場付近の芝生の辺りで転倒した。Eは,自分で立ち上がれなかったので,被告人が腕をつかんで立たせ,玄関ドアを開けて被告人方の中に入れてやった。Eは,被告人方玄関において,再び後ろ向きに転倒し,玄関土間の部分に落ちた。被告人は,Eを,首の後ろと膝の裏に腕を入れて抱え上げ,布団が敷いてある和室に運んだところ,バランスを崩し,Eを布団の上に斜めに落とした。その直後,被告人も前のめりに転倒し,Eの上に覆いかぶさる状態となった。被告人は,両手を床について体を支えたが,完全には支えきれず,被告人の胸がEの胸か腹の辺りに当たった。Eが「ぐわあ。」というような声を上げたので,被告人はすぐに体を起こした。Eは,布団の上に落とされた後くらいから,走ってきた時のようなハアハアという荒い呼吸をしていた。被告人が,しばらく別の部屋にいた後,Eの様子を見に行くと,ハアハアという呼吸はかなり小さくなっており,またしばらくしてから見に行くと,今度は喉がグルグルと鳴っていた。その後,被告人は,外出するなどし,本件当日午後4時41分から午後6時6分までの間に帰宅した際,Eが亡くなっていることに気付いた。⑵

G医師の意見の内容
死因は,外傷性ショックであり,それを構成する要因として,多発性肋骨骨折,胸椎・腰椎の棘突起骨折,四肢・体幹部の皮下出血及び肺挫傷の競合が挙げられる。このうち,左第1ないし第4,第8,第9肋骨後側面ないし後面骨折が狭圧で生じたとは考え難い。また,右第3ないし第8肋骨前側面骨折と肺挫傷については,被告人がEに覆いかぶさった際の再現写真を見る限り,被告人がかばい手をついて体が浮いているように見え,Eに加えられ得た圧力はごくわずかであると考えられるから,覆いかぶさりによっては起きにくい。少なくとも,右第3及び第4肋骨骨折に相当する部位に若干皮下出血を伴っていると思われるので,右第3ないし第5肋骨骨折と肺挫傷は直達外力によって生じたと考えられるが,右第6ないし第8肋骨骨折は被告人の覆いかぶさりによって生じた可能性もある。ただし,前記覆いかぶさり行為で数本の肋骨骨折が生じたとしても,死因への寄与はわずかである。
なお,前記再現写真とは異なり,被告人の全体重がEにかかるような覆いかぶさり行為であれば,狭圧により,右第3ないし第8肋骨前側面骨折及び肺挫傷が生じる可能性はある。しかし,一般に,肋骨を1本骨折した場合,概ね100ないし150mℓの出血を生ずるといわれ,これによれば,Eは,左第1ないし第4,第8,第9肋骨後側面ないし後面を骨折していることにより,600ないし900mℓの出血をしていたと考えられ,更に下肢及び背部の皮下出血並びに複数の棘突起骨折による出血量を合算すれば,1ℓ以上の出血をしていたと考えられるから,外傷性ショックを引き起こす可能性が十分にあった。Eが,暴行を受けている間に,自力で立ち上がることができず,複数回転倒するなどしていたというのであれば,その段階で既に,外傷性ショックに陥らせた主たる損傷の全て又はそのほとんどが生じていた可能性もある。したがって,Eは,右肋骨骨折及び肺挫傷がなくとも,十分に死亡する可能性があったとはいえるが,断定はできない。


H医師の意見の内容

死因には出血等も一定程度寄与しているが,呼吸不全の寄与のほうが優位であると判断した。右第3ないし第8肋骨前側面骨折は一直線に並んで生じており,同一機会に生じたと考えられるが,骨折が生じるような外力が加われば当然皮下出血が生じるはずであるところ,右胸部上縁に軽度の皮下出血があるのみであり,前記複数の右肋骨骨折を生じさせる強い外力が加わったとは考えにくい。したがって,被告人がEに覆いかぶさったことによる狭圧で,前記右肋骨骨折が生じた可能性がある。そして,このような狭圧が加われば肺挫傷が生じ得るところ,Eは,被告人の覆いかぶさり後,被告人にも認識できる程度に呼吸状態が非常に悪くなったことからすれば,Eは,狭圧により肺を損傷し,呼吸機能が悪化したため,呼吸不全により死亡したと考えられる。
Eの左大腿部等の出血量はかなりのものであるが,出血性ショックに至るほどの量ではなかったと考えられる。前記覆いかぶさり前に,Eが,転倒するなどしていたことについては,ショックの可能性も暴行を受けたことによって体がふらついていた可能性も両方考えられるが,前記覆いかぶさり前にはEに呼吸状態の悪化は見られなかったこと,前記右肋骨骨折の周囲にある程度出血があったことからすれば,前記覆いかぶさり時に血圧は保たれており,いまだショック状態にはなかったと考えられる。Eの出血量については,そのまま出血が続くなどすれば出血性ショックや失血死につながる可能性はあったといえるが,前記覆いかぶさりがなくともEが死亡したかどうかは断定できない。


検討

G医師は,死因と判断する外傷性ショックの主要構成要素の一部である右第3ないし第5肋骨前側面骨折及びそれに伴う肺挫傷について,これが当該部位に加えられた直達外力により生じたと考える積極的な根拠として,当該部位の一部に皮下出血があることを挙げ,消極的な根拠として,被告人が再現した覆いかぶさりの状況を前提とすれば,その圧力は小さいと考えられ,これが右第3ないし第8肋骨骨折の全てを生じさせるとは考え難いことを挙げている。しかし,皮下出血については,G医師も判断に悩み,左右を比較して右の方が赤っぽいので皮下出血の可能性があると判断した旨供述するにとどまっており,出血の範囲等から骨折部周囲の出血が浸潤してきたものであると考えられるとのH医師の見解について,これを否定するに足る明白な論拠を示していない。また,G医師がその判断の前提とする覆いかぶさり時の再現写真は,被告人が両腕をまっすぐに床についており,被告人の胸部とEの胸部周辺とが接触していない点において,被告人がその体を完全には支えきれず,被告人の胸とEの胸か腹が当たったという前記認定の事実と相違しており,その正確性に疑問がある。そして,これと異なる覆いかぶさりの態様であれば,それによって右第3ないし第8肋骨前側面骨折及び肺挫傷が生じ得ることは,G医師も認めている。
これに対し,H医師は,被告人の覆いかぶさりによる狭圧でEの右肋骨骨折及び肺挫傷が生じた可能性があるとしており,この意見が誤った事実を前提としていたり,独自の見解に基づくものとはいえない。すなわち,H医師が右肋骨骨折が同一機会に生じたものと判断している点は,骨折が一直線に並んでいるという証拠上明らかに認定できる事実を根拠としており,この点はF医師の鑑定書作成当時の見解とも整合している上,G医師もH医師の見解を否定はしていない。また,H医師は,暴行によって骨折が生じた部位には明確な皮下出血が生じるとの見解を前提にしているものと解されるところ,G医師も,左肋骨骨折が被告人の暴行によるものとの判断をする際に,当該骨折に相当する部位の皮下出血の存在を根拠としていることからしても,H医師の前記見解が不合理なものとはいえない。
次に,G医師は,Eの右肋骨骨折及び肺挫傷を除いた傷害による推定出血量を試算した上で,自力で立ち上がれず,複数回にわたり自ら転倒したというEの当時の状態も踏まえ,右肋骨骨折及び肺挫傷がなくともEが外傷性ショックを引き起こす危険性はあったとしており,この説明は合理的なものといえるが,他方でG医師自身も一つの可能性として指摘するにとどまっている。
これに対し,H医師は,Eの呼吸状態が悪化した時期及び右肋骨骨折周辺の出血状況という本件の証拠から認定できる事実を根拠に,右肋骨骨折や肺挫傷が生じていない被告人による覆いかぶさり前の段階では,Eは出血性ショックの状態にはなかったと考えられるとしており,G医師の前記意見を踏まえても,H医師の前記意見に事実誤認があるとか,独自の見解であって不合理といえる点はない。
以上に加え,Eに右肋骨骨折及び肺挫傷が生じなかったとした場合,現実にEが死亡したかについては,G医師も断定するに至っておらず,この点はEの実際の出血量はよくわからないので,右肋骨骨折と肺挫傷を除いた傷害だけで外傷性ショックに陥ったかどうかはわからないというF医師の意見とも矛盾しないことも併せ考えれば,G医師の意見に依拠し,被告人の暴行とEの死亡の間の因果関係を認めることにはなお合理的な疑いが残る。
以上によれば,本件では結局,控訴審の判断を左右する新たな証拠があるとは認められず,被告人の暴行によりEが死亡したとは認定できないから,被告人に傷害致死罪は成立しない。
3傷害罪の成立について
既に認定したとおり,被告人が,前記①ないし③の暴行以外の何らかの方法により,Eの左大腿部,右下腿部,背部及び腰部に対する暴行を加え,Eに,体幹部・下肢皮下出血(背部上縁正中から正中のすぐ左にかけて大鶏卵大の皮下出血,背部中央左縁にほぼ手拳大の皮下出血,左大腿部外側上半から前面にかけて広範囲な皮下出血及び右下腿内側下縁にほぼ手拳大の皮下出血),左第1ないし第4,第8,第9肋骨骨折及び胸椎・腰椎棘突起骨折等の傷害を負わせたことは明らかであるから,被告人には傷害罪が成立する。
(法令の適用)
被告人の判示第1の1,第2の2及び第3の2の各所為はいずれも刑法60条,208条に,判示第1の2,第2の1及び第3の1の各所為はいずれも同法60条,220条に,判示第4の所為は同法204条に,判示第5の所為は同法60条,190条にそれぞれ該当するところ,判示第1の1,第2の2,第3の2及び第4の各罪について各所定刑中いずれも懲役刑を選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により最も重い判示第4の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内(ただし,短期は判示第3の1の罪の刑のそれによる。)で被告人を懲役7年6月に処し,同法21条を適用して差戻前第1審における未決勾留日数中340日をその刑に算入し,差戻前第1審,控訴審及び当審における訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。(量刑の理由)
量刑の中心となる傷害についてみると,被害者の身体各所に多量の出血を伴う多数の骨折及び皮下出血という重い傷害を負わせており,これらを生じさせた暴行が強く多数回に及んだことは明らかであるから,その犯行態様は執拗で相当悪質である。犯行動機は自己中心的で,被害者に対して日頃から繰り返し暴力を振るった上で本件犯行に至ったという経緯にも何ら酌むべき事情はない。また,被告人は,被害者の死亡について,自らの暴行によるものと疑われることを避けるため,主導的に死体遺棄にも及んでいる。被害者の母親が厳しい処罰感情を有しているのも当然といえる。加えて,暴行,逮捕は,自ら積極的に暴行や逮捕行為を開始し,更に共犯者らを巻き込み,犯行を主導した点で,その役割は重大である上,各犯行態様は,執拗かつ一方的で,相当大きい身体的及び精神的苦痛を生じさせるものである。いじめという実態を呈した犯行動機にも酌量の余地はない。
以上に鑑みれば,本件の犯情は,傷害罪を処断罪とする同種事案の中でも,最も重い部類に属する。
次に,その他の情状についてみると,被告人は,傷害について,犯行後に救急車を呼ぶなどの有効な対処をせず,公判廷においては差戻前第1審及び当審を通じてほとんどの暴行を否認するなどしており,反省の態度はみてとれない。また,死体遺棄についても,公訴事実は認めるものの,当審に至って共犯者が提案したなどという不合理な弁解を始めるなど,その反省が深まっているとはいえない。他方で,被告人は,傷害の被害者の遺産につき相続放棄をしており,この点ついてはわずかながら遺族らの意向に沿った行動をとったといえる。加えて,暴行罪,逮捕罪の各犯行については,一部につき法的評価を争うものの,事実関係については認めている上,被告人の十数年来の知人が,社会復帰後は被告人を雇って一緒に働くとともに,可能な限り監督する旨証言している。そこで,これらの事情も併せ考えた上で,被告人に対しては,主文の刑を科するのが相当と判断した。
(求刑)傷害致死の訴因につき同罪の成立を前提として懲役15年(弁護人の科刑意見)傷害致死の訴因につき暴行罪の成立を前提として懲役5年平成29年7月24日
福岡地方裁判所第4刑事部

裁判長裁判官


裁判官


裁判官

浦田幹人川恩貴司城泰史
トップに戻る

saiban.in