判例検索β > 平成27年(行ウ)第186号
遺族補償給付等不支給処分取消請求事件
事件番号平成27(行ウ)186
事件名遺族補償給付等不支給処分取消請求事件
裁判年月日平成29年7月19日
法廷名大阪地方裁判所
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主1文
泉大津労働基準監督署長が原告に対して平成25年4月9日付けでした労働者災害補償保険法による遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の各処分をいずれも取り消す。

2
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由

第1

請求
主文同旨
なお,訴状記載の請求の趣旨には,原告が取消しを求める対象とする各処分の日付が「平成25年4月10日」と記載されているが,本件記録によれば,「平成25年4月9日」の明白な誤記であると認められる。

第2
1
事案の概要等
本件事案の概要
(1)

A(以下「亡A」という。)は,事業場において石綿曝露作業に従事し
ていたことが原因で,石綿肺及びびまん性胸膜肥厚を発症し,労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づき傷病補償年金を受給していたところ,平成24年12月1日に死亡した(以下「本件死亡」という。)。亡Aの妻である原告は,亡Aの死亡が業務に起因するものであるとして,労災保険法に基づき,泉大津労働基準監督署長(以下「処分行政庁」という。)に対し,遺族補償給付及び葬祭料を請求したところ,処分行政庁は,これらをいずれも支給しない旨の決定(以下「本件各処分」という。)をした。
(2)
2
本件は,原告が,被告に対し,本件各処分の取消しを求める事案である。
前提事実(争いのない事実並びに後掲各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)
(1)

当事者等

亡Aは,大正13年10月2日生まれの男性である(本件死亡当時,88歳であった。)。


原告は,亡Aの妻であり,亡Aが死亡した当時,その収入によって生計を維持していた。
(以上につき,甲C1,弁論の全趣旨)

(2)

本件各処分以前の亡Aに対する労災保険給付の状況
亡Aは,昭和35年から昭和38年まで及び昭和49年から昭和59年までの合計約13年間,大阪府和泉市にあるB株式会社において,石綿紡織機械の修理及び保全等の業務に従事した(乙A3)。


亡Aは,平成19年8月24日,労作時呼吸困難のためC病院を受診し,同病院の医師により,石綿肺及びびまん性胸膜肥厚との診断を受けた(甲A5の①・28,41頁)。


亡Aは,平成19年9月20日,処分行政庁に対し,療養補償給付及び休業補償給付を請求し,処分行政庁は,同年12月10日,上記イ記載の各疾病がいずれも業務上の疾病であると認め,療養補償給付及び休業補償給付をいずれも支給する旨決定した(甲A5の①・24頁。以下「別件労災認定」という。)。


処分行政庁は,その後,亡Aに対し,平成21年2月24日から傷病補償年金(傷病等級3級2号)を支給する旨決定した(乙A1・466頁,弁論の全趣旨)。


亡Aは,平成24年9月27日,症状が増悪したとして,処分行政庁に対し傷病補償年金の等級変更を請求したが,処分行政庁は,本件死亡後である平成25年2月8日,等級変更しない旨を決定し,原告に通知した(乙A5,7)。

(3)

本件死亡
亡Aは,平成24年11月21日,誤嚥により呼吸困難となり,D病院に救急搬送され,誤嚥性肺炎の所見がみられたため同病院に入院した(以下「本件入院」という。)。亡Aは,同病院における治療により炎症所見が改善し,同月28日に退院する予定であったが,同日,再び誤嚥(以下「本件誤嚥」という。)を起こし,医師による蘇生措置を受けたものの,意識が回復せず,同年12月1日,本件誤嚥の際の窒息に起因する低酸素脳症により死亡した。
(甲A1,6・154頁)
(4)

本件各処分及び本件訴訟に至る経緯
原告は,平成25年1月17日,処分行政庁に対し,本件死亡は業務上の事由によるものであるとして,遺族補償給付及び葬祭料を請求した(乙A1・464,465頁)。


処分行政庁は,平成25年4月9日,本件死亡は業務上の事由によるものではないとして,遺族補償給付及び葬祭料をいずれも支給しない旨の決定(本件各処分)を行った(甲A4の①,乙A1・463頁)。

原告は,本件各処分を不服として,平成25年5月17日,大阪労働者災害補償保険審査官(以下「審査官」という。)に対し審査請求をしたが,審査官は,同年12月25日付けで審査請求を棄却する旨の決定をした(甲A2)。


原告は,上記決定を不服として,平成26年1月29日,労働保険審査会(以下「審査会」という。)に対し再審査請求をしたが,審査会は,同年12月12日付けで再審査請求を棄却する旨の裁決をし,原告は,同月15日頃,裁決書を受領した(甲A3,弁論の全趣旨)。


原告は,平成27年6月12日,本件各処分の取消しを求めて,本件訴訟を提起した(裁判所に顕著な事実)。

3
本件の争点
本件死亡の業務起因性の有無(具体的には,原告主張に係る石綿関連疾患と本件死亡との間の因果関係の有無如何)
4
争点に対する当事者の主張
【原告の主張】
(1)

本件死亡の原因


亡Aは,石綿関連疾患であるびまん性胸膜肥厚及び胸膜中皮腫の影響に
より,慢性的な呼吸不全とともに全身が衰弱していた。特に,亡Aは,嚥下機能が著しく悪化しており,誤嚥を起こしやすく,気道に誤って吸入された食物等を喀出することも困難な状態にあり,そのような状況下で生じた本件誤嚥により,低酸素脳症に陥って死亡した。

本件誤嚥の際,亡Aのすぐ側には看護師がおり,また,近くにいた医師
により直ちに蘇生措置を受けたところ,同措置からすると,一般人であれば重篤な症状に至ることはなかったといえるが,亡Aについては,石綿関連疾患により呼吸機能が著しく悪化しており,慢性的な呼吸不全状態であったために,低酸素脳症を発症するに至った(本件誤嚥による誤嚥性肺炎も影響を与えた可能性もある。)。

したがって,亡Aは,業務上疾病である石綿関連疾患により死亡したも
のである。
(2)

胸膜中皮腫の発症の有無等について


上記(1)の機序のうち,被告は,亡Aが,胸膜の病理組織検査を経た確
定診断を受けていないこと等を理由に胸膜中皮腫を発症していたことを否認している。しかし,亡Aは,平成22年6月にC病院のE医師により胸膜中皮腫であると診断されたところ,胸膜中皮腫の診断に当たり,必ずしも病理組織検査を経なければならないとはいえないし,上記診断は,亡Aの石綿曝露歴並びに亡Aに胸膜プラーク及び石綿肺の所見がみられることを踏まえ,胸膜中皮腫に特徴的な臨床所見,胸部画像所見,腫瘍マーカー等を総合して判断されたものであって,その信用性は高い。したがって,被告の上記主張は理由がない。

なお,仮に,亡Aが胸膜中皮腫を発症したとは認められないとしても,上記(1)のとおり,亡Aに係る呼吸機能の低下及び全身衰弱は,びまん性胸膜肥厚の影響として説明が可能である。

(3)

被告の主張に対する反論
被告は,①本件誤嚥は突発的,偶発的な事故であり,本件誤嚥から蘇生措
置までの間に一定の時間を要したことを踏まえると,亡Aが低酸素脳症に陥ったこともやむを得ないといえるから,本件死亡と石綿関連疾患との間に関連性はない,②仮に,亡Aの全身状態が年齢相応以上に悪化していたとしても,それは亡Aの私傷病である慢性腎不全の影響によるものである旨主張する。
しかしながら,①の点については,亡Aの嚥下機能及び呼吸機能が著しく低下していたことや,本件誤嚥後,直ちに蘇生措置が執られ,心停止も生じていなかったことを看過したもので失当である。また,②についても,亡Aの慢性腎不全は透析治療により適切に制御されており,腎不全に由来する胸水が消失し,致死的な合併症もみられなかったのであるから,慢性腎不全が石綿関連疾患と比較して亡Aの病状悪化に大きな影響を与えたとはいえない。したがって,被告の上記主張はいずれも理由がない。
【被告の主張】
(1)

本件死亡の原因


本件誤嚥の当時,亡Aの嚥下能力に著しい問題があったとまではいえな
い。そして,誤嚥は,びまん性胸膜肥厚に当然に付随して生じるものではなく,食事の際の姿勢や食物の形状,食べる順序等の様々な要因が関連するところ,本件誤嚥は,原告が亡Aに急いで多量の米を食べさせたことや,食事終了後に亡Aの義歯が口の奥に入り込み,原告がこれを取り出すために亡Aの口の中に手を入れたこと等の突発的な事情,又は,偶発的な事情によって生じたものといえる。

また,亡Aは,本件誤嚥の当時,呼吸機能が一定程度回復しており,一
般人と比較して低酸素脳症に陥りやすかったということはできない。一方,診療録によれば,本件誤嚥による窒息が発見されてから蘇生措置が開始されるまでの間に少なくとも10分程度の時間を要し,その間,亡Aは心停止となり,脳への血流量が極端に減少していたことがうかがわれるから,一般人であっても低酸素脳症を発症することが十分に考えられる状況であった。

これらの事情からすると,本件死亡は,本件入院のきっかけとなった誤
嚥性肺炎の症状が改善し,呼吸機能も一定水準で維持されていたところに突発的又は偶発的に生じた本件誤嚥による窒息及びそれに続く心肺停止状態に起因しており,「窒息死」又は「事故死」と評価すべきものであって,業務上疾病であるびまん性胸膜肥厚とは関連性がない。
(2)

亡Aが胸膜中皮腫を発症していたとはいえないこと
亡Aは,胸膜中皮腫の確定診断のために必要な病理組織検査を受けておら
ず,胸部画像においてE医師が胸膜中皮腫を疑う根拠とした腫瘤状の陰影が縮小傾向にあったこと,心外膜の脂肪組織がよく保たれており,心外膜への浸潤傾向も認められないこと等からすると,亡Aが胸膜中皮腫を発症していたとは考え難い。
(3)

全身衰弱の原因


仮に,亡Aの身体状況が年齢に相応するもの以上に悪化しており,その
ことが本件誤嚥又は本件死亡に影響を与えていたとしても,亡Aの全身状態の悪化には,私傷病である慢性腎不全が大きく影響しているというべきである。すなわち,亡Aは,石綿疾患であると診断される相当前から糖尿病を指摘されており,平成20年10月に糖尿病性の腎機能障害と診断され,これが次第に悪化したため平成22年4月から透析治療を受けていた。そして,平成24年6月以降は透析治療の頻度が週2回から週3回に増加した上,各種検査結果が基準値から大幅に外れ,本件死亡の直前まで腎不全に由来する胸水貯留がみられるなど,亡Aの慢性腎不全は相当悪化していた。亡Aのように高齢の透析患者については,フレイル(高齢者の筋力や活動が低下している状態)や進行性サルコペニア(身体的な障害や生活の質の低下及び死などの有害な転帰のリスクを伴うものであり,進行性及び全身性の骨格筋量や骨格筋力の低下を特徴とする症候群)が指摘されているところであり,こうした筋力等の低下により嚥下機能の低下が生じることも十分に考えられる。

したがって,亡Aの全身衰弱について,びまん性胸膜肥厚が相対的に有
力な原因となったとはいえない。
第3
1
争点に対する当裁判所の判断
認定事実
前記前提事実並びに後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる。
(1)

本件に関連する疾患についての医学的知見
石綿関連疾患
(ア)

石綿は,繊維状の構造を有する一群の天然鉱物の総称であり,その
特性から広く産業利用されてきたが,粉砕時に極めて微細な繊維体となり,呼吸を通じて人体に吸入されやすく,また,吸入された場合は肺胞にまで到達しやすい上,体内耐久性があるため長期間劣化せずに滞留し,肺がんや中皮腫をはじめとする種々の疾病を引き起こす性質がある。石綿肺,びまん性胸膜肥厚及び胸膜中皮腫は,いずれも石綿吸引と関連する疾患(石綿関連疾患)であり,亡Aが発症した石綿肺及びびまん性胸膜肥厚は,亡Aの業務に起因するものであった。
(前提事実(2)アないしウ,甲B7,18・13ないし42頁,乙B30,弁論の全趣旨)
(イ)

石綿肺
石綿肺は,石綿曝露に起因するじん肺の一種であり,肺の組織に線維
化の病変が生じ,肺機能が低下する。初期症状として労作時の息切れ等がみられ,石綿曝露が中止された後も進行し(進行性),進行すると呼吸困難を来すようになることが多い。石綿肺患者は,しばしば,胸膜プラークやびまん性胸膜肥厚を併発する。厚生労働省が定めている認定基準によれば,石綿曝露作業に従事したことのある労働者が,じん肺法4条2項所定のじん肺管理区分における管理4に該当する石綿肺を発症した場合は,業務上疾病として取り扱われる。
(甲B18・123ないし125,161ないし171,237ないし239頁,乙B30)
(ウ)

胸膜疾患(胸膜プラーク及びびまん性胸膜肥厚)
胸膜は,肺の表面及び胸壁の内面を覆う漿膜であり,肺の表面を覆う臓側胸膜と胸壁の内面を覆う壁側胸膜との二重構造となっていて,両者の間(胸腔)に胸水が存在し,これらの一体的構造により,肺が円滑に伸縮することを補助している(甲B10,18・178頁,甲B24・84頁,甲B48・5頁)。


胸膜プラークは,胸膜が線維組織により肥厚化したものであり,主として壁側胸膜に限局的に生じる。胸膜プラークは,石綿曝露から10年以上を経て発症し,胸膜プラークそのものによる肺機能の低下はほとんどないが,石灰化を伴う場合や,胸膜プラークが互いに癒合して胸壁のほぼ全域に及ぶ場合には,その程度に応じて拘束性障害が進行する(ただし,癒着を伴うびまん性胸膜肥厚ほどの肺機能の低下はみられない。)。
(甲B18・61ないし65,110,111頁)

これに対し,びまん性胸膜肥厚は,胸膜にびまん性で生じる線維性の病変である。主として臓側胸膜に生じるが,通常は壁側胸膜にも病変が存在し,両者が癒着していることが多く,肺実質の線維化や局所的無気肺などの病変を併せ持つこともある。咳と痰,呼吸困難,喘鳴,反復性胸痛及び反復性呼吸器感染等の症状がみられ,拘束性の肺機能障害をもたらす。
びまん性胸膜肥厚は,石綿曝露以外によっても生じ得るが,石綿曝露と関連する成因としては,①肺実質病変である石綿肺が胸膜へ波及したもの,②良性石綿胸水(石綿吸引に起因する胸膜炎により胸水が貯留する病態)の後遺症及び③その他がある。
厚生労働省が定めている認定基準によれば,①胸部CT画像上,肥厚の広がりが,片側にのみ肥厚がある場合は側胸壁の2分の1以上,両側に肥厚がある場合は側胸壁の4分の1以上あるものであること,②著しい呼吸機能障害を伴うこと及び③石綿曝露作業への従事期間が3年以上あることという3つの要件のいずれにも該当するときは,業務上疾病として取り扱われる。
(甲B7,18・110,149ないし151,215ないし221,302頁,乙B30)

(エ)

胸膜中皮腫
中皮腫は,漿膜の表面にある中皮細胞に由来する悪性腫瘍(がん)で
あり,そのうち胸膜に発症するものが胸膜中皮腫である。
初発症状は,息切れ,胸痛,咳等であり,約85パーセントの症例において胸水が貯留し,胸水を伴うことにより呼吸困難が増強する。中皮腫患者には,多くの場合,悪性腫瘍の一般的特徴である「がん悪液質」と呼ばれる症状(がんの進行により生じる著しい体重減少及びるいそう等)がみられ,確定診断後の2年生存率は30パーセント未満,5年生存率は4パーセント未満とする報告もあるなど,予後は非常に悪い。胸膜中皮腫の診断は困難であるといわれているが,①胸痛,労作時呼吸困難等の主訴があること,②石綿曝露歴,③胸部X線画像上,胸膜に沿った腫瘤や胸水貯留があること,④胸水検査においてヒアルロン酸値等が上昇していること(100mg/lが病態識別値とされる。),⑤胸部CT画像にて,胸膜に沿った腫瘤影又は不規則に肥厚した胸膜が認められること等から,その発症が疑われ,病理組織検査を経て確定診断を行うのが一般的である。その診断に当たっては,肺がん,他臓器がん,結核性胸膜炎その他の炎症性胸水,良性石綿胸水及びびまん性胸膜肥厚等との鑑別が必要となり,特に,良性石綿胸水及びびまん性胸膜肥厚との鑑別が難しいものといわれている。
(甲B2ないし4,6,7,18・178,184ないし198,209ないし214頁,乙B31)

慢性腎不全
腎不全とは,腎又は腎以外の臓器の障害により,正常腎が行っている排せつ機能を主体とする腎機能が障害された病態を指す。急激に発症し回復の可能性がある急性腎不全と,基本的に不可逆性である慢性腎不全とに分類される。
慢性腎不全は,一般に,単一ネフロン当たりの糸球体濾過値(GFR)が50パーセント以下,血清クレアチニン値が2.0mg/dl以上の場合をいい,GFR等の数値に応じて,①第1期(腎予備力低下期,GFR80~50パーセント),②第2期(腎機能障害期,GFR50~30パーセント),③第3期(腎機能不全期,GFR30~10パーセント,血清クレアチニン値2.0mg/dlから8.0mg/dl)及び④第4期(尿毒症期,GFR10パーセント以下,血清クレアチニン値8.0mg/dl以上)の4つの病期に分類される。第3期の頃から,初めて腎不全に起因する自覚症状(倦怠感や脱力感)が認められ,第4期になると,消化器系,中枢神経系,循環器系,血液系等の尿毒症症状が出現する。適切な治療により腎機能予後を改善することが可能であるが,末期腎不全に移行し生体内の恒常性が維持できなくなると,透析療法又は腎移植が必要となる。
上記第4期における尿毒症症状の一例として,腎機能障害により水分や塩分が体内に貯留することから,全身血圧が上昇して循環器系に負担がかかり,心不全や体液貯留による肺うっ血,胸水貯留,肺水腫,心嚢液貯留等の症状が挙げられる。また,高齢の透析患者については,サルコペニア,悪液質(カヘキシア)及びフレイルといった,全身性の筋肉消耗性疾患を招くことがある。もっとも,慢性腎不全の長期的予後は比較的良好で,透析患者の死因の大部分は心不全,感染症,脳血管障害,悪性腫瘍又は心筋梗塞等の合併症であり,5年生存率は60パーセント程度あるといわれ,10年以上の長期透析患者も相当数に上る。
(甲B34,35,乙B6ないし11,16・138ないし143,151頁,乙B18・1517,1518頁)

胸水貯留
上記(1)ア(ウ)aのとおり,壁側胸膜と臟側胸膜の間の胸腔には胸水が存在し,潤滑液としての役割を果たしているが,何らかの原因で正常よりも多量の胸水が貯留している状態を「胸水貯留」という。胸水が貯留すると,胸部に違和感や痛みを感じることがあり,その量が多くなると,肺が圧迫されて呼吸障害が生じる。胸水の水分が抜けてタンパク成分が固定化することを「器質化」という。
胸水は,炎症性の滲出性胸水と,非炎症性の漏出性胸水とに分けられ,前者は主として悪性腫瘍,感染症,炎症,外傷等による胸膜や血管の損傷により生じ,後者は心疾患や消化器疾患等の肺疾患以外に起因することが多い。慢性腎不全患者についても胸水を発生することがあり,その多くは体液過剰により発生する漏出性胸水であるが,尿毒症性胸膜炎を原因とする滲出性胸水が発生することもある。
(甲B10,48,50,53,乙B21・1103頁)

誤嚥性肺炎
経口摂取された食物や液体は,通常,喉頭蓋や声門により気管に入らないように防御されながら,口腔から咽頭を経て食道に送り込まれる。また,食物等が,誤って気管に入り込んだ際には,咳嗽反射(いわゆる「むせ」)によって喀出される。
これに対し,食物等(唾液や胃食道逆流物も含む。)が,声帯を越えて気管内に侵入することを誤嚥といい,誤嚥に起因する肺炎が誤嚥性肺炎である。高齢者の肺炎のかなりの部分を誤嚥性肺炎が占めている。
誤嚥には,摂食姿勢,食物の形状及び食事の順番等が影響するが,老化や体力低下等により神経系の機能並びに筋収縮力及び収縮速度が低下すると,誤嚥の危険性が高くなる。
(甲B8,9,28,乙B22)

(2)

別件労災認定までの亡Aの病状等
亡Aは,平成19年8月24日,C病院を受診し,石綿肺及びびまん性胸膜肥厚と診断された(前提事実(2)イ)。


その際,胸部CT画像上,両肺胸膜に石灰化を伴う肥厚及び両側胸水が存在し,びまん性胸膜肥厚について,①肥厚の厚さが5ミリメートル以上あり,肥厚の範囲が両側側胸壁の3分の1程度に認められ,②肺活量(VC)が1.37リットルであり,パーセント肺活量(年齢及び身長から予測される正常な肺活量に対する割合。甲B25参照)が45.8パーセントにすぎないなど重症の混合性換気障害があると認められた。そのため,亡Aは,前記(1)ア(ウ)c記載の認定基準(なお,同認定基準において,パーセント肺活量が60パーセント未満の場合には,「著しい呼吸機能障害を伴う」ものと認定される。)を満たしたことから,別件労災認定を受けた。
(以上につき,甲A5の①・28,41,105,106頁,乙B30)(3)

別件労災認定から本件誤嚥までの亡Aの病状等
亡Aは,別件労災認定以降もC病院に通院していたほか,F病院(平成2
0年10月から平成24年8月まで),Gクリニック(同年8月から同年11月まで)及び本件入院先であるD病院(同年9月から本件死亡まで)等の医療機関を入院又は通院により受診した。
これらの入通院に係る診療録等(甲A5の①ないし③,甲A6,7,乙A4,6,10ないし12)によれば,亡Aの上記期間における病状等は,おおむね以下のとおりである。

呼吸機能について
(ア)

別件労災認定から本件入院までの間に,C病院において実施された
亡Aの肺機能検査の結果は,次のとおりである。
検査日

肺活量(リットル)

パーセント肺活量
(パーセント)

平成20年1月7日

1.81

60.9

平成20年4月14日

1.64

55.2

平成20年6月5日

1.80

60.6

平成20年7月7日

2.10

70.7

平成20年9月8日

0.99

33.3

平成20年10月20日

1.58

53.6

平成20年12月4日

1.60

54.2

平成21年2月19日

1.48

50.2

平成21年6月22日

1.88

63.7

平成22年2月18日

1.34

45.7

平成22年9月29日

0.79

27.0

平成24年9月20日

0.54

18.6
(甲A5の③・78頁)

(イ)

亡Aは,遅くとも平成20年12月頃には,C病院のE医師の指示
により,石綿肺及び慢性閉塞性肺疾患の治療のため,在宅酸素療法を開始し,本件入院時まで同治療を継続していた(甲A5の①・11,12頁,乙A2の①ないし⑥)。
(ウ)

亡Aは,平成24年6月21日,意識レベルが悪化したため,F病
院に救急搬送されて入院した。亡Aは,急性呼吸不全,細菌性肺炎及び慢性腎不全と診断され,同月22日の時点で,酸素投与を行わなければ酸素飽和度(SpO2)が85パーセントまで低下する状態であった。SpO2は,動脈血中のヘモグロビンが酸素と結合している割合を示す指標であり,おおむね96パーセントから99パーセントまでが正常値であって,これが90パーセント未満となると呼吸不全状態となり,心臓や脳等に十分な酸素が供給されず障害を起こすおそれがある。亡Aは,同月24日には,呼吸苦もなく,酸素投与がなくてもSpO2を95パーセント以上に維持できる状態に回復し,同月28日に退院した。(乙A12・5,27,43,44頁,乙B3)
(エ)

亡Aは,透析治療のためにF病院及びGクリニックに通院していた
が,平成24年8月頃以降は酸素吸入をした状態で通院することもあった。また,亡Aは,同年9月ないし10月頃には,Gクリニックにおいて頻繁に酸素投与を受けており,来院時や一時的に酸素投与を外した際には,SpO2が90パーセント未満となったり,呼吸苦を訴えたりしていた。
(甲A7・363頁,乙A10・3ないし7頁)
(オ)

亡Aは,上記(エ)の通院治療の間,平成24年9月10日に呼吸困
難を訴えてD病院に入院し,左胸水貯留による一過性の呼吸困難と判断され,同月12日に退院した。また,亡Aは,同年10月21日にも,胸部圧迫感を訴えて同病院を受診したが,その際も,胸部CT画像上,左胸水貯留が認められていた。
(甲A6・15,19,23,32,152,153頁)
(カ)

亡Aは,平成24年11月21日にD病院に入院(本件入院)した
が(前提事実(3)),その際,緊急搬送のため救急隊が到着した時にSpO2が60パーセントまで低下していた。
なお,同月24日以降は,亡Aに対する酸素投与量は毎分3リットルから毎分1リットルに減少し,同月28日に退院する見込みであった。(甲A6・40ないし71頁)

亡Aの嚥下能力及び誤嚥について
(ア)

亡Aは,遅くとも平成20年1月頃には,飲食物がしばしば食道に
詰まることを訴えており,平成22年8月30日に,粥を誤嚥して呼吸困難となることがあった。また,亡Aは,平成24年6月4日,誤嚥が減った旨医師に告げていた。
以上の事実からすると,亡Aは,相応な頻度で飲食や服薬に伴う誤嚥を起こしていたと認められる。
(甲A5の①・96,264頁,甲A5の③・29頁)(イ)

亡Aは,平成24年6月,F病院に入院中,嚥下能力を評価するた
めに,同病院のリハビリテーション科を受診し,摂食機能療法を受けていた。亡Aは,同入院中,コップでの飲水(ただし,複数回の嚥下となる。),刻みとろみ食や全粥をむせずに食べることができており,喀痰はあったものの,自己排出することはできた。
(甲A7・422頁,乙A12・2,28頁)
(ウ)

また,亡Aは,平成24年9月10日,Gクリニックへの入院時,
固形物を経口摂取できるが,嚥下障害があるものと判断された(甲A6・7頁)。
(エ)

一方,平成24年11月21日の本件入院時における亡Aに対する
評価は,経口摂取が可能なのは刻み食であり,嚥下障害はないというものであった。ただし,亡Aは,同月26日午後6時頃まで絶食し,同日の夕食から刻み食等による食事を再開した。
(甲A6・8,9,110ないし116頁)

亡Aに係る慢性腎不全の治療経過
(ア)

亡Aは,別件労災認定以前から糖尿病の治療を受けていたところ,
平成20年10月20日,C病院における検査により腎機能の増悪が認められたため,同月22日,E医師の紹介によりF病院を受診し,同病院での検査でも腎機能障害が認められた。また,亡Aは,同月30日,H病院を受診し,糖尿病性の慢性腎不全と診断された。
(甲A5の①・15,17,312頁,甲A7・102頁,乙A4)(イ)

上記H病院の初診時,亡Aには,下腿浮腫及び著明な高血圧が認め
られたが,同病院に入通院して降圧剤投与等の治療を受けたことにより,平成21年5月頃の時点では,尿毒症の症状や浮腫は認められなかった(甲A5の①・312頁,乙A4)。
(ウ)

亡Aは,平成21年6月15日から,I病院において,糖尿病及び
慢性腎不全について内科的保存的治療を受けていたが,病状が悪化したため,平成22年4月28日からは同病院において透析治療を受けるようになった(乙A6)。
(エ)

亡Aは,平成22年7月22日,F病院を再度受診し,同月27日
以降は同病院に転院して,週2回の透析治療を受け,平成24年6月の入院以後は,週3回の透析治療を受けるようになった(甲A7・109,110,114頁,乙A11)。
(オ)

亡Aは,平成24年8月13日から,Gクリニックに転院し,同ク
リニックにおいて,本件入院の直前まで週3回の透析治療を受けていた。上記転院に当たって作成された診療情報提供書には,「維持血液透析としましてはほぼ安定した透析を行えております」との記載がある。(甲A7・407頁,乙A10)
(カ)

上記各病院における亡Aに係る検査結果によると,腎機能の指標の
一つである血清クレアチニン値は,平成20年6月頃までは2mg/dl未満であり,H病院で治療を受けていた平成21年3月から同年5月までは3.0mg/dlから5.1mg/dlであったが,平成24年1月から同年8月までには,8.0mg/dlから10.8mg/dlまで上昇し,亡Aの慢性腎不全の病状は,上記(1)イ記載の病期における第4期にまで進行していたと認められる。
もっとも,Gクリニックに転院した平成24年8月から同年10月までは,上記の値が6.5mg/dlから7.0mg/dlとわずかながら改善した。
(甲A5の①・45ないし50頁,甲A7・378ないし401頁,乙A4,乙A10・9,10頁)

胸水について
(ア)

上記(2)のとおり,亡Aは,別件労災認定以前から,両側胸水が認
められていたが,平成21年2月19日にC病院を受診した際にも両側胸水が認められ,同日,胸水検査を受けた。その際の検査結果によれば,亡Aの胸水は滲出性・炎症性のものであった。
(甲A5の①・65,89頁,甲B26,51)
(イ)

亡Aは,その後も,C病院における検査において,平成21年6月
3日に左胸水貯留及び右胸水の消失,同年10月8日に左胸水(変化なし),平成22年2月18日に左胸膜炎(流動性胸水は認められない。),同年4月26日に左胸水瘢痕(流動性なし,範囲縮小),同年6月21に左胸水の増加及び右胸水の微増を診断されるなど,主として左肺の胸膜炎及び胸水貯留を指摘されていた(甲A5の①・202,218,229,307,308頁)。
(ウ)

亡Aの胸水は,平成22年4月に透析治療が開始されてから消長を
来していたが,平成24年6月頃までに左胸水の器質化が生じていた。また,亡Aは,上記ア(オ)のとおり,平成24年9月10日及び同年10月21日にD病院に入通院した際にも,右側に胸水自体は認められていたが,左胸水貯留が呼吸困難の原因として指摘されており,本件入院中の同年11月22日には,左胸水は慢性的なものであり,治療適応性がないと判断されていた。
(甲A6・19,32,52,155ないし157,159頁,甲A7・343頁)

亡Aに対する胸膜中皮腫に関する検査等について
(ア)

亡Aは,平成22年6月21日,C病院において胸部CT検査を受
けたが,その画像(以下「本件画像」という。)について,放射線科医師により,前回撮影時(平成21年6月3日)と比較して,両側胸膜に石灰化を伴う胸膜肥厚が認められ,左肺について,胸水が増加し,胸膜肥厚が進行して胸水の濃度が不均一となり,胸膜から胸腔に突出するように多数の結節状の軟部組織濃度がみられ,胸膜中皮腫出現の疑いがあるとの報告がされた(甲A5の①・308頁)。
(イ)

E医師は,上記報告に基づき,亡Aが胸膜中皮腫を発症した疑いが
ある旨の診断をした。もっとも,同診断に先立ち,血清腫瘍マーカー(肺がんには反応するが中皮腫には反応しないCEAの値が陰性であることや,悪性腫瘍を示すシフラ及びProGRPの値が陽性であった。)及び上記エ(ア)記載の胸水検査の結果(胸水ヒアルロン酸値が21.1mg/lであり,ProGRPの値が陽性であった。)等が確認されたが,胸膜の病理組織検査は行われなかった。
(甲A5の①・60,62,65,243頁,甲B26,27)カ
亡Aに係るその他の病状,身体の状況等
(ア)

体重の推移
亡Aの体重は,別件労災認定(平成19年12月)から平成21年6
月頃までは53キログラムから58キログラムまでの間で推移していたが,平成22年2月頃に49キログラム,F病院において透析治療を開始した平成22年7月頃には透析前体重が43キログラムまで減少し,その後も40キログラム台前半(ただし,透析直前は1キログラムから2.5キログラム程度増加している。)で推移し,本件入院の頃には41キログラム前後となっていた(甲A5の①・70,76ないし79,212,298頁,甲A6・7,31,55,65,139頁,乙A11・11ないし55,71ないし175,190ないし261頁)。(イ)

日常生活動作等
亡Aは,遅くとも平成22年4月頃の時点で,食欲の低下や歩行時の
転倒等がみられており,平成24年6月21日にF病院へ入院した時点(上記ア(ウ))では,歩行時にふらつきがあり,更衣は一部介助を要し,階段の昇降はできないという状態であった。
また,亡Aは,同年9月10日にD病院へ入院した時点(上記ア(オ))では,ベッド上での自力体位変換ができず,移動等に援助が必要であった上,同年11月21日の本件入院時には,食事,更衣及び排泄等に他者の援助及び器具や装具が必要で,移動について介護者等に全面的に依存する状態であった。
(甲A5の①・229頁,甲A6・6ないし9,139頁,乙A12・6,27頁)
(ウ)

見当識障害,せん妄等
亡Aは,平成22年2月1日,妄想や夜間徘徊,見当識障害の症状を
訴えてC病院の精神科を受診したが,診察時には特に見当識に問題がなく,一過性のせん妄状態(薬剤誘発性の疑い)と診断された。
また,亡Aは,同年3月15日にも,一過性のせん妄状態がみられた。その後,平成24年6月及び9月の各入院中(上記ア(ウ),(オ))等には特に認知症とみられる症状や意思疎通における障害等は認められなかったが,本件入院中の同年11月26日には意味不明な発言をすることがあった。
(甲A5の①・212,213,221頁,甲A6・8,65ないし67頁,乙A12・6,27,28頁)
(4)

本件誤嚥から本件死亡に至る経緯
亡Aは,平成24年11月28日,朝食中に苦痛を訴えてベッドに横たわり,原告が,亡Aの義歯が外れていることに気づいてこれを取り出したが,亡Aの意識がなかったため,病室内にいた看護師が直ちに医師に緊急コールをかけた。
J医師は,午前9時5分頃,亡Aが窒息して意識を消失し,心拍数が毎分30以下となっていることを確認したため,直ちに心マッサージ等の心肺蘇生措置を行うとともに,午前9時15分頃までに,亡Aを高度治療室(HCU)へ移動させ,気管挿管するなど各種器具を装着し,酸素投与等の処置を開始した。その際,亡Aの咽頭及び喉頭には米粒が充満していた。亡Aは,その後,午前9時30分頃及び午前9時35分頃に,心停止の補助治療薬であるボスミンを投与され,午前9時35分頃時点では心拍数53,血圧63/25であったが,午前9時50分ころには心拍数94まで回復した。
(甲A4の③,甲A6・74ないし79,116頁,甲A15,乙B24)
なお,被告は,診療録には,午前9時5分の欄に「窒息あり

意識消失

顔色不良

HR30へ」と記載され,「9:15分よりJDr

KN

Sにて心マッサージ開始する」と記載されていることから,J医師が心肺蘇生措置を開始したのは,早くとも午前9時15分頃であると主張している。しかしながら,診療録の記載(甲A6)及びD病院の院長であるL医師による補足説明(甲A11)によれば,J医師は,上記看護師による緊急コールを受けて,午前9時5分頃には亡Aの呼吸停止及び心拍数低下を確認していることが認められ,亡Aの状態等に鑑みて,J医師が,それから約10分もの間,亡Aに対して何らの蘇生措置をも行わなかったとは考え難い。したがって,被告の同主張は採用できない。

亡Aは,本件誤嚥により誤嚥性肺炎を再発し,上記窒息により脳に不可逆的損傷(低酸素脳症)が生じて,そのまま意識を回復することなく,平成24年12月1日死亡した(本件死亡。甲A1,6・100,154頁)。

(5)

本件死亡の原因等に関する各医師の意見の概要
亡Aの病状及び本件死亡の原因について,各医師が作成した意見書等の要
旨は次のとおりである。

D病院・M医師作成の死亡診断書(甲A1。以下「本件死亡診断書」という。)等
(ア)

亡Aの直接死因は,本件死亡の3日前(平成24年11月28日)
に発症した誤嚥性肺炎であり,影響を及ぼした傷病は,発症時期不詳の胸膜中皮腫である。
(イ)

なお,同医師が作成した症状所見書(甲A4の⑭)のほか,同病院
のJ医師による説明(甲A4の③)及びL医師が作成した意見書等(甲A11,乙A1・477頁)においても,亡Aの直接死因は本件誤嚥又は誤嚥性肺炎であるとしつつ,基礎疾患である石綿関連疾患(胸膜中皮腫及び石綿肺)が,肺炎を重篤化させる因子であったと記載されている。イ
C病院・E医師作成の症状所見書及び意見書等(甲A4の④ないし⑥,⑫,⑬,甲B27,51。以下,併せて「E意見書」という。)
(ア)

亡Aの直接死因は誤嚥性肺炎であり,高齢も一つの理由になるが,
亡Aは,左胸腔に大量の胸水を伴う石綿肺及び胸膜中皮腫により,常時酸素吸入が必要な呼吸不全状態にあり,それらの基礎疾患が,少量の誤嚥が致死的となった重要な要因である。
(イ)

亡Aが胸膜中皮腫を発症していると診断した根拠は,息切れ,咳,
胸痛,胸水,全身倦怠感,嚥下障害,発熱及び体重減少の臨床所見,肺機能検査の結果(拘束性換気障害),腫瘍マーカー及び本件画像の所見に基づくものである。胸膜中皮腫と鑑別すべき疾患は,肺がん,肺結核及びびまん性胸膜肥厚であるが,肺がん及び肺結核は,それぞれ胸水中の腫瘍マーカー及びADA値により否定され,びまん性胸膜肥厚については胸膜中皮腫と連続性を有する疾患(びまん性胸膜肥厚が先行し,その悪化により胸膜中皮腫を発症したもの)と判断した。
(ウ)

また,腎不全の重篤度は評価できないが,亡Aの胸水は炎症性であ
ること(腎不全による胸水であれば炎症性ではない。),左肺が主であること(腎不全による胸水であれば,通常,両肺に生ずる。),透析による腎機能のコントロールができている時期にも生じていること等から,胸水の原因は,腎不全ではなく,びまん性胸膜肥厚及び胸膜中皮腫であると判断した。

Gクリニック・N医師作成の意見書(甲A12,13)
合併症(特に呼吸器)がない腎不全は単独での死亡原因とはなりにくいため,石綿肺による肺換気障害が死亡の主な原因と考える。

O研究所・P医師作成の意見書等(甲B30ないし32,52,58。以下,併せて「P意見書」という。)
(ア)

亡Aは,石綿肺,びまん性胸膜肥厚及び胸膜中皮腫が進行して悪液
質に至っており,嚥下筋の減少により本件誤嚥及び窒息が起き,元々の呼吸機能不全も影響して低酸素脳症に至ったと考えられる。仮に,亡Aが胸膜中皮腫でなかったとしても同様の経過で死に至る可能性は十分にある。したがって,石綿関連疾患が原因で死亡したと判断する。
(イ)

亡Aは,胸膜中皮腫の確定診断のための病理組織検査を受けていな
いが,腫瘍マーカーの結果等から,胸膜中皮腫である可能性は十分にある。そして,本件画像によれば,軟部組織と思われる部分が,小さな塊のように(結節状に)多数集まっており,びまん性胸膜肥厚は基本的に結節状にならないため,胸膜中皮腫が疑われる。また,平成24年6月4日にC病院で撮影された胸部CT画像によれば,本件画像よりも腫瘤状の陰影が増大していることがうかがわれる。
なお,後記キ(イ)記載のQクリニック・R医師作成の意見書には,心外膜への浸潤がないことが指摘されているが,胸膜中皮腫のうち限局性悪性中皮腫では,心外膜への浸潤を伴わないこともあるので,亡Aの所見とも符合する。
(ウ)

透析治療に係る医療記録を見る限り,適切な時期に透析が導入され,
以後,安定的に治療されており,特段の問題は生じていないので,透析によって尿毒性は抑制されていた。透析導入から本件死亡まで約2年しか経過しておらず,その間,透析が良好に行われていたことからすれば,合併症が避けがたいような病状でもなく,少なくとも,死亡経過に影響を及ぼすような程度の尿毒症ではなかった。

地方労災医員・S医師作成の意見書(乙A1・479ないし481頁)本件死亡診断書には誤嚥性肺炎及び胸膜中皮腫と記載されているが,胸膜中皮腫は確定診断ではないし,本件入院のきっかけとなった誤嚥性肺炎は改善されていた。本件誤嚥に至るまで石綿関連疾患は比較的安定していたのに対し,慢性腎不全の末期的病状,廃用症候群との関連性が示唆されており,認定傷病名であるびまん性胸膜肥厚及び石綿肺が,慢性腎不全と比較して,傷病経過により強い影響を与えたとはいえない。

大阪労働局労災協力医・T医師作成の意見書(乙A1・508,509頁)
亡Aは,著しい高血圧を伴う腎不全と呼吸不全の状態にあり,全身倦怠感・食思不良などの症状の大部分は,上記腎不全を主たる原因とするものであり,生命予後を左右するのも腎機能悪化の有無であると判断されていたと考えられる。本件は,軽度の誤嚥性気管支肺炎にて入院加療にて,改善がみられ,既に退院日も決まっていたところ,その当日の朝入れ歯を喉に詰まらせたために,窒息状態から救命処置を必要とする状態に陥ったもので,「窒息死」あるいは「事故死」と判断すべき状況であって,「慢性の呼吸不全あるいは腎不全による病死」ではないと思量する。


Qクリニック・R医師作成の意見書等(乙B4,19,32,33。以下,併せて「R意見書」という。)
(ア)

亡Aの呼吸機能の低下は,左胸水貯留,その結果生じたびまん性胸
膜肥厚及びその後の器質化の進行により,肺機能上の拘束性障害が生じたことが原因と考えられるが,上記胸水は慢性腎不全に由来する尿毒症性胸膜炎によるものと考えられる。また,本件入院後,本件誤嚥の前日には酸素投入量を減らして退院できる状態にあり,石綿関連疾患は悪化した状態ではなかった。
そして,嚥下能力の低下は,単に呼吸機能の悪化だけでは説明できず,加齢や認知症の発生,透析や肺炎の繰り返し等による全身状態の悪化(廃用症候群の進行)も影響しているため,本件死亡と石綿関連疾患との間に相当因果関係があるとは認め難く,慢性腎不全が経過中の傷病の悪化に大きく影響している。
診療録及び再審査請求時に原告が作成した意見書から考えられる本件誤嚥の状況及びその後の対応の経緯からすると,本件死亡は突発的な誤嚥による窒息事故の可能性が高い。
(イ)

本件画像によれば,肥厚化した胸膜の外側が胸腔に向かって尖った
形態をしている部分があるなど,腫瘍の発育形態とは異なっている。また,その後の胸部CT画像においても,透析に基づく石灰化の進行はあるが,中皮腫を疑われた腫瘤状の陰影が縮小傾向にあり,心外膜への浸潤傾向もないこと等から,胸膜中皮腫ではなく,尿毒症性繊維化胸膜炎の器質化経過と考えるのが妥当である。

U病院腎臓内科・V医師作成の意見書(乙B6。以下「V意見書」という。)
一般的に慢性腎不全では体液過剰状態となり,血圧が上昇して,胸水,腹水及び浮腫が増加する。心機能が低下している患者は容易に肺水腫となり呼吸困難となるほか,胸部に腫瘍や炎症疾患を合併していると,更に水分貯留を来しやすくなる。胸水が貯留すると肺の膨らみが制限され,呼吸困難となり,胸水が慢性的に貯留すると慢性炎症の原因となり得る。また,慢性腎不全状態では,体液が酸性に傾きやすく,弱アルカリ性を保つために呼吸による換気量を増やそうとして,気道流速が速くなるため,異物による気道閉塞に陥る機会が増加し得る。
透析が長期になると栄養状態維持が困難となり,特に高齢透析患者では多くがフレイル(高齢者が筋力や活動が低下している状態)や進行性サルコペニアを来す。また,体内水分量調整機能が著しく損なわれ,機械による除水を進めなければならないため,やせ細ってしまう。
血液透析患者は,透析用の血管を作成するが,そのことが胸水の原因となる可能性もある。亡Aは,両肺に肺水の貯留が存在し,除水によって胸水増加が停止したことや,腫瘍性にみえた部分が退縮したこと等から,亡Aの左側胸水については,体液過剰の影響を受けている可能性が否定できず,びまん性胸膜肥厚又は石綿関連疾患のみによるものとは断定できない。2
検討
(1)

業務起因性に関する判断枠組み
労災保険法に基づく保険給付は,労働者の業務上の疾病等について行われ
るところ(同法7条1項1号),労働者の疾病等を業務上のものと認めるためには,業務と疾病等との間に条件関係があることを前提として,相当因果関係が認められることが必要である(最高裁昭和51年11月12日第二小法廷判決・裁判集民事119号189頁参照)。そして,労災保険制度が,労働基準法上の危険責任の法理に基づく使用者の災害補償責任を担保する制度であることからすれば,上記の相当因果関係を認めるためには,当該疾病等の結果が,当該業務に内在又は通常随伴する危険が現実化したものであると評価し得ることが必要である(最高裁平成8年1月23日第三小法廷判決・裁判集民事178号83頁,同平成8年3月5日第三小法廷判決・裁判集民事178号621頁参照)。
(2)

本件誤嚥及び低酸素脳症について

ア(ア)

確かに,本件死亡の原因となった「誤嚥」や「低酸素脳症」につい
ては,それ自体,必ずしも石綿関連疾患によって当然に付随する疾患であるといえない。
(イ)

しかしながら,前記前提事実及び上記認定事実に基づいて,本件死
亡当時における亡Aの呼吸機能の状態についてみると,①亡Aは,平成19年8月の時点で,石綿肺及びびまん性胸膜肥厚と診断され,肺活量が年齢及び身長から期待される正常値の45.8パーセントにすぎないなど著しい呼吸障害が生じており,業務上の疾病である石綿肺及びびまん性胸膜肥厚によるものとして別件労災認定を受けていること(前記前提事実(2)イ,ウ,認定事実(2)),②亡Aの呼吸機能は,平成24年頃までに徐々に悪化しており,本件入院までに,日常生活においても酸素投与を行わなければ適正な酸素飽和度を維持できない状態に陥っていたこと(認定事実(3)ア(ア),(イ)),③本件入院時点における亡Aの酸素飽和度は60パーセントにまで低下していたこと(同(カ)),以上の事情が認められ,これらの事実によれば,本件入院中に亡Aに対する酸素投与量が毎分3リットルから毎分1リットルに減らされ,亡Aが本件誤嚥の当日に退院予定であったこと(同(カ))等の被告が主張する事情を踏まえたとしても,本件誤嚥当時,亡Aは常時酸素投与を必要とする状態であり,呼吸機能が極度に低下していたものと評価するのが相当である。
そして,以上の点に,亡Aは,本件入院時までに,移動等の日常生活に介助を要するほど全身の筋肉量が低下していたこと(認定事実(3)カ(イ)),亡Aは,食事内容を制限され,しばしば誤嚥を起こしていたこと(同イ),亡Aの体重は,別件労災認定後,53キログラムから58キログラムの間で推移していたところ,本件入院時点においては41キログラム前後になるなど大幅に体重が減少していたこと(同カ(ア)),以上の事実を併せ鑑みると,亡Aは,上記のような筋肉量低下及び呼吸障害による肺活量低下等正常な嚥下に必要な筋力や誤嚥した食物等を喀出するために必要な呼吸機能等の相当部分を喪失したことも相まって,同年代の男性と比較しても嚥下機能が相当程度低下しており,また誤嚥した異物を喀出する能力も低下し,誤嚥を起こしやすい状態であったと認められる。
(ウ)

この点,被告は,原告が,亡Aに多量の米を食べさせたことや,外
れた義歯をとるために亡Aの口の奥に手を入れたことが本件誤嚥の原因となったもので,本件は突発的な事故である旨主張する。
確かに,原告が再審査請求の際に審査会に提出した意見書(乙A13の①,②)には,原告が,透析治療の予定があったため亡Aに急いで食事を食べさせたことを後悔する旨の記載がある。しかしながら,同記載は,原告自身が与えた食事を最後に亡Aが本件誤嚥を起こして死亡したことについての自責の念を表すものとして理解できるものである上,当該意見書の内容によっても,原告が亡Aに食べさせたのは二口程度の白米にすぎないのであって,それが不相当に多量で本件誤嚥を引き起こしたとまで認めることはできない。また,証拠(乙A12・6頁)によれば,亡Aの義歯は,上下の総入れ歯であると認められ,喉の奥にまで入り込むような形状ではなかったといえるし,これを取り出すことで胃の内容物が逆流したことをうかがわせる事情を認めることもできない。そして,その他に,被告の上記主張を認めるに足りる的確な証拠は認められないから,被告の上記主張は採用できない。

次に,原告は,本件誤嚥の際の窒息が短時間であったことを前提として,一般人であれば重篤な低酸素脳症には至らなかったが,亡Aは呼吸機能が極度に低下していたために低酸素脳症により死亡した旨主張する。(ア)

しかしながら,認定事実(4)アで認定したとおり,J医師らの対応
は,特に遅れ等の問題がなく適切なものであったと認められるものの,亡Aが午前9時5分以前のいつの時点から呼吸停止していたかは不明というほかなく,午前9時15分頃に気管挿管されて気道が確保されるまで気道閉塞が続いていた上,午前9時35分頃まで心停止の補助治療薬であるボスミンが投与されていたことから,心拍数及び血圧が低い状態も一定程度継続していたことがうかがわれる。そして,一般に,心肺停止が10分間継続すると死亡率は50パーセント以上となり,気道の完全閉塞が6分間持続すると体組織及び肺内に残存する酸素が完全に消費されるといわれていること(乙B23,29)からすると,本件誤嚥に対する上記治療の間に,一般人であっても低酸素脳症となることがないとはいえず,亡Aの呼吸機能が極度に低下していなければ本件死亡が生じなかったとまでいうことはできない。
(イ)

もっとも,上記ア(イ)で認定したとおり,亡Aの呼吸機能が著しく
低下していたことは認められるのであるから,そのことが,亡Aの低酸素脳症の発症及び重篤化に寄与したこと自体は否定することができない。ウ
以上認定説示した点を総合的に勘案すると,一般的に誤嚥の原因そのものについては種々の要因が影響し得るとしても(認定事実(1)エ),本件誤嚥については,亡Aに係る業務上の疾患によって生じた顕著な嚥下機能障害を主因とする亡Aの全身状態の悪化により生じたものと認めるのが相当であって,また,亡Aの呼吸機能障害について,石綿関連疾患であるびまん性胸膜肥厚による影響があることは被告が援用するR意見書等においても否定されていない上,全身状態の悪化についてもそのような呼吸不全状態が一定程度寄与しているというべきであるから,亡Aの呼吸機能障害が低酸素脳症の発症及び重篤化に一定程度寄与していると認めるのが相当である。

(3)

本件死亡と石綿関連疾患との相当因果関係について
問題の所在
上記(2)で認定説示したとおり,亡Aの全身状態の悪化及び呼吸機能障害がなければ本件死亡はなかったといえるところ,本件では,これらの亡Aの病状について,石綿関連疾患である石綿肺及びびまん性胸膜肥厚並びに亡Aについて発症の疑いがあった胸膜中皮腫に加えて,業務外の疾病であることが明らかである慢性腎不全が影響した可能性が指摘されており,本件における業務起因性の有無を判断するに当たっては,これらの疾患が,それぞれどの程度本件死亡に影響したかという点が問題となる。

胸膜中皮腫の発症の有無
(ア)

まず,原告は,主としてE意見書に基づき,亡Aが胸膜中皮腫を発
症していたと主張している。
ところで,認定事実(1)ア(エ)のとおり,一般的に,中皮腫の診断においては病理組織検査による確定診断が行われるところ,亡Aについて胸膜の病理組織検査は行われていない(同(3)オ(イ))。
この点,確定診断は,中皮腫の組織型を判別して治療方針を定めること等が目的であり,確定診断を経ていないからといって直ちに中皮腫であることが否定されるものではない。しかしながら,平成21年2月19日に実施された亡Aの胸水検査におけるヒアルロン酸値は21.1mg/lであって(認定事実(3)オ(イ)),胸膜中皮腫の病態識別値である100ml/l(同(1)ア(エ))を大きく下回っていること,胸膜中皮腫と鑑別を要する疾患のうち,びまん性胸膜肥厚との鑑別は特に難しいとされているところ,E意見書によれば,びまん性胸膜肥厚と胸膜中皮腫とは連続した病態であることを前提として,両者の鑑別を行っていないこと,以上の点に鑑みると,亡Aがびまん性胸膜肥厚を発症していることが明らかな本件において,同意見書によって胸膜中皮腫の発症を認めることはできない。
(イ)

なお,P意見書は,上記E意見書を一定程度補強するものではある
が,その内容をみると,亡Aが胸膜中皮腫を発症していた可能性があること,又は,亡Aが胸膜中皮腫を発症していたと考えて矛盾がないことを述べているにすぎないもので,積極的に胸膜中皮腫の発症を根拠づけるものとまでは言い難い。そのほか,本件死亡診断書及びその余の意見書等の中には亡Aの診断名として「胸膜中皮腫」の文言がみられるものの,これらは上記E医師の診断を前提とするものであって,亡Aが胸膜中皮腫を発症していることを積極的に診断したものであるとは評価できない。
(ウ)

以上によれば,亡Aが胸膜中皮腫を発症していたといえず,本件全
証拠を精査しても,そのほかに,この点を認めるに足りる的確な証拠は認められない。したがって,この点に関する原告の主張は採用できない。ウ
本件死亡に係る石綿関連疾患の影響の程度
(ア)

上記のとおり胸膜中皮腫が認められないことからすると,亡Aが発
症したと認められる石綿関連疾患は,石綿肺及びびまん性胸膜肥厚ということになる。
(イ)a

そこで,亡Aのびまん性胸膜肥厚についてみると,平成19年8

月頃から著しい呼吸機能障害を伴うものであったことに加え,平成22年6月頃には,確定的な診断は受けていないものの,胸膜中皮腫が疑われる程度にまで肥厚が進行していたこと,平成24年6月頃までに左胸水が器質化して固定化し,数回にわたる入院を要するほど呼吸機能が極度に低下していたこと,以上の点に照らすと,亡Aのびまん性胸膜肥厚は,本件誤嚥までの間に相当重篤な状態に至っていたものと認められる。

次に,亡Aの左胸水についてみると,平成21年2月19日に採取された胸水は滲出性・炎症性のものであった(認定事実(3)エ(ア))から,慢性腎不全に基づく体液過剰に起因するものではなく,びまん性胸膜肥厚に基づくものであったと考えられる。また,亡Aの胸水は,その後,透析治療の過程で消長を来しており,その中には慢性腎不全に起因するものが含まれていた可能性は否定できないものの,器質化していた左胸水の大部分は,それが慢性的で器質化していたこと等に照らすと,びまん性胸膜肥厚に基づくものであったと認めるのが相当である。


この点,被告は,亡Aが尿毒症性胸膜炎を発症しており,器質化した胸水は同疾患に基づくものであると主張し,R意見書にもおおむねこれに沿う記載がある。しかしながら,①R意見書の内容を詳細にみると,結局のところ,亡Aについて胸膜の組織検査が実施されていないため,胸膜中皮腫であること及び尿毒症性胸膜炎でないことの確定診断が行われていないことを根拠に,亡Aの疾患が胸膜中皮腫でなければ尿毒症性胸膜炎の可能性がある旨を指摘しているものにすぎないといわざるを得ず,積極的な根拠をもって,亡Aが尿毒症性胸膜炎を発症したと述べているとはいえない。そして,②亡Aが尿毒症性胸膜炎を発症していたとすることは,亡Aの胸膜疾患が平成19年8月から一貫してびまん性胸膜肥厚又は胸膜中皮腫(疑い)と診断されていたことや,後述のとおり亡Aにはそのほかに尿毒症症状とみられる所見がみられず,透析治療が安定していたこととも整合しないこと,③尿毒症性胸膜炎に基づく胸水は,透析患者においてさほど発生頻度が高いものとはうかがえないこと(甲B52)を総合的に勘案すると,R意見書にもって,亡Aが尿毒症性胸膜炎を発症していたとまで認めることはできず,そのほかに同事実を認めるに足りる的確な証拠は認められない。したがって,被告の上記主張は採用できない。
(ウ)

そして,亡Aの全身状態の悪化に伴う嚥下機能障害についても,上
記(イ)で説示したびまん性胸膜肥厚の重篤化による慢性的な呼吸不全状態により,漸進的に体力が低下し,栄養摂取量及び筋肉量等が低下して衰弱を招いたと考えるのが合理的であるから,亡Aの呼吸機能障害のみならず,全身状態の悪化に伴う嚥下機能障害についても,びまん性胸膜肥厚による影響が大きかったと認めるのが相当である。

慢性腎不全による影響
認定事実(1)イ及びV意見書でも述べられているとおり,慢性腎不全は,一般的に胸水貯留や全身の筋力低下の原因となり得る疾患であるところ,認定事実(3)ウ(カ)のとおり,亡Aの慢性腎不全は,平成24年頃には第4期に移行し,腎機能が著しく低下していたと認められる。
もっとも,①亡Aが透析治療を受けるようになった平成22年4月から本件死亡までは,約2年半であって,透析治療の継続期間はさほど長いものとはいえず,長期透析治療の影響が,亡Aの全身状態の悪化を招来したものとまで認めるのは困難であるといわざるを得ない上,②亡Aの歩行障害等の症状は,透析治療開始とほぼ同時期から生じていたこと(認定事実(3)カ(イ)),③亡Aの透析治療の頻度は平成24年6月に週2回から週3回へと増えているものの,週3回というのが透析治療の頻度として特に多いとまではいえない(甲B68,69)こと,④かえって,亡Aについて,透析治療導入後,肺水腫や浮腫等の尿毒症症状は認められていない上,F病院においては同年8月時点でも安定した維持血液透析を行えていると評価されていたこと(認定事実(3)ウ(オ))や,亡Aの透析治療の主治医であったM医師も,亡Aの死因は慢性腎不全ではないと判断していること(認定事実(5)ウ)からすれば,亡Aの慢性腎不全は,透析治療により適切に制御されていたと認めるのが相当であること,⑤上記ウ(イ)cのとおり,亡Aが尿毒症性胸膜炎を発症していたと認められないこと,これらの事実に照らすと,亡Aの呼吸機能障害及び全身状態の悪化について,慢性腎不全による影響は限定的なものであり,本件死亡に至る機序の有力な原因であったとまで認めることはできない。

小括
以上認定説示したとおり,亡Aの呼吸機能障害及び嚥下機能障害について,びまん性胸膜肥厚による影響が相応に大きかったと認められる一方,慢性腎不全による影響は限定的なものであったと認められることからすると,亡Aが高齢であったことを考慮したとしても,本件誤嚥及びそれに続く低酸素脳症については,石綿関連疾患であるびまん性胸膜肥厚が強い影響を与え,業務上疾病の進展によって発症したものということができるから,本件死亡と石綿関連疾患との間に相当因果関係があると認められ,亡Aは,業務上の事由により死亡したものであると認めるのが相当である。3
結論
以上によれば,原告の労災保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料の請求に対し,本件死亡が業務上の事由によるものではないとしていずれも不支給とした本件各処分は違法であって,その取消しを求める原告の請求はいずれも理由があるから,これを認容することとし,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第5民事部

裁判長裁判官


裁判官


裁判官

池藤重裕之野真人上裕康
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