判例検索β > 平成29年(う)第89号
現住建造物等放火、殺人
事件番号平成29(う)89
事件名現住建造物等放火,殺人
裁判年月日平成29年7月20日
法廷名福岡高等裁判所
結果棄却
原審裁判所名大分地方裁判所
原審事件番号平成28(わ)25
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平成29年7月20日福岡高等裁判所第1刑事部判決
平成29

89号

現住建造物等放火,殺人被告事件
主文
本件控訴を棄却する
当審における未決勾留日数中100日を原判決の刑に算入する。

第1


理由不備の主張について

論旨は,原判決は,原判示現住建造物放火の事実の認定において,放火の手段方法を特定していないから,判決に理由を附さない違法がある,というのである。そこで記録を調査して検討すると,判決の理由不備は,刑訴法44条1項,335条1項により要求されている理由が示されていないことをいうところ,判決の「罪となるべき事実」においては,犯罪の構成要件に該当すべき具体的事実を構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に具体的に摘示しなければならない。原判決は,放火の手段方法については,「何らかの方法により」とするのみで,それ以上に具体的な摘示をしていないが,放火の日時を特定し,放火の対象が被告人の実母A及び実妹Bが現に住居に使用する居宅(以下「本件居宅」という)であることを摘示した上,本件居宅を全焼させて焼損した旨の事実を認定している。そうすると,原判決は,現住建造物等放火の事実に関し,現住建造物等放火罪の構成要件に該当すべき具体的事実について,それが構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に,具体的に明らかにしたものというべきであるから,同罪の「罪となるべき事実」の摘示として,欠けるところはない。
論旨は理由がない。
第2

訴訟手続の法令違反の主張について

論旨は,原審が,原審弁護人の申請した鑑定請求を却下して,被告人を有罪と認定したのは,審理不尽であるから,原審の手続には判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある,というのである。

そこで記録を調査して検討すると,原審は,原審弁護人からの本件火災の原因特定に関する鑑定の請求を却下している。しかし,原審で取り調べられた証拠を検討すると,本件火災の出火場所付近の具体的状況から,電気火災による自然発火の可能性は低いと判断できる上,それ以上に本件火災の原因を明らかにできる証拠の存在はうかがえない。他方で,被告人の当時置かれていた状況と被告人の本件火災当時の行動経過に照らして,被告人が原判示現住建造物等放火の犯行に及んだものと疑いなく認定することができる。そうすると,原審弁護人の本件火災の原因特定に関する鑑定の請求は,その鑑定を行う必要がなかったものと認められるから,これを却下した原審に審理不尽の違法はなく,原審の手続には判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反は存しない。
所論は,原審が,火災に関する研究をしているにすぎない検察官の請求した証人Cのみを採用し,原審弁護人による鑑定請求を却下する理由はなく,原審の手続には被告人に十分な防御活動を保障していない違法がある,という。しかし,原審で取り調べられた検察官請求の証人Cは,元警察庁科学警察研究所職員であり,在職当時は火災原因全般を担当していたというのであるから,私人の研究者にとどまるものではない上,その原審供述は,本件居宅の出火現場の客観的な状況,電気火災の一般的な機序,出火場所の居間内にあった電気製品の構造及び特性等から,電気火災による自然発火の可能性を否定するものということができる。Cの原審供述は,幅広い知見に基づいて本件の事実関係に即して誠実に検討した結果を述べたものであり,捜査機関に偏したものなどとはいえない。また,原審は,弁護人請求のa市消防本部職員のDも証人として採用して取り調べており,その原審供述は,第三者による放火の可能性は低く,本件火災の原因は,電気火災くらいしか考えられないが,それに限定されるものでもない,というものである。原審は,これらの証拠を取り調べた上,原判決をするに至っているから,被告人の防御活動を保障しているということができる。
論旨は理由がない。

第3

事実誤認の主張について

論旨は,本件火災原因は判定できないし,A,Bによる失火や第三者の放火の可能性も否定できないから,本件火災の原因が放火であり,その犯人が被告人であると認めた原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある,というのである。
そこで記録を調査して検討すると,被告人が本件居宅に放火してA及びBを殺害したものと認定した原判決に,論理則,経験則に反するところはなく,原判示の事実を認定した原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認は存しない。以下,その理由を説明する。
1
前提となる事実

原判決挙示の証拠によれば,以下の事実が認められる。
本件火災は,遅くとも平成26年12月19日(以下「本件当日」という)午前4時10分頃には,本件居宅1階東側にある居間(以下「本件居間」という)の東側出窓から炎が出る状態となり,その後,119番通報で駆け付けた消防隊の消火活動により,午前6時10分頃には鎮火した。
本件火災によって本件居宅は全焼したところ,本件当日午前6時15分頃Bの遺体が,本件当日午後3時20分頃Aの遺体がそれぞれ発見された。両名の遺体を司法解剖した結果,いずれの死因も焼死であり,両名の死亡時刻はいずれも午前4時30分頃と推定された。
大分県警察科学捜査研究所における工学担当のEは,原審公判において,鎮火後に本件居宅の焼損状況を実際に見分した結果,本件火災の出火場所は,本件居間の東側出窓に隣接して置かれたソファーの前付近である旨供述している。Eは,本件居宅各部分の焼損の程度を比較した上,床面の焼損状況の激しさから,出火場所を特定したものであり,その手法は合理的である上,Cの原審供述,消防庁消防大学校消防研究センター所属のFから本件火災現場の写真等に基づいて聴取した結果等とも一致し,
Dの原審供述とも矛盾するものではない。
本件火災の出火場所は,

本件居間の東側出窓に隣接して置かれたソファーの前付近ということができる。2
出火時刻頃における被告人の行動

被告人は,原審公判において,本件火災が発生したときの行動経過につき,次のとおり供述している。すなわち,被告人は,平成26年11月20日頃から,福岡県京都郡b町の当時の勤務先の寮に住んでおり,A及びBの住む実家である大分県a市内の本件居宅まで移動するには,自動車で1時間程度を要したところ,本件当日は,午前2時30分前後,寮の近くのガソリンスタンドで給油した後,自動車を運転して本件居宅に向かった。午前3時30分頃,本件居宅の近くにあるパチンコ店の駐車場に自動車を停め,5分ほど歩いて本件居宅に到着し,その中に入った。しばらくしてから,
本件居宅を出て,
歩いて自動車を停めている上記駐車場に戻り,
すぐ運転を開始して,a市内のc交差点に向かった。c交差点に設置された防犯カメラに午前4時15分頃撮影された交差点を右折していく自動車の映像は,自分の運転していた自動車であると思う,というのである。
さらに,警察官による実験結果によると,上記パチンコ店の駐車場から本件居宅までの徒歩による所要時間は5分から6分,同駐車場からc交差点までの自動車の走行による所要時間は1分から2分であったことが認められる。大分県警察科学捜査研究所における工学担当のGの原審供述によると,c交差点に設置された防犯カメラの映像を解析したところ,本件当日午前4時15分にc交差点を右折走行した自動車と被告人運転車両の特徴は,細部に至るまで一致していたというのである。これらを併せみると,被告人は,勤務先の寮から自動車を運転して,午前3時35分頃本件居宅に到着し,午前4時05分すぎ頃まで本件居宅内に滞在していたということができる。そうすると,被告人は本件火災の発生に相当接着した時間帯に本件居宅内にいたことになる。
所論は,被告人は,遅くとも午前3時40分頃には,本件居宅に立ち入り,本件居宅を出たのは,
午前3時50分から午前3時55分頃であり,
午前4時15分頃,
c交差点の防犯カメラの映像に,被告人の自動車が映っているとしても,それはA
に相談する内容を整理するため,本件居宅周辺をグルグル回っていた途中の可能性もあるから,被告人は本件火災の時刻に本件居宅にはいなかった,という。しかし,本件火災の発生時刻を正確に特定することはできないのであり,被告人が本件火災の発生に相当接着した時間帯に本件居宅内にいたことに変わりはない。被告人が,原審公判において,本件火災の発生に相当接着した時間帯に本件居宅にいた旨供述しているのは,前記のとおり,当時居住していた寮の近くのガソリンスタンドで給油した時刻,c交差点に設置された防犯カメラで右折走行する被告人車両が撮影された時刻という,客観的な証拠から,それに合わせた供述をせざるを得なかったからである。これに対して,被告人が,原審公判において,本件居宅にいたのは10分経つか経たないくらいであった旨供述し,本件居宅から出てからは,自動車で移動しながら,Aにどのように相談しようか考えていた旨供述しているのは,いずれも裏付ける証拠がない。そうすると,被告人の原審供述によって,被告人が本件火災の発生に相当接着した時間帯に本件居宅内にいたことが,被告人を本件現住建造物等放火の犯人と認定する上での間接事実に位置付けられなくなるものではない。
3
本件火災前の被告人の生活状況

原判決挙示の証拠によれば,本件火災前,被告人は次のような状況に置かれていたものと認められる。
被告人は,パチンコスロットに金銭を浪費する性癖があり,自分の収入の範囲内で生活できず,借金をするようになったことから,Aに自己の給料振込口座を管理されていたが,
Aにたびたび金員を無心し,
祖母から現金を盗むこともあった。
さらに,被告人は,Aが,給料振込口座に振り込まれた毎月の給料から,本件居宅のローンの返済額のうち被告人が負担するべき金額を差し引いていたところ,平成26年夏かそれ以前に,自由に使える金員を多くしたいと考え,本件居宅を売却するよう提案し,Aや実弟のHらの反対にあっている。
被告人は,平成26年10月頃,当時勤務していたパチンコ店において,同
僚のI及びJから現金合計3万3000円を盗み,それが発覚して,同年11月13日までに返済すること,返済できないと1日1000円を支払うことなどを約束した。しかし,被告人は,上記期限までに返済できず,期限を同年12月15日まで延長してもらい,消費者金融から5万円を借り入れ,Bの5万円を盗んだが,それらもギャンブルに費消したため,
結局は返済できなかった。
被告人は,
Iらから,
警察に届け出るとか,実家に押しかけるなどと言われて,返済を迫られていた上,Bから盗んだ5万円についても,AとBから金員を得るための働き先や支払いの期限を定めて返済を求められていた。
4
本件火災の発生前後における被告人の関心を示す言動

原判決挙示の証拠によれば,本件火災の発生前後において,被告人は,次のような言動をしていることが認められる。
Aは,A又はBを被保険者とし,保険金額が1700万円,6346万7000円の各生命保険に加入しており,本件居宅については,保険金額2700万円の火災保険契約が締結されるなどしていたところ,被告人の携帯電話機を解析した結果,被告人が,本件当日,自己の携帯電話を用いて,次のとおり,インターネットサイトを検索又は閲覧していたことが明らかになった。すなわち,午前2時02分頃「深夜の火災発見確率」との語句で検索し,午前2時21分頃「火災保険と生命保険を比較してみる」旨のサイトを閲覧し,午前2時38分頃「生命保険に火災死亡は含まれる?」
との語句で検索し,
午前3時14分頃
「住宅火災で助かる確率」
との語句で検索している。そして,被告人は,原審公判において,AやBの加入していた保険の詳細は知らなかったとしながら,住友生命の保険に入っていることは知っていた旨供述しているから,少なくともA又はBを被保険者とする生命保険契約が締結されていることは知っていたということができる。
被告人は,本件当日未明,Hから,本件居宅が火事である旨の連絡を受け,本件居宅の近くにいたにもかかわらず,勤務先の寮から本件居宅に向かうなどと嘘をつき,本件居宅から自動車で10分ほどの距離にあるところで,約40分間時間
を潰してから,本件居宅に向かっている。Hの原審供述によると,その後,被告人は,本件居宅付近のHがいるところに現れ,消火活動を見ながら,Hに「保険の取り分は6対4やな」と話しかけたが,Hは,AもBも見付かっていないのに,それどころではないと怒って取り合わなかった,というのである。さらに,被告人は,本件当日の本件火災後の夜,Hの妻であるKの運転する自動車で勤務先の寮との間を往復した際にも,Kに対し,保険の手続のことを持ちかけ,Hには子どももいるから,被告人4割,H6割にしようと提案し,Kが即答できずにいると,さらに被告人3割,H7割としようなどと提案している。
なお,被告人は,原審公判において,本件火災の現場において,Hに保険金の分配について持ちかけたような記憶はない旨供述するが,そのような特異な事象について,Hが誤って記憶している可能性はないというほかなく,Hが,実兄のそのような発言について,虚偽供述をしている根拠も見出せない。
5
被告人の弁解の信用性

以上のとおり,被告人は,本件火災の発生に相当接着した時間帯に本件居宅内にいた上,金員に窮して他人の現金を盗んだため,返済を求められており,そのための金策にも方途が尽きた状態であった上,本件火災前には,インターネットで火災や生命保険,火災保険に関する情報を検索している上,本件火災後には,A及びBを被保険者とする生命保険金に多大な関心を示していたことが認められる。これらの事情を総合すると,本件火災が発生して,本件居宅が焼損し,その結果AとBが死亡したことに,被告人が関与している高い蓋然性が認められる。これに対して,被告人は,原審公判において,本件火災に自分が関与していることを否定して,次のとおり供述している。すなわち,本件当日の午前零時を過ぎた深夜,AにI及びJとの金銭トラブルを相談しようと思い付き,勤務先の寮から自動車を運転して,本件居宅に向かった。自動車を運転しながら,本件居宅が火災になるとIらから返済を求められなくなるのではないかと考えて,インターネットでそれに関連する情報を検索したが,本件居宅に火を点ける気持ちはなかった。いつ
もは本件居宅の駐車場に自動車を停めるが,歩きながらAに相談する内容を整理しようと考えて,少し離れたパチンコ屋の駐車場に自動車を停めた。合い鍵で本件居宅に入り,2階で就寝中のAの顔を見て,相談する内容をまとめ直そうと思い直して,本件居宅から出た。相談する内容をまとめるため,付近を回って自動車を運転していたところ,Hが電話で本件火災を知らせてきた。Hには,近くにいたことで疑われたら怖いと思って,勤務先の寮から本件居宅の現場に向かうと嘘をついた,というのである。
しかしながら,そもそも,自身の非違行為に起因する金銭トラブルであるのに,深夜に思い付いて実家まで赴き,就寝中のAを起こしてそのことを相談しようと考えること自体が,極めて不自然である。相談する内容も,返済するための金員がないので,肩代わりして欲しいということ以外には考えられないのであるから,Aから叱責されるのを恐れていたにしても,相談内容をまとめるのに時間を要するとはいえない。そうであるのに,自動車を本件居宅から離れたところに停めたり,本件居宅に入りながらAに相談するのを躊躇したりするのは,別の意図を推測させる。被告人が本件火災の発生に相当接着した時間帯に本件居宅内にいて,その直前にインターネットで火災や生命保険,火災保険に関する情報を検索していながら,そのような検索と本件火災に格別の関連がないというのも,容易に受け入れがたいところである。そして,被告人は,本件火災に関与していないのであれば,本件火災が人為的なものではなく,自然発火によるものと受け取ったはずであるのに,Hから連絡を受けて,自分が疑われることを恐れたというのに至っては,不自然きわまりないというほかない。
被告人の原審供述は,相当に不合理なものであり,そのことは,本件火災とA及びBの死亡に被告人が関与している高い蓋然性を支えるものといわざるを得ない。6
自然発火等による出火の可能性

本件火災が,人為的なものではなく,A又はBによる失火を含めた自然発火による可能性が高ければ,本件火災とA及びBの死亡に被告人が関与している高い蓋然
性に合理的な疑いを容れるということができる。そこで,原審で取り調べられた証拠を検討すると,次のとおり,本件火災が自然発火による可能性は低いということができる。
本件火災の出火場所である本件居間の東側出窓に隣接して置かれたソファーの前には,自然発火の可能性があった物として,1本の電線から複数のコンセントを通じて複数の電線に分岐させる機能を持つテーブルタップ,電気カーペット及び電気コタツがあった。
Cは,原審公判において,上記電気製品が自然発火し,いわゆる電気火災が生じた可能性につき,次のとおり供述している。すなわち,本件居間の出火場所近くで燃え残っていた電気コードにはショート痕があったが,そこから出火したとすると,周辺の焼損状況と整合しないことから,それは火災によって電線が燃えたためショートが起きた溶解痕と考えられる。また,燃え残った電気コタツのヒーター部に異常はなく,電気カーペットの構造に照らすとそのヒーター線から出火する可能性もないから,これら製品の本体部分から出火した可能性は否定できる。本件居間に存在した電気製品の推定消費電力からすると,テーブルタップ等のコンセントにおける接触不良箇所から出火した可能性もなく,そのほか,通電の不具合によって出火した可能性もない,というのである。
Cの原審供述を検討すると,次の理由から,これに依拠して,本件居間から電気火災により自然発火し本件火災が発生した可能性は極めて低いということができる。すなわち,自然発火の可能性があるとすれば,まず本件居間の出火場所付近にあった電気コードのショート痕に着目すべきところ,周囲の焼損状況から,そこは出火場所とはいえないとするCの原審供述には合理性がある。大分県警察科学捜査研究所における工学担当のEは,原審公判において,実際に見た本件居間の現場の状況から,上記ショート痕から出火したのでは矛盾がある旨供述しており,弁護人請求証人であるDも,原審公判において,上記ショート痕から出火したのではないということに,強い異論は示していない。そのほか,本件居間内には,電気火災による
自然発火を示す痕跡が残されていた形跡はうかがえない。また,H及びKの各原審供述によると,Aは,丁寧に電気製品を使用しており,電気カーペットを使うときには,電気コタツの電源スイッチは切っており,テーブルタップも埃が付かないように気を付けていた,というのである。Cの原審供述は,テーブルタップ,電気カーペット,電気コタツが通常の用法で使用されていたことを前提として,その場合に電気火災になる可能性を否定しているところ,本件においては,その前提は十分に満たされていたことになる。
所論は,①Cは,裁判所が依頼した中立公平な鑑定人ではなく,原審公判において,失火の痕跡がないことから失火の可能性がない旨供述するなど,捜査機関に協力する偏頗な立場であると判断せざるを得ない,②Cは,本件居間の現場を見たり,燃焼実験をしたりもしていないが,Eは,本件居間の現場を見て,燃焼実験も行って,本件火災の原因は不明であるとしており,D及び消防大学校消防研究センターのFも,電気火災の可能性は否定できないとしているから,Cの原審供述に依拠する事実認定には合理的な疑いが残る,という。
しかしながら,①については,Cは,原審公判において,電気火災が生じるあらゆる可能性を説明した上,本件居間内の電気製品にそれを当てはめた結果を供述しているにすぎない。その供述は,本件において,電気火災の可能性が低いと理解できるようなものにとどまり,捜査機関の立場に立って,事実関係や結論を断定するようなものではない。また,Cは,原審公判において,失火の痕跡はない旨供述しているが,失火の可能性がないという結論めいた供述をしているわけではない。Cが捜査機関に協力する偏頗な立場にあったとはいえない。
②については,Eは,原審公判において,出火場所付近に火災原因の痕跡が見付からなかったため,
出火原因は不明と結論した旨を供述するものにすぎない。
Dは,
原審公判において,Fは,警察官の作成した聴取結果の報告書において,本件居間の焼損状況が激しく,電気火災をうかがわせる痕跡を確認できないため,電気火災の可能性があるという積極的な判断には至らないという趣旨を述べているものと理解できる。E及びDの各原審供述,Fからの聴取結果は,いずれも電気火災の可能性を否定するCの原審供述と矛盾するものではなく,Cは電気火災のあらゆる可能性と本件居間にあった電気製品の構造と特性に触れた検討をしているのに対して,E,D及びFはそこまで立ち入った検討をしていないにすぎない。さらに,所論は,原判決が認定した火災機序,出火場所,出火時刻は,大分県警察及び大分県警察科学捜査研究所が行った燃焼実験結果と整合しない,という。しかし,
本件火災の原因を具体的に認定することはできないから,
出火場所が明らか
であったとしても,本件火災の原因すなわち出火場所からの出火の態様は不明というほかない。そうすると,出火の態様によって,周囲の焼損状況,延焼に要する時間は異なってくるはずであるから,原判決の認定が燃焼実験結果と異なるのは,燃焼実験で前提とされた出火の態様が,実際とは異なっていたことを意味するものにすぎず,電気火災による自然発火の可能性を示すものではない。7
結論
以上からすると,本件においては,被告人が,本件火災の発生に相当接着し
た時間帯に本件居宅にいた上,その当時,金策に方途が尽きた状態であり,本件火災前には,インターネットで火災や生命保険,火災保険に関する情報を検索し,本件火災後には,A及びBを被保険者とする生命保険に多大な関心を示していたことが認められ,自己の関与を否定する被告人の原審供述は不合理なものということができる。これらを総合すると,被告人が本件火災とそれに伴うA及びBの死亡に関与している高い蓋然性が認められ,他方で,本件火災が,A及びBによる失火を含む電気火災による自然発火の可能性が低いことを併せ考慮すると,本件火災は被告人が原因を作ったものであり,それはA及びBを殺害して保険金を取得することにあったと認定することができる。
所論は,①原判決は,本件居宅に第三者の侵入が容易でないことから,第三者による失火及び放火の可能性を否定しているが,玄関,勝手口及び屋内倉庫の出入口が施錠されていたとしても,ガラス窓を破って侵入することは困難ではなく,窓の施錠状況も不明であるから,第三者による失火及び放火の可能性は否定できない,②出火場所付近に,失火につながる痕跡が残っていなかったことから,失火がなかったとは推認できないし,Aが,被告人の物音で目を覚まし,用事を済ませて再び就寝した可能性も否定できず,Aが終始就寝中であったとはいえないから,Aらの失火の可能性を否定できない,という。
しかし,①については,被告人が,A及びBを殺害するため,本件居宅に放火したことは,証拠から認められる間接事実から,かなり高い蓋然性をもって,それを肯定することができる。それに対して,第三者が本件居宅に侵入して放火に及んだり,第三者による失火で本件火災が発生したりしたというのは,抽象的な可能性をいうものにすぎない。そのような可能性によって,証拠から認定できる間接事実から高い蓋然性をもって推認できる事実が否定されるものではない。②については,被告人が本件火災の原因を作出したことは,接着した時間帯に本件居宅におり,火を放つ動機があったことから,高い蓋然性をもって肯定できる。それに対して,AあるいはBの失火によって本件火災が生じたというのは,具体的な根拠に基づくものではなく,抽象的な可能性をいうものにすぎない。そのような可能性によって,高い蓋然性をもって認められる被告人が本件火災の原因を作出したことが否定されるものではない。
さらに,所論は,刑事裁判における有罪の認定に当たっては,直接証拠がない場合,間接事実中に被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明できない事実関係が含まれていることを要するところ,本件ではそのような事実関係が含まれていない,という。
しかし,被告人が犯人ではないとしたならば,被告人が,深夜にもかかわらず,Aに金銭トラブルを相談するため,本件居宅を訪れた理由,訪問に先立って火災や生命保険,火災保険の情報を検索し,本件火災後Hらに保険金の分配について持ちかけた理由,本件火災の近くにいたのに疑いの目を向けられないような行動をとった理由が,いずれも合理的に説明できない。本件では,間接事実中に被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明できない事実関係が含まれているということができる。
その他,所論に鑑み記録を精査検討しても,原判決の認定した事実には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるとは認められない。論旨は理由がない。
第4

結語

よって,刑訴法396条,刑法21条,刑訴法181条1項ただし書により,主文のとおり判決する。
平成29年7月20日
福岡高等裁判所第1刑事部

裁判長裁判官

山口雅髙
裁判官

平島正道
裁判官

髙橋孝

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